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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  C22C
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  C22C
管理番号 1319176
異議申立番号 異議2015-700242  
総通号数 202 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2016-10-28 
種別 異議の決定 
異議申立日 2015-12-01 
確定日 2016-07-08 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第5728115号発明「延性および低温靭性に優れた高強度鋼板、並びにその製造方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第5728115号(請求項の数13)の特許請求の範囲及び明細書を、訂正請求書に添付された特許請求の範囲及び明細書のとおり、訂正後の請求項〔8?13〕について訂正することを認める。 特許第5728115号の請求項1?13に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
本件特許第5728115号(請求項の数13)に係る特許出願(特願2014-176006号)は、平成26年 8月29日(優先権主張 平成25年 9月27日、平成26年 3月31日、日本国)に出願され、平成27年 4月10日に特許権の設定の登録がなされたものである。
その後、本件特許について、平成27年12月 1日に特許異議申立人 JFEスチール株式会社 より特許異議の申立てがなされ、平成28年 2月29日付けで当審より取消理由が通知され、その指定期間内である同年 5月 2日に意見書の提出及び訂正請求(以下、「本件訂正請求」という。)がなされたものである。

第2 訂正の適否についての判断
1 訂正の内容
本件訂正請求による訂正の内容は、以下のア及びイのとおりである。なお、下線部は、訂正箇所を示す。

ア 訂正事項1
特許請求の範囲の請求項8に「B:0%超0.005%以下を含有する請求項1?7のいずれかに記載の高強度鋼板。」と記載されているのを、「B:0%超0.005%以下を含有する請求項1?7のいずれかに記載の高強度鋼板(但し、C:0.17%、Si:1.42%、Mn:2.2%、Al:0.043%、P:0.030%、S:0.0030%、N:0.0023%、Cr:0.5%、Ti:0.025%、B:0.0010%、残部Fe及び不可避不純物からなり、鋼組織分率がαb:上部ベイナイト中のベイニティックフェライトが25%、M:マルテンサイトが29%、tM:焼戻しマルテンサイトが20%、α:ポリゴナルフェライトが31%、γ:残留オーステナイトが15%、残部:0%、αb+M+γ:69%である鋼板を除く。)。」に訂正する(請求項8の記載を引用する請求項9?13も同様に訂正する。)。

イ 訂正事項2
明細書の段落【0011】、【0079】、【0083】に「B:0%超0.005%以下」と記載されているのを、「B:0%超0.005%以下(但し、C:0.17%、Si:1.42%、Mn:2.2%、Al:0.043%、P:0.030%、S:0.0030%、N:0.0023%、Cr:0.5%、Ti:0.025%、B:0.0010%、残部Fe及び不可避不純物からなり、鋼組織分率がαb:上部ベイナイト中のベイニティックフェライトが25%、M:マルテンサイトが29%、tM:焼戻しマルテンサイトが20%、α:ポリゴナルフェライトが31%、γ:残留オーステナイトが15%、残部:0%、αb+M+γ:69%である鋼板を除く。)」に訂正する。

2 訂正の目的の適否、一群の請求項、新規事項の有無、及び、特許請求の範囲の拡張・変更の存否
(1)訂正の目的の適否
ア 訂正事項1について
訂正事項1は、請求項8に係る高強度鋼板から、C:0.17%、Si:1.42%、Mn:2.2%、Al:0.043%、P:0.030%、S:0.0030%、N:0.0023%、Cr:0.5%、Ti:0.025%、B:0.0010%、残部Fe及び不可避不純物からなり、鋼組織分率がαb:上部ベイナイト中のベイニティックフェライトが25%、M:マルテンサイトが29%、tM:焼戻しマルテンサイトが20%、α:ポリゴナルフェライトが31%、γ:残留オーステナイトが15%、残部:0%、αb+M+γ:69%である鋼板を除くことにより、特許請求の範囲を減縮するものであるから、この訂正の目的は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に該当する。

イ 訂正事項2について
訂正事項2は、上記訂正事項1に係る訂正に伴って、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載との整合を図るため、願書に添付した明細書の発明の詳細な説明における【0011】、【0079】、【0083】における記載を訂正するものであり、明瞭でない記載の釈明であるから、この訂正の目的は、特許法第120条の5第2項ただし書第3号に該当する。

(2)一群の請求項であるか否か
ア 訂正事項1について
本件訂正前の請求項8を、本件訂正前の請求項9?13はそれぞれ引用しているから、本件訂正前の請求項8?13に対応する本件訂正後の請求項8?13は、特許法第120条の5第4項に規定する一群の請求項である。

イ 訂正事項2について
訂正事項2は、上記訂正事項1に係る訂正に伴って、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載との整合を図るため、願書に添付した明細書の発明の詳細な説明における【0011】、【0079】、【0083】における記載を訂正するものであり、この訂正に係る請求項は、一群の請求項である本件訂正後の請求項8?13であるから、特許法第120条の5第9項で準用する第126条第4項に適合する。

(3)新規事項(願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正)であるか否か
ア 訂正事項1について
訂正事項1は、請求項8に係る高強度鋼板から、C:0.17%、Si:1.42%、Mn:2.2%、Al:0.043%、P:0.030%、S:0.0030%、N:0.0023%、Cr:0.5%、Ti:0.025%、B:0.0010%、残部Fe及び不可避不純物からなり、鋼組織分率がαb:上部ベイナイト中のベイニティックフェライトが25%、M:マルテンサイトが29%、tM:焼戻しマルテンサイトが20%、α:ポリゴナルフェライトが31%、γ:残留オーステナイトが15%、残部:0%、αb+M+γ:69%である鋼板を除くことにより、特許請求の範囲を減縮するものであり、請求項に係る発明が平成28年 2月29日付けの取消理由で通知された甲第1号証(国際公開第2013/051238号)に記載された発明と重なるために新規性が否定されるおそれがあるために、その重なりのみを除くものであって、これにより訂正前の明細書等から導かれる技術的事項に何らかの変更を生じさせるものとはいえないから、特許法第120条の5第9項で準用する第126条第5項に適合する。

イ 訂正事項2について
訂正事項2は、上記訂正事項1に係る訂正に伴って、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載との整合を図るためのものであるから、上記アで述べたものと同様の理由により、特許法第120条の5第9項で準用する第126条第5項に適合する。

(4)実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更する訂正でないこと
ア 訂正事項1について
訂正事項1は、請求項8に係る高強度鋼板から、C:0.17%、Si:1.42%、Mn:2.2%、Al:0.043%、P:0.030%、S:0.0030%、N:0.0023%、Cr:0.5%、Ti:0.025%、B:0.0010%、残部Fe及び不可避不純物からなり、鋼組織分率がαb:上部ベイナイト中のベイニティックフェライトが25%、M:マルテンサイトが29%、tM:焼戻しマルテンサイトが20%、α:ポリゴナルフェライトが31%、γ:残留オーステナイトが15%、残部:0%、αb+M+γ:69%である鋼板を除くことにより、特許請求の範囲を減縮するものであり、請求項に係る発明が平成28年 2月29日付けの取消理由で通知された甲第1号証(国際公開第2013/051238号)に記載された発明と重なるために新規性が否定されるおそれがあるために、その重なりのみを除くものであるから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更する訂正でないことは明らかであり、特許法第120条の5第9項で準用する第126条第6項に適合する。

イ 訂正事項2について
訂正事項2は、上記訂正事項1に係る訂正に伴って、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載との整合を図るためのものであるから、上記アで述べたものと同様の理由により、特許法第120条の5第9項で準用する第126条第6項に適合する。

3 小括
以上のとおりであるから、本件訂正請求による訂正は、特許法第120条の5第2項第1号及び第3号を目的とするものであり、かつ、同条第4項、及び、同条第9項において準用する同法第126条第4項から第6項までの規定に適合するので、本件訂正後の請求項〔8?13〕について、訂正することを認める。

第3 取消理由についての判断
1 本件特許発明
上記第2のとおり、本件訂正請求による訂正は認められたので、本件特許第5728115号の請求項1?13に係る発明(以下「本件特許発明1?13」という。)は、訂正請求書に添付された特許請求の範囲の請求項1?13に記載された事項により特定される次のとおりのものである。

【請求項1】
質量%で、
C :0.10?0.5%、
Si:1.0?3.0%、
Mn:1.5?3%、
Al:0.005?1.0%、
P :0%超0.1%以下、および
S :0%超0.05%以下を満足し、
残部が鉄および不可避不純物からなる鋼板であり、
該鋼板の金属組織は、ポリゴナルフェライト、ベイナイト、焼戻しマルテンサイト、および残留オーステナイトを含み、
(1)金属組織を走査型電子顕微鏡で観察したときに、
(1a)前記ポリゴナルフェライトの面積率aが金属組織全体に対して10?50%であり、
(1b)前記ベイナイトは、
隣接する残留オーステナイト同士、隣接する炭化物同士、隣接する残留オーステナイトと炭化物の中心位置間距離の平均間隔が1μm以上である高温域生成ベイナイトと、
隣接する残留オーステナイト同士、隣接する炭化物同士、隣接する残留オーステナイトと炭化物の中心位置間距離の平均間隔が1μm未満である低温域生成ベイナイトとの複合組織で構成されており、
前記高温域生成ベイナイトの面積率bが金属組織全体に対して0%超80%以下、
前記低温域生成ベイナイトと前記焼戻しマルテンサイトとの合計面積率cが金属組織全体に対して0%超80%以下を満足し、
(2)飽和磁化法で測定した残留オーステナイトの体積率が金属組織全体に対して5%以上、
(3)電子線後方散乱回折法(EBSD)で測定される方位差3°以上の境界で囲まれる領域を結晶粒と定義したときに、該結晶粒のうち体心立方格子(体心正方格子を含む)の結晶粒毎に解析したEBSDパターンの鮮明度に基づく各平均IQ(Image Quality)を用いた分布が、下記式(1)、(2)を満足することを特徴とする延性および低温靭性に優れた高強度鋼板。
(IQave-IQmin)/(IQmax-IQmin)≧0.40・・・(1)
σIQ/(IQmax-IQmin)≦0.25・・・(2)
式中、
IQaveは、各結晶粒の平均IQ全データの平均値
IQminは、各結晶粒の平均IQ全データの最小値
IQmaxは、各結晶粒の平均IQ全データの最大値
σIQは、各結晶粒の平均IQ全データの標準偏差を表す。
【請求項2】
前記高温域生成ベイナイトの面積率bが金属組織全体に対して10?80%、
前記低温域生成ベイナイトと前記焼戻しマルテンサイトとの合計面積率cが金属組織全体に対して10?80%を満足する請求項1に記載の高強度鋼板。
【請求項3】
前記金属組織を光学顕微鏡で観察したときに、焼入れマルテンサイトおよび残留オーステナイトが複合したMA混合相が存在している場合には、前記MA混合相の全個数に対して、円相当直径dが7μm超を満足するMA混合相の個数割合が0%以上15%未満である請求項1または2に記載の高強度鋼板。
【請求項4】
前記ポリゴナルフェライト粒の平均円相当直径Dが、0μm超10μm以下である請求項1?3のいずれかに記載の高強度鋼板。
【請求項5】
前記鋼板は、更に他の元素として、
Cr:0%超1%以下および
Mo:0%超1%以下よりなる群から選択される少なくとも1種以上の元素を含有する請求項1?4のいずれかに記載の高強度鋼板。
【請求項6】
前記鋼板は、更に他の元素として、
Ti:0%超0.15%以下、
Nb:0%超0.15%以下および
V :0%超0.15%以下よりなる群から選択される1種以上の元素を含有する請求項1?5のいずれかに記載の高強度鋼板。
【請求項7】
前記鋼板は、更に他の元素として、
Cu:0%超1%以下、および
Ni:0%超1%以下よりなる群から選択される少なくとも1種以上の元素を含有する請求項1?6のいずれかに記載の高強度鋼板。
【請求項8】
前記鋼板は、更に他の元素として、
B:0%超0.005%以下を含有する請求項1?7のいずれかに記載の高強度鋼板(但し、C:0.17%、Si:1.42%、Mn:2.2%、Al:0.043%、P:0.030%、S:0.0030%、N:0.0023%、Cr:0.5%、Ti:0.025%、B:0.0010%、残部Fe及び不可避不純物からなり、鋼組織分率がαb:上部ベイナイト中のベイニティックフェライトが25%、M:マルテンサイトが29%、tM:焼戻しマルテンサイトが20%、α:ポリゴナルフェライトが31%、γ:残留オーステナイトが15%、残部:0%、αb+M+γ:69%である鋼板を除く。)。
【請求項9】
前記鋼板は、更に他の元素として、
Ca:0%超0.01%以下、
Mg:0%超0.01%以下および
希土類元素:0%超0.01%以下よりなる群から選択される1種以上の元素を含有する請求項1?8のいずれかに記載の高強度鋼板。
【請求項10】
前記鋼板の表面に、電気亜鉛めっき層、溶融亜鉛めっき層、または合金化溶融亜鉛めっき層を有している請求項1?9のいずれかに記載の高強度鋼板。
【請求項11】
請求項1?9のいずれかに記載の高強度鋼板を製造する方法であって、
前記成分組成を満足する鋼材を800℃以上、Ac_(3)点-10℃以下の温度域に加熱す
る工程と、
該温度域で50秒間以上保持して均熱した後、
150℃以上、400℃以下(但し、下記式で表されるMs点が400℃以下の場合は、Ms点以下)を満たす任意の温度Tまで平均冷却速度10℃/秒以上で冷却し、且つ下記式(3)を満たすT1温度域で、10?200秒保持し、
次いで、下記式(4)を満たすT2温度域に加熱し、この温度域で50秒間以上保持してから冷却することを特徴とする延性および低温靭性に優れた高強度鋼板の製造方法。
150℃≦T1(℃)≦400℃・・・(3)
400℃<T2(℃)≦540℃・・・(4)
Ms点(℃)=561-474×[C]/(1-Vf/100)-33×[Mn]-17×[Ni]-17×[Cr]-21×[Mo]
式中、Vfは別途、加熱、均熱から冷却までの焼鈍パターンを再現したサンプルを作製したときの該サンプル中のフェライト分率測定値を意味する。また式中、[ ]は各元素の含有量(質量%)を示しており、鋼板に含まれない元素の含有量は0質量%として計算する。
【請求項12】
上記式(4)を満たす温度域で保持した後、冷却し、次いで電気亜鉛めっき、溶融亜鉛めっき、または合金化溶融亜鉛めっきを行う請求項11に記載の高強度鋼板の製造方法。
【請求項13】
上記式(4)を満たす温度域で溶融亜鉛めっき、または合金化溶融亜鉛めっきを行う請求項11に記載の高強度鋼板の製造方法。

2 取消理由の概要
本件訂正前の請求項8、10?13に係る特許に対して、平成28年 2月29日付けで通知した取消理由の概要は次のとおりである。

本件訂正前の請求項8、10?13に係る発明は、甲第1号証に記載された発明であるか、又は、甲第1号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、その特許は、特許法第29条第1項又は第2項の規定に違反してされたものであり、同法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。

甲第1号証:国際公開第2013/051238号

3 甲第1号証に記載された発明
甲第1号証には次の(ア)?(オ)の事項が記載されている。
(ア)「[0081]
(実施例1)
表1に示す成分組成の鋼を溶製して得た鋳片を、・・・仕上げ熱間圧延した熱延鋼板を表2に示す条件で巻取り、ついで熱延鋼板を酸洗後、・・・冷間圧延し、・・・得られた冷延鋼板を、表2に示す条件でフェライト-オーステナイト二相域またはオーステナイト単相域で焼鈍を行う熱処理を施した。なお、表2中の冷却停止温度:Tとは、焼鈍温度から鋼板を冷却する際に、鋼板の冷却を停止する温度とする。
・・・
[0082]
得られた鋼板に、めっき処理を施さない場合には熱処理後に、溶融亜鉛めっき処理あるいは合金化溶融亜鉛めっき処理を施す場合にはこれらの処理の後に、圧延率(伸び率):0.3%の調質圧延を施した。
[0083]
[表1]

[0084]
[表2]

[0085]
かくして得られた鋼板の諸特性を、以下に示す方法で評価した。
各鋼板から試料を切り出し研磨して、圧延方向に平行な面を、走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて3000倍で10視野組織観察して、各相の面積率を測定し、各結晶粒の相構造を同定した。
[0086]
残留オーステナイト量は、鋼板を板厚方向に板厚の1/4まで研削・研磨し、X線回折強度測定により求めた。入射X線には、Co-Kαを用い、フェライトの(200)、(211)、(220)各面の回折強度に対するオーステナイトの(200)、(220)、(311)各面の強度比から残留オーステナイト量を計算した。
[0087]
残留オーステナイト中の平均C量は、X線回折強度測定でのオーステナイトの(200)、(220)、(311)各面の強度ピークから格子定数を求め、次の計算式から残留オーステナイト中の平均C量(%)を求めた。
a_(0)=0.3580+0.0033×[C%]+0.00095×[Mn%]
+0.0056×[Al%]+0.022×[N%]
ただし、a_(0):格子定数(nm)、[X%]:元素Xの質量%。なお、C以外の元素の%は、鋼板全体に対する%とした。
[0088]
引張試験は、鋼板の圧延方向に対して垂直な方向から採取したJIS5号試験片を用いて、JIS Z2241に準拠して行った。TS(引張強さ)、T.EL(全伸び)を測定し、引張強さと全伸びの積(TS×T.EL)を算出して、強度と加工性(延性)のバランスを評価した。なお、本発明では、TS×T.EL≧27000(MPa・%)の場合を良好とした。
・・・
[0090]
・・・
以上の評価結果を表3に示す。
なお、表3における鋼組織分率は、上部ベイナイト中のベイニティックフェライト(αb)、マルテンサイト(M)、焼戻しマルテンサイト(tM)、ポリゴナルフェライト(α)は鋼板組織全体に対する面積率を表し、残留オーステナイト(γ)は、上記により求めた残留オーステナイト量を示す。
[0091]
[表3]

