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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) C10M
審判 査定不服 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) C10M
管理番号 1325502
審判番号 不服2014-25959  
総通号数 208 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2017-04-28 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2014-12-19 
確定日 2017-02-23 
事件の表示 特願2011-542259「潤滑油組成物」拒絶査定不服審判事件〔平成22年 7月 8日国際公開、WO2010/077755、平成24年 5月31日国内公表、特表2012-512308〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯

本願は、平成21年12月10日(パリ条約に基づく優先権主張 外国庁受理2008年12月17日 (US)米国)を国際出願日とする出願であって、平成25年11月27日付け拒絶理由通知に対し、平成26年3月31日に意見書及び手続補正書が提出されたが、同年8月15日付けで拒絶査定がされたところ、同年12月19日に当該査定に対する不服審判の請求がされ、これに対する当審からの平成27年11月24日付け拒絶理由通知に対し、平成28年2月25日に意見書及び誤訳訂正書が提出され、さらに、同年3月24日付け拒絶理由通知(以下、「当審拒絶理由通知」という。)に対して、同年6月17日に意見書及び手続補正書が提出されたものである。

第2 本願に係る発明

本願に係る発明は、平成28年6月17日に提出された手続補正書により補正された特許請求の範囲の請求項1ないし14に記載された事項により特定されるとおりのものであり、そのうち、請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という。)は、以下の事項により特定されるものである。

「【請求項1】
硫黄分が0.4質量%以下、かつASTM D874で測定した硫酸灰分が0.5質量%以下の潤滑油組成物であって、(a)主要量の潤滑粘度の油、(b)組成物の全質量に基づくホウ素量が400ppmより多く2000ppm以下となる量の、少なくとも一種の油溶性又は分散性の油中で安定なホウ素含有化合物、および(c)組成物の全質量に基づくモリブデン量が少なくとも1100ppmとなる量の、少なくとも一種の油溶性又は分散性の油中で安定なモリブデン含有化合物を含む潤滑油組成物、ただし、潤滑油組成物における硫黄対モリブデン比は、0.5:1乃至4:1であり、リン含有量は5ppm以下である。」

第3 当審拒絶理由通知における拒絶理由の概要

拒絶理由の概要は、要は、
1.本願の特許請求の範囲の記載は、発明の詳細な説明に記載されたものでないから、特許法第36条第6項第1号の規定に適合しない(理由1)、
2.本願の特許請求の範囲の記載は、明確でないから、特許法第36条第6項第2号の規定に適合しない(理由2)、
3.本願の請求項1等に係る発明は、特開2004-149762号公報に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができない(理由3)、
というものである。

第4 当審の判断

当審は、平成28年6月17日に提出された意見書及び手続補正書の内容を参酌しても、依然として、理由3が解消しておらず、また、理由1も解消していないと判断する。
以下、詳述する。

(1) 特許法第29条第2項の規定について(理由3)

(1-1)本願の優先日前に頒布されたことが明らかな刊行物

1.特開2004-149762号公報(以下、「引用例」という。)

(1-2) 引用例に記載の事項

(a)
「【請求項1】
鉱油系潤滑油基油、合成系潤滑油基油又はこれらの混合物からなる基油に、(a)油溶性で硫黄原子を含まない有機モリブデン化合物をMo量で150?3000ppm、(b)硫黄化合物添加剤を硫黄量で200?4000ppm、及び(c)油溶性ホウ酸化合物、油溶性チタン酸化合物、油溶性有機酸化合物、及び油溶性有機酸金属塩の中から選ばれる1種又は2種以上を含有しており、(c)成分の含有割合を油溶性ホウ酸化合物はホウ素量で20?3000ppm、油溶性チタン酸化合物はチタン量で20?3000ppm、油溶性有機酸化合物は含有量で0.03?4質量%、油溶性有機酸金属塩は硫酸灰分量で0.02?1.2質量%の範囲にし、必要に応じて(d)ジアルキルジチオリン酸亜鉛をリン量で0.08質量%以下含有していることを特徴とするエンジン油組成物。」
「【請求項3】
エンジン油組成物全体の硫酸灰分量が0.9質量%以下である請求項1又は2に記載のエンジン油組成物。」

(b)
「【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、摩擦低減効果に優れるエンジン油組成物に関する。また、本発明のエンジン油組成物は、ガソリンエンジン、ディ-ゼルエンジン用潤滑油として利用できるとともに、2輪自動車用4-サイクルエンジン油にも利用できる。」

(c)
「【0005】
【発明が解決しようとする課題】
本発明は、上記観点からなされたもので、リンを含有しないエンジン油組成物、またはリンの含有量を低減したエンジン油組成物であって、摩擦低減効果に優れるエンジン油組成物を提供することを目的とする。
さらに、本発明は、リンの含有量とエンジン油組成物としての硫酸灰分量を低減したエンジン油組成物であって、摩擦低減効果の持続性に優れるエンジン油組成物を提供することを目的とする。」

(d)
「【0017】
本発明における(a)成分の油溶性で硫黄原子を含まない有機モリブデン化合物の含有量は、Mo量で150?3000ppmであり、好ましくは250?2000ppm、特に好ましくは350?1500ppmである。(a)成分の油溶性で硫黄原子を含まない有機モリブデン化合物の含有量が少ないと高い摩擦低減効果が得られない。一方、その含有量が多すぎると含有量に見合った摩擦低減効果が得られない。」

(e)
「【0024】
また、上記の硫黄化合物添加剤のうち、硫化油脂、硫化エステル、分子中に硫黄原子を3つ以上有する有機ポリサルファイド化合物、分子中に3つ以上の硫黄原子を有するチアジアゾール化合物を用いた場合には、特に摩擦低減効果の持続性に優れる。
上記の硫黄化合物添加剤は、1種単独で使用してもよいし、2種以上を組み合わせて使用してもよい。
硫黄化合物添加剤の含有量は硫黄量で200?4000ppmであり、好ましくは400?3000ppmである。硫黄化合物添加剤の含有量が200ppm未満だと長期に亘り十分な摩耗防止性能や摩擦低減効果が得られなくなり、硫黄化合物添加剤の含有量が4000ppmを超えると添加量に見合った効果が得られない。」

