• ポートフォリオ機能


ポートフォリオを新規に作成して保存
既存のポートフォリオに追加保存

  • この表をプリントする
PDF PDFをダウンロード
審決分類 審判 査定不服 特36条4項詳細な説明の記載不備 特許、登録しない。 C01B
管理番号 1333020
審判番号 不服2016-2125  
総通号数 215 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2017-11-24 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2016-02-12 
確定日 2017-09-28 
事件の表示 特願2012-14124「水素ガス発生装置」拒絶査定不服審判事件〔平成25年8月8日出願公開、特開2013-151400〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、平成24年1月26日の出願であって、その手続の経緯は以下のとおりである。

平成27年 6月19日付け:拒絶理由の通知
同年 9月 4日 :意見書、手続補正書の提出
同年11月 9日付け:拒絶査定
平成28年 2月12日 :審判請求書、手続補正書の提出
同年 2月15日 :手続補足書の提出
同年 4月28日 :上申書の提出
平成29年 4月 7日付け:審尋
同年 6月 8日 :回答書の提出
同年 6月 9日 :手続補足書の提出

第2 平成28年2月12日にされた手続補正(以下、「本件補正」という。)についての補正却下の決定
1.補正の却下の決定の結論
平成28年2月12日にされた手続補正を却下する。

2.理由
(1)補正の内容
本件補正により、請求項1の記載は、以下のとおり補正されるものである。(下線部は請求人が示した補正箇所である。)

【請求項1】
原料水を供給する原料水供給手段と、
前記原料水供給手段から供給される原料水を流入させて、下部位置が液体領域で、上部側が蒸気領域となっており、前記蒸気領域に設けた加熱手段によって、常圧下で液面近傍を600℃?700℃に加熱して過熱蒸気を発生させ、この過熱蒸気から分子状態の水素(H2)ガスと酸素(O2)ガスとの混合ガスを生成する過熱蒸気加熱槽と、
前記過熱蒸気加熱槽の液面の上部空間に開口し、この過熱蒸気加熱槽から前記混合ガスと過熱蒸気とを含む混合流体を流出させる蒸気流通管と、
沸点温度以下の水が所定の高さまで貯留され、前記蒸気流通管の他端を液面下に開口させることによって、前記混合流体から前記混合ガスと過熱蒸気とを分離して、過熱蒸気を復水させる気液分離槽と、
前記気液分離槽の液面上に接続され、この気液分離槽で過熱蒸気から分離したガスを取り出すガス流出管と、
前記ガス流出管内のガスを冷却する冷却手段と
から構成したことを特徴とする
水素ガス発生装置。

これに対し、本件補正前の請求項1の記載は、平成27年9月4日付けの手続補正書によって補正された請求項1に記載された、以下のとおりのものである。

【請求項1】
原料水を供給する原料水供給手段と、
前記原料水供給手段から供給される原料水を流入させて、下部位置が液体領域で、上部側が蒸気領域となっており、前記蒸気領域に設けた加熱手段によって、常圧下で液面近傍を600℃以上にまで加熱して過熱蒸気を発生させ、この過熱蒸気から分子状態の水素(H_(2))ガスと酸素(O_(2))ガスとの混合ガスを生成する過熱蒸気加熱槽と、
前記過熱蒸気加熱槽の液面の上部空間に開口し、この過熱蒸気加熱槽から前記混合ガスと過熱蒸気とを含む混合流体を流出させる蒸気流通管と、
沸点温度以下の水が所定の高さまで貯留され、前記蒸気流通管の他端を液面下に開口させることによって、前記混合流体から前記混合ガスと過熱蒸気とを分離して、過熱蒸気を復水させる気液分離槽と、
前記気液分離槽の液面上に接続され、この気液分離槽で過熱蒸気から分離したガスを取り出すガス流出管と、
前記ガス流出管内のガスを冷却する冷却手段と
から構成したことを特徴とする
水素ガス発生装置。

