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審決分類 審判 査定不服 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 特許、登録しない。 C10M
審判 査定不服 特36条4項詳細な説明の記載不備 特許、登録しない。 C10M
管理番号 1328246
審判番号 不服2015-18893  
総通号数 211 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2017-07-28 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2015-10-20 
確定日 2017-05-08 
事件の表示 特願2014- 92617「潤滑油組成物」拒絶査定不服審判事件〔平成26年 7月24日出願公開、特開2014-133902〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、平成22年1月7日に出願した特願2010-002270号の一部を、特許法第44条第1項の規定により平成26年4月28日に新たな特許出願として分割したものであって、以降の手続の経緯は以下のとおりのものである。

平成26年11月11日付け 拒絶理由通知書
平成27年1月19日 意見書・手続補正書
平成27年7月10日付け 拒絶査定
平成27年10月20日 審判請求書
平成27年10月30日付け 手続補正指令書(方式)
平成27年12月3日 手続補正書


第2 本願発明の認定
この出願の請求項1に係る発明は、平成27年1月19日付け手続補正書により補正された特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定される次のとおりのものである(以下、「本願発明」という。)。

「【請求項1】
100℃における動粘度が1?20mm^(2)/sである潤滑油基油と、
^(13)C-NMRにより得られるスペクトルにおいて、全ピークの合計面積に対する化学シフト36-38ppmの間のピークの合計面積M1と化学シフト64-66ppmの間のピークの合計面積M2の比M1/M2が0.20以上である粘度指数向上剤と、
摩擦調整剤と、
油溶性金属塩をアルカリ土類金属ホウ酸塩で過塩基化した過塩基性金属塩と、を含有することを特徴とする潤滑油組成物。」


第3 原査定における拒絶の理由の概要
原査定の拒絶の理由は、本願の発明の詳細な説明は、本願請求項1に記載された発明を当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されておらず、この出願は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない、及び、本願発明は、本願の発明の詳細な説明に記載されたものでなく、この出願は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない、というものである。


第4 当審の判断
1.特許法第36条第4項第1号について
(1)発明の詳細な説明の記載事項
ア.「本発明は、100℃における動粘度が1?20mm^(2)/sである潤滑油基油と、(A)^(13)C-NMRにより得られるスペクトルにおいて、全ピークの合計面積に対する化学シフト36-38ppmの間のピークの合計面積M1と化学シフト64-66ppmの間のピークの合計面積M2の比M1/M2が0.20以上である粘度指数向上剤と、(B)摩擦調整剤と、(C)油溶性金属塩をアルカリ土類金属ホウ酸塩で過塩基化した過塩基性金属塩と、を含有する潤滑油組成物を提供する。
上記(A)粘度指数向上剤は、ポリ(メタ)アクリレート系粘度指数向上剤であることが好ましい。
さらに、上記(A)粘度指数向上剤は、PSSIが40以下、重量平均分子量とPSSIの比が1×10^(4)以上のものであることが好ましい。
ここで、本発明でいう「PSSI」とは、ASTM D 6022-01(Standard Practice for Calculation of Permanent Shear Stability Index)に準拠し、ASTM D 6278-02(Test Metohd for Shear Stability of Polymer Containing Fluids Using a European Diesel Injector Apparatus)により測定されたデータに基づき計算された、ポリマーの永久せん断安定性指数(Permanent Shear Stability Index)を意味する。」(【0008】?【0011】)

イ.「本発明において用いられる(A)粘度指数向上剤は、核磁気共鳴分析(^(13)C-NMR)により得られるスペクトルにおいて、全ピークの合計面積に対する化学シフト36-38ppmの間のピークの合計面積(M1)と化学シフト64-66ppmの間のピークの合計面積(M2)の比、つまりM1/M2が0.20以上となるものである。
上記の条件を満たす(A)粘度指数向上剤は、具体的には非分散型または分散型エステル基含有粘度指数向上剤であり、例として非分散型または分散型ポリ(メタ)アクリレート系粘度指数向上剤、非分散型または分散型オレフィン-(メタ)アクリレート共重合体系粘度指数向上剤、スチレン-無水マレイン酸エステル共重合体系粘度指数向上剤およびこれらの混合物等が挙げられ、これらの中でも非分散型または分散型ポリ(メタ)アクリレート系粘度指数向上剤であることが好ましい。特に非分散型または分散型ポリメタクリレート系粘度指数向上剤であることが好ましい。」(【0056】?【0057】)

