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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  C08L
管理番号 1336161
異議申立番号 異議2017-700493  
総通号数 218 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2018-02-23 
種別 異議の決定 
異議申立日 2017-05-17 
確定日 2017-12-07 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第6036514号発明「熱可塑性エラストマー」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6036514号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり訂正することを認める。 特許第6036514号の請求項1に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6036514号(以下、「本件特許」という。)の請求項1に係る特許についての出願は、平成25年4月19日に出願された特許出願であって、平成28年11月11日にその特許権の設定登録がされ、同年11月30日にその特許公報が発行された。そして、本件特許異議の申立てに関する手続は次に示すとおりである。

平成29年 5月17日 特許異議の申立て(申立人 星正美)
同年 7月26日付け 取消理由通知
同年 9月26日 特許権者による意見書及び訂正請求書
同年10月 2日付け 申立人に対する特許法第120条の5第5項に 基づく通知
同年11月 2日 申立人による意見書


第2 本件訂正の請求による訂正の適否

1 訂正の内容
平成29年11月2日提出の訂正請求書による訂正(以下、「本件訂正」という。)の内容は、次のとおりである(なお、下線は訂正箇所を示す。)。

訂正事項1:
特許請求の範囲の請求項1を
「(A)アクリルゴムと、(B)融点160?280℃の熱可塑性ポリエステルとを含む混合物を、(C)架橋剤の存在下で動的に架橋させてなる熱可塑性エラストマーであって、
前記成分(C)は前記成分(A)のカルボキシル基と共有結合する架橋剤のみであり、
前記成分(A)は、(a-1)アクリル酸アルキルエステル又はアクリル酸アルコキシアルキルエステルから選ばれる少なくとも1種由来の構成単位と、(a-2)側鎖に架橋性基であるカルボキシル基を有する単量体由来の構成単位とのみからなり、多官能単量体を含まないアクリルゴムであり、
前記成分(A)は、前記構成単位(a-1)100質量部に対して前記構成単位(a-2)を0.5?5質量部含み、
前記熱可塑性エラストマーは、前記成分(A)を100質量部、前記成分(B)を15?70質量部含む混合物を、前記成分(A)100質量部に対して前記成分(C)が0.1?5質量部存在する条件下にて動的に架橋させてなる、熱可塑性エラストマー。」
に訂正する。

2 訂正の目的の適否、新規事項の追加の有無、特許請求の範囲の拡張・変更の存否
訂正事項1は、本件訂正前の請求項1に係る発明において、(B)熱可塑性ポリエステルに関して融点が特定されていなかったところ、融点を特定することによって減縮するものであり、また、(A)アクリルゴムの成分に関して(a-1)構成単位と(a-2)構成単位を含むとされていたところ、当該(a-1)構成単位と(a-2)構成単位のみからなるとすることによって構成単位を限定することによって減縮するものである。
また、訂正事項1について、融点160?280℃とした点は願書に添付した明細書の段落【0023】に記載されており、また、(A)アクリルゴムの成分に関して(a-1)構成単位と(a-2)構成単位のみからなるとした点は願書に添付した明細書の実施例の記載(例えばA-1、A-2、A-3の例)に基づいたものと認められるため、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。

3 小括
以上のとおりであるから、本件訂正は特許法第120条の5第2項第1号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第9項において準用する第126条第5項及び第6項の規定に適合するので、訂正特許請求の範囲のとおり訂正することを認める。


第3 本件特許発明

上記第2のとおり訂正が認められるから、本件特許の請求項1に係る発明は、本件訂正の請求により訂正された特許請求の範囲の請求項1に記載された次の事項により特定されるとおりのものである(以下、「本件特許発明1」という。)。

本件特許発明1:
「【請求項1】
(A)アクリルゴムと、(B)融点160?280℃の熱可塑性ポリエステルとを含む混合物を、(C)架橋剤の存在下で動的に架橋させてなる熱可塑性エラストマーであって、
前記成分(C)は前記成分(A)のカルボキシル基と共有結合する架橋剤のみであり、
前記成分(A)は、(a-1)アクリル酸アルキルエステル又はアクリル酸アルコキシアルキルエステルから選ばれる少なくとも1種由来の構成単位と、(a-2)側鎖に架橋性基であるカルボキシル基を有する単量体由来の構成単位とのみからなり、多官能単量体を含まないアクリルゴムであり、
前記成分(A)は、前記構成単位(a-1)100質量部に対して前記構成単位(a-2)を0.5?5質量部含み、
前記熱可塑性エラストマーは、前記成分(A)を100質量部、前記成分(B)を15?70質量部含む混合物を、前記成分(A)100質量部に対して前記成分(C)が0.1?5質量部存在する条件下にて動的に架橋させてなる、熱可塑性エラストマー。」


