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審決分類 審判 査定不服 1項3号刊行物記載 取り消して特許、登録 C12N
審判 査定不服 2項進歩性 取り消して特許、登録 C12N
審判 査定不服 特36条4項詳細な説明の記載不備 取り消して特許、登録 C12N
管理番号 1333554
審判番号 不服2017-12438  
総通号数 216 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2017-12-28 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2017-08-23 
確定日 2017-10-31 
事件の表示 特願2014-222238「MSC成長調節用の低剛性ゲル」拒絶査定不服審判事件〔平成27年 3月 5日出願公開、特開2015- 42184、請求項の数(38)〕について、次のとおり審決する。 
結論 原査定を取り消す。 本願の発明は、特許すべきものとする。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、平成20年6月30日を国際出願日(パリ条約による優先権主張2007年6月29日、2007年6月29日、2007年9月14日、いずれも米国)とする特願2010-514846の一部を、特許法第44条第1項の規定により平成26年10月31日に新たな特許出願として分割したものであって、主な経緯は以下のとおりである。

平成26年11月28日 手続補正書
平成27年10月28日付け 拒絶理由通知
平成28年 2月 1日 意見書、手続補正書、手続補足書
平成28年 2月29日 刊行物等提出書
平成28年 5月26日付け 拒絶理由通知
平成28年11月21日 意見書、手続補正書
平成28年11月22日 手続補足書
平成29年 1月 4日 刊行物等提出書
平成29年 1月26日 刊行物等提出書
平成29年 4月17日付け 拒絶査定
平成29年 8月23日 審判請求書
平成29年 8月25日 手続補足書

第2 原査定の概要
原査定(平成29年4月17日付け拒絶査定)の概要は次のとおりである。

1.本願請求項1-9に係る発明は、以下の引用文献2に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができない。

2.本願請求項1-38に係る発明は、以下の引用文献2-9に基づいて、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)が容易に発明できたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
(なお、拒絶査定の「●理由2(特許法第29条第2項)について」の項では、「・引用文献等 2-10」と記載されているが、引用文献10についての言及は見られず、これは明らかな誤記であるところ、請求人も平成28年11月21日付け意見書において引用文献1-9に基づく拒絶理由に対する反論を行っており、引用文献2-9に基づく拒絶理由であると正しく認識した上で議論がなされた上で拒絶査定されたものと認める。)

3.本願の発明の詳細な説明の記載に基づいて本願の請求項1-38に係る発明を実施するためには、当業者といえども過度の実験、試行錯誤を要するものであるから、本願の発明の詳細な説明は、請求項1-38に係る発明について特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない。

引用文献等一覧
2.Chin. J. Cell Mol. Immunol., 200 7.04, Vol.23, No.4, pp.369-371
3.Biochem. Biophys. Res. Commun., 2007.06.08(online), Vol.360, pp. 1-6
4.Cell, 2006, Vol.126, pp.677-689
5.Biophysical Journal, 2006, Vol.9 0, pp.3012-3018
6.Proc. Natl. Acad. Sci, 2004, Vol .101, pp.18024-18029
7.Cell Motility and the Cytoskelet on, 2005, Vol.60, pp.24-34
8.Tissue Engineering, 2006, Vol.12 , No.4, pp.821-830
9.国際公開第02/096978号
10.堀井貴司著, 平成23年度 修士論文, 間葉系幹細胞の増殖・分 化に及ぼすNicheの影響, 三重大学大学院光学研究科, 博士 前期課程分子素材工学専攻, 2011, pp.1-60

第3 本願発明
本願請求項1-38に係る発明(以下、それぞれ「本願発明1」-「本願発明38」という。また、まとめて「本願発明」ということがある。)は、平成28年11月21日付けの手続補正書の特許請求の範囲の請求項1-38に記載された事項により特定される発明である。
「【請求項1】
体外で、休眠状態が維持された間葉系幹細胞であって、当該休眠状態が下記(1)?(5)の特徴を有する、間葉系幹細胞(但し、前記間葉系幹細胞は、細胞周期のG0期で休止している間葉系幹細胞ではない):
(1)細胞が増殖していない、
(2)細胞が分化していない、
(3)細胞が増殖能及び分化能を維持している、
(4)細胞がトリパンブルー染色による染色性を欠く、及び
(5)細胞がストレスファイバーを欠く。

