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審決分類 審判 全部無効 1項3号刊行物記載  A61K
審判 全部無効 2項進歩性  A61K
管理番号 1331753
審判番号 無効2015-800233  
総通号数 214 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2017-10-27 
種別 無効の審決 
審判請求日 2015-12-28 
確定日 2017-08-21 
事件の表示 上記当事者間の特許第4606581号発明「ICU鎮静のためのデクスメデトミジンの用途」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。 
理由 第1 手続の経緯
本件特許第4606581号に係る発明についての出願(以下、「本件特許出願」という。)は、1999年3月31日(パリ条約による優先権主張 1998年4月1日、1998年12月4日、いずれも米国(US))を国際出願日とする出願であり、平成22年10月15日に特許権の設定登録がなされた。
これに対して、請求人は、平成27年12月28日付け審判請求書によって、本件特許を無効にすることについて、本件特許無効審判を請求した。
以後の手続の経緯は次のとおりである。
平成28年 4月25日付け 答弁書(被請求人)
同年 8月19日付け 参加申請書(参加人 ニプロ株式会社)
同年 11月 8日付け 上記参加人の参加を許可する決定(当審)
同年 12月 1日付け 審理事項通知書(当審)
平成29年 1月18日付け 上申書(参加人)
平成29年 1月24日付け 口頭審理陳述要領書(請求人)
同年 2月 7日付け 上申書(被請求人)
同年 2月 7日付け 第1回口頭審理

第2 本件特許発明
本件特許の特許請求の範囲の請求項1?12に係る発明は、同特許の特許請求の範囲の請求項1?12に記載された事項により特定される、次のとおりのものである(以下、それぞれ「本件特許発明1」?「本件特許発明12」といい、まとめて「本件特許発明」ともいう。)
「【請求項1】
集中治療を受けている重篤患者の鎮静に使用する医薬品の製造における、デクスメデトミジンまたはその薬学的に許容し得る塩の使用であって、該患者が覚醒され、見当識が保たれる使用。
【請求項2】
デクスメデトミジンまたはその薬学的に許容し得る塩が、本質的に唯一の活性薬剤または唯一の活性薬剤である請求項1記載の使用。
【請求項3】
デクスメデトミジンまたはその薬学的に許容し得る塩が、1?2ng/mlプラズマ濃度に達する量投与される請求項1または2記載の使用。
【請求項4】
デクスメデトミジンまたはその薬学的に許容し得る塩が、静脈注射で投与される請求項3記載の使用。
【請求項5】
デクスメデトミジンの負荷投与量および維持量が投与される請求項4記載の使用。
【請求項6】
負荷投与量および維持量がヒトに投与される請求項5記載の使用。
【請求項7】
デクスメデトミジンの負荷投与量が0.2?2μg/kgである請求項6記載の使用。
【請求項8】
負荷投与量が約10分で投与される請求項7記載の使用。
【請求項9】
デクスメデトミジンの負荷投与量が1μg/kgである請求項8記載の使用。
【請求項10】
デクスメデトミジンの維持量が0.1?2.0μg/kg/hである請求項6記載の使用。
【請求項11】
デクスメデトミジンの維持量が0.2?0.7μg/kg/hである請求項10記載の使用。
【請求項12】
デクスメデトミジンの維持量が0.4?0.7μg/kg/hである請求項11記載の使用。」

第3 当事者の主張、及び、提出した証拠方法

1 請求人の主張する無効理由、及び、提出した証拠方法
請求人が提出した審判請求書及び口頭審理陳述要領書によれば、請求人は、特許第4606581号の特許請求の範囲の請求項1?12に記載された発明には、以下の無効理由1及び2が存在する旨を主張し、証拠方法として下記の書証を提出している。

[無効理由1]
本件発明1ないし本件発明4は,甲第1号証に記載された発明であるから,特許法第29条第1項第3号に該当し,特許を受けることができないものであり,その特許は同法第123条第1項第2号に該当し,無効とすべきである。

[無効理由2]
本件発明1ないし本件発明12は,甲第1号証に記載された発明,甲第2号証に記載された発明,及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであって,特許法第29条第2項により特許を受けることはできないものであるから,その特許は,特許法第123条第1項第2号の規定により無効とすべきものである。

[証拠方法]
甲第1号証:Anesthesiology, Vol. 82, No. 3, 1995, pp. 620-633
甲第2号証:Anesthesia & Analgesia, Vol. 75, No. 6, 1992, pp. 940-946
甲第3号証:Pharmacology & Toxicology, 1991, Vol. 68, pp. 394-398
甲第4号証:Anesthesiology, Vol. 77, 1992, pp. 1125-1133
甲第5号証:Chest, Vol. 104, No. 2, 1993, pp. 566-577
甲第6号証:Critical Care Nursing Quarterly, Vol. 15(2), 1992, pp. 52-74
甲第7号証:メジカルビュー社,ステッドマン医学大事典第2版,719頁,平成元年3月10日発行
〈以上、審判請求書に添付〉

甲第8号証:http://www.pmda.go.jp/drugs/2004/P200400001/index.html「効能・効果(案),用法・用量,使用上の注意(案)及びその設定根拠」
甲第9号証:The Journal of Thoracic and Cardiovascular Surgery, Vol. 110, Number 5, pp. 1461-1469, November 1995
甲第10号証:Anesthesiology, Vol.84, No. 6, pp. 1350-1360, June 1996
甲第11号証:http://www.barttersite.org/mag_children_heart_surgery.htm
American Heart Journal, Vol. 139, No. 3, March 2000
甲第12号証:J Crit Care, 2015 Dex; 30(6): 1238-1242
甲第13号証:平成15年10月22日医薬食品局審査管理課、審査報告書(2)、1?57頁
甲第14号証:Intensive Care Medicine, (1990)16: pp.265-266
甲第15号証:Anesth Analg, 1997;85, pp1136-1142
甲第16号証:American Society Anesthesiologists, 2012 Operating Room Design Manual, Chapter 14, pp. 57-72
甲第17号証:Journal of Perioperative and Critical Intensive Care Nursing, Vol. 2, Issue 3, 2016, Open Access Journal
〈以上、平成29年1月24日付け口頭審理陳述要領書に添付〉

2 被請求人の主張、及び、提出した証拠方法
被請求人が提出した答弁書及び上申書によれば、被請求人は、本件特許には上記無効理由1?2は存在しない旨を主張し、証拠方法として下記の書証を提出している。

[証拠方法]
乙第1号証:本件特許の審査過程における平成22年5月17日提出の意見書
乙第2号証:Marquette Series 8500ホルターレコーダー説明書及びその抄訳
乙第3号証:今井孝祐「集中治療医学の定義」日本集中治療医学会雑誌、2009年、第16巻、第503頁
乙第4号証:甲第1号証抄訳
乙第5号証:甲第6号証抄訳

第4 証拠の記載事項
請求人は、甲第1号証ないし甲第17号証に、以下の記載があることを指摘している。なお、原文が外国語で記載されているものについては、日本語訳で示す。

(1)甲第1号証

「血管手術を受ける患者への術前・術中・術後デクスメデトミジン注入の効果」(タイトル)

「背景:デクスメデトミジンは高選択的α2-アドレナリン作動性アゴニストであり、健常患者では、術前・術中・術後(周術期;perioperative)の血行動態安定性を向上させるが、血圧と心拍数を低下させる。本試験の目的は、冠動脈疾患のリスクの高い手術患者において、術前・術中・術後に投与されるデクスメデトミジンの血液動態作用を予備的に評価することであった。
方法:24名の血管手術患者に、プラセボ、又は、3用量のうちの1用量、すなわち標的血漿中濃度0.15ng/ml(低用量)、0.30ng/ml(中用量)、若しくは0.45ng/ml(高用量)のデクスメデトミジンを、麻酔誘導の1時間前から術後48時間まで持続注入した。すべての患者に、標準的な麻酔を行い、血行動態を管理した。血圧、心拍数、及びホルター心電図をモニターし、さらに、術前の連続12誘導心電図、術中の麻酔薬濃度及び心筋壁運動(心エコー検査)、並びに術後の心筋酵素のモニタリングを追加した。
結果:手術前、デクスメデトミジン投与患者において、心拍数の低下(低用量11%、中用量5%、高用量20%)、及び、収縮期血圧の低下(低用量3%、中用量12%、高用量20%)が認められた。手術中、デクスメデトミジン投与群では、血行動態を所定範囲内に維持するために、より多くの血管作動薬が必要であった。手術後、デクスメデトミジン投与群では、プラセボ群に比べて頻脈(分/モニター時間)が少なかった(プラセボ23分/時;低用量9分/時、P=0.006;中用量0.5分/時、P=0.004;高用量2.3分、P=0.004)。いずれの群においても、徐脈はまれであった。心筋梗塞又は臨床検査結果における識別可能な傾向はなかった。
結論:標的血漿中濃度0.45ng/mlまでのデクスメデトミジンの注入(infusion)は、血管手術を受ける手術患者の術前・術中・術後の血行動態管理に有益であると思われるが、血圧と心拍数を維持するために、より大きな術中薬理学的介入が必要であった。
(キーワード:デクスメデトミジン:血行動態、用量効果、心臓:冠動脈疾患、交感神経系、α2-アドレナリン作動性アゴニスト:デクスメデトミジン)」(620頁要約)

「麻酔管理
手術前夜、患者は2mgのロラゼパムを経口で服用した。手術室において、麻酔導入の1時間前に、試験薬の注入が開始された。その後患者には、酸素吸入がなされ、アルフェンタニル(30μg/kgまで)及びチオペンタール(3mg/kgまで)によって麻酔導入が行われた。気管挿入前の筋弛緩のため、及びその後必要に応じて、ペクロニウム(0.1mg/kg)が投与された。」(621頁右欄29?37行)

「手術及び術後ストレスは、視床下部-下垂体-副腎系、レニン-アンジオテンシン系、及び交感神経系の刺激として現れる内分泌応答を引き起こす。交感神経系の刺激は、血漿ノルエピネフリン及びエピネフリンの循環レベルを上昇させ、血圧及び心拍数、並びに術後合併症の発生率を高める。高拍出性変化は、特に冠血流予備量が減少した患者集団において、心筋虚血の素因となる。術前・術中・術後の虚血は、術後の罹患率及び死亡率の著しい増加の原因となる。術前・術中・術後ストレス応答を低下させることにより、心筋虚血の発生率を低下させ、それにより心筋虚血のリスクが高い患者における術前・術中・術後の罹患率及び死亡率の発生率を低下させ得る。
いくつかの臨床研究では、α2-アドレナリン作動性アゴニストが術前・術中・術後のストレス応答を鈍化するのに有効である場合があること、及び、クロニジンが術前・術中・術後の抗虚血作用を有する場合があることが示唆されている。デクスメデトミジンは、α2-アドレナリン作動性アゴニストであり、クロニジンの10倍のα2/α1-受容体選択性を有する。健常ボランティアにおいて、デクスメデトミジンは、循環カテコールアミンを最大90%減少させ、クロニジンと同様に抗侵害受容性作用及び鎮静作用を有する。健常手術患者では、デクスメデトミジンは血行動態安定性を向上させ、麻酔要求性を低下させ、挿管に対する高拍出性応答を鈍化させる。交感神経遮断薬もまた、血圧低下及び徐脈など、潜在的に有害な臨床作用をもたらす。血管疾患又は重度の心筋疾患患者は、このような血行動態の変化を忍容できない場合がある。
これまでのところ、デクスメデトミジンは、健常ボランティア及び健常手術患者にのみ投与されている。そのため、高リスクの手術患者において、デクスメデトミジンの術前・術中・術後投与のフィージビリティ及び有効性を予備的に評価するために、我々は、冠動脈疾患(CAD)の発生率が高く、術前・術中・術後の血行動態安定性向上によって大きな恩恵を受ける可能性のある集団である血管手術患者において、デクスメデトミジンの注入を3つの連続漸増用量で試験した。

方法

患者
我々のHuman Research Committeeによる承認、及び文書によるインフォームドコンセントをもって、San Francisco Veterans Affairs Medical Centerにおいて血管手術が予定されている、CADリスクを有するかCADリスクの高い25人の患者を試験した。試験の組み入れ基準は、典型的狭心症の既往;心筋梗塞の既往;既往は無いが、心電図(ECG)に梗塞に典型的なQ波のエビデンスが認められること;血管造影法によりCADが検出されたこと;並びに、CADリスク因子(喫煙、高血圧症の治療、糖尿病の治療、又は高コレステロール血症(240 mg/dL)など)が2つ以上存在すること;の1つ以上を含むものとした。不安定狭心症であり、術前心電図(左脚ブロック)が解釈不能である患者、クロニジン又は三環系抗うつ薬を服用している患者、及び少なくとも術後最初の24時間の間、試験薬が連続的に投与されなかった患者らは試験から除外した。心臓治療薬は手術の夜まで継続された。

実験プロトコル
試験は、3通りの用量のデクスメデトミジンとプラセボを使用した二重盲検、無作為化、用量漸増試験であった。24名の患者は、低用量、中用量、高用量の試験群を形成するために、デクスメデトミジンが投与される6名と、プラセボが投与される2名とをそれぞれ含む、8名3群に分けられた。従って、試験中、6名の患者にプラセボを投与した。本試験で用いた患者数は検出力算出に基づいていなかった。試験は、低用量群から開始され、その用量が忍容されることが決定されてから中用量群に進められ、その後、同様の決定がなされてから高用量群へと進められた。当初、25名の患者が試験に登録されたが、1名(高用量群)は、緊急再手術のために、デクスメデトミジンが投与24時間以内に中止されたときに除外された。
デクスメデトミジンは、血漿中濃度が0.15 ng/ml(低用量)、0.30 ng/ml(中用量)、及び0.45 ng/ml(高用量)となるようにコンピュータ制御注入ポンプ(CCIP)により投与した。注入ポンプ(Harvard Apparatus 22、 Harvard Apparatus、 South Natick、 MA)を作動するために、STANPUMPソフトウェア(Steve Shafer、 Stanford University、 PaloAlto、 CA)を用いた。STANPUMPソフトウェアにより、デクスメデトミジンの薬物動態データを用いて注入速度を10秒間隔で更新することによって、標的血漿濃度に達するように薬物送達させた。注入速度データはラップトップコンピュータに保存しSTANPUMPプログラムを実行するために使用した。覚醒及び麻酔下の患者におけるデクスメデトミジンの効果を試験するために、麻酔導入1時間前に注入を開始し、術中及び術後48時間にわたって注入を持続した。注入したデクスメデトミジンの平均量は、低用量群、中用量群、及び高用量群について、それぞれ2.64μg/kg(2.30-3.75μg/kgの範囲)、5.31μg/kg(4.40-5.97μg/kgの範囲)、及び8.03μg/kg(5.57-9.87μg/kgの範囲)であった。患者には、治験薬注入中の歩行は禁止されていた。」(620頁右欄12行?621頁右欄28行)

「術後鎮痛
自己調節鎮痛(PCA)ポンプによって送達される静注モルヒネ硫酸塩によって術後鎮痛を行った。初期のPCA設定は、1mgボーラス投与、ロックアウト間隔6分とした。鎮痛が不十分な場合は、必要に応じてさらに2-mg用量のモルヒネを静脈投与した。追加の2mgボーラス投与後も依然として鎮痛が不十分であった場合は、PCA投与量を0.5mg単位で増加させた。
鎮痛は、一端が「無痛」、他端が「想像し得る最も強い痛み」を表す、100mmの横線から成る視覚的アナログスケール(VAS)を用いて評価した。スケールは、患者が覚醒している限り、術後の最初の48時間の間、4時間毎に記録された。患者は、安静時の痛みと、前回評価以後における最も強い痛みの重症度を評価した。」(623頁右欄下から5行?624頁左欄12行)

「鎮静及び鎮痛
麻酔導入前の1時間注入の後、中用量群及び高用量群のすべての患者が眠りに落ちたが容易に覚醒可能であった。術後第2日には、治験薬による臨床的に観察可能な鎮静はなかった。術後のVAS疼痛スコアは群間で同程度であり、術後のモルヒネの必要性に差異は無かった。」(627頁右欄25行?32行)