第4 取消理由通知の概要
1 取消理由
(1)本件特許の請求項1に係る発明は、本件特許の出願前日本国内または外国において頒布された甲1又は6に記載された発明であって、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができないから、第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。

(2)本件特許の請求項1に係る発明は、本件特許の出願前日本国内または外国において頒布された甲1又は6に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであって、特許法第29条第2項により特許を受けることができないから、第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。

2 証拠
・特開平1-306447号公報(以下、「甲1」という。)
・特開2009-155441号公報(以下、「甲6」という。)


第5 当審の判断

1 甲1の記載
本件特許の出願日前に頒布されたことが明らかな刊行物である甲1には、以下のとおりの記載がある(なお、下線は合議体によるものである。)。

1-ア
「20.ポリエステル樹脂および共有結合性架橋した酸含有アクリル酸エステル/オレフィン共重合体ゴムの配合物を含む弾性熱可塑性樹脂組成物。
21.前記ポリエステルがポリアルキレンテレフタレートを含む請求項20記載の組成物。
22.前記ポリエステル樹脂がポリエチレンテレフタレートを含む請求項21記載の組成物。
23.前記ゴムが、ポリアミン、ポリイソシアナートまたはポリエポキシドにより共有結合性架橋している請求項21記載の組成物。
24.前記ゴムが、約0.1ないし25モル%のカルボン酸を含む請求項23記載の組成物。
25.前記ゴムが、エチレン、アクリル酸アルキルおよび不飽和カルボン酸の共重合体を含む請求項24記載の組成物。
26.前記ゴムの約30%より多くが抽出できない請求項25記載の組成物。
27.前記配合物が、ゴムおよびポリエステル樹脂100部に対して前記ポリエステル樹脂を約10ないし60部含む請求項26記載の組成物。」(特許請求の範囲の請求項20?27)

1-イ
「本発明は、高温下で溶剤低膨潤性の熱可塑性エラストマー組成物に関するものであり、より詳しくは、ポリエステルおよび架橋アクリル酸エステル共重合体ゴムを含む熱可塑性エラストーマ-に関するものである。」(第3頁左上欄第2?6行)

1-ウ
「本発明は、ポリエステル樹脂と共有結合性架橋アクリルゴムの配合物を含む熱可塑性エラストマー組成物を提供するものである。このような配合物としては、ゴム対ポリエステルの重量比が約9:1ないし約4:6にあるのが好ましい。かかる熱可塑性エラストマー組成物は優れた高温寸法安定性を示し、また非常に高い耐溶剤膨潤性を示すものである。好ましい実施態様において、かかるゴムとしては、例えば多官能性共有結合性架橋剤によって動的加硫された官能性オレフィン/アクリル酸エステル共重合体ゴムが有利である。好ましい実施態様において、ポリエステルとしては、ポリアルキレンテレフタレート、インフタレートまたはそれらのコポリエステルのような線状ポリエステル、例えば、ポリエチレンテレフタレート(PET)およびポリテトラメチレンテレフタレート(PBT)が有利である。」(第4頁左上欄第2?18行)

1-エ
「アクリルゴム
本発明の熱可塑性エラストマー組成物に有利に使用できるアクリルゴムは、ポリアクリレートゴム、アクリル酸エステル共重合体ゴムなどの、加硫すなわち架橋ができるアクリルゴムを含むものである。適当なポリアクリルゴムは「ラバーワールドブルーブック(Rubber World Blue Book)」1987年版、393?394頁に記載されており、架橋部位として、官能基、例えば酸基、ヒドロキシ基、エポキシ基またはその他の官能基を有するものであり、これに代るものとしては、酸基架橋部位がゴム内で、例えばエステル基の部分加水分解により発生することのできるものである。
多くの実施態様において、オルフィン/アクリル酸エステル共重合体ゴムが好ましい。このようなゴムとしては少なくとも1種類のα-オレフィンと、少なくとも1種類のC1-C18アルキル(メタ)クリレート(アクリレート又はメタクリレート)、および必要により架橋部位を付与することのできる少量の不飽和官能化単量体を重合して製造した重合体が挙げられる。かかる官能化単量体は、酸基、ヒドロキシル基、エポキシ基、イソシアナート基、アミン基、オキサゾリン基、ジエン基またはその他の反応性基を含むことができる。
・・・(中略)・・・多くの場合、好ましいオレフィン/アクリル酸エステル共重合体ゴムは、例えば(メタ)クリル酸またはマレイン酸から誘導された酸単位、例えば無水マレイン酸から誘導された酸無水物単位、あるいは例えばマレイン酸モノエチルから誘導された部分エステル単位のような不飽和カルボン酸単量体単位を含んでいる。多くの場合、好ましいオレフィン/アクリル酸エステル共重合体ゴムは、エチレン、C1?C4アルキルアクリレートおよび酸性単量体単位のターポリマーであり、かかるターポリマーでより好ましいものは、エチレンを少なくとも約30モル%、アクリル酸メチルを約10ないし69.5モル%、およびマレイン酸モノエチルを約0.5ないし10モル%含むものである。」(第5頁左上欄第13行?同頁右下欄第8行)

