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審決分類 |
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載 A61M 審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 A61M 審判 全部申し立て 2項進歩性 A61M |
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管理番号 | 1341073 |
異議申立番号 | 異議2017-700175 |
総通号数 | 223 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許決定公報 |
発行日 | 2018-07-27 |
種別 | 異議の決定 |
異議申立日 | 2017-02-24 |
確定日 | 2018-04-27 |
異議申立件数 | 2 |
訂正明細書 | 有 |
事件の表示 | 特許第5978034号発明「オルガノポリシロキサンを含む懸濁液においてタンパク質の凝集を評価するための方法、およびタンパク質溶液を含有する、オルガノポリシロキサンでコーティングされた医療用品」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 |
結論 | 1 特許第5978034号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1-8〕について訂正することを認める。2 特許第5978034号の請求項1ないし7に係る特許を維持する。3 特許第5978034号の請求項8に係る特許についての申立てを却下する。 |
理由 |
第1 手続の経緯 特許第5978034号(以下「本件特許」という。)の請求項1ないし8についての出願は、2008年(平成20年)10月22日(パリ条約による優先権主張:2007年(平成19年)10月22日、アメリカ合衆国;2008年(平成20年)6月25日、アメリカ合衆国)を国際出願日とする特許出願である特願2010-531196号の一部を、平成24年7月10日に分割して新たな特許出願(特願2012-154844号)したものに係り、平成28年7月29日に特許権の設定登録がなされた(特許公報の発行日は平成28年8月24日)。 これに対して、平成29年2月24日に特許異議申立人 石井 宏司(以下「申立人・石井」という。)より特許異議の申立てがなされ、また、平成29年2月24日に特許異議申立人 藤本 美都起(以下「申立人・藤本」という。また、申立人・石井及び申立人・藤本をまとめて単に「申立人」ということがある。)より特許異議の申立てがなされた。 その後、平成29年6月1日付けで取消理由が通知され、その指定期間内である同年9月5日に意見書の提出及び訂正請求がなされた。そして、申立人に対し同年9月12日付けで特許法第120条の5第5項に基づく通知がなされ、その指定期間内である同年10月10日に申立人・藤本から意見書の提出がなされ、また、同年10月13日に申立人・石井から意見書の提出がなされた。 さらにその後、平成29年11月21日付けで再度の取消理由が通知され、その指定期間内である平成30年2月22日に意見書の提出及び再度の訂正請求がなされたものである。 なお、本決定において、特許法の条文を表記する際に「特許法」という表記を省略することがある。また「甲第1号証」等を単に「甲1」などという。 また、上記平成29年9月5日付けの訂正請求は、特許法第120条の5第7項の規定により取り下げられたものとみなされるところ、本決定では、以下、上記平成30年2月22日付け訂正請求による訂正を「本件再訂正」という。 第2 訂正の適否 1 訂正の内容 本件再訂正の内容は以下のとおりである。なお、下線は訂正部分を示す 。 (1)訂正事項1 特許請求の範囲の請求項1に、 「(b)(i)モノクローナル抗体、穎粒球コロニー刺激因子、エリスロポエチン、インターフェロン、および/または関節リウマチ治療薬からなる群から選択される少なくとも1つのタンパク質性物質と、 (ii)少なくとも1つの非イオン性界面活性剤と、 (iii)少なくとも1つの糖と を含む溶液と」 と記載されているのを、 「(b)(i)モノクローナル抗体と、 (ii)少なくとも1つの非イオン性界面活性剤と、 (iii) 単糖、二糖、三糖、オリゴ糖、およびそれらの混合物からなる 群から選択される少なくとも1つの糖と、 (iv)塩化ナトリウム(NaCl)と を含む溶液と」 に訂正する。 (2)訂正事項2 特許請求の範囲の請求項8を削除する。 2 訂正の目的の適否、新規事項の有無及び特許請求の範囲の拡張・変更の存否 上記訂正事項1及び2につき、訂正の目的の適否、新規事項の有無及び特許請求の範囲の拡張・変更の存否を検討する。 (1)訂正事項1 ア 訂正の目的について 訂正前の請求項1に係る特許発明は、医療用品に含まれる構成成分として、「(b)(i)モノクローナル抗体、穎粒球コロニー刺激因子、エリスロポエチン、インターフェロン、および/または関節リウマチ治療薬からなる群から選択される少なくとも1つのタンパク質性物質と、(ii)少なくとも1つの非イオン性界面活性剤と、(iii)少なくとも1つの糖とを含む溶液」を特定している。 これに対して、訂正後の請求項1は、「(b)(i)モノクローナル抗体と、(ii)少なくとも1つの非イオン性界面活性剤と、(iii) 単糖、二糖、三糖、オリゴ糖、およびそれらの混合物からなる群から選択される少なくとも1つの糖と、(iv)塩化ナトリウム(NaCl)とを含む溶液」との記載により、訂正後の請求項1に係る発明において、構成(b)をより具体的に特定し、更に限定するものである。具体的には、以下の(ア)ないし(ウ)のとおりである。 (ア)訂正前の構成(b)(i)モノクローナル抗体、顆粒球コロニー刺激因子、エリスロポエチン、インターフェロン、および/または関節リウマチ治療薬からなる群から選択される少なくとも1つのタンパク質性物質を、モノクローナル抗体のみと記載し、タンパク質性物質をより限定する。 (イ)訂正前の構成(b)(iii)少なくとも1つの糖を、単糖、 二糖、三糖、オリゴ糖、およびそれらの混合物からなる群から選択される少なくとも1つの糖、とし、糖をより具体的に限定する。 (ウ)訂正前の構成(b)の溶液に(iv)塩化ナトリウム(NaCl)を成分 として特定し、構成成分(b)の溶液を具体的に限定するものである。 以上のように、訂正事項1は、構成(b)の発明特定事項をより特定し、限定するものであり、特許請求の範囲の減縮(特許法第120条の5第2項ただし書第1号)を目的とするものに該当する。 イ 新規事項等について (ア)訂正前の構成(b)の「(i)モノクローナル抗体、穎粒球コロニー刺激因子、エリスロポエチン、インターフェロン、および/または関節リウマチ治療薬からなる群から選択される少なくとも1つのタンパク質性物質」を、「(i)モノクローナル抗体」に限定する訂正は、明細書の段落【0024】の「本発明に用いるのに適したタンパク質性物質の非限定的な例として、モノクローナル抗体(mAbまたはmoAb)、全て単一の親細胞のクローンである1つの型の免疫細胞によって産生されているため同一である単一特異性抗体が挙げられる。」との記載などに基づいて導き出される構成である。 (イ)訂正前の構成(b)の「(iii)少なくとも1つの糖」を、「(iii)単糖、二糖、三糖、オリゴ糖、およびそれらの混合物からなる群から選択される少なくとも1つの糖」に限定する訂正は、明細書の段落【0080】の「適切な糖として、単糖、二糖、三糖、オリゴ糖、およびそれらの混合物が挙げられる。」との記載に基づき導き出される構成である。 (ウ)訂正前の構成(b)の「溶液」に「(iv)塩化ナトリウム(NaCl)」を特定する訂正は、明細書段落【0142】の「mAb粒子およびシリコーンオイル粒子とmAb粒子の集塊物からのシリコーンオイル粒子の分離への非イオン性界面活性剤、塩、および糖の効果は、図16A?16Dに示されている。」との記載、「本発明による、ナイルレッド色素で標識されたシリコーンオイル、Pacific Blue(商標)色素で標識されたCD3抗体、および150mMのNaClの試料について」との記載、及び「図16A(塩を含まない製剤)および16B(塩を含む製剤)の比較によって示されるように、NaCl塩の存在は、」との記載等に基づき導き出される構成である。 