【請求項2】
前記休眠状態が、さらに以下の特徴を有する、請求項1に記載の間葉系幹細胞:
(6)細胞が丸い形態を呈する。
【請求項3】
栄養物質を含む培養液の存在下で、150?750Paの剛性を有するゲル又はゲルマトリックスと接触している条件において、前記間葉系幹細胞が上記(1)?(5)、又は(1)?(6)の特徴を呈する、請求項1または2に記載の間葉系幹細胞。
【請求項4】
上記間葉系幹細胞が、血清を含む培養液の存在下で、150?750Paの剛性を有するゲル又はゲルマトリックスと接触し、かつ前記ゲルマトリックスに含まれるゲルが接着タンパク質を含む、請求項1?3のいずれか一項に記載の間葉系幹細胞。
【請求項5】
培養液中の血清の含有量が10%である、請求項4に記載の間葉系幹細胞。
【請求項6】
前記接着タンパク質が、ヘテロ二官能性架橋剤と架橋されたものである、請求項4又は5に記載の間葉系幹細胞。
【請求項7】
前記接着タンパク質が、コラーゲン、フィブロネクチン、又はこれらの混合物である、請求項4?6のいずれか一項に記載の間葉系幹細胞。
【請求項8】
前記ゲル又はゲルマトリックスに含まれるゲルが、ポリアクリルアミドである、請求項3?7のいずれか一項に記載の間葉系幹細胞。
【請求項9】
前記ポリアクリルアミドゲルが、アクリルアミド:ビスアクリルアミドの混合比750:1?6:1の範囲で調製されたものである、請求項8に記載の間葉系幹細胞。
【請求項10】
休眠状態を誘導することによって又は休眠状態を維持することによって間葉系幹細胞を保存する方法であって、
前記方法が、150?750Paの剛性を有するゲル又はゲルマトリックス上で間葉系幹細胞を培養する工程を含み、かつ
前記間葉系幹細胞が、栄養物質を含む培養液の存在下で150?750Paの剛性を有するゲル又はゲルマトリックスと接触している、かつ
前記ゲルマトリックス中に含まれるゲルが接着タンパク質を含むものであり、
前記休眠状態が下記(1)?(5)の特徴を有する、方法(但し、前記間葉系幹細胞は、細胞周期のG0期で休止している間葉系幹細胞ではない):
(1)細胞が増殖していない、
(2)細胞が分化していない、
(3)細胞が増殖能及び分化能を維持している、
(4)細胞がトリパンブルー染色による染色性を欠く、及び
(5)細胞がストレスファイバーを欠く。
【請求項11】
前記休眠状態が、さらに以下の特徴を有する、請求項10に記載の方法:
(6)細胞が丸い形態を呈する。
【請求項12】
栄養物質を含む培養液の存在下で、150?750Paの剛性を有するゲル又はゲルマトリックスと接触している条件において、前記間葉系幹細胞が上記(1)?(5)、又は(1)?(6)の特徴を呈する、請求項10又は11に記載の方法。
【請求項13】
前記栄養物質が血清である、請求項12に記載の方法。
【請求項14】
前記ゲル又は前記ゲルマトリックスに含まれるゲルが、ポリアクリルアミドゲルである、請求項10?13のいずれか一項に記載の方法。
【請求項15】
前記接着タンパク質が、ヘテロ二官能性架橋剤と架橋したものである、請求項10?14のいずれか一項に記載の方法。
【請求項16】
前記接着タンパク質が、コラーゲン、フィブロネクチン、又はこれらの混合物である、10?15のいずれか一項に記載の方法。
【請求項17】
前記ポリアクリルアミドゲルが、アクリルアミド:ビスアクリルアミドの混合比750:1?6:1の範囲で調製されたものである、請求項14?16のいずれか一項に記載の方法。
【請求項18】
ゲル化剤及びアクリルアミド-ビスアクリルアミド混合物を含むゲルを含む、間葉系幹細胞に休眠状態を誘導又は維持させるために使用されるゲルマトリックスであって、
当該ゲルは、接着タンパク質を含み、
当該ゲルマトリックスは150?750Paの剛性を有し、且つ
当該休眠状態が下記(1)?(5)の特徴を有するものである、ゲルマトリックス(但し、前記間葉系幹細胞は、細胞周期のG0期で休止している間葉系幹細胞ではない):
(1)細胞が増殖していない、
(2)細胞が分化していない、
(3)細胞が増殖能及び分化能を維持している、
(4)細胞がトリパンブルー染色による染色性を欠く、及び
(5)細胞がストレスファイバーを欠く。
【請求項19】
前記休眠状態が、さらに以下の特徴を有する、請求項18に記載のゲルマトリックス:(6)細胞が丸い形態を呈する。
【請求項20】
栄養物質を含む培養液の存在下で、150?750Paの剛性を有するゲル又はゲルマトリックスと接触している条件において、前記間葉系幹細胞が上記(1)?(5)、又は(1)?(6)の特徴を呈する、請求項18又は19に記載のゲルマトリックス。
【請求項21】
前記栄養物質が血清である、請求項20に記載のゲルマトリックス。
【請求項22】
(a)前記ゲルマトリックスが、750:1?6:1の範囲のアクリルアミド:ビスアクリルアミド混合比を有し、及び/又は
(b)前記ゲルマトリックスが、3?7.5%のアクリルアミド総濃度を有し、及び/又は、
