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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  B05D
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  B05D
管理番号 1340052
異議申立番号 異議2016-700709  
総通号数 222 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2018-06-29 
種別 異議の決定 
異議申立日 2016-08-09 
確定日 2018-03-19 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第5854322号発明「静電塗装方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第5854322号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり訂正することを認める。 特許第5854322号の請求項3に係る特許を維持する。 特許第5854322号の請求項1、2に係る特許についての特許異議の申立てを却下する。 
理由 1.手続の経緯
特許第5854322号の請求項1?3に係る特許についての出願は、平成27年12月18日付けでその特許権の設定登録がされ、その後、平成28年8月9日に特許異議申立人 鍵 隆(以下、単に「特許異議申立人」という。)より請求項1?3に対して特許異議の申立てがされ、平成28年10月19日付けで取消理由が通知され、同年12月19日に特許権者から訂正請求書(1回目)及び意見書が提出され、平成29年2月3日に特許異議申立人から意見書が提出された。
当該訂正請求を受けて、平成29年4月11日付けで2回目の取消理由が通知され、特許権者から同年6月12日に意見書が提出され、当該意見を受けて合議体は、同年8月23日付けで、平成28年12月19日に特許権者が行った訂正請求に対して、訂正拒絶理由を通知し、特許権者は平成29年9月26日に訂正請求書を補正する趣旨の手続補正書を提出した。
補正された訂正請求書に基づいて、合議体は同年10月27日付けで取消理由(決定の予告)を通知したところ、特許権者は同年12月28日に再び訂正請求書(2回目。以下、「本件訂正」という。)及び意見書を提出した。
なお、当該訂正請求に対し、特許異議申立人に意見を述べる機会を与えたものの、特許異議申立人から意見書の提出はなされなかった。
また、特許法第120条の5第7項の規定により、平成28年12月19日付けの1回目の訂正の請求(後に手続補正書により補正)は、取り下げられたものとみなす。


2.訂正の適否
(1)訂正の内容
平成29年12月28日提出の訂正請求書に係る本件訂正は、以下の事項を内容とするものである。

(訂正事項1)
特許請求の範囲の請求項1および2を削除する。
(訂正事項2)
特許請求の範囲の請求項3の
「絶縁性を有する被塗面の静電塗装方法であって、
導電性液体塗料に高電圧を直接印加してマイナスに帯電させることによりフリーイオンの発生を抑制した状態で、前記マイナスに帯電した導電性液体塗料を前記被塗面に塗布する
ことを特徴とする静電塗装方法。」
の記載を、
「絶縁性を有する被塗面の静電塗装方法であって、
ガン本体のペイントノズルに形成された、吐出口側の領域が縮径している孔と、前記孔に収容されて前記孔を流通する導電性液体塗料に高電圧を直接印加してマイナスに帯電させる高電圧電極と、前記高電圧電極によってマイナスに帯電した導電性液体塗料を吐出する吐出口と、を有するスプレーガンであって、
前記高電圧電極は、前記ガン本体の吐出口より大きい径を有する拡径部と、前記拡径部の吐出口側の先端に設けられ、前記先端の径から連続的に縮径するテーパ状の縮径部と、を有し、前記縮径部の先端が、縮径している前記孔の吐出口側の領域に収容される高電圧電極である、スプレーガンを用いて、
マイナスに帯電した、体積固有抵抗値が100MΩcm以下の導電性液体塗料を前記吐出口から吐出して、前記被塗面に到達させることで、塗膜を形成する
ことを特徴とする静電塗装方法。」
に訂正する。(下線は、訂正特許請求の範囲に特許権者が付加したもの。)

(2)新規事項の有無、訂正の目的の適否、及び特許請求の範囲の拡張・変更の存否
イ 訂正事項1
訂正事項1は、請求項の削除を目的とするものであることが明らかであり、またこの訂正により新規事項が発生したり、特許請求の範囲の拡張ないし変更が発生するものでもないことが明らかであるから、訂正事項1に係る訂正は適法なものである。

