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審決分類 |
審判 全部申し立て 2項進歩性 C08J |
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管理番号 | 1331256 |
異議申立番号 | 異議2017-700537 |
総通号数 | 213 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許決定公報 |
発行日 | 2017-09-29 |
種別 | 異議の決定 |
異議申立日 | 2017-05-30 |
確定日 | 2017-08-17 |
異議申立件数 | 1 |
事件の表示 | 特許第6035498号発明「微細セルロース繊維含有シートの製造方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 |
結論 | 特許第6035498号の請求項1ないし6に係る特許を維持する。 |
理由 |
第1 手続の経緯 特許第6035498号の請求項1ないし6に係る特許についての出願は、平成24年10月25日に特許出願され、平成28年11月11日にその特許権の設定登録がされ、平成29年5月30日にその特許に対し、特許異議申立人古藤弘一郎により特許異議の申立てがされたものである。 第2 本件発明 特許第6035498号の請求項1ないし6に係る発明は、それぞれ、その特許請求の範囲の請求項1ないし6に記載された事項により特定される、以下のとおりのものである。 「【請求項1】 数平均繊維幅が2?1000nmの微細セルロース繊維を含有する微細セルロース繊維含有分散液を工程基材上に塗工する塗工工程と、工程基材上の微細セルロース繊維含有分散液を乾燥させて微細セルロース繊維含有シートを形成するシート形成工程とを有し、 前記微細セルロース繊維含有分散液として、セルロース繊維濃度が1.5?7.5質量%、JIS K7117-1に従い、B型粘度計を用いて23℃で測定した粘度が3800?30000mPa・sのものを用いる、微細セルロース繊維含有シートの製造方法。 【請求項2】 工程基材に塗工する微細セルロース繊維含有分散液の表面張力が25?45mN/mである、請求項1に記載の微細セルロース繊維含有シートの製造方法。 【請求項3】 微細セルロース繊維含有分散液がエマルション樹脂を含有する、請求項1または2に記載の微細セルロース繊維含有シートの製造方法。 【請求項4】 塗工工程の前に、塗工開始の10分前から塗工開始までの間、微細セルロース繊維含有分散液を攪拌する攪拌工程を有する、請求項1?3のいずれか一項に記載の微細セルロース繊維含有シートの製造方法。 【請求項5】 前記塗工工程では、微細セルロース繊維含有シートの厚さが5μm以上になるように微細セルロース繊維含有分散液を塗工する、請求項1?4のいずれか一項に記載の微細セルロース繊維含有シートの製造方法。 【請求項6】 前記塗工工程における塗工では、ダイコーター、カーテンコーター、スプレーコーターのいずれかを用いる、請求項1?5のいずれか一項に記載の微細セルロース繊維含有シートの製造方法。」 以下、特許第6035498号の請求項1ないし6に係る発明を、それぞれ、「本件特許発明1」ないし「本件特許発明6」という。 第3 特許異議の申立ての概要 特許異議申立人は、証拠方法として、 ・特開2007-23219号公報の第1?5頁(以下、「甲1」という。) ・特開2005-330639号公報の第1及び7頁(以下、「甲2」という。) ・特開2011-73174号公報の第1、7及び8頁(以下、「甲3」という。) ・国際公開第2009/104701号の表紙及び第9頁(以下、「甲4」という。) ・特開2012-36517号公報の第1及び9頁(以下、「甲5」という。) ・「新コーティングのすべて」加工技術研究会、2009年10月4日発行、基礎編第3頁(以下、「甲6」という。) ・羽田正紀「総説 