[0092]
同表から明らかなように、本発明の鋼板はいずれも、引張強さが780MPa以上、TS×T.ELの値が27000MPa・%以上およびλの値が25%以上を満足し、高強度と優れた加工性を兼ね備えていることが確認できた。」

(イ)「請求の範囲
[請求項1] 質量%で
C:0.10%以上0.59%以下、
Si:3.0%以下、
Mn:0.5%以上3.0%以下、
P:0.1%以下、
S:0.07%以下、
Al:3.0%以下および
N:0.010%以下
を含有し、かつ[Si%]+[Al%]([X%]は元素Xの質量%)が0.7%以上を満足し、残部はFeおよび不可避不純物の組成からなり、
鋼板組織として、
マルテンサイトの面積率が鋼板組織全体に対する面積率で5%以上70%以下、
残留オーステナイト量が5%以上40%以下、
上部ベイナイト中のベイニティックフェライトの面積率が鋼板組織全体に対する面積率で5%以上で、かつ
上記マルテンサイトの面積率と、上記残留オーステナイト量と、上記ベイニティックフェライトの面積率との合計が40%以上であって、
上記マルテンサイトのうち25%以上が焼戻しマルテンサイトであり、
ポリゴナルフェライトの鋼板組織全体に対する面積率が10%超50%未満で、かつその平均粒径が8μm以下であって、
隣接するポリゴナルフェライト粒からなる一群のフェライト粒をポリゴナルフェライト粒群としたとき、その平均直径が15μm以下であり、
さらに、上記残留オーステナイト中の平均C量が0.70質量%以上であって、
引張強さが780MPa以上であることを特徴とする高強度鋼板。
・・・
[請求項3]
前記鋼板がさらに、質量%で、
Cr:0.05%以上5.0%以下、
V:0.005%以上1.0%以下および
Mo:0.005%以上0.5%以下
のうちから選んだ1種または2種以上の元素を含有することを特徴とする請求項1または2に記載の高強度鋼板。
[請求項4]
前記鋼板がさらに、質量%で、
Ti:0.01%以上0.1%以下および
Nb:0.01%以上0.1%以下
のうちから選んだ1種または2種の元素を含有することを特徴とする請求項1乃至3のいずれか1項に記載の高強度鋼板。
[請求項5]
前記鋼板がさらに、質量%で、
B:0.0003%以上0.0050%以下
を含有することを特徴とする請求項1乃至4のいずれか1項に記載の高強度鋼板。
[請求項6]
前記鋼板がさらに、質量%で、
Ni:0.05%以上2.0%以下および
Cu:0.05%以上2.0%以下
のうちから選んだ1種または2種の元素を含有することを特徴とする請求項1乃至5のいずれか1項に記載の高強度鋼板。
[請求項7]
前記鋼板がさらに、質量%で、
Ca:0.001%以上0.005%以下および
REM:0.001%以上0.005%以下
のうちから選んだ1種または2種の元素を含有することを特徴とする請求項1乃至6のいずれか1項に記載の高強度鋼板。
[請求項8]
請求項1乃至7のいずれか1項に記載の鋼板が、その表面に、溶融亜鉛めっき層または合金化溶融亜鉛めっき層を有していることを特徴とする高強度鋼板。
[請求項9]
請求項1乃至7のいずれか1項に記載の成分組成からなる鋼片を、熱間圧延するに際し、最終仕上温度をAr_(3)以上として圧延を終了した後、少なくとも720℃までを(1/[C%])℃/s以上([C%]は炭素の質量%)の速度で冷却し、ついで巻取り温度:200℃以上720℃以下の条件で巻取って熱延鋼板とし、この熱延鋼板のまま、または必要に応じて冷間圧延を施して冷延鋼板としたのち、フェライト-オーステナイト二相域またはオーステナイト単相域で15秒以上600秒以下の焼鈍を施したのち、マルテンサイト変態開始温度Msに対し、(Ms-150℃)以上Ms未満の第一温度域まで、平均冷却速度:8℃/秒以上で冷却し、ついで350℃以上490℃以下の第二温度域まで昇温し、該第二温度域で5秒以上2000秒以下保持することを特徴とする高強度鋼板の製造方法。
・・・
[請求項12]
少なくとも前記第一温度域までの冷却を終了した鋼板に対し、溶融亜鉛めっき処理または合金化溶融亜鉛めっき処理を施すことを特徴とする請求項9乃至11のいずれか1項に記載の高強度鋼板の製造方法。」

(ウ)「[0046] 次に、本発明において、鋼板の成分組成を上記のように限定した理由について述べる。なお、以下の鋼板やめっき層の成分組成を表す%は質量%を意味するものとする。
・・・
[0059] 本発明の鋼板において、上記以外の成分は、Feおよび不可避不純物である。ただし、本発明の効果を損なわない範囲内であれば、上記以外の成分の含有を拒むものではない。」

(エ)「[0067] 焼鈍後の冷延鋼板は、平均8℃/秒以上の冷却速度で、マルテンサイト変態開始温度Msに対して、Ms-150℃以上、Ms未満の第一温度域まで冷却される。・・・。
[0068] 平均冷却速度が8℃/秒未満の場合、ポリゴナルフェライトの過剰な生成、成長や、パーライト等の析出が生じ、所望の鋼板組織を得られない。従って、焼鈍温度から第一温度域までの平均冷却速度は、8℃/秒以上とする。好ましくは、10℃/秒以上である。・・・。
・・・
[0070] 上記の第一温度域まで冷却された鋼板は、350?490℃の第二温度域まで昇温され、第二温度域で5秒以上2000秒以下の時間保持される。・・・。
・・・
[0072] なお、本発明における一連の熱処理では、上述した所定の温度範囲内であれば、保持温度は一定である必要はなく、所定の温度範囲内で変動しても本発明の目的を達成することができる。冷却速度についても同様である。・・・。」

(オ)「[0073] 本発明の高強度鋼板の製造方法には、さらに、溶融亜鉛めっき、あるいは溶融亜鉛めっき後にさらに合金化処理を加えた合金化溶融亜鉛めっきを加えることができる。
溶融亜鉛めっきや合金化溶融亜鉛めっきは、少なくとも第一温度域までの冷却を終了した鋼板である必要がある。それ以降の第一温度域から第二温度域への昇温中、第二温度域保持中、第二温度域保持後のいずれのタイミングでも、上記のめっきを加えることができるが、第二温度域での保持条件が本発明の規定を満たす必要が有る。
・・・。」

以上の事項を踏まえて、甲第1号証に記載された発明について検討する。

ア 甲第1号証の(ア)には、「表1に示す成分組成の・・・冷延鋼板を、表2に示す条件でフェライト-オーステナイト二相域またはオーステナイト単相域で焼鈍を行う熱処理を施し・・・かくして得られた鋼板の諸特性を・・・評価した・・・以上の評価結果を表3に示す」と記載されているから、表1に示す成分組成の冷延鋼板を表2に示す条件でフェライト-オーステナイト二相域またはオーステナイト単相域で焼鈍を行う熱処理を施した表3の諸特性を備える鋼板及び表1に示す成分組成の冷延鋼板を表2に示す条件でフェライト-オーステナイト二相域またはオーステナイト単相域で焼鈍を行う熱処理を施す表3の諸特性を備える鋼板の製造方法が記載されているといえる。

イ 上記表1には、鋼種Lについて、質量%で、C:0.17、Si:1.42、Mn:2.2、Al:0.043、P:0.030、S:0.0030、N:0.0023、Cr:0.5、Ti:0.025、B:0.0010であることが示され、同(イ)及び同(ウ)(特に[0046]、[0059])の記載によれば、残部は、Fe及び不可避不純物であるといえる。

ウ 上記表2には、試料No.18について、鋼種がL、めっき種類がCR、焼鈍温度が820℃、焼鈍時間が250s、第一温度域までの平均冷却速度が10℃/s、冷却停止温度:Tが250℃、第二温度域での保持温度が450℃、第二温度域での保持時間が100sであることが示されている。

エ 上記表3には、試料No.18について、鋼組織分率がαb:上部ベイナイト中のベイニティックフェライトが25%、M:マルテンサイトが29%、tM:焼戻しマルテンサイトが20%、α:ポリゴナルフェライトが31%、γ:残留オーステナイトが15%、残部が0%であり、TSが1243MPa、T.ELが26%であることが示されている。
ここで、同(ア)の[0085]の記載からみて、各相の面積率は走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて観察し、同定したものであり、同[0086]の記載からみて、残留オーステナイト量は、X線回折強度測定により求めたものであり、さらに、同[0088]の記載からみて、TSは引張強さ、T.ELは全伸びであるといえる。

オ 上記ア?エを踏まえると、甲第1号証には、以下の発明が記載されていると認められる。

「質量%で、C:0.17、Si:1.42、Mn:2.2、Al:0.043、P:0.030、S:0.0030、N:0.0023、Cr:0.5、Ti:0.025、B:0.0010、残部Fe及び不可避不純物からなり、
走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて観察し、同定した鋼組織分率がαb:上部ベイナイト中のベイニティックフェライトが25%、M:マルテンサイトが29%、tM:焼戻しマルテンサイトが20%、α:ポリゴナルフェライトが31%、X線回折強度測定により求めたγ:残留オーステナイトが15%であり、
焼鈍温度が820℃、焼鈍時間が250s、第一温度域までの平均冷却速度が10℃/s、冷却停止温度:Tが250℃、第二温度域での保持温度が450℃、第二温度域での保持時間が100s、である熱処理を施された、
TS:引張強さが1243MPa、T.EL:全伸びが26%の鋼板。」(以下、「甲1-1発明」ということがある。)

「質量%で、C:0.17、Si:1.42、Mn:2.2、Al:0.043、P:0.030、S:0.0030、N:0.0023、Cr:0.5、Ti:0.025、B:0.0010、残部Fe及び不可避不純物からなり、
走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて観察し、同定した鋼組織分率がαb:上部ベイナイト中のベイニティックフェライトが25%、M:マルテンサイトが29%、tM:焼戻しマルテンサイトが20%、α:ポリゴナルフェライトが31%、X線回折強度測定により求めたγ:残留オーステナイトが15%であり、
TS:引張強さが1243MPa、T.EL:全伸びが26%の鋼板の製造方法であって、
焼鈍温度が820℃、焼鈍時間が250s、第一温度域までの平均冷却速度が10℃/s、冷却停止温度:Tが250℃、第二温度域での保持温度が450℃、第二温度域での保持時間が100s、である熱処理を施す鋼板の製造方法。」(以下、「甲1-2発明」ということがある。)

3 対比・判断
(1)本件特許発明8について
ア 本件特許発明8と甲1-1発明とを対比する。

イ 本件特許発明8は、C:0.17%、Si:1.42%、Mn:2.2%、Al:0.043%、P:0.030%、S:0.0030%、N:0.0023%、Cr:0.5%、Ti:0.025%、B:0.0010%、残部Fe及び不可避不純物からなり、鋼組織分率がαb:上部ベイナイト中のベイニティックフェライトが25%、M:マルテンサイトが29%、tM:焼戻しマルテンサイトが20%、α:ポリゴナルフェライトが31%、γ:残留オーステナイトが15%、残部:0%、αb+M+γ:69%である鋼板を除くものであるから、甲1-1発明の合金組成及び組織の鋼板を除くものである。

ウ してみると、両者は、
「鋼板」である点で一致し、次の点で相違する。

相違点1:本件特許発明8が「C:0.17%、Si:1.42%、Mn:2.2%、Al:0.043%、P:0.030%、S:0.0030%、N:0.0023%、Cr:0.5%、Ti:0.025%、B:0.0010%、残部Fe及び不可避不純物からなり、鋼組織分率がαb:上部ベイナイト中のベイニティックフェライトが25%、M:マルテンサイトが29%、tM:焼戻しマルテンサイトが20%、α:ポリゴナルフェライトが31%、γ:残留オーステナイトが15%、残部:0%、αb+M+γ:69%である鋼板を除く」ものであるのに対し、甲1-1発明が、「質量%で、C:0.17、Si:1.42、Mn:2.2、Al:0.043、P:0.030、S:0.0030、N:0.0023、Cr:0.5、Ti:0.025、B:0.0010、残部Fe及び不可避不純物からなり、走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて観察し、同定した鋼組織分率がαb:上部ベイナイト中のベイニティックフェライトが25%、M:マルテンサイトが29%、tM:焼戻しマルテンサイトが20%、α:ポリゴナルフェライトが31%、X線回折強度測定により求めたγ:残留オーステナイトが15%」である点。

相違点2:鋼板の金属組織のベイナイトについて、本件特許発明8が、「隣接する残留オーステナイト同士、隣接する炭化物同士、隣接する残留オーステナイトと炭化物の中心位置間距離の平均間隔が1μm以上である高温域生成ベイナイトと、
隣接する残留オーステナイト同士、隣接する炭化物同士、隣接する残留オーステナイトと炭化物の中心位置間距離の平均間隔が1μm未満である低温域生成ベイナイトとの複合組織で構成されており、
前記高温域生成ベイナイトの面積率bが金属組織全体に対して0%超80%以下、
前記低温域生成ベイナイトと前記焼戻しマルテンサイトとの合計面積率cが金属組織全体に対して0%超80%以下を満足」するのに対して、甲1-1発明では、「焼鈍温度が820℃、焼鈍時間が250s、
第一温度域までの平均冷却速度が10℃/s、冷却停止温度:Tが250℃、
第二温度域での保持温度が450℃、第二温度域での保持時間が100s、
である熱処理」を施した鋼板であることが特定されているものの、その金属組織のベイナイトがそのようなものであるかについては、明らかでない点。

相違点3:残留オーステナイトの体積率について、本件特許発明8が「飽和磁化法で測定した残留オーステナイトの体積率が金属組織全体に対して5%以上」であるのに対して、甲1-1発明では、「X線回折強度測定により求めたγ:残留オーステナイトが15%」である点。

相違点4:本件特許発明8では、「電子線後方散乱回折法(EBSD)で測定される方位差3°以上の境界で囲まれる領域を結晶粒と定義したときに、該結晶粒のうち体心立方格子(体心正方格子を含む)の結晶粒毎に解析したEBSDパターンの鮮明度に基づく各平均IQ(Image Quality)を用いた分布が、下記式(1)、(2)を満足する
(IQave-IQmin)/(IQmax-IQmin)≧0.40・・・(1)
σIQ/(IQmax-IQmin)≦0.25・・・(2)
式中、
IQaveは、各結晶粒の平均IQ全データの平均値
IQminは、各結晶粒の平均IQ全データの最小値
IQmaxは、各結晶粒の平均IQ全データの最大値
σIQは、各結晶粒の平均IQ全データの標準偏差を表す。」のに対して、甲1-1発明は、かかる発明特定事項を有していない点。

相違点5:本件特許発明8が、「延性および靱性に優れた高強度鋼板」であるのに対して、甲1-1発明は、「TS:引張強さが1243MPa、T.EL:全伸びが26%の鋼板」である点。

エ そこで、これらの相違点について検討する。

オ 相違点1について
相違点1は、本件特許発明8が甲1-1発明の鋼組成及び鋼組織である鋼板を除くものであることによる相違点であり、当該相違点は実質的なものである。

カ したがって、相違点2?5について検討するまでもなく、本件特許発明8は甲1-1発明ではない。

キ そこで、本件特許発明8が、甲1-1発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるかについて検討する。

ク まず、本件特許発明8の技術的意義についてみてみる。
本件特許発明8が解決しようとする課題は、発明の詳細な説明の記載からみて、「引張強度が780MPa以上の高強度鋼板について、良好な延性を有すると共に、低温靭性に優れた特性を有する高強度鋼板・・・提供すること」(「【0006】)といえる。
そして、この課題を解決するために、
鋼板の合金組成を、「質量%で、C:0.10?0.5%、Si:1.0?3.0%、Mn:1.5?3%、Al:0.005?1.0%、P:0%超0.1%以下、およびS:0%超0.05%以下を満足し、残部が鉄および不可避不純物からなる」と特定し、
鋼板の金属組織を、「ポリゴナルフェライト、ベイナイト、焼戻しマルテンサイト、および残留オーステナイトを含み、
(1)金属組織を走査型電子顕微鏡で観察したときに、
(1a)前記ポリゴナルフェライトの面積率aが金属組織全体に対して10?50%であり、
(1b)前記ベイナイトは、
隣接する残留オーステナイト同士、隣接する炭化物同士、隣接する残留オーステナイトと炭化物の中心位置間距離の平均間隔が1μm以上である高温域生成ベイナイトと、
隣接する残留オーステナイト同士、隣接する炭化物同士、隣接する残留オーステナイトと炭化物の中心位置間距離の平均間隔が1μm未満である低温域生成ベイナイトとの複合組織で構成されており、
前記高温域生成ベイナイトの面積率bが金属組織全体に対して0%超80%以下、
前記低温域生成ベイナイトと前記焼戻しマルテンサイトとの合計面積率cが金属組織全体に対して0%超80%以下を満足し、
(2)飽和磁化法で測定した残留オーステナイトの体積率が金属組織全体に対して5%以上、
(3)電子線後方散乱回折法(EBSD)で測定される方位差3°以上の境界で囲まれる領域を結晶粒と定義したときに、該結晶粒のうち体心立方格子(体心正方格子を含む)の結晶粒毎に解析したEBSDパターンの鮮明度に基づく各平均IQ(Image Quality)を用いた分布が、下記式(1)、(2)を満足するところに要旨を有する。
(IQave-IQmin)/(IQmax-IQmin)≧0.40・・・(1)
σIQ/(IQmax-IQmin)≦0.25・・・(2)
式中、
IQaveは、各結晶粒の平均IQ全データの平均値
IQminは、各結晶粒の平均IQ全データの最小値
IQmaxは、各結晶粒の平均IQ全データの最大値
σIQは、各結晶粒の平均IQ全データの標準偏差を表す。」(【0007】)と特定し、「また本発明の前記鋼板は、更に他の元素として、・・・、(D)B:0%超0.005%以下、・・・の元素を含有することも好ましい。」(【0011】)と特定するものである。

