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審決分類 |
審判 一部無効 2項進歩性 C07C |
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管理番号 | 1336483 |
審判番号 | 無効2017-800033 |
総通号数 | 219 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許審決公報 |
発行日 | 2018-03-30 |
種別 | 無効の審決 |
審判請求日 | 2017-03-10 |
確定日 | 2018-01-09 |
事件の表示 | 上記当事者間の特許第4627367号発明「電荷制御剤及びそれを用いた静電荷像現像用トナー」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 |
結論 | 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。 |
理由 |
第1 手続の経緯 本件特許第4627367号は、平成12年11月30日(優先権主張 平成11年12月7日)に出願され、平成22年11月19日に特許権の設定登録がなされたものであり、これに対して、平成29年3月10日に山本通産株式会社により本件特許を無効にすることについての審判の請求がなされたところ、その審判における手続の経緯は、以下のとおりである。 平成29年3月10日 審判請求書及び甲第1?3号証の提出(請求人) 同年6月 1日 答弁書及び乙第1号証の1?4の提出(被請求人) 同月 8日 答弁書の手続補正書の提出(被請求人) 同年7月 7日 審理事項通知書(起案日) 同年8月31日 上申書及び甲第4?10号証の提出(請求人) 同日 上申書の提出(被請求人) 同年9月14日 口頭審理陳述要領書の提出(請求人) 同日 口頭審理陳述要領書及び乙第2号証の提出(被請求 人) 同月28日 口頭審理・証拠調べ 同年11年 6日 結審通知(起案日) 第2 本件発明 本件特許第4627367号の請求項1?3に係る発明は、本件特許明細書の特許請求の範囲に記載された以下のとおりのものである。 「【請求項1】一般式(3)で表される金属錯塩化合物を含む電荷制御剤であって、 当該金属錯塩化合物をイオン交換水に1重量%分散させたときの電気伝導度が110μS/cm以下であることを特徴とする電荷制御剤。 【化1】 (式中、X_(1)及びX_(2)は水素原子、炭素数が1?4のアルキル基、炭素数が1?4のアルコキシル基、ニトロ基またはハロゲン原子を表わし、X_(1)とX_(2)は同じであっても異なっていてもよく、m_(1)およびm_(2)は1?3の整数を表わし、R_(1)およびR_(3)は水素原子、炭素数が1?18のアルキル基、炭素数が1?18のアルコキシル基、アルケニル基、スルホンアミド基、スルホンアルキル基、スルホン酸基、カルボキシル基、カルボキシエステル基、ヒドロキシル基、アセチルアミノ基、ベンゾイルアミノ基、またはハロゲン原子を表わし、R_(1)とR_(3)は同じであっても異なっていてもよく、n_(1)およびn_(2)は1?3の整数を表わし、R_(2)およびR_(4)は水素原子またはニトロ基を表わし、A^(+)は水素イオン、ナトリウムイオン、カリウムイオン、アンモニウムイオン、有機アンモニウムイオン又はこれらの混合物を表わす。) 【請求項2】一般式(4)で表される金属錯塩化合物を含む電荷制御剤であって、 当該金属錯塩化合物をイオン交換水に1重量%分散させたときの電気伝導度が110μS/cm以下であることを特徴とする電荷制御剤。 【化2】 (式中A^(+)はアンモニウムイオン、ナトリウムイオン及び水素イオンの混合カチオンを表す。) 【請求項3】請求項1又は請求項2に記載の電荷制御剤のうち1又は2以上を含有することを特徴とする静電荷像現像用トナー。」 第3 請求人の主張の要点 1.本件審判の請求の趣旨 請求人が主張する本件審判における請求の趣旨は、「特許第4627367号の請求項1に係る発明についての特許を無効とする。審判費用は被請求人の負担とする。との審決を求める。」である。 2.請求人が主張する無効理由及び証拠方法の概要 請求人は、以下の無効理由を主張し、証拠方法として甲第1号証?甲第10号証を提出した。 (1)無効理由 本件請求項1に係る発明は、甲第1号証及び甲第2号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであって、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、本件請求項1に係る発明についての特許は、同法第29条の規定に違反してされたものであって、同法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきである。 (2)本件特許発明が容易であるとする理由 本件特許発明は、甲第1号証の含鉄錯塩化合物について甲第2号証と同様に電気伝導度の上限値を求めたにすぎないものであり、奏される効果も甲第2号証と同様のものである。 また、請求人が平成29年8月31日に提出した上申書及び同年9月14日に提出した口頭審理陳述要領書において、甲第2号証の実施例1における極性制御剤の導電率κの値に関する主張が、甲第3号証に記載の測定方法に依拠した当初の主張から、乙第1号証の2に記載の測定方法に依拠した主張に変更する補正がなされたが、同年9月28日の補正許否の決定により当該補正は許可された。 (3)証拠方法(甲第1号証?甲第10号証) 請求人が提出した証拠方法は以下のとおりである。 甲第1号証:特開平7-97530号公報 甲第2号証:特開平3-200262号公報 甲第3号証:「日本工業規格JISK5101-18:2004(ISO 787-14:1973) 顔料試験方法-第18部:電気抵抗率」第1頁?第3頁 甲第4号証:1994年10月1日株式会社東京化学同人発行の「化学辞典」第924頁 甲第5号証:1990年1月18日に配布された電子写真学会・静電気学会発行の報告集「電子写真学会・静電気学会ジョイントセミナー 1989年度第2回研究会(通算44回)」の報告5および報告9 甲第6号証:特開平6-167831号公報 甲第7号証:特公平6-62877号公報 甲第8号証:特許第2647939号公報 甲第9号証:特開平8-209017号公報 甲第10号証:1998年2月20日株式会社岩波書店発行の「岩波 理化学辞典 第5版」第915?916頁 なお、請求人は、甲第5号証は原本を書証申出し、その余の書証は提出した写しを原本として書証申出した。 