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審決分類 審判 査定不服 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) A61K
審判 査定不服 特36条4項詳細な説明の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) A61K
管理番号 1321932
審判番号 不服2014-4821  
総通号数 205 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2017-01-27 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2014-03-12 
確定日 2016-11-24 
事件の表示 特願2010-545058「エステルに基づいたペプチドプロドラッグ」拒絶査定不服審判事件〔平成21年 8月13日国際公開、WO2009/099763、平成23年 4月14日国内公表、特表2011-511778〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 [第1]手続の経緯
本願は、2009年1月21日(パリ条約による優先権主張外国庁受理 2008年1月30日 米国)を国際出願日とする出願であって、平成25年11月5日付で拒絶査定がなされたところ、平成26年3月12日に拒絶査定不服審判が請求されるとともに手続補正がなされ、その後、平成27年9月29日付で拒絶理由が通知されたところ、平成28年4月6日付で手続補正がなされるとともに意見書が提出されたものである。

[第2]本願発明
本願の請求項1?7に係る発明は、平成28年4月6日付で提出された手続補正書の特許請求の範囲の請求項1?7に記載された事項により特定されるものであるところ、そのうち請求項1に係る発明は、次のとおりのものである(以下、この発明を単に「本願発明」ということがある)。

『 インスリンA鎖、インスリンB鎖、およびジペプチドを有するインスリンプロドラッグであって、
前記インスリンプロドラッグは、生理学的条件下で1?100時間の非酵素活性化半減時間(t1/2)を有し、
前記インスリンB鎖は分子内ジスルフィド結合によって前記インスリンA鎖と結合し、
前記ジペプチドは、前記インスリンB鎖のN末端ヒドロキシル化アミノ酸にエステル結合を介して結合した一般構造:

を有し、
R_(1)及びR_(2)は、H、C_(1)?C_(4)アルキル、(C_(1)?C_(4)アルキル)OH、(C_(1)?C_(4)アルキル)SH、(C_(2)?C_(3)アルキル)SCH_(3)、(C_(1)?C_(4)アルキル)CONH_(2)、(C_(1)?C_(4)アルキル)COOH、(C_(1)?C_(4)アルキル)NH_(2)、(C_(1)?C_(4)アルキル)NHC(NH_(2)^(+))NH_(2)、(C_(4)?C_(6))シクロアルキル、(C_(0)?C_(4)アルキル)(C_(6)?C_(10)アリール)R_(9)及びCH_(2)(C_(5)?C_(9)へテロアリール)からなる群より独立して選択され、および
R_(5)は、OH又はNH_(2)であり、R_(9)は、C_(1)?C_(4)アルキル、NH_(2 )又はOHであり、
前記インスリンA鎖はX_(5)IVX_(6)QCCX_(7)SICSLYQLENYCX_(8)(SEQ ID NO:626)の配列を有し、前記インスリンB鎖はX_(14)VNQX_(13)LCGX_(9)X_(10)LVEALX_(11)LVCGERGFX_(12)TPKT(SEQ ID NO:627)を有し、
X_(5)が、グリシン又はデスアミノ-グリシンであり;
X_(6)が、グルタミン酸、セリン又はトレオニンであり;
X_(7)が、トレオニン、ヒスチジン、アルギニン又はリシンであり;
X_(8)が、アスパラギン、セリン、トレオニン又はグリシンであり;
X_(9)が、セリン又はトレオニンであり;
X_(10)が、アスパラギン酸、グルタミン酸、ホモシステイン酸又はシステイン酸であり;
X_(11)及びX_(12)が、チロシン、フェニルアラニン、又は4-ヒドロキシメチルフェニルアラニンであり;
X_(13)が、ヒスチジン、セリン又はトレオニンであり;
X_(14)が、HO-Pheである、インスリンプロドラッグ。 』

[第3]当審の拒絶理由
一方、当審が平成27年9月29日付で通知した拒絶の理由の一部は、本願明細書の発明の詳細な説明には本願発明について当業者が理解かつ実施することができるといえる程の明確かつ十分な記載がなされておらず、また、本願発明は本願明細書の発明の詳細な説明に記載されたものではないから、本願は、明細書の発明の詳細な説明の記載が特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしておらず、また、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない、というものである。

[第4]当審の判断

1.(1)特許法第36条第4項第1号の要件(いわゆる実施可能要件)について
(1-1) 本願発明は、「インスリンA鎖」、「インスリンB鎖」及び「ジペプチド」の各構造が同発明の規定のとおりに結合されてなる「インスリンプロドラッグ」という物の発明であるところ、物の発明における「実施」には、その物を生産し、使用する行為が含まれる(特許法第2条第3項第1号)ことから、発明の詳細な説明に本願発明に係る「インスリンプロドラッグ」について当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されている、といえるためには、当業者が当該「インスリンプロドラッグ」を作ることができ、また使用することができるように記載されている必要がある。

そして、本願発明における(「プロドラッグ」化修飾する前の)「インスリン」、ならびに、本願発明にいう「プロドラッグ」の化学構造及びその性質や用途に関し、明細書には以下の記載がある(下線は当審による)。

A.『 【0001】 ペプチドに基づいた薬剤は、比較的短い作用持続時間及び変動する療指数を有する極めて効果的な医薬である。本開示は、プロドラッグ誘導体が薬剤の作用開始を遅延し、半減期を延長するように設計されている、ペプチドに基づいたプロドラッグを対象とする。遅延された作用開始は、プロドラッグの活性化の前にその全身分布を可能にするという点において有利である。したがって、プロドラッグの投与は、投与時のピーク活性により引き起こされる合併症を排除し、母体薬剤の治療指数を増加させる。 』

B.『 【0002】 ・・・。本開示によると、プロドラッグは、対応する受容体によるプロドラッグの認識を阻害する戦略に基づいて、ペプチド又はタンパク質の生物学的半減期を延長するように調製することができる。 』