ケ そして、相違点4に係る本件特許発明8の発明特定事項であるIQを用いた分布について、発明の詳細な説明には、次の記載がある。

「【0018】
以下、本発明に係る高強度鋼板について説明する。まず、本発明に係る高強度鋼板のIQ(Image Quality)分布について説明する。
【0019】
[IQ分布]
本発明ではEBSDによる測定点間の結晶方位差が3°以上である境界で囲まれた領域を「結晶粒」と定義し、IQとして、体心立方格子(体心正方格子を含む)の結晶粒毎に解析したEBSDパターンの鮮明度に基づく各平均IQを用いる。以下では、上記の各平均IQを単に「IQ」ということがある。・・・。
【0020】
IQとはEBSDパターンの鮮明度である。IQは結晶中の歪量に影響を受けることが知られており、具体的にはIQが小さいほど、結晶中に歪が多く存在する傾向にある。・・・。一方、結晶粒毎の平均IQ、すなわち、歪みの多い結晶粒数と歪みの少ない結晶粒数の関係から低温靭性に与える影響を検討した結果、歪みの少ない結晶粒が歪みの多い結晶粒に対して相対的に多くなるように制御すれば、低温靭性を向上できることがわかった。そしてフェライトおよび残留γを含有する金属組織であっても、鋼板の体心立方格子(体心正方格子含む)を有する各結晶粒のIQ分布を下記式(1)、式(2)を満足するように適切に制御すれば、良好な低温靭性が得られることを見出した。
【0021】
(IQave-IQmin)/(IQmax-IQmin)≧0.40・・・(1)
σIQ/(IQmax-IQmin)≦0.25・・・(2)
式中、
IQaveは、各結晶粒の平均IQ全データの平均値
IQminは、各結晶粒の平均IQ全データの最小値
IQmaxは、各結晶粒の平均IQ全データの最大値
σIQは、各結晶粒の平均IQ全データの標準偏差を表す。
・・・
【0026】
IQaveと、σIQは低温靭性への影響を示す指標であり、IQaveが大きく、かつ、σIQが小さいと良好な低温靭性が得られる。良好な低温靭性を確保する観点からは、式(1)は0.40以上、好ましくは0.42以上、より好ましくは0.45以上である。式(1)の値が高い程、歪みの少ない結晶粒が多く、より優れた低温靭性が得られるため、上限は特に限定されないが、例えば、0.80以下である。一方、式(2)は0.25以下、好ましくは0.24以下、より好ましくは0.23以下である。式(2)の値が小さいほど、ヒストグラムで表される結晶粒のIQ分布がシャープになり、低温靭性向上に好ましい分布となるため下限は特に限定されないが、例えば、0.15以上である。
【0027】
本発明では上記式(1)、式(2)を両方満足することで優れた低温靭性が得られる。図4は、式(1)が0.40未満であって、式(2)が0.25以下のIQ分布図である。また図5は、式(1)が0.40以上であって、式(2)が0.25超のIQ分布図である。これらは式(1)、あるいは式(2)のいずれかしか満たさないため低温靭性が悪い。図6は、式(1)、式(2)を両方満足するIQ分布図であり、低温靭性が良好である。
【0028】
定性的には、図6のように、IQminからIQmaxの範囲内の平均IQの大きい結晶粒側、すなわち式(1)の値が0.40以上となる箇所において、ピークとなる結晶粒数が多いシャープな山状の分布、すなわち式(2)の値が0.25以下となるようなIQ分布であれば、低温靭性が向上する。低温靭性が向上する理由は必ずしも明確ではないが、式(1)と式(2)を満足すれば、歪みの少ない結晶粒、すなわち高IQ結晶粒が、歪の多い結晶粒、すなわち低IQ結晶粒に対して相対的に多くなり、脆性破壊の起点となる高歪の結晶粒が抑制されるためと考えられる。」

これらの記載からみて、引張強度が780MPa以上の高強度鋼板について、良好な延性を有すると共に、低温靭性に優れた特性を有する高強度鋼板を提供するという課題に対して、相違点4に係る本件特許発明8の発明特定事項でもあるIQを用いた分布を式(1)、式(2)の両方を満足させることで、優れた低温靭性を得るものであるといえる。

コ 一方、甲第1号証には、IQを用いた分布を式(1)、式(2)を両方満足させることにより、優れた低温靭性を得ることについて、記載も示唆もされておらず、また、このことが技術常識であるともいえない。

サ 次に、本件特許発明8において、上記の鋼板の組織を得ることについて、発明の詳細な説明には、次の記載がある。
「【0069】
≪成分組成≫
本発明の高強度鋼板は、質量%で、C:0.10?0.5%、Si:1.0?3.0%、Mn:1.5?3%、Al:0.005?1.0%を含有し、且つP:0%超0.1%以下、S:0%超0.05%以下を満足し、残部が鉄および不可避不純物からなる鋼板である。・・・。
・・・
【0086】
≪製造方法≫
次に、上記高強度鋼板の製造方法について説明する。上記高強度鋼板は、上記成分組成を満足する鋼板を800℃以上、Ac_(3)点-10℃以下の二相温度域に加熱する工程と、該温度域で50秒間以上保持して均熱する工程と、150℃以上、400℃以下(但し、Ms点が400℃以下の場合は、Ms点以下)を満たす任意の温度Tまで平均冷却速度10℃/秒以上で冷却する工程と、下記式(3)を満たすT1温度域で10?200秒間保持する工程と、下記式(4)を満たすT2温度域で50秒間以上保持する工程と、をこの順で含むことによって製造できる。
150℃≦T1(℃)≦400℃ ・・・(3)
400℃<T2(℃)≦540℃ ・・・(4)
【0087】
特に本発明では上記二相域で均熱した後、上記T1温度域で冷却・保持した後、上記T2温度域まで再加熱・保持してから高強度鋼板を得る製造方法において、加熱温度や冷却温度、および保持時間や冷却速度などの製造条件を適切に制御することで、例えば図6に示すような本発明で規定する適切なIQ分布とすることができる。なお、後記実施例でも示すように従来から知られているTRIP鋼板の製造方法、例えば二相域で均熱した後、ベイナイト変態温度域まで冷却・保持する一般的なTRIP鋼板の製造方法では、例えば図5に示すようなIQ分布となる傾向があり、十分な低温靭性が得られない。」

この記載からみて、【0069】に記載される成分組成を満足し、かつ、【0086】に記載される製造方法により、上記鋼板の組織が得られるものといえる。

シ 一方、甲第1号証の(イ)には、高強度鋼板の組成を「質量%でC:0.10%以上0.59%以下、Si:3.0%以下、Mn:0.5%以上3.0%以下、P:0.1%以下、S:0.07%以下、Al:3.0%以下およびN:0.010%以下を含有し、かつ[Si%]+[Al%]([X%]は元素Xの質量%)が0.7%以上を満足し、残部はFeおよび不可避不純物の組成」とすること、及び、高強度鋼板の製造方法を「・・・フェライト-オーステナイト二相域またはオーステナイト単相域で15秒以上600秒以下の焼鈍を施したのち、マルテンサイト変態開始温度Msに対し、(Ms-150℃)以上Ms未満の第一温度域まで、平均冷却速度:8℃/秒以上で冷却し、ついで350℃以上490℃以下の第二温度域まで昇温し、該第二温度域で5秒以上2000秒以下保持する」ことが記載されているものの、この合金組成及び製造方法は、本件特許発明8の合金組織が得られる成分組成及び製造方法と一致するものではなく、また、甲第1号証には、本件特許発明8の合金組織が得られる成分組成及び製造方法を選択することについて、記載も示唆もされておらず、また、このことが技術常識であるともいえない。

ス よって、相違点4に係る本件特許発明8の発明特定事項について、甲1-1発明に基づいて当業者が容易に想到することができない。

セ してみると、本件特許発明8は、甲1-1発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(2)本件特許発明10について

本件訂正前の請求項10に係る発明に対する取消理由は、本件訂正前の請求項8に係る発明の発明特定事項を有する請求項10に係る発明に対するものである。
そして、本件訂正により、上記(1)のとおり、本件特許発明8に係る発明は、甲1-1発明ではなく、甲1-1発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものでもないから、本件特許発明8の発明特定事項を有する本件特許発明10も同様の理由により、甲1-1発明ではなく、甲1-1発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものでもない。

(3)本件特許発明11?13について
ア 本件特許発明11と甲1-2発明とを対比すると、上記(1)の相違点1?5と同様の相違点に加え、次の点で相違し、その余の点で一致する。

相違点6:本件特許発明11の熱処理が、「前記成分組成を満足する鋼材を800℃以上、Ac_(3)点-10℃以下の温度域に加熱する工程と、
該温度域で50秒間以上保持して均熱した後、
150℃以上、400℃以下(但し、下記式で表されるMs点が400℃以下の場合は、Ms点以下)を満たす任意の温度Tまで平均冷却速度10℃/秒以上で冷却し、且つ下記式(3)を満たすT1温度域で、10?200秒保持し、
次いで、下記式(4)を満たすT2温度域に加熱し、この温度域で50秒間以上保持してから冷却する。
150℃≦T1(℃)≦400℃・・・(3)
400℃<T2(℃)≦540℃・・・(4)
Ms点(℃)=561-474×[C]/(1-Vf/100)-33×[Mn]-17×[Ni]-17×[Cr]-21×[Mo]
式中、Vfは別途、加熱、均熱から冷却までの焼鈍パターンを再現したサンプルを作製したときの該サンプル中のフェライト分率測定値を意味する。また式中、[ ]は各元素の含有量(質量%)を示しており、鋼板に含まれない元素の含有量は0質量%として計算する。」のに対し、甲1-2発明の熱処理が、「焼鈍温度が820℃、焼鈍時間が250s、
第一温度域までの平均冷却速度が10℃/s、冷却停止温度:Tが250℃、
第二温度域での保持温度が450℃、第二温度域での保持時間が100s、
である熱処理」である点

イ そして、これらの相違点について検討すると、上記(1)で検討した理由と同様の理由により、本件特許発明11は、甲1-2発明ではなく、甲1-2発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものでもない。

ウ また、本件特許発明11のすべての発明特定事項を有する本件特許発明11及び12についても、本件特許発明10と同様の理由により、甲1-2発明ではなく、甲1-2発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものでもない。

(4)特許異議申立人の意見について
特許異議申立人は、訂正後の本件特許発明8、10?13について、甲第1号証の特許請求の範囲に記載された発明は、同号証に記載された実施例(発明例)のみに限定されるものではなく、この実施例を包含する発明を規定するものであり、甲1-1発明のC量、Si量、Mn量、Cr量、B量を変化させたとしても、Ac_(3)点やMs点が甲1-1発明のそれとほとんど同じ値であり、甲1-1発明のC量、Si量、Mn量、Cr量、B量を変化させた発明において、甲1-1発明と同じ熱処理を施す場合に本件熱処理と一致する旨(平成28年 6月15日付け意見書 第3ページ下から第7行?第6ページ第14行)主張している。
そこで、当該主張について検討すると、上記(1)シで述べたように、甲第1号証には、高強度鋼板の組成を「質量%でC:0.10%以上0.59%以下、Si:3.0%以下、Mn:0.5%以上3.0%以下、P:0.1%以下、S:0.07%以下、Al:3.0%以下およびN:0.010%以下を含有し、かつ[Si%]+[Al%]([X%]は元素Xの質量%)が0.7%以上を満足し、残部はFeおよび不可避不純物の組成」とすること、及び、高強度鋼板の製造方法を「・・・フェライト-オーステナイト二相域またはオーステナイト単相域で15秒以上600秒以下の焼鈍を施したのち、マルテンサイト変態開始温度Msに対し、(Ms-150℃)以上Ms未満の第一温度域まで、平均冷却速度:8℃/秒以上で冷却し、ついで350℃以上490℃以下の第二温度域まで昇温し、該第二温度域で5秒以上2000秒以下保持する」ことが記載されており、上記の組成範囲を満たす条件下で甲1-1発明のC量、Si量、Mn量、Cr量、B量を変化させたものに対して行う熱処理は、「・・・フェライト-オーステナイト二相域またはオーステナイト単相域で15秒以上600秒以下の焼鈍を施したのち、マルテンサイト変態開始温度Msに対し、(Ms-150℃)以上Ms未満の第一温度域まで、平均冷却速度:8℃/秒以上で冷却し、ついで350℃以上490℃以下の第二温度域まで昇温し、該第二温度域で5秒以上2000秒以下保持する」条件を満たす範囲で任意に選択することができるものであり、技術常識を考慮しても甲1-1発明と同じ熱処理を敢えて選択することについてまで、甲第1号証に記載されているとはいえない。
そして、上記(1)シで述べたように、本件特許発明8の合金組織が得られる成分組成及び製造方法を選択することについて、記載も示唆もされておらず、また、このことが技術常識であるともいえない。
よって、当該主張を採用しない。

(5)小括
したがって、本件特許発明8、10?13は、甲第1号証に記載された発明でなく、また、甲第1号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものでもないから、上記取消理由によって、その特許を取り消すことができない。

