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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  B32B
管理番号 1336143
異議申立番号 異議2016-700707  
総通号数 218 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2018-02-23 
種別 異議の決定 
異議申立日 2016-08-09 
確定日 2017-11-30 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第5862912号発明「シリコーン被膜金属材およびその製造方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第5862912号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1-4〕について訂正することを認める。 特許第5862912号の請求項1、2、4に係る特許を維持する。 特許第5862912号の請求項3に係る特許についての特許異議の申立てを却下する。 
理由 1.手続の経緯
特許第5862912号の請求項1-4に係る特許についての出願は、平成28年1月8日付けでその特許権の設定登録がされ、その後、特許異議申立人技研プロセス有限会社(以下「特許異議申立人」という)より請求項1-4に対して特許異議の申立てがされ、平成28年10月20日付けで取消理由が通知され、平成28年12月21日に意見書の提出及び訂正請求がされ、平成29年2月16日に特許異議申立人から意見書が提出され、平成29年5月17日付けで取消理由通知(決定の予告)がされ、平成29年7月18日に意見書の提出及び訂正請求がされたが、指定した期間内に特許異議申立人からは意見書の提出がなかったものである。

2.平成29年7月18日に請求された訂正の適否
(1)訂正の内容
ア 訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1に「脱脂処理以外の下処理を行わない板状、薄片状または箔状のアルミニウムまたはアルミニウム合金に主骨格としてシロキサン結合を有する重合体を塗布し、この主骨格としてシロキサン結合を有する重合体を塗布した前記アルミニウムまたはアルミニウム合金を20℃から50℃で20分間から40分間予備乾燥し、この予備乾燥した前記アルミニウムまたはアルミニウム合金を250℃から300℃で20分間から90分間乾燥させて、前記アルミニウムまたはアルミニウム合金の表面にシリコーン膜を形成することを特徴とするシリコーン被膜アルミニウムまたはアルミニウム合金の製造方法。」と記載されているのを、「脱脂処理であって有機溶剤法以外の下処理を行わない厚み20μmから200μmのアルミニウムまたはアルミニウム合金に主骨格としてシロキサン結合を有する重合体を塗布し、前記脱脂処理は前記主骨格としてシロキサン結合を有する重合体の塗布と併せて行い、この主骨格としてシロキサン結合を有する重合体を塗布した前記アルミニウムまたはアルミニウム合金を20℃から50℃で20分間から40分間予備乾燥し、この予備乾燥した前記アルミニウムまたはアルミニウム合金を250℃から300℃で20分間から90分間乾燥させて、前記アルミニウムまたはアルミニウム合金の表面にシリコーン膜を形成することを特徴とする食品用容器に用いられるシリコーン被膜アルミニウムまたはアルミニウム合金の製造方法。」と訂正する。(下線は訂正箇所を示す)
イ 訂正事項2
特許請求の範囲の請求項2に「前記予備乾燥した前記アルミニウムまたはアルミニウム合金を250℃超300℃で20分間から90分間乾燥させることを特徴とする請求項1に記載のシリコーン被膜アルミニウムまたはアルミニウム合金の製造方法。」と記載されているのを、「前記予備乾燥した前記アルミニウムまたはアルミニウム合金を250℃超300℃で20分間乾燥させることを特徴とする請求項1に記載のシリコーン被膜アルミニウムまたはアルミニウム合金の製造方法。」と訂正する。(下線は訂正箇所を示す)
ウ 訂正事項3
特許請求の範囲の請求項3を削除する。
エ 訂正事項4
特許請求の範囲の請求項4に「前記シリコーン膜の膜厚は0.1μmから5.0μmであることを特徴とする請求項1から請求項3のいずれか1項に記載のシリコーン被膜アルミニウムまたはアルミニウム合金の製造方法。」と記載されているのを、「前記シリコーン膜の膜厚は0.1μmから5.0μmであることを特徴とする請求項1または請求項2に記載のシリコーン被膜アルミニウムまたはアルミニウム合金の製造方法。」と訂正する。(下線は訂正箇所を示す)

