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審決分類 審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 A61K
審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 A61K
管理番号 1321000
審判番号 不服2015-2179  
総通号数 204 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2016-12-22 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2015-02-04 
確定日 2016-10-26 
事件の表示 特願2012-519040「2型糖尿病における食後高血糖の経頬粘膜治療に用いられる医薬組成物およびその調剤方法」拒絶査定不服審判事件〔平成23年1月13日国際公開、WO2011/004117、平成24年12月20日国内公表、特表2012-532852〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本件出願は、平成22年7月7日(パリ条約による優先権主張 2009年7月10日 フランス共和国)を国際出願日とする特許出願であって、平成26年6月16日付けで拒絶理由が通知され、同年8月22日に意見書及び手続補正書が提出され、同年9月30日付けで拒絶査定され、平成27年2月4日に拒絶査定不服審判が請求されると同時に手続補正書が提出され、同年3月27日付けで前置審査の結果が報告されたものである。

第2 補正の却下の決定
[結論]
平成27年2月4日付け手続補正書による補正を却下する。

[理由]
1.補正の内容
平成27年2月4日付け手続補正書による補正(以下、「本件補正」という。)は、特許法第17条の2第1項ただし書第4号に掲げる場合の補正であって、特許請求の範囲についてする補正であるところ、その内容は、本件補正前の請求項1の
「人または動物の2型糖尿病における食後高血糖のスポット治療の薬として用いられ、
経頬粘膜手段によって投与される医薬組成物であって、
1以上の低血糖誘導性またはインスリン分泌性の有効成分が、
水およびエタノールを基礎とし、
アルコール度数が30度以上である水性アルコールに溶解した水性アルコール溶液の形態を有し、
pHが4.5?9.0の範囲内にあること、
を特徴とする医薬組成物。」

「人または動物の2型糖尿病における食後高血糖のスポット治療の薬として用いられ、
カニューレを用いた経頬粘膜手段によって投与される医薬組成物であって、
1以上の低血糖誘導性またはインスリン分泌性の有効成分が、
水およびエタノールを基礎とし、エタノール度数が30度以上60度以下、水の割合が40%以上70%以下である、唯一の溶媒としての水性アルコールに溶解した水性アルコール溶液の形態を有し、
前記水性アルコール溶液は、pHが4.5?9.0の範囲内にあり、2mL未満の量であって、250mg以下の量の1以上の低血糖誘導性の有効成分が完全に溶解しており、
前記低血糖誘導性の有効成分は、脂肪親和性又は両親媒性の有効成分として、グリクラジド、メトホルミン、グリベンクラミド、グリニド、インクレチン、またはグリプチンから選択され、
前記医薬組成物は、下部外部歯肉冠(lower external gingival crown)と、下部頬および下唇の内側粘膜壁(mucous wall of the lower inner faces of the cheek and lower lip)とにより規定される前庭(vestibule)に、前記カニューレにより投与されること
を特徴とする医薬組成物。」
とする補正を含むものである。

2.本件補正の適否について検討する。
(1)本件補正における請求項1に係る補正の目的について
補正事項1:「カニューレを用いた」を追加すること
補正事項2:「アルコール度数が30度以上である水性アルコール」を「エタノール度数が30度以上60度以下、水の割合が40%以上70%以下である、唯一の溶媒としての水性アルコール」とすること
補正事項3:「前記水性アルコール溶液は、」を追加すること
補正事項4:「2mL未満の量であって、250mg以下の量の1以上の低血糖誘導性の有効成分が完全に溶解しており、」を追加すること
補正事項5:「前記低血糖誘導性の有効成分は、脂肪親和性又は両親媒性の有効成分として、グリクラジド、メトホルミン、グリベンクラミド、グリニド、インクレチン、またはグリプチンから選択され、」を追加すること
補正事項6:「前記医薬組成物は、下部外部歯肉冠(lower external gingival crown)と、下部頬および下唇の内側粘膜壁(mucous wall of the lower inner faces of the cheek and lower lip)とにより規定される前庭(vestibule)に、前記カニューレにより投与され」を追加すること
そして、少なくとも補正事項1、2、4?6は、請求項1に記載した発明を特定するために必要な事項を限定するものであって、本件補正前の請求項1に記載された発明と本件補正後の請求項1に記載される発明の産業上の利用分野及び解決しようとする課題が同一であるから、本件請求項1補正は、特許法第17条の2第5項第2号に掲げる「特許請求の範囲の減縮」を目的として含むものである。

(2)独立特許要件について
上記のとおり、本件補正は、特許法第17条の2第5項第2号に掲げる事項を目的として含むものであることから、本件補正後の請求項1に記載される発明が、特許出願の際独立して特許を受けることができるか否か(特許法第17条の2第6項において準用する同法第126条第7項に規定する要件を満足するか否か)について検討する。

ア.本件補正後の請求項1に係る発明について
本件補正後の請求項1に係る発明(以下、「補正発明」という。)は、本件補正後の請求項1に記載される事項により特定される次にとおりのものである。
「人または動物の2型糖尿病における食後高血糖のスポット治療の薬として用いられ、
カニューレを用いた経頬粘膜手段によって投与される医薬組成物であって、
1以上の低血糖誘導性またはインスリン分泌性の有効成分が、
水およびエタノールを基礎とし、エタノール度数が30度以上60度以下、水の割合が40%以上70%以下である、唯一の溶媒としての水性アルコールに溶解した水性アルコール溶液の形態を有し、
前記水性アルコール溶液は、pHが4.5?9.0の範囲内にあり、2mL未満の量であって、250mg以下の量の1以上の低血糖誘導性の有効成分が完全に溶解しており、
前記低血糖誘導性の有効成分は、脂肪親和性又は両親媒性の有効成分として、グリクラジド、メトホルミン、グリベンクラミド、グリニド、インクレチン、またはグリプチンから選択され、
前記医薬組成物は、下部外部歯肉冠(lower external gingival crown)と、下部頬および下唇の内側粘膜壁(mucous wall of the lower inner faces of the cheek and lower lip)とにより規定される前庭(vestibule)に、前記カニューレにより投与されること
を特徴とする医薬組成物。」