(2)補正の目的、新規事項の追加の有無
上記補正は、補正前の発明特定事項である、「常圧下で液面近傍を600℃以上にまで加熱して過熱蒸気を発生させ」ることを、「常圧下で液面近傍を600℃?700℃に加熱して過熱蒸気を発生させ」ることとして、温度範囲を限定するものである。
そして、補正前の請求項1に記載された発明と、補正後の請求項1に記載された発明(以下、「本件補正発明」という。)との産業上の利用分野、及び解決しようとする課題は同一であると認められる。
よって、上記補正は、特許法第17条の2第5項2号に掲げる、いわゆる特許請求の範囲の限定的減縮を目的とするものに該当する。

また、上記補正後の温度範囲は、本願の当初請求項4に記載されていた事項であるから、上記補正は、特許法第17条の2第3項に規定する、いわゆる新規事項の追加にあたるものではない。

(3)独立特許要件
本件補正発明が、独立して特許を受けることができるものであるかどうかについて検討したが、本願明細書の発明の詳細な説明の記載は、本件補正発明について、特許法第36条第4項第1号に規定する実施可能要件を満たしていない。
以下、その理由について詳述する。

ア 特許法第36条第4項第1号(実施可能要件)
特許法第36条第4項第1号実施可能要件を定める趣旨は、明細書の発明の詳細な説明に、当業者がその実施をすることができる程度に発明の構成等が記載されていなければ、発明の公開の意義が失われ、発明を公開した者に対して特許権という独占権を付与することにより発明の保護を図り、第三者に対して発明の技術内容を知らせて発明を利用する機会を与える、という特許制度の目的が失われることになるためであると解される。
そして、物の発明における発明の実施とは、その物の生産、使用等をする行為をいう(特許法第2条第3項第1号)から、物の発明である本件補正発明について上記実施可能要件を満たすためには、本願明細書の発明の詳細な説明の記載に基づいて、当業者が過度の試行錯誤を要することなく、本件補正発明に係る物を製造し、使用することができる程度の記載があることを要する。
よって、本願明細書の発明の詳細な説明が、上記要件を満たしているかについて以下に検討する。

イ 本件補正発明
本件補正発明は、上記(1)に記載されたものである。

ウ 発明の詳細な説明の記載
本願明細書の発明の詳細な説明には、本件補正発明に関連して以下の記載がある。

「【0008】
原料水から過熱蒸気を生成し、この過熱蒸気をさらに高い温度にまで加熱すると、水素ガスと酸素ガスとを含むブラウンガスに近い成分の蒸気混合ガスが生成される。・・・また、この混合ガスには水素ガスだけでなく、酸素ガスも副次的に生成される。」

「【0010】
水素ガスを含むガスを生成する方式としは種々開発されているが、過熱蒸気加熱槽で原料水を加熱して、過熱蒸気を生成し、この過熱蒸気を常圧下でさらに加熱すると、具体的には600℃以上にまで加熱すると、水素ガスと酸素ガスとを含むブラウンガスに近い組成の蒸気ガスが発生する。過熱蒸気加熱槽内の加熱は、電磁誘導コイルを用いた電磁誘導加熱手段を用いると、加熱効率が高く、エネルギー損失が少ないので最も望ましい。加熱温度は、水素ガスを含むガスの発生のためには600℃以上とするが、温度をあまり高くすると、エネルギーロスが生じることから、加熱温度は600℃?700℃程度とする。」

「【0012】
過熱蒸気加熱槽内を、電磁誘導等による加熱手段により加熱することによって、原料水が加熱されて、過熱蒸気が発生する。この過熱蒸気をさらに加熱すると、水素ガスを含むガスが生成され、このガスと過熱蒸気との混合流体が発生する。この混合流体を過熱蒸気加熱槽の上部位置に開口させた蒸気流通管で取り出して、気液分離槽に導き、この気液分離槽でガスを過熱蒸気から分離する。ここで、水素ガスを含むガスは気体の状態で安定し、ガスが分離する以前の過熱蒸気は温度が低下したときに復水する。気液分離槽内では復水した水が滞留しており、この滞留水の液面下に高圧蒸気管の端部を浸漬させておくと、過熱蒸気は滞留水に混合される一方、ガスは気泡となって上昇することになる。その結果、気液分離槽の下部は蒸気からの復水を含む水が滞留し、気液分離槽の上部にはガスが充満することになり、気液分離が行われる。
【0013】
従って、気液分離槽の上部にガス流出管を接続しておけば、水素ガスを含むガスのみが取り出される。」