また、証拠の認否について、被請求人は、甲第1号証から甲第10号証の成立を認めた。 第4 被請求人の主張の要点 1 答弁の趣旨 被請求人が主張する答弁の趣旨は、「本件の審判の請求は成り立たない。審判費用は請求人の負担とする。との審決を求める。」である。 2 証拠方法 被請求人が提出した証拠方法は以下のとおりである。 乙第1号証の1:日本工業標準調査会:データベース-旧規格・廃止規格リスト、URL:http://www.jisc.go.jp/app/pager?id=13927、印刷日2008年8月27日 乙第1号証の2:顔料試験方法 JIS K 5101-1978、日本規格協会発行、昭和53年5月1日改正、1-8頁 乙第1号証の3:顔料試験方法 JIS K 5101-1991、日本規格協会発行、平成3年1月1日改正、1-45頁、47-70頁 乙第1号証の4:顔料試験方法-第18部:電気抵抗率 JIS K 5101-18:2004、日本規格協会発行、平成16年2月20日制定、1-8頁 乙第2号証:保土谷化学工業株式会社製「T-77」の安全データシート(SDS) なお、被請求人は、乙第1号証の1から乙第1号証の4まで及び乙第2号証について、いずれも提出した写しを原本として書証申出した。 また、証拠の認否について、請求人は、乙第1号証の1から乙第1号証の4及び乙第2号証の成立を認めた。 第5 甲号証及び乙第1号証の2について 1 甲第1?10号証の記載事項 (1)甲第1号証:特開平7-97530号公報 本件特許出願の優先日(平成11年12月7日)前の平成7年4月11日に頒布された刊行物である甲第1号証には、次の記載がある。 摘記1a:請求項1 「【請求項1】金属錯塩染料のカチオン部の交換反応に於いて、アンモニアまたはアンモニウム化合物を当量に対し1.1?10倍量を使用することによりカチオン部のNH_(4)^(+)またはアンモニウム化合物カチオンを当量に対して、80?100%含有する事を特徴とする一般式(1)で表わされる金属錯塩染料の製法【化1】 {式(1)においてmは1?3の整数を表す。R_(1-6)は同じであっても異なってもよく、水素原子、C_(1-30)のアルキル基、C_(1-30)のアルコキシ基、C_(1-30)のアルキルスルホン基、C_(1-30)のアルキルアミノスルホン基、アセチルアミノ基、スルホンアミド基、ベンゾイルアミノ基、フェニルスルホン基、ニトロ基、ハロゲン原子、水酸基、-COOH、-SO_(3)H、-COOR_(11)〔R_(11)はC_(6-30)のアリ-ル基、又はC_(1-30)のアルキル基〕、-CONHR_(12)〔R_(12)はC_(6-30)のアリ-ル基、又はC_(1-30)のアルキル基〕、-CON(R_(13))_(2)〔R_(13)はC_(1-30)のアルキル基〕を表す。MはFe、CrまたはCoを表す。また、X_(1)はNH_(4)^(+)又は一般式(2)で表されるアンモニウム化合物カチオンを表す。 【化2】 〔式中、n_(1)は1?3の整数を表わす。R_(14-17)はそれぞれ、水素原子、C_(1-30)のアルキル基、C_(7-30)のアラルキル基、C_(6-30)のアリール基を表わし、それぞれの基中にアミノ基、エーテル基、チオエーテル基、アルコキシ基、水酸基、カルボン酸アミド基、スルホアミド基、ウレタン基、クロロメチル基、ニトロ基、ハロゲン原子(F、Cl、Br)、C_(6-30)の芳香族基、C_(6-30)の芳香族複素環基、を1個もしくはそれ以上含んでもよい。又R_(14-17)の基中に4級化されたアミノ基を含んでもよい。又R_(14-17)の2個は互いに結合して、脂環または芳香族環を形成してもよい。〕で表される。}」 摘記1b:段落0011?0012及び0023 「【0011】【発明が解決しようとす課題】本発明は、従来技術の上記課題を解決し、帯電の立ち上がりがよく、連続使用による繰り返し、現象を行っても温度、湿度の変化に影響を受けず、長時間安定した画像を再現することのできる性能のよいトナーを提供することを目的をするものである。 【0012】【課題を解決するための手段】本発明者らは、これらの課題を解決するために種々検討した結果、金属錯塩染料の対イオンであるNH_(4)^(+)又はアンモニウム化合物カチオンの当量に対する交換率が高率である場合、分散性が極めて良好であるという特徴を有していることを見いだし、かつ、この金属錯塩染料を用いたトナーが先に述べた課題、すなわち帯電の立ち上がりを早め、帯電性能を安定化させて、トナーの飛散や画像欠陥の発生を防ぐ等の課題を解決するものであることを見極め、本発明を完成させた。… 【0023】本発明では、上記電荷制御剤として、本発明の金属錯塩染料を使用する事を特徴とするものである。」 摘記1c:段落0032?0037 「【0032】製造例1 10.9部の2-アミノフェノールを20部の濃塩酸および水400部と共にかきまぜた後、氷冷し0?5℃とし、亜硝酸ナトリウム6.9部を加え、同温で2時間かきまぜてジアゾ化した。このジアゾ化物を0?5℃で水300部、10部の水酸化ナトリウムおよび26.3部の3-ヒドロキシ-2-ナフトアニリドの混合液に注入し、カップリング反応を行った後、次に示す構造式を有するモノアゾ化合物を単離した。 【0033】【化5】 【0034】このモノアゾ化合物のペーストを150部のエチレングリコールに溶解し、5部の水酸化ナトリウムおよび8.5部の塩化第二鉄を加え、110?120℃で2時間かきまぜ、錯塩化を行った後、常温まで冷却し、析出した生成物を口別、単離したウエットケーキを再び水400部に分散した。次に15部の28%アンモニア水(5当量)を加え、1時間かきまぜて生成物を口別単離し、乾燥して下記式で示される黒褐色微粉末の鉄錯塩染料(化合物1)を得た。 【0035】【化6】 【0036】{化合物1において、X_(2)はH^(+)、Na^(+)またはNH_(4)^(+)} 【0037】この化合物1を元素分析した結果、対イオンがNH_(4)^(+)であるNH_(4)体が80%含まれていた。」 