(2)訂正の目的の適否、新規事項の有無、一群の請求項及び特許請求の範囲の拡張・変更の存否
ア 訂正事項1について
訂正事項1は、請求項1の記載において、アルミニウムまたはアルミニウム合金が、訂正前に「板状、薄片状または箔状」とあったものを、「厚み20μmから200μm」と特定厚さの箔状に特定するもの、訂正前には用途の限定はなかったものを、「食品用容器に用いられる」と特定するもの、及び、脱脂処理について、「有機溶剤法」で「前記主骨格としてシロキサン結合を有する重合体の塗布と併せて行い」と特定するものであるから、いずれも特許請求の範囲の減縮を目的としたものである。また、訂正事項1は、明細書の段落【0021】及び【0023】の記載からみて、明細書に記載された事項の範囲内のものと認められるから、新規事項の追加に該当しない。そして、訂正事項1は、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。
イ 訂正事項2について
訂正事項2は、請求項2の記載における乾燥時間について、訂正前に「20分間から90分間」であったものを、下限値の「20分間」のみに限定するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。
ウ 訂正事項3について
訂正事項3は、請求項3を削除するというものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。
エ 訂正事項4について
訂正事項4は、請求項3の削除に伴い、請求項4の係り受けを「請求項1または請求項2」と減少させるものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。
オ 一群の請求項について
訂正前の請求項1-4は、請求項2-4が、訂正の請求の対象である請求項1の記載を引用する関係にあるから、訂正前において一群の請求項に該当するものである。したがって、訂正の請求は、一群の請求項ごとにされたものである。

(3)訂正についてのまとめ
したがって、上記訂正請求による訂正事項1ないし4は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第9項で準用する同法第126条第4項から第6項までの規定に適合するので、訂正後の請求項1-4について訂正を認める。

3.当審の判断
(1)取消理由通知に記載した取消理由について
ア 特許法第29条第2項について
(ア)訂正後の請求項1-4に係る発明
上記訂正請求により訂正された訂正後の請求項1-4に係る発明(以下「本件発明1」等という)は、以下のとおりのものである。
「 【請求項1】
脱脂処理であって有機溶剤法以外の下処理を行わない厚み20μmから200μmのアルミニウムまたはアルミニウム合金に主骨格としてシロキサン結合を有する重合体を塗布し、
前記脱脂処理は前記主骨格としてシロキサン結合を有する重合体の塗布と併せて行い、
この主骨格としてシロキサン結合を有する重合体を塗布した前記アルミニウムまたはアルミニウム合金を20℃から50℃で20分間から40分間予備乾燥し、
この予備乾燥した前記アルミニウムまたはアルミニウム合金を250℃から300℃で20分間から90分間乾燥させて、前記アルミニウムまたはアルミニウム合金の表面にシリコーン膜を形成することを特徴とする食品用容器に用いられるシリコーン被膜アルミニウムまたはアルミニウム合金の製造方法。
【請求項2】
前記予備乾燥した前記アルミニウムまたはアルミニウム合金を250℃超300℃で20分間乾燥させることを特徴とする請求項1に記載のシリコーン被膜アルミニウムまたはアルミニウム合金の製造方法。
【請求項3】(削除)
【請求項4】
前記シリコーン膜の膜厚は0.1μmから5.0μmであることを特徴とする請求項1または請求項2に記載のシリコーン被膜アルミニウムまたはアルミニウム合金の製造方法。」

(イ)引用例
a 甲第1号証
取消理由通知において示した甲第1号証(「Product Data ワニス系シリコーン離型剤 YSR6209,YSR6209B」、モメンティブ・パフォーマンス・マテリアルズ・ジャパン合同会社、2008年5月改訂、p.1/2-2/2)には、以下の事項が記載されている。