イ.引用する刊行物及びその記載事項について
(ア)本願の出願前(優先日前)に国際公開された国際公開第2008/035020号(原査定の引用文献2である。以下、「刊行物1」という。)には、以下の記載がされている。なお、刊行物1はフランス語で記載されているところ、その訳については特表2010-504312号公報の記載を援用する。

a.「1. 少なくとも一つの活性成分が口腔および/または中咽頭の粘膜経由で迅速に吸収できるために、同活性成分がアルコールを少なくとも重量で20%含むハイドロアルコール溶液に安定的かつ完全な溶解状態にあることを特徴とする、少なくとも一つの活性成分のガレノス的(galenique)方式による経口投与。
……
3. ハイドロアルコール溶液のアルコール度が20%ないし95%であることを特徴とする、請求項1または2によるガレノス的方式。
4. ハイドロアルコール溶液のアルコールが重量で20%ないし95%であり、水が5%ないし80%であることを特徴とする、前記のいずれか一項によるガレノス的方式。
5. ハイドロアルコール溶液が、少なくともエタノールを含むことを特徴とする、前記のいずれか一項によるガレノス的方式。
……
12. 投与量が5ml以下であることを特徴とする、前記請求項のいずれか一項によるガレノス的方式。
……
15. 活性成分がホルモン、抗ホルモンおよび内分泌腺に対する活性成分、ヒポコレステロレミアン、抗伝染病薬、抗ウイルス剤、抗寄生虫剤、抗血液凝固剤、更年期障害治療用薬剤、男子更年期障害治療用薬剤や不妊症、瞬間避妊薬、鎮痛剤、抗炎症剤、抗伝染剤、抗癌剤、免疫抑制剤、抗頭痛剤、抗嘔吐剤、抗下痢剤、抗痙攣剤、抗アレルギー剤、抗喘息剤、精力剤、抗不安薬、抗糖尿病薬、抗高血圧剤、抗喘息剤、抗パーキンソン薬および/または抗ヒスタミン剤の中から選ばれることを特徴とする、前記請求項のいずれか一項によるガレノス的方式。
16. 活性成分が頭痛の発作や下痢症候群、アレルギー発作、嘔吐、船酔いの徴候、上腹部と腹部の不整脈、レイノド症候群、勃起のトラブル、鬱病、恐怖症、痙攣性脅迫神経症(TOC),対人恐怖症、不眠症と覚醒トラブル、糖尿病、肺疾患および/喘息の発作、周期的なホルモン欠乏と月経困難、日常生活に支障をきたす炎症性の苦しい発作、パーキンソン病、あるいは神経変性疾患の治療および/または予防のための医薬品作成のための、請求項1ないし15のいずれか一項によるガレノス的方式。」(26?28頁“REVENDICATIONS”:公表公報の特許請求の範囲)

b.「本発明は、少なくとも一つの活性成分の粘膜経由による即時かつ体系的投与のためのガレノス的方式に関する。」(1頁3?4行:公表公報の【0001】)

c.「別の投与方式である経舌下方式が知られていて、この投与方式では、医薬品が舌下、頬、歯肉、舌、口蓋、または咽頭からの受動的通過後、舌下静脈を経て、体内の循環で配分されるので、消化器と消化器系代謝経由がバイパス作用で省略される。
それでも、現在存在している舌下方式は満足できるものではない。とりわけ大抵の医薬品は不安定であり、本来唾液のような生化学的液体に溶解しない薬剤で構成されているからである。医薬品は往々にして複合体であり、その大部分が結晶の形になっているので、その吸収、したがって体内での循環が不可能になる。
したがって、苦しい症状や日常生活に支障をきたすトラブルを迅速かつ効果的に直せるように、直ちに生化学的に有効な活性成分の必用量を投与できるガレノス的方式の必要性が存在する。
本発明は、少なくとも一つの活性成分の粘膜経由による投与のためのガレノス的方式を提案することによってそれに応えようとするものであり、そのために、同活性成分は、口腔および/または中咽頭の粘膜を通じて同活性成分の迅速な吸収が可能になるように、重量でアルコールを少なくとも20%含むハイドロアルコール溶液中で安定的かつ完全な溶解状態にある。
経粘膜方式とは、舌、舌下、歯肉、口蓋、頬または口腔および中咽頭のその他の口腔と中咽頭に構成されている粘膜を通して、親脂性または両親媒性薬剤の受動的通過を指す。
安定的かつ完全な溶解状態とは、溶解環境内で、活性成分を僅かにイオン化した分子状態に戻し、不時の再結晶化を予防する溶解状態を指す。」(2頁12行?3頁12行:公表公報の【0013】?【0018】)

d.「本発明によるガレノス的方式は、アルコールを重量で20%ないし95%含み、水の含有量が5%ないし80%を含むハイドロアルコール溶液の形を呈するのが好ましい。したがって、本発明により処方される活性成分の体系的な循環への移行は、アルコールのいろいろな濃度で行われるが、20%ないし95%が好ましい。
本発明の一つの主要特徴によれば、重量で少なくとも20%存在するアルコールは、溶媒の役割を演じるだけでなく、急速な経粘膜的吸収を促進し、その速度は、使用されているアルコール度が高まるに連れて早まる。
本発明の好ましい一つの実施態様によれば、ハイドロアルコール溶液は、水とエタノールをベースにして形成される。」(3頁17行?末行:公表公報の【0020】?【0022】)

e.「特別な一つの実施態様によれば、投与すべき活性成分がカルボニル酸を含んでいるとき、本発明によるガレノス的方式も、pHの修正剤および/またはキレート剤も含むことができる。……
pHの修正剤は、炭酸ソーダ、重炭酸ソーダ、モノナトリウムリン酸またはジナトリウムリン酸塩、トリエタノールアミン、炭酸ナトリウム(NaOH)および水酸化カリウム(KOH)から選ぶことが好ましい。……」(4頁12?26行:公表公報の【0025】?【0026】)