(f)
「【0035】
上記に示した(c)成分は、1種単独もしくは2種類以上混合して使用してもよい。
(c)成分は含有量が多過ぎると摩擦低減効果を損なう恐れがあるため、以下に示す含有量で存在させる。ホウ素化合物はホウ素量で20?3000ppmであり、好ましくは20?1500ppmであり、また、摩擦低減効果持続性の面で、より好ましくは20?500ppmであり、さらに好ましくは40?400ppmである。油溶性チタン酸化合物はチタン量で20?3000ppmであり、好ましくは20?1000ppmであり、また、摩擦低減効果持続性の面で、より好ましくは20?500ppmであり、さらに好ましくは20?250ppmである。油溶性有機酸化合物は含有量で0.03?4質量%であり、好ましくは0.1?4質量%であり、また、摩擦低減効果持続性の面で、より好ましくは0.1?3質量%であり、さらに好ましくは0.2?2質量%である。油溶性有機酸金属塩は硫酸灰分量で0.02?1.2質量%であり、また、摩擦低減効果持続性の面で、より好ましくは0.02?0.8質量%であり、さらに好ましくは0.05?0.7質量%である。
本発明のエンジン油組成物においては、(d)成分のジアルキルジチオリン酸亜鉛を少量含有してもよいし、実質的に含有しなくてもよい。ジアルキルジチオリン酸亜鉛は、一般式(6)で表されるものが挙げられる。」

(g)
「【0037】
本発明のエンジン油組成物は、ジアルキルジチオリン酸亜鉛を含有させなくても優れた耐摩耗性、摩擦低減効果を得ることができるが、少量のジアルキルジチオリン酸亜鉛の含有させることにより、上記の性能をより一層向上することができる。
しかしながら、ジアルキルジチオリン酸亜鉛の増量により、摩擦低減効果が失われてしまうため、含有量はリン量で0.08質量%以下が好ましく、さらに好ましくは0.06質量%以下である。」

(h)
「【0043】
流動点降下剤としては、例えば、ポリアルキルメタクリレート、塩素化パラフィン-ナフタレン縮合物、アルキル化ポリスチレンなどを挙げることができる。消泡剤としては、例えば、ジメチルポリシロキサンやポリアクリル酸などを挙げることができる。防錆剤としては、例えば、脂肪酸、アルケニルコハク酸部分エステル、脂肪酸セッケン、アルキルスルフォン酸塩、脂肪酸多価アルコールエステル、脂肪酸アミン、酸化パラフィン、アルキルポリオキシエチレンエーテルなどを挙げることができる。腐食防止剤としては、例えば、ベンゾトリアゾールやベンゾイミダゾール、チアジアゾールなどを挙げることができる。
本発明においては、エンジン油組成物としての硫酸灰分の範囲は0.9質量%以下が好ましく、この範囲を超えると摩擦低減効果及びその持続性が損なわれる恐れがある。エンジン油組成物としての硫酸灰分の範囲は、より好ましくは0.8質量%以下であり、特に好ましくは0.7質量%以下である。
本発明のエンジン油組成物の調製方法は、基油、上記必須成分及び必要に応じて各種添加剤を適宜混合すればよく、その混合順序は特に限定されるものではなく、基油に必須成分を順次混合してもよく、必須成分を予め混合した後基油に混合してもよい。さらに、各種添加剤についても、予め基油に添加してもよく、必須成分に添加してもよい。」

(i)
「【0044】
【実施例】
次に、本発明を実施例によりさらに詳細に説明する。ただし、本発明はこれらの例によっては何等限定されるものではない。
各実施例、各比較例のエンジン油組成物の調製に用いた基油、必須成分及び任意成分の添加剤の種類並びに各評価試験は次の通りである。
【0045】
▲1▼基油
40℃の動粘度が35mm^(2)/sで、粘度指数125の鉱油を使用した。
▲2▼(a)成分 モリブデン酸アミン塩(以下、Mo酸アミン塩ともいう)
Mo酸の第2級アミン塩(一般式(2)において、x=1、y=2、z=0、n=2であり、R^(4)及びR^(5)がトリデシル基である。)を使用した。
比較のため、炭素数が8と13のアルキル基を持つモリブデンジチオカルバメート(以下、MoDTC1という)を使用した。
▲3▼(b)成分 硫黄化合物
硫黄化合物1として、メチレンビス(ジブチルジチオカルバメート)を使用した。
硫黄化合物2として、硫化オレイン酸メチルを使用した。分子中の硫黄量は19質量%である。
硫黄化合物3として、2,5-ビス(第3オクチルジチオ)1,3,4-チアジアゾールを使用した。分子中の硫黄量は36質量%である。
硫黄化合物4として、ジ-tert-ドデシルポリサルファイドを使用した。分子中の硫黄量は39質量%である。
硫黄化合物5として、硫化脂肪酸を使用した。分子中の硫黄量は12質量%である。脂肪酸の炭素数は16?22の混合物を使用した。
硫黄化合物6として、下記構造式の硫化オレフィンを使用した。分子中の硫黄量は46質量%である。
【0046】
【化7】

