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審決分類 審判 査定不服 特174条1項 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) A61K
管理番号 1328868
審判番号 不服2015-9285  
総通号数 211 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2017-07-28 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2015-05-19 
確定日 2017-06-07 
事件の表示 特願2013-161421「腎毒性の低減に有用な組成物及びその使用方法」拒絶査定不服審判事件〔平成25年11月14日出願公開、特開2013-231079〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 1 手続の経緯
本願は、2006年11月22日(パリ条約による優先権主張 2005年11月28日 米国、2006年3月1日 米国)を国際出願日とする出願である特願2008-542531号の一部を,平成25年8月2日に新たな特許出願としたものであって、平成25年8月15日に翻訳文提出書と手続補正書が提出され、平成26年8月5日付けで拒絶理由が通知され、平成27年1月20日付けで拒絶査定がされた。
これに対し、同年5月19日に拒絶査定不服審判が請求がされるとともに同日付けで手続補正がされ、平成28年4月13日付けで上申書が提出され、同年4月22日付けで上申書が提出され、同年5月26日付けで当審より拒絶理由が通知され、同年11月21日に意見書と手続補正書が提出されたものである。


2 本願発明
本願の請求項1?13に係る発明は、平成27年5月19日に提出された手続補正書により補正(以下「本件補正」という。)された特許請求の範囲の請求項1?13に記載されている事項により特定されるものであり、その請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)は、
「下記式:
β-シクロデキストリン-[(O-R-Y)^(-)(Me)^(+)]n
[式中,(O-R-Y)^(-)-(Me)^(+)-は-O(CH_(2))_(4)-SO_(3)^(-)-Na^(+)-であり,そしてnは平均して7である]
で示される置換されたβ-シクロデキストリン;
腎毒性ヨウ素化造影剤;及び
医薬的に許容できるキャリヤー;
を含んで成る,前記造影剤:置換されたβ-シクロデキストリンのモル比が1.1:1?50:1である,医薬組成物。」
であると認める。

ところで、本願発明は「β-シクロデキストリン-[(O-R-Y)^(-)(Me)^(+)]n[式中,(O-R-Y)^(-)-(Me)^(+)-は-O(CH_(2))_(4)-SO_(3)^(-)-Na^(+)-であり,そしてnは平均して7である]で示される置換されたβ-シクロデキストリン;腎毒性ヨウ素化造影剤;及び医薬的に許容できるキャリヤー;を含んで成る医薬組成物」(以下「β-シクロデキストリンスルホブチルエーテル/造影剤組成物」という。)について「造影剤:置換されたβ-シクロデキストリンのモル比が1.1:1?50:1である」ことを特定したものといえる。
そして、本願の発明の詳細な説明の【0001】に「多数の薬物及び他の物質は,腎毒性であることが知られ,尿細管への直接的な毒性,アレルギー性間質性腎炎,及び尿細管内の薬物の結晶化を含む様々な機構を介した腎不全を引き起こし得て,急性乏尿性腎不全へと導き得る。腎毒性薬物には,抗癌剤,例えばシスプラチン,メトトレキセート,及びドキシルビシン,・・・及びX線撮影造影剤が含まれる。腎毒性薬物が原因となる腎障害を減少させる必要性がある。」と記載されていることから、本願発明の解決しようとする課題は「腎毒性薬物が原因となる腎障害を減少させる」ことであるといえるところ、平成28年4月22日付けの上申書に「造影剤:置換されたβ-デキストリンのモル比が10:1、20:1、40:1、及び80:1の場合の腎毒性スコアーが測定されており、その結果が図1に示されています。それによれば、実験1の最終パラグラフに記載されているとおり、比率10:1?40:1においては略同等の腎毒性治療効果が得られているのに対して、比率80:1では腎毒性治療効果が全く得られていません。」(2.(4)(ハ)(i))や、「腎毒性ヨウ素化造影剤の腎毒性を所定のβ-シクロデキストリン誘導体により低減させるために、腎毒性ヨウ素化造影剤のモル量より少ないモル量のβ-シクロデキストリン誘導体で十分であること、すなわち包接化合物(包接錯体)の形成は必須でない、という全く新しい驚くべき知見を得たことに基づいています。」(2.(4)(ハ)(ii))と記載され、造影剤とβ-シクロデキストリン誘導体とのモル比が腎毒性に影響を与えることが主張されていることを考慮すると、「β-シクロデキストリンスルホブチルエーテル/造影剤組成物」において「造影剤:置換されたβ-シクロデキストリンのモル比が1.1:1?50:1である」ことを特定することは、発明の課題解決に寄与する技術的な意義を有する事項であるといえる。


