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審決分類 |
審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) H01M |
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管理番号 | 1316678 |
審判番号 | 不服2014-18125 |
総通号数 | 200 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許審決公報 |
発行日 | 2016-08-26 |
種別 | 拒絶査定不服の審決 |
審判請求日 | 2014-09-10 |
確定日 | 2016-07-07 |
事件の表示 | 特願2011-142140「リチウムイオン二次電池正極材料用前駆体」拒絶査定不服審判事件〔平成23年10月 6日出願公開、特開2011-198772〕について、次のとおり審決する。 |
結論 | 本件審判の請求は、成り立たない。 |
理由 |
第1 手続の経緯 本願は、平成16年3月30日に出願した特願2004-98253号(以下「原出願」という。)の一部を平成23年6月27日に新たな特許出願としたものであって、同年7月20日付けで手続補正書及び上申書が提出され、平成25年6月27日付けで拒絶理由が通知され、同年9月2日付けで意見書が提出されたが、平成26年6月3日付けで拒絶査定がなされ、これに対し、同年9月10日付けで拒絶査定不服審判が請求されたものであり、その後、平成27年9月16日付けで当審から拒絶理由(以下、「当審拒絶理由」という。)が通知され、同年11月30日付けで期間延長請求書が提出され、同年12月28日付けで意見書及び手続補正書(以下、当該手続補正書による補正を「本件補正」という。)が提出されたものである。 なお、上記期間延長請求書には、【請求の内容】として、「上記事件について、拒絶理由通知書で示された引用文献に記載された発明との対比実験のため、提出期間を1カ月延長されたく請求いたします。」と記載されているにもかかわらず、その後、平成27年12月28日付けで提出された意見書には、上記対比実験について何も記載されていない。 第2 本願発明 本願の請求項1?2に係る発明は、本件補正後の特許請求の範囲の請求項1?2に記載された事項により特定されるとおりのものであり、そのうち、請求項1に係る発明(以下、「本願発明1」という。)は、以下のとおりである。 「【請求項1】 式「ACO_(3)(但し、AはNi,Mn及びCoの1種以上)」で表される炭酸塩とLi_(2)CO_(3)との複合物であって、Li以外の全金属の含有量に対するLi含有量のモル比が0.5以上1.3以下であり、かつNa及びSの含有量が共に100ppm以下で、塩素濃度も100ppm以下である、リチウムイオン二次電池正極材料用前駆体材料。」 第3 当審拒絶理由の概要 当審拒絶理由のうち、本件補正前の請求項1に係る発明に対する拒絶理由3.の概要は、引用文献1(特開平8-208231号公報)及び引用文献2(特開平11-054159号公報)に記載された発明に基づいて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない、というものである。 なお、本件補正前の請求項1は、本件補正によって何も補正がなされなかったので、上記第2に示された本願発明1は、本件補正前の請求項1に係る発明と同じものである。 第4 引用文献の記載事項 1 引用文献1の記載事項 当審拒絶理由において引用文献1として引用され、本願の出願日前に日本国内において頒布された特開平8-208231号公報(以下「引用文献1」という。)には、「スピネル型 LiMn2O4の製造方法」(発明の名称)に関して、次の事項が記載されている(当審注:下線は合議体が付与した。以下同様である。)。なお、本願は原出願の適法な分割出願であるから、本願の出願日は、原出願の出願日である平成16年3月30日とみなされる。 1ア 「【0001】 【産業上の利用分野】本発明は、スピネル型 LiMn_(2)O_(4)の製造方法に関し、特に、リチウム二次電池用正極材やリチウム吸着材用母材等に用いて有利なスピネル型 LiMn_(2)O_(4)の合成法についての提案である。」 1イ 「【0005】 【発明が解決しようとする課題】しかしながら、上記提案にかかる従来技術では、比表面積は改善されるものの、乾式処理であるために、結晶構造が不安定となりやすく欠陥が生じやすいという欠点があった。その結果、この方法では、充分な充放電サイクル特性を有する材料を期待することはできない。 