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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  C08L
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  C08L
管理番号 1330050
異議申立番号 異議2016-700380  
総通号数 212 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2017-08-25 
種別 異議の決定 
異議申立日 2016-04-27 
確定日 2017-05-18 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第5803628号発明「水系樹脂エマルション組成物の製造方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第5803628号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1、2〕について訂正することを認める。 特許第5803628号の請求項1及び2に係る特許を維持する。 
理由 第1 主な手続の経緯等

特許第5803628号(設定登録時の請求項の数2。以下、「本件特許」という。)は、平成23年12月5日に出願された特願2011-265768号に係るものであって、平成27年9月11日に設定登録された。
特許異議申立人 田村良介(以下、単に「異議申立人」という。)は、平成28年4月27日付けで、本件特許の請求項1及び2に係る発明についての特許に対して特許異議の申立てをした。
当審において、平成28年8月1日付けで取消理由を通知したところ、特許権者は、同年9月30日付けで、訂正請求書及び意見書を提出したので、異議申立人に対して特許法第120条の5第5項に基づく通知をしたところ、異議申立人は、同年11月11日付けで意見書を提出し、当審は、平成29年1月5日付けで取消理由(決定の予告)を通知したところ、特許権者は、同年3月8日付けで訂正請求書(以下、当該訂正請求書による訂正請求を「本件訂正請求」という。)及び意見書を提出したので、同年3月14日付けで異議申立人に対して特許法第120条の5第5項に基づく通知をしたところ、異議申立人は、同年4月12日付けで意見書を提出した。

第2 訂正の適否についての判断

1 訂正の内容
本件訂正請求による訂正の内容は以下のとおりである。なお、訂正箇所を表示するために下線を当審において付与した。

特許請求の範囲の請求項1に
「アルカリ可溶型増粘剤を添加混合して水系樹脂エマルションの粘度調整を行う際に、前記増粘剤を添加する際の前記水系樹脂エマルションのpHを7?10に調整するとともに、前記増粘剤を2回以上に分割して添加することを特徴とする水系樹脂エマルション組成物の製造方法。」
とあるのを、
「アルカリ可溶型増粘剤を添加混合して水系樹脂エマルションの粘度調整を行う際に、前記増粘剤を添加する際の前記水系樹脂エマルションのpHを7?10に調整するとともに、前記増粘剤を2回以上に分割して添加し、かつ該添加の間隔を2時間以上確保することを特徴とする水系樹脂エマルション組成物の製造方法。」
に訂正する。
請求項1を引用する請求項2についても同様の訂正を行う。

2 訂正の目的の適否、一群の請求項、新規事項の有無、及び特許請求の範囲の拡張・変更の存否
訂正前の請求項1に係る発明は、「増粘剤を2回以上に分割して添加」するであったものを、訂正後に「増粘剤を2回以上に分割して添加し、かつ該添加の間隔を2時間以上確保」するとの記載により増粘剤を添加するタイミングを特定するものであるから、当該訂正事項は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
そして、当該訂正事項は、新規事項の追加に該当せず、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。
そして、当該訂正は、一群の請求項ごとに請求されたものである。

3 むすび
以上のとおりであるから、本件訂正請求による訂正は、特許法第120条の5第2項第1号に掲げる事項を目的とするものであり、同条第4項、かつ、同条第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合するので、訂正請求書に添付された特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項[1、2]について訂正することを認める。

第3 本件発明

上記第2のとおり、本件訂正請求による訂正は適法であるので、本件特許の請求項1及び2に係る発明(以下、それぞれ「本件発明1」及び「本件発明2」という。)は、平成29年3月8日付け訂正請求書に添付された特許請求の範囲の請求項1及び2に記載された事項により特定される、以下のとおりのものである。