摘記1d:段落0044 「【0044】実施例1 スチレン-n-ブチルメタクリレート共重合体樹脂〔ハイマーTB-1000三洋化成(株)製〕88部、低分子量ポリプロピレン〔ビスコール550-P三洋化成(株)製〕5部、カーボン〔#44 三菱化成(株)製〕5部、化合物1を2部、の材料をケミカルミキサーに入れ10分間予備混合後、120℃で熱ロールミルを用い、溶融混練し、さらに粉砕分級して、粒径5?25μmのトナーを得た。このトナー3部に対し、シリコンコートフェライトキャリヤー97部を混合して、現像剤を調製した。また、このトナーを現像装置に入れ、連続複写を行い画像テストを行ったところ、スタート時、良好な画像が得られ、その画像品質は5万枚後も変わらず、トナー飛散やオフセットの発生もなかった。さらに35℃、85%RHの高温高湿及び10℃、30%RHの低温低湿環境下でも、常温常湿環境下での複写と同等の画像品質が得られた。またトナー飛散やオフセットも発生しなかった。」 (2)甲第2号証:特開平3-200262号公報 本件特許出願の優先日前の平成3年9月2日に頒布された刊行物である甲第2号証には、次の記載がある。 摘記2a:請求項1 「(1)バインダー樹脂、着色剤および極性制御剤を主成分とする電子写真用トナーにおいて、バインダー樹脂との溶解度パラメータの差が2.4以上10.0以下であり、導電率が200μS/cm以下の極性制御剤を含有せしめたことを特徴とする電子写真用トナー。」 摘記2b:第2頁左上欄第11?14行、右下欄第8?15行及び第3頁右下欄第13行?第4頁左上欄第2行 「所望の摩擦帯電性をトナーに付与するために、帯電性を付与する染料、顔料、あるいは極性制御剤なるものを添加することが行われている。… 〔発明が解決しようとする課題〕 本発明者らは鋭意検討を重ねた結果、バインダー樹脂、着色剤および極性制御剤を主成分とする電子写真用トナーにおいて、バインダー樹脂との溶解度パラメータの差が2.4以上10.0以下であり、導電率が200μS/cm以下の極性制御剤を含有させると上記問題が解決されることを見出し、本発明を完成するに至った。… また、本発明で用いる極性制御剤の導電率は200μS/cm以下でなければならない。導電率が200μS/cmより大きいと、高湿環境下での帯電量の低下が大きく、画像濃度の低下やカブリの増加が生じる。 本発明における極性制御剤の導電率の測定方法は、通常の顔料の導電率測定法と同じ方法で行なうことができる。すなわち、JIS-K5101に従い少量の極性制御剤をイオン交換水中に分散させ、市販の溶液導電率計を用いて測定する。」 摘記2c:第5頁右上欄第1行?左下欄第18行 「〔実施例〕以下、本発明を下記の実施例によってさらに具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。なお、δは溶解度パラメータ、κは導電率を示し、部はすべて重量部である。 実施例1 スチレン-2-エチルヘキシルアクリレート 共重合体(δ=9.3) 100部 カーボンブラック 10部 カルバモイルナフタレン環を含む含クロムアゾ 染料A(δ=11.7、κ=49.2μS/cm) 2部 上記組成の混合物をヘンシェルミキサー中で十分撹拌混合した後、ロールミルで130?140℃の温度で約30分間加熱溶融し、室温まで冷却後、得られた混練物を粉砕分級し、5?20μmの粒径の黒色トナーを得た。 このトナー2.5部に対し、シリコーン樹脂を被用した100?250メツシユのフェライトキャリア97.5部とをボールミルで混合し、現像剤を得た。 次に上記現像剤を当社製FT4060にセット、現像を行ったところ、良好な画像が得られ、その画像は10万枚画像出し後も変わらなかった。… 比較例1 実施例1のスチレン-2-エチルへキシルアクリレート共重合体(δ=9.3)の代わりに、ポリエステル樹脂A(δ=9.9)を用いる以外は実施例1と同様に現像剤を得、画像テストを行った。初期画像は、カブリのない鮮明な画像が得られたが、5万枚頃から、カブリのある不鮮明な画像になり感光体表面にはトナーのフィルミングが見られた。」 摘記2d:第6頁右上欄第14行?左下欄第12行 「実施例3 比較例1のポリエステル樹脂A(δ=9.9) 100部 ポリエチレン 5部 カーボンブラック 10部 インドリンカルボン酸バリウム塩A (δ=15.8、κ=154μS/cm) 3部 上記組成の混合物を実施例1と同様に、ヘンシェルミキサー中で十分撹拌混合した後、ロールミルで130?140℃の温度で約30分間加熱溶融し、室温まで冷却後、得られた混練物を粉砕分級し、5?20μmの粒径の黒色トナーを得た。 このトナー3.5部に対し、100?200メツシユの鉄粉キャリア96.5部とをボールミルで混合し、現像剤を得た。 次にこの現像剤を実施例1のような当社製の複写機FT4060にセットし、画像テストを行ったところ、実施例1と同様、鮮鋭度の高い良好な画像が得られ、その画像は10万枚画像出し後も変わらなかった。」 (3)甲第3号証:JISK5101-18:2004 本件特許出願の出願日後の2004年(平成16年)に改訂された日本工業規格の写しである甲第3号証には、次の記載がある。 摘記3a:1枚目の上から6?12行目 「序文 この規格は,1973年に第1版として発行されたISO787-14…を翻訳し,技術的内容及び規格票の様式を変更することなく作成した日本工業規格である。… 1.適用範囲 この規格は,顔料の水抽出液の電気抵抗率を測定するための一般的な試験方法について規定する。水によく溶解する顔料を除いて,すべての顔料及び体質顔料に適用する。 備考1.顔料の水抽出液の電気抵抗率は,水溶分の量とは無関係の性質と考えられる。」 摘記3b:2枚目の下から5?3行目 「7.2 親水性顔料 7.2.1 かくはん棒の付いた適切な容量のあらかじめひょう量したビーカー中で、20±0.01gの顔料に煮沸伝導度水180gを加える。」 (4)甲第4号証:化学辞典 甲第4号証には、次の記載がある。 摘記4a:第924頁右欄第7?14行 「電気伝導率[…]物質の両端に電位差を与えると内部に電場ができ,荷電粒子のドリフト^(*)により電流が流れる.多くの場合,その電流密度jは電場の強さEに比例し(オームの法則:j=σE),その比例定数を電気伝導率または導電率という.σはドリフトする荷電粒子の単位体積当たりの数,電荷量およびドリフト移動度^(*)の積で表される.σの実用単位はS・m^(-1)(=Ω^(-1)・m^(-1))で,σの逆数が抵抗率^(*)である.」 (5)甲第5号証:電子写真学会・静電気学会発行の報告集 甲第5号証には、次の記載がある。 