【0006】本発明の目的は、上記欠点を解消することにあり、特に、原料粉をミクロ的にも均一に混合させることにより、比表面積の大きな結晶性スピネル型 LiMn_(2)O_(4)を結晶欠陥を生じることなく安定して製造する技術を確立することにある。」 1ウ 「【0008】 すなわち、本発明は、 (1) リチウム塩とマンガン塩を水に溶解し、得られた混合水溶液に炭酸ナトリウム水溶液を添加することにより共沈させ、この共沈によって得られたLi_(2)CO_(3)とMnCO_(3) からなる共沈粉を焼成することにより結晶性スピネル型 LiMn_(2)O_(4)を合成することを特徴とするスピネル型 LiMn_(2)O_(4)の製造方法である(第1発明)。 (2) なお、上記(1) に記載の発明方法においては、下記の反応式にしたがって共沈を行うことが好ましい。 【化4】(LiNO_(3 )+2Mn(NO_(3))_(2) )(水溶液)+ 1.5Na_(2)CO_(3)(水溶液)→ 0.5 Li_(2)CO_(3)↓ + 2MnCO_(3)↓ + 3 Na_(2)CO_(3)(水溶液) (3) リチウム塩の水溶液に炭酸マンガン微粒子を混合分散し、得られた懸濁液に炭酸ナトリウム水溶液を添加することによりLi_(2)CO_(3)を沈殿させ、この沈殿によって得られたLi2CO_(3)とMnCO_(3) とからなる混合粉を焼成することにより結晶性スピネル型 LiMn_(2)O_(4)を合成することを特徴とするスピネル型 LiMn_(2)O_(4)の製造方法である(第2発明)。 (4) なお、上記(3) に記載の発明方法においては、下記の反応式にしたがって沈殿を行うことが望ましい。 【化5】LiNO_(3)(水溶液)+2MnCO_(3)(懸濁液)+ 0.5Na_(2)CO_(3)(水溶液)→ 0.5 Li_(2)CO_(3)↓ + 2MnCO_(3)↓ + NaNO_(3) (水溶液) (5) 下記の反応式に従って、硝酸マンガン水溶液に炭酸リチウム微粒子を添加することによりMnCO_(3 )を沈殿させ、この沈殿によって得られたMnCO_(3) とLi_(2)CO_(3)とからなる混合粉を焼成することにより結晶性スピネル型 LiMn_(2)O_(4)を合成することを特徴とするスピネル型 LiMn_(2)O_(4)の製造方法である(第3発明)。 【化6】2.5Li_(2)CO_(3 )+ 2Mn(NO_(3))_(2)(水溶液) → 0.5 Li_(2)CO_(3)↓ + 2MnCO_(3)↓ + 4 LiNO_(3) (水溶液)」 1エ 「【0009】 【作用】本発明にかかる第1発明の特徴は、Li_(2)CO_(3)とMnCO_(3) からなる原料混合粉を共沈法により生成する点にある。一方、本発明にかかる第2,第3発明の特徴は、MnCO_(3) またはLi_(2)CO_(3)の微粒子をそれぞれリチウム塩の水溶液または硝酸マンガン水溶液中に均一分散し、得られた懸濁液中でLi_(2)CO_(3)またはMnCO_(3) を沈殿させることにより、Li_(2)CO_(3)とMnCO_(3) からなる原料混合粉(以下、これを発明者らは「半共沈粉」という。)を生成する点にある。これにより、従来の乾式混合粉(ボールミル混合粉,平均粒径3μm程度,大きさ不均一)に比べて非常に微細でミクロ的に混合された混合粉(平均粒径 0.5μm程度,大きさ均一)を得ることができる。その結果、焼成時の反応性に優れ、従来より低温度でLiMn_(2)O_(4) の合成が可能となり、ひいては、比表面積の大きな結晶性のスピネル型LiMn_(2)O_(4) を欠陥を生じることなく安定して製造することができる。」 1オ 「【0011】本発明方法において、沈殿剤として炭酸ナトリウムを用いる理由は、沈殿操作の制御(溶液の温度、pHなど)が容易で、Li_(2)CO_(3)の沈殿量にバラツキが生じにくいからである。なお、第3発明では、炭酸ナトリウム(沈殿剤)を用いなくても MnCO_(3)を沈殿させることができるので、ナトリウムを除去する操作を省略することができる。」 1カ 「【0021】(実施例3)下記に示すように、0.2 mol のMn(NO_(3))_(2)を純水300ml に溶解してなるMn(NO_(3))_(2)水溶液に0.303molのLi_(2)CO_(3 )微粒子を添加することによりMnCO_(3) を沈殿させ、次いで、濾過,乾燥することにより半共沈粉(Li_(2)CO_(3)とMnCO_(3) の混合粉)を調製した。さらに、この半共沈粉を大気中、700 ℃、10hrの焼成を行うことにより、LiMn_(2)O_(4) スピネル単一相を得た。」 