1-オ
「架橋剤
本発明の熱可塑性エラストマー組成物に使用する架橋剤は、アクリルゴムの反応性官能基と共有結合することによりゴムを硬化、すなわちゴムを架橋するのに選択された多官能性化合物、すなわち少なくとも二官能性化合物である。ゴムが、例えばアクリル酸またはマレイン酸単位から誘導されたカルボキシ官能基を有している場合、共有結合性架橋剤としては、ヒドロキシル、アミン、イソシアナ-ト基エポキシまたはその他の酸反応性官能基を有する化合物を使用するのか有利である。効果的な架橋剤としては、ビスフェノールAのようなジオール類、ペンタエリトリトールのようなポリオール類、メチレンジアニリン、ジフェニルクアニシンなどのようなアミン類、トルエンジイソシアナート、イソシアナートを末端基とするポリエステルプレポリマーのようなイソシアナート類、ビスフェノールAのジクリシジルエーテルのようなエポキシド類が含まれる。一般に、架橋剤の使用量は、アクリルゴムや架橋剤の分子量に依存するが、アクリルゴムの約15重量%を超えない量である。架橋剤の好ましい使用量は、本発明の熱可塑性エラストマー組成物の所望の性質を最適にするために通常の実験を行なうことにより容易に決定できるものである。架橋剤の量および架橋の程度は、熱可塑性エラストマー組成物から抽出できるゴムの量によって特徴づけられる。」(第5頁右下欄第11行?第6頁左上欄第18行)

1-カ
「熱可塑性エラストーマー組成物の製造
加硫性ゴムは、未加硫状態では、熱可塑性を有するが、硬化して加工不能の状態になるため熱硬化性として分類されることが多い。本発明の改善された熱可塑性エラストマー組成物は、熱可塑性として加工することができ、好ましくは、ポリエステル樹脂と加硫性ゴムとの配合物を、ゴムを架橋するための時間と温度の条件下で処理することにより製造される。本発明の熱可塑性組成物を得、熱硬化性組成物を生成させないために、前記の配合物の素練りと硬化を同時に行なうのが有利である。」(第7頁左上欄第19行?同頁右上欄第10行)

1-キ
「本明細書で使用する「配合物」とは、架橋したゴムの小粒子がポリエステルマトリックス中に均一に分散したものから、ポリエステル及び部分的に架橋したゴムの共連続相までの範囲にある混合物を意味する。ポリエステル、例えばPBTと、硬化したアクリルゴム、例えばアクリル酸エスデル共重合体ゴムの小さい粒子がポリエステル全体に分散した形になっている配合物を含む、動的加硫で製造された組成物が好ましい。このようなゴムとポリエステルが、ゴム及びポリエステル100部に対してポリエステルが20ないし60部の範囲で含まれているような組成物がとくに好ましく、さらにポリエステルが約55部より少ない組成物がより好ましい。」(第8頁左下欄第16行?同頁右下欄第9行)

1-ク
「イソシアナートを末端基とするポリエステルプレポリマー架橋剤を含む本発明の組成物は、ポリエステルとゴムをブラベンダーミキサーにより100rpm、240°で溶融混合して調製した。3分後イソシアナート架橋剤XL-1とステアリン酸マグネシウムを配合物に添加し、最高コンシスチンシイに達した後、さらに3?4分間混合を続けて動的加硫を行なった。配合生地を取り出して冷却し、ついでブラベンダーミキサーに戻してさらに1?2分間混合した。つぎに配合生地を冷却して250°で圧縮成形した。」(第11頁左下欄第8?18行)

1-ケ


」(第12頁左上欄の「表 2B」)