「【0016】
以下、図面に基づいて本発明の実施の形態について説明する。図1において、1は原料水供給手段としての原料水タンクであって、この原料水タンク1には原料となる水が貯留されている。発生するガスは水素(H_(2))ガスと酸素(O_(2))ガスとが概略2:1の割合で含まれる混合気体であり、蒸気を含んだブラウンガスに近いガスである。」

「【0018】
ここで、原料水タンク1から供給される原料水は水素と酸素との混合ガスを生成するためのものである。この混合ガスの生成は、原料水を加熱して、過熱蒸気を発生させることにより行われるものであり、爆発等が発生しない安定したガスである。原料水は100℃になると蒸気となり、この加熱度合いをより高くすることによって過熱蒸気となり、水素ガスを含むガスが生成されることになる。過熱蒸気をさらに加熱すると、具体的には600℃?700℃にまで加熱すると、水素と酸素とが分離した混合ガスが生成される。また、この過熱蒸気加熱槽2内では、ガス化する前の段階である過熱蒸気も混在しており、従って過熱蒸気加熱槽2には混合ガスと過熱蒸気との混合流体が生成されることになる。
【0019】
このように、過熱蒸気加熱槽2には原料水タンク1から原料水が供給されて、この混合流体が過熱蒸気加熱槽2から取り出される。ここで、原料水の加熱は、エネルギーの消費をできるだけ低く抑制するために、液面及び液面上の領域に対して集中的に行うようにしている。」

「【0021】
過熱蒸気加熱槽2には、電磁誘導コイルからなる加熱手段8が装着されており、この加熱手段8によって、過熱蒸気加熱槽2の内部が加熱される。ここで、過熱蒸気加熱槽2は、下部位置が液体領域9で、上部側が蒸気領域10となっており、液面の水が加熱されることによって、液体領域9から蒸気が発生することになる。・・・このように、液面は多少上下するが、加熱手段8は常に過熱蒸気加熱槽2における蒸気領域10に位置し、液体領域9内に浸漬することはない。
【0022】
過熱蒸気加熱槽2において、加熱手段8は蒸気領域10の空間を加熱するものであり、これと共に液体領域9における液面も加熱される。その結果、蒸気空間10で蒸気が発生し、蒸気空間10は過熱蒸気で充満することになる。蒸気領域10に充満している蒸気が加熱手段8により加熱されて、過熱蒸気が生成される。そして、蒸気領域10において、過熱蒸気が600℃?700℃にまで加熱されると、この過熱蒸気から分子状態の水素(H_(2))ガスと酸素(O_(2))ガスとからなる混合ガスが生成されることになる。従って、過熱蒸気加熱槽2における蒸気領域10では、混合ガスとガス化されていない過熱蒸気との混合流体が高温状態で充満している。
【0023】
過熱蒸気加熱槽2には蒸気流通管11が接続されており、この蒸気流通管11は、過熱蒸気加熱槽2の上部位置に接続されている。従って、過熱蒸気加熱槽2内には過熱蒸気と水素ガスを含むガスとの混合流体の上昇流が生じ、この混合流体は蒸気流通管11内に流入することになる。蒸気流通管11の他端は気液分離槽12に接続されている。気液分離槽12の内部には所定の液面高さの水が貯留されており、蒸気流通管11の他端は気液分離槽12において、気液分離槽12における液面より下部位置に開口している。
【0024】
気液分離槽12には加熱手段が設けられておらず、加熱手段8により加熱されている過熱蒸気加熱槽2より十分低い温度状態となっている。このために、過熱蒸気加熱槽2で発生した過熱蒸気と混合ガスとの混合流体は蒸気流通管11から気液分離槽12に流入することになる。気液分離槽12に貯留されている水は沸点以下であり、混合流体は蒸気流通管11を通る際に冷却されて、蒸気成分が復水される。その結果、混合ガスが気液分離槽12内の上部領域に充満することになり、復水した水は下部側に滞留するようにして、気液が分離される。
【0025】
以上のようにして蒸気から分離された水素ガスを含む混合ガスはガス流出管13に流入することになる。そして、ガス流出管13の途中には冷却手段14が設けられており、この冷却手段14によって、ガス流出管13内を流れるガスが冷却される。ここで、図示した冷却手段14は、ガス流出管13に接続した蛇行配管13aと、この蛇行配管14aに向けて冷却風を供給する冷却ファン14bとから構成した空冷式のものである。一方、気液分離槽12の内部には水が貯留されており、過熱蒸気が復水することによって、内部の液面が上昇することになる。そこで、気液分離槽12の液面が所定のレベル以上になると、排出管路15を介して外部に排出される。これによって、気液分離槽12の内部の液面は常に一定のレベルに保持される。
【0026】
・・・このように、過熱蒸気が分離されたガスが鼻カニューレ15を介して人体に供給することができる。そして、この鼻カニューレ15に供給される前の段階で、冷却手段14によって、ガスを人体に対して危険のない温度、例えば20℃程度にまで冷却されることになる。」