2 引用発明1について ア 上記1アの記載から、引用文献1には、リチウム二次電池用正極材、すなわち、リチウム二次電池正極材に用いられる、スピネル型 LiMn_(2)O_(4)の合成法が開示されている。 イ 上記1ウ、1オの記載から、上記スピネル型 LiMn_(2)O_(4)の合成法には、第1発明?第3発明として記載された3つの方法があり、第1発明及び第2発明の方法では、沈殿剤として炭酸ナトリウム(Na_(2)CO_(3))水溶液を用いることにより、Li_(2)CO_(3)とMnCO_(3) からなる原料混合粉を得ているが、第3発明の方法では、沈殿剤を用いることなくLi_(2)CO_(3)とMnCO_(3) からなる原料混合粉を得ている。 ウ 上記1カの記載から、実施例3として記載された方法によって得られたLi_(2)CO_(3)とMnCO_(3) からなる半共沈粉(上記1エの記載「Li_(2)CO_(3)とMnCO_(3) からなる原料混合粉(以下、これを発明者らは「半共沈粉」という。)」に基づいて、以下「原料混合粉」という。)は、スピネル型 LiMn_(2)O_(4)の原料であって、上記原料混合粉を大気中で焼成することにより、LiMn_(2)O_(4) スピネル単一相を得ることができるものである。そして、実施例3として記載された方法は、上記1ウの(5)において第3発明として説明されている方法である。 エ 上記1ウの(5)に記載された【化6】の反応式から、同モル数のLi_(2)CO_(3 )微粒子とMn(NO_(3))_(2)が反応し、反応せずに残ったLi_(2)CO_(3 )微粒子が沈殿するとともに、Mn(NO_(3))_(2)と同モル数のMnCO_(3) が沈殿することが理解される。したがって、当該実施例3の方法において、0.2 mol のMn(NO_(3))_(2)と0.303molのLi_(2)CO_(3 )微粒子は、上記【化6】のとおりに反応することを勘案すれば、0.303molのLi_(2)CO_(3 )微粒子のうち、反応せずに残って沈殿する量は、0.303-0.2=0.103molとなり、また、沈殿するMnCO_(3) の量は、0.2molとなる。したがって、実施例3の方法によって得られた、Li_(2)CO_(3 )とMnCO_(3) の原料混合粉において、Mnの含有量に対するLi含有量のモル比は、2×0.103÷0.2=1.03となっている。 オ 引用文献1で摘記した記載事項1ア?1カ及び上記ア?エの検討に基づいて、実施例3の方法によって得られた原料混合粉についての記載を、本願発明1の記載ぶりに則して整理すると、引用文献1には、次の発明が記載されている。 「MnCO_(3)とLi_(2)CO_(3)の原料混合粉であって、Mnの含有量に対するLi含有量のモル比が1.03であり、この原料混合粉を大気中で焼成を行うことにより、リチウム二次電池正極材に用いられるものであって、LiMn_(2)O_(4)スピネル単一相を得ることのできる原料混合粉」(以下、「引用発明」という。) 3 引用文献2に記載された事項 当審拒絶理由において引用文献2として引用され、本願の出願日前に日本国内において頒布された特開平11-54159号公報(以下、「引用文献2」という。)には、「電池正極廃材からコバルト、ニッケルもしくはマンガンおよびリチウムを回収および再生する方法ならびに電池正極材原料」(発明の名称)に関して、以下の事項が記載されている。 2ア 「【請求項11】 ナトリウム含有量10ppm未満およびカリウム含有量10ppm未満であることを特徴とする水酸化コバルトもしくはリチウム含有水酸化コバルト、水酸化ニッケルもしくはリチウム含有水酸化ニッケルまたは水酸化マンガンもしくはリチウム含有水酸化マンガンからなる電池正極材原料。 【請求項12】 塩素含有量10ppm未満、硫酸根(SO_(4))含有量10ppm未満および硝酸根(NO_(3))含有量10ppm未満であることを特徴とする請求項11に記載の電池正極材原料。 ・・・ 【請求項14】 ナトリウム含有量10ppm未満およびカリウム含有量10ppm未満であることを特徴とするコバルト酸化物もしくはリチウム含有コバルト酸化物、ニッケル酸化物もしくはリチウム含有ニッケル酸化物またはマンガン酸化物もしくはリチウム含有マンガン酸化物からなる電池正極材原料。 【請求項15】 塩素含有量10ppm未満、硫酸根(SO_(4))含有量10ppm未満および硝酸根(NO_(3))含有量10ppm未満であることを特徴とする請求項14に記載の電池正極材原料。」 2イ 「【0001】 【産業上の利用分野】本発明は、スピネル型 LiMn_(2)O_(4)の製造方法に関し、特に、リチウム二次電池用正極材やリチウム吸着材用母材等に用いて有利なスピネル型 LiMn_(2)O_(4)の合成法についての提案である。 