第4 むすび
以上のとおりであるから、取消理由によっては、本件請求項8、10?13に係る特許を取り消すことができない。
また、他に本件請求項1?13に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (54)【発明の名称】
延性および低温靭性に優れた高強度鋼板、並びにその製造方法
【技術分野】
【0001】
本発明は、780MPa以上の引張強度を有し、延性および低温靭性に優れた高強度鋼板、並びにその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車業界では、CO_(2)排出規制など、地球環境問題への対応が急務となっている。一方、乗客の安全性確保という観点から、自動車の衝突安全基準が強化され、乗車空間における安全性を充分に確保できる構造設計が進められている。これらの要求を同時に達成するには、自動車の構造部材として引張強度が780MPa以上の高強度鋼板を用い、これを更に薄肉化して車体を軽量化することが有効である。しかし一般に、鋼板の強度を大きくすると加工性が劣化するため、上記高強度鋼板を自動車部材に適用するには加工性の改善は避けられない課題である。
【0003】
強度と加工性を兼ね備えた鋼板としては、TRIP(Transformation Induced Plasticity:変態誘起塑性)鋼板が知られている。TRIP鋼板の一つとして、例えば特許文献1?4のように、母相をベイニティックフェライトとし、残留オーステナイト(以下、「残留γ」と表記することがある。)を含むTBF鋼板(TRIP aided banitic ferrite)が知られている。TBF鋼板では、硬質のベイニティックフェライトによって高い強度が得られ、ベイニティックフェライトの境界に存在する微細な残留γによって良好な伸び(EL)と伸びフランジ性(λ)が得られる。
【0004】
上記特性に加えて高強度鋼板には、低温での衝突安全性向上のため低温靭性の向上が望まれているが、TRIP鋼板は低温靭性に劣ることが知られており、低温靭性については全く考慮されていないのが現状である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2005-240178号公報
【特許文献2】特開2006-274417号公報
【特許文献3】特開2007-321236号公報
【特許文献4】特開2007-321237号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は上記の様な事情に着目してなされたものであって、その目的は、引張強度が780MPa以上の高強度鋼板について、良好な延性を有すると共に、低温靭性に優れた特性を有する高強度鋼板、およびその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決し得た本発明に係る延性および低温靭性に優れた高強度鋼板は、質量%で、C:0.10?0.5%、Si:1.0?3.0%、Mn:1.5?3%、Al:0.005?1.0%、P:0%超0.1%以下、およびS:0%超0.05%以下を満足し、残部が鉄および不可避不純物からなる鋼板であり、
該鋼板の金属組織は、ポリゴナルフェライト、ベイナイト、焼戻しマルテンサイト、および残留オーステナイトを含み、
(1)金属組織を走査型電子顕微鏡で観察したときに、
(1a)前記ポリゴナルフェライトの面積率aが金属組織全体に対して10?50%であり、
(1b)前記ベイナイトは、
隣接する残留オーステナイト同士、隣接する炭化物同士、隣接する残留オーステナイトと炭化物の中心位置間距離の平均間隔が1μm以上である高温域生成ベイナイトと、
隣接する残留オーステナイト同士、隣接する炭化物同士、隣接する残留オーステナイトと炭化物の中心位置間距離の平均間隔が1μm未満である低温域生成ベイナイトとの複合組織で構成されており、
前記高温域生成ベイナイトの面積率bが金属組織全体に対して0%超80%以下、
前記低温域生成ベイナイトと前記焼戻しマルテンサイトとの合計面積率cが金属組織全体に対して0%超80%以下を満足し、
(2)飽和磁化法で測定した残留オーステナイトの体積率が金属組織全体に対して5%以上、
(3)電子線後方散乱回折法(EBSD)で測定される方位差3°以上の境界で囲まれる領域を結晶粒と定義したときに、該結晶粒のうち体心立方格子(体心正方格子を含む)の結晶粒毎に解析したEBSDパターンの鮮明度に基づく各平均IQ(Image Quality)を用いた分布が、下記式(1)、(2)を満足するところに要旨を有する。
(IQave-IQmin)/(IQmax-IQmin)≧0.40・・・(1)
σIQ/(IQmax-IQmin)≦0.25・・・(2)
式中、
IQaveは、各結晶粒の平均IQ全データの平均値
IQminは、各結晶粒の平均IQ全データの最小値
IQmaxは、各結晶粒の平均IQ全データの最大値
σIQは、各結晶粒の平均IQ全データの標準偏差を表す。
【0008】
本発明においては、前記高温域生成ベイナイトの面積率bが金属組織全体に対して10?80%、前記低温域生成ベイナイトと前記焼戻しマルテンサイトとの合計面積率cが金属組織全体に対して10?80%を満足することも好ましい実施態様である。
【0009】
また本発明においては、前記金属組織を光学顕微鏡で観察したときに、焼入れマルテンサイトおよび残留オーステナイトが複合したMA混合相が存在している場合には、前記MA混合相の全個数に対して、円相当直径dが7μm超を満足するMA混合相の個数割合が0%以上15%未満であることも好ましい実施態様である。
【0010】
更に前記ポリゴナルフェライト粒の平均円相当直径Dが、0μm超10μm以下であることも好ましい実施態様である。
【0011】
また本発明の前記鋼板は、更に他の元素として、(A)Cr:0%超1%以下およびMo:0%超1%以下よりなる群から選択される少なくとも1種以上の元素、(B)Ti:0%超0.15%以下、Nb:0%超0.15%以下およびV:0%超0.15%以下よりなる群から選択される1種以上の元素、(C)Cu:0%超1%以下、およびNi:0%超1%以下よりなる群から選択される少なくとも1種以上の元素、(D)B:0%超0.005%以下(但し、C:0.17%、Si:1.42%、Mn:2.2%、Al:0.043%、P:0.030%、S:0.0030%、N:0.0023%、Cr:0.5%、Ti:0.025%、B:0.0010%、残部Fe及び不可避不純物からなり、鋼組織分率がαb:上部ベイナイト中のベイニティックフェライトが25%、M:マルテンサイトが29%、tM:焼戻しマルテンサイトが20%、α:ポリゴナルフェライトが31%、γ:残留オーステナイトが15%、残部:0%、αb+M+γ:69%である鋼板を除く。)、(E)Ca:0%超0.01%以下、Mg:0%超0.01%以下および希土類元素:0%超0.01%以下よりなる群から選択される1種以上の元素を含有することも好ましい。
【0012】
更に前記鋼板の表面に、電気亜鉛めっき層、溶融亜鉛めっき層、または合金化溶融亜鉛めっき層を有していることも好ましい。
【0013】
また本発明には上記高強度鋼板を製造する方法も包含されており、上記成分組成を満足する鋼材を800℃以上、Ac_(3)点-10℃以下の温度域に加熱する工程と、
該温度域で50秒間以上保持して均熱した後、
150℃以上、400℃以下(但し、下記式で表されるMs点が400℃以下の場合は、Ms点以下)を満たす任意の温度Tまで平均冷却速度10℃/秒以上で冷却し、且つ下記式(3)を満たすT1温度域で、10?200秒保持し、
次いで、下記式(4)を満たすT2温度域に加熱し、この温度域で50秒間以上保持してから冷却することに要旨を有する。
150℃≦T1(℃)≦400℃・・・(3)
400℃<T2(℃)≦540℃・・・(4)
Ms点(℃)=561-474×[C]/(1-Vf/100)-33×[Mn]-17×[Ni]-17×[Cr]-21×[Mo]
式中、Vfは別途、加熱、均熱から冷却までの焼鈍パターンを再現したサンプルを作製したときの該サンプル中のフェライト分率測定値を意味する。また式中、[ ]は各元素の含有量(質量%)を示しており、鋼板に含まれない元素の含有量は0質量%として計算する。
【0014】
更に本発明の上記製造方法には、上記式(4)を満たす温度域で保持した後、冷却し、次いで電気亜鉛めっき、溶融亜鉛めっき、または合金化溶融亜鉛めっきを行うこと、あるいは上記式(4)を満たす温度域で溶融亜鉛めっき、または合金化溶融亜鉛めっきを行うことも含まれる。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、金属組織全体に対する面積率が10?50%を満足するようにポリゴナルフェライトを生成させたうえで、低温域で生成するベイナイトおよび焼戻しマルテンサイト(以下、「低温域生成ベイナイト等」と表記することがある)と、高温域で生成するベイナイト(以下、「高温域生成ベイナイト」と表記することがある)とを両方生成させ、かつ電子線後方散乱回折法(EBSD:Electron BackscatterDiffraction)にて測定した体心立方格子(BCC:Body Centered Cubic)結晶(体心正方格子(BCT:Body Centered Tetragonal)結晶を含む、以下同じ)の結晶粒ごとのIQ(Image Quality)分布が、式(1)、式(2)を満足するように制御することによって、780MPa以上の高強度域であっても優れた延性と低温靭性を兼ね備えた高強度鋼板を実現できる。また本発明によれば、該高強度鋼板の製造方法を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】図1は、隣接する残留オーステナイトおよび/または炭化物の平均間隔の一例を示す模式図である。
【図2A】図2Aは、旧γ粒内に高温域生成ベイナイトと低温域生成ベイナイト等の両方が混合して生成している様子を模式的に示す図である。
【図2B】図2Bは、旧γ粒毎に高温域生成ベイナイトと低温域生成ベイナイト等が夫々生成している様子を模式的に示す図である。
【図3】図3は、T1温度域とT2温度域におけるヒートパターンの一例を示す模式図である。
【図4】図4は、式(1)が0.40未満であって、式(2)が0.25以下のIQ分布図である。
【図5】図5は、式(1)が0.40以上であって、式(2)が0.25超のIQ分布図である。
【図6】図6は、式(1)が0.40以上であって、式(2)が0.25以下のIQ分布図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明者らは、引張強度が780MPa以上の高強度鋼板の延性、および低温靭性を改善するために検討を重ねてきた。その結果、
(1)鋼板の金属組織を、所定の割合を有するポリゴナルフェライト、ベイナイト、焼戻しマルテンサイト、および残留オーステナイトとを含む混合組織とし、特にベイナイトとして、
(1a)隣接する残留γ同士、隣接する炭化物同士、或いは隣接する残留γと隣接する炭化物(以下、これらをまとめて「残留γ等」と表記することがある。)の中心位置間距離の平均間隔が1μm以上である高温域生成ベイナイトと、
(1b)残留γ等の中心位置間距離の平均間隔が1μm未満である低温域生成ベイナイトの2種類のベイナイトを生成させれば、優れた伸びを有する高強度鋼板を提供できること、
(2)さらに体心立方格子(体心正方格子含む)の結晶粒ごとのIQ分布が、式(1)[(IQave-IQmin)/(IQmax-IQmin)≧0.40]、および式(2)[(σIQ)/(IQmax-IQmin)≦0.25]の関係を満足するよう制御することで、低温靭性に優れた高強度鋼板を提供できること、
(3)上記ポリゴナルフェライト、ベイナイト、焼戻しマルテンサイト、および残留オーステナイトを所定量生成させ、かつ上記式(1)、式(2)を満足する所定のIQ分布を実現するには、所定の成分組成を満足する鋼板を800℃以上、Ac_(3)点-10℃以下の二相温度域に加熱し、該温度域で50秒間以上保持して均熱した後、150℃以上、400℃以下(但し、Ms点が400℃以下の場合は、Ms点以下)を満たす任意の温度Tまで平均冷却速度10℃/秒以上で冷却し、且つ式(3)[150℃≦T1(℃)≦400℃]を満たすT1温度域で、10?200秒間保持した後、式(4)[400℃<T2(℃)≦540℃]を満たすT2温度域に加熱し、該温度域で50秒間以上保持すればよいことを見出し、本発明を完成した。
【0018】
以下、本発明に係る高強度鋼板について説明する。まず、本発明に係る高強度鋼板のIQ(Image Quality)分布について説明する。
【0019】
[IQ分布]
本発明ではEBSDによる測定点間の結晶方位差が3°以上である境界で囲まれた領域を「結晶粒」と定義し、IQとして、体心立方格子(体心正方格子を含む)の結晶粒毎に解析したEBSDパターンの鮮明度に基づく各平均IQを用いる。以下では、上記の各平均IQを単に「IQ」ということがある。上記結晶方位差を3°以上としたのは、ラス境界を除外する趣旨である。なお、体心正方格子は、C原子が、体心立方格子内の特定の侵入型位置に固溶することで、格子が一方向に伸長したものであり、構造自体は体心立方格子と同等であるため、低温靭性に及ぼす効果も同等である。また、EBSDでも、これら格子を区別することはできない。したがって、本発明では体心立方格子の測定には体心正方格子を含むものとした。
【0020】
IQとはEBSDパターンの鮮明度である。IQは結晶中の歪量に影響を受けることが知られており、具体的にはIQが小さいほど、結晶中に歪が多く存在する傾向にある。本発明者らは結晶粒の歪みと低温靭性との関係に着目して研究を重ねた。まず、EBSDによる各測定点毎のIQ、すなわち、歪みの多い面積と歪みの少ない面積の関係から低温靭性に与える影響を検討したが、各測定点のIQと低温靭性との関係性は見出せなかった。一方、結晶粒毎の平均IQ、すなわち、歪みの多い結晶粒数と歪みの少ない結晶粒数の関係から低温靭性に与える影響を検討した結果、歪みの少ない結晶粒が歪みの多い結晶粒に対して相対的に多くなるように制御すれば、低温靭性を向上できることがわかった。そしてフェライトおよび残留γを含有する金属組織であっても、鋼板の体心立方格子(体心正方格子含む)を有する各結晶粒のIQ分布を下記式(1)、式(2)を満足するように適切に制御すれば、良好な低温靭性が得られることを見出した。
【0021】
(IQave-IQmin)/(IQmax-IQmin)≧0.40・・・(1)
σIQ/(IQmax-IQmin)≦0.25・・・(2)
式中、
IQaveは、各結晶粒の平均IQ全データの平均値
IQminは、各結晶粒の平均IQ全データの最小値
IQmaxは、各結晶粒の平均IQ全データの最大値
σIQは、各結晶粒の平均IQ全データの標準偏差を表す。
【0022】
上記各結晶粒の平均IQ値は、供試材の圧延方向に平行な断面を研磨し、板厚の1/4位置にて、100μm×100μmの領域を測定領域とし、1ステップ:0.25μmで18万点のEBSD測定を行い、この測定結果から求められる各結晶粒のIQの平均値である。なお、測定領域の境界線で一部が分断された結晶粒は測定対象から除外し、測定領域内に一つの結晶粒が完全に収まっている結晶粒のみを対象とする。
【0023】
またIQの解析においては信頼性を確保する観点からCI(Confidence Index)<0.1の測定点を解析から除外する。CIは、データの信頼度であり、各測定点で検出されたEBSDパターンが、指定された結晶系、例えば鉄の場合は体心立方格子あるいは面心立方格子(FCC:Face Centered Cubic)のデータベース値との一致度を示す指標である。
【0024】
更に上記式(1)、式(2)の計算においては、異常値を除外する観点から最大側、および最小側それぞれにおいて全データから2%のデータを除外した値を用いる。
【0025】
また上記式(1)、および式(2)では、検出器の影響などによりIQの絶対値が変動することを考慮して、IQmin、IQmaxを用いて相対化している。
【0026】
IQaveと、σIQは低温靭性への影響を示す指標であり、IQaveが大きく、かつ、σIQが小さいと良好な低温靭性が得られる。良好な低温靭性を確保する観点からは、式(1)は0.40以上、好ましくは0.42以上、より好ましくは0.45以上である。式(1)の値が高い程、歪みの少ない結晶粒が多く、より優れた低温靭性が得られるため、上限は特に限定されないが、例えば、0.80以下である。一方、式(2)は0.25以下、好ましくは0.24以下、より好ましくは0.23以下である。式(2)の値が小さいほど、ヒストグラムで表される結晶粒のIQ分布がシャープになり、低温靭性向上に好ましい分布となるため下限は特に限定されないが、例えば、0.15以上である。
【0027】
本発明では上記式(1)、式(2)を両方満足することで優れた低温靭性が得られる。図4は、式(1)が0.40未満であって、式(2)が0.25以下のIQ分布図である。また図5は、式(1)が0.40以上であって、式(2)が0.25超のIQ分布図である。これらは式(1)、あるいは式(2)のいずれかしか満たさないため低温靭性が悪い。図6は、式(1)、式(2)を両方満足するIQ分布図であり、低温靭性が良好である。
【0028】
定性的には、図6のように、IQminからIQmaxの範囲内の平均IQの大きい結晶粒側、すなわち式(1)の値が0.40以上となる箇所において、ピークとなる結晶粒数が多いシャープな山状の分布、すなわち式(2)の値が0.25以下となるようなIQ分布であれば、低温靭性が向上する。低温靭性が向上する理由は必ずしも明確ではないが、式(1)と式(2)を満足すれば、歪みの少ない結晶粒、すなわち高IQ結晶粒が、歪の多い結晶粒、すなわち低IQ結晶粒に対して相対的に多くなり、脆性破壊の起点となる高歪の結晶粒が抑制されるためと考えられる。
【0029】
次に、本発明に係る高強度鋼板を特徴づける金属組織について説明する。本発明に係る高強度鋼板の金属組織は、ポリゴナルフェライト、ベイナイト、焼戻しマルテンサイト、および残留γを含む混合組織である。
【0030】
[ポリゴナルフェライト]
ポリゴナルフェライトは、ベイナイトに比べて軟質であり、鋼板の伸びを高めて加工性を改善するのに作用する組織である。こうした作用を発揮させるには、ポリゴナルフェライトの面積率は、金属組織全体に対して10%以上、好ましくは15%以上、より好ましくは20%以上、更に好ましくは25%以上である。しかしポリゴナルフェライトの生成量が過剰になると、強度が低くなるため、面積率は50%以下、好ましくは45%以下、より好ましくは40%以下である。
【0031】