ウ.「M1/M2は好ましくは0.3以上であり、さらに好ましくは0.4以上であり、特に好ましくは0.5以上であり、最も好ましくは0.6以上である。また、M1/M2は好ましくは3.0以下であり、さらに好ましくは2.0以下であり、特に好ましくは1.0以下であり、最も好ましくは0.8以下である。M1/M2が0.20未満の場合は、必要とする省燃費性が得られないばかりでなく、低温粘度特性が悪化するおそれがある。また、M1/M2が3.0を超える場合は、必要とする省燃費性が得られない恐れがあり、溶解性や貯蔵安定性が悪化する恐れがある。
なお、核磁気共鳴分析(^(13)C-NMR)スペクトルは、粘度指数向上剤に希釈油が含まれる場合は、希釈油をゴム膜透析等により分離したポリマーについて得られるものである。」(【0058】?【0059】)

エ.「全ピークの合計面積に対する化学シフト36-38ppmの間のピークの合計面積(M1)は、粘度指数向上剤が例えばポリ(メタ)アクリレートの場合、^(13)C-NMRにより測定される、全炭素の積分強度の合計に対するポリ(メタ)アクリレート側鎖の特定のβ分岐構造に由来する積分強度の割合を意味し、全ピークの合計面積に対する化学シフト64-66ppmの間のピークの合計面積(M2)は、^(13)C-NMRにより測定される、全炭素の積分強度の合計に対するポリ(メタ)アクリレート側鎖の特定の直鎖構造に由来する積分強度の割合を意味する。
M1/M2はポリ(メタ)アクリレート側鎖の特定のβ分岐構造と特定の直鎖構造の割合を意味するが、同等の結果が得られるのであればその他の方法を用いてもよい。なお、^(13)C-NMR測定にあたっては、サンプルとして試料0.5gに3gの重クロロホルムを加えて希釈したものを使用し、測定温度は室温、共鳴周波数は125MHzとし、測定法はゲート付デカップリング法を使用した。」(【0060】?【0061】)

オ.「上記分析により、
(a)化学シフト約10-70ppmの積分強度の合計(炭化水素の全炭素に起因する積分強度の合計)、及び
(b)化学シフト36-38ppmの積分強度の合計(特定のβ分岐構造に起因する積分強度の合計)、及び
(c)化学シフト64-66ppmの積分強度の合計(特定の直鎖構造に起因する積分強度の合計)をそれぞれ測定し、(a)100%とした時の(b)の割合(%)を算出しM1とした。また、(a)100%とした時の(c)の割合(%)を算出しM2とした。」(【0062】)

カ.「本実施形態で用いることのできるポリ(メタ)アクリレート系粘度指数向上剤(本発明でいうポリ(メタ)アクリレート系とは、ポリアクリレート系化合物及びポリメタクリレート系化合物の総称)は、好ましくは、下記一般式(1)で表される(メタ)アクリレートモノマー(以下、「モノマーM-1」という。)を含む重合性モノマーの重合体である。
【化1】

[上記一般式(1)中、R^(1)は水素又はメチル基を示し、R^(2)は炭素数1?200の直鎖状又は分枝状の炭化水素基を示す。]
一般式(1)で表されるモノマーの1種の単独重合体又は2種以上の共重合により得られるポリ(メタ)アクリレート系化合物はいわゆる非分散型ポリ(メタ)アクリレートであるが、本実施形態に係るポリ(メタ)アクリレート系化合物は、一般式(1)で表されるモノマーと、一般式(2)および(3)から選ばれる1種以上のモノマー(以下、それぞれ「モノマーM-2」および「モノマーM-3」という。)を共重合させたいわゆる分散型ポリ(メタ)アクリレートであってもよい。
【化2】

[一般式(2)中、R^(3)は水素原子又はメチル基を示し、R^(4)は炭素数1?18のアルキレン基を示し、E^(1)は窒素原子を1?2個、酸素原子を0?2個含有するアミン残基又は複素環残基を示し、aは0又は1を示す。]
【化3】