3 平成28年5月26日付けの拒絶理由の概要
平成28年5月26日付けの拒絶理由の概要は、平成27年5月19日付けの手続補正書でした手続補正は、
「下記式:
β-シクロデキストリン-[(O-R-Y)^(-)(Me)^(+)]n
[式中,(O-R-Y)^(-)-(Me)^(+)-は-O(CH_(2))_(4)-SO_(3)^(-)-Na^(+)-であり,そしてnは平均して7である]
で示される置換されたβ-シクロデキストリン;
腎毒性ヨウ素化造影剤;及び
医薬的に許容できるキャリヤー;
を含んで成る,前記造影剤:置換されたβ-シクロデキストリンのモル比が1.1:1?50:1である,医薬組成物。」
という事項が外国語書面の翻訳文に記載されたものではないという点で、外国語書面の翻訳文(以下「翻訳文等」という。)に記載した事項の範囲内においてしたものでなく、特許法第17条の2第3項に規定する要件を満たしていない、というものである。


4 当審の判断
(1)翻訳文等の記載
翻訳文等には以下の記載がある。
記載事項1
「多数の薬物及び他の物質は,腎毒性であることが知られ,尿細管への直接的な毒性,アレルギー性間質性腎炎,及び尿細管内の薬物の結晶化を含む様々な機構を介した腎不全を引き起こし得て,急性乏尿性腎不全へと導き得る。腎毒性薬物には,抗癌剤,例えばシスプラチン,メトトレキセート,及びドキシルビシン,・・・及びX線撮影造影剤が含まれる。腎毒性薬物が原因となる腎障害を減少させる必要性がある。」(【0001】)

記載事項2
「腎毒性効果を有する医薬として活性な化合物,及びポリアニオン性のオリゴ糖を含む低減させた腎毒性効果を有する組成物も提供され,このオリゴ糖は,医薬として活性な化合物の腎毒性効果を実質的に減少させるのに有効な量で存在する。」(【0003】)

記載事項3
「本発明は,腎毒性を誘導する効果を有する医薬として活性な化合物及びポリアニオン性オリゴ糖を含む低減した腎毒性効果を有する組成物を提供する。腎毒性とは,本明細書中で使用するとき,腎臓に対する毒性若しくは有害,又はその成分のいずれかを意味する。」(【0011】)

記載事項4
「好ましい態様では,オリゴ糖は,環状多糖,好ましくはシクロデキストリン,及びより好ましくは誘導されたシクロデキストリンである。」(【0020】)