よって、訂正事項1は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面(以下単に「本件特許明細書等」ということがある。)に記載した事項の範囲内の訂正であり、特許法第120条の5第9項で準用する特許法第126条第5項に適合するものである。 そして、訂正事項1が実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもないことは明らかである。 (2)訂正事項2 訂正事項2は、請求項8を削除するというものであるから、特許請求の範囲の減縮(特許法第120条の5第2項ただし書第1号)を目的とするものに該当する。 そして、訂正事項2が、本件特許明細書等に記載された事項の範囲内で行われたものであり、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもないことは明らかである。 3 小括 したがって、本件再訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合するので、本件再訂正を認める。 第3 本件再訂正発明 上記第2のとおり本件再訂正は認容されるので、本件再訂正後の本件特許の請求項1ないし7に係る発明(以下「本件再訂正発明1」などということがある。また、これらをまとめて単に「本件再訂正発明」ということがある。)は、明細書及び図面の記載からみて、次のとおりのものと認める。 「【請求項1】 (a)溶液を受けるためのチャンバーを含む容器であって、前記チャンバーの内表面は、1,000cStから100,000cStの範囲の粘性を有するオルガノポリシロキサンを含む組成物から調製されたコーティングをその上に有する、容器と、 (b)(i)モノクローナル抗体と、 (ii)少なくとも1つの非イオン性界面活性剤と、 (iii)単糖、二糖、三糖、オリゴ糖、およびそれらの混合物からなる群から選択される少なくとも1つの糖と、 (iv)塩化ナトリウム(NaCl)と を含む溶液と を含むことを特徴とする医療用品。 【請求項2】 チャンバーはシリンダバレル、薬剤カートリッジ容器、無針注射器容器、液体分注装置容器、および液体計量装置容器からなる群から選択されることを特徴とする請求項1に記載の医療用品。 【請求項3】 チャンバーはシリンジバレルであることを特徴とする請求項2に記載の医療用品。 【請求項4】 チャンバーはガラス、金属、セラミック、プラスチック、ゴム、またはそれらの組合せから形成されることを特徴とする請求項1に記載の医療用品。 【請求項5】 チャンバーは、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリ (1-ブテン)、ポリ(2-メチル-1-ペンテン)、および環状ポリオレフィンからなる群から選択されるオレフィンポリマーから調製されることを特徴とする請求項1に記載の医療用品。 【請求項6】 オルガノポリシロキサンはポリジメチルシロキサンであることを特徴とする請求項1に記載の医療用品。 【請求項7】 チャンバーの内表面の少なくとも一部と滑り係合する外表面を有する密封部材をさらに含むことを特徴とする請求項1に記載の医療用品。」 第4 取消理由の概要 平成29年9月5日付け訂正請求に係る本件の請求項1ないし7に係る発明(以下「本件訂正発明1」などということがある。)の特許に対して平成28年11月21日付けで特許権者に通知した取消理由の要旨は、次のとおりである。 ア 取消理由2-1 本件訂正発明1ないし4及び6は、その出願前日本国内又は外国において頒布された下記の刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明であるから、請求項1ないし4及び6に係る特許は、特許法第29条第1項第3号の規定に違反してされたものである。 イ 取消理由2-2 本件訂正発明5及び7は、その出願前日本国内又は外国において頒布された下記の引用文献に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、請求項5及び7に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。 <取消理由2-1>: 引用文献21;John Paul Gabrielson, “Monoclonal Antibody Aggregation in Therapeutic Formulation: Size and Shape Distribution Analysis”, ProQuest Information and Learning Company(米), 2007年6月19日(申立人・藤本の甲1の1) <取消理由2-2>: 引用文献21;上記に示すとおり 引用文献5;特開2004-321614号公報(申立人・藤本の甲2) 引用文献6;国際公開第2007/115156号 (申立人・藤本の甲3) 引用文献7;「プレフィルドシリンジ・キット ?医療現場からの 要求・承認申請・国内外の動向?」、 情報機構(2005年1月31日)(申立人・藤本の甲4) 第5 取消理由についての判断 1 引用文献の記載 当審の取消理由に引用した、本件特許に係る優先日前に頒布され又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった引用文献21、引用文献5ない7には、以下の発明又は事項が記載されていると認められる。なお、記載箇所を行により特定する場合、行数は空行を含まない。 (1)引用文献21 (1-1)引用文献21の刊行物としての頒布性又は電気通信回線による公衆利用可能性 申立人・藤本の提出した甲1の3(クリスティン タンゴ氏の宣誓書)及び甲1の2(レター)によれば、引用文献21は、平成19年(2007年)6月19日に、日本国内若しくは外国において刊行物として頒布され、又は、電気通信回線を通じて公衆に利用可能となったものと認められる。 なお、特許権者は平成30年2月22日付けの意見書において、引用文献21(甲第1号証の1)の発行日(電気通信回線によって公衆に利用可能になった日)について、甲1の3及び甲1の2の宣誓書によっては、引用文献21の発行日を特定することはできない旨主張する(意見書第10?11ページ)。しかしながら、申立人・藤本は、宣誓書たる証拠を添付しているのに対し、特許権者は反証に資する証拠を提示していないことから、本決定においては、引用文献21の発行日は、申立人・藤本の主張するとおりと推認して、以後の検討を行うこととする。 (1-2)引用文献21に記載された発明 引用文献21の、[100頁 第11行目?第15行目]、[101頁 第9行目?102頁 第1行目]、[103頁 第5行目?第11行目]、[104頁の表]、[103頁 第18行目?105頁 第10行目]、[108頁の図のタイトル]、[109頁の図のタイトル]、[111頁の 第14行目?第16行目]、[112頁の図のタイトル]、[116頁の図のタイトル]、[117頁の図のタイトル]、[118頁 第22行目?119頁 第15行目]、[123頁の 第6行目?第17行目]等の記載に着目し、併せて、第103頁第19?21行の「A solution of the recombinant humanized monoclonalantibod(rhmAb) Herceptin (trastuzumab, Genentech, Inc) was exchanged into 10 mM sodium acetate pH5.0, by extensive dialysis (Pierce Slide-A-Lyzer, 3500 MWCO).」(広範囲の透析(Pierce Slide-A-Lyzer, 3500 MWCO)により、組み換えヒト化モノクローナル抗体(rhmAb) ハーセプチン(トラスツズマブ、 Genentech, Inc)の溶液を10mM 酢酸ナトリウム、pH5.0に交換した。)、さらには、第105頁第4?5行の「Suspensions of medical grade silicone oil(ca.0.5% v/v) in aqueous buffer (10mM sodium acetate, pH 5.0) were created by high pressure homogenization.」(高圧均質化により、水性緩衝材 (10mM 酢酸ナトリウム, pH 5.0)の中の医療グレードのシリコーンオイル(約0.5% v/v) の懸濁液を作成した。)