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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  C08L
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  C08L
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C08L
管理番号 1321263
異議申立番号 異議2016-700680  
総通号数 204 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2016-12-22 
種別 異議の決定 
異議申立日 2016-08-03 
確定日 2016-11-11 
異議申立件数
事件の表示 特許第5854564号発明「ポリアミド樹脂組成物及び成形品」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第5854564号の請求項〔1ないし9〕及び10に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯

特許第5854564号の請求項1ないし10に係る特許についての出願は、平成25年7月9日(優先権主張 平成24年7月18日)に出願され、平成27年12月18日に特許の設定登録がされ、平成28年8月3日にその特許に対し、特許異議申立人東レ株式会社から特許異議の申立てがされたものである。



第2 本件発明

特許第5854564号の請求項1ないし10に係る発明は、それぞれ、その特許請求の範囲の請求項1ないし10に記載された事項により特定される、以下のとおりのものである。

「【請求項1】
(A)ポリアミド610樹脂:100質量部と、
(B)ガラス繊維:1?200質量部と、
(C)銅化合物及びハロゲン化合物(ただし、ハロゲン化銅を除く。)を含むポリアミドマスターバッチ:0.01?5質量部と、
(D)ガラス繊維以外の無機充填材:0.18?10質量部と、
を、含有するポリアミド樹脂組成物。
【請求項2】
(A)ポリアミド610樹脂:100質量部と、
(B)ガラス繊維:1?200質量部と、
(C)銅化合物及びハロゲン化合物(ただし、ハロゲン化銅を除く。)を含むポリアミドマスターバッチ:0.01?5質量部と、
(D)ガラス繊維以外の無機充填材:2.0?5.0質量部と、
を、含有する、請求項1に記載のポリアミド樹脂組成物。
【請求項3】
前記(A)ポリアミド610樹脂の、JIS K6920に準じて、98%硫酸中で測
定した相対粘度が、2.0?3.0である、請求項1又は2に記載のポリアミド樹脂組成物。
【請求項4】
前記(B)ガラス繊維が、カルボン酸無水物含有不飽和ビニル単量体と、当該カルボン酸無水物含有不飽和ビニル単量体を除く不飽和ビニル単量体を、重合単位として具備する共重合体を含む集束剤により処理されているガラス繊維である、請求項1乃至3のいずれか一項に記載のポリアミド樹脂組成物。
【請求項5】
前記(C)銅化合物及びハロゲン化合物(ただし、ハロゲン化銅を除く。)を含むポリアミドマスターバッチにおけるマスターバッチを構成するポリアミド樹脂の主成分がポリアミド610樹脂である、請求項1乃至4のいずれか一項に記載のポリアミド樹脂組成物。
【請求項6】
前記(C)ポリアミドマスターバッチ中のハロゲン元素の含有量C3と、銅元素の含有量C4とのモル比C3/C4が、2/1?50/1である、請求項1乃至5のいずれか一項に記載のポリアミド樹脂組成物。
【請求項7】
(E)滑剤:0.01?10質量部をさらに含む、請求項1乃至6のいずれか一項に記載のポリアミド樹脂組成物。
【請求項8】
(F)着色剤:0.01?5質量部をさらに含む、請求項1乃至7のいずれか一項に記載のポリアミド樹脂組成物。
【請求項9】
請求項1乃至8のいずれか一項に記載のポリアミド樹脂組成物を含む成形品。
【請求項10】
(A)ポリアミド610樹脂、(B)ガラス繊維、(C)銅化合物及びハロゲン化合物(ただし、ハロゲン化銅を除く。)、及び(D)ガラス繊維以外の無機充填材を、含有するポリアミド樹脂組成物を製造する際に、前記(C)銅化合物及びハロゲン化合物(ただし、ハロゲン化銅を除く。)を含むポリアミドマスターバッチを用いることにより、前記ポリアミド樹脂組成物からなる成形品の引張クリープ特性を向上させる方法。」

以下、特許第5854564号の請求項1ないし10に係る発明を、それぞれ、「本件特許発明1」ないし「本件特許発明10」といい、本件特許発明1ないし10を総称して「本件特許発明」ということもある。



第3 特許異議の申立ての概要

特許異議申立人東レ株式会社(以下、単に「異議申立人」という。)は、証拠として特開2008-261620号公報(以下、「甲1」という。)、特開2010-222562号公報(以下、「甲2」という。)及び特開2010-270326号公報(以下、「甲3」という。)を提出し、特許異議の申立てとして要旨以下のとおりの主張している。

1.特許法第29条第1項第3号について
請求項1、3及び8ないし10に係る発明は、甲1に記載された発明と同一であるから、請求項1、3及び8ないし10に係る特許は、特許法第29条第1項第3号の規定に違反して特許されたものであり、同法第113条第2項に該当し取り消すべきものである。

2.特許法第29条第2項について
(1)請求項1ないし3及び7ないし10に係る発明は、甲1に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、請求項1ないし3及び7ないし10に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反して特許されたものであり、同法第113条第2項に該当し取り消すべきものである。

(2)請求項1ないし10に係る発明は、甲1に記載された発明と甲2に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、請求項1ないし10に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反して特許されたものであり、同法第113条第2項に該当し取り消すべきものである。

(3)請求項4及び請求項4に従属する請求項5ないし10に係る発明は、甲1に記載された発明と甲2及び甲3に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、請求項4及び請求項4に従属する請求項5ないし10に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反して特許されたものであり、同法第113条第2項に該当し取り消すべきものである。

3.特許法第36条第6項第1号
請求項1ないし10に係る特許は、その特許請求の範囲が発明の詳細な説明に記載した範囲を超えており、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してなされたものであるから、同法第113条第4項に該当し取り消すべきものである。

4.特許法第36条第6項第2号
請求項1ないし10に係る特許は、その特許請求の範囲の記載が明確でなく、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してなされたものであるから、同法第113条第4項に該当し取り消すべきものである。