「現在の研究は、予備的な方法で、血管手術を受ける高リスク患者におけるデクスメデトミジンの効果を評価したものである。この研究はまた、術前・術中・術後における大半のストレスと血流動態不安定の持続期間をカバーするために、2日間にわたる持続的な術前・術中・術後注入としてデクスメデトミジンを投与した、最初の研究である。我々の結果は、高リスク血管手術患者に対し、心拍と血圧の低下を抑えるための他の薬剤が投与される場合、標的血漿中濃度0.45ng/mlまでのデクスメデトミジンが、術前・術中・術後注入可能であることを示すものである。」(628頁左欄8行?19行)

「麻酔要求性と鎮静
Ahoらは、健常患者において、術中デクストメデトミジン持続注入により、イソフルラン要求性を最大90%低下させることができることを報告した。我々の血管手術患者では、アルフェンタニル及び亜酸化窒素の術中使用によって十分な麻酔がもたらされたために、イソフルラン要求性は全ての群で低かった。そのため、我々は、血管手術患者における、麻酔要求性に対するデクスメデトミジンの潜在的な低減作用を評価することはできない。この評価を行うためには、バックグラウンドの麻酔を最小限にした試験が必要となるであろう。
いくつかの研究では、デクスメデトミジンによる用量依存的鎮静効果が報告されている。麻酔誘導前の1時間のデクスメデトミジン注入中に、我々の中用量群及び高用量群の患者は眠りに落ちたものの容易に覚醒可能であった。誘導前には、デクスメデトミジンの注入は鎮静効果を有していたが、手術翌日には鎮静は認められなかった。これは、ラットにおける、デクスメデトミジンの麻酔効果に対するタキフィラキシーに関する最近の知見と一致している。」(630頁右欄下から6行?631頁左欄16行)

「結論
血管手術患者におけるデクスメデトミジンの血行動態作用は、健常ボランティアにおける作用と類似していると考えられる。術前・術中・術後ストレスに対する血行動態応答を鈍化させるために、0.45ng/mlの用量が最も有効であると思われたが、血圧及び心拍数をサポートするために、より大きな術中薬理学的介入が必要であった。これらの予備的な結果を確認するために、より多数の高リスク患者における試験が実施される予定である。」(632頁左欄22行?31行)

(2)甲第2号証

「開腹下子宮摘出患者における麻酔維持のためのデクスメデトミジン注入」(タイトル)

「麻酔維持のためのデクスメデトミジン静脈投与の有用性を、チオペンタール、フェンタニル、亜酸化窒素、及び酸素で麻酔した患者で試験した。必要に応じてイソフルランを追加した。試験は2部に分けて実施され、その第1部は、開腹下子宮摘出術を受ける14名の女性を含むオープン用量反応試験であった。血行動態基準に従ってデクスメデトミジンの適切な注入レジメンを決定した後、20名の患者を二重盲検無作為化プラセボ対照試験に組み入れた(デクスメデトミジン投与10名、生理食塩水投与10名)。デクスメデトミジンは二段階注入により投与し、定常状態の血漿中濃度に迅速に到達させた。麻酔導入10分間前から初回投与量で注入を開始し、導入時に維持速度に変更して腹部筋膜の縫合まで継続した。用量反応試験において、120ng・kg^(-1)・min^(-1)の後6ng・kg^(-1)・min^(-1)、から、270+13.5ng・kg^(-1)・min^(-1)の範囲のデクスメデトミジンの注入レジメンを試験した。試験の第2部では、初回投与として170ng・kg^(-1)・min^(-1)が選択され、その後、維持速度を10ng・kg^(-1)・min^(-1)とした。麻酔は、チオペンタール(4.0mg/kg)で導入し、イソフルラン、70%亜酸化窒素及び酸素で維持した。イソフルランは、所定の血行動態基準に従って投与した。デクスメデトミジンの投与によってイソフルランの必要性が完全に無くなったわけではないが、その必要性が90%超(P=0.02)減少した。気管内挿管に対する心拍数応答が大幅に鈍化した。」(940頁要約)

「α2-アドレナリン作動性アゴニストは鎮静をもたらし、いくつかの動物モデルにおいて麻酔要求性を低下させる。α2-アドレナリン作動性アゴニストのプロトタイプであるクロニジンは、その血行動態安定化作用、及び、心肺バイパス術、血管手術、及び高齢患者の手術における麻酔補助作用のために使用されている。術後のクロニジン投与は、心拍数、並びに、血漿ノルエピネフリン、エピネフリン、及びバソプレシン濃度を低下させる。
デクスメデトミジンはイミダゾール誘導体であり、鎮静作用を有する選択的かつ完全なα2-アドレナリン受容体アゴニストである。耐容性は良好であるが、血漿ノルエピネフリン濃度の低下に伴い、動脈圧及び心拍数(HR)の用量依存的な低下を引き起こす。
デクスメデトミジンの静脈投与後5分以内に眠気が表れ、眠気は15分以内に最大に達する。デクスメデトミジンを麻酔誘導の15分前に単回静脈ボーラス投与することにより、頸管拡張及び子宮掻爬術中のチオペンタール必要量が低下した。デクスメデトミジン単回静脈投与は、喉頭鏡と気管内挿管に対する血行動態応答を低下させ、麻酔維持のためのイソフルラン必要量を30%減少させる。
本試験では、子宮摘出術を受ける患者において、喉頭鏡及び気管内挿管に対する血行動態応答に対して、デクスメデトミジンの連続的な二段階静脈注入が与える効果、及びその麻酔維持中の有効性を評価した。」(940頁左欄1行?右欄16行)

「第1部は、オープン用量反応試験であり、待機的開腹下子宮摘出術を受ける14名の女性を組み入れた。第2部はデクスメデトミジンの適切な注入レジメンを決定した後に実施され、20人の患者を組み入れた二重盲検無作為化プラセボ対照試験であった。全員が、健康であり正常血圧のASA身体状態I又はIIの女性であった。」(941頁左欄1行?8行)

「試験の第1部はオープン用量反応試験であった。デクスメデトミジンを濃度10μg/mLとなるように生理食塩水で希釈し、2段階の持続的投与によって投与した。投与速度は、既にWagnerにより記載されている方法に従って計算されたものであり、製造業者によって公表された薬物動態変数に基づいていた(消失半減期2.3h;血漿クリアランス12mL・kg^(-1)・min^(-1))。最初に試験されたレジメンは、10分間で投与される120ng・kg^(-1)・min^(-1)の負荷注入と、それに続く6ng・kg^(-1)・min^(-1)の維持注入とから構成され、これにより、デクスメデトミジンの定常状態血漿濃度が0.5ng/mLとなることが予想された。後続の患者群では、初期速度はそれぞれ170、220又は270 ng・kg^(-1)・min^(-1)であった。対応する維持速度はそれぞれ8.5、11及び13.5 ng・kg^(-1)・min^(-1)であった。デクスメデトミジンの予測される定常状態血漿中濃度は、0.7、0.9及び1.1ng/mLであった。」(941頁右欄6行?25行)

「試験の第2部では、手術室への到着時、及び、試験薬の注入開始5分後に鎮静を評価した。鎮静は、1=覚醒、目を開いている;2=睡眠、容易に覚醒;として点数化した。
亜酸化窒素の投与終了時と、呼びかけに対する開眼との間の時間間隔により測定される、覚醒までの時間を評価した。」(942頁左欄5行?13行)

「用量反応試験
デクスメデトミジンの4通りの注入レジメン(初回速度+維持速度):120+6ng・kg^(-1)・min^(-1)(n=3);170+8.5ng・kg^(-1)・min^(-1)(n=6);220+11ng・kg^(-1)・min^(-1)(n=3);270+13.5ng・kg^(-1)・min^(-1)(n=2)を試験した。患者4群は、年齢、体重、手術期間、及び投与される術前・術中・術後(perioperative)の輸液量に関して同等であった。」(942頁右欄6行?14行)

(3)甲第3号証

「サッカード眼球運動解析による、α2-アドレナリン受容体アゴニストであるデクスメデトミジンの鎮静作用の評価」(タイトル)

「要約:二重盲検プラセボ対照クロスオーバー試験において、選択的α2-アドレナリン受容体アゴニストであるデクスメデトミジン(4(5)-(1-(2、3-ジメチルフェニル)エチル)イミダゾール)単回静脈内投与量(0.5 μg/kg及び1.0 μg/kg)並びに生理食塩水プラセボを、6名の健常ボランティア(男性4名及び女性2名)に投与した。覚醒状態に対する作用を主観的評価(視覚的アナログスケール、VAS)及び客観テスト(臨界フリッカー融合頻度、CFF;マドックスウイング;サッカード眼球運動解析)の両方を用いて評価した。VAS測定においては用量依存的な主観的鎮静が見られ、CFF、マドックスウイング、及びピークサッカード速度においては覚醒状態の低下が認められたが、その一方で、サッカード潜時はデクスメデトミジンの影響を受けなかった。覚醒状態の変化は、血圧及び心拍数の中程度の低下と一致していた。CFF、マドックスウイング及びピークサッカード速度の全てが、デクスメデトミジンにより誘導される鎮静の評価において高感度であることが証明された。」 (394頁要約)

「デクスメデトミジン(4(5)-(1-(2、3-ジメチルフェニル)エチル)イミダゾール、fig. 1)は、メデトミジンの薬理学的に活性なd-異性体であり、特異的かつ選択なα2-アドレナリン受容体アゴニストである。d-及びl-鏡像異性体のラセミ混合物(1:1)であるメデトミジンは、高親油性化合物であり(Savolaら、1986)、α2-アドレナリン受容体に対する高い親和性を有する(Virtanenら、1988)。μ-及びδ-型オピオイド、ドーパミンD1及びD2、ヒスタミンH1、ムスカリン、β-アドレナリン、並びにベンゾジアゼピン受容体に対する結合、又は作用を欠いている(Virtanenら、1988)。メデトミジンは、受容体結合実験において、α2-アドレナリン受容体アゴニストのプロトタイプであるクロニジンよりも、顕著に高いα2/α1-選択比を有し(ラット脳皮質膜において1620対220;Virtanenら、1988)、後者の薬剤と比較して、α2-アゴニストとしてより有効である(Savolaら、1986;Virtanenら、1988)。
デクスメデトミジンは、他のα2-アドレナリン受容体アゴニストのように、中枢神経系及び末梢交感神経末端(シナプス前自己受容体)の両方において、阻害性α2-アドレナリン作動性受容体を活性化することにより交感神経遮断作用を発現し(Savolaら、1986;MacDonaldら、1988)、これはノルアドレナリンの放出の抑制につながる(Langer、1981;Szemerediら、1988)。交感神経活性の低下は、ノルアドレナリンの血漿中レベルの用量依存的減少として現れる(Scheininら、1987;Kallioら、1989)。これまでのヒトボランティア試験におけるメデトミジンの薬力学的作用としては、血圧、心拍数及び心拍出量の用量依存的低下が挙げられる(Scheininら、1987;Kallioら、1989及び1990)。その最も顕著な主観的作用は、鎮静、及び流涎の減少である(Scheininら、1987)。動物実験では、メデトミジン及びデクスメデトミジンは、呼吸に対してほとんど又は全く効果を示ししていない(Bloorら、1989;Furst & Weinger、1990)。
クロニジン、及び、その他のα2-アドレナリン受容体は、降圧剤として広く使用されている以外に、オピオイド(Goldら、1980)及びアルコール離脱症候群(Wilkinsら、1983)に関連して、又、重度の喫煙を止めた後のタバコへの渇望を弱めるために(Glassmanら、1988)、成功裏に使用されている。それらの鎮静及びその他の交感神経遮断作用のために、α2-アドレナリン受容体アゴニスト及びそれらの麻酔関連の有用性に対する関心が高まっている(Longnecker、1987;Bloor、1988)。事実、デクスメデトミジンの静脈内ボーラス投与は、麻酔及び小規模手術の前の前投薬として使用された場合、著しい血行動態作用をもたらすことなく、鎮静を引き起こし、チオペントンの誘導投与量を30%減少させる(Aantaaら、1990 a&b)。特定の動物モデルでは、デクスメデトミジンが、十分に高い投与量において、それのみで完全な麻酔薬となる場合さえある(Segalら、1988;Dozeら、1989)。
本試験は、ヒトボランティアにおけるデクスメデトミジンの単回静脈内投与の鎮静作用を客観的かつ定量的に評価するために実施された。」(394頁左欄1行?右欄18行)

「書面によるインフォームドコンセント後、6名の健常ボランティアが参加した(女性2名及び男性4名、年齢23.8±1.5(平均±標準偏差)歳、身長175.3±14.8 cm、体重67.3±15.7 kg)。全員非喫煙者であった。被験者の健康状態は、詳細な病歴、身体検査及び心電図により確認した。いずれのボランティアも、試験前の少なくとも2週間は、何の投薬も受けていなかった。アルコール飲料は、各セッション前の36時間は禁止され、カフェイン入り飲料及びチョコレートは、前夜の午後10時以降は禁じられた。被験者は、試験日は軽い標準的な朝食及び昼食を摂るように指示された。試験プロトコルは、Ethics Committee of Turku University Hospital及びFinnish National Board of Healthによる承認を受けた。
全ての試験は、セッションとセッションの間の日内変動を排除するために、その日の同時刻(午後1時-午後3時)に実施された。二重盲検法を用い、均等にランダム化して、静脈内試験投与量0.5 μg/kg及び1.0 μg/kgのデクメデトミジン、並びに等量の生理食塩水を投与した。各被験者について、連続セッションは少なくとも1週間間隔とした。到着後、静脈内前腕カニューレを挿入し、心電図及び心拍数(HR)の連続的モニタリングを開始した。薬剤の注入前、並びに、注入の5、15、30、45、60、90及び120分後に、自動オシロメトリー装置(Nippon Colin 203Y、東京、日本)による収縮期(BPS)及び拡張期(BPD)血圧の非侵襲測定値、並びに鎮静の主観的及び客観的評価を記録した。薬剤は、仰臥位で少なくとも30分間の安定化時間の後、60秒かけて徐々に注射した。実験は静かな薄暗い部屋で実施した。 」 (395頁左欄8行?34行)

「その他の主観的な治療関連作用は、標準的な質問票と口渇に関するVASとを上述の各時点で繰り返すことによって、また、被験者に対して、薬剤に関連する可能性のある全ての症状を治験責任医師に報告するように促すことによって、評価した。」 (395頁左欄49?53行)

「主観的評価及び客観的評価の両方において、用量依存的な鎮静作用が認められた(fig. 2)。薬剤の注入後5分(両用量後、P<0.01)で現れた薬物関連の主観的眠気は、15分で最大となり、デクスメデトミジンの両用量のセッション終了時まで続いた(低用量後、P<0.05、高用量後、P<0.01)。6名のボランティアのうち4名は、最高用量のデクスメデトミジンを注入した後、5分から1時間の間に数回眠りに落ちたが、全員が容易に覚醒可能な状態を維持しており、試験は中断せずに実施することができた。低用量では、明らかに鎮静作用を有していたが、過度の疲労を引き起こすことはなかった。プラセボと低用量のデクスメデトミジンとの間、及び、低用量と高用量との間で、VASスコアに有意差があった(それぞれ、F=10.54、P<0.001;及びF=4.95、P<0.001)。 」 (395頁右欄8行?22行)



A. デクスメデトミジンの単回静脈内投与後の主観的評価による鎮静(100 mm長の視覚的アナログスケール(VAS)におけるmm:0=完全に覚醒している;100=ほぼ眠っている)、及びマドックスウイングスコア(ジオプター)の6名のボランティアの平均値(±S.E.M.)。
B. デクスメデトミジン投与後の臨界フリッカー融合頻度(CFF; Hz単位)及びピークサッカード速度)(度/秒)の平均値(±S.E.M.)。
記号:生理食塩水プラセボ(○)、デクスメデトミジン0.5 μg/kg(●)、1.0 μg/kg(△)。 」(396頁Fig.2.)