▲4▼(c)成分 油溶性有機酸金属塩、油溶性ホウ酸化合物、油溶性チタン酸化合物、油溶性有機スルホン酸
油溶性有機酸金属塩1として、塩基価170mgKOH/gのカルシウムサリシレートを使用した。塩基価は、JIS-K-2501-6により測定した値である。硫酸灰分はJIS K2272により測定した。
油溶性有機酸金属塩2として、塩基価61mgKOH/gのカルシウムサリシレートを使用した。塩基価は、JIS-K-2501-6により測定した値である。硫酸灰分はJIS K2272により測定した。
油溶性有機酸金属塩3として、塩基価297mgKOH/gのカルシウムスルホネートを使用した。塩基価は、JIS-K-2501-6により測定した値である。
油溶性ホウ酸化合物1としてホウ酸トリイソプロピルを使用した。
油溶性ホウ酸化合物2としてポリブテニル基の分子量が950のポリブテニルコハク酸イミドの鉱油希釈品とホウ酸を反応させたものを使用した。反応後、窒素量は0.8質量%、ホウ素量は0.3質量%であった。
油溶性チタン酸化合物はオルトチタン酸テトライソプロピルを使用した。
油溶性有機スルホン酸化合物としてドデシルベンゼンスルホン酸を使用した。
【0047】
▲5▼(d)成分 ZnDTP
ZnDTP1として分子中にセカンダリータイプとプライマリタイプのアルキル基が混在するZnDTPを使用した。アルキル基の炭素数は3?6である。
ZnDTP2としてプライマリタイプでアルキル基の炭素数が8であるZnDTPを使用した。
▲6▼(e)成分 フェノール系酸化防止剤
イソオクチル-3-(3,5-ジ-tert-ブチル-4-ヒドロキシフェニル)プロピオネートを使用した。
【0048】
[評価試験]
(1)摩擦低減効果の評価試験
エンジン油組成物を用いて、SRV試験(往復動すべり摩擦試験)による摩擦係数を評価した。
SRV試験は振動数50Hz、振幅1.0mm、荷重400N、温度80℃、試験時間30分とした。30min経過時の摩擦係数により評価した。試験片のシリンダ、ディスクは材質SUJ-2のものを使用した。
(2)摩擦低減効果持続性の評価試験
200mlのベッセルに、エンジン油組成物を40ml入れ、銅触媒(縦26mm×横10mm×厚さ0.2mm)及び鉄触媒(縦26mm×横20mm×厚さ0.2mm)、ガソリン重質留分2vol%を添加し、140℃で、混合ガス(N_(2):99.2質量%、NO:0.8質量%)5.7リットル/Hrと、加湿空気15リットル/Hrとをエンジン油組成物に吹き込み、オイルを劣化させた。ガソリン重質留分とはガソリン中の沸点150℃以上の留分を指す。ここから20時間経過した時点から2時間毎に0.1mlずつサンプリングする。このエンジン油組成物の摩擦係数をSRV試験にて測定する。試験条件は振動数50Hz、振幅1.0mm、荷重400N、温度80℃、試験時間30分とした。試験片のシリンダ、ディスクは材質SUJ-2のものを使用した。SRV試験終了時の摩擦係数が0.08を超えるまでを摩擦低減効果の持続時間として評価する。例えば、32時間後にサンプリングしたエンジン油組成物がはじめて摩擦係数0.08を超えた場合、摩擦低減効果の持続時間は32時間となる。本試験での摩擦低減効果の持続時間が長いほど、摩擦低減効果の持続性に優れている。
【0049】
(実施例1?10)
前記の基油に、(a)成分のモリブデン酸アミン塩、(b)成分の硫黄化合物、(c)成分、(d)成分のZnDTPを表1及び表2の上段に示す割合(質量%)で配合し、エンジン油組成物を調製した。得られたエンジン油組成物についてSRV試験により摩擦係数を測定し、評価結果を表1及び表2の下段に示した。
なお、表中バランスとは、エンジン油組成物に配合されている各成分の合計量が100質量%になるように、基油の量を選定する意味である。
【0050】
【表1】

【0051】
【表2】

【0052】
(比較例1?7)
前記の基油に、(a)成分のモリブデン酸アミン塩、(b)成分の硫黄化合物、(c)成分、(d)成分のZnDTPを表3の上段に示す割合(質量%)で配合し、エンジン油組成物を調製した。得られたエンジン油組成物についてSRV試験により摩擦係数を測定し、評価結果を表3の下段に示した。
【0053】
【表3】

」(当審注:上記【0045】中の「一般式(2)」とは、【0016】の


(式中、xは1?3の整数、yは4?11の整数、zは0?6の整数、nは1?4の整数であり、R^(4)及びR^(5)はそれぞれ炭素数3?30の炭化水素基である。nが複数の場合、第二級アミンは同一のものでも異なるものでもよい。)」のことである。)

(1-3) 引用例に記載された発明

上記摘示事項(a)、(b)によれば、引用例には、
「鉱油系潤滑油基油からなる基油に、(a)油溶性で硫黄原子を含まない有機モリブデン化合物をMo量で150?3000ppm、(b)硫黄化合物添加剤を硫黄量で200?4000ppm、及び(c)油溶性ホウ酸化合物、油溶性チタン酸化合物、油溶性有機酸化合物、及び油溶性有機酸金属塩の中から選ばれる1種又は2種以上を含有しており、(c)成分の含有割合を油溶性ホウ酸化合物はホウ素量で20?3000ppm、油溶性チタン酸化合物はチタン量で20?3000ppm、油溶性有機酸化合物は含有量で0.03?4質量%、油溶性有機酸金属塩は硫酸灰分量で0.02?1.2質量%の範囲にし、必要に応じて(d)ジアルキルジチオリン酸亜鉛をリン量で0.08質量%以下含有し、エンジン油組成物全体の硫酸灰分量が0.9質量%以下である、ガソリンエンジン、ディ-ゼルエンジン用潤滑油として利用できるエンジン油組成物。」(以下、「引用発明」という。)が記載されていると認められる。

(1-4) 対比・検討

本願発明と引用発明とを対比する。
○引用発明の「ガソリンエンジン、ディ-ゼルエンジン用潤滑油として利用できるエンジン油組成物」は、本願発明の「潤滑油組成物」に相当する。

○引用発明の「硫黄化合物添加剤を硫黄量で200?4000ppm」は、4000ppmは0.4%であるから、本願発明の「硫黄分が0.4質量%以下」に相当する。

○引用発明の「エンジン油組成物全体の硫酸灰分量が0.9質量%以下」と本願発明の「ASTM D874で測定した硫酸灰分が0.5質量%以下」は、「硫酸灰分が特定値以下」である点で一致する。