(c)前記ゲルマトリックスが、2次元又は3次元ゲルマトリックスであり、及び/又は(d)前記ゲルマトリックスが、ウシ胎児血清を含み、及び/又は
(e)前記接着タンパク質が、ヘテロ二官能性架橋剤とクロスリンクしたものであり、及び/又は、
(f)前記接着タンパク質が、コラーゲン、フィブロネクチン、又はこれらの混合物である、
請求項18?21のいずれか一項に記載のゲルマトリックス。
【請求項23】
間葉系幹細胞に休眠状態を誘導又は維持させるために使用される150?750Paの剛性を有するゲルマトリックスの製造方法であって、
当該方法が、アクリルアミドとビスアクリルアミドとを含む組成物を重合する工程、及び前記工程によって調製されたポリアクリルアミドゲルを接着タンパク質を含む組成物でコーティングする工程、
を含み、
当該休眠状態が下記(1)?(5)の特徴を有するものである、方法(但し、前記間葉系幹細胞は、細胞周期のG0期で休止している間葉系幹細胞ではない):
(1)細胞が増殖していない、
(2)細胞が分化していない、
(3)細胞が増殖能及び分化能を維持している、
(4)細胞がトリパンブルー染色による染色性を欠く、及び
(5)細胞がストレスファイバーを欠く。
【請求項24】
前記休眠状態が、さらに以下の特徴を有する、請求項23に記載の方法:
(6)細胞が丸い形態を呈する。
【請求項25】
栄養物質を含む培養液の存在下で、150?750Paの剛性を有するゲル又はゲルマトリックスと接触している条件において、前記間葉系幹細胞が上記(1)?(5)、又は(1)?(6)の特徴を呈する、請求項23又は24に記載の方法。
【請求項26】
前記栄養物質が血清である、請求項25に記載の方法。
【請求項27】
前記接着タンパク質が、ヘテロ二官能性架橋剤と架橋したものである、請求項23?26のいずれか一項に記載の方法。
【請求項28】
(a)前記ゲルが、2次元又は3次元であり、及び/又は
(b)前記血清が、ウシ胎児血清であり、及び/又は
(c)アクリルアミドとビスアクリルアミドとを含む前記組成物のアクリルアミドの総濃度が3?7.5%であり、及び/又は
(d)前記組成物のアクリルアミド:ビスアクリルアミド混合比が750:1?6:1の範囲であり、及び/又は
(e)前記接着タンパク質が、コラーゲン、フィブロネクチン、又はこれらの混合物である、
請求項23?27のいずれか一項に記載の方法。
【請求項29】
体外で間葉系幹細胞における休眠状態を誘導又は維持するための方法であって、
間葉系幹細胞の膜上にあるインテグリンに結合する接着タンパク質でコーティングされた150?750Paの範囲にある剛性を有するゲル又はゲルマトリックスに、前記間葉系幹細胞を接触させる工程と、
前記間葉系幹細胞に栄養物質を含む培養液を与える工程とを含み、
前記休眠状態が下記(1)?(5)の特徴を有する、方法(但し、前記間葉系幹細胞は、細胞周期のG0期で休止している間葉系幹細胞ではない):
(1)細胞が増殖していない、
(2)細胞が分化していない、
(3)細胞が増殖能及び分化能を維持している、
(4)細胞がトリパンブルー染色による染色性を欠く、及び
(5)細胞がストレスファイバーを欠く。
【請求項30】
前記休眠状態が、さらに以下の特徴を有する、請求項29に記載の方法:
(6)細胞が丸い形態を呈する。
【請求項31】
栄養物質を含む培養液の存在下で、150?750Paの剛性を有するゲル又はゲルマトリックスと接触している条件において、前記間葉系幹細胞が上記(1)?(5)、又は(1)?(6)の特徴を呈する、請求項29又は30に記載の方法。
【請求項32】
前記栄養物質が血清である、請求項31に記載の方法。
【請求項33】
前記ゲル又は前記ゲルマトリックスに含まれるゲルが、ポリアクリルアミドゲルである、請求項29?32のいずれか一項に記載の方法。
【請求項34】
前記接着タンパク質が、ヘテロ二官能性架橋剤と架橋したものである、請求項29?33のいずれか一項に記載の方法。
【請求項35】
前記接着タンパク質が、コラーゲン、フィブロネクチン、又はこれらの混合物である、請求項29?34のいずれか一項に記載の方法。
【請求項36】
前記ゲル又はゲルマトリックスに含まれるゲルが、ポリアクリルアミドである、請求項29?35のいずれか一項に記載の方法。
【請求項37】
前記ポリアクリルアミドゲルが、アクリルアミド:ビスアクリルアミドの混合比750:1?6:1の範囲で調製されたものである、請求項36に記載の方法。
【請求項38】
体外で間葉系幹細胞に増殖を誘導するための方法であって、
請求項29?37のいずれか一項に記載の方法を実施して、休眠状態が誘導又は維持された間葉系幹細胞を得る工程と、
間葉系幹細胞の表面のインテグリンに接着する接着タンパク質でコーティングされた7500Paの剛性を有するゲル又はゲルマトリックスを含む増殖誘導材料に、前記間葉系幹細胞を体外で接触させる工程と、
細胞増殖を促進するために栄養・成長物質を供給する工程と、を含む、体外で間葉系幹細胞に増殖を誘導するための方法。」