[一般式(3)中、R^(5)は水素原子又はメチル基を示し、E^(2)は窒素原子を1?2個、酸素原子を0?2個含有するアミン残基又は複素環残基を示す。]
E^(1)およびE^(2)で表される基としては、具体的には、ジメチルアミノ基、ジエチルアミノ基、ジプロピルアミノ基、ジブチルアミノ基、アニリノ基、トルイジノ基、キシリジノ基、アセチルアミノ基、ベンゾイルアミノ基、モルホリノ基、ピロリル基、ピロリノ基、ピリジル基、メチルピリジル基、ピロリジニル基、ピペリジニル基、キノニル基、ピロリドニル基、ピロリドノ基、イミダゾリノ基、およびピラジノ基等が例示できる。
モノマーM-2、モノマーM-3の好ましい例としては、具体的には、ジメチルアミノメチルメタクリレート、ジエチルアミノメチルメタクリレート、ジメチルアミノエチルメタクリレート、ジエチルアミノエチルメタクリレート、2-メチル-5-ビニルピリジン、モルホリノメチルメタクリレート、モルホリノエチルメタクリレート、N-ビニルピロリドン及びこれらの混合物等が例示できる。
モノマーM-1とモノマーM-2?M-3との共重合体の共重合モル比については特に制限はないが、M-1:M-2?M-3=99:1?80:20程度が好ましく、より好ましくは98:2?85:15、さらに好ましくは95:5?90:10である。」 (【0063】?【0067】)

キ.「上記ポリ(メタ)アクリレートの製造法は任意であるが、例えば、ベンゾイルパーオキシド等の重合開始剤の存在下で、モノマー(M-1)とモノマー(M-2)?(M-3)の混合物をラジカル溶液重合させることにより容易に得ることができる。」(【0068】)

ク.「上記(A)粘度指数向上剤のPSSI(パーマネントシアスタビリティインデックス)は40以下であることが好ましく、より好ましくは35以下であり、さらに好ましくは30以下であり、特に好ましくは25以下である。また、0.1以上であることが好ましく、より好ましくは0.5以上であり、さらに好ましくは2以上であり、特に好ましくは5以上である。PSSIが0.1未満の場合には粘度指数向上効果が小さくコストが上昇するおそれがあり、PSSIが40を超える場合にはせん断安定性や貯蔵安定性が悪くなるおそれがある。」(【0069】)

ケ.「(A)粘度指数向上剤の重量平均分子量(M_(W))は100,000以上であることが好ましく、より好ましくは200,000以上であり、さらに好ましくは250,000以上であり、特に好ましくは300,000以上である。また、好ましくは1,000,000以下であり、より好ましくは700,000以下であり、さらに好ましくは600,000以下であり、特に好ましくは500,000以下である。重量平均分子量が100,000未満の場合には粘度温度特性の向上効果や粘度指数向上効果が小さくコストが上昇するおそれがあり、重量平均分子量が1,000,000を超える場合にはせん断安定性や基油への溶解性、貯蔵安定性が悪くなるおそれがある。」(【0070】)

コ.「(A)粘度指数向上剤の数平均分子量(M_(N))は50,000以上であることが好ましく、より好ましくは800,000以上であり、さらに好ましくは100,000以上であり、特に好ましくは120,000以上である。また、好ましくは500,000以下であり、より好ましくは300,000以下であり、さらに好ましくは250,000以下であり、特に好ましくは200,000以下である。数平均分子量が50,000未満の場合には粘度温度特性の向上効果や粘度指数向上効果が小さくコストが上昇するおそれがあり、重量平均分子量が500,000を超える場合にはせん断安定性や基油への溶解性、貯蔵安定性が悪くなるおそれがある。」(【0071】)

サ.「(A)粘度指数向上剤の重量平均分子量とPSSIの比(M_(W)/PSSI)は、1.0×10^(4)以上であることが好ましく、好ましくは1.5×10^(4)以上、より好ましくは2.0×10^(4)以上、さらに好ましくは2.5×10^(4)以上、特に好ましくは3.0×10^(4)以上である。M_(W)/PSSIが1.0×10^(4)未満の場合には、粘度温度特性が悪化すなわち省燃費性が悪化するおそれがある。」(【0072】)