2.甲1に記載された発明
甲1の記載事項1-イに基づくと、甲1は「ポリエステルおよび架橋アクリル酸エステル共重合体ゴムを含む熱可塑性エラストーマ-に関する」発明を開示する文献であって、1-ウに基づくと、「かかる熱可塑性エラストマー組成物は優れた高温寸法安定性を示し、また非常に高い耐溶剤膨潤性を示す」ものである。
かかる特性を有する熱可塑性エラストマー組成物として、特に1-アの記載において、請求項27の弾性熱可塑性樹脂組成物に着目して、それが引用する請求項20?26の記載を当該請求項27中に書き下した上で、記載を整理すると、甲1には次の発明(以下、「甲1発明」という。)が記載されているといえる。

甲1発明:
「ポリエステル樹脂および共有結合性架橋した酸含有アクリル酸エステル/オレフィン共重合体ゴムの配合物を含む弾性熱可塑性樹脂組成物であって、
前記ポリエステルがポリエチレンテレフタレートを含み、
前記ゴムが、ポリアミン、ポリイソシアナートまたはポリエポキシドにより共有結合性架橋しており、
前記ゴムが、約0.1ないし25モル%のカルボン酸を含み、
前記ゴムが、エチレン、アクリル酸アルキルおよび不飽和カルボン酸の共重合体を含み、
前記ゴムの約30%より多くが抽出できなものであり、
前記配合物が、ゴムおよびポリエステル樹脂100部に対して前記ポリエステル樹脂を約10ないし60部含む、
弾性熱可塑性樹脂組成物。」

3.甲6の記載
本件特許の出願日前に頒布されたことが明らかな甲6には、以下のとおりの記載がある(なお、下線は合議体によるものである。)。

6-ア
「【請求項1】
カルボキシ基を側鎖に有するアクリルゴム(A)、および、第1級アミノ基を2個以上有し、かつ、分岐炭素および/または分岐窒素を有するポリアミン化合物(B)を含有し、
更に、ポリアミド化合物(C)および/またはポリエステル化合物(D)を含有する熱可塑性エラストマー組成物。」(特許請求の範囲の請求項1)

6-イ
「しかしながら、特許文献1および2に記載のアクリルゴム組成物は、耐熱性および耐油性に優れるものの、熱可塑性ではないため再成形ができないという問題点がある。
そこで、本発明は、優れた耐熱性および耐油性を保持し、再成形が可能な熱可塑性エラストマー組成物を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
本発明者は、上記課題を解決すべく鋭意検討した結果、カルボキシ基を側鎖に有するアクリルゴムに対して、第1級アミノ基を2個以上有し、かつ、分岐炭素および/または分岐窒素を有するポリアミン化合物を用い、更にポリアミド化合物および/またはポリエステル化合物を含有する熱可塑性エラストマー組成物が、優れた耐熱性および耐油性を保持し、再成形が可能となることを見出し、本発明を達成するに至った。」(段落【0006】?【0007】)

6-ウ
「以下に、アクリル酸エステルモノマーまたはメタクリル酸エステルモノマー(以下、これらをまとめて「モノマー(Ma)」ともいう。)とカルボキシル基を有するエチレン性不飽和モノマー(以下、「モノマー(Mb)」ともいう。)とを共重合することによりアクリルゴム(A)を得る方法を説明する。

上記モノマー(Ma)は、アクリル酸またはメタクリル酸の各種のエステルであり、特に限定されない。
これらのうち、アクリル酸アルキルエステルモノマーもしくはメタクリル酸アルキルエステルモノマー(以下、これらをまとめて「モノマー(Ma-1)」ともいう。)、または、アクリル酸アルコキシアルキルエステルモノマーもしくはメタクリル酸アルコキシアルキルエステルモノマー(以下、これらをまとめて「モノマー(Ma-2)」ともいう。)であるのが好ましく、モノマー(Ma-1)またはモノマー(Ma-2)を単独で用いてもよいが、モノマー(Ma-1)とモノマー(Ma-2)を併用して用いるのがより好ましい。

上記モノマー(Ma-1)は、アクリル酸またはメタクリル酸の各種のアルキルエステルであり、その具体例としては、アクリル酸メチル、アクリル酸エチル、アクリル酸n-プロピル、アクリル酸n-ブチル、アクリル酸イソプロピル、アクリル酸イソブチル、アクリル酸n-ヘキシル、アクリル酸2-エチルヘキシル、アクリル酸シクロヘキシル等のアクリル酸アルキルエステル;メタクリル酸メチル、メタクリル酸エチル、メタクリル酸n-プロピル、メタクリル酸n-ブチル、メタクリル酸イソプロピル、メタクリル酸イソブチル、メタクリル酸n-ヘキシル、メタクリル酸2-エチルヘキシル、メタクリル酸シクロヘキシル等のメタクリル酸アルキルエステル;が挙げられる。
これらのうち、アルキル基の炭素数が1?8のものが好ましく、2?4のものがより好ましい。また、メタクリル酸アルキルエステルよりもアクリル酸アルキルエステルが好ましい。