との記載を勘案して整理すれば、引用文献21には、次に示す引用文献21発明bが記載されていると認める。 <引用文献21発明b> 「(a)溶液を受けるためのチャンバーを含むプラスチック製プレフィルドシリンジであって、前記チャンバーの内表面は、1000cStの粘性を有するポリジメチルシロキサンを含む組成物から調製されたコーティングをその上に有する、プレフィルドシリンジと、 (b)(i)モノクローナル抗体(mAb)と、 (ii)非イオン性界面活性剤たるTween20と、 (iii)糖たるスクロースと、 (iv)酢酸ナトリウムと を含む溶液とを含むプレフィルドシリンジ。」 (2)引用文献5 引用文献5には、以下の事項が記載されている。 (ア)「【0012】 また、この実施例の医療用具10は、シリンジ10であり、第1の医療用部材であるシリンジ用ガスケット1と、ガスケット1を内部に液密に摺動可能に収納する第2の医療用部材であるシリンジ用外筒11とを備え、ガスケット1の外筒11と接触する部分に設けられた被覆層3を備え、かつ、被覆層3は、フッ素系樹脂、ケイ素系樹脂及びウレタン系樹脂を含有するものである。被覆層3をガスケット1に設ける場合には、ガスケット1の少なくともコア部2の外面であって外筒11の内面と接触する部分に被覆層3を設ける。・・・。」 (イ)「【0025】 シリンジ用外筒11は、先端部に注射針取付部15が設けられ、後端部にフランジ部16が設けられた円筒状部材である。・・・ 外筒11の形成材料としては、例えば、ポリプロピレン、ポリエチレン、ポリ(4-メチルペンテン-1)、環状ポリオレフィン等のポリオレフィン、・・・などが好ましく、特に、ポリプロピレン、ポリ(4-メチルペンテン-1)、環状ポリオレフィン、ポリエチレンナフタレート、及び非晶性ポリエーテルイミドが透明性、蒸気圧殺菌性の点で好ましい。これらの樹脂はバレルに限らず、薬剤を収納可能な容器に共通して使用可能なものである。」 (3)引用文献6 引用文献6には、チャンバーの内表面の少なくとも一部と滑り係合する外表面を有する密封部材を含むことなどが記載されている。(特許請求の範囲等参照) (4)引用文献7 引用文献7には、その第100ページの表1に、プレフィルドシリンジのバレルをガラス、ポリプロピレン、環状ポリオレフィンで形成することなどが記載されている。 2 本件再訂正発明1 (1)対比 本件再訂正発明1と引用文献21発明bとを対比すると以下のとおりである。 引用文献21発明bの「プラスチック製」「プレフィルドシリンジ」が本件再訂正発明1の「容器」に相当することは、その機能に照らして明らかであり、以下同様にそれぞれの機能及び技術常識を踏まえれば、「ポリジメチルシロキサン」は「オルガノポリシロキサン」に、「非イオン性界面活性剤たるTween20」は「非イオン性界面活性剤」に、「糖たるスクロース」は「二糖」に、「プレフィルドシリンジ」は「医療用品」に相当することも明らかである。 次に、引用文献21発明bの「1000cStの粘性」と本件再訂正発明1の「1,000cStから100,000cStの範囲の粘性」とは、「1000cStの粘性」である点において一致する。 また、引用文献21発明bの「酢酸ナトリウム」と本件再訂正発明1の「塩化ナトリウム(NaCl)」とは、“塩”である限りにおいて共通する。 したがって、本件再訂正発明1と引用文献21発明bとは、以下の点で一致しているということができる。 <一致点> 「(a)溶液を受けるためのチャンバーを含む容器であって、前記チャンバーの内表面は、1000cStの粘性を有するオルガノポリシロキサンを含む組成物から調製されたコーティングをその上に有する、容器と、 (b)(i)モノクローナル抗体(mAb)と、 (ii)非イオン性界面活性剤と、 (iii)二糖と、 (iv)塩と を含む溶液とを含む医療用品。」 そして、本件再訂正発明1と引用文献21発明bとは、以下の点で、少なくとも形式的に相違する。 <相違点> 溶液に含まれる“塩”として、本件再訂正発明1は「塩化ナトリウム(Nacl)」と特定しているのに対し、引用文献21発明bにおいては、「酢酸ナトリウム」である点。 (2)相違点についての判断 (2-1)同一性(第29条第1項第3号) 引用文献21発明bが「塩」として用いている酢酸ナトリウムは有機塩として認識されるものであり、本件再訂正発明1における塩化ナトリウム(NaCl)と同一視できるものではない。よって、上記相違点は実質的なものである。 また、引用文献21には、イオン性界面活性剤、スクロース及びNaClを組み合わせ、タンパク質性物質の凝集に対する影響を分析することが記載されているものの(図5.4等参照)、タンパク質性物質、非イオン性界面活性剤、スクロース及びNaClを組み合わせることは開示されていないから、引用文献1に記載された全技術事項を参酌しても本件再訂正発明1と同一の発明を引用文献21から認定することはできない。 よって、引用文献21発明b又は引用文献21に記載された発明は、いずれも本件再訂正発明1と同一であるとすることはできない。 (2-2)容易想到性(第29条第2号) 取消理由2-1は、同一性(第29条第1項第3号)に関するものであるが、従属する本件再訂正発明5及び7に対しては、取消理由2-2として第29条第2項が指摘されていること、及び、申立人は本件(再)訂正発明の容易想到性(第29条第2項)を争っていることから、本件再訂正発明1の引用文献21発明bからの容易想到性についても検討することとする。 ア 本件再訂正発明1の「溶液」の成分の技術的意義 本件再訂正発明1は、「溶液」として、(i)モノクローナル抗体、(ii)非イオン性界面活性剤と、(iii)糖と、(iv)塩化ナトリウム(NaCl)とが含まれることを特定しているが、これに関連する発明の詳細な説明には以下のものがある。 (ア)「【0006】 シリコーンオイルは、一般的に、医療用品における潤滑剤として用いられる。・・・プレフィルドシリンジの内表面は、シリンジ機能を増強するためにシリコーンオイルでコーティングされ、その結果として、製剤化されたタンパク質は、シリコーンオイル表面に曝される。シリコーンオイルにより誘導される治療用タンパク質凝集は、製薬産業における懸案事項であり、製品の損失および製造コストの増加をもたらす可能性がある。」 (イ)「【0142】 mAb粒子およびシリコーンオイル粒子とmAb粒子の集塊物からのシリコーンオイル粒子の分離への非イオン性界面活性剤、塩、および糖の効果は、図16A?16Dに示されている。図16Aは、本発明によるナイルレッド色素で標識されたシリコーンオイルおよびPacific Blue(商標)色素で標識されたCD3抗体の試料についての、ナイルレッド標識シリコーンオイルの相対蛍光強度(x軸)に対するPacific Blue(商標)色素で標識されたCD3抗体の相対蛍光強度(y軸)のプロットである。図16Bは、本発明による、ナイルレッド色素で標識されたシリコーンオイル、Pacific Blue(商標)色素で標識されたCD3抗体、および150mMのNaClの試料についての、ナイルレッド標識シリコーンオイルの相対蛍光強度(x軸)に対するPacific Blue(商標)色素で標識されたCD3抗体の相対蛍光強度(y軸)のプロットである。図16A(塩を含まない製剤)および16B(塩を含む製剤)の比較によって示されるように、NaCl塩の存在は、mAb/オイル会合を阻害するようには見えなかった。」 (ウ)「【0143】 図16Cは、本発明による、ナイルレッド色素で標識されたシリコーンオイル、Pacific Blue(商標)色素で標識されたCD3抗体、および0.5Mのスクロースの試料についての、ナイルレッド標識シリコーンオイルの相対蛍光強度(x軸)に対するPacific Blue(商標)色素で標識されたCD3抗体の相対蛍光強度(y軸)のプロットである。図16A(スクロースを含まない製剤)および16C(スクロースを含む製剤)の比較によって示されるように、スクロースの存在は、mAb/オイル会合を阻害するようには見えなかった。」 (エ)「【0144】 図16Dは、本発明による、ナイルレッド色素で標識されたシリコーンオイル、Pacific Blue(商標)色素で標識されたCD3抗体、0.5Mのスクロース、150mMの塩、および0.03%Tween 20(登録商標)ポリオキシエチレン20ソルビタンモノラウレート非イオン性界面活性剤の試料についての、ナイルレッド標識シリコーンオイルの相対蛍光強度(x軸)に対するPacific Blue(商標)色素で標識されたCD3抗体の相対蛍光強度(y軸)のプロットである。