第4 引用文献等に記載された事項
1.引用文献2について
原査定の拒絶の理由に引用された上記引用文献2には、次の事項が記載されている。なお、原文は中国語及び英語のため、平成28年2月29日付け刊行物等提出書の参考資料1の日本語訳、及び、平成28年11月22日付け手続補足書の参考資料3の英訳に基づく当審による翻訳文を示す。

(2-1)「[要約]目的:骨髄間葉系幹細胞の細胞サイクルをG0/G1期に同期化する培養条件を探索する。方法:骨髄間葉系幹細胞を培養してCD44、CD90、CD71、CD11bを用いてフローサイトメトリーによる検定を行い、通常及び低血清濃度という培養条件下での細胞サイクルの変化及びアポトーシスへの影響を観察する。」(第369頁左欄、[abstract](英文)第1?6行)

(2-2)「1.2.3低血清濃度が間葉系幹細胞の細胞サイクルに対する影響
(1)実験組分け:第5代骨髄間葉系幹細胞を取り、100、50、及び5mL/Lのウシ胎児血清培養グループを設けた。」(第370頁左欄第16?18行)

(2-3)「5mL/Lのウシ胎児血清培養グループについては、100mL/Lのウシ胎児血清で培養された第5代骨髄間葉系幹細胞を用いて、細胞が単一クローンのコロニーを形成するまで待ち、成長の状態により5mL/Lのウシ胎児血清を含むDMEMに変更し、そして細胞が底面を覆うまで1、3、4または5日間それらを培養した。」(第370頁左欄第23?26行)

(2-4)「フローサイトメトリーで細胞サイクルの測定を行ない、G0/G1期、S期とG2期での細胞の割合、及びsub-G1ピークの細胞の割合、即ちアポトーシス細胞の割合を記録する。」(第370頁左欄第31?33行)

(2-5)「継代回数が増えることにつれて、骨髄間葉系幹細胞は徐々に精製され、均一な長い紡錘状になり、依然として渦状に配列されている(図1)。第5代間葉系幹細胞を50mL/Lのウシ胎児血清で培養することになった後、細胞は依然として長い紡錘状を維持し、100mL/L血清濃度の培地で培養する場合より、細胞数の増加が速くなる。5mL/Lのウシ胎児血清で培養することになった細胞は、形態が広くて扁平であり、透光性が強くなる。」(第370頁左欄第41?46行)

(2-6)「低血清条件下でのインキュベーション時間が増加すると、S期とG2期の細胞数は減少し、G0/G1期の細胞は増加し、細胞はG0/G1期で停止する。停止は5mL/Lのウシ胎児血清で培養した5日目の細胞グループで最も顕著であり、S期の細胞はわずか2.5%、G2期は8.12%である。」(第371頁左欄第19?23行)

(2-7)「5mL/Lのウシ胎児血清で培養する条件下で細胞の形態が扁平に変化するのは、細胞増殖が停止に傾くことを示している[9]。」(第371頁左欄第29?31行)

(2-8)「しかし、5mL/Lの血清の作用時間のたつにつれて、アポトーシスの割合は通常状況相当又はさらに低いレベルに低下する。」(第371頁右欄第8?10行)

(2-9)「5mL/Lのウシ胎児血清で5日培養することで、細胞を比較的完全にG0/G1期にとめるとともに、アポトーシスの割合を顕著に低下することができ、間葉系幹細胞の細胞サイクルをG0/G1期に同期化させるために適当な培養条件である。」(第371頁右欄第15?18行)

2.引用文献3について
原査定の拒絶の理由に引用された上記引用文献3には、以下の事項が記載されている。
(3-1)「長期培養において、マウス脂肪由来間質細胞(mADSC)は、後の方の継代において増殖能力が顕著に低下し、老化形態を示し、特に骨形成について分化能も減退した。mADSCの寿命を延ばすために、我々の研究ではヒアルロナン(HA)を含む2つの培養条件が比較された。一つは培養培地の補充物(SHA)として、もう一つはHAが培養表面にあらかじめ被覆されたもの(CHA)である。通常の培地条件(対照)と比較して、SHAと共に培養されたmADSCは寿命が延長し、細胞の老化が減少し、骨への分化能力が高まった。CHA処理において、mADSCは緩やかな増殖プロファイルを有する細胞凝集塊を形成する傾向にあったが、SHAと同様の分化活性が維持された。mADSCをCHAから対照の培養表面へ移すと、寿命は延長し、骨への分化能も向上することが示された。我々の結果は、HAが長期培養されたmADSCの増殖能と分化能を保存するのに有効であることを示唆した。」(要約)

(3-2)「CHA上で培養すると、mADSCははるかに緩やかな増殖プロファイルを示し、P5以降の継代ではほとんど細胞数の増加はなかった。」(第3頁右欄第3?5行)

上記の記載から、引用文献3には
「ヒアルロナン被覆上でマウス脂肪細胞由来間質細胞(mADSC)を培養すると、細胞増殖が停止し、骨への分化活性が維持され、寿命が延長し、老化が抑制される。」という技術的事項が記載されていると認められる。

3.引用文献4について
原査定の拒絶の理由に引用された上記引用文献4には、以下の事項が記載されている。

(4-1)間葉系幹細胞をコラーゲンで被覆したアクリルアミドゲル上で通常の血清含有培地を用いて培養し、分化制御を行ったところ、間葉系幹細胞は、4?96時間程度の培養後、マトリックスに依存して分化した細胞に類似する形態の多様性を示した。脳を模した0.1?1kPaのゲル上では、接着し、拡散し、そして著しく枝分かれした糸状仮足に富む形態を示した。筋肉を模した8?17kPaのマトリックス上では、筋芽細胞と似た紡錘状形態を示した。類骨の架橋コラーゲンを模倣した25?40kPaのゲル上では、骨芽細胞と似た多角形形態の間葉系幹細胞が得られた。(図1、第679頁左欄第32?50行)

(4-2)間葉系幹細胞を0.1?1kPaの柔らかい剛性を有するアクリルアミドゲルと血清を含む培養条件下で1週間又は3週間培養した後、筋芽細胞誘導培地に培地を変えた。1週間培養したものは筋原性マーカーであるMyoDの発現が上昇したが、3週間培養したものは分化誘導培地においても細胞の形態やMyoDの発現にほとんど又は全く変化が見られなかった。(図4D)

