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審決分類 |
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載 C07C 審判 全部申し立て 2項進歩性 C07C 審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備 C07C 審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 C07C |
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管理番号 | 1324828 |
異議申立番号 | 異議2016-700472 |
総通号数 | 207 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許決定公報 |
発行日 | 2017-03-31 |
種別 | 異議の決定 |
異議申立日 | 2016-05-23 |
確定日 | 2016-12-22 |
異議申立件数 | 1 |
訂正明細書 | 有 |
事件の表示 | 特許第5821977号発明「モリブデンを含有する触媒を備えた固定床式反応器を用いた不飽和脂肪族アルデヒド、不飽和炭化水素及び不飽和脂肪酸からなる群から選ばれる少なくとも一種の反応物を製造する製造方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 |
結論 | 特許第5821977号の明細書及び特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正明細書及び訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1?7〕について訂正することを認める。 特許第5821977号の請求項1ないし7に係る特許を維持する。 |
理由 |
第1 手続の経緯 特許第5821977号の請求項1?7に係る特許(以下「本件特許1」?「本件特許7」という。)に係る出願は、平成21年3月30日に出願された特願2009-82239号(特許法第41条第1項の規定に基づく優先日 平成20年3月31日)の一部を平成26年1月22日に新たな特許出願としたものであって、平成27年10月16日にその特許権の設定登録がされ、同年11月24日に特許公報が発行され、その後、平成28年5月23日に特許異議申立人平居博美(以下「特許異議申立人」という。)により特許異議の申立てがされ、同年7月26日付けで特許権者三菱化学株式会社(以下「特許権者」という。)に対し取消理由が通知され、その指定期間内である同年9月30日に特許権者から意見書の提出及び訂正の請求がされ、同年10月12日付けで特許異議申立人に対し訂正請求があった旨の通知がされ、同年11月16日に特許異議申立人から意見書が提出されたものである。 第2 訂正の適否 1 訂正の請求の趣旨及び内容 平成28年9月30日付けの訂正の請求(以下「本件訂正請求」という。)の趣旨は、「特許第5821977号の明細書、特許請求の範囲を、本訂正請求書に添付した訂正明細書、訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項1?7について訂正することを求める。」というものであって、その内容は以下のとおりである。 (1)訂正事項1 特許請求の範囲の請求項1に「5分以上、5時間未満に、前記反応原料ガスの供給を開始することを特徴とする」と記載されているのを「5分以上、2時間未満に、前記反応原料ガスの供給を開始することを特徴とする」に訂正する(請求項1の記載を引用する請求項2?7も同様に訂正する)。 (2)訂正事項2 願書に添付した明細書の段落【0044】に記載された「<実施例3>」を「<比較例4>」に訂正する。 (3)訂正に係る請求項 本件訂正請求は、訂正後の請求項1?7について請求項ごとに訂正することを求めるものであり、訂正後の請求項1?7が訂正前の請求項1?7に対応する。 2 本件訂正請求の適否について (1)訂正事項1について ア 訂正の目的 訂正事項1による訂正前の請求項1?7に係る発明は、水蒸気の供給を開始した後「5分以上、5時間未満に」反応原料ガスの供給を開始するものである。 これに対し、訂正事項1は、上記1(1)で述べたとおり、特許請求の範囲の請求項1の「5分以上、5時間未満に、前記反応原料ガスの供給を開始する」を「5分以上、2時間未満に、前記反応原料ガスの供給を開始する」に訂正することより訂正前の請求項1?7に係る発明を訂正するものである。 したがって、訂正事項1は、訂正事項1による訂正前の請求項1?7に係る発明における反応原料ガスの供給を開始する時機を限定するものである。 よって、訂正事項1は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。 イ 願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてする訂正であること 明細書の【0014】には、訂正事項1による訂正前の請求項1?7に係る発明についての一般論として、「水蒸気の供給を開始した後、反応原料ガスの供給を開始するまでの時間(上限値)は出来るかぎり短いほうが好ましいが、・・・2時間未満(即ち1時間59分以内)が特に好ましい。一方、・・・水蒸気の供給を開始した後、反応原料ガスの供給を開始するまでの時間(下限値)は、使用される反応器が工業用装置であり、満遍なく水蒸気がいきわたるためにある程度の時間が必要であること、及び、過剰反応の防止のために触媒に水分子を吸着させて表面のコンディショニングを行うための時間が必要であることなどから・・・好ましくは5分以上・・・である。」と、水蒸気の供給を開始した後、5分以上、2時間未満に反応原料ガスの供給を開始することが記載されている。 したがって、訂正事項1は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内のものである。 よって、訂正事項1は、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第5項の規定に適合する。 ウ 実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更する訂正ではないこと 上記アで述べたとおり、訂正事項1は、訂正事項1による訂正前の請求項1?7に係る発明における反応原料ガスの供給を開始する時機を限定するものであり、これらの発明のカテゴリーや対象、目的を変更するものではないから、実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するものではない。 よって、訂正事項1は、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第6項の規定に適合する。 (2)訂正事項2について ア 訂正の目的 特許請求の範囲についての訂正である訂正事項1は、上記1(1)で述べたとおり、特許請求の範囲の請求項1の「5分以上、5時間未満に、前記反応原料ガスの供給を開始する」を「5分以上、2時間未満に、前記反応原料ガスの供給を開始する」に訂正するものである。 これに対し、明細書についての補正である訂正事項2は、上記1(2)で述べたとおり、明細書の【0044】の「<実施例3>」を「<比較例4>」に訂正するものである。そして、この訂正により、明細書の【0044】に記載されている「水蒸気の供給開始から4時間後にプロピレンの供給を開始した」具体的態様が実施例という扱いから比較例という扱いとなる。 したがって、訂正事項2は、明細書の記載を訂正事項1による訂正後の特許請求の範囲の記載に整合させるためのものである。 よって、訂正事項2は特許法第120条の5第2項ただし書第3号に掲げる明りょうでない記載の釈明を目的とするものである。 イ 願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてする訂正であること 上記アで述べたとおり、訂正事項2は、明細書の【0044】に記載されている「水蒸気の供給開始から4時間後にプロピレンの供給を開始した」具体的態様を実施例という扱いから比較例という扱いとするものであって、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項を加除するものではない。 したがって、訂正事項2は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内のものである。 よって、訂正事項2は、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第5項の規定に適合する。 ウ 実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更する訂正ではないこと 訂正事項2は、上記1(2)で述べたとおり明細書の訂正であるから、特許請求の範囲に記載された用語を変えるものではない。 また、訂正事項2は、上記アで述べたとおり明細書の記載を訂正事項1による訂正後の特許請求の範囲の記載に整合させるためのものであるから、特許請求の範囲に記載された用語の意義を変えるものでもない。 よって、訂正事項2は、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第6項の規定に適合する。 (3)本件訂正請求により訂正する請求項について ア 特許請求の範囲についての訂正 訂正前の請求項2?7は、訂正前の請求項1を引用するものであって、訂正事項1によって訂正される訂正前の請求項1に連動して訂正されるから、訂正前の請求項1?7に対応する訂正後の請求項1?7は、特許法第120条の5第4項に規定する一群の請求項である。 これに対し、本件訂正請求は、上記1で述べたとおり訂正後の請求項1?7について訂正することを求めるものであるから、訂正事項1に係る一群の請求項ごとに請求するものであるといえる。 よって、本件訂正請求の請求の趣旨の記載は、特許法第120条の5第4項の規定に適合する。 イ 明細書又は図面についての訂正 訂正事項2は、上記2(2)アで述べたとおり、明細書の記載を訂正事項1による訂正後の特許請求の範囲の記載に整合させるためのものである。そして、上記アで述べたとおり訂正事項1によって訂正前の請求項1?7が訂正されるから、訂正事項2に係る請求項は、訂正前の請求項1?7に対応する訂正後の請求項1?7である。 これに対し、本件訂正請求は、上記1で述べたとおり訂正後の請求項1?7について訂正することを求めるものであるから、訂正事項2に係る一群の請求項の全てについて請求するものであるといえる。 よって、本件訂正請求の請求の趣旨の記載は、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第4項の規定に適合する。 3 まとめ 以上のとおりであるから、本件訂正請求による訂正は特許法第120条の5第2項ただし書第1号又は第3号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同法同条第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。 また、本件訂正請求に係る請求項である請求項1?7はいずれも特許異議の申立てがされている請求項であるから、特許法第120条の5第9項で読み替えて準用する同法第126条第7項の規定に適合するか否かを判断すべき請求項は存在しない。 よって、訂正後の請求項〔1?7〕について訂正を認める。 第3 本件特許発明 上記第2 4で述べたとおり訂正後の請求項1?7について訂正を認めたので、特許第5821977号の請求項1?7に係る発明(以下「本件特許発明1」?「本件特許発明7」という。)は、それぞれ、訂正後の特許請求の範囲(訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲)の請求項1?7に記載された事項により特定される、以下のとおりのものである。 【請求項1】 モリブデンを含有する触媒を備えた固定床式反応器を使用して、プロピレン、プロパン、イソブチレン、イソブタン、及びターシャリーブタノールからなる群から選ばれる反応原料ガスの少なくとも1種を、水蒸気の存在下で、酸素含有ガスを用いて接触気相酸化させて、アクロレイン又はメタクロレインを生成する前段反応工程と、 前記前段工程で使用したモリブデンを含有する触媒を備えた固定床式反応器、又は、前記前段工程で使用した固定床式反応器とは異なる、モリブデンを含有する触媒を備えた固定床式反応器を使用して、前記アクロレイン又はメタクロレインを、水蒸気の存在下で、酸素含有ガスを用いて接触気相酸化させて、アクリル酸又はメタクリル酸を生成する後段反応工程を含み、 前記前段反応工程において、前記反応器をスタートアップするときに、昇温後、前記反応器に供給される全ガス中の水蒸気分圧が2.0kPa以上となるように水蒸気の供給を開始した後、5分以上、2時間未満に、前記反応原料ガスの供給を開始することを特徴とする、 アクリル酸又はメタクリル酸を製造する製造方法。 【請求項2】 前記反応器をスタートアップするときに、昇温後、一定温度で、前記反応器に供給される全ガス中の水蒸気分圧が2.0kPa以上となるように水蒸気の供給を開始することを特徴とする、請求項1に記載の製造方法。 【請求項3】 前記スタートアップをするときが、前記反応器をスタートアップして前記反応物を一定期間製造して、前記反応器をシャットダウンした後に、前記反応器を再スタートアップするときであることを特徴とする、請求項1又は2に記載の製造方法。 【請求項4】 前記プロピレン、プロパン、イソブチレン、イソブタン、及びターシャリーブタノールからなる群から選ばれる反応原料ガスの少なくとも1種を、水蒸気の存在下で、酸素含有ガスを用いて接触気相酸化させるときの触媒が、下記一般式(1)で表される金属酸化物からなることを特徴とする、請求項1から3のいずれか1項に記載の製造方法。 Mo(a)Bi(b)Co(c)Ni(d)Fe(e)X(f)Y(g)Z(h)Q(i)Si(j)O(k)・・・式(1) (上記式(1)中、Moはモリブデン、Biはビスマス、Coはコバルト、Niはニッケル、Feは鉄、Xはナトリウム、カリウム、ルビジュウム、セシウム及びタリウムからなる群から選ばれる少なくとも一種の元素、Yはほう素、りん、砒素及びタングステンからなる群から選ばれる少なくとも一種の元素、Zはマグネシウム、カルシウム、亜鉛、セリウム及びサマリウムからなる群から選ばれる少なくとも一種の元素、Qはハロゲン元素、Siはシリカ、Oは酸素を表す。また、a、b、c、d、e、f、g、h、i、j及びkは、それぞれMo、Bi、Co、Ni、Fe、X、Y、Z、Q、Si及びOの原子比を表し、モリブデン原子(Mo)が12のとき、0.5≦b≦7、0≦c≦10、0≦d≦10、1≦c+d≦10、0.05≦e≦3、0.0005≦f≦3、0≦g≦3、0≦h≦1、0≦i≦0.5、0≦j≦40であり、kは各元素の酸化状態によって決まる値である。) 【請求項5】 前記アクロレイン又はメタクロレインを、水蒸気の存在下で、酸素含有ガスを用いて接触気相酸化させるときの触媒が、下記一般式(2)で表される金属酸化物からなることを特徴とする、請求項1から4のいずれか1項に記載の製造方法。 Mo(12)V(a)X(b)Cu(c)Y(d)Sb(e)Z(f)Si(g)C(h)O(i)・・・式(2) (上記式(2)中、XはNb及びWからなる群から選ばれる少なくとも一種の元素を示す。YはMg、Ca、Sr、BaおよびZnからなる群から選ばれる少なくとも一種の元素を示す。ZはFe、Co、Ni、Bi、Alからなる群から選ばれる少なくとも一種の元素を示す。但し、Mo、V、Nb、Cu、W、Sb、Mg、Ca、Sr、Ba、Zn、Fe、Co、Ni、Bi、Al、Si、CおよびOは元素記号である。また、a、b、c、d、e、f、g、hおよびiは各元素の原子比を表し、モリブデン原子(Mo)12に対して、0<a≦12、0≦b≦12、0≦c≦12、0≦d≦8、0≦e≦500、0≦f≦500、0≦g≦500、0≦h≦500であり、iは前記各成分のうちCを除いた各成分の酸化度によって決まる値である。) 【請求項6】 前記固定床式反応器が、反応管を備えた多管式反応器であって、前記反応管の内径は10?50mmである、請求項1から5のいずれか1項に記載の製造方法。 【請求項7】 前記固定床式反応器が、伝熱プレートの間に形成された触媒層を備えたプレート式反応器であって、前記プレート式反応器は、触媒層の厚さが異なる複数の反応帯域に分割されており、前記複数の反応帯域には、独立して温度調整された熱媒体が供給されるプレート式反応器である、請求項1から5のいずれか1項に記載の製造方法。 第4 特許異議申立人が申し立てた取消理由の概要 特許異議申立人が平成28年5月23日付けで特許異議申立書により申し立てた取消理由の概要は、以下のとおりである。 [申立取消理由1] 本件特許発明1、2及び4?6は、以下の甲第1号証に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができない。 甲第1号証:特開2005-336085号公報 よって、本件特許1、2及び4?6は、特許法第29条の規定に違反してされたものであるから、同法第113条第2号の規定により取り消されるべきものである。 [申立取消理由2] 本件特許発明1?7は、その優先日前に、以下の甲第1号証に記載された発明に基づいて以下の甲第2?8号証の記載から当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。 甲第1号証:特開2005-336085号公報 甲第2号証:特開2003-12589号公報 甲第3号証:特開2002-356450号公報 甲第4号証:特開2002-371029号公報 甲第5号証:特開2002-53519号公報 甲第6号証:特開2005-314314号公報 甲第7号証:特表2007-509867号公報 甲第8号証:特開2004-202430号公報 よって、本件特許1?7は、特許法第29条の規定に違反してされたものであるから、同法第113条第2号の規定により取り消されるべきものである。 [申立取消理由3] 本件特許に係る明細書の発明の詳細な説明は、以下の点で当業者が本件特許発明1?7の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものではないから、特許法第36条第4項第1号に適合しない。 水蒸気分圧制御の目安「5分以上、5時間未満」について、下限の「5分」と上限の「5時間」ではオーダーが全く異なり、また、水蒸気分圧が2.0kPaのときと例えば100kPaのときとでは水分子の吸着進行状況や速度が大きく変わるであろうから、この時間設定は科学的根拠を欠く。 よって、本件特許1?7は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号の規定により取り消されるべきものである。 [申立取消理由4] 本件特許に係る特許請求の範囲の記載は、以下の点で本件特許発明1?7が発明の詳細な説明に記載したものではないから、特許法第36条第6項第1号に適合しない。 (申立取消理由4-1) 本件特許発明は水蒸気供給時の運転圧力が規定されていないところ、いかなる運転圧力においてもその作用が発揮されるとは考えにくいので、本件特許発明は、発明の詳細な説明の記載に接した当業者が発明の課題が解決できると認識できる範囲を超えている。 (申立取消理由4-2) 本件特許発明は供給ガス中の水蒸気濃度及び水蒸気供給量が規定されていないところ、発明の詳細な説明によればモリブデンの昇華速度は供給ガス中の水蒸気濃度及び水蒸気供給量にも依存しているので、本件特許発明は、発明の詳細な説明の記載に接した当業者が発明の課題が解決できると認識できる範囲を超えている。 (申立取消理由4-3) 本件特許発明は水蒸気分圧の上限が規定されていないところ、発明の詳細な説明では本件特許発明で規定される水蒸気分圧の全ての範囲についてモリブデン昇華防止効果が発揮されていることは検証されていないので、出願時の技術常識に照らして発明の詳細な説明の記載を本件特許発明の範囲まで拡張ないし一般化できない。 (申立取消理由4-4) 水蒸気分圧制御の目安「5分以上、5時間未満」について、常に5分で水蒸気が装置内に満遍なく行き渡るのか甚だ疑問であるし、5時間未満である場合に5時間を超える場合を格別凌駕すると理解できる根拠は発明の詳細な説明に示されていない。 よって、本件特許1?7は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号の規定により取り消されるべきものである。 第5 当審が通知した取消理由の概要 当審が平成28年7月26日付けで取消理由通知書により特許権者に通知した取消理由の概要は、以下のとおりである。 [当審取消理由1] 本件特許発明1及び2は、以下の刊行物1又は2に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができない。 刊行物1:特開2003-12589号公報(甲第2号証である。) 刊行物2:特開2002-356450号公報(甲第3号証である。) よって、本件特許1及び2は、特許法第29条の規定に違反してされたものであるから、同法第113条第2号の規定により取り消されるべきものである。 [当審取消理由2] 本件特許発明1?7は、その優先日前に、以下の刊行物1、2又は3に記載された発明に基づいて以下の刊行物1?5の記載から当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。 刊行物1:特開2003-12589号公報(甲第2号証である。) 刊行物2:特開2002-356450号公報(甲第3号証である。) 刊行物3:特開2005-336085号公報(甲第1号証である。) 刊行物4:特開2004-202430号公報(甲第8号証である。) 刊行物5:特開2004-167448号公報 よって、本件特許1?7は、特許法第29条の規定に違反してされたものであるから、同法第113条第2号の規定により取り消されるべきものである。 第6 当審の判断 当審は、特許異議申立人が申し立てた取消理由及び当審が通知した取消理由によっては、本件特許1?7を取り消すことはできないと判断する。その理由は以下のとおりである。 1 本件特許1について (1)申立取消理由1について ア 特許異議申立人が提出した証拠 甲第1号証:特開2005-336085号公報 イ 甲第1号証の記載 甲第1号証には、以下のとおりの記載がある。 (1a) 「【請求項1】 多管式反応器を使用して、プロピレン、プロパン、イソブチレン、及び(メタ)アクロレインの内の少なくとも1種の被酸化物質を原料とし、酸素含有ガスとの気相接触酸化反応を行い(メタ)アクリル酸または(メタ)アクロレインを製造する方法において、 反応のスタートアップに際して、反応器への原料の単位時間当たりの供給量が原料の単位時間当たりの許容最大供給量の30%以上に達してから、少なくとも20時間以上原料の単位時間当たりの供給量を許容最大供給量の30%以上80%未満に保つことを特徴とする(メタ)アクリル酸または(メタ)アクロレインの製造方法。」 (1b) 「【0003】 本発明者らの新たな知見によれば、上記反応をスタートアップする際に工夫をすることにより安定して高収率で(メタ)アクリル酸あるいは(メタ)アクロレインが得られることが判明した。 接触気相酸化反応器を用いた反応系で、スタートアップ時に工夫する提案として、特許文献1(特開2001-53519号公報)に、安全かつ排出ガスを再利用できるスタートアップ方法が提案されている。また、特許文献2(特開2003-265948号公報)には、常温で固体状の熱媒を循環させる方式のシェル-チューブ式反応器において、触媒の活性に悪影響を与えることなく、効率的に反応器をスタートアップさせる方法が提案されている。」 (1c) 「【0006】 従来、例えばプロピレンからアクロレインを製造する場合、従来は、スタートアップ時にはプロピレンの供給量が反応器の許容最大供給量の30%から100%に至る時間はほぼ20時間程度である。 本発明者らの研究によると、従来のスタートアップでは、反応管のなかには、異常に高い温度上昇を示し、その後温度低下を起こす管が存在する(熱電対により、ピーク温度の急激な上昇後に、温度ピークが消失することが観測される)。これは、反応官に充填されている触媒層に、特異的に高い活性を示す部位(以下、活性特異点という。)が存在し、この活性特異点がスタートアップする際に高い反応性を示し、温度上昇を急激に起こし、周囲の触媒に影響を与えてしまい、結果として反応管全体の触媒が失活(温度ピークの消失)してしまっていることを意味する。実際に、従来のスタートアップで反応を開始した後、許容最大供給量あるいはその付近の供給量で定常運転を行った場合、反応収率が4%程度減少し、しかも失活した反応管入口と出口との差圧は正常な反応管よりも3倍以上となっていた。そしてこのような失活した反応管は、1年間の定常運転後、ほぼ5%程存在していた。 一方、本発明の方法により、プロピレンの供給量が許容最大供給量の30%に達してから許容最大供給量30%以上80%未満、例えば70%に保つ時間を20時間以上、例えば10日間かけて行なうと、上記のような異常な温度上昇を示す反応管は観られなかった。その後、許容最大供給量あるいはその付近の供給量で定常運転を1年間行なっても、反応管入口と出口との差圧も運転開始時と同じで、ほぼ触媒は失活せず安定していた。反応収率は従来に比べて2%程度に改善された。この理由は、許容最大供給量付近での定常運転に至るまでの時間を充分に取ったため、活性特異点が周囲の触媒に影響を与えることなく消滅したためと推定される。」 (1d) 「【0010】 (反応方式) 工業化されているアクロレイン及びアクリル酸の製造方法における反応方式の代表例としては、以下に説明するワンパス方式、未反応プロピレンリサイクル方式および燃焼廃ガスリサイクル方式があるが、本発明においてはこれら3つの方式を含めて、反応方式は限定されない。 (1)ワンパス方式: この方式は、前段反応において、プロピレン、空気およびスチームを混合供給し、主としてアクロレインとアクリル酸に転化させ、この出口ガスを生成物と分離することなく後段反応(主に、アクロレインをアクリル酸に転化させる)へ供給する方法である。このとき、前段出口ガスに加えて、後段反応で反応させるのに必要な空気およびスチームを後段反応へ供給する方法も一般的である。」 (1e) 「【0014】 本発明では、原料供給口と生成物排出口とを有する円筒状反応器シェルと、該円筒状反応器シェルに熱媒体を導入または導出するための、円筒状反応器シェルの外周に配置される複数の環状導管と、該複数の環状導管を互いに接続する循環装置と、該反応器の複数の管板によって拘束され、かつ触媒を含有する複数の反応管と、該反応器シェルに導入された熱媒体の方向を変更するための複数の邪魔板とを該反応管の長手方向に有する多管式反応器を用いて、被酸化物を分子状酸素含有ガスで気相接触酸化する方法が採用され、上記反応管には、例えばMo-Bi系触媒及び/またはMo?V系触媒等の酸化触媒が充填されている。」 (1f) 「【0017】 (原料ガス組成) 気相接触酸化に用いられる多管式反応器には、原料ガスとして、プロピレン、プロパン、イソブチレン、及び(メタ)アクロレインの内の少なくとも1種の被酸化物質、分子状酸素含有ガスと水蒸気の混合ガスが主に導入される。 本発明において、原料ガス中の被酸化物質の濃度は6?10モル%であり、酸素は該被酸化物質に対して1.5?2.5モル倍、水蒸気は0.8?5モル倍である。導入された原料ガスは、各反応管に分割されて反応管内を通過し充填されたる酸化触媒のもとで反応する。」 (1g) 「【0026】 (図4) 図4は反応器のシェルを中間管板9で分割した場合の多管式反応器の概略断面図を示しており、本発明の気相接触酸化方法はこれを用いた方法も包含する。分割されたそれぞれの空間は別々の熱媒体が循環され、別々の温度に制御される。原料ガスは4aまたは4bのどちらから導入されても良いが、図4では、反応器シェル内の熱媒体の流れ方向が上昇流として矢印で記入されているので、原料ガスプロセスガスの流れが熱媒体の流れと向流となる4bが原料供給口である。原料供給口4bから導入された原料ガスが反応器の反応管内で逐次に反応する。」 (1h) 「【0028】 例えば、図4に示す本発明に用いる多管式反応器にプロピレン、プロパン、またはイソブチレンを分子状酸素含有ガスとの混合ガスとして、原料供給口4bから導入し、まず前段反応用の1段目(反応管のAエリア)で(メタ)アクロレインとし、さらに後段反応用の2段目(反応管のBエリア)で該(メタ)アクロレインを酸化し(メタ)アクリル酸を製造する。反応管の1段部分(以下、「前段部分」ともいう。)と2段部分(以下、「後段部分」ともいう。)には別の触媒が充填され、それぞれ異なった温度に制御されて最適な条件で反応が行われる。反応管の前段部分と後段部分の間の中間管板が存在する部分には反応には関与しない不活性物質が充填されることが好ましい。」 (1i) 「【0035】 (反応管径) 酸化反応器内で酸化触媒を包含する反応管管内はガス相であることと、ガス線速度は触媒の抵抗によって制限され、管内の伝熱係数は最も小さく伝熱律速となるため、ガス線速度に大きく影響する反応管内径は非常に重要である。 本発明に係る多管式反応器の反応管内径は、反応管内の反応熱量と触媒粒径によって影響されるが、10?50mmが好ましく用いられ、より好ましくは20?30mmである。反応管内径が小さすぎると充填される触媒の量が減少し、必要な触媒量に対して反応管本数が多くなり反応器製作時の労力が大きくなることで多大な製作費用が必要となり工業的経済性が悪くなる。一方、反応管内径が大きすぎると必要な触媒量に対して反応管表面積が小さくなり、反応熱の除熱のための伝熱面積を小さくしてしまう。」 (1j) 「【0036】 (触媒) (メタ)アクリル酸あるいは(メタ)アクロレイン生成の気相接触酸化反応に用いられる触媒としては、オレフィンから不飽和アルデヒドまたは不飽和酸への前段反応に用いられるものと、不飽和アルデヒドから不飽和酸への後段反応に用いられるものがある。 上記気相接触酸化反応において、主にアクロレインを製造する前段反応(オレフィンから不飽和アルデヒドまたは不飽和酸への反応)で使用されるMo-Bi系複合酸化物触媒は、下記の一般式(I)で表されるものが挙げられる。 【0037】 一般式(I) Mo_(a)W_(b)Bi_(c)Fe_(d)A_(e)B_(f)C_(g)D_(h)E_(i)O_(x) 【0038】 上記一般式(I)中、Aはニッケル及びコバルトから選ばれる少なくとも一種の元素、Bはナトリウム、カリウム、ルビジウム、セシウム及びタリウムから選ばれる少なくとも一種の元素、Cはアルカリ土類金属から選ばれる少なくとも一種の元素、Dは、リン、テルル、アンチモン、スズ、セリウム、鉛、ニオブ、マンガン、ヒ素、ホウ素および亜鉛から選ばれる少なくとも一種の元素、Eは、シリコン、アルミニウム、チタニウム及びジルコニウムから選ばれる少なくとも一種の元素、Oは酸素を各々表す。a、b、c、d、e、f、g、h、i及びxは、それぞれ、Mo、W、Bi、Fe、A、B、C、D、E及びOの原子比を表し、a=12の場合、0≦b≦10、0<c≦10(好ましくは0.1≦c≦10)、0<d≦10(好ましくは0.1≦d≦10)、2≦e≦15、0<f≦10(好ましくは0.001≦f≦10)、0≦g≦10、0≦h≦4、0≦i≦30、xは各元素の酸化状態によって決まる値である。 (1k) 「【0039】 上記気相接触酸化反応において、アクロレインを酸化してアクリル酸を製造する後段反応(不飽和アルデヒドから不飽和酸への反応)で使用されるMo-V系複合酸化物触媒は、下記の一般式(II)で表されるものが挙げられる。 【0040】 一般式(II) Mo_(a)V_(b)W_(c)Cu_(d)X_(e)Y_(f)O_(g) 【0041】 上記一般式(II)中、Xは、Mg、Ca、Sr及びBaから選ばれる少なくとも一種の元素、Yは、Ti、Zr、Ce、Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Zn、Nb、Sn、Sb、Pb及びBiから選ばれる少なくとも一種の元素、Oは酸素を表す。a、b、c、d、e、f及びgは、それぞれ、Mo、V、W、Cu、X、Y及びOの原子比を示し、a=12の場合、2≦b≦14、0≦c≦12、0<d≦6、0≦e≦3、0≦f≦3であり、gは各々の元素の酸化状態によって定まる数値である。」 (1l) 「【実施例】 【0053】 以下に、実施例および比較例を挙げて本発明を具体的に説明するが、これらに限定されるものではない。 〔実施例1〕 (触媒) パラモリブテン酸アンチモン94質量部を純水400質量部に加熱溶解した。一方、硝酸第二鉄7.2質量部、硝酸コバルト25質量部及び硝酸ニッケル38質量部を純水60質量部に加熱溶解させた。これらの溶液を十分に攪拌しながら混合し、スラリー状の溶液を得た。 次に、純水40質量部にホウ砂0.85質量部及び硝酸カリウム0.36質量部を加熱下で溶解させ、上記スラリーに加えた。次に粒状シリカ64質量部を加えて攪拌した。次に予めMgを0.8質量%複合した次炭酸ビスマス58質量部を加えて攪拌混合し、このスラリーを加熱乾燥した後、空気雰囲気で300℃、1時間熱処理し、得られた粒状固体を成型機を用いて直径5mm、高さ4mmの錠剤に打錠成型し、次に500℃、4時間の焼成を行って前段触媒を得た。 得られた触媒前段は、Mo_(12)Bi_(5)Ni_(3)Co_(2)Fe_(0.4)Na_(0.2)Mg_(0.4)B_(0.2)K_(0.1)Si_(24)O_(x)の組成の触媒粉(酸素の組成xは各金属の酸化状態によって定まる値である)の組成比を有するMo-Bi系複合酸化物であった。 【0054】 (プロピレンからアクリル酸およびアクロレインの製造) 本実施例では、図1に示すものと同様の多管式反応器を用いた。 具体的には、反応管の長さが3.5m、内径27mmのステンレス製反応管を10,000本有する反応器シェル(内径4,500mm)の多管式反応器を用いた。反応管は、反応器シェルの中央部付近に開口部を有する穴あき円盤形邪魔板6a中央の円形開口部領域には配置されていない。邪魔板は、反応器シェルの中央部付近に開口部を有する穴あき円盤形邪魔板6aと、反応器シェルの外周部との間に開口部を有するように配置された穴あき円盤形邪魔板6bが6a-6b-6aの順に等間隔に設置されていて、邪魔板の開口比は各々18%であった。 各反応管に充填する触媒としては、上記前段触媒と触媒活性を有しない直径5mmのシリカ製ボールを混合して触媒活性を調節したものを使用し、反応管入口から触媒活性の比が0.5、0.7、1となるように充填し、3層の触媒層を形成した。 【0055】 (スタートアップ方法) 反応器シェル側に無機混合塩である熱媒体(ナイター)を流通させ温度を330℃にした。プロピレン供給に先立ち、酸素1845Nm^(3)/H、窒素8241Nm^(3)/H、水蒸気1107Nm^(3)/Hを反応器に供給し、触媒層温度がほぼナイターの温度と同じであることを確認した後、プロピレンの供給を開始した。 プロピレン供給は、開始後2時間で340Nm^(3)/Hとし、その後、供給量を毎時50Nm^(3)/Hで増加させ、ほぼ開始後11時間で775Nm^(3)/H(最大供給量の70%相当)に到達した。ナイター温度を330℃に保ち、12時間保持した。 次に、プロピレン供給量を約70分かけて830Nm^(3)/H(最大供給量の75%相当まで増加させた。ナイター温度は331℃とし24時間保持した。 次に、プロピレン供給量を約200分かけて996Nm^(3)/H(最大供給量の90%相当)まで増加させ、ナイター温度は333℃とし4時間保持した後、約130分かけて1107Nm^(3)/H(最大供給量の100%相当)まで増加させ、ナイター温度を335℃として定常運転に移行した。 このときの原料ガス組成は、プロピレン9モル%、酸素15モル%、水蒸気9モル%、窒素67モル%で、圧力が75KPa(ゲージ圧)、ガス供給量12300Nm^(3)/Hであった。」 (1m) 「【図1】 ![]() 」 (1n) 「【図4】 ![]() 」 ウ 甲第1号証に記載された発明 (ア)甲第1号証の【図1】に示される反応器を前提とする発明 甲第1号証には、実施例1として、プロピレンからアクリル酸およびアクロレインを製造したことが示されている。 また、甲第1号証には、実施例1における製造の製造装置として、図1に示すものと同様の多管式反応器を用いたこと、具体的には、反応管の長さが3.5m、内径27mmのステンレス製反応管を10,000本有する反応器シェル(内径4,500mm)の多管式反応器を用い、反応管には、直径5mm、高さ4mmのMo-Bi系複合酸化物である前段触媒と直径5mmのシリカ製ボールを混合して触媒活性を調節したものを反応管入口から触媒活性の比が0.5、0.7、1となるように充填したものを用いたこと、が示されている。 そして、甲第1号証には、実施例1における製造のスタートアップとして、反応器シェル側に無機混合塩である熱媒体(ナイター)を流通させ温度を330℃にし、プロピレン供給に先立ち、酸素1845Nm^(3)/H、窒素8241Nm^(3)/H、水蒸気1107Nm^(3)/Hを反応器に供給し、触媒層温度がほぼナイターの温度と同じであることを確認した後、プロピレンの供給を開始し、その後プロピレンの供給量を増加させていったことが示されている。 さらに、甲第1号証には、実施例1における製造の定常運転時の原料ガス組成は、プロピレン9モル%、酸素15モル%、水蒸気9モル%、窒素67モル%で、圧力が75KPa(ゲージ圧)、ガス供給量12300Nm^(3)/Hであったこと、が示されている(以上につき摘記(1l)、(1m))。 したがって、甲第1号証には、実施例1に係る発明として、 「直径5mm、高さ4mmのMo-Bi系複合酸化物である前段触媒と直径5mmのシリカ製ボールを混合して触媒活性を調節したものを反応管入口から触媒活性の比が0.5、0.7、1となるように充填した、長さが3.5m、内径27mmのステンレス製反応管を10,000本有する反応器シェル(内径4,500mm)を使用して、プロピレンから、酸素、水蒸気及び窒素の混合ガスを用いてアクリル酸及びアクロレインを製造する方法であって、 スタートアップの際は、反応器シェル側に無機混合塩である熱媒体(ナイター)を流通させ温度を330℃にし、プロピレン供給に先立ち、酸素1845Nm^(3)/H、窒素8241Nm^(3)/H、水蒸気1107Nm^(3)/Hを反応器に供給し、触媒層温度がほぼナイターの温度と同じであることを確認した後、プロピレンの供給を開始し、 定常運転時の際は、原料ガスを、プロピレン9モル%、酸素15モル%、水蒸気9モル%、窒素67モル%の組成で、圧力75KPa(ゲージ圧)、流量12300Nm^(3)/Hで供給する、 アクリル酸及びアクロレインを製造する方法」 の発明(以下「引用発明A」という。)が記載されているといえる。 (イ)甲第1号証の【図4】に示される反応器を前提とする発明 甲第1号証には、「多管式反応器を使用して、プロピレン、プロパン、イソブチレン、及び(メタ)アクロレインの内の少なくとも1種の被酸化物質を原料とし、酸素含有ガスとの気相接触酸化反応を行い(メタ)アクリル酸または(メタ)アクロレインを製造する方法において、反応のスタートアップに際して、反応器への原料の単位時間当たりの供給量が原料の単位時間当たりの許容最大供給量の30%以上に達してから、少なくとも20時間以上原料の単位時間当たりの供給量を許容最大供給量の30%以上80%未満に保つこと」が示されている(摘記(1a)、(1c))。 また、甲第1号証には、プロピレン、プロパン、イソブチレン、及び(メタ)アクロレインの内の少なくとも1種の被酸化物質、分子状酸素含有ガスと水蒸気の混合ガスを、原料ガスとして気相接触酸化に用いられる多管式反応器に導入することが示されている(摘記(1f))。 また、甲第1号証には、多管式反応器として、反応器のシェルを中間管板で分割し、分割されたそれぞれの空間は別々の熱媒体が循環され、反応管の前段部分と後段部分には別の触媒が充填され、反応管の前段部分と後段部分でそれぞれ異なった温度に制御されるものを使用することが示されている(摘記(摘記(1g)、(1h))。 また、甲第1号証には、多管式反応器の反応管内径は20?30mmが好ましいことが示されている(摘記(1i))。 また、甲第1号証には、多管式反応器における反応として、上記前段部分でプロピレン、プロパン、またはイソブチレンを(メタ)アクロレインとし、上記後段部分で(メタ)アクロレインを(メタ)アクリル酸とすることが示されている(摘記(1h))。 また、甲第1号証には、触媒として、上記前段部分ではMo-Bi系複合酸化物触媒を用い、上記後段部分ではMo-V系複合酸化物触媒を用いることが示されている(摘記(1j)、(1k))。 したがって、甲第1号証には、 「プロピレン、プロパン、イソブチレン、及び(メタ)アクロレインの内の少なくとも1種の被酸化物質、分子状酸素含有ガスと水蒸気の混合ガスを原料ガスとして、多管式反応器を使用して、プロピレン、プロパン、イソブチレン、及び(メタ)アクロレインの内の少なくとも1種の被酸化物質と酸素含有ガスとの気相接触酸化反応を行い(メタ)アクリル酸または(メタ)アクロレインを製造する方法であって、 反応のスタートアップに際しては、反応器への原料の単位時間当たりの供給量が原料の単位時間当たりの許容最大供給量の30%以上に達してから、少なくとも20時間以上原料の単位時間当たりの供給量を許容最大供給量の30%以上80%未満に保つものであり、 多管式反応器は、反応器のシェルを中間管板で分割し、分割されたそれぞれの空間は別々の熱媒体が循環され、内径が20?30mmの反応管の前段部分にはMo-Bi系複合酸化物触媒が充填されるとともに後段部分にはMo-V系複合酸化物触媒が充填され、反応管の前段部分と後段部分はそれぞれ異なった温度に制御されるものであり、 多管式反応器における反応は、上記前段部分でプロピレン、プロパン、またはイソブチレンを(メタ)アクロレインとし、上記後段部分で(メタ)アクロレインを(メタ)アクリル酸とするものである、 (メタ)アクリル酸または(メタ)アクロレインを製造する方法」 の発明(以下「引用発明B」という。)が記載されているといえる。 エ 本件特許発明1と引用発明Aとの対比及びそれに基づく判断 (ア)対比 引用発明Aにおける「反応管入口から触媒活性の比が0.5、0.7、1となるように充填」は、前段触媒とシリカ製ボールが気流により混合されない状態、すなわち固定床を前提とするものであるから、引用発明Aにおける「直径5mm、高さ4mmのMo-Bi系複合酸化物である前段触媒と直径5mmのシリカ製ボールを混合して触媒活性を調節したものを反応管入口から触媒活性の比が0.5、0.7、1となるように充填した、長さが3.5m、内径27mmのステンレス製反応管を10,000本有する反応器シェル(内径4,500mm)」は、本件特許発明1における「モリブデンを含有する触媒を備えた固定床式反応器」に相当する。 また、引用発明Aにおける「プロピレンから、酸素、水蒸気及び窒素の混合ガスを用いてアクリル酸及びアクロレインを製造する」は、前段触媒を用いてプロピレンと酸素含有ガスとの気相接触化反応により主にアクロレインを製造するものである(摘記(1a)?(1d)、(1j))点で、本件特許発明1における「プロピレン、プロパン、イソブチレン、イソブタン、及びターシャリーブタノールからなる群から選ばれる反応原料ガスの少なくとも1種を、水蒸気の存在下で、酸素含有ガスを用いて接触気相酸化させて、アクロレイン又はメタクロレインを生成する前段反応工程」に相当する。 さらに、引用発明Aにおける「スタートアップの際は、反応器シェル側に無機混合塩である熱媒体(ナイター)を流通させ温度を330℃にし、」は、本件特許発明1における「前記前段反応工程において、前記反応器をスタートアップするときに、昇温」に相当する。 そして、引用発明Aにおける「プロピレン供給に先立ち、酸素1845Nm^(3)/H、窒素8241Nm^(3)/H、水蒸気1107Nm^(3)/Hを反応器に供給し、触媒層温度がほぼナイターの温度と同じであることを確認した後、プロピレンの供給を開始」は、本件特許発明1における「前記反応器に供給される全ガス中の水蒸気分圧が2.0kPa以上となるように水蒸気の供給を開始した後、5分以上、2時間未満に、前記反応原料ガスの供給を開始する」に対応し、「前記反応器に・・・水蒸気の供給を開始した後・・・前記反応原料ガスの供給を開始する」という限度で一致する。 したがって、本件特許発明1と引用発明Aとを対比すると、両者は、 「モリブデンを含有する触媒を備えた固定床式反応器を使用して、プロピレン、プロパン、イソブチレン、イソブタン、及びターシャリーブタノールからなる群から選ばれる反応原料ガスの少なくとも1種を、水蒸気の存在下で、酸素含有ガスを用いて接触気相酸化させて、アクロレイン又はメタクロレインを生成する前段反応工程を含み、 前記前段反応工程において、前記反応器をスタートアップするときに、昇温後、前記反応器に水蒸気の供給を開始した後、前記反応原料ガスの供給を開始することを特徴とする、 アクリル酸又はメタクリル酸を製造する製造方法。」 という点で一致し、 (相違点A-1)前者は、反応器をスタートアップするときの水蒸気の供給を開始してから反応原料ガスを開始するまでの時間が5分以上、2時間未満であるのに対し、後者はこの時間が明らかではない点 (相違点A-2)前者は、反応器をスタートアップするときの水蒸気の分圧が2kPa以上であるのに対し、後者はこの分圧が明らかではない点 (相違点A-3)前者は、後段反応工程を有するのに対し、後者は後段反応工程を有しない点 で相違する。 (イ)判断 a 相違点A-1について 引用発明Aおいて、長さが3.5m、内径27mmの反応管を10,000本有する反応器シェル(内径4,500mm)を使用するというのであるから、引用発明Aにおける反応部の総体積は、 (反応管1本の有効断面積)×(反応管の長さ)×(反応管の本数) すなわち、 (π×(27×10^(-3)/2)^(2))×3.5×10^(4)≒20(m^(3)) となる。 他方、引用発明Aにおいて、プロピレン供給に先立ち酸素1845Nm^(3)/H、窒素8241Nm^(3)/H、水蒸気1107Nm^(3)/Hを反応器に供給するというのであるから、引用発明Aにおけるプロピレン供給に先立って供給される混合気体の流量は、 (酸素の流量)+(窒素の流量)+(水蒸気の流量) すなわち、 1845+8241+1107=11193(Nm^(3)/H) となる。 そして、混合気体の供給が1.75気圧(絶対圧)、330℃で行われたと仮定すると、混合気体の流量は、 11193÷1.75×(273+330)/273 ≒14127(m^(3)/H) となる。 なお、この仮定にあたっては、特許異議申立書16頁27行?17頁16行の記載を参考にした。 したがって、上記仮定の下で、反応部の一端に混合気体が到達してから反応部の気体が全て置換されるのに必要な時間(秒)は、 (20÷14127)×3600≒5.1(s) となる。 なお、反応管に触媒等が充填されていることを考慮すると、この時間はより短くなる。 そうすると、5分という時間は反応部の気体が数十回置換されるのに余りある時間であるといえる。 そして、引用発明Aのこのような混合気体の流量や、甲第1号証(摘記(1a)?(1n))には実施例1においてプロピレン供給に先立ち混合気体を反応器に供給することの技術上の意義について記載も示唆もされていないことを考慮すると、引用発明Aにおいてプロピレン供給に先立つ混合気体の供給開始からプロピレンの供給開始までの時間が5分以上であると推認することはできない。 したがって、相違点A-1が実質的な相違点ではないということはできない。 (ウ)小括 よって、相違点A-2及びA-3について検討するまでもなく、本件特許発明1が引用発明Aであるということはできない。 オ 本件特許発明1と引用発明Bとの対比及びそれに基づく判断 (ア)対比 引用発明Bにおける「Mo-Bi系複合酸化物触媒」及び「Mo-V系複合酸化物触媒」は、本件特許発明1における「モリブデンを含有する触媒」に相当する。 また、引用発明Bにおける「プロピレン、プロパン、イソブチレン、及び(メタ)アクロレインの内の少なくとも1種の被酸化物質」は、本件特許発明1における「プロピレン、プロパン、イソブチレン、イソブタン、及びターシャリーブタノールからなる群から選ばれる反応原料ガスの少なくとも1種」に対応する。 また、引用発明Bにおける「多管式反応器」は、本件特許発明1における「固定床式反応器」に対応する。 また、引用発明Bにおける「・・・被酸化物質、分子状酸素含有ガスと水蒸気の混合ガスを原料ガスとして、・・・反応器を使用して、・・・被酸化物質と酸素含有ガスとの気相接触酸化反応を行い(メタ)アクリル酸または(メタ)アクロレインを製造する方法であって・・・反応器は、・・・反応管の前段部分には・・・触媒が充填されるとともに後段部分には・・・触媒が充填され・・・るものであり、・・・反応器における反応は、上記前段部分で・・・(メタ)アクロレインとし、上記後段部分で(メタ)アクロレインを(メタ)アクリル酸とするものである」という点は、本件特許発明1における「・・・触媒を備えた・・・反応器を使用して、・・・反応原料ガス・・・を、水蒸気の存在下で、酸素含有ガスを用いて接触気相酸化させて、アクロレイン又はメタクロレインを生成する前段反応工程と、前記前段工程で使用した・・・反応器・・・を使用して、前記アクロレイン又はメタクロレインを、水蒸気の存在下で、酸素含有ガスを用いて接触気相酸化させて、アクリル酸又はメタクリル酸を生成する後段反応工程」に相当する。 したがって、本件特許発明1と引用発明Bとを対比すると、両者は、 「モリブデンを含有する触媒を備えた反応器を使用して、反応原料ガスを、水蒸気の存在下で、酸素含有ガスを用いて接触気相酸化させて、アクロレイン又はメタクロレインを生成する前段反応工程と、 前記前段工程で使用したモリブデンを含有する触媒を備えた反応器を使用して、前記アクロレイン又はメタクロレインを、水蒸気の存在下で、酸素含有ガスを用いて接触気相酸化させて、アクリル酸又はメタクリル酸を生成する後段反応工程を含む、 アクリル酸又はメタクリル酸を製造する製造方法。」 という点で一致し、 (相違点B-1)前者は、反応器をスタートアップするときに、昇温後、反応器に供給される全ガス中の水蒸気分圧が2.0kPa以上となるように水蒸気の供給を開始した後、5分以上、2時間未満に、反応原料ガスの供給を開始するものであるのに対し、後者は反応原料ガスの供給を開始する前の工程がどのようなものであるか特定されていない点 (相違点B-2)前者は、反応原料ガスがプロピレン、プロパン、イソブチレン、イソブタン及びターシャリーブタノールからなる群から選ばれる少なくとも1種であるのに対し、後者は反応ガスがプロピレン、プロパン、イソブチレン及び(メタ)アクロレインの内の少なくとも1種である点 (相違点B-3)前者は、反応器が固定床式反応器であるのに対し、後者は反応器が多管式反応器であって固定床式であるとは特定されていない点 で相違する。 (イ)判断 a 相違点B-1について 甲第1号証(摘記(1l))には、実施例1として「反応器シェル側に無機混合塩である熱媒体(ナイター)を流通させ温度を330℃にした。プロピレン供給に先立ち、酸素1845Nm^(3)/H、窒素8241Nm^(3)/H、水蒸気1107Nm^(3)/Hを反応器に供給し、触媒層温度がほぼナイターの温度と同じであることを確認した」ことが記載されている。 しかし、この工程は甲第1号証の【図1】に示される反応器を前提とするものであるから、これと異なる甲第1号証の【図4】に記載される反応器を前提とするものである引用発明Bと一体のものとして把握することは相当でない。 そのほか、甲第1号証(摘記(1a)?(1n))には反応原料ガスの供給を開始する前の工程について記載も示唆もない。 したがって、相違点B-1が実質的な相違点ではないということはできない。 (ウ)小括 よって、相違点B-2及びB-3について検討するまでもなく、本件特許発明1が引用発明Bであるということはできない。 カ 特許異議申立人の主張について (ア)甲第1号証に記載された発明について 特許異議申立人は、特許異議申立書の「(4-2)引用発明の説明」の項において、甲第1?8号証の記載を摘示するのみであって甲第1号証にどのような発明が記載されているといえるのかについて説明していない(特許異議申立書9頁9行?15頁15行)。 そして、特許異議申立人は、甲第1号証にどのような発明が記載されているといえるのかについて説明しないまま、特許異議申立書の「(4-3)本件特許発明と証拠に記載された対比」の項において、本件特許発明1の発明特定事項と甲第1号証の【0028】、【0055】などに記載された事項とを区々に対比し、各々一致していると述べている(特許異議申立書15頁16行?17頁22行)。 しかし、甲第1号証にどのような発明が記載されているのかという観点から検討するに、少なくとも、甲第1号証の【0055】(摘記(1l))の記載を【0028】(摘記(1h))の記載と一体のものとして把握することは相当でない。なぜならば、前者は甲第1号証の【図1】に示される反応器(摘記(1m))を前提とするものであるのに対し、後者はこれと異なる甲第1号証の【図4】に示される反応器(摘記(1n))を前提とするものであるからである。 したがって、特許異議申立人がする対比は、その前提である甲第1号証に記載された発明の把握において適切ではないといわざるを得ない。 そして、上記ウ?