C.『 【0003】 本明細書に開示されているプロドラッグは、最終的に、受容体により認識されうる構造に化学的に変換され、この化学変換の速度は、インビボでの生物学的作用の開始時間及び持続時間を決定する。本出願に開示された分子設計は、追加的な化学添加剤又は酵素に依存しないで、分子内化学反応に依存している。プロドラッグ化学は、脂肪族ヒドロキシル基が活性部位に収容されうる場合及び化学的に修飾された誘導体が活性の不十分なペプチド又はタンパク質を生じる場合、ペプチド及びタンパク質に基づいた薬剤に広く適用可能である。この点を例示する特定の例は、活性部位のセリンに、セリンプロテアーゼのファミリーの可逆セリンエステルを形成することである。 』

D.『 【0004】 インスリンは、奇跡的なペプチドホルモンである。ほとんど全ての形態の糖尿病においてグルコースを低下する、比類のない能力を示す。残念ながら、その薬理学は、グルコース感受性ではなく、したがって、生命を脅かす低血糖症をもたらしうる過剰作用の能力がある。相反する薬理学は、インスリン治療の顕著な特徴であり、そのため、低血糖症を生じることなく血中グルコースを正常化することが極めて困難である。更に、天然インスリンは、作用の持続時間が短く、基礎グルコースの制御における使用に適するように修飾する必要がある。インスリン作用の開始を遅延する確立された手法には、溶解性の低減及びアルブミン結合が含まれる。プロドラッグ化学は、投与部位からのクリアランス及び高度に規定された濃度での血漿中の平衡化の後、インスリン作用の開始及び持続時間を正確に制御する機会を提供する。 』

E.『 【0005】 インスリン構造機能関係を詳述する豊富な研究の歴史が、プロドラッグを成功裏に用いることができるアミノ酸の位置を導く。インスリンは、酵素プロセッシングを介して、低効力の単鎖プロインスリンから生合成的に誘導される二本鎖ヘテロ二量体である。ヒトインスリンは、ジスルフィド結合により一緒に結合し、合計で51個のアミノ酸を有する、2つのペチド鎖(「A鎖」(配列番号613)及び「B鎖」(配列番号614)から構成される。B鎖のC末端領域及びA鎖の2つの末端は、インスリン受容体への高親和性結合の部位を構築する三次元構造に関係する。ヒドロキシル基の選択的挿入は、この活性部位領域内の多数の位置で効力を失うことなく収容されうる。特定のジペプチドによるこれらの活性部位のヒドロキシル基の化学エステル化は、活性を著しく減少させ、適切なプロドラッグとして役立つ。 』

F.『 【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】 一つの実施態様によると、生体活性ポリペプチドのプロドラッグ誘導体は、好ましくは、エステル結合を介して生体活性ポリペプチドにジペプチドを共有結合させることによって調製される。一つの実施態様において、ジペプチドは、対応する受容体又は補助因子と相互作用する生体活性ポリペプチドの能力を妨げる位置で、生体活性ポリペプチドに共有結合する。続く、生理学的条件下及び酵素作用の不在下でのジペプチドの除去は、ポリペプチドの完全な活性を回復する。 』

G.『 【0035】 本明細書で使用されるとき、用語「プロドラッグ」は、その薬理学的効果を示す前に生体内変化を受ける任意の化合物と定義される。』

H.『 【0070】 〔実施態様〕
本開示は、既知の生体活性ポリペプチドのプロドラッグ誘導体の製剤を記載する。より詳細には、本明細書に開示されるプロドラッグは、母体生体活性ペプチド又はタンパク質の半減期を増強しながら、同時に、非酵素分解機構を介したプロドラッグの活性化を可能にするように配合される。理想的なプロドラッグは、生理学的条件下(例えば、pH7.2及び37℃)において水に溶解性であるべきであり、長期保存において粉末形態で安定するべきである。また、免疫学的に無症状であり、母体薬剤と比べて低い活性を示すべきである。典型的には、プロドラッグは、母体薬剤の活性の10%未満を示し、一つの実施態様において、プロドラッグは、母体薬剤と比べて10%未満、5%未満、約1%又は1%未満の活性を示す。更に、体内に注射されたとき、プロドラッグは、確定された時間内に活性薬剤に定量的に変換されるべきである。・・・
【0071】 より詳細には、エステル結合を介して生体活性ポリペプチドに共有結合しているジペプチドを有するように修飾された既知の生体活性ポリペプチドの配列を含む化学可逆性プロドラッグが、提供される。一つの実施態様において、生理学的条件下で非酵素活性化半減時間(t1/2)の1?100時間を有するプロドラッグが提供される。本明細書に開示されている生理学的条件は、約35?40℃の温度、約7.0?約7.4のpHを含むこと、より典型的には7.2?7.4のpH及び36?38℃の温度を含むことが意図される。
【0072】 有利なことには、切断の速度、したがってプロドラッグの活性化の速度は、ジペプチドプロ部分の構造及び立体化学、また求核剤の強度によって決まる。本明細書に開示されているプロドラッグは、最終的に、薬剤の天然受容体により認識されうる構造に化学的に変換され、この化学変換の速度は、インビボでの生物学的作用の開始時間及び持続時間を決定する。本出願に開示された分子設計は、追加的な化学添加剤又は酵素に依存しないで、分子内化学反応に依存している。変換の速度は、ジペプチド置換基の化学的性質及び生理学的条件下でのその切断により制御される。生理学的pH及び温度は高度に確定された範囲内で厳しく規定されているので、プロドラッグから薬剤への変換速度は、患者内及び患者間で高度な再現性を示す。
【0073】 本明細書に開示されているように、生体活性ポリペプチドが半減期を少なくとも1時間、より典型的には20時間を超えるが100時間未満延長し、固有の化学不安定性により駆動される非酵素反応を介して生理学的条件下で活性形態に変換される、プロドラッグが提供される。・・・ 』