第4 甲1ないし3の記載及び甲1に記載された発明

1.甲1の記載
甲1には、以下のとおりの記載がある。
(1)「【請求項1】
ポリアミド6,10と、ガラス繊維と、銅と、少なくとも1種の核剤とを含むポリアミド組成物で構成された自動車用冷却システム構成部品であって、
前記ポリアミド組成物は、前記ポリアミド6,10、前記ガラス繊維、前記銅および前記核剤の総重量を基準として、
(a)前記ポリアミド6,10を48.9?79.988重量パーセント含み、
(b)前記ガラス繊維を20?50重量パーセント含み、
(c)前記銅を0.002?0.1重量パーセント含み、
(d)前記核剤を0.01?1.5重量パーセント含むとともに、前記ポリアミド組成物の半結晶化時間が5分以下となるものであり、
前記ポリアミド6,10として、98パーセント硫酸中で測定される相対粘度が2.3?2.9であるものが用いられていることを特徴とする自動車用冷却システム構成部品。
【請求項2】
前記核剤として、カーボンブラックが用いられていることを特徴とする請求項1に記載の自動車用冷却システム構成部品。
【請求項3】
前記核剤として、タルクが用いられていることを特徴とする請求項1または2に記載の自動車用冷却システム構成部品。」(特許請求の範囲請求項1?3)

(2)「本発明は、上記点に鑑み、良好な生産性、耐塩化カルシウム性、耐加水分解性、強靱性および耐高温クリープ性を有するポリアミド6,10組成物で構成された自動車冷却システム構成部品を提供することを目的とする。」(段落【0008】)

(3)「銅は、熱安定剤として機能するものであり、ポリアミド組成物の製造では、例えば、ハロゲン化合物等の銅化合物が用いられる。銅化合物は、一価の銅化合物、二価の銅化合物のどちらか一方、両方を採用しても良い。
一価の銅化合物としては、例えば、ヨウ化銅、臭化銅、塩化銅、フッ化銅、チオシアヌル銅、硝酸銅、酢酸銅、ナフタレン銅、カプロン酸銅、ウラリン酸銅、ステアリン酸銅、アセチルアセテート銅、酸化銅が挙げられる。銅化合物としては、特にヨウ化銅、特にヨウ化銅(I)を用いることが好ましい。
なお、銅化合物の他に次の添加物を加えても良い。例えば、ヨウ化リチウム、ヨウ化ナトリウム、ヨウ化マグネシウム、臭化カリウム、ヨウ化カルシウムから選択されるハロゲン化金属塩等である。添加量としては、0.01?5.0重量パーセントとすることが好ましい。」(段落【0031】?【0033】)

(4)「なお、本実施形態のポリアミド組成物には、上記した以外の添加剤を加えることも可能である。例えば、潤滑剤、可塑剤、酸化防止剤、紫外線安定剤、耐衝撃剤、無機フィラー、ガラス繊維以外の繊維強化剤を添加しても良い。これらのうち、典型的な潤滑剤としては、脂肪酸金属塩、脂肪酸、脂肪酸エステル、脂肪酸エーテル、グリセリンエステル、有機モノまたはビスアミド化合物、酸化または非酸化ポリエチレンワックスおよびそれらの混合物が挙げられる。」(段落【0037】)

(5)「例えば、ポリマー成分および非ポリマー成分は、一段階添加によって一度にかまたは段階的方法のいずれかで、例えば、一軸もしくは二軸スクリュー押出機、ブレンダー、混練機、またはバンバリー(Banbury)ミキサーなどの溶融ミキサーに加えられ、次に溶融混合されてもよい。ポリマー成分および非ポリマー成分を段階的方法で加える場合、ポリマー成分および/または非ポリマー成分の一部が先ず加えられ、その後加えられる残りのポリマー成分および/または非ポリマー成分と溶融混合され、十分に混合された組成物が得られるまでさらに溶融混合される。そして、例えば、射出成形、射出ブロー成形、ブロー成形、押出、熱成形、メルトキャスティング、回転成形などの、当業者に公知の方法を用いて、タンク本体125の形状に成形可能である。」(段落【0045】)

(6)「【実施例】
以下、ポリアミド6,10組成物の実施例について説明する。
表1に、実施例1?15および比較例1?6で使用した材料および成分量を示す。表1中の成分量は、ポリアミド、ガラス繊維、カーボンブラックおよび銅(Cu)の総重量を基準とする重量パーセントである。
【表1】

サンプル調製:実施例(表1において「実施例」で参照される)および比較例(表1において「比較例」で参照される)の組成物を、二軸スクリュー押出機で表1に示す成分を溶融配合することによって調製した。銅はCuIの形態で加えた。表に示す量は、存在する銅の実重量に相当する。
5つの異なる相対粘度を有するポリアミド6,10(表1でPA6,10A?Eと称される)を実施例1?15および比較例1、2に使用した。相対粘度は次の通りである:
ポリアミド6,10A:2.9
ポリアミド6,10B:2.8
ポリアミド6,10C:2.6
ポリアミド6,10D:2.5
ポリアミド6,10E:2.3
この相対粘度は、JIS K9620に従って98%硫酸中25℃で測定した結果である。また、ポリアミド6,6(表1でPA6,6と称される)を比較例3、4および6に使用し、ポリアミド6,6およびポリアミド6,12ブレンド(表1でPA6,6/6,12と称される)を比較例5に使用した。
表2に、実施例1?15および比較例1?6の各試験結果を示す。試験方法は、下記の通りである。
【表2】