f.「本発明によるガレノス的方式は、投与後、活性成分が20秒足らずで中咽頭の粘膜を受動的通過することを可能にする。この非常に早い吸収時間は、口腔環境中での活性成分の溶液の停滞、ならびに活性成分の変質を起こす可能性のある唾液とのあいにくの混合を防止することを可能にする。さもなければ、活性成分の溶液の安定性と持続性が壊れるかも知れない。この短い時間はまた、溶液およびそれに含まれている活性成分の反射的嚥下を防止することを可能にする。
選択的親近性によって親脂質を受動的に吸収するリン脂質組織からなる外上皮膜側を、本発明による溶解状態になっている活性成分の経粘膜通過は、同膜の反対側への浸透の誘導に基づいており、この誘導に、溶解している活性成分が集中し、それに対象アルコール溶液の集中化が同時に加わる。溶解状態の親脂質薬剤が低い分子量であり、吸収推進剤の役目をするアルコール度が高ければ高いほど浸透の誘導が活発である。
口と中咽頭の粘膜は、密度が非常に高く、半ばスポンジ状の毛細血管網を有するので、上皮膜の親脂質細孔を横断する、アルコール溶媒だけでなく、それに溶解している活性成分の薬剤は、微小血流に瞬時に捕捉されて、舌下静脈に採取される。この現象は、血管拡張を引き起こすアルコールの存在および粘膜の局部的毛細血管での流量の増加で強められる。
アルコールで血流量が局部的に強められることによって、膜の前後は全然均衡状態にはなく、吸収すべき薬剤が無くなってこの状態が終るまで、口内における薬剤の集中は、引き続き著しいままである。
このようにアルコールおよび本発明によってアルコールに溶解している活性成分の全量は、粘膜を通過する。
本発明によるガレノス的方式の使用で、活性成分の服用量を投与でき、同活性成分は、粘膜と接触するように置かれると薬理作用にとって遅滞なく、消化器と肝臓の通過による主要作用を受けることなく、血管経由で即座に組織全体に配布される。
本発明によるアルコールを重量で少なくとも20%含有するハイドロアルコール溶液は、溶解しにくい活性成分をも溶解し、抗細菌保存剤を加える必用なく、医薬処方を細菌汚染に対して保護する利点を有する。」(5頁3行?6頁14行:公表公報の【0027】?【0033】)

g.「有利なことに、本発明は、非常に単純な実施法とガレノス的方式のきわめて良好な安定性を提供する。水/アルコールの溶液の各種薬剤のための特別な調節は、活性成分の溶解化を保証すると同時に日常の医薬品方式に使用されている大抵の賦形剤および従来の舌下方式を必用でなくする。したがって、本発明は、製造の費用の削減と同時に、不寛容性の危険および起こり得る活性成分と賦形剤間の相互作用を減らすことを可能にする。
特異的なことに、消化器経由による医薬品の吸収の遅さに比べて、作用時間は非常に短い。循環内する血流への静脈注射並に殆ど瞬間的に薬理学的に解放されるので、患者は、製品を自分自身に投与して、素早い効果を得られる。
なお、活性成分がその吸収および組織内への瞬間的配分に関して明らかな障害に出会うことが無いので、投与する服用量は非常に少なく、要求される薬理学的に作用するのに必用な用量に最も近い量で済む。用量は、活性成分300mg以下が好ましい。」(7頁10?26行:公表公報の【0036】?【0038】)

h.「また、アルコールの作用は無いに等しい。例えば、40℃のエタノール2mlないし4mlは、血液1リットル当り8mlないし16ml以下の血液中含有度を生ずるだけで、それは、例えば、血液1リットル当り0.5gと言うフランスの法律上の許容量の31.25分の1ないし62.5分の1に相当するに過ぎない。」(8頁7?10行:公表公報の【0040】)

i.「特別な一つの実施態様では、合剤の安定性の保護および酸素と光線の遮断のために、窒素ガスで充満している中で、不透明で柔軟な金属皮膜付きプラスチック製容器を使用することにある。この容器は、本発明によるハイドロアルコール溶液に溶解されている活性成分の長期的安定性を保証する。
患者が快適に使用でき、容易に輸送できるために、最大限投与量である5mlの単一服用量また複数服用量の特別な防水ケースの形の「スチック型」容器によることが好ましい。もっと好ましいのは、本発明によるガレノス的方式は、活性成分の最適な服用量を提供するのに受け入れられやすい0.25mlないし5mlの単一服用量のスチック型容器に調製することが好ましい。
有利なことにこの容器では、運搬が容易であり、一日のどの時にも、ガレノス的方式の薬を容易に利用できる。」(8頁14?26行:公表公報の【0042】?【0044】)

(イ)本願の出願前(優先日前)に頒布された刊行物である特表2006-502148号公報(原査定における引用文献1である。以下、「刊行物2」という。)には、以下の事項が記載されている。

「【請求項1】
コレステロール低下剤、アルドステロン拮抗薬、トリグリセリド低下剤、ロイコトリエン受容体拮抗薬、免疫調整剤又は免疫原、グルコース生成阻害剤、II型糖尿病治療薬、骨吸収阻害剤、カルシウム吸収促進剤、インスリン増強剤、インスリン増感剤、代謝調節剤、糖脂質、糖タンパク質、抗炎症薬、抗肥満薬、COX及び/又はLO阻害剤、サイトカイン、及びそれらの混合物からなる群から選択された、全組成の0.001?60重量%の量の活性化合物と、全組成の30?99重量%の量の極性溶媒とを含む薬理的に活性な化合物の経粘膜投与用の噴射剤を含まない口内スプレー組成物。
……
【請求項7】
前記極性溶媒が、分子量が400?1000のポリエチレングリコール、C_(2)?C_(8)の一価及び多価アルコール、並びにC_(7)?C_(18)の直鎖若しくは分岐構造のアルコールからなる群から選択されることを特徴とする請求項1又は2に記載の組成物。
……
【請求項11】
前記活性化合物が、アカルボース、アセトヘキサミド、クロルプロパミド、グリメピリド、グリピザイド、グリブリド、メトフォルミン、ミグリトール、ナテグリニド、ピオグリタゾン、ロシグリタゾン、レパグリニド、トルブタミド、トラザミド、トログリタゾン、及びそれらの混合物からなる群から選択されることを特徴とする請求項1?5のいずれかに記載の組成物。
……
【請求項17】
前記活性化合物がタンパク質又はペプチドであることを特徴とする請求項1?5のいずれかに記載の組成物。」