【0002】 【従来の技術】従来、ニッケルおよびコバルトを含有するスクラップを、硫酸溶液を用いて電解し、これを浄液処理した後溶媒抽出し、さらにこれを塩酸または硫酸で逆抽出して塩化ニッケルおよび塩化コバルトまたは硫酸ニッケルおよび硫酸コバルトとして、ニッケルおよびコバルト回収する技術(特公昭63-50411号公報)が知られている。また、サマリウム-コバルト合金粉末からサマリウムとコバルトを分離して回収するために、塩酸を加えて溶解したり、溶出液に水酸化アルカリを加えた後、焼成するなどの方法がとられていた(特公昭61-7462号公報)。 【0003】しかし、上記のような公知技術でよく使用される溶媒抽出は、一般に工程が複雑で管理が難しいという欠点を持つ。また上記公報で使用される塩酸または硫酸あるいは浄液処理で使用されるアルカリ化合物に含有されるアルカリイオン(ナトリウムイオン、カリウムイオン)や陰イオン(塩素イオン、硫酸イオン)等が、溶液処理工程中にすなわち原料以外の処理材から入り込んで汚染源となり、そしてこれらが加熱処理しても容易に揮散しないという問題があった。これらの不純物は電池の初期容量やサイクル特性を低下させるために好ましくない。特にナトリウムとカリウムについてはリチウムの移動を阻害するといわれている。」 2ウ 「【0030】以上の本発明の工程から明らかなように、コバルト、ニッケルもしくはマンガンおよびリチウムの回収および再生に際し、中和反応に使用する水酸化リチウムからのコバルト、ニッケルもしくはマンガンへのリチウムの混入があっても、コバルト酸リチウム、ニッケル酸リチウムもしくはマンガン酸リチウムを含有する電池正極材への利用からして無害な混入であり、また電池正極廃材の溶解に使用される硝酸は加熱処理により分解除去できるものであり、そして他に揮散せずに残存し易いNa、Cl、SO_(4)などの原料以外の処理材からの持ち込み汚染がないという特徴を有する。」 2エ 「【0031】 【実施例および比較例】次に、実施例について説明する。アルミニウム箔付きコバルト酸リチウムの電池正極廃材750gを準備する。ここでは、代表例としてコバルト酸リチウムをあげたが、ニッケル酸リチウムまたはマンガン酸リチウムの電池正極廃材であっても、全く同様に行うことができる。ここでは冗長をさけるため、ニッケル酸リチウムまたはマンガン酸リチウムの電池正極廃材の例については省略する。この電池正極廃材の化学成分の分析結果(含有量、重量、配分比)を表1に示す。この表1に示す通り、不純物としてアルミニウムと錫を含有する。 【0032】 【表1】 」 2オ 「【0036】次に、1900mlのコバルトおよびリチウムを含有する濾液に対し、383ml(Li:8.2g)の水酸化リチウムを用いて水酸化反応を行なう。pHは10.5に調整する。これにより得られた水酸化コバルトの分析結果(含有量、重量、配分比)を表4に、濾液1860mlの分析結果(含有量、重量、配分比)を表5に示す。表4から明らかなように、水酸化コバルト中にリチウムが存在するが、アルミニウムおよび錫などの不純物は殆ど含有しない。その他の不純物はFe<10ppm、Cu<10ppm、Pb<50ppm、Ni<0.03%であった。また、電池の初期容量やサイクル特性を低下させるNa、K、Cl、SO_(4)、NO_(3)は殆ど含有せず、いずれも10ppm未満であった。表5に示すように、濾液には硝酸根(NO_(3))を有する。 【0037】 【表4】 」 2カ 「【0039】上記により得られたリチウムおよび水酸化コバルトを含有する濾過物を約80℃で乾燥後、300℃で4時間焼成して酸化コバルトまたは酸化コバルトと酸化リチウムの複合酸化物を得る。この分析結果を表6に示す。これはコバルト酸リチウムを含有する電池正極材の原料となる。 【0040】 【表6】 」 2キ 「【0045】以上のようにして得た本発明の回収再生コバルト塩はリチウム量を調整するため、適量の炭酸リチウムと混合し、正極材用のコバルト酸リチウムとした。その正極材の電池特性を評価するために、リチウム二次電池のサイクル特性を調べた。同時に市販品(新品)のコバルト塩から作った正極材についてもテストした。充電条件はIC定電流・4.20V定電圧(2.5Hr・25℃)、放電条件は0.5C定電流・2.7V Cut offで実施した。この結果を図2に示す。図2から明らかなように、本発明のコバルト塩は回収、再生品であるにもかかわらず、新品の市販品であるコバルト塩と殆ど遜色ないリチウム二次電池のサイクル特性が得られた。これはニッケル塩およびマンガン塩についても全く同じ結果が得られた。」 