ロ 訂正事項2
上記訂正事項2は、訂正の内容として以下の4つの事項を含むものと認められる。
【事項1】
訂正前の静電塗装方法は、「導電性液体塗料に高電圧を直接印加」し、「導電性液体塗料を被塗面に塗布する」処理とされていたものを、訂正によりある特定の「スプレーガンを用い」るとしたこと
【事項2】
前述の「特定」のスプレーガンとは、「ガン本体のペイントノズルに形成された、吐出口側の領域が縮径している孔と、前記孔に収容されて前記孔を流通する導電性液体塗料に高電圧を直接印加してマイナスに帯電させる高電圧電極と、前記高電圧電極によってマイナスに帯電した導電性液体塗料を吐出する吐出口と、を有するスプレーガンであって、
前記高電圧電極は、前記ガン本体の吐出口より大きい径を有する拡径部と、前記拡径部の吐出口側の先端に設けられ、前記先端の径から連続的に縮径するテーパ状の縮径部と、を有し、前記縮径部の先端が、縮径している前記孔の吐出口側の領域に収容される高電圧電極である」を内容とすること
【事項3】
訂正前には、単に「導電性液体塗料」とされていたものを、訂正により「体積固有抵抗値が100MΩcm以下」とする事項が追加されたこと
【事項4】
訂正前の「導電性液体塗料を前記被塗面に塗布する」に対して、訂正により「導電性液体塗料を前記吐出口から吐出して、前記被塗面に到達させることで、塗膜を形成する」へと置換すること。

上記【事項1】、【事項2】、【事項3】、【事項4】を各々検討する。

(【事項1】について)
上記事項1は、総合すると、訂正前の方法発明の実行手段が任意とされていたものを、訂正により上記【事項2】で特定される「スプレーガン」を用いるとする限定を付す訂正と理解でき、訂正請求書の「(イ)訂正事項2」の「a 訂正の目的について」の「・・・訂正前の請求項3に係る特許発明における、導電性液体塗料に高電圧を直接印加する静電塗装方法を、特定のスプレーガンを用いた静電塗装方法により具体的に特定し、更に限定するものである。」とも整合する。また、係る事項は、明細書の【0048】-【0050】に記載されていることが明らかであるため、明細書に記載された事項の範囲内で行われた訂正である。
スプレーガンについての更なる事項についての新規事項の有無、特許請求の範囲の拡張・変更の存否については、続く事項2の検討と併せて行うこととする。
(【事項2】について)
事項2に関する新規事項の有無、拡張・変更の存否について検討する。
まず塗装に用いるスプレーガンが、「ガン本体のペイントノズルに形成された、吐出口側の領域が縮径している孔」を有する点については、図4の図示から、孔10の吐出口12側(図の左方向)で断面図における径方向長さが小さくなっていることが確認できるので、同じく明細書に添付された図面に記載された事項の範囲内で行われた訂正である。
次に、スプレーガンが、「前記孔に収容されて前記孔を流通する導電性液体塗料に高電圧を直接印加してマイナスに帯電させる」とされかつ「前記ガン本体の吐出口より大きい径を有する拡径部と、前記拡径部の吐出口側の先端に設けられ、前記先端の径から連続的に縮径するテーパ状の縮径部と、を有し、前記縮径部の先端が、縮径している前記孔の吐出口側の領域に収容される」とされる「高電圧電極」を有する点については、図5の図示から、高電圧直接印加電極31の形状が、図の左端でテーパー状に縮径し、他の部分で吐出口12より大きい径とされていることが見てとれる。また、高電圧電極がガン本体のペイントノズルに形成された孔に収容される点については、明細書の【0050】及び【0036】に記載されている。
最後に、スプレーガンが、「前記高電圧電極によってマイナスに帯電した導電性液体塗料を吐出する吐出口」を有する点については、明細書の【0051】に記載されている。
そうすると、訂正事項2の【事項1】及び【事項2】の訂正は、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであって、新規事項の追加に該当せず、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。