「【請求項1】
アルカリ可溶型増粘剤を添加混合して水系樹脂エマルションの粘度調整を行う際に、前記増粘剤を添加する際の前記水系樹脂エマルションのpHを7?10に調整するとともに、前記増粘剤を2回以上に分割して添加し、かつ該添加の間隔を2時間以上確保することを特徴とする水系樹脂エマルション組成物の製造方法。
【請求項2】
前記水系樹脂エマルションが、エチレン性不飽和単量体を含む単量体混合物を重合して得られる合成樹脂を含有するものであって、
前記合成樹脂の構造単量体単位に不飽和カルボン酸0.1?20質量%が含まれる請求項1に記載の水系樹脂エマルション組成物の製造方法。」

第4 取消理由

平成29年1月5日付けで通知した取消理由(決定の予告)は、本件特許の請求項1及び2に係る発明(以下、それぞれ「本件発明1」及び「本件発明2」という。)は、下記刊行物1に記載の発明に基いてこの発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであるから、本件発明1及び2に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反して特許されたものであって取り消すべきであり(取消理由1)、本件発明1及び2は、下記刊行物2に記載の発明及び刊行物3の記載事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件発明1及び2に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反して特許されたものであって取り消すべきである(取消理由2)。

刊行物1 : 特開2002-285122号公報(異議申立人の証拠方法である甲第1号証、以下、単に「甲1」という。)
刊行物2 : 特開2011-93956号公報(異議申立人の証拠方法である甲第2号証、以下、単に「甲2」という。)
刊行物3 : 特開2002-332310号公報(異議申立人の証拠方法である甲第3号証、以下、単に「甲3」という。)

第5 当審の判断

当審は、以下述べるように、上記取消理由1及び2には理由はないと判断する。

1 取消理由1(甲1に基づく取消理由)について
(1)刊行物
甲1

(2)刊行物の記載事項
本件の出願前に頒布されたことが明らかな刊行物である甲1には、以下の事項が記載されている。

ア 「【請求項1】 アクリル系架橋粒子からなる共重合体のガラス転移温度が-20?-60℃であり、該粒子の粒子径ピークが50?500nmなる(A)領域と、粒子径ピークが900?2000nmなる(B)領域の2つの粒子径ピークを有する床材用接着剤組成物。
【請求項2】 アクリル系架橋粒子からなる共重合体が、(メタ)アクリル酸アルキルエステル単量体を主成分とし、(メタ)アクリロニトリル1.0?15.0重量%と、1分子内に重合性ビニル基を少なくとも2個以上有する単量体0.1?5.0重量%とからなる単量体混合物(単量体全量を100重量%とする)を水媒体中で乳化重合してなる共重合体エマルションである請求項1記載の床材用接着剤組成物。」(特許請求の範囲)

イ 「【発明の属する分野】本発明は、床材の現場施工用接着剤組成物に関し、さらに詳しくは可塑剤を含有する軟質塩化ビニル系樹脂シート、タイル等の床材の現場施工に適した水系の床材用接着剤組成物に関するものである。」(段落【0001】)

