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審決分類 |
審判 全部申し立て 2項進歩性 C22C 審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載 C22C |
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管理番号 | 1332246 |
異議申立番号 | 異議2016-700666 |
総通号数 | 214 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許決定公報 |
発行日 | 2017-10-27 |
種別 | 異議の決定 |
異議申立日 | 2016-08-02 |
確定日 | 2017-08-07 |
異議申立件数 | 1 |
訂正明細書 | 有 |
事件の表示 | 特許第5850090号発明「成形加工性に優れたフェライト系ステンレス鋼板」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 |
結論 | 特許第5850090号の明細書、特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正明細書、特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1?2〕について訂正することを認める。 特許第5850090号の請求項1?2に係る特許を維持する。 |
理由 |
第1 手続の経緯 特許第5850090号(以下、「本件特許」という。)に係る出願は、2013年 9月 6日(優先権主張 2012年 9月24日 日本国(JP))を国際出願日とする特願2014-526300号の一部を平成26年 5月29日に特願2014-111185号として新たな特許出願としたものであって、平成27年12月11日に特許権の設定登録がされ、その後、本件特許の請求項1?2に係る特許について、平成28年 8月 2日に特許異議申立人岩谷 幸祐により特許異議の申立てがされ、当審から同年11月15日付けで取消理由が通知され、これに対して、特許権者より同年12月21日付けで意見書が提出されるとともに訂正請求がされ、これに対して特許異議申立人より平成29年 2月 6日付けで意見書が提出され、当審から同年 3月22日付けで取消理由が通知され、これに対して、特許権者より同年 5月17日付けで意見書が提出されるとともに訂正請求がされ、これに対して特許異議申立人より同年 6月26日付けで意見書が提出されたものである。 第2 訂正請求の適否 1 訂正の内容 平成29年 5月17日付けの訂正請求書(以下、「本件訂正請求書」という。)による訂正(以下、「本件訂正」という。)は、以下の訂正事項からなる。 (1)訂正事項1 訂正前の請求項1に、「質量%で、C:0.010?0.070%」とあるのを、「質量%で、C:0.010?0.053%」と訂正する。 (請求項1の記載を引用する請求項2も同様に訂正する。) (2)訂正事項2 訂正前の請求項1に、「N:0.010?0.060%」とあるのを、「N:0.020?0.060%」と訂正する。 (請求項1の記載を引用する請求項2も同様に訂正する。) (3)訂正事項3 訂正前の請求項1に、「残部がFe及び不可避的不純物からなることを特徴とするフェライト系ステンレス鋼板。」とあるのを、「残部がFe及び不可避的不純物からなることを特徴とする、Elが30%以上、r値が1.3以上、Δrが0.3以下、うねりの高さが5.0μm以下であるフェライト系ステンレス鋼板。ただし、うねりの高さとは、冷延焼鈍酸洗板の圧延方向からJIS5号引張試験片を採取し、試験片の片面を#600で仕上げ研磨し、試験片に20%の単軸引張の予歪を与えたのち、粗度計を用いて測定した試験片中央部の表面のうねりの高さである。」と訂正する。 (請求項1の記載を引用する請求項2も同様に訂正する。) (4)訂正事項4 訂正前の願書に添付した明細書の【0030】の表1、【0034】の表2、【0038】の表3の、鋼No.30の備考欄に「発明例」とあるのを、「参考例」に訂正する。 (5)訂正事項5 訂正前の願書に添付した明細書の【0036】の「良好な成形性と耐リジング性を有している実施例1の発明例No.5?10、19?26および30?34について、」とあるのを、「良好な成形性と耐リジング性を有している実施例1の発明例No.5?10、19?26および31?34について、」に訂正する。 (6)訂正事項6 訂正前の願書に添付した明細書の【0039】の「Siが0.28%以下かつMnが0.92%以下の鋼No.5?10、19?26および30?34は、」とあるのを、「Siが0.28%以下かつMnが0.92%以下の鋼No.5?10、19?26および31?34は、」に訂正する。 2 訂正の目的の適否、新規事項の有無、一群の請求項及び特許請求の範囲の拡張・変更の存否 (1)訂正事項1について 訂正事項1による訂正は、Cの含有量の上限値が質量%で0.070とあるのを0.053と訂正し、Cの含有量の範囲を減縮するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。 また、訂正前の願書に添付した明細書の【0030】の表1には鋼No.25のC含有量が0.053質量%であることが記載されているから、Cの含有量の上限値を質量%で0.053と訂正する訂正事項1は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲、又は図面に記載した事項の範囲内の訂正である。 そして、訂正事項1による訂正は、Cの含有量を更に限定するものであるから、実質上、特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。 (2)訂正事項2について 訂正事項2による訂正は、Nの含有量の下限値が質量%で0.010とあるのを0.020と訂正し、Nの含有量の範囲を減縮するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。 また、訂正前の願書に添付した明細書の【0020】には、Nはより好ましくは0.020?0.050%であることが記載されているから、Nの含有量の下限値を質量%で0.020と訂正する訂正事項2は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲、又は図面に記載した事項の範囲内の訂正である。 そして、訂正事項2による訂正は、Nの含有量を更に限定するものであるから、実質上、特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。 (3)訂正事項3について 訂正事項3による訂正は、訂正前のフェライト系ステンレス鋼板を、Elが30%以上、r値が1.3以上、Δrが0.3以下、うねりの高さが5.0μm以下であるものであり、ただし、うねりの高さとは、冷延焼鈍酸洗板の圧延方向からJIS5号引張試験片を採取し、試験片の片面を#600で仕上げ研磨し、試験片に20%の単軸引張の予歪を与えたのち、粗度計を用いて測定した試験片中央部の表面のうねりの高さであるものに訂正し、フェライト系ステンレス鋼板の特性を更に限定するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり、実質上、特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。 また、訂正前の願書に添付した明細書の【0032】には、フェライト系ステンレス鋼板を、Elが30%以上を合格とし、r値が1.3以上、Δrが0.3以下を合格とし、うねりの高さが5.0μm以下のA評価を合格とすること、ただし、うねりの高さは、冷延焼鈍酸洗板の圧延方向からJIS5号引張試験片を採取し、試験片の片面を#600で仕上げ研磨し、試験片に20%の単軸引張の予歪を与えたのち、粗度計を用いて測定した試験片中央部の表面のうねりの高さであることが記載されている。 そして、このことからみれば、訂正前の願書に添付した明細書には、フェライト系ステンレス鋼板が、Elが30%以上、r値が1.3以上、Δrが0.3以下、うねりの高さが5.0μm以下であること、ただし、うねりの高さとは、冷延焼鈍酸洗板の圧延方向からJIS5号引張試験片を採取し、試験片の片面を#600で仕上げ研磨し、試験片に20%の単軸引張の予歪を与えたのち、粗度計を用いて測定した試験片中央部の表面のうねりの高さであることが開示されているといえるから、訂正事項3による訂正は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲、又は図面に記載した事項の範囲内の訂正である。 (4)訂正事項4?6について 訂正事項4?6による訂正は、訂正事項1による訂正に伴って鋼No.30が「発明例」に該当しなくなることにより、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載との整合を図るものであるから、明瞭でない記載の釈明を目的とするものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではなく、さらに、願書に添付した明細書、特許請求の範囲、又は図面に記載した事項の範囲内の訂正である。 そして、本件訂正前の請求項2は、訂正前の請求項1を引用するものであるから、本件訂正後の請求項1?2は一群の請求項であり、訂正事項4?6は、訂正事項1?3に伴って本件特許明細書の【0030】、【0034】、【0036】、【0038】、【0039】の請求項1に対応する部分について訂正するものであるから、訂正後の請求項1及び請求項1を引用する請求項2を含めた一群の請求項1及び2の全てについて明細書を訂正するものである。 3 むすび したがって、訂正事項1?6からなる本件訂正は、特許法第120条の5第2項第1号又は第3号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同法同条第4項並びに第9項で準用する同法第126条第4項?第6項の規定に適合するので、訂正後の請求項〔1?2〕について訂正を認める。 なお、特許法第120条の5第7項の規定により、先にした平成28年12月21日付けの訂正請求書による訂正は取り下げられたものとみなす。 第3 本件特許発明 上記第2に記載したとおり、本件訂正は認められるから、特許5850090号の請求項1?2に係る発明(以下、それぞれ「本件特許発明1」?「本件特許発明2」といい、これらを総称して「本件特許発明」という。)は、それぞれ、本件訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲の請求項1?2に記載された事項により特定される以下のとおりのものである。 「【請求項1】 質量%で、C:0.010?0.053%、Si:0.05?0.28%、Mn:0.05?0.92%、P:0.040%以下、S:0.010%以下、Al:0.150%以下、Cr:14.00?20.00%、Ni:1.00%以下、N:0.020?0.060%を含有し、さらにV:0.005?0.100%、B:0.0001?0.0050%で、かつV/B≧10を満足して含有し、残部がFeおよび不可避不純物からなることを特徴とする、Elが30%以上、r値が1.3以上、Δrが0.3以下、うねりの高さが5.0μm以下であるフェライト系ステンレス鋼板。 ただし、うねりの高さとは、冷延焼鈍酸洗板の圧延方向からJIS5号引張試験片を採取し、試験片の片面を#600で仕上げ研磨し、試験片に20%の単軸引張の予歪を与えたのち、粗度計を用いて測定した試験片中央部の表面のうねりの高さである。 【請求項2】 V/B≧20を満足して含有することを特徴とする請求項1に記載のフェライト系ステンレス鋼板。」 第4 特許異議申立理由・取消理由の概要 1 特許異議申立理由 特許異議申立人が、平成28年 8月 2日付けの特許異議申立書において、以下の甲第1号証?甲第6号証を証拠方法として、本件訂正前の請求項1?2に係る特許について申立てた理由は、以下の申立理由1であると認める。 申立理由1:本件訂正前の請求項1?2に係る発明は、甲第1号証及び甲第2号証に記載された発明であるか、甲第1号証?甲第6号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明することができたものであるから、その特許は、特許法第29条第1項第3号または第2項の規定に違反してされたものである。 <証拠方法> 甲第1号証:特開2001-3143号公報 甲第2号証:特開平11-131191号公報 甲第3号証:ステンレス協会編、「ステンレス鋼便覧 第3版」、日刊工業新聞社、1995年 1月24日発行、p.527?529 甲第4号証:特開平9-271900号公報 甲第5号証:特開2011-140709号公報 甲第6号証:特開2011-184731号公報 2 平成28年11月15日付けの取消理由通知書で通知した理由 当審から平成28年11月15日付けの取消理由通知書で通知した取消理由は、以下の取消理由1-1?1-2である。 取消理由1-1:本件訂正前の請求項1?2に係る発明は、甲第1号証及び甲第2号証に記載された発明であるから、その特許は、特許法第29条第1項第3号の規定に違反してされたものである。 取消理由1-2:本件訂正前の請求項1?2に係る発明は、甲第1号証に記載された発明、甲第2号証に記載された発明と、甲第3号証?甲第6号証に記載された技術事項とに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、その特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。 3 平成29年 3月22日付けの取消理由通知書で通知した理由 当審から平成29年 3月22日付けの取消理由通知書で通知した取消理由は、以下の取消理由2-1?2-2である。 取消理由2-1:平成28年12月21日付け訂正請求書により訂正された請求項1?2に係る発明は、甲第1号証に記載された発明であるから、その特許は、特許法第29条第1項第3号の規定に違反してされたものである。 取消理由2-2:平成28年12月21日付け訂正請求書により訂正された請求項1?2に係る発明は、甲第1号証又は甲第2号証に記載された発明と、甲第3号証?