摘記5a:第35頁第1行?第45頁第20行(報告5) 「帯電制御剤の作用機構 保土谷化学工業 中央研究所 ○安西光利 山鹿博義 〔はじめに〕 帯電制御剤の使用によりトナーに帯電性が付与され、速いトリボチャージアップが可能となり、そして一定の帯電レベルに帯電量が制御される。この作用機構についてはまだ未知の部分が多く、…これらの解明について、帯電制御剤(以下、Charge control agent、 CCAと言う)の製造メーカーとしては本業の範囲を超える部分もあり、…CCAの製造メーカーの立場から検討した結果について報告する。… (2)CCAのバインダー樹脂への分散性… このCCAはアゾ系金属錯塩化合物であるが、Fig-8に示すように、ジアゾ化、カップリング、錯塩化により合成される。…類似の化学構造を有すCCAでも同様な条件で崩解し易い結晶形になる事はなく、そのCCAに適合した条件を見出す必要がある。… 〔おわりに〕 CCAの作用機構については不明の部分が多く、今後の検討に期待する所が大きいが、著者らはCCA製造メーカーの立場から、化学構造や結晶形等からの検討を行ない、作用機構の解明に微力ながら一助を投じていきたい。そして、将来、構造相関がとれ、求められる性能に対して化合物設計が出来る所まで技術が向上すれば、CCAが更に広範囲に使用できるようになるばかりでなく新たな応用も広がり、視点を変えた新用途も見い出されてくるであろう。」 摘記5b:第80頁第1行?第92頁第3行(報告9) 「極性制御剤の物理状態と帯電性 (株)リコー 画像技術研究所 ○南谷俊樹 鈴木政則 井上哲 OKラボ 大河原信 1.はじめに 電子写真トナーの帯電特性は、定着特性と並んでトナーの最も重要な特性であり、現像・転写性を決定するだけでなく、電子写真の各サブシステムに影響を与えている。この帯電特性をコントロールしている極性制御剤(Charge Control Agent、以後CCAと称す)の果たす役割は重要であり、様々な研究が進んでいるが、関連する基礎学問分野が広く、また、トナーが複合微粒材料のため理論付けが困難な点も多い。… 今回、…電子写真用現像剤といっても各種あるが、乾式現像剤、特に混練・粉砕・分級によって製造される乾式トナーに話題を絞って話を進める。… 4-2CCAの導電性の評価方法 通常の顔料の導電率測定法と同じ方法で行うことができる。すなわち、JIS-K5101に従い少量のCCAをイオン交換水中に分散させ、市販の溶液導電率計を用いて測定する。 4-3導電率と帯電性 リガンド種の異なるジカルボン酸金属塩A(純度の異なるもの)およびB(対イオンの異なるもの)について、各々導電率の異なったものをCCAとしてトナーに含有させ、その摩擦帯電量を測定した。 その結果、次の図-6のようなグラフが得られた。このグラフより、CCAの導電率が大きい方が、トナーの発生電荷が漏洩して、トナーの負帯電量が小さいことがわかる。… 5.まとめ及び今後の展開 今回、混練・粉砕・分級によって製造される乾式トナーのCCAのバインダー樹脂中での物理的存在状態、特にCCAの分散性・導電性について、帯電メカニズムを考えながら概説してきた。… さらにまた、図-1で示したように、分散させる染顔料の分散性に関与する特性は、粒子形状、凝集性、表面性、ぬれ性等があり、これらについても化学構造と関連付けながら、研究する必要がある。」 (6)甲第6号証:特開平6-167831号公報 甲第6号証には、次の記載がある。 摘記6a:請求項1 「【請求項1】 少なくとも結着樹脂と着色剤からなるトナー粒子を含む電子写真用カラートナーにおいて、該着色剤が、イオン交換水による抽出液の比電導度が150μs/cm以下の有機顔料よりなることを特徴とする電子写真用カラートナー。」 摘記6b:段落0009 「【0009】…本発明において、イオン交換水による抽出液の比電導度が150μs/cm以下の有機顔料は、その合成過程の最終段階における水洗工程において水洗を繰り返し、その後、脱水し、得られた顔料ペーストを乾燥させることによって得ることができる。」 摘記6c:段落0011 「【0011】本発明において、結着樹脂としては公知のものであれば如何なるものも使用可能である。…また、必要に応じて、サリチル酸金属塩、含金属アゾ化合物、ニグロシンや四級アンモニウム塩などの電荷制御剤や低分子量ポリプロピレン、低分子量ポリエチレン、ワックス等のオフセット防止剤などの公知の他の成分を添加することができる。」 摘記6d:段落0016 「【0016】実施例1 スチレン-n-ブチルメタクリレート共重合体 100重量% (Tg=65℃、Mn=15,000、Mw=35,000) C.I.ピグメントレッド57(比電導度140μs/cm) 4重量% 上記混合物をエクストルダーで混練し、ジェットミルで粉砕した後、風力式分級機で分級し、D50=9μmのトナー粒子を得た。」 (7)甲第7号証:特公平6-62877号公報 甲第7号証には、次の記載がある。 摘記7a:請求項1 「【請求項1】水に不溶乃至難溶な固体の、高濃度な水性プレスケーキを製造する方法に於て、水溶液中で曇り点を有する1又は若干の非イオン界面活性剤を含有する固体の水性懸濁液を製造し、そして使用された界面活性剤の曇り点以上の温度で固体を単離することを特徴とする上記製造方法。」 摘記7b:第6欄第15?33行 「例1…次に顔料(BETによる比表面積14m^(2)/g)をこの温度でフイルタープレスを介して単離する。引き続いて75乃至80℃の熱い水で中性にそして無塩になるまで洗浄しそして10分間乾燥空気を吹き込む。得られる顔料-プレスケーキは固体含有率51%を有する。」 (8)甲第8号証:特許第2647939号公報 甲第8号証には、次の記載がある。 摘記8a:第3欄第45行?第4欄第32行 「本発明は、ジアゾ化されたアニリンを水性相中でN-(p-メトキシフエニル)-3-ヒドロキシナフタリン-2-カルボンアミドとカップリングし、次いで染料を単離することによって式(I)なる染料のβ-変態を製造する方法に関する。…染料の単離は、熱い懸濁液から又は懸濁液を低温度にたとえば室温までに冷却した後に行うことができる。染料の単離は熱い懸濁液から行うのが有利である。濾過はそれ自体公知の濾過装置で、実際の作業で、ほとんどフィルタープレスで行われる。特別な場合は別として、単離された染料を更に中性及び塩不含になるまで洗滌する。これはたとえば直接濾過装置で行うことができる。その後水性ペーストが存在する。