4.引用文献5について
原査定の拒絶の理由に引用された上記引用文献5には、以下の記載がある。

(5-1)「皮質ニューロン及び星状細胞は、柔らかい基質上で培養した場合、マトリックスの剛性の変化に強く応答する。
本研究では、既存のポリアクリルアミドゲル重合法を、特定の細胞接着受容体に関与し得る新規な基質作成方法に改良した。胚性皮質解離物を、様々な伸展性のポリアクリルアミド又はフィブリンゲルスキャホールド上で培養した。柔らかいゲルの上では、星状細胞は拡散せず、硬い表面上の星状細胞の細胞骨格と比較してF-アクチンが乱れていた。ニューロンはしかしながら長い神経突起を伸ばし、柔らかいゲルと硬いゲルの両方でアクチンフィラメントを重合した。その上での混合培養では星状細胞がニューロンに対して過剰増殖するものである、ラミニン被覆された組織培養プラスチック又は硬いゲル基質と比較して、ラミニン被覆した柔らかいゲルは星状細胞の増殖を抑制する一方で、ニューロンの接着と増殖を促進した。」(要約第1?7行)

(5-2)「最適なニューロンの成長に必要とされる材料の剛性は、数百Paの弾性率を特徴とするが、無傷のラット脳で測定される範囲にある。」(要約第10?11行)

(5-3)ひずみ振動で測定した正常成人ラット脳、PAゲル、及びフィブリンゲル(平均±標準偏差)によると、柔らかいゲルはアクリルアミドとビスアクリルアミドを含む200Paのゲルである。(表1)

上記(5-1)?(5-3)より、引用文献5には「アクリルアミドとビスアクリルアミドを含むゲルマトリックスであり、脳内の環境を模した剛性200Paである柔らかいゲルで、星状細胞又はニューロンを培養したところ、星状細胞はF-アクチンが乱れ増殖が抑制されたが、ニューロンは接着と増殖が促進された。」という事項が記載されていると認められる。

5.引用文献6について
原査定の拒絶の理由に引用された上記引用文献6には、以下の事項が記載されている。

(6-1)「二次元培養での線維芽細胞は、多細胞生物の三次元の環境とは劇的にその挙動が異なる。しかしながら、この相違の根拠は不明である。一つの鍵となる相違は、二次元培養物の腹側側面に対して、及び三次元培養物の表面全体を通して、固定された細胞外マトリックス(ECM)受容体の空間的配置である。そこで、我々はECM受容体固定のトポグラフィーのみを変化させることで形態学的応答を引き起こすことができるか調べた。背側の細胞表面に存在する固定されたフィブロネクチン又はコラーゲンに対してポリアクリルアミドに基づいた基質を使用することにより、我々は二次元培養でよく拡散した線維芽細胞が速やかにin vivoでの線維芽細胞と同様の双極又は星状の形態に変化することを見出した。この環境の細胞は葉状仮足と大きいアクチン束を欠き、突出した突出部位の近くにのみ小さな接着斑を見出した。これらの応答は、基質剛性、カルシウムイオン、及び恐らくカルシウム依存性プロテアーゼであるカルパインに依存する。線維芽細胞は固定されたECM受容体の空間的分布及び機械的入力に反応していることが示唆される。これまで多くの研究で示されているように、細胞形状の変化は遺伝子発現、成長及び分化を含む様々な細胞活動に影響を及ぼし得る。」(要約)

(6-2)「材料及び方法
ポリアクリルアミドゲル基質の調製
記載されるように(22)、柔軟なポリアクリルアミドゲルが調製され、ウシ血清フィブロネクチン(シグマ、カタログno.4759)、仔ウシ皮膚コラーゲン(United States Biochemical)、又はBSA(シグマ A-7638、10mg/ml)で被覆された。」(第18024頁右欄第26?31行)

上記(6-1)?(6-2)より、引用文献6には「フィブロネクチン、コラーゲン又はBSAでコーティングされたポリアクリルアミドゲル上で、線維芽細胞を培養したところ、線維芽細胞の形状が双極又は星状の形態に変化し、葉状仮足と大きいアクチン束を欠き、突出した突出部位の近くにのみ小さな接着斑を見出した。」という技術的事項が記載されていると認められる。

6.引用文献7について
原査定の拒絶の理由に引用された上記引用文献7には、以下の事項が記載されている。

(7-1)アクリルアミドとビスアクリルアミドより調製した、剛性が2?55000Paであるポリアクリルアミドゲルに、ヘテロ二官能性架橋剤であるスルホ-SANPAHを用いてフィブロネクチン又はコラーゲンをコーティングしたゲル状の細胞基材と細胞を接触させ、さらに10%ウシ胎児血清を含む培地で細胞を培養し、単分子層を形成させ、細胞の形状や細胞骨格を観察した。(要約)

(7-2)線維芽細胞及びウシ大動脈内皮細胞を180Paの柔らかいゲルで培養すると丸い形状の細胞が得られたが、1600Paより軟らかいゲルで培養した細胞にはストレスファイバーや他のアクチン束が生じなかった。(第25?28頁、図2?3)