オのとおり、甲第1号証から甲第1号証の【図1】に示される反応器を前提とする発明と甲第1号証の【図4】に示される反応器を前提とする発明とのふたつの発明を認定し、各々を本件特許発明1と対比すれば、本件特許発明1と甲第1号証に記載された発明とは同一とはならない。 (イ)反応原料ガスの供給開始時間について 特許異議申立人は、相違点A-1について、「上記実施では、『同じであることを確認した後』と、若干の時間を置いたことが示されていると理解すべきである。この若干の時間が、長さ3.5m、内径27mmの反応管を10,000本有する多管式反応器を用いる実験規模(【0054】)からして5分以上であることは容易に推定でき、かつ5時間を超える様な長時間であったとは考え難い」と主張する(特許異議申立書17頁15行?20行)。 しかし、上記エ(イ)aで述べたとおり、甲第1号証には実施例1においてプロピレン供給に先立ち酸素、窒素及び水蒸気を反応器に供給することの技術上の意義について記載も示唆もされていないし、5分という時間は、特許異議申立人が主張する実験規模を考慮してもなお、反応部の気体が数十回置換されるのに余りある時間である。したがって、引用発明Aにおいてプロピレン供給に先立つ酸素、窒素及び水蒸気の供給開始からプロピレンの供給開始までの時間が5分以上であると推認することはできない。 よって、特許異議申立人の主張を採用することはできない。 キ 本件特許1に対する申立取消理由1についてのまとめ 以上のとおり、本件特許発明1が甲第1号証に記載された発明であるとはいえないから、本件特許1は申立取消理由1によって取り消すべきものであるとはいえない。 (2)申立取消理由2について ア 特許異議申立人が提出した証拠 甲第1号証:特開2005-336085号公報 甲第2号証:特開2003-12589号公報 甲第3号証:特開2002-356450号公報 甲第4号証:特開2002-371029号公報 甲第5号証:特開2002-53519号公報 なお、特許異議申立人は、申立取消理由2において、本件特許発明1については、甲第1号証に記載された発明に基づいて甲第2?5号証の記載から当業者が容易に発明をすることができたものである旨申し立てている(特許異議申立書2頁?3頁)。 イ 甲号各証の記載 (ア)甲第1号証の記載 上記(1)イで述べたとおりである。 (イ)甲第2号証の記載 甲第2号証には、以下のとおりの記載がある。 (2a) 「【請求項1】 固体酸化触媒が充填されている固定床管型反応器の触媒層に、プロピレンを4?9容量%、酸素を7?16容量%および水蒸気を5?50容量%含む原料ガスを流通させるアクロレインおよびアクリル酸の製造方法において、前記原料ガスを流通させる前に、前記触媒層に、酸素、窒素および水蒸気を含み、かつプロピレンが0?0.5容量%のガスを流通させながら250?400℃の範囲まで昇温し、次いでプロピレンを1?3.8容量%、酸素を7?16容量%および水蒸気を5?50容量%含むガスを250?400℃で1時間以上流通させることを特徴とするアクロレインおよびアクリル酸の製造方法。」 (2b) 「【0003】該気相接触酸化は発熱反応であるため、触媒層で蓄熱が起こる。蓄熱の結果生じる局所的高温帯域はホットスポットと呼ばれ、この部分の温度が高すぎると過度の酸化反応を生じるので目的生成物の収率は低下する。このため、該酸化反応の工業的実施において、ホットスポットの温度抑制は重大な問題であり、特に生産性を上げるために原料ガス中におけるプロピレン濃度を高めた場合、ホットスポットの温度が高くなる傾向があることから反応条件に関して大きな制約を強いられているのが現状である。 【0004】したがって、ホットスポット部の温度を抑えることは工業的に高収率でアクロレインおよびアクリル酸を生産する上で非常に重要である。また、特にモリブデン含有固体酸化触媒を用いる場合、モリブデン成分が昇華しやすいことから、ホットスポットの発生を防止することは重要である。」 (2c) 「【0018】250?400℃の範囲まで昇温させる前の温度、すなわち昇温の開始温度は特に限定されないが、10?240℃の範囲が好ましい。また、昇温速度も特に限定されないが、10?500℃/時間が好ましく、特に20?400℃/時間が好ましい。」 (2d) 「【0019】250?400℃の範囲まで昇温させる際に流通させるガスは、酸素、窒素および水蒸気を含み、かつプロピレンが0?0.5容量%のガスである。このガスの酸素、窒素および水蒸気の濃度は特に限定されないが、酸素1?21容量%、窒素29?98.5容量%、水蒸気は0.5?50容量%が好ましい。また、プロピレンは0?0.5容量%であり、0?0.3容量%がより好ましく、0?0.1容量%が特に好ましい。触媒層温度が250℃未満の状態でプロピレンの濃度が0.5容量%を超えるガスを流通させると、触媒上で生成した比較的高沸点を有する化合物が触媒の活性点を被毒する場合がある。このガスには、酸素、窒素、水蒸気、プロピレン以外の気体を含んでいてもよく、このような気体としては、例えば、二酸化炭素等の不活性ガス、低級飽和アルデヒド、ケトン等が挙げられる。ただし、低級飽和アルデヒド等の有機化合物を含む場合には、プロピレンおよびその他の有機化合物の濃度の和が0.5容量%以下であることが好ましい。昇温時のガスの流量は特に限定されないが、空間速度が100?2000hr^(-1)となるような流量が好ましい。この際の反応器内の圧力は、通常、常圧から数気圧である。」 (2e) 「【0026】[実施例1]水1000部にパラモリブデン酸アンモニウム500部、パラタングステン酸アンモニウム6.2部、硝酸カリウム1.4部および20質量%シリカゾル212.7部を加え加熱攪拌した(A液)。別に水850部に60質量%硝酸50部を加え、均一にした後、硝酸ビスマス103.0部を加え溶解した。これに硝酸第二鉄114.4部、硝酸コバルト274.7部、硝酸ニッケル34.3部、硝酸亜鉛7.0部および硝酸マグネシウム30.3部を順次加え溶解した(B液)。A液にB液を加えスラリー状とした後、三酸化アンチモン10.3部を加え加熱攪拌し、水の大部分を蒸発させた。得られたケーキ状物を120℃で乾燥させた後、500℃で4時間焼成した。得られた焼成物100部に対してグラファイト2部を添加した後、打錠成形機により、外径4mm、内径2mm、長さ4mmのリング状に成形し、触媒1を得た。触媒1の酸素以外の元素の組成は、Mo_(12)W_(0.1)Bi_(0.9)Fe_(1.2)Co_(4)Ni_(0.5)Zn_(0.1)Mg_(0.5)Sb_(0.3)K_(0.06)Si_(3)であった。 【0027】熱媒浴を備えた内径25.4mmの鋼鉄製固定床管型反応器の熱媒浴温度を180℃に設定し、原料ガス入口側に触媒1を620mLと外径5mmのアルミナ球130mLを混合したものを充填し、出口側に触媒1を750mLを充填した。このときの触媒層の長さは3005mmであった。 【0028】この触媒層に酸素9容量%、水蒸気10容量%および窒素81容量%からなるガスを空間速度240hr^(-1)で流通させながら熱媒浴温度を310℃まで50℃/時間で昇温した。 【0029】次いで、熱媒浴温度310℃のまま、プロピレン2容量%、酸素8容量%、水蒸気15容量%および窒素75容量%からなるガス(昇温後流通ガス)を空間速度1000hr^(-1)で3時間流通させた。 【0030】続いて、熱媒浴温度310℃のまま、プロピレン5容量%、酸素12容量%、水蒸気10容量%および窒素73容量%からなる原料ガスを反応温度(熱媒浴温度)340℃、空間速度1000hr^(-1)で通じた。このときの触媒層温度を測定したところ、原料ガス入口側の端から500mmの位置に最大温度を有するホットスポットが観測され、この最大温度におけるΔTは29℃であった。また、プロピレン反応率は98.5%、アクロレイン選択率は88.3%、アクリル酸選択率は5.8%、アクロレインおよびアクリル酸の収率は92.7%であった。」 (2f) 「【0033】[比較例1]昇温後流通ガスを流通することなく、熱媒浴温度310℃まで昇温した後、即座に原料ガスを通じたこと以外は実施例1と同様にして酸化反応を行った。その結果、触媒層の原料ガス入口側の端から400mmの位置に最大温度を有するホットスポットが観測され、この最大温度におけるΔTは41℃であった。また、プロピレン反応率98.9%、アクロレイン選択率86.5%、アクリル酸選択率5.0%、アクロレインおよびアクリル酸の収率は90.5%であった。」 (ウ)甲第3号証の記載 甲第3号証には、以下のとおりの記載がある。 (3a) 「【請求項1】 固体酸化触媒が充填されている固定床管型反応器の触媒層に、イソブチレンおよび/または第3級ブタノールを4?9容量%、酸素を7?16容量%および水蒸気を5?50容量%含む原料ガスを流通させるメタクロレインおよびメタクリル酸の製造方法において、前記原料ガスを流通させる前に、前記触媒層に、酸素、窒素および水蒸気を含み、かつイソブチレンおよび第3級ブタノールが0?0.5容量%のガスを流通させながら250?400℃の範囲まで昇温し、次いでイソブチレンおよび/または第3級ブタノールを1?3.8容量%、酸素を7?16容量%および水蒸気を5?50容量%含むガスを250?400℃で1時間以上流通させることを特徴とするメタクロレインおよびメタクリル酸の製造方法。」 (3b) 「【0003】該気相接触酸化は発熱反応であるため、触媒層で蓄熱が起こる。蓄熱の結果生じる局所的高温帯域はホットスポットと呼ばれ、この部分の温度が高すぎると過度の酸化反応を生じるので目的生成物の収率は低下する。このため、該酸化反応の工業的実施において、ホットスポットの温度抑制は重大な問題であり、特に生産性を上げるために原料ガス中におけるイソブチレンまたは第3級ブタノール濃度を高めた場合、ホットスポットの温度が高くなる傾向があることから反応条件に関して大きな制約を強いられているのが現状である。 【0004】したがって、ホットスポット部の温度を抑えることは工業的に高収率でメタクロレインおよびメタクリル酸を生産する上で非常に重要である。また、特にモリブデン含有固体酸化触媒を用いる場合、モリブデン成分が昇華しやすいことから、ホットスポットの発生を防止することは重要である。」 (3c) 「【0018】250?400℃の範囲まで昇温させる前の温度、すなわち昇温の開始温度は特に限定されないが、10?240℃の範囲が好ましい。また、昇温速度も特に限定されないが、10?500℃/時間が好ましく、特に20?400℃/時間が好ましい。」 (3d) 「【0019】250?400℃の範囲まで昇温させる際に流通させるガスは、酸素、窒素および水蒸気を含み、かつイソブチレンおよび第3級ブタノールが0?0.5容量%のガスである。このガスの酸素、窒素および水蒸気の濃度は特に限定されないが、酸素1?21容量%、窒素29?98.5容量%、水蒸気は0.5?50容量%が好ましい。また、イソブチレンおよび第3級ブタノールは0?0.5容量%であり、0?0.3容量%がより好ましく、0?0.1容量%が特に好ましい。触媒層温度が250℃未満の状態でイソブチレンおよび第3級ブタノールの濃度が0.5容量%を超えるガスを流通させると、触媒上で生成した比較的高沸点を有する化合物が触媒の活性点を被毒する場合がある。なお、イソブチレンおよび第3級ブタノールの濃度とは、両者の濃度の和を意味する。このガスには、酸素、窒素、水蒸気、イソブチレンおよび第3級ブタノール以外の気体を含んでいてもよく、このような気体としては、例えば、二酸化炭素等の不活性ガス、低級飽和アルデヒド、ケトン等が挙げられる。ただし、低級飽和アルデヒド等の有機化合物を含む場合には、イソブチレン、第3級ブタノールおよびその他の有機化合物の濃度の和が0.5容量%以下であることが好ましい。昇温時のガスの流量は特に限定されないが、空間速度が100?2000hr^(-1)となるような流量が好ましい。この際の反応器内の圧力は、通常、常圧から数気圧である。」 (3e) 「【0026】[実施例1]水1000部にパラモリブデン酸アンモニウム500部、パラタングステン酸アンモニウム18.5部、硝酸セシウム18.4部および20質量%シリカゾル354.5部を加え加熱攪拌した(A液)。別に水850部に60質量%硝酸250部を加え、均一にした後、硝酸ビスマス57.2部を加え溶解した。これに硝酸第二鉄238.4部、硝酸クロム4.7部、硝酸ニッケル411.8部および硝酸マグネシウム60.5部を順次加え溶解した(B液)。A液にB液を加えスラリー状とした後、三酸化アンチモン34.4部を加え加熱攪拌し、水の大部分を蒸発させた。得られたケーキ状物を120℃で乾燥させた後、500℃で6時間焼成した。得られた焼成物100部に対してグラファイト2部を添加した後、打錠成形機により、外径5mm、内径2mm、長さ5mmのリング状に成形し、触媒1を得た。触媒1の酸素以外の元素の組成は、Mo_(12)Bi_(0.5)Fe_(2.5)Ni_(6)Mg_(1)Cr_(0.05)W_(0.3)Sb_(1)Si_(5)Cs_(0.4)であった。 【0027】熱媒浴を備えた内径25.4mmの鋼鉄製固定床管型反応器の熱媒浴温度を180℃に設定し、原料ガス入口側に触媒1を620mLと外径5mmのアルミナ球130mLを混合したものを充填し、出口側に触媒1を750mLを充填した。このときの触媒層の長さは3005mmであった。 この触媒層に酸素9容量%、水蒸気10容量%および窒素81容量%からなるガスを空間速度240hr^(-1)で流通させながら熱媒浴温度を340℃まで50℃/時間で昇温した。 【0028】次いで、熱媒浴温度340℃のまま、イソブチレン2容量%、酸素8容量%、水蒸気15容量%および窒素75容量%からなるガス(昇温後流通ガス)を空間速度1000hr^(-1)で3時間流通させた。 【0029】続いて、熱媒浴温度340℃のまま、イソブチレン5容量%、酸素12容量%、水蒸気10容量%および窒素73容量%からなる原料ガスを反応温度(熱媒浴温度)340℃、空間速度1000hr^(-1)で通じた。このときの触媒層温度を測定したところ、原料ガス入口側の端から500mmの位置に最大温度を有するホットスポットが観測され、この最大温度におけるΔTは33℃であった。また、イソブチレン反応率は95.5%、メタクロレイン選択率は85.7%、メタクリル酸選択率は3.6%、メタクロレインおよびメタクリル酸の収率は85.3%であった。」 (3f) 「【0032】[比較例1]昇温後流通ガスを流通することなく、熱媒浴温度340℃まで昇温した後、即座に原料ガスを通じたこと以外は実施例1と同様にして酸化反応を行った。その結果、触媒層の原料ガス入口側の端から400mmの位置に最大温度を有するホットスポットが観測され、この最大温度におけるΔTは45℃であった。また、イソブチレン反応率94.3%、メタクロレイン選択率83.1%、メタクリル酸選択率3.7%、メタクロレインおよびメタクリル酸の収率は81.9%であった。」 (エ)甲第4号証の記載 甲第4号証には、以下のとおりの記載がある。 (4a) 「【0019】250?350℃の範囲まで昇温させる際に流通させるガスは、酸素、窒素および水蒸気を含み、かつメタクロレインが0?0.5容量%のガスである。このガスの酸素、窒素および水蒸気の濃度については特に限定されないが、酸素1?21容量%、窒素29?98.5容量%、水蒸気0.5?50容量%が好ましい。また、メタクロレインは0?0.5容量%であり、0?0.3容量%がより好ましく、0?0.1容量%が特に好ましい。触媒層温度が250℃未満の状態でメタクロレインの濃度が0.5容量%を超えるガスを流通させると、触媒上で生成した比較的高沸点を有する化合物が触媒の活性点を被毒する場合がある。このガスには、酸素、窒素、水蒸気およびメタクロレイン以外の気体を含んでいてもよく、このような気体としては、例えば、二酸化炭素等の不活性ガス、低級飽和アルデヒド、ケトン等が挙げられる。ただし、低級飽和アルデヒド等の有機化合物を含む場合には、メタクロレインおよびその他の有機化合物の濃度の和が0.5容量%以下であることが好ましい。昇温時のガスの流量は特に限定されないが、空間速度が100?2000hr^(-1)となるような流量が好ましい。この際の 反応器内の圧力は、通常、常圧から数気圧である。」 (4b) 「【0029】この触媒層に酸素9容量%、水蒸気10容量%および窒素81容量%からなるガスを空間速度240hr^(-1)で流通させながら熱媒浴温度を290℃まで50℃/時間で昇温した。」 (4c) 「【0048】 【発明の効果】本発明によれば、固定床管型反応器にてメタクロレインを固体酸化触媒の存在下に分子状酸素で気相接触酸化してメタクリル酸を製造する方法において、ホットスポット部の温度を十分抑制し、メタクリル酸を高収率で製造することができる。」 (オ)甲第5号証の記載 甲第5号証には、以下のとおりの記載がある。 (5a) 「【0040】(実施例1)図3に示す接触気相酸化反応器を用いて、以下に示す条件で被酸化原料、分子状酸素含有ガス、蒸気および捕集塔からの排出ガスを反応器にリサイクルして、接触気相酸化反応を開始した。なお、反応器は、内径25.0mm、外径29.0mmの鋼鉄製の反応管11500本を有する多管式熱交換器であり、反応器シェルの内径は、4400mmの円筒容器である。各反応管には反応触媒1520ccが充填してある。 【0041】この反応器に、目標操作条件として、反応器入口ガス濃度がプロピレン4.5容量%、酸素10.0容量%であり、捕集塔からの排出リサイクルガス以外の希釈ガスを使用しない条件を設定し、反応器のスタートアップを行った。なお、反応開始に先立ち測定した設定反応温度、反応圧力におけるプロピレンの爆発下限界濃度は、2容量%、爆発限界酸素濃度は、10.2容量%(プロピレン-酸素-窒素系)であり、反応器に供給したプロピレンの純度は99.5容量%であった。 【0042】空気、蒸気、プロピレン、排出リサイクルガスの各ラインに付属する流量計および流量調整弁を制御して、反応器入口プロピレン濃度を、A:0容量%、B:2容量%、C:3容量%と次第に上げていき、目標操作条件(OP)とするに必要な、空気、排出リサイクルガス、蒸気、プロピレン流量、および反応器入口酸素濃度を各点にて測定した。また、各点に到達するまでの消費蒸気量も測定した。結果を表1に示す。なお、表中、空気、排出リサイクルガス、蒸気、プロピレン、全ガス量の単位は、Nm^(3)/minであり、反応器入口酸素濃度は容量%、消費蒸気量はkgである。この結果、消費蒸気量は、約2.5トンであり、スタートアップ時間は約2.5時間であった。また、図4に、実施例1?3および比較例1,2における、反応器入口のプロピレン濃度(容量%)と酸素濃度(容量%)の変化を示す。 【0043】 【表1】 ![]() 【0044】(実施例2)希釈ガスとして蒸気を使用せず、反応器供給ガスの組成を捕集塔排出ガスによって調整した以外は、実施例1と同様にして反応器をスタートアップした。結果を表2に示す。この結果、消費蒸気量は、0であり、スタートアップ時間は約3.5時間であった。 【0045】 【表2】 ![]() 【0046】(実施例3)実施例2において、ポイントCにおける排出リサイクルガス量を変化させた以外は、実施例2と同様にして反応器をスタートアップした。結果を表3に示す。この結果、消費蒸気量は、0であり、スタートアップ時間は約3.5時間であった。 【0047】 【表3】 ![]() 【0048】(比較例1)従来と同様に、酸素濃度をプロピレンの爆発限界酸素濃度以下の範囲で反応器のスタートアップを行った。結果を表4に示す。この結果、消費蒸気量は、約23.1トンであり、スタートアップ時間は約7時間であった。 【0049】 【表4】 ![]() 【0050】(比較例2)スタートアップ過程において、捕集塔排出ガスをリサイクルしない以外は、比較例1と同様にして反応器のスタートアップを行った。結果を表5に示す。この結果、消費蒸気量は、37.0トンであり、スタートアップ時間は約7時間であった。 【0051】 【表5】 ![]() 」 ウ 甲第1号証に記載された発明 (ア)甲第1号証の【図1】に示される反応器を前提とする発明 上記(1)ウ(ア)で述べたとおりである。すなわち、甲第1号証には引用発明Aが記載されているといえる。 (イ)甲第1号証の【図4】に示される反応器を前提とする発明 上記(1)ウ(イ)で述べたとおりである。すなわち、甲第1号証には引用発明Bが記載されているといえる。 エ 本件特許発明1と引用発明Aとの対比及びそれに基づく判断 (ア)対比 上記(1)エ(ア)で述べたとおりである。すなわち、両者は相違点A-1?A-3で相違する。 (イ)判断 a 相違点A-1について (a)製造条件の適宜の調整であるか否かについて 甲第1号証(摘記(1a)?(1n))には引用発明Aにおいてプロピレン供給に先立ち酸素、窒素及び水蒸気を反応器に供給することの技術上の意義について記載も示唆もされていない。また、この意義が当業者に自明であるともいえない。 そうすると、引用発明Aにおいて、当業者がプロピレン供給に先立つ酸素、窒素及び水蒸気の供給開始からプロピレンの供給開始までの時間を「5分以上、2時間未満」を充足するように調整するとはいえない。 したがって、引用発明Aにおいて相違点A-1に係る構成に想到することが当業者に容易であるとはいえない。 (b)甲第2号証の記載からの想到容易性について 甲第2号証(摘記(2e))には、プロピレン供給に先立って「触媒層に酸素9容量%、水蒸気10容量%および窒素81容量%からなるガスを空間速度240hr^(-1)で流通させながら熱媒浴温度を310℃まで50℃/時間で昇温」する工程が記載されている。 しかし、この工程の昇温開始時の熱媒浴温度が180℃であると認められる(摘記(2e))から、昇温に要した時間は (310-180)÷50=2.6(時間) であると認められる。 そして、甲第2号証(摘記(2a)?(2f))には、水蒸気を供給しながらの昇温にどのような目的でどの程度時間を確保するのが好ましいのかについて記載も示唆もされていないし、このことが技術常識から当業者に自明であるともいえない。 この点、甲第2号証(摘記(2c))には、「【0018】250?400℃の範囲まで昇温させる前の温度、すなわち昇温の開始温度は特に限定されないが、10?240℃の範囲が好ましい。また、昇温速度も特に限定されないが、10?500℃/時間が好ましく、特に20?400℃/時間が好ましい。」と記載されている。 しかし、この記載は水蒸気を供給しながらの昇温にどの程度時間を確保するのが好ましいかについて述べるものではない。 また、この記載から昇温に要する時間を間接的に把握したとしても、 最小値:(250-240)÷500×60=1.2(分) 最大値:(400-10)÷10=39(時間) と、時間を特定していないに等しいから、この記載が水蒸気を供給しながらの昇温にどの程度時間を確保するのが好ましいのかについての示唆であるとはいえない。 したがって、引用発明Aにおいて相違点A-1に係る構成に想到することが甲第2号証の記載から当業者に容易であるとはいえない。 (c)甲第3号証の記載からの想到容易性について 甲第3号証(摘記(3e))には、イソブチレン供給に先立って「触媒層に酸素9容量%、水蒸気10容量%および窒素81容量%からなるガスを空間速度240hr^(-1)で流通させながら熱媒浴温度を340℃まで50℃/時間で昇温」する工程が記載されている。 しかし、この工程の昇温開始時の熱媒浴温度が180℃であると認められる(摘記(3e))から、昇温に要した時間は (340-180)÷50=3.2(時間) であると認められる。 そして、甲第3号証(摘記(3a)?(3f))には、水蒸気を供給しながらの昇温にどのような目的でどの程度時間を確保するのが好ましいのかについて記載も示唆もされていないし、このことが技術常識から当業者に自明であるともいえない。 この点、甲第3号証(摘記(3c))には、「【0018】250?400℃の範囲まで昇温させる前の温度、すなわち昇温の開始温度は特に限定されないが、10?240℃の範囲が好ましい。また、昇温速度も特に限定されないが、10?500℃/時間が好ましく、特に20?400℃/時間が好ましい。」と記載されている。 しかし、この記載は水蒸気を供給しながらの昇温にどの程度時間を確保するのが好ましいかについて述べるものではない。 また、この記載から昇温に要する時間を間接的に把握したとしても、 最小値:(250-240)÷500×60=1.2(分) 最大値:(400-10)÷10=39(時間) と、時間を特定していないに等しいから、この記載が水蒸気を供給しながらの昇温にどの程度時間を確保するのが好ましいのかについての示唆であるとはいえない。 したがって、引用発明Aにおいて相違点A-1に係る構成に想到することが甲第3号証の記載から当業者に容易であるとはいえない。 (d)甲第4号証の記載からの想到容易性について 甲第4号証(摘記(4b))には、「触媒層に酸素9容量%、水蒸気10容量%および窒素81容量%からなるガスを空間速度240hr^(-1)で流通させながら熱媒浴温度を290℃まで50℃/時間で昇温」する工程が記載されている。 しかし、この工程はメタクロレインからメタクリル酸を製造する際のものであって(摘記(4a)、(4c))、引用発明Aのようなプロピレンからアクロレインを製造する際のものではない。 そして、甲第4号証(摘記(4a)?(4c))には、甲第4号証に記載された上記工程が引用発明Aに適していることについて記載も示唆もされていない。また、このことが当業者に自明であるともいえない。 したがって、引用発明Aにおいて相違点A-1に係る構成に想到することが甲第4号証の記載から当業者に容易であるとはいえない。 (e)甲第5号証の記載からの想到容易性について 甲第5号証(摘記(5a))には、「空気、蒸気、プロピレン、排出リサイクルガスの各ラインに付属する流量計および流量調整弁を制御して、反応器入口プロピレン濃度を、A:0容量%、B:2容量%、C:3容量%と次第に上げて」行く工程が記載されている。 しかし、甲第5号証に記載された上記工程が、反応器を「昇温後」のものなのか、それともスタートアップ当初からのものなのかは明らかではない。また、この工程におけるA段階が「5分以上、2時間未満」であるのか否かも、この工程が引用発明Aのどの工程に対応するのかも明らかではない。 したがって、引用発明Aにおいて相違点A-1に係る構成に想到することが甲第5号証の記載から当業者に容易であるとはいえない。 (ウ)小括 よって、引用発明Aにおいて相違点A-1に係る構成に想到することが甲第2?5号証の記載から当業者に容易であるとはいえないから、相違点A-2及びA-3について検討するまでもなく、本件特許発明1が引用発明Aに基づいて甲第2?5号証の記載から当業者が容易に発明をすることができたものであるということはできない。 オ 本件特許発明1と引用発明Bとの対比及びそれに基づく判断 (ア)対比 上記(1)オ(ア)で述べたとおりである。すなわち、両者は相違点B-1?B-3で相違する。 (イ)判断 a 相違点B-1について (a)製造条件の適宜の調整であるか否かについて 甲第1号証(摘記(1l))には、実施例1として「反応器シェル側に無機混合塩である熱媒体(ナイター)を流通させ温度を330℃にした。