甲第6号証に記載された技術事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、その特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。 第5 甲各号証の記載事項 特許異議申立人が証拠方法として提出した、甲第1号証?甲第6号証には、それぞれ、以下の事項が記載されている。 1 甲第1号証の記載事項 本件特許に係る優先日前に国内で頒布された甲第1号証である特開2001-3143号公報には以下の事項が記載されている。 (1-ア)「【請求項1】 重量%にて、 C:0.01?0.10%、 Si:0.05?0.50%、 Mn:0.05?1.00%、 Ni:0.01?0.50%、 Cr:10?20%、 Mo:0.005?0.50%、 Cu:0.01?0.50%、 V :0.001?0.50%、 Ti:0.001?0.50%、 Al:0.01?0.20%、 Nb:0.001?0.50%、 N :0.005?0.050%、 B:0.00010?0.00500%、 残部がFeおよび不可避的不純物よりなり、下記(1)式で示されるγpが40%以上で、かつN含有量が下記(2)式で示されるN^(*)以下の組成を有することを特徴とする加工性と表面性状に優れたフェライト系ステンレス鋼板。 γp=420C+470N+9Cu+7Mn-11.5Cr-11.5Si -12Mo-23V-47Nb-49Ti-52Al+189 … (1) N^(*)=Al(14/27)+V(14/51)+Ti(14/48) +Nb(14/93)+B(14/11) ………………………… (2)(1)式および(2)式において、C,N,Cu,Mn,Cr,Si,Mo,V,Nb,Ti,Al,B,は、それぞれの重量%である。」 (1-イ)「【0001】 【発明の属する技術分野】本発明は、プレス加工などの一般の加工性が良好で、かつ表面光沢に優れ、ローピングやチリメン皺の発生を抑制した表面性状の優れたフェライト系ステンレス鋼板、およびその製造方法に関するものである。」 (1-ウ)「【0009】 【発明の実施の形態】まず本発明鋼板の成分限定理由について説明する。Cは、0.10%を超えると素材が硬質化し加工性の劣化が生じ、0.01%未満では高純化のために精錬コストが高くなる。したがってCの範囲は0.01?0.10%とした。さらに経済性と材質特性を考慮すると0.01?0.08%とするのが望ましい。」 (1-エ)「【0012】Moは、耐食性を向上させるために0.005%以上添加するが、0.50%を超えると加工性の低下につながる。したがってMoの範囲は0.005?0.50%とした。さらに経済性を考慮すると0.005?0.10%が望ましい。Cuは、耐食性を向上させるために0.01%以上添加するが、0.50%を超えると加工性の低下につながる。したがってCuの範囲は0.01?0.50%とした。さらに経済性を考慮すると0.01?0.30%が望ましい。 【0013】Vは、TiやNbと同様に固溶C,Nを低減する作用があり、後記Tiの場合と同様の理由でVの範囲は0.001?0.50%とした。またV析出物起因の表面疵と経済性の観点から0.001?0.20%が望ましい。Tiは、凝固時にC,Nと結合し、それぞれTiC,TiNとして析出することで凝固中に等軸晶の形成核となるとともに、固溶C,Nを低減することで製品を軟質化し加工性を向上させる。Tiが0.001%以上でこれらの効果が生じるが、0.50%を超えると固溶Tiの増加による硬質化、Ti系介在物による表面疵が生じる。したがってTiの範囲は0.001?0.50%とした。さらに経済性、表面性状の観点から0.001?0.20%が望ましい。 【0014】Alは、焼鈍時にNと結合しAlNとして析出することで、固溶Nを低減することにより製品を軟質化し加工性を向上させる。Alが0.01%以上でこれらの効果が生じるが、0.20%を超えるとAl_(2)O_(3)系介在物が増加して耐銹性、加工性を劣化する。したがってAlの範囲は0.01?0.20%とした。Nbは、Ti同様に固溶C,Nを低減する作用があり、上記Tiの場合と同様の理由でNbの範囲は0.001?0.50%とした。またNb析出物起因の表面疵と経済性の観点から0.001?0.20%が望ましい。 【0015】Nは、0.050%を超えるとTi,Nb,Alなどとの窒化物析出による固溶N量低減効果が不十分となり硬質化する。また0.005%未満では高純化による精錬コストの増加につながる。したがってNの範囲は0.005?0.050%とした。さらに経済性と材質特性を考慮すると、0.008?0.030%が望ましい。」 (1-オ)「【0025】 【実施例】(1)表1および表2に示す成分からなるフェライト系ステンレス鋼の連続鋳造スラブから、熱間圧延と冷間圧延を行って薄板製品を製造した。熱延板の板厚は3.5mm、熱間圧延の仕上圧延終了温度は800℃、巻取温度は600℃である。熱延板焼鈍は、箱型炉により830℃で行い、ショットブラストと硝弗酸酸洗により脱スケールした。ついで0.5mmまで冷間圧延し、APラインで焼鈍と酸洗を行い、伸び率1.4%の調質圧延を行った。」 (1-カ)「【0030】 【表1】 ![]() 【0031】 【表2】 ![]() 【0032】【表3】 ![]() 」 (1-キ)「【0033】 【発明の効果】本発明鋼板は、代表的なフェライト系ステンレス鋼板として、家庭用、業務用、工業用の各種用途に広く採用されているSUS430系について、成分的にきめ細かな限定を行ったものであり、リジングが発生し難く、プレス加工などの一般の加工性が良好で、かつ表面光沢に優れ、ローピングやチリメン皺の発生を抑制した表面性状の優れた薄板製品が得られる。また本発明法は、本発明鋼板を製造するにあたり、熱延条件、熱延板の焼鈍および酸洗条件を限定したものであり、通常の製造設備により、安定した製造ができる。」 そして、上記(1-ア)?(1-キ)の記載によれば、甲第1号証にはフェライト系ステンレス鋼板に係る発明が記載されており、更に実施例のNo.1、14、15及び比較例のNo.23に注目すると、甲第1号証には、 「重量%で、C:0.060%、Si:0.16%、Mn:0.76%、P:0.03%、S:0.001%、Al:0.070%、Cr:16.2%、Ni:0.20%、N:0.021%、V:0.050%、B:0.00350%、Mo:0.01%、Cu:0.03%、Ti:0.005%、Nb:0.001%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなり、平均r値が1.1であるフェライト系ステンレス鋼板。」(以下、「甲1発明1」という。) 「重量%で、C:0.070%、Si:0.18%、Mn:0.09%、P:0.03%、S:0.001%、Al:0.050%、Cr:16.4%、Ni:0.15%、N:0.028%、V:0.080%、B:0.00480%、Mo:0.01%、Cu:0.02%、Ti:0.001%、Nb:0.010%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなるフェライト系ステンレス鋼板。」(以下、「甲1発明2」という。) 「重量%で、C:0.065%、Si:0.07%、Mn:0.62%、P:0.03%、S:0.001%、Al:0.050%、Cr:16.5%、Ni:0.10%、N:0.032%、V:0.050%、B:0.00110%、Mo:0.01%、Cu:0.03%、Ti:0.005%、Nb:0.010%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなるフェライト系ステンレス鋼板。」(以下、「甲1発明3」という。) 「重量%で、C:0.040%、Si:0.25%、Mn:0.41%、P:0.03%、S:0.001%、Al:0.100%、Cr:16.6%、Ni:0.11%、N:0.012%、V:0.070%、B:0.00350%、Mo:0.01%、Cu:0.02%、Ti:0.005%、Nb:0.010%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなるフェライト系ステンレス鋼板。」(以下、「甲1発明4」という。) がそれぞれ記載されていると認められる。 2 甲第2号証の記載事項 本件特許に係る優先日前に国内で頒布された甲第2号証である特開平11-131191号公報には以下の事項が記載されいる。 (2-ア)「【特許請求の範囲】 【請求項1】 フェライト系ステンレス鋼中に含まれる酸化物系介在物について、球体に近似したときの平均直径dを2μm以下、またAl_(2)O_(3)濃度Cを30wt%以下に制限すると共に、かかる微細な酸化物系介在物の板厚1/4平面における平均密度Dを0.01個/μm^(2)以下に抑制したことを特徴とする、耐リジング性に優れたフェライト系ステンレス鋼。」 (2-イ)「【0001】 【発明の属する技術分野】この発明は、耐リジング性に優れたフェライト系ステンレス鋼に関し、とくにフェライト系ステンレス鋼の製造過程で生成する酸化物系介在物について、その生成状態を適切に制御することによって、表面性状の劣化なしに耐リジング性の有利な改善を図ったものである。」 (2-ウ)「【0006】 【課題を解決するための手段】さて、発明者らは、上記の目的の実現に向けて鋭意研究を行った結果、フェライト系ステンレス鋼の製造過程で不可避的に生成する酸化物系介在物について、その生成状態を適切に制御することが、耐リジング性の改善に極めて有効であるとの知見を得た。この発明は、上記の知見に立脚するものである。」 (2-エ)「【0017】 【実施例】表1に示す成分組成になる鋼を溶製し、連続鋳造により200mm厚のスラブとした。その際、脱酸方法、鋳造条件を変えることによって、スラブの酸化物系介在物の生成状態を種々に変化させた。すなわち、脱酸に用いるスラグとしては、CaO-SiO_(2)-Al_(2)O_(3)のものを用い、介在物の形態を制御するためにスラグの組成を調整した。塩基度を1.7程度とし、かつスラグ中のAl_(2)O_(3)濃度を10wt%としたものは、MnO-SiO_(2)系介在物となり、一方塩基度を2.0超とし、かつスラグ中のAl_(2)O_(3)濃度を20wt%以上としたものは、Al_(2)O_(3)系介在物となった。この実験において、脱酸に要した時間は約30分であり、O量を40ppmまで低減させた。その後、溶鋼を鋳型に注入し、1.2m/minの速度で鋳造して鋳片とした。 【0018】ついで、これらの連鋳スラブを熱間圧延により4.0mm厚の熱延板とした。その後、これらの熱延板のうち、Aについては、860℃,8hの焼鈍後、徐冷処理を施し、B, Cについては1000℃,60s、Dについては960℃,60sの焼鈍後、空冷処理を施して熱延焼鈍板とした。ついで、これらの熱延焼鈍板を酸洗した後、冷間圧延により0.5mm厚の冷延板とした。さらに、これらの冷延板のうち、Aについては 810℃,30s、B, Cについては950℃,30s、Dについては880℃,30sの仕上げ焼鈍を施し、冷延焼鈍板とした。かくして得られた各冷延焼鈍板から、圧延方向と平行にJIS5号試験片を採取し、15%引張後のリジングの発生状況について調査した。また、各冷延焼鈍板の組織を走査型電子顕微鏡で200視野について観察ならびに同定を行い、酸化物系介在物の大きさ、組成および分布状態について調査した。得られた結果を表2に示す。 【0019】 【表1】 ![]() 【0020】【表2】 ![]() 」 (2-オ)「【0021】表2から明らかなように、この発明に従い、酸化物系介在物の球体近似平均直径を2μm以下、Al_(2)O_(3)濃度を30wt%以下に制限すると共に、かかる微細な酸化物系介在物の板厚1/4平面における平均密度を0.01個/μm^(2)以下に抑制したものはいずれも、耐リジング性が極めて良好で、またヘゲ疵の発生もほとんどなかった。 【0022】 【発明の効果】かくして、この発明によれば、表面性状の劣化を伴うことなしに、耐リジング性に優れたフェライト系ステンレス鋼を安定して得ることができ、その工業的価値は極めて大きい。」 そして、上記(2-ア)?(2-オ)の記載によれば、甲第2号証にはフェライト系ステンレス鋼に係る発明が記載されており、更に実施例の鋼種Aに注目すると、甲第2号証には、 「wt%で、C:0.0700%、Si:0.250%、Mn:0.70%、P:0.027%、S:0.008%、Al:0.002%、Cr:16.16%、Ni:0.35%、N:0.0222%、V:0.052%、B:0.0001%、Mo:0.018%、Cu:0.02%、Ti:0.001%、Nb:0.001%、O:0.0060%、を含有し、残部がFeおよび不可避不純物からなるフェライト系ステンレス鋼。」(以下、「甲2発明」という。) が記載されていると認められる。 3 甲第3号証の記載事項 本件特許に係る優先日前に国内で頒布された甲第3号証である、ステンレス協会編、「ステンレス鋼便覧 第3版」には以下の事項が記載されている。 (3-ア)「3.3.1 種類と特徴 Crを15?20%程度含む鋼種はフェライト系ステンレス鋼の代表的なものである。 JIS規格鋼とその組成を表3.7に、主要な外国規格鋼を表3.8にそれぞれ示す。」(第527ページ左欄第1行?第5行) (3-イ)「 ![]() 」(第527ページ) 4 甲第4号証の記載事項 本件特許に係る優先日前に国内で頒布された甲第4号証である特開平9-271900号公報には以下の事項が記載されている。 (4-ア)「【0012】 【発明の実施の形態】以下に、本発明を詳細に説明する。本発明者らは、フェライト系ステンレス鋼における線ヘゲ疵及びエッジシーム疵の発生過程を詳細に検討した。特に鋳片組織と疵発生の関係を調査し、組織的因子を明確にした。表1に示す代表的なフェライト系ステンレス鋼であるSUS430鋼の連続鋳造鋳片(スラブ厚250mm)を熱間圧延機で3mmまで圧延する間に数段階で中断し、各段階における試験片横断面の短辺部の凹凸を調査した。 【表1】 ![]() 」 5 甲第5号証の記載事項 本件特許に係る優先日前に国内で頒布された甲第5号証である特開2011-140709号公報には以下の事項が記載されている。 (5-ア)「【特許請求の範囲】 【請求項1】 C:0.015mass%以下、 Si:0.4?1.0mass%、 Mn:1.0mass%以下、 P:0.040mass%以下、 S:0.010mass%以下、 Cr:16?23mass%、 Al:0.2?1.0mass%、 N:0.015mass%以下、 Cu:1.0?2.5mass%、 Nb:0.3?0.65mass%、 Ti:0.5mass%以下、 Mo:0.1mass%以下、 W:0.1mass%以下を含有し、かつ SiとAlとがSi(mass%)≧Al(mass%)を満たして含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなるフェライト系ステンレス鋼。」 (5-イ)「【0056】 Mo:0.1mass%以下 Moは、高価な元素であり、本発明の趣旨からも積極的な添加は行わない。しかし、原料であるスクラップ等から0.1mass%以下混入することがある。よって、Moは0.1mass%以下とする。」 6 甲第6号証の記載事項 本件特許に係る優先日前に国内で頒布された甲第6号証である特開2011-184731号公報には以下の事項が記載されている。 (6-ア)「【特許請求の範囲】 【請求項1】 質量%で、 C:0.030%以下、N:0.030%以下、Si:0.4%以下、Mn:0.01?0.5%、P:0.05%以下、S:0.01%以下、Cr:16?24%、Mo:0.3?3%、Ti:0.05?0.25%、Nb:0.05?0.50%、Al:0.01?0.2%、Cu:0.4%以下を含有し、残部はFeおよび不可避的不純物からなり、且つ(A)式:Cr+Mo+10Ti≧18、および(B)式:Si+Cu≦0.5を満たすことを特徴とする、炭化水素燃焼排ガスから発生する凝縮水環境における耐食性に優れる高耐食性フェライト系ステンレス鋼。 ただし、式中のCr、Mo、Ti、Si、Cuは、それぞれの元素の含有量(質量%)を意味する。」 (6-イ)「【0027】 Cuは、スクラップを原料として用いた場合に不可避不純物として0.01%以上含まれ得る。ただし、本環境においてはCuは腐食を促進させるため望ましくない。その理由は前述のように一度腐食が開始した場合、溶出したCuイオンがカソード反応を促進させるためと推定される。そのためCuは少ないほど望ましいため、その範囲を0.4%以下とした。より望ましくは、0.10%以下である。」 第6 当審の判断 1 平成28年11月15日付け及び平成29年 3月22日付けで当審から通知した取消理由について 平成28年11月15日付けで当審から通知した取消理由は、上記取消理由1-1、取消理由1-2に記載のとおりであり、平成29年 3月22日付けで当審から通知した取消理由は、上記取消理由2-1、取消理由2-2に記載のとおりであって、要するに、本件特許発明1?2が甲第1号証に記載された発明又は甲第2号証に記載された発明である、又は、本件特許発明1?2が、甲第1号証に記載された発明又は甲第2号証に記載された発明と、甲第3号証?甲第6号証に記載された技術事項とに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである、というものであるから、本件特許発明1?2が甲第1号証に記載された発明又は甲第2号証に記載された発明であるか否か、又は、本件特許発明1?2が、甲第1号証に記載された発明又は甲第2号証に記載された発明と、甲第3号証?甲第6号証に記載された技術事項とに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるか否かについて、以下検討する。 1-1 甲第1号証に記載された発明を主引用発明とする場合について (1)本件特許発明1について (1-1)本件特許発明1と甲1発明1との対比 ア 本件特許発明1と甲1発明1とを対比すると、両者はフェライト系ステンレス鋼板の組成が、質量%で、Si:0.16%、Mn:0.76%、P:0.03%、S:0.001%、Al:0.070%、Cr:16.2%、Ni:0.20%、N:0.021%、V:0.050%、B:0.00350%である点で両者は重複している。 イ また、甲1発明1において、 V/B =0.050/0.00350 =14.286 であるから、甲1発明1の組成は、V/B≧10を満足する。 ウ してみると、両者は、「質量%で、Si:0.16%、Mn:0.76%、P:0.03%、S:0.001%、Al:0.070%、Cr:16.2%、Ni:0.20%、N:0.021%を含有し、さらにV:0.050%、B:0.00350%で、かつV/B≧10を満足して含有し、残部がFeおよび不可避不純物からなるフェライト系ステンレス鋼板。」の点で一致する。 エ 一方、両者は、以下の点で相違する。 相違点1:フェライト系ステンレス鋼板におけるCの含有量について、本件特許発明1が「0.010?0.053%」であるのに対し、甲1発明1は「0.060%」である点 相違点2:フェライト系ステンレス鋼板の組成について、本件特許発明1がMo、Cu、Ti、Nbを含まないのに対し、甲1発明1は、Mo:0.01%、Cu:0.03%、Ti:0.005%、Nb:0.001%を含有する点。 相違点3:フェライト系ステンレス鋼板の加工特性が、本件特許発明1が「Elが30%以上、r値が1.3以上、Δrが0.3以下、うねりの高さが5.0μm以下であり、ただし、うねりの高さとは、冷延焼鈍酸洗板の圧延方向からJIS5号引張試験片を採取し、試験片の片面を#600で仕上げ研磨し、試験片に20%の単軸引張の予歪を与えたのち、粗度計を用いて測定した試験片中央部の表面のうねりの高さである」のに対して、甲1発明1は平均r値が1.1である点。 オ そこで、これらの相違点について検討する。 (1-1-1)相違点1について ア 上記(1-ウ)によれば、甲第1号証に記載される発明は、Cは、0.10%を超えると素材が硬質化し加工性の劣化が生じ、0.01%未満では高純化のために精錬コストが高くなることから、Cの範囲を0.01?0.10%とするものである。 これに対して、本件特許明細書には、Cは、鋼中に固溶して熱間圧延中のオーステナイト相安定化に寄与するとともに、Crと結合してCr炭化物、あるいはCr炭窒化物として結晶粒内や結晶粒界等に析出するもので、Cが0.010%未満では、V(C,N)といった炭窒化物や炭化物の微細析出による結晶粒の微細化効果が得られない一方、Cが0.070%を超えると、Cr炭化物量、あるいはCr炭窒化物量が増加しすぎて、鋼板が硬質化し成形加工性が低下するうえ、発錆の起点となる脱Cr層や粗大な析出物、介在物が増加するから、Cは0.010%?0.070%とし、より好ましくは、0.020?0.040%とすることが記載されている(【0012】)。 イ これらのことからみれば、フェライト系ステンレス鋼板におけるCの含有量の相違はその加工特性に影響を与えるものであるから、Cの含有量の相違に関する相違点1は実質的な相違点というべきものである。 ウ ここで、本件特許明細書には、フェライト系ステンレス鋼板の組成を本件特許発明1で特定されるものとすることにより、「Elが30%以上、r値が1.3以上、Δrが0.3以下、うねりの高さが5.0μm以下」とすることができることが記載されているといえる(【0007】、【0010】?【0022】、【0029】?【0035】)。 そして、フェライト系ステンレス鋼板の組成のうち本件特許発明1で特定されるCの含有量は「0.010?0.053%」である。 エ これに対して、上記(3-ア)?(3-イ)の記載によれば、甲第3号証には、SUS430がMo、Cu、Ti、Nbを実質的に含まないことが記載され、上記(4-ア)の記載によれば、甲第4号証には、SUS430鋼がCu:0.03重量%、Mo:0.05重量%を含み、Ti、Nbを実質的に含まないことが記載されている。 また、上記(5-ア)、(5-イ)の記載によれば、甲第5号証には、フェライト系ステンレス鋼において、原料であるスクラップ等からMoが0.1mass%以下混入することがあることが記載され、上記(6-ア)、(6-イ)の記載によれば,甲第6号証には、フェライト系ステンレス鋼において、スクラップを原料として用いた場合にCuが不可避不純物として0.01%以上含まれ得ることが記載されている。 オ ところが、甲第3号証?甲第6号証の記載をみても、甲1発明1においてCの含有量を「0.010?0.053%」とすることにより、El、r値、Δr、うねりの高さという4つの変数の全てを最適な範囲に調節できることが導出されるものではないから、甲1発明1において、Cの含有量を「0.010?0.053%」とすることにより、フェライト系ステンレス鋼板の「Elが30%以上、r値が1.3以上、Δrが0.3以下、うねりの高さが5.0μm以下」という特定事項を全て満足できることが、当業者に予測可能であるとはいえない。 カ 以上から、甲1発明1においてフェライト系ステンレス鋼板のCの含有量を「0.010?0.053%」とすることを、甲第3号証?甲第6号証の記載事項に基づいて当業者が容易になし得るとはいえないから、甲1発明1において、相違点1に係る本件特許発明1の発明特定事項について、当業者が容易に想到することができるとはいえない。 (1-1-2)相違点2について ア 上記(1-エ)によれば、甲第1号証には、Moは、耐食性を向上させるために0.005%以上添加するが、0.50%を超えると加工性の低下につながることから、Moの範囲は0.005?0.50%とすること、Cuは、耐食性を向上させるために0.01%以上添加するが、0.50%を超えると加工性の低下につながることから、Cuの範囲は0.01?0.50%とすること、Tiは、凝固時にC,Nと結合し、それぞれTiC,TiNとして析出することで凝固中に等軸晶の形成核となるとともに、固溶C,Nを低減することで製品を軟質化し加工性を向上させるものであり、0.001%以上でこれらの効果が生じるが、0.50%を超えると固溶Tiの増加による硬質化、Ti系介在物による表面疵が生じることから、Tiの範囲は0.001?0.50%とすること、Nbは、Ti同様に固溶C,Nを低減する作用があり、上記Tiの場合と同様の理由でNbの範囲は0.001?0.50%とすることが記載されている。 イ このことからみれば、甲1発明1に係るフェライト系ステンレス鋼板におけるMo、Cu、Ti、Nbは、耐食性を向上させる、または加工性を向上させる、という目的のために添加されるものであり、これらの元素の含有の有無はフェライト系ステンレス鋼板の加工特性に影響を与えるものであるから、相違点2は実質的な相違点というべきものである。 ウ また、甲1発明1に係るフェライト系ステンレス鋼板におけるMo、Cu、Ti、Nbは、耐食性を向上させる、または加工性を向上させる、という目的のために添加されるものであるから、甲1発明1においてフェライト系ステンレス鋼をMo、Cu、Ti、Nbを含まないものとすることは、甲1発明1の加工特性や耐食性を損なうおそれがあるものといえる。 エ ここで、上記(3-ア)?(3-イ)の記載によれば、甲第3号証には、SUS430がMo、Cu、Ti、Nbを実質的に含まないことが記載され、上記(4-ア)の記載によれば、甲第4号証には、SUS430鋼がCu:0.03重量%、Mo:0.05重量%を含み、Ti、Nbを実質的に含まないことが記載されている。 ところが、そうであるからといって、甲1発明1において、加工特性や耐食性を損なうおそれがあるにもかかわらず、フェライト系ステンレス鋼板をMo、Cu、Ti、Nbを含まないものとすることを、甲第3号証及び甲第4号証の記載に基づいて当業者がなし得るとはいえない。 また、上記(5-ア)、(5-イ)の記載によれば、甲第5号証には、フェライト系ステンレス鋼において、原料であるスクラップ等からMoが0.1mass%以下混入することがあることが記載され、上記(6-ア)、(6-イ)の記載によれば,甲第6号証には、フェライト系ステンレス鋼において、スクラップを原料として用いた場合にCuが不可避不純物として0.01%以上含まれ得ることが記載されている。 そして、これらの記載は、フェライト系ステンレス鋼の原料にスクラップを用いた場合に、MoやCuが混入することを開示するものであるが、本件特許発明1が原料にスクラップを用いるものとはいえないから、本件特許発明1がスクラップに由来するMoやCuを含むものとはいえない。 また、甲1発明1において、加工特性や耐食性を損なうおそれがあるにもかかわらず、甲第5号証?甲第6号証の記載事項に基づいて、フェライト系ステンレス鋼板をMo、Cu、Ti、Nbを含まないものとすることを、当業者が容易になし得るともいえない。 オ そうすると、甲1発明1においてフェライト系ステンレス鋼板をMo、Cu、Ti、Nbを含まないものとすることを、甲第3号証?甲第6号証の記載事項に基づいて当業者が容易になし得るとはいえないから、甲1発明1において、相違点2に係る本件特許発明1の発明特定事項について、当業者が容易に想到することができるとはいえない。 (1-1-3)相違点3について ア 相違点1及び相違点2が実質的な相違点であることは上記「(1-1-1)相違点1についてイ」、「(1-1-2)相違点2についてイ」に記載のとおりであるから、本件特許発明1に係るフェライト系ステンレス鋼板の組成と甲1発明1に係るフェライト系ステンレス鋼板の組成とは実質的に異なるものである。 イ そして、このことと、上記「(1-1-1)相違点1についてウ」の検討事項からみれば、甲1発明1が相違点3に係る本件特許発明1の発明特定事項を満足するものとはいえないので、相違点3は実質的な相違点というべきものである。 ウ また、甲第3号証?甲第6号証の記載をみても、甲1発明1において、Cの含有量を「0.010?0.053%」とすることにより、フェライト系ステンレス鋼板の「Elが30%以上、r値が1.3以上、Δrが0.3以下、うねりの高さが5.0μm以下」という特定事項を全て満足できることが当業者に予測可能であるとはいえないことは、上記「(1-1-1)相違点1についてオ」に記載のとおりであるから、甲1発明1において、フェライト系ステンレス鋼板の加工特性を、「Elが30%以上、r値が1.3以上、Δrが0.3以下、うねりの高さが5.0μm以下」とすることを、甲第3号証?甲第6号証の記載事項に基づいて当業者が容易になし得るとはいえない。 したがって、甲1発明1において、相違点3に係る本件特許発明1の発明特定事項について、当業者が容易に想到することができるとはいえない。 以上を総合すれば、本件特許発明1は甲1発明1と同一であるということができず、甲1発明1及び甲第3号証?甲第6号証に記載された技術事項とに基づいて当業者が容易に発明をすることができたということもできない。 (1-2)本件特許発明1と甲1発明2との対比 ア 本件特許発明1と甲1発明2とを対比すると、両者はフェライト系ステンレス鋼板の組成が、質量%で、Si:0.18%、Mn:0.09%、P:0.03%、S:0.001%、Al:0.050%、Cr:16.4%、Ni:0.15%、N:0.028%、V:0.080%、B:0.00480%である点で両者は重複している。 