図16A(塩もスクロースも非イオン性界面活性剤も含まない製剤)および16D(塩、スクロース、およびTween 20(登録商標)非イオン性界面活性剤を含む製剤)の比較によって示されるように、塩、スクロース、およびTween 20(登録商標)非イオン性界面活性剤の存在は、mAb/オイル会合を阻害した。」 これらの記載を総合すると、本件再訂正発明1における「溶液」の構成成分である(ii)非イオン性界面活性剤と、(iii)所定の糖と、(iv)塩化ナトリウム(NaCl)の組み合わせは、モノクローナル抗体とオイル(オルガノポリシロキ酸等)との会合と凝集を相乗作用的に阻害するという技術的意義を有するものと認められる。 イ 容易想到性の検討 上記相違点に係る本件再訂正発明1の構成は、溶液に含まれる“塩”として「塩化ナトリウム(NaCl)」を用いることである。 一方、引用文献21発明bは、溶液に“塩”たる「酢酸ナトリウム」を含むものであるが、これに関する引用文献21の記載としては、上記1(1)(1-2)にて指摘したように、「A solution of the recombinant humanized monoclonalantibod(rhmAb) Herceptin (trastuzumab, Genentech, Inc) was exchanged into 10 mM sodium acetate pH5.0, by extensive dialysis (Pierce Slide-A-Lyzer, 3500 MWCO).」(広範囲の透析(Pierce Slide-A-Lyzer, 3500 MWCO)により、組み換えヒト化モノクローナル抗体(rhmAb) ハーセプチン(トラスツズマブ、 Genentech, Inc)の溶液を10mM 酢酸ナトリウム、pH5.0に交換した。)(第103頁第19?21行)、さらには、「Suspensions of medical grade silicone oil(ca.0.5% v/v) in aqueous buffer (10mM sodium acetate, pH 5.0) were created by high pressure homogenization.」(高圧均質化により、水性緩衝剤 (10mM 酢酸ナトリウム, pH 5.0)の中の医療グレードのシリコーンオイル(約0.5% v/v) の懸濁液を作成した。(第105頁第4?5行の)と記載されていることから、酢酸ナトリウムは緩衝溶液中の緩衝剤として含まれているものと認められる。 そうすると、引用文献21発明bにおいては、“塩”たる「酢酸ナトリウム」について、(ii)非イオン性界面活性剤及び(iii)糖たるスクロースとの相乗効果によって、モノクローナル抗体とオイル(オルガノポリシロキ酸等)との会合・凝集を抑制するという技術思想は開示されていないのだから、(ii)非イオン性界面活性剤及び(iii)糖たるスクロースとの相乗効果を期待して“塩”を含ませることは動機付けを欠き、まして、“塩”として塩化ナトリウム(NaCl)を用いることが容易に推考し得たものということはできない。 よって、相違点1に係る本件再訂正発明1の構成が容易想到であるということはできず、本件再訂正発明1の引用文献21発明bからの容易想到性も否定される。 (3)小括 したがって、本件再訂正発明1に係る特許は、取消理由2-1(第29条第1項第3号)によって取り消すことはできず、また、引用文献21記載の発明から容易に想到し得た(第29条第2項)とすることもできない。 3 本件再訂正発明2ないし4及び6 本件再訂正発明2ないし4及び6は、本件再訂正発明1を引用するものであるところ、本件再訂正発明1に係る特許を取消理由2-1(第29条第1項第3号)により取り消すことはできないことは、上記2にて説示したとおりである。したがって、本件再訂正発明1を引用する本件再訂正発明2ないし4及び6に係る特許も、取消理由2-1によって取り消すことはできない。 なお、本件再訂正発明1と同様、本件再訂正発明2ないし4及び6についての申立人が主張する容易想到性(第29条第2項)も否定される。 