プロピレン供給に先立ち、酸素1845Nm^(3)/H、窒素8241Nm^(3)/H、水蒸気1107Nm^(3)/Hを反応器に供給し、触媒層温度がほぼナイターの温度と同じであることを確認した」と、プロピレン供給に先立ち酸素、窒素及び水蒸気を反応器に供給することが記載されている。 しかし、甲第1号証(摘記(1a)?(1n))には実施例1においてプロピレン供給に先立ち酸素、窒素及び水蒸気を反応器に供給することの技術上の意義について記載も示唆もされていない。また、この意義が当業者に自明であるともいえない。 そうすると、引用発明Bにおいて、当業者が被酸化物質供給に供給に先立ち酸素、窒素及び水蒸気を反応器に供給し、さらにこの供給開始から被酸化物質の供給開始までの時間を「5分以上、2時間未満」を充足するように調整するとはいえない。 したがって、引用発明Bにおいて相違点B-1に係る構成に想到することが当業者に容易であるとはいえない。 (b)甲第2号証の記載からの想到容易性について 上記エ(イ)a(b)で述べたのと同様である。すなわち、甲第2号証には相違点B-1に係る構成について記載も示唆もないから、引用発明Bにおいて相違点B-1に係る構成に想到することが甲第2号証の記載から当業者に容易であるとはいえない。 (c)甲第3号証の記載からの想到容易性について 上記エ(イ)a(c)で述べたのと同様である。すなわち、甲第3号証には相違点B-1に係る構成について記載も示唆もないから、引用発明Bにおいて相違点B-1に係る構成に想到することが甲第3号証の記載から当業者に容易であるとはいえない。 (d)甲第4号証の記載からの想到容易性について 上記エ(イ)a(d)で述べたのと同様である。すなわち、甲第4号証には甲第4号証に記載される工程が引用発明Bに適していることについて記載も示唆もないから、引用発明Bにおいて相違点B-1に係る構成に想到することが甲第4号証の記載から当業者に容易であるとはいえない。 (e)甲第5号証の記載からの想到容易性について 上記エ(イ)a(e)で述べたのと同様である。すなわち、甲第5号証には相違点B-1に係る構成について記載も示唆もないから、引用発明Bにおいて相違点B-1に係る構成に想到することが甲第5号証の記載から当業者に容易であるとはいえない。 (ウ)小括 よって、引用発明Bにおいて相違点B-1に係る構成に想到することが甲第2?5号証の記載から当業者に容易であるとはいえないから、相違点B-2及びB-3について検討するまでもなく、本件特許発明1が引用発明Bに基づいて甲第2?5号証の記載から当業者が容易に発明をすることができたものであるということはできない。 カ 特許異議申立人の主張について (ア)相違点A-1は製造条件の適宜の調整であるとの主張について 特許異議申立人は、相違点A-1について、「これらの製造条件を適宜調整することは当業者にとって格別困難なことではなく、本件特許発明1における数値限定に進歩性を認める余地は存在しない。・・・数値要件の設定に起因できる効果(明細書において証明された効果)を以てしても、その想到容易性を否定できる程の格別の阻害要因(意外性)は認められない」と主張する(特許異議申立書17頁25行?18頁5行)。 しかし、製造条件の調整は、通常何らかの目的をもってなされるものである。その目的は、例えば製品の物性を顧客が要求する仕様に適合させるためなどその製造に特有の課題を解決するためである場合もあれば、例えば費用の低減のためなど当業者に自明な一般的な課題を解決するためである場合もある。そして調整の目的により調整の方向性は異なり得る。 この点、上記エ(イ)a(a)で述べたとおり、甲第1号証には引用発明Aにおいてプロピレン供給に先立ち酸素、窒素及び水蒸気を反応器に供給することの技術上の意義について記載も示唆もされていないし、この意義が当業者に自明であることを特許異議申立人が示しているわけでもないのであるから、当業者による、引用発明Aにおけるプロピレン供給に先立つ酸素、窒素及び水蒸気の供給開始からプロピレンの供給開始までの時間の調整の方向性は不明であるというほかはない。 そうすると、相違点A-1が引用発明Aにおける製造条件の適宜の調整であるということはできない。 したがって、効果に関する主張について検討するまでもなく、特許異議申立人の主張を採用することはできない。 (イ)相違点A-1は甲第2号証の記載から想到容易であるとの主張について 特許異議申立人は、相違点A-1について、「本件特許発明1は、甲第2号証に示された製造条件の枠内での実施にかかるものであり、効果も本件特許発明において格別新たに見出されたものではない」と主張する(特許異議申立書19頁21行?23行)。 しかし、上記エ(イ)a(b)で述べたとおり、本件特許発明1における「5分以上、2時間未満」に対応する、甲第2号証に記載されている事項は「2.6時間」であるし、甲第2号証には水蒸気を供給しながらの昇温にどの程度時間を確保するのが好ましいかについて記載も示唆もされていない。 そうすると、本件特許発明1に係る水蒸気の供給条件が甲第2号証に示されているとはいえない。 したがって、効果に関する主張について検討するまでもなく、特許異議申立人の主張を採用することはできない。 (ウ)相違点A-1は甲第3号証の記載から想到容易であるとの主張について 特許異議申立人は、相違点A-1について、「本件特許発明1は、甲第3号証に示された製造条件の枠内での実施にかかるものであり、効果も本件特許発明において格別新たに見出されたものではない」と主張する(特許異議申立書21頁15行?17行)。 しかし、上記エ(イ)a(c)で述べたとおり、本件特許発明1における「5分以上、2時間未満」に対応する、甲第3号証に記載されている事項は「3.2時間」であるし、甲第3号証には水蒸気を供給しながらの昇温にどの程度時間を確保するのが好ましいかについて記載も示唆もされていない。 そうすると、本件特許発明1に係る水蒸気の供給条件が甲第3号証に示されているとはいえない。 したがって、効果に関する主張について検討するまでもなく、特許異議申立人の主張を採用することはできない。 (エ)相違点A-1は甲第4号証の記載から想到容易であるとの主張について 特許異議申立人は、相違点A-1について、「本件特許発明1は、甲第4号証に示された技術的思想に基づく製造条件の枠内での実施にかかるものであり、効果も本件特許発明において格別新たに見出されたものではない」と主張する(特許異議申立書22頁25行?27行)。 しかし、上記エ(イ)a(d)で述べたとおり、特許異議申立人が指摘する甲第4号証に記載される工程はメタクロレインからメタクリル酸を製造する際のものであって、引用発明Aのようなプロピレンからアクロレインを製造する際のものではない。そして、甲第4号証にはこの工程が引用発明Aに適していることについて記載も示唆もされていないし、このことが当業者に自明であることを特許異議申立人が示しているわけでもない。 したがって、引用発明Aにおいて相違点A-1に係る構成に想到することが甲第4号証の記載から当業者に容易であるとはいえない。 なお、特許異議申立人は、甲第4号証に記載される工程(摘記(4b))について、甲第2号証や甲第3号証の記載を参酌して、「5分以上、5時間未満」を満足している蓋然性が高い旨主張する(特許異議申立書22頁15行?20行)。 しかし、特許異議申立人が参酌する甲第2号証の記載や甲第3号証の記載が技術常識であると認めるに足りる根拠はみあたらないから、甲第4号証に記載される上記工程を特許異議申立人が主張するように把握することはできない。 そうすると、甲第4号証に記載される上記工程が「昇温後」のものであるか否かや「5分以上、2時間未満」であるか否かは明らかではないというほかはないから、本件特許発明1に係る水蒸気の供給条件が甲第4号証に示されているとはいえない。 そのため、仮に特許異議申立人の「甲第4号証・・・は、甲第2号証及び甲第3号証・・・と比べ、・・・課題(Mo含有触媒を使用する反応の立ち上がりにおいてホットスポットの発生を防止することでMo成分の昇華を抑制する)も同一であり・・・」という主張(特許異議申立書21頁23行?27行)を引用発明Aと甲第4号証に記載された技術の課題の共通性の指摘であると善解したとしても、引用発明Aにおいて相違点A-1に係る構成に想到することが甲第4号証の記載から当業者に容易であるとはいえない。 (オ)相違点A-1は甲第5号証の記載から想到容易であるとの主張について 特許異議申立人は、相違点A-1について、「本件特許発明1は、甲第5号証に示された製造条件の枠内での実施にかかるものであり、効果も本件特許発明において格別新たに見出されたものではない」と主張する(特許異議申立書24頁1行?3行)。 しかし、上記エ(イ)a(e)で述べたとおり、特許異議申立人が主張する甲第5号証に記載された工程が、反応器を「昇温後」のものなのか、それともスタートアップ当初からのものなのかは明らかではない。また、この工程におけるA段階が「5分以上、2時間未満」であるのか否かも明らかではない。そうすると、本件特許発明1に係る水蒸気の供給条件が甲第5号証に示されているとはいえない。 したがって、効果に関する主張について検討するまでもなく、特許異議申立人の主張を採用することはできない。 キ 本件特許1に対する申立取消理由2についてのまとめ 以上のとおり、本件特許発明1が甲第1号証に記載された発明に基づいて甲第2?5号証の記載から当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえないから、本件特許1は申立取消理由2によって取り消すべきものであるとはいえない。 (3)申立取消理由3について ア はじめに 特許法36条4項1号は、明細書の発明の詳細な説明の記載は「その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したもの」でなければならないと定める。 そして、物を生産する方法の発明の実施とは、その物を生産する方法の使用をする行為、その方法により生産した物の使用等をする行為をいうから(特許法2条3項3号)、同法36条4項1号の「その実施をすることができる」とは、その物をその方法により作ることができ、かつ、その方法により作った物を使用できることであり、物を生産する方法の発明については、発明の詳細な説明にその物を生産する方法及びその方法により生産した物を使用する方法についての具体的な記載が必要であるが、そのような記載がなくても、発明の詳細な説明及び図面の記載並びに出願当時の技術常識に基づき、当業者がその方法によりその物を作ることができ、かつ、その方法により作った物を使用できるのであれば、上記の実施可能要件を満たすということができる。 さらに、ここにいう「作ることができる」、「使用できる」といえるためには、特許発明に係る方法及び物について、例えば発明が目的とする作用効果等を奏する態様で使用することができるなど、少なくとも何らかの技術上の意義のある態様で使用することができることを要するというべきである(知財高判平27.8.5平26(行ケ)10238裁判所ウェブサイト「知的財産裁判例集」は、物の発明についての同様のことを判示している。)。 イ 特許請求の範囲の記載 上記第3で述べたとおりである。 ウ 発明の詳細な説明の記載 発明の詳細な説明には、次のとおりの記載がある。 (a) 「【技術分野】 【0001】 本発明は、モリブデンを含有する触媒を備えた固定床式反応器を使用して、反応原料ガスを、水蒸気の存在下で、酸素含有ガスと接触気相酸化させて、反応物を製造する製造方法に関する。 (b) 「【背景技術】 【0002】 ・・・。 【0003】 プロピレン、プロパン、イソブチレン、メタクロレイン、アクロレイン、又はブテン等の可燃性の反応原料ガスを酸素存在下で安全に接触気相酸化させる為には、反応原料ガスの爆発範囲を回避する必要がある。当該爆発範囲を回避する為に用いられる希釈剤として、窒素、二酸化炭素、及びアルゴン等と同様に水蒸気が使用される。 一方、上記プロピレン等を接触気相酸化してアクロレインおよびアクリル酸等を製造する方法・・・においては、通常、モリブデンを含有する複合酸化物触媒が用いられている。 当該複合酸化物触媒を用いた接触気相酸化反応においては、・・・通常反応の化学量論量より過剰の酸素を存在させる。しかしながら、過剰の酸素は副反応を促進し、副生成物やさらに重質の炭素含有割合の高いカーボンの生成を引き起こし、最終的には触媒層のコーキングを引き起こす。一方、水蒸気に含まれる水分子は酸素、反応原料の濃度を下げ、触媒上の吸着物の脱着も促進するので、副反応を抑制し、副生成物やカーボンの生成を抑制する事が出来る。・・・。 しかしながら、モリブデンを含有する複合酸化物触媒は、反応系に水蒸気が存在する場合、触媒を構成するモリブデン成分が昇華しやすい。複合酸化物触媒において、触媒を構成するモリブデン成分が昇華した場合、触媒が劣化し反応物の収率等の低下を生じる。・・・。」 (c) 「【発明が解決しようとする課題】 【0005】 本発明は、上記実情を鑑みてなされたものであり、その課題は、モリブデンを含有する触媒を備えた固定床式反応器を使用して、反応原料ガスを、酸素含有ガスを用いて接触気相酸化させて、反応物を製造する製造方法において、反応原料の過剰反応に起因する触媒劣化と、水蒸気の存在下での触媒を構成するモリブデン成分の昇華とを抑制し、目的反応物の収率及び選択率等を低下させない新規な製造方法を提供することにある。」 (d) 「【発明を実施するための形態】 【0009】 モリブデンを含有する触媒を備えた固定床式反応器を使用して、プロピレン等の反応原料ガスを接触気相酸化させる工程のスタートアップでは、一般に、反応原料の爆発範囲を避けるように、酸素含有ガス(例えば、空気)及び窒素などの不活性ガス(希釈剤)の供給量を調整した上で、反応原料のプロピレン等の供給を開始する。ここで、当該工程のスタートアップ時は、酸素濃度のプロピレン濃度に対する比が設定より大きくなり、過剰反応を引き起こしやすくなる。 本願発明者らは、この過剰反応の抑制には、窒素、又は二酸化炭素等のような不活性ガスの使用では不十分であり、反応原料ガスの供給を開始する前に触媒の吸着物の脱着促進効果も有する特定条件の水蒸気を予め触媒に供給しておくことが重要であることを見出した。 【0010】 一方、上述の如くモリブデンを含有する触媒は、反応系に水蒸気が存在する場合、触媒を構成するモリブデン成分が昇華しやすく、触媒を構成するモリブデン成分が昇華した場合、触媒が劣化し反応物の収率及び選択率等の低下を生じる。 ・・・。 【0011】 ・・・。 本願発明者らは、モリブデンの昇華速度は、供給ガス中の水蒸気濃度、水蒸気供給量だけでなく、水蒸気の分圧に大きく依存しているために、触媒を構成するモリブデン成分の昇華抑制には、反応器の運転圧力から決まる供給ガスにおける水蒸気の分圧が重要である事を見出した。 上記水蒸気分圧は、3.0kPa以上であることが好ましく、5.0kPa以上であることがより好ましい。一方、モリブデン昇華防止の観点より、上記水蒸気分圧は、50.0kPa以下であることが好ましい。 (e) 「【0012】 また、モリブデンの昇華量は昇華速度と水蒸気との接触時間に影響されるので、供給ガスにおける水蒸気分圧と反応原料ガスを供給するまでの時間を調節する事が特に好ましい。・・・。 ・・・。 【0013】 上記触媒に含有されるモリブデンは必須の成分であり、モリブデンの昇華による触媒表面からのモリブデンの減少は、特に触媒の反応活性や反応選択性に大きな影響を及ぼす。また、水蒸気はモリブデンの昇華を促進すると考えられる。この知見に反する、反応原料ガスの供給開始前の水蒸気の供給は、触媒が水蒸気に曝される雰囲気を作り出すことから、一般的には実施しにくい。ここで、供給される水蒸気の濃度は、反応原料ガスの爆発範囲の回避などの観点を鑑みると、水蒸気の濃度は自由に設定できない。そこで、反応器のスタートアップ操作で短縮が可能な、反応原料ガスの供給開始前の水蒸気の供給時間に着目した。 【0014】 上記反応器に水蒸気の供給を開始した後、反応原料ガスの供給を開始するまでの時間(上限値)は出来るかぎり短いほうが好ましいが、発明者らの検討によると、反応器に供給される全ガス中の水蒸気分圧が2.0kPa以上となるように水蒸気を供給開始した後、5時間未満(即ち4時間59分以内)が好ましく、4時間以内がより好ましく、2時間未満(即ち1時間59分以内)が特に好ましい。 一方、上記反応器に供給される全ガス中の水蒸気分圧が2.0kPa以上となるように水蒸気の供給を開始した後、反応原料ガスの供給を開始するまでの時間(下限値)は、使用される反応器が工業用装置であり、満遍なく水蒸気がいきわたるためにある程度の時間が必要であること、及び、過剰反応の防止のために触媒に水分子を吸着させて表面のコンディショニングを行うための時間が必要であることなどから、反応器に供給される全ガス中の水蒸気分圧が2.0kPa以上となるように水蒸気の供給を開始した後、好ましくは5分以上、より好ましくは15分以上、更に好ましくは30分以上、最も好ましくは1時間以上である。」 (f) 「【実施例】 【0040】 以下、実施例を用いて本発明を更に詳しく説明するが、本発明は何らこれらに限定されるものではない。 本実施例において用いられる、反応原料ガス(プロピレン及びアクロレイン)の転化率、アクリル酸の選択率、及びアクリル酸の収率の計算方法を下記に記す。 <1>プロピレンの転化率[%] = 100-〔(反応器(B)出口のプロピレン体積流量)/(反応器(A)に供給されたプロピレン体積流量)×100 <2>アクロレインの転化率[%] = 100-〔(反応器(B)出口のアクロレイン体積流量)/(反応器(A)に供給されたプロピレン体積流量)×100 <3>アクリル酸の収率[%] = (反応器(B)出口のアクリル酸の体積流量)/(反応器(A)に供給されたプロピレン体積流量)×100 <4>アクリル酸の選択率[%] = (アクリル酸の収率)/(プロピレンの転化率)/(アクロレインの転化率)×100 また、本実施例で用いられる単位「NL」とは、標準状態(温度0℃、圧力101.325kPa)換算の体積(L)を意味する。 【0041】 ・・・。 【0042】 <実施例1> 本実施例では、図1に示すものと同様の構造を有する多管式反応器を2器用いた。・・・。 ・・・。 運転開始から1週間経過後に測定した、アクリル酸の選択率は88.1%であった。 運転開始から1週間経過後に、運転を一旦停止(シャットダウン)し、反応器を再スタートアップした。再スタートアップの手順は以下の通りである。 先ず、反応器(A)の上部より、露点がマイナス15℃より低い空気550NL/hr、露点がマイナス15℃より低い窒素310NL/hrを供給した後、水蒸気70NL/hrを供給し、ゲージ圧8kPaで運転した。このとき、反応器に供給される全ガス中の水蒸気濃度は7.5体積%、反応器に供給される全ガス中の水蒸気分圧は8.0kPaであった。水蒸気の供給開始から20分後にプロピレンの供給を開始して、1時間後にプロピレンの供給量を70NL/hrとし、ゲージ圧75kPaで運転を行った。また、得られた反応ガスと露点がマイナス15℃より低い空気150NL/hr、露点がマイナス15℃より低い窒素50NL/hrを混合し、反応器(B)上部より供給し、ゲージ圧45kPaで運転を行った。 なお、各反応器に供給される熱媒体は、プロピレンの転化率を98%、及びアクロレインの転化率を99%になるように、反応器(A)に供給される熱媒体の温度を317℃、反応器(B)に供給される熱媒体の温度を273℃に調整しながら運転を行った。結果、運転再開から1週間経過後に測定した、アクリル酸の選択率は88.9%であった。 【0043】 <実施例2> 実施例1と同様の反応器を用い、同様の条件で運転した結果、運転開始から1週間経過後に測定した、アクリル酸の選択率は88.2%であった。次に、実施例1と同様、運転開始から1週間経過後に、運転を一旦停止(シャットダウン)し、反応器を再スタートアップした。再スタートアップの手順及び運転条件は、水蒸気の供給開始から1時間50分後にプロピレンの供給を開始した以外、実施例1と同様の手順及び運転条件で運転を行った。結果、運転再開から1週間経過後に測定した、アクリル酸の選択率は88.9%であった。 【0044】 <比較例4> 実施例1と同様の反応器を用い、同様の条件で運転した結果、運転開始から1週間経過後に測定した、アクリル酸の選択率は88.1%であった。次に、実施例1と同様、運転開始から1週間経過後に、運転を一旦停止(シャットダウン)し、反応器を再スタートアップした。再スタートアップの手順及び運転条件は、水蒸気の供給開始から4時間後にプロピレンの供給を開始した以外、実施例1と同様の手順及び運転条件で運転を行った。結果、運転再開から1週間経過後に測定した、アクリル酸の選択率は88.5%であった。 【0045】 <比較例3> 実施例1と同様の反応器を用い、同様の条件で運転した結果、運転開始から1週間経過後に測定した、アクリル酸の選択率は88.0%であった。 次に、実施例1と同様、運転開始から1週間経過後に、運転を一旦停止(シャットダウン)し、反応器を再スタートアップした。再スタートアップの手順及び運転条件は、水蒸気の供給開始から5時間後にプロピレンの供給を開始した以外、実施例1と同様の手順及び運転条件で運転を行った。結果、運転再開から1週間経過後に測定した、アクリル酸の選択率は87.0%であった。 【0046】 <比較例1> 実施例1と同様の反応器を用い、同様の条件で運転した結果、運転開始から1週間経過後に測定した、アクリル酸の選択率は88.1%であった。 次に、実施例1と同様、運転開始から1週間経過後に、運転を一旦停止(シャットダウン)し、反応器を再スタートアップした。再スタートアップの手順及び運転条件において、反応器(A)の上部より、大気中の空気をそのまま圧縮機で圧縮して得た空気550NL/hr、及び露点がマイナス15℃より低い窒素380NL/hrを供給した後、ゲージ圧8kPaで運転した。水蒸気は追加供給していないが、空気中に水蒸気が存在した為、反応器に供給される全ガス中の水蒸気分圧は1.7kPaであった。窒素の供給開始から20分後にプロピレンの供給を開始し、該プロピレンの供給に引き続きプロピレンと同量の水蒸気の供給を開始し、供給した水蒸気と窒素の合計の供給量が380NL/hrとなるように、窒素の量を低減した事以外は実施例1と同様の手順及び運転条件で再スタートアップを行った。結果、運転再開から1週間経過後に測定した、アクリル酸の選択率は86.9%であった。 【0047】 <実施例5> 実施例1と同様の触媒を用い、プレート式反応器は図4に示す構造のものを用いた。・・・。 ・・・。 【0048】 ・・・ 【0049】 ・・・。 先ず、前段反応器の上部より、露点がマイナス15℃より低い空気3340NL/hr、露点がマイナス15℃より低い窒素970NL/hrを供給した後、水蒸気389NL/hrを供給し、ゲージ圧7kPaで運転した。このとき、反応器に供給される全ガス中の水蒸気濃度は8.3体積%、反応器に供給される全ガス中の水蒸気分圧は9.0kPaであった。空気、窒素、水蒸気の流量が安定している事を確認した上で、水蒸気の供給開始から1時間後にプロピレンの供給を開始して、徐々にプロピレンの供給量を増やし、水蒸気の供給開始から9時間後にプロピレンの供給量を433NL/hrとし、ゲージ圧69kPaで運転を行った。また、得られた反応ガスと露点がマイナス15℃より低い空気834NL/hr、露点がマイナス15℃より低い窒素357NL/hrを混合し、後段反応器上部より供給し、ゲージ圧43kPaで運転を行った。 各反応帯域(S1)、(S2)、及び(S3)へ供給された熱媒体の温度はそれぞれ339℃、332℃、及び332℃とした。 プロピレンの供給開始10時間後に前段反応器出口ガスをガスクロマトグラフィで分析したところ、プロピレンの転化率は97.0%、アクリル酸とアクロレインの合計選択率は92.4%であった。 ・・・。 【0050】 <比較例2> 実施例5において、プロピレン供給前には水蒸気の供給を行わず、水蒸気とプロピレンを同時に供給開始した以外は同じ条件で運転を開始した。 各反応帯域(S1)、(S2)、及び(S3)へ供給された熱媒体の温度はそれぞれ339℃、332℃、及び332℃とした。 プロピレンの供給開始10時間後に前段反応器出口ガスをガスクロマトグラフィで分析したところ、プロピレンの転化率は97.5%、アクリル酸とアクロレインの合計選択率は91.9%であった。 ・・・。」 なお、発明の詳細な説明の【0040】において、アクリル酸の選択率[%]は「(アクリル酸の収率)/(プロピレンの転化率)/(アクロレインの転化率)×100」と定義され、この定義中のアクロレインの転化率[%]は「100-〔(反応器(B)出口のアクロレイン体積流量)/(反応器(A)に供給されたプロピレン体積流量)×100」と定義されているが、アクロレインの厳密な転化率[%]は「100-〔(反応器(B)出口のアクロレイン体積流量)/((反応器(A)に供給されたプロピレン体積流量)×(アクロレインに転化したプロピレンの割合))×100〕」であって、ここでいうアクロレインの転化率は、アクロレインに転化したプロピレンの割合がほぼ100%であることを前提とした近似的なものであると解される。 エ 判断 (ア)その方法によりその物を作ることができるかについて a 接触気相酸化反応における水蒸気の意義 発明の詳細な説明の記載(摘記(b)、(d))に接した当業者であれば、プロピレンやイソブチレンの接触気相酸化反応によるアクリル酸やメタクリル酸の製造において、従来から反応原料ガスの爆発範囲を回避するための希釈剤として水蒸気等が使用されていること、過剰反応の抑制には反応原料ガスの供給を開始する前に特定条件の水蒸気を予め触媒に供給しておくことが重要であること、モリブデンの昇華速度は水蒸気分圧に依存し水蒸気分圧が高いとモリブデンが昇華しやすいこと、を認識できるといえる。 b 過剰反応の防止とモリブデン昇華の抑制 発明の詳細な説明の記載(摘記(e))に接した当業者であれば、反応原料ガスの爆発範囲の回避などの観点を鑑みると水蒸気の濃度は自由に設定できないことから、反応原料ガスの供給開始前の水蒸気の供給時間に着目し、反応器に水蒸気の供給を開始した後反応原料ガスの供給を開始するまでの時間(以下「本件時間」という。)を、過剰反応の防止のために必要な範囲内でできる限り短くすることでモリブデンの昇華を抑制できることを認識できるといえる。 c 実施例と比較例との対比 発明の詳細な説明(摘記(f))には、実施例1、実施例2、比較例4、比較例3、比較例1、実施例5、比較例2として、以下のことが示されている。 反応器 水蒸気分圧 本件時間 選択率 実施例1 多管式 8.0kPa 20分 88.9% 実施例2 多管式 同上 1時間50分 88.9% 比較例4 多管式 同上 4時間 88.5% 比較例3 多管式 同上 5時間 88.0% 比較例1 多管式 1.7kPa 20分 86.9% 実施例5 プレート式 9.0kPa 1時間 92.4% 比較例2 プレート式 - 0 91.9% そうすると、発明の詳細な説明の記載(摘記(f))に接した当業者であれば、発明の詳細な説明の実施例5と比較例2とを対比して本件時間の存在が選択率向上に寄与することを認識できるといえるし、実施例1と比較例1とを対比して水蒸気分圧が高い方が選択率が向上することを認識できるといえるし、実施例1、実施例2、比較例4及び比較例3を対比して本件時間が短い方が選択率が向上することを認識できるといえる。 