(a)
「YSR6209、YSR6209Bは高温で焼き付けるワニスタイプのシリコーン離型剤です。・・・
特長
○離型性の持続性に優れています。
○高強度の離型皮膜を形成します。
○耐熱性に優れています。
○本品を高温焼付処理した食品用器具、容器は、食品衛生法、「食品、添加物等の規格基準」の「合成樹脂製の器具又は容器包装」の一般規格に適合する可能性があります。
用途
○パン、ビスケットなどの製造に用いられる天板、型、ベルトコンベアなどの離型剤
○冷凍菓子の型の半恒久的な離型剤
・・・
使用方法
1. 溶剤、酸、アルカリで処理、またはサンドブラストなどによって型を清浄にします。
2. 原液、あるいは必要により希釈して、ハケ塗り、浸漬、スプレー法などによって型に塗布します。・・・
3. 塗布後、20?30分風乾して溶剤を揮発させます。
4. 乾燥後、高温で焼付けします。標準焼付条件は以下のとおりです。」(1/2ページ)

(b)2/2ページの表
標準焼付条件として、温度250℃の時、時間60minであることが示されている。

(c)甲第1号証に記載された発明
以上の記載a、bから、甲第1号証には以下の発明が記載されていると認められる。
「溶剤、酸、アルカリ、サンドブラストの処理によって清浄にしたパン、ビスケットなどの製造に用いられる型にシリコーン離型剤を塗布し、
前記溶剤、酸、アルカリ、サンドブラストの処理は前記シリコーン離型剤の塗布前に行い、
このシリコーン離型剤を塗布した前記型を20?30分間風乾させて乾燥し、
この風乾させて乾燥した前記型を250℃で60分間焼付けて、前記型の表面にシリコーン離型剤の皮膜を形成する、パン、ビスケットなどの製造に用いられる型へのシリコーン離型皮膜の製造方法」(以下「甲1発明」という)

b 甲第2号証
取消理由通知において示した甲第2号証(「信越シリコーン 離型剤」、信越化学工業株式会社、2000年9月)には、以下のとおり記載されている。

(a)
「一般にシリコーン離型剤には下記の特長があります。
1
ほとんどの成形材料に使用できます
ゴム、プラスチック、金属から食品まで、さまざまな製品の離型用途に使用できます。」(2ページ)

(b)
「焼き付け型離型剤は、シリコーン樹脂を工業用ガソリンで希釈した製品です。溶剤を揮散させた後、高温で焼き付けることにより皮膜を形成し、長時間離型効果を発揮します。また、成形品に対して離型剤の移行が極めて少ないため、食品工業などにも広く使われています。・・・
KS700
KS700は特に持続性に優れています。標準焼き付け条件は、250℃?300℃で1時間です。」(9ページ)

(c)
「焼き付け型離型剤はシリコーンが約3?20%になるように、トルエン、キシレン、工業用ガソリン、石油系炭化水素などの溶剤で希釈してハケ、スプレーなどで塗布するか浸漬して下さい。型の全面に均一に塗布した後、常温または低温加熱で溶剤を揮発させ、次に焼き付け処理します。この時、処理する金型が油脂、ゴミ、カス等で汚れていると良好なシリコーン皮膜の形成が阻害され、離型効果、持続性が劣りますので、金型の洗浄は入念に行って下さい。
・・・
金型の処理方法
シリコーン離型剤を処理する場合、新しい型や一度使用した型、特に高速度シェルモールドは、金型に付着している有機物や酸化物を取り除く必要があります。処理には高温加熱処理、溶剤、酸、アルカリ溶液処理、または、みがき粉、サンドブラストによる研磨などの方法があります。」(12ページ)

(d)甲第2号証に記載された発明
以上の記載から、甲第2号証には以下の発明が記載されていると認められる。
「有機物や酸化物を取り除く処理によって付着している有機物や酸化物を取り除いた金属製食品工業用型にシリコーン離型剤を塗布し、
前記シリコーン離型剤を処理する場合、前記有機物や酸化物を取り除く処理を行っておき、
このシリコーン離型剤を塗布した前記金属製食品工業用型を常温で溶剤を揮発させ、
この常温で溶剤を揮発させた前記金属製食品工業用型を250℃?300℃で1時間焼き付けて、前記金属製食品工業用型の表面にシリコーン皮膜を形成するシリコーン皮膜金属製食品工業用型の製造方法。」(以下「甲2発明」という)