プラスティックフィルムの表面改質」、日本印刷学会誌、2010年4月30日発行、第78?79頁(以下、「甲7」という。) ・特開2010-240513号公報の第1及び13頁(以下、「甲8」という。) ・特開平11-209401号公報の第1、2及び6頁(以下、「甲9」という。) ・特開2011-74535号公報の第1及び6頁「以下、「甲10」という。) を提出し、特許異議の申立てとして、本件特許発明1ないし6は、甲1に記載された発明及び甲2ないし甲10に記載された周知の技術的事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件特許発明1ないし6に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反して特許されたものであり、同法第113条第2項に該当し取り消すべきものである旨主張している。 第4 甲1ないし甲10の記載並びに甲1に記載された発明 1.甲1の記載 本件特許の出願前に頒布されたことが明らかである甲1には、以下のとおりの記載がある。 1-ア 「【請求項1】 微細繊維を含むスラリーを基材上に塗工し、スラリー中の液体成分を蒸発させることにより基材上に形成される乾燥した微細繊維層を、基材から剥離することにより得られる微細繊維シート。 【請求項2】 請求項1において、微細繊維が太さ1μm以下、長さ0.5mm以下であることを特徴とする微細繊維シート。 【請求項3】 請求項1または2において、微細繊維がアクリル繊維、全芳香族ポリアミド繊維、全芳香族ポリエステル繊維、ポリエステル繊維、ポリイミド繊維、ポリフェニレンサルファイド繊維、ポリパラフェニレンビスオキサゾール繊維、ポリオレフィン繊維、セルロース繊維、キチン繊維から選ばれる少なくとも1つの微細繊維であることを特徴とする微細繊維シート。」(特許請求の範囲の請求項1?3) 1-イ 「【0007】 本発明は、上記実状を鑑みたものであって、塗工による方法で、連続的に効率よく製造された、微細繊維からなるシートを提供することにある。 【課題を解決するための手段】 【0008】 上記課題を解決するため検討した結果、塗工により微細繊維のスラリーを基材上に塗布し、これを乾燥して形成された微細繊維層を基材から剥離することにより、良好な微細繊維シートを得ることができることを見出した。原料となる微細繊維は、合成高分子、天然高分子いずれの繊維でも良く、抄造では困難な太さ1μm以下、長さ0.5mm以下の大きさの繊維であってもシート化が可能であることを見出した。」(段落【0007】?【0008】) 1-ウ 「【0009】 本発明における微細繊維とは、製紙用途で通常用いられる各種パルプ繊維よりも細く短い繊維であり、光学顕微鏡や電子顕微鏡による直接観察で任意の20本の繊維の太さの測定値の平均値が10μm以下であり、かつ繊維長測定装置(例えば、FS-200、KAJAANI社製)で測定した長さ加重平均繊維長が1mm以下の繊維である。」(段落【0009】) 1-エ 「【0015】 本発明において、微細繊維はアラミド繊維を微細化したもの(ティアラ、ダイセル化学工業社製)や、アクリル繊維(ボンネル、三菱レイヨン社製)を微細化加工したもの、ポリアリレート繊維(ベクトラン、クラレ社製)を微細化加工したもの、ポリフェニレンサルファイド繊維(トルコン、東レ社製)を微細化加工したもの、ポリパラフェニレンベンゾビスオキサゾール繊維(ザイロン、東洋紡績社製)を微細化加工したもの、ポリイミド繊維(P84、東洋紡社製)を微細化加工したもの、ポリエチレンテレフタレート繊維(テイジンテトロンテピルス、帝人ファイバー社製)を微細化加工したもの、ポリエチレン繊維(ダイニーマ、東洋紡績社製)を微細化加工したもの、パルプ等のセルロース繊維を微細化加工したもの(セリッシュ、ダイセル化学工業社製)、キチン繊維(クラビオン、オーミケンシ社製)を微細化加工したもの等を用いればよい。十分に微細化されていない繊維については、各種ホモジナイザーや粉砕機により繊維にせん断力を作用させて、所定の繊維サイズになるまで微細化加工して用いればよい。