d まとめ 以上から、当業者であれば、発明の詳細な説明の記載に基づいて、水蒸気の濃度を自由に設定できない中で本件時間を実施の具体的態様に即して最適化することにより、反応原料の過剰反応に起因する触媒劣化を抑制するという水蒸気の好ましい影響と触媒を構成するモリブデン成分の昇華を促進するという水蒸気の好ましからざる影響との均衡を図り、アクリル酸やメタクリル酸の収率や選択率の低下を抑制できるといえる。 したがって、当業者であれば、発明の詳細な説明の記載に基づいて、本件特許発明1を技術上の意義のある態様で使用し、アクリル酸やメタクリル酸を作ることができるといえる。 (イ)その方法により作った物を使用できるかについて アクリル酸やメタクリル酸が様々な用途に用いられる物質であることは技術常識であるから、当業者であれば、技術常識に基づいて、本件特許発明1により生産されたアクリル酸やメタクリル酸を技術上の意義のある態様で使用することができるといえる。 (ウ)小括 したがって、当業者であれば、発明の詳細な説明の記載及び技術常識に基づいて、本件特許発明1及びそれにより作った物を技術上の意義のある態様で使用することができるといえる。 オ 特許異議申立人の主張について 特許異議申立人は、申立理由3について、「時間の上限に関し、本件特許発明1には水蒸気分圧の上限が規定されていないのであるから、水蒸気分圧が下限の2.0kPaの時と、もっと高く、例えば100kPaの時とでは、水蒸気を満遍なく行き渡るための必要時間が大きく変わると予想され、時間の上限が適切であるか疑問である。更に、本件明細書の【0014】では、第2の理由として「過剰反応の防止のために触媒に水分子を吸着させて表面のコンディショニングを行うための時間が必要である」ことが説明されているが、下限の「5分」と上限の「5時間」では、オーダーが全く異なる(60倍の開き、4時間55分もの差がある)。また、水蒸気分圧が2.0kPaの時と、例えば上記100kPaの時とでは、水分子の吸着進行状況や速度が大きく変わるであろうから、上記の時間設定は科学的根拠を欠くという他ない」と主張する(特許異議申立書30頁8行?20行)。 しかし、本件時間の上限は5時間ではなく2時間であるのだから、異議申立人の主張は上述の判断に影響を与えない。 また、仮に特許異議申立人の主張の「5時間」、「60倍」及び「4時間55分」をそれぞれ「2時間」、「24倍」及び「1時間55分」と読み替えたとしても、上記エ(ア)dで述べたとおり、当業者であれば、発明の詳細な説明の記載に基づいて、本件時間を実施の具体的態様に即して最適化することにより、反応原料の過剰反応に起因する触媒劣化と、触媒を構成するモリブデン成分の昇華の均衡を図りアクリル酸やメタクリル酸の収率や選択率の低下を抑制できるといえるから、特許異議申立人の主張を採用することはできない。 カ 本件特許1に対する申立取消理由3についてのまとめ 以上のとおり、本件特許に係る明細書の発明の詳細な説明は、当業者が本件特許発明1の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであるといえるから、本件特許1は申立取消理由3によって取り消すべきものであるとはいえない。 (4)申立取消理由4について ア はじめに 特許請求の範囲の記載が、特許法第36条第6項第1号に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである(同旨:知財高判平17.11.11平17(行ケ)10042裁判所ウェブサイト「知的財産判例集」)。 イ 特許請求の範囲の記載 上記第3で述べたとおりである。 ウ 発明の詳細な説明の記載 上記(3)ウで述べたとおりである。 エ 判断 (ア)発明の課題 特許請求の範囲の記載及び発明の詳細な説明の記載(摘記(a)、(c))からみて、発明の課題は、モリブデンを含有する触媒を備えた固定床式反応器を使用して、プロピレン、イソブチレン等の反応原料ガスを酸素含有ガスを用いて接触気相酸化させてアクリル酸又はメタクリル酸を製造する製造方法において、反応原料の過剰反応に起因する触媒劣化と、水蒸気の存在下での触媒を構成するモリブデン成分の昇華とを抑制し、目的反応物の収率及び選択率等を低下させない新規な製造方法を提供することにあると認められる。 (イ)特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載との対比及び判断 本件特許発明1の「前記前段反応工程において、前記反応器をスタートアップするときに、昇温後、前記反応器に供給される全ガス中の水蒸気分圧が2.0kPa以上となるように水蒸気の供給を開始した後、5分以上、2時間未満に、前記反応原料ガスの供給を開始する」という発明特定事項(以下「本件発明特定事項」という。)に関しての、発明の詳細な説明の記載及びそれに基づく当業者の認識は上記(3)エ(ア)a?cで述べたとおりである。 そうすると、本件特許発明1について、当業者であれば、発明の詳細な説明の記載から、水蒸気の濃度を自由に設定できない中で本件時間を実施の具体的態様に即して最適化することにより、反応原料の過剰反応に起因する触媒劣化を抑制するという水蒸気の好ましい影響と触媒を構成するモリブデン成分の昇華を促進するという水蒸気の好ましからざる影響との均衡を図り、アクリル酸やメタクリル酸の収率や選択率の低下を抑制できることを認識できるといえる。 (ウ)小括 したがって、本件特許発明1は、発明の詳細な説明の記載から当業者が発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるといえる。 オ 特許異議申立人の主張について (ア)申立取消理由4-1について 特許異議申立人は、申立取消理由4-1について、「モリブデンの昇華抑制のためには、水蒸気分圧が、いかなる運転圧力の下でその作用を有効に発揮するのか、明確に規定されている必要がある。つまり水蒸気分圧は、反応器の運転圧力(すなわち水蒸気供給時の全圧)に水蒸気濃度を乗じて求められるため、運転圧力及び水蒸気濃度が規定されていない本件特許発明1においては、いかなる範囲の反応器の運転圧力においても、その作用が有効に発揮されるとは考えにくく、少なくとも反応器の運転圧力が規定されていない本件特許発明1は、発明の詳細な説明において「発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えている」」と主張する(特許異議申立書27頁21行?28頁3行)。 しかし、上記エ(イ)で述べたとおり、当業者であれば、発明の詳細な説明の記載から、本件時間を実施の具体的態様に即して最適化することにより、反応原料の過剰反応に起因する触媒劣化と、触媒を構成するモリブデン成分の昇華の均衡を図りアクリル酸やメタクリル酸の収率や選択率の低下を抑制できることを認識できるといえる。したがって、本件発明特定事項について、当業者であれば具体的な水蒸気供給時の全圧に即した本件時間の最適化ができると認識できるといえるから、特許請求の範囲において水蒸気供給時の全圧が特定されていることが必要であるとはいえない。 よって、特許異議申立人の主張は採用できない。 (イ)申立取消理由4-2について 特許異議申立人は、申立取消理由4-2について、「本件明細書によれば、モリブデンの昇華速度は、供給ガス中の水蒸気濃度及び水蒸気供給量にも依存している。しかしながら、本件特許発明1には、これらの要件が規定されていないため、本件特許発明1は、発明の詳細な説明において「発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えている」」と主張する(特許異議申立書28頁6行?11行)。 しかし、上記エ(イ)で述べたとおり、当業者であれば、発明の詳細な説明の記載から、本件時間を実施の具体的態様に即して最適化することにより、反応原料の過剰反応に起因する触媒劣化と、触媒を構成するモリブデン成分の昇華の均衡を図りアクリル酸やメタクリル酸の収率や選択率の低下を抑制できることを認識できるといえる。したがって、本件発明特定事項について、当業者であれば具体的な水蒸気濃度や水蒸気供給量に即した本件時間の最適化ができると認識できるといえるから、特許請求の範囲において水蒸気濃度や水蒸気供給量が特定されていることが必要であるとはいえない。 よって、特許異議申立人の主張は採用できない。 (ウ)申立取消理由4-3について 特許異議申立人は、申立取消理由4-3について、「発明の詳細な説明に開示された内容に照らせば、本件特許発明1で規定する「水蒸気分圧が2.0kPa以上の全ての範囲」において、本件特許発明1の効果であるモリブデン昇華防止効果が発揮されていることは検証されておらず、出願時の技術常識に照らしても、本件特許発明1の範囲にまで発明を拡張ないし一般化できるとは言えない」と主張する(異議申立書28頁18行?23行)。 しかし、上記エ(イ)で述べたとおり、当業者であれば、発明の詳細な説明の記載から、本件時間を実施の具体的態様に即して最適化することにより、反応原料の過剰反応に起因する触媒劣化と、触媒を構成するモリブデン成分の昇華の均衡を図りアクリル酸やメタクリル酸の収率や選択率の低下を抑制できることを認識できるといえる。したがって、本件発明特定事項について、当業者であれば具体的な水蒸気分圧に即した本件時間の最適化ができると認識できるといえるから、特許請求の範囲において水蒸気分圧が特定されていることが必要であるとはいえない。 よって、特許異議申立人の主張は採用できない。 (エ)申立取消理由4-4について 特許異議申立人は、申立取消理由4-4について、「本件特許発明1では、使用される装置の規模・構造が全く特定されていないため、それ故、触媒の充填量・充填構造も特定されていない。そのため、装置が小さくて簡素な構造でかつ触媒量も少なければ、5分を要しない場合もあろうし、装置が極めて大型であり或いは装置の内部構造が複雑であり且つ触媒量が多い場合に、5分で水蒸気が装置内に満遍なく行き渡るのか甚だ疑問である。一方、時間の上限に関し、比較例3(出願当初の実施例4)には、再スタートアップの手順及び運転条件に、水蒸気の供給開始から「5時間後」にプロピレンの供給を開始した以外は実施例1と同様にした実験例が示されている。すなわち、比較例3では、時間の上限がちょうど5時間であるものの、これを「5時間未満」にしたときに、数値範囲外で示される結果を格別凌駕すると理解できるデータ上の根拠は本件明細書には示されていない。よって、実施例3の「4時間超」?比較例3「5時間未満」の範囲については、本件明細書でサポートされているとは言えず、本件特許発明1は、サポート要件を満たしていない」と主張する(異議申立書29頁19行?30頁7行)。 しかし、上記エ(イ)で述べたとおり、当業者であれば、発明の詳細な説明の記載から、本件時間を実施の具体的態様に即して最適化することにより、反応原料の過剰反応に起因する触媒劣化と、触媒を構成するモリブデン成分の昇華の均衡を図りアクリル酸やメタクリル酸の収率や選択率の低下を抑制できることを認識できるといえる。そして、当業者が課題を解決することができると認識できる範囲の中でどの範囲が効果が高いかやどの範囲について特許を受けようとするかはサポート要件の問題ではない。 よって、特許異議申立人の主張は採用できない。 カ 本件特許1に対する申立理由4についてのまとめ 以上のとおり、本件特許発明1は発明の詳細な説明に記載したものであるといえるから、本件特許1は申立取消理由4によって取り消すべきものであるとはいえない。 (5)当審取消理由1について ア 刊行物 刊行物1:特開2003-12589号公報(甲第2号証である。) 刊行物2:特開2002-356450号公報(甲第3号証である。) イ 刊行物の記載 (ア)刊行物1の記載 上記(2)イ(イ)で述べたとおりである。 (イ)刊行物2の記載 上記(2)イ(ウ)で述べたとおりである。 ウ 刊行物に記載された発明 (ア)刊行物1に記載された発明 刊行物1には、「固体酸化触媒が充填されている固定床管型反応器の触媒層に、プロピレンを4?9容量%、酸素を7?16容量%および水蒸気を5?50容量%含む原料ガスを流通させるアクロレインおよびアクリル酸の製造方法において、前記原料ガスを流通させる前に、前記触媒層に、酸素、窒素および水蒸気を含み、かつプロピレンが0?0.5容量%のガスを流通させながら250?400℃の範囲まで昇温し、次いでプロピレンを1?3.8容量%、酸素を7?16容量%および水蒸気を5?50容量%含むガスを250?400℃で1時間以上流通させること」が示されている(摘記(2a)。 また、刊行物1には、上記方法の具体的態様である実施例1として、触媒が酸素以外の元素組成がMo_(12)W_(0.1)Bi_(0.9)Fe_(1.2)Co_(4)Ni_(0.5)Zn_(0.1)Mg_(0.5)Sb_(0.3)K_(0.06)Si_(3)であるリング状触媒であること、固定床管型反応器が熱媒浴を備えた内径25.4mmの鋼鉄製固定床管型反応器であること、まず固定床管型反応器の熱媒浴温度を180℃に設定し、次いで触媒層に酸素9容量%、水蒸気10容量%および窒素81容量%からなるガスを空間速度240hr^(-1)で流通させながら熱媒浴温度を310℃まで50℃/時間で昇温し、次いで媒浴温度310℃のまま、プロピレン2容量%、酸素8容量%、水蒸気15容量%および窒素75容量%からなるガスを空間速度1000hr^(-1)で3時間流通させ、次いで熱媒浴温度310℃のまま、プロピレン5容量%、酸素12容量%、水蒸気10容量%および窒素73容量%からなる原料ガスを空間速度1000hr^(-1)で通じたこと、が示されている(摘記(2e))。 また、上記実施例1における「触媒層に酸素9容量%、水蒸気10容量%および窒素81容量%からなるガスを空間速度240hr^(-1)で流通させながら熱媒浴温度を310℃まで50℃/時間で昇温」する工程における反応器内の圧力が常圧から数気圧であったことは刊行物1の記載(摘記(2d))に接した当業者に自明である。 したがって、刊行物1には、 「酸素以外の元素組成がMo_(12)W_(0.1)Bi_(0.9)Fe_(1.2)Co_(4)Ni_(0.5)Zn_(0.1)Mg_(0.5)Sb_(0.3)K_(0.06)Si_(3)であるリング状触媒が充填されている、熱媒浴を備えた内径25.4mmの鋼鉄製固定床管型反応器の触媒層に、プロピレン5容量%、酸素12容量%、水蒸気10容量%及び窒素73容量%からなる原料ガスを310℃及び1000hr^(-1)で流通させるアクロレイン及びアクリル酸の製造方法において、 前記原料ガスを流通させる前に、熱浴媒温度を180℃に設定後、前記触媒層に、酸素9容量%、水蒸気10容量%及び窒素81容量%からなるガスを常圧?数気圧及び240hr^(-1)で流通させながら180℃から310℃まで50℃/時間で昇温し、次いでプロピレン2容量%、酸素8容量%、水蒸気15容量%及び窒素75容量%からなるガスを310℃及び1000hr^(-1)で3時間流通させる、 アクロレインおよびアクリル酸の製造方法」 の発明(以下「引用発明1」という。)が記載されているといえる。 (イ)刊行物2に記載された発明 刊行物2には、「固体酸化触媒が充填されている固定床管型反応器の触媒層に、イソブチレンおよび/または第3級ブタノールを4?9容量%、酸素を7?16容量%および水蒸気を5?50容量%含む原料ガスを流通させるメタクロレインおよびメタクリル酸の製造方法において、前記原料ガスを流通させる前に、前記触媒層に、酸素、窒素および水蒸気を含み、かつイソブチレンおよび第3級ブタノールが0?0.5容量%のガスを流通させながら250?400℃の範囲まで昇温し、次いでイソブチレンおよび/または第3級ブタノールを1?3.8容量%、酸素を7?16容量%および水蒸気を5?50容量%含むガスを250?400℃で1時間以上流通させること」が示されている(摘記(3a))。 また、刊行物2には、上記方法の具体的態様である実施例1として、触媒が酸素以外の元素組成がMo_(12)Bi_(0.5)Fe_(2.5)Ni_(6)Mg_(1)Cr_(0.05)W_(0.3)Sb_(1)Si_(5)Cs_(0.4)であるリング状触媒であること、固定床管型反応器が熱媒浴を備えた内径25.4mmの鋼鉄製固定床管型反応器であること、まず固定床管型反応器の熱媒浴温度を180℃に設定し、次いで触媒層に酸素9容量%、水蒸気10容量%および窒素81容量%からなるガスを空間速度240hr^(-1)で流通させながら熱媒浴温度を340℃まで50℃/時間で昇温し、次いで媒浴温度340℃のまま、イソブチレン2容量%、酸素8容量%、水蒸気15容量%および窒素75容量%からなるガスを空間速度1000hr^(-1)で3時間流通させ、次いで熱媒浴温度340℃のまま、イソブチレン5容量%、酸素12容量%、水蒸気10容量%および窒素73容量%からなる原料ガスを空間速度1000hr^(-1)で通じたこと、が示されている(摘記(3e))。 また、上記実施例1における「触媒層に酸素9容量%、水蒸気10容量%および窒素81容量%からなるガスを空間速度240hr^(-1)で流通させながら熱媒浴温度を340℃まで50℃/時間で昇温」する工程における反応器内の圧力が常圧から数気圧であったことは刊行物2の記載(摘記(3d))に接した当業者に自明である。 したがって、刊行物2には、 「酸素以外の元素組成がMo_(12)Bi_(0.5)Fe_(2.5)Ni_(6)Mg_(1)Cr_(0.05)W_(0.3)Sb_(1)Si_(5)Cs_(0.4)であるリング状触媒が充填されている、熱媒浴を備えた内径25.4mmの鋼鉄製固定床管型反応器の触媒層に、イソブチレン5容量%、酸素12容量%、水蒸気10容量%及び窒素73容量%からなる原料ガスを340℃及び1000hr^(-1)で流通させるメタクロレイン及びメタクリル酸の製造方法において、 前記原料ガスを流通させる前に、熱浴媒温度を180℃に設定後、前記触媒層に、酸素9容量%、水蒸気10容量%及び窒素81容量%からなるガスを常圧?数気圧及び240hr^(-1)で流通させながら180℃から340℃まで50℃/時間で昇温し、次いでイソブチレン2容量%、酸素8容量%、水蒸気15容量%及び窒素75容量%からなるガスを340℃及び1000hr^(-1)で3時間流通させる、 メタクロレインおよびメタクリル酸の製造方法」 の発明(以下「引用発明2」という。)が記載されているといえる。 エ 本件特許発明1と引用発明1との対比及びそれに基づく判断 (ア)対比 引用発明1における「酸素以外の元素組成がMo_(12)W_(0.1)Bi_(0.9)Fe_(1.2)Co_(4)Ni_(0.5)Zn_(0.1)Mg_(0.5)Sb_(0.3)K_(0.06)Si_(3)であるリング状触媒」及び「熱媒浴を備えた内径25.4mmの鋼鉄製固定床管型反応器」は、それぞれ本件特許発明1における「モリブデンを含有する触媒」及び「固定床式反応器」に相当する。 また、引用発明1における「プロピレン2容量%、酸素8容量%、水蒸気15容量%及び窒素75容量%からなるガスを310℃及び1000hr^(-1)で3時間流通」する工程は気相接触酸化工程であるといえる(摘記(2b))。そして、引用発明1において、プロピレンの気相接触酸化によりアクロレインが生成しアクロレインの気相接触酸化によりアクリル酸が生成すると認められる。 そうすると、引用発明1における「プロピレン」は本件特許発明1における「反応原料ガス」に相当するし、引用発明1における「・・・触媒が充填されている・・・固定床管型反応器の触媒層に、プロピレン5容量%、酸素12容量%、水蒸気10容量%及び窒素73容量%からなる原料ガスを310℃及び1000hr^(-1)で流通させるアクロレイン及びアクリル酸の製造方法において、前記原料ガスを流通させる前に・・・プロピレン2容量%、酸素8容量%、水蒸気15容量%及び窒素75容量%からなるガスを310℃及び1000hr^(-1)で3時間流通させる」工程は、その後の「プロピレン5容量%、酸素12容量%、水蒸気10容量%及び窒素73容量%からなる原料ガスを310℃及び1000hr^(-1)で流通させる」工程とともに、本件特許発明1における「・・・触媒を備えた固定床式反応器を使用して、プロピレン・・・を、水蒸気の存在下で、酸素含有ガスを用いて接触気相酸化させて、アクロレイン・・・を生成する前段反応工程と、前記前段工程で使用した・・・固定床式反応器・・・を使用して、前記アクロレイン・・・を、水蒸気の存在下で、酸素含有ガスを用いて接触気相酸化させて、アクリル酸・・・を生成する後段反応工程」に相当する。 また、引用発明1における「熱浴媒温度を180℃に設定後」は、本件特許発明1における「昇温後」に相当する。 また、引用発明1における「前記触媒層に、酸素9容量%、水蒸気10容量%及び窒素81容量%からなるガスを常圧?数気圧及び240hr^(-1)で流通させながら180℃から310℃まで50℃/時間で昇温」する工程は、水蒸気の分圧が常圧の10%?数気圧の10%(約10kPa?約数十kPa)であり昇温に要した時間が(310-180)/50=約2.6時間である。 したがって、引用発明1における「前記触媒層に、酸素9容量%、水蒸気10容量%及び窒素81容量%からなるガスを常圧?数気圧及び240hr^(-1)で流通させながら180℃から310℃まで50℃/時間で昇温」する工程は、本件特許発明1における「前記反応器に供給される全ガス中の水蒸気分圧が2.0kPa以上となるように水蒸気の供給を開始した後、5分以上、2時間未満」に対応し、水蒸気供給開始後の経過時間を除いて一致する。 さらに、引用発明1は、アクロレインおよびアクリル酸の製造開始前から製造開始後にかけての各工程に係るものである点で「スタートアップするとき」のものであるといえる。 したがって、本件特許発明1と引用発明1とを対比すると、両者は、 「モリブデンを含有する触媒を備えた固定床式反応器を使用して、プロピレンを、水蒸気の存在下で、酸素含有ガスを用いて接触気相酸化させて、アクロレインを生成する前段反応工程と、 前記前段工程で使用したモリブデンを含有する触媒を備えた固定床式反応器を使用して、前記アクロレインを、水蒸気の存在下で、酸素含有ガスを用いて接触気相酸化させて、アクリル酸を生成する後段反応工程を含み、 前記前段反応工程において、前記反応器をスタートアップするときに、昇温後、前記反応器に供給される全ガス中の水蒸気分圧が2.0kPa以上となるように水蒸気の供給を開始した後、前記反応原料ガスの供給を開始する、 アクリル酸を製造する製造方法。」 という点で一致し、 (相違点1-1)前者は、水蒸気の供給を開始した後、5分以上、2時間未満に反応原料ガスを供給するものであるのに対し、後者は、水蒸気の供給を開始した後、2.6時間で反応原料ガスを供給するものである点 で相違する。 (イ)判断 本件特許発明1における「5分以上、2時間未満」という事項に対応する引用発明1の事項は「2.6時間」である。そして、両者は明確に異なるものであって、これらを実質的に同一であるとする理由はみあたらない。 また、刊行物1(摘記(2c))には、「【0018】250?400℃の範囲まで昇温させる前の温度、すなわち昇温の開始温度は特に限定されないが、10?240℃の範囲が好ましい。また、昇温速度も特に限定されないが、10?500℃/時間が好ましく、特に20?400℃/時間が好ましい。」と記載されているものの、水蒸気を供給しながらの昇温にどのような目的でどの程度時間をかけるのかについて記載も示唆もされていないから、本件時間を5分以上、2時間未満とすることが刊行物1に示されているとはいえない。 したがって、相違点1-1が実質的な相違点ではないということはできない。 (ウ)小括 よって、本件特許発明1が引用発明1であるということはできない。 オ 本件特許発明1と引用発明2との対比及びそれに基づく判断 (ア)対比 引用発明2における「酸素以外の元素組成がMo_(12)Bi_(0.5)Fe_(2.5)Ni_(6)Mg_(1)Cr_(0.05)W_(0.3)Sb_(1)Si_(5)Cs_(0.4)である」及び「熱媒浴を備えた内径25.4mmの鋼鉄製固定床管型反応器」は、それぞれ本件特許発明1における「モリブデンを含有する触媒」及び「固定床式反応器」に相当する。 また、引用発明2における「イソブチレン2容量%、酸素8容量%、水蒸気15容量%及び窒素75容量%からなるガスを340℃及び1000hr^(-1)で3時間流通」する工程は気相接触酸化工程であるといえる(摘記(甲3b))。そして、引用発明2において、イソブチレンの気相接触酸化によりメタクロレインが生成しメタクロレインの気相接触酸化によりメタクリル酸が生成すると認められる。 そうすると、引用発明2における「イソブチレン」は本件特許発明1における「反応原料ガス」に相当するし、引用発明2における「・・・触媒が充填されている・・・固定床管型反応器の触媒層に、イソブチレン5容量%、酸素12容量%、水蒸気10容量%及び窒素73容量%からなる原料ガスを340℃及び1000hr^(-1)で流通させるメタクロレイン及びメタクリル酸の製造方法において、前記原料ガスを流通させる前に・・・イソブチレン2容量%、酸素8容量%、水蒸気15容量%及び窒素75容量%からなるガスを340℃及び1000hr^(-1)で3時間流通させる」工程は、その後の「イソブチレン5容量%、酸素12容量%、水蒸気10容量%及び窒素73容量%からなる原料ガスを340℃及び1000hr^(-1)で流通させる」工程とともに、本件特許発明1における「・・・触媒を備えた固定床式反応器を使用して、・・・イソブチレン・・・を、水蒸気の存在下で、酸素含有ガスを用いて接触気相酸化させて、・・・メタクロレインを生成する前段反応工程と、前記前段工程で使用した・・・固定床式反応器・・・を使用して、前記・・・メタクロレインを、水蒸気の存在下で、酸素含有ガスを用いて接触気相酸化させて、・・・メタクリル酸を生成する後段反応工程」に相当する。 また、引用発明2における「熱浴媒温度を180℃に設定後」は、本件特許発明1における「昇温後」に相当する。 また、引用発明2における「前記触媒層に、酸素9容量%、水蒸気10容量%及び窒素81容量%からなるガスを常圧?数気圧及び240hr^(-1)で流通させながら180℃から340℃まで50℃/時間で昇温」する工程は、水蒸気の分圧が常圧の10%?数気圧の10%(約10kPa?約数十kPa)であり昇温に要した時間が(340-180)/50=約3.2時間である。 したがって、引用発明2における「前記触媒層に、酸素9容量%、水蒸気10容量%及び窒素81容量%からなるガスを常圧?数気圧及び240hr^(-1)で流通させながら180℃から340℃まで50℃/時間で昇温」する工程は、本件特許発明1における「前記反応器に供給される全ガス中の水蒸気分圧が2.0kPa以上となるように水蒸気の供給を開始した後、5分以上、2時間未満」に対応し、水蒸気供給開始後の経過時間を除いて一致する。 