(4)甲第4号証

「ヒトにおける静脈内投与デクスメデトミジンの効果 1.鎮静、換気、及び代謝率」(タイトル)

「デクスメデトミジン(DMED)は、高選択性中枢性α2-アドレナリン作動性アゴニストであり、明らかな換気への影響を与えることなく、有意な鎮静をもたらすと考えられている。この二重盲検プラセボ対照試験では、37名の健常男性ボランティアにおいて、DMEDの4つの用量レベル(0.25、0.5、1.0、及び2.0 μg/kg静脈内投与、2分間)を評価した。鎮静、動脈血液ガス、安静換気、高炭酸ガス換気応答(HVR)及び代謝率(O2消費及びCO2産生)の測定を、投与前、DMED注入の10分後、以降45分後ごとに実施した。DMEDは、1.0 μg/kg及び2.0 μg/kgが投与されたほとんどの被験者で応答性の喪失をもたらす鎮静を引き起こし、2.0 μg/kgの投与後195分間、明らかな鎮静が認められた(P< .05)。1.0 μg/kg及び2.0 μg/kg投与後の10分で、PaCO2はそれぞれ5.0及び4.2 mmHg増加し(P< .05)、2.0 μg/kg投与後の60分で一回換気量は28%減少した(P< .05)。プラセボ群では、HVRの傾きが徐々に増加した(注入後の330分で50%増加、P< .05)。全体としては、全てのDMED投与量において、DMED投与後の全ての時点で傾きが減少した(P< .05)。Pa CO2 55 mmHgにおける算出換気量は1.0μg/kg及び2.0 μg/kg投与後の10分で減少し(39%;P< .05)、2.0 μg/kg投与の285分後にはコントロール値に戻った。O2消費量は2.0 μg/kg投与後の10分で16%減少した(P< .05)。CO2産生量は減少した(60分で22%)。注入5時間後には両方とも正常値に戻った。静脈内投与されたDMEDは、安静時換気量の若干の減少を伴う鎮静と眠気を引き起こしたが、その一方でHVRは僅かに減少した。DMED投与直後に見られる酸素消費量の増加は、α2-アドレナリン作動性アゴニストの既知の生理的作用では容易に説明できない。(キーワード:代謝:グルコース、交感神経系、α2-アドレナリン作動性アゴニスト:デクスメデトミジン、換気:高炭酸ガス換気応答)」 (1125頁要約)

「被験者
本二重盲検プラセボ対照試験は、UCLA Human Subject Protection Committeeにより承認され、全ての被験者から書面によるインフォームドコンセントを得た。37名の年齢18?45歳、体重100 kg未満の異常のない健常男性ボランティアが本試験に参加した。各被験者は、重篤な心疾患又は呼吸器疾患を有さず、試験前の血清学的検査、肝機能検査、CBC、尿検査、及び心電図に異常はなかった。急性疾患、若しくは慢性疾患、薬物使用、又は薬物常用を示唆する所見が認められた場合は、そのボランティアは試験から除外した。
デクスメデトミジンは、4つの用量レベルで静脈内投与した。ある投与用量群の被験者の全員を試験した後に、次の高用量群へ進むものとした。プラセボ治療被験者は各容量群に無作為に分散させた。0.25、0.5、及び1.0 μg/kgの各投与群において、6名の被験者にDMEDを投与し、2名にプラセボを投与した。2.0 μg/kg投与群では、10名の被験者にDMEDを投与し、3名にプラセボを投与した。したがって、合計で37名の被験者を試験し、そのうち9名にプラセボを投与した。被験者は、それぞれ1回のみ試験に参加した。 」 (1125頁右欄下から7行?1126頁左欄15行)

「測定
薬剤又はプラセボの注入の90分及び45分前に、ベースライン測定を2回行った。これらの2回の測定値の平均を、全ての測定値についてのベースライン値として記録した。試験薬は、シリンジポンプ(Harvard Apparatus、 Billerica、 MA)を用いて2分間で投与した。投与開始から10分後、最初の治療後測定を行い、その後、45分及び60分間隔で繰り返した。以下に説明するように、各期間において、鎮静、換気、動脈血液ガス、酸素消費量及び二酸化炭素産生量を測定した。」(1126頁左欄下から15行?4行)

「鎮静/不安
被験者は、視覚的アナログスケール(VAS)を用いて、自身の鎮静状態(1=完全に覚醒(alert)、及び10=眠っている(asleep))、並びに不安状態(0=不安なし、及び10=想像し得る最も重篤な不安)を評価した。VASスコアを記録するべき時点で被験者が眠っており、声による呼びかけによって目覚めることができなかった場合は、鎮静としては100点、不安としては0点を記録した。」 (1126頁左欄下から3行?右欄5行)



4つの用量群及びプラセボ群の平均鎮静VAS
明確化のために、プラセボ群並びに0.5 μg/kg群及び1.0 μg/kg群について、SEMを示す。時間0は、2回の注入前ベースライン測定値の平均である。最初の投薬後測定は薬剤投与の10分後に実施した。群内のベースライン(時間0)測定値からの差 *P < .05。同時点でのプラセボ群からの差 *P < .05。」 (1127頁FIG. 1.)

「投与4時間後には、全ての被験者が、完全に目覚めて覚醒しており、歩行可能であり、帰宅することができた。
視覚的アナログスケールによって測定される鎮静は、有意な用量依存的上昇を示し、DMED投与後10分でピークに達し、残りの観察期間にわたって低下した。1.0 μg/kg投与群(67%)及び2.0 μg/kg投与群(70%)では、ほとんどの被験者が、(通常の音量の声による呼びかけでは覚醒することができない)眠りに落ちた。2.0 μg/kg群では、DMED投与後最大195分間、鎮静が有意に上昇したままであった。不安スコアは、全ての群において、ベースライン測定時に低く、プラセボ群又はDMED群のいずれにおいても変化(増加又は減少)しなかった。」 (1127頁右欄下から1行?1128頁左欄13行)

「考察
DMEDは、1.0 μg/kg投与群及び2.0 μg/kg投与群のほとんどの被験者において、注入中又は注入後まもなく眠りに落ちる深い鎮静を引き起こした。しかし、1.0 μg/kgから2.0 μg/kgへのDMED用量の増量は、眠りにおちる被験者率、又は平均VAS鎮静スコアを有意に増加させることはなかったが、これらの効果を長引かせ、無刺激に置かれたほとんどの被験者において、用量1.0 μg/kg以後に睡眠が引き起こされることを示した。」 (1130頁左欄下から3行?右欄6行)

(5)甲第5号証

「集中治療室における鎮静、鎮痛、及び麻痺化」(タイトル)

「集中治療室(ICU)は、非常にストレスの多い環境であって、不安が広がり、痛みが頻繁であり、休息が困難であり、多くの場合睡眠が不可能である。生命に関わる目前の問題に焦点が当てられる一方で、痛みや不安の軽減はしばしば無視されることになる。ICUによって強いられるストレスに対する認識の高まりや、人工呼吸器の延長比換気(extended ratio ventilation)などのモードの普及により、効果的な鎮静、鎮痛、及び時には麻痺化の必要性が浮き彫りになっている。
治療の目的は、有害な自律神経系又は心肺系の結果を引き起こすことなく、十分な鎮痛、鎮静、及び不安緩和を提供することである。これらの中でも、鎮静及び麻痺化は、スタッフではなく、患者の快適さと幸福のために使用されるべきである。通常、手術室の設定と同種のバランスのとれた多剤アプローチが、患者の快適性を最大化し副作用を最小限にするための最良の方法である。稀なケースであるが不快感を緩和することができない場合には、記憶消失が望ましい。麻痺していない患者は、鎮静状態であるべきだが、看護師や医師に自分のニーズを伝えるために十分に覚醒している必要があり、麻痺中は、意識消失に至る鎮静が必要である。多数の有害な薬物作用に対して、患者の快適性のバランスをとらなければならないこの状況では、疼痛コントロールの技術は困難であるとしか言いようがない。残念ながら、安全性に対する懸念は、しばしば、看護師や医師の判断を誤らせ、患者の不快感の軽減が不十分になりがちである。
呼吸抑制作用がもたらされることを恐れて人工呼吸器管理を受けていない患者の場合、その鎮静を躊躇するのは理解できることであるが、多くの場合、気管内挿管を受けていない患者に不安と痛みを残すことになる。不快感そのものに加えて、緩和されない痛みは、スプリンティング(splinting)を引き起こし、無気肺につながる場合がある。痛みも、深部静脈血栓症や体調不良を助長させ、活動性を低下させる。患者の快適さを最大にするようにあらゆる努力を行うべきであるが、鎮静剤又は鎮痛剤の過度の使用は、多くの合併症をもたらす場合がある。過度の鎮静は、低血圧、胃腸運動低下を引き起こし、また、併発疾患の発生を隠す。薬理学的鈍麻も一回換気量、肺活量、分時換気量を減少させ、効果的な咳嗽を阻害させる。」 (566頁要約)

「薬剤の選択
鎮静剤又は麻痺剤、投与量、及び投与経路は、薬剤の薬理学的特性及び個々の患者の要件に基づいて合理的に選択されるべきである。ICUでの鎮静剤、鎮痛剤、及び麻痺剤の使用においては、3つのよく見られる問題が起こる。おそらく最もよく見られる間違いは、鎮痛剤の不適切な使用であり、特には、余りに低頻度のスケジュールで不十分な用量の鎮痛剤を投与することである。第2によく見られる問題は、長期間(数日)の鎮静、鎮痛、又は麻痺が目的である場合に、超短時間作用型の薬剤を使用することである。短時間作用型の薬剤を使用することによって、理論的には、薬物作用を急速に中断させるという柔軟性を提供することができるが、ICUでは、急速なリバースが必要となることは稀であり、不十分な鎮静は、多くの場合、短時間作用型の薬を使用した結果である。薬物作用をリバースさせる必要がある場合には、ナロキソンが麻酔作用を速やかに中断し、フルマゼニルはベンゾジアゼピンの作用を相殺することができる。長期的な適応症において短時間作用型の薬剤を使用するにはコストもかかり、また、数時間又は数日間使用された場合は、短時間作用型の化合物又はその代謝物であっても、重症患者に蓄積する場合があり、その「短時間作用型」の利点が失われる。第3の、そして許されない間違いは、覚醒している患者を麻痺させることである。このような施術は決して許容されないものであり、何があっても避けなければならない。 」 (566頁右欄9行?32行)

「 鎮静-抗不安薬
ベンゾジアゼピン
ベンゾジアゼピンは、記憶消失を促進する鎮静-抗不安薬である。ICUにおいて最も一般的に使用される3種の薬剤のうち、ロラゼパムが最も強く健忘を引き起こす薬であり、続いてミダゾラム及びジアゼパムである。」 (568頁左欄36行?41行)

(6)甲第6号証

「救命救急医療におけるストレス、激越、及び脳障害」(タイトル)

「用語「激越(agitation)」は、通常、意図的ではなく、内的な緊張に関連している、過度に運動活性な症状を表す。集中治療専門医にとって、激越は、診断結果と言うよりはむしろ、発現した場合に不安状態をもたらす、より根本的な病因がもたらす結果である。集中治療室(ICU)において、激越は、診断結果及び治療方法を変える可能性があるため、重要である。激越は、潜在的な疾患過程の病因を、煙幕のように不明瞭にし、効果的な診断を困難又は不可能にする場合がある。このため、患者は、比較的静かに横たわっていることが必要とされるモニタリングや治療に協力できなくなる場合がある。末端器官の損傷が、実際には、激越自体の結果、あるいは内在する疾患の悪化の結果のいずれかにより起こっている場合、内在する原因を考慮せずに激越の治療を行うことにより、健康状態に誤った印象を与えることになる。
救命救急医療の技術革命以前には、激越は比較的マイナーな問題であった。重症患者に対しては、可能な限り快適にさせること、及び、治療可能な代償不全の観察を行うこと以外に、できることはほとんどなかった。患者を、効果的に、チューブや機器によりしっかりとベッドに固定して、モニタリングや綿密に調節されたケアを行う技術的な進歩を利用することにより、最新のICUは今や、重症患者を復帰させることができる可能性を有している。先端技術の血行動態モニタリング及びサポート装置により、既に血行動態学的に不安定な患者に、以前は決して対処する必要のなかった新種のストレスが与えられ、単純な対症的な「ショットガン」鎮静はもはや適用されない。 」 (52頁要約)

「 不安
不安の主観的な感覚は、ICU滞在の最初の24時間に最もよく見られる。不安経験には、死や障害への恐怖、スタッフから提供される情報の誤解、不快感、及び通常の活動を行うことが制限されていることなど、多くの要因が寄与する。これらの要因は、無力感、及び、コントロールの喪失感に関連付けられる場合がある。ICUでは、不安は、多動や離脱により特徴付けられる場合があり、必ずしもカテコールアミン応答を起こすわけではない。不安は、異常なストレスに対処する能力が低下している高齢患者においては特に、急速にせん妄に進行することがある。」 (59頁左欄16行?32行)

「α-2アゴニストは、この10年間、麻酔科医や獣医により、手術用麻酔の補助剤として使用されている。この種の薬剤は、かなり前から降圧剤としての地位が確立されているが、さらに、抗不安薬、鎮静剤、鎮痛剤、及び制吐剤の特性を有することも見出されている。」(62頁左欄9行?15行)

「残念ながら、クロニジンは、米国ではまだ静脈内使用が承認されていないが、欧州では静脈内(IV)投与が研究されている。脊椎固定術後、0.3 mg/kg/hrのクロニジンの持続的IV投与を受けた術後患者では、クロニジンによる治療を受けていない患者に比べて、必要とされるモルヒネの追加用量が顕著に少なかった。救命救急患者の重篤な激越症状において、鎮痛剤や鎮静剤への補助剤としてIV投与クロニジンを注意深く調節することは、臨床研究の新しい領域である。
今のところ臨床で使用されていない他のα-2アゴニストは、重篤な激越及びせん妄の治療における実用可能性を有している。高選択性α-2アゴニストであるデクスメデトミジンは、麻酔要求性を低減し、麻酔からの回復を促進する。この薬剤は、忍容性が良好であり、関連する重大な副作用がない。さらに、デクスメデトミジンは、ベンゾジアゼピンと同等の抗不安作用を有する一方で、血行動態に対する悪影響がはるかに少ないことが示されている。」 (62頁右欄下から3行?63頁左欄22行)

「不安及び不快感の治療
一部の著者は、激越関連の代償不全のリスクがある冠動脈不全患者に対しては特に、ICUにおいて抗不安薬を日常的に使用することを推奨した。ベンゾジアゼピンは、望ましくない副作用からの安全域が比較的広いために、長年にわたって、ICUにおける不安治療の柱となっている。」 (63頁左欄31行?右欄1行)

(7)甲第7号証

「infusion・・・3注入,輸液(血液以外の液体,例えば食塩水を静脈内に投与すること).」(719頁右欄下から10行?5行)

(8)甲第8号証

「集中治療下で管理し、早期抜管が可能な患者での人工呼吸中及び抜管後における鎮静」(663頁3行)

「通常、成人には,デクスメデトミジンを6μg/kg/時の投与速度で10分間静脈内へ持続注入し(初期負荷投与),続いて患者の状態に合わせて,至適鎮静レベルが得られる様,維持量として0.2?0.7μg/kg/時の範囲で持続注入する(維持投与)。
なお,本剤の投与は24時間を超えないこと。」 (667頁2?5行)

(9)甲第9号証

「心肺バイパス、心筋管理、及びサポートテクニック」(タイトル)

「ホルターモニター及び心電図記録 先の述べたとおり、周術期の心電図変化を、二つの方法により分析した。
3チャンネル式ホルター心電図を用いた継続的な記録 ICUにおいて、大動脈のクロスクランプを解除して2時間後に、モニタリングを開始し、48時間継続した(Marquette Holter Recorder、 Series 8500)。 」 (1463頁左欄35行?41行)

(10)甲第10号証

「冠状動脈血行再建後の鎮静中における心臓血管系応答」(タイトル)

「心筋虚血
全ての患者は、3チャンネル式ホルター心電図記録計(Marquette、 8500シリーズ、 ミルウォーキー、ウィスコンシン州)により、少なくとも術前8時間、術中、及び鎮静の全期間中、継続的にモニタリングされた。」(1353頁左欄32行?36行)