これは式(I)なる染料を60重量%より多く含有し、常法で染色調製物の製造に又は乾燥した染料の生成に使用することができる。」 摘記8b:第9欄第8?20行 「例1…その後染料を熱時吸引濾取し、これに3分間を必要とし、中性かつ塩不含になるまで水洗し、ペーストとして単離する。」 (9)甲第9号証:特開平8-209017号公報 甲第9号証には、次の記載がある。 摘記9a:請求項6 「【請求項6】着色剤としての、電子写真トナーおよび現像剤中、粉体塗料およびエレクトレット材料中での、ならびにプラスチックの内部着色のためにの請求項1?3のいずれか1項に記載のアゾ顔料の使用。」 摘記9b:段落0032、0051及び0055 「【0032】以下に挙げた電荷制御剤──これらは、単独でまたは互いに組み合わせて、本発明による黄色の顔料と組み合わせられる──が特に好ましい:… 【0051】さらに、金属錯体化合物、例えば式(12)、(13)および(14)… 【0055】…で表されるクロム、コバルト、鉄、亜鉛またはアルミニウム-アゾ錯体あるいはクロム、コバルト、鉄、亜鉛またはアルミニウム-サリチル酸またはホウ酸錯体も適している。」 摘記9c:段落0074及び0076 「【0074】【実施例】例1 1.1 顔料合成… 【0076】C)続くカップリングは、25℃で10分間にわたって行なわれる。40gの粉末チョークを添加し、10分後にpHを5に調整する。顔料をろ過しそして塩がなくなるまで洗浄する。」 (10)甲第10号証:理化学辞典 甲第10号証には、次の記載がある。 摘記10a:第915頁 「電気伝導率[…]電気伝導度,電導率,導電率,または単に伝導率,伝導度などともいう.」 2 乙第1号証の2の記載事項 乙第1号証の2には、次の記載がある。 摘記11a:第1頁第1行?第8頁末行 「日本工業規格 JIS 顔料試験方法 K5101-1978… 1.適用範囲 この規格は,顔料の試験方法について規定する。… 12.耐水性 試料及び標準見本品約0.5gをそれぞれ等質等径の試験管にとり,水10mlを加え,沸騰し始めるまで熱した後放冷し,その上澄み液の色を調べ,その程度によって耐水性を比較する。… 22.水溶分 規定量(^(24))の試料を硬質ビーカー500mlに正しくはかりとり,水200mlを,初め少量ずつ加えてよくぬらした後全量を加え,5分間煮沸する。… 24.pH 試料5gを次のA法又はB法で処理した後,上澄み液又はろ液をビーカー100mlに移して,JISZ8802(pH測定方法)の7.によってpHを測定する。ただし,pH計は,形式I又は形式IIのものを,電極は常温用のものを用いる。… B法 試料を入れた硬質三角フラスコに,あらかじめ煮沸して炭酸ガスを除いた水100mlを加え,せんをして5分間振り混ぜる。」 第6 当審の判断 1 甲第1号証に記載された発明 甲第1号証の段落0023(摘記1b)の「本発明では、上記電荷制御剤として、本発明の金属錯塩染料を使用する」との記載、同段落0032?0037(摘記1c)の「製造例1…下記式で示される黒褐色微粉末の鉄錯塩染料(化合物1)を得た。… …{化合物1において、X_(2)はH^(+)、Na^(+)またはNH_(4)^(+)}」との記載、及び同段落0044(摘記1d)の「実施例1…化合物1を2部…溶融混練し…トナーを得た。」との記載からみて、甲第1号証の刊行物には、 『下記式で示される鉄錯塩染料(化合物1)を使用する電荷制御剤。 (化合物1において、X_(2)は、H^(+)、Na^(+)またはNH_(4)^(+))』についての発明(以下「甲1発明」という。)が記載されているといえる。 2 本件特許の請求項1に係る発明と甲1発明との対比 本件特許の請求項1に係る発明と甲1発明とを対比する。 後者の「下記式で示される鉄錯塩染料(化合物1)」は、前者の「一般式(3)で表される金属錯塩化合物」において「式中、X_(1)及びX_(2)は水素原子を表わし、X_(1)とX_(2)は同じであって、m_(1)およびm_(2)は1?3の整数を表わし、R_(1)およびR_(3)は水素原子を表わし、R_(1)とR_(3)は同じであって、n_(1)およびn_(2)は1?3の整数を表わし、R_(2)およびR_(4)は水素原子を表わし、A^(+)は水素イオン、ナトリウムイオン、アンモニウムイオン又はこれらの混合物を表わす」場合のものに該当する。 してみると、本件特許の請求項1に係る発明と甲1発明は、両者とも『一般式(3)で表される金属錯塩化合物を含む電荷制御剤。 (式中、X_(1)及びX_(2)は水素原子、炭素数が1?4のアルキル基、炭素数が1?4のアルコキシル基、ニトロ基またはハロゲン原子を表わし、X_(1)とX_(2)は同じであっても異なっていてもよく、m_(1)およびm_(2)は1?3の整数を表わし、R_(1)およびR_(3)は水素原子、炭素数が1?18のアルキル基、炭素数が1?18のアルコキシル基、アルケニル基、スルホンアミド基、スルホンアルキル基、スルホン酸基、カルボキシル基、カルボキシエステル基、ヒドロキシル基、アセチルアミノ基、ベンゾイルアミノ基、またはハロゲン原子を表わし、R_(1)とR_(3)は同じであっても異なっていてもよく、n_(1)およびn_(2)は1?3の整数を表わし、R_(2)およびR_(4)は水素原子またはニトロ基を表わし、A^(+)は水素イオン、ナトリウムイオン、カリウムイオン、アンモニウムイオン、有機アンモニウムイオン又はこれらの混合物を表わす。)』に関するものである点において一致し、 その「金属錯塩化合物をイオン交換水に1重量%分散させたときの電気伝導度」が、前者においては「110μS/cm以下」であるのに対して、後者においてはその特定がない点において相違する。 なお、甲第1号証に記載された甲1発明の認定、並びに本件特許の請求項1に係る発明と甲1発明との一致点・相違点の認定について、請求人及び被請求人の両者は、平成29年8月31日付けの上申書(請求人)の第2頁第9?14行、同日付けの上申書(被請求人)の第35頁第6?9行、並びに同年9月28日の口頭審理の場において「異論はない」としている。 3 判断 上記相違点について検討する。 (1)甲第1号証について 甲第1号証には、その請求項1(摘記1a)に記載されるとおりの「カチオン部のNH_(4)^(+)またはアンモニウム化合物カチオンを当量に対して、80?100%含有する事を特徴とする一般式(1)で表わされる金属錯塩染料の製法」についての発明が記載され、これにより同段落0011(摘記1b)に記載されるとおりの「帯電の立ち上がりがよく、連続使用による繰り返し、現象を行っても温度、湿度の変化に影響を受けず、長時間安定した画像を再現することのできる性能のよいトナーを提供する」という課題を解決した発明が記載されている。 