「【図1】



エ 技術常識の検討
本件補正発明は、「常圧下で液面近傍を600℃?700℃に加熱して過熱蒸気を発生させ、この過熱蒸気から分子状態の水素(H2)ガスと酸素(O2)ガスとの混合ガスを生成する」ことを特定事項とする。
そして、本願明細書【0010】、【0016】、【0018】、【0022】には、過熱蒸気加熱槽で原料水を加熱して過熱蒸気を生成し、この過熱蒸気を常圧下で600℃?700℃に加熱すると、水素ガスと酸素ガスとが概略2:1の割合で含まれる混合ガスが生成されることが記載されている。

そこで、まず、水を加熱して水素と酸素とに分解する、水の直接熱分解のために必要となる温度について、当業者の技術常識を検討する。

審査でも引用された文献10の図27には、水の分解温度(Water decomposition temperature)と解離した水素のモル分率(mole fraction of dissociated hydrogen)との関係について記載されており、常圧(「PRESSURE(ATA)」が「1.0」)の場合、2000K程度まで加熱しない限り、解離した水素(Dissociated H_(2))は「0.0」であることが視認できる。

文献10:桜井武麿、「太陽炉とその応用」、応用物理、社団法人応用物理学会、1981年、第50巻、第4号、第368?378ページ



そして、文献10の第378ページ左欄第3?10行には、上記文献10の図27に関し、「Fig.27は,直接熱分解すると予想される水素のモル分率を温度に対して示したものである.この図に見るように,水素を効率よく得るためには,きわめて高い温度の発生とその温度における水素と酸素との分離が必要で,東北大学の炉といえども快晴でなければ4,000Kの温度が得られないことを考え合わせれば,直接熱分解方式が容易なものでないことを理解することができる.」と記載されている。(下線部は当審において付した。)

また、例えば以下に示す文献Aにも、熱力学的な計算から、水の直接熱分解には2800K以上の温度が必要になることが記載されている。

文献A:上田隆三ら、「核エネルギーを利用した水からの水素製造法」、日本原子力研究所、1974年3月、第1?6ページ

上記のとおり、水を直接熱分解するために、2000K程度ないしそれ以上の温度を必要とすることは、一般に知られた技術常識である。

オ 発明の詳細な説明の記載の検討
本願明細書【0010】、【0016】、【0018】、【0022】には、過熱蒸気加熱槽で原料水を加熱して過熱蒸気を生成し、この過熱蒸気を常圧下で600℃?700℃に加熱すると、水素ガスと酸素ガスとが概略2:1の割合で含まれる混合ガスが生成されることが記載されているが、かかる記載は、上記「エ」で指摘した、水の直接熱分解に関する当業者の技術常識に整合しない。

そこで、本願明細書の発明の詳細な説明のその他の記載から、過熱蒸気を常圧下で600℃?700℃に加熱することで、水素ガスと酸素ガスとが概略2:1の割合で含まれる混合ガスを生成することが、当業者に過度の試行錯誤を要することなく実施可能であるかどうかについて、更に検討する。

本願明細書【0010】、【0021】には、電磁誘導コイルからなる加熱手段8により、過熱蒸気加熱槽2の上部側の蒸気領域10を加熱することが記載されているが、前記記載に加えて本願図1を参照しても、加熱手段の具体的な構造は何ら記載されていない。
また、原料水を加熱して、過熱蒸気を生成し、この過熱蒸気を常圧下で600℃?700℃に加熱する以外の具体的な操作についても、何ら記載されていない。
加えて、本願明細書【0023】?【0025】には、気液分離槽12により過熱蒸気と混合ガスとの混合流体から蒸気成分が復水により分離され、「蒸気から分離された水素ガスを含む混合ガス」が、ガス流出管13から流出することが記載されているが、該「蒸気から分離された水素ガスを含む混合ガス」の組成について、具体的なデータの開示は一切されていない。