「心筋虚血
ホルターモニターにより測定される心筋虚血の発生を、心肺バイパス法の前、後、及びICU鎮静期間中に、二つの治療グループにおいて比較した(表6)。」(1355頁右欄22行?26行)

(1358頁左欄下から12行?9行)
最近の研究では、(ホルター心電図モニタリングにより明らかとなる)心筋虚血は、ICU鎮静期間中、どちらのグループでも12-13%にしか検出されなかった。

(11)甲第11号証

「先天性心臓欠陥のための手術を受けた小児患者における不整脈防止のためのマグネシウム補給」(タイトル)

「実験計画 ・・・
ICU到着後、2チャンネル式5リードホルター心電図(Marquette 8500シリーズ、ミルウォーキー、ウィスコンシン州)を、研究対象の各患者に装着した。」 (2頁41?42行)

(12)甲第12号証

「ICUにおける早期運動後及び入院病棟への転棟後に重篤患者が運動可能となるまでの時間」(タイトル)

「目的:この研究の目的は、ICU環境下での患者の運動(動作)成果は、その後の入院期間中、特に、入院病棟への転棟後から退院日まで維持されるのかを検討することである。

材料及び方法:本研究は、2013年の第2四半期に、48時間以上のICU収容された成人患者を対象とする。ICU滞在後に一般の入院病棟へ転棟した182名の患者を含む。

結果:・・・三分の一の患者はICU内で歩行しており、彼らは、ICU内で歩行しなかった患者に比べて、ICU退室後の入院期間が著しく短かった。 」 (1頁要約)

(13)甲第13号証

「以上から申請者は、ヒトにおけるクロニジンでの結果に加えて、ラットにおいて本薬1μg/kg/hrの7日間投与後に本薬100μg/kg(ip)を投与した場合に鎮静作用の減弱は認められておらず、3μg/kg/hr以上の用量で持続投与した場合に減弱したとの報告(Reid K et al、 Pharmacol Biochem Behav、47:171-175、1994)もあり、本薬の臨床維持用量は0.2?0.7μg/kg/hrで、24時間までに投与が終了することを踏まえると、本薬の臨床使用において、中枢性α2受容体の脱感作が起こる可能性は低いと考えられる旨を回答した。」(16頁下から6?2行)

(14)甲第14号証

「集中治療における鎮静補助剤としてのクロニジン」(タイトル)

「我々は、数名の集中治療患者(intensive care patients)に対し、鎮静補助剤としてクロニジンを使用した。」 (265頁左欄本文4行?5行)

(15)甲第15号証

「デクスメデトミジンの術後の薬物動態及び交感神経遮断作用」(タイトル)

「デクスメデトミジンは、選択的なα2-アドレナリン作動薬であり、中枢を介した交感神経遮断作用、鎮静作用、及び鎮痛作用を有している。本研究により、1) 外科患者における血漿中及び脳脊髄液中のデクスメデトミジンの薬物動態、2) 手術直後期におけるデクスメデトミジンに対するコンピュータ制御注入プロトコル(CCIP)の精度、及び3) 手術直後期におけるデクスメデトミジンの交感神経遮断作用を評価した。術後の8名の患者に対し、血漿中濃度600pg/mLをターゲットとして、CCIPによりデクスメデトミジンを60分間投与した。」 (1136頁要約左欄1行?12行)

「デクスメデトミジンは、選択的なα2-アドレナリン作動薬である。健常ボランティアと外科患者においてデクスメデトミジンは、用量依存的に、鎮静、鎮痛、及び麻酔補助作用を有し、心拍数、血圧、及び循環血漿中カテコールアミンを減少させる。 」 (1136頁本文左欄1行?6行)

「この研究は、デクスメデトミジン単回投与の非盲検試験であり、血漿中濃度600pg/mLをターゲットとしてCCIPにより術後60分間の投与が行われた。・・・(中略)・・・デクスメデトミジンの注入は、麻酔後ケアユニットへの到着から約30分後に、5分間の血圧と心拍数の変動率が30%未満になってから開始した。」 (1137頁左欄24行?38行)

(16)甲第16号証

「麻酔後ケアユニット」(タイトル)

「PACU(麻酔後ケアユニット)の目的
手術台から直接、病室のベッドへ患者を戻すという旧来の方法に比べ、PACUは、特別な訓練を受けた看護師グループによる、集中したケアを提供する。この看護師達は、麻酔を必要とする処置の直後の、短期間ではあるが集中した期間への判断と対応についての熟練者である。PACUは、高度に専門化した設備を備え、ICUと同様の基本的な機能を果たす。PACUに収容される全ての患者は、ある種の恐れや生命の危険に直面しているので、これは適切な処置である。さらに、補給品や設備類を含む基本的なリソース、及び、より重要なことには直前まで患者をケアしていた手術と麻酔の医療人員に即時にアクセスできるという点において、PACUが手術室にまさに近接していることが非常に重要である。この即時の利用可能性が、手術直後の時期に生じる深刻な問題に対し、適時の治療介入と治療の提供を可能とする。」 (57頁下から6行?58頁6行)

(17)甲第17号証

「麻酔後ケアユニット(PACU)における専門看護手法の重要性」(タイトル)

「このユニット(PACU)は、手術室(OR)の隣に位置し、麻酔の最も危険なステージの一つであると考えられている。PACUの目的は、全身麻酔又は局部麻酔後の患者に必要なケアを提供することである。意識レベル、気道反射、及びバイタルサインのモニタリングは、PACUにおける看護の一部である。Froulitiは、PACUの本質は、実際に、看護を提供していることであると考えている。PACUは、危険な状態にあり集中治療を必要とする患者を収容する場所である。」 (1頁左欄7行?14行)

第5 当審の判断
当審合議体は、以下の理由により、本件特許は上記無効理由1?2によって無効にすべきものであるとはいえないと判断する。
なお、以下では、甲第1号証以下、順に、甲1、甲2・・・ともいう。

1 無効理由1(新規性欠如)について

(1)本件特許発明の「集中治療を受けている重篤患者の鎮静」について

本件特許発明では、デクスメデトミジンまたはその薬学的に許容し得る塩(以下、まとめて「デクスメデトミジン」という。)を「集中治療を受けている重篤患者の鎮静」という用途に使用している。
ここで、上記「集中治療を受けている重篤患者の鎮静」とは、「集中治療を受けている重篤患者」の「鎮静」を意味する記載であるところ、「重篤患者」を中症患者及び軽症患者などといった重篤患者以外の患者から区別する基準は、病気または外傷の別、病気の原因臓器、病気の進行度、治療方法の選択などに応じて様々であることを考慮すると、当業者は、上記「集中治療を受けている重篤患者の鎮静」という、本件特許発明の用途を特定する用語の意義を、特許請求の範囲の記載のみでは一義的に解釈することができるとはいえない。
そこで、本件特許発明に対する無効理由を検討するのに先立ち、上記「集中治療を受けている重篤患者の鎮静」という用語の意義を、本件特許明細書の記載を考慮して解釈するものとする。

本件特許明細書には「集中治療を受けている重篤患者の鎮静」について、以下の記載がある。
(ア)「【0001】
[発明の背景]
本発明は、集中治療室(ICU)鎮静におけるデクスメデトミジンまたはその薬学的に許容し得る塩の用途に関する。ICUにおける患者の実際の鎮静に加えて、ICU状況における用語、鎮静(the word sedation)は、苦痛および不安などの患者の安心感に影響を及ぼす状態の治療も含む。同様に、用語、集中治療室は、集中治療を提供するいかなる設定をも含む。したがって、本発明は、ICUにいるあいだ、デクスメデトミジンまたはその薬学的に許容し得る塩を投与することにより、患者を鎮静する方法に関する。とくに、本発明は、ICUにいる間、デクスメデトミジンまたはその薬学的に許容し得る塩を投与することにより、患者を鎮静する方法であり、デクスメデトミジンがこの目的に対して投与される本質的に唯一の活性薬剤または唯一の活性薬剤である方法に関する。本発明は、集中治療室鎮静に使用する医薬品の製造における、デクスメデトミジンまたはその薬学的に許容し得る塩の用途にも関する。」

(イ)「【0002】
危機的な病状の段階から回復する患者は、彼らがICU滞在中に最も悩まされた因子を報告している(Gibbons, C. R., et al., Clin. Intensive Care 4 (1993) 222-225)。最も共通した不快な記憶は、不安、苦痛、疲労、衰弱、乾き、様々なカテーテルの存在、および理学療法などの少数派の処置である。ICU鎮静のねらいは、患者が、興奮することなく、快適であり、くつろいでいて、また静脈ライン(iv‐line)またはほかのカテーテルの設置といったような不快感を与える処置に耐えることを保証することである。」

本件特許明細書の記載(ア)によれば、本件特許明細書には、「本発明は、集中治療室(ICU)鎮静におけるデクスメデトミジンまたはその薬学的に許容し得る塩の用途に関する。ICUにおける患者の実際の鎮静に加えて、ICU状況における用語、鎮静(the word sedation)は、苦痛および不安などの患者の安心感に影響を及ぼす状態の治療も含む。」と記載されている。
このことからみて、本件特許発明の「集中治療を受けている重篤患者の鎮静」とは、「ICUにおける患者の実際の鎮静」に加えて、「ICU状況における苦痛および不安などの患者の安心感に影響を及ぼす状態」の治療も含むものと解される。
そして、本件特許明細書の記載(イ)によれば、本件特許明細書には、上記(ア)に続いて、「危機的な病状の段階から回復する患者は、彼らがICU滞在中に最も悩まされた因子を報告し・・・最も共通した不快な記憶は、不安、苦痛、疲労、衰弱、乾き、様々なカテーテルの存在、および理学療法などの少数派の処置である。ICU鎮静のねらいは、患者が、興奮することなく、快適であり、くつろいでいて、また静脈ライン(iv‐line)またはほかのカテーテルの設置といったような不快感を与える処置に耐えることを保証することである。」と記載されている。
このことからみて、上記「ICU状況における苦痛および不安などの患者の安心感に影響を及ぼす状態」とは、「不安、苦痛、疲労、衰弱、乾き、様々なカテーテルの存在、および理学療法などの少数派の処置」のことであり、上記「状態」の治療とは、上記患者が上記「状態」に対する「不快な記憶」を持たずに済むようにすること、そのために、上記患者が「興奮することなく、快適であり、くつろいでいて、また静脈ライン(iv‐line)またはほかのカテーテルの設置といったような不快感を与える処置に耐えることを保証すること」であると解される。
そして、上記患者が上記「ICU状況における苦痛および不安などの患者の安心感に影響を及ぼす状態」に対する「不快な記憶」を持つとか、上記「興奮することなく、快適であり、くつろいでいて、また静脈ライン(iv‐line)またはほかのカテーテルの設置といったような不快感を与える処置に耐える」必要がある、ということは、とりもなおさず、上記患者が集中治療室(ICU)滞在中に目覚めている時があり、その時に、上記「ICU状況における苦痛および不安などの患者の安心感に影響を及ぼす状態」を経験するからにほかならない。
そうすると、結局、本件特許発明の「集中治療を受けている重篤患者の鎮静」という用途は、「集中治療室(ICU)滞在中の患者の実際の鎮静に加えて、上記患者がICU滞在中に目覚めている時があり、その時に経験する、不安、苦痛、疲労、衰弱、乾き、様々なカテーテルの存在、および理学療法などの少数派の処置といったICU状況における苦痛および不安などの患者の安心感に影響を及ぼす状態の治療も含む鎮静」という用途であると解される。

(2)無効理由1(新規性欠如)についての判断

請求人は、本件発明1ないし本件発明4は、甲第1号証に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができないものであり、その特許は同法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきである旨を主張している。
しかし、甲1には、本件特許発明の「集中治療を受けている重篤患者の鎮静」という用途、すなわち、「集中治療室(ICU)滞在中の患者の実際の鎮静に加えて、上記患者がICU滞在中に目覚めている時があり、その時に経験する、不安、苦痛、疲労、衰弱、乾き、様々なカテーテルの存在、および理学療法などの少数派の処置といったICU状況における苦痛および不安などの患者の安心感に影響を及ぼす状態の治療も含む鎮静」という用途が記載されているとはいえない。
そうすると、本件特許発明1?4は、甲1に記載された発明であるとはいえない。
その理由は以下のとおりである。

甲1には以下の事項が記載されている。原文は英語のため、日本語訳で記載する。
(甲1a)「血管手術を受ける患者への術前・術中・術後デクスメデトミジン注入の効果」(タイトル)

(甲1b)「背景:デクスメデトミジンは高選択的α2-アドレナリン作動性アゴニストであり、健常患者では、術前・術中・術後(周術期;perioperative)の血行動態安定性を向上させるが、血圧と心拍数を低下させる。本試験の目的は、冠動脈疾患のリスクの高い手術患者において、術前・術中・術後に投与されるデクスメデトミジンの血液動態作用を予備的に評価することであった。
方法:24名の血管手術患者に、プラセボ、又は、3用量のうちの1用量、すなわち標的血漿中濃度0.15ng/ml(低用量)、0.30ng/ml(中用量)、若しくは0.45ng/ml(高用量)のデクスメデトミジンを、麻酔誘導の1時間前から術後48時間まで持続注入した。すべての患者に、標準的な麻酔を行い、血行動態を管理した。血圧、心拍数、及びホルター心電図をモニターし、さらに、術前の連続12誘導心電図、術中の麻酔薬濃度及び心筋壁運動(心エコー検査)、並びに術後の心筋酵素のモニタリングを追加した。
結果:手術前、デクスメデトミジン投与患者において、心拍数の低下(低用量11%、中用量5%、高用量20%)、及び、収縮期血圧の低下(低用量3%、中用量12%、高用量20%)が認められた。手術中、デクスメデトミジン投与群では、血行動態を所定範囲内に維持するために、より多くの血管作動薬が必要であった。手術後、デクスメデトミジン投与群では、プラセボ群に比べて頻脈(分/モニター時間)が少なかった(プラセボ23分/時;低用量9分/時、P=0.006;中用量0.5分/時、P=0.004;高用量2.3分、P=0.004)。いずれの群においても、徐脈はまれであった。心筋梗塞又は臨床検査結果における識別可能な傾向はなかった。
結論:標的血漿中濃度0.45ng/mlまでのデクスメデトミジンの注入(infusion)は、血管手術を受ける手術患者の術前・術中・術後の血行動態管理に有益であると思われるが、血圧と心拍数を維持するために、より大きな術中薬理学的介入が必要であった。
(キーワード:デクスメデトミジン:血行動態、用量効果、心臓:冠動脈疾患、交感神経系、α2-アドレナリン作動性アゴニスト:デクスメデトミジン)」(620頁要約)

(甲1c)「手術及び術後ストレスは、視床下部-下垂体-副腎系、レニン-アンジオテンシン系、及び交感神経系の刺激として現れる内分泌応答を引き起こす。交感神経系の刺激は、血漿ノルエピネフリン及びエピネフリンの循環レベルを上昇させ、血圧及び心拍数、並びに術後合併症の発生率を高める。高拍出性変化は、特に冠血流予備量が減少した患者集団において、心筋虚血の素因となる。術前・術中・術後の虚血は、術後の罹患率及び死亡率の著しい増加の原因となる。術前・術中・術後ストレス応答を低下させることにより、心筋虚血の発生率を低下させ、それにより心筋虚血のリスクが高い患者における術前・術中・術後の罹患率及び死亡率の発生率を低下させ得る。
いくつかの臨床研究では、α2-アドレナリン作動性アゴニストが術前・術中・術後のストレス応答を鈍化するのに有効である場合があること、及び、クロニジンが術前・術中・術後の抗虚血作用を有する場合があることが示唆されている。デクスメデトミジンは、α2-アドレナリン作動性アゴニストであり、クロニジンの10倍のα2/α1-受容体選択性を有する。健常ボランティアにおいて、デクスメデトミジンは、循環カテコールアミンを最大90%減少させ、クロニジンと同様に抗侵害受容性作用及び鎮静作用を有する。健常手術患者では、デクスメデトミジンは血行動態安定性を向上させ、麻酔要求性を低下させ、挿管に対する高拍出性応答を鈍化させる。交感神経遮断薬もまた、血圧低下及び徐脈など、潜在的に有害な臨床作用をもたらす。血管疾患又は重度の心筋疾患患者は、このような血行動態の変化を忍容できない場合がある。
これまでのところ、デクスメデトミジンは、健常ボランティア及び健常手術患者にのみ投与されている。そのため、高リスクの手術患者において、デクスメデトミジンの術前・術中・術後投与のフィージビリティ及び有効性を予備的に評価するために、我々は、冠動脈疾患(CAD)の発生率が高く、術前・術中・術後の血行動態安定性向上によって大きな恩恵を受ける可能性のある集団である血管手術患者において、デクスメデトミジンの注入を3つの連続漸増用量で試験した。