○引用発明の「鉱油系潤滑油基油からなる基油」は、本願発明の「主要量の潤滑粘度の油」に相当する。

○引用発明の「油溶性で硫黄原子を含まない有機モリブデン化合物をMo量で150?3000ppm」と本願発明の「組成物の全質量に基づくモリブデン量が少なくとも1100ppmとなる量の、少なくとも一種の油溶性又は分散性の油中で安定なモリブデン含有化合物」とは、「組成物の全質量に基づくモリブデン量が特定の範囲の、油溶性モリブデン含有化合物」である点で一致する。

○引用発明の「鉱油系潤滑油基油からなる基油に、(a)油溶性で硫黄原子を含まない有機モリブデン化合物をMo量で150?3000ppm、(b)硫黄化合物添加剤を硫黄量で200?4000ppm、及び(c)油溶性ホウ酸化合物、油溶性チタン酸化合物、油溶性有機酸化合物、及び油溶性有機酸金属塩の中から選ばれる1種又は2種以上を含有しており、(c)成分の含有割合を油溶性ホウ酸化合物はホウ素量で20?3000ppm、油溶性チタン酸化合物はチタン量で20?3000ppm、油溶性有機酸化合物は含有量で0.03?4質量%、油溶性有機酸金属塩は硫酸灰分量で0.02?1.2質量%の範囲にし、必要に応じて(d)ジアルキルジチオリン酸亜鉛をリン量で0.08質量%以下含有し、エンジン油組成物全体の硫酸灰分量が0.9質量%以下である、ガソリンエンジン、ディ-ゼルエンジン用潤滑油として利用できるエンジン油組成物」と本願発明の「硫黄分が0.4質量%以下、かつASTM D874で測定した硫酸灰分が0.5質量%以下の潤滑油組成物であって、(a)主要量の潤滑粘度の油、(b)組成物の全質量に基づくホウ素量が400ppmより多く2000ppm以下となる量の、少なくとも一種の油溶性又は分散性の油中で安定なホウ素含有化合物、および(c)組成物の全質量に基づくモリブデン量が少なくとも1100ppmとなる量の、少なくとも一種の油溶性又は分散性の油中で安定なモリブデン含有化合物を含む潤滑油組成物、ただし、潤滑油組成物における硫黄対モリブデン比は、0.5:1乃至4:1であり、リン含有量は5ppm以下である」とは、「硫黄分が0.4質量%以下、かつ硫酸灰分が特定値以下の潤滑油組成物であって、(a)主要量の潤滑粘度の油、(b)組成物の全質量に基づくホウ素量が特定の範囲の、油溶性ホウ素含有化合物、および(c)組成物の全質量に基づくモリブデン量が特定の範囲の、油溶性モリブデン含有化合物を含む潤滑油組成物」という点で一致する。

上記より、本願発明と引用発明とは、
「硫黄分が0.4質量%以下、かつ硫酸灰分が特定値以下の潤滑油組成物であって、(a)主要量の潤滑粘度の油、(b)組成物の全質量に基づくホウ素量が特定の範囲の、油溶性ホウ素含有化合物、および(c)組成物の全質量に基づくモリブデン量が特定の範囲の、油溶性モリブデン含有化合物を含む潤滑油組成物。」である点で一致し、以下の点で相違する。

<相違点1>
硫酸灰分の含有量に関し、本願発明では、「ASTM D874で測定した硫酸灰分が0.5質量%以下」と特定されているのに対し、引用発明では、「エンジン油組成物全体の硫酸灰分量が0.9質量%以下」と特定されている点。

<相違点2>
組成物の全質量に基づくホウ素量が、本願発明では、「400ppmより多く2000ppm以下となる量」と特定されているのに対し、引用発明では、「20?3000ppmの範囲」と特定されている点。

<相違点3>
組成物の全質量に基づくモリブデン量が、本願発明では、「少なくとも1100ppmとなる量」と特定されているのに対し、引用発明では、「150?3000ppm」と特定されている点。

<相違点4>
本願発明では、「潤滑油組成物における硫黄対モリブデン比は、0.5:1乃至4:1」と特定されているのに対し、引用発明では斯かる事項が特定されていない点。

<相違点5>
本願発明では、「リン含有量は5ppm以下である」ことが特定されているのに対し、引用発明では、「必要に応じて(d)ジアルキルジチオリン酸亜鉛をリン量で0.08質量%以下含有」する点。