シャルピー衝撃強度:ノッチを設けた試験片に対してISO179に従って測定した。
浸漬試験-引張強度:サンプルを120×140×2.5mmの寸法を有する平板へ射出成形し、次に平板の中心からガラス繊維が配向している方向に対して直角方向にASTM 1号引張試験片の形状へ機械加工する。試験片を水およびトヨタ(Toyota)純正LLCの50/50体積/体積混合物に130℃で888または1800時間浸漬する。試験片の引張強度を測定した。
浸漬試験-歪み抵抗性:サンプルを120×140×2.5mmの寸法を有する平板へ射出成形し、次に平板の中心からガラス繊維が配向している方向に対して直角方向に120×40×2.5mmの寸法を有する平板へ機械加工する。試験片を水およびトヨタ純正LLCの50/50体積/体積混合物に130℃で888または1800時間浸漬する。歪み抵抗性は、平板を湾曲した治具上で曲げ、そして亀裂が発生したパーセント歪みを測定することによって測定した。より高い値はより大きい歪み抵抗性を示唆する。
エアオーブン・エージング(AOA)試験:サンプルを120×140×2.5mmの寸法を有する平板へ射出成形し、次に平板の中心からガラス繊維が配向している方向に対して直角方向にASTM 1号引張試験片の形状へ機械加工する。試験片をドライオーブン中160℃で1000時間エージングし、引張強度をその後に測定した。
耐塩化カルシウム性試験:サンプルを120×140×2.5mmの寸法を有する平板へ射出成形し、次に平板の中心からガラス繊維が配向している方向に対して直角方向に120×12.7×2.5mmの寸法を有する平板へ機械加工する。試験片を、23℃で50%相対湿度に平衡な吸水状態になるように調整する。塩化カルシウムの35%溶液を十分にしみ込ませたガーゼを試験片に巻きつけ、片持ち状態で20MPaの荷重かかかるように端部におもりをつるし、室温で1時間放置する。続いて、試験片を100℃のオーブンに2時間入れ、次に1時間室温にて冷却した。該サイクルを亀裂が試験片の表面上に観察されるまで繰り返した。
結晶化速度:DSC熱分析装置を用いて、サンプルを20℃/分でポリマーの融点より40℃高い温度まで加熱し、次に100℃/分で該融点より20℃低い温度まで冷却する。その後、その温度で保持して結晶化させる。ここでは、ポリアミド組成物の評価として半結晶化時間を測定した。ただし、100℃/分で融点より20℃低い温度まで冷却した場合の結晶加速度が速すぎるものについては、100℃/分で融点より10℃低い温度まで冷却した場合の半結晶化時間を測定した。表2では、融点より20℃低い温度まで冷却したときの半結晶化時間を測定条件1に示し、融点より10℃低い温度まで冷却したときの半結晶化時間を測定条件2に示している。
表2に示すように、引張強度および歪み抵抗性の試験結果について、実施例1?15と、比較例3?6とを比較すると、実施例1?15は、いずれも、比較例3?6よりも大きかった。この結果、本実施例のポリアミド組成物は、ポリアミド6,10の相対粘度がA?Eのとき、ポリアミド6,6を用いた組成物よりも高い強靱性、耐高温クリープ性を有していると言える。なお、実施例1?15を比較してわかるように、ポリアミド6,10の相対粘度(表1中のA?E)が小さいほど歪み抵抗性が低くなる傾向がみられた。また、実施例10における歪み抵抗性が、自動車冷却システム構成部品(例えば、ラジエータのタンク本体)に要求される最小値であったことから、ポリアミド6,10の相対粘度は2.3以上が好ましい。
また、実施例13?15の半結晶化時間は他の実施例よりも短かったことから、核剤としては、カーボンブラックのみ、タルクのみを用いるよりもカーボンブラックとタルクとを併用することが好ましい。」(段落【0053】?【0066】)

2.甲1に記載された発明
甲1には、摘示(1)から、自動車用冷却システム構成部品を構成するポリアミド組成物に着目すれば、次の発明(以下、「甲1発明1」という。)が記載されているといえる。

「ポリアミド6,10と、ガラス繊維と、銅と、少なくとも1種の核剤とを含むポリアミド組成物であって、
前記ポリアミド組成物は、前記ポリアミド6,10、前記ガラス繊維、前記銅および前記核剤の総重量を基準として、
(a)前記ポリアミド6,10を48.9?79.988重量パーセント含み、
(b)前記ガラス繊維を20?50重量パーセント含み、
(c)前記銅を0.002?0.1重量パーセント含み、
(d)前記核剤を0.01?1.5重量パーセント含むとともに、前記ポリアミド組成物の半結晶化時間が5分以下となるものであり、
前記ポリアミド6,10として、98パーセント硫酸中で測定される相対粘度が2.3?2.9であり、
前記核剤として、タルクが用いられている、
ポリアミド組成物。」

また、同様に、甲1には、摘示(1)から、自動車用冷却システム構成部品を構成するポリアミド組成物の製造方法に着目すれば、次の発明(以下、「甲1発明2」という。)が記載されているといえる。

「ポリアミド6,10と、ガラス繊維と、銅と、少なくとも1種の核剤とを含むポリアミド組成物の製造方法であって、
前記ポリアミド組成物は、前記ポリアミド6,10、前記ガラス繊維、前記銅および前記核剤の総重量を基準として、
(a)前記ポリアミド6,10を48.9?79.988重量パーセント含み、
(b)前記ガラス繊維を20?50重量パーセント含み、
(c)前記銅を0.002?0.1重量パーセント含み、
(d)前記核剤を0.01?1.5重量パーセント含むとともに、前記ポリアミド組成物の半結晶化時間が5分以下となるものであり、
前記ポリアミド6,10として、98パーセント硫酸中で測定される相対粘度が2.3?2.9であり、
前記核剤として、タルクが用いられている、
ポリアミド組成物の製造方法。」