2ク 「【0055】 【発明の効果】以上の本発明の工程から明らかなように、コバルト、ニッケルもしくはマンガンおよびリチウムの回収および再生に際し、中和反応に使用する水酸化リチウムからのコバルト、ニッケルもしくはマンガンへのリチウムの混入があっても、コバルト酸リチウム、ニッケル酸リチウムもしくはマンガン酸リチウムの電池正極材には無害な混入であり、電池正極廃材の溶解に使用される硝酸は加熱処理により分解除去できるものであり、そして他に揮散せずに残存し易いNa、K、Cl、SO_(4)などの原料以外の処理材からの持ち込みによる汚染がない電池正極材原料を得ることができる。そして本発明により得られたコバルト塩、ニッケル塩もしくはマンガン塩は回収、再生品であるにもかかわらず、市販品(新品)であるコバルト塩、ニッケル塩もしくはマンガン塩と殆ど遜色ないリチウム二次電池のサイクル特性が得られるという優れた特徴を有する。」 2ケ 「 」 第5 当審の判断 1 本願発明1と引用発明との対比と相違点について (1)本願発明1と引用発明との対比 ア 引用発明の「MnCO_(3)」は、本件発明1における「ACO_(3)(但し、AはNi,Mn及びCoの1種以上)」において、AがMnである場合に相当することから、引用発明における「MnCO_(3)」は、本願発明1における「式「ACO_(3)(但し、AはNi,Mn及びCoの1種以上)」で表される炭酸塩」に相当する。 イ 本願明細書には、本願発明1の「複合物」の明確な定義は記載されていないが、本願明細書には「複合物」に関して次の記載がある。 (ア)「【0026】 (実施例1) まず、炭酸リチウム1552gを純水3.2リットルに懸濁させた。そして、これに4.8リットルの金属塩溶液を投入した。 ここで、金属塩溶液は塩化ニッケル,塩化コバルト,塩化マンガンの各水和物をNi:Mn:Co=1:1:1になるように調整し、全金属モル数が14モルとなるように調整した。 なお、炭酸リチウムの懸濁量は、製品(リチウムイオン二次電池正極材料、即ち正極活物質)をLi_(x)MO_(2)(Mは金属)とした場合にx=1.0となる量であって、次式で算出されたものである。 w(g)=73.9×14×(1+0.5×1.0)=1552 【0027】 この処理により溶液中に微粒のLi含有炭酸塩が析出したが、この析出物を濾過・分離してから、更に濃度13.8g/lの飽和炭酸リチウム溶液で洗浄した。 ・・・(途中省略)・・・ 【0030】 表1に示される調査結果からは、飽和炭酸リチウム溶液で洗浄することにより(実施例1により)、ほぼ量論比で炭酸塩のLi含有量を調整できることが分かる。なお、詳細に調査したところ、「実施例1」が得られたLi含有炭酸塩は平均粒径が10.0μmで、Ni:Mn:Coが1:1:1の組成の複合炭酸塩とLi_(2)CO_(3)との複合物であることが確認された。」 また、平成27年12月28日付け意見書の(E)の「(a)、(b)について」において、本願発明の反応式について次のように記載している。 (イ)「MeCl_(2)+1.5Li_(2)CO_(3)→MeCO_(3)+0.5Li_(2)CO_(3)+2LiCl」 上記(ア)、(イ)の記載から勘案すると、実施例1で得られたLi含有炭酸塩は「微粒」であり、しかも、「Ni:Mn:Coが1:1:1の組成の複合炭酸塩」と「Li_(2)CO_(3) 」の「複合物」である。そして、上記「複合物」のうち「Li_(2)CO_(3)」とは、意見書の上記反応式から見て、懸濁液を作るために準備された炭酸リチウムのうちMeCl_(2)と反応せずに残った未反応物、すなわち、炭酸リチウムの微粒であり、また、上記「複合物」のうち「複合炭酸塩」は、上記反応式によって生成された反応物の微粒であるといえる。つまり、本願発明の「複合物」とは、懸濁液において未反応のまま残った「Li_(2)CO_(3) 」と、反応の生成物である「複合炭酸塩」からなる、2種類の微粒の混合物であるということができる。 ウ 引用発明における「MnCO_(3)とLi_(2)CO_(3)の原料混合粉」は、摘記した上記1エの記載を参照すると、「非常に微細でミクロ的に混合された混合粉」、つまり、「MnCO_(3)」と「Li_(2)CO_(3)」との混合物であって微粉状のものといえることから、引用発明における「Li_(2)CO_(3)とMnCO_(3)の原料混合粉」は、本願発明1における「式「ACO_(3)(但し、AはNi,Mn及びCoの1種以上)」で表される炭酸塩とLi_(2)CO_(3)との複合物」に相当する。 