方法

患者
我々のHuman Research Committeeによる承認、及び文書によるインフォームドコンセントをもって、San Francisco Veterans Affairs Medical Centerにおいて血管手術が予定されている、CADリスクを有するかCADリスクの高い25人の患者を試験した。試験の組み入れ基準は、典型的狭心症の既往;心筋梗塞の既往;既往は無いが、心電図(ECG)に梗塞に典型的なQ波のエビデンスが認められること;血管造影法によりCADが検出されたこと;並びに、CADリスク因子(喫煙、高血圧症の治療、糖尿病の治療、又は高コレステロール血症(240 mg/dL)など)が2つ以上存在すること;の1つ以上を含むものとした。不安定狭心症であり、術前心電図(左脚ブロック)が解釈不能である患者、クロニジン又は三環系抗うつ薬を服用している患者、及び少なくとも術後最初の24時間の間、試験薬が連続的に投与されなかった患者らは試験から除外した。心臓治療薬は手術の夜まで継続された。

実験プロトコル
試験は、3通りの用量のデクスメデトミジンとプラセボを使用した二重盲検、無作為化、用量漸増試験であった。24名の患者は、低用量、中用量、高用量の試験群を形成するために、デクスメデトミジンが投与される6名と、プラセボが投与される2名とをそれぞれ含む、8名3群に分けられた。従って、試験中、6名の患者にプラセボを投与した。本試験で用いた患者数は検出力算出に基づいていなかった。試験は、低用量群から開始され、その用量が忍容されることが決定されてから中用量群に進められ、その後、同様の決定がなされてから高用量群へと進められた。当初、25名の患者が試験に登録されたが、1名(高用量群)は、緊急再手術のために、デクスメデトミジンが投与24時間以内に中止されたときに除外された。
デクスメデトミジンは、血漿中濃度が0.15 ng/ml(低用量)、0.30 ng/ml(中用量)、及び0.45 ng/ml(高用量)となるようにコンピュータ制御注入ポンプ(CCIP)により投与した。注入ポンプ(Harvard Apparatus 22、 Harvard Apparatus、 South Natick、 MA)を作動するために、STANPUMPソフトウェア(Steve Shafer、 Stanford University、 PaloAlto、 CA)を用いた。STANPUMPソフトウェアにより、デクスメデトミジンの薬物動態データを用いて注入速度を10秒間隔で更新することによって、標的血漿濃度に達するように薬物送達させた。注入速度データはラップトップコンピュータに保存しSTANPUMPプログラムを実行するために使用した。覚醒及び麻酔下の患者におけるデクスメデトミジンの効果を試験するために、麻酔導入1時間前に注入を開始し、術中及び術後48時間にわたって注入を持続した。注入したデクスメデトミジンの平均量は、低用量群、中用量群、及び高用量群について、それぞれ2.64μg/kg(2.30-3.75μg/kgの範囲)、5.31μg/kg(4.40-5.97μg/kgの範囲)、及び8.03μg/kg(5.57-9.87μg/kgの範囲)であった。患者には、治験薬注入中の歩行は禁止されていた。」(620頁右欄12行?621頁右欄28行)

(甲1d)「術後鎮痛
自己調節鎮痛(PCA)ポンプによって送達される静注モルヒネ硫酸塩によって術後鎮痛を行った。初期のPCA設定は、1mgボーラス投与、ロックアウト間隔6分とした。鎮痛が不十分な場合は、必要に応じてさらに2-mg用量のモルヒネを静脈投与した。追加の2mgボーラス投与後も依然として鎮痛が不十分であった場合は、PCA投与量を0.5mg単位で増加させた。
鎮痛は、一端が「無痛」、他端が「想像し得る最も強い痛み」を表す、100mmの横線から成る視覚的アナログスケール(VAS)を用いて評価した。スケールは、患者が覚醒している限り、術後の最初の48時間の間、4時間毎に記録された。患者は、安静時の痛みと、前回評価以後における最も強い痛みの重症度を評価した。」(623頁右欄下から5行?624頁左欄12行)

(甲1e)「鎮静及び鎮痛
麻酔導入前の1時間注入の後、中用量群及び高用量群のすべての患者が眠りに落ちたが容易に覚醒可能であった。術後第2日には、治験薬による臨床的に観察可能な鎮静はなかった。術後のVAS疼痛スコアは群間で同程度であり、術後のモルヒネの必要性に差異は無かった。」(627頁右欄25行?32行)

(甲1f)「現在の研究は、予備的な方法で、血管手術を受ける高リスク患者におけるデクスメデトミジンの効果を評価したものである。この研究はまた、術前・術中・術後における大半のストレスと血流動態不安定の持続期間をカバーするために、2日間にわたる持続的な術前・術中・術後注入としてデクスメデトミジンを投与した、最初の研究である。我々の結果は、高リスク血管手術患者に対し、心拍と血圧の低下を抑えるための他の薬剤が投与される場合、標的血漿中濃度0.45ng/mlまでのデクスメデトミジンが、術前・術中・術後注入可能であることを示すものである。」(628頁左欄8行?19行)

(甲1g)「麻酔要求性と鎮静
Ahoらは、健常患者において、術中デクストメデトミジン持続注入により、イソフルラン要求性を最大90%低下させることができることを報告した。我々の血管手術患者では、アルフェンタニル及び亜酸化窒素の術中使用によって十分な麻酔がもたらされたために、イソフルラン要求性は全ての群で低かった。そのため、我々は、血管手術患者における、麻酔要求性に対するデクスメデトミジンの潜在的な低減作用を評価することはできない。この評価を行うためには、バックグラウンドの麻酔を最小限にした試験が必要となるであろう。
いくつかの研究では、デクスメデトミジンによる用量依存的鎮静効果が報告されている。麻酔誘導前の1時間のデクスメデトミジン注入中に、我々の中用量群及び高用量群の患者は眠りに落ちたものの容易に覚醒可能であった。誘導前には、デクスメデトミジンの注入は鎮静効果を有していたが、手術翌日には鎮静は認められなかった。これは、ラットにおける、デクスメデトミジンの麻酔効果に対するタキフィラキシーに関する最近の知見と一致している。」(630頁右欄下から6行?631頁左欄16行)

(甲1h)「結論
血管手術患者におけるデクスメデトミジンの血行動態作用は、健常ボランティアにおける作用と類似していると考えられる。術前・術中・術後ストレスに対する血行動態応答を鈍化させるために、0.45ng/mlの用量が最も有効であると思われたが、血圧及び心拍数をサポートするために、より大きな術中薬理学的介入が必要であった。これらの予備的な結果を確認するために、より多数の高リスク患者における試験が実施される予定である。」(632頁左欄22行?31行)

甲1a及び甲1bからみて、甲1は、高い冠動脈疾患リスクを有する外科患者の手術前後におけるデクスメデトミジン投与の血行動態に対する効果を予備的に評価した結果、血漿濃度目標0.45 ng/mlまでのデクスメデトミジン投与は、血管手術を受ける外科患者の周術期の血行動態管理に有益なようであるが、血圧と心拍数をサポートするためより多くの手術中の薬理学的介入を必要としたことを報告した文献である。そして、甲1cの第1?3段落からみて、血管外科患者は、冠動脈疾患(CAD)の罹患率が高く、周術期の血行動態安定性が高まることにより大きな恩恵が得られると思われる患者集団であることが記載されている。また、甲1cの「実験プロトコル」からみて、覚醒患者と麻酔患者におけるデクスメデトミジンの影響を検討するため、麻酔導入1時間前に投与を開始し、手術中と手術後48時間投与を継続したことが記載され、甲1d及び甲1eからみて、手術後のVAS疼痛スコアは群間で差がなく、手術後モルヒネ要求量に差はなかったこと、すなわち、いずれの用量群でも手術後の鎮痛効果が見られたことが記載され、同じく甲1d及び甲1eからみて、デクスメデトミジン持続投与は、麻酔開始前に鎮静作用を有していたが、手術の翌日には鎮静は観察されなかったことが記載されている。また、請求人が摘示した他の甲1の記載を見ても、上記血管手術を受ける外科患者以外の者にデクスメデトミジンを投与した旨の記載は見いだせない。
そうすると、甲1には、デクスメデトミジンの用途については、高い冠動脈疾患リスクを有し、血管手術を受ける外科患者の周術期の血行動態安定化、麻酔開始前の該患者の鎮静、及び、手術後の該患者の鎮痛、が記載されているにとどまり、本件特許発明の「集中治療を受けている重篤患者の鎮静」という用途、すなわち、「集中治療室(ICU)滞在中の患者の実際の鎮静に加えて、上記患者がICU滞在中に目覚めている時があり、その時に経験する、不安、苦痛、疲労、衰弱、乾き、様々なカテーテルの存在、および理学療法などの少数派の処置といったICU状況における苦痛および不安などの患者の安心感に影響を及ぼす状態の治療も含む鎮静」という用途が記載されているとはいえないのであるから、本件特許発明1?4が甲1に記載されているとはいえない。

したがって、本件特許発明1?4の特許を、請求人が主張する無効理由1(新規性欠如)によって無効にすることはできない。

(3)無効理由2(進歩性欠如)についての判断

ア 請求人が主張する、無効理由2(進歩性欠如)の論旨は、概略、以下のとおりのものである。
(a)本件特許発明1について
(a-1)本件特許発明1と引用発明1との対比
甲第1号証には、
「a:高リスク血管手術患者の術前・術中・術後に使用する
b:医薬品の製造における、デクスメデトミジンの使用であって、
e:デクスメデトミジンが、0.15ng/ml?0.45ng/mlの血漿濃度に達する量で、
f:ヒトに注入される、使用。」
である引用発明1が記載されている。
本件特許発明1と引用発明1とを対比すると、両者は、医薬品の製造における、デクスメデトミジンの使用である点において一致し(構成要件B)、次の点において一応の相違点が認められる。

<相違点1>
本件特許発明1の患者は「集中治療を受けている重篤患者」であるのに対し、引用発明1の血管手術患者が、術後、集中治療を受けている重篤患者であることは明記されていない点(構成要件A)。
<相違点2>
本件特許発明1では、術後患者の鎮静のためにデクスメデトミジンを投与しているのに対し、引用発明1では、術前・術中・術後のデクスメデトミジンの血行動態作用を予備的に評価するために投与すると記載されているが、術後患者の鎮静のためにデクスメデトミジンを投与するとは記載されていない点(構成要件A)。
<相違点3>
本件特許発明1では、患者が覚醒され、見当識を保っているが、引用発明1においてこの点は明記されていない点(構成要件C)。

本件特許発明1は引用発明1と実質的に同一の発明であるが、仮に上記の相違点1ないし相違点3が存在すると仮定した場合に、本件特許発明1が引用発明1に基づき容易になし得た発明であるか否かについて検討する。

(a-2)相違点についての検討
ア 相違点1について
相違点1は、本件特許発明1の患者は「集中治療を受けている重篤患者」であるのに対し、引用発明1の血管手術患者が、術後、集中治療を受けている重篤患者であることは明記されていない点(構成要件A)である。
甲第6号証には、ICUにおいては不安の解消が重要な課題となっており、長年、鎮静薬としてベンゾジアゼピンが用いられてきたこと、及び、デクスメデトミジンはベンゾジアゼピンと同等の抗不安作用を有し、血行動態に及ぼす副作用はより少ないことが記載されている。また、甲第5号証には、ICUにおいては痛みのみならず不安を取り除くことが重要であり、鎮静はさせるが意思伝達のための充分な覚醒も必要であることが記載されている。甲第6号証においても、ICUにおいて、患者は、モニタリングや治療に協力するため、比較的静かに横たわっていることが必要とされることが記載されている。そして、甲第3号証及び甲第4号証に示されるとおり、デクスメデトミジンは用量依存性の鎮静薬であり、用量を多くして患者を完全に眠らせることができる一方で、用量を加減することで容易に覚醒可能であるように患者をコントロールでき、且つ、不安を和らげる効果があることは周知である。
したがって、引用発明1が集中治療室でのデクスメデトミジンの使用ではないとしても、当業者であれば、引用発明1における血管手術患者に対する術後のデクスメデトミジンの使用に基づき、デクスメデトミジンのICUにおける重篤患者への使用を容易に想到しうるものである。

イ 相違点2について
相違点2は、本件特許発明1では、術後患者の鎮静のためにデクスメデトミジンを投与しているが、引用発明1では、術前・術中・術後のデクスメデトミジンの血行動態作用を予備的に評価するために投与すると記載されているが、術後患者の鎮静のためにデクスメデトミジンを投与するとは記載されていない点(構成要件A)である。
本件特許発明1において、「鎮静」とは、不安を和らげる作用を含むものであることは既に述べたとおりであるが、デクスメデトミジンは不安作用を和らげる(抗不安作用)鎮静薬として周知である(甲第3号証、甲第4号証、甲第6号証)。引用発明1においても、デクスメデトミジンが術後ストレスへの対処に用いられることが記載されている。
そして、上記のように、甲第5号証及び甲第6号証によれば、ICUにおいて不安作用を和らげることを含む鎮静が必要であることは周知である。
したがって、引用発明1においてデクスメデトミジンを、ICUにおいて、不安を和らげるという意味を含めた鎮静のために用いることは、当業者において容易に想到しうることである。

ウ 相違点3について
相違点3は、本件特許発明1では、患者が覚醒され、見当識を保っているが、引用発明1においてこの点は明記されていない点(構成要件C)である。
上記のとおり、甲第5号証には、ICUにおいて、鎮静はさせるが、自己の要求を看護師及び医師に伝えることができるように充分な覚醒が必要であることが記載されており、また、甲第6号証にも、ICUにおいて、患者は、モニタリングや治療に協力するため、比較的静かに横たわっていることが必要とされることが記載されている。すなわち、ICUにおいては、鎮静は必要であるが、治療等に協力するために、患者が覚醒され、見当識を保つ状態が望まれることは周知である。そして、デクスメデトミジンは、鎮静について用量依存性があり、その投与量を調整することで患者を容易に覚醒させ得るとの特徴を有する薬であることは周知である(甲第3号証、甲第4号証)。
したがって、引用発明1において、デクスメデトミジンの投与量を調整し、患者が覚醒され、見当識が保たれるように用いることは、当業者において容易に想到しうることである。

(a-3)小 括
以上のとおりであり、本件特許発明1の効果については、本件明細書において効果としては明記されていないものの、段落【0027】に記載された内容に照らし「見当識が保たれる状態でのICU鎮静」であるとしても、上述のとおり、デクスメデトミジンは、投与量の調整で容易に覚醒させ得る鎮静薬として周知であるから(甲第3号証乃至甲第6号証)、その効果は当業者に予測可能である。
よって、本件特許発明1は、引用発明1及び周知技術に基づいて、当業者が容易になし得た発明である。

(b)本件特許発明5及び本件特許発明6について
(b-1)本件特許発明5及び本件特許発明6と引用発明1との対比
本件特許発明5は、デクスメデトミジンの負荷投与量及び維持量が投与されるとの構成を備え、本件特許発明6は、さらにヒトに投与されると限定しているが、引用発明1は、ヒトに投与するものではあるものの、負荷投与量及び維持量が投与されるとの構成について記載されていない。
したがって、本件特許発明5及び本件特許発明6と引用発明1は、次の相違点を備えている。
<相違点4>
本件特許発明5及び本件特許発明6では、デクスメデトミジンが負荷投与と維持投与の2段階で投与されるが、引用発明1では負荷投与が行われていない点(構成要件G)。