<相違点1>ないし<相違点5>について
上記相違点1ないし5について、併せて検討する。
まず、上記摘示事項(h)によれば、「本発明においては、エンジン油組成物としての硫酸灰分の範囲は0.9質量%以下が好ましく、この範囲を超えると摩擦低減効果及びその持続性が損なわれる恐れがある。エンジン油組成物としての硫酸灰分の範囲は、より好ましくは0.8質量%以下であり、特に好ましくは0.7質量%以下である」と記載されているように、引用発明において、硫酸灰分は少ない方が良いことが認識されていると認められるから、「エンジン油組成物全体の硫酸灰分量が0.9質量%以下」には、「エンジン油組成物全体の硫酸灰分量が0.5質量%以下」(ASTM D874で測定した硫酸灰分が0.5質量%以下)の態様が含まれることは明らかである。
また、引用発明は、組成物の全質量に基づくホウ素量が「400ppm?3000ppm」である場合を含み、さらに、組成物の全質量に基づくモリブデン量が「1100ppm?3000ppm」である場合を含む。
さらに、引用発明は、リン含有量が、0.08質量%(800ppm)以下であることが特定されているが、上記摘示事項(g)によれば、「本発明のエンジン油組成物は、ジアルキルジチオリン酸亜鉛を含有させなくても優れた耐摩耗性、摩擦低減効果を得ることができる」と記載されているから、ジアルキルジチオリン酸亜鉛由来のリン含有量が0である場合を包含しており、また、引用例全体を参照しても、他にリン含有量を増加させる成分を配合しなければならないことも記載されていないから、引用発明には、リン含有量が0、すなわち、5ppm以下である態様が含まれることは明らかである。
実際、上記摘示事項(i)の【0051】【表2】によれば、例えば、実施例10として、基油である鉱油に、硫黄化合物1由来の硫黄の含有量が1500ppm(0.15質量%)、モリブデン酸アミン塩由来のモリブデン量が1400ppm、油溶性ホウ酸化合物2由来のホウ素量が350ppmの配合量で配合され、結果として、硫黄対モリブデン比がおよそ1:1であるエンジン油組成物が具体的に開示されている。ただ、上記【表2】の実施例10における硫酸灰分、及び、ZnDTP(ジアルキルジチオリン酸亜鉛)のリン量の欄は空欄となっており、油溶性ホウ酸化合物2のホウ素量の350ppmは本願発明のホウ素量の範囲外である。
ここで、実施例10において、基油以外の成分として、モリブデンアミン酸(モリブデン酸の第2級アミン塩)、硫黄化合物1(メチレンビス(ジブチルジチオカルバメート))、及び、油溶性ホウ酸化合物2(ポリブテニルコハク酸イミドの鉱油希釈品とホウ酸を反応させたもの)を使用するものであることからして、硫酸灰分(モリブデン及びホウ素由来の硫酸灰分があるとしても別途のppmで把握されているものと認められる。)は0.5質量%未満であると認められ、また、リン化合物が配合されていないことから、リン含有量は0(5ppm以下の範囲内)であるものと認められる。

そして、上記摘示事項の【0051】【表2】の実施例10と【0053】【表3】の比較例2(ホウ素量の欄は空白)を対比すると、これらは、(油溶性ホウ酸化合物由来の)ホウ素量が350ppmか0という点のみで相違するが、摩擦係数は、実施例10が0.053であるのに対し、比較例2は0.115と実施例10の方が半減しているように、ホウ素(油溶性ホウ酸化合物)を所定量配合することで、摩擦係数の低減が図れることが実際に確認されているから、引用発明において、摩擦係数の低減のために、ホウ素量を調整することは、当業者が容易になし得ることである(なお、平成28年6月17日付け意見書の2頁下から11?15行で、「当該技術分野においては、ホウ素の添加により、潤滑油組成物の摩擦性能が向上する等の効果が得られることが知られており(例えば、特許文献3(米国特許第7026273号明細書)ご参照)ますので、特定のホウ素添加量において堆積物の低減、摩耗及び酸化腐食防止性能を実証できたならば、当業者は当該ホウ素量を包含する一定の範囲のホウ素量においても同様の効果が得られる蓋然性が高いことを認識するものと思料いたします」と記載されていることから、潤滑油の技術分野において、「ホウ素」含有化合物の添加によって摩擦性能の向上等の効果が得られることが、本願の優先日時点の当業者にとって技術常識であったことは、審判請求人も認めるところと解される。)。そして、上記摘示事項(f)によれば、「(c)成分は含有量が多過ぎると摩擦低減効果を損なう恐れがあるため、以下に示す含有量で存在させる。ホウ素化合物はホウ素量で20?3000ppmであり、好ましくは20?1500ppmであり、また、摩擦低減効果持続性の面で、より好ましくは20?500ppmであり、さらに好ましくは40?400ppmである」と記載されており、摩擦低減効果持続性の観点からは、「より好ましくは20?500ppmであり、さらに好ましくは40?400ppmである」範囲に適宜調整されるべきものであることも理解されるので、油溶性ホウ酸化合物の配合量を、ホウ素量で350ppmから400ppm程度まで増量させる(50ppm程度増量する)動機は十分にあると認められる(なお、上記摘示事項(f)によれば、引用発明におけるホウ素量の最大値は3000ppmである。)。

そして、上記摘示事項(i)の【0050】【表1】の実施例2と【0051】【表2】の実施例10を対比すると、これらは、モリブデン酸アミン塩の含有量がモリブデン量で700ppmか1400ppmかでのみ相違するものの、摩擦係数は0.051と0.053と誤差程度の差しかないので、引用発明(モリブデン量で150?3000ppm)を実施するに際し、モリブデン量で700?1400ppmの範囲内において、1100ppm以上とするか、未満とするかは、当業者にとって単なる設計的事項にすぎないものといえる。また、実施例10において、ホウ素量を50ppm程度増量する際に、モリブデン量を連動して増減させたとしても、上記摘示事項(i)の【0050】【表1】及び【0051】【表2】によれば、いずれの実施例においても、硫黄対モリブデン比は0.5:1乃至4:1の範囲内である1.1:1又は2.9:1とされており、引用発明を実施するに際し、硫黄化合物及びモリブデン化合物は、硫黄対モリブデン比がこの程度となるような量で各々配合することを意図するものであることからして、硫黄量が下記のように大きく変わらないのであれば、モリブデン量も大きく変わらないというべきである。
同様に、上記摘示事項(i)の【0050】【表1】及び【0051】【表2】において、ホウ素量やモリブデン量にかかわらず、上記摘示の全ての実施例の硫黄量は1500ppm(0.15質量%)であることからして、ホウ素量を50ppm程度増量する際に、硫黄量を連動して増減させたとしても、このレベルの量であるというべきである。
このように実施例10のエンジン油組成物(潤滑油組成物)は、本願発明の各要件を全て満たす態様を想定するものである。

したがって、引用発明に包含される多数の実施形態の中から、実際に、本願発明の要件を満たす態様を選択すること自体は、当業者によって造作もないことであるから、結局、本願発明の特許性は、本願発明が、引用発明に対して、選択発明性を有する場合に認められるといえる。