してみれば、上記「エ」で指摘したとおり、常圧下で水を直接熱分解するためには、2000K程度ないしそれ以上の温度が必要であることが当業者の技術常識であるにもかかわらず、常圧下で過熱蒸気を2000Kよりはるかに低い600℃?700℃に加熱することのみによって、水素ガスと酸素ガスとが概略2:1の割合で含まれる混合ガスを生成する、という本件補正発明を実施するために、具体的にどのような装置を用い、具体的にどのような操作を行えばよいのか、また、実際に水素ガスと酸素ガスとが概略2:1の割合で含まれる混合ガスが得られているのか否か、本願明細書の発明の詳細な説明の記載から、当業者が理解できるとはいえない。

また、例えば、審査でも引用された文献8の【0013】にも、「例えば、 酸化チタン(TiO_(2))の粉末と水酸化カリウム(KOH)の粒子とを加熱混合せしめて固化して触媒とし、この触媒に600℃の水蒸気を接触させると水素と酸素と水蒸気が発生する。」と記載されているように、複数の化学反応を組み合わせることによって、直接熱分解よりも低温で水を水素ガスと酸素ガスとに分解する、水の熱化学分解は当業者に知られている。
しかしながら、本願明細書の発明の詳細な説明には、そのような技術的手段を用いることについて何ら記載も示唆もされておらず、本願明細書の発明の詳細な説明の記載から、そのような技術的手段を用いることを、当業者が合理的に理解できるものとはいえない。

更に、以下に示す文献B、Cにも記載のとおり、鉄などの金属と高温水蒸気とが接触すると、金属の種類によっては数百℃ないしそれ以下でも水が還元され、水素ガスが発生することは技術常識である。
しかしながら、この反応において酸素は金属と化合するものであり、酸素ガスが発生するものではないから、「過熱蒸気から分子状態の水素(H2)ガスと酸素(O2)ガスとの混合ガスを生成する」ことを特定事項とする本件補正発明とは異なるものである。

文献B:今西宏徳、「酸化鉄の還元・再酸化を利用した水素貯蔵のための擬似移動層型反応器の設計」、東京工業大学博士論文、2008年、第52?54ページ
文献C:化学大辞典編集委員会編、「化学大辞典3 縮刷版」、共立出版株式会社、1963年9月15日、第924ページ(酸化鉄(III)鉄(II)の項)

上記のとおりであるから、本願明細書の発明の詳細な説明の記載は、「常圧下で液面近傍を600℃?700℃に加熱して過熱蒸気を発生させ、この過熱蒸気から分子状態の水素(H2)ガスと酸素(O2)ガスとの混合ガスを生成する」ことを特定事項とする本件補正発明を、当業者が過度の試行錯誤を要することなく容易に実施できるように記載されているとはいえない。

カ 請求人の主張の検討
(ア)平成28年2月15日付け手続補足書で提出された「分析、試験等成績書」について
請求人は審判請求書において、「水を常圧下で所定の温度まで加熱すると、水蒸気が発生するが、この水蒸気を所定温度以上の過熱蒸気とすると、熱分解により水素ガス及び酸素ガスが生成される。加熱温度を600℃?700℃とすることで、低濃度であるものの、水素ガス(及び酸素ガス)を含んだ空気が生成することは可能である。」と主張している。

そして、「神奈川県産業センターにおいて、水を加熱して水蒸気を発生させ、この水蒸気を250℃にまで過熱し、このときのガスの成分を分析したところ、1.4%(体積%)の水素ガスが生成されたことが確認されている。」と主張し、平成28年2月15日付けの手続補足書において、神奈川県産業センターにより発行された「分析、試験等成績書」を提出した。
なお、下線部の温度(250℃)は、本願明細書【0010】や【0018】の記載と整合しないものであり、「分析、試験等成績書」に記載されたガスクロマトグラフ分析装置への注入温度と混同したものと認められるので、以下の検討においては、下線部の温度を、審尋に対する回答書に記載され、本願明細書の記載とも整合する「概略700℃」であるとして行なった。