3.甲2の記載
甲2には、以下のとおりの記載がある。
(1)「【請求項1】
10?100重量%が最大粒子径1000μm以下のポリアミド樹脂粉末であるポリアミド樹脂(A)100重量部と、平均粒径が100?1000μmであるハロゲン化カリウム(C)1?25重量部を溶融混練するポリアミドマスターバッチの製造方法。
【請求項2】
さらに、ポリアミド樹脂(A)100重量部に対して、ハロゲン化銅(D)0.1?10重量部を溶融混練する請求項1に記載のポリアミドマスターバッチの製造方法。
【請求項3】
ポリアミド樹脂(A)とハロゲン化カリウム(C)、またはポリアミド樹脂(A)とハロゲン化カリウム(C)およびハロゲン化銅(D)を、攪拌羽付きの混合機で混合した後、溶融混練する請求項1または2に記載のポリアミドマスターバッチの製造方法。
【請求項4】
攪拌羽付きの混合機で混合する際、ポリアミド樹脂(A)100重量部に対し、水0.05?0.5重量部を加えて混合する請求項3に記載のポリアミドマスターバッチの製造方法。
【請求項5】
ポリアミド樹脂(B)100重量部に対して、請求項1から4いずれかに記載の製造方法により得られるポリアミドマスターバッチ0.1?10重量部を配合するポリアミド樹脂組成物の製造方法。
【請求項6】
請求項1から4いずれかに記載の製造方法により製造されるポリアミドマスターバッチ。
【請求項7】
ポリアミド樹脂(B)100重量部に対して、請求項6に記載のポリアミドマスターバッチを0.1?10重量部配合してなるポリアミド樹脂組成物。」(特許請求の範囲請求項1?7)

(2)「【背景技術】
ポリアミド樹脂組成物は、種々の用途に用いられているが、主に自動車用途に用いるには、その使用環境から長期耐熱性が要求され、この要求を満たす為の耐熱剤として、ハロゲン化銅などの銅化合物およびアルカリ金属またはアルカリ土類金属のハロゲン化物が有効であることはすでに知られている。
しかしながら、これら耐熱剤、特にハロゲン化カリウムは潮解性を有し、大気中に保管していると塊状になるため、ポリアミド中に均一に分散させることは非常に困難であり、均一に分散せず塊状に残存した耐熱剤がポリアミド樹脂組成物の物性低下の原因となる他、射出成型後の製品の表面に斑点として現れ、製品の価値を著しく低下させる問題があった。
これらの問題を解決するため、耐熱剤をポリアミド樹脂に配合する方法として、様々な方法が提案されており、例えば、特許文献1では重合工程でハロゲン化第一銅、及びアルカリ金属又はアルカリ土類金属のハロゲン化物を添加する方法、特許文献2ではアルカリ金属もしくはアルカリ土類金属のハロゲン化物の微粉末と滑材を予め混合してポリアミド樹脂に配合する方法、特許文献3では耐熱剤として銅化合物の水溶液と無機ハロゲン化合物の水溶液とポリアミド粉末とを混合した後乾燥する方法、特許文献4ではハロゲン化カリウムおよびハロゲン化銅を含有した水溶液をベント付き押出機に添加してポリアミド樹脂組成物に配合する方法、特許文献5では一定の水分を含有したポリアミド樹脂と、細かく粉砕したハロゲン化合物と銅化合物と少なくとも一つのアミド基を有する有機化合物とを混合し、溶融混練して得たポリアミドマスターバッチをポリアミド樹脂に配合する方法が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【特許文献1】特開昭62-167322号公報
【特許文献2】特開昭50-148461号公報
【特許文献3】特開平6-256649号公報
【特許文献4】特開昭61-284407号公報
【特許文献5】特開2007-302880号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
特許文献1の方法は耐熱剤を均一に分散させる上では望ましい方法であるが、重合法はコンパウンド法に比べて大量生産向きの工程であるため、銘柄切替時に過渡期品が多量に発生したり、あるいは重合装置の洗浄時間が大幅に長くなるなどの生産効率低下の原因となる問題がある。
特許文献2の方法は耐熱剤としては本来必要としない滑材を添加する為、耐熱性を有したポリアミド樹脂組成物の物性低下やコストアップの原因となる問題がある。
特許文献3の方法は耐熱剤の分散には相応の効果をあげているが、耐熱剤水溶液とポリアミド粉末の混合品の乾燥には多くの時間と作業工数がかかるという問題がある。
特許文献4の方法は耐熱剤の分散には相応の効果をあげており作業性も良いが、水溶液中のハロゲン化物イオンが押出機のスクリュウやバレル等金属表面の腐食を促進するという問題があった。
特許文献5の方法は、耐熱剤としては本来必要としない有機化合物を添加する為、耐熱性を有したポリアミド樹脂組成物の物性低下やコストアップの原因となる他、耐熱剤を粉砕して微粉を得るのは作業工数がかかり、微粉にすると粉の舞い上がりが発生して作業性が良くないという問題があった。
【課題を解決するための手段】
本発明者らは、これらの課題を解決すべく鋭意検討し、安定して、耐熱剤であるハロゲン化カリウムおよび/またはハロゲン化銅が均一に分散したポリアミドマスターバッチを得ることができ、耐熱性が優れたポリアミド樹脂組成物を得る際に、本発明のポリアミドマスターバッチを使用することで押出機の金属腐食がなく耐熱剤を供給できることを見出し、本発明に至った。」(段落【0001】?【0011】)

(3)「【発明の効果】
本発明の方法でポリアミドマスターバッチを製造することで、耐熱剤が均一に分散したポリアミドマスターバッチを得ることが出来、このようなバスターバッチを用いて樹脂組成物を製造することで、樹脂組成物を製造する際や、樹脂組成物の成形加工を行う際に押出機などの腐食を防止することが出来る。」(段落【0012】?【0013】)