しかしながら、甲第1号証に記載された発明は、金属錯塩化合物をイオン交換水に分散させたときの「電気伝導度」を測定するものではなく、甲第1号証には、その電気伝導度に着目させるような記載も示唆もない。 そして、甲第1号証には、金属錯塩化合物をイオン交換水に分散させたときの「電気伝導度」を制御することにより、本件特許明細書の段落0007に記載されるとおりの「帯電の立ち上がりが良く連続使用による繰り返し現像を行っても温度や湿度の変化に影響を受けず、長時間安定した画像を再現することのできるトナーを提供する」という課題を解決できることについて記載もないし、これを示唆する記載もない。 したがって、甲第1号証の記載のみによっては、甲1発明の「下記式で示される鉄錯塩染料(化合物1)」の電気伝導度(具体的には金属錯塩化合物をイオン交換水に1重量%分散させたときの電気伝導度)を特定の値に制御するという発明を容易に想到できるとはいえない。 (2)甲第2号証について ア.甲第2号証の「導電率」について (ア)甲第3号証及び乙第1号証の2の「測定法」の参酌 甲第2号証に記載された「極性制御剤の導電率」の「導電率」は、その第3頁右下欄?第4頁左上欄(摘記2b)に記載されるように「通常の顔料の導電率測定法」と同じ方法で測定されるものであって、具体的には「JIS-K5101に従い少量の極性制御剤をイオン交換水中に分散させ、市販の溶液導電率計を用いて測定」するものとして説明されている。 しかしながら、当該「通常の顔料の導電率測定法」について、甲第3号証の「JISK5101-18:2004」は、1973年に発行されたISO787-14を翻訳し、技術的内容及び規格票の様式を変更することなく作成した日本工業規格(摘記3a)とされているものの、2004年(平成16年)に制定された規格であること(及び請求人の補正後の主張)からみて、平成元年(1989年)に出願された甲第2号証の第3頁右下欄第20行(摘記2b)に記載された「JIS-K5101」に対応するものとは認められない。 また、乙第1号証の2の「JIS K 5101-1978」は、昭和53年(1973年)に改正されたものであって、甲第2号証の出願日より前の日本工業規格であるものの、乙第1号証の2の「顔料試験方法」には「顔料の導電率測定法」についての記載がなく、甲第2号証の「通常の顔料の導電率測定法と同じ方法」に対応した方法についての記載が乙第1号証の2の記載に見当たらないので、乙第1号証の2に記載された方法が、甲第2号証に記載された「JIS-K5101」に対応するものとは認められない。 すなわち、甲第2号証に記載された「導電率」については、如何なる方法によって測定された値であるのか全く不明なものである。 したがって、甲第2号証を参酌しても、甲1発明の「下記式で示される鉄錯塩染料(化合物1)」の電気伝導度を特定の値に制御するという発明を容易に想到できるとはいえない。 (イ)請求人の主張について 平成29年8月31日付けの請求人の上申書の第3頁第5行?第4頁第1行及び口頭審理において、請求人は『甲第2号証に係る特許出願の出願日当時に通用していた「JIS-K5101」…乙第1号証の2…によれば、測定対象物である試料の5gを100mlの水に分散させており、5重量%の濃度で分散させて測定用試料が調製される。甲第2号証の極性制御剤の導電率測定は、上記のように濃度5重量%で行われたと解されるのであり、甲第2号証の実施例1のカルバモイルナフタレン環を含む含クロムアゾ染料Aは、イオン交換水にその1重量%を分散させたときの導電率(電気伝導度)の値は9.84(=49.2÷5)μS/cmとなる。以上のとおり、甲第2号証の導電率の値は明確である。』と主張している。 しかしながら、乙第1号証の2の「顔料試験方法」には、例えば「12.耐水性」や「22.水溶分」や「24.pH」の項目にある測定方法についての記載があるものの、甲第2号証の「顔料の導電率測定法」に対応するといえる測定方法についての記載は全く見当たらない。 そして、例えば、乙第1号証の2の「24.pH」の項目に記載されたpHの測定方法は、顔料を「分散」させて測定する測定方法として記載されておらず、その測定時に使用される水も「炭酸ガスを除いた水」であって、本件特許明細書の段落0020の「電気伝導度の測定方法は例えば次のようにして行う。金属錯塩化合物乾燥品1.5gをイオン交換水150mlに分散して、15分間煮沸する。流水により、室温まで冷却後、5A濾紙で濾過する。この濾液について蒸出水はイオン交換水で150mlに調整し、電気伝導度計(HORIBA導電率メーターES-14)で測定する。」との記載にある測定方法と同様に「イオン交換水」を用いて測定するものではない。 このため、甲第2号証の「極性制御剤の導電率」を、本件特許の請求項1に係る発明の「金属錯塩化合物をイオン交換水に1重量%分散させたときの電気伝導度」に直ちに変換できるものとは認められないから、請求人の主張は採用することができない。 イ.導電率のみの制御 (ア)甲第2号証の比較例1と実施例1の記載 甲第2号証の第5頁右上欄(摘記2c)には、溶解度パラメータδが「δ=11.7」で、導電率κが「κ=49.2μS/cm」の「カルバモイルナフタレン環を含む含クロムアゾ染料A」と、溶解度パラメータδが「δ=9.3」の「スチレン-2-エチルヘキシルアクリレート共重合体」を用いた「実施例1」のもの(バインダー樹脂と極性制御剤の溶解度パラメータの差が11.7-9.3=2.4のもの)において「良好な画像が得られ、その画像は10万枚画像出し後も変わらなかった」ことが記載され、その第5頁左下欄(摘記2c)には、溶解度パラメータδが「δ=9.9」の「ポリエステル樹脂A」を用いた以外は実施例1と同様の「比較例1」において「5万枚頃から、カブリのある不鮮明な画像になり感光体表面にはトナーのフィルミングが見られた」ことが記載されている。 すなわち、甲第2号証には、極性制御剤の導電率κが相互に等しい実施例1と比較例1において、バインダー樹脂と極性制御剤の溶解度パラメータδの差が2.4以上である実施例1(11.7-9.3=2.4)のものに比べて、その差が2.4未満である比較例1(11.7-9.9=1.8)のものの方が「カブリのある不鮮明な画像」になることが記載されている。 