(ウ)甲1発明を主引例とした場合
a 本件発明1について
(a)対比
甲1発明と本件発明1とを対比する。
甲1発明の「溶剤、酸、アルカリ、サンドブラストの処理によって清浄にした」点について検討すると、溶剤処理による清浄化とは、型の表面の油脂を除去することで、脱脂処理そのものであるから、甲1発明は、「脱脂処理であって溶剤による処理を行った」型を用いるものを含んでいると認められる。一方、本件明細書の段落【0023】には、「なお、金属板10にシリコーンを塗布する前、または塗布と併せて金属板10に脱脂処理を行うことが好ましい。金属板10を脱脂する方法としては、例えば有機溶剤法、界面活性剤法等が挙げられる。金属板10表面の油分と酸化膜を除去し得る方法であれば特に限定されないが、有機溶剤法が好ましく用いられる。」と記載されており、本件発明1の「脱脂処理であって有機溶剤法以外の下処理を行わない」との特定事項から、本件発明1は「脱脂処理であって有機溶剤法の下処理のみが行われた」アルミニウムまたはアルミニウム合金を用いるものであると解される。そうすると、甲1発明の「溶剤、酸、アルカリ、サンドブラストの処理によって清浄にした」と本件発明1の「脱脂処理であって有機溶剤法以外の下処理を行わない」とは、「脱脂処理であって有機溶剤法の下処理が行われた」ものを用いるという点では一致していると認められる。
甲1発明の「パン、ビスケットなどの製造に用いられる型」は、「食品用容器に用いられる」ものである。また、食品の製造用型に鉄やアルミニウム等の金属材が用いられることも一般的であるから、本件発明1の「アルミニウムまたはアルミニウム合金」とは、「金属材」という点で一致する。
甲1発明の「シリコーン離型剤」は、シリコーンという材質からみて、本件発明1の「主骨格としてシロキサン結合を有する重合体」に相当することは明らかである。
甲1発明の「前記溶剤、酸、アルカリ、サンドブラストの処理は前記シリコーン離型剤の塗布前に行い」という点について検討する。本件発明1で、「前記脱脂処理は前記主骨格としてシロキサン結合を有する重合体の塗布と併せて行い」としたことは、本件明細書の段落【0023】に、脱脂処理をシリコーンを「塗布する前」、または「塗布と併せて」行うと記載されていることから、一見、「塗布する前」を形式的に除外したものとも認められる。しかしながら、段落【0033】の実施例では、「脱脂処理した以外は下処理を行わずにシリコーンレジンに浸漬し」と記載されており、シリコーンレジンに浸漬する前に脱脂処理が行われた実施例しか存在しない。したがって、「塗布と併せて」とは、脱脂処理の後に塗布が行われることについては、何らの変更を加えるものではないが、脱脂処理を行うという動作が、本件方法の発明に含まれるのかどうかはっきりしていなかったものを、脱脂処理を行うことが方法発明に含まれることを明確にしたものであると解せられる。よって、甲1発明の「前記溶剤、酸、アルカリ、サンドブラストの処理は前記シリコーン離型剤の塗布前に行い」は、本件発明1の「前記脱脂処理は前記主骨格としてシロキサン結合を有する重合体の塗布と併せて行い」に相当するものと認められる。
甲1発明において、当該シリコーン離型剤を「20?30分間風乾させて乾燥」したことは、焼付前に予め常温で20?30分間乾燥させることであり、樹脂材料の塗布、乾燥、焼き付け等の処理を行う作業場所での常温であれば、一般的に20℃?30℃程度と考えられるから、本件発明1の「20℃から50℃で20分間から40分間予備乾燥」したことと対比して、「20℃から30℃で20分間から30分間予備乾燥」した点で一致するものと認められる。さらに、甲1発明の「250℃で60分間焼付けて」「シリコーン離型剤の皮膜を形成する」ことは、本件発明1の「250℃から300℃で20分間から90分間乾燥させて」「シリコーン膜を形成する」ことと対比して、「250℃で60分間乾燥させて」「シリコーン膜を形成する」点で一致する。