(【事項3】について)
上記訂正事項2の【事項3】に関連する記載として、明細書の発明の詳細な説明の【0048】?【0058】に記載の「第2の形態例」とされた静電塗装に用いられる塗料は、【0053】に
「図6?図10は、ガン本体の塗料霧化部であるエアキャップ4からのエアの噴射を完全に停止し、印加電圧を60kVに固定し、導電性塗料の体積固有抵抗値を変更して導電性塗料を吐出口12から水鉄砲状に吐出させた様子を撮影した写真である。図6は200MΩcm、図7は100MΩcm、図8は50MΩcm、図9は20MΩcm、図10は10MΩcmである。」
と記載され、特に【0054】には
「これらの図から明らかなように、200MΩcm(図6)のときの塗料液糸は、水鉄砲状の液糸であるのに対し、100MΩcm(図7)のときの塗料液糸では、吐出後数cm先で液糸が静電反発を起こして棘状に分裂霧化していることが判る。」
こと、すなわち100MΩcm、50MΩcm、20MΩcm、10MΩcmの塗料の使用例が記載されている。また、【0074】には
「効果確認実験3の結果を、図13に示す。この結果から、導電性塗料の体積固有抵抗値は、100MΩcm以下が好ましく、20MΩcm以下がさらに好適であることが判る。」
との記載もある。
したがって、上記訂正事項2の【事項3】で訂正された
「体積固有抵抗値が100MΩcm以下」とした事項は、明細書に記載された事項の範囲内のものと認められる。
そして、上記訂正事項2の【事項3】の訂正は、訂正前の請求項3の「導電性塗料」が、その体積固有抵抗値として採り得る範囲を100MΩcm以下と限定するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであって、新規事項の追加に該当せず、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。
(【事項4】について)
上記事項4は、訂正前に「フリーイオンの発生を抑制した状態で」とされた事項に対して、訂正により当該事項を削除し、「導電性液体塗料を前記吐出口から吐出して、前記被塗面に到達させることで、塗膜を形成する」との事項に置換することを内容としている。
該事項4は、「フリーイオンの発生を抑制した状態で」の記載を、別表現である「導電性液体塗料を前記吐出口から吐出して、前記被塗面に到達させることで、塗膜を形成する」へ置換することで、訂正前に平成28年10月19日付け取消理由通知の2(特許法第36条第6項第2号)とされた理由を解消すべくした訂正である(訂正請求書の(イ)訂正事項2」の「a 訂正の目的について」の「・・・明瞭でないとの指摘がなされていた「フリーイオンの発生を抑制した状態」をより具体的に特定し、明瞭な記載に釈明するものである。」)から、明瞭でない記載の釈明を目的とする訂正に該当する。
そして、事項4に含まれる置換内容は、本件特許明細書の「第2の形態例」について記載された箇所、具体的には【0014】、【0019】、【0049】、【0050】、【0051】、【0055】に記載された事項であるから、事項4に関する訂正は、願書に添付した明細書に記載した事項の範囲内の訂正であって、新規事項の追加に該当せず、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。

以上纏めると、訂正事項2を構成する上記【事項1】?【事項4】は、特許請求の範囲減縮及び明瞭でない記載の釈明を目的とする訂正であり、いずれも願書に添付した明細書等に記載した事項の範囲内の訂正であって、新規事項の追加に該当せず、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。

(3)小括
以上のとおりであるから、本件訂正請求による訂正は、特許法第120条の5第2項第1号及び第3号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第4項及び同条第9項において準用する同法第126条第4項から第6項までの規定に適合するので、訂正後の請求項1?3について訂正を認める。


3.当審の判断
(1)取消理由通知に記載した取消理由について
上記「1.手続の経緯」で示した、平成29年10月27日付け取消理由の通知(決定の予告)は、概略以下の事項を通知するものである。

「本件特許発明は、甲2発明及び、甲第1号証、甲第3号証、甲第5号証、参考資料2、参考資料3のごとき周知の技術的事項、並びに甲第6号証のごとき公知の技術的態様に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件特許発明に係る特許は特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。」

そこで、当該通知した取消理由(特許法第29条第2項)について以下検討する。

ア 本件特許発明
本件訂正後の請求項3に係る発明(以下、「本件特許発明」という。)は、次に示すとおりのものである。
(本件特許発明)
「絶縁性を有する被塗面の静電塗装方法であって、
ガン本体のペイントノズルに形成された、吐出口側の領域が縮径している孔と、前記孔に収容されて前記孔を流通する導電性液体塗料に高電圧を直接印加してマイナスに帯電させる高電圧電極と、前記高電圧電極によってマイナスに帯電した導電性液体塗料を吐出する吐出口と、を有するスプレーガンであって、
前記高電圧電極は、前記ガン本体の吐出口より大きい径を有する拡径部と、前記拡径部の吐出口側の先端に設けられ、前記先端の径から連続的に縮径するテーパ状の縮径部と、を有し、前記縮径部の先端が、縮径している前記孔の吐出口側の領域に収容される高電圧電極である、スプレーガンを用いて、
マイナスに帯電した、体積固有抵抗値が100MΩcm以下の導電性液体塗料を前記吐出口から吐出して、前記被塗面に到達させることで、塗膜を形成する
ことを特徴とする静電塗装方法。」