(7-3)細胞が接着する培養表面の剛性は、細胞の構造とタンパク質発現に大きく影響するようだが、細胞により効果は異なり、細胞がそれにより基質に結合する接着受容体の性質によるようである。(第34頁左欄結論第1?5行)

7.引用文献8について
原査定の拒絶の理由に引用された上記引用文献8には、以下の事項が記載されている。

(8-1)アルギン酸-GRGDYビーズに成人ヒト間葉系幹細胞を捕捉した。細胞は捕捉直後は球状であったが、24時間以内に伸展を開始し、3?9日培養後には伸展した形状となり、その形状が培養期間中(1か月間)にわたって維持された(第825頁左欄第2?11行、図1d、図2B)。

(8-2)間葉系幹細胞はビーズ中で増殖せず、かつ代謝活性を有する。トリパンブルー染色を用いて代謝活性が変化していないことを確認した(第825?826頁、図4)。

8.引用文献9について
原査定の拒絶の理由に引用された上記引用文献9には、ヤング率(弾性率)1×103?2×106Paであるエラスチン架橋体細胞培養用足場が記載されている。また、間葉系幹細胞を培養してもよい旨も記載されている。(特許請求の範囲、13頁22行?24行、第16頁20行?25行)

9.引用文献10について
原査定の拒絶の理由3において引用された上記引用文献10には、次の事項が記載されている。
「本研究結果、並びにA.J.Englerの結果では柔らかいゲル上でも細胞の伸長が観察された。しかし、J.P.Winerらの実験によるとせん断弾性率が250Paのゲル上でMSCを培養することにより形態は丸くなり、さらに増殖や分化を行わない休止期になったと報告している49)。本研究のゲルのせん断弾性率は文献を参考にすると?150Paである50)。
この違い、つまり細胞形態が及ぼす分化への影響が示唆される」(第28頁)

第5 原査定の理由1及び2について
1.本願発明1について
(1)引用文献2に記載された発明
第4 1.(2-1)?(2-9)の記載より、引用文献2には次の発明(以下、「引用発明」という。)が記載されていると認められる。

「5mL/Lのウシ胎児血清含有DMEM培地で5日間培養した間葉系幹細胞であって、以下の特徴を有する間葉系幹細胞。
(1)形態が広くて扁平であり、透光性が強い。
(2)S期とG2期の細胞数は減少し、G0/G1期の細胞は増加し、細胞はG0/G1期で停止している。
(3)アポトーシスの割合は通常状況相当又はさらに低いレベルである。」

(2)対比
本願発明1と引用発明とを対比すると、次のことがいえる。
ア 引用発明における「骨髄間葉系幹細胞」は、本願発明1における「間葉系幹細胞」に包含される。

イ 引用発明における「骨髄間葉系幹細胞」は、5mL/Lのウシ胎児血清含有DMEM培地で培養されており、体外で維持されていることは明らかである。

ウ 上記 第4 1.(2-7)によると、引用発明の間葉系幹細胞は「形態が広くて扁平であり、透光性が強い。」という形態より細胞増殖が停止していると認められる。また、同(2-6)の記載より、5mL/Lのウシ胎児血清での5日間培養後はS期(DNAの複製が行われる)、及びG2期(DNA合成から有糸分裂が起こるまでの間細胞が成長し続ける)にある細胞が著しく減少していることからも、同様のことがいえる。

エ 引用発明の「骨髄間葉系幹細胞」は5mL/Lのウシ胎児血清での培養後もその性質を維持していることは明らかであり、分化しておらず、また、増殖能及び分化能を維持していると認められる。

オ 引用発明の「骨髄間葉系幹細胞」は「G0/G1期」の間葉系幹細胞が大半を占めており、また引用文献2ではG0期とG1期が区別されておらず、G0/G1期」の細胞のうち全部がG0期であるとも限らないから、これらの中にはG0期でない細胞も含まれると認められる。

したがって、本願発明1と引用発明との間には、次の一致点、相違点があるといえる。

(一致点)
「体外で維持された間葉系幹細胞であって、下記(1)?(3)の特徴を有する、間葉系幹細胞(但し、前記間葉系幹細胞は、細胞周期のG0期で休止している間葉系幹細胞ではない):
(1)細胞が増殖していない、
(2)細胞が分化していない、
(3)細胞が増殖能及び分化能を維持している」

(相違点)
本願発明1が、休眠状態の間葉系幹細胞であって、休眠状態がさらに以下の特徴を有するのに対し、引用発明の間葉系幹細胞は下記の特徴について明示されていない点
「(4)細胞がトリパンブルー染色による染色性を欠く、
(5)細胞がストレスファイバーを欠く。」

(3)相違点についての判断
上記相違点について検討する。上記相違点のうち、「(5)細胞がストレスファイバーを欠く。」という特徴(以下「特徴(5)」という。)について、引用文献2には明示がない。
これについて、審判請求人は、平成29年8月23日付けの審判請求書において「引用文献2において、5mL/LのFBS存在下で培養された扁平な間葉系幹細胞はストレスファイバーを有しています。」と主張し、そのことを示すために、平成29年8月25日付け手続補足書の参考資料7として実験成績証明書を提出した。この参考資料7の[図1]Bより、引用文献2に記載の方法に従い5mL/Lのウシ胎児血清を含むDMEM培地で培養された骨髄間葉系幹細胞は扁平な形状を示し、ストレスファイバーを有することが見て取れる。