上記「分析、試験等成績書」には、「『ENEL-02』から発生するガスの水素定量結果」が「1.4体積%」であることが記載されている。
そこで、当該分析結果が、本願明細書に記載された、本件補正発明の追試といえるかどうかについて検討する。

まず、上記「分析、試験等成績書」には、「ENEL-02」なる装置が具体的にいかなる装置であり、また、いかなる条件で運転された結果であるか、具体的には何ら記載されておらず、不明である。
そこで、当審において、上記「ENEL-02」がいかなる装置であるか、並びに、分析時の運転条件及び過熱温度の測定方法について審尋し、請求人に回答を求めたところ、請求人は、参考資料1として「水素吸引装置ENEL-02のリーフレット」と、参考資料2として「水素吸引装置の構造図」を提出し、回答書において、下記のとおり回答した。

「ENEL-02の具体的な装置構成としては、参考資料2にあるように、ミネラルウオータータンクA及びサブタンクBからなる原料水供給手段と、下部側に所定の液面高さを有する液体領域で、上部側が空間となった蒸気領域となり、蒸気領域の液面近傍を電磁誘導加熱することによって600℃?700℃にまで過熱した過熱蒸気を発生させる過熱蒸気加熱槽Cを有する過熱蒸気加熱手段と、所定高さの液面を有する貯水タンクDからなる気液分離手段を備えたものであります。そして、過熱蒸気加熱槽Cと貯水タンクDとの間は、一端が過熱蒸気加熱槽Cの蒸気領域に開口し、他端が貯水タンクDの液面下に開口する蒸気流通管Eで接続されています。さらに、貯水タンクDの上部位置からガスを取り出し、冷却手段Fで冷却する構成となっています。
この装置構成は、本件特許出願の図1に示されているものと実質的に同じものであり、特許請求の範囲に記載した事項であります。
平成28年2月15日に本出願人が提出した『分析、試験等成績書』における試料ガスは前述した構成を有するENEL-02の過熱蒸気加熱槽Cで水蒸気を概略700℃まで加熱して得られたものであって、この過熱により水素ガスH2が発生しますが、さらに蒸気流通管Eにより貯水タンクDに過熱した水蒸気を導くことによって、気液分離を行いました。このようにして最終的に得られた水素ガスH2(及び酸素ガスO2)を含んだ混合気体の成分分析を行った結果のデータです。なお、このときの気体の温度は250℃となっていました。」

そこで、審尋に対する上記回答を踏まえて、上記「分析、試験等成績書」に記載された分析結果が、本願明細書に記載された、本件補正発明の追試といえるかどうかについて、更に検討する。

まず、「分析、試験等成績書」の「【ガスクロマトグラフ分析の結果】」によると、「ENEL-02」から発生するガスは、水素濃度が1.4体積%であり、大量の酸素及び窒素を含むものであることが記載されている。


(「分析、試験等成績書」より抜粋)

そこで、上記「『ENEL-02』から発生するガス」が、本件補正発明の水素ガス発生装置によって得られるガスを追試したものといえるか否かについて検討するために、本願明細書の記載を参照する。
本件補正発明は、「分子状態の水素(H2)ガスと酸素(O2)ガスとの混合ガスを生成する」過熱蒸気加熱槽を有し、本願明細書【0018】には、「過熱蒸気加熱槽2には混合ガスと過熱蒸気との混合流体が生成される」ことが記載され、同【0022】にも、「過熱蒸気加熱槽2における蒸気領域10では、混合ガスとガス化されていない過熱蒸気との混合流体が高温状態で充満している」と記載されている。(下線部は当審において付した。以下本項について同じ。)
そして、同【0024】には、「過熱蒸気加熱槽2で発生した過熱蒸気と混合ガスとの混合流体は・・・気液分離槽12に流入することになる。・・・混合流体は蒸気流通管11を通る際に冷却されて、蒸気成分が復水される。その結果、混合ガスが気液分離槽12内の上部領域に充満することになり、復水した水は下部側に滞留するようにして、気液が分離される。」と記載され、同【0025】には、「以上のようにして蒸気から分離された水素ガスを含む混合ガスはガス流出管13に流入することになる。」と記載されている。
したがって、本願明細書の上記記載のとおりであれば、本願明細書に記載された水素ガス発生装置により得られ、ガス流出管13から流出するガスの組成は、分子状態の水素ガスと酸素ガスとが概略2:1の割合で含まれる混合ガス(及び、復水しなかったごく少量の水蒸気)となるはずである。