「【課題を解決するための手段】
【0003】
極性又は非極性溶媒を用いた口内エアゾールスプレー又は軟らかい噛むゼラチンカプセルがここに開発され、それらは、生物学的に活性な化合物を口腔粘膜を通して速やかに吸収させ、その結果、効果の始まりが速くなる。
……
【0007】
本発明の薬理的に受容可能な極性溶媒に溶解可能な薬理的に活性な化合物の経粘膜投与用口内極性ポンプスプレー組成物、即ち、噴射剤を含まない組成物は、全組成に対する重量%で、水性極性溶媒30?99.69%と、活性化合物0.001?60%とを含み、好ましくは、更に、全組成の0.1?10重量%の香味添加剤を含む。好ましくは、該組成物は、極性溶媒37?98.58%と、活性化合物0.005?55%と、香味添加剤0.5?8%とを含み、最も好ましくは、極性溶媒60.9?97.06%と、活性化合物0.01?40%と、香味添加剤0.75?7.5%とを含む。
……
【0011】
また、本発明の目的は、スプレー又は噛むカプセルによって、それを必要とする哺乳類、好ましくは、ヒトの口腔粘膜に、この方法で又は軟らかいゼラチンカプセルから、生物学的に活性な化合物を所定量投与することである。
……
【0019】
極性若しくは非極性溶媒は、ゼラチン殻及び活性化合物と相性が良くなるように選択される。該溶媒は、好ましくは、活性化合物を溶解する。……」
「【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
……
【0025】
本発明の好適な活性化合物は、イオン化されていたり、塩の形態であったり、或いは、薬理的に受容可能な該塩の遊離塩基の形態にある(但し、エアゾール又はポンプスプレー組成物用には、それらはスプレー溶媒に溶解している)。……」

「【0039】
一実施態様では、上記活性化合物は、グルコース生成阻害剤である。本発明の口内スプレーに用いられる好適なグルコース生成阻害剤としては、特に限定されるものではないが、アカルボース、アセトヘキサミド、クロルプロパミド、グリピザイド、グリブリド、メトフォルミン、ミグリトール、ナテグリニド、ピオグリタゾン、ロシグリタゾン、トルブタミド、及びトラザミド等が挙げられる。
【0040】
一実施態様では、上記活性化合物は、II型糖尿病治療薬である。本発明の口内スプレーに用いられる好適なII型糖尿病治療薬としては、特に限定されるものではないが、アカルボース、アセトヘキサミド、クロルプロパミド、グリピザイド、グリブリド、メトフォルミン、ミグリトール、ナテグリニド、ロシグリタゾン、トルブタミド、及びトラザミド等が挙げられる。
……
【0043】
一実施態様では、上記活性化合物は、インスリン増強剤である。本発明の口内スプレーに用いられる好適なインスリン増強剤としては、特に限定されるものではないが、アカンプロセート、ミグリトール、トログリタゾン、クロルプロパミド、グリメピリド、グリピザイド、グリブリド、及びレパグリニド等が挙げられる。」

「【0076】
実施例3
スルホニル尿素
A.グリブリド舌スプレー
量 好適な量 最も好適な量
グリブリド 0.25?25 0.5?20 0.75?15
エタノール 5?60 7.5?50 10?20
プロピレングリコール 5?30 7.5?20 10?15
ポリエチレングリコール 0?60 30?45 35?40
水 2.5?30 5?20 6?15
フレーバー 0.1?5 1?4 2?3」

(ウ)本願の出願前(優先日前)に頒布された刊行物である特表2008-534523号公報(原査定の引用文献3である。以下、「刊行物3」という。)には、以下の事項が記載されている。

「【請求項2】
以下を含む経口経粘膜メトホルミン組成物:
メトホルミンまたはその医薬的に許容可能な塩から成る有効量の医薬品、
アルカリ金属アルキル硫酸塩、グリセリン、胆汁酸または胆汁酸塩、レシチン、ヒアルロン酸、オクチルフェノキシポリエトキシエタノール、グリコール酸、乳酸、カモミール抽出物、キュウリ抽出物、オレイン酸、リノレン酸、ルリヂサ油、マツヨイグサ油、ポリグリセリン、リジン、ポリリジン、トリオレイン、モノオレイン、モノオレイン酸塩、モノラウリン酸塩、メントール、ポリドカノールアルキルエーテル、ケノデオキシコール酸塩、デオキシコール酸塩、ならびにそれらの医薬的に許容可能な塩および類似体から選択される少なくとも1つの有効量の吸収促進剤、および
吸収のために口内粘膜に医薬的に有効量の前記医薬品を送達することが可能な、医薬的に許容可能な担体。
……
【請求項20】
被検対象における糖尿病の治療に使用するための、請求項2から18の何れか1項に記載の組成物。」

「【背景技術】
【0001】
メトホルミンおよびその医薬的に許容可能な塩(……)は、糖尿病、糖尿病前症、多嚢胞性卵巣疾患および肥満症を含む、多くの症状を治療するために使用されてきた。メトホルミンの作用機構は、結晶中グルコースレベル(特に、食後グルコースレベル)を減少させること、肝臓のグルコース生成を減少させること、脂質レベルを減少させること、インスリンへの感受性を増大させること、および/または、腸管吸収を減少させることを含む。さらに、メトホルミンは、低血糖を引き起こすことなく作用する。」

「【発明の概要】
【0004】
第1の側面によると、本発明は、医薬的に許容可能な担体と、前記担体に含まれるメトホルミンまたはその医薬的に許容可能な塩から成る有効量の医薬品とを含む経口経粘膜メトホルミン組成物(……)であって、前記担体が、医薬的有効量の前記医薬品を、吸収のために口部粘膜に送達する能力を有する組成物を提供する。
……
【0008】
本発明には、多くの利点がある。消化管(GI)を回避することで、メトホルミンおよびその塩の経口製剤の消化管の合併症および副作用を避けることができる。経口摂取される既知の製剤では、消化管における分解の問題のために、より高い投与量当りの量の医薬品が必要となる。口内粘膜を通して医薬品を送達する本発明による組成物は、より少ない活性成分で処方することができる。このことは、コストを削減し、味覚プロファイル(……)を改善する。」

「【0029】
医薬的に有効な投与量は、in vivoまたは動物モデル試験システムによる投与量-応答曲線から推定してよい。それらはまた、既知のメトホルミン塩酸塩の経口製剤の生物学的利用能を測定することで決定してよい。本発明による医薬組成物は、次に、既知の経口製剤の生物学的利用能に近い生物学的利用能を有する投与量で処方することができる。
【0030】
医薬品の量は、50から850ミリグラムとすることができる。
【0031】
典型的には、本組成物は、一投与量当り約50から500ミリグラムを含むだろう。投薬計画に依存して、各々の投与量は、50、112.5、250ミリグラムまたは500ミリグラムを含むようにすることができる。量は、とりわけ使用される担体の放出特性に依存して異なることが理解されるだろう。放出される医薬品の量が意図された治療および/または予防効果を持つように、活性成分の量が調整されるだろう。」