(b-2)相違点4についての検討
ア 一般に、周術期の鎮静剤や鎮痛剤は、その鎮静及び鎮痛の緊急性と程度に応じて、負荷投与(ボーラス)される。例えば、甲第1号証には、術後鎮痛にモルヒネがボーラスで投与されたことが記載されている。
そして、甲第2号証には、上記のとおり、術中のデクスメデトミジンの2段階投与についての次の引用発明2が記載されている。
「a:開腹下子宮摘出患者の術中に使用する
b:医薬品の製造における、デクスメデトミジンの使用であって、
e:デクスメデトミジンが、0.5ng/ml?1.1ng/mlの血漿濃度に達する量で、
f:静脈投与され、
g:デクスメデトミジンの負荷投与量及び維持量が投与され、
h:負荷投与量及び維持量がヒトに投与され、
i:デクスメデトミジンの負荷投与量が1.2?2.7μg/kgであり、
j:前記負荷投与量は10分で投与され、
k:デクスメデトミジンの負荷投与量が1.2μg/kgであり、
l、m、n:デクスメデトミジンの維持投与速度が0.36、?0.81μg/kg/hである、使用。」

イ 本件特許発明1の「イ 相違点2について」の項で述べたとおり、引用発明1において術後のICUにおいて、鎮静のためにデクスメデトミジンを用いることは容易である。その際、鎮静効果を迅速に得るために必要に応じて負荷投与を行うことは、当業者において設計事項である。なお、ボーラス投与を行うか否かにより、薬効が現れるまでの時間に差異が生じるのみであり、薬効自体が変化することはない。

(b-3)小 括
以上のとおりであるから、本件発明5及び本件発明6は、引用発明1、引用発明2、及び周知技術に基づき、当業者が容易になし得た発明である。

イ しかしながら、当合議体は、以下に述べる理由から、本件特許発明の特許を無効理由2(進歩性欠如)によって無効とすることはできないと判断する。
(a)アの(a)の請求人の主張は、要するに、本件特許発明1は、引用発明1及び周知技術(甲3乃至甲6)に基づいて、当業者が容易になし得た発明である、というものである。
そこで検討するに、先に説示したように、甲1は、高い冠動脈疾患リスクを有する外科患者の手術前後におけるデクスメデトミジン投与の血行動態に対する効果を予備的に評価した結果、血漿濃度目標0.45 ng/mlまでのデクスメデトミジン投与は、血管手術を受ける外科患者の周術期の血行動態管理に有益なようであるが、血圧と心拍数をサポートするためより多くの手術中の薬理学的介入を必要としたことを報告した文献であり、甲1には、デクスメデトミジンの用途については、高い冠動脈疾患リスクを有し、血管手術を受ける外科患者の周術期の血行動態安定化、麻酔開始前の該患者の鎮静、及び、手術後の該患者の鎮痛、が記載されているにとどまり、本件特許発明の「集中治療を受けている重篤患者の鎮静」という用途、すなわち、「集中治療室(ICU)滞在中の患者の実際の鎮静に加えて、上記患者がICU滞在中に目覚めている時があり、その時に経験する、不安、苦痛、疲労、衰弱、乾き、様々なカテーテルの存在、および理学療法などの少数派の処置といったICU状況における苦痛および不安などの患者の安心感に影響を及ぼす状態の治療も含む鎮静」という用途が記載されているとはいえないし、該用途を示唆する記載も見いだせない。
なお、請求人は、上記「相違点2について」の中で、「引用発明1においても、デクスメデトミジンが術後ストレスへの対処に用いられることが記載されている。」と主張しているが、ここでいう術後ストレスとは、甲1cの
「手術及び術後ストレスは、視床下部-下垂体-副腎系、レニン-アンジオテンシン系、及び交感神経系の刺激として現れる内分泌応答を引き起こす。交感神経系の刺激は、血漿ノルエピネフリン及びエピネフリンの循環レベルを上昇させ、血圧及び心拍数、並びに術後合併症の発生率を高める。高拍出性変化は、特に冠血流予備量が減少した患者集団において、心筋虚血の素因となる。術前・術中・術後の虚血は、術後の罹患率及び死亡率の著しい増加の原因となる。術前・術中・術後ストレス応答を低下させることにより、心筋虚血の発生率を低下させ、それにより心筋虚血のリスクが高い患者における術前・術中・術後の罹患率及び死亡率の発生率を低下させ得る。」
なる記載からみて、手術による体への侵襲に対する患者の体の応答のことと解され、ICU状況における苦痛および不安などの患者の安心感に影響を及ぼす状態のこととは解されない。
また、甲3?5のいずれにも、デクスメデトミジンを上記用途に使用するとの記載あるいは該用途を示唆する記載を見いだせない。ただ、甲6には、以下の記載がある。原文は英語のため、日本語訳で記載する。
(甲6a)
「救命医療におけるストレス、焦燥、及び脳機能不全」(52頁タイトル部分)

(甲6b)
「用語「焦燥(agitation)」は、通常、意図的ではなく、内的な緊張に関連している、過度に運動活性な症状を表す。集中治療専門医にとって、焦燥は、診断結果と言うよりはむしろ、発現した場合に不安状態をもたらす、より根本的な病因がもたらす結果である。集中治療室(ICU)において、焦燥は、診断結果及び治療方法を変える可能性があるため、重要である。焦燥は、潜在的な疾患過程の病因を、煙幕のように不明瞭にし、効果的な診断を困難又は不可能にする場合がある。このため、患者は、比較的静かに横たわっていることが必要とされるモニタリングや治療に協力できなくなる場合がある。末端器官の損傷が、実際には、焦燥自体の結果、あるいは内在する疾患の悪化の結果のいずれかにより起こっている場合、内在する原因を考慮せずに焦燥の治療を行うことにより、健康状態に誤った印象を与えることになる。」(52頁要約欄1?22行)

(甲6c)
「不安の主観的な感覚は、 ICU滞在の最初の24時間に最もよく見られる。不安経験には、死や障害への恐怖、スタッフから提供される情報の誤解、不快感、及び通常の活動を行うことが制限されていることなど、多くの要因が寄与する。これらの要因は、無力感、及び、コントロールの喪失感に関連付けられる場合がある。ICUでは、不安は、多動や離脱により特徴付けられる場合があり、必ずしもカテコールアミン応答を起こすわけではない。不安は、異常なストレスに対処する能力が低下している高齢患者においては特に、急速にせん妄に進行することがある。」(59頁左欄17?32行)

(甲6d)
「α-2アゴニストは、この10年間、麻酔科医や獣医により、手術用麻酔の補助剤として使用されている。この種の薬剤は、かなり前から降圧剤としての地位が確立されているが、さらに、抗不安薬、鎮静剤、鎮痛剤、及び制吐剤の特性を有することも見出されている。」(62頁左欄9?15行)

(甲6e)
「今のところ臨床で使用されていない他のα-2アゴニストは,重篤な焦燥及びせん妄の治療における実用可能性を有している。高選択性α-2アゴニストであるデクスメデトミジンは,麻酔要求性を低減し,麻酔からの回復を促進する。この薬剤は,忍容性が良好であり,関連する重大な副作用がない。さらに,デクスメデトミジンは,ベンゾジアゼピンと同等の抗不安作用を有する一方で,血行動態に対する悪影響がはるかに少ないことが示されている。」(63頁左欄11?22行)

(甲6f)
「ベンゾジアゼピンは、望ましくない副作用からの安全域が比較的広いために、長年にわたって、 ICUにおける不安治療の柱となっている。」(63頁左欄下から4行?右欄1行)

しかしながら、まず第一に、甲6は、学術論文であって、刊行時の最先端技術を開示することを目的とする文書であるから、そこに記載された内容が本件特許発明の優先日当時公知のものであったとはいい得ても、本件特許発明の優先日当時の技術常識となっていたとまではいえない。してみれば、甲6の内容が本件優先日前の周知技術であることを前提とする無効理由によって本件特許発明の特許を無効にすることはできない。

また仮に、甲1に接した当業者が、甲6にも接し、甲6の上記内容を本件優先日当時の周知技術であると認識したとしても、引用発明1及び請求人のいう周知技術に基づいて当業者が本件特許発明に格別の創意を要することなく想到し得たものとはいえない。
すなわち、上述のとおり、甲1は、高い冠動脈疾患リスクを有する外科患者の手術前後におけるデクスメデトミジン投与の血行動態に対する効果を予備的に評価した結果、血漿濃度目標0.45 ng/mlまでのデクスメデトミジン投与は、血管手術を受ける外科患者の周術期の血行動態管理に有益なようであるが、血圧と心拍数をサポートするためより多くの手術中の薬理学的介入を必要としたことを報告した文献であり、デクスメデトミジンの用途については、高い冠動脈疾患リスクを有し、血管手術を受ける外科患者の周術期の血行動態安定化、麻酔開始前の該患者の鎮静、及び、手術後の該患者の鎮痛、が記載されているにとどまるものであって、デクスメデトミジンによるICUにおける不安の治療とは、全く異なる内容の文献である。
一方、甲6は、甲6aからみて、そのタイトルのとおり、救命医療におけるストレス、焦燥、及び脳機能不全に関するものであり、一見して明らかに、甲1とは全く異なる内容のものである。
そうすると、甲1に接し、甲1に記載された発明から新たな発明をしようとする当業者が、甲1とは全く異なる内容の甲6を参照すること自体そもそも考え難く、しかも、本文だけで20ページにもわたる甲6を読み進んで、上記甲6b?甲6fの記載を拾い出して着目し、デクスメデトミジンをICUにおける不安の治療に用いることの示唆を受け、この示唆をICUにおける不安の治療とは全く異なる内容の甲1に組み合わせて、甲1に記載された発明から本件特許発明に想到する、という発想を、格別の創意を要することなく持ち得たとすることはできない。該発想を格別の創意を要することなく持ち得たとすることは、本件特許発明を見た上での後知恵によるものに過ぎない。

したがって、本件特許発明は、引用発明、及び請求人のいう周知技術から当業者が格別の創意を要することなく想到し得たものとはいえない。

(b)続いて、本件特許発明の効果について検討するに、本件特許明細書には以下の記載がある。
(ウ)「【0006】
重篤患者にとって鎮静の好ましいレベルは、近年かなり変化してきた。今日、ICUにおいて最も集中治療にたずさわっている医師は、彼らの患者が眠っていてしかし容易に覚醒することを好み、今は、鎮静のレベルは患者の個々の要求を考えてあつらえられる。」

(エ)「【0027】
デクスメデトミジンの投与によって達成されるICUにおける鎮静の性質は独特なものである。デクスメデトミジンまたはその薬学的に許容し得る塩によって鎮静化された患者は、患者の治療が容易にできるよう覚醒され、見当識が保たれる(oriented)。患者は呼び覚まされ、そして彼らは質問に応答することができる。彼らは気づいているけれども、不安そうではなく、気管チューブをよく許容している。・・・鎮静、抗不安薬、鎮痛薬および血行力学的安定の必要な重篤患者は、なお見当識のある状態を維持され、また容易に覚醒されなければならない。さらにそれは水溶性であるので、投与量は長期間鎮静化された患者において、脂質負荷(lipid load)を増加させない。予測できる薬理反応が、ICUにおいて患者にデクスメデトミジンまたはその薬学的に許容し得る塩を投与することによって成し遂げられる。」