さらに、引用発明2は、メタクロレインおよびメタクリル酸の製造開始前から製造開始後にかけての各工程に係るものである点で「スタートアップするとき」のものであるといえる。 したがって、本件特許発明1と引用発明2とを対比すると、両者は、 「モリブデンを含有する触媒を備えた固定床式反応器を使用して、イソブチレンを、水蒸気の存在下で、酸素含有ガスを用いて接触気相酸化させて、メタクロレインを生成する前段反応工程と、 前記前段工程で使用したモリブデンを含有する触媒を備えた固定床式反応器を使用して、前記メタクロレインを、水蒸気の存在下で、酸素含有ガスを用いて接触気相酸化させて、メタクリル酸を生成する後段反応工程を含み、 前記前段反応工程において、前記反応器をスタートアップするときに、昇温後、前記反応器に供給される全ガス中の水蒸気分圧が2.0kPa以上となるように水蒸気の供給を開始した後、前記反応原料ガスの供給を開始する、 メタクリル酸を製造する製造方法。」 という点で一致し、 (相違点2-1)前者は、水蒸気の供給を開始した後、5分以上、2時間未満に反応原料ガスを供給するものであるのに対し、後者は、水蒸気の供給を開始した後、3.2時間で反応原料ガスを供給するものである点 で相違する。 (イ)判断 本件特許発明1における「5分以上、2時間未満」という事項に対応する引用発明2の事項は「3.2時間」である。そして、両者は明確に異なるものであって、これらを実質的に同一であるとする理由はみあたらない。 また、刊行物2(摘記(3c))には、「【0018】250?400℃の範囲まで昇温させる前の温度、すなわち昇温の開始温度は特に限定されないが、10?240℃の範囲が好ましい。また、昇温速度も特に限定されないが、10?500℃/時間が好ましく、特に20?400℃/時間が好ましい。」と記載されているものの、水蒸気を供給しながらの昇温にどのような目的でどの程度時間をかけるのかについて記載も示唆もされていないから、本件時間を5分以上、2時間未満とすることが刊行物2に示されているとはいえない。 したがって、相違点2-1が実質的な相違点ではないということはできない。 (ウ)小括 よって、本件特許発明1が引用発明2であるということはできない。 カ 特許異議申立人の主張について 特許異議申立人は、当審取消理由1について、刊行物1の【0018】及び刊行物2の【0018】を引用し、「刊行物1には、「5分以上、2時間未満に、前記反応原料ガスの供給を開始する」ことが実質的に開示されていると言え」るし、「刊行物2には、「5分以上、2時間未満に、前記反応原料ガスの供給を開始する」ことが実質的に開示されていると言え」ると主張する(意見書5頁10行?12行、21行?23行)。 しかし、上記エ(イ)及びオ(イ)で述べたとおり、刊行物1の【0018】及び刊行物2の【0018】の記載を参酌しても、本件時間を5分以上、2時間未満とすることが刊行物1又は刊行物2に示されているとはいえない。 よって、特許異議申立人の主張は採用できない。 キ 本件特許1に対する当審取消理由1についてのまとめ 以上のとおり、本件特許発明1が刊行物1又は2に記載された発明であるとはいえないから、本件特許1は当審取消理由1によって取り消すべきものであるとはいえない。 (6)当審取消理由2について ア 刊行物 刊行物1:特開2003-12589号公報(甲第2号証である。) 刊行物2:特開2002-356450号公報(甲第3号証である。) 刊行物3:特開2005-336085号公報(甲第1号証である。) なお、本件特許1に対する当審取消理由2は、(ア)本件特許発明1は刊行物1に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである(当審取消理由2-1)、(イ)本件特許発明1は刊行物2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである(当審取消理由2-2)、(ウ)本件特許発明1は刊行物3に記載された発明に基づいて刊行物1又は2の記載から当業者が容易に発明をすることができたものである(当審取消理由2-3)、というものである(取消理由通知書29?36頁)。 イ 刊行物の記載 (ア)刊行物1の記載 上記(2)イ(イ)で述べたとおりである。 (イ)刊行物2の記載 上記(2)イ(ウ)で述べたとおりである。 ウ 刊行物に記載された発明 (ア)刊行物1に記載された発明 上記(5)ウ(ア)で述べたとおりである。すなわち、刊行物1には引用発明1が記載されているといえる。 (イ)刊行物2に記載された発明 上記(5)ウ(イ)で述べたとおりである。すなわち、刊行物2には引用発明2が記載されているといえる。 エ 本件特許発明1と引用発明1との対比及びそれに基づく判断(当審取消理由2-1) (ア)対比 上記(5)エ(ア)で述べたとおりである。すなわち、両者は相違点1-1で相違する。 (イ)判断 上記(2)エ(イ)a(b)で述べたのと同様である。すなわち、刊行物1には相違点1-1に係る構成について記載も示唆もないから、引用発明1において相違点1-1に係る構成に想到することが刊行物1の記載から当業者に容易であるとはいえない。 (ウ)小括 よって、本件特許発明1が引用発明1に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるということはできない。 オ 本件特許発明1と引用発明2との対比及びそれに基づく判断(当審取消理由2-2) (ア)対比 上記(5)オ(ア)で述べたとおりである。すなわち、両者は相違点2-1で相違する。 (イ)判断 上記(2)エ(イ)a(c)で述べたのと同様である。すなわち、刊行物2には相違点2-1に係る構成について記載も示唆もないから、引用発明2において相違点2-1に係る構成に想到することが刊行物1の記載から当業者に容易であるとはいえない。 (ウ)小括 よって、本件特許発明1が引用発明2に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるということはできない。 カ 当審取消理由2-3について 当審取消理由2-3についての判断は、上記(2)で述べた、引用発明Bを引用発明とした場合における申立取消理由2についての判断と同一であるから、これを引用する。 キ 特許異議申立人の主張について (ア)当審取消理由2-1について 特許異議申立人は、当審取消理由2-1について、「反応原料ガスの供給開始時間を「5分以上、2時間未満」にすることは、数値範囲の最適化又は好適化にあたり、当業者の通常の創作能力の発揮といえる」との主張(平成28年11月16日付け意見書(以下単に「意見書」という。)6頁11行?13行)、「本件発明1の出願当時、モリブデンを含有する複合酸化物触媒は、反応系に水蒸気が存在する場合、触媒を構成するモリブデン成分が昇華しやすいという欠点がある(【0003】、必要であれば、本件特許に係る明細書において提示されている特許文献4【0002】もご参照のこと)。そうすると、本件発明1の出願当時においては、モリブデンの昇華を抑制するために、水蒸気を流通させる時間を短くすることの動機付けが存在していたことは明らかである」との主張(意見書6頁20行?26行)、本件発明1の効果は、(i)刊行物1に開示されていない有利なものとはいえず、(ii)実施例と比較例との差は微差であり、(iii)本件発明1の出願時の技術水準から当業者が予測できたものである旨の主張(意見書7頁21行?8頁23行)をする。 しかし、まず第1の主張について、上記(2)エ(イ)a(b)で述べたとおり、刊行物1には水蒸気を供給しながらの昇温にどのような目的でどの程度時間を確保するのが好ましいかについて記載も示唆もされていないし、このことが技術常識から当業者に自明であるともいえないのだから、引用発明1において昇温に要する時間を5分以上、2時間未満とすることが数値範囲の最適化又は好適化であるとはいえない。 また、第2の主張について、そもそも本件特許に係る明細書において提示されている特許文献4のみからでは反応系に水蒸気が存在する場合触媒を構成するモリブデン成分が昇華しやすいことが技術常識であったとまではいえないし、仮にこのことが技術常識であったとしても、課題が技術常識であるからといって直ちにその解決手段が当業者に容易想到であるとはいえない点で、引用発明1において水蒸気を流通させる時間を短くすることの動機付けが存在していたとはいえない。 そうすると、効果に関するものである第3の主張について検討するまでもなく、特許異議申立人の主張を採用することはできない。 (イ)当審取消理由2-2について 特許異議申立人は、取消理由2-2について、「反応原料ガスの供給開始時間を「5分以上、2時間未満」にすることは、数値範囲の最適化又は好適化にあたり、当業者の通常の創作能力の発揮といえる」との主張(意見書9頁10行?12行)、「本件発明1の出願当時、モリブデンを含有する複合酸化物触媒は、反応系に水蒸気が存在する場合、触媒を構成するモリブデン成分が昇華しやすいという欠点がある(【0003】、必要であれば、本件特許に係る明細書において提示されている特許文献4【0002】もご参照のこと)。そうすると、本件発明1の出願当時においては、モリブデンの昇華を抑制するために、水蒸気を流通させる時間を短くすることの動機付けが存在していたことは明らかである」との主張(意見書9頁19行?25行)、本件発明1の効果は、(i)刊行物2に開示されていない有利なものとはいえず、(ii)実施例と比較例との差は微差であり、(iii)本件発明1の出願時の技術水準から当業者が予測できたものである旨の主張(意見書10頁6行?21行)をする。 しかし、まず第1の主張について、上記(2)エ(イ)a(c)で述べたとおり、刊行物2には水蒸気を供給しながらの昇温にどのような目的でどの程度時間を確保するのが好ましいかについて記載も示唆もされていないし、このことが技術常識から当業者に自明であるともいえないのだから、引用発明2において昇温に要する時間を5分以上、2時間未満とすることが数値範囲の最適化又は好適化であるとはいえない。 また、第2の主張について、そもそも本件特許に係る明細書において提示されている特許文献4のみからでは反応系に水蒸気が存在する場合触媒を構成するモリブデン成分が昇華しやすいことが技術常識であったとまではいえないし、仮にこのことが技術常識であったとしても、課題が技術常識であるからといって直ちにその解決手段が当業者に容易想到であるとはいえない点で、引用発明2において水蒸気を流通させる時間を短くすることの動機付けが存在していたとはいえない。 そうすると、効果に関するものである第3の主張について検討するまでもなく、特許異議申立人の主張を採用することはできない。 (ウ)取消理由2-3について 特許異議申立人は、取消理由2-3について、「刊行物1?2には、「5分以上、2時間未満に、前記反応原料ガスの供給を開始する」ことが実質的に開示されており、更に、刊行物1及び刊行物2のそれぞれに記載された発明及び技術常識に基づいて当業者が「5分以上、2時間未満に、前記反応原料ガスの供給を開始する」ことに想到することは容易である。」と主張する(意見書11頁4行?8行)。 しかし、上記(2)エ(イ)a(b)及び(2)エ(イ)a(c)で述べたとおり、刊行物1又は2には、本件時間を5分以上、2時間未満とすることが示されているということはできないし、水蒸気を供給しながらの昇温にどのような目的でどの程度時間を確保するのが好ましいかについて記載も示唆もされていない。また、このことが技術常識から当業者に自明であるともいえない。 したがって、引用発明Bにおいて相違点B-1に係る構成に想到することが刊行物1又は2の記載から当業者に容易であるとはいえない。 よって、特許異議申立人の主張を採用することはできない。 (エ)参考資料について 特許異議申立人は、意見書において、参考資料1として特開2003-238477号公報を提示して、「参考資料1には、スタートアップ時に触媒が吸湿するとメタクリル酸の選択率が下がることが示されているため(表1の実施例1?3と比較例1?2の対比)、本件発明1の出願当時、水蒸気が流通する時間を短くして触媒層の相対湿度が上昇しすぎないように調整することが、目的反応物を高収率及び高選択率で製造するためには重要であることも既に広く知られていたと言える」と主張し(意見書8頁24行?29行、10頁22行?27行)、本件特許発明1は刊行物1又は2に記載された発明及び技術常識に基づいて当業者が容易に発明をすることができた旨主張する(意見書9頁1行?2行、10頁28行?29行)。 しかし、参考資料には、スタートアップ時に触媒が吸湿するとメタクリル酸の選択率が下がることが示されているものの、水蒸気が流通する時間を短くすることは示されていない。また、課題が公知であるからといって直ちにその解決手段が技術常識であるとはいえない。したがって、参考資料からでは、水蒸気が流通する時間を短くすることが目的反応物を高収率及び高選択率で製造するために重要であることが広く知られていたとはいえない。 よって、特許異議申立人の主張を採用することはできない。 ク 本件特許1に対する当審取消理由2についてのまとめ 以上のとおり、本件特許発明1は、刊行物1に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえないし、刊行物2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるともいえないし、刊行物3に記載された発明に基づいて刊行物1又は2の記載から当業者が容易に発明をすることができたものであるともいえないから、本件特許1は当審取消理由2によって取り消すべきものであるとはいえない。 (7)本件特許1についてのむすび 上記第4及び第5で述べたとおり、特許異議申立人が申し立てた取消理由1及び2並びに当審が通知した取消理由1及び2は新規性及び進歩性の欠如である。 これに対し、上記(1)、(2)、(5)及び(6)で述べたとおり、本件特許発明1は、本件発明特定事項がいずれの刊行物にも記載されておらず、またいずれの刊行物の記載からも当業者が容易に想到することができたものであるとはいえないものである。 したがって、特許異議申立人が申し立てた取消理由1及び2並びに当審が通知した取消理由1及び2によっては、本件特許1を取り消すことはできない。 また、上記第4で述べたとおり、特許異議申立人が申し立てた取消理由3及び4は本件発明特定事項に起因する実施可能要件違反及びサポート要件違反である。 これに対し、上記(3)及び(4)で述べたとおり、本件特許に係る明細書の発明の詳細な説明は当業者が本件特許発明1の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであり、かつ、本件特許発明1は発明の詳細な説明に記載したものである。 したがって、特許異議申立人が申し立てた取消理由3及び4によっては、本件特許1を取り消すことはできない。 2 本件特許2について 本件特許発明2には、上記第3のとおり、請求項1を引用するとともに水蒸気の供給を開始する際の温度を限定するものであって、本件特許発明1と同様本件発明特定事項を有するものである。 そうすると、上記1(1)、1(2)、1(5)及び1(6)で述べたとおり、特許異議申立人が申し立てた取消理由1及び2並びに当審が通知した取消理由1及び2によっては本件特許2を取り消すことはできないし、上記1(3)及び1(4)で述べたとおり、特許異議申立人が申し立てた取消理由3及び4によっても本件特許2を取り消すことはできない。 3 本件特許3について 本件特許発明3は、上記第3のとおり、請求項1及び2を引用するとともにスタートアップするときを限定するものであって、本件特許発明1と同様本件発明特定事項を有するものである。 そうすると、上記1(2)、1(5)及び1(6)で述べたとおり、特許異議申立人が申し立てた取消理由2並びに当審が通知した取消理由1及び2によっては本件特許3を取り消すことはできないし、上記1(3)及び1(4)で述べたとおり、特許異議申立人が申し立てた取消理由3及び4によっても本件特許3を取り消すことはできない。 4 本件特許4について 本件特許発明4は、上記第3のとおり、請求項1?3を引用するとともに反応原料ガスを接触気相酸化させるときの触媒を限定するものであって、本件特許発明1と同様本件発明特定事項を有するものである。 そうすると、上記1(1)、1(2)、1(5)及び1(6)で述べたとおり、特許異議申立人が申し立てた取消理由1及び2並びに当審が通知した取消理由1及び2によっては本件特許4を取り消すことはできないし、上記1(3)及び1(4)で述べたとおり、特許異議申立人が申し立てた取消理由3及び4によっても本件特許4を取り消すことはできない。 5 本件特許5について 本件特許発明5は、上記第3のとおり、請求項1?4を引用するとともにアクロレイン又はメタクロレインを接触気相酸化させるときの触媒を限定するものであって、本件特許発明1と同様本件発明特定事項を有するものである。 そうすると、上記1(1)、1(2)、1(5)及び1(6)で述べたとおり、特許異議申立人が申し立てた取消理由1及び2並びに当審が通知した取消理由1及び2によっては本件特許5を取り消すことはできないし、上記1(3)及び1(4)で述べたとおり、特許異議申立人が申し立てた取消理由3及び4によっても本件特許5を取り消すことはできない。 6 本件特許6について 本件特許発明6は、上記第3のとおり、請求項1?5を引用するとともに固定床式反応器を限定するものであって、本件特許発明1と同様本件発明特定事項を有するものである。 そうすると、上記1(1)、1(2)、1(5)及び1(6)で述べたとおり、特許異議申立人が申し立てた取消理由1及び2並びに当審が通知した取消理由1及び2によっては本件特許6を取り消すことはできないし、上記1(3)及び1(4)で述べたとおり、特許異議申立人が申し立てた取消理由3及び4によっても本件特許6を取り消すことはできない。 7 本件特許7について 本件特許発明7は、上記第3のとおり、請求項1?5を引用するとともに固定床式反応器を限定するものであって、本件特許発明1と同様本件発明特定事項を有するものである。 そうすると、上記1(2)、1(5)及び1(6)で述べたとおり、特許異議申立人が申し立てた取消理由2並びに当審が通知した取消理由1及び2によっては本件特許7を取り消すことはできないし、上記1(3)及び1(4)で述べたとおり、特許異議申立人が申し立てた取消理由3及び4によっても本件特許7を取り消すことはできない。 第7 むすび 以上のとおりであるから、特許異議申立人が申し立てた取消理由及び当審が通知した取消理由によっては、本件特許1?7を取り消すことはできない。 また、ほかに本件特許1?7を取り消すべき理由を発見しない。 よって、結論のとおり決定する。 |
発明の名称 |
(54)【発明の名称】 モリブデンを含有する触媒を備えた固定床式反応器を用いた不飽和脂肪族アルデヒド、不飽和炭化水素及び不飽和脂肪酸からなる群から選ばれる少なくとも一種の反応物を製造する製造方法 【技術分野】 【0001】 本発明は、モリブデンを含有する触媒を備えた固定床式反応器を使用して、反応原料ガスを、水蒸気の存在下で、酸素含有ガスと接触気相酸化させて、反応物を製造する製造方法に関する。 【背景技術】 【0002】 メタクリル酸及びアクリル酸、並びにメタクロレイン及びアクロレインは、触媒の存在下でプロピレン、プロパン、イソブチレン、またはメタクロレイン若しくはアクロレインと分子状酸素とを接触させる接触気相酸化反応を用いた方法により製造される。ブタジエンは触媒の存在下でブテンと分子状酸素とを接触させる酸化脱水素反応を用いた方法により製造される。そして、これらの接触気相酸化反応を用いた方法には、多管式反応器、又はプレート式触媒層反応器(例えば、特許文献1及び特許文献2)等の触媒を備えた固定床式反応器が用いられる。 【0003】 プロピレン、プロパン、イソブチレン、メタクロレイン、アクロレイン、又はブテン等の可燃性の反応原料ガスを酸素存在下で安全に接触気相酸化させる為には、反応原料ガスの爆発範囲を回避する必要がある。当該爆発範囲を回避する為に用いられる希釈剤として、窒素、二酸化炭素、及びアルゴン等と同様に水蒸気が使用される。 一方、上記プロピレン等を接触気相酸化してアクロレインおよびアクリル酸等を製造する方法およびブテンを酸化脱水素にてブタジエンを製造する方法においては、通常、モリブデンを含有する複合酸化物触媒が用いられている。 当該複合酸化物触媒を用いた接触気相酸化反応においては、触媒の酸化状態に影響を与える気相中の酸素量が重要であり、通常反応の化学量論量より過剰の酸素を存在させる。しかしながら、過剰の酸素は副反応を促進し、副生成物やさらに重質の炭素含有割合の高いカーボンの生成を引き起こし、最終的には触媒層のコーキングを引き起こす。一方、水蒸気に含まれる水分子は酸素、反応原料の濃度を下げ、触媒上の吸着物の脱着も促進するので、副反応を抑制し、副生成物やカーボンの生成を抑制する事が出来る。例えば、特許文献3では、モリブデンを含有する触媒において、反応転化率と選択率の面から水蒸気がもっとも望ましい希釈剤であるとされている。 しかしながら、モリブデンを含有する複合酸化物触媒は、反応系に水蒸気が存在する場合、触媒を構成するモリブデン成分が昇華しやすい。複合酸化物触媒において、触媒を構成するモリブデン成分が昇華した場合、触媒が劣化し反応物の収率等の低下を生じる。この問題に対し、特許文献4では、Fe/(Co+Ni)比を一定にして、CoとNiの量を変化させた複数種類のモリブデン-ビスマス-鉄系複合酸化物触媒を使用し、固定床式反応器の原料ガス入口側から出口側に向かって、複数種類の複合酸化物触媒のCo/(Co+Ni)の量比が小さくなるように充填することにより、反応器内を2層以上の反応帯域に分割して、プロピレンの酸化反応を行う方法が提案されている。 【先行技術文献】 【特許文献】 【0004】 【特許文献1】特開2004-167448号公報 【特許文献2】特開2004-202430号公報 【特許文献3】米国特許第3475488号明細書 【特許文献4】特開2003-146920号公報 【発明の概要】 【発明が解決しようとする課題】 【0005】 本発明は、上記実情を鑑みてなされたものであり、その課題は、モリブデンを含有する触媒を備えた固定床式反応器を使用して、反応原料ガスを、酸素含有ガスを用いて接触気相酸化させて、反応物を製造する製造方法において、反応原料の過剰反応に起因する触媒劣化と、水蒸気の存在下での触媒を構成するモリブデン成分の昇華とを抑制し、目的反応物の収率及び選択率等を低下させない新規な製造方法を提供することにある。 【課題を解決するための手段】 【0006】 [1] モリブデンを含有する触媒を備えた固定床式反応器を使用して、炭素数3及び4の炭化水素、並びにターシャリーブタノールからなる群から選ばれる反応原料ガスの少なくとも1種、または、炭素数3及び4の不飽和脂肪族アルデヒドからなる群から選ばれる反応原料ガスの少なくとも1種を、水蒸気の存在下で、酸素含有ガスを用いて接触気相酸化させて、炭素数3及び4の不飽和脂肪族アルデヒド、不飽和炭化水素並びに炭素数3及び4の不飽和脂肪酸からなる群から選ばれる少なくとも一種の反応物を製造する製造方法において、前記反応器をスタートアップするときに、前記反応器に供給される全ガス中の水蒸気分圧が2.0kPa以上となるように水蒸気の供給を開始した後に、前記反応原料ガスの供給を開始することを特徴とする、炭素数3及び4の不飽和脂肪族アルデヒド、不飽和炭化水素並びに炭素数3及び4の不飽和脂肪酸からなる群から選ばれる少なくとも一種の反応物を製造する製造方法。 [2] 前記反応器をスタートアップするときに、前記反応器に供給される全ガス中の水蒸気分圧が2.0kPa以上となるように水蒸気の供給を開始した後、5時間未満に前記反応原料ガスの供給を開始することを特徴とする、[1]に記載の製造方法。 [3] 前記スタートアップをするときが、前記反応器をスタートアップして前記反応物を一定期間製造して、前記反応器をシャットダウンした後に、前記反応器を再スタートアップするときであることを特徴とする、[1]又は[2]に記載の製造方法。 [4] 前記炭素数3及び4の炭化水素、並びにターシャリーブタノールからなる群から選ばれる反応原料ガスの少なくとも1種を、水蒸気の存在下で、酸素含有ガスを用いて接触気相酸化させるときの触媒が、下記一般式(1)で表される金属酸化物からなることを特徴とする、[1]から[3]のいずれか一に記載の製造方法。 Mo(a)Bi(b)Co(c)Ni(d)Fe(e)X(f)Y(g)Z(h)Q(i)Si(j)O(k)・・・式(1) (上記式(1)中、Moはモリブデン、Biはビスマス、Coはコバルト、Niはニッケル、Feは鉄、Xはナトリウム、カリウム、ルビジュウム、セシウム及びタリウムからなる群から選ばれる少なくとも一種の元素、Yはほう素、りん、砒素及びタングステンからなる群から選ばれる少なくとも一種の元素、Zはマグネシウム、カルシウム、亜鉛、セリウム及びサマリウムからなる群から選ばれる少なくとも一種の元素、Qはハロゲン元素、Siはシリカ、Oは酸素を表す。また、a、b、c、d、e、f、g、h、i、j及びkは、それぞれMo、Bi、Co、Ni、Fe、X、Y、Z、Q、Si及びOの原子比を表し、モリブデン原子(Mo)が12のとき、0.5≦b≦7、0≦c≦10、0≦d≦10、1≦c+d≦10、0.05≦e≦3、0.0005≦f≦3、0≦g≦3、0≦h≦1、0≦i≦0.5、0≦j≦40であり、kは各元素の酸化状態によって決まる値である。) [5] 前記炭素数3及び4の不飽和脂肪族アルデヒドからなる群から選ばれる反応原料ガスの少なくとも1種を、水蒸気の存在下で、酸素含有ガスを用いて接触気相酸化させるときの触媒が、下記一般式(2)で表される金属酸化物からなることを特徴とする、[1]から[3]のいずれか一に記載の製造方法。 Mo(12)V(a)X(b)Cu(c)Y(d)Sb(e)Z(f)Si(g)C(h)O(i)・・・式(2) (上記式(2)中、XはNb及びWからなる群から選ばれる少なくとも一種の元素を示す。YはMg、Ca、Sr、BaおよびZnからなる群から選ばれる少なくとも一種の元素を示す。ZはFe、Co、Ni、Bi、Alからなる群から選ばれる少なくとも一種の元素を示す。但し、Mo、V、Nb、Cu、W、Sb、Mg、Ca、Sr、Ba、Zn、Fe、Co、Ni、Bi、Al、Si、CおよびOは元素記号である。 また、a、b、c、d、e、f、g、hおよびiは各元素の原子比を表し、モリブデン原子(Mo)12に対して、0<a≦12、0≦b≦12、0≦c≦12、0≦d≦8、0≦e≦500、0≦f≦500、0≦g≦500、0≦h≦500であり、iは前記各成分のうちCを除いた各成分の酸化度によって決まる値である。) [6] 前記炭素数3の炭化水素が、プロピレン、又はプロパンであり、前記炭素数4の炭化水素が、イソブチレン、1-ブテン、イソブタン、又はブタンであり、前記炭素数3及び4の不飽和脂肪族アルデヒドが、アクロレイン、又はメタクロレインであり、前記不飽和炭化水素がブタジエンであり、前記炭素数3及び4の不飽和脂肪酸が、アクリル酸、又はメタクリル酸である、[1]から[5]のいずれか一に記載の製造方法。 [7] 前記固定床式反応器が、反応管を備えた多管式反応器であって、前記反応管の内径は10?50mmである、[1]から[6]のいずれか一に記載の製造方法。 [8] 前記固定床式反応器が、伝熱プレートの間に形成された触媒層を備えたプレート式反応器であって、前記プレート式反応器は、触媒層の厚さが異なる複数の反応帯域に分割されており、前記複数の反応帯域には、独立して温度調整された熱媒体が供給されるプレート式反応器である、[1]から[6]のいずれか一に記載の製造方法。 【発明の効果】 【0007】 本発明によれば、モリブデンを含有する触媒を備えた固定床式反応器を使用して、反応原料ガスを、酸素含有ガスを用いて接触気相酸化させて、反応物を製造する製造方法において、反応原料の過剰反応に起因する触媒劣化と、水蒸気の存在下での触媒を構成するモリブデン成分の昇華とを抑制し、目的反応物の選択率を低下させない新規な製造方法を提供することが可能である。 【図面の簡単な説明】 【0008】 【図1】多管式反応器の概略断面図を示す 【図2】シェルを中間管板で分割した多管式反応器の概略断面図を示す。 【図3】プレート式反応器の縦断面図を示す。 【図4】プレート式反応器の縦断面図を示す。 【図5】伝熱プレートの拡大図を示す。 【発明を実施するための形態】 【0009】 モリブデンを含有する触媒を備えた固定床式反応器を使用して、プロピレン等の反応原料ガスを接触気相酸化させる工程のスタートアップでは、一般に、反応原料の爆発範囲を避けるように、酸素含有ガス(例えば、空気)及び窒素などの不活性ガス(希釈剤)の供給量を調整した上で、反応原料のプロピレン等の供給を開始する。ここで、当該工程のスタートアップ時は、酸素濃度のプロピレン濃度に対する比が設定より大きくなり、過剰反応を引き起こしやすくなる。 本願発明者らは、この過剰反応の抑制には、窒素、又は二酸化炭素等のような不活性ガスの使用では不十分であり、反応原料ガスの供給を開始する前に触媒の吸着物の脱着促進効果も有する特定条件の水蒸気を予め触媒に供給しておくことが重要であることを見出した。 【0010】 一方、上述の如くモリブデンを含有する触媒は、反応系に水蒸気が存在する場合、触媒を構成するモリブデン成分が昇華しやすく、触媒を構成するモリブデン成分が昇華した場合、触媒が劣化し反応物の収率及び選択率等の低下を生じる。 この問題の解決策として、上記特開2003-146920号公報のように、複数種類のモリブデン-ビスマス-鉄系複合酸化物触媒を使用し、反応器内を2層以上の反応帯域に分割する方法もある。しかしながら、当該方法は、複数種類の触媒を使用し、反応器内を2層以上の反応帯域に分割する方法であることから、触媒コストの上昇及び触媒の充填における手間等が存在する。したがって、より低コストで簡便な方法の開発が望まれていた。 【0011】 これらに対して、本発明の製造方法は、モリブデンを含有する触媒を備えた固定床式反応器を使用して、炭素数3及び4の炭化水素、並びにターシャリーブタノールからなる群から選ばれる反応原料ガスの少なくとも1種、または、炭素数3及び4の不飽和脂肪族アルデヒドからなる群から選ばれる反応原料ガスの少なくとも1種を、水蒸気の存在下で、酸素含有ガスを用いて接触気相酸化させて、炭素数3及び4の不飽和脂肪族アルデヒド、不飽和炭化水素並びに炭素数3及び4の不飽和脂肪酸からなる群から選ばれる少なくとも一種の反応物を製造する製造方法において、前記反応器をスタートアップするときに、前記反応器に供給される全ガス中の水蒸気分圧が2.0kPa以上となるように水蒸気の供給を開始した後に、前記反応原料ガスの供給を開始することを特徴とする。 本願発明者らは、モリブデンの昇華速度は、供給ガス中の水蒸気濃度、水蒸気供給量だけでなく、水蒸気の分圧に大きく依存しているために、触媒を構成するモリブデン成分の昇華抑制には、反応器の運転圧力から決まる供給ガスにおける水蒸気の分圧が重要である事を見出した。 上記水蒸気分圧は、3.0kPa以上であることが好ましく、5.0kPa以上であることがより好ましい。一方、モリブデン昇華防止の観点より、上記水蒸気分圧は、50.0kPa以下であることが好ましい。 【0012】 また、モリブデンの昇華量は昇華速度と水蒸気との接触時間に影響されるので、供給ガスにおける水蒸気分圧と反応原料ガスを供給するまでの時間を調節する事が特に好ましい。従って、本発明の製造方法は、モリブデンを含有する触媒を備えた固定床式反応器をスタートアップするときに、反応器に供給される全ガス中の水蒸気分圧が2.0kPa以上となるように水蒸気の供給を開始した後、5時間未満に反応原料ガスの供給を開始することが好適な態様である。 当該態様は、上記特開2003-146920号公報に記載の方法に比して、より低コストで簡便な方法であり、また、簡便に、触媒を構成するモリブデン成分の昇華を抑制する方法である。 【0013】 上記触媒に含有されるモリブデンは必須の成分であり、モリブデンの昇華による触媒表面からのモリブデンの減少は、特に触媒の反応活性や反応選択性に大きな影響を及ぼす。また、水蒸気はモリブデンの昇華を促進すると考えられる。この知見に反する、反応原料ガスの供給開始前の水蒸気の供給は、触媒が水蒸気に曝される雰囲気を作り出すことから、一般的には実施しにくい。ここで、供給される水蒸気の濃度は、反応原料ガスの爆発範囲の回避などの観点を鑑みると、水蒸気の濃度は自由に設定できない。そこで、反応器のスタートアップ操作で短縮が可能な、反応原料ガスの供給開始前の水蒸気の供給時間に着目した。 【0014】 上記反応器に水蒸気の供給を開始した後、反応原料ガスの供給を開始するまでの時間(上限値)は出来るかぎり短いほうが好ましいが、発明者らの検討によると、反応器に供給される全ガス中の水蒸気分圧が2.0kPa以上となるように水蒸気を供給開始した後、5時間未満(即ち4時間59分以内)が好ましく、4時間以内がより好ましく、2時間未満(即ち1時間59分以内)が特に好ましい。 一方、上記反応器に供給される全ガス中の水蒸気分圧が2.0kPa以上となるように水蒸気の供給を開始した後、反応原料ガスの供給を開始するまでの時間(下限値)は、使用される反応器が工業用装置であり、満遍なく水蒸気がいきわたるためにある程度の時間が必要であること、及び、過剰反応の防止のために触媒に水分子を吸着させて表面のコンディショニングを行うための時間が必要であることなどから、反応器に供給される全ガス中の水蒸気分圧が2.0kPa以上となるように水蒸気の供給を開始した後、好ましくは5分以上、より好ましくは15分以上、更に好ましくは30分以上、最も好ましくは1時間以上である。 【0015】 また、本発明の製造方法は、モリブデンを含有する触媒を備えた固定床式反応器をスタートアップして反応物を一定期間製造して、反応器をシャットダウンした後に、反応器を再スタートアップするときに、反応器に供給される全ガス中の水蒸気分圧が2.0kPa以上となるように水蒸気の供給を開始した後に、反応原料ガスの供給を開始する場合にも好適に適用できる。 なお、反応に使用した触媒は、触媒の表面の反応部位において、既にモリブデンが昇華によって失われていることが多く、再度使用時のスタートアップ操作は、特に重要であることが解った。 上記反応器に供給される全ガス中の水蒸気分圧が2.0kPa以上となるように水蒸気の供給を開始した後、反応原料ガスの供給を開始するまでの時間(上限値)は出来るかぎり短いほうが好ましいが、発明者らの検討によると、反応器に供給される全ガス中の水蒸気分圧が2.0kPa以上となるように水蒸気を供給開始した後、5時間未満(即ち4時間59分以内)が好ましく、4時間以内がより好ましく、2時間未満(即ち1時間59分以内)が特に好ましい。 一方、上記反応器に供給される全ガス中の水蒸気分圧が2.0kPa以上となるように水蒸気の供給を開始した後、反応原料ガスの供給を開始するまでの時間(下限値)は、使用される反応器が工業用装置であり、満遍なく水蒸気がいきわたるためにある程度の時間が必要であること、及び、過剰反応の防止のために触媒に水分子を吸着させて表面のコンディショニングを行うための時間が必要であることなどから、反応器に供給される全ガス中の水蒸気分圧が2.0kPa以上となるように水蒸気の供給を開始した後、好ましくは5分以上、より好ましくは15分以上、更に好ましくは30分以上、最も好ましくは1時間以上である。 また、上記一定期間とは、具体的には1日?2年程度をいう。 【0016】 本発明の製造方法に用いられる反応原料ガスは、炭素数3及び4の炭化水素、並びにターシャリーブタノールからなる群から選ばれる反応原料ガスの少なくとも1種、または、炭素数3及び4の不飽和脂肪族アルデヒドからなる群から選ばれる反応原料ガスの少なくとも1種である。 上記炭素数3の炭化水素としては、プロピレン、プロパンが挙げられる。 上記炭素数4の炭化水素としては、イソブチレンなどのブテン類、イソブタンなどのブタン類が挙げられる。 上記炭素数3及び4の不飽和脂肪族アルデヒドとしては、アクロレイン、メタクロレインが挙げられる。 また、上記反応物である炭素数3及び4の不飽和脂肪族アルデヒド、不飽和炭化水素、並びに炭素数3及び4の不飽和脂肪酸における、炭素数3及び4の不飽和脂肪族アルデヒドとしては、アクロレイン、メタクロレインが挙げられ、不飽和炭化水素としては、炭素数4の不飽和炭化水素、特にブタジエンが挙げられ、炭素数3及び4の不飽和脂肪酸としては、アクリル酸、メタクリル酸が挙げられる。 【0017】 上記反応原料ガスは、1種のみの構成としてもよく、また2種以上を混合した混合物としてもよい。上記反応原料ガスの組成は、目的に応じて適宜選択される。 【0018】 本発明において、モリブデンを含有する触媒を備えた固定床式反応器をスタートアップするときには、空気などの酸素含有ガス、及び水蒸気、並びに必要に応じて窒素などの反応に不活性なガス等を反応器に供給する。ここで、水蒸気、及び窒素などの反応に不活性なガス等の供給タイミングは、任意であり、空気などの酸素含有ガスと同時であってもよく、空気などの酸素含有ガスの供給開始後であっても構わない。また、これらの供給量及び組成は反応原料ガスの爆発範囲を避ける観点から選ばれる。ここで、水蒸気の供給とは、通常空気中に含まれる水蒸気より高い濃度の水蒸気を含む状態のガス(以下、水蒸気含有ガスともいい、水蒸気と酸素含有ガス及び不活性なガスの少なくとも一方とを含むガスを包含する概念である。)の供給を意味する。 そして、水蒸気或いは水蒸気含有ガスの供給を開始した後に、反応原料ガスの供給を開始する。好ましくは、水蒸気或いは水蒸気含有ガスの供給を開始した後、5時間未満に反応原料ガスの供給を開始する。 反応原料ガスの供給が開始された後、反応器には、これら反応原料ガス、酸素含有ガス、水蒸気及び必要に応じて窒素などの反応に不活性なガスを含む反応ガス混合物(以下、単に反応ガスともいう)が供給されることになるが、反応ガス混合物における各ガスの濃度は調整されることもある。ここで、上記反応原料ガスの、上記反応ガス混合物に対する含有量は、特に限定されないが、反応原料ガスの総量として、5?13モル%であることが好ましい。また、上記酸素含有ガスに含まれる分子状酸素及び水蒸気の、上記反応ガス混合物に対する含有量は、それぞれ、反応原料ガスの総量の1?3倍量及び0.1?5倍量であることが好ましい。 上記不活性なガスの、上記反応ガス混合物に対する含有量は、上記反応ガス混合物全量から反応原料ガスの総量、分子状酸素の量及び水蒸気の量を除いた値となる。 なお、上記不活性なガスは、反応系から排出される排気ガスを再循環した不活性ガスを用いることが多い。また、スタートアップ過程において、反応に必要な水蒸気量を超える量の水蒸気は排気ガスで徐々に代替され、水蒸気濃度を下げる操作が行われることが多い。従って、反応原料ガスの供給開始前は、水蒸気濃度が最も高く、触媒に与える影響も大きいといえる。 【0019】 本発明の製造方法では、モリブデンを含有する触媒を用いる。 本発明において、上記触媒の組成としては、モリブデンと、タングステン、ビスマスなどとを含む金属酸化物、または、モリブデンと、バナジウムなどとを含む金属酸化物が挙げられる。該組成の金属酸化物粉末を、球状、ペレット状、サドル状、またはリング状に成型し、高温で焼成して触媒として用いる。 また、触媒の形状は、公知の形状が採用でき、直径が1?15mm(ミリメートル)の球状、または楕円形以外の形状で1?15mmの相当直径を有するペレット状、あるいは円柱の円柱中心に穴の開いたリング状の形状のもので、円外径が3?10mm、円内径が1?3mm、高さが2?10mmの形状が好適に用いられる。これら触媒の製造方法は公知の方法を用いることができる。 【0020】 具体的には、上記炭素数3及び4の炭化水素、並びにターシャリーブタノールからなる群から選ばれる反応原料ガスの少なくとも1種を酸化するときの触媒は、下記一般式(1)で表される金属酸化物からなる触媒が好適に例示される。 Mo(a)Bi(b)Co(c)Ni(d)Fe(e)X(f)Y(g)Z(h)Q(i)Si(j)O(k)・・・式(1) 上記式(1)中、Moはモリブデン、Biはビスマス、Coはコバルト、Niはニッケル、Feは鉄、Xはナトリウム、カリウム、ルビジュウム、セシウム及びタリウムからなる群から選ばれる少なくとも一種の元素、Yはほう素、りん、砒素及びタングステンからなる群から選ばれる少なくとも一種の元素、Zはマグネシウム、カルシウム、亜鉛、セリウム及びサマリウムからなる群から選ばれる少なくとも一種の元素、Qはハロゲン元素、Siはシリカ、Oは酸素を表す。また、a、b、c、d、e、f、g、h、i、j及びkは、それぞれMo、Bi、Co、Ni、Fe、X、Y、Z、Q、Si及びOの原子比を表し、モリブデン原子(Mo)が12のとき、0.5≦b≦7、0≦c≦10、0≦d≦10、1≦c+d≦10、0.05≦e≦3、0.0005≦f≦3、0≦g≦3、0≦h≦1、0≦i≦0.5、0≦j≦40であり、kは各元素の酸化状態によって決まる値である。 【0021】 一方、上記炭素数3及び4の不飽和脂肪族アルデヒドからなる群から選ばれる反応原料ガスの少なくとも1種を酸化するときの触媒は、下記一般式(2)で表される金属酸化物からなる触媒が好適に例示される。 Mo(12)V(a)X(b)Cu(c)Y(d)Sb(e)Z(f)Si(g)C(h)O(i)・・・式(2) 上記式(2)中、XはNb及びWからなる群から選ばれる少なくとも一種の元素を示す。YはMg、Ca、Sr、BaおよびZnからなる群から選ばれる少なくとも一種の元素を示す。ZはFe、Co、Ni、Bi、Alからなる群から選ばれる少なくとも一種の元素を示す。但し、Mo、V、Nb、Cu、W、Sb、Mg、Ca、Sr、Ba、Zn、Fe、Co、Ni、Bi、Al、Si、CおよびOは元素記号である。 a、b、c、d、e、f、g、hおよびiは各元素の原子比を表し、モリブデン原子(Mo)12に対して、0<a≦12、0≦b≦12、0≦c≦12、0≦d≦8、0≦e≦500、0≦f≦500、0≦g≦500、0≦h≦500であり、iは前記各成分のうちCを除いた各成分の酸化度によって決まる値である。 【0022】 本発明の製造方法に用いられる固定床式反応器について説明する。 本発明の製造方法に用いられる固定床式反応器としては、特に限定されず、公知の多管式反応器、及びプレート式反応器が挙げられる。 【0023】 上記多管式反応器の好適な例として、特開2005-336085号公報に記載された反応器を挙げることができる。 当該多管式反応器は、反応ガス供給口と反応物排出口とを有する円筒状反応器シェルと、該円筒状反応器シェルに熱媒体を導入または導出するための、円筒状反応器シェルの外周に配置される複数の環状導管と、該複数の環状導管を互いに接続する循環装置と、該反応器の複数の管板によって拘束され、かつ触媒を含有する複数の反応管と、該反応器シェルに導入された熱媒体の方向を変更するための複数の邪魔板とを該反応管の長手方向に有する多管式反応器である。上記反応管には、モリブデンを含有する触媒が充填されている。 【0024】 上記多管式反応器の一つの実施態様を図1及び図2に従って説明する。 図1は、多管式反応器の一つの実施の形態を示すための概略断面図である。 多管式反応器のシェル(2)に、反応管(1b)、(1c)が管板(5a)、(5b)に固定され配置されている。反応ガスの入口である原料供給口、反応物の出口である反応物排出口は(4a)または(4b)である。反応ガスと熱媒体の流れは、向流でも並流でもよいが、向流が好ましい。また、反応ガスの流れ方向は、上昇流でも下降流でもかまわない。 図1においては、反応器シェル内の熱媒体の流れ方向が上昇流として矢印で記入されており、また、反応ガスと熱媒体の流れが向流となるように設計しているので、(4b)が原料供給口である。反応器シェルの外周には熱媒体を導入する環状導管(3a)が設置される。熱媒体の循環ポンプ(7)によって昇圧された熱媒体は、環状導管(3a)より反応器シェル内を上昇し、反応器シェルの中央部付近に開口部を有する穴あき邪魔板(6a)と、反応器シェルの外周部との間に開口部を有するように配置された穴あき邪魔板(6b)とを交互に複数配置することによって流れの方向が転換されて環状導管(3b)より循環ポンプに戻る。反応熱を吸収した熱媒体の一部は循環ポンプ7の上部に設けられた排出管より熱交換器(図には示されていない)によって冷却されて熱媒体供給ライン(8a)より、再度反応器へ導入される。熱媒体温度は、温度計(13)からフィードバックされた信号を基に、熱媒体供給ライン(8a)から導入される還流熱媒体の温度または流量を制御することで調節される。 熱媒体の温度調節は、用いる触媒の性能にもよるが、熱媒体供給ライン(8a)と熱媒体抜き出しライン(8b)との熱媒体の温度差が1?10℃、好ましくは2?6℃となるように行われる。 また、反応器内に配置された反応管には温度計(11)が挿入され、反応器外まで信号が伝えられて、触媒層の反応器管軸方向の温度分布が記録される。反応管には複数本の温度計が挿入され、1本の温度計では管軸方向に5?20点の温度が測定される。 【0025】 図2は反応器のシェルを中間管板(9)で分割した場合の多管式反応器の概略断面図を示す。分割されたそれぞれの空間は別々の熱媒体が循環され、別々の温度に制御される。反応原料ガスは(4a)または(4b)のどちらから導入されても良いが、図2では、反応器シェル内の熱媒体の流れ方向が上昇流として矢印で記入されているので、反応ガスの流れが熱媒体の流れと向流となる(4b)が原料供給口である。原料供給口(4b)から導入された反応原料ガスが反応器の反応管内で逐次に反応する。 【0026】 図2に示す多管式反応器は、中間管板(9)で区切られた反応器の上下のエリア(図2においてAエリア、Bエリア)で異なる温度の熱媒体が存在するため、反応管内は、1)同一触媒を全体に充填し、反応管の反応ガス入口と出口で温度を変えて反応させるケース、2)反応ガス入口部には触媒を充填し、反応生成物を急激に冷却するため出口部分には触媒を充填せず空筒あるいは反応活性の無い不活性物質を充填するケース、3)反応ガス入口部分と出口部分には異なる触媒が充填され、その間に反応生成物を急激に冷却するため触媒を充填せず空筒あるいは反応活性の無い不活性物質を充填するケースがある。 【0027】 例えば、図2に示す多管式反応器に、炭素数3及び4の炭化水素、並びにターシャリーブタノールからなる群から選ばれる反応原料ガスの少なくとも1種を、原料供給口(4b)から導入し、まず前段反応用の1段目(反応管のAエリア)で炭素数3及び4の不飽和脂肪族アルデヒドからなる群から選ばれる反応原料ガスの少なくとも1種とし、さらに後段反応用の2段目(反応管のBエリア)で該炭素数3及び4の不飽和脂肪族アルデヒドからなる群から選ばれる反応原料ガスの少なくとも1種を酸化し炭素数3及び4の不飽和脂肪酸からなる群から選ばれる少なくとも一種を製造する。反応管の1段部分(以下、「前段部分」ともいう。)と2段部分(以下、「後段部分」ともいう。)には別の触媒が充填され、それぞれ異なった温度に制御されて最適な条件で反応が行われる。反応管の前段部分と後段部分の間の中間管板が存在する部分には反応には関与しない不活性物質が充填されることが好ましい。ここでは、前段部分と後段部分を1つの反応器に組み込んでいるが、前段部分を上記図1に示す構造を有する第1の反応器に組み込み、後段部分を第1の反応器とは別の上記図1に示す構造を有する第2の反応器に組み込んで反応物の製造を行うことも可能である。 【0028】 上記多管式反応器に備わる反応管の内径は、反応管内の反応熱量と触媒粒径に影響されるが、10?50mmが好ましく用いられ、より好ましくは20?30mmである。反応管の内径が小さすぎると充填される触媒の量が減少し、必要な触媒量に対して反応管本数が多くなり反応器製作時の労力が大きくなることで多大な製作費用が必要となり工業的経済性が悪くなる。一方、反応管の内径が大きすぎると必要な触媒量に対して反応管表面積が小さくなり、反応熱の除熱のための伝熱面積を小さくしてしまう。また、反応管の長さは特に限定されない。 【0029】 一方、プレート式反応器の第1の好適な例として、特開2004-167448号公報に記載された反応器を挙げることができる。 すなわち、2枚の伝熱プレートに挟まれた空間内に触媒を充填して反応帯域が形成され、伝熱プレートの外側に熱媒体が供給される熱媒体流路を有するプレート式反応器が挙げられる。 上記プレート式反応器の反応帯域は複数の領域に分割することが可能であり、2枚の伝熱プレートの間隔を調整することで各反応帯域に充填された触媒層厚さを変化させることが可能である。特に、供給される反応ガスの入口から出口に向かって、反応帯域の各領域の触媒層厚さが増大する構造であることが好ましい。また、2枚の伝熱プレートの外側が複数の熱媒体流路に分割され、各々異なった温度を有する熱媒体を該流路に供給することが可能である。 通常の反応に於ける反応量は、反応ガスの入口部分が最も大きく、反応に伴う反応熱の発生は最大で、反応原料ガスの出口方向に減少する。2枚の伝熱プレートの間隔を調整して触媒層の厚さを変えることによって反応及び反応によって生じる熱をより精密に制御でき、触媒層温度の上昇に伴う、ホットスポットを防ぎ、触媒の損傷を防止することができる。 上記プレート式反応器に供給される反応ガスの方向は伝熱プレートに沿って流れ、熱媒体は伝熱プレートの外側に供給される。当該熱媒体の流れ方向は、特に制限は無いが、工業的規模での反応装置には通常、多量の触媒を収容する必要があり、多数の伝熱プレート対が設置されるので、反応ガスの流れと直角方向が都合よい。 【0030】 図3に上記第1のプレート式反応器の具体例を示す。 熱媒体流路(15-1、15-2、及び15-3)と触媒層(12)とを隔離する薄板の伝熱プレート(10)は反応ガス入口(4b)から反応ガス出口(4a)への反応ガス流れに沿って、触媒層(12)の厚さを変えるために変形している。ここで、触媒層の厚さは反応ガスの流れ方向と直角方向に測ったプレート間の距離のことである。 2枚の伝熱プレート(10)の間に形成された触媒層(12)の厚さは、各熱媒体流路(15-1、15-2、及び15-3)に対応し、其々反応帯域(S1、S2、及びS3)を形成する。(16)は熱媒体供給口である。なお、上記において、反応帯域を3つとしているが、これは例示であり、反応帯域の数は限定されない。 また、伝熱プレート(10)は平板、凹凸を有するようにエンボス加工されたもの、または反応ガスの流れと直角方向に成形された波板の使用が可能である。反応ガスと熱媒体との伝熱効率を考慮すれば、凹凸板または波板形状が好適に用いられる。ここで、伝熱プレート(10)にエンボス加工、または波板が使用された場合の触媒層の厚さは以下に示す式で規定した。 (式)[触媒層の厚さ]=[触媒層の体積]÷[伝熱プレートの長さ(幅)(図3における紙面に垂直方向の長さ)]÷[伝熱プレートの反応ガスの流れ方向の長さ] (ここで、[触媒層の体積]は、触媒層が形成される2枚の伝熱プレートを地面に対し垂直に保ち、かつ底(各反応帯域の最も下面)に蓋を設置して、2枚の伝熱プレートに挟まれた空間内に水などの液体又は直径1mm以下のガラスビーズを注ぎ入れたときに、該空間を満たすのに必要な水などの液体又は直径1mm以下のガラスビーズの体積とする。) 【0031】 プレート式反応器の第2の好適な例として、特開2004-202430号公報に記載された反応器を挙げることができる。 すなわち、円弧、楕円弧或いは矩形に賦形された波板の2枚を対面させ、当該両波板の凸面部を互いに接合して複数の熱媒体流路を形成した伝熱プレートを、複数配列してなりかつ隣り合った伝熱プレートの波板凸面部と凹面部とが対面して所定間隔の触媒層を形成したプレート式反応器が挙げられる。 上記プレート式反応器において、波板に賦形された円弧、楕円弧或いは矩形の形状を変えることにより、触媒層に供給される反応ガスの入口から出口に向かって触媒層の厚さを変化させることが可能である。また、上記プレート式反応器は、反応帯域を複数の領域に分割することが可能であり、複数の領域に分割された反応帯域を上記触媒層の厚さの変化に対応させることが可能である。さらに、分割された複数の反応帯域には、独立して温度調整された熱媒体が供給され、接触気相酸化反応により生じる熱を、伝熱プレートを隔てて除熱し、触媒層内の温度を独立して制御することが可能である。 上記プレート式反応器に供給される反応ガスの方向は伝熱プレートの外側に沿って流れ、熱媒体は伝熱プレートの内側に供給される。当該熱媒体の流れ方向は、反応ガスの流れに対して直角方向、即ち十字流の方向に流れる。 通常の反応に於ける反応量は、反応ガスの入口部分が最も大きく、反応に伴う反応熱の発生は最大で、反応ガスの出口方向に減少する。この反応熱の除熱を効率よくするために、伝熱プレートに使用される波板の凹凸形状を変え、2枚の伝熱プレートの間隙を調整して触媒層の厚さを変化させることが好ましい。触媒層の厚さを変化させることにより、反応をより精密に制御することができ、触媒層温度の上昇に伴う、ホットスポットを防ぎ、触媒の損傷を防止することができる。 【0032】 図4に上記第2のプレート式反応器の具体例を示す。 図4に示されたように、伝熱プレート(10)は、円形、楕円形、矩形或いは多角形に賦形された波板の2枚を対面させ、当該両波板の凸面部を互いに接合して、複数の熱媒体流路(15-1、15-2、15-3)を形成する。また、隣り合った2枚の伝熱プレート(10)が互いに熱媒体流路の半分に相当する距離だけずれて向かい合い間隙を形成し、形成された間隙に触媒が充填され、触媒層(12)が形成される。さらに、隣り合った2枚の伝熱プレート(10)は、触媒層(12)へ反応ガスを導入する反応ガス入口(4b)と反応ガスを導出する反応ガス出口(4a)を具備する。 上記熱媒体流路は、図4のようにそれぞれ流路の断面形状(断面積)が異なっていてもよい。