そうすると、本件発明1と甲1発明とは、以下の点で一致し、また相違する。
<一致点>
「脱脂処理であって有機溶剤法の下処理が行われた金属材に主骨格としてシロキサン結合を有する重合体を塗布し、
前記脱脂処理は前記主骨格としてシロキサン結合を有する重合体の塗布と併せて行い、
この主骨格としてシロキサン結合を有する重合体を塗布した前記金属材を20℃から30℃で20分間から30分間予備乾燥し、
この予備乾燥した前記金属材を250℃で60分間乾燥させて、前記金属材の表面にシリコーン膜を形成する食品用容器に用いられるシリコーン被膜金属材の製造方法。」
<相違点1>
本件発明1が、「脱脂処理であって有機溶剤法以外の下処理を行わない」のに対し、甲1発明では、下処理に酸、アルカリやサンドブラストの処理等の、油脂の除去に加え、表面の酸化膜等の除去も行う処理も含まれる点。
<相違点2>
金属材について、本件発明1では「厚み20μmから200μmのアルミニウムまたはアルミニウム合金」であるのに対し、甲1発明では厚み及び材質の特定はされていない点。

(b)判断
最初に、相違点2について検討すると、パン、ビスケットなどの製造に用いられる型において、厚さ20μm?200μmのアルミニウム箔を利用したものは、例えば、取消理由通知で示した登録実用新案第3129837号(段落【0012】を参照)や実願昭58-25336号(実開昭60-5385号)のマイクロフィルム(明細書4ページ10-13行を参照)にも記載されているように従来周知である。
そして、甲1発明では、パン、ビスケットなどの製造に用いられる型のシリコーン離型皮膜の形成に際して、対象となる型の厚さ等の形状や材質について何ら制限を加えるものではなく、汎用的に適用できるものと認められるから、甲1発明に上記従来周知の事項を適用して、厚み20μm?200μmのアルミニウムまたはアルミニウム合金製の箔を用いた型にシリコーン離型皮膜を形成することは、当業者にとって格別の困難性はない。
そうすると、相違点2に係る構成については、甲1発明及び従来周知の事項から、当業者が容易に想到するものというべきである。

一方、相違点1について検討すると、甲1発明では上記のとおり、型に溶剤による「脱脂処理」を行う他、酸、アルカリやサンドブラスト処理による清浄化を施すことも含んでおり、甲第1号証の摘記事項(a)には、ワニス系シリコーン離型剤の使用方法として、「1. 溶剤、酸、アルカリで処理、またはサンドブラストなどによって型を清浄にします。」と記載されているだけで、下処理に脱脂処理以外の処理を行わないことについては、甲第1号証には記載も示唆もされていない。そうすると、甲1発明において、酸化被膜の除去が行われない有機溶剤法のみを選択する動機付けが存在しない。
また、甲第2号証にも、甲1発明の下処理として、有機溶剤法のみを選択させる動機付けとなるような事項は記載されていない。
さらに、一般的に、アルミニウムの表面に塗膜を形成する場合には、下地処理として有機溶剤法による脱脂処理以外の表面処理を行うことも技術常識であると認められる(特許権者が平成28年12月21日に提出した意見書の4ページ下から6行-14ページ下から4行に記載された乙第1号証?乙第16号証についての説明を参照)。
そうすると、相違点1に係る構成については、甲1発明、甲第2号証に記載された事項及び従来周知の事項から、当業者が容易に想到するものとはいえない。