記載事項5
「シクロデキストリン(「CD」又は「複数のCD」とも呼ばれる)は、少なくとも6個のグルコピラノース単位からなる環状のオリゴ糖である。最大12個のグルコピラノース単位を有するCDが知られているが、たった最初の3つのホモログが頻繁に試験され、α、β、及びγであって、それぞれ、6、7及び8個のグルコピラノース単位を有する。例えば、β-シクロデキストリン分子は、7個のα-1,4-連結したグルコピラノース単位からできていて、親水性の外部表面及び中心に脂溶性の空洞を有するコーン形状の分子を形成する。
(中略)
合理的に大多数のCD誘導体が調製され、文献に記載されている。一般的に、これらの化学的に修飾されたCDは、α(1→4)ヘミアセタール連結を妨害することなしに、炭素2、3又は6に結合した第一又は第二のヒドロキシル基の反応によって形成される。
(中略)
シクロデキストリンは、式:
シクロデキストリン-[(O-R-Y)^(-)(Me)^(+)]n
のデキストリンから選択されてもよく、式中、R、Y、Me及びnは、上述される通りである。
(中略)
好ましくは、シクロデキストリンは、ヒドロキシル、スルホネート、サルフェート、カルボキシレート、ホスホネート及びホスフェートからなる群から選択される1以上の置換基を有する。一態様によれば、Rは、直鎖状又は分岐状のC_(1-10)アルキル、好ましくは、メチル、エチル、プロピル及びブチルから選択されるC_(1-4)アルキルであり、各々は、場合によりハロ又はヒドロキシルで置換される。具体的には、1以上の基において、YがSO_(3)であるオリゴ糖が好ましい。
(中略)
好ましいCDは、α、β、及びγ-シクロデキストリンのサルフェート誘導体又はスルホネート誘導体である。シクロアミロースサルフェート及びスルホネート、及び修飾されたシクロデキストリンサルフェート及びスルホネートの製造は、当該技術分野において説明されている。
(中略)
別の態様によれば,ヒドロキシル基は,式-O-(C_(1)-C_(8)アルキル)-SO_(3)のアルキルエーテルスルホネートで置換されている。一態様では,市販されているカプチゾール(Captisol)(登録商標)(Cydex)を用いることができ,これは,シクロデキストリン1分子当たり平均して7個のスルホブチルエーテル基を有するβ-シクロデキストリンのスルホブチルエーテル誘導体である(即ち,O-R-Yは,-O(CH_(2))_(4)-SO_(3)^(-)Na^(+))。カプチゾールは,誘導化されていないβ-シクロデキストリンと関連した腎毒性を示さない。」(【0021】?【0027】)

記載事項6
「腎毒性薬物は,宿主に投与されると,腎障害を引き起こす小分子及びペプチドを含む任意の医薬品であってもよい。このような薬剤には,例として,NSAID,ACE阻害剤,シクロスポリン,タクロリムス,放射線造影剤・・・」(【0028】)

記載事項7
「造影剤 造影剤は,X線スキャン前に患者に注入される。造影剤は,高濃縮された(50?66%溶液)ヨウ化化合物である。この高濃度を考慮すると,唯一造影剤とシクロデキストリンとの比が最大1:1であることが必要であるようである。造影剤による腎障害に対して保護されるシクロデキストリンの可能な使用例には,イオヘキソール及びイオベルソールが挙げられる。本発明の実施に用いることができる他の造影剤には,ジアトリゾエート・メグルミン及びイオキサグレートが含まれる。」(【0038】)

記載事項8
「薬物とオリゴ糖との比は,腎臓を通過する薬物の経過時間を考慮すれば,薬物は,典型的には,腎臓内に見出されるpHで沈殿しないような範囲にあることが好ましい。ある場合には,インビボでは,オリゴ糖の量を最小にすることが望まれてもよい。・・・一態様では,薬物:オリゴ糖の比は,1:1を超え,約1.1:1?約50:1,好ましくは1.25:1?約25:1;より好ましくは,約1.75:1?約2:1?10:1の範囲であり得る。」(【0039】)

記載事項9
「ある場合では,薬物とオリゴ糖の比が1:1よりも低いことが望まれてもよく,その場合,例えば,薬物の結合定数は低いか,又は薬物がシクロデキストリンよりも低い比率で腎臓によってプロセスを受ける場合,過剰なモル数のオリゴ糖を有することが有利であり得る。これは,多くの種類の薬物に対して真実であり,その場合,治療効果に必要とされる薬物の服用量は低く,従って,オリゴ糖のモル比は高いが,インビボでの絶対量又は濃度は,必ずしも増加しない。そのようにして,組成物は,約2?約50倍;約2?約20倍;又は約2?約10倍のモル過剰のオリゴ糖を含み,又は好ましくは,約1?約5:1の範囲,より好ましくは約2?約5:1のオリゴ糖と薬物の比を含むことができる。」(【0040】)

記載事項10
「全腎障害の重症度は、記載されるような障害の半定量的な測定によって評価した。腎臓の各組織切片は、糸球体構造、糸球体の込み合い及び密集度の変性、ボーマン嚢腔の膨張、近位及び遠位細管の変性、並びに尿細管の膨張、血管のうっ血、及び炎症細胞の浸潤について評価した。
(中略)
各組織の顕微鏡スコアは、各基準に与えられるスコアの合計として計算され、少なくとも100の腎単位(糸球体+周辺管)を切片当たり分析した。データは、平均±SEMとして表した(図2を参照されたい)。」(【0057】?【0058】)