上記モノマー(Ma-2)は、アクリル酸またはメタクリル酸の各種のアルコキシアルキルエステルであり、その具体例としては、アクリル酸メトキシメチル、アクリル酸エトキシメチル、アクリル酸2-メトキシエチル、アクリル酸2-エトキシエチル、アクリル酸2-プロポキシエチル、アクリル酸2-ブトキシエチル、アクリル酸3-メトキシプロピル、アクリル酸4-メトキシブチル等のアクリル酸アルコキシアルキルエステル;メタクリル酸メトキシメチル、メタクリル酸エトキシメチル、メタクリル酸2-メトキシエチル、メタクリル酸2-エトキシエチル、メタクリル酸2-プロポキシエチル、メタクリル酸2-ブトキシエチル、メタクリル酸3-メトキシプロピル、メタクリル酸4-メトキシブチル等のメタクリル酸アルコキシアルキルエステル;が挙げられる。
これらのうち、アルコキシアルキル基の中の炭素数が2?16のものが好ましく、2?8のものがより好ましい。また、メタクリル酸アルコキシアルキルエステルよりもアクリル酸アルコキシアルキルエステルが好ましい。

上記モノマー(Ma-1)と上記モノマー(Ma-2)を併用する場合、両者の割合は特に限定されないが、上記アクリルゴム(A)中の上記モノマー(Ma)に由来する構成単位のうち、上記モノマー(Ma-1)に由来する構成単位は、50?97質量%であるのが好ましく、70?96質量%であるのがより好ましく、80?95質量%であるのが更に好ましい。モノマー(Ma-1)に由来する構成単位がこの範囲であると、得られる本発明の熱可塑性エラストマー組成物の耐熱性および耐油性がより良好となり、伸び等の引張特性も良好となる。

一方、上記モノマー(Mb)は、分子内にカルボキシル基と炭素・炭素不飽和結合を有する化合物である。
上記モノマー(Mb)としては、具体的には、例えば、アクリル酸、メタクリル酸、エタクリル酸などのモノカルボン酸モノマー;イタコン酸、マレイン酸、フマル酸、シトラコン酸などのジカルボン酸モノマー;マレイン酸モノメチルエステル、マレイン酸モノエチルエステル、マレイン酸モノ-n-ブチルエステル、フマル酸モノメチルエステル、フマル酸モノエチルエステル、フマル酸モノ-n-ブチルエステルなどのブテンジオン酸モノアルキルエステルモノマー;等が挙げられる。
また、カルボキシ基はカルボン酸無水物基であってもよく、そのようなモノマー(Mb)としては、具体的には、例えば、無水マレイン酸、無水シトラコン酸等が挙げられる。
これらのうち、ブテンジオン酸モノアルキルエステルモノマーが好ましく、特に、マレイン酸モノメチルエステル、マレイン酸モノエチルエステル、マレイン酸モノ-n-ブチルエステル、フマル酸モノメチル、フマル酸モノエチルエステル、フマル酸モノ-n-ブチルエステル等の炭素数1?4のアルキル基を有するものが好ましい。

上記アクリルゴム(A)中の上記モノマー(Ma)に由来する構成単位と上記モノマー(Mb)に由来する構成単位のうち、上記モノマー(Ma)に由来する構成単位は、80?99.9質量%であるのが好ましく、90?99.5質量%であるのがより好ましく、95?99質量%であるのが更に好ましい。モノマー(Ma)の構成単位がこの範囲であると、得られる本発明の熱可塑性エラストマー組成物を十分に加硫させることができ、加硫物が良好なゴム弾性を有する。」(段落【0018】?【0024】)

6-エ
「また、本発明においては、上記ポリアミン化合物(B)の含有量が、上記アクリルゴム(A)100質量部に対して、0.1?5.0質量部であるのが好ましく、1?3質量部であるのがより好ましい。特に、上記アクリルゴム(A)中のカルボキシ基の数と上記ポリアミン化合物(B)中のアミノ基とイミノ基の合計数とを一致させるように含有させるのが好ましい。
ポリアミン化合物(B)の含有量がこの範囲であると、得られる本発明の熱可塑性エラストマー組成物の機械的物性がより良好となる。」(段落【0035】)

6-オ
「<ポリエステル化合物(D)>
本発明の熱可塑性エラストマー組成物に含有するポリエステル化合物(D)は、エステル結合を有する化合物であれば特に限定されず、その具体例としては、ポリエーテルエステル系可塑剤、ポリエステルワックス等が好適に挙げられる。