したがって、本件発明1は、甲1発明、甲第2号証に記載された事項及び従来周知の事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。
よって、本件発明1の特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものとはいえない。

b 本件発明2及び本件発明4について
本件発明2及び本件発明4は、それぞれ本件発明1を直接又は間接的に引用するものであるから、本件発明1と同様、甲1発明、甲第2号証に記載された事項及び従来周知の事項に基づいて、当業者が容易に発明することができたものではない。
よって、本件発明2及び本件発明4の特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものとはいえない。

(エ)甲2発明を主引例とした場合
a 本件発明1について
(a)対比
甲2発明と本件発明1とを対比する。
甲2発明の「有機物や酸化物を取り除く処理によって付着している有機物や酸化物を取り除いた」点は、甲第2号証の上記摘記事項(c)に具体例として、「高温加熱処理、溶剤、酸、アルカリ溶液処理、または、みがき粉、サンドブラストによる研磨など」と説明されているから、本件発明1の「有機溶剤法による脱脂処理」に相当する処理以外にも、高温加熱処理、酸又はアルカリ溶液処理、みがき粉又はサンドブラストによる研磨を用いた有機物や酸化物の除去処理も含まれると解される。そうすると、甲2発明の「有機物や酸化物を取り除く処理によって付着している有機物や酸化物を取り除いた」と本件発明1の「脱脂処理であって有機溶剤法以外の下処理を行わない」とは、「脱脂処理であって有機溶剤法の下処理が行われた」ものを用いるという点では一致しているものである。
甲2発明の「金属製食品工業用型」は、「食品用容器に用いられる」ものであり、本件発明1の「アルミニウムまたはアルミニウム合金」とは、「金属材」という点で一致する。
甲2発明の「シリコーン離型剤」は、シリコーンという材質からみて、本件発明1の「主骨格としてシロキサン結合を有する重合体」に相当することは明らかである。
甲2発明の「前記シリコーン離型剤を処理する場合、前記有機物や酸化物を取り除く処理を行っておき」という点は、上記(ウ)での検討も勘案すると、本件発明1で「前記脱脂処理は前記主骨格としてシロキサン結合を有する重合体の塗布と併せて行い」とした点に相当するものと認められる。
甲2発明において、シリコーン離型剤についてを「常温で溶剤を揮発させ」たことは、焼付前に予め常温で乾燥させることであり、樹脂材料の塗布、乾燥、焼き付け等の処理を行う作業場所での常温であれば、一般的に20℃?30℃程度と考えられるから、本件発明1の「20℃から50℃で20分間から40分間予備乾燥」したことと対比して、「20℃から30℃で予備乾燥」した点で一致するものと認められる。さらに、甲2発明の「250℃?300℃で1時間焼き付けて」「シリコーン皮膜を形成する」ことは、本件発明1の「250℃から300℃で20分間から90分間乾燥させて」「シリコーン膜を形成する」ことと対比して、「250℃から300℃で60分間乾燥させて」「シリコーン膜を形成する」点で一致する。

そうすると、本件発明1と甲2発明とは、以下の点で一致し、また相違する。
<一致点>
「脱脂処理であって有機溶剤法の下処理が行われた金属材に主骨格としてシロキサン結合を有する重合体を塗布し、
前記脱脂処理は前記主骨格としてシロキサン結合を有する重合体の塗布と併せて行い、
この主骨格としてシロキサン結合を有する重合体を塗布した前記金属材を20℃から30℃で予備乾燥し、
この予備乾燥した前記金属材を250℃から300℃で60分間乾燥させて、前記金属材の表面にシリコーン膜を形成する食品用容器に用いられるシリコーン被膜金属材の製造方法。」
<相違点1>
本件発明1が、「脱脂処理であって有機溶剤法以外の下処理を行わない」のに対し、甲2発明では、下処理に高温加熱処理、酸又はアルカリ溶液処理、みがき粉又はサンドブラストによる研磨を用いた有機物や酸化物の除去処理も含まれる点。
<相違点2>
金属材について、本件発明1では「厚み20μmから200μmのアルミニウムまたはアルミニウム合金」であるのに対し、甲2発明では厚み及び材質の特定はされていない点。
<相違点3>
予備乾燥の時間について、本件発明1では「20分間から40分間」であるのに対し、甲2発明では不明である点。