(4)「ポリアミドマスターバッチに使用するポリアミド樹脂(A)は特に限定しないがポリカプロアミド(ナイロン6)、ポリヘキサメチレンアジパミド(ナイロン66)、ポリテトラメチレンアジパミド(ナイロン46)、ポリヘキサメチレンセバカミド(ナイロン610)、ポリヘキサメチレンドデカミド(ナイロン612)、ポリウンデカンアミド(ナイロン11)、ポリドデカンアミド(ナイロン12)、ポリカプロアミド/ポリヘキサメチレンアジパミドコポリマー(ナイロン6/66)、ポリカプロアミド/ポリヘキサメチレンテレフタルアミドコポリマー(ナイロン6/6T)、ポリヘキサメチレンアジパミド/ポリヘキサメチレンテレフタルアミドコポリマー(ナイロン66/6T)、ポリヘキサメチレンアジパミド/ポリヘキサメチレンイソフタルアミド/ポリカプロアミドコポリマー(ナイロン66/6I/6)、ポリヘキサメチレンアジパミド/ポリヘキサメチレンイソフタルアミドコポリマー(ナイロン66/6I)、ポリヘキサメチレンテレフタルアミド/ポリヘキサメチレンイソフタルアミドコポリマー(ナイロン6T/6I)、ポリヘキサメチレンテレフタルアミド/ポリドデカンアミドコポリマー(ナイロン6T/12)、ポリヘキサメチレンアジパミド/ポリヘキサメチレンテレフタルアミド/ポリヘキサメチレンイソフタルアミドコポリマー(ナイロン66/6T/6I)、ポリキシリレンアジパミド(ナイロンXD6)、ポリヘキサメチレンテレフタルアミド/ポリ-2-メチルペンタメチレンテレフタルアミドコポリマー(ナイロン6T/M5T)、ポリノナメチレンテレフタルアミド(ナイロン9T)、およびこれらの混合物、ないし共重合体などが挙げられる。」(段落【0015】)

(5)「本発明で得られた耐熱材が均一に分散したポリアミドマスターバッチをポリアミド樹脂(B)と混合することで、耐熱性の優れたポリアミド樹脂組成物を得ることができる。ポリアミドマスターバッチと、ポリアミド樹脂(B)と混合する際、混合方法はブレンドでも良いし、溶融混練でも良い。混合する比率は、ポリアミド樹脂(B)100重量部に対してポリアミドマスターバッチ0.1?10重量部混合することが好ましく、より好ましくは0.1?5重量部である。マスターバッチに配合された耐熱剤の量が、樹脂組成物に配合されるべき耐熱剤の量となるよう調整する。この範囲にすることによって、耐熱性の優れたポリアミド樹脂組成物を得ることができ、成形機や押出機の腐食を抑制することができる。ポリアミド樹脂(B)は、ポリアミド樹脂(A)と同じものを使用できるが、マスターバッチに用いたポリアミド樹脂(A)とは異なるポリアミド樹脂(B)を用いることも出来る。また、本発明の目的を損なわない程度で、ポリアミドに慣用的に用いられる添加剤、例えば顔料および染料、難燃剤、潤滑剤、蛍光漂白剤、可塑化剤、有機酸化防止剤、熱安定剤、紫外線吸収剤、核剤、ゴム、並びに強化剤を含有することもできる。」(段落【0031】)

(6)「<実施例1>
以下の原材料、原材料の配合比率、混合装置・溶融混練装置にてポリアミドマスターバッチを得た。評価結果を表1に示す。
(1-1)原材料
ポリアミド樹脂:ナイロン6(東レ(株)アミランCM1001)
ポリアミド樹脂粉末は上記のポリアミド樹脂を冷凍粉砕して、目開き840μmの篩(JIS8801)を通すことによって得た、最大粒径840μmの粉末を使用した。
ハロゲン化カリウム:ヨウ化カリウム(伊勢化学工業(株)平均粒径500μm)
ハロゲン化銅 :ヨウ化第一銅(日本化学産業(株)平均粒径2.5μm)。
(1-2)配合比率
ポリアミド樹脂ペレット:38.15部
ポリアミド樹脂粉末 :50.00部
ハロゲン化カリウム :10.30部
ハロゲン化銅 :1.55部
水 :0.15部。
・・・
<実施例3>
ポリアミド樹脂(ナイロン66 東レ(株)アミランE3000)と、ポリアミド樹脂100重量部に対して、実施例1で得たポリアミドマスターバッチと2.59重量部とガラス繊維(日本電気硝子(株)TP57)45.56重量部を2軸押出機(日本製鋼社(株)TEX54)で溶融混練し、ポリアミド樹脂組成物を得た。評価結果を表2に示す。なお、1000tのポリアミド樹脂組成物を溶融混練した後、押出機内部を確認したが、腐食は確認されなかった。」(段落【0035】?【0066】)

4.甲3の記載
甲3には、以下のとおりの記載がある。
(1)「【請求項1】
(A)ポリアミド樹脂と、(B)ガラス繊維とを含むポリアミド樹脂組成物であって、
前記(B)ガラス繊維は、下記(b-1)のガラス繊維及び下記(b-2)のガラス繊維を含む、
ポリアミド組成物。
(b-1):カルボン酸無水物含有不飽和ビニル単量体と当該カルボン酸無水物含有不飽和ビニル単量体以外の不飽和ビニル単量体とを含む共重合体を含む集束剤を含有するガラス繊維。
(b-2):ポリカルボジイミド化合物を含む集束剤を含有するガラス繊維。」(特許請求の範囲請求項1)



第5 対比・判断

1.特許法第29条第1項第3号について
(1)本件特許発明1について
ア 本件特許発明1と甲1発明1とを対比すると、甲1発明1の「ポリアミド6,10」は、本件特許発明1の「ポリアミド610樹脂」に、「ガラス繊維」は「ガラス繊維」に、それぞれ相当する。
そして、本件特許発明1の「ガラス繊維以外の無機充填材」についてみると、「((D)ガラス繊維以外の無機充填材)
・・・
前記(D)ガラス繊維以外の無機充填材としては、以下に限定されるものではないが、例えば、ウォラストナイト、カオリン、マイカ、タルク、炭酸カルシウム、炭酸マグネシウム、チタン酸カリウム、ホウ酸アルミニウム及びクレー(シリケート層が積層してなる層状のクレーでありモンモリロナイト等)が挙げられる。
・・・強度等を向上させる観点から、・・・ウォラストナイト、カオリン及びタルクからなる群より選択される一以上がさらに好ましい。また、本実施形態のポリアミド樹脂組成物の成形品の表面外観を向上させる観点から、ウォラストナイト及びタルクがさらにより好ましい。」(本件特許明細書の段落【0047】?【0048】)と記載されていることに鑑みれば、甲1発明1の「核剤」としての「タルク」は、本件特許発明1の「ガラス繊維以外の無機充填材」に、タルクである限りにおいて相当するといえる。
そして、甲1発明1の上記各成分の含有量は、本件特許発明1の上記各成分の含有量と重複一致している。