イ 甲第2号証に記載された発明
平成29年10月27日付け取消理由通知において、主として引用した甲第2号証(特開平8-155350号公報)には以下の事項が記載されている。
(ア)「【0001】
【産業上の利用分野】本発明は塗料を静電吸引力により被塗物に塗着させるようにした静電塗装装置に関する。」
(イ)「【0006】
【課題を解決するための手段】このような課題を解決するための手段として請求項1の発明は、塗料タンクから塗装ガンへ塗料を送給する塗料経路内の塗料に一の高電圧発生器の負極を接触させ、その高電圧発生器の正極と、前記塗料経路の前記一の高電圧発生器の前記負極近くから前記塗料タンクまでの間と、前記塗装ガンに対向する被塗物とをアースした構成とし、・・・」
(ウ)「【0007】
【発明の作用及び効果】本発明は上記構成になり、請求項1の発明は塗料タンクから塗装ガンへ塗料を送給する塗料経路内の塗料に高電圧発生器の負極を接触させたから供給された電荷が効率よく塗料に帯電し、効率のよい静電塗装を行うことができるとともに、塗料タンクがアースされているから、水溶性塗料のように電気抵抗の低い塗料の場合でも塗料タンクを絶縁架台の上に載せる必要がなく、安全性が高いとともに、高電圧を遮断して塗装を中断することなく塗料タンクへ塗料を連続供給することができて作業性に優れる効果があり、・・・」
(エ)「【0009】図1において、1はエアレススプレイ塗装ガンであって、ポンプ2により塗料タンク3内の塗料が絶縁ホース5を通って高圧力で圧送され、ノズル6から霧状となって噴出するようになっている。」
(オ)「【0010】4は高電圧発生器であって、正極はアースされ、負極が導線7によって、図2に拡大して示すように、絶縁塗料ホース5に介設された筒状の金属製の電極8に接続されている。
【0011】本実施例は上記構成になり、絶縁ホース塗料5内を圧送される塗料は電極8内を流れるときにこれに接触して負の電荷が帯電され、負の電荷を帯びたままノズル6から霧状となって噴出しコンベヤbを介してアースされた被塗物aに静電吸引力により吸引されて吐着される。」
(カ)「【0012】塗料タンク3はアースされているが塗料の電気抵抗によりノズル6から噴出する塗料の電荷は保持されている。」
(キ)「【0013】なお、塗料の電気抵抗が小さい場合には、電流が増大しても電圧の低下が小さい特性を有する高電圧発生器4を用いればよい。」
以上の記載によれば、甲第2号証には以下の発明(以下、「甲2発明」という。)が記載されていると認められる。

(甲2発明)
「塗装ガン1を用いた被塗物aの静電塗装方法であって、
当該静電塗装は、水溶性塗料のように電気抵抗の低い塗料を、塗料タンク3から塗装ガン1へ塗料を送給する塗料経路である絶縁塗料ホース5の途中に介設した筒状の金属製電極8に接触させて負の電荷に帯電させる電極8を有する絶縁塗料ホース5と、被塗物aに向けて前記負の電荷に帯電された塗料を霧状に噴出させるノズル6を有する塗装ガン1であって、前記絶縁塗料ホース5が接続された塗装ガン1とを用いて行われるものであり、
負の電荷を帯びた、前記水溶性塗料のように電気抵抗の低い塗料を前記ノズル6から噴出して、前記被塗物aに塗着させる
静電塗装方法。」

ウ 甲第1号証の記載事項
同じく従として引用した甲第1号証(特開2002-177870号公報)には、以下の事項が記載されている。
「【0049】基材
本発明の塗料組成物は、種々の基材、例えば木、金属、ガラス、プラスチック、発泡体等、特に金属表面、及び鋳造物に有利に用い得るが、カチオン電着塗装可能な金属製品に特に好適に使用できる。」