(b)判断
最初に、相違点2について検討すると、金属製食品工業用型において、厚さ20μm?200μmのアルミニウム箔を利用したものは、例えば、取消理由通知で示した登録実用新案第3129837号(段落【0012】を参照)や実願昭58-25336号(実開昭60-5385号)のマイクロフィルム(明細書4ページ10-13行を参照)にも記載されているように従来周知である。
そして、甲2発明の金属製食品工業用型については、厚さ等の形状や材質について何ら制限はなく、汎用的に適用できるものと認められるから、甲2発明に上記従来周知の事項を適用して、厚み20μm?200μmのアルミニウムまたはアルミニウム合金製の型にすることは、当業者にとって格別の困難性はない。
そうすると、相違点2に係る構成については、甲2発明及び従来周知の事項から、当業者が容易に想到するものというべきである。

次に、相違点3について検討すると、甲第1号証の摘記事項(a)に、シリコーン離型剤の型への塗布後、20?30分風乾して溶剤を揮発させ、乾燥後、高温焼付けを行う旨が記載されており、甲2発明のシリコーン離型剤の処理において、予備乾燥を20?30分程度の時間とすることは、当業者が容易に成し得たと認められる。
そうすると、相違点3に係る構成については、甲2発明及び甲第1号証に記載された事項から、当業者が容易に想到するものというべきである。

一方、相違点1について検討すると、甲2発明は上記のとおり、「有機物や酸化物を取り除く処理によって付着している有機物や酸化物を取り除」くという事項を有しており、「有機溶剤法による脱脂処理」以外の高温加熱処理、酸又はアルカリ溶液処理、みがき粉又はサンドブラストによる研磨を用いた有機物や酸化物の除去処理も当然含まれるものである。そして、甲第2号証には、下処理に脱脂処理以外の処理を行わないことについては記載も示唆もされていない。そうすると、甲2発明において有機溶剤法のみを選択する動機付けが存在しない。
また、甲第1号証にも、甲2発明において有機溶剤法のみを選択させる動機付けとなるような事項は記載されていない。
さらに、上記のとおり、一般的に、アルミニウムの表面に塗膜を形成する場合には、下地処理として有機溶剤法による脱脂処理以外の表面処理を行うことも技術常識である。
そうすると、相違点1に係る構成については、甲2発明、甲第1号証に記載された事項及び従来周知の事項から、当業者が容易に想到するものとはいえない。

したがって、本件発明1は、甲2発明、甲第1号証に記載された事項及び従来周知の事項に基づいて、当業者が容易に発明することができたものではない。
よって、本件発明1の特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものとはいえない。

b 本件発明2及び本件発明4について
本件発明2及び本件発明4は、それぞれ本件発明1を直接又は間接的に引用するものであるから、本件発明1と同様、甲2発明、甲第1号証に記載された事項及び従来周知の事項に基づいて、当業者が容易に発明することができたものではない。
よって、本件発明2及び本件発明4の特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものとはいえない。