イ また、甲1発明2において、 V/B =0.080/0.00480 =16.667 であるから、甲1発明2の組成は、V/B≧10を満足する。 ウ してみると、両者は、「質量%で、Si:0.18%、Mn:0.09%、P:0.03%、S:0.001%、Al:0.050%、Cr:16.4%、Ni:0.15%、N:0.028%を含有し、さらにV:0.080%、B:0.00480%で、かつV/B≧10を満足して含有し、残部がFeおよび不可避不純物からなるフェライト系ステンレス鋼板。」の点で一致する。 エ 一方、両者は、以下の点で相違する。 相違点1’:フェライト系ステンレス鋼板におけるCの含有量について、本件特許発明1が「0.010?0.053%」であるのに対し、甲1発明2は「0.070%」である点 相違点2’:フェライト系ステンレス鋼板の組成について、本件特許発明1がMo、Cu、Ti、Nbを含まないのに対し、甲1発明2は、Mo:0.01%、Cu:0.02%、Ti:0.001%、Nb:0.010%を含有する点。 相違点3’:フェライト系ステンレス鋼板の加工特性が、本件特許発明1が「Elが30%以上、r値が1.3以上、Δrが0.3以下、うねりの高さが5.0μm以下であり、ただし、うねりの高さとは、冷延焼鈍酸洗板の圧延方向からJIS5号引張試験片を採取し、試験片の片面を#600で仕上げ研磨し、試験片に20%の単軸引張の予歪を与えたのち、粗度計を用いて測定した試験片中央部の表面のうねりの高さである」のに対して、甲1発明2はそのような発明特定事項を満足することは記載されていない点。 オ そこで、これらの相違点について検討する。 (1-2-1)相違点1’について ア フェライト系ステンレス鋼板におけるCの含有量は、その加工特性に影響を与えるものであるから、Cの含有量の相違に関する相違点1は実質的な相違点というべきものであることは、上記「(1-1-1)相違点1についてイ」に記載のとおりである。 そして、相違点1’もCの含有量の相違に関するものであるから、同様の理由により実質的な相違点といえる。 イ また、甲1発明1においてフェライト系ステンレス鋼板のCの含有量を「0.010?0.053%」とすることを、甲第3号証?甲第6号証の記載事項に基づいて当業者が容易になし得るとはいえないことは、上記「(1-1-1)相違点1についてカ」に記載のとおりである。 そして、相違点1’もCの含有量の相違に関するものであるから、同様の理由により、甲1発明2においてフェライト系ステンレス鋼板のCの含有量を「0.010?0.053%」とすることを、甲第3号証?甲第6号証の記載事項に基づいて当業者が容易になし得るとはいえないので、相違点1’に係る本件特許発明1の発明特定事項について、当業者が容易に想到することができるとはいえない。 (1-2-2)相違点2’について ア 甲1発明1に係るフェライト系ステンレス鋼板におけるMo、Cu、Ti、Nbは、耐食性を向上させる、または加工性を向上させる、という目的のために添加されるものであり、これらの元素の含有の有無はフェライト系ステンレス鋼板の加工特性に影響を与えるものであるから、相違点2は実質的な相違点といえることは、上記「(1-1-2)相違点2についてイ」に記載のとおりである。 そして、相違点2’もMo、Cu、Ti、Nbの含有の有無に関するものであるから、同様の理由により実質的な相違点といえる。 イ また、甲1発明1において、フェライト系ステンレス鋼板をMo、Cu、Ti、Nbを含まないものとすることを、甲第3号証?甲第6号証の記載事項に基づいて当業者が容易になし得るとはいえないことは、上記「(1-1-2)相違点2についてオ」に記載のとおりである。 そして、相違点2’もMo、Cu、Ti、Nbの含有の有無に関するものであるから、同様の理由により、甲1発明2においてフェライト系ステンレス鋼板をMo、Cu、Ti、Nbを含まないものとすることを、甲第3号証?甲第6号証の記載事項に基づいて当業者が容易になし得るとはいえないから、甲1発明2において、相違点2’に係る本件特許発明1の発明特定事項について、当業者が容易に想到することができるとはいえない。 (1-2-3)相違点3’について ア 甲1発明1に係るフェライト系ステンレス鋼板の組成は、本件特許発明1で特定されるものとは異なるものであり、このことと、上記「(1-1-1)相違点1についてウ」の検討事項からみれば、甲1発明1が相違点3に係る本件特許発明1の発明特定事項を満足するものとはいえないので、相違点3は実質的な相違点というべきものであることは、上記「(1-1-3)相違点3についてア、イ」に記載のとおりである。 イ そして、上記「(1-2-1)相違点1’についてア」及び「(1-2-2)相違点2’についてア」の検討事項からみれば、甲1発明2に係るフェライト系ステンレス鋼板の組成も、本件特許発明1に係るフェライト系ステンレス鋼板の組成と実質的に異なるものであり、かつ、相違点3’は相違点3と同じものであるから、上記「(1-1-3)相違点3についてア、イ」に記載したのと同様の理由により、甲1発明2が相違点3’に係る本件特許発明1の発明特定事項を満足するものとはいえない。 そうすると、相違点3’は実質的な相違点である。 ウ また、甲1発明1において、相違点3に係る本件特許発明1の発明特定事項について当業者が容易に想到することができるとはいえないことは、上記「(1-1-3)相違点3についてウ」に記載のとおりである。 そして、相違点3’は相違点3と同じものであるから、同様の理由により、甲1発明2において、相違点3’に係る本件特許発明1の発明特定事項についても、当業者が容易に想到することができるとはいえない。 以上を総合すれば、本件特許発明1は甲1発明2と同一であるということができず、甲1発明2及び甲第3号証?甲第6号証に記載された技術事項とに基づいて当業者が容易に発明をすることができたということもできない。 (1-3)本件発明1と甲1発明3との対比 ア 本件特許発明1と甲1発明3とを対比すると、両者はフェライト系ステンレス鋼板の組成が、質量%で、Si:0.07%、Mn:0.62%、P:0.03%、S:0.001%、Al:0.050%、Cr:16.5%、Ni:0.10%、N:0.032%、V:0.050%、B:0.00110%である点で両者は重複している。 イ また、甲1発明3において、 V/B =0.050/0.00110 =45.455 であるから、甲1発明3の組成は、V/B≧10を満足する。 ウ してみると、両者は、「質量%で、Si:0.07%、Mn:0.62%、P:0.03%、S:0.001%、Al:0.050%、Cr:16.5%、Ni:0.10%、N:0.032%を含有し、さらにV:0.050%、B:0.00110%で、かつV/B≧10を満足して含有し、残部がFeおよび不可避不純物からなるフェライト系ステンレス鋼板。」の点で一致する。 エ 一方、両者は、以下の点で相違する。 相違点1’’:フェライト系ステンレス鋼板におけるCの含有量について、本件特許発明1が「0.010?0.053%」であるのに対し、甲1発明3は「0.065%」である点 相違点2’’:フェライト系ステンレス鋼の組成について、本件特許発明1がMo、Cu、Ti、Nbを含まないのに対し、甲1発明3は、Mo:0.01%、Cu:0.03%、Ti:0.005%、Nb:0.010%を含有する点。 相違点3’’:フェライト系ステンレス鋼の加工特性が、本件特許発明1が「Elが30%以上、r値が1.3以上、Δrが0.3以下、うねりの高さが5.0μm以下であり、ただし、うねりの高さとは、冷延焼鈍酸洗板の圧延方向からJIS5号引張試験片を採取し、試験片の片面を#600で仕上げ研磨し、試験片に20%の単軸引張の予歪を与えたのち、粗度計を用いて測定した試験片中央部の表面のうねりの高さである」のに対して、甲1発明3はそのような発明特定事項を満足することは記載されていない点。 オ そこで、これらの相違点について検討する。 (1-3-1)相違点1’’について ア フェライト系ステンレス鋼板におけるCの含有量は、その加工特性に影響を与えるものであるから、Cの含有量の相違に関する相違点1は実質的な相違点というべきものであることは、上記「(1-1-1)相違点1についてイ」に記載のとおりである。 そして、相違点1’’もCの含有量の相違に関するものであるから、同様の理由により実質的な相違点といえる。 イ また、甲1発明1においてフェライト系ステンレス鋼板のCの含有量を「0.010?0.053%」とすることを、甲第3号証?甲第6号証の記載事項に基づいて当業者が容易になし得るとはいえないことは、上記「(1-1-1)相違点1についてカ」に記載のとおりである。 そして、相違点1’’もCの含有量の相違に関するものであるから、同様の理由により、甲1発明3においてフェライト系ステンレス鋼板のCの含有量を「0.010?0.053%」とすることを、甲第3号証?甲第6号証の記載事項に基づいて当業者が容易になし得るとはいえないので、相違点1’’に係る本件特許発明1の発明特定事項について、当業者が容易に想到することができるとはいえない。 (1-3-2)相違点2’’について ア 甲1発明1に係るフェライト系ステンレス鋼板におけるMo、Cu、Ti、Nbは、耐食性を向上させる、または加工性を向上させる、という目的のために添加されるものであり、これらの元素の含有の有無はフェライト系ステンレス鋼板の加工特性に影響を与えるものであるから、相違点2は実質的な相違点といえるので、本件特許発明1が甲1発明1であるとはいえないことは、上記「(1-1-2)相違点2についてイ」に記載のとおりである。 そして、相違点2’’もMo、Cu、Ti、Nbの含有の有無に関するものであるから、同様の理由により実質的な相違点といえる。 イ また、甲1発明1において、フェライト系ステンレス鋼板をMo、Cu、Ti、Nbを含まないものとすることを、甲第3号証?甲第6号証の記載事項に基づいて当業者が容易になし得るとはいえないことは、上記「(1-1-2)相違点2についてオ」に記載のとおりである。 そして、相違点2’’もMo、Cu、Ti、Nbの含有の有無に関するものであるから、同様の理由により、甲1発明3においてフェライト系ステンレス鋼板をMo、Cu、Ti、Nbを含まないものとすることを、甲第3号証?甲第6号証の記載事項に基づいて当業者が容易になし得るとはいえないから、甲1発明3において、相違点2’’に係る本件特許発明1の発明特定事項について、当業者が容易に想到することができるとはいえない。 (1-3-3)相違点3’’について ア 甲1発明1に係るフェライト系ステンレス鋼板の組成は、本件特許発明1で特定されるものとは異なるものであり、このことと、上記「(1-1-1)相違点1についてウ」の検討事項からみれば、甲1発明1が相違点3に係る本件特許発明1の発明特定事項を満足するものとはいえないので、相違点3は実質的な相違点というべきものであることは、上記「(1-1-3)相違点3についてア、イ」に記載のとおりである。 イ そして、上記「(1-3-1)相違点1’’についてア」及び「(1-3-2)相違点2’’についてア」の検討事項からみれば、甲1発明3に係るフェライト系ステンレス鋼板の組成も、本件特許発明1に係るフェライト系ステンレス鋼板の組成と実質的に異なるものであり、かつ、相違点3’’は相違点3と同じものであるから、上記「(1-1-3)相違点3についてア、イ」に記載したのと同様の理由により、甲1発明3が相違点3’’に係る本件特許発明1の発明特定事項を満足するものとはいえない。 そうすると、相違点3’’は実質的な相違点である。 ウ また、甲1発明1において、相違点3に係る本件特許発明1の発明特定事項について当業者が容易に想到することができるとはいえないことは、上記「(1-1-3)相違点3についてウ」に記載のとおりである。 そして、相違点3’’は相違点3と同じものであるから、同様の理由により、甲1発明3において、相違点3’’に係る本件特許発明1の発明特定事項についても、当業者が容易に想到することができるとはいえない。 以上を総合すれば、本件特許発明1は甲1発明3と同一であるということができず、甲1発明3及び甲第3号証?甲第6号証に記載された技術事項とに基づいて当業者が容易に発明をすることができたということもできない。 (1-4)本件発明1と甲1発明4との対比 ア 本件特許発明1と甲1発明4とを対比すると、両者はフェライト系ステンレス鋼板の組成が、質量%で、C:0.040%、Si:0.25%、Mn:0.41%、P:0.03%、S:0.001%、Al:0.100%、Cr:16.6%、Ni:0.11%、V:0.070%、B:0.00350%である点で両者は重複している。 イ また、甲1発明4において、 V/B =0.070/0.00350 =20.000 であるから、甲1発明4の組成は、V/B≧10を満足する。 ウ してみると、両者は、「質量%で、C:0.040%、Si:0.25%、Mn:0.41%、P:0.03%、S:0.001%、Al:0.100%、Cr:16.6%、Ni:0.11%を含有し、さらにV:0.070%、B:0.00350%で、かつV/B≧10を満足して含有し、残部がFeおよび不可避不純物からなるフェライト系ステンレス鋼板。」の点で一致する。 エ 一方、両者は、以下の点で相違する。 相違点1’’’:フェライト系ステンレス鋼板の組成におけるNの含有量について、本件特許発明1が「0.020?0.060%」であるのに対し、甲1発明4は「0.012%」である点 相違点2’’’:フェライト系ステンレス鋼の組成について、本件特許発明1がMo、Cu、Ti、Nbを含まないのに対し、甲1発明4は、Mo:0.01%、Cu:0.02%、Ti:0.005%、Nb:0.010%を含有する点。 相違点3’’’:フェライト系ステンレス鋼の加工特性が、本件特許発明1が「Elが30%以上、r値が1.3以上、Δrが0.3以下、うねりの高さが5.0μm以下であり、ただし、うねりの高さとは、冷延焼鈍酸洗板の圧延方向からJIS5号引張試験片を採取し、試験片の片面を#600で仕上げ研磨し、試験片に20%の単軸引張の予歪を与えたのち、粗度計を用いて測定した試験片中央部の表面のうねりの高さである」のに対して、甲1発明4はそのような発明特定事項を満足することは記載されていない点。 オ そこで、これらの相違点について検討する。 (1-4-1)相違点1’’’について ア 上記(1-エ)によれば、甲第1号証に記載される発明は、Nは、0.050%を超えるとTi,Nb,Alなどとの窒化物析出による固溶N量低減効果が不十分となり硬質化するものであり、0.005%未満では高純化による精錬コストの増加につながるものである。 