上記ポリゴナルフェライト粒の平均円相当直径Dは、10μm以下(0μmを含まない)であることが好ましい。ポリゴナルフェライト粒の平均円相当直径Dを小さくし、細かく分散させることによって、伸びを一段と向上させることができる。この詳細なメカニズムは明らかではないが、ポリゴナルフェライトを微細化することによって、金属組織全体に対するポリゴナルフェライトの分散状態が均一になるため、不均一な変形が起こりにくくなり、これが伸びの一層の向上に寄与していると考えられる。すなわち、本発明の鋼板の金属組織が、ポリゴナルフェライト、残留γ、および残部硬質相の混合組織で構成されている場合、ポリゴナルフェライト粒の粒径が大きくなると、個々の組織の大きさにバラツキが生じる。そのため、不均一な変形が生じて歪みが局所的に集中して加工性、特に、ポリゴナルフェライト生成による伸び向上作用を改善することが難しくなると考えられる。したがってポリゴナルフェライトの平均円相当直径Dは、好ましくは10μm以下、より好ましくは8μm以下、更に好ましくは5μm以下、特に好ましくは3μm以下である。
【0032】
上記ポリゴナルフェライトの面積率および平均円相当直径Dは、SEM観察によって測定できる。
【0033】
[ベイナイトおよび焼戻しマルテンサイト]
本発明のベイナイトには、ベイニティックフェライトも含まれる。ベイナイトは炭化物が析出した組織であり、ベイニティックフェライトは炭化物が析出していない組織である。
【0034】
本発明の鋼板は、ベイナイトが、高温域生成ベイナイトおよび低温域生成ベイナイト等を含む複合ベイナイト組織から構成されているところに特徴がある。複合ベイナイト組織とすることによって加工性全般を改善した高強度鋼板を実現できる。すなわち、高温域生成ベイナイトは、低温域生成ベイナイト等よりも軟質であるため、鋼板の伸び(EL)を高めて加工性を改善するのに寄与する。一方、低温域生成ベイナイト等は、炭化物および残留γが小さく、変形に際して応力集中が軽減されるため、鋼板の伸びフランジ性(λ)や曲げ性(R)を高めて局所変形能を向上して加工性を改善するのに寄与する。そしてこれら2種類のベイナイト組織を含むことにより、良好な局所変形能を確保したうえで、伸びを高めることができ、加工性全般が高められる。これは強度レベルの異なるベイナイト組織を複合化することによって不均一変形が生じるため、加工硬化能が上昇することに起因すると考えられる。
【0035】
上記高温域生成ベイナイトとは、比較的高温域で生成するベイナイト組織で、主に400℃超、540℃以下のT2温度域で生成する。高温域生成ベイナイトは、ナイタール腐食した鋼板断面をSEM観察したときに、残留γ等の平均間隔が1μm以上になっている組織である。
【0036】
一方、上記低温域生成ベイナイトとは、比較的低温域で生成するベイナイト組織で、主に150℃以上、400℃以下のT1温度域で生成する。低温域生成ベイナイトは、ナイタール腐食した鋼板断面をSEM観察したときに、残留γ等の平均間隔が1μm未満になっている組織である。
【0037】
ここで「残留γ等の平均間隔」とは、鋼板断面をSEM観察したとき、隣接する残留γ同士の中心位置間距離、隣接する炭化物同士の中心位置間距離、または隣接する残留γと隣接する炭化物との中心位置間距離を測定した結果を平均した値である。上記中心位置間距離は、最も隣接している残留γおよび/または炭化物について測定したときに、各残留γまたは各炭化物の中心位置を求め、この中心位置間の距離を意味する。上記中心位置は、残留γまたは炭化物の長径と短径を決定し、長径と短径が交差する位置とする。
【0038】
但し、残留γや炭化物がラスの境界上に析出する場合は、複数の残留γと炭化物が連なってその形態は針状または板状になるため、中心位置間距離は、残留γおよび/または炭化物間の距離ではなく、図1に示すように、残留γおよび/または炭化物が長径方向に連なって形成する線と線の間隔、すなわち、ラス間距離を中心位置間距離とする。
【0039】
また、焼戻しマルテンサイトは、上記低温域生成ベイナイトと同様の作用を有する組織であり、鋼板の局所変形能向上に寄与する。なお、上記低温域生成ベイナイトと焼戻しマルテンサイトは、SEM観察では区別できないため、本発明では、低温域生成ベイナイトと焼戻しマルテンサイトをまとめて「低温域生成ベイナイト等」と呼ぶこととする。
【0040】
本発明において、ベイナイトを上記のように生成温度域の相違および残留γ等の平均間隔の相違によって「高温域生成ベイナイト」と「低温域生成ベイナイト等」に区別した理由は、一般的な学術的組織分類ではベイナイトを明瞭に区別し難いからである。例えば、ラス状のベイナイトとベイニティックフェライトは、変態温度に応じて上部ベイナイトと下部ベイナイトに分類される。しかし本発明のようにSiを1.0%以上と多く含む鋼では、ベイナイト変態に伴う炭化物の析出が抑制されるため、SEM観察では、マルテンサイト組織も含めてこれらを区別することは困難である。そこで本発明では、ベイナイトを学術的な組織定義により分類するのではなく、上記のように生成温度域の相違および残留γ等の平均間隔に基づいて区別した。
【0041】
高温域生成ベイナイトと低温域生成ベイナイト等の分布状態は特に限定されず、旧γ粒内に高温域生成ベイナイトと低温域生成ベイナイト等の両方が生成していてもよいし、旧γ粒毎に高温域生成ベイナイトと低温域生成ベイナイト等が夫々生成していてもよい。
【0042】
高温域生成ベイナイトと低温域生成ベイナイト等の分布状態を模式的に図2A、Bに示す。図中では、高温域生成ベイナイトには斜線を付し、低温域生成ベイナイト等には細かい点々を付した。図2Aは、旧γ粒内に高温域生成ベイナイトと低温域生成ベイナイト等の両方が混合して生成している様子を示し、図2Bは、旧γ粒毎に高温域生成ベイナイトと低温域生成ベイナイト等が夫々生成している様子を示す。各図中に示した黒丸は、MA混合相を示している。MA混合相については後述する。
【0043】
本発明では、良好な延性を確保する観点から金属組織全体に占める高温域生成ベイナイトの面積率をbとし、金属組織全体に占める低温域生成ベイナイト等の合計面積率をcとしたとき、該面積率bおよびcは、いずれも80%以下を満足することが必要である。ここで、低温域生成ベイナイトの面積率ではなく、低温域生成ベイナイトと焼戻しマルテンサイトの合計面積率を規定した理由は、前述したように、これらが同様の作用を有する組織であると共に、SEM観察ではこれらの組織を区別できないからである。
【0044】
高温域生成ベイナイトの面積率bは、80%以下とする。高温域生成ベイナイトの生成量が過剰になると低温域生成ベイナイト等の複合化による効果が発揮されず、特に良好な延性が得られない。したがって面積率bは80%以下、好ましくは70%以下、より好ましくは60%以下、更に好ましくは50%以下とする。延性に加えて伸びフランジ性、曲げ性、およびエリクセン値を向上させるには、高温域生成ベイナイトの面積率bは10%以上、好ましくは15%以上、より好ましくは20%以上である。
【0045】
また、低温域生成ベイナイト等の合計面積率cは、80%以下とする。低温域生成ベイナイト等の生成量が過剰になると高温域生成ベイナイトの複合化による効果が発揮されず、特に良好な延性が得られない。したがって面積率cは80%以下、好ましくは70%以下、より好ましくは60%以下、更に好ましくは50%以下とする。延性に加えて伸びフランジ性、曲げ性、およびエリクセン値を向上させるには、上記高温域生成ベイナイトの面積率bを10%以上とすると共に、低温域生成ベイナイト等の合計面積率cを10%以上とすることが好ましい。低温域生成ベイナイト等の生成量が少な過ぎると鋼板の局所変形能が低下して加工性を改善できない。したがって合計面積率cは10%以上、好ましくは15%以上、より好ましくは20%以上である。
【0046】
上述した面積率bと合計面積率cの関係は、それぞれの範囲が上記範囲を満足していれば特に限定されず、b>c、b<c、b=cのいずれの態様も含まれる。
【0047】
高温域生成ベイナイトと、低温域生成ベイナイト等の混合比率は、鋼板に要求される特性に応じて定めればよい。具体的には、鋼板の加工性のうち局所変形能;特に、伸びフランジ性(λ)を一層向上させるには、高温域生成ベイナイトの比率をできるだけ小さくし、低温域生成ベイナイト等の比率をできるだけ大きくすればよい。一方、鋼板の加工性のうち伸びを一層向上させるには、高温域生成ベイナイトの比率をできるだけ大きくし、低温域生成ベイナイト等の比率をできるだけ小さくすればよい。また、鋼板の強度を一層高めるには、低温域生成ベイナイト等の比率をできるだけ大きくし、高温域生成ベイナイトの比率をできるだけ小さくすればよい。
【0048】
[ポリゴナルフェライト+ベイナイト+焼戻しマルテンサイト]
本発明では、ポリゴナルフェライトの面積率a、高温域生成ベイナイトの面積率b、および低温域生成ベイナイト等の合計面積率cの合計(以下、「a+b+cの合計面積率」という)が、金属組織全体に対して70%以上を満足していることが好ましい。合計面積率(a+b+c)が70%を下回ると、伸びが劣化することがある。a+b+cの合計面積率は、より好ましくは75%以上、更に好ましくは80%以上である。a+b+cの合計面積率の上限は、飽和磁化法で測定される残留γの占積率を考慮して決定されるが、例えば、95%である。
【0049】
[残留γ]
残留γは、鋼板が応力を受けて変形する際にマルテンサイトに変態することによって変形部の硬化を促し、歪の集中を防ぐ効果があり、それにより均一変形能が向上して良好な伸びを発揮する。こうした効果は、一般的にTRIP効果と呼ばれている。
【0050】
これらの効果を発揮させるために、金属組織全体に対する残留γの体積率は、飽和磁化法で測定したとき、5体積%以上含有させる必要がある。残留γは、好ましくは8体積%以上、より好ましくは10体積%以上である。しかし残留γの生成量が多くなり過ぎると、後述するMA混合相も過剰に生成し、MA混合相が粗大化し易くなるため、局所変形能を低下させてしまう。したがって残留γの上限は好ましくは30体積%以下、より好ましくは25体積%以下である。
【0051】
残留γは、ラス間に生成することもあれば、ラス状組織の集合体、例えば、ブロックやパケットなどや旧γの粒界上に、後述するMA混合相の一部として塊状に存在することもある。
【0052】
[その他]
本発明に係る鋼板の金属組織は、上述したように、ポリゴナルフェライト、ベイナイト、焼戻しマルテンサイト、および残留γを含み、これらのみから構成されていてもよいが、本発明の効果を損なわない範囲で、(a)焼入れマルテンサイトと残留γとが複合したMA混合相や、(b)パーライト等の残部組織が存在してもよい。
【0053】
(a)MA混合相
MA混合相は、焼入れマルテンサイトと残留γとの複合相として一般的に知られており、最終冷却前までは未変態のオーステナイトとして存在していた組織の一部が、最終冷却時にマルテンサイトに変態し、残りはオーステナイトのまま残存することによって生成する組織である。こうして生成するMA混合相は、熱処理、特に、T2温度域で保持するオーステンパ処理の過程で炭素が高濃度に濃化し、しかも一部がマルテンサイト組織になっているため、非常に硬い組織である。そのためベイナイトとMA混合相との硬度差は大きく、変形に際して応力が集中してボイド発生の起点となりやすいので、MA混合相が過剰に生成すると、伸びフランジ性や曲げ性が低下して局所変形能が低下する。また、MA混合相が過剰に生成すると、強度が高くなり過ぎる傾向がある。MA混合相は、CおよびSi含有量が多くなるほど生成し易くなるが、その生成量はできるだけ少ない方が好ましい。
【0054】
MA混合相は、金属組織を光学顕微鏡で観察したときに、金属組織全体に対して好ましくは30面積%以下、より好ましくは25面積%以下、更に好ましくは20面積%以下である。
【0055】
MA混合相は、円相当直径dが7μmを超えるMA混合相の個数割合が、MA混合相の全個数に対して0%以上15%未満であることが好ましい。円相当直径dが7μmを超える粗大なMA混合相は、局所変形能に悪影響を及ぼす。円相当直径dが7μmを超えるMA混合相の個数割合は、MA混合相の全個数に対してより好ましくは10%未満、更に好ましくは5%未満である。
【0056】
円相当直径dが7μmを超えるMA混合相の個数割合は、圧延方向に平行な断面表面を光学顕微鏡で観察して算出すればよい。
【0057】
なお、MA混合相の粒径が大きくなるほどボイドが発生し易くなる傾向が実験により認められたため、MA混合相の円相当直径dはできるだけ小さいことが推奨される。
【0058】
(b)パーライト
パーライトは、金属組織をSEM観察したときに、金属組織全体に対して好ましくは20面積%以下である。パーライトの面積率が20%を超えると、伸びが劣化し、加工性の改善が難しくなる。パーライトの面積率は、金属組織全体に対してより好ましくは15%以下、更に好ましくは10%以下、特に好ましくは5%以下である。
【0059】
上記の金属組織は、次の手順で測定できる。
【0060】
[SEM観察]
高温域生成ベイナイト、低温域生成ベイナイト等、ポリゴナルフェライト、およびパーライトは、鋼板の圧延方向に平行な断面のうち、板厚の1/4位置をナイタール腐食し、倍率3000倍程度でSEM観察すれば識別できる。
【0061】
ポリゴナルフェライトは、結晶粒の内部に上述した白色もしくは薄い灰色の残留γ等を含まない結晶粒として観察される。
【0062】
高温域生成ベイナイトおよび低温域生成ベイナイト等は、主に灰色で観察され、結晶粒の中に白色もしくは薄い灰色の残留γ等が分散している組織として観察される。したがってSEM観察によれば、高温域生成ベイナイトおよび低温域生成ベイナイト等には、残留γや炭化物も含まれるため、残留γと炭化物を含めた面積率として算出される。
【0063】
パーライトは、炭化物とフェライトが層状になった組織として観察される。
【0064】
鋼板の断面をナイタール腐食すると、炭化物と残留γは、いずれも白色もしくは薄い灰色の組織として観察され、両者を区別することは困難である。これらのうち例えば、セメンタイトなどの炭化物は、低温域で生成するほど、ラス間よりもラス内に析出する傾向があるため、炭化物同士の間隔が広い場合は、高温域で生成したと考えられ、炭化物同士の間隔が狭い場合は、低温域で生成したと考えることができる。残留γは、通常ラス間に生成するが、ラスの大きさは組織の生成温度が低くなるほど小さくなるため、残留γ同士の間隔が広い場合は、高温域で生成したと考えられ、残留γ同士の間隔が狭い場合は、低温域で生成したと考えることができる。したがって本発明ではナイタール腐食した断面をSEM観察し、観察視野内に白色または薄い灰色として観察される残留γと炭化物に着目し、隣接する残留γおよび/または炭化物間の中心位置間距離を測定したときに、この平均値(平均間隔)が1μm以上である組織を高温域生成ベイナイト、平均間隔が1μm未満である組織を低温域生成ベイナイト等とする。
【0065】
[飽和磁化法]
残留γは、SEM観察による組織の同定ができないため、飽和磁化法により体積率を測定する。このようにして得られる残留γの体積率はそのまま面積率と読み替えることができる。飽和磁化法による詳細な測定原理は、「R&D神戸製鋼技報、Vol.52、No.3、2002年、p.43?46」を参照すればよい。
【0066】
このように本発明では、残留γの体積率は飽和磁化法で測定しているのに対し、高温域生成ベイナイトおよび低温域生成ベイナイト等の面積率はSEM観察で残留γを含めて測定しているため、これらの合計は100%を超える場合がある。
【0067】
[光学顕微鏡観察]
MA混合相は、鋼板の圧延方向に平行な断面のうち、板厚の1/4位置をレペラー腐食し、倍率1000倍程度で光学顕微鏡観察したとき、白色組織として観察される。
【0068】
次に、本発明に係る高強度鋼板の化学成分組成について説明する。
【0069】
≪成分組成≫
本発明の高強度鋼板は、質量%で、C:0.10?0.5%、Si:1.0?3.0%、Mn:1.5?3%、Al:0.005?1.0%を含有し、且つP:0%超0.1%以下、S:0%超0.05%以下を満足し、残部が鉄および不可避不純物からなる鋼板である。こうした範囲を定めた理由は次の通りである。
【0070】
[C:0.10?0.5%]
Cは、鋼板の強度を高めると共に、残留γを生成させるために必要な元素である。したがってC量は0.10%以上、好ましくは0.13%以上、より好ましくは0.15%以上である。しかし、Cを過剰に含有すると溶接性が低下する。したがってC量は0.5%以下、好ましくは0.3%以下、より好ましくは0.25%以下、更に好ましくは0.20%以下とする。
【0071】
[Si:1.0?3.0%]
Siは、固溶強化元素として鋼板の高強度化に寄与するほか、後述するT1温度域およびT2温度域での保持中、すなわち、オーステンパ処理中に炭化物が析出するのを抑制し、残留γを効果的に生成させるうえで大変重要な元素である。したがってSi量は1.0%以上、好ましくは1.2%以上、より好ましくは1.3%以上である。しかしSiを過剰に含有すると、焼鈍での加熱・均熱時にγ相への逆変態が起こらず、ポリゴナルフェライトが多量に残存し、強度不足になる。また、熱間圧延の際に鋼板表面にSiスケールを発生して鋼板の表面性状を悪化させる。したがってSi量は3.0%以下、好ましくは2.5%以下、より好ましくは2.0%以下である。
【0072】
[Mn:1.5?3%]
Mnは、ベイナイトおよび焼戻しマルテンサイトを得るために必要な元素である。またMnは、オーステナイトを安定化させて残留γを生成させるのにも有効に作用する元素である。こうした作用を発揮させるために、Mn量は1.5%以上、好ましくは1.8%以上、より好ましくは2.0%以上とする。しかしMnを過剰に含有すると、高温域生成ベイナイトの生成が著しく抑制される。また、Mnの過剰添加は、溶接性の劣化や偏析による加工性の劣化を招く。したがってMn量は3%以下、好ましくは2.8%以下、より好ましくは2.7%以下とする。
【0073】
[A1:0.005?1.0%]
Alは、Siと同様に、オーステンパ処理中に炭化物が析出するのを抑制し、残留γを生成させるのに寄与する元素である。またAlは、製鋼工程で脱酸剤として作用する元素である。したがってAl量は0.005%以上、好ましくは0.01%以上、より好ましくは0.03%以上とする。しかしA1を過剰に含有すると、鋼板中の介在物が多くなり過ぎて延性が劣化する。したがってAl量は1.0%以下、好ましくは0.8%以下、より好ましくは0.5%以下とする。
【0074】
[P:0%超0.1%以下]
Pは、鋼に不可避的に含まれる不純物元素であり、P量が過剰になると鋼板の溶接性が劣化する。したがってP量は0.1%以下、好ましくは0.08%以下、より好ましくは0.05%以下である。P量はできるだけ少ない方が良いが、0%にするのは工業的に困難である。
【0075】
[S:0%超0.05%以下]
Sは、鋼に不可避的に含まれる不純物元素であり、上記Pと同様、鋼板の溶接性を劣化させる元素である。またSは、鋼板中に硫化物系介在物を形成し、これが増大すると加工性が低下する。したがってS量は0.05%以下、好ましくは0.01%以下、より好ましくは0.005%以下である。S量はできるだけ少ない方が良いが、0%にするのは工業的に困難である。
【0076】
本発明に係る高強度鋼板は、上記成分組成を満足するものであり、残部成分は鉄および上記P、S以外の不可避不純物である。不可避不純物としては、例えば、NやO(酸素)、トランプ元素(例えば、Pb、Bi、Sb、Snなど)などが含まれる。不可避不純物のうち、N量は0%超0.01%以下、O量は0%超0.01%以下であることが好ましい。
【0077】
[N:0%超0.01%以下]