イ そうすると、本件特許発明1と甲1発明1とは、
「(A)ポリアミド610樹脂:100質量部と、
(B)ガラス繊維:1?200質量部と、
(D)ガラス繊維以外の無機充填材:0.18?10質量部と、
を、含有するポリアミド樹脂組成物。」
の点で一致し、以下の相違点1で相違する。

[相違点1]
本件特許発明1は、「(C)銅化合物及びハロゲン化合物(ただし、ハロゲン化銅を除く。)を含むポリアミドマスターバッチ:0.01?5質量部」と特定しているのに対し、甲1発明1は、「銅を0.002?0.1重量パーセント含み」と特定している点。

ウ 相違点1について
(ア)相違点1に係る構成の本件特許発明1における技術的意義は、本件特許明細書の記載(段落【0006】)からみて、水中雰囲気におけるクリープ特性及び高温雰囲気下におけるクリープ特性に優れたポリアミド樹脂組成物及びその成形品を提供するものであることが理解され、本件特許明細書の実施例と比較例とを対比(段落【0068】?【0083】)すれば、本件特許発明1における特定事項である相違点1に係る構成を満たす、すなわち、「(C)銅化合物及びハロゲン化合物(ただし、ハロゲン化銅を除く。)を含むポリアミドマスターバッチ:0.01?5質量部」を使用することで、銅化合物及びハロゲン化合物をポリアミドの重合時に添加したものと比較して、23℃水中引張クリープ特性及び130℃乾熱引張クリープ特性について優れるものであると理解される。
(イ)一方、甲1には、第4 1.(1)?(6)で摘示したとおり、銅(化合物)が熱安定剤として機能することは記載されているものの、これをポリアミドマスターバッチとして配合することに関し一切記載の示唆もされていない。
ここで、甲1には、「ポリマー成分および非ポリマー成分は、一段階添加によって一度にかまたは段階的方法のいずれかで、例えば、一軸もしくは二軸スクリュー押出機、ブレンダー、混練機、またはバンバリー(Banbury)ミキサーなどの溶融ミキサーに加えられ、次に溶融混合されてもよい」(第4 1.(5))と記載されているものの、これは各成分を一段階または段階的のいずれかで加えることを記載するに留まるものであって、銅(化合物)をポリアミドマスターバッチとして配合することを開示するものではない。
しかも、甲1では、ハロゲン化金属塩は必須の成分ではなく任意の成分にすぎないものである(第4 1.(3))から、なおさら、銅(化合物)及びハロゲン化金属塩を併用したものをポリアミドマスターバッチとして配合することを開示するものであるとは到底いえない。
確かに、マスターバッチそれ自体はポリアミド樹脂組成物の技術分野において周知慣用手段であると認められるものの、具体的に銅化合物とハロゲン化金属塩とを併用しポリアミドマスターバッチとして配合することが周知慣用手段であるとまでは認めることができない。
(ウ)そうすると、本件特許発明1において、「(C)銅化合物及びハロゲン化合物(ただし、ハロゲン化銅を除く。)を含むポリアミドマスターバッチ:0.01?5質量部」を使用することにより、水中雰囲気におけるクリープ特性及び高温雰囲気下におけるクリープ特性に優れたポリアミド樹脂組成物及びその成形品を提供するという技術的意義について理解することができ、斯かる技術的意義については、甲1には何ら示されていないというべきである。
してみると、甲1発明1は、本件特許発明1における、「(C)銅化合物及びハロゲン化合物(ただし、ハロゲン化銅を除く。)を含むポリアミドマスターバッチ:0.01?5質量部」を使用しつつ、水中雰囲気におけるクリープ特性及び高温雰囲気下におけるクリープ特性に優れたポリアミド樹脂組成物及びその成形品を提供するという技術思想を示すものとはいえない。
したがって、相違点1は実質的な相違点である。

エ 小括
以上のとおり、本件特許発明1は甲1発明1と相違点1において相違するものであるから、本件特許発明1は、甲1発明1と同一であるとはいえない。

(2)本件特許発明3、8及び9について
本件特許発明3、8及び9は、本件特許発明1に係るポリアミド樹脂組成物を直接的あるいは間接的に引用してなるものであるから、本件特許発明1と同様に、甲1に記載された発明と同一であるとはいえない。

(3)本件特許発明10について
ア 本件特許発明10と甲1発明2とを対比すると、甲1発明2の「ポリアミド6,10」は、本件特許発明10の「ポリアミド610樹脂」に、「ガラス繊維」は「ガラス繊維」に、それぞれ相当する。
そして、(1)アで述べたとおり、甲1発明2の「核剤」としての「タルク」は、本件特許発明10の「ガラス繊維以外の無機充填材」に、タルクである限りにおいて相当するといえる。
そして、甲1発明2の上記各成分の含有量は、本件特許発明10の上記各成分の含有量と重複一致している。

イ そうすると、本件特許発明10と甲1発明2とは、
「(A)ポリアミド610樹脂:100質量部と、
(B)ガラス繊維:1?200質量部と、
(D)ガラス繊維以外の無機充填材:0.18?10質量部と、
を、含有するポリアミド樹脂組成物の製造方法。」
の点で一致し、以下の相違点2及び3で相違する。