「【0043】
医薬品は、口内粘膜(oral mucosal membranes)または「口内粘膜(oral mucosae)」を通して投与される。これらは、口、のど、喉頭および食道の膜を含む。口の膜、特に、頬および舌下の粘膜が好ましい。舌下の粘膜は,
舌の腹側表面および口の底を含み、頬の粘膜は頬の内側である。舌下および頬の粘膜は、比較的透過性であり、多くの薬剤は迅速な吸収および許容可能な生物学的利用能を可能とする。更に、頬および舌下の粘膜は、都合がよく、非回避的(……)で、容易に接触可能である。消化管およびその他の臓器と比較して、頬の環境は、酵素活性がより低く、および、pHが中性であり、このことは、in vivoでこの薬剤の有効期間の延長を可能とする。」

「【0050】
治療の方法
本発明は、本発明の第1の側面に従って被検対象に組成物を投与することを含む、糖尿病、糖尿病前症、肥満および多嚢胞性卵巣症候群から選択される症状を治療する方法を提供する。本組成物は、被検対象における血漿グルコースレベル(例えば食後のグルコースレベル)の減少、肝臓のグルコース生成の減少、脂質レベルの減少、インスリンに対する感受性の増大、グルコースの腸内吸収の減少、低血糖の減少、体重の減少、および/または食欲の減少に有用で有り得る。
……
【0052】
医薬組成物は、一投与量(……)で提供することができ、または、連続的に投与される多数の投与量で提供してよい。一投与量当りのメトホルミンまたはその塩の投与頻度および量は、治療すべき症状の性質および重症度、ならびに、被検対象の性別、体重、健康状態および年齢(それらに限定されない)を含むその他の因子に基づいて、医師の処方によって決定される。
……
【0054】
本願で使用される「糖尿病(diabetes)」または「真性糖尿病(diabetes mellitus)」は、高血糖で特徴付けられる症状を意味する。高血糖は、インスリン分泌および/またはインスリン作用の完全なまたは相対的な障害をもたらし得る。高血糖を検出する方法は、当該分野において既知であり、一般に血漿グルコースレベルの測定を含む。無症候性の患者において、空腹時の高血糖に対する診断基準が満たされる場合に、糖尿病と診断される:……。糖尿病は、被検対象がほとんどまたは全くインスリン生成しない1型糖尿病(インスリン依存性糖尿病)、および、グルコースに応答するインスリン分泌の低下、および/または、骨格筋によるグルコース取り込みの刺激におけるおよび肝臓のグルコース生成の制限におけるインスリンの効果の減少(インスリン抵抗性)により高血糖が生じる2型糖尿病(インスリン非依存性糖尿病)を含む。
【0055】
本願で使用される「糖尿病前症」(耐糖能障害(……)、すなわちIGTとも呼ばれる)とは、被検対象の食後の血漿グルコースレベルが、正常値より高く、しかし2型糖尿病が診断されるほど十分高くない場合に生じる症状を意味する。血漿グルコースレベルの測定方法は、当該分野において既知である。
……
【0058】
本願で使用される「治療的」、「治療」、および「治療する」という用語は、疾病の症状の発症を予防または遅延させること、および/または疾病の症状の重症度または頻度を下げることを含む、疾病または疾病に関する症状を回復することを意味する。」

ウ.刊行物1に記載された発明
刊行物1の摘示イ(ア)aの請求項1?12の記載から見て、刊行物1には、
「少なくとも一つの活性成分が口腔および/または中咽頭の粘膜経由で迅速に吸収できるために、同活性成分がハイドロアルコール溶液に安定的かつ完全な溶解状態にあり、該ハイドロアルコール溶液のアルコールが重量で20%ないし95%、水が5%ないし80%であり、該ハイドロアルコール溶液が少なくともエタノールを含み、投与量が5ml以下であることを特徴とする、少なくとも一つの活性成分のガレノス的方式による経口投与。」
の発明(以下、「引用発明」という。)が記載されている。

エ.対比・判断
(ア)補正発明と引用発明とを対比する。
引用発明の「ハイドロアルコール溶液」はアルコール及び水からなるものであるから(摘示イ(ア)dも参照のこと)、補正発明の「水性アルコール溶液」に相当する。なお、溶媒としては「水性アルコール」である。
引用発明の「少なくとも一つの活性成分」は、摘示イ(ア)aの請求項15及び16を参酌すると、「人または動物」の疾病の治療に用いられるものであり、そして引用発明の「少なくとも一つの活性成分のガレノス的方式による経口投与」とは、医薬組成物に関するものであることは明らかである。
引用発明では「同活性成分が……ハイドロアルコール溶液に安定的かつ完全な溶解状態にある」と特定していることから、ハイドロアルコールを唯一の溶媒としているものと言える。
そうすると、両者は、
「人または動物の治療の薬として用いられ、
経粘膜手段によって投与される医薬組成物であって、
有効成分が、水およびエタノールを基礎とし、唯一の溶媒としての水性アルコールに溶解した水性アルコール溶液の形態を有し、
前記水性アルコール溶液は、有効成分が完全に溶解している
医薬組成物。」
の点で一致し、次の点で相違している。

相違点1:
「人または動物の治療の薬」について、補正発明では、「2型糖尿病における食後高血糖のスポット治療の薬」であり、「1以上の低血糖誘導性またはインスリン分泌性の有効成分」であり、「前記低血糖誘導性の有効成分は、脂肪親和性または両親媒性の有効成分として、グリクラジド、メトホルミン、グリベンクラミド、グリニド、インクレチン、またはグリプチンから選択され」るものであると特定しているのに対し、引用発明ではそのような特定がない点。

相違点2:
「経粘膜手段」について、補正発明では、「カニューレを用いた経頬粘膜手段」であり、「下部外部歯肉冠(lower external gingival crown)と、下部頬および下唇の内側粘膜壁(mucous wall of the lower inner faces of the cheek and lower lip)とにより規定される前庭(vestibule)に、前記カニューレにより投与される」ものであることを特定しているのに対し、引用発明では「口腔および/または中咽頭の粘膜経由」とのみ特定している点。