記載事項11
「腎臓保護の程度は,MTXとカプチゾールのモル比が1:0.5である場合,非常に高かった。」(【0069】)

記載事項12
「置換されたオリゴ糖,腎毒性薬物及び医薬として許容される担体を含む組成物であって,該オリゴ糖は,該薬剤の腎毒性効果を実質的に阻害するのに有効な量で存在する前記組成物。」(【請求項1】)

記載事項13
「薬剤:オリゴ糖のモル比が少なくとも約2:1である,請求項1に記載の組成物。」(【請求項9】)

記載事項14


記載事項15


記載事項16


記載事項17


記載事項18


記載事項19


(2)当審の判断
2と3で説示したとおり、当審が通知した拒絶理由において翻訳文等に記載されていないと指摘した事項は、「β-シクロデキストリンスルホブチルエーテル/造影剤組成物について造影剤:置換されたβ-シクロデキストリンのモル比が1.1:1?50:1である」ことを特定するものといえる。
そこで、「β-シクロデキストリンスルホブチルエーテル/造影剤組成物について造影剤:置換されたβ-シクロデキストリンのモル比が1.1:1?50:1である」ことが、翻訳文等に記載した事項の範囲内のものといえるかについて検討する。

ア 翻訳文等の記載事項12から、翻訳文等には「置換されたオリゴ糖,腎毒性薬物及び医薬として許容される担体を含む組成物であって,該オリゴ糖は,該薬剤の腎毒性効果を実質的に阻害するのに有効な量で存在する前記組成物。」が記載されているといえる。そして、記載事項1,6,7から翻訳文等には「腎毒性薬物」の一つとして「腎毒性ヨウ素化造影剤」が開示されているといえ、また、記載事項2?5から翻訳文等には「置換されたオリゴ糖」として「β-シクロデキストリン-[(O-R-Y)^(-)(Me)^(+)]n[式中,(O-R-Y)^(-)-(Me)^(+)-は-O(CH_(2))_(4)-SO_(3)^(-)-Na^(+)-であり,そしてnは平均して7である]で示される置換されたβ-シクロデキストリン」が記載されているといえるから、翻訳文には「β-シクロデキストリンスルホブチルエーテル/造影剤組成物であって、該β-シクロデキストリンは,該薬剤の腎毒性効果を実質的に阻害するのに有効な量で存在する前記組成物。」が記載されているといえる。

イ しかしながら、記載事項7には、造影剤とシクロデキストリンとの比が最大1:1であることが示されており、翻訳文等には、β-シクロデキストリンスルホブチルエーテル/造影剤組成物について、造影剤:置換されたβ-シクロデキストリンのモル比を1.1:1?50:1とすることを否定する記載があるといえる。