シ.「(A)粘度指数向上剤の重量平均分子量と数平均分子量の比(M_(W)/M_(N))は、0.5以上であることが好ましく、好ましくは1.0以上、より好ましくは1.5以上、さらに好ましくは2.0以上、特に好ましくは2.1以上である。また、M_(W)/M_(N)は6.0以下であることが好ましく、より好ましくは4.0以下、さらに好ましくは3.5以下、特に好ましくは3.0以下である。M_(W)/M_(N)が0.5未満や6.0を超える場合には、粘度温度特性が悪化すなわち省燃費性が悪化するおそれがある。」(【0073】)

ス.「(A)粘度指数向上剤の40℃と100℃における動粘度の増粘比ΔKV40/ΔKV100は、4.0以下であることが好ましく、より好ましくは3.5以下、さらに好ましくは3.0以下、特に好ましくは2.5以下、もっとも好ましくは2.3以下である。また、ΔKV40/ΔKV100は、0.5以上であることが好ましく、より好ましくは1.0以上であり、さらに好ましくは1.5以上であり、特に好ましくは2.0以上である。
ΔKV40/ΔKV100が0.5未満の場合には、粘度の増加効果や溶解性が小さくコストが上昇するおそれがあり、4.0を超える場合には、粘度温度特性の向上効果や低温粘度特性に劣るおそれがある。なお、ΔKV40はSK社製YUBASE4に粘度指数向上剤を3.0%添加したときの、40℃における動粘度の増加分を意味し、ΔKV100はSK社製YUBASE4に粘度指数向上剤を3.0%添加したときの、100℃における動粘度の増加分を意味する。」(【0074】)

セ.「(A)粘度指数向上剤の100℃と150℃におけるHTHS粘度の増粘比ΔHTHS100/ΔHTHS150は、2.0以下であることが好ましく、より好ましくは1.7以下、さらに好ましくは1.6以下、特に好ましくは1.55以下である。また、ΔHTHS100/ΔHTHS150は、0.5以上であることが好ましく、より好ましくは1.0 以上であり、さらに好ましくは1.2以上であり、特に好ましくは1.4以上である。0.5未満の場合には、粘度の増加効果や溶解性が小さくコストが上昇するおそれがあり、2.0を超える場合には、粘度温度特性の向上効果や低温粘度特性に劣るおそれがある。
なお、ΔHTHS100はSK社製YUBASE4に粘度指数向上剤を3.0%添加したときの、100℃におけるHTHS粘度の増加分を意味し、ΔHTHS150はSK社製YUBASE4に粘度指数向上剤を3.0%添加したときの、150℃におけるHTHS粘度の増加分を意味する。また、ΔHTHS100/ΔHTHS150は100℃におけるHTHS粘度の増加分と150℃におけるHTHS粘度の増加分の比を意味する。本発明でいう100℃におけるHTHS粘度とは、ASTM D4683に規定される100℃での高温高せん断粘度を示す。また、150℃におけるHTHS粘度とは、ASTM D4683に規定される150℃での高温高せん断粘度を示す。」(【0075】)

ソ.「本実施形態に係る潤滑油組成物においては、粘度指数向上剤として、前記した(A)成分に加えて、それ以外の粘度指数向上剤を用いることができる。例として、非分散型または分散型エチレン-α-オレフィン共重合体またはその水素化物、ポリイソブチレンまたはその水素化物、スチレン-ジエン水素化共重合体およびポリアルキルスチレン等を挙げることができる。」(【0077】)

(2)実施例の記載事項
タ.「[実施例1?5、比較例1?3]
実施例1?5および比較例1?3においては、それぞれ以下に示す基油および添加剤を用いて表2に示す組成を有する潤滑油組成物を調製した。・・・
(添加剤)
A-1:ポリメタアクリレート(M1=1.45、M2=3.99、M1/M2=0.48、ΔKV40/ΔKV100=1.9、ΔHTHS100/ΔHTHS150=1.48、MW=400,000、PSSI=12、Mw/Mn=3.1、Mw/PSSI=33,333)
A-2:ポリメタアクリレート(M1=0.60、M2=0.95、M1/M2=0.64、ΔKV40/ΔKV100=2.2、ΔHTHS100/ΔHTHS150=1.51、MW=400,000、PSSI=20、Mw/Mn=2.2、Mw/PSSI=20,000)・・・」(【0112】)