ウ 「【実施例】以下実施例により本発明を説明するが、本発明はこれらの実施例に制限されるものではない。なお、実施例における部は重量部を示し、%は重量%を示す。
製造例1(共重合体エマルションA-1)
予め、容器にイオン交換水43.5部、ポリオキシエチレンノニルフェニールエーテル硫酸ナトリウム(花王(株)製 商品名レベノールWZ)4部、2-エチルヘキシルアクリレート79.5部、メチルメタクレート5部、アクリロニトリル9.5部、メタクリル酸3.5部、2-ヒドロキシエチルアクリレート2.0部、ジビニルベンゼン0.5部を秤量し攪拌して、単量体乳化混合液を調整する。攪拌機、還流冷却器、温度計、滴下装置及び窒素ガス導入管を備えた反応装置に、イオン交換水15.3部、ポリオキシエチレンノニルフェニールエーテル硫酸ナトリウム(花王(株)製 商品名レベノールWZ)0.8部、先に準備した単量体乳化混合液7.65部を仕込み、窒素ガスで置換した後、攪拌しながら内温を60℃に加温して、10%水溶液の過硫酸ナトリウム2.5部を添加する。内温を80℃まで上昇させ、20分間乳化重合させる。同温度で残りの単量体乳化混合液を滴下しながら4時間重合反応をする。内温を80℃に保ちながら更に2時間後反応を行なう。後反応後、室温まで冷却する。得られた共重合体エマルションA-1は、粘度1060mPa・s/25℃、固形分60.6%、pH3.8、Tg-49.6℃、平均粒子径165nmであった。
・・・
製造例4(共重合体エマルションB-1)
予め、容器にイオン交換水43.5部、ポリオキシエチレンノニルフェニールエーテル硫酸ナトリウム(花王(株)製 商品名レベノールWZ)4部、2-エチルヘキシルアクリレート81.5部、スチレン5部、アクリロニトリル7部、アクリル酸3.5部、2-ヒドロキシエチルアクリレート2部、ジビニルベンゼン1部を秤量し攪拌して、単量体乳化混合液を調整する。攪拌機、還流冷却器、温度計、滴下装置及び窒素ガス導入管を備えた反応装置に、イオン交換水15.3部を仕込み、窒素ガスで置換した後、攪拌しながら内温を80℃に加温して、10%水溶液の過硫酸ナトリウム2.5部を添加して、直ちに先に準備した単量体乳化混合液を滴下しながら4時間重合反応をする。内温を80℃に保ちながら更に2時間後反応を行なう。後反応後、室温まで冷却する。得られた共重合体エマルションB-1は、粘度460mPa・s/25℃、固形分60.5%、pH4.0、Tg-53.2℃、平均粒子径937nmであった。
・・・
【表1】

表1に記載した単量体は、下記の略号にて示す。
単量体;
2-EHA :2-エチルヘキシルアクリレート(Tg:-70℃)
BA :ブチルアクリレート(Tg:-52℃)
EA :エチルアクリレート(Tg:-22℃)
MMA :メチルメタクリレート(Tg:105℃)
ST :スチレン(Tg:100℃)
AN :アクリロニトリル(Tg:105℃)
AAc :アクリル酸(Tg:106℃)
mAAc :メタクリル酸(Tg:185℃)
2-HEA :2-ヒドロキシエチルアクリレート(Tg:-15℃)
DBV :ジビニルベンゼン
DAF :ジアリルフタレート
TMPTMA:トリメチロールプロパントリメタクリレート
実施例1
製造例1で得られた共重合体エマルションA-1と製造例4で得られた共重合体エマルションB-1を固形分重量比で20部:80部の割合で配合して、25%濃度のアンモニア水でpHを8前後に調整する。さらにエマルションタイプのアルカリ増粘型増粘剤(サイデン化学(株)製、商品名サイビノールAZ-1)を徐々に添加し、粘度を5000?7000mPa・s/25℃に調整して接着剤を作製し、得られた床材用接着剤を下記に示す試験方法にて試験した結果、ガラス板上での塗膜の耐可塑剤性、及び亜鉛鋼板とタイルカーペットとの剥離性共に良好であった。亜鉛鋼板とルーズレイタイルとの初期接着力は、69.1N/50cm^(2)と高く、強度保持力も72.1%と可塑剤の影響が少なかった。結果を表2に示す。」(段落【0022】?【0030】)

エ 「【表2】

」(段落【0035】)

(3) 甲1に記載された発明
甲1には、上記(2)ア?エの記載から、特に、実施例1の接着剤の製造方法として、次のとおりの発明(以下、「甲1発明」という。)が記載されていると認める。

「製造例1で得られた共重合体エマルションA-1と製造例4で得られた共重合体エマルションB-1を固形分重量比で20部:80部の割合で配合して、25%濃度のアンモニア水でpHを8前後に調整し、さらにエマルションタイプのアルカリ増粘型増粘剤(サイデン化学(株)製、商品名サイビノールAZ-1)を徐々に添加し、粘度を5000?7000mPa・s/25℃に調整して接着剤を作製する接着剤の製造方法。」