繊維サイズの評価には、光学顕微鏡や電子顕微鏡での直接観察による繊維の太さの測定値、パルプ用の繊維長測定装置(例えば、FS-200、KAJAANI社製)による、長さ荷重平均繊維長の測定値を用いる。 【0016】 上記微細繊維をスラリーにする際には、微細繊維を変質させない範囲で、水やアルコール類、ケトン類等の液体を単独或いは混合し、微細繊維濃度が0.1?10質量%となるように繊維を分散させれば良い。微細繊維は、2種類以上のものを混合して用いてもよい。さらに、単独では微細繊維同士の結合力が無く、シート化が困難な微細繊維を用いた場合には、各種バインダーを添加したり、シートの特性や機能を調整する目的で各種資材を添加しても良い。」(段落【0015】?【0016】) 1-オ 「【0023】 微小繊維状セルロース(セリッシュ、ダイセル化学工業社製)、を0.1質量%濃度で水に懸濁した。高圧ホモジナイザー(BOS社製)を用いて、100Lの懸濁液を50MPaの圧力で60分間循環処理した。処理後の繊維を走査型電子顕微鏡で観察して測定した繊維の太さは、550nm、繊維長測定器(FS-200、KAJAANI社製)で測定した長さ加重平均繊維長は0.40mmであった。得られたスラリーを撹拌し、幅50cm、長さ20mの、陽極酸化により表面に酸化アルミニウムの皮膜を形成させたアルミ板の上に連続的にカーテンコーティングした。80℃の熱風乾燥後に形成されたセルロース微細繊維シートを基板である酸化アルミ板より剥離し、幅50cm、長さ20mのセルロース微細繊維シートを得た。単位面積当りの坪量は10g/m^(2)の設計値に対し、シートの実測値は、9.2g/m^(2)であり、セルロース微細繊維のほとんどがロス無く、シート中に存在することが明らかであった。」(段落【0023】) 2.甲1に記載された発明 甲1は、摘示1-イに基づくと、塗工による方法で、連続的に効率よく製造された、微細繊維からなるシートを提供することを課題とする発明を開示する文献であり、かかる課題の下、摘示1-アの請求項1?3には、微細繊維シートに係る発明が記載されている。 また、甲1の摘示1-エにおいて、微細繊維の種類が列挙されており、その中に「パルプ等のセルロース繊維を微細化加工したもの(セリッシュ、ダイセル化学工業社製)」との記載があるところ、摘示1-オにおいて、実際に「微小繊維状セルロース(セリッシュ、ダイセル化学工業社製)」を用いた例が具体的に記載されている。また、摘示1-オには、当該微小繊維状セルロースを高圧ホモジナイザーを用いて処理し、走査型電子顕微鏡を用いた観察によって太さ「550nm」、加重平均繊維長「0.40mm」の繊維のセルロース微細繊維を得たことが記載されており、これは摘示1-アにおける、微細繊維の太さ「1μm以下」及び長さ「0.5mm以下」という条件を満たすものである。 そして、甲1の摘示1-エにはさらに、微細繊維をスラリーにする際には水等の液体中に、微細繊維濃度が0.1?10質量%となるように分散させればよい旨記載されている。 これらの記載からみて、甲1には、特許請求の範囲に記載の発明において、微細繊維としてセルロース繊維を含むスラリーを用いた微細繊維シートに係る発明として、 「微細繊維を含むスラリーを基材上に塗工し、スラリー中の液体成分を蒸発させることにより基材上に形成される乾燥した微細繊維層を、基材から剥離することにより得られる微細繊維シートであって、 微細繊維がセルロース繊維であり、 微細繊維が太さ1μm以下、長さ0.5mm以下であり、 当該スラリー中の微細繊維濃度が0.1?10質量%である、 微細繊維シート。」 という発明が記載されている。 そして、上記発明は「微細繊維シート」という物に係る発明であるところ、その記載中に、その物の製造方法が記載されていることから、甲1には、当該微細繊維シートを製造する方法の発明も記載されているといえる。よって、かかる製造方法の発明に着目し、かつ繊維がセルロース繊維である点を整理して記載すると、甲1には以下の発明が記載されているといえる(以下、「甲1発明」という。)