<選択発明性>について
本願発明は、硫黄分、硫酸灰分、ホウ素量、モリブデン量、リン含有量、及び、硫黄対モリブデン比を同時に特定の数値範囲とするものであり、本願明細書の【0012】によれば、それにより、硫黄、硫酸灰分、リン分を比較的低いレベルで用いながら、内燃機関に使用したときに高度の堆積物の低減、摩耗及び酸価腐食防止性能を示すという効果を奏するものである。
しかしながら、本願明細書には、上記各数値範囲が適切であることが文言上記載されているものの、特定された各数値範囲と上記効果との関係(作用機序)が十分に開示されていない。
また、実施例・比較例を参照すると、実施例は、成分組成がほとんどの同一の実施例が2つと、それと比較例が3つ開示されるのみであり、これらの数少ない実験結果の比較から、本願発明を規定する特定された各数値範囲と上記効果との関係を客観的に把握することもできない。
したがって、選択発明性は認められない。

審判請求人は、上記意見書5頁下から2?8行で、「引用例に規定するモリブデン量及びホウ素量は、それぞれ150?3000ppm、20?3000ppmと広範囲であり、本発明において規定する少なくとも1100ppmのモリブデン量、及び400ppmより多く2000ppm以下となる量のホウ素量という、比較的多量のモリブデン及びホウ素を使用すべき旨は、引用例には記載も示唆もされていません。まして、上記の比較的多量のモリブデン及びホウ素に加えて、0.4質量%以下の硫黄分、及び0.5質量%以下の硫酸灰分を有し、かつ硫黄対モリブデン比が0.5:1乃至4:1である潤滑油組成物は、引用例には記載も示唆もされてい」ない旨主張しているが、審判請求人自身が、上記意見書2頁下から11?15行、及び、同3頁下から16?23行で記載しているように、ホウ素量、モリブデン量とも、摩擦低減効果に影響を与えることは、周知事項であるから、引用発明で許容されているこれらの数値範囲が、比較的広範囲であるとしても、その範囲中で、「比較的多量のモリブデン及びホウ素」を使用することを想到することは、当業者にとって容易であるし、比較的多量のモリブデン及びホウ素を使用すれば、ある程度の摩擦低減効果が得られることは明らかであるところ、本願明細書を参酌したとしても、特に、硫黄対モリブデン比を特定の範囲に調整することで、それから外れた場合と比較して、新たな技術的意義及び顕著な作用効果が存することを確認することができない。
また、審判請求人は、上記意見書の3頁【表1】で、追加的な実験結果を示している。上記意見書では、当該実験結果は、理由1(特許法第36条第6項第1号の規定について)に対する反論の中で引用されているが、平成26年12月19日付け審判請求書では、本願発明の進歩性に対する主張の中で引用されており、念のため、ここで検討する。

審判請求人は、上記審判請求書の10頁で、【表2】として上記表を示すとともに、同頁下から2?3行で、「例1の潤滑油組成物は、参考例1の潤滑油組成物よりも腐食性が低く、内燃機関においてより優れた摩耗防止性能を示します」、11頁6?9行で、「モリブデン含量が1238ppmである例1及び2と、962ppmである参考例1及び2とを比較すると、前者の銅含有量は後者のものよりも顕著に少なく、したがって内燃機関において格段に優れた摩耗防止性能を示すことがわかります」と主張している。
しかしながら、モリブデン量だけでなく、硫黄分、ホウ素量も異なる値である例1、2と参考例1、2の潤滑油組成物の対比において、摩耗低減効果に差が生じている理由が、モリブデン量の相違(のみ)であるということはできない。
そして、ホウ素量以外の条件が同一である例1と例2、参考例1と参考例2を対比すると、どちらの場合でも、ホウ素量が少ない方が、少ない銅含有量になっており、潤滑油組成物中のホウ素量を少なくすることで、腐食性が低く、内燃機関においてより優れた摩耗防止性能を示す潤滑油組成物が得られることが見て取れるものの、例1において、ホウ素量を450ppmよりもさらに減少させて400ppm未満(例えば、390ppm)とした場合、ホウ素量が450ppmのときの銅含有量である175ppmが、仮に銅含有量が増加に転じるとしても、本願発明の規定を満たす例2の1750ppmのときの銅含有量である226ppmを越えるだろうと解すべき技術的根拠はなく、ホウ素量400?2000ppmの数値範囲と400ppm未満(である例えば390ppm)との間に、摩擦低減効果における効果上の差異を認める客観的証拠はない。
いずれにしろ、当該実験結果からは、ホウ素量として、400ppmに臨界点がないことが推察され、少なくとも、400ppmに臨界点を有する証拠とはなっていない。

(1-5) 結論
よって、本願発明に選択発明性を認めることはできないので、本願発明は、引用発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができるものでない。

〔なお、平成27年11月24日付け拒絶理由通知において、引用例Bとして引用した特開平8-283762号公報には、「摩擦係数を低くするために、硫化オキシモリブデンジチオカルバメートなどのモリブデン含有摩擦調整剤が使用されていたが、モリブデン含有摩擦調整剤によって、摩擦係数を低減して燃費を改善する場合には、他方において、含有するモリブデン含量に応じてコーキングデポッジットが増大してせっかく達成した低燃費特性が持続しない欠点が発生することもある。事実、このモリブデン含有摩擦調整剤を配合した潤滑油組成物の中には、GF-2規格のホットチューブコーキングテストによるデポジット試験を行うと、コーキングデポジットによって閉塞して、GF-2規格[ホットチューブコーキングテスト(310℃×16時間)のデポジット量100mg以下]を全く満足しなくなる欠点がある。」(【0003】)、「本発明者らは、潤滑油組成物の低燃費持続性を改善するために鋭意研究を重ねた結果、モリブデン系添加剤によって摩擦特性を改善した潤滑油組成物に、ホウ素含有量の大きい特定の化合物を特定量添加するとコーキングデポジットが激減することを見出し、この知見に基づき本発明を完成するに至った。」(【0004】)、「デポジットの量は、モリブデン量とホウ素量との間にある程度関係があり、後記する実施例からわかるように、ホウ素の量を一定にした場合、モリブデンの量が少ない方がデポジット量の抑制効果が高い。また、モリブデン量を一定とした場合、ホウ素量が多い方がデポジット量の抑制効果が高い。」(【0006】)と記載されていることからして、ホウ素含有化合物とモリブデン含有化合物を併用することで、より高い堆積物の低減効果が得られることは、当業者における公知の事項であることも付記する。〕