なお、原査定では、平成28年2月1日付け意見書の「ストレスファイバーがないということは、引用文献2の図1又は引用文献3のFig. 1に示されるような、紡錘形の形態はとっていないことを意味します。」という主張に基づき、引用発明の骨髄間葉系幹細胞は「扁平の形態である」、すなわち紡錘形の形態をとっていないことから「ストレスファイバーを有していない」と解釈し、特徴(5)を本願発明1と引用発明との一致点と認定している。しかしながら、当該参考資料7により、引用文献2に記載の方法に従い5mL/Lのウシ胎児血清を含むDMEM培地で培養された骨髄間葉系幹細胞、すなわち引用発明はストレスファイバーを有することが示されたことから、本願発明1の特徴(5)は、引用文献2に記載された技術的事項でないことが明確になった。

したがって、上記相違点のうち(4)の特徴については判断するまでもなく、本願発明1は、引用発明と相違するものである。

また、引用文献3-9のいずれにも、本願発明1の(1)?(5)の特徴を有する、休眠状態が維持された間葉系幹細胞は記載も示唆もされていない。引用文献3-9には、それぞれヒアルロナン被覆表面や、柔らかいゲル又はポリアクリルアミドゲル上又はアルギン酸ビーズ中で線維芽細胞等を培養又は維持することは記載されているものの、ゲルとの剛性と間葉系幹細胞の上記「休眠状態」との関連性や、これらのゲルを用いて間葉系幹細胞の本願発明1の(1)?(5)の特徴を有する「休眠状態」を誘導又は維持することは記載も示唆もされておらず、引用発明2の間葉系幹細胞に引用文献5-7、9に記載された発明の培養方法を適用して「休眠状態」を誘導又は維持することの動機づけもない。
したがって、本願発明1は、当業者であっても引用発明及び引用文献3-9に記載された技術的事項に基づいて容易に発明できたものとはいえない。

(4)本願発明1の効果について
本願発明1は、脂肪細胞への分化を誘導したところ、分化率がガラス上で間葉系幹細胞を維持した場合よりも有意に高かったことが記載されており(【0142】?【0144】等)、脂肪細胞分化に適しているという引用文献2-9からは予測し得ない効果を有する。

(5)小括
したがって、本願発明1は引用文献2に記載された発明ではなく、また、当業者であっても、引用文献2に記載された発明及び引用文献3-9に記載された技術的事項に基づいて容易に発明できたものとはいえない。

(6)平成29年4月17日付け拒絶査定のなお書きについて
平成29年4月17日付け拒絶査定では、なお書きとして、本願発明1、3-9について引用文献8に記載された発明と区別がつかないから、特許法第29条第1項第3号に該当し、また、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないと指摘している。
しかしながら、引用文献8に記載の間葉系幹細胞は、上記第4 7.で摘示したとおり、アルギン酸ビーズに捕捉後24時間以内に伸展し、その後も伸展を続けている。ここで、ストレスファイバーが、間葉系幹細胞等が紡錘形または伸展した形を維持する細胞骨格を構成するアクチン線維であるという技術常識に照らすと、引用文献8に記載された伸展した間葉系幹細胞はストレスファイバーを有するものと解釈することが自然である。
したがって、本願発明1、3-9は引用文献8に記載された発明ではなく、また、引用文献8に記載された発明に基づいて当業者が容易に想到し得たものでもない。

2.本願発明2-9について
本願発明2-9も、本願発明1の「休眠状態が下記(1)?(5)の特徴を有する、間葉系幹細胞(但し、前記間葉系幹細胞は、細胞周期のG0期で休止している間葉系幹細胞ではない):
(1)細胞が増殖していない、
(2)細胞が分化していない、
(3)細胞が増殖能及び分化能を維持している、
(4)細胞がトリパンブルー染色による染色性を欠く、及び
(5)細胞がストレスファイバーを欠く。」と同一の構成(「以下、「休眠状態」という。)を備えるものであるから、本願発明1と同じ理由により、引用文献2に記載された発明ではなく、当業者であっても、引用発明及び引用文献3-9に記載された技術的事項に基づいて容易に発明できたものとはいえない。

3.本願発明10-17について
本願発明10-17は、本願発明1に対応する間葉系幹細胞の保存方法の発明であり、本願発明1の「休眠状態」に対応する構成を備えるものであるから、本願発明1と同様の理由により、当業者であっても、引用発明及び引用文献3-9に記載された技術的事項に基づいて容易に発明できたものとはいえない。

4.本願発明18-22について
本願発明18-22は、本願発明1に対応する間葉系幹細胞に休眠状態を誘導又は維持させるために使用されるゲルマトリックスの発明であり、本願発明1の「休眠状態」に対応する構成を備えるものであるから、本願発明1と同様の理由により、当業者であっても、引用発明及び引用文献3-9に記載された技術的事項に基づいて容易に発明できたものとはいえない。

5.本願発明23-28について
本願発明23-28は、本願発明1に対応する間葉系幹細胞の休眠状態を誘導させるために使用されるゲルマトリックスの製造方法の発明であり、本願発明1の「休眠状態」に対応する構成を備えるものであるから、本願発明1と同様の理由により、当業者であっても、引用発明及び引用文献3-9に記載された技術的事項に基づいて容易に発明できたものとはいえない。