しかしながら、「分析、試験等成績書」に記載された、「『ENEL-02』から発生するガス」の分析結果は、上記のとおり、水素濃度が1.4体積%であり、大量の酸素及び窒素を含むものである。
すなわち、「分析、試験等成績書」に記載された「『ENEL-02』から発生するガス」の分析結果は、本願明細書に記載された、本件補正発明の水素ガス発生装置により得られるガスの組成と整合しないものである。

この点について請求人は、審判請求書の(2)や(5)において、過熱蒸気加熱槽を常圧の状態で過熱すると、槽内には水素ガスと酸素ガスとが空気中に含まれた混合気体と、水蒸気とが混合した流体が生成されると主張している。
しかしながら、本願明細書【0022】には、「過熱蒸気加熱槽2における蒸気領域10では、混合ガスとガス化されていない過熱蒸気との混合流体が高温状態で充満している」と記載されており、上記請求人の主張は、前記本願明細書の記載と整合するものではないから、採用できない。

小括すると、請求人は、審尋における回答において、「分析、試験等成績書」に記載された「ENEL-02」が、本願明細書に記載された、本件補正発明の水素ガス発生装置であると主張するが、上記のとおり、該「分析、試験等成績書」に記載された、「『ENEL-02』から発生するガス」の分析結果は、本願明細書の記載と整合して理解することが困難なものである。
したがって、当該分析結果は、本願明細書に記載された、本件補正発明の追試であるとはいえないから、請求人の上記主張は採用できない。

上記のとおりであるから、該「分析、試験等成績書」に記載された分析結果によって、本願明細書の発明の詳細な説明の記載の不備が補われるものとは認められないから、かかる分析結果を参照したとしても、本件補正発明の特定事項である、600℃?700℃で過熱蒸気から水素ガスと酸素ガスとの混合ガスが生成することを、当業者が合理的に理解できるものとはいえない。

(イ)水の直接熱分解に必要な温度について
上記「エ」に記載した、文献10の図27について、請求人に審尋し、回答を求めたところ、請求人は回答書において、下記のとおり回答した。

「図示されているのは、熱分解される際の温度に対する水素のモル分率の変化を示したものであり、水素の発生量が0.0というものではないことは明らかです。つまり、この文献10からは、空気中の水分が何度でH2とO2とに分解するのかを示したものではありません。要するに、圧力がATAで1.0として、水を二千数百Kの温度にまで加熱したときにおける水素のモル分率を0.0としたときに、さらにガスをそれ以上に加熱すると、このモル分率が加熱度合に応じて上昇することが示されております。しかしながら、2000Kの以下の温度でガス中に含まれる解離した水素が存在しないということを記載したものではありません。」

しかしながら、上記「エ」で既に指摘したとおり、水を直接熱分解するために、2000K程度ないしそれ以上の温度を必要とすることは、一般に知られた技術常識であり、請求人の主張はかかる技術常識に反するものであるにもかかわらず、請求人の主張は、その根拠を具体的に提示するものではないから、採用できない。

(ウ)参考資料3、4について
請求人は回答書において、参考資料3として「医師による治療結果の報告書」と、参考資料4として「NASAにおける論文発表についての報告書」を提出したが、水素の医学的作用効果は、本件補正発明の実施可能要件を裏付けるものではない。