(オ)特許異議申立人の主張について
特許異議申立人は、平成29年2月16日提出の意見書において、甲第3号証及び甲第4号証のカタログを示して、「高い密着性を要する非鉄金属用塗料において,『脱脂処理以外の処理を行わない』例も存在した」と主張している。
しかし、甲第3号証(「シリコンアクリル樹脂塗料 アルコSP」、ナトコ株式会社発行)に記載されたものは、「特殊技法で塗料用に開発したシリコンアクリル樹脂を主成分とした二液反応型塗料」の塗膜を形成するものであって、食品用容器の離型用シリコーン被膜を形成する甲1発明及び甲2発明とは、用途も乾燥温度等の製造パラメータも異なるから、当該シリコンアクリル樹脂塗料の塗膜形成時に脱脂のみで仕上げが可能であったとしても、甲1発明又は甲2発明も脱脂のみで仕上げが可能になるとは認められない。
また、甲第4号証(「スーパーコート -非鉄金属用塗料-」、大豊塗料株式会社発行)に記載されたものは、「ポリエステル樹脂を主成分とした熱硬化型の塗料」であって、食品用容器の離型用シリコーン被膜を形成する甲1発明及び甲2発明とは、材料も乾燥温度等の製造パラメータも異なるから、当該「スーパーコート」が「溶剤脱脂のみで密着する塗料」であったとしても、甲1発明又は甲2発明も溶剤脱脂のみで密着することが可能になるとは認められない。
よって、甲第3号証及び甲第4号証に記載された事項を検討しても、甲1発明及び甲2発明が「脱脂処理であって有機溶剤法以外の下処理を行わない」点を有するとはいえない。

イ 特許法第36条第6項第2号について
上記平成29年7月18日に請求された訂正の訂正事項4により、本件発明4は、「請求項1または請求項2」を引用するようになったため、引用関係が明確になった。
したがって、本件発明4に係る特許は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものとはいえない。

(2)取消理由通知において採用しなかった特許異議申立理由について
特許異議申立人は、特許異議申立書において、訂正前の請求項1に係る発明は甲第1号証に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができない旨主張していた。
しかし、訂正前の請求項1に係る発明の方法が、「脱脂処理以外の下処理を行わない」「アルミニウムまたはアルミニウム合金」に対して塗布や乾燥を施す点については、上記(1)ア(ウ)でも検討したように、甲第1号証には記載されていないことから、訂正前の請求項1に係る発明は甲第1号証に記載された発明ではない。
よって、上記特許異議申立人の主張は理由がなく、採用できない。

4.むすび
以上のとおりであるから、取消理由通知に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載した特許異議申立理由によっては、本件発明1、2、4に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件発明1、2、4に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
さらに、本件発明3に係る特許は、訂正により削除されたため、本件発明3に対して、特許異議申立人がした特許異議の申立てについては、対象となる請求項が存在しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
脱脂処理であって有機溶剤法以外の下処理を行わない厚み20μmから200μmのアルミニウムまたはアルミニウム合金に主骨格としてシロキサン結合を有する重合体を塗布し、
前記脱脂処理は前記主骨格としてシロキサン結合を有する重合体の塗布と併せて行い、
この主骨格としてシロキサン結合を有する重合体を塗布した前記アルミニウムまたはアルミニウム合金を20℃から50℃で20分間から40分間予備乾燥し、
この予備乾燥した前記アルミニウムまたはアルミニウム合金を250℃から300℃で20分間から90分間乾燥させて、前記アルミニウムまたはアルミニウム合金の表面にシリコーン膜を形成することを特徴とする食品用容器に用いられるシリコーン被膜アルミニウムまたはアルミニウム合金の製造方法。
【請求項2】
前記予備乾燥した前記アルミニウムまたはアルミニウム合金を250℃超300℃で20分間乾燥させることを特徴とする請求項1に記載のシリコーン被膜アルミニウムまたはアルミニウム合金の製造方法。
【請求項3】(削除)
【請求項4】
前記シリコーン膜の膜厚は0.1μmから5.0μmであることを特徴とする請求項1または請求項2に記載のシリコーン被膜アルミニウムまたはアルミニウム合金の製造方法。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2017-11-20 
出願番号 特願2015-27052(P2015-27052)
審決分類 P 1 651・ 121- YAA (B32B)
最終処分 維持  
前審関与審査官 横島 隆裕  
特許庁審判長 西村 泰英
特許庁審判官 平岩 正一
栗田 雅弘
登録日 2016-01-08 
登録番号 特許第5862912号(P5862912)
権利者 株式会社モレック
発明の名称 シリコーン被膜金属材およびその製造方法  
代理人 太田 洋子  
代理人 工藤 一郎  
代理人 吉原 崇晃  
代理人 太田 洋子  
代理人 江口 大和  

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