エ 引用発明の原料混合粉において、MnはLi以外の全金属であるといえるから、引用発明において「Mnの含有量に対するLi含有量のモル比が1.03であ」ることは、「Li以外の全金属の含有量に対するLi含有量のモル比が1.03であ」ると言い替えることができ、本願発明1において「Li以外の全金属の含有量に対するLi含有量のモル比が0.5以上1.3以下であ」ることに相当する。 オ 引用発明における「原料混合粉」は、「大気中で焼成を行うこと」によって、「LiMn_(2)O_(4)スピネル単一相」からなる「正極材」を得ることのできる材料であることから、本願発明1における「前駆体材料」に相当する。 カ 引用発明において「原料混合粉」が「リチウム二次電池用正極材に用いられる」ことと、本願発明1において「前駆体材料」が「リチウムイオン二次電池正極材料用」であることとは、上記オの検討を勘案すると、「前駆体材料」が「リチウム」「二次電池正極材料用」である点で共通する。 (2)本願発明1と引用発明の一致点と相違点 上記(1)の検討から、本願発明1と引用発明との一致点と相違点は次のとおりである。 ≪一致点≫ 「式「ACO_(3)(但し、AはNi,Mn及びCoの1種以上)」で表される炭酸塩とLi_(2)CO_(3)との複合物であって、Li以外の全金属の含有量に対するLi含有量のモル比が0.5以上1.3以下である、リチウム二次電池正極材料用前駆体材料。」 ≪相違点≫ 相違点1:「前駆体材料」に含まれるNa、S及び塩素の含有量について、本願発明1は、「Na及びSの含有量が共に100ppm以下で、塩素濃度も100ppm以下である」と特定されているのに対して、引用発明1は、上記元素の含有量が不明である点。 相違点2:「前駆体材料」に関して、本願発明1では「リチウムイオン二次電池正極材料用」であるのに対して、引用発明では「リチウム二次電池正極材に用いられるもの」である点。 2 相違点についての判断 (1)相違点1についての検討 ア 引用発明の「原料混合粉」は、引用文献1に実施例3として記載されている方法であって、その反応式が第3発明の方法において【化6】として説明されている方法(以下「実施例3の方法」という。)によって得られるものであるところ、上記実施例3の方法で使用される原料である、Li_(2)CO_(3)とMn(NO_(3))_(2)はいずれも、ナトリウム、塩素及び硫黄のいずれについても構成元素としていないから、これらの元素については、不可避的な不純物としてのみ含み得るものである。 また、上記実施例3の方法は、第1発明や第2発明のように、炭酸ナトリウムを沈殿剤として用いるものではないので、製造工程にはナトリウムの汚染源がないし、また、塩素及び硫黄を含む化合物の使用についても記載がないから、上記原料を用いて上記第3発明の方法によって得られた引用発明の「原料混合粉」についても、上記原料と同様に、ナトリウム、塩素及び硫黄は、不可避的な不純物としてのみ含み得るものであるということができる。 イ また、上記第4 1 1イの段落【0005】?【0006】には、「従来技術では、比表面積は改善されるものの、乾式処理であるために、結晶構造が不安定となりやすく欠陥が生じやすいという欠点があった。その結果、この方法では、この方法では、充分な充放電サイクル特性を有する材料を期待することはできない。本発明の目的は、上記欠点を解消することにあ」る、と記載されていることから、引用発明の「原料混合粉」は、「リチウム二次電池用正極材」として使用されたときに、充放電サイクル特性を向上させるという課題を有しているものと認められる。また、引用発明の「原料混合粉」は、「リチウム二次電池用正極材」として使用されるものであるから、初期容量を低下させないという課題を内在していることは、当業者にとって自明の事項である。 ウ 一方、引用文献2から摘記した、上記第4 3 2イの段落【0001】、【0003】には、リチウム二次電池用正極材であるスピネル型 LiMn_(2)O_(4)の原料に混入する、ナトリウムイオン、塩素イオン、硫酸イオンは、加熱処理しても容易に揮発せず、電池中に混入すると、電池の初期容量やサイクル特性を低下させるので好ましくないことが記載されており、また、同2ア、2オ、2カには、リチウム二次電池用正極材の原料となるマンガン酸化物、コバルト酸化物、水酸化マンガンや水酸化コバルト等において、ナトリウム含有量を10ppm未満、塩素含有量を10ppm未満、硫酸根(SO_(4))含有量を10 ppm未満とすることが記載されている。 そして、同2キには、引用文献2に記載の発明によって得られたコバルト塩、すなわち、ナトリウム、塩素、硫酸根の含有量をいずれも10 ppm未満としたコバルト塩は、適量の炭酸リチウムと混合されて、コバルト酸リチウムとされ、当該コバルト酸リチウムを正極材として用いて形成されたリチウム二次電池は、実際に優れたサイクル特性が得られること、また、ニッケル塩やマンガン塩についても同じ結果が得られることが記載されている。 