相違点3:
「水性アルコール」について、補正発明では「エタノール度数が30度以上60度以下、水の割合が40%以上70%以下」と特定しているのに対し、引用発明では「アルコール(エタノール)が重量で20%ないし95%であり、水が5%ないし80%であ」ると特定しており、また「水性アルコール溶液」について、補正発明では「pHが4.5?9.0の範囲内にあり、2mL未満の量であって、250mg以下の量の1以上の低血糖誘導性の有効成分が完全に溶解しており」と特定しているのに対し、引用発明では「有効成分が完全な溶解状態」にあり、「投与量が5ml以下である」と特定している点。

(イ)これらの相違点について検討する。
a.相違点1について
刊行物1の上記摘示イ(ア)aの請求項15には「抗糖尿病薬」が、また、同請求項16には「糖尿病」の治療及び/又は予防のための医薬品が記載されている。
ところで、本願明細書には「スポット治療」について「本発明の処方物は、特に2型糖尿病の外来患者における食後高血糖のスポット治療(1日に数回、食事のたびに摂取が必要)に適している。」(【0057】)と記載されているところ、引用発明は「活性成分の経粘膜経由による即時かつ体系的投与」(摘示イ(ア)bほか)に関するものであり、「苦しい症状や日常生活に支障をきたすトラブルを迅速かつ効果的に直せるように、直ちに生化学的に有効な活性成分の必用量を投与できる」(摘示イ(ア)c)ものであるから、引用発明も補正発明で言う「スポット治療の薬」として用いられるものと解される。
また、刊行物2には、「生物学的に活性な化合物を口腔粘膜を通して速やかに吸収させ、その結果、効果の始まりが速くなる」(【0003】)経粘膜投与用の口内スプレー組成物であって、活性化合物として「グルコース生成阻害剤、II型糖尿病治療薬、インスリン増強剤、インスリン増感剤」などを含むものが記載されている。そのような活性化合物として具体的にグリブリド(グリベンクラミドの別名)、メトフォルミン、及びグリニドであるナテグリニドやレパグリニドが挙げられている。さらに、刊行物3には、糖尿病(2型糖尿病を含む)の治療に使用する経口経粘膜メトホルミン組成物が記載されており、吸収のために口内粘膜に医薬的に有効量の医薬品を送達するものであること、及び口内粘膜を通して医薬品を送達することの利点も記載されている。
そうすると、引用発明の「少なくとも一つの活性成分」(活性化合物)として、抗糖尿病薬や糖尿病の治療及び/又は予防のための医薬品である、グリベンクラミド、メトホルミン、ナテグリニド、レパグリニドを採用することは、これらが口内粘膜から吸収させる態様で投与することが知られていたものであることに鑑みれば、当業者が容易に想到し得たことといえる。そして、これらの活性化合物は「低血糖誘導性又はインスリン分泌性」のものであり、「2型糖尿病における食後高血糖」の治療に使用されるものであることは当業者に周知の事項であり、「脂肪親和性または両親媒性」であることも自明である。(なお、刊行物1には、「経粘膜方式とは、……粘膜を通して、親脂性または両親媒性薬剤の受動的通過を指す。」(摘示イ(ア)c)と記載されているとおり、有効成分は「脂肪親和性または両親媒性」のものであることも記載されている。)

b.相違点2について
(a)投与箇所
引用発明においては、「口腔および/または中咽頭の粘膜経由」で活性成分を吸収させるものであるが、この「口腔の粘膜」に頬粘膜が含まれることは刊行物1の記載から自明である(摘示イ(ア)c)。
次に、補正発明における「頬粘膜」の部位としての「下部外部歯肉冠と、下部頬および下唇の内側粘膜壁とにより規定される前庭」は、本願明細書の
「本発明の医薬組成物は、非常に少量の液体なので、投与が非常に簡単である。患者がこれを口内に塗布し、面積の狭い限定された粘膜領域に直接接触させることは簡単である。患者には、本発明の処方物を唾液分泌箇所から離れた粘膜領域に塗布してもらうのが望ましい(例えば、下側そして外側の歯茎冠部と頬および下唇の下側内表面の粘膜壁とによって規定される前庭)。」(【0065】)
に従うものと解されるが、このような「前庭」を投与箇所とするのは「唾液分泌箇所から離れた粘膜領域」という理由としている。しかし、一方では、
「本発明の処方物は、液体を塗布して所定の頬粘膜表面に接触させてから6秒未満の時間で、有効成分が頬粘膜を受動通過させることができる。このように吸収時間が非常に短いことで、頬の内側の空気に溶液および有効成分が停滞する事態や、意図せずに唾液と混合して変質してしまうという事態を回避できるという効果が生じる。こうした事態は、有効成分の溶液の連続性や安定性を損なってしまう。また、このように時間が短いことで、溶液やそこに含まれる有効成分が反射的に嚥下されて消化路に入ってしまう事態も避けられることになる。……」(【0040】)
「更に、頬粘膜は絨毛上組織の襞特性のために総吸収表面積が非常に大きくなっているため、本発明の薬の投与では、不注意で嚥下したり、間違ったやり方で飲み下したりする危険性がない。実際、急速な前粘膜通過が可能であり、それによって、投与された有効成分が唾液に溶けたり嚥下されたりする事態は防止されるため、各種の成分や添加剤で粘膜が不安定することはない、という効果が得られる。……」(【0057】)
と記載されているとおり、唾液による影響はそれほど大きくないものと解される。この点、刊行物1には、
「本発明によるガレノス的方式は、投与後、活性成分が20秒足らずで中咽頭の粘膜を受動的通過することを可能にする。この非常に早い吸収時間は、口腔環境中での活性成分の溶液の停滞、ならびに活性成分の変質を起こす可能性のある唾液とのあいにくの混合を防止することを可能にする。さもなければ、活性成分の溶液の安定性と持続性が壊れるかも知れない。この短い時間はまた、溶液およびそれに含まれている活性成分の反射的嚥下を防止することを可能にする。」(摘示イ(ア)f)
というように、ほぼ同様のことが記載されている。
そうすると、補正発明が、「頬粘膜」の部位としての「下部外部歯肉冠と、下部頬および下唇の内側粘膜壁とにより規定される前庭」と特定したことに格別なものはなく、そのような頬粘膜部位を採用することは当業者が適宜採用できることである。