図4のように熱媒体流路(15-1)の幅がもっとも大きくなるように設計した場合、隣り合った上記伝熱プレート(10)の間隔は一定なので、隣り合った伝熱プレートの波板凸面部と凹面部とが対面して形成される間隔(A)(すなわち、触媒層(12)の層厚)はもっとも狭くなる。図4では、熱媒体流路(15-2)から(15-3)へと熱媒体流路の幅が、順次小さくなり、この熱媒体流路に対応する触媒層(12)の厚さは増大する。従って、熱媒体流路(15-1、15-2、及び15-3)に対応する触媒層(12)は、それぞれ触媒層の厚さが異なり、触媒層の厚さが異なる複数の反応帯域(S1、S2、及びS3)を形成することができる。ここで、触媒層の厚さとは、各反応帯域(S1、S2、及びS3)の各触媒層において、反応ガスの流れ方向と直角方向に測定された上記間隔(A)の平均値を意味する。本発明においては、以下に示す計算式を用いて規定した。 (式)[触媒層の厚さ]=[触媒層の体積]÷[伝熱プレートの長さ(幅)(図4における紙面に垂直方向の長さ)]÷[伝熱プレートの反応ガスの流れ方向の長さ] (ここで、[触媒層の体積]は、触媒層が形成される2枚の伝熱プレートを地面に対し垂直に保ち、かつ底(各反応帯域の最も下面)に蓋を設置して、2枚の伝熱プレートに挟まれた空間内に水などの液体又は直径1mm以下のガラスビーズを注ぎ入れたときに、該空間を満たすのに必要な水などの液体又は直径1mm以下のガラスビーズの体積とする。) なお、上記において、反応帯域を3つとしているが、これは例示であり、反応帯域の数は限定されない。 【0033】 図5によって上記第2のプレート式反応器の具体例で用いられる伝熱プレート(10)の構成を更に詳しく説明する。図5は、円弧、楕円弧、矩形或いは多角形に変形された波板の2枚を対面させ、該両波板の凸部を互いに接合して、複数の熱媒体流路が形成された伝熱プレートを示す。 熱媒体流路の大きさ、及び触媒層の厚さは、波板の波の周期にあたる(L)と、波の高さ(H)で規定される。このとき、波の周期(L)は10?100mmであることが好ましく、20?50mmであることがより好ましい。一方、高さ(H)は、5?50mmであることが好ましく、10?30mmであることがより好ましい。 該伝熱プレートが2枚で平行、かつ互いに熱媒体流路の半分に相当する距離(L/2)だけずれて向かい合い間隙を形成し、その間隙に触媒が充填され、触媒層が形成される。 この平行な2枚の伝熱プレートの間隔(P)と熱媒体流路の周期(L)及び高さ(H)を変えることにより、触媒層の厚さが調節される。2枚の伝熱プレートの間隔Pは通常、10?50mmである。 図5では、伝熱プレートの形状が円弧の一部で描かれているが、形状は楕円弧、矩形、三角形または多角形であってもよい。上記周期(L)と高さ(H)を変えることで触媒層厚さを精度良く制御できる。なお、触媒層厚さは、伝熱プレートの長さ(幅)方向(紙面に垂直な方向)において均一であることが好ましい。 また、上記触媒層の厚さは、図5に示す間隔(x)と相関し、当該間隔(x)は上記式で規定した触媒層の厚さの通常0.7?0.9倍である。 【0034】 上記プレート式反応器の伝熱プレート(10)の薄板の板厚は2mm以下、好適には1mm以下の鋼板が用いられる。 伝熱プレート(10)の反応ガス流れ方向の長さは通常2m(メートル)以下で、2m以上の時は2枚のプレートを接合するか、組み合わせて用いることもできる。 反応ガスの流れ方向と直角の方向(図3および図4では紙面に直角方向の奥行き)の長さは特に制限はなく、通常3から15メートルが用いられる。好ましくは6から10メートルである。伝熱プレート(10)は図5に示した配置と同様に積層され、積層される枚数には制限は無い。実際的には、反応に必要な触媒量から決定されるが、数十枚から数百枚である。 【0035】 上記各反応帯域の触媒層の厚さは、特に限定されないが、4?50mmであることが好ましい。 また、上記各反応帯域の触媒層の厚さは、反応原料ガスの負荷量及び触媒の形状(粒径など)によっても異なるが、図3に示すプレート式反応器においては、反応帯域(S1)の触媒層の厚さは4?18mm(より好ましくは5?13mm)であり、該反応帯域(S1)に続く反応帯域(S2)の触媒層の厚さは5?23mm(より好ましくは7?17mm)であり、該反応帯域(S2)に続く反応帯域(S3)の触媒層の厚さは8?27mm(より好ましくは10?22mm)であることが好ましく例示できる。 一方、図4に示すプレート式反応器においては、反応帯域(S1)の触媒層の厚さは5?20mm(より好ましくは7?15mm)であり、該反応帯域(S1)に続く反応帯域(S2)の触媒層の厚さは7?25mm(より好ましくは10?20mm)であり、該反応帯域(S2)に続く反応帯域(S3)の触媒層の厚さは12?30mm(より好ましくは15?25mm)であることが好ましく例示できる。 なお、該複数の反応帯域の触媒層の厚さは、反応ガスの入口から出口の方向に位置するに従って、順次増加することが好ましい。 【0036】 上記触媒層の厚さの詳細は、反応量の変化によって異なるが、触媒層(12)の入口から出口まで連続的に変化させても良いし、段階的に変化させても良い。寧ろ、触媒を製造する際の反応活性の不揃いを考慮すれば、段階的に上記触媒層の厚さを変化させた方が自由度を確保できて良い。 また、上記反応帯域の分割数は2?5が好ましく、反応ガスの入口から出口に向かって、各反応帯域の触媒層の厚さが増大することが好ましい。 さらに、各反応帯域における触媒層の反応ガスの流れ方向の長さは、反応原料ガスの転化率等を考慮して決定されるが、例えば、上記反応帯域が3つに分割された場合では、全触媒層長さに対して、反応帯域(S1)部分が10%?55%、反応帯域(S2)部分が20%?65%、反応帯域(S3)部分が25%?70%の触媒層長さを適用することが好ましい。また、反応帯域(S3)部分の触媒層長さは反応原料ガスの転化率の達成度によって変化させることが好ましい。 【0037】 上記反応において、反応原料ガスの転化率等を最適に保つためには、熱媒体の温度を調節することが挙げられる。熱媒体は、複数の反応帯域にそれぞれ最適な温度で供給されることが好ましい。このとき、熱媒体を流す方向は、反応ガスの流れ方向と直交させることが好ましい。 また、熱媒体の入口温度と出口温度の温度差は0.5?10℃であることが好ましく、2?5℃であることがより好ましい。 図4に示すプレート式反応器の場合は、熱媒体流路(15-1、15-2、15-3)のそれぞれにおいて、1?複数の流路毎に、熱媒体の流量、温度、及び流す方向を変えることも可能である。また、一つの反応帯域においても、1?複数の流路毎に、独立して同温の熱媒体を同じ方向に流す場合も、向流(カウンターフロー)方向に流す場合もある。また、ある反応帯域の熱媒体流路に供給され排出された熱媒体を同じあるいは別の反応帯域の熱媒体流路に供給することも可能である。 【0038】 上記各反応器において、熱媒体流路に供給される熱媒体の温度は、反応原料ガスが、炭素数3及び4の炭化水素、並びにターシャリーブタノールからなる群から選ばれる反応原料ガスの少なくとも1種のときは、250?450℃であることが好ましい。該反応原料ガスが、プロピレンの場合は、複数の反応帯域に供給される熱媒体の温度が250?400℃であることが好ましい。 一方、反応原料ガスが、炭素数3及び4の不飽和脂肪族アルデヒドからなる群から選ばれる反応原料ガスの少なくとも1種のときは、200?350℃であることが好ましい。該反応原料ガスがアクロレインの場合は、複数の反応帯域に供給される熱媒体の温度が200?350℃であることが好ましい。 また、本発明の製造方法においては、当該熱媒体の温度を調節することで、反応原料ガスの転化率を最適に保つことが好ましい。各反応器の反応ガス出口での反応原料ガスの転化率は、90%以上であることが好ましく、より好ましくは95%以上であり、特に好ましくは97%以上である。 【0039】 上記熱媒体としては、溶融塩(ナイター)が好適に例示できる。ナイターは、化学反応の温度コントロールに使用される熱媒体のうちで特に熱安定性に優れる。特に温度350?550℃の高温において、最も優れた熱安定性を有する。 当該ナイターに使用される化合物としては、硝酸ナトリウム、亜硝酸ナトリウム、硝酸カリウムがあり、これらを単独で又は2種以上を混合して使用することが出来る。 【実施例】 【0040】 以下、実施例を用いて本発明を更に詳しく説明するが、本発明は何らこれらに限定されるものではない。 本実施例において用いられる、反応原料ガス(プロピレン及びアクロレイン)の転化率、アクリル酸の選択率、及びアクリル酸の収率の計算方法を下記に記す。 <1>プロピレンの転化率[%]=100-〔(反応器(B)出口のプロピレン体積流量)/(反応器(A)に供給されたプロピレン体積流量)×100 <2>アクロレインの転化率[%]=100-〔(反応器(B)出口のアクロレイン体積流量)/(反応器(A)に供給されたプロピレン体積流量)×100 <3>アクリル酸の収率[%]=(反応器(B)出口のアクリル酸の体積流量)/(反応器(A)に供給されたプロピレン体積流量)×100 <4>アクリル酸の選択率[%]=(アクリル酸の収率)/(プロピレンの転化率)/(アクロレインの転化率)×100 また、本実施例で用いられる単位「NL」とは、標準状態(温度0℃、圧力101.325kPa)換算の体積(L)を意味する。 【0041】 プロピレンを分子状酸素により接触気相酸化し、アクリル酸を製造するに当たり、プロピレンからアクロレインおよびアクリル酸に転換する前段用触媒としてMo(12)Bi(5)Co(3)Ni(2)Fe(0.4)Na(0.4)B(0.2)K(0.08)Si(24)O(x)の組成の金属酸化物粉末を調製し、これを成型して外径5mmφ、内径2mmφ、及び高さ3mmのリング形状の触媒(A)を得た。更にアクロレインをアクリル酸に転換する後段用触媒として、Mo(12)V(2.4)Ni(15)Nb(1)Cu(1)Sb(34)Si(7)O(x)の組成の金属酸化物粉末を調製し、この粉末を成型し、上記プロピレン酸化触媒と同じ形状の触媒(B)を得た。ここで、O(x)の(x)は各金属酸化物の酸化状態によって定まる値である。 【0042】 <実施例1> 本実施例では、図1に示すものと同様の構造を有する多管式反応器を2器用いた。具体的には、反応管の長さが3,500mm、内径25mmのステンレス製反応管に反応管1本あたり上記触媒(A)を1リットル(L)充填したものを、反応器(A)とした。また、反応管の長さが3,500mm、内径25mmのステンレス製反応管に反応管1本あたり上記触媒(B)を1リットル(L)充填したものを、反応器(B)とした。また、触媒層の温度監視用の反応管には、外径4mmの多点式熱電対を設置した上で、他の反応管と同様に触媒を充填した。 先ず、反応器(A)の熱媒体温度を300℃、反応器(B)の熱媒温度を240℃に維持した。そして、反応器(A)の上部より、反応管1本あたり、露点がマイナス15℃より低い空気550NL/hr、露点がマイナス15℃より低い窒素310NL/hrを供給した後、水蒸気70NL/hrを供給し、ゲージ圧8kPaで運転した。このとき、反応器に供給される全ガス中の水蒸気濃度は7.5体積%、反応器に供給される全ガス中の水蒸気分圧は8.0kPaであった。次いで、水蒸気の供給開始から20分後にプロピレンの供給を開始して、1時間後にプロピレンの供給量を70NL/hrとし、ゲージ圧75kPaで運転を行った。また、得られた反応ガスと空気150NL/hr、窒素50NL/hrを混合し、反応器(B)上部より供給し、ゲージ圧45kPaで運転を行った。 なお、各反応器に供給される熱媒体は、プロピレンの転化率を98%、及びアクロレインの転化率を99%になるように、反応器(A)に供給される熱媒体の温度を315℃、反応器(B)に供給される熱媒体の温度を270℃に調整しながら運転を行った。 運転開始から1週間経過後に測定した、アクリル酸の選択率は88.1%であった。 運転開始から1週間経過後に、運転を一旦停止(シャットダウン)し、反応器を再スタートアップした。再スタートアップの手順は以下の通りである。 先ず、反応器(A)の上部より、露点がマイナス15℃より低い空気550NL/hr、露点がマイナス15℃より低い窒素310NL/hrを供給した後、水蒸気70NL/hrを供給し、ゲージ圧8kPaで運転した。このとき、反応器に供給される全ガス中の水蒸気濃度は7.5体積%、反応器に供給される全ガス中の水蒸気分圧は8.0kPaであった。水蒸気の供給開始から20分後にプロピレンの供給を開始して、1時間後にプロピレンの供給量を70NL/hrとし、ゲージ圧75kPaで運転を行った。また、得られた反応ガスと露点がマイナス15℃より低い空気150NL/hr、露点がマイナス15℃より低い窒素50NL/hrを混合し、反応器(B)上部より供給し、ゲージ圧45kPaで運転を行った。 なお、各反応器に供給される熱媒体は、プロピレンの転化率を98%、及びアクロレインの転化率を99%になるように、反応器(A)に供給される熱媒体の温度を317℃、反応器(B)に供給される熱媒体の温度を273℃に調整しながら運転を行った。結果、運転再開から1週間経過後に測定した、アクリル酸の選択率は88.9%であった。 【0043】 <実施例2> 実施例1と同様の反応器を用い、同様の条件で運転した結果、運転開始から1週間経過後に測定した、アクリル酸の選択率は88.2%であった。次に、実施例1と同様、運転開始から1週間経過後に、運転を一旦停止(シャットダウン)し、反応器を再スタートアップした。再スタートアップの手順及び運転条件は、水蒸気の供給開始から1時間50分後にプロピレンの供給を開始した以外、実施例1と同様の手順及び運転条件で運転を行った。結果、運転再開から1週間経過後に測定した、アクリル酸の選択率は88.9%であった。 【0044】 <比較例4> 実施例1と同様の反応器を用い、同様の条件で運転した結果、運転開始から1週間経過後に測定した、アクリル酸の選択率は88.1%であった。次に、実施例1と同様、運転開始から1週間経過後に、運転を一旦停止(シャットダウン)し、反応器を再スタートアップした。再スタートアップの手順及び運転条件は、水蒸気の供給開始から4時間後にプロピレンの供給を開始した以外、実施例1と同様の手順及び運転条件で運転を行った。結果、運転再開から1週間経過後に測定した、アクリル酸の選択率は88.5%であった。 【0045】 <比較例3> 実施例1と同様の反応器を用い、同様の条件で運転した結果、運転開始から1週間経過後に測定した、アクリル酸の選択率は88.0%であった。 次に、実施例1と同様、運転開始から1週間経過後に、運転を一旦停止(シャットダウン)し、反応器を再スタートアップした。再スタートアップの手順及び運転条件は、水蒸気の供給開始から5時間後にプロピレンの供給を開始した以外、実施例1と同様の手順及び運転条件で運転を行った。結果、運転再開から1週間経過後に測定した、アクリル酸の選択率は87.0%であった。 【0046】 <比較例1> 実施例1と同様の反応器を用い、同様の条件で運転した結果、運転開始から1週間経過後に測定した、アクリル酸の選択率は88.1%であった。 次に、実施例1と同様、運転開始から1週間経過後に、運転を一旦停止(シャットダウン)し、反応器を再スタートアップした。再スタートアップの手順及び運転条件において、反応器(A)の上部より、大気中の空気をそのまま圧縮機で圧縮して得た空気550NL/hr、及び露点がマイナス15℃より低い窒素380NL/hrを供給した後、ゲージ圧8kPaで運転した。水蒸気は追加供給していないが、空気中に水蒸気が存在した為、反応器に供給される全ガス中の水蒸気分圧は1.7kPaであった。窒素の供給開始から20分後にプロピレンの供給を開始し、該プロピレンの供給に引き続きプロピレンと同量の水蒸気の供給を開始し、供給した水蒸気と窒素の合計の供給量が380NL/hrとなるように、窒素の量を低減した事以外は実施例1と同様の手順及び運転条件で再スタートアップを行った。結果、運転再開から1週間経過後に測定した、アクリル酸の選択率は86.9%であった。 【0047】 <実施例5> 実施例1と同様の触媒を用い、プレート式反応器は図4に示す構造のものを用いた。波形形状の薄いステンレスプレート(板厚1mm)を2枚接合して反応温度調節用の熱媒体流路を形成した。図5に示す波形形状の周期(L)、高さ(H)及び波数を表1に示す。 該接合された波形伝熱プレートの一対に、表1の前段反応器には前記触媒(A)を、後段反応器には前記触媒(B)を、それぞれ充填して触媒層を形成した。前段反応器および後段反応器とも触媒層は波形形状の仕様によって、表1に示すように、反応ガスの流れ方向の上流から反応帯域(S1)、反応帯域(S2)及び反応帯域(S3)に分割した。1対の波形伝熱プレートは図4に示すように平行に設置し、その間隔(図5に示すP)を26mmに調整した。伝熱プレートの幅は114mmであった。 【0048】 【表1】 ![]() 【0049】 表1に示す触媒量は各反応器を垂直にし、触媒層最下部に板を取り付けて上部より水を注いで測った体積測定の結果である。該触媒量を反応原料の負荷量の計算に用いた。 熱媒体には綜研テクニクス(株)社製のNeoSK-OIL(登録商標)1400を用いそれぞれ温度を調節した後、反応帯域(S1)?反応帯域(S3)へ供給した。熱媒体の供給量は熱媒体の流速が毎秒0.7m以上となるようにした。 先ず、前段反応器の上部より、露点がマイナス15℃より低い空気3340NL/hr、露点がマイナス15℃より低い窒素970NL/hrを供給した後、水蒸気389NL/hrを供給し、ゲージ圧7kPaで運転した。このとき、反応器に供給される全ガス中の水蒸気濃度は8.3体積%、反応器に供給される全ガス中の水蒸気分圧は9.0kPaであった。空気、窒素、水蒸気の流量が安定している事を確認した上で、水蒸気の供給開始から1時間後にプロピレンの供給を開始して、徐々にプロピレンの供給量を増やし、水蒸気の供給開始から9時間後にプロピレンの供給量を433NL/hrとし、ゲージ圧69kPaで運転を行った。また、得られた反応ガスと露点がマイナス15℃より低い空気834NL/hr、露点がマイナス15℃より低い窒素357NL/hrを混合し、後段反応器上部より供給し、ゲージ圧43kPaで運転を行った。 各反応帯域(S1)、(S2)、及び(S3)へ供給された熱媒体の温度はそれぞれ339℃、332℃、及び332℃とした。 プロピレンの供給開始10時間後に前段反応器出口ガスをガスクロマトグラフィで分析したところ、プロピレンの転化率は97.0%、アクリル酸とアクロレインの合計選択率は92.4%であった。 プロピレン供給開始後12時間後に空気、窒素および水蒸気の供給は継続したまま、プロピレン原料の供給を一旦停止した。上記水蒸気供給開始から36時間後にプロピレンの供給を開始し、徐々に供給量を増やし、プロピレン供給再開後から8時間後にプロピレン流量を433NL/hrとした。 プロピレン供給再開後から10時間後に前段反応器出口ガスをガスクロマトグラフィで分析したところ、プロピレンの転化率は97.1%、アクリル酸とアクロレインの合計選択率は92.6%であった。 このとき各反応帯域(S1)、(S2)、及び(S3)へ供給された熱媒体の温度はそれぞれ344℃、332℃、及び332℃であった。 【0050】 <比較例2> 実施例5において、プロピレン供給前には水蒸気の供給を行わず、水蒸気とプロピレンを同時に供給開始した以外は同じ条件で運転を開始した。 各反応帯域(S1)、(S2)、及び(S3)へ供給された熱媒体の温度はそれぞれ339℃、332℃、及び332℃とした。 プロピレンの供給開始10時間後に前段反応器出口ガスをガスクロマトグラフィで分析したところ、プロピレンの転化率は97.5%、アクリル酸とアクロレインの合計選択率は91.9%であった。 プロピレン供給開始後12時間後に空気、窒素および水蒸気の供給は継続したまま、プロピレン原料の供給を一旦停止した。上記水蒸気供給開始から36時間後にプロピレンの供給を開始し、徐々に供給量を増やし、プロピレン供給再開後から8時間後にプロピレン流量を433NL/hrとした。 プロピレン供給再開後から10時間後に前段反応器出口ガスをガスクロマトグラフィで分析したところ、プロピレンの転化率は97.6%、アクリル酸とアクロレインの合計選択率は91.8%であった。 このとき各反応帯域(S1)、(S2)、及び(S3)へ供給された熱媒体の温度はそれぞれ344℃、332℃、及び332℃であった。 【符号の説明】 【0051】 1b、1c 反応管 2 反応器(シェル) 3a、3b 環状導管 3a’、3b’ 環状導管 4a 反応物排出口又は反応ガス出口 4b 原料供給口又は反応ガス入口 5a、5b 管板 6a、6b 穴あき邪魔板 6a’、6b’ 穴あき邪魔板 7 循環ポンプ 8a、8a’ 熱媒体供給ライン 8b、8b’ 熱媒体抜き出しライン 9 中間管板 10 伝熱プレート 11、13 温度計 12 触媒層 15-1 熱媒体流路 15-2 熱媒体流路 15-3 熱媒体流路 16 熱媒体供給口 P 一対の伝熱プレートの間隔 L 波の周期 H 波の高さ x 間隔 (57)【特許請求の範囲】 【請求項1】 モリブデンを含有する触媒を備えた固定床式反応器を使用して、プロピレン、プロパン、イソブチレン、イソブタン、及びターシャリーブタノールからなる群から選ばれる反応原料ガスの少なくとも1種を、水蒸気の存在下で、酸素含有ガスを用いて接触気相酸化させて、アクロレイン又はメタクロレインを生成する前段反応工程と、 前記前段工程で使用したモリブデンを含有する触媒を備えた固定床式反応器、又は、前記前段工程で使用した固定床式反応器とは異なる、モリブデンを含有する触媒を備えた固定床式反応器を使用して、前記アクロレイン又はメタクロレインを、水蒸気の存在下で、酸素含有ガスを用いて接触気相酸化させて、アクリル酸又はメタクリル酸を生成する後段反応工程を含み、 前記前段反応工程において、前記反応器をスタートアップするときに、昇温後、前記反応器に供給される全ガス中の水蒸気分圧が2.0kPa以上となるように水蒸気の供給を開始した後、5分以上、2時間未満に、前記反応原料ガスの供給を開始することを特徴とする、 アクリル酸又はメタクリル酸を製造する製造方法。 【請求項2】 前記反応器をスタートアップするときに、昇温後、一定温度で、前記反応器に供給される全ガス中の水蒸気分圧が2.0kPa以上となるように水蒸気の供給を開始することを特徴とする、請求項1に記載の製造方法。 【請求項3】 前記スタートアップをするときが、前記反応器をスタートアップして前記反応物を一定期間製造して、前記反応器をシャットダウンした後に、前記反応器を再スタートアップするときであることを特徴とする、請求項1又は2に記載の製造方法。 【請求項4】 前記プロピレン、プロパン、イソブチレン、イソブタン、及びターシャリーブタノールからなる群から選ばれる反応原料ガスの少なくとも1種を、水蒸気の存在下で、酸素含有ガスを用いて接触気相酸化させるときの触媒が、下記一般式(1)で表される金属酸化物からなることを特徴とする、請求項1から3のいずれか1項に記載の製造方法。 Mo(a)Bi(b)Co(c)Ni(d)Fe(e)X(f)Y(g)Z(h)Q(i)Si(j)O(k)・・・式(1) (上記式(1)中、Moはモリブデン、Biはビスマス、Coはコバルト、Niはニッケル、Feは鉄、Xはナトリウム、カリウム、ルビジュウム、セシウム及びタリウムからなる群から選ばれる少なくとも一種の元素、Yはほう素、りん、砒素及びタングステンからなる群から選ばれる少なくとも一種の元素、Zはマグネシウム、カルシウム、亜鉛、セリウム及びサマリウムからなる群から選ばれる少なくとも一種の元素、Qはハロゲン元素、Siはシリカ、Oは酸素を表す。また、a、b、c、d、e、f、g、h、i、j及びkは、それぞれMo、Bi、Co、Ni、Fe、X、Y、Z、Q、Si及びOの原子比を表し、モリブデン原子(Mo)が12のとき、0.5≦b≦7、0≦c≦10、0≦d≦10、1≦c+d≦10、0.05≦e≦3、0.0005≦f≦3、0≦g≦3、0≦h≦1、0≦i≦0.5、0≦j≦40であり、kは各元素の酸化状態によって決まる値である。) 【請求項5】 前記アクロレイン又はメタクロレインを、水蒸気の存在下で、酸素含有ガスを用いて接触気相酸化させるときの触媒が、下記一般式(2)で表される金属酸化物からなることを特徴とする、請求項1から4のいずれか1項に記載の製造方法。 Mo(12)V(a)X(b)Cu(c)Y(d)Sb(e)Z(f)Si(g)C(h)O(i)・・・式(2) (上記式(2)中、XはNb及びWからなる群から選ばれる少なくとも一種の元素を示す。YはMg、Ca、Sr、BaおよびZnからなる群から選ばれる少なくとも一種の元素を示す。ZはFe、Co、Ni、Bi、Alからなる群から選ばれる少なくとも一種の元素を示す。但し、Mo、V、Nb、Cu、W、Sb、Mg、Ca、Sr、Ba、Zn、Fe、Co、Ni、Bi、Al、Si、CおよびOは元素記号である。また、a、b、c、d、e、f、g、hおよびiは各元素の原子比を表し、モリブデン原子(Mo)12に対して、0<a≦12、0≦b≦12、0≦c≦12、0≦d≦8、0≦e≦500、0≦f≦500、0≦g≦500、0≦h≦500であり、iは前記各成分のうちCを除いた各成分の酸化度によって決まる値である。) 【請求項6】 前記固定床式反応器が、反応管を備えた多管式反応器であって、前記反応管の内径は10?50mmである、請求項1から5のいずれか1項に記載の製造方法。 【請求項7】 前記固定床式反応器が、伝熱プレートの間に形成された触媒層を備えたプレート式反応器であって、前記プレート式反応器は、触媒層の厚さが異なる複数の反応帯域に分割されており、前記複数の反応帯域には、独立して温度調整された熱媒体が供給されるプレート式反応器である、請求項1から5のいずれか1項に記載の製造方法。 |
訂正の要旨 |
審決(決定)の【理由】欄参照。 |
異議決定日 | 2016-12-13 |
出願番号 | 特願2014-9714(P2014-9714) |
審決分類 |
P
1
651・
537-
YAA
(C07C)
P 1 651・ 536- YAA (C07C) P 1 651・ 121- YAA (C07C) P 1 651・ 113- YAA (C07C) |
最終処分 | 維持 |
前審関与審査官 | 高橋 直子 |
特許庁審判長 |
中田 とし子 |
特許庁審判官 |
齊藤 真由美 加藤 幹 |
登録日 | 2015-10-16 |
登録番号 | 特許第5821977号(P5821977) |
権利者 | 三菱化学株式会社 |
発明の名称 | モリブデンを含有する触媒を備えた固定床式反応器を用いた不飽和脂肪族アルデヒド、不飽和炭化水素及び不飽和脂肪酸からなる群から選ばれる少なくとも一種の反応物を製造する製造方法 |
代理人 | 佐貫 伸一 |
代理人 | 丹羽 武司 |
代理人 | 丹羽 武司 |
代理人 | 高田 大輔 |
代理人 | 下田 俊明 |
代理人 | 高田 大輔 |
代理人 | 川口 嘉之 |
代理人 | 川口 嘉之 |
代理人 | 佐貫 伸一 |
代理人 | 下田 俊明 |