(4) 本件発明1との対比・判断
甲1発明の「製造例1で得られた共重合体エマルションA-1と製造例4で得られた共重合体エマルションB-1を固形分重量比で20部:80部の割合で配合」したものは、本件発明1における「水系樹脂エマルション」に相当する。
そして、当該配合したものを粘度調整したものが甲1発明の接着剤であるから、甲1発明の「接着剤の製造方法」は、本件発明1の「水系樹脂エマルション組成物の製造方法」に相当する。
甲1発明の「エマルションタイプのアルカリ増粘型増粘剤(サイデン化学(株)製、商品名サイビノールAZ-1)」は、本件発明1における「アルカリ可溶型増粘剤」に相当する。
甲1発明は、「25%濃度のアンモニア水でpHを8前後に調整し」た後に、アルカリ増粘型増粘剤(アルカリ可溶型増粘剤)を添加していて、pH調整後の時間経過によってpHが変化する要因は特にないから、本件発明1と同様に「増粘剤を添加する際の前記水系樹脂エマルションのpHを7?10に調整」しているといえる。

そうすると、本件発明1と甲1発明とは、
「アルカリ可溶型増粘剤を添加混合して水系樹脂エマルションの粘度調整を行う際に、前記増粘剤を添加する際の前記水系樹脂エマルションのpHを7?10に調整するとともに、前記増粘剤を添加する水系樹脂エマルション組成物の製造方法。」
の点で一致し、以下の点で相違している。

<相違点1>
増粘剤の添加に関し、本件発明1は、「2回以上に分割して添加し、該添加の間隔を2時間以上確保する」と特定するのに対し、甲1発明は、「徐々に添加」するものである点。

以下、相違点1について検討する。
本件明細書の発明の詳細な説明における実施例、比較例の記載において、添加の間隔を2時間とした実施例は、凝集物の発生が抑制され、かつ粘度安定性に優れた水系樹脂エマルションが得られており、添加の間隔が2時間以上であれば、反応容器の大きさや攪拌条件がどのようなものであっても、本件明細書に記載の凝集物の発生が抑制され、かつ粘度安定性に優れた水系樹脂エマルションが得られると解するのが相当である。そうすると、本件発明1における添加の間隔が「2時間以上」であれば、上記本件特許明細書に記載の効果が確認でき、技術的、臨界的な意義が認められる。
一方で、甲1発明は、アルカリ増粘型増粘剤(アルカリ可溶型増粘剤)が、徐々に添加され、粘度を5000?7000mPa・s/25℃に調整するものである。ここで、「徐々に」とは、「少しづつ、一歩一歩、次第に」(実用日本語表現辞典、http://www.weblio.jp/content/%E5%BE%90%E3%80%85%E3%81%AB)を意味するから、「徐々に添加」とは「少しづつ添加」することと解されること、及び、高分子の技術分野において、添加剤等を「少しづつ添加」する時に短い間隔で間欠的に添加することが普通に行われていること(特開2011-57854号公報の段落【0027】、特開2009-1650号公報の段落【0051】、特開2005-307114号公報の段落【0014】、特開平1-319513号公報の第7頁左下欄5?13行等参照)を踏まえれば、「徐々に添加」とは、添加を2回以上に分割しつつ、短い間隔で添加することと解するのが相当である。そうすると、甲1発明は、本件発明1と同様に短い間隔で「増粘剤を2回以上に分割して添加」しているとまではいえるが、あくまで「徐々に添加」するものである以上、甲1発明には、添加の間隔として「2時間以上」のものが含まれるとはいえない。
そうすると、「徐々に添加」する甲1発明において、その添加の間隔を「2時間以上」とすることはできず、「2時間以上」とする動機も存在しない。
以上のことから、相違点1は、当業者においても想到容易とはいえない。