これらの記載、特に摘記Dによれば、本願発明の「インスリンプロドラッグ」は、インスリンの血中グルコース低下の過剰作用を正常化させつつ作用の持続時間の短さを制御する、いいかえれば、インスリンの作用開始時間の遅延化及びそれに伴う持続時間の延長化を制御する、という技術課題を解決するために提供されたものである。
そして、その解決手段として提供される当該「インスリンプロドラッグ」とは、「インスリンA鎖」及び「インスリンB鎖」が分子内ジスルフィド結合によって結合されてなる本願発明規定の「インスリン」(以下「母体インスリン」ともいうことがある)分子のいずれかに対し、当該「インスリンB鎖」の「N末端ヒドロキシル化アミノ酸」、即ちX_(14):HO-Phe(以下、単に「HO-Phe」又は「HO-F」ともいうことがある)位に本願発明規定の化学式で表されるいずれかの「ジペプチド」構造(以下、単に「ジペプチド」ともいうことがある)をエステル結合を介して結合せしめる「プロドラッグ」化修飾を行うことにより作られるものであって、かつ、上の摘記A?Hの「プロドラッグ」に関する記載からみて、以下の(i)及び(ii):
(i) 「インスリン」(「母体インスリン」)は本来インスリンとしての生理活性を有して(保持して)いるが、本願発明規定の「プロドラッグ」化修飾により、(修飾される前の)「母体インスリン」の上記生理活性が減少されており;
(ii) 本願発明の「非酵素活性化」、即ち、生理学的条件下及び酵素作用の不在下での「ジペプチド」部位の分子内化学反応によりエステル結合部位が切断されて「母体インスリン」構造及びその本来の生理活性が回復するという変化、を生じるものであって、かつ、その際の「非酵素活性化」の半減時間(t1/2)が「1?100時間」の範囲内に制御されている;
の性質の両方を具備しており、また、そのような両性質を具備することにより、上述のインスリン作用時間の遅延及びそれに伴う作用持続時間の延長に使用することができる、というものであると解される。

そうすると、本願明細書の発明の詳細な説明において、本願発明に係る「インスリンプロドラッグ」を作ることができ、また使用することができるように記載されている、といえるためには、発明の詳細な説明の記載において、本願発明の「インスリン分子」のB鎖N末端HO-Phe部位に「ジペプチド」をエステル結合を介して「プロドラッグ」化修飾してなるものを製造し得ることと共に、そのように「プロドラッグ」化修飾してなるものが上記(i)及び(ii)の両性質を共に具備するものであることについて、当業者が客観的に認識し得るに足る記載がなされているといえる必要がある、ということになる。

(1-2) 以上の点を踏まえつつ、発明の詳細な説明をより詳細に検討するに、本願発明の「インスリン」(「母体インスリン」)に関連するインスリン分子の構造、或いは、本願発明に規定されるような「N末端ヒドロキシル化アミノ酸」部位に「ジペプチド」をエステル結合を介して結合せしめてなる「プロドラッグ」化修飾物及びその生理活性の減少/回復やt1/2、について、上のA?H以外には、以下のI?N,P?Rのような記載しか見出すことはできない(下線は当審による)。

I.『 【0028】 一つの実施態様によると、インスリンのプロドラッグ誘導体が提供され、ここでインスリンプロドラッグは、配列番号626の配列を含むA鎖及び配列番号628の配列を含むB鎖を含み、下記の式:
【化16】

のジペプチドは、配列番号626の1、4若しくは21位又は配列番号628の1、5、12若しくは21位に配置されたアミノ酸の側鎖にエステル結合を介して結合しており、式中、R_(1)及びR_(2)は、H、C_(1)?C_(3)アルキル、CH_(2)CH(CH_(3))_(2)、CH(CH_(3))(CH_(2)CH_(3))、(C_(4)?C_(5))シクロアルキル、CH_(2)(C_(6)?C_(10)アリール)及びCH_(2)(C_(5)?C_(9)ヘテロアリール)からなる群より独立して選択され、そしてR_(5)は、OH又はNH_(2)である。 』

J.『 【0054】 本明細書で使用されるとき、用語「インスリンペプチド」は、配列番号613のA鎖及び配列番号614のB鎖、並びに、A5、A8、A9、A10、A12、A14、A15、A17、A18、A21、B1、B2、B3、B4、B5、B9、B10、B13、B14、B17、B20、B21、B22、B23、B26、B27、B28、B29及びB30から選択される位置で1つ以上のアミノ酸置換又はB1?5及びB26?30のいずれか若しくは全ての位置で欠失を有するA鎖及び/又はB鎖の修飾誘導体を含む、51アミノ酸二量体を示す総称である。 』

K.『 【0099】 インスリン
他の実施態様において、生体活性ペプチドは、インスリンであるか、又は、それぞれ天然ペプチドの長さにわたってインスリンの天然A又はB鎖と少なくとも約40%、45%、50%、55%、60%、65%、70%、75%、80%、85%、90%又は95%の同一性があるアミノ酸配列を含むA鎖及びB鎖を含む、インスリンの類縁体若しくは誘導体である。関連する実施態様において、インスリン類縁体又は誘導体は、天然A又はBインスリン鎖に対して1、2、3、4、5、6、7、8、9又は10個までのアミノ酸修飾を有するインスリンA又はB鎖の類縁体を含むことができる。特定の実施態様において、インスリンのA鎖は、配列番号613若しくは配列番号626又はその類縁体若しくは誘導体(例えば、配列番号613若しくは626に少なくとも約40%、45%、50%、55%、60%、65%、70%、75%、80%、85%、90%若しくは95%の同一性を有するか又は配列番号613若しくは626に対して1、2、3、4、5、6、7、8、9若しくは10個までのアミノ酸修飾を有する)のアミノ酸配列を含む。加えて、幾つかの実施態様において、インスリンのB鎖は、配列番号614、配列番号627若しくは配列番号628又はその誘導体若しくは類縁体(例えば、配列番号614、配列番号627若しくは配列番号628に少なくとも約40%、45%、50%、55%、60%、65%、70%、75%、80%、85%、90%若しくは95%の同一性を有するか又は配列番号614、配列番号627若しくは配列番号628に対して1、2、3、
4、5、6、7、8、9若しくは10個までのアミノ酸修飾を有する)のアミノ酸配列を含むことができる。 』