[相違点2]
本件特許発明10は、「(C)銅化合物及びハロゲン化合物(ただし、ハロゲン化銅を除く。)を含むポリアミドマスターバッチ:0.01?5質量部」と特定しているのに対し、甲1発明2は、「銅を0.002?0.1重量パーセント含み」と特定している点。

[相違点3]
本件特許発明10は、「ポリアミド樹脂組成物からなる成形品の引張クリープ特性を向上させる」と特定しているのに対し、甲1発明2は、特に特定していない点。

ウ 相違点2について
(ア)(1)ウで相違点1について述べたのと同様の理由により、相違点2は実質的な相違点である。

エ 小括
以上のとおり、本件特許発明10は甲1発明2と相違点2において相違するものであるから、相違点3について検討するまでもなく、本件特許発明10は、甲1発明2と同一であるとはいえない。

2.特許法第29条第2項について
(1)本件特許発明1について
ア 本件特許発明1と甲1発明1とを対比すると、1.(1)ア?イで述べたとおり、本件特許発明1と甲1発明1とは、
「(A)ポリアミド610樹脂:100質量部と、
(B)ガラス繊維:1?200質量部と、
(D)ガラス繊維以外の無機充填材:0.18?10質量部と、
を、含有するポリアミド樹脂組成物。」
の点で一致し、1.(1)イで述べた相違点1で相違する。

イ 相違点1について
(ア)1.(1)ウ(ア)で述べたとおり、本件特許発明1において、水中雰囲気におけるクリープ特性及び高温雰囲気下におけるクリープ特性に優れたポリアミド樹脂組成物及びその成形品を提供するという技術的意義について理解することができる。
(イ)他方、甲1には、「耐高温クリープ性を有する」(第4 1.(2))ものであると記載されているものの、水中雰囲気におけるクリープ特性については記載も示唆もされていない。
(ウ)そうすると、甲1発明1において、高温雰囲気下におけるクリープ特性のみならず、水中雰囲気におけるクリープ特性にも優れたポリアミド樹脂組成物及びその成形品を提供するという課題を認識し、斯かる課題を解決しようとする動機があるとはいえない。
(エ)そして、甲2には、「ポリアミド樹脂(A)とハロゲン化カリウム(C)およびハロゲン化銅(D)を、攪拌羽付きの混合機で混合した後、溶融混練して製造してなるポリアミドマスターバッチ」が記載されていると認められる(第4 3.(1))ものの、これは、「耐熱剤が均一に分散したポリアミドマスターバッチを得ることが出来、このようなバスターバッチを用いて樹脂組成物を製造することで、樹脂組成物を製造する際や、樹脂組成物の成形加工を行う際に押出機などの腐食を防止することが出来る」(第4 3.(3))ことを目的とするものであって、斯かるポリアミドマスターバッチを用いることで、水中雰囲気におけるクリープ特性や高温雰囲気下におけるクリープ特性に優れたポリアミド樹脂組成物及びその成形品が得られることについて記載も示唆もない。
(オ)また、甲2には、従来技術として、「重合工程でハロゲン化第一銅、及びアルカリ金属又はアルカリ土類金属のハロゲン化物を添加する方法」も記載されている(第4 3.(2))が、その場合の問題点として、「重合法はコンパウンド法に比べて大量生産向きの工程であるため、銘柄切替時に過渡期品が多量に発生したり、あるいは重合装置の洗浄時間が大幅に長くなるなどの生産効率低下の原因となる問題がある。」と記載する(第4 3.(2))に留まるものであって、本件特許明細書の実施例と比較例とを対比(段落【0068】?【0083】)すれば、本件特許発明1における特定事項である相違点1に係る構成を満たす、すなわち、「(C)銅化合物及びハロゲン化合物(ただし、ハロゲン化銅を除く。)を含むポリアミドマスターバッチ:0.01?5質量部」を使用することで、銅化合物及びハロゲン化合物をポリアミドの重合時に添加したものと比較して、23℃水中引張クリープ特性及び130℃乾熱引張クリープ特性について優れるものであることは、たとえ当業者であっても、もはや到底予測することはできない。
(カ)そうである以上、たとえ、甲2に、第4 3.で述べたような技術の開示があったとしても、甲1発明1において、水中雰囲気におけるクリープ特性及び高温雰囲気下におけるクリープ特性に優れたポリアミド樹脂組成物及びその成形品を提供するための具体的な解決手段として、甲2に開示の技術を甲1発明1に組み合わせる動機がないことから、甲1発明1において相違点1に係る構成とすることは、たとえ当業者であっても到底容易であるとはいえない。
(キ)そして、本件特許発明1における相違点1に係る効果は、1.(1)ウで述べたとおり、水中雰囲気におけるクリープ特性及び高温雰囲気下におけるクリープ特性に優れたポリアミド樹脂組成物及びその成形品を提供するというものであり、そのような効果は、甲1及び甲2を参酌したとしても、たとえ当業者であっても予測し得るものではない。
(キ)相違点1についてのまとめ
以上のとおりであるから、相違点1は想到容易とはいえない。

ウ 小括
以上のとおり、本件特許発明1は甲1発明1と相違点1において相違するものであり、相違点1は甲2に記載された事項から想到容易とはいえないのであるから、本件特許発明1は、甲1に記載された発明あるいは甲1に記載された発明と甲2に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(2)本件特許発明2及び3について
本件特許発明2及び3は、本件特許発明1に係るポリアミド樹脂組成物を直接的あるいは間接的に引用してなるものであるから、本件特許発明1と同様に、甲1に記載された発明あるいは甲1に記載された発明と甲2に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(3)本件特許発明4について
本件特許発明4は、本件特許発明1に係るポリアミド樹脂組成物を直接的あるいは間接的に引用してなるものであるから、たとえ、甲3に、第4 4.で述べたとおり本件特許発明4で特定する集束剤により処理されているガラス繊維が記載されているとしても、本件特許発明1と同様に、甲1に記載された発明と甲2及び甲3に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(4)本件特許発明5ないし9について
本件特許発明5ないし9は、本件特許発明1に係るポリアミド樹脂組成物を直接的あるいは間接的に引用してなるものであるから、本件特許発明1と同様に、甲1に記載された発明と甲2及び甲3に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(5)本件特許発明10について
ア 本件特許発明10と甲1発明2とを対比すると、1.(3)ア?イで述べたとおり、本件特許発明10と甲1発明2とは、
「(A)ポリアミド610樹脂:100質量部と、
(B)ガラス繊維:1?200質量部と、
(D)ガラス繊維以外の無機充填材:0.18?10質量部と、
を、含有するポリアミド樹脂組成物。」
の点で一致し、1.(3)イで述べた相違点2及び3で相違する。