これに対して、本件明細書には、Nは、Cと同様に、鋼中に固溶して熱間圧延中のオーステナイト相の安定化に寄与するとともに、Crと結合してCr窒化物、あるいはCr炭窒化物として結晶粒内や結晶粒界等に析出するものであり、Nが0.010%未満では、熱間圧延中のオーステナイト相分率が低下し、そのため最終的な製品である冷延鋼板においてリジングの発生が顕著となり、成形加工性が劣化する一方、0.060%を超えて含有すると、Cr窒化物量、あるいはCr炭窒化物量が増加しすぎて、鋼板が硬質化し伸びが低下するので、Nは0.010?0.060%とすることが記載されている(【0020】)。 イ これらのことからみれば、フェライト系ステンレス鋼板におけるNの含有量の相違は、その加工特性に影響を与えるものであるから、Nの含有量の相違に関する相違点1’’’は実質的な相違点というべきものである。 ウ ここで、本件特許明細書には、フェライト系ステンレス鋼板の組成を本件特許発明1で特定されるものとすることにより、「Elが30%以上、r値が1.3以上、Δrが0.3以下、うねりの高さが5.0μm以下」とすることができることが記載されているといえる(【0007】、【0010】?【0022】、【0029】?【0035】)。 そして、フェライト系ステンレス鋼板の組成のうち本件特許発明1で特定されるNの含有量は「0.020?0.060%」である。 エ これに対して、上記(3-ア)?(3-イ)の記載によれば、甲第3号証には、SUS430がMo、Cu、Ti、Nbを実質的に含まないことが記載され、上記(4-ア)の記載によれば、甲第4号証には、SUS430鋼がCu:0.03重量%、Mo:0.05重量%を含み、Ti、Nbを実質的に含まないことが記載されている。 また、上記(5-ア)、(5-イ)の記載によれば、甲第5号証には、フェライト系ステンレス鋼において、原料であるスクラップ等からMoが0.1mass%以下混入することがあることが記載され、上記(6-ア)、(6-イ)の記載によれば,甲第6号証には、フェライト系ステンレス鋼において、スクラップを原料として用いた場合にCuが不可避不純物として0.01%以上含まれ得ることが記載されている。 オ ところが、甲第3号証?甲第6号証の記載をみても、甲1発明4においてNの含有量を「0.020?0.060%」とすることにより、El、r値、Δr、うねりの高さという4つの変数の全てを最適な範囲に調節できることが導出されるものではないから、甲1発明4において、Nの含有量を「0.020?0.060%」とすることにより、フェライト系ステンレス鋼板の「Elが30%以上、r値が1.3以上、Δrが0.3以下、うねりの高さが5.0μm以下」という特定事項を全て満足できることが、当業者に予測可能であるとはいえない。 カ 以上から、甲1発明1においてフェライト系ステンレス鋼板のNの含有量を「0.020?0.060%」とすることを、甲第3号証?甲第6号証の記載事項に基づいて当業者が容易になし得るとはいえないから、甲1発明4において、相違点1’’’に係る本件特許発明1の発明特定事項について、当業者が容易に想到することができるとはいえない。 (1-4-2)相違点2’’’について ア 甲1発明1に係るフェライト系ステンレス鋼板におけるMo、Cu、Ti、Nbは、耐食性を向上させる、または加工性を向上させる、という目的のために添加されるものであり、これらの元素の含有の有無はフェライト系ステンレス鋼板の加工特性に影響を与えるものであるから、相違点2は実質的な相違点といえるので、本件特許発明1が甲1発明1であるとはいえないことは、上記「(1-1-2)相違点2についてイ」に記載のとおりである。 そして、相違点2’’’もMo、Cu、Ti、Nbの含有の有無に関するものであるから、同様の理由により実質的な相違点といえる。 イ また、甲1発明1において、フェライト系ステンレス鋼板をMo、Cu、Ti、Nbを含まないものとすることを、甲第3号証?甲第6号証の記載事項に基づいて当業者が容易になし得るとはいえないことは、上記「(1-1-2)相違点2についてオ」に記載のとおりである。 そして、相違点2’’’もMo、Cu、Ti、Nbの含有の有無に関するものであるから、同様の理由により、甲1発明4においてフェライト系ステンレス鋼板をMo、Cu、Ti、Nbを含まないものとすることを、甲第3号証?甲第6号証の記載事項に基づいて当業者が容易になし得るとはいえないから、甲1発明4において、相違点2’’’に係る本件特許発明1の発明特定事項について、当業者が容易に想到することができるとはいえない。 (1-4-3)相違点3’’’について ア 甲1発明1に係るフェライト系ステンレス鋼板の組成は、本件特許発明1で特定されるものとは異なるものであり、このことと、上記「(1-1-1)相違点1についてウ」の検討事項からみれば、甲1発明1が相違点3に係る本件特許発明1の発明特定事項を満足するものとはいえないので、相違点3は実質的な相違点というべきものであることは、上記「(1-1-3)相違点3についてア、イ」に記載のとおりである。 イ そして、上記「(1-4-1)相違点1’’’についてア」及び「(1-4-2)相違点2’’’についてア」の検討事項からみれば、甲1発明4に係るフェライト系ステンレス鋼板の組成も、本件特許発明1に係るフェライト系ステンレス鋼板の組成と実質的に異なるものであり、かつ、相違点3’’’は相違点3と同じものであるから、上記「(1-1-3)相違点3についてア、イ」に記載したのと同様の理由により、甲1発明4が相違点3’’’に係る本件特許発明1の発明特定事項を満足するものとはいえない。 そうすると、相違点3’’’は実質的な相違点である。 ウ また、甲1発明1において、相違点3に係る本件特許発明1の発明特定事項について当業者が容易に想到することができるとはいえないことは、上記「(1-1-3)相違点3についてウ」に記載のとおりである。 そして、相違点3’’’は相違点3と同じものであるから、同様の理由により、甲1発明4において、相違点3’’’に係る本件特許発明1の発明特定事項についても、当業者が容易に想到することができるとはいえない。 以上を総合すれば、本件特許発明1は甲1発明4と同一であるということができず、甲1発明4及び甲第3号証?甲第6号証に記載された技術事項とに基づいて当業者が容易に発明をすることができたということもできない。 (1-5)小括 以上のとおりであるので、本件特許発明1は甲第1号証に記載された発明であるとはいえないし、甲第1号証に記載された発明と、甲第3号証?甲第6号証に記載された技術事項とに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものともいえない。 (2)本件特許発明2について ア 本件特許発明2は、本件特許発明1を引用するものである。そして、本件特許発明1は、甲第1号証に記載された発明であるとはいえないし、甲第1号証に記載された発明と、甲第3号証?甲第6号証に記載された技術事項とに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものともいえないことは上記「(1-5)小括」に記載のとおりであるから、同様の理由により、本件発明2も、甲第1号証に記載された発明であるとはいえないし、甲第1号証に記載された発明と、甲第3号証?甲第6号証に記載された技術事項とに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものともいえない。 1-2 甲第2号証に記載された発明を主引用発明とする場合について (1)本件特許発明1について (1-1)本件特許発明1と甲2発明との対比 ア 本件特許発明1と甲2発明とを対比すると、両者はフェライト系ステンレス鋼板の組成が、質量%で、Si:0.250%、Mn:0.70%、P:0.027%、S:0.008%、Al:0.002%、Cr:16.16%、Ni:0.35%、N:0.0222%、V:0.052%、B:0.0001%である点で両者は重複している。 イ また、甲2発明において、 V/B =0.052/0.0001 =520 であるから、甲2発明の組成は、V/B≧10を満足する。 ウ してみると、両者は、「質量%で、Si:0.250%、Mn:0.70%、P:0.027%、S:0.008%、Al:0.002%、Cr:16.16%、Ni:0.35%、N:0.0222%を含有し、さらにV:0.052%、B:0.0001%で、かつV/B≧10を満足して含有し、残部がFeおよび不可避不純物からなるフェライト系ステンレス鋼板。」の点で一致する。 エ 一方、両者は、以下の点で相違する。 相違点1’’’’:フェライト系ステンレス鋼板におけるCの含有量について、本件特許発明1が「0.010?0.053%」であるのに対し、甲2発明は「0.0700%」である点 相違点2’’’’:フェライト系ステンレス鋼板の組成について、本件特許発明1がMo、Cu、Ti、Nbを含まないのに対し、甲2発明は、Mo:0.018%、Cu:0.02%、Ti:0.001%、Nb:0.001%を含有する点。 相違点3’’’’:フェライト系ステンレス鋼板の加工特性が、本件特許発明1が「Elが30%以上、r値が1.3以上、Δrが0.3以下、うねりの高さが5.0μm以下であり、ただし、うねりの高さとは、冷延焼鈍酸洗板の圧延方向からJIS5号引張試験片を採取し、試験片の片面を#600で仕上げ研磨し、試験片に20%の単軸引張の予歪を与えたのち、粗度計を用いて測定した試験片中央部の表面のうねりの高さである」のに対して、甲2発明はそのような発明特定事項を満足することは記載されていない点。 オ そこで、これらの相違点について検討する。 (1-1-1)相違点1’’’’について ア フェライト系ステンレス鋼板におけるCの含有量は、その加工特性に影響を与えるものであるから、Cの含有量の相違に関する相違点1は実質的な相違点というべきものであることは、上記「(1-1-1)相違点1についてイ」に記載のとおりである。 そして、相違点1’’’’もCの含有量の相違に関するものであるから、同様の理由により実質的な相違点といえる。 イ また、甲1発明1においてフェライト系ステンレス鋼板のCの含有量を「0.010?0.053%」とすることを、甲第3号証?甲第6号証の記載事項に基づいて当業者が容易になし得るとはいえないことは、上記「(1-1-1)相違点1についてカ」に記載のとおりである。 そして、相違点1’’’’もCの含有量の相違に関するものであるから、同様の理由により、甲2発明においてフェライト系ステンレス鋼板のCの含有量を「0.010?0.053%」とすることを、甲第3号証?甲第6号証の記載事項に基づいて当業者が容易になし得るとはいえないので、相違点1’’’’に係る本件特許発明1の発明特定事項について、当業者が容易に想到することができるとはいえない。 (1-1-2)相違点2’’’’について ア 本件特許明細書には、本件特許発明における不可避不純物としては、例えば、Nb:0.05%以下、Ti:0.05%以下、Co:0.5%以下、W:0.01%以下、Zr:0.01%以下、Ta:0.01%以下、Mg:0.0050%以下、Ca:0.0020%以下などが許容できることが記載されている(【0027】)。 イ 一方、上記(2-ア)?(2-オ)の記載をみた場合、甲2発明におけるMo、Cu、Ti、Nbは特段の技術的意義を有するものとはいえず、かつ、その含有量からみれば、これらの元素は不可避的不純物と解するのが相当である。 ウ このことからみれば、相違点2’’’’は実質的な相違点とはいえない。 (1-1-3)相違点3’’’’について ア 甲1発明1に係るフェライト系ステンレス鋼板の組成は、本件特許発明1で特定されるものとは異なるものであり、このことと、上記「(1-1-1)相違点1についてウ」の検討事項からみれば、甲1発明1が相違点3に係る本件特許発明1の発明特定事項を満足するものとはいえないので、相違点3は実質的な相違点というべきものであることは、上記「(1-1-3)相違点3についてア、イ」に記載のとおりである。 イ そして、上記「(1-1-1)相違点1’’’’についてア」の検討事項からみれば、甲2発明に係るフェライト系ステンレス鋼板の組成も、本件特許発明1に係るフェライト系ステンレス鋼板の組成と実質的に異なるものであり、かつ、相違点3’’’’は相違点3と同じものであるから、上記「(1-1-3)相違点3についてア、イ」に記載したのと同様の理由により、甲2発明が相違点3’’’’に係る本件特許発明1の発明特定事項を満足するものとはいえない。 そうすると、相違点3’’’’は実質的な相違点である。 ウ また、甲1発明1において、相違点3に係る本件特許発明1の発明特定事項について当業者が容易に想到することができるとはいえないことは、上記「(1-1-3)相違点3についてウ」に記載のとおりである。 そして、相違点3’’’’は相違点3と同じものであるから、同様の理由により、甲2発明において、相違点3’’’’に係る本件特許発明1の発明特定事項についても、当業者が容易に想到することができるとはいえない。 (1-2)小括 以上のとおりであるので、本件特許発明1は甲第2号証に記載された発明であるとはいえないし、甲第2号証に記載された発明と、甲第3号証?甲第6号証に記載された技術事項とに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものともいえない。 (2)本件特許発明2について ア 本件特許発明2は、本件特許発明1を引用するものである。そして、本件特許発明1は、甲第2号証に記載された発明であるとはいえないし、甲第2号証に記載された発明と、甲第3号証?甲第6号証に記載された技術事項とに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものともいえないことは上記のとおりであるから、同じ理由により、本件発明2も、甲第2号証に記載された発明であるとはいえないし、甲第2号証に記載された発明と、甲第3号証?甲第6号証に記載された技術事項とに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものともいえない。 2 特許異議申立理由について 特許異議申立理由は、上記「1 特許異議申立理由 申立理由1」に記載のとおりであって、本件訂正前の請求項1?2に係る発明は、甲第1号証及び甲第2号証に記載された発明であるか、甲第1号証?