よって、本件発明1は、甲1発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

(5) 本件発明2との対比・判断
本件発明2は、本件発明1を引用する発明である。そして、請求項1に係る本件発明1が甲1発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるといえないのは上述のとおりであるから、請求項2に係る本件発明2についても同様に、甲1発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

2 取消理由2(甲2に基づく取消理由)について
(1)刊行物
甲2、甲3

(2)刊行物の記載事項
本件の出願前に頒布されたことが明らかな刊行物である甲2には、以下の事項が記載されている。

ア 「【請求項1】
(a1)アルキル基の炭素数が1?20の(メタ)アクリル酸アルキルエステル50?99.5質量%、(a2)カルボキシル基含有不飽和単量体0.5?10質量%を含む不飽和単量体混合物を、過硫酸塩及び/又は過酸化物系重合開始剤と還元剤とを組み合わせたレドックス系重合開始剤からなる重合開始剤の存在下で乳化重合して得られるアクリル系エマルション(A)と架橋剤(B)とを含む水分散型アクリル系粘着剤組成物であって、該水分散型アクリル系粘着剤組成物を剥離シート上に塗布、乾燥し、基材と貼り合わせた直後の乾燥皮膜における溶剤可溶分の重量平均分子量が15万以上であり、該乾燥皮膜におけるゲル分率(i)が0%以上60%未満であり、40℃7日間のエージングした後の乾燥皮膜におけるゲル分率(ii)が50%以上99%未満であり、ゲル分率(i)とゲル分率(i)の差が20%以上であることを特徴とする水分散型アクリル系粘着剤組成物。」(特許請求の範囲の請求項1)

イ 「アルカリ可溶型エマルション系増粘剤の市販品としては、例えば、ローム&ハース社製の「プライマルASE-60」、「プライマルASE-75」、「プライマルASE-95」、「プライマルASE-108」、「プライマルRM-5」、例えばサンノプコ株式会社製の「SNシックナーA-850」等が挙げられる。」(段落【0056】)

ウ 「実施例1
攪拌機、温度計、及び滴下ロートを備えた容器に、(a1)成分としてアクリル酸2-エチルヘキシル(2EHA)93質量部およびメタクリル酸メチル(MMA)5質量部、(a2)成分としてメタクリル酸(MAA)1.0質量部およびアクリル酸(AA)1.0質量部、連鎖移動剤としてラウリルメルカプタン0.1質量部を仕込み、これに乳化剤としてポリオキシエチレンアルキルエーテル硫酸ナトリウム〔アニオン型非反応性乳化剤「ラムテルE-118B」、花王株式会社製〕2質量部、アリルアルキルスルホコハク酸ナトリウム〔アニオン型反応性乳化剤「エレミノールJS-2」、三洋化成株式会社製〕3質量部とイオン交換水56質量部を加え、室温下攪拌して不飽和単量体混合物の乳化物を予め調製した。
別途、攪拌機、還流冷却器、温度計、窒素導入管、及び滴下ロートを備えた反応装置にイオン交換水28質量部を仕込み、窒素を封入して反応温度60℃まで昇温し、その温度に保ちながら、レドックス系重合開始剤として5質量%過硫酸カリウム水溶液2質量部と5質量%亜硫酸水素ナトリウム水溶液0.8質量部を仕込み、レドックス系重合開始剤溶液とした。
次に、予め調製した前記不飽和単量体の混合物の乳化物を滴下ロートに移し、4時間かけて滴下した。これと併行してレドックス系重合開始剤溶液として5質量%の過硫酸カリウム水溶液2質量部と5質量%亜硫酸水素ナトリウム水溶液0.8質量部を滴下して反応温度60℃で乳化重合を行なった。
滴下終了後、60℃のままで2時間熟成して乳化重合組成物を得た。その後、室温まで冷却し、25%アンモニア水で中和した後に精製水を加えて固形分50質量%、pHを8.5とした。
さらに、上記乳化重合組成物に対して、増粘剤〔「ASE-60」、ローム・アンド・ハース・ジャパン株式会社製〕を添加して粘度を10000mPa・s〔BM型粘度計を用いて、#4ローター、12回転/分、25℃の条件で測定〕に調整した。上記乳化重合組成物100質量部に対し、塗工の直前にエポキシ系架橋剤〔「デナコールEX-313」、ナガセケムテックス株式会社製、グリセロールポリグリシジルエーテル〕0.8質量部を添加し、水分散型アクリル系粘着剤組成物を得た。上記のとおり、基材レス粘着シートと粘着シートを作製し、ゲル分率および重量平均分子量の測定、粘着力、曲面貼付性および再剥離性の評価を行った。」(段落【0076】)