イ 相違点2について
(ア)相違点2について検討すると、(1)イで相違点1について述べたのと同様の理由により、相違点2は想到容易とはいえない。

ウ 小括
以上のとおり、本件特許発明10は甲1発明2と相違点2において相違するものであり、相違点2は甲2に記載された事項から想到容易とはいえないのであるから、相違点3について検討するまでもなく、本件特許発明10は、甲1に記載された発明と甲2に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

3.特許法第36条第6項第1号について
異議申立人は、本件特許発明1においては、ポリアミドマスターバッチを0.01?5質量部含有することを必須の要件としており、(C)銅化合物およびハロゲン化合物(ただしハロゲン化銅を除く)の含有量については規定されていないから、本件特許請求の範囲の記載は発明の詳細な説明に記載した発明の範囲を超えているものであると主張している。
しかしながら、1.(1)ウ(ア)で述べたとおり、本件特許明細書の記載によれば、「(C)銅化合物及びハロゲン化合物(ただし、ハロゲン化銅を除く。)を含むポリアミドマスターバッチ:0.01?5質量部」を使用することにより、水中雰囲気におけるクリープ特性及び高温雰囲気下におけるクリープ特性に優れたポリアミド樹脂組成物及びその成形品を提供するという本件特許発明の課題を解決することができることが理解されるから、本件特許請求の範囲の記載は発明の詳細な説明に記載した発明の範囲を超えているとはいえない。
そうすると、本件特許請求の範囲の記載は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしているから、この主張は採用することができない。

4.特許法第36条第6項第2号について
(1)異議申立人は、本件特許発明1において、ポリアミドマスターバッチは、ポリアミド6,10樹脂と溶融混練され、それによって両者は渾然一体となり、得られたポリアミド樹脂組成物から、ポリアミドマスターバッチを含有しているか否か、およびその含有量を特定することは不可能であるから、本件特許発明に関し、本件特許請求の範囲の記載は明確でないと主張している。
しかしながら、本件特許発明1においては、あくまでも「(C)銅化合物及びハロゲン化合物(ただし、ハロゲン化銅を除く。)を含むポリアミドマスターバッチ:0.01?5質量部と」を含有すると特定されているのであって、その記載自体は明確である。
仮に、本件特許発明1に係るポリアミド樹脂組成物を溶融混練して得られた、ポリアミドマスターバッチを渾然一体としてなるものが、ポリアミドマスターバッチを用いることなくポリアミド樹脂組成物を溶融混練して得られたものと区別がつかないものであるとしても、そのことにより本件特許発明1自体が不明確となるものではないから、当該溶融混練物は、明確性の対象ではない。
そうすると、本件特許請求の範囲の記載は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしているから、この主張は採用することができない。

(2)異議申立人は、本件特許発明10において、「前記ポリアミド樹脂組成物からなる成形品の引張クリープ特性を向上させる方法」なる記載は相対的な表現であり、用語の意味が曖昧である、すなわち何を基準としてどの程度引張クリープ特性が向上されれば、本件特許発明10の技術範囲に属するのかが明確でないから、本件特許発明10に関し、特許発明の外縁が判然とせず、本件特許請求の範囲の記載は明確でないと主張している。
しかしながら、本件特許発明10においては、あくまでも「前記(C)銅化合物及びハロゲン化合物(ただし、ハロゲン化銅を除く。)を含むポリアミドマスターバッチを用いることにより、前記ポリアミド樹脂組成物からなる成形品の引張クリープ特性を向上させる方法」と特定されているのであって、「前記(C)銅化合物及びハロゲン化合物(ただし、ハロゲン化銅を除く。)を含むポリアミドマスターバッチを用いることにより」、「前記ポリアミド樹脂組成物からなる成形品の引張クリープ特性を向上させる方法」なのであるから、当該「前記ポリアミド樹脂組成物からなる成形品の引張クリープ特性を向上させる」のは、「前記(C)銅化合物及びハロゲン化合物(ただし、ハロゲン化銅を除く。)を含むポリアミドマスターバッチを用い」ないことに対して、それを基準として、「前記(C)銅化合物及びハロゲン化合物(ただし、ハロゲン化銅を除く。)を含むポリアミドマスターバッチを用いることにより」、「前記ポリアミド樹脂組成物からなる成形品の引張クリープ特性を向上させ」ているものであって、その向上の程度は特に問わないものと理解されるから、その記載は明確であるといえる。
そうすると、本件特許請求の範囲の請求項10の記載は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしているから、この主張も採用することができない。



第6 むすび

以上のとおりであるから、特許異議申立ての理由及び証拠によっては、請求項1ないし10に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に請求項1ないし10に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2016-11-02 
出願番号 特願2013-143739(P2013-143739)
審決分類 P 1 651・ 113- Y (C08L)
P 1 651・ 537- Y (C08L)
P 1 651・ 121- Y (C08L)
最終処分 維持  
前審関与審査官 山村 周平  
特許庁審判長 小柳 健悟
特許庁審判官 小野寺 務
守安 智
登録日 2015-12-18 
登録番号 特許第5854564号(P5854564)
権利者 旭化成株式会社
発明の名称 ポリアミド樹脂組成物及び成形品  
代理人 稲葉 良幸  
代理人 大貫 敏史  
代理人 内藤 和彦  

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