甲第6号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明することができたものである、というものである。 ところが、本件訂正は認められるものであることは上記「第2 訂正請求の適否」に記載のとおりであり、本件特許発明1?2が甲第1号証または甲第2号証に記載された発明であるとはいえないし、甲第1号証に記載された発明または甲第2号証に記載された発明と、甲第3号証?甲第6号証に記載された技術事項とに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものともいえないことは、上記「1 平成28年11月15日付け及び平成29年 3月22日付けで当審から通知した取消理由について」に記載のとおりである。 したがって、上記特許異議申立理由は採用できない。 3 特許異議申立人の意見書における主張について 3-1 平成29年 2月 6日付け意見書における主張について ア 特許異議申立人は、「(1)本件発明の新規性の欠如」(第1ページ下から7行?第3ページ第19行)において、本件特許発明が新規性を欠如している旨を主張するが、本件特許発明は1及び本件特許発明2は、甲第1号証に記載される発明及び甲第2号証に記載される発明であるとはいえないことは、上記「1-1 甲第1号証に記載された発明を主引用発明とする場合について (1-5)小括」、「(2)本件特許発明2について」、及び、「1-2 甲第2号証に記載された発明を主引用発明とする場合について (1-2)小括」、「(2)本件特許発明2について」に記載のとおりであるので、本件特許発明は新規性を有している。 イ 特許異議申立人は、「(2)本件発明の進歩性の欠如」(第3ページ第20行?第4ページ第16行)において、本件特許発明1と甲1発明1?甲1発明3及び甲2発明とは、Cの含有量でのみ相違しているが、甲第1号証の特許請求の範囲にはCの含有量を「0.01?0.10%」と規定されていること、及び、下記参考資料1?10を例示して、耐リジング性などの加工性が求められる用途のフェライト系ステンレス鋼においては、延性、深絞り性を向上するためにC含有量をある程度低くすることは当業者にとって技術常識であるから、甲第1号証のNo.1、14及び15並びに甲第2号証の鋼種AのC含有量を本件特許発明で規定される「C:0.010?0.053%」の範囲に変更することは設計事項にすぎない旨を主張している。 参考資料1:特開2001-107149号公報 参考資料2:特開2001-89814号公報 参考資料3:特開2001-207244号公報 参考資料4:特開2001-192735号公報 参考資料5:特開2000-282186号公報 参考資料6:特開平7-126757号公報 参考資料7:特開平11-158585号公報 参考資料8:特開2001-181808号公報 参考資料9:特開平7-90383号公報 参考資料10:特開2002-275595号公報 ウ ところが、甲1発明1?甲1発明3及び甲2発明において、フェライト系ステンレス鋼板のCの含有量を「0.010?0.053%」とすることを、甲第3号証?甲第6号証の記載事項に基づいて当業者が容易になし得るとはいえないことは、上記「(1-1-1)相違点1についてカ」、「(1-2-1)相違点1’についてイ」、「(1-3-1)相違点1’’についてイ」、「(1-1-1)相違点1’’’’についてイ」に記載のとおりである。 エ 仮に、特許異議申立人が主張するように、耐リジング性などの加工性が求められる用途のフェライト系ステンレス鋼において、延性、深絞り性を向上するためにC含有量をある程度低くすることが当業者にとって技術常識であったとしても、甲1発明1?甲1発明3及び甲2発明において、Cの含有量を「0.010?0.053%」とすることにより、El、r値、Δr、うねりの高さという4つの変数の全てを最適な範囲に調節できることが導出されるものではないから、甲1発明1?甲1発明3及び甲2発明において、Cの含有量を「0.010?0.053%」とすることにより、フェライト系ステンレス鋼板の「Elが30%以上、r値が1.3以上、Δrが0.3以下、うねりの高さが5.0μm以下」という特定事項を全て満足できることが、当業者に予測可能であるとはいえない。 オ してみれば、甲1発明1?甲1発明3及び甲2発明において、フェライト系ステンレス鋼板のCの含有量を「0.010?0.053%」とすることは、上記技術常識から設計事項にすぎないとはいえない。 そして、甲第1号証の特許請求の範囲においてCの含有量が「0.01?0.10%」と規定されているとしても、このことが左右されるものではない。 カ 特許異議申立人は、「(2)本件発明の進歩性の欠如」(第4ページ第17行?第5ページ第4行)において、甲第1号証及び甲第2号証にはフェライト系ステンレス鋼板のV/Bの制御について記載も示唆もされていない、という特許権者の主張は失当であり、V/B≧10(または20)とすることは、当業者が特に意識することなく普通に用いてきた範囲である旨を主張している。 キ 甲第1号証及び甲第2号証には、フェライト系ステンレス鋼板のV/B計算値が10以上となる例が記載されているが、甲第1号証及び甲第2号証の記載をみても、そのような例がV/Bの制御に着目してなされたものとはいえない。 そうすると、甲第1号証及び甲第2号証には、フェライト系ステンレス鋼板のV/Bの制御を行う、という技術思想は記載も示唆もされているとはいえない。 ク そして、上記「(1-1-1)相違点1についてウ」の検討事項からみれば、本件特許発明は、フェライト系ステンレス鋼板の組成を本件特許発明1で特定されるものとすることにより、「Elが30%以上、r値が1.3以上、Δrが0.3以下、うねりの高さが5.0μm以下」という特定事項を全て満足できるものといえ、このことは、甲第1号証?甲第6号証及び上記技術常識から導出されるものではないから、当業者が予測可能であるとはいえない。 ケ そうすると、甲第1号証及び甲第2号証に、フェライト系ステンレス鋼板においてV/B≧10以上とする例が記載されているとしても、上記「1 平成28年11月15日付け及び平成29年 3月22日付けで当審から通知した取消理由について」に記載のとおり、本件特許発明1?2が甲第1号証または甲第2号証に記載された発明であるとはいえないし、甲第1号証に記載された発明または甲第2号証に記載された発明と、甲第3号証?甲第6号証に記載された技術事項とに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものともいえないことに変わりはない。 コ 以上のとおりであるので、特許異議申立人の上記意見書の主張はいずれも採用できない。 3-2 平成29年 6月26日付け意見書における主張について ア 特許異議申立人の「(1)化学組成について」(第1ページ下から2行目?第2ページ下から3行目)における主張は、上記「3-1 平成29年 2月 6日付け意見書における主張についてイ」と同旨のものと認められる。 ところが、甲1発明1?甲1発明3及び甲2発明において、フェライト系ステンレス鋼板のCの含有量を「0.010?0.053%」とすることを、甲第3号証?甲第6号証の記載に基づいて当業者が容易になし得るとはいえないこと、及び、甲1発明1?甲1発明3及び甲2発明において、フェライト系ステンレス鋼板のCの含有量を「0.010?0.053%」とすることは、上記技術常識から設計事項にすぎないとはいえないことは、上記「3-1 平成29年 2月 6日付け意見書における主張についてウ、オ」に記載のとおりである。 イ 特許異議申立人は、「(2)性能について」(第2ページ下から2行目?第6ページ第13行)において、本件特許発明の成型加工性を得るためには、V量が0.005%以上、B量が0.0001%以上、かつV/B≧10を満たすフェライト系ステンレス鋼を通常採用される条件で熱延板焼鈍及び仕上げ焼鈍を実施すればよいと解されるところ、甲第1号証には、フェライト系ステンレス鋼の耐リジング性及び深絞り加工性を向上させることが記載されているから、これらの性能指標である「Elが30%以上、r値が1.3以上、Δrが0.3以下、うねりの高さが5.0μm以下」という本件特許発明の構成についての示唆があり、甲1発明1?甲1発明3は、V量、B量、V/Bが本件特許発明の範囲にあるから、甲第1号証に記載された発明は、本件特許発明の発明特定事項を実質的に満たすと解される旨、同様の理由により、甲第2号証に記載された発明は、本件特許発明の発明特定事項を実質的に満たすと解される旨、更に、下記参考資料11?18を例示して、El、r値及びうねりの高さといった成型加工性の指標自体、本件特許の出願前に公知であり、r値だけでなく内面異方性(Δr)を考慮して加工性を評価することは当業者が通常行うことであるから、訂正事項3によって追記された数値限定は、甲第1号証及び甲第2号証に記載された技術において、成型加工性の指標として通常設定される設計事項にすぎない旨を主張している。 参考資料11:特許第3584881号公報 参考資料12:特開2001-107149号公報 参考資料13:特開2001-192735号公報 参考資料14:特開2001-89814号公報 参考資料15:特開平9-59717号公報 参考資料16:特開平10-17938号公報 参考資料17:特開平11-106875号公報 参考資料18:特開2000-1757号公報 ウ ところが、甲第1号証及び甲第2号証に、フェライト系ステンレス鋼の耐リジング性及び深絞り加工性を向上させることが記載されているとしても、そこから進んで、「Elが30%以上、r値が1.3以上、Δrが0.3以下、うねりの高さが5.0μm以下」という本件特許発明の発明特定事項の全ての指標についての記載も示唆もあるとはいえない。 また、耐リジング性などの加工性が求められる用途のフェライト系ステンレス鋼において、延性、深絞り性を向上するためにC含有量をある程度低くすることが当業者にとって技術常識であったとしても、甲1発明1?甲1発明3及び甲2発明において、Cの含有量を「0.010?0.053%」とすることにより、El、r値、Δr、うねりの高さという4つの変数の全てを最適な範囲に調節できることが導出されるものではないことは、上記「3-1 平成29年 2月 6日付け意見書における主張についてエ」に記載のとおりである。 エ 仮に、特許異議申立人が主張するように、El、r値及びうねりの高さといった成型加工性の指標自体、本件特許の出願前に公知であり、r値だけでなく内面異方性(Δr)を考慮して加工性を評価することは当業者が通常行うことであるとしても、甲1発明1?甲1発明3及び甲2発明において、Cの含有量を「0.010?0.053%」とすることにより、El、r値、Δr、うねりの高さという4つの変数の全てを最適な範囲に調節できることが導出されるものではないから、甲1発明1?甲1発明3及び甲2発明において、Cの含有量を「0.010?0.053%」とすることにより、フェライト系ステンレス鋼板の「Elが30%以上、r値が1.3以上、Δrが0.3以下、うねりの高さが5.0μm以下」という特定事項を全て満足できることが、当業者に予測可能であるとはいえない。 オ してみれば、訂正事項3によって追記された数値限定が、甲第1号証及び甲第2号証に記載された技術において、成型加工性の指標として通常設定される設計事項であるということはできない。 カ 特許異議申立人は、「(3)意見書における特許権者の主張について」(第6ページ第14行?第7ページ第18行)において、平成29年 5月17日付け意見書における特許権者の平成23年(行ケ)第10100号の判決に基づく主張は、平成23年(行ケ)第10100号の判決の趣旨は本事案には当てはまらないから失当である旨を主張している。 キ 平成29年5月17日付け意見書における特許権者の上記判決に基づく主張は、甲1発明1?甲1発明3及び甲2発明のCの含有量を0.010?0.53%に変更しただけで、本件特許発明1と同様の作用効果を有するという前提に立っている認定は許されず、Cの含有量を0.010?0.53%に変更することは設計事項ではない旨を主張するものである。 ク ここで、甲1発明1?甲1発明3及び甲2発明において、フェライト系ステンレス鋼板のCの含有量を「0.010?0.053%」とすることを、甲第3号証?甲第6号証の記載に基づいて当業者が容易になし得るとはいえないこと、及び、甲1発明1?甲1発明3及び甲2発明において、フェライト系ステンレス鋼板のCの含有量を「0.010?0.053%」とすることは、上記技術常識から設計事項にすぎないとはいえないことは、上記「3-1 平成29年 2月 6日付け意見書における主張についてウ、オ」に記載のとおりであって、このことは、上記判決の趣旨が本事案に当てはまるか否かに左右されるものではない。 すると、上記判決の趣旨が本事案には当てはまるか否かに関わらず、甲1発明1?甲1発明3及び甲2発明において、フェライト系ステンレス鋼板のCの含有量を「0.010?0.053%」とすることを、甲第3号証?甲第6号証の記載に基づいて当業者が容易になし得るとはいえないこと、及び、甲1発明1?甲1発明3及び甲2発明において、フェライト系ステンレス鋼板のCの含有量を「0.010?0.053%」とすることは、上記技術常識から設計事項にすぎないとはいえないことに変わりはない。 ケ 特許異議申立人は、「(3)意見書における特許権者の主張について」(第7ページ第19行?第8ページ第18行)において、本件特許明細書の表1及び表2のNo.27、28、29は、C含有量がそれぞれ0.059%、0.067%、0.058%であり、甲1発明1?甲1発明3及び甲2発明は、炭素含有量がこれらと同等であるから、「Elが30%以上、r値が1.3以上、Δrが0.3以下、うねりの高さが5.0μm以下」の性能を満たしているので、本件特許発明は、甲第1号証及び甲第2号証に記載の発明との相違点について、「同質であるが際だって優れた効果を有し、これらが技術水準から当業者が予測できたものでないとき」に該当しないから、選択発明に関する特許権者の主張は失当である旨を主張している。 コ 甲1発明1?甲1発明3及び甲2発明におけるC含有量は、それぞれ、0.060%、0.070%、0.065%、0.0700%であり、本件特許明細書の表1及び表2のNo.27、28、29のC含有量とは異なっている。 このことと、上記「(1-1-1)相違点1についてイ」の検討事項からみれば、甲1発明1?甲1発明3及び甲2発明は、上記No.27、28、29とは組成が実質的に異なるものであるから、これらの炭素含有量が同等のものとはいえないので、甲1発明1?甲1発明3及び甲2発明が、「Elが30%以上、r値が1.3以上、Δrが0.3以下、うねりの高さが5.0μm以下」という本件特許発明の発明特定事項を満たしているとはいえない。 サ そして、甲1発明1?甲1発明3及び甲2発明において、Cの含有量を「0.010?0.053%」とすることにより、フェライト系ステンレス鋼板の「Elが30%以上、r値が1.3以上、Δrが0.3以下、うねりの高さが5.0μm以下」という特定事項を全て満足できることが、当業者に予測可能であるとはいえないことは、上記「3-1 平成29年 2月 6日付け意見書における主張についてエ」、「3-2 平成29年 6月26日付け意見書における主張についてエ」に記載のとおりである。 シ すると、本件特許発明は、甲第1号証及び甲第2号証に記載の発明との相違点について、「同質であるが際だって優れた効果を有し、これらが技術水準から当業者が予測できたものでないとき」に該当するものといえる。 ス 以上のとおりであるので、特許異議申立人の上記意見書の主張はいずれも採用できない。 第7 むすび したがって、本件特許の請求項1?2に係る特許は、各取消理由通知書で通知された取消理由及び特許異議申立書において申立てられた申立理由によって、取り消すことができない。 また、他に本件特許の請求項1?2に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。 よって、結論のとおり決定する。 |