本件の出願前に頒布されたことが明らかな刊行物である甲3には、以下の事項が記載されている。

エ 「【請求項1】 酸価が50?400mgKOH/gであり、重量平均分子量が2万?20万である重合体を含有し、該重合体20質量%存在時の25℃における粘度が1000mPas以下であり、中和時に粘度が10?100倍増加するとともに、pH=7とpH=9における粘度比(pH=9/pH=7)が1?10の範囲である水性樹脂分散液。」(特許請求の範囲の請求項1)

オ 「【発明の属する技術分野】本発明は、製造安定性、貯蔵安定性に優れるとともに、低いチキソ性を有するアルカリ増粘型水性樹脂分散液に関するものであり、水性塗料の増粘剤等に好適に使用することができるものである。」(段落【0001】)

カ 「本発明の水性樹脂分散液を増粘剤として用いる場合には、例えば、これを少量ずつ水性塗料等に添加し、必要に応じて塩基性物質を適量添加し、pHを調整する。これによって、水性塗料等の粘度が上昇し、粘度を所望の値に合わせることができる。」(段落【0029】)

(3) 甲2に記載された発明
甲2には、上記(2)ア?ウの記載から、特に、実施例1の接着剤の製造方法として、次のとおりの発明(以下、「甲2発明」という。)が記載されていると認める。

「(a1)成分としてアクリル酸2-エチルヘキシル(2EHA)93質量部およびメタクリル酸メチル(MMA)5質量部、(a2)成分としてメタクリル酸(MAA)1.0質量部およびアクリル酸(AA)1.0質量部、連鎖移動剤としてラウリルメルカプタン0.1質量部を仕込み、これに乳化剤としてポリオキシエチレンアルキルエーテル硫酸ナトリウム〔アニオン型非反応性乳化剤「ラムテルE-118B」、花王株式会社製〕2質量部、アリルアルキルスルホコハク酸ナトリウム〔アニオン型反応性乳化剤「エレミノールJS-2」、三洋化成株式会社製〕3質量部とイオン交換水56質量部を加え、室温下攪拌して不飽和単量体混合物の乳化物を予め調製し、別途、攪拌機、還流冷却器、温度計、窒素導入管、及び滴下ロートを備えた反応装置にイオン交換水28質量部を仕込み、窒素を封入して反応温度60℃まで昇温し、その温度に保ちながら、レドックス系重合開始剤として5質量%過硫酸カリウム水溶液2質量部と5質量%亜硫酸水素ナトリウム水溶液0.8質量部を仕込み、レドックス系重合開始剤溶液とし、次に、予め調製した前記不飽和単量体の混合物の乳化物を滴下ロートに移し、4時間かけて滴下し、これと併行してレドックス系重合開始剤溶液として5質量%の過硫酸カリウム水溶液2質量部と5質量%亜硫酸水素ナトリウム水溶液0.8質量部を滴下して反応温度60℃で乳化重合を行ない、滴下終了後、60℃のままで2時間熟成して、乳化重合組成物を得、当該乳化重合組成物を室温まで冷却し、25%アンモニア水で中和した後に精製水を加えて固形分50質量%、pHを8.5とし、さらに、上記乳化重合組成物に対して、増粘剤〔「ASE-60」、ローム・アンド・ハース・ジャパン株式会社製〕を添加して粘度を10000mPa・s〔BM型粘度計を用いて、#4ローター、12回転/分、25℃の条件で測定〕に調整する乳化重合組成物の製造方法。」