Nは、鋼板中に窒化物を析出させて鋼板の強化に寄与する元素であるが、Nを過剰に含有すると、窒化物が多量に析出して伸び、伸びフランジ性、および曲げ性の劣化を引き起こす。したがってN量は0.01%以下であることが好ましく、より好ましくは0.008%以下、更に好ましくは0.005%以下である。
【0078】
[O:0%超0.01%以下]
O(酸素)は、過剰に含有すると伸び、伸びフランジ性、および曲げ性の低下を招く元素である。したがってO量は0.01%以下であることが好ましく、より好ましくは0.005%以下、更に好ましくは0.003%以下である。
【0079】
本発明の鋼板は、更に他の元素として、
(a)Cr:0%超1%以下およびMo:0%超1%以下よりなる群から選択される少なくとも1種以上の元素、
(b)Ti:0%超0.15%以下、Nb:0%超0.15%以下およびV:0%超0.15%以下よりなる群から選択される1種以上の元素、
(c)Cu:0%超1%以下およびNi:0%超1%以下よりなる群から選択される少なくとも1種以上の元素、
(d)B:0%超0.005%以下(但し、C:0.17%、Si:1.42%、Mn:2.2%、Al:0.043%、P:0.030%、S:0.0030%、N:0.0023%、Cr:0.5%、Ti:0.025%、B:0.0010%、残部Fe及び不可避不純物からなり、鋼組織分率がαb:上部ベイナイト中のベイニティックフェライトが25%、M:マルテンサイトが29%、tM:焼戻しマルテンサイトが20%、α:ポリゴナルフェライトが31%、γ:残留オーステナイトが15%、残部:0%、αb+M+γ:69%である鋼板を除く。)、
(e)Ca:0%超0.01%以下、Mg:0%超0.01%以下および希土類元素:0%超0.01%以下よりなる群から選択される1種以上の元素、等を含有してもよい。
【0080】
(a)[Cr:0%超1%以下およびMo:0%超1%以下よりなる群から選択される少なくとも1種以上の元素]
CrとMoは、上記Mnと同様に、ベイナイトと焼戻しマルテンサイトを得るために有効に作用する元素である。これらの元素は、単独で、あるいは併用して使用できる。こうした作用を有効に発揮させるには、CrとMoは、夫々単独で、好ましくは0.1%以上、より好ましくは0.2%以上である。しかしCrとMoの含有量が、夫々1%を超えると、高温域生成ベイナイトの生成が著しく抑制され、残留γ量が減少する。また、過剰な添加はコスト高となる。したがってCrとMoは、夫々好ましくは1%以下、より好ましくは0.8%以下、更に好ましくは0.5%以下である。CrとMoを併用する場合は、合計量を1.5%以下とすることが推奨される。
【0081】
(b)[Ti:0%超0.15%以下、Nb:0%超0.15%以下およびV:0%超0.15%以下よりなる群から選択される1種以上の元素]
Ti、NbおよびVは、鋼板中に炭化物や窒化物等の析出物を形成し、鋼板を強化すると共に、旧γ粒の微細化によりポリゴナルフェライト粒を細かくする作用も有する元素である。こうした作用を有効に発揮させるには、Ti、NbおよびVは、夫々単独で、好ましくは0.01%以上、より好ましくは0.02%以上である。しかし過剰に含有すると、粒界に炭化物が析出し、鋼板の伸びフランジ性や曲げ性が劣化する。したがってTi、NbおよびVは、夫々単独で、好ましくは0.15%以下、より好ましくは0.12%以下、更に好ましくは0.1%以下である。Ti、NbおよびVは、夫々単独で含有させてもよいし、任意に選ばれる2種以上の元素を含有させてもよい。
【0082】
(c)[Cu:0%超1%以下およびNi:0%超1%以下よりなる群から選択される少なくとも1種以上の元素]
CuとNiは、γを安定化させて残留γを生成させるのに有効に作用する元素である。これらの元素は、単独で、あるいは併用して使用できる。こうした作用を有効に発揮させるには、CuとNiは、夫々単独で好ましくは0.05%以上、より好ましくは0.1%以上である。しかしCuとNiを過剰に含有すると、熱間加工性が劣化する。したがってCuとNiは、夫々単独で好ましくは1%以下、より好ましくは0.8%以下、更に好ましくは0.5%以下である。なお、Cuを1%を超えて含有させると熱間加工性が劣化するが、Niを添加すれば熱間加工性の劣化は抑制されるため、CuとNiを併用する場合は、コスト高となるが1%を超えてCuを添加してもよい。
【0083】
(d)[B:0%超0.005%以下(但し、C:0.17%、Si:1.42%、Mn:2.2%、Al:0.043%、P:0.030%、S:0.0030%、N:0.0023%、Cr:0.5%、Ti:0.025%、B:0.0010%、残部Fe及び不可避不純物からなり、鋼組織分率がαb:上部ベイナイト中のベイニティックフェライトが25%、M:マルテンサイトが29%、tM:焼戻しマルテンサイトが20%、α:ポリゴナルフェライトが31%、γ:残留オーステナイトが15%、残部:0%、αb+M+γ:69%である鋼板を除く。)]
Bは、上記Mn、CrおよびMoと同様に、ベイナイトと焼戻しマルテンサイトを生成させるのに有効に作用する元素である。こうした作用を有効に発揮させるには、Bは好ましくは0.0005%以上、より好ましくは0.001%以上である。しかしBを過剰に含有すると、鋼板中にホウ化物を生成して延性を劣化させる。またBを過剰に含有すると、上記CrやMoと同様に、高温域生成ベイナイトの生成が著しく抑制される。したがってB量は好ましくは0.005%以下、より好ましくは0.004%以下、更に好ましくは0.003%以下である。
【0084】
(e)[Ca:0%超0.01%以下、Mg:0%超0.01%以下および希土類元素:0%超0.01%以下よりなる群から選択される1種以上の元素]
Ca、Mgおよび希土類元素(REM)は、鋼板中の介在物を微細分散させるのに作用する元素である。こうした作用を有効に発揮させるには、Ca、Mgおよび希土類元素は、夫々単独で、好ましくは0.0005%以上、より好ましくは0.001%以上である。しかし過剰に含有すると、鋳造性や熱間加工性などを劣化させ、製造し難くなる。また、過剰添加は、鋼板の延性を劣化させる原因となる。したがってCa、Mgおよび希土類元素は、夫々単独で、好ましくは0.01%以下、より好ましくは0.005%以下、更に好ましくは0.003%以下である。
【0085】
上記希土類元素とは、ランタノイド元素(LaからLuまでの15元素)およびSc(スカンジウム)とY(イットリウム)を含む意味であり、これらの元素のなかでも、La、CeおよびYよりなる群から選ばれる少なくとも1種の元素を含有することが好ましく、より好ましくはLaおよび/またはCeを含有させるのがよい。
【0086】
≪製造方法≫
次に、上記高強度鋼板の製造方法について説明する。上記高強度鋼板は、上記成分組成を満足する鋼板を800℃以上、Ac_(3)点-10℃以下の二相温度域に加熱する工程と、該温度域で50秒間以上保持して均熱する工程と、150℃以上、400℃以下(但し、Ms点が400℃以下の場合は、Ms点以下)を満たす任意の温度Tまで平均冷却速度10℃/秒以上で冷却する工程と、下記式(3)を満たすT1温度域で10?200秒間保持する工程と、下記式(4)を満たすT2温度域で50秒間以上保持する工程と、をこの順で含むことによって製造できる。
150℃≦T1(℃)≦400℃ ・・・(3)
400℃<T2(℃)≦540℃ ・・・(4)
【0087】
特に本発明では上記二相域で均熱した後、上記T1温度域で冷却・保持した後、上記T2温度域まで再加熱・保持してから高強度鋼板を得る製造方法において、加熱温度や冷却温度、および保持時間や冷却速度などの製造条件を適切に制御することで、例えば図6に示すような本発明で規定する適切なIQ分布とすることができる。なお、後記実施例でも示すように従来から知られているTRIP鋼板の製造方法、例えば二相域で均熱した後、ベイナイト変態温度域まで冷却・保持する一般的なTRIP鋼板の製造方法では、例えば図5に示すようなIQ分布となる傾向があり、十分な低温靭性が得られない。
【0088】
[熱延および冷延]
まず、スラブを常法に従って熱間圧延し、得られた熱延鋼板を冷間圧延した冷延鋼板を準備する。熱間圧延は、仕上げ圧延温度を、例えば800℃以上、巻取り温度を、例えば700℃以下とすればよい。冷間圧延では、冷延率を例えば10?70%の範囲として圧延すればよい。
【0089】
[均熱]
このようにして得られた冷延鋼板を均熱工程に付す。具体的には、連続焼鈍ラインで、800℃以上、Ac_(3)点-10℃以下の温度域に加熱し、この温度域で50秒間以上保持して均熱する。
【0090】
加熱温度をフェライトとオーステナイトの二相温度域に制御することによって、所定量のポリゴナルフェライトを生成させることができる。加熱温度が高すぎるとオーステナイト単相域となり、ポリゴナルフェライトの生成が抑制されるため、鋼板の伸びを改善できず、加工性が劣化する。したがって加熱温度は、Ac_(3)点-10℃以下、好ましくはAc_(3)点-15℃以下、より好ましくはAc_(3)点-20℃以下とする。一方、加熱温度が800℃を下回ると、ポリゴナルフェライト量が過剰となって強度が低下する。また、冷間圧延による展伸組織が残存し、伸びも低下する。したがって加熱温度は、800℃以上、好ましくは810℃以上、より好ましくは820℃以上である。
【0091】
上記温度域での均熱時間は50秒以上である。均熱時間が50秒を下回ると、鋼板を均一に加熱できないため、炭化物が未固溶のまま残存し、残留γの生成が抑制され、延性が低下する。したがって均熱時間は50秒以上、好ましくは100秒以上とする。しかし均熱時間が長過ぎると、オーステナイト粒径が大きくなり、それに伴いポリゴナルフェライト粒も粗大化し、伸びおよび局所変形能が悪くなる傾向がある。したがって均熱時間は、好ましくは500秒以下、より好ましくは450秒以下である。
【0092】
なお、上記冷延鋼板を、上記二相温度域に加熱するときの平均加熱速度は、例えば1℃/秒以上とすればよい。
【0093】
本発明においてAc_(3)点は、「レスリー鉄鋼材料科学」(丸善株式会社、1985年5月31日発行、P.273)に記載されている下記式(a)から算出できる。式(a)中、[ ]は各元素の含有量(質量%)を示しており、鋼板に含まれない元素の含有量は0質量%として計算すればよい。
Ac_(3)(℃)=910-203×[C]^(1/2)+44.7×[Si]-30×[Mn]-11×[Cr]+31.5×[Mo]-20×[Cu]-15.2×[Ni]+400×[Ti]+104×[V]+700×[P]+400×[Al]・・・(a)
【0094】
[冷却工程]
上記二相温度域に加熱して50秒間以上保持して均熱化した後、150℃以上、400℃以下(但し、Ms点が400℃以下の場合は、Ms点以下)を満たす任意の温度Tまで平均冷却速度10℃/秒以上で急冷する。以下では、上記Tを「急冷停止温度T」ということがある。均熱後、二相温度域から急冷停止温度Tまでの範囲を急冷することによって、所定量のポリゴナルフェライトを確保しつつ、低温域生成ベイナイトや高温域生成ベイナイトの生成促進に有効なマルテンサイトを生成させることができる。
【0095】
[急冷停止温度T]
急冷停止温度Tが150℃を下回ると、マルテンサイトの生成量が多くなって残留γ量が不足し、伸びが劣化する。冷却停止温度Tは150℃以上、好ましくは160℃以上、より好ましくは170℃以上である。一方、急冷停止温度Tが400℃を超えると(但し、Ms点が400℃より低い場合はMs点を超えると)、所望のIQ分布が得られず、低温靱性が劣化する。したがって、急冷停止温度Tは400℃以下(但し、Ms点が400℃より低い場合はMs点以下)、好ましくは380℃(但し、Ms点-20℃が380℃より低い場合はMs点-20℃)以下、より好ましくは350℃(但し、Ms点-50℃が350℃より低い場合はMs点-50℃)以下である。
【0096】
なお、本発明においてMs点は、上記「レスリー鉄鋼材料科学」(P.231)に記載されている式に、フェライト分率(Vf)を考慮した下記式(b)から算出できる。式(b)中、[ ]は、各元素の含有量(質量%)を示しており、鋼板に含まれない元素の含有量は0質量%として計算すればよい。
Ms点(℃)=561-474×[C]/(1-Vf/100)-33×[Mn]-17×[Ni]-17×[Cr]-21×[Mo]・・・(b)
ここで、Vfはフェライト分率(面積%)を表すが、フェライト分率を製造中に直接測定することは困難ため、別途、加熱、均熱から冷却までの焼鈍パターンを再現したサンプルを作製したときの該サンプル中のフェライト分率測定値をVfとする。
【0097】
二相温度域から急冷停止温度Tまでの平均冷却速度が10℃/秒を下回ると、フェライトが過剰に生成し、また、パーライト変態を起こしてパーライトが過剰に生成することで、残留γ量が不足し、伸びが低下する。上記温度域の平均冷却速度は、10℃/秒以上、好ましくは15℃/秒以上、より好ましくは20℃/秒以上である。上記温度域の平均冷却速度の上限は特に限定されないが、平均冷却速度が大きくなり過ぎると温度制御が困難となるため、上限は、例えば100℃/秒程度であればよい。
【0098】
[T1温度域での保持]
急冷停止温度Tまで冷却した後、上記式(3)で規定する150℃以上、400℃以下のT1温度域で所定時間保持することによって、上記式(1)および式(2)を満足する所望のIQ分布となり、良好な低温靱性を確保できる。しかし400℃超の保持温度とすると、上記式(1)や式(2)を満足せず、IQ分布は例えば図4や図5に示す分布となり、十分な低温靱性が得られない。したがってT1温度域は400℃以下、好ましくは380℃以下、更に好ましくは350℃以下である。一方、保持温度が150℃を下回ると、マルテンサイト分率が多くなり過ぎ、残留γ量が減少して、伸びが低下する。したがってT1温度域の下限は150℃以上、好ましくは160℃以上、より好ましくは170℃以上である。
【0099】
上記式(3)を満たすT1温度域で保持する時間は、10?200秒間とする。T1温度域での保持時間が短過ぎると所望のIQ分布が得られず、例えば図4や図5に示すようなIQ分布となり、低温靱性が劣化する。したがってT1温度域での保持時間は10秒以上、好ましくは15秒以上、より好ましくは30秒以上、更に好ましくは50秒以上である。しかし保持時間が200秒を超えると、低温域生成ベイナイトが過剰に生成するため、後述するように、T2温度域で所定時間保持しても所望の残留γ量を確保できなくなり、ELが低下する。したがってT1温度域での保持時間は200秒以下、好ましくは180秒以下、より好ましくは150秒以下とする。
【0100】
本発明において、T1温度域での保持時間とは、所定の温度で均熱した後、冷却により鋼板の温度が、400℃となった時点(但し、Ms点が400℃以下の場合は、Ms点)から、T1温度域で保持した後に加熱を開始し、鋼板の温度が、400℃に到達するまでの時間を意味する。例えばT1温度域での保持時間は、図3中、「x」の区間の時間である。本発明では、後述するようにT2温度域で保持した後、室温まで冷却しているため、鋼板はT1温度域を再度通過することとなるが、本発明では、この冷却時に通過する時間は、T1温度域における滞在時間に含めていない。この冷却時には、変態は殆ど完了しているためである。
【0101】
上記式(3)を満たすT1温度域で保持する方法は、T1温度域での保持時間が10?200秒間であれば特に限定されず、例えば、図3の(i)?(iii)に示すヒートパターンを採用すればよい。但し、本発明はこれに限定する趣旨ではなく、本発明の要件を満足する限り、上記以外のヒートパターンを適宜採用できる。
【0102】
このうち図3の(i)は、均熱温度から任意の急冷停止温度Tまで急冷した後、この急冷停止温度Tで所定時間恒温保持する例であり、恒温保持後、上記式(4)を満足する任意の温度まで加熱している。図3の(i)では、一般階の恒温保持を行った場合について示しているが、本発明はこれに限定されず、T1温度域の範囲内であれば、図示しないが保持温度が異なる2段階以上の恒温保持を行ってもよい。
【0103】
図3の(ii)は、均熱温度から任意の急冷停止温度Tまで急冷した後、冷却速度を変更し、T1温度域の範囲内で所定時間かけて冷却した後、上記(4)式を満足する任意の温度まで加熱する例である。図3の(ii)では、一般階の冷却を行った場合について示しているが、本発明はこれに限定されず、冷却速度が異なる二段以上の多段冷却を行ってもよい(図示せず)。
【0104】
図3の(iii)は、均熱温度から任意の急冷停止温度Tまで急冷した後、T1温度域の範囲内で所定時間かけて加熱した後、上記(4)式を満足する任意の温度まで加熱する例である。図3の(iii)では、一段階の加熱を行った場合について示しているが、本発明はこれに限定されず、図示しないが昇温速度が異なる二段以上の多段加熱を行ってもよい。
【0105】
[T2温度域での保持]
上記式(4)で規定する400℃超、540℃以下のT2温度域で所定時間保持することによって、残留γを確保しつつ、上記式(1)、式(2)を満足する所望のIQ分布を得ることができる。すなわち、540℃を超える温度域で保持すると、軟質なポリゴナルフェライトや擬似パーライトが生成し、所望の残留γ量が得られず、伸びを確保できない。したがってT2温度域の上限は540℃以下、好ましくは500℃以下、より好ましくは480℃以下とする。一方、400℃以下になると、高温域生成ベイナイト量が低減し、それに伴う未変態部分への炭素濃化が不十分となって残留γ量が少なくなるため、伸びが低下する。したがってT2温度域の下限は400℃超、好ましくは420℃以上、より好ましくは425℃以上とする。
【0106】
上記式(4)を満たすT2温度域で保持する時間は、50秒間以上とする。保持時間が50秒間より短くなると、上記所望のIQ分布が得られず、例えば図3に示すようなIQ分布となり、低温靱性が劣化する。また、未変態のオーステナイトが多く残り、しかも、炭素濃化が不充分なため、T2温度域からの最終冷却時に硬質な焼入れままマルテンサイトが生成する。そのため粗大なMA混合相が多く生成し、強度が高くなり過ぎて伸びが低下する。生産性を向上させる観点からは、T2温度域での保持時間はできるだけ短くする方が好ましいが、炭素濃化を十分に進めるためには、90秒間以上とすることが好ましく、より好ましくは120秒以上とする。T2温度域での保持時間の上限は特に限定されないが、長時間保持しても得られる効果は飽和し、また生産性が低下する。更に濃化した炭素が炭化物として析出して残留γを確保できず、伸びが劣化する。そのため、T2温度域での保持時間は好ましくは1800秒以下、より好ましくは1500秒以下、更に好ましくは1000秒以下、更により好ましくは500秒以下、更に一層好ましくは300秒以下である。
【0107】
ここで、T2温度域での保持時間とは、T1温度域で保持した後に加熱し、鋼板の温度が、400℃となる時点から、T2温度域で保持した後に冷却を開始し、鋼板の温度が、400℃に到達するまでの時間を意味する。例えばT2温度域での保持時間は、図3中、「y」の区間の時間である。本発明では上述したように、均熱後、T1温度域へ冷却する途中で、T2温度域を通過しているが、本発明では、この冷却時に通過する時間は、T2温度域における滞在時間に含めない。この冷却時には、滞在時間が短過ぎるため、変態は殆ど起こらないためである。