(オ)「【0031】
実施例1
ICUにおいて鎮静を必要とする、外科手術後の冠状動脈バイパス移植患者(CABG)におけるデクスメデトミジンの有効性、安全性および滴定能力(titratability)を研究した。患者は8?24時間挿管された。すべての患者に、ICUへの入室の1時間以内にデクスメデトミジンが投与され、デクスメデトミジン注入は、抜管後6時間まで続けられた。デクスメデトミジンは0.9%塩化ナトリウム水溶液中、塩酸塩(100μg/ml、塩基)の形で用いられ、標準注射器ポンプおよび静脈内投与セットを利用して、2段階注入(負荷投与ののち維持注入)で投与された。
【0032】
12人の患者を選び、2つのグループに分けた。はじめの6人の患者には、10分間にわたってデクスメデトミジンを、負荷投与量6μg/kg/hで投与し、そののち0.2μg/kg/hで維持注入した。6人の患者の第2グループには、はじめに10分間にわたってデクスメデトミジンを、6μg/kg/h負荷投与量投与し、そののち0.4μg/kg/hの維持注入で投与した。両グループにおける注入速度は0.2から0.7μg/kg/hの範囲で維持された。鎮静の臨床効果が明らかになった(約15分から30分以内)のち、注入の持続速度を、ラムセイ鎮静スコアレベル3以上(図1参照)に到達および維持するため、0.1μg/kg/h以上徐々に増加させて調整することができる。
【0033】
生命の徴候(vital signs)、副作用、および鎮静スコアが研究中記録された。患者は、デクスメデトミジンの投与中は以下に記載するいかなる医薬品も与えられなかった:鎮静剤、気管チューブ挿入以外では神経筋遮断剤、および硬膜外もしくは脊椎の鎮痛/麻酔剤。2人の患者が痛みのためにモルヒネを必要とした。1人の患者が2つの重大な有害事象:循環器不全および心筋梗塞を起した。不完全な血管再生のための心筋梗塞は、研究薬剤注入の停止後13日で死を導いた。心筋梗塞はデクスメデトミジンにほとんどまたはなんの関係もなかった。事実、不完全な血管再生はCABG手術後の最も一般的な有害事象のひとつであり、それは時々死を招く。
【0034】
デクスメデトミジンの投与のあいだ、血圧および心拍変動は減少し、高血圧もしくは心拍の治療、たとえばベータブロッカーで、またはベンゾジアゼピンもしくはプロポフォールでの鎮静/抗不安の増加のいずれかのために薬理学的介入の必要ないより安定で予期できる血行力学を意味する。結論として、患者はただひとつの薬理学的デクスメデトミジンによって、好都合に鎮静化され、血行力学的に安定し、自覚的なよい気分の制御のために容易に覚醒したままでいられた。
【0035】
実施例はデクスメデトミジンが、鎮静化と患者の快適化の独自の性質を提供するので、ICUにおいて患者を鎮静化するための理想的な薬剤であることを示す。
【0036】
実施例2
任意抽出された二重盲(double-blind)プラセボーコントロール研究を、ICUで鎮静を必要とする機械的通気患者におけるデクスメデトミジンの有効性、安全性および滴定能力の評価のため実施した。研究は、ICUで鎮静を必要としている外科的手術後CABG患者で実施された。研究の選抜判定基準にあった、ICUにおいて機械的通気を必要とする12人の成人の外科的手術後CABG患者は、参加に適当であった。
【0037】
選抜判定基準は以下の通りである。患者は機械的通気のために手術後最低8時間の鎮静、ついで抜管後の6時間の引き続きの鎮静を必要とした。患者はテストに対する評価のために24時間より長く挿管されることはなかった。患者には苦痛をなんとかするためにモルヒネのみが与えられ、薬剤投与研究の間以下の医薬品:ミダゾラム以外の鎮静剤、気管チューブ挿入以外では神経筋遮断剤、および硬膜外もしくは脊椎の鎮痛/麻酔剤はなにも与えられなかった。
【0038】
有害事象のモニタリング、心臓モニタリング、研究室のテスト(laboratory tests)、生命の徴候、酸素飽和度および共存薬物によって安全性を評価した。
【0039】
12人の患者は、臨床的に必要とされるばあいはミダゾラムを用いて鎮静の治療を助けて、無作為にデクスメデトミジンまたはプラセボーのどちらかを与えられることが決められた。デクスメデトミジンに任意に選ばれた患者には、10分、6.0μg/kg/h負荷投与量を与え、そののち初期維持注入した。維持注入の速度は0.4μg/kg/hであった。注入維持速度は、ラムセイ鎮静のスコア3以上に到達および維持するために0.1μg/kg/hで徐々に増加させて滴定することができた。維持注入の範囲は0.2から0.7μg/kg/hの間に保つことができた。デクスメデトミジンの投与はICU入室後1時間以内始め、抜管後6時間は続けるべきであった。デクスメデトミジンは0.9%塩化ナトリウム水溶液中、塩酸塩(100μg/ml、塩基)の形で用いられ、標準注射器ポンプおよび静脈内投与セットを利用して投与された。プラセボーは0.9%塩化ナトリウム水溶液で、デクスメデトミジンを投与されたのと同じ方法で投与された。6人のデクスメデトミジン鎮静化患者は、充分に鎮静化されたままで、ミダゾラムを何も必要としなかった。反対に、6人のプラセボー処置患者のうち5人は鎮静の充分なレベル(ラムセイ鎮静スコア≧3)に到達するためにミダゾラムの投与を必要とした(全平均ミダゾラムmg/kg/h±SEM=0.018±0.005)。2つの処置群間の、研究中に与えられた全ミダゾラム投与量における差は統計的に著しかった(p=0.010)。鎮静の全体的なレベルは2つの群のあいだで同様であったが、プラセボー処置患者のあいだの断続的な鎮静(ラムセイ鎮静スコア≧3)および動揺(ラムセイ鎮静スコア1)と比較して、デクスメデトミジンの投与は、長い時間でごくわずかな変化で特徴付けられる、安定なラムセイ鎮静スコアを生じる。デクスメデトミジンはまた、研究の継続期間中に投与されたモルヒネの全投与量で評価されるように、この患者群において鎮痛特性も示した。プラセボー処置患者6人のうちの5人と比較して、デクスメデトミジン処置患者6人のうち1人が苦痛の処置のためにモルヒネの投与を必要とした。モルヒネ平均全投与量における処置群間の差は統計的に著しい(p=0.040)。
【0040】
結論として、デクスメデトミジン処置患者は、意味ありげに鎮静に対してミダゾラムをまたは苦痛に対してはモルヒネを、プラセボーを与えた患者と比べて少量必要とした。デクスメデトミジン処置患者の鎮静レベルは、ミダゾラムを与えたプラセボー処置患者の鎮静レベルより、より安定であった。デクスメデトミジンは安全でよく許容され、補助通気中止後の臨床的に明らかな呼吸器障害を生じなかった。
【0041】
実施例3
2つのIII期デクスメデトミジン多中心(multicenter)臨床試験(試験1および試験2)が、ヨーロッパおよびカナダでICUにおいて実施された。各試験は2つの部分言い換えると、公開標識部(パートI)および二重盲任意プラセボー標準化部(パートII)を有する。試験はデクスメデトミジンを与えた患者が、ICU鎮静の要求の減少を評価(ほかの鎮静/鎮痛剤の投与によって評価されるように)するために企画された。鎮静および鎮痛に対してそれぞれプロポフォールおよびモルヒネの使用がひとつの試験(試験1)で評価され、もう一方の試験(試験2)ではミダゾラムおよびモルヒネが評価された。総計493人の患者が試験1に登録され処置され、438人の患者が試験2に登録され処置された。
【0042】
試験のパートIでは、患者に10分間かけてデクスメデトミジンの負荷投与量6.0μg/kg/hを投与し、ついで初期維持注入0.4μg/kg/hを投与すべきであった。研究のパートIIのあいだ、患者は無作為にプラセボー(0.9%塩化ナトリウム水溶液)またはデクスメデトミジンのどちらかを与えられることが決められた。デクスメデトミジンは0.9%塩化ナトリウム水溶液中、塩酸塩(100μg/ml、塩基)の形で用いられ、標準注射器ポンプおよび静脈内投与セットを利用して投与された。研究の両パートに対して、そののち初期維持注入が行なわれ、注入速度は、0.1μg/kg/h以上で徐々に増加させて調整することができた。ラムセイ鎮静スコア3以上に到達および維持するために、挿管中の注入速度を0.2から0.7μg/kg/hの範囲で維持するべきであった。抜管後、注入速度をラムセイ鎮静スコア2以上に到達するために調整するべきであった。
【0043】
10分の負荷投与のあいだ、付加的な医薬品は避けられたが、試験1ではプロポフォール(0.2mg/kg瞬時)が、および試験2ではミダゾラム(1mg瞬時)が必要に応じて与えられた。デクスメデトミジン注入中、補助(rescue)医薬品は、鎮静に対して試験1ではプロポフォール(0.2mg/kgIV瞬時)に、試験2ではミダゾラム(0.2mg/kgIV瞬時)に、また苦痛に対してはモルヒネ(2mgIV瞬時)に制限した。抜管後、臨床的必要に応じて苦痛に対してはパラセタモールが許可されるべきであった。プロポフォールおよびミダゾラムはデクスメデトミジン注入速度増加後のみ与えられるべきであった。パートIおよびIIにおけるデクスメデトミジンの投与はICU入室後1時間以内に始め、抜管後6時間(全研究薬剤注入は最大で24時間)は続けるべきであった。患者は、デクスメデトミジンの中止後さらに24時間観察され評価された。
【0044】
試験1および試験2の結果は以下の通りであった。デクスメデトミジンで処置した患者は、プラセボーを与えた患者より、鎮静に対してプロポフォール(試験1)もしくはミダゾラム(試験2)を、または苦痛に対してモルヒネを明らかに少量しか必要としなかった。デクスメデトミジン処置患者の鎮静レベルは、プロポフォールまたはミダゾラムを与えられたプラセボー処置患者のレベルよりより速く達成される。デクスメデトミジンは安全でよく寛容される。つまり、これらの研究において報告された有害事象および研究室変化は外科手術後の人々において期待できた。
【0045】
試験1のあいだ、パートIで3人のデクスメデトミジン処置患者が死亡し、プラセボー処置患者が1人死亡した。しかしながら、デクスメデトミジンの投与と関係があると認められたような死に導く有害事象はなかった。試験2のパートIおよびパートIIにおいてデクスメデトミジン処置患者は死ななかったが、プラセボー処置患者の5人が死亡した。デクスメデトミジンは、既知のα2-アゴニストの薬理学的効果と一致する収縮期血圧、拡張期血圧、および心拍における変化を生じた。さらに、デクスメデトミジンは、補助通気中止後の臨床的に明らかな呼吸器障害を生じない。
【0046】
以下の16のケースは前記試験1および2のパートIIのものである。このケースはデクスメデトミジンが鎮痛剤の性質を有し、有効な鎮静および抗不安を提供する一方、患者は関心を示し、意志疎通できる。
【0047】
1.86歳の女性患者が結腸腫瘍のため腹部切除を受けた。外科手術は短作用無痛法(short-acting analgesia)(remifentanil)で行なわれた。患者は煙草を吸わない人で、高血圧のほかには心臓の病歴はなかった。ICU到着後すぐに、彼女はモルヒネとミダゾラムの2つの投与を必要とした。デクスメデトミジンは10分間の負荷投与6μg/kg/hで開始され30分間0.4μg/kg/hの速度で維持され、そののち平均投与量0.5μg/kg/hとした。患者のラムセイ鎮静スコアは最初の1時間は6で、ついで3まで減少し、最後は2まで減少した。デクスメデトミジンを投与している間、患者は抜管前に5分間のモルヒネの1回投与のみ必要とした。抜管は6.5時間後に行なわれ、平穏無事であった。
【0048】
2.66歳の男性患者が右肺の葉摘手術(lobectomy)を受けた。患者は以前はヘビースモーカー(1日に3箱)であったが、10年前に止めていた。彼は毎日お酒を飲み、ひどい呼吸機能不全および心不全の病歴があった。ICU入室後すぐに、彼はデクスメデトミジンを10分間の負荷投与6μg/kg/hされ、ついで0.2から0.7μg/kg/h(目的の鎮静レベルまで滴定された)の速度で12時間注入された。注入開始から2時間後、患者は低血圧(血圧70/40mmHg)を示したが、これは昇圧剤の必要なく晶質注入(crystalloid infusion)後に解消された。患者は術後6時間で自発的通気を回復し、6時間と15分で抜管された。患者は12時間のデクスメデトミジン注入のあいだ、モルヒネまたはほかの鎮静剤を必要としなかった。彼は、注入が終了したのち苦痛のためにモルヒネを必要とした。
【0049】
3.68歳の男性患者が、三管病(three-vessel disease)のために冠動脈バイパス手術を受けたあとICUに入れられた。彼は、非インシュリン依存性糖尿病で、心房性細動および心筋梗塞の病歴があった。彼は1日に1杯ワインを飲む煙草を吸わない人であった。デクスメデトミジンが10分間の負荷投与6μg/kg/hで投与され、ついで0.2から0.3μg/kg/hで維持注入された。患者は、デクスメデトミジンを与えられている間、ミダゾラムまたはモルヒネを必要としなかった。彼のラムセイ鎮静スコアは、始めの1時間は6(ベースラインスコア、つまり患者は手術後完全に麻痺させられていた)で、ついで4に減少し、その後3に達した。血圧の一時的な上昇が術後連続1時間は生じた。患者は約6時間で抜管され、彼の血圧はデクスメデトミジンの注入が中止されたのち再び上昇した。
【0050】
4.アルコール乱用の病歴を有する55歳の男性患者が、頭と首の癌(head and neck cancer)のため手術を受けた。デクスメデトミジンの注入(0.5から0.7μg/kg/h)が、患者がICUに到着したときから開始された。彼は、注入のあいだ血行力学的安定性を維持していて、禁断症状を示さなかった。彼は、抜管後ただちにモルヒネ2mgとミダゾラム2mgとのみを必要とした。
【0051】
5.多量アルコール摂取歴を有する47歳の男性患者が、咽頭主要の摘出および空腸弁による再構築を受けた。外科的手術は、患者が300mlの血液を失い、6単位の血液の輸血を必要としたあいだ10時間続いた。ICUにおいて、デクスメデトミジンが10分間、負荷投与6μg/kg/hで投与され、ついで35分間、維持投与0.4μg/kg/hで、20分間0.6μg/kg/hで、その後注入が続けられた間0.7μg/kg/hで注入された。患者は、デクスメデトミジンを与えられている間、穏やかで協力的なままで、彼のラムセイ鎮静スコアは2から3の間に容易に維持された。彼は、デクスメデトミジンの注入開始から46時間後にミダゾラム2mgが与えられ、66時間後にも再び与えられた。手術の性質と患者のアルコール消費歴を考慮すると、はじめの術後のモルヒネ要求はまったく限られたもの(24mg)であった。なお、必要とされたモルヒネ投与量はデクスメデトミジンの注入中止後76mgまで段階的に拡大した。
【0052】
6.「暴」飲歴の35歳の男性患者が、交通事故で両肺挫傷、いくつかに砕けた肋骨、および大きな骨盤骨折を受けた。彼は、6時間の彼の骨折した骨盤の修復手術のあいだ、平穏な全身麻酔をされた。失った血液は400mlで、セルセーバー(cell saver)で6単位の輸血を必要とした。患者には、手術中にモルヒネ70mgが与えられた。ICUにおいて、デクスメデトミジンが10分間、6μg/kg/hの負荷投与量で投与された。維持注入が0.4μg/kg/hの速度で開始され、最初の3時間のあいだは0.7μg/kg/hに増加された。
患者のラムセイ鎮静スコアはおおよそ4に維持された。彼は平穏でくつろいでおり、モルヒネもミダゾラムも必要としなかった。患者は6時間で抜管するのに適当であった。しかしながら、それは午前2時であったので、翌朝まで機械的通気が継続されることが決定された。デクスメデトミジンの投与量は、注入の最後の約160分は0.3から0.5μg/kg/hのあいだで変化した。
【0053】
患者は目覚め、気がしっかりして、気管内チューブを取り去って欲しいと筆談で伝えることができた。説明書にしたがって、デクスメデトミジンの最大許容投与量に達したとき、および患者が気管内チューブの除去に騒ぎしつこく要求したときは、ミダゾラムの投与量(総計16mg)が投与された。彼の興奮にかかわらず、患者は苦痛のないまま、デクスメデトミジン投与時にはモルヒネは必要としなかった。抜管、およびデクスメデトミジン注入の中止ののち、患者はICUから退室する前にモルヒネを4mg必要とし、病室に戻ったのちの最初の数時間のあいだにモルヒネを50mg近く必要とした。さらなる無痛に対するこの要求は、反動効果というよりも苦痛に対する生理学的な応答と考えられる。
【0054】
7.60歳の男性アルコール中毒者(超音波での肝臓への脂肪負担(fatty charges on liver ultrasound)で1週間に35単位)が腹部大動脈瘤の修復を受けた。彼は40年の喫煙歴、高血圧、狭心症および肺繊維症をもっていた。手術は技術的に難しく、3時間かかった。失った血液は3100mlで、6単位の血液が輸血された。モルヒネ(30mg)が手術中投与された。患者はICUに到着したとき血行力学的に安定であった。デクスメデトミジンが、10分間、負荷投与量6μg/kg/hで開始され、ついで2時間まで0.7μg/kg/hで滴定された維持投与量0.4μg/kg/hで注入された。ラムセイ鎮静スコアはおおよそ4に維持された。モルヒネの要求は、ICUでの患者の最初の6時間はきわだって変動していた。
【0055】
患者は目覚め、見当識のある状態で、ひどい苦痛を経験したことを伝えることができた。デクスメデトミジン投与量0.5μg/kg/hで約7時間、全移植片を取り去り、底部(the bottom)を後ろの腹部壁(posterior abdominal wall)から分解および離脱することが決定された。モルヒネの要求は、継続している出血のために段階的に増加し続けた。デクスメデトミジンのより速い注入速度の使用は、出血の結果である血行力学的不安定さの存在によって制限された。患者はその後手術室に戻った。折りよく、手術的介入は、患者がデクスメデトミジンを与えられているあいだに経験した飛躍的な苦痛を伝える患者の能力によって容易になった。
【0056】
8.患者は直腸摘出手術および結腸フィステル形成配置術を受けた。プロポフォールが麻酔導入のため用いられ、維持のために酸素/一酸化二窒素/イソフルレンが用いられた。さらに、レミフェンタニルが導入直後に開始され、患者がICUに到着後まで続けられた。プロポフォール注入(70mg)が、患者がICUに移送されたとき投与されていた。患者はICUに到着するまで起きていたが、ラムセイ鎮静スコアは1で、動揺して落ち着かなかった。プロポフォールおよびレミフェンタニルは、患者の到着後数分以内に止められた。患者の動揺を処理するために、たびたびのプロポフォール10mgの瞬時投与を必要とした。デクスメデトミジンの負荷投与量(0.4μg/kg/h)が、ICU到着後約25分にプロポフォール20mgと一緒に投与され、ついでデクスメデトミジン0.7μg/kg/hおよびプロポフォール4mg/kg/hが注入された。デクスメデトミジン注入の最初の20分間は、たびたびのモルヒネ投与量2mgを必要とした。患者のラムセイ鎮静スコアは継続的に、患者がスコア6で過剰鎮静されるまで増加した。ICU到着約2時間後、プロポフォール注入は2mg/kg/hに減少され、その後1mg/kg/hまで減少された。3時間でプロポフォールは中止され、デクスメデトミジンの注入が0.2μg/kg/hまで次第に減少された。さらなるプロポフォールまたはモルヒネは必要とされなかった。
【0057】
このケースは、ICU前に投与された鎮痛剤がその効果を失う前にデクスメデトミジンを投与することの重要性を説明している。これは、とくにレミフェンタニルのような非常に短い半減期を有する薬剤を使用するとき重要である。とくに手術中のレミフェンタニルによる効果は、その非常に速いオフセットのため、手術後の苦痛に早く気づき、それによって手術後の鎮痛剤に対する要求が増加することを示している。
【0058】
9.腎臓癌の60歳の男性患者が単純な3時間の根治腎摘出術(radical nephrectomy)を受けた。彼は重大な先の病歴はなかった。手術のあいだ、彼は安定した(balanced)麻酔剤を受けた。手術後、患者はくつろいでおり、呼吸器障害は起こさず、次の日ICUから解放された。デクスメデトミジンを受けているあいだ、彼のラムセイ鎮静スコアは3であった。彼には主要なガス交換の問題はなく、機械的通気、補助された自発的呼吸、抜管、および自発的呼吸のあいだPaCO2は安定であった。彼の呼吸パターンは本質的に手術直後の期間、補助された自発的呼吸および抜管後に変化しなかった。この患者の経験は、デクスメデトミジンの呼吸器障害のない効果の典型的な例である。
【0059】
10.58歳の女性患者には二重冠動脈バイパス手術が予定された。彼女の過去の病歴は高血圧、狭心症、タイプII糖尿病を示した。彼女はICUに午後7:20に到着し、10分間にわたるデクスメデトミジン1μg/kgの瞬時投与を受け、ついで0.4?0.7μg/kg/hで注入された。抜管は翌朝の午前7:50に行なわれ、デクスメデトミジンは午後1:40まで継続された。彼女は、平穏な術後の経過をたどった。デクスメデトミジンで挿管時は彼女のラムセイ鎮静スコアは4であった。彼女は穏やかで、容易に覚醒でき、よい見当識のある状態(well-oriented)を示した。彼女は、彼女の周囲(騒音、職員およびモニター機器)によりびっくりしなかった。抜管後デクスメデトミジン注入は、段々と0.3μg/kg/hまで減少され、彼女のラムセイ鎮静スコアは2と3のあいだで変動した。彼女は穏やかで協力的なままで、呼吸器障害は起こさなかった。彼女は、デクスメデトミジン注入のあいだは、さらなる鎮静剤を必要とせず、また鎮痛剤もほとんど必要としなかった。デクスメデトミジン注入の中止後、彼女は落ち着かず、快適でなく、ざわついた。彼女の不安なプロフィールは、投薬時と非投薬時でかなり異なっていた。質問をされると、彼女は、彼女のICU滞在の記憶を失っておらず、さらに苦痛または不愉快な思い出を示さなかった。
【0060】
11.54歳の男性患者が4重(quadruple)冠状動脈バイパス手術を受けた。彼は35年の過剰アルコール飲酒歴をもつが、手術に先立ち6週間のあいだ消費量を減らしていた。アルコール中毒患者は、よくICUにおいて増加した不安および動揺レベルを示すが、この個人は、デクスメデトミジンを投与されているあいだ、すばらしい術後の経過をたどった。彼は、穏やかで静かで、さらによい見当識が保たれたままであった。デクスメデトミジンの注入は0.3と0.7μg/kg/hの間に維持され、さらなる鎮静薬は必要としなかった。彼は手術の日の夕方抜管されたが、デクスメデトミジンの注入は翌朝まで続けられた。質問をされるとすぐに、彼はICUでの滞在に非常に満足していると知らせた。
【0061】
12.49歳の女性患者が、ロス手法による大動脈弁交換(replacement)手術を受けた。患者は手術の1週間前まで彼女の心臓の状態に気づいておらず、精神的に準備ができてなく、手術前の高度の不安を示した。ICUに到着してすぐ、彼女は10分間かけたデクスメデトミジン1μg/kgの瞬時投与を受け、ついでデクスメデトミジンの注入が0.2?0.5μg/kg/hのあいだでされた。彼女は手術の日の夕方には抜管され、デクスメデトミジンは翌朝まで続けられた。彼女の術後経過のあいだ、彼女は少し忘れていたけれども、患者は穏やかで、怖れまたは不安をもたず、よい見当識が保たれた。彼女はすばらしく進歩し、ICU経験で非常に快適だった。
【0062】
13.患者は高血圧で、腎石症および「無症候性(silent)」左の腎臓を有する51歳の男性であった。彼は腎摘出を認められた。共存症は、裂孔ヘルニア、胃潰瘍および憩室、ならびに肝脂肪変性を含む。これらの異常以外は身体検査は正常であった。彼の手術経過および麻酔経過は平穏無事で、彼はベースラインラムセイ鎮静スコア4でICUに着いた。鎮静の目的レベルは、図2に示すように注入されたデクスメデトミジンの投与量をほとんど調節することなく達成された。患者は容易に目覚めさせられ、看護職員に彼の要求を伝えることができた。気管内チューブがあるにもかかわらず、彼は、外部からの刺激がないときは穏やかで眠っていた。患者はICU入室6時間後に抜管された。彼の苦痛に対してたびたびなされる評価とさらなる鎮痛薬を要求する機会とがあったにもかかわらず、彼は、研究期間6時間でモルヒネ硫酸塩を単一投与量(2mg)だけ要求した。彼の術後経過は、デクスメデトミジンの投与開始後14時間とデクスメデトミジン注入の中止後3時間近くとの、穏やかな高血圧期間以外は平穏無事なものであった。患者は晶質注入に応答し、医師によってその期間はモルヒネの効果およびおそらく軽い容量不足に起因すると考えられた。研究後、患者の唯一の苦情は傷口の痛みだった。会見時、患者は気管内チューブが不快であったが、もしもう一度その集中治療室に再入院したら、現入院期間に受けたのと同じ鎮静剤を要求するだろうと言った。
【0063】
14.冠動脈バイパス手術を受けた42歳の男性患者が、ラムセイ鎮静スコア5(眠っている、光による眉間へのタップ(light glabellar tap)または大きな聴覚的刺激に緩慢な応答)でICUに到着した。デクスメデトミジンを負荷投与量6μg/kg/hで投与し、ついで投与量0.4μg/kg/hで維持注入した。患者のラムセイ鎮静スコアは、最初の半時間は6(眠っている、応答なし)であった。しかしながら、注入は急速にまた容易に滴定され、ICUにおける彼の残りの滞在期間は、スコア2(協力的、見当識が保たれている(oriented)、平静)または3(患者は命令に対して応答する)に到達および維持された。血行学的に不安定であるという証拠は観察されず、アヘン剤(opiate)は必要とされなかった。患者は6時間で抜管され、彼のICU静養の経過は平穏無事なものであった。彼は、抜管後穏やかな苦痛を経験した。その苦痛はモルヒネ2mgの単一注入で容易に制御された。
【0064】
15.58歳の男性患者が大動脈狭窄症のため弁交換手術を受けた。ICUにおいて、彼はラムセイ鎮静スコア約3に達するように滴定されたデクスメデトミジンの注入を受けた。彼は見当識が保たれており、協力的であった。ある点で、患者が苦痛を経験し始めたので注入速度を増加させた。重要なことに、彼は痛みの緩和が必要なことを伝えることができ、投与量滴定が急速に彼の快適さを取り戻した。
【0065】
16.患者は62歳の男性であり、大動脈弁逆流、左心室肥大および拡張上行大動脈(dilated ascending aortic)でニューヨーク心臓協会のクラスIIIであった。彼は正常な冠状動脈造影図を有する動脈性高血圧および激しい狭心症(カナダII)であった。彼の手術前の投薬はプロプラノロールであった。患者は動脈弁の交換による適温心肺バイパス術およびベンタル法(Bentall procedure)を受けた。彼は無事に6時間の手術後ポンプから離され、術後は変力性(inotropic)の支持は受けなかった。ICU経過は平穏無事であった。血行力学的プロフィールは、低血圧または徐脈の期間なしでスムーズだった。患者はデクスメデトミジンの中止後血圧の増加を示したが、既存的高血圧として研究に参加していた。
【0066】
前述したケースは、デクスメデトミジン鎮静の重篤患者における有益性を説明している。ちょうどよく鎮静化されると、患者は生理学的に安定な方向に向かい、最小限の苦痛、不快および不安を経験した。人工呼吸器を放しているあいだ、および呼吸器障害を避けるため抜管後のあいだ鎮静薬を中止することが最近の慣習である。このような慣習はデクスメデトミジンでは必要ない。さらに、デクスメデトミジンは、苦痛の恐れを取り除くことによる治療的介入(たとえば、可動化または胸部理学療法)によって患者のコンプライアンスを増加させる。これは、単一の薬物によるそうそうたる目を見張るべき効果である。」