ウ また、記載事項13は、記載事項12について「薬剤:オリゴ糖のモル比が少なくとも約2:1である」ことを特定するものであるが、記載事項12には「該オリゴ糖は,該薬剤の腎毒性効果を実質的に阻害するのに有効な量で存在する前記組成物。」とあり、記載事項13の解釈にあたっては「薬剤:オリゴ糖のモル比が少なくとも約2:1である」ことと「該オリゴ糖は,該薬剤の腎毒性効果を実質的に阻害するのに有効な量で存在する」こととの関係について検討する必要がある。
そこで、翻訳文等における関連する記載について検討するに、記載事項8には、薬物とオリゴ糖との比は腎臓を通過する薬物の経過時間を考慮し、腎臓内に見出されるpHで沈殿しないような範囲にあることが好ましいことが示されている。そして、薬物の種類によって、腎臓を通過する時間や、腎臓内pH下における溶解度等は異なることは当然であるから、翻訳文等には「β-シクロデキストリンの薬物の腎毒性効果を実質的に阻害するのに有効な量」が薬剤の種類によって異なることが示されているといえる。
また、翻訳文等には、腎毒性を有する薬剤であるメトトキサレート(以下「MTX」という。)やシスプラチン等の投与にあたって、β-シクロデキストリン-[(O-R-Y)^(-)(Me)^(+)]n[式中,(O-R-Y)^(-)-(Me)^(+)-は-O(CH_(2))_(4)-SO_(3)^(-)-Na^(+)-であり,そしてnは平均して7である]で示される置換されたβ-シクロデキストリンであるカプチゾールを併用した場合の腎臓の病理学スコア(糸球体構造、細管の変性、尿細管の膨張等に対する評価スコアの合計として計算されるものであって、高い程重症であることを示す。)が開示されており、特にメトトキサレートとシスプラチンについては、薬物:カプチゾールが1:0,1:0.25,1:0.5,1:1のそれぞれの比較結果が示されている(記載事項10,11,14?19)。そして、当該比較結果においては、MTXの場合、薬物:カプチゾールが1:1の場合より、同1:0.5である場合の方がよい病理学スコアを示している一方(記載事項11,14,15)、シスプラチンの場合、糸球体変性や細管変性については、薬物:カプチゾールが1:1の場合より、同1:0.5である場合の方が比較的よい病理学スコアを示しているものの(記載事項16?19)、拡張した細管の数については薬物:カプチゾールが1:1の場合が同1:0.5の場合に比べて圧倒的によい病理学スコアを示し(記載事項16?19)、各スコアの合計である腎臓の病理学スコアについては1:1の場合が1:0.5よりも高くなるといえるから、翻訳文等には、MTXとシスプラチンでは薬物の腎毒性効果を実質的に阻害するのに有効なβ-シクロデキストリンの量が異なることや、シスプラチンでは腎毒性効果を実質的に阻害するのに有効なβ-シクロデキストリンの量は薬物:オリゴ糖比が1:1より小さいとはいえないことが実験結果を伴って示されているといえる。
これらの実験結果は、薬物の腎毒性効果を実質的に阻害するのに有効なβ-シクロデキストリンの量が薬物の種類によって異なり、一概に薬物:オリゴ糖比が1:1より小さいとはいえないことを強く示唆するものである。
そうすると、翻訳文等には、全体として、「薬物の腎毒性効果を実質的に阻害するのに有効なβ-シクロデキストリンの量」は薬物の種類によって異なり、薬物:オリゴ糖(β-シクロデキストリン)の比が1:1よりも小さな値となる場合もあることが示されているといえる。
したがって、薬物によっては「薬物:オリゴ糖のモル比が少なくとも約2:1である」ことと「該β-シクロデキストリンは,該薬物の腎毒性効果を実質的に阻害するのに有効な量で存在する」こととが相反する場合もあるといえるから、記載事項13は「置換されたオリゴ糖,腎毒性薬物及び医薬として許容される担体を含む組成物であって,該オリゴ糖は,該薬物の腎毒性効果を実質的に阻害するのに有効な量で存在する前記組成物。」のうち、「該β-シクロデキストリンは,該薬物の腎毒性効果を実質的に阻害するのに有効な量で存在する」ことと、「薬物:オリゴ糖のモル比が少なくとも約2:1である」こととが相反しない薬物についてのみ、「薬物:オリゴ糖のモル比が少なくとも約2:1である」ことを特定するものであると理解されるものであって、β-シクロデキストリンスルホブチルエーテル/造影剤組成物について、薬物:オリゴ糖のモル比が少なくとも約2:1であることを示すものとはいえない。

エ また、記載事項8には、ある場合にはインビボではオリゴ糖の量を最小にすることが望まれてもよいことや、一態様では薬物:オリゴ糖の比は1:1を超え,約1.1:1?約50:1,好ましくは1.25:1?約25:1;より好ましくは,約1.75:1?約2:1?10:1の範囲であり得ることが示されている。
しかしながら、ウでも説示したとおり、翻訳文等には「β-シクロデキストリンの薬物の腎毒性効果を実質的に阻害するのに有効な量」が薬物の種類によって異なることが示されている上、記載事項9には、ある場合では薬物とオリゴ糖の比が1:1よりも低いことが望まれてもよく、薬物の結合定数が低いか薬物がシクロデキストリンよりも低い比率で腎臓によってプロセスを受ける場合に過剰なモル数のオリゴ糖を有することが有利であり得ることや、組成物が2?5:1等のオリゴ糖と薬物の比を含むことができることが示されているから、当該記載事項8に示された薬物:オリゴ糖比は、あくまでも腎臓を通過する時間や、腎臓内pH下における溶解度について所定の性質を示す薬物を仮定した場合の例示に止まるといえる。
そして、翻訳文等には、β-シクロデキストリンスルホブチルエーテル/造影剤について、腎臓を通過する時間や、腎臓内pH下における溶解度等の観点から、上記記載事項8の例示に当てはまることを示す記載は見あたらないから、記載事項8から、β-シクロデキストリンスルホブチルエーテル/造影剤組成物について「薬物:オリゴ糖の比は1:1を超え,約1.1:1?約50:1,好ましくは1.25:1?約25:1;より好ましくは,約1.75:1?約2:1?10:1の範囲であり得ること」を導くことはできない。