L.『 【0541】 幾つかの実施態様において、生体活性ペプチドがインスリンである場合、ジペプチドは、インスリンのA鎖の4若しくは21位又はインスリンのB鎖の5若しくは9位に結合している。別の実施態様において、生体活性ペプチドがインスリンである場合、ジペプチドは、インスリンのA又はB鎖のN又はC末端アミノ酸に結合している。より特定の実施態様において、インスリンが配列番号626及び/又は配列番号628を含む場合、ジペプチドは、配列番号626の1、4若しくは21位のアミノ酸又は配列番号628の1、5、12若しくは21位のアミノ酸に結合している。 』

M.『 【0569】 一つの実施態様によると、A鎖及びB鎖を含むインスリンプロドラッグが提供され、ここで、A鎖は配列番号626の配列を含み、B鎖は配列番号628の配列を含み、更に、下記の一般構造:
【化65】

のジペプチドが、エステル結合を介して、A1、A4、A21、B5、B9、B16又はB25位(配列番号613及び配列番号614それぞれの天然A鎖及びB鎖配列による)のアミノ酸に結合しており、式中、R_(1)及びR_(2)は、H、C_(1)?C_(4)アルキル、(C_(1)?C_(4)アルキル)OH、(C_(1)?C_(4)アルキル)SH、(C_(2)?C_(3)アルキル)SCH_(3)、(C_(1)?C_(4)アルキル)CONH_(2)、(C_(1)?C_(4)アルキル)COOH、(C_(1)?C_(4)アルキル)NH_(2)、(C_(1)?C_(4)アルキル)NHC(NH_(2+))NH_(2)、(C_(4)?C_(6))シクロアルキル、(C_(0)?C_(4)アルキル)(C_(6)?C_(10)アリール)R_(9)及びCH_(2)(C_(5)?C_(9)ヘテロアリール)からなる群より独立して選択され、R_(5)は、OH又はNH_(2)であり、そしてR_(9)は、C_(1)?C_(4)アルキル、NH_(2)又はOHである。一つの実施態様において、R_(1)は、CH_(2)(CH_(3))_(2)、(C_(4)?C_(5))シクロアルキル、CH_(2)(C_(6)?C_(10)アリール)及びCH_(2)(C_(5)?C_(9)ヘテロアリール)からなる群より選択され、R_(2)は、(C_(4)?C_(5))シクロアルキル、CH_(2)(C_(6)?C_(10)アリール)及びCH_(2)(C_(5)?C_(9)ヘテロアリール)からなる群より選択される。一つの実施態様において、R_(1)は、CH_(2)(CH_(3))_(2)、(C_(4)?C_(5))シクロアルキル、CH_(2)(C_(6)アリール)及びCH_(2)(C_(5)?C_(9)ヘテロアリール)からなる群より選択され、R_(2)は、(C_(4)?C_(5))シクロアルキル、CH_(2)(C_(6)アリール)及びCH_(2)(C_(5)?C_(9)ヘテロアリール)からなる群より選択される。更なる実施態様において、インスリンプロドラッグは、配列番号626又は配列番号628の配列に対して1?6個又は1?3個のアミノ酸置換を更に含む。一つの実施態様において、インスリンプロドラッグのB鎖は、配列番号627の配列を含む。 』

N.『 【0586】 一つの実施態様によると、本明細書に開示されているインスリンプロドラッグは、親水性部分をB鎖のN末端アミノ酸又は配列番号627の29位のアミノ酸のいずれかに結合することにより更に修飾される。別の実施態様において、本明細書に開示されているグルカゴン及びGLP-1プロドラッグは、親水性部分を配列番号612及び配列番号602それぞれの20、21、24位に対応するアミノ酸に結合することにより又はグルカゴン若しくはGLP-1プロドラッグのカルボキシ末端に修飾アミノ酸を付加することにより、更に修飾される。・・・ 』

P.『 【0592】 更なる実施態様において、ペプチドに共有結合している2つ以上のポリエチレン鎖を含むグルカゴン又はGLP-1プロドラッグが提供され、・・・。一つの実施態様において、ペプチドに共有結合している2つ以上のポリエチレン鎖を含むインスリンプロドラッグが提供され、ここでグルカゴン鎖の総分子量は、約40,000?約60,000ダルトンである。一つの実施態様において、ペグ化インスリンプロドラッグは、B鎖のN末端及び/又はB鎖の29位(例えば、配列番号627)の1個以上のアミノ酸に結合しているポリエチレングリコール鎖を含み、ここでPEG鎖の合計した分子量は、約40,000?約80,000ダルトンである。 』

Q. また、本願明細書の実施例の項の中で、本願発明規定の「ジペプチド」構造のものを、生理活性ペプチドの「N末端ヒドロキシル化アミノ酸にエステル結合を介して結合し」てなる化学構造の「プロドラッグ」化修飾物の合成、ならびに当該修飾物の分子内化学反応によるエステル結合切断の成否及びその際のt1/2について記載されているのは、GLP-1の一改変体であってGLP(8-36)CEXのN末端側(7位)にさらにOH-Phe(HO-F)を付加してなるOH-Phe7-GLP(8-36)CEX(OH-F7-GLP(8-36)CEX。以下単に「母体GLP-1改変体」ともいうことがある)を合成し、当該「母体GLP-1改変体」がGLP-1と同様の生理活性を有することを確認しつつ、当該「母体GLP-1改変体」のN末端HO-PheのOH部位を、R_(1),R_(2)及びR_(5)の組合せにより多数種のものが含まれる本願発明規定の「ジペプチド」の中からごく一部のいくつかの「ジペプチド」構造のいずれかでエステル化してなる、以下の二式:

[図3,4の各枠内]のいずれかで表される「プロドラッグ」化修飾物をいくつか合成したこと、及び、それらいくつかの修飾物の各t1/2を測定したところ、実際に分子内化学反応によるエステル結合の切断に伴う「母体GLP-1改変体」構造及びその本来のGLP-1生理活性が回復し、かつt1/2が1?100時間の範囲内であるもの(例えば、本願明細書表4の「ペプチド番号8」・同「10」、表5の「化合物番号10」、表6の「類縁体番号4」・同「5」)を見出したこと、についてのみである[実施例4【0651】?【0671】。なお、その他の実施例の項をみても、そもそも母体となる生理活性ペプチドとしてインスリンもしくはその改変体を採用した例について、全く記載されていない。]。

R.(本願明細書の配列表(抜粋);配列番号613,614,626,627,628の各アミノ酸配列)

『 ・・・
<210> 613
<211> 21
・・・
<400> 613

Gly Ile Val Glu Gln Cys Cys Thr Ser Ile Cys Ser Leu Tyr Gln Leu
1 5 10 15
Glu Asn Tyr Cys Asn
20

<210> 614
<211> 30
・・・
<400> 614

Phe Val Asn Gln His Leu Cys Gly Ser His Leu Val Glu Ala Leu Tyr
1 5 10 15
Leu Val Cys Gly Glu Arg Gly Phe Phe Tyr Thr Pro Lys Thr
20 25 30

・・・

<210> 626
<211> 21
・・・
<220>
<221> MOD_RES
<222> (1)..(1)
<223> Xaa at position 1 is Gly or desamino-Gly

<220>
<221> MOD_RES
<222> (4)..(4)
<223> Xaa at position 4 is Glu Ser or Thr

<220>
<221> MOD_RES
<222> (8)..(8)
<223> Xaa at position 8 is Thr, His, Arg or Lys

<220>
<221> MOD_RES
<222> (21)..(21)
<223> Xaa at position 21 is Asn, Ser, Thr or Gly

<400> 626

Xaa Ile Val Xaa Gln Cys Cys Xaa Ser Ile Cys Ser Leu Tyr Gln Leu
1 5 10 15
Glu Asn Tyr Cys Xaa
20

<210> 627
<211> 30
・・・
<220>
<221> MOD_RES
<222> (1)..(1)
<223> Xaa at position 1 is Phe or desamino-Phe

<220>
<221> MOD_RES
<222> (5)..(5)
<223> Xaa at position 5 is His, Thr or Ser

<220>
<221> MOD_RES
<222> (9)..(9)
<223> Xaa at position 9 is Thr or Ser

<220>
<221> MOD_RES
<222> (10)..(10)
<223> Xaa at position 10 is Asp, Glu, homocysteic acid or cysteic acid

<220>
<221> MOD_RES
<222> (16)..(16)
<223> Xaa at position 16 is Tyr or 4-hydroxymethyl Phe

<220>
<221> MOD_RES
<222> (25)..(25)
<223> Xaa at position 25 is Tyr, Phe or 4-hydroxymethyl Phe

<400> 627

Xaa Val Asn Gln Xaa Leu Cys Gly Xaa Xaa Leu Val Glu Ala Leu Xaa
1 5 10 15
Leu Val Cys Gly Glu Arg Gly Phe Xaa Tyr Thr Pro Lys Thr
20 25 30

<210> 628
<211> 21
・・・
<220>
<221> MOD_RES
<222> (1)..(1)
<223> Xaa at position 1 is His, Thr or Ser

<220>
<221> MOD_RES
<222> (5)..(5)
<223> Xaa at position 5 is Thr or Ser

<220>
<221> MOD_RES
<222> (6)..(6)
<223> Xaa at position 6 is Asp, Glu, homocysteic acid or cysteic acid

<220>
<221> MOD_RES
<222> (12)..(12) <223> Xaa at position 12 is Tyr or 4-hydroxymethyl Phe

<220>
<221> MOD_RES
<222> (21)..(21)
<223> Xaa at position 21 is Tyr, Phe or 4-hydroxymethyl Phe

<400> 628

Xaa Leu Cys Gly Xaa Xaa Leu Val Glu Ala Leu Xaa Leu Val Cys Gly
1 5 10 15
Glu Arg Gly Phe Xaa
20 』