(4) 甲3に記載の技術事項
甲3の上記(2)エ?カには、アルカリ増粘型水性樹脂分散液(アルカリ可溶型増粘剤に相当)を増粘剤として用いる場合には、これを少量ずつ水性塗料等に添加することが記載されている。そして、高分子の技術分野において添加剤等を「少量ずつ添加」する時に短い間隔で間欠的に添加することが普通に行われていること(特開2011-57854号公報の段落【0027】、特開2009-1650号公報の段落【0051】、特開2005-307114号公報の段落【0014】、特開平1-319513号公報の第7頁左下欄5?13行等参照)を踏まえれば、甲3の「少量ずつ」「添加」することは、添加を2回以上に分割しつつ、短い間隔で添加することに相当するから、甲3には、増粘剤を2回以上に分割しつつ、短い間隔で添加することが記載されているといえる。

(5) 本件発明1と甲2発明との対比・判断
甲2発明と本件発明1とを対比する。
甲2発明の「乳化重合を行なって」得られた「乳化重合組成物」は、本件発明1における「水系樹脂エマルション」に相当する。
甲2発明は、当該「乳化重合組成物」の「pHを8.5とし、さらに、上記乳化重合組成物に対して、増粘剤〔「ASE-60」、ローム・アンド・ハース・ジャパン株式会社製〕を添加して粘度を10000mPa・s〔BM型粘度計を用いて、#4ローター、12回転/分、25℃の条件で測定〕に調整合した」乳化重合組成物が得られているから、甲2発明の「乳化重合組成物の製造方法」は、本件発明1における「水系樹脂エマルションの粘度調整を行う」「水系樹脂エマルション組成物の製造方法」に相当する。
甲2発明の「増粘剤〔「ASE-60」、ローム・アンド・ハース・ジャパン株式会社製〕」は、甲2の段落【0056】の記載から、本件発明1における「アルカリ可溶型増粘剤」に相当する。
甲2発明は、「25%濃度のアンモニア水で」「pHを8.5とし」た後に、増粘剤(アルカリ可溶型増粘剤)を添加しているから、本件発明1と同様に「増粘剤を添加する際の前記水系樹脂エマルションのpHを7?10に調整」しているといえる。

そうすると、本件発明1と甲2発明とは、
「アルカリ可溶型増粘剤を添加混合して水系樹脂エマルションの粘度調整を行う際に、前記増粘剤を添加する際の前記水系樹脂エマルションのpHを7?10に調整する水系樹脂エマルション組成物の製造方法。」
で一致し、以下の点で相違する。

<相違点2>
本件発明1は、「増粘剤を2回以上に分割して添加し、かつ該添加の間隔を2時間以上確保する」と特定するのに対して、甲2発明においては、この点を特定しない点。

以下、相違点2について検討する。
上記(4)に記載の技術事項の記載から、甲3には、甲2発明における「増粘剤」と同じアルカリ可溶型増粘剤の添加方法が記載されている。そうすると、甲2発明において特定のない、また、甲2には記載されていない増粘剤の添加方法として甲3記載の方法を採用し得るとはいえる。
しかしながら、添加の間隔の時間については、甲2発明は「増粘剤を添加」のみであり、甲3に記載のものも短い間隔で「少量ずつ添加」するもののみであるから、添加の間隔が「2時間以上」であることまでは想定されていないといえる。また、甲2発明において、添加の間隔を「2時間以上」とする動機も見い出し得ない。
そうすると、相違点2は、甲3に記載の技術事項に接した当業者においても想到容易とはいえない。
よって、本件発明1は、甲2発明及び甲3に記載の技術事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

(6) 本件発明2と甲2発明との対比
本件発明2は、本件発明1を引用する発明である。そして、請求項1に係る本件発明1が甲2発明及び甲3に記載の技術事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるといえないのは上述のとおりであるから、請求項2に係る本件発明2についても同様に、甲2発明及び甲3に記載の技術事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