オ そして、翻訳文等には、他に「β-シクロデキストリンスルホブチルエーテル/造影剤組成物について、造影剤:置換されたβ-シクロデキストリンのモル比が1.1:1?50:1であること」を示す記載は見あたらない。

カ また、「β-シクロデキストリンスルホブチルエーテル/造影剤組成物について、その腎毒性効果を実質的に阻害するのに有効なβ-シクロデキストリンスルホブチルエーテルの量は、造影剤:β-シクロデキストリンスルホブチルエーテルが1:1より小さくなる値である」という出願時の技術常識が存在するわけでもない。さらに、「β-シクロデキストリンスルホブチルエーテル/造影剤組成物においては、その腎毒性効果を実質的に阻害するのに有効なβ-シクロデキストリンスルホブチルエーテルの量がMTXの場合と類似した傾向を示す」という出願時の技術常識が存在するわけでもない。

キ イで説示したとおり、β-シクロデキストリンスルホブチルエーテル/造影剤組成物について、造影剤:置換されたβ-シクロデキストリンのモル比を1.1:1?50:1とすることを否定する記載がある上、ウ?オで説示したとおり、翻訳文等には「β-シクロデキストリンスルホブチルエーテル/造影剤組成物について、造影剤:置換されたβ-シクロデキストリンのモル比が1.1:1?50:1であること」という技術思想は記載されているとはいえない。また、カで説示したとおり、出願時に、翻訳文等の記載から当該技術思想を導くことができるような技術常識が存在したともいえない。
したがって、「β-シクロデキストリンスルホブチルエーテル/造影剤組成物について造影剤:置換されたβ-シクロデキストリンのモル比が1.1:1?50:1である」ことは、翻訳文等に記載した事項の範囲内のものとはいえない。

(3)平成28年11月21日付けの意見書における請求人の主張について
ア 主張1
請求人は平成28年11月21日付けの手続補正書によって、明細書中の記載事項7のうちの「この高濃度を考慮すると,唯一造影剤とシクロデキストリンとの比が最大1:1であることが必要であるようである。」という部分と、記載事項9の全部を削除したから、明細書中に本願発明と矛盾する記載がなくなったから、本件補正は特許法第17条の2第3項に規定する要件を満たす旨主張している。
しかしながら、特許法第17条の2第3項は、明細書、特許請求の又は図面についての補正を、願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面(第36条の2第2項の外国語書面出願にあっては外国語書面の翻訳文)に記載した事項の範囲内においてしなければならないことを規定するものである。そして、願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面(第36条の2第2項の外国語書面出願にあっては外国語書面の翻訳文)の内容は、その後にされた補正(誤訳訂正を除く)の影響を受けないものであるから、出願人の主張は妥当性を欠き、採用できない。