発明の名称 |
(54)【発明の名称】 成形加工性に優れたフェライト系ステンレス鋼板 【技術分野】 【0001】 本発明は、建築物の厨房器具、家庭用品、電化製品、自動車部品等の用途に好適なフェライト系ステンレス鋼板に関するものであり、特に深絞り性と耐リジング性(ridging resistance)とを満足する成形加工性に優れたフェライト系ステンレス鋼板に関する。なお、本発明における鋼板とは、鋼帯、鋼板、箔材を含むものとする。 【背景技術】 【0002】 フェライト系ステンレス鋼は、耐食性に優れた材料として、家庭用品、自動車部品を始めとする種々の産業分野において、広く利用されている。このフェライト系ステンレス鋼は、Niを多量に含むオーステナイト系ステンレス鋼に比べ安価ではある。しかし、一般に加工性に劣っており、例えば、成形加工を施した場合、リジングと呼ばれる表面欠陥が生じやすく、深絞り加工などの強加工が施される用途には不向きである。また、フェライト系ステンレス鋼は、塑性歪比(r値)の面内異方性(Δr)も大きく、深絞り加工時に不均一な変形を起こしやすいという問題もある。このため、フェライト系ステンレス鋼板のさらなる適用拡大のためには、深絞り性の指標であるr値の向上、塑性歪比の面内異方性(Δr)の低減、さらには耐リジング性の改善が要求されている。 【0003】 このような要求に対して、例えば、特許文献1には、C:0.03?0.08%、Si:0.4%以下、Mn:0.5%以下、P:0.03%以下、S:0.008以下、Ni:0.3%以下、Cr:15?20%、Al:N×2?0.2%以下、N:0.01%以下を含有し、残部Feおよびやむを得ざる不純物から成る加工性に優れたフェライト系ステンレス鋼が開示されている。特許文献2には、Cr:11.0?20.0%、Si:1.5%以下、Mn:1.5%以下、C%+N%:0.02?0.06%、Zr:0.2?0.6%で、しかもZr%=10(C%+N%)±0.15%の範囲内のZrを含み、残部が実質的にFeよりなるプレス成形性にすぐれた耐熱フェライト系ステンレス鋼が開示されている。また、特許文献3には、mass%で、C:0.02?0.06%、Si:1.0%以下、Mn:1.0%以下、P:0.05%以下、S:0.01%以下、Al:0.005%以下、Ti:0.005%以下、Cr:11?30%以下、Ni:0.7%以下を含み、かつNを、C含有量との関係で、0.06≦(C+N)≦0.12および1≦N/Cを満足するように含有し、さらにVを、N含有量との関係で1.5×10^(-3)≦(V×N)≦1.5×10^(-2)を満足するように含有し、残部Feおよび不可避的不純物からなることを特徴とする成形性に優れたフェライト系ステンレス鋼板が開示されている。さらに、特許文献4には、重量%で、C:0.02%以下、Si:1.0%以下、Mn:2.0%以下、Cr:11?35%、Ni:0.5%、N:0.03%以下、V:0.5?5.0%、残部、鉄および付随不純物から成る、耐食性に優れたフェライト系ステンレス鋼が開示されている。 【先行技術文献】 【特許文献】 【0004】 【特許文献1】特開昭52-24913号公報 【特許文献2】特開昭54-112319号公報 【特許文献3】特許第3584881号公報 【特許文献4】特開昭59-193250号公報 【発明の概要】 【発明が解決しようとする課題】 【0005】 しかしながら、特許文献1に記載された技術では、低Nを前提としているため、製鋼工程でのコストアップが避けられないという問題がある。 また、特許文献2に記載された技術では、多量のZrを添加するため、鋼中の介在物量が増加し、これに起因した表面欠陥の発生が避けられないという問題がある。 また、特許文献3に記載された技術では、成形性の指標として、伸び、r値の向上と耐リジング性の改善を目的としている。しかしながら、面内異方性(Δr)の低減についての配慮は全くされておらず、成形加工性に問題を残している。 また、特許文献4に記載された技術では、V添加により耐食性、特に耐応力腐食割れ性が顕著に向上するとされている。しかしながら、成形加工性についての配慮は全くされておらず、成形加工性に問題を残している。 このように、上記の従来技術では、いずれも厳しい深絞り加工を行ったときに、リジングが発生して研磨負荷の増大を招いたり、不均一な変形を起こしやすいという問題点を解決するまでには至っていなかった。 【0006】 本発明は、かかる事情に鑑み、深絞り性と耐リジング性とを満足する成形加工性に優れたフェライト系ステンレス鋼板を提供することを目的とする。 【課題を解決するための手段】 【0007】 本発明者らは、上記した課題を達成するべく、種々検討を重ねた結果、V/Bを10以上とし、V、Bの含有量を最適な範囲として、鋼中の炭化物や窒化物などの析出物を制御することにより、結晶粒径を微細化して深絞り性の改善を実現できるとともにリジングを抑制し、成形加工性に優れたフェライト系ステンレス鋼板が得られること、さらにV/Bを20以上とすることにより、実操業にて仕上焼鈍温度が変動した場合においても鋼板表面の鋭敏化(sensitization)を抑制できることを見出し、本発明を完成するに至った。本発明の要旨は、下記のとおりである。 (1)質量%で、C:0.010?0.070%、Si:1.00%以下、Mn:1.00%以下、P:0.040%以下、S:0.010%以下、Al:0.150%以下、Cr:14.00?20.00%、Ni:1.00%以下、N:0.010?0.060%を含有し、さらにV:0.005?0.100%、B:0.0001?0.0050%で、かつ、V/B≧10を満足して含有し、残部がFeおよび不可避不純物からなることを特徴とするフェライト系ステンレス鋼板。 (2)Si:0.05?0.28%、Mn:0.05?0.92%であることを特徴とする(1)に記載のフェライト系ステンレス鋼板。 (3)V/B≧20を満足して含有することを特徴とする(1)または(2)に記載のフェライト系ステンレス鋼板。 なお、本発明において、成型加工性に優れたフェライト系ステンレス鋼板とは、伸び(El)30%以上、r値1.3以上、Δr0.3以下を満たすフェライト系ステンレス鋼板をいう。 【発明の効果】 【0008】 本発明によれば、深絞り性と耐リジング性とを満足する成形加工性に優れたフェライト系ステンレス鋼板を得ることができる。 【図面の簡単な説明】 【0009】 【図1】図1は冷延焼鈍板の機械的性質とV/Bの関係を示すグラフであり、(a)は伸び(El)とV/Bとの関係を示すグラフ、(b)はr値とV/Bとの関係を示すグラフ、(c)はΔrとV/Bとの関係を示すグラフ、(d)はリジング高さとV/Bとの関係を示すグラフである。 【図2】図2は冷延焼鈍板の鋭敏化特性を確保するための、V、Bの含有量の関係を示すグラフである。 【発明を実施するための形態】 【0010】 以下、本発明を実施するための形態について、詳細に説明する。なお、成分の量を表す%は、特に断らない限り質量%を意味する。 【0011】 まず、本発明のフェライト系ステンレス鋼板の成分限定理由を説明する。 【0012】 C:0.010?0.070% Cは、鋼中に固溶して熱間圧延中のオーステナイト相安定化に寄与するとともに、Crと結合してCr炭化物、あるいはCr炭窒化物として結晶粒内や結晶粒界等に析出する。しかし、Cが0.010%未満では、V(C,N)、VC、V_(4)C_(3)といった炭窒化物や炭化物の微細析出による結晶粒の微細化効果が得られない。また、熱間圧延中のオーステナイト相分率が低下し、そのため製品板である冷延鋼板においてリジングの発生が顕著となり、成形加工性が劣化する。一方、Cが0.070%を超えると、Cr炭化物量、あるいはCr炭窒化物量が増加しすぎて、鋼板が硬質化し成形加工性が低下するうえ、発錆の起点となる脱Cr層(Cr depletion layer)や粗大な析出物、介在物が増加する。よって、Cは0.010%?0.070%とする。より好ましくは、0.020?0.040%である。 【0013】 Si:1.00%以下 Siは、鋼の脱酸剤として有用な元素である。この効果を得るためには、0.05%以上が好ましい。しかし、1.00%を超えると延性が低下して成形加工性が低下する。よって、Siは1.00%以下とする。より好ましくは、0.05?0.50%以下である。Siを0.28%以下とすると酸洗性が良好になるので、酸洗性が必要な場合には、0.05%?0.28%とする。 【0014】 Mn:1.00%以下 Mnは、鋼中に存在するSと結合して、MnSを形成し、耐食性を低下させる。よって、Mnは1.00%以下とする。より好ましくは、0.80%以下である。一方、必要以上に低Mn化するには精錬コストが増大することから、0.05%以上が好ましい。なお、特に高い耐食性が要求される場合と精錬コストとの観点から、より好ましくは、0.05?0.60%である。Mnを0.92%以下とすると酸洗性が良好になるので、酸洗性が必要な場合には、0.05%?0.92%とする。 【0015】 P:0.040%以下 Pは、耐食性に有害な元素であるので可能な限り低減することが好ましい。また、0.040%を超えると固溶強化により加工性が低下する。よって、Pは0.040%以下とする。より好ましくは、0.030%以下である。 【0016】 S:0.010%以下 Sは、鋼中では硫化物を形成する。Mnを含有する場合にはMnと結合しMnSを形成する。MnSは熱間圧延等により展伸し、フェライト粒界等に析出物(介在物)として存在する。このような硫化物系析出物(介在物)は伸びを低下させ、とくに曲げ加工時の亀裂発生に大きく影響するため、Sはできるだけ低減することが望ましく、0.010%までは許容できる。なお、好ましくは0.005%以下である。 【0017】 Cr:14.00?20.00% Crは鋼を固溶強化するとともに、耐食性向上に寄与する元素であり、ステンレス鋼板として必須の元素である。しかし、Crが14.00%未満では、ステンレス鋼としての耐食性が不十分である。一方、Crが20.00%を超えると、靭性が低下することに加えて、鋼が硬質化しすぎて伸びも顕著に低下する。よって、Crは14.00?20.00%とする。さらに、耐食性と製造性の観点から、好ましくは16.00?18.00%である。 【0018】 Al:0.150%以下 Alは、鋼の脱酸剤として有用な元素である。この効果を得るためには、0.001%以上が好ましい。しかし、過剰な添加はAl系介在物の増加により、表面疵を招く原因となるので、0.150%以下とする。より好ましくは、0.100%以下である。さらに好ましくは0.010%以下である。 【0019】 Ni:1.00%以下 Niは、隙間腐食を低減させる効果を有する。この効果を得るためには、0.05%以上が好ましい。しかし、高価な元素であることに加え、1.00%を超えて含有しても、それらの効果は飽和し、かえって熱間加工性を低下させる。よって、Niは1.00%以下とする。より好ましくは0.05?0.40%である。 【0020】 N:0.010?0.060% Nは、Cと同様に、鋼中に固溶して熱間圧延中のオーステナイト相の安定化に寄与するとともに、Crと結合してCr窒化物、あるいはCr炭窒化物として結晶粒内や結晶粒界等に析出する。さらに、本発明において重要となるVと結合して窒化物や炭窒化物を形成し、最終的な製品の結晶粒を微細化してr値の向上に寄与する。Nが0.010%未満では、熱間圧延中のオーステナイト相分率が低下し、そのため最終的な製品である冷延鋼板においてリジングの発生が顕著となり、成形加工性が劣化する。一方、0.060%を超えて含有すると、Cr窒化物量、あるいはCr炭窒化物量が増加しすぎて、鋼板が硬質化し伸びが低下する。よって、Nは0.010?0.060%とする。より好ましくは、0.020?0.050%である。 【0021】 V:0.005?0.100%、B:0.0001?0.0050%で、かつV/B≧10以上 VおよびBは、本発明において極めて重要な元素である。Vは、Nと結びついて、VNやV(C,N)といった窒化物や炭窒化物を形成し、熱延焼鈍板の結晶粒の粗大化を抑制する効果がある。また、Bはフェライト粒界に濃化し、粒界移動(grain boundary migration)を遅れさせることにより、粒成長の抑制を補助する効果がある。これらのVとBの複合効果により、熱延焼鈍板の結晶粒が微細化する。その結果、冷延焼鈍後の{111}再結晶粒の優先核生成サイト(preferential nucleation sites of the recrystallized grains)である粒界の面積が増加し、{111}方位の再結晶粒が増加することで、r値が向上するものと考えられる。また、V量とB量の割合は、フェライト結晶粒径とフェライト粒界面積に影響するものと考えられることから、r値向上効果を最大限に引き出すべく、本発明者らはVとBの含有量の最適化について検討を行った。 【0022】 成分組成として、C:0.04%、Si:0.40%、Mn:0.80%、P:0.030%、S:0.004%、Al:0.002%、Cr:16.20%、Ni:0.10%、N:0.060%を含有し、V量、B量を変化させて添加した鋼を溶製し、鋼スラブを1170℃に加熱したのち、仕上温度が830℃となる熱間圧延を行い、熱延板とした。