(1-3) 即ち、これらA?Rを含む本願明細書及び図面中には、インスリンとしての生理活性を有する本願発明規定の「インスリン」(「母体インスリン」)の候補となるインスリン分子として、天然由来のインスリン分子のみならず、アミノ酸配列において様々に異なる多数種のものが選択肢として示されているが[摘記I?M]、「インスリンA鎖」として特に本願発明規定の「X_(5)IVX_(6)QCCX_(7)SICSLYQLENYCX_(8)(SEQ ID NO:626)」を、かつ、「インスリンB鎖」として特に本願発明規定の「X_(14)VNQX_(13)LCGX_(9)X_(10)LVEALX_(11)LVCGERGFX_(12)TPKT(SEQ ID NO:627)」を、選択して組み合わせること自体、具体的に例示すらされていない。ましてや、実際に上記特定の「インスリンA鎖」及び「インスリンB鎖」の組合せからなる「インスリン」(「母体インスリン」)を製造し、さらにその「インスリンB鎖」N末端側X_(14):HO-PheのOH部位に対し本願発明規定のいずれかの「ジペプチド」構造をエステル結合を介して結合せしめた「プロドラッグ」化修飾物を現実に合成することについても、何ら具体的に記載されていない。[ なお、摘記Rの配列番号627のペプチドのアミノ酸配列からみて、摘記K,M,N,Pで引用されている「配列番号627」のインスリンB鎖は、本願発明規定の上記「SEQ ID NO:627」で表される本願発明規定の「インスリンB鎖」とアミノ酸配列上厳密には一致していない(1位のXaa(後者のX_(14))が前者ではPhe/desamino-Pheなのに対し後者ではHO-Phe(HO-F)である外、26位のTyr(Y)が後者では存在していない)が、上記摘記K,M,N,Pの「配列番号627」を本願発明規定の「SEQ ID NO:627」のアミノ酸配列に置き換えてみたとしても同様である。]
さらに、本願発明規定の「ジペプチド」構造をエステル結合せしめる部位に関し、「 幾つかの実施態様において、生体活性ペプチドがインスリンである場合、ジペプチドは、インスリンのA鎖の4若しくは21位又はインスリンのB鎖の5若しくは9位に結合している。別の実施態様において、・・・、ジペプチドは、インスリンのA又はB鎖のN又はC末端アミノ酸に結合している。より特定の実施態様において、インスリンが配列番号626及び/又は配列番号628を含む場合、ジペプチドは、配列番号626の1、4若しくは21位のアミノ酸又は配列番号628の1、5、12若しくは21位のアミノ酸に結合している。」[摘記L]との記載はみられるものの、これら結合部位の選択肢に関する記載から、特に本願発明規定の特定の「インスリンB鎖」のように、天然インスリンB鎖N末端Pheのアミノ基をOHに置換してHO-Phe(HO-F)とし、このOH部位を結合部位として選択することまでは、他の摘記箇所の記載を併せ参酌したとしても、具体的に読み取れるものではない。また、この点に関し、摘記E中には、インスリンB鎖においては、(N末端でなくむしろ)C末端領域が対応受容体への結合に関与する活性部位に関係している旨示唆する記載がなされているが、かかる示唆を踏まえた上でなお、特に(B鎖の)N末端Pheのアミノ基をOH化しこれを「ジペプチド」で修飾するという本願発明規定の「プロドラッグ」化修飾が、上述の摘記I?Rの摘記事項に基づき好ましい「インスリンプロドラッグ」の製造に係る態様として具体的に把握できるものともいえない。[ なお、摘記N,Pに記載されているのは、いずれも本願発明に関する化学構造の「インスリンプロドラック」のB鎖N末端を親水性部分/PEGで更に修飾し得ることであって、インスリンのB鎖N末端をHO-Phe化しそのOH部位を本願発明規定の「ジペプチド」で「プロドラッグ」化修飾し得ることではないことは明らかである。]

ましてや、
・本願発明規定の特定の「インスリンA鎖」及び「インスリンB鎖」からなる「インスリン」(「母体インスリン」)について、本来のインスリンとしての生理活性を有しているのみならず、上記「ジペプチド」の結合による「プロドラッグ」化修飾に伴い、その生理活性が減少すること(即ち、(1-1)の(i)の性質を現実に有すること);
・当該「プロドラッグ」化修飾物は、生理的条件下で非酵素的に分子内化学反応によりエステル結合部位が切断され、また、当該切断に伴い上記「母体インスリン」構造及び減少していた本来の生理活性が回復し、かつ、その際の「プロドラッグ」化修飾物→「母体インスリン」の半減時間:t1/2を1?100時間の範囲内に制御し得ること(即ち、(1-1)の(ii)の性質を現実に有すること);
が、これら本願明細書又は図面の記載から当業者が十分客観的に理解し得る、とは到底いえない。

また、インスリンとGLP-1とは、生理活性ペプチドホルモンという点で共通するとはいえ、アミノ酸配列及び三次元構造、ならびにそれらに応じた対応受容体への結合機序及び生理活性作用等において互いに全く異なるペプチドであるから、それら対応受容体への結合や生理活性作用に影響する部位の化学構造、ならびに、当該部位の化学修飾による生理活性への影響の有無やその程度においても、当然互いに全く異なるものであることは明らかである。
そして、そうであれば、特定のGLP-1改変体である「母体GLP-1改変体」のN末端側の-OHをいくつかの「ジペプチド」構造でエステル化して「プロドラッグ」化修飾物様の化学構造としたものの中に、本来のGLP-1活性が減少したものが見出された[摘記Q]からといって、本願発明規定の「インスリンB鎖」のようなN末端Phe(F)を(上記「母体GLP-1改変体」N末端と同様に)OH化(HO-Phe化(HO-F化))してなるインスリン改変体においても、当該インスリン改変体それ自体は本来のインスリン活性を保持しているが本願発明規定のいずれかの「ジペプチド」構造でさらに「プロドラッグ」化修飾するとその生理活性が減少する(即ち、上述の性質(i)を具備するものとなる)であろう、とは、合理的に推論できるものではない。