(3)実施可能要件の検討・判断
本願発明においては、粘度指数向上剤について、「^(13)C-NMRにより得られるスペクトルにおいて、全ピークの合計面積に対する化学シフト36-38ppmの間のピークの合計面積M1と化学シフト64-66ppmの間のピークの合計面積M2の比M1/M2が0.20以上である粘度指数向上剤」と特定されている。
これに対して、実施例において本願発明に対応する粘度指数向上剤として使用されているものは、上記タ.に記載されたとおりA-1及びA-2である。
このA-1及びA-2は、いずれも「ポリメタアクリレート」であることは明らかにされているが、より具体的な構造は明らかにされておらず、ただ複数のパラメーター(^(13)C-NMRにより得られるM1、M2、及びその比M1/M2、ΔKV40/ΔKV100、ΔHTHS100/ΔHTHS150、MW、PSSI、Mw/Mn、Mw/PSSI)についてその数値が示されているに過ぎない。
発明の詳細な説明における本願発明に対応する粘度指数向上剤について見てみると、粘度指数向上剤の構造については、上記カ.に、一般式(1)で表される(メタ)アクリレートモノマーを含む重合性モノマーの重合体であること、さらに一般式(2)及び(3)から選ばれる1種以上のモノマーを、一般式(1)で表される(メタ)アクリレートモノマーと共重合させてもよいことが記載され、これらの製造方法として上記キ.に製造法は任意であり、ラジカル溶液重合させることにより容易に得ることができると記載されるのみであり、具体的にどのような製造方法で実施例に記載されたA-1及びA-2が製造されたかは、何ら記載されていない。
次に前記複数のパラメーターが、他の発明の詳細な説明の記載や技術常識に基づいて、具体的な粘度指数向上剤の構造を示すことに代わり得るものといえるかについて、以下に検討する。

(3-1)^(13)C-NMRスペクトルより得られるM1、M2、及びその比M1/M2について
本願発明において粘度指数向上剤の物性として特定されている「^(13)C-NMRにより得られるスペクトルにおいて、全ピークの合計面積に対する化学シフト36-38ppmの間のピークの合計面積M1と化学シフト64-66ppmの間のピークの合計面積M2の比M1/M2」のパラメーターについて、発明の詳細な説明には、上記ア.?オ.に^(13)C-NMRにより得られるスペクトルであり、全ピークの合計面積に対する化学シフト36-38ppmの間のピークの合計面積をM1、同化学シフト64-66ppmの間のピークの合計面積M2とすること、M1が「全炭素の積分強度の合計に対するポリ(メタ)アクリレート側鎖の特定のβ分岐構造に由来する積分強度の割合を意味」すること、M2が「^(13)C-NMRにより測定される、全炭素の積分強度の合計に対するポリ(メタ)アクリレート側鎖の特定の直鎖構造に由来する積分強度の割合を意味」すること、M1/M2の比が「ポリ(メタ)アクリレート側鎖の特定のβ分岐構造と特定の直鎖構造の割合を意味」することが記載されている。
上記記載の意味するところは、「化学シフト36-38ppmの間のピーク」に対応するのは『特定のβ分岐構造』を有する炭素原子であること、及び、「化学シフト64-66ppmの間のピーク」に対応するのは『特定の直鎖構造』を有する炭素原子であることと解することができる。
しかしながら、これら用語には『特定の』といった曖昧な表現が含まれていて、それ自体明確さに欠けるものであるし、その『特定の』の内容をさらに特定する記載が本願明細書にあるとは認められない。
そうすると、この「特定の」は、「ある、その」との趣旨の修飾語にすぎず、本願の明細書において「特定のβ分岐構造」とは、単に「β分岐構造」と同義のことをいうものと理解され、「特定の直鎖構造」も、同様に単に「直鎖構造」と同義と理解されるから、それに対応する具体的な化学構造については、依然として当業者に明らかにされているといえない。
また、一般に、^(13)C-NMRの化学シフトは、分子構造中に存在する各炭素原子の周囲の原子配置状況に応じ決まるものであるが、ある分子構造を有する化学シフトの幅は相当に広いから、ある値の化学シフトから直ちに特定の分子構造が導けるわけではない。
例えば、「ジョーンズ有機化学(下)第3版」(奈良坂紘一ら監訳、株式会社東京化学同人、2006年3月28日発行)には、、その『15.5核磁気共鳴(NMR分光法』(第717?725頁:以下、「参考文献1」という)において、NMR分析における化学シフトについての説明が、その『15.10^(13)Cおよび他の核のNMR』(第743?745頁:以下、「参考文献2」という)には、化学シフト値の構造とその相関表(表15.5)とともに^(13)C-NMRについての説明がそれぞれ記載されている。その相関表は、以下のとおりである。