本発明においては、このようなポリエステル化合物(D)を含有することにより、得られる本発明の熱可塑性エラストマー組成物が低粘度となり、成形性および再成形性が良好となる。これは上記アクリルゴム(A)と上記ポリエステル化合物(D)とが相溶し、熱可塑性エラストマー組成物としての流動性が向上したためであると考えられる。

また、本発明においては、上記ポリエステル化合物(D)は、上述したポリアミド化合物(C)を含有する場合は含有しなくてもよいが、上述したポリアミド化合物(C)とともに含有していてもよい。
上記ポリエステル化合物(D)を含有する場合の含有量は、その種類により異なるため特に限定されないが、本発明の熱可塑性エラストマー組成物からなる成形物の伸び等の引張特性や、押出し加工時の肌状態の観点から、上記アクリルゴム(A)100質量部に対して、1?45質量部であるのが好ましく、10?30質量部であるのがより好ましい。」(段落【0041】?【0043】)

4.甲6に記載された発明
甲6は、記載事項6-イに基づくと、従来のアクリルゴム組成物は、耐熱性および耐油性に優れるものの、熱可塑性ではないため再成形ができないという問題点を解決するため、優れた耐熱性および耐油性を保持し、再成形が可能な熱可塑性エラストマー組成物を提供することを目的とした文献である。
かかる目的を達成するための発明として、記載事項6-アには次の発明(以下、「甲6発明」という。)が記載されている。

甲6発明:
「カルボキシ基を側鎖に有するアクリルゴム(A)、および、第1級アミノ基を2個以上有し、かつ、分岐炭素および/または分岐窒素を有するポリアミン化合物(B)を含有し、
更に、ポリアミド化合物(C)および/またはポリエステル化合物(D)を含有する熱可塑性エラストマー組成物。」

5 対比・判断
(1) 甲1発明について
ア 対比
本件特許発明1と甲1発明とを対比すると両者は、次の点で一致していると認められる。
「(A)アクリルゴムと、(B)熱可塑性ポリエステルと、(C)架橋剤を含む熱可塑性エラストマーであって、
前記成分(C)は前記成分(A)のカルボキシル基と共有結合する架橋剤のみであり、
前記成分(A)は、(a-1)アクリル酸アルキルエステル又はアクリル酸アルコキシアルキルエステルから選ばれる少なくとも1種由来の構成単位と、(a-2)側鎖に架橋性基であるカルボキシル基を有する単量体由来の構成単位とを含む、
熱可塑性エラストマー。」 の点。

そして、本件特許発明1と甲1発明とは、少なくとも次の点で相違している。

相違点1:
アクリルゴムを構成する単量体に関して、本件特許発明1では、(a-1)アクリル酸アルキルエステル又はアクリル酸アルコキシアルキルエステルから選ばれる少なくとも1種由来の構成単位と、(a-2)側鎖に架橋性基であるカルボキシル基を有する単量体由来の構成単位「のみからな」ることが特定され、かつ、構成単位(a-1)100質量部に対して構成単位(a-2)を0.5?5質量部含むことが特定されているのに対し、甲1発明では、前記(a-1)に相当する単量体及び前記(a-2)に相当する単量体以外にオレフィンである「エチレン」を構成単位として有することが特定され、かつ、「ゴムが約0.1ないし25モル%のカルボン酸を含む」ことが特定されている点。