イ 主張2
請求人は、記載事項14,15を参照し、MTXとカプチゾールのモル比が1:1の場合よりも、1:0.5の場合の方が腎毒性低下が大きいことから、MTXにより惹起された腎毒性の低下は、カプチゾールによる封入の結果ではなく、カプチゾール自体が固有に(封入体の形成を介さないで)有する腎毒性に対する解毒作用の結果であると考えるのが最も合理的であると述べている。また、記載事項18を参照して、「糸球体変性」及び「細管変性」についてはシスプラチン:カプチゾールのモル比が1:1の場合に比べて1:0.5の場合の方が、シスプラチンにより惹起される腎毒性の低下効果が大きくなっており、この現象はMTXに場合とよく似ており、MTXの場合と同様に、シスプラチンにより惹起された腎毒性の低下は、カプチゾールによる封入の結果ではなく、カプチゾール自体が固有に(封入体の形成を介さないで)有する、シスプラチンにより惹起される腎毒性に対する解毒作用の結果であると考えるのが最も合理的であると述べている。そして、これらを根拠に、化学構造等が異なる2つの物質の腎毒性に対するカプチゾールの解毒作用が同様であるから、カプチゾールの解毒作用はある範囲の腎毒性誘発剤に対して一般的であって、「腎毒性ヨウ素化造影剤」に対しても有効であると合理的に推測でき、「造影剤:置換されたβ-シクロデキストリンのモル比が1.1:1?50:1である」ことも記載事項15に示されたMTXにおける結果から説明できると結論づけている。さらに、参考資料1として「Hormesis-wikipediaの1/8頁-8/8頁」を提示して、当該結論は生物学的現象において広く知られている「「Hormetic」(ホルメシス的)現象」により説明できることを主張するとともに、当該説明が審判請求書に記載された後付けの実験結果によっても支持され、参考資料2として提出された「Journal of Neuroimaging Vol.26, No.5, p.511-518, 2016」にもまとめられている旨主張している。
しかしながら、(2)のウで説示したとおり、翻訳文等には、MTXとシスプラチンでは薬物の腎毒性効果を実質的に阻害するのに有効なβ-シクロデキストリンの量が異なることや、シスプラチンでは腎毒性効果を実質的に阻害するのに有効なβ-シクロデキストリンの量は薬物:オリゴ糖比が1:1より小さいとはいえないことが実験結果を伴って示されているといえるから、上記出願人の主張は、化学構造等が異なる2つの物質の腎毒性に対するカプチゾールの解毒作用が同様であるという前提自体が間違っている。
また、仮に上記主張中で述べられているとおり、MTXに対するカプチゾール(β-シクロデキストリン誘導体)の腎毒性低下効果が封入の結果によるものでないとしても、それはMTXに対するβ-シクロデキストリン誘導体の腎毒性低減機構と、ヨウ素化造影剤に対するβ-シクロデキストリン誘導体の腎毒性低減機構が同じであることを示すわけではない。そして、参考文献1は出願時に存在したものではないから、「「Hormetic」(ホルメシス的)現象」という概念が本願の出願時の技術常識であったことを示すものではない。また、仮に「「Hormetic」(ホルメシス的)現象」が本願の出願時に技術常識であったとしても、MTXとヨウ素化造影剤に対するβ-シクロデキストリン誘導体の腎毒性低減がいずれも「「Hormetic」(ホルメシス的)現象」に該当することが技術常識であったことが立証されているわけでもないから、MTXに対する実験結果から「β-シクロデキストリンスルホブチルエーテル/造影剤組成物について、造影剤:置換されたβ-シクロデキストリンのモル比が1.1:1?50:1であること」を導くことはできない。加えて、審判請求書に記載された実験結果と参考資料1,2も、その内容が翻訳文等に記載されていないし、翻訳文等の記載から自明な内容でもない上、本願の出願時よりも後に開示されたものであるから、出願時の技術常識を立証するものではない。
したがって、上記出願人の主張は妥当性を欠き、採用できない。

(4)小括
(1)?(3)で説示したとおり、本件補正は、発明の課題解決に寄与する技術的な意義を有する事項について、翻訳文等のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入するものといえるから、特許法第17条の2第3項に規定する要件を満たしていない。


5 むすび

以上のとおりであるから、本願は拒絶をすべきものである。

よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2016-12-22 
結審通知日 2017-01-10 
審決日 2017-01-24 
出願番号 特願2013-161421(P2013-161421)
審決分類 P 1 8・ 55- WZ (A61K)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 鈴木 理文  
特許庁審判長 村上 騎見高
特許庁審判官 山本 吾一
渕野 留香
発明の名称 腎毒性の低減に有用な組成物及びその使用方法  
代理人 中村 和広  
代理人 古賀 哲次  
代理人 福本 積  
代理人 中島 勝  
代理人 渡辺 陽一  
代理人 石田 敬  
代理人 青木 篤  

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