エ 甲第3号証の記載事項
同じく甲第3号証(特開2007-38081号公報)には、電気絶縁性基材の静電塗装方法と題して、以下の事項が記載されている。
「【背景技術】
【0002】
従来から、表面固有抵抗値が109Ω以上となるような樹脂部品等の電気絶縁性基材に対して静電塗装を施すために、種々の方法が研究、開示されてきている。例えば、特開2002-326051号公報(特許文献1)においては、脱脂処理を施したABS素材上に通電処理を施した後、特定の塗料組成物を特定の静電塗装条件で塗装するABS素材の塗装方法が開示されている。」
「【0003】
しかしながら、このような特許文献1?3に記載されているような従来の電気絶縁性基材の静電塗装方法においては、静電塗装の際に火災に対する安全性を確保し、しかも静電塗装する塗料の付着性を向上させるために、被塗装物である電気絶縁性基材を接地する前に、電気絶縁性基材に対して導電性処理(例えば導電性プライマを塗布する処理)を施す必要があった。すなわち、従来の電気絶縁性基材の静電塗装方法において前記導電性処理を施こさない場合には、先ず、静電塗装機によって微粒化、荷電した塗料粒子と、静電塗装機の荷電電極近傍のイオン化された空気とによって電気絶縁性基材の被塗装面の表面が帯電する。そして、前記被塗装面の表面に帯電した電荷は、電気絶縁性基材の表面固有抵抗値が高いことから、その表面からほとんど散逸することができずに蓄積するため、静電塗装を施すことによって電気絶縁性基材の被塗装面の表面電位は上昇し続ける。更に、電気絶縁性基材の被塗装面の表面電位が上昇すると、被塗装面の表面電位と、静電塗装機の荷電電極との電位差が減少するため、塗料粒子と電気絶縁性基材との間に作用する静電引力が弱まってしまい、静電塗装の際において塗料に十分な付着性を付与することができなくなる。また、電気絶縁性基材の表面電位が上昇すると、電気絶縁性基材の表面と周辺のアースされた物との間でスパークが起こり、火災の原因となる。このような理由から、従来の電気絶縁性基材の静電塗装方法においては、前述のような導電性処理を施す必要があった。」

オ 甲第5号証の記載事項
同じく甲第5号証(特開2000-79358号公報)には、以下の事項が記載されている。
「【0011】なお、通常、静電塗装に使用されている抵抗値が100MΩ以下の塗料であれば、塗料供給管6の電圧を電極54に伝達することができる。」

カ 甲2発明との対比・判断
本件特許発明と甲2発明とを対比する。
甲2発明の「水溶性塗料のように電気抵抗の低い塗料」は、本件特許発明の「導電性液体塗料」に、「体積固有抵抗値が100MΩcm以下」の点を除き、共に液体でありかつ電気的特性として導電性である点において一致する。
そして、甲2発明の「塗料」に対して「負の電荷に帯電させる」とした措置は、本件特許発明の「塗料」を「マイナスに帯電させる」とした措置に、帯電させる対象及び帯電させる極性の双方において一致すると共に、双方の措置を講じるための手段ないし状態も、甲2発明が「塗料を」「金属製電極8に接触させて」行うことと、本件特許発明が「高電圧電極」の使用により「塗料に高電圧を直接印加してマイナスに帯電させる」ことで行うことにおいて一致する。
また、塗料の帯電に用いる手段に関して、甲2発明の「被塗物aに向けて前記負の電荷に帯電された塗料を霧状に噴出させるノズル6を有する塗装ガン1」は、本件特許発明の「マイナスに帯電した導電性液体塗料を吐出する吐出口」「を有するスプレーガン」に相当する。
さらに、甲2発明の「負の電荷を帯びた、前記水溶性塗料のように電気抵抗の低い塗料を前記ノズル6から噴出して、前記被塗物aに塗着させる」は、甲2発明も静電塗装装置でありかつコロナピンを使用せず塗料をノズル6からそのまま噴出させることを内容とする上、静電塗装は塗料を帯電させ、塗装対象に帯電塗料を噴出塗着させ、塗装対象に塗膜を形成させることを達成するやり方であることが明らかなので、塗装対象の被塗面が「絶縁性を有する」点を除き、本件特許発明の「導電性液体塗料を前記吐出口から吐出して、前記被塗面に到達させることで、塗膜を形成する」に相当する。

以上のことから両者は
「導電性液体塗料に高電圧を直接印加してマイナスに帯電させ、前記高電圧電極によってマイナスに帯電した導電性液体塗料を吐出する吐出口を有するスプレーガンを用いた、被塗面の静電塗装方法であって、
マイナスに帯電した導電性液体塗料を前記吐出口から吐出して、前記被塗面に到達させることで、塗膜を形成する
静電塗装方法。」
の点で一致し、以下の点で相違する。