また、甲第2号証の第2頁右下欄(摘記2b)には、バインダー樹脂との溶解度パラメータの差が2.4以上10.0以下で、なおかつ、導電率が200μS/cm以下の極性制御剤を含有させると懸案の問題が解決されることが見出され、甲第2号証の発明を完成するに至ったと記載されている。 してみると、甲第2号証の記載によっては、その「極性制御剤とバインダー樹脂との溶解度パラメータの差」と「極性制御剤の導電率」の双方をそれぞれ特定の範囲に制御することを必須とする技術思想が把握されるにとどまり、その「極性制御剤の導電率」のみを小さな値に制御した場合に「鮮鋭度の高い良好な画像」が得られるようになるという技術思想までをも読み取ることができるとはいえない。 したがって、甲第2号証の記載を参酌しても、甲1発明における「下記式で示される鉄錯塩染料(化合物1)」の電気伝導度(導電率)のみを小さな値に制御しようとする技術思想を容易に想到できるとはいえない。 (イ)甲第2号証の比較例1と実施例3の記載 甲第2号証には、その請求項1(摘記2a)に記載されるとおりの「バインダー樹脂との溶解度パラメータの差が2.4以上10.0以下であり、導電率が200μS/cm以下の極性制御剤を含有せしめたことを特徴とする電子写真用トナー」についての発明が記載されている。 そして、その第3頁右下欄(摘記2b)には「帯電性を付与する染料、顔料、あるいは極性制御剤」の「導電率が200μS/cmより大きいと、高湿環境下での帯電量の低下が大きく、画像濃度の低下やカブリの増加が生じる」との記載がなされている。 また、その第5頁左下欄(摘記2c)には、導電率κが「κ=49.2μS/cm」の「カルバモイルナフタレン環を含む含クロムアゾ染料A」を用いた「比較例1」において「5万枚頃から、カブリのある不鮮明な画像になり感光体表面にはトナーのフィルミングが見られた」ことが記載され、その第6頁右上欄(摘記2d)には、導電率κが「κ=154μS/cm」の「インドリンカルボン酸バリウム塩A」を用いた「実施例3」において「10万枚画像出し後」も「実施例1と同様、鮮鋭度の高い良好な画像が得られ」たことが記載されている。 すなわち、甲第2号証には、極性制御剤の導電率κの値が200μS/cmより大きくなると画像濃度の低下やカブリの増加が生じることが記載されているものの、導電率κの値が200μS/cm以下にありさえすれば、例えば、実施例3の「κ=154μS/cm」のような大きな導電率κを有する場合であっても、何ら問題が生じないことが記載されているといえる。 そして、甲第2号証には、極性制御剤の導電率κが比較的に大きい実施例3(κ=154μS/cm)のものに比べて、導電率κが比較的に小さい比較例1(κ=49.2μS/cm)のものの方が「カブリのある不鮮明な画像」になることが具体的に記載されているといえる。 してみると、甲第2号証の記載によっては、極性制御剤(又は含クロムアゾ染料)の導電率κの値のみを「200μS/cm以下」の範囲に制御した場合に、比較例1のκ=49.2μS/cmを含む全範囲において「鮮鋭度の高い良好な画像」が必ず得られるようになるという技術思想までをも読み取ることができない。 したがって、甲第2号証の記載を参酌しても、甲1発明における「下記式で示される鉄錯塩染料(化合物1)」の電気伝導度(導電率)のみを小さな値に制御しようとする技術思想を容易に想到できるとはいえない。 ウ.電気伝導度を特定の数値以下に調整する方法 甲第2号証の実施例1(摘記2c)の「κ=49.2μS/cm」の「カルバモイルナフタレン環を含む含クロムアゾ染料A」における導電率κは、電子写真用トナーの原料として普通に入手可能な極性制御剤(又は含クロムアゾ染料)それ自体の固有値としての値である。 このため、甲第2号証の記載に、何らかの手段を用いて極性制御剤(又は含クロムアゾ染料)の「導電率」を変化させるという思想が教示されているとは認められず、甲1発明の特定の鉄錯塩染料(化合物1)の電気伝導度の値を実際に「110μS/cm以下」に調整するための手段や方法が記載されているとも認められない。 したがって、甲第2号証の記載及び本件優先日当時の技術常識を参酌しても、甲1発明の「下記式で示される鉄錯塩染料(化合物1)」の電気伝導度の値を「110μS/cm以下」に調整することが、当業者にとって容易になし得る程度のことであるとはいえない。 エ.甲第2号証の効果 甲第2号証の第5頁左下欄(摘記2c)に記載された「比較例1」は、その第3頁右下欄?第4頁左上欄(摘記2b)に記載されるとおりの「JIS-K5101に従い少量の極性制御剤をイオン交換水中に分散させ、市販の溶液伝導率計を用いて測定」した場合の「極性制御剤の導電率」が「κ=49.2μS/cm」である「カルバモイルナフタレン環を含む含クロムアゾ染料」を極性制御剤として用いたものであって、当該「比較例1」においては「5万枚頃から、カブリのある不鮮明な画像になり感光体表面にはトナーのフィルミングが見られた」ことが記載されている。 これに対して、本件特許の請求項1に係る発明は、甲第2号証の実施例1及び比較例1で用いられた「カルバモイルナフタレン環を含む含クロムアゾ染料」と異なる「一般式(3)で表される金属錯塩化合物」を採用するとともに、本件特許明細書の段落0020に記載されるとおりの「金属錯塩化合物乾燥品1.5gをイオン交換水150mlに分散して、15分煮沸する。流水により、室温まで冷却後、5A濾紙で濾過する。この濾液について蒸出水はイオン交換水で150mlに調整し、電気伝導度計(…)で測定」した場合の「電気伝導度」を「110μS/cm以下」に調整することにより、本件特許明細書の段落0108に記載されるとおりの「安定した画像が得られ、環境安定性に優れ」た「静電荷像現像用トナー」が提供されるという効果を奏するものとされている。 してみると、本件特許の「電気伝導度」と、甲第2号証に記載された「極性制御剤の導電率」とが、同じ内容を意味するものと解せないことは上述のとおりであるが、仮に甲第2号証の実施例1及び比較例1における「極性制御剤の導電率」の値を本件特許の「電気伝導度」に換算した場合の値が、請求人の上申書の第5頁第3?7行(及び請求人の口頭審理陳述要領書の第9頁第10行)に記載されるとおりの「9.84μS/cm」になると解し得たとしても、甲第2号証の比較例1の結果では、本件特許の請求項1に記載された発明の「110μS/cm以下」の要件を満たしているにもかかわらず、上記の通り「5万枚頃から、カブリのある不鮮明な画像になり感光体表面にはトナーのフィルミングが見られた」とされているので、本件特許の請求項1に記載された発明の効果と、甲第2号証に記載された具体例における効果とが、同様のものであるとすることはできない。 