イ 判断
まず、構成単位であるオレフィンについて検討すると、本件特許発明1におけるアクリルゴム(A)はオレフィンを構成単位として含む余地が無いところ、甲1の記載事項1-エにおいて、「多くの実施態様において、オレフィン/アクリル酸エステル共重合体ゴムが好ましい。」という記載が存在しており、また、甲1に記載された実施例において実際に使用されているアクリルゴムをみても(甲1の第9頁左下欄)、エチレンを含むもの又はそもそもカルボキシル基を有しないものが使用されている。よって、甲1の記載事項1-エや実施例の記載に触れた当業者にとって、ゴムの構成単位として、オレフィンを除外したものを用いることは容易に想到できた事項とはいえない。
次に、アクリルゴム中におけるカルボキシル基を有する単量体の量比について検討する。
甲1発明は、「ゴムが約0.1ないし25モル%のカルボン酸を含む」と記載されており、このことからはアクリルゴムの100モル%中に、官能基であるカルボン酸を0.1?25モル%の含むことが理解できるだけであって、カルボキシル基を有する単量体の分子量が特定できないため、甲1発明におけるアクリル酸アルキルと不飽和カルボン酸との質量比は特定できない。
また、甲1に示された具体的な例に基づいてアクリル酸アルキルと不飽和カルボン酸との質量比を類推しようとすると、具体的な単量体の名称及びモル比が記載された例として、記載事項1-エにおいて、オレフィン/アクリル酸エステル共重合体ゴムであって、「エチレンを少なくとも約30モル%、アクリル酸メチルを約10ないし69.5モル%、およびマレイン酸モノエチルを約0.5ないし10モル%含む」ターポリマーが好ましい旨の記載が存在する。かかる記載に基づけば、例えばマレイン酸モノエチルを0.5モル%含む場合を仮定すれば、アクリル酸メチル100質量部に対して、マレイン酸モノエチルを約1.2質量部含むターポリマーを導き出すことが一応可能である。
しかしながら、かかるターポリマーは、単量体成分として「エチレン」を含有することが前提となっているため、やはり、当該「エチレン」を構成単位から除外し、その上で、アクリル酸メチル100質量部に対して、マレイン酸モノエチルを0.5?5質量部含むものとすることは、記載も示唆もされていないのであるから、当業者といえども容易に想到できた事項とはいえない。

なお、甲1の記載事項1-エには、「適当なポリアクリルゴムは「ラバーワールドブルーブック(Rubber World Blue Book)」1987版、393?394頁(以下、「甲7」という。)に記載されて」いる旨の記載もあり、これは次に示すとおりのものである。




(なお、甲7は、平成29年11月2日提出の申立人による意見書に添付された資料である。)
かかる甲7においては、アクリルゴムの市販品が列挙されていると認められ、これらの中には、オレフィンを単量体単位として含まない酸含有アクリルゴムも含まれている可能性はある。
しかしながら、甲7に記載された市販品は、実際にいかなる質量比でカルボキシル基を有する単量体を含んでいるのかについは記載も示唆もされていないため、仮に甲1発明に係るゴムについて、甲7に記載された市販品の中から選択するとしても、アクリル酸アルキルエステル又はアクリル酸アルコキシアルキルエステル由来の構成単位100質量部に対して、カルボキシル基を有する単量体由来の構成単位を0.5?5質量部含むものとすることは、依然として容易ではない。

以上のことからみて、少なくとも相違点1が存在するため、本件特許発明1は甲1に記載された発明とはいえない。
また、上記相違点1に係る本件特許発明1の発明特定事項は、甲1の記載に基づいて当業者が容易に想到できないものであるから、本件特許発明1は、甲1発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(2)甲6発明について
ア 対比
本件特許発明1と甲6発明とを対比すると両者は、次の点で一致していると認められる。
「(A)アクリルゴムと、ポリエステルと、(C)架橋剤を含む熱可塑性エラストマーであって、
前記成分(C)は前記成分(A)のカルボキシル基と共有結合する架橋剤のみであり、
前記成分(A)は、(a-1)アクリル酸アルキルエステル又はアクリル酸アルコキシアルキルエステルから選ばれる少なくとも1種由来の構成単位と、(a-2)側鎖に架橋性基であるカルボキシル基を有する単量体由来の構成単位のみからなる、
熱可塑性エラストマー。」

そして、本件特許発明1と甲6発明とは、少なくとも次の点で相違している。
相違点2:
ポリエステルについて、本件特許発明1は「融点160?280℃の熱可塑性ポリエステル」であるのに対し、甲6発明では「ポリエステル化合物」である点。

イ 判断
甲6の記載事項6-オによれば、ポリエステル化合物は、エステル結合を有する化合物であれば特に限定されないと記載され、また、当該ポリエステル化合物を含有することにより熱可塑性エラストマーが低粘度となり成形性が良好となる旨記載されている。
しかし、甲6には、当該ポリエステル化合物について、融点を特定するための記載はない。そして、記載事項6-オによれば、ポリエステル化合物の例としては、ポリエーテルエステル系可塑剤、ポリエステルワックス等が好適に挙げられる旨記載されている。
そうすると、当該甲6の記載に触れた当業者は、通常、甲6発明で用いられるポリエステル化合物は、組成物の粘度を低下させ、流動性にするためのもの、いわゆる可塑剤として添加されるものと理解する。一方で、本件特許発明1に係る「融点160?280℃の熱可塑性ポリエステル」は、室温での混合時に可塑剤や流動化剤として作用するものではないため、甲6の記載からでは、「融点160?280℃の熱可塑性ポリエステル」を用いることは、当業者といえども容易に想到できる事項ではない。