さらに、特に上述の性質(ii)に関し、例えば摘記Qの、ごく一部のいくつかの「ジエステル」構造のいずれかによる「母体GLP-1改変体」の「プロドラッグ」化修飾物についてさえ、採用する「ジペプチド」構造如何では、生理学的かつ非酵素条件下でのt1/2が1?100時間の範囲内でないものが存在する(例えば、本願明細書表4中の「ペプチド番号1」や表5の「化合物番号8」)し、そもそも分子内エステル切断さえ起こらないものも存在する(同表4の「ペプチド番号3」)ところ、これら「ジペプチド」構造の相違に基づく分子内エステル切断の有無やt1/2上の差異について、何らかの合理的な説明すら本願明細書中に見出されるわけでもない。
そうすると、仮に、上記摘記Qの「母体GLP-1改変体」の「プロドラッグ」化修飾物に係る試験結果を踏まえ、本願発明に規定されるような「母体インスリン」の「プロドラッグ」化修飾物においても、採用する「ジペプチド」構造如何では、生理学的かつ非酵素条件下での分子内エステル結合部位の切断自体、及びそれに伴う「母体インスリン」構造の回復自体が生じる場合があり得るのだとしても、本願発明規定の様々な「ジペプチド」群の中からいかなるものを選択し採用すれば、適切な分子内エステル結合の切断が生じかつその際のt1/2を1?100時間の範囲内で適切に制御できる本願発明の「インスリンプロドラッグ」とし得るのか、を理解するためには、各「ジペプチド」について個々に「プロドラッグ」化修飾物を合成し、当該個々の修飾物について生理学的かつ非酵素条件下での分子内エステル結合切断の成否ならびに(当該切断が生じる場合はその際の)t1/2を確認しなければならないものと考えられるが、これは当業者にとり許容される程度を超える試行錯誤等を課することになる。さらに、上記(i)の性質を併せて有するものとなれば、そのような「インスリン」の「プロドラッグ」化修飾物を見出すことは一層困難であると考えざるを得ない。

(1-4) そして、そのような本願発明に係る「インスリン」の「プロドラッグ」化修飾物、ならびに、当該修飾物が(1-1)の(i),(ii)の性質を共に具備することを実証する実際の試験結果に基づくデータがなくとも、以下の1)及び2):
1) (1-1)の性質(i)に関し、
a) 本願発明のA鎖及びB鎖がジスルフィド結合してなる「インスリン」のB鎖N末端Phe部位がそのインスリンとしての薬理活性に影響すること;
b) 当該インスリンB鎖N末端Pheの遊離アミノ基をヒドロキシル化して本願発明規定のX_(14):HO-Pheとしてなる、本願発明規定の「インスリン」(「母体インスリン」)のようなインスリン分子は、インスリンとしての本来の生理活性を有するものであるが、当該HO-Phe部位のOHに対し本願発明の「ジペプチド」構造をエステル結合し「プロドラッグ」化修飾すると、当該本来の生理活性が減少すること;
2) (1-1)の性質(ii)に関し、
a) 上の1)b)の「プロドラッグ」化修飾物は、生理学的条件下かつ非酵素下で分子内化学反応が生じて上記エステル結合部分が切断され、それに伴って「インスリン」構造及びそのインスリンとしての本来の生理活性が回復すること;
b) そのような「プロドラッグ」→「母体インスリン」の「非酵素活性化」の半減時間t1/2を、1?100時間の範囲内に制御し得ること;
のいずれもが、本願出願時の技術常識を踏まえつつ当業者にとり推論し得る事項である、ということを十分合理的に説明している箇所を、本願明細書又は図面の何処にも見出すことはできない。

(1-5) 以上の点からみて、このような本願明細書又は図面の記載を以ては、仮に、本願発明規定の特定の「インスリンA鎖」及び「インスリンB鎖」がジスルフィド結合されてなる本願発明規定の「インスリン」(「母体インスリン」)に該当するものであってインスリンとしての本来の生理活性を有するもの、ならびに、そのような「インスリン」のB鎖N末端HO-Phe部位のOHに本願発明規定のいずれかの「ジペプチド」構造をエステル結合を介して結合させ「プロドラッグ」化修飾してなるもの、について、それらを合成すること自体は(要すれば本願出願時の技術常識を踏まえつつ)当業者が過度な試行錯誤等を伴うことなくなし得、かつ、そのようにしてなる「プロドラック」化修飾物の中で、「ジペプチド」構造及び/又はインスリンA鎖・B鎖のアミノ酸配列の組み合わせによっては、生理学的条件下で非酵素的分子内化学反応に伴うエステル部分の切断が生じるものが得られるのだとしても、そのようなものが、特に上述の(1-1)の(i)及び(ii)の性質を共に具備するものである、とまでは、到底理解できない。また、さらに、本願発明規定の「インスリン」の「プロドラッグ」化修飾物の中で、そのような性質(i)及び(ii)を共に具備するものが実際に存在するのだと仮定しても、本願明細書又は図面の記載に基いてそのようなものを見出すためには、当業者にとり許容される程度を超える試行錯誤等が課されることとなるものと考えられる。

したがって、本願明細書の発明の詳細な説明には、本願発明のような「インスリン」を「プロドラッグ」修飾化してなるものであって、そのような「プロドラッグ」修飾化物が上述の(i)、(ii)の性質を共に具備するものであることについて、当業者が客観的に認識するに足るといえる程度の開示がなされているとはいえないから、本願発明の「インスリンプロドラッグ」を作ることができ、また使用することができるといえる程度の記載がなされているとはいえない。
よって、本願明細書の発明の詳細な説明には、本願発明について当業者が理解かつ実施することができるといえる程度の明確かつ十分な記載がなされているとはいえず、いわゆる実施可能要件を満足するとはいえない。

(2)特許法第36条第6項第1号の要件(いわゆるサポート要件)について
特許請求の範囲の記載が明細書のサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものであり、本願明細書のサポート要件の存在は、本願出願人すなわち審判請求人が証明責任を負うと解するのが相当である。
ここで、本願発明は、上述のとおりの請求項1に規定される「インスリンプロドラッグ」である物の発明であって、その課題は、上記(1)(1-1)の(i),(ii)の性質を共に具備する「インスリンプロドラッグ」を提供することにほかならない。

しかしながら、(1)で説示したように、本願明細書の発明の詳細な説明には、本願発明に規定される化学構造を有しかつ上記(i)及び(ii)の性質を共に具備する「インスリンプロドラッグ」を製造し得ると当業者が客観的に認識できるに足る記載がなされているとはいえないし、また、例えば、本願発明規定のような「インスリン」の「プロドラッグ」化修飾物、ならびに、当該修飾物が上記(i)及び(ii)の性質を共に具備することがいずれも本願出願時の技術常識であったというような、当該「インスリンプロドラッグ」の生産例ならびにその有用性に係る性質を実証する記載等がなくとも、本願発明に係る「インスリンプロドラッグ」が提供されていると当業者が客観的に認識し得るような、格別の事情が見出されるわけでもない。