(2) 特許法第36条第6項第1号の規定について(理由1)

(2-1) 本願発明が解決しようとする課題

本願明細書の【0008】や【0012】を参照すると、本願発明が解決しようとする課題は、「硫黄および硫酸灰分を比較的低いレベルで用いながら、内燃機関において使用したときに堆積物の低減並びに摩耗及び酸化防止の改善を示す改良された低灰分潤滑油組成物の開発」にあるものと認められる。

(2-2) 発明の詳細な説明の【実施例】(【0118】以降)において上記課題が解決できると当業者が認識できる範囲

本願明細書の【0146】、【0172】には、第2表、第3表として、実施例・比較例で用いた潤滑油組成物の成分組成及びその性能データがまとめられているが、

これによると、
・ホウ酸化分散剤を組成物の全質量に基づくホウ素量が750ppm、モリブデンコハク酸イミド錯体を組成物の全質量に基づくモリブデン量が1200ppm、硫黄分が0.24又は0.25質量%、硫酸灰分が0.35又は0.26質量%、潤滑油組成物の硫黄対モリブデン比が約2:1、リン分が<5又は5ppmである場合、良好な結果が得られること(実施例1、2)、
・ホウ酸化分散剤を組成物の全質量に基づくホウ素量が340ppm、モリブデンコハク酸イミド錯体を組成物の全質量に基づくモリブデン量が90ppm、硫黄分が0.25質量%、硫酸灰分が0.64質量%、潤滑油組成物の硫黄対モリブデン比が約27.8:1、リン分が1100ppmである場合、良好な結果が得られること(比較例A)、
・ホウ酸化分散剤を組成物の全質量に基づくホウ素量が340又は400ppm、モリブデンコハク酸イミド錯体を組成物の全質量に基づくモリブデン量が90ppm、硫黄分が0.027又は0.047質量%、硫酸灰分が0.26又は0.39質量%、潤滑油組成物の硫黄対モリブデン比が約3:1又は約5.2:1、リン分が<5又は5ppmである場合、良好な結果が得られないこと(比較例B、C)、
が示されている。
ここで、これらの結果から、例えば、潤滑油組成物の硫黄対モリブデン比の望ましい範囲は、単純に決定しうるものではなく、そもそも、硫黄対モリブデン比が重要であるかどうかも、これらの結果を比較するだけでは判断することができない。また、ホウ素量が750ppmでモリブデン量が1200ppmである場合に良好な結果が得られたとして、ホウ素量、モリブデン量をお互いどのように変化させることが許容されるのか不明であり、その際、硫黄分、硫酸灰分、リン分の含有量との兼ね合いについても不明である。
結局、発明の詳細な説明の実施例において、上記課題が解決できると当業者が認識できる範囲は実施例として開示された具体的態様の範囲にとどまるものであるといわざるを得ない。

(2-3) 発明の詳細な説明の【実施例】以外(【0117】以前)において上記課題が解決できると当業者が認識できる範囲

本願明細書【0040】には、ホウ素量についての記載がされているが、400ppmを下限値とすることや2000ppmを上限値とすることの根拠が記載されておらず、実施例で採用されている唯一の750ppmを400ppmや2000ppmに変えても、上記課題が解決しうると認められる技術的根拠(作用機序)が不明である。
また、本願明細書【0088】には、モリブデン量についての記載がされているが、当該記載を参照しても、モリブデン量を実施例で採用されている唯一の1200ppmを超えて、8000ppm(平成28年6月17日付け意見書4頁下から7行参照)であっても、上記課題が解決しうると認められる技術的根拠(作用機序)が不明である。
さらに、本願明細書【0089】には、硫黄対モリブデン比についての記載がされているが、4:1を上限とすることや0.5:1を下限とすることの根拠が記載されておらず、実施例1、2で採用されている2(2.1):1を4:1や0.5:1に変えても、上記課題が解決しうると認められる技術的根拠(作用機序)が不明である。
また、これらの各種パラメータが、どのような作用効果に影響を及ぼすものかが不明であるから、各々独立して許容される範囲内で変更可能であるのか、関連して変更しなければならない事項であるのかも不明である。

したがって、実施例以外の発明の詳細な説明をみても、上記課題が解決できると当業者が認識できるほどの記載を見出すことはできない。

(2-4) 平成28年6月17日付け意見書における釈明について

審判請求人は、上記意見書で、「当該技術分野においては、ホウ素の添加により、潤滑油組成物の摩擦性能が向上する等の効果が得られることが知られており」、「当該技術分野においては、一定範囲の量のモリブデンの添加により、潤滑油組成物において摩擦性能向上等の効果が得られることが知られており」と述べており、この説明は、本願優先日時点での当業者の技術水準として妥当なものであると解されるが、それぞれの作用効果の傾向が周知であるといえるとしても、ホウ素量、モリブデン量それぞれの適切な範囲が、400ppm?2000ppm、1100ppm?8000ppmであることを示す根拠とはならないし、ホウ素量、モリブデン量を同時に特定の範囲に調整し、かつ、硫黄対モリブデン比を特定の範囲に調整することと、本願発明の技術課題の解決との関係についてまで、十分な釈明をするものでない。
また、審判請求人は、追加的な実験結果(下記再掲)を示すとともに、それに関連する下記の3点の主張をする。