また、引用文献2の明細書には、初期容量の実験結果については明記されていないが、同2ケの図2はリチウム二次電池のサイクル特性を表すグラフであり、同グラフにおいて充放電サイクル数が1のときの容量が初期容量に相当しているものと認められるところ、引用文献2に記載の発明によって得られたコバルト塩から製造されたコバルト酸リチウムを正極材として用いて形成されたリチウム二次電池は、市販品を用いた電池の容量と同等の容量が達成されていることが見て取れるから、初期容量特性が低下しないとの効果が得られていることが確認できる。 エ 以上から、引用文献2には、マンガン塩やコバルト塩を原料として、リチウム二次電池用正極材であるスピネル型 LiMn_(2)O_(4)を形成したときに、リチウム二次電池の初期容量やサイクル特性を低下させないために上記原料に許容される、不純物としてのナトリウム、塩素、硫酸根の含有量が、いずれについても、10 ppm未満であることが教示されているといえる。ここで、硫酸根(SO_(4))の含有量が10ppm未満であれば、硫黄(S)の含有量についても10ppm未満となることは明らかである。 オ そうすると、引用文献2の教示に接した当業者であれば、引用発明の「原料混合粉」が、不純物の混入によって、充放電サイクル特性や初期容量が低下して、引用発明の課題が解決できないものとならないように、引用発明の「原料混合粉」に不可避的に含まれ得る不純物である、ナトリウム、塩酸、硫黄の含有量を、いずれについても、引用文献2にこれらの不純物の許容量として記載されている、10ppm未満にすべきとの動機付けを得ることは、明らかである。 カ そして、引用発明の「原料混合粉」において、不可避的に含まれ得る不純物である、ナトリウム、塩酸、硫黄の含有量をいずれも10ppm未満に低減させるためには、上記「原料混合粉」の原料となっている「Li_(2)CO_(3)」及び「Mn(NO_(3))_(2)」について、上記不純物の濃度が同様に10ppm未満のものを用いるとともに、上記実施例3の方法の製造過程において上記不純物が混入しないように工程管理することが必要である。 そこで、引用文献2を参照すると、上記2エに記載された正極廃材の分析結果や、上記2オ、2カの分析結果が示すように、不純物濃度が10ppm未満の原料を入手し、当該原料の処理工程において不純物を10ppm未満に維持出来ることが記載されていることから勘案すると、上記実施例3の方法において、不純物濃度が10ppm未満の「Li_(2)CO_(3)」及び「Mn(NO_(3))_(2)」の原料を準備するとともに、当該原料の処理工程中についても不純物濃度を10ppm未満に維持することは、当業者にとって困難なことであるとはいえない。 キ したがって、引用発明において、「MnCO_(3)とLi_(2)CO_(3)の原料混合粉」に不可避的に含まれ得る不純物の含有量として、引用文献2に記載された、ナトリウム、塩酸、及び硫酸根すなわち硫黄の含有量をいずれも10ppm未満とすること、すなわち、相違点1に係る本願発明1の特定事項とすることは、当業者にとって容易になし得ることである。 (2)相違点2についての検討 「リチウム二次電池」には、負極にリチウム金属を用いる「リチウム金属二次電池」と、負極にリチウムがインターカレート可能な炭素材料等を用いる「リチウムイオン電池」が含まれること、そして、「LiMn_(2)O_(4)スピネル単一相」が、「リチウム金属二次電池」及び「リチウムイオン二次電池」のいずれの正極材としても用いられることは、当業者には周知の事項である(例えば、特開2003-68302号公報の段落【0003】、特開2001-240417号公報の段落【0021】?【0023】を参照のこと。)。そして、「リチウムイオン二次電池」が「リチウム金属二次電池」に比べて高い安全性を有しているため、標準的に使用されている電池であることもよく知られた事項であるから、これらのことを勘案して、引用発明の「原料混合粉」を「リチウム二次電池」のうち「リチウムイオン二次電池」の「正極材」用に用いること、すなわち、相違点2に係る本願発明1の特定事項とすることは、当業者にとって容易になし得ることである。 (3)本願発明1の効果についての検討 ア 本願発明1は前駆体材料の発明であるところ、本願明細書には、前駆体材料の奏する効果について次の記載がある。 「また、飽和炭酸リチウム溶液又はエタノールでの洗浄によって炭酸塩から電池特性に悪影響を与える不純物が十分に除去されるので、組成のばらつきや粒子形状の変化を起こすことなく優れた電池特性を発揮するリチウムイオン二次電池正極材料を実現することができる。」