【0108】
上記式(4)を満たすT2温度域で保持する方法は、T2温度域での保持時間が50秒間以上となれば特に限定されず、上記T1温度域内におけるヒートパターンのように、T2温度域における任意の温度で恒温保持してもよいし、T2温度域内で冷却または加熱してもよい。
【0109】
なお、本発明では、低温側のT1温度域で保持した後、高温側のT2温度域で保持しているが、T1温度域で生成した低温域生成ベイナイト等については、T2温度域に加熱され、焼戻しによって下部組織の回復は生じるものの、ラス間隔、すなわち残留γおよび/または炭化物の平均間隔は変化しないことを本発明者らは確認している。
【0110】
[めっき]
上記高強度鋼板の表面には、電気亜鉛めっき層(EG:Electro-Galvanizing)、溶融亜鉛めっき層(GI:Hot Dip Galvanized)、または合金化溶融亜鉛めっき層(GA:Alloyed Hot Dip Galvanized)を形成してもよい。
【0111】
電気亜鉛めっき層、溶融亜鉛めっき層、または合金化溶融亜鉛めっき層の形成条件は特に限定されず、常法の電気亜鉛めっき処理、溶融亜鉛めっき処理、合金化処理を採用することができる。これにより電気亜鉛めっき鋼板(以下、「EG鋼板」ということがある)、溶融亜鉛めっき鋼板(以下、「GI鋼板」ということがある)および合金化溶融亜鉛めっき鋼板(以下、「GA鋼板」ということがある)が得られる。
【0112】
EG鋼板を製造する場合には、上記鋼板を、例えば、55℃の亜鉛溶液に浸漬しつつ通電し、電気亜鉛めっき処理を行う方法が挙げられる。
【0113】
GI鋼板を製造する場合には、上記鋼板を、例えば、温度が約430?500℃に調整されためっき浴に浸漬させて溶融亜鉛めっきを施し、その後、冷却することが挙げられる。
【0114】
GA鋼板を製造する場合には、上記鋼板を、例えば、上記溶融亜鉛めっき後、500?540℃程度の温度まで加熱して合金化を行ない、冷却することが挙げられる。
【0115】
また、GI鋼板を製造する場合には、上記T1温度域で保持した後、上記T2温度域で保持する工程と溶融亜鉛めっき処理を兼ねてもよい。すなわち、T1温度域で保持した後、上記T2温度域において、上述した温度域に調整されためっき浴に浸漬させて溶融亜鉛めっきを施して、溶融亜鉛めっきとT2温度域における保持とを兼ねて行ってもよい。また、GA鋼板を製造する場合には、上記T2温度域において、溶融亜鉛めっき後、引き続いて合金化処理を施せばよい。
【0116】
亜鉛めっき付着量も特に限定されず、例えば、片面あたり10?100g/m^(2)程度とすることが挙げられる。
【0117】
[本発明の高強度鋼板の利用分野]
本発明の技術は、特に、板厚が3mm以下の薄鋼板に好適に採用できる。本発明の鋼板は、引張強度が780MPa以上で、延性、好ましくは加工性が良好である。また低温靭性も良好であり、例えば-20℃以下の低温環境下における脆性破壊を抑制できる。この鋼板は、自動車の構造部品の素材として好適に用いられる。自動車の構造部品としては、例えば、フロントやリア部サイドメンバやクラッシュボックスなどの正突部品をはじめ、ピラー類などの補強材(例えば、ベア、センターピラーリインフォースなど)、ルーフレールの補強材、サイドシル、フロアメンバー、キック部などの車体構成部品、バンパーの補強材やドアインパクトビームなどの耐衝撃吸収部品、シート部品などが挙げられる。また好ましい本発明の構成によれば、温間での加工性も良好であるため、温間成形用の素材としても好適に用いることができる。なお、温間加工とは、50?500℃程度の温度範囲で成形することを意味する。
【実施例】
【0118】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明は下記実施例によって制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に含まれる。
【0119】
下記表1に示す化学成分組成の鋼、但し、残部は鉄およびP、S、N、O以外の不可避不純物を真空溶製して実験用スラブを製造した。下記表1において、REMは、Laを50%程度、Ceを30%程度含有するミッシュメタルを用いた。
【0120】
下記表1に示した化学成分と、上記式(a)に基づいてAc_(3)点、上記式(b)に基づいてMs点を算出した。
【0121】
得られた実験用スラブを熱間圧延した後に冷間圧延し、次いで連続焼鈍して供試材を製造した。具体的な条件は次の通りである。
【0122】
実験用スラブを1250℃で30分間加熱保持した後、圧下率を約90%とし、仕上げ圧延温度が920℃となるように熱間圧延し、この温度から平均冷却速度30℃/秒で巻取り温度500℃まで冷却して巻き取った。巻き取った後、巻取り温度500℃で30分間保持し、次いで室温まで炉冷して板厚2.6mmの熱延鋼板を製造した。
【0123】
得られた熱延鋼板を酸洗して表面スケールを除去してから、冷延率46%で冷間圧延を行い、板厚1.4mmの冷延鋼板を製造した。
【0124】
得られた冷延鋼板を、下記表2、3に示す「均熱温度(℃)に加熱し、下記表2、3に示す「均熱時間(秒)」保持して均熱した後、表2、3に示すパターンi?iiiに従って連続焼鈍して供試材を製造した。なお、一部の冷延鋼板については、パターンi?iiiとは異なるステップ冷却等のパターンを施した。これらは表2、3中の「パターン」欄に「-」と表記した。
【0125】
(パターンi:上記図3の(i)に対応)
均熱後、下記表2、3に示す「平均冷却速度(℃/秒)」で急冷停止温度T(℃)まで冷却した後、この急冷停止温度Tで下記表2、3に示すT1温度域における保持時間(秒)恒温保持し、次いで下記表2、3に示すT2温度域における「保持温度(℃)」まで加熱し、この温度で、下記表2、3に示す「保持温度での保持時間(秒)」恒温保持した。
【0126】
(パターンii;上記図3の(ii)に対応)
均熱後、下記表2、3に示す「平均冷却速度(℃/秒)」で下記表2、3に示す「急冷停止温度T(℃)」まで冷却した後、この急冷停止温度Tから下記表2、3に示す「終了温度(℃)」まで、下記表2、3に示すT1温度域における「保持時間(秒)」をかけて冷却し、次いで下記表2、3に示すT2温度域における「保持温度(℃)」まで加熱し、この温度で下記表2、3に示す「保持時間(秒)」恒温保持した。
【0127】
(パターンiii;上記図3の(iii)に対応)
均熱後、下記表2、3に示す「平均冷却速度(℃/秒)」で下記表2、3に示す「急冷停止温度T(℃)」まで冷却した後、この急冷停止温度Tから下記表2、3に示す「終了温度(℃)」まで、下記表2、3に示すT1温度域における「保持時間(秒)」をかけて加熱し、次いで下記表2、3に示すT2温度域における「保持温度(℃)」まで更に加熱し、この温度で下記表2、3に示す「保持時間(秒)」恒温保持した。
【0128】
下記表2、3には、T1温度域で保持を完了した時点から、T2温度域における保持温度に到達するまでの時間(秒)も「T1→T2間の時間」として示した。また、下記表2、3に、図3中、「x」の区間の滞在時間に相当する「T1温度域での保持時間(秒)」と図3中、「y」の区間の滞在時間に相当する「T2温度域での保持時間(秒)」を夫々示した。T2温度域において保持した後は、室温まで平均冷却速度5℃/秒で冷却した。
【0129】
なお、表2、3に示した例のなかには、T1温度域における開始温度に相当する「急冷停止温度T(℃)」および「終了温度(℃)」、並びにT2温度域における開始温度に相当する「保持温度での保持温度(℃)」が、本発明で規定しているT1温度域またはT2温度域から外れている例もあるが、説明の便宜上、ヒートパターンを示すために、各欄に温度を記載した。
【0130】
例えばNo.30の供試材は表2に示すように、均熱後、T1温度域における開始温度に相当する「急冷停止温度T(℃)」170℃まで冷却した後、上記温度Tでの保持を行わず(よって、終了温度は上記Tと同じ170℃、「急冷停止温度Tでの保持時間(秒)」0秒)、且つ、T1温度域でも「T1での保持時間(秒)」4秒と殆ど保持せずに、直ちにT2温度域まで加熱した例である。
【0131】
連続焼鈍して得られた供試材の一部については、室温まで冷却した後、下記めっき処理を施してEG鋼板、GA鋼板、GI鋼板を得た。
【0132】
[電気亜鉛めっき(EG)処理]
供試材を55℃の亜鉛めっき浴に浸漬して電流密度30?50A/dm^(2)で電気めっき処理を施した後、水洗、乾燥してEG鋼板を得た。亜鉛めっき付着量は、片面当たり10?100g/m^(2)とした。
【0133】
[溶融亜鉛めっき(GI)処理]
供試材を450℃の溶融亜鉛めっき浴に浸漬してめっき処理を施した後、室温まで冷却してGI鋼板を得た。亜鉛めっき付着量は、片面当たり10?100g/m2とした。
【0134】
[合金化溶融亜鉛めっき(GA)処理]
上記亜鉛めっき浴に浸漬後、更に500℃で合金化処理を行ってから室温まで冷却してGI鋼板を得た。
【0135】
なお、No.57、60については、所定のパターンに従って連続焼鈍した後、冷却せずに、引き続いてT2温度域において溶融亜鉛めっき(GI)処理を施した例である。具体的にはNo.57は、表3に示すT2温度域における「保持温度(℃)」440℃で100秒間保持した後、冷却せずに、引き続いて460℃の溶融亜鉛めっき浴に5秒間浸漬して溶融亜鉛めっきを行い、次いで440℃まで20秒間かけて徐冷を行った後、室温まで平均冷却速度5℃/秒で冷却した例である。また、No.60は、表3に示すT2温度域における「保持温度(℃)」420℃で150秒間保持した後、冷却せずに、引き続いて460℃の溶融亜鉛めっき浴に5秒間浸漬して溶融亜鉛めっきを行い、次いで440℃まで20秒間かけて徐冷を行った後、室温まで平均冷却速度5℃/秒で冷却した例である。
【0136】
また、No.58、61、65については、所定のパターンに従って連続焼鈍した後、冷却せずに、引き続いてT2温度域において溶融亜鉛めっきおよび合金化処理を施した例である。すなわち、表3に示すT2温度域における「保持温度(℃)」で、所定時間保持した後、冷却せずに、引き続いて460℃の溶融亜鉛めっき浴に5秒間浸漬して溶融亜鉛めっきを行い、次いで500℃に加熱してこの温度で20秒間保持して合金化処理を行い、室温まで平均冷却速度5℃/秒で冷却した例である。
【0137】
上記めっき処理では、適宜、アルカリ水溶液浸漬脱脂、水洗、酸洗等の洗浄処理を行った。
【0138】
得られた供試材の区分を下記表2、3の「冷延/めっき区分」の欄に示す。表中、「冷延」は冷延鋼板、「EG」はEG鋼板、「GI」はGI鋼板、「GA」はGA鋼板を夫々示す。
【0139】
得られた供試材(冷延鋼板、EG鋼板、GI鋼板、GA鋼板を含む意味。以下同じ。)について、金属組織の観察と機械的特性の評価を次の手順で行った。
【0140】
《金属組織の観察》
金属組織のうち、高温域生成ベイナイト、低温域生成ベイナイト等、およびポリゴナルフェライトの面積率はSEM観察した結果に基づいて算出し、残留γの体積率は飽和磁化法で測定した。
【0141】
[高温域生成ベイナイト、低温域生成ベイナイト等、ポリゴナルフェライトの面積率]
供試材の圧延方向に平行な断面について、表面を研磨した後、ナイタール腐食させて板厚の1/4位置をSEMで、倍率3000倍で5視野観察した。観察視野は約50μm×約50μmとした。
【0142】
次に、観察視野内において、白色または薄い灰色として観察される残留γと炭化物の平均間隔を前述した方法に基づいて測定した。これらの平均間隔によって区別される高温域生成ベイナイトおよび低温域生成ベイナイト等の面積率は、点算法により測定した。
【0143】
高温域生成ベイナイトの面積率a(面積%)、低温域生成ベイナイトと焼戻しマルテンサイトとの合計面積率b(面積%)、ポリゴナルフェライトの面積率c(面積%)を下記表4、5に示す。表4、5中、Bはベイナイト、Mはマルテンサイト、PFはポリゴナルフェライトをそれぞれ意味する。また、上記面積率a、合計面積率b、および面積率cの合計面積率(面積%)も併せて示す。
【0144】
また、観察視野内に認められるポリゴナルフェライト粒の円相当直径を測定し、平均値を求めた。結果を下記表4、5の「PFの平均円相当直径D(μm)」の欄に示す。
【0145】
[残留γの体積率]
金属組織のうち、残留γの体積率は、飽和磁化法で測定した。具体的には、供試材の飽和磁化(I)と、400℃で15時間熱処理した標準試料の飽和磁化(Is)を測定し、下記式から残留γの体積率(Vγr)を求めた。飽和磁化の測定は、理研電子製の直流磁化B-H特性自動記録装置「model BHS-40」を用い、最大印加磁化を5000(Oe)として室温で測定した。
Vγr=(1-I/Is)×100
【0146】
また、供試材の圧延方向に平行な断面の表面を研磨し、レペラ腐食させて板厚の1/4位置を光学顕微鏡を用いて観察倍率1000倍で5視野について観察し、残留γと焼入れマルテンサイトとが複合したMA混合相の円相当直径dを測定した。MA混合相の全個数に対して、観察断面での円相当直径dが7μmを超えるMA混合相の個数割合を算出した。個数割合が15%未満(0%を含む)である場合を合格(○)、15%以上である場合を不合格(×)として評価結果を下記表4、5の「MA混合相数割合評価結果」の欄に示す。
【0147】
[IQ分布]
供試材の圧延方向に平行な断面について、表面を研磨し、板厚の1/4位置にて、100μm×100μmの領域について、1ステップ:0.25μmで18万点のEBSD測定(テクセムラボラトリーズ社製OIMシステム)を実施した。この測定結果から、各粒における平均IQ値を求めた。なお、結晶粒は、測定領域内に完全に一つの結晶粒が収まっているもののみを測定対象とすると共に、CI<0.1の測定点は解析から除外した。また下記式(1)、式(2)では、最大側、最小側共にそれぞれ全データ数の2%のデータを除外した。表4、表5中、(IQave-IQmin)/(IQmax-IQmin)の値を「式(1)」、σIQ/(IQmax-IQmin)の値を「式(2)」に記載した。
(IQave-IQmin)/(IQmax-IQmin)≧0.40・・・(1)
σIQ/(IQmax-IQmin)≦0.25・・・(2)
【0148】
《機械的特性の評価》
[引張強度(TS)、伸び(EL)]
引張強度(TS)と伸び(EL)は、JIS Z2241に基づいて引張試験を行って測定した。試験片は、供試材の圧延方向に対して垂直な方向が長手方向となるように、JIS Z2201で規定される5号試験片を供試材から切り出したものを用いた。測定結果を下記表6、7の「TS(MPa)」、「EL(%)」の欄にそれぞれ示す。
【0149】
[低温靭性]
低温靱性は、JIS Z2242に基づいて、-20℃におけるシャルピー衝撃試験を行い、そのときの脆性破面率(%)によって評価した。ただし、試験片幅については、板厚と同じ1.4mmとした。試験片は、供試材の圧延方向に対して垂直な方向が長手方向となるように、Vノッチ試験片を供試材から切り出したものを用いた。測定結果を下記表6、7の「低温靭性(%)」の欄に示す。
【0150】
[伸びフランジ性(λ)]
伸びフランジ性(λ)は、穴拡げ率によって評価した。穴拡げ率は、鉄鋼連盟規格JFST 1001に基づいて穴拡げ試験を行って測定した。測定結果を下記表6、7の「λ(%)」の欄に示す。
【0151】
[曲げ性(R)]
曲げ性(R)は、限界曲げ半径によって評価した。限界曲げ半径は、JIS Z2248に基づいてV曲げ試験を行って測定した。試験片は、供試材の圧延方向に対して垂直な方向が長手方向、すなわち曲げ稜線が圧延方向と一致するように、JIS Z2204で規定される板厚1.4mmとした1号試験片を供試材から切り出したものを用いた。なお、V曲げ試験は、亀裂が発生しないように試験片の長手方向の端面に機械研削を施してから行った。
【0152】
ダイとパンチの角度は90°とし、パンチの先端半径を0.5mm単位で変えてV曲げ試験を行い、亀裂が発生せずに曲げることができるパンチ先端半径を限界曲げ半径として求めた。測定結果を下記表6、7の「限界曲げR(mm)」の欄に示す。なお、亀裂発生の有無はルーペを用いて観察し、ヘアークラック発生なしを基準として判定した。
【0153】
[エリクセン値]
エリクセン値は、JIS Z2247に基づいてエリクセン試験を行って測定した。試験片は、90mm×90mm×厚み1.4mmとなるように供試材から切り出したものを用いた。エリクセン試験は、パンチ径が20mmのものを用いて行った。測定結果を下記表6、7の「エリクセン値(mm)」の欄に示す。なお、エリクセン試験によれば、鋼板の全伸び特性と局部延性の両方による複合効果を評価できる。
【0154】
鋼板に要求される伸び(EL)は、引張強度(TS)によって異なるため、引張強度(TS)に応じて伸び(EL)を評価した。同様に伸びフランジ性(λ)、曲げ性(R)、およびエリクセン値などの他の好ましい機械的特性も引張強度(TS)に応じて、基準を設定した。低温靱性は、一律に-20℃におけるシャルピー衝撃試験で脆性破面率が10%以下を合格基準とした。
【0155】
下記評価基準に基づいて、伸び(EL)、および低温靭性を満足している場合を延性、および低温靭性に優れている(○)とした。更に伸び(EL)、伸びフランジ性(λ)、曲げ性(R)、エリクセン値、低温靭性の全ての特性が満足している場合を加工性、および低温靭性により優れている(◎)とした。○または◎は合格例である。これに対し、伸び(EL)または低温靭性のいずれかが基準値に満たない場合を不合格(×)とした。評価結果を下記表6、7の「総合評価」の欄に示した。
【0156】
[780MPa級の場合]
引張強度(TS) :780MPa以上、980MPa未満
伸び(EL) :25%以上
低温靭性 :10%以下
伸びフランジ性(λ):30%以上
曲げ性(R) :1.0mm以下
エリクセン値 :10.4mm以上
【0157】
[980MPa級の場合]
引張強度(TS) :980MPa以上、1180MPa未満
伸び(EL) :19%以上
低温靭性 :10%以下
伸びフランジ性(λ):20%以上
曲げ性(R) :3.0mm以下
エリクセン値 :10.0mm以上
【0158】
[1180MPa級の場合]
引張強度(TS) :1180MPa以上、1270MPa未満
伸び(EL) :15%以上
低温靭性 :10%以下
伸びフランジ性(λ):20%以上
曲げ性(R) :4.5mm以下
エリクセン値 :9.6mm以上
【0159】
[1270MPa級の場合]
引張強度(TS) :1270MPa以上、1370MPa未満
伸び(EL) :14%以上
低温靭性 :10%以下
伸びフランジ性(λ):20%以上
曲げ性(R) :5.5mm以下
エリクセン値 :9.4mm以上
【0160】
なお、本発明では、引張強度(TS)が780MPa以上、1370MPa未満であることを前提としており、引張強度(TS)が780MPa未満であるか、1370MPa以上の場合は、機械特性が良好であっても対象外として扱う。これらは表6、7の「備考」欄に「-」と記載した。
【0161】
【表1】