。 甲1発明: 「微細セルロース繊維を含むスラリーを基材上に塗工し、スラリー中の液体成分を蒸発させることにより基材上に形成される乾燥した微細セルロース繊維層を、基材から剥離する、微細セルロース繊維シートの製造方法であって、 微細セルロース繊維が太さ1μm以下、長さ0.5mm以下であり、 当該スラリー中の微細セルロース繊維濃度が0.1?10質量%である、 微細セルロース繊維シートの製造方法。」 3.甲2ないし甲10の記載 (1)甲2ないし甲5には、特許異議申立書第10?11頁の(4-2-2)から(4-2-5)に記載されたとおりの記載があると認められる。 また、甲8ないし甲10には、特許異議申立書第12?14頁の(4-2-8)から(4-2-10)に記載されたとおりの記載があると認められる。 (2)甲6には、次のとおり記載されている。 「塗工に際し、塗工液が支持体に接着するためには、少なくとも次の条件が必要である。 γ_(被着体)≧γ_(塗工液)・・・(1) γ:表面張力 接着の界面化学的最適条件は、次の通りである。 γ_(被着体)=γ_(ポリマー)・・・(2)」 (3)甲7には、次のとおり記載されている。 「 」 第5 対比・判断 (1)本件特許発明1について 甲1発明の「微細セルロース繊維シート」は、微細セルロース繊維を含有していることは明らかであるから、本件特許発明1の「微細セルロース繊維含有シート」に相当する。 甲1発明の「微細セルロース繊維を含むスラリーを基材上に塗工し」は、本件特許発明1の「微細セルロース繊維を含有する微細セルロース繊維含有分散液を工程基材上に塗工する塗工工程」に相当する。 また、甲1発明の「スラリー中の液体成分を蒸発させることにより基材上に形成される」は、微細セルロース繊維が分散されたスラリー、すなわち微細セルロース繊維含有分散液中に含まれる分散液を蒸発させて乾燥させることであるから、本件特許発明1の「工程基材上の微細セルロース繊維含有分散液を乾燥させて微細セルロース繊維含有シートを形成する」に相当する。 また、甲1の微細セルロース繊維の「太さ」については、甲1の摘示1-ウにおいて、各種顕微鏡による直接観察で任意の20本の繊維の太さの測定値の平均値であることが記載されている。一方、本件特許発明1の「数平均繊維幅」については、本件特許明細書の段落【0011】において、次のとおり記載がある。 「微細セルロース繊維の電子顕微鏡観察による平均繊維幅の測定は以下のようにして行う。微細セルロース繊維含有スラリーを調製し、該スラリーを親水化処理したカーボン膜被覆グリッド上にキャストして透過型電子顕微鏡(TEM)観察用試料とする。幅広の繊維を含む場合には、ガラス上にキャストした表面の操作型電子顕微鏡(SEM)像を観察してもよい。構成する繊維の幅に応じて1000倍、5000倍、10000倍、20000倍、50000倍あるいは100000倍のいずれかの倍率で電子顕微鏡画像による観察を行う。但し、試料、観察条件や倍率は下記の条件を満たすように調整する。 (1)観察画像内の任意箇所に一本の直線Xを引き、該直線Xに対し、20本以上の繊維が交差する。 (2)同じ画像内で該直線Xと垂直に交差する直線Yを引き、該直線Yに対し、20本以上の繊維が交差する。 上記のような電子顕微鏡観察画像に対して、直線Xに交錯する繊維、直線Yに交錯する繊維の各々について少なくとも20本(すなわち、合計が少なくとも40本)の幅(繊維の短径)を読み取る。こうして上記のような電子顕微鏡画像を少なくとも3組以上観察し、少なくとも40本×3組(すなわち、少なくとも120本)の繊維幅を読み取る。このように読み取った繊維幅を平均して平均繊維幅を求める。」 かかる本件特許明細書の記載に基づくと、平均値を求めるための測定対象のサンプル数やサンプリングの仕方が本件特許明細書における方法の方が正確性を期して充実したものではあるものの、測定原理自体は、顕微鏡を用いて実際に測定された複数の繊維の太さの平均値を表しているのであるから、実質的には、甲1発明の微細繊維の「太さ」は本件特許発明1の「数平均繊維幅」に相当するものである。 