オ.小括 以上のことを小括するに、甲第2号証に記載された「導電率」は如何なる方法で測定された値を意味するのか不明なものであり、甲第2号証の「導電率」が本件特許発明の「金属錯塩化合物をイオン交換水に1重量%分散させたときの電気伝導度」と同様な値を意味しているとは解せない。 そして、甲第2号証の記載によっては、その「導電率」のみを制御することで「鮮鋭度」などの点で優れた「画像」が得られるという技術思想までをも読み取ることができず、甲第1号証に記載された発明に甲第2号証に記載された技術事項を組み合わせるべき「動機付け」の存在も見当たらず、本件特許の請求項1に係る発明の効果が甲第2号証に記載されたものの効果と同様なものであるともいえない。 したがって、本件特許の請求項1に係る発明が、甲第1号証の含鉄錯塩化合物について甲第2号証と同様に電気伝導度の上限値を求めたにすぎないものであり、奏される効果も甲第2号証と同様のものであるとすることはできない。 (3)甲第4?10号証について 甲第4号証(化学辞典)及び甲第10号証(理化学辞典)には、電気伝導率(電気伝導度)が導電率と同じ意味であることが記載されているものの、電荷制御剤に含まれる金属錯塩化合物の「電気伝導度」を「110μS/cm以下」にすることについては、何ら記載が見当たらない。 甲第5号証について、その報告5(安西光利ら)には、帯電制御剤(CCA)として用いられる「アゾ系金属錯塩化合物」をFig-8に示される方法で合成できることが記載され、その報告9(南谷俊樹ら)には、極性制御剤(CCA)の「導電性の評価方法」についての記載や、CCAの導電率が大きい方がトナーの負帯電量が小さいという「導電率と帯電性」についての記載がなされているものの、本件特許の一般式(3)で表される金属錯塩化合物の「電気伝導度」を「110μS/cm以下」にすることについては、何ら記載が見当たらない。 甲第6号証(特開平6-167831号公報)には、含金属アゾ化合物などの電荷制御剤を他の成分として添加できることが記載され(摘記6c)、比電導度が140μS/cmの「C.I.ピグメントレッド57」を用いて「トナー粒子」を得た実施例1などの具体例が記載されている(摘記6d)ものの、甲第6号証の発明は「電子写真用カラートナー」に含まれる「着色剤」の「比電導度」を「150μS/cm以下」にすることを特徴とする発明が記載されているにすぎず(摘記6a)、本件特許の一般式(3)で表される金属錯塩化合物の「電気伝導度」を「110μS/cm以下」にすることについては、何ら記載が見当たらない。 甲第7号証(特公平6-62877号公報)には「顔料」を「無塩になるまで洗浄」することが記載され、甲第8号証(特許第2647939号公報)には「染料」を「塩不含になるまで水洗」することが記載され、甲第9号証(特開平8-209017号公報)には「顔料」を「塩がなくなるまで洗浄」することが記載されているものの、本件特許の一般式(3)で表される金属錯塩化合物の「電気伝導度」を「110μS/cm以下」にすることについては、何ら記載が見当たらない。 そして、甲第4?10号証を含む甲各号証のうちの公知刊行物の全ての記載を精査しても、本件特許の一般式(3)で示される金属錯塩化合物を含む電荷制御剤の電気伝導度を110μS/cm以下に調整する技術が技術常識として本願優先日前に確立していたと認めるに至らないので、甲第1号証の含鉄錯塩化合物について、その「金属錯塩化合物をイオン交換水に1重量%分散させたときの電気伝導度」を「110μS/cm以下」に調整することが本願優先日当時の当業者によって容易になし得たとすることはできない。 したがって、甲第1?2号証の記載に加えて、甲第4?10号証の記載を斟酌しても、本件特許の請求項1に係る発明が、甲第1号証の含鉄錯塩化合物について甲第2号証と同様に電気伝導度の上限値を求めたにすぎないものであるとすることはできない。 (4)まとめ 以上総括するに、本件特許の請求項1に係る発明が、甲第1号証の含鉄錯塩化合物について甲第2号証と同様に電気伝導度の上限値を求めたにすぎないものであるとは認められないから、本件特許の請求項1に係る発明が、甲第1号証及び甲第2号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとすることはできない。 したがって、請求人の主張及び提出した証拠方法によっては、本件特許の請求項1に係る発明が、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであるということはできない。 よって、本件特許は、特許法第29条の規定に違反してなされたものではないから、特許法第123条第1項第2号に該当せず、無効理由には理由がない。 第7 むすび 以上検討したように、請求人の主張する理由及び提出した証拠方法によっては、本件特許を無効とすることはできない。 審判に関する費用については、特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により請求人が負担すべきものとする。 よって、結論のとおり審決する。 |
審理終結日 | 2017-11-06 |
結審通知日 | 2017-11-09 |
審決日 | 2017-11-28 |
出願番号 | 特願2000-364684(P2000-364684) |
審決分類 |
P
1
123・
121-
Y
(C07C)
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最終処分 | 不成立 |
前審関与審査官 | 斉藤 貴子 |
特許庁審判長 |
佐藤 健史 |
特許庁審判官 |
木村 敏康 守安 智 |
登録日 | 2010-11-19 |
登録番号 | 特許第4627367号(P4627367) |
発明の名称 | 電荷制御剤及びそれを用いた静電荷像現像用トナー |
代理人 | 坂西 俊明 |
代理人 | 斎藤 誠二郎 |
代理人 | 稲元 富保 |
代理人 | 清水 義憲 |
代理人 | 増井 和夫 |
代理人 | 大井 正彦 |
代理人 | 城戸 博兒 |
代理人 | 長谷川 芳樹 |
代理人 | 橋口 尚幸 |