6.本願発明29-38について
本願発明29-38は、本願発明1に対応する間葉系幹細胞の休眠状態を誘導又は維持するための方法であり、本願発明1の「休眠状態」に対応する構成を備えるものであるから、本願発明1と同様の理由により、当業者であっても、引用発明及び引用文献3-9に記載された技術的事項に基づいて容易に発明できたものとはいえない。

第6 原査定の理由3について
(1)原査定の理由3について
原査定では、上記第4 9.で示した、引用文献10の「本研究のゲルのせん断弾性率は文献を参考にすると?150Paである」、「本研究結果、並びにA.J.Englerの結果では柔らかいゲル上でも細胞の伸長が観察された」(28頁)という記載及び出願時の技術常識に照らせば、たとえ150Paの剛性を有するゲル上で培養しても、その他の条件によって間葉系幹細胞の休眠状態を誘導又は維持できるか否かは異なる蓋然性が高いことが認識できるとして、「150?750Paの剛性を有するゲル又はゲルマトリックスを用いて上記請求項に係る発明を実施し、休眠状態が誘導又は維持された間葉系幹細胞を作製するには、例えば150Pa程度のゲル又はゲルマトリックスを用いる場合、引用文献10に開示されていない、間葉系幹細胞の休眠状態を誘導又は維持するために必要な培養条件を逐一検討して同定しなくてはならず、当業者といえども、過度の実験と試行錯誤を要するものである。」としている。
しかしながら、引用文献10では調製したコラーゲンゲルのせん断弾性率の測定を行っていない。また、「文献を参考にすると?150Paである50)」とする「文献50」(Biochemical and Biophysical Research Communications, Vol.401 (2010) p.287-292)では用いたコラーゲンがラット尾部由来type I コラーゲンであるのに対し、引用文献10のコラーゲンはその由来が不明のものであって、両者が同一のゲルの物性を示しているとは認められない。
そうすると、引用文献10のコラーゲンゲルのせん断弾性率が「?150Paである50)」とは、文献50を参考にした推測の域を出るものではなく、引用文献10に記載のコラーゲンゲルの実際のせん断弾性率は不明であって、引用文献10は本願発明が実施可能要件を満たさないことの根拠になり得るものではない。
また、仮に引用文献10のコラーゲンゲルのせん断弾性率が「?150Pa」であったとしても、本願発明1のせん断弾性率の「150Pa?750Pa」の範囲内にないゲルについての知見が、本願発明の実施可能要件の判断を左右することはない。

また、審判請求人は平成28年2月1日付け意見書において、本願実施例15に記載の方法に従って150Pa及び750Paのゲル上に蒔かれた間葉系幹細胞がストレスファイバーを欠く丸い形態となることを実証するデータを図2として示している。図2に示された間葉系幹細胞は、本願明細書の実施例で示された200Pa又は250Paのゲル上で休眠状態が誘導された間葉系幹細胞と同様の形態をとっており、本願発明1で規定される休眠状態の性質を有することが推認される。
このことからも、発明の詳細な説明は当業者が本願発明1-38を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されていないとまではいえない。

(2)小括
以上のとおり、本願の発明の詳細な説明は、本願発明1-38について、特許法第36条第4項第1号の要件を満たすものである。

(3)平成29年4月17日付け拒絶査定のなお書きについて
原査定では、なお書きとして、本願発明1-38のうち、「G1前期の態様を包含する請求項1に係る発明の範囲まで、発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化できない。」として、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていないと指摘している。
これに対して、請求人は平成29年8月25日付け手続補足書の参考資料7として実験成績証明書を提出し、実験例2において、本願発明の間葉系幹細胞でCDK4が活性化していることを示すとともに、p21が、Ras/Raf/ERKs経路を介して細胞分裂因子によってG1期に一過的に誘導され、これに関連してCDK4が活性化(リン酸化)することを示す参考資料10を提出して、本願発明が36条第6項第1号の要件を満たすことを主張する。
上記参考資料7の実験例2の結果及び参考資料10の記載を併せみれば、本願発明1の間葉系幹細胞がG0期を除く細胞周期の細胞であると解される。
よって、本願発明1は特許法第36条第6項第1号の要件を満たすものである。

第7 むすび
以上のとおり、本願発明1-9は、引用文献2に記載された発明ではなく、また、本願発明1-38は当業者が引用発明及び引用文献3-9に記載された技術的事項に基づいて容易に発明をすることができたものではない。
また、本願の発明の詳細な説明は、当業者が本願発明1-38を実施することが出来る程度に明確かつ十分に記載されたものである。
なお、本願発明1-38は発明の詳細な説明に記載したものである。

したがって、本願については、原査定の拒絶理由を検討してもその理由によって拒絶すべきものとすることはできない。
また、他に本願を拒絶すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり審決する。
 
審決日 2017-10-18 
出願番号 特願2014-222238(P2014-222238)
審決分類 P 1 8・ 121- WY (C12N)
P 1 8・ 536- WY (C12N)
P 1 8・ 113- WY (C12N)
最終処分 成立  
前審関与審査官 鳥居 敬司  
特許庁審判長 田村 明照
特許庁審判官 山本 匡子
長井 啓子
発明の名称 MSC成長調節用の低剛性ゲル  
代理人 特許業務法人三枝国際特許事務所  

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