そして、「数平均繊維幅」の数値範囲自体についても、甲1発明では「1μm以下」であるところ、これをnmの単位に換算すると「1000nm以下」であるから、本件特許発明1とは「2?1000nm」の範囲で重複していることになる。 これらのことから、本件特許発明1と甲1発明は、以下の点で一致している。 「数平均繊維幅が2?1000nmの微細セルロース繊維を含有する微細セルロース繊維含有分散液を工程基材上に塗工する塗工工程と、工程基材上の微細セルロース繊維含有分散液を乾燥させて微細セルロース繊維含有シートを形成するシート形成工程とを有する、 微細セルロース繊維含有シートの製造方法。」 そして、本件特許発明1と甲1発明は、以下の点で相違している。 相違点1: 微細セルロース繊維含有分散液におけるセルロース繊維の濃度について、本件特許発明1では「1.5?7.5質量%」であるのに対し、甲1発明では「0.1?10質量%」である点。 相違点2: 微細セルロース繊維含有分散液について、本件特許発明1では「JIS K7117-1に従い、B型粘度計を用いて23℃で測定した粘度が3800?30000mPa・sのもの」であることが特定されているのに対し、甲1発明では粘度に関する特定がされていない点。 上記相違点について検討する。 相違点1について: 甲1の摘示1-エには「微細繊維濃度が0.1?10質量%となるように繊維を分散させれば良い」との記載がなされているのみで、当該範囲をさらに狭めた範囲とするための動機付けとなる示唆はなされていない。加えて、甲1の摘示1-オによると、実施例2において具体的に使用された濃度は「0.1質量%」である旨が記載されている。これらのことからみて、甲1には「0.1?10質量%」という数値範囲をさらに、「1.5?7.5質量%」に狭めることについては記載も示唆もされていない。 一方で、本件特許の明細書の比較例1をみると、セルロース繊維濃度が1.00質量%の場合には原料が均一に吐出されずシート化できなかったことが記載され、また、比較例2をみると、該濃度が8.00質量%の場合には流動性がないためダイから吐出できずシート化できなかったことが記載されている。 そうすると、セルロース繊維濃度が1.00質量%である場合と8.00質量%である場合には、本件特許における所期の課題を達成することができないことを考慮すると、本件特許発明1の「1.5?7.5質量%」という数値範囲は、少なくとも甲1発明の「0.1?10質量%」という数値範囲に対して一定の臨界的な意義を有するものと理解できる。 また、甲4自体はカーボンナノファイバ-と含フッ素プロトン伝導性ポリマーの両方を含む塗工液に関するものであることを踏まえると、甲4において、固形分濃度を調整することによって塗工液の粘度を調整できるという技術が公知であると言えるしても、そのことからただちに、本件特許発明1の「1.5?7.5質量%」というセルロース繊維に関する特定の数値範囲を導き出すことは、当業者といえども容易であるとはいえない。 したがって、相違点1については、当業者が容易に想到する事項であるとはいえない。 相違点2について: 確かに、甲2や甲3並びに甲10において、分散液の粘度を設定して塗工すると所望の厚さの繊維層が得られるということが公知であり、このことは、甲1発明に基づいて粘度を調整しようという一定の動機付けにはなるものの、当該粘度の数値範囲を「3800?30000mPa・s」とすることは、以下に説示するように当業者といえども容易に導き出すことはできない。 すなわち、まず、甲1には微細セルロース繊維含有分散液の粘度に関しては記載も示唆もされていない。 次に、甲5において、セルロースナノファイバ-を水に懸濁させて2重量%濃度にしたときの粘度が「3000mPa・s以上であり、好ましくは4000?15000Pa・s、さらに好ましくは5000?10000Pa・s程度である」(下線は合議体による。)