そうすると、本願明細書の発明の詳細な説明の記載により当業者が本願発明の課題を解決できると認識できる範囲や、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし本願発明の課題を解決できると認識できる範囲は存在しないものとするほかはないが、それにもかかわらず、本願明細書の特許請求の範囲には本願発明が記載されているから、本願明細書の特許請求の範囲の記載は、明細書のサポート要件に適合するものとはいえない。

2.請求人の主張について
なお、請求人は、平成28年4月6日付の意見書中で、上の記載不備に関し、
(ア)請求項の記載を『 ・・・インスリンA鎖とB鎖の配列を現実に存在しているものにし、それらの結合をジスルフィド結合とした。そして、ジペプチドとインスリンの結合をより詳細に限定した。
請求項の記載を表5および6で効果があるものに限定し、実施例に合わせて、ジペプチドは、前記インスリンB鎖のN末端HO-Pheに結合するものとした。』
こと、及び、このようにしたことで本願発明について記載要件を満たすものとなったことを主張すると共に、
(イ)『 なお、N末端HO-Pheを有するインスリンが、本来のインスリン活性を持つことについて、従来から、B鎖のN末端が修飾に対して耐性を有することは技術常識であった。
特に、フリーのN末端のアミノ基を修飾することは、生物学的活性に影響しないことは証明されている(Biochem J. 1971 vol.121 No.5 pp.737-745)。 』
とも述べている。

しかしながら、
・上記(ア)に関し、1.(1)で詳述したとおり、請求人が意見書で引用する表5及び表6は、GLP-1の一改変体であるOH-Phe7-GLP(8-36)CEXにおけるOH-Phe7を本願発明の「ジペプチド」様構造でエステル化してなる、いわば「GLP-1プロドラッグ」のt1/2について調べた結果を掲載するに過ぎず、本願発明の「インスリンプロドラッグ」構造のものが「効果がある」、即ち「1?100時間の非酵素活性化半減期を有する」ことを実証したものではない。そして、これら表5,6の「GLP-1プロドラッグ」及びそのt1/2に係るデータを含む明細書及び図面の記載全体を参酌したところで、それらの記載を以て、上述の1.(1)(1-1)の(i)及び(ii)の性質を共に具備する本願発明の「インスリンプロドラッグ」について発明の詳細な説明で十分な開示がなされているとはいえず、また、本願発明が発明の詳細な説明で裏付けられているとはいえないこともまた、上の1.で説示したとおりである。
・さらに、上記(イ)に関し、請求人が引用する文献:Biochem J. 1971 vol.121 No.5 pp.737-745に具体的に記載されているのは、インスリンB鎖のN末端Phe(Phe^(B1))の遊離アミノ基に対しアセチル基、アセトアセチル基、チアゾリジンカルボニル基のいずれかで修飾しただけでは、それらのインスリンとしての生物学的活性(マウス痙攣アッセイにより測定)は影響を受けなかったこと[要約、表2等]のみであって、そもそも本願発明規定のような「インスリン」を「プロドラッグ」化することについての具体的な記載はなく、インスリン分子の上記Phe^(B1)の遊離アミノ基をOH化し当該OH部位に本願発明規定の「ジペプチド」構造をエステル結合化することについて示唆するものでもない。
そして、当該(イ)の主張に基づき、インスリン分子中のPhe^(B1)の遊離アミノ基をOH化してなるインスリン分子がインスリン本来の生理活性を保持しているものと推認できるとしても、そもそもそのようなOH化インスリン分子について、さらなる本願発明規定の「プロドラッグ」化修飾によりインスリン活性が減少されており、かつ、本願発明規定の「非酵素活性化」が実際に生じその際のt1/2が1?100時間の範囲で制御されてなるものである、という点を含めた上の(i)、(ii)の性質を共に具備するものである、ということまで、請求人の引用する上記文献を以て合理的に説明されているとは到底いえない。

よって、上述の1.の判断は、請求人の上記主張(ア),(イ)の主張により何ら妨げられるものではない。

3.付言
なお、請求項1には、「インスリンB鎖」である「SEQ ID NO:627」が
X_(14)VNQX_(13)LCGX_(9)X_(10)LVEALX_(11)LVCGERGFX_(12)-TPKT
( ここで特に、X_(10)はD,E,ホモシステイン酸又はシステイン酸、-はアミノ酸が存在しないことを示す。 )
のアミノ酸配列で表されることが規定されているが、当該請求項1の従属項として規定されている請求項2における「インスリンB鎖」である「配列番号614」は、本願明細書の配列表(上の摘記R)によれば、(一文字表記で)
F VNQH LCGS H LVEALY LVCGERGFF YTPKT
であって、上記対応する下線部2箇所においてアミノ酸配列上整合していないことから、請求項1又は請求項2のインスリンB鎖のアミノ酸配列の上記箇所の規定には誤記が含まれるものと解されるが、仮に請求項1が誤記を含むものだとしても、やはり上述の1.の判断は何ら影響されるものではない。

4.むすび
以上のとおりであるから、本願は、発明の詳細な説明の記載が特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしておらず、また、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしておらず、特許を受けることができない。

よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2016-06-22 
結審通知日 2016-06-28 
審決日 2016-07-11 
出願番号 特願2010-545058(P2010-545058)
審決分類 P 1 8・ 537- WZ (A61K)
P 1 8・ 536- WZ (A61K)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 吉田 佳代子  
特許庁審判長 大宅 郁治
特許庁審判官 大久保 元浩
關 政立
発明の名称 エステルに基づいたペプチドプロドラッグ  
代理人 一色国際特許業務法人  

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