第6 異議申立人の主張の検討

異議申立人は、平成29年4月12日付け(受理日:同月14日)の意見書において、以下の主張をしている。

「本件明細書の実施例1?5に示されているのは、全て増粘剤の添加の間隔を『2時間』とした例のみである。添加の間隔が2時間以上であっても、例えば、2回目の添加が1回目の添加の1週間後であれば、実質的に一括添加した比較例2の場合と同様となり、凝集物の発生抑制効果や優れた粘度安定性が得られないことは明らかである。即ち、増粘剤を複数分割し且つ所定の間隔『2時間以上』をあけて添加するという本件特許発明の本質的特徴の意義が示されているとはいえない。また、本件明細書の実施例1?5はいずれも、増粘剤を3回または5回に分けて添加しているが、増粘剤を3回または5回に分けて添加した結果から、添加の回数が2回の場合であっても凝集物の発生抑制効果や優れた粘度安定性が得られるとはいえない。
増粘剤を『徐々に添加』することを記載した甲1発明との対比から、本件特許発明に進歩性が認められるためには、増粘剤の添加の間隔を含めた、増粘剤の添加の仕方に技術的、臨界的な意義が認められることが必要であると考えられるところ、本件明細書の実施例、比較例の結果をみても、『増粘剤を2回以上に分割して添加し、かつ該添加の間隔を2時間以上確保する』と、添加の間隔の下限のみ規定し、また増粘剤の添加の回数も2回以上とした平成29年3月8日付け訂正後の本件特許の請求項1に記載の発明全体について、技術的、臨界的な意義が認められるとは到底いえない。」

上記主張について検討する。

本件発明1と甲1又は甲2に記載の発明との間には、上記第5での検討のとおりの相違点が存在し、当該増粘剤の添加の手法に係る相違点の構成を埋めるために必要な「2時間以上の間隔を確保して添加する」ことが開示された文献が示されていないことから、想到容易といえないのであって、異議申立人の主張は失当である。
なお、異議申立人の主張が、本件発明が数値限定発明あるいは選択発明であることを前提とした主張であるならば、上記第5における甲1発明又は甲2発明との対比で検討したとおり、本願発明と引用発明との間には増粘剤の添加の手法が全く異なるという明確な相違点が存在することから、その前提を欠き、失当である。
したがって、上記主張は採用できない。

第7 むすび

以上のとおりであるから、当審において通知した取消理由によっては、本件特許の請求項1及び2に係る特許を取り消すことはできない。
さらに、他に本件特許の請求項1及び2に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。

よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルカリ可溶型増粘剤を添加混合して水系樹脂エマルションの粘度調整を行う際に、前記増粘剤を添加する際の前記水系樹脂エマルションのpHを7?10に調整するとともに、前記増粘剤を2回以上に分割して添加し、かつ該添加の間隔を2時間以上確保することを特徴とする水系樹脂エマルション組成物の製造方法。
【請求項2】
前記水系樹脂エマルションが、エチレン性不飽和単量体を含む単量体混合物を重合して得られる合成樹脂を含有するものであって、
前記合成樹脂の構造単量体単位に不飽和カルボン酸0.1?20質量%が含まれる請求項1に記載の水系樹脂エマルション組成物の製造方法。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2017-05-08 
出願番号 特願2011-265768(P2011-265768)
審決分類 P 1 651・ 121- YAA (C08L)
P 1 651・ 113- YAA (C08L)
最終処分 維持  
前審関与審査官 大木 みのり  
特許庁審判長 小柳 健悟
特許庁審判官 上坊寺 宏枝
大島 祥吾
登録日 2015-09-11 
登録番号 特許第5803628号(P5803628)
権利者 東亞合成株式会社
発明の名称 水系樹脂エマルション組成物の製造方法  
代理人 特許業務法人快友国際特許事務所  
代理人 特許業務法人快友国際特許事務所  
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