と記載されているが、これは2重量%濃度にしたときは自ずと「4000?15000Pa・s」になるという意味の記載ではなく、あくまで2重量%とした上で、かつ粘度を「4000?15000Pa・s」とするのが好ましいという意味で記載されていると解するのが自然である。加えて、当該甲5は蓄電素子を構成するためのものであり、機械強度や耐熱性が高いセルロース繊維不織布を提供することを課題とする文献である。したがって、甲5の記載を考慮してもなお、厚みのある微細セルロース繊維含有シートを均一な厚さで且つ高い歩留まりで製造できる製造方法を提供するという本件特許発明1の課題とは異なる課題を有する甲1発明において、粘度の数値範囲を「3800?30000mPa・s」とすることは、当業者といえども容易に導き出すことはできない。 他方、本件特許の明細書における比較例3には、粘度が2500Pa・sである場合に、乾燥負荷が高かったこと、及び坪量が実施例に比して小さい値であることが記載され、また、同じく比較例4には、粘度が40000Pa・sである場合には、流動性がないためダイから吐出できずシート化できなかったことが記載されている。 そうすると、粘度が2500Pa・sである場合及び40000Pa・sである場合には、本件特許発明1における前記課題を達成することができないことを考慮すると、本件特許発明1の「3800?30000mPa・s」という数値範囲は、少なくとも粘度に関して記載も示唆もされていない甲1発明に対して一定の臨界的な意義を有するものと理解できる。 以上のとおり、本件特許発明1は、甲1発明並びに甲2ないし甲5及び甲10に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。 したがって、本件特許発明1は、特許法第29条第2項の規定に違反して特許されたものであるとはいえない。 (2)本件特許発明2ないし6について 本件特許発明2ないし6は、請求項1を引用し、本件特許発明1に係る微細セルロース繊維含有シートの製造方法をさらに限定したものである。 ここで、甲6及び甲7には塗工液の表面張力に関する事項が記載されており、また甲8及び甲9には微細繊維セルロースを含有するシートにエマルジョン樹脂を含有させることが記載されている。 しかしながら、上記(1)で検討したとおり、本件特許発明1は甲1発明並びに甲2ないし甲5及び甲10に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえないのであるから、それをさらに限定した本件特許発明2ないし6についても、甲6ないし甲9の記載を考慮してもなお、同様に当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。 したがって、本件特許発明2ないし6は、特許法第29条第2項の規定に違反して特許されたものであるとはいえない。 第6 むすび 以上のとおりであるから、特許異議申立ての理由及び証拠によっては、本件特許発明1ないし6に係る特許を取り消すことはできない。 また、他に本件特許発明1ないし6に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。 よって、結論のとおり決定する。 |
異議決定日 | 2017-08-09 |
出願番号 | 特願2012-235853(P2012-235853) |
審決分類 |
P
1
651・
121-
Y
(C08J)
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最終処分 | 維持 |
前審関与審査官 | 大村 博一 |
特許庁審判長 |
大島 祥吾 |
特許庁審判官 |
藤原 浩子 佐久 敬 |
登録日 | 2016-11-11 |
登録番号 | 特許第6035498号(P6035498) |
権利者 | 王子ホールディングス株式会社 |
発明の名称 | 微細セルロース繊維含有シートの製造方法 |
代理人 | 高橋 詔男 |
代理人 | 志賀 正武 |
代理人 | 鈴木 三義 |
代理人 | 柳井 則子 |