【相違点1】本件特許発明は「絶縁性の」被塗面である特定するのに対し、甲2発明の「被塗物」の面が絶縁性であるか否かが不明である点。
【相違点2】液体塗料の電気的性質に関して、本件特許発明は、「導電性」との特定に加えて、「体積固有抵抗値が100MΩcm以下」であるとしているのに対し、甲2発明は、「電気抵抗の低い」との特定に留まり、体積固有抵抗値を用いた特定を伴っていない点。
【相違点3】本件特許発明の静電塗装方法では、「導電性液体塗料」を「帯電させる」上で、前記導電性液体塗料が「ガン本体のペイントノズルに形成された、吐出口側の領域が縮径している孔を流通する」こととし、かつ、帯電に用いる「高電圧電極」についても「前記孔に収容された高電圧電極であって、前記ガン本体の吐出口より大きい径を有する拡径部と、前記拡径部の吐出口側の先端に設けられ、前記先端の径から連続的に縮径するテーパ状の縮径部と、を有し、前記高電圧電極の縮径部の先端が、縮径している前記孔の吐出口側の領域に収容される」としているのに対して、甲2発明の「塗料」の流通及び帯電は、塗装ガン1のノズル6へと塗料が流通するものの、当該ノズル6に吐出口側の領域が縮径している孔を流通するかは不明であり、また塗料の帯電が電極との接触による高電圧直接印加ではあるものの、筒状電極はガン本体1のノズル6に形成された孔に収容されておらず塗装ガン1とは別の絶縁塗料ホース5に介設されるとし、その形状も拡径部及び縮径部を有さない点。

そこで、上記相違点1ないし3について各々検討する。

【相違点1】について
本件特許発明が属する技術分野の技術常識として、静電塗装の塗装対象物とされる範囲についての当業者の一般的な認識は、導電性を有する素材に限られず、導電性を有さない素材であっても、素材に対して帯電防止処理等を施すことにより弱導電性を付与せしめて静電塗装を可能とすることが、本件特許の出願前に周知であったと認められる。
例えば、特許異議申立人が当初より証拠として挙げていた上記エに示す甲第3号証には静電塗装の背景技術として樹脂部品等の電気絶縁性基材であっても通電処理ないし導電性処理と呼ばれる工程を付すことで静電塗装機による静電塗装が可能とされたとした記述が見受けられ、その他にも同じく特許異議申立人が当初より証拠として挙げていた上記ウに示す甲第1号証の基材とされた対象物中には紛れもなく絶縁性と思われる、木、ガラス、プラスチック、発泡体などの素材が列挙されていることが記載されている。
このように、静電塗装の技術分野において、自動車部品等の樹脂製、すなわち絶縁性である部品をも静電塗装の被塗装物の対象と扱うことは、当該分野で当業者により一般的に行われている周知の技術的事項と認められる。
そして、甲第2号証に「金属に限る」との記載がない以上、上記技術常識に鑑みれば、被塗面が絶縁性の被塗面とされた物品を塗装対象に選ぶ事項については、その当業者が一般的に扱っている性質の塗装対象に甲2発明を適用するだけのことであるから、当業者であれば適宜選択し得る程度の事項にすぎず、甲2発明の被塗物aを上記周知技術に倣い絶縁性の素材とすることは、当業者であれば容易になし得るものである。