すなわち、化学シフトは、隣接原子の種類や結合様式などに留まらず、さらにその先に隣接する原子の種類や結合様式などにも影響されることから、化学シフトと構造との間に一応の相関関係があったとしても、化学シフトが特定されれば、それに対応する原子配置が明確に特定されるといった性質のものでもない。例えば、本願の化学シフトが「36?38ppm」や「64-66ppm」であったとしても、特定の化学構造が対応するものではなく、化学シフトのみから粘度指数向上剤の構造を特定することは極めて困難である。
さらに、上記カ.のとおり、本願発明に対応する粘度指数向上剤は、一般式(1)で表される(メタ)アクリレートモノマーを含む重合性モノマーの重合体であることが記載されているが、一般式(1)中におけるR^(2)の炭素数1?200の直鎖状又は分枝状の炭化水素基は、極めて多数存在することが想定され、さらに共重合させる一般式(2)及び一般式(3)の重合性モノマーにもβ分岐構造や直鎖構造を有するものが多数あるところ、これらの構造と、上記『特定のβ分岐構造』及び『特定の直鎖構造』との関連性についても明確に直接的な記載がなく、上記^(13)C-NMRの化学シフトが「36?38ppm」や「64-66ppm」との記載を併せたとしても、具体的にどのような化学構造を有するモノマー成分を使用すればよいのかについて、当業者にとって明らかになるというものでもない。
以上のように、そもそも^(13)C-NMRの化学シフトでは、対応する化学構造が特定され得ないばかりでなく、これに加えて明細書の記載や技術常識を参酌しても依然として対応する化学構造は明らかとはいえない。
したがって、これらのことから、実施例で使用されているA-1及びA-2に関するM1、M2及びM1/M2の値が示されても、依然としてその化学構造が明らかであるとはいえない。

(3-2)ΔKV40/ΔKV100(40℃と100℃における動粘度の増粘比)及びΔHTHS100/ΔHTHS150(100℃と150℃におけるHTHS粘度の増粘比)について
40℃と100℃における動粘度の増粘比に関する上記ス.及び100℃と150℃におけるHTHS粘度の増粘比に関するセ.の記載は、主として、好ましい数値範囲や測定方法についての記載に留まり、粘度指数向上剤の構造との相関関係といった事項については何ら記載されておらず、また、動粘度やHTHS粘度の増粘効果と粘度指数向上剤の構造との間に関する何らかの相関関係があるとする技術常識が存在するともいえない。
よって、明細書の実施例において、粘度指数向上剤A-1及びA-2の40℃と100℃における動粘度の増粘比「ΔKV40/ΔKV100」及び100℃と150℃におけるHTHS粘度の増粘比「ΔHTHS100/ΔHTHS150」の値をそれぞれ示したことによっては、前記A-1及びA-2の化学構造に対して、具体的な示唆が得られるものとはいえない。

(3-3)M_(W)(重量平均分子量)、PSSI(永久せん断安定性指数)、Mw/Mn(重量平均分子量と数平均分子量の比)、Mw/PSSI(重量平均分子量と永久せん断安定性指数の比)について
上記ケ.(M_(W))、上記ク.(PSSI)、上記コ.及びシ.(Mw/Mn)及び上記サ.(Mw/PSSI)の記載は、主として、好ましい数値範囲や測定方法についての記載にとどまり、粘度指数向上剤の構造との相関関係といった事項については何ら記載されておらず、また、粘度温度特性等の効果と粘度指数向上剤の構造との間に関する何らかの相関関係があるとする技術常識が存在するともいえない。