(b)カニューレ
「カニューレ」とはチューブやカテーテルと同義の用語であり、「管」を意味するものである。しかしながら、補正発明において「カニューレを用いた経頬粘膜手段」又は「カニューレにより投与」がどのような手段/投与態様を具体的に意味しているのか必ずしも明確ではない。
本願明細書において「カニューレ」について記載しているのは、
「【0066】
最後の態様として、本発明の処方物は、安全、簡単かつ人間工学的に使用でき、しかも、有効成分が空気や光に接して劣化するのを防止できるよう、特別な工業用包装を必要とする。
1つの特定の実装形で使用する包装は、好ましくは小型で、プラスチック製またはメタロプラスチック製である。柔軟なものでもよいしガラス製でもよい。不透明であって、充填は窒素などの不活性気体の中で行い、組成物の安定性を守ると共に酸素や放射から保護する。こうした包装を用いれば、本発明による水性アルコール溶液に溶解した有効成分が、長期間安定して溶解した状態を保つことが保証される。
【0067】
こうした包装については、本発明の溶液を正確かつ簡単に塗布して、正しい粘膜領域に接触させることができるよう、カニューレで構成するのが好ましい。
使用時の患者の快適性のために、そして、輸送を容易にするために、特定の密封ポーチの形をした包装を用いることが好ましい。更に、ガレン製剤の形を取る本発明は、0.1?2mLの単位量パックに包装するのが好ましい。そうすれば、患者毎に調整した正確かつ適当な量の有効成分を提供することができる。
【0068】
効果的な構成として、上記包装は運搬が簡単であり、ガレン製剤なので、一日のどの時間帯でも直ちに使用できる。……」
の箇所のみであるところ、これらの記載を踏まえても「カニューレを用いた経頬粘膜手段」又は「カニューレにより投与」が具体的にどのような構成を意味しているのか明確ではない。ただし、上記記載を踏まえれば「カニューレ」とは包装の形態であり、そのような包装のまま経頬粘膜投与が行えるものを意味しているように解する余地がある。
ところで、刊行物1には、
「患者が快適に使用でき、容易に輸送できるために、最大限投与量である5mlの単一服用量また複数服用量の特別な防水ケースの形の「スチック型」容器によることが好ましい。もっと好ましいのは、本発明によるガレノス的方式は、活性成分の最適な服用量を提供するのに受け入れられやすい0.25mlないし5mlの単一服用量のスチック型容器に調製することが好ましい。
有利なことにこの容器では、運搬が容易であり、一日のどの時にも、ガレノス的方式の薬を容易に利用できる。」(摘示)イ(ア)i)
と記載されているところ、この「スチック型」容器は、スチック、すなわち棒状であり、そして容器であることから内部に内容物を入れておくための空洞を有するものと認められ、そうすると、このような形状のものは「管」といえるものである。そして、そのような「スチック型」容器は運搬が容易で、そのまま投与に使用できるものであるから、補正発明における「カニューレ」に相当するものと解される。
したがって、刊行物1には、「カニューレを用いた経頬粘膜手段」及び「カニューレにより投与」について記載されているから、この点は実質的な相違点ということはできない。

c.相違点3について
(a)水性アルコールのアルコール度数
水性アルコールにおいて、引用発明の「アルコール(エタノール)が重量で20%ないし95%であり、水が5%ないし80%」との規定は、補正発明における「エタノール度数が30度以上60度以下、水の割合が40%以上70%以下」を包含するものである。
そして、刊行物1には、
「本発明の一つの主要特徴によれば、重量で少なくとも20%存在するアルコールは、溶媒の役割を演じるだけでなく、急速な経粘膜的吸収を促進し、その速度は、使用されているアルコール度が高まるにつれて早まる。」(摘示イ(ア)d)
「選択的親近性によって親脂質を受動的に吸収するリン脂質組織からなる外上皮膜側を、本発明による溶解状態になっている活性成分の経粘膜通過は、同膜の反対側への浸透の誘導に基づいており、この誘導に、溶解している活性成分が集中し、それに対象アルコール溶液の集中化が同時に加わる。溶解状態の親脂質薬剤が低い分子量であり、吸収推進剤の役目をするアルコール度数が高ければ高いほど浸透の誘導が活発である。」(摘示イ(ア)f)
と記載されているように、アルコール度数が高い方が経粘膜吸収速度が高くなること、さらに、
「本発明は、少なくとも一つの活性成分の粘膜経由による投与のためのガレノス的方式を提案することによってそれに応えようとするものであり、そのために、同活性成分は、口腔および/または中咽頭の粘膜を通じて同活性成分の迅速な吸収が可能になるように、重量でアルコールを少なくとも20%含むハイドロアルコール溶液中で安定的かつ完全な溶解状態にある。」(摘示イ(ア)c)
「本発明によるアルコールを重量で少なくとも20%含有するハイドロアルコール溶液は、溶解しにくい活性成分をも溶解し」(摘示イ(ア)e)
「水/アルコールの溶液の各種薬剤のための特別な調節は、活性成分の溶解化を保証する」(摘示イ(ア)g)
と記載されているように、活性成分を完全に溶解させることが必要であるから、引用発明においても、溶媒としての水性アルコールについて活性成分の溶解性に応じたアルコール度数とすることが必要になることは容易に理解できる。
そうすると、水性アルコール溶液について、「エタノール度数が30度以上60度以下、水の割合が40%以上70%以下」とすることは当業者が容易になし得ることである。

(b)水性アルコール溶液のpH
一般に、口腔内に投与され粘膜から吸収される医薬組成物については、投与時に口腔粘膜に損傷が生じないあるいは患者にとって不愉快な感触を与えないなどのために、有効成分に影響を及ぼさない範囲においてある程度の液性(酸性あるいは塩基性)の範囲を調整することは、技術常識というものである。
そして、刊行物1には、
「安定的かつ完全な溶解状態とは、溶解環境内で、活性成分を僅かにイオン化した分子状態に戻し、不時の再結晶化を予防する溶解状態をさす。」(摘示イ(ア)c)
と記載されているところ、「活性成分を僅かにイオン化した分子状態」とするためには、pHを僅かに酸性又は塩基性に調整することは当業者が容易に想到することである。
また、刊行物1には、活性成分がカルボニル酸を含んでいる場合のpHの修正剤の添加について記載されており(摘示イ(ア)e)、そうすると、刊行物1にはpHを中性であるpH7を中心とした適切な範囲とすることについての示唆もあるといえる。