a.ホウ素量が450ppmである例1、ホウ素量が1750ppmである例2においては、ホウ素量が400ppmを下回る参考例1と比較して、その銅含有量が顕著に少ないものとなっており、例1及び2の潤滑油組成物は、参考例1の潤滑油組成物よりも腐食性が低く、内燃機関においてより優れた摩耗防止性能を示すように、本願発明の潤滑油組成物は、本願発明に規定するホウ素量の数値範囲の全範囲にわたって、本願発明の効果を奏する。
b.モリブデン含有量が1238ppmである例1及び2においては、モリブデン含有量が1100ppmを下回る参考例1及び2と比較して、その銅含有量が顕著に少ないものとなっており、例1及び2の潤滑油組成物は、参考例1及び2の潤滑油組成物よりも腐食性が低く、内燃機関においてより優れた摩耗防止性能を示すように、本発明の潤滑油組成物は、請求項1に規定するモリブデン含有量の数値範囲の全範囲にわたって、本発明の効果を奏する。
c.硫黄対モリブデン比が2.8:1である例1及び例2においては、硫黄対モリブデン比が4.6:1である参考例1及び2と比較して、その銅含有量が顕著に少ないものとなっており、例1及び2の潤滑油組成物は、参考例1及び2の潤滑油組成物よりも腐食性が低く、内燃機関においてより優れた摩耗防止性能を示すように、本願発明の潤滑油組成物は、本願発明に規定する硫黄対モリブデン比の数値範囲の全範囲にわたって、本願発明の効果を奏する。

しかしながら、当該追加の実験結果は、ホウ素量、モリブデン量及び硫黄対モリブデン比と、摩耗性能などの諸特性との関係を、本件出願後に開示するものに他ならず、上記発明の詳細な説明の記載内容を記載外で補足するものとして、これを参酌することは許されない。
仮に、これを参酌するとしても、下記に示すように、追加の実験結果からいえることは、本願明細書で開示の実施例1、2の特定の潤滑油組成物の他にも、例1、2の特定の潤滑油組成物を用いることにより、上記課題が解決できることが確認されたというにとどまり、これらの具体例を加えることをもって、サポート要件違反が解消されるとまではいえない。
具体的に、上記aについて説示すると、確かに、ホウ素量に関し、本願発明の規定の下限値である400ppmに近い450ppmである例1及び、上限値である2000ppmに近い1750ppmである例2の潤滑油組成物が、本願発明の規定を満たさない参考例1、2の潤滑油組成物よりも腐食性が低く、内燃機関においてより優れた摩耗防止性能を示すことが確認されているが、この結果は、単に、モリブデン量が1238ppmであり、硫黄分が0.35質量%であ(り、硫黄対モリブデン比が2.8:1であ)る場合に、ホウ素量が、450?1750ppmの範囲であれば、所望の摩擦防止性能が示される程度のことがいえるのみであり、そのことをもって、モリブデン量や硫黄量と切り離して、「本願請求項1に規定するホウ素量の数値範囲の全範囲にわたって、本願発明の効果を奏する」ということはできない。
次に、上記bについていうと、確かに、モリブデン量に関し、本願発明の下限値である1100ppmを越えた1238ppmである例1及び例2の潤滑油組成物が、本願発明の規定を満たさない参考例1、2の潤滑油組成物よりも腐食性が低く、内燃機関においてより優れた摩耗防止性能を示すことが確認されているが、この結果は、単に、ホウ素量が450?1750ppmであり、硫黄分が0.35質量%である場合に、モリブデン量を1238ppmと(し、硫黄対モリブデン比を2.8:1と)すれば、所望の摩擦防止性能が示される程度のことがいえるのみであり、そのことをもって、ホウ素量や硫黄量と切り離して、「本願請求項1に規定するモリブデン含有量の数値範囲の全範囲にわたって、本発明の効果を奏する」ということはできない。
さらに、上記cについていうと、確かに、硫黄対モリブデン比に関し、本願発明の4:1?0.5:1の範囲内の2.8:1である例1及び例2の潤滑油組成物が、本願発明の規定を満たさない参考例1、2の潤滑油組成物よりも腐食性が低く、内燃機関においてより優れた摩耗防止性能を示すことが確認されているが、この結果からは、単に、ホウ素量が450?1750ppmであり、モリブデン量が1238ppmであり、硫黄分が0.35質量%であり、硫黄対モリブデン比を2.8:1である場合に、所望の摩擦防止性能が示される程度のことがいえるのみであり、このことをもって、ホウ素量、モリブデン量、硫黄分と切り離して、「本願請求項1に規定する硫黄対モリブデン比の数値範囲の全範囲にわたって、本願発明の効果を奏する」ということはできない。

(2-5) 結論

結局、本願明細書の発明の詳細な説明から把握できる技術事項は、本願発明に含まれる多数の実施形態のうち、実施例1、実施例2で示される限定された潤滑油組成物を用いれば、上記課題を解決しうるということに留まるといわざるを得ず、本願発明に文言上含まれる他の態様まで、上記課題を解決し得るものとして、本願明細書の発明の詳細な説明に開示されたものということはできない。
したがって、本願発明を規定する本願の特許請求の範囲の請求項1の記載は、本願発明が解決しようとする技術課題を解決し得るものとして発明の詳細な説明に記載された範囲を超えているといわざるをえない。

第5 むすび

上記第4で検討したように、本願発明は、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができるものでなく、また、本願の特許請求の範囲の請求項1の記載は、同法第36条第6項第1号の規定に適合するものでないので特許を受けることができるものでない。
したがって、本願は、請求項2ないし14に係る発明について検討するまでもなく、特許法第49条第2号の規定に該当し、また、請求項2乃至14に記載について検討するまでもなく、同法同条第4号の規定に該当するから、いずれにしろ、拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり、審決する。
 
審理終結日 2016-09-28 
結審通知日 2016-09-29 
審決日 2016-10-14 
出願番号 特願2011-542259(P2011-542259)
審決分類 P 1 8・ 537- WZ (C10M)
P 1 8・ 121- WZ (C10M)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 松原 宜史  
特許庁審判長 豊永 茂弘
特許庁審判官 岩田 行剛
日比野 隆治
発明の名称 潤滑油組成物  
代理人 特許業務法人浅村特許事務所  

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