キ 本件補正発明の実施可能要件についてのむすび
上記のとおり、本件補正発明の、「過熱蒸気から分子状態の水素(H2)ガスと酸素(O2)ガスとの混合ガスを生成する」点について、本願明細書の発明の詳細な説明に記載された技術事項は、当業者の技術常識と整合しないものであり、本願明細書の発明の詳細な説明の記載から、該技術常識と整合しない本件補正発明を実施するための具体的な装置や操作、作用機序を当業者が理解できるものとはいえず、また、提出された「分析、試験等成績書」の記載内容は、本願明細書の記載と整合しておらず、本願明細書の発明の詳細な説明の記載の不備を補うものとは認められない。
よって、本願明細書の発明の詳細な説明の記載は、技術常識に照らして当業者が本件補正発明を実施できるように記載されているとはいえない。
また、請求人の主張を踏まえても、上記判断を左右するに足りるものとはいえない。
したがって、本願明細書の発明の詳細な説明は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たさず、本件補正発明は、独立して特許を受けることができないものである。

3.本件補正の却下の決定についてのむすび
以上のとおり、本件補正は、特許法第17条の2第6項において準用する同法第126条第7項の規定に違反するものであるから、本件補正は、同法第159条第1項の規定において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。
よって、上記補正の却下の決定の結論のとおり決定する。

第3 原査定の理由について
1.原査定の理由
本件補正前の請求項4に対する原査定の理由のうちの一つは、本件補正前の請求項4に係る発明について、本願明細書の発明の詳細な説明は、当業者が過度の試行錯誤を要することなく容易にその実施をできるように記載されたものではなく、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たさないから、本願は拒絶をすべきものである、というものである。

2.本願発明
本件補正は上記のとおり却下されたので、本願の請求項1?5に係る発明は、平成27年9月4日付けの手続補正書で補正された特許請求の範囲の請求項1?5に記載されたものであるところ、本願の請求項4に係る発明のうち、請求項1を引用する発明(以下、「本願発明4」という。)は、以下のとおりである。

「原料水を供給する原料水供給手段と、
前記原料水供給手段から供給される原料水を流入させて、下部位置が液体領域で、上部側が蒸気領域となっており、前記蒸気領域に設けた電磁誘導加熱手段によって、常圧下で原料水の液面近傍を600℃から700℃にまで加熱して過熱蒸気を発生させ、この過熱蒸気から分子状態の水素(H_(2))ガスと酸素(O_(2))ガスとの混合ガスを生成する過熱蒸気加熱槽と、
前記過熱蒸気加熱槽の液面の上部空間に開口し、この過熱蒸気加熱槽から前記混合ガスと過熱蒸気とを含む混合流体を流出させる蒸気流通管と、
沸点温度以下の水が所定の高さまで貯留され、前記蒸気流通管の他端を液面下に開口させることによって、前記混合流体から前記混合ガスと過熱蒸気とを分離して、過熱蒸気を復水させる気液分離槽と、
前記気液分離槽の液面上に接続され、この気液分離槽で過熱蒸気から分離したガスを取り出すガス流出管と、
前記ガス流出管内のガスを冷却する冷却手段と
から構成したことを特徴とする
水素ガス発生装置。」(下線部は、請求項4の特定事項であり、当審において付した。)

3.判断
前記「第2 2.(3)エ?カ」で検討したとおり、「過熱蒸気から分子状態の水素(H_(2))ガスと酸素(O_(2))ガスとの混合ガスを生成する」ためには、2000K程度ないしそれ以上の温度が必要であることが当業者の技術常識であり、本願明細書の発明の詳細な説明の記載は、技術常識に照らして当業者が本願発明4を実施できるように記載されているとはいえない。
また、請求人の主張を踏まえても、上記判断を左右するに足りるものとはいえない。
したがって、本願発明4について、本願明細書の発明の詳細な説明は、当業者が過度の試行錯誤を要することなく容易にその実施をできるように記載されたものではなく、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たさない。

第4 むすび
以上のとおり、本願発明4について、本願明細書の発明の詳細な説明は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たさないから、他の請求項に係る発明について検討するまでもなく、本願は拒絶されるべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2017-07-25 
結審通知日 2017-08-01 
審決日 2017-08-17 
出願番号 特願2012-14124(P2012-14124)
審決分類 P 1 8・ 536- Z (C01B)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 村岡 一磨  
特許庁審判長 新居田 知生
特許庁審判官 永田 史泰
後藤 政博
発明の名称 水素ガス発生装置  
代理人 特許業務法人 武和国際特許事務所  
代理人 特許業務法人 武和国際特許事務所  

プライバシーポリシー   セキュリティーポリシー   運営会社概要   サービスに関しての問い合わせ