これら熱延板に、860℃×8hrの熱延板焼鈍を施したのち、酸洗し、ついで総圧下率86%の冷間圧延を施し冷延板とした。ついでこれら冷延板に、大気中で820℃×30secの仕上焼鈍を施したのち酸洗し、板厚0.7mmの冷延焼鈍板とした。得られた冷延焼鈍板について、伸び、r値、Δr、リジング高さ(ridging height)を求めた。図1に、V/Bと冷延焼鈍板の機械的性質(伸び、r値、Δr、リジング高さ)の関係を示す。図1から、V量が0.005%以上、B量が0.0001%以上、かつV/B≧10を満たすことにより、El、r値、Δr、リジング高さのいずれも満足することがわかった。 【0023】 本発明において、Vは0.005?0.1%、Bは0.0001?0.0050%、かつV/B≧10とする。VおよびBをそれぞれ0.1%、0.0050%を超えて過剰に添加すると、焼鈍中の結晶粒の微細化および成長抑制、成形加工性の改善の効果が飽和するだけでなく、逆に材質が硬化し延性が低下して、成形加工性が劣化する。なお、高い延性を確保する点から、より好ましくは、Vは0.005?0.03%以下、Bは0.0001?0.0020%とする。また、V/B比が10未満の場合は、BがNと結びついて窒化物として析出することにより、Bが粒界に濃化して粒成長を抑制する効果が少なくなるため、r値の向上が不十分となると考えられる。 【0024】 実操業においては、仕上焼鈍温度は必ずしも一定ではなく、加熱時間や到達温度の変動を避けることができない。C、Nを固定するTiやNbなどの安定化元素を添加しないフェライト系ステンレス鋼板では、高温で焼鈍を行うと、冷却途中に鋭敏化が生じ、その後の酸洗の際に粒界が侵食されることにより表面品質が劣化することがある。このため、広い温度範囲で鋭敏化が生じないようにすることは、実操業において安定した品質を得る上で極めて重要となる。 【0025】 そこで本発明者らは、鋭敏化特性とV/Bとの関係を調べた。成分組成として、C:0.04%、Si:0.40%、Mn:0.80%、P:0.030%、S:0.004%、Al:0.002%、Cr:16.20%、Ni:0.10%、N:0.060%を含有し、V量、B量を変化させて添加した鋼を溶製し、鋼スラブを1170℃に加熱したのち、仕上温度が830℃となる熱間圧延を行い熱延板とした。これら熱延板に、860℃×8hrの熱延板焼鈍を施したのち、酸洗し、ついで総圧下率86%の冷間圧延を施し冷延板とした。ついでこれら冷延板に、大気中で900℃×30secの仕上焼鈍を施したのち酸洗し、板厚0.7mmの冷延焼鈍酸洗板とした。得られた冷延焼鈍酸洗板の表面を、走査型電子顕微鏡を用いて、500μm×500μmの領域の粒界を観察し、粒界侵食(intergranular corrosion)の有無を調査し、表面品質を評価した。得られた結果を図2に示す。侵食が生じていないときは○、侵食が生じているときは×とした。 【0026】 図2より、VおよびBを、添加量がV/B≧20を満たすよう添加することにより、900℃での焼鈍によっても粒界の鋭敏化を抑えることが可能となることがわかる。これは、Vが鋼中のC、Nを固定することで、仕上焼鈍温度が900℃まで高温となった場合でおいても、仕上焼鈍後の冷却中に生じる結晶粒界でのCr炭窒化物の析出を抑制したことによるものと考えられる。一方、V/Bが20未満では、BがNと結びついて窒化物として析出することにより、Vの炭窒化物の析出量が減少した結果、Cr炭窒化物の析出量が増加して粒界の鋭敏化が進行したものと考えられる。なお、高い延性を確保する点から、より好ましくは、Vは0.005?0.03%以下、Bは0.0001?0.0020%とする。 【0027】 上記した化学成分以外の残部は、Feおよび不可避不純物である。なお、不可避不純物としては、例えば、Nb:0.05%以下、Ti:0.05%以下、Co:0.5%以下、W:0.01%以下、Zr:0.01%以下、Ta:0.01%以下、Mg:0.0050%以下、Ca:0.0020%以下などが許容できる。 【0028】 つぎに、本発明のフェライト系ステンレス鋼の製造方法について説明する。上記した組成の溶鋼を、通常公知の転炉または電気炉で溶製し、真空脱ガス(RH)、VOD(Vacuum Oxygen Decarburization)、AOD(Argon Oxygen Decarburization)等でさらに精錬したのち、好ましくは連続鋳造法で鋳造し、圧延素材(スラブ等)とする。ついで、圧延素材を、加熱し熱間圧延することにより、熱延板とする。熱間圧延のスラブ加熱温度は、1050℃?1250℃の温度範囲とするのが好ましく、また、熱間圧延の仕上温度は、製造性の観点から800?900℃とするのが好ましい。熱延板は、後工程における加工性を改善する目的で、必要に応じて、熱延板焼鈍を行うことができる。熱延板焼鈍を行う場合は、700℃?900℃で2時間以上の箱焼鈍(box annealing、batch annealing)をするか、900?1100℃の温度範囲での短時間の連続焼鈍をすることが好適である。なお、熱延板は、脱スケール処理を行って、そのまま製品とすることも、また、冷間圧延用素材とすることもできる。冷間圧延用素材の熱延板は、冷延圧下率:30%以上の冷間圧延を施され、冷延板とされる。冷延圧下率は、50?95%が好適である。また、冷延板のさらなる加工性の付与のために、600℃以上、好ましくは700?900℃の仕上焼鈍を行うことができる。また、冷延-焼鈍を2回以上繰り返し行ってもよい。さらに、光沢性(glossiness)が要求される場合には、スキンパス等を施してもよい。冷延板の仕上処理は、Japanese industrial Standard(JIS) G4305で規定された2D、2B、BAおよび各種研磨が可能である。 【実施例1】 【0029】 表1に示す組成の溶鋼を転炉およびVODによる2次精錬で溶製し、連続鋳造法によりスラブとした。これらスラブを1170℃に加熱したのち、仕上温度が830℃となる熱間圧延を行い熱延板とした。これら熱延板に、860℃×8hrの熱延板焼鈍を施したのち、酸洗し、ついで総圧下率86%の冷間圧延を施し冷延板とした。ついで、鋼No.1?18および鋼No.24?32の冷延板に、空気比1.3でコークス炉ガスを燃焼させ、この燃焼雰囲気中で820℃×30secの仕上焼鈍を施した。その後、酸洗し、板厚0.7mmの冷延焼鈍酸洗板とした。なお、酸洗は、温度80℃、20質量%Na_(2)SO_(4)中で5A/dm^(2)×10秒の電解を3回行った後、温度60度の5質量%硝酸中で、10A/dm^(2)×5秒の電解を2回行った。各試料は、酸洗により酸化皮膜が完全に除去できていた。 【0030】 【表1】 ![]() 【0031】 得られた冷延焼鈍酸洗板について、伸び、r値、Δrを求め、成形加工性を評価した。また、リジング高さを求め、耐リジング性を評価した。 【0032】 また、鋼No.19?23および33?36の冷延板については、空気比1.3でコークス炉ガスを燃焼させ、この燃焼雰囲気中で900℃×30secの仕上焼鈍を施した後、前述と同様の条件で酸洗し、板厚0.7mmの冷延焼鈍酸洗板とした。各試料は、酸洗により酸化皮膜が完全に除去できていた。得られた冷延焼鈍酸洗板について、成形加工性と耐リジング性の評価を行った。伸び、r値、Δr、リジング高さの測定方法は次の通りである。 (1)伸び 冷延焼鈍酸洗板の各方向[圧延方向(L方向)、圧延直角方向(C方向)および圧延方向から45°方向(D方向)]からJIS13号B試験片を採取した。これら引張試験片を用いて引張試験を実施し、各方向の伸びを測定した。各方向伸び値を用いて次式より伸びの平均値を求めた。Elが30%以上を合格とした。 E1=(ElL+2×ElD+ElC)/4 ここで、ElL、ElD、ElCは、それぞれL方向、D方向、C方向の伸びを表す。 (2)r値 冷延焼鈍酸洗板の各方向[圧延方向(L方向)、圧延直角方向(C方向)および圧延方向から45°方向(D方向)]からJIS13号B試験片を採取した。これらの試験片に、15%の単軸引張予歪を与えた時の幅歪(width strain)と板厚歪(thickness strain)の比から、各方向のr値(ランクフォード値(Lankford Value))を測定し、次式によりr値、Δrを求めた。r値が1.3以上、Δrが0.3以下を合格とした。 r=(rL+2×rD+rC)/4 Δr=(rL-2×rD+rC)/2 ここで、rL、rD、rCは、それぞれL方向、D方向、C方向のr値を表す。 (3)リジング高さ 冷延焼鈍酸洗板の圧延方向からJIS5号引張試験片を採取した。これら試験片の片面を#600で仕上げ研磨し、これら試験片に20%の単軸引張の予歪(prestrain of uniaxial stretching)を与えたのち、粗度計を用いて、試験片中央部の表面のうねり高さを測定した。このうねり高さ(height of the waviness)はリジングの発生による凹凸である。うねりの高さから、A:5μm以下、B:5μm超え?10μm以下、C:10μm超え?20μm以下、D:20μm超え、の4段階で耐リジング性を評価した。うねりの高さが低いほど成形加工後の美観がよい。うねりの高さが5.0μm以下のA評価を合格とした。 【0033】 得られた結果を表2に示す。 【0034】 【表2】 ![]() 【0035】 いずれの発明例も、伸びが30%以上、r値が1.3以上、Δrが0.3以下、うねりの高さが5.0μm以下のA評価であり、良好な成形加工性と耐リジング性を有している。これに対し、比較例では、伸び、r値、Δr、リジング高さのいずれかを満足しなかった。 【実施例2】 【0036】 良好な成形性と耐リジング性を有している実施例1の発明例No.5?10、19?26および31?34について、実施例1の酸洗法より酸洗力は弱いものの、高生産性の硝塩酸(mixed acid of nitric acid and hydrochloric acid)電解法(electrolytic method)での酸洗性を評価した。実施例1で作製した鋼No.5?11および19?36の板厚0.7mm冷延板に、弱還元性雰囲気(H_(2):5vol%、N_(2):95vol%、露点(dew point)-40度)で820℃×30secの焼鈍を行い、冷延焼鈍板を得た。この冷延焼鈍板を、温度50℃、10質量%硝酸および1.0質量%塩酸よりなる溶液中で電解を行い、酸化皮膜残りの有無を目視観察して酸洗性の評価を行った。 10A/dm^(2)×2秒を2回行う電解で酸化皮膜が完全に除去されたものを◎(優れる)、10A/dm^(2)×2秒を2回行う電解では酸化皮膜が完全には除去できなかったものの、10A/dm^(2)×4秒の電解を2回行うと酸化皮膜が完全に除去されたものを○(良好)、10A/dm^(2)x4秒の電解を2回行っても酸化皮膜が完全には除去できなかったものを×(不良)と評価した。◎(優れる)と○(良好)が合格である。 【0037】 結果を表3に示す。 【0038】 【表3】 ![]() 【0039】 Siが0.28%以下かつMnが0.92%以下の鋼No.5?10、19?26および31?34は、良好な成形加工性と耐リジング性に加え、酸洗性が特に優れている。一般的な酸洗法のみならず、高生産性の硝塩酸電解法でも生産が可能である。 【実施例3】 【0040】 実施例1の鋼No.19?23および33?36について、仕上焼鈍温度の範囲が実操業にて変動した場合を考慮した鋭敏化評価を行った。 【0041】 鋭敏化評価方法は、実施例1で作製した板厚0.7mmの冷延板を、900℃×30secで焼鈍し、実施例1と同一条件でNa_(2)SO_(4)電解ののちに硝酸酸洗した。冷延焼鈍酸洗板の表面を走査型電子顕微鏡を用いて、500μm×500μmの領域の粒界を観察して粒界侵食の有無を調査し、表面品質を評価した。粒界に侵食が生じていないときは鋭敏化なし、侵食が生じているときは鋭敏化ありと評価した。結果を表4に示す。 【0042】 【表4】 ![]() 【0043】 表4の結果から、V/Bが20以上の鋼No.21?23および33?36は、良好な成形加工性と耐リジング性に加え、粒界侵食の発生が認められず、耐鋭敏化特性も良好であった。 【産業上の利用可能性】 【0044】 本発明によれば、成分組成、特にV、B含有量を適正化することにより、深絞り性および耐リジング性を満足し、成形加工性に優れたフェライト系ステンレス鋼板を製造でき、産業上格段の効果を奏する。さらに、V、Bの含有量を最適範囲にすることにより、耐鋭敏化特性が向上し、成形加工性に加え、表面品質にも優れたフェライト系ステンレス鋼板を安定的に生産することが可能となる。 (57)【特許請求の範囲】 【請求項1】 質量%で、C:0.010?0.053%、Si:0.05?0.28%、Mn:0.05?0.92%、P:0.040%以下、S:0.010%以下、Al:0.150%以下、Cr:14.00?20.00%、Ni:1.00%以下、N:0.020?0.060%を含有し、さらにV:0.005?0.100%、B:0.0001?0.0050%で、かつV/B≧10を満足して含有し、残部がFeおよび不可避不純物からなることを特徴とする、Elが30%以上、r値が1.3以上、Δrが0.3以下、うねりの高さが5.0μm以下であるフェライト系ステンレス鋼板。 ただし、うねりの高さとは、冷延焼鈍酸洗板の圧延方向からJIS5号引張試験片を採取し、試験片の片面を#600で仕上げ研磨し、試験片に20%の単軸引張の予歪を与えたのち、粗度計を用いて測定した試験片中央部の表面のうねりの高さである。 【請求項2】 V/B≧20を満足して含有することを特徴とする請求項1に記載のフェライト系ステンレス鋼板。 |
訂正の要旨 |
審決(決定)の【理由】欄参照。 |
異議決定日 | 2017-07-27 |
出願番号 | 特願2014-111185(P2014-111185) |
審決分類 |
P
1
651・
121-
YAA
(C22C)
P 1 651・ 113- YAA (C22C) |
最終処分 | 維持 |
前審関与審査官 | 守安 太郎 |
特許庁審判長 |
鈴木 正紀 |
特許庁審判官 |
金 公彦 河本 充雄 |
登録日 | 2015-12-11 |
登録番号 | 特許第5850090号(P5850090) |
権利者 | JFEスチール株式会社 |
発明の名称 | 成形加工性に優れたフェライト系ステンレス鋼板 |
代理人 | 井上 茂 |
代理人 | 森 和弘 |
代理人 | 森 和弘 |
代理人 | 井上 茂 |