上記(3-1)?(3-3)のとおり個別のパラメーターに関しては、何れも、粘度指数向上剤A-1及びA-2の化学構造を特定するために十分なものとはいえず、これら全てを合わせ、なおかつ、明細書の発明の詳細な説明の記載及び技術常識を考慮したとしても、やはり粘度指数向上剤A-1及びA-2の化学構造を特定できるものとはいえない。
そうすると、本願明細書の実施例において、本願発明に係る粘度指数向上剤として記載された「A-1」及び「A-2」は、たとえ発明の詳細な説明の全ての記載に加えて、技術常識をも考慮したとしても、対応するモノマーも含め製造方法及びその化学構造が明らかでないことから、結局、当業者は、本願発明の粘度指数向上剤を入手するためには、本願明細書の記載に基づいて、数多くの粘度指数向上剤を製造した後、その^(13)C-NMRを測定し、M1/M2が0.20以上であるか否かを確認する作業を繰り返し行うことを強いられ、過度の試行錯誤を要するといわざるをえない。

(4)審判請求人の主張について
審判請求人は、平成27年12月3日付け手続補正書において、「本願明細書の記載に接し、その着想を得た当業者であれば、過度の試行錯誤を要することなく、「粘度指数向上剤」について具体的なものを選択し、その他の構成成分を配合して「潤滑油組成物」とすることができます。」と主張するが、本願発明の粘度指数向上剤を入手するために、当業者が過度の試行錯誤を要することは、上記1.(3)のとおりであるから、審判請求人の主張は認められない。

(5)小括
したがって、本願の発明の詳細な説明は、当業者が実施できる程度の明確かつ十分に記載されたものとは認められないから、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない。


2.特許法第36条第6項第1号について
(1)本願明細書の記載事項
本願の明細書には、上記1.(1)のア.?ソ.及び上記1.(2)のタ.で指摘した事項が記載されており、また、以下の事項も記載されている。

チ.「本発明は、このような実情に鑑みてなされたものであり、150℃におけるHTHS粘度を維持しながら、40℃における動粘度、100℃における動粘度および100℃におけるHTHS粘度を十分に低くすることができ、また、境界潤滑領域の摩擦係数の上昇を十分に抑制することができ、省燃費性に優れた潤滑油組成物を提供することを目的とする。」(【0007】)

ツ.「以上の通り、本発明によれば、150℃におけるHTHS粘度を維持しながら、40℃における動粘度、100℃における動粘度および100℃におけるHTHS粘度を十分に低くすることができ、また、境界潤滑領域の摩擦係数の上昇を十分に抑制することができ、省燃費性に優れた潤滑油組成物を提供することが可能となる。例えば、本発明の潤滑油組成物によれば、ポリ-α-オレフィン系基油やエステル系基油等の合成油や低粘度鉱油系基油を用いずとも、150℃におけるHTHS粘度を所望の値に維持しながら、十分な省燃費性を発揮することができる。」(【0014】)