(c)濃度及び投与量
刊行物1には、以下の記載がある。
「活性成分がその吸収および組織内への瞬間的配分に関して明らかな障害に出会うことが無いので、投与する服用量は非常に少なく、要求される薬理学的に作用するのに必用な用量に最も近い量で済む。用量は、活性成分300mg以下が好ましい。」(摘示イ(ア)g)
「本発明によるガレノス的方式は、活性成分の最適な服用量を提供するのに受け入れられやすい0.25mlないし5mlの単一服用量のスチック型容器に調製することが好ましい。」(摘示イ(ア)i)
そして、引用発明において活性成分は完全な溶解状態にあるとの点を踏まえると、投与量としての水性アルコール溶液の量及び活性成分の量は、有効量が完全に溶解するとの観点で、当業者が適宜決定できることに過ぎない。
なお、刊行物3には、メトホルミンについて、「一投与量当り約50から500ミリグラムを含むだろう。投薬計画に依存して、各々の投与量は、50、112.5、250ミリグラムまたは500ミリグラムを含むようにすることができる。」(【0031】)と記載されていることから見て、例えば、メトホルミンを有効成分として使用した場合に、250mg以下の量とし、これを完全に溶解するために2mL未満の量の水性アルコール溶液とすることは、当業者が容易になし得ることである。(このような溶液は、例えば、本願明細書には、約30度の水性アルコール溶液1mLに対して150mgの量のメトホルミンを完全に溶解することが可能である。」(【0037】)、「アルコール度数が40?60度の範囲で、0.75?1.5mLの量にメトホルミンが15?225mgの範囲で溶解した、水性アルコール溶液で構成することができる。」(【0042】)と記載されているとおり、実施に支障がない。)

オ.効果について
刊行物1の摘示イ(ア)f及びgの記載に鑑みれば、補正発明は格別な効果を奏するものではない。

カ.小括
したがって、補正発明は、刊行物1?3に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により、特許出願の際独立して特許を受けることができない。

3.むすび
以上のとおりであるから、本件補正は、特許法第17条の2第6項において準用する同法126条第7項の規定に違反するから、同法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。

第3.本願発明の特許性について
1.本願発明
上記のとおり、平成27年2月4日付け手続補正所による補正は却下されたので、本願の請求項1?10に係る発明は、平成26年8月22日付け手続補正書により補正された特許請求の範囲の請求項1?10にそれぞれ記載された事項により特定されるとおりのものであって、そのうち請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という。)は次のとおりである。
「人または動物の2型糖尿病における食後高血糖のスポット治療の薬として用いられ、
経頬粘膜手段によって投与される医薬組成物であって、
1以上の低血糖誘導性またはインスリン分泌性の有効成分が、
水およびエタノールを基礎とし、
アルコール度数が30度以上である水性アルコールに溶解した水性アルコール溶液の形態を有し、
pHが4.5?9.0の範囲内にあること、
を特徴とする医薬組成物。」

2.特許性についての判断
(1)引用する刊行物等及びその記載事項について
ア.国際公開第2008/035020号
イ.特表2006-502148号公報
ウ.特表2008-534523号公報

文献アは、上記第2の2(2)イ(ア)で引用した刊行物1であり、当該文献には同箇所のa?iで摘示した事項が記載されている。
また、文献イ及びウは、それぞれ上記第2の2(2)イ(イ)及び(ウ)で引用した刊行物2及び3であり、それぞれの箇所に摘示した事項が記載されている。

(2)文献アに記載された発明
文献アには、上記第2の2(2)ウに記載したとおりの発明(引用発明)が記載されている。

(3)対比・判断
本願発明と引用発明とを対比する。
上記第2の2(2)エ(ア)で指摘した点を踏まえると、両者は
「人または動物の治療の薬として用いられ、
経粘膜手段によって投与される医薬組成物であって、
水およびエタノールを基礎とし、
水性アルコールに溶解した水性アルコール溶液の形態を有すること、
を特徴とする医薬組成物。」
の点で一致し、次の点で相違している。

相違点A:
「人または動物の治療の薬」について、本願発明では、「2型糖尿病における食後高血糖のスポット治療の薬」であり、「1以上の低血糖誘導性またはインスリン分泌性の有効成分」を含むものである旨特定しているのに対し、引用発明ではそのような特定がない点。

相違点B:
「経粘膜手段」について、本願発明では、「経頬粘膜手段」であることを特定しているのに対し、引用発明では「口腔および/または中咽頭の粘膜経由」とのみ特定している点。

相違点C:
「水性アルコール溶液」について、本願発明では「エタノール度数が30度以上」と特定しているのに対し、引用発明では「アルコール(エタノール)が重量で20%ないし95%であり、水が5%ないし80%であ」ると特定しており、また「水性アルコール溶液」について、本願発明では「pHが4.5?9.0の範囲内にあ」ることを特定しているのに対し、引用発明ではpHについて特に触れていない点。

上記相違点について検討する。
相違点A?Cは、上記第2の2(2)エ(ア)で認定した相違点1?3にそれぞれ対応するものであるところ、相違点A?Cについてみても、同(イ)のa、b(b)並びにc(a)及び(b)で示した相違点1?3についての判断を撤回すべき理由はない。
そうすると、本願発明は、当業者が文献ア?ウに記載された発明に基づいて容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

第4 むすび
以上のとおり、本願の請求項1に係る発明は特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、本願は、他の請求項について検討するまでもなく、拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2016-05-30 
結審通知日 2016-05-31 
審決日 2016-06-13 
出願番号 特願2012-519040(P2012-519040)
審決分類 P 1 8・ 575- Z (A61K)
P 1 8・ 121- Z (A61K)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 清野 千秋杉江 渉  
特許庁審判長 大熊 幸治
特許庁審判官 松浦 新司
小久保 勝伊
発明の名称 2型糖尿病における食後高血糖の経頬粘膜治療に用いられる医薬組成物およびその調剤方法  
代理人 向井 尚子  
代理人 向井 尚子  
代理人 向井 尚子  

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