(カ)「【図1】



本件特許明細書の記載(ウ)によれば、本件特許明細書には、ICUにおいて集中治療にたずさわっている医師は、彼らの患者が眠っていてしかし容易に覚醒することを好むことが記載され、本件特許明細書の記載(エ)によれば、デクスメデトミジンによって鎮静化された患者は、患者の治療が容易にできるよう覚醒され、見当識が保たれ、質問に応答することができ、気づいているけれども、不安そうではなく、気管チューブをよく許容していることが記載されている。そして、本件特許明細書の記載(オ)及び(カ)によれば、ICU滞在中の患者は、例えば実施例3の7.や10.の患者のように、デクスメデトミジンによる鎮静中、ラムセイ鎮静スコアが4で眠っている場合、目覚めて見当識のある状態で意思の疎通をすることができたり、例えば実施例3の5.や15.の患者のように、デクスメデトミジンによる鎮静中、ラムセイ鎮静スコアが2?3で目が覚めている場合、穏やかで、見当識が保たれ、協力的でいられたことが記載されている。
これらの記載からみて、本件特許発明は、デクスメデトミジンを「集中治療を受けている重篤患者の鎮静」という用途、すなわち、「集中治療室(ICU)滞在中の患者の実際の鎮静に加えて、上記患者がICU滞在中に目覚めている時があり、その時に経験する、不安、苦痛、疲労、衰弱、乾き、様々なカテーテルの存在、および理学療法などの少数派の処置といったICU状況における苦痛および不安などの患者の安心感に影響を及ぼす状態の治療も含む鎮静」という用途に用いることにより、集中治療室(ICU)滞在中の患者がデクスメデトミジンによる鎮静中、眠っている場合、目覚めて見当識のある状態でいられたり、目が覚めている場合、穏やかで、見当識が保たれ、協力的でいられ、いずれの場合も、該患者は集中治療にたずさわっている医師と意思の疎通をすることができる、という効果を奏し得たものといえる。

(c)これに対し、甲1には、
「鎮静及び鎮痛
麻酔導入前の1時間注入の後、中用量群及び高用量群のすべての患者が眠りに落ちたが容易に覚醒可能であった。」(627頁右欄25?28行)、
「麻酔誘導前の1時間のデクスメデトミジン注入中に、我々の中用量群及び高用量群の患者は眠りに落ちたものの容易に覚醒可能であった。」(631頁左欄8?11行)なる記載があるが、これらの記載は、甲1に記載の麻酔開始に先立つ1時間の持続投与中の患者に対する観察結果に過ぎず、当業者といえども、かかる記載から、集中治療室(ICU)滞在中の患者がデクスメデトミジンによる鎮静中、眠っている場合、目覚めて見当識のある状態でいられたり、目が覚めている場合、穏やかで、見当識が保たれ、協力的でいられ、いずれの場合も、該患者は集中治療にたずさわっている医師と意思の疎通をすることができる、という効果を予測し得たものとはいえない。

(d)また、請求人は、「本件特許発明1の効果については、本件明細書において効果としては明記されていないものの、段落【0027】に記載された内容に照らし「見当識が保たれる状態でのICU鎮静」であるとしても、上述のとおり、デクスメデトミジンは、投与量の調整で容易に覚醒させ得る鎮静薬として周知であるから(甲第3号証乃至甲第6号証)、その効果は当業者に予測可能である。」と主張する。
しかしながら、甲3及び4には、デクスメデトミジンが投与された者が集中治療室(ICU)滞在中の患者であるとは記載されていないから、これらの甲号証に接した当業者が、その内容を周知技術であると認識したとしても、集中治療室(ICU)滞在中の患者がデクスメデトミジンによる鎮静中、眠っている場合、目覚めて見当識のある状態でいられたり、目が覚めている場合、穏やかで、見当識が保たれ、協力的でいられ、いずれの場合も、該患者は集中治療にたずさわっている医師と意思の疎通をすることができる、という効果を予測し得たものとはいえない。かかる効果を予測できるとすることは、本件特許発明を見た上での後知恵によるものに過ぎない。また、甲6には、デクスメデトミジンが投与量の調整で容易に覚醒させ得る鎮静薬であることについては何ら記載されていないし、甲5には、デクスメデトミジンのこと自体何ら記載されていないから、これらの甲号証に接した当業者が、その内容を周知技術であると認識したとしても、上記効果を予測し得たものとはいえない。

したがって、本件特許発明は、引用発明、及び請求人のいう周知技術から当業者が予測し得ない格別顕著な効果であるといえる。

(e)甲2についての請求人の主張は、アの(b)の主張によれば、本件発明5及び本件発明6では、デクスメデトミジンが負荷投与と維持投与の2段階で投与されるが、引用発明1では負荷投与が行われていない点を備えているところ、一般に、周術期の鎮静剤や鎮痛剤は、その鎮静及び鎮痛の緊急性と程度に応じて、負荷投与(ボーラス)され、例えば、甲1には、術後鎮痛にモルヒネがボーラスで投与されたことが記載され、甲2には、術中のデクスメデトミジンの2段階投与についての次の引用発明2
「a:開腹下子宮摘出患者の術中に使用する
b:医薬品の製造における、デクスメデトミジンの使用であって、
e:デクスメデトミジンが、0.5ng/ml?1.1ng/mlの血漿濃度に達する量で、
f:静脈投与され、
g:デクスメデトミジンの負荷投与量及び維持量が投与され、
h:負荷投与量及び維持量がヒトに投与され、
i:デクスメデトミジンの負荷投与量が1.2?2.7μg/kgであり、
j:前記負荷投与量は10分で投与され、
k:デクスメデトミジンの負荷投与量が1.2μg/kgであり、
l、m、n:デクスメデトミジンの維持投与速度が0.36、?0.81μg/kg/hである、使用。」が記載され、
引用発明1における術後のICUにおいて、鎮静のためにデクスメデトミジンを用いることは容易であるところ、その際、鎮静効果を迅速に得るために必要に応じて負荷投与を行うことは、当業者において設計事項である、というものである。
すなわち、甲2についての請求人の主張は、要するに、本件特許発明5及び本件特許発明6において、デクスメデトミジンが負荷投与と維持投与の2段階で投与される点は、甲2の引用発明2からみて、当業者において設計事項である、というものと解される。
しかしながら、かかる甲2についての請求人の主張は、本件特許発明1が引用発明1及び周知技術(甲3乃至甲6)に基づいて当業者が容易になし得た発明であることが前提となる主張であり、この前提が成り立たないことは、先に説示したとおりである。
なお、甲2は、そのタイトルのとおり、開腹下子宮摘出患者における麻酔維持のためのデクスメデトミジン注入について報告した文献であり、デクスメデトミジンの投与によってイソフルランの必要性が90%超減少したことなどが記載されているが、本件特許発明の「集中治療を受けている重篤患者の鎮静」という用途、すなわち、「集中治療室(ICU)滞在中の患者の実際の鎮静に加えて、上記患者がICU滞在中に目覚めている時があり、その時に経験する、不安、苦痛、疲労、衰弱、乾き、様々なカテーテルの存在、および理学療法などの少数派の処置といったICU状況における苦痛および不安などの患者の安心感に影響を及ぼす状態の治療も含む鎮静」という用途が記載されているとはいえないし、該用途を示唆する記載も見いだせない。
したがって、甲2についての請求人の主張も採用できない。

(f)小括
したがって、本件特許発明1?12の特許を、請求人が主張する無効理由2(進歩性欠如)によって無効にすることはできない。

第6 結び
以上のとおりであるから、請求人の主張する理由及び証拠方法によっては、本件特許発明1?12に係る特許を無効とすることはできない。
審判に関する費用については、特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により、請求人が負担すべきものとする。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2017-03-29 
結審通知日 2017-03-31 
審決日 2017-04-13 
出願番号 特願2000-540820(P2000-540820)
審決分類 P 1 113・ 113- Y (A61K)
P 1 113・ 121- Y (A61K)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 松波 由美子  
特許庁審判長 内藤 伸一
特許庁審判官 前田 佳与子
山本 吾一
登録日 2010-10-15 
登録番号 特許第4606581号(P4606581)
発明の名称 ICU鎮静のためのデクスメデトミジンの用途  
代理人 飯塚 卓也  
代理人 原 裕子  
代理人 飯塚 卓也  
代理人 森本 敏明  
代理人 木下 智文  
代理人 大塚 康弘  
代理人 大塚 康徳  
代理人 大塚 康徳  
代理人 西川 恵雄  
代理人 岡田 淳  
代理人 豊岡 静男  
代理人 大塚 康弘  
代理人 原 裕子  
代理人 岡田 淳  
代理人 木下 智文  
代理人 西川 恵雄  
代理人 豊岡 静男  

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