(段落【0018】) 「析出した炭酸塩を飽和炭酸リチウム溶液で洗浄することなく酸化処理した「比較例1」に係る材料を用いたものでは、不純物として存在した塩化リチウムが酸化処理時の高温により或る程度は分解・蒸発した形跡は認められるものの部位によるばらつきが大きく、そのためこれを用いて作製した正極は電極膜の一部にはがれが見られ、初期容量,サイクル特性とも不良であった。 これに対し、析出した炭酸塩を炭酸リチウム飽和溶液で洗浄してから酸化処理した「実施例1」に係る材料を用いたものは、不純物が完全に除去できており、かつ電池特性も良好であった。」(段落【0034】) 「この結果、作製した電極膜ははがれが認められず、またコインセルの初期容量は158mAh/g、25℃サイクル特性は93%で、実施例1の場合とほぼ同様であった。」(段落【0044】) 以上の記載から、本願発明1は、本願発明1の前駆体材料を用いてリチウムイオン二次電池を作成すると、初期容量及びサイクル特性が優れており、電極膜のはがれもなくなるという効果を奏するものである。 イ 一方、上記(1)で検討したように、引用発明において、ナトリウム、塩素、及び硫黄の含有量をいずれも10ppm未満とした「リチウム二次電池用正極材用原料混合粉」は、引用文献2に記載されているとおり、ナトリウム、塩素、硫酸の含有量が少ないため、リチウム二次電池のサイクル特性及び初期容量が低下しない効果を奏するものであるといえる。 ウ また、リチウム二次電池に用いる正極活物質中のハロゲン元素量が10ppm未満であれば、この正極活物質を用いた正極合剤が集電体から剥がれないという効果を奏していることは、技術常識から明らかであるから(例えば、特開平9-55203号公報の【0002】、【0007】、【0053】、【0059】を参照のこと。)、上記(1)で検討した、「塩素」の含有量が10ppm未満である「リチウム二次電池用正極材用原料混合粉」から形成された正極活物質を用いた正極合剤が集電体と剥がれない効果を奏することは、当業者にとって自明な作用効果であり、格別な作用効果とはいえない。 エ したがって、本願発明1の作用効果は、格別な作用効果とはいえない。 (4)請求人の意見について 請求人は、平成27年12月28日付けで提出された意見書の「(E-2)理由3について」において、「引用文献1に記載の技術では、LiだけでなくNaが共沈の原料として用いられています。」と、引用文献1に記載の発明が、沈殿材としてNaを用いていることを前提にして、生成する炭酸ナトリウムは水への溶解度が高く、そのため、球状の前駆体粒子にならず、微粒子も数多く生成するので、本願発明と相違する旨主張しているが、引用発明は、上記第4 2に記載したとおり、炭酸ナトリウム(Na_(2)CO_(3))水溶液からなる沈殿剤を用いておらず、また、【化6】式から明らかなように、炭酸ナトリウムが生成することもない。さらに、溶解度の低いLi_(2)CO_(3 ) を使用することは、本願発明と同様であるから、微粒子がたくさん生成されず、略球形の前駆体粒子となる点においても、本願発明と異なるところはないと推定される。 なお、上記第1に記載したように、請求人は期間延長請求書において提出すると記載した対比実験の結果は、その後提出されなかったので、請求人の上記主張は、本来提出されるはずであった対比実験によって証明されていない。 以上の理由から、請求人の上記主張は失当であるか、根拠が不明と言わざるを得ず、これを採用することができない。 (5)判断のまとめ 本願発明1は、引用文献1に記載された発明と、引用文献2に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、当審拒絶理由で示したとおり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。 第6 むすび 以上のとおりであるから、本願は、拒絶すべきものである。 よって、結論のとおり審決する。 |
審理終結日 | 2016-05-09 |
結審通知日 | 2016-05-10 |
審決日 | 2016-05-25 |
出願番号 | 特願2011-142140(P2011-142140) |
審決分類 |
P
1
8・
121-
WZ
(H01M)
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最終処分 | 不成立 |
前審関与審査官 | 川村 裕二 |
特許庁審判長 |
木村 孔一 |
特許庁審判官 |
池渕 立 宮澤 尚之 |
発明の名称 | リチウムイオン二次電池正極材料用前駆体 |
代理人 | アクシス国際特許業務法人 |