【0162】
【表2】

【0163】
【表3】

【0164】
【表4】

【0165】
【表5】

【0166】
【表6】

【0167】
【表7】

【0168】
上記結果から次のように考察できる。表6、7の総合評価に○が付されている例は、いずれも本発明で規定する要件を満足している例であり、各引張強度(TS)に応じて定めた伸び(EL)、および低温靭性の基準値を満足している。また総合評価に◎が付されている例は、いずれも本発明で規定する好ましい要件も満足している例であり、各引張強度(TS)に応じて定めた伸び(EL)、および低温靭性に加えて、伸びフランジ性(λ)、曲げ性(R)、エリクセン値の基準値も満足している。
【0169】
一方、総合評価に×が付されている例は、本発明で規定するいずれかの要件を満足していない鋼板である。詳細は次の通りである。
【0170】
No.3は、T1温度域での急冷停止温度T、および終了温度が低すぎたため、残留γ量を確保できず、伸び(EL)が低かった。
【0171】
No.4は、均熱温度が高すぎたため、ポリゴナルフェライトが生成せず、伸び(EL)が低かった。
【0172】
No.5は、均熱後、T2温度域を超える高温側の420℃で保持した後、T1温度域を下回る低温側の320℃で保持した例である。すなわち、T1温度域およびT2温度域での保持を行っていないため、上記式(1)、式(2)を満足する所望のIQ分布が得られず、低温靱性が悪かった。
【0173】
No.7は、T1温度域での急冷停止温度T、および終了温度が高すぎたため、上記式(1)、式(2)を満足する所望のIQ分布が得られず、低温靱性が悪かった。
【0174】
No.12は、均熱温度が低過ぎて、オーステナイトへの逆変態が殆ど進行しなかったため、加工組織が多く残存するポリゴナルフェライト量が多くなり、伸び(EL)が低下した。
【0175】
No.14は、均熱後、T1温度域を超える高温側の440℃で保持した後、T2温度域を下回る低温側の380℃で保持した例である。すなわち、T1温度域での保持を行わず、冷却後T2温度域での再加熱処理を行っていないため、上記式(1)、式(2)を満足する所望のIQ分布が得られず、低温靱性が悪かった。
【0176】
No.16は、均熱後、T1温度域での急冷停止温度T、および終了温度が高すぎたため、上記式(1)、式(2)を満足する所望のIQ分布が得られず、低温靱性が悪かった。
【0177】
No.22は、均熱時間が短過ぎたため、フェライトが多く残り、金属組織に占めるポリゴナルフェライト面積率が高かった。また炭化物が未固溶のまま残っているので残留γが少なかった。そのため、伸び(EL)が低下した。
【0178】
No.23は、急冷停止温度TがMs点よりも高かったため、上記式(1)、式(2)を満足する所望のIQ分布が得られず、低温靱性が悪かった。
【0179】
No.24は、均熱後、T1温度域における任意の温度Tまで冷却するときの平均冷却速度が遅過ぎる例である。この例では、冷却途中にポリゴナルフェライトやパーライトが生成し、残留γ量が不足した。そのため、伸び(EL)が低下した。
【0180】
No.30は、T1温度域での保持時間が短過ぎるため、上記式(1)、式(2)を満足する所望のIQ分布が得られず、低温靱性が悪かった。
【0181】
No.31は、T1温度域での保持時間が長く、T2温度域での保持温度が低すぎたため、残留γ量を確保できず、伸び(EL)が低下した。
【0182】
No.32は、GA鋼板の比較例であり、T1温度域での急冷停止温度T、および終了温度が低すぎたため、残留γ量を確保できず、伸び(EL)が低下した。
【0183】
No.33は、急冷停止温度TがMs点よりも高かったため、上記式(1)、式(2)を満足する所望のIQ分布が得られず、低温靱性が悪かった。
【0184】
No.36は、T1温度域での保持時間が長過ぎたため、残留γ量が不足した。そのため、伸び(EL)が低下した。
【0185】
No.39は、T2温度域での保持時間が短過ぎるため、上記式(1)を満足する所望のIQ分布が得られず、低温靱性が悪かった。
【0186】
No.41は、T2温度域での保持温度が高過ぎてパーライトが生成したため、残留γ量が減少し、伸び(EL)が低下した。
【0187】
No.42は、T2温度域での保持時間が短過ぎるため、上記式(1)を満足する所望のIQ分布が得られず、低温靱性が悪かった。
【0188】
No.44は、T2温度域での再加熱処理を行っていないため、式(2)を満足する所望のIQ分布が得られず、低温靱性が悪かった。
【0189】
No.46、55は、T1温度域での保持時間が短過ぎるため、上記式(1)、式(2)を満足する所望のIQ分布が得られず、低温靱性が悪かった。
【0190】
No.62は、均熱後、T1温度域を超える高温側の430℃で保持した後、室温まで冷却した例である。T1温度域での保持を行わず、冷却後T2温度域での再加熱処理を行っていないため、上記式(2)を満足する所望のIQ分布が得られず、低温靱性が悪かった。
【0191】
No.68は、均熱後、T1温度域を超える高温側の450℃?420℃で保持した後、T2温度域を下回る低温側の350℃で保持した例である。T1温度域での保持を行わず、冷却後T2温度域での再加熱処理を行っていないため、上記式(2)を満足する所望のIQ分布が得られず、低温靱性が悪かった。
【0192】
No.69は、C量が少な過ぎる表1の鋼種Wを用いた例である。この例では残留γの生成量が少なかった。そのため、伸び(EL)が低下した。
【0193】
No.70は、Si量が少な過ぎる表1の鋼種Xを用いた例である。この例では残留γの生成量が少なかった。そのため、伸び(EL)が低下した。
【0194】
No.71は、Mn量が少な過ぎる表1の鋼種Yを用いた例である。この例では充分に焼入れができていないため、冷却中に多量のポリゴナルフェライトが生成し、高温域生成ベイナイトの生成が抑制され、残留γの生成が少なかった。そのため、伸び(EL)が低下した。
【符号の説明】
【0195】
1 残留γおよび/または炭化物
2 中心位置間距離
3 MA混合相
4 旧γ粒界
5 高温域生成ベイナイト
6 低温域生成ベイナイト等
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C :0.10?0.5%、
Si:1.0?3.0%、
Mn:1.5?3%、
Al:0.005?1.0%、
P :0%超0.1%以下、および
S :0%超0.05%以下を満足し、
残部が鉄および不可避不純物からなる鋼板であり、
該鋼板の金属組織は、ポリゴナルフェライト、ベイナイト、焼戻しマルテンサイト、および残留オーステナイトを含み、
(1)金属組織を走査型電子顕微鏡で観察したときに、
(1a)前記ポリゴナルフェライトの面積率aが金属組織全体に対して10?50%であり、
(1b)前記ベイナイトは、
隣接する残留オーステナイト同士、隣接する炭化物同士、隣接する残留オーステナイトと炭化物の中心位置間距離の平均間隔が1μm以上である高温域生成ベイナイトと、
隣接する残留オーステナイト同士、隣接する炭化物同士、隣接する残留オーステナイトと炭化物の中心位置間距離の平均間隔が1μm未満である低温域生成ベイナイトとの複合組織で構成されており、
前記高温域生成ベイナイトの面積率bが金属組織全体に対して0%超80%以下、
前記低温域生成ベイナイトと前記焼戻しマルテンサイトとの合計面積率cが金属組織全体に対して0%超80%以下を満足し、
(2)飽和磁化法で測定した残留オーステナイトの体積率が金属組織全体に対して5%以上、
(3)電子線後方散乱回折法(EBSD)で測定される方位差3°以上の境界で囲まれる領域を結晶粒と定義したときに、該結晶粒のうち体心立方格子(体心正方格子を含む)の結晶粒毎に解析したEBSDパターンの鮮明度に基づく各平均IQ(Image Quality)を用いた分布が、下記式(1)、(2)を満足することを特徴とする延性および低温靭性に優れた高強度鋼板。
(IQave-IQmin)/(IQmax-IQmin)≧0.40・・・(1)
σIQ/(IQmax-IQmin)≦0.25・・・(2)
式中、
IQaveは、各結晶粒の平均IQ全データの平均値
IQminは、各結晶粒の平均IQ全データの最小値
IQmaxは、各結晶粒の平均IQ全データの最大値
σIQは、各結晶粒の平均IQ全データの標準偏差を表す。
【請求項2】
前記高温域生成ベイナイトの面積率bが金属組織全体に対して10?80%、
前記低温域生成ベイナイトと前記焼戻しマルテンサイトとの合計面積率cが金属組織全体に対して10?80%を満足する請求項1に記載の高強度鋼板。
【請求項3】
前記金属組織を光学顕微鏡で観察したときに、焼入れマルテンサイトおよび残留オーステナイトが複合したMA混合相が存在している場合には、前記MA混合相の全個数に対して、円相当直径dが7μm超を満足するMA混合相の個数割合が0%以上15%未満である請求項1または2に記載の高強度鋼板。
【請求項4】
前記ポリゴナルフェライト粒の平均円相当直径Dが、0μm超10μm以下である請求項1?3のいずれかに記載の高強度鋼板。
【請求項5】
前記鋼板は、更に他の元素として、
Cr:0%超1%以下および
Mo:0%超1%以下よりなる群から選択される少なくとも1種以上の元素を含有する請求項1?4のいずれかに記載の高強度鋼板。
【請求項6】
前記鋼板は、更に他の元素として、
Ti:0%超0.15%以下、
Nb:0%超0.15%以下および
V :0%超0.15%以下よりなる群から選択される1種以上の元素を含有する請求項1?5のいずれかに記載の高強度鋼板。
【請求項7】
前記鋼板は、更に他の元素として、
Cu:0%超1%以下、および
Ni:0%超1%以下よりなる群から選択される少なくとも1種以上の元素を含有する請求項1?6のいずれかに記載の高強度鋼板。
【請求項8】
前記鋼板は、更に他の元素として、
B:0%超0.005%以下を含有する請求項1?7のいずれかに記載の高強度鋼板(但し、C:0.17%、Si:1.42%、Mn:2.2%、Al:0.043%、P:0.030%、S:0.0030%、N:0.0023%、Cr:0.5%、Ti:0.025%、B:0.0010%、残部Fe及び不可避不純物からなり、鋼組織分率がαb:上部ベイナイト中のベイニティックフェライトが25%、M:マルテンサイトが29%、tM:焼戻しマルテンサイトが20%、α:ポリゴナルフェライトが31%、γ:残留オーステナイトが15%、残部:0%、αb+M+γ:69%である鋼板を除く。)。
【請求項9】
前記鋼板は、更に他の元素として、
Ca:0%超0.01%以下、
Mg:0%超0.01%以下および
希土類元素:0%超0.01%以下よりなる群から選択される1種以上の元素を含有する請求項1?8のいずれかに記載の高強度鋼板。
【請求項10】
前記鋼板の表面に、電気亜鉛めっき層、溶融亜鉛めっき層、または合金化溶融亜鉛めっき層を有している請求項1?9のいずれかに記載の高強度鋼板。
【請求項11】
請求項1?9のいずれかに記載の高強度鋼板を製造する方法であって、
前記成分組成を満足する鋼材を800℃以上、Ac_(3)点-10℃以下の温度域に加熱する工程と、
該温度域で50秒間以上保持して均熱した後、
150℃以上、400℃以下(但し、下記式で表されるMs点が400℃以下の場合は、Ms点以下)を満たす任意の温度Tまで平均冷却速度10℃/秒以上で冷却し、且つ下記式(3)を満たすT1温度域で、10?200秒保持し、
次いで、下記式(4)を満たすT2温度域に加熱し、この温度域で50秒間以上保持してから冷却することを特徴とする延性および低温靭性に優れた高強度鋼板の製造方法。
150℃-≦T1(℃)≦400℃・・・(3)
400℃<T2(℃)≦540℃・・・(4)
Ms点(℃)=561-474×[C]/(1-Vf/100)-33×[Mn]-17×[Ni]-17×[Cr]-21×[Mo]
式中、Vfは別途、加熱、均熱から冷却までの焼鈍パターンを再現したサンプルを作製したときの該サンプル中のフェライト分率測定値を意味する。また式中、[ ]は各元素の含有量(質量%)を示しており、鋼板に含まれない元素の含有量は0質量%として計算する。
【請求項12】
上記式(4)を満たす温度域で保持した後、冷却し、次いで電気亜鉛めっき、溶融亜鉛めっき、または合金化溶融亜鉛めっきを行う請求項11に記載の高強度鋼板の製造方法。
【請求項13】
上記式(4)を満たす温度域で溶融亜鉛めっき、または合金化溶融亜鉛めっきを行う請求項11に記載の高強度鋼板の製造方法。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2016-06-30 
出願番号 特願2014-176006(P2014-176006)
審決分類 P 1 651・ 113- YAA (C22C)
P 1 651・ 121- YAA (C22C)
最終処分 維持  
前審関与審査官 河野 一夫  
特許庁審判長 鈴木 正紀
特許庁審判官 木村 孔一
富永 泰規
登録日 2015-04-10 
登録番号 特許第5728115号(P5728115)
権利者 株式会社神戸製鋼所
発明の名称 延性および低温靭性に優れた高強度鋼板、並びにその製造方法  
代理人 奥井 正樹  
代理人 菅河 忠志  
代理人 伊藤 浩彰  
代理人 竹岡 明美  
代理人 伊藤 浩彰  
代理人 植木 久一  
代理人 菅河 忠志  
代理人 竹岡 明美  
代理人 植木 久一  
代理人 松本 悟  
代理人 植木 久彦  
代理人 植木 久彦  

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