以上のことからみて、少なくとも相違点2が存在するため、本件特許発明1は甲6に記載された発明とはいえない。
また、上記相違点2に係る本件特許発明1の発明特定事項は、甲6の記載に基づいて当業者が容易に想到できないものであるから、本件特許発明1は、甲6発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(3)取消理由通知において採用しなかった特許異議申立理由について
特許異議申立人は、以下の甲2?甲6に基づき、
・特開平11-100478号公報(以下、「甲2」という。)
・特開2004-131545号公報(以下、「甲3」という。)
・特開2006-233075号公報(以下、「甲4」という。)
・特開2009-84514号公報(以下、「甲5」という。)
・特開2009-155441号公報(甲6)

「アクリル酸アルキルエステルを主たるモノマー成分とするアクリルゴムにおいて、架橋サイトとして0.5?5質量%の範囲内で不飽和酸モノマーを共重合すること、および共有結合架橋剤をアクリルゴム100質量部当たり0.1?5質量部の範囲内で使用すること」
が、本願出願時の当業者にとっての周知慣用技術、或いは周知技術である旨を述べた上で、甲1号証におけるアクリルゴムとして、0.5?5質量%の範囲内で不飽和酸モノマーを共重合して得られる酸基含有アクリルゴムを選択することは容易である旨の特許異議申立理由を主張している。

かかる特許異議申立理由について検討する。
甲2?甲6の実施例には、アクリル酸アルキルエステル及びアクリル酸アルコキシアルキルエステル100質量部に対して、0.5?5質量部の範囲の特定の量で不飽和酸モノマーを共重合したアクリルゴムが記載されていると認められる。すなわち、アクリル酸アルキルエステル及びアクリル酸アルコキシアルキルエステル100質量部に対する量に換算すると、具体的には、甲2の実施例1では約4.17質量部、甲3のアクリルゴム製造例1では約2.04質量部、甲4のアクリルゴム製造例1では約2.04質量部、甲5の製造例1では2.04質量部のものがそれぞれ用いられ、甲6の段落【0024】では1.01?5.26質量部が更に好ましいものである旨記載されている。
しかしながら、例えば甲3の請求項1には、不飽和酸モノマーを0.1?20重量%共重合させたアクリルゴムが記載されていること等を踏まえると、甲2?甲6の記載を考慮しても、当業者が0.5?5質量部の範囲外の不飽和酸モノマーを共重合したアクリルゴムを通常用いないのかどうかが明らかでないため、0.5?5質量部の範囲の不飽和酸モノマーを共重合したアクリルゴムが本願出願時に当業者に知られたものであったとしても、それを周知技術或いは周知慣用技術と認定して、甲1に記載されたアクリルゴムとして採用することは、当業者といえども容易に想到する事項とはいえない。
よって、取消理由通知において採用しなかった特許異議申立理由によっても、本件特許発明1は、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。


第6 むすび

上記第5のとおりであるから、取消理由通知に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載した特許異議申立理由によっては、本件特許発明1に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件特許発明1に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。

よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
(A)アクリルゴムと、(B)融点160?280℃の熱可塑性ポリエステルとを含む混合物を、(C)架橋剤の存在下で動的に架橋させてなる熱可塑性エラストマーであって、
前記成分(C)は前記成分(A)のカルボキシル基と共有結合する架橋剤のみであり、
前記成分(A)は、(a-1)アクリル酸アルキルエステル又はアクリル酸アルコキシアルキルエステルから選ばれる少なくとも1種由来の構成単位と、(a-2)側鎖に架橋性基であるカルボキシル基を有する単量体由来の構成単位とのみからなり、多官能単量体を含まないアクリルゴムであり、
前記成分(A)は、前記構成単位(a-1)100質量部に対して前記構成単位(a-2)を0.5?5質量部含み、
前記熱可塑性エラストマーは、前記成分(A)を100質量部、前記成分(B)を15?70質量部含む混合物を、前記成分(A)100質量部に対して前記成分(C)が0.1?5質量部存在する条件下にて動的に架橋させてなる、熱可塑性エラストマー。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2017-11-29 
出願番号 特願2013-88422(P2013-88422)
審決分類 P 1 651・ 121- YAA (C08L)
最終処分 維持  
前審関与審査官 中村 英司  
特許庁審判長 加藤 友也
特許庁審判官 佐久 敬
橋本 栄和
登録日 2016-11-11 
登録番号 特許第6036514号(P6036514)
権利者 日油株式会社
発明の名称 熱可塑性エラストマー  
代理人 細田 益稔  
代理人 青木 純雄  
代理人 細田 益稔  
代理人 青木 純雄  

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