【相違点2】について
甲第2号証の段落【0011】等の記載からみて、甲2発明は塗料が霧状となって噴出するものであるとされている。このように、帯電した塗料が噴出する際にどのような形状になるかは、甲2発明で想定している液体塗料の抵抗値を推し量る上で重要な指標となると見るのが相当である。
他方、本件特許発明で体積固有抵抗値が100MΩcm以下の導電性液体塗料を用いた場合に生じる塗料噴出の形状は、特許明細書の【0054】に、100MΩcmの塗料を用いた場合、棘状の分裂霧化が発生するとの説明が、図7と共に記載されている。
両者を比較すると、甲2発明で用いた塗料の抵抗値の程度は直接的には不明ではあるものの、噴出時の形状は本件特許発明と略一致するものといえることが判明する。してみると、甲2発明においても、霧状の噴出を果たすべき塗料を当然選定すると見られ、霧状の塗料の体積固有抵抗値は、本件特許発明で用いるとされた値になるのが、実験的な試みを講じる以上当然のことといえる。
以上に加えて、体積固有抵抗値が100MΩcm以下の導電性液体塗料を静電塗装に用いることはそもそも当業者にとり周知慣用の事項であるともいえる。
例えば、特許異議申立人が当初より証拠として挙げていた上記オに示す甲第5号証の【0011】や、参考資料2(特開2001-62355号公報)の【0008】、あるいは参考資料3(特開平9-235496号公報)の実施例2に、各々記載されているように、静電塗装に用いる液体塗料の体積固有抵抗値が100MΩcm以下であることは当業者にとり従来周知の技術的事項と見られ、特に甲第5号証の段落【0011】には、抵抗値が100MΩcm以下の塗料であれば塗料供給管の電圧を電極に伝達することも示されている。
そうすると、甲2発明に接した当業者であれば、甲2発明に、当業者が通常使用している塗料を使用してみるだけで、上記相違点2に係る発明特定事項は容易になし得るというべきである。
してみると、相違点2に係る液体塗料の抵抗値に関する数値範囲の決定は、当業者が100MΩcm程度で試みて、塗料の噴出状態に応じて選択し得る数値にすぎず、体積固有抵抗値が100MΩcm以下の導電性液体塗料は通常静電塗装に使用されている普通の塗料にすぎない以上、甲2発明において、塗料の体積固有抵抗値を100MΩcm以下とすることに困難性があったものとは認められない。

【相違点3】について
本件特許発明の上記相違点3に係る事項である、高電圧電極の形状及びガン本体への高電圧電極の取付配置に関する事項は、本件の特許異議の申立てに係る他の証拠には、これを公知と扱うに足る証拠を見出すことができない。
また、甲2発明が示す事項から、当該相違点3に係る事項を自明と扱う合理的事情も見出せない。
そうすると、当該相違点3に係る事項は、当業者が容易に想到できたものとはいえない。

以上纏めると、本件特許発明は、甲2発明及び、甲第1号証、甲第3号証、甲第5号証、参考資料2、参考資料3のごとき周知の技術的事項、並びに甲第6号証のごとき公知の技術的態様に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。

なお、本件特許発明の相違点3に係る事項は、本件訂正により特定された事項であるが、特許異議申立人へ期限を付して意見を述べる機会を与えたものの、上記「1.手続の経緯」に示したとおり、特許異議申立人から意見書の提出はなされなかった。

(2)取消理由通知において採用しなかった特許異議申立理由について
特許異議申立理由は、平成28年10月19日付け取消理由通知ですべて採用されており、採用しなかった申立理由は存在しない。


4.むすび
以上のとおりであるから、取消理由通知に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載した特許異議申立理由によっては、本件請求項3に係る特許を取り消すことはできない。
また、請求項1及び2に係る特許は、訂正により、削除されたため、本件特許の請求項1及び2に対して、特許異議申立人がした特許異議の申立てについては、対象となる請求項が存在しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
(削除)
【請求項2】
(削除)
【請求項3】
絶縁性を有する被塗面の静電塗装方法であって、
ガン本体のペイントノズルに形成された、吐出口側の領域が縮径している孔と、前記孔に収容されて前記孔を流通する導電性液体塗料に高電圧を直接印加してマイナスに帯電させる高電圧電極と、前記高電圧電極によってマイナスに帯電した導電性液体塗料を吐出する吐出口と、を有するスプレーガンであって、
前記高電圧電極は、前記ガン本体の吐出口より大きい径を有する拡径部と、前記拡径部の吐出口側の先端に設けられ、前記先端の径から連続的に縮径するテーパ状の縮径部と、を有し、前記縮径部の先端が、縮径している前記孔の吐出口側の領域に収容される高電圧電極である、スプレーガンを用いて、
マイナスに帯電した、体積固有抵抗値が100MΩcm以下の導電性液体塗料を前記吐出口から吐出して、前記被塗面に到達させることで、塗膜を形成する
ことを特徴とする静電塗装方法。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2018-03-09 
出願番号 特願2011-261794(P2011-261794)
審決分類 P 1 651・ 121- YAA (B05D)
P 1 651・ 537- YAA (B05D)
最終処分 維持  
前審関与審査官 宮澤 尚之細井 龍史  
特許庁審判長 平岩 正一
特許庁審判官 中川 隆司
西村 泰英
登録日 2015-12-18 
登録番号 特許第5854322号(P5854322)
権利者 いすゞ自動車株式会社
発明の名称 静電塗装方法  
代理人 鷲田 公一  
代理人 鷲田 公一  

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