(2)サポート要件の検討・判断
本願発明及び上記チ.、ツ.等の記載からみて、本願発明の解決しようとする課題は、150℃におけるHTHS粘度を維持しながら、40℃における動粘度、100℃における動粘度および100℃におけるHTHS粘度を十分に低くすることができ、また、境界潤滑領域の摩擦係数の上昇を十分に抑制することができ、省燃費性に優れた潤滑油組成物を提供することにあると認められる。
そして、本願明細書には、上記ア.のとおり、上記課題を解決するために、本願発明は、100℃における動粘度が1?20mm^(2)/sである潤滑油基油と、^(13)C-NMRにより得られるスペクトルにおいて、全ピークの合計面積に対する化学シフト36-38ppmの間のピークの合計面積M1と化学シフト64-66ppmの間のピークの合計面積M2の比M1/M2が0.20以上である粘度指数向上剤と、摩擦調整剤と、油溶性金属塩をアルカリ土類金属ホウ酸塩で過塩基化した過塩基性金属塩と、を含有する潤滑油組成物を提供することが記載されている。
本願発明は、「^(13)C-NMRにより得られるスペクトルにおいて、全ピークの合計面積に対する化学シフト36-38ppmの間のピークの合計面積M1と化学シフト64-66ppmの間のピークの合計面積M2の比M1/M2が0.20以上である粘度指数向上剤」を発明特定事項の一つにするものであり、これには、ほぼ無数の態様があるということができる。
これに対して、上記発明特定事項に関して、本願明細書において具体的に示されている粘度指数向上剤は、上記タ.のとおり「A-1:ポリメタアクリレート(M1=1.45、M2=3.99、M1/M2=0.48、・・・)」及び「A-2:ポリメタアクリレート(M1=0.60、M2=0.95、M1/M2=0.64、・・・)」のみであり、極めて限られたものしか示されていない。
また、上記発明特定事項に関して、本願明細書の全体(特に、上記イ.?ソ.)には、M1/M2はポリ(メタ)アクリレート側鎖の特定のβ分岐構造と特定の直鎖構造の割合を意味すること、ポリ(メタ)アクリレート系粘度指数向上剤は一般式(1)「モノマーM-1」の1種の又は2種以上の共重合により得られる重合体であり、これに一般式(2)「モノマーM-2」と一般式(3)「モノマーM-3」を共重合させた重合体でもよいこと、「モノマーM-1」と「モノマーM-2」および「モノマーM-3」との共重合体の共重合モル比は=99:1?80:20程度が好ましい(より好ましくは98:2?85:15、さらに好ましくは95:5?90:10である)こと、M1/M2が0.20未満の場合は、必要とする省燃費性が得られないばかりでなく、低温粘度特性が悪化するおそれがあり、M1/M2が3.0を超える場合は、必要とする省燃費性が得られない恐れと、溶解性や貯蔵安定性が悪化する恐れがあること等を示す記載があり、これらについて、出願時の技術常識を前提にしてみたとしても、本願発明に包含されるほぼ無数のポリ(メタ)アクリレート系粘度指数向上剤が上記課題を解決し得る(所望の効果(性能)が得られる)ものであると認識することは困難というべきである。
加えて、本願発明の粘度指数向上剤は、本願発明の記載から明らかなとおり、^(13)C-NMRにより得られるスペクトルから求めるM1とM2の比M1/M2が0.2以上であることをもって特定されており、前記ポリ(メタ)アクリレート系粘度指数向上剤に限定されないと解するのが相当である。
そうすると、ポリ(メタ)アクリレート系粘度指数向上剤ですら、上記課題を解決し得るものであると認識することが困難であるから、本願発明の粘度指数向上剤について、上記課題を解決し得るものであると認識することは、もはや不可能であるといわざるを得ない。
したがって、本願の発明の詳細な説明の記載は、出願時の技術常識を前提にしたとしても、本願の発明の詳細な説明の記載に基づいて、上記課題を解決し得ると当業者において認識できる範囲を超える発明が記載されていると認められる。

(3)審判請求人の主張について
審判請求人は、上記1.(4)で示した手続補正書において、「本願明細書には、粘度指数向上剤のM1/M2を0.20以上とすることの技術的意義の記載及びその効果の裏付けがなされているのであるから、発明の課題と上記特定の理化学的性質を有する粘度指数向上剤との実質的な関係を理解することができ、請求項1に係る発明の技術上の意義を理解することができます。」と主張するが、本願発明の粘度指数向上剤について、本願発明の課題を解決できると当業者が認識できる範囲を超えるものが記載されていることは、上記2.(2)のとおりであるから、審判請求人の主張は認められない。

(4)小括
したがって、本願の特許請求の範囲の記載は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない。


第5 むすび
以上のとおり、本願は、特許法第36条第4項第1号及び同法同条第6項第1号に規定する要件を満たしていないから、拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2017-03-03 
結審通知日 2017-03-07 
審決日 2017-03-21 
出願番号 特願2014-92617(P2014-92617)
審決分類 P 1 8・ 537- Z (C10M)
P 1 8・ 536- Z (C10M)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 岩田 行剛▲吉▼澤 英一▲来▼田 優来  
特許庁審判長 冨士 良宏
特許庁審判官 佐々木 秀次
日比野 隆治
発明の名称 潤滑油組成物  
代理人 平野 裕之  
代理人 清水 義憲  
代理人 長谷川 芳樹  
代理人 黒木 義樹  
代理人 城戸 博兒  
代理人 池田 正人  

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