4 本件再訂正発明5及び7 本件再訂正発明5及び7は、本件再訂正発明1を引用するものであるところ、本件再訂正発明1の引用文献21発明bからの容易想到性が否定されることは、上記2にて説示したとおりである。したがって、本件再訂正発明1を引用する本件再訂正発明5及び7に係る特許も、取消理由2-2(第29条第2項)によって取り消すことはできない。 5 取消理由に関する判断のまとめ したがって、本件再訂正発明1ないし7に係る特許は、取消理由によって取り消すことはできない。 第6 取消理由通知において採用しなかった特許異議申立理由について 1 申立人・石井の提出した証拠からの同一性・容易想到性 申立人・石井は、その特許異議申立書等において申立人・石井の提出した甲1(国際公開第2007/076354号:訳文として特表2009-524595公報)からの同一性・容易想到性を申立てている。特に、申立人・石井は、平成29年10月13日付け意見書において、甲1記載の「CTLA4-IG」(アバタセプト)は、本件(再)訂正発明1が特定する「モノクローナル抗体」と実質的に同一であるか、さもなくとも想到容易の範囲内ものである旨主張している(意見書第3?8ページ)。 これにつき検討するに、(モノクローナル抗体の点はさておき、)甲1には、「 他の側面において、塩または緩衝液成分を少なくとも10mM、好ましくは10?200mMの量で加えてよい。塩および/または緩衝液は薬理学的に許容しうるものであって、「塩基形成」金属またはアミンとともに種々の公知の酸(無機および有機)に由来する。リン酸緩衝液に加えて、グリシネート、炭酸、クエン酸緩衝液などを利用することができ、その場合、ナトリウム、カリウムまたはアンモニウムイオンが対イオンとして機能しうる。」(訳文の段落【0152】)との記載があるものの、そのような他の緩衝液を用いた具体的実施例は記載されていない。また、その場合「塩」が緩衝剤としての機能以外にどのような機能を果たすものか記載されておらず、まして、本件再訂正発明1のような、非イオン性界面活性剤、糖、及び塩の組み合わせによって、タンパク質性物質の会合と凝集を相乗作用的に阻害するという技術思想は全く記載されていない。したがって、甲1記載の発明の溶液に塩として「塩化ナトリウム(NaCl)」を含有させることは、動機付けを欠くというほかはない。 そうしてみると、「CTLA4-IG」(アバタセプト)と本件再訂正発明1が特定する「モノクローナル抗体」との実質的同一性の成否にかかわらず、本件再訂正発明1の甲1記載の発明からの同一性・想到容易性は否定され、同一性・容易想到性に関する申立人・石井の主張には理由がない。 2 申立人・藤本の容易想到性に関する他の主張 申立人・藤本は、タンパク質性物質を含有する製剤に、医薬緩衝剤や減菌剤として塩化ナトリウム(NaCl)を含有することは、甲5(特表平6-510031号公報)、甲6(国際公開01/17542号)、甲7(国際公開2007/076354号)に示されるように技術常識であるから、願書に添付した特許請求の範囲の請求項8に係る発明は、引用文献21記載の発明に、かかる技術常識を適用することによって、容易に想到し得ると主張する。 しかしながら、本件再訂正発明1の塩化ナトリウム(NaCl)は、上記第5の2(2-2)アにて説示したように、非イオン性界面活性剤、及び所定の糖と相俟って、モノクローナル抗体とオイル(オルガノポリシロキ酸等)との会合と凝集を相乗作用的に阻害するという技術的意義を有するものであり、医薬緩衝剤や減菌剤として塩化ナトリウム(NaCl)を含有させることが技術常識であることをもって、上記技術的意義を有するNaClを塩として採用することが想到容易とはいえない。 3 記載要件(第36条) ア 申立人は、願書に添付した特許請求の範囲の請求項1等には、「糖」という用語が用いられているところ、「糖」との技術用語は、「炭水化物」を意味する場合、「糖質」を意味する場合、スクロース等の「糖類」を意味する場合があり、多義的に解釈されるため、発明が不明確(第36条第2項違反)となっている旨主張する(申立人・石井の異議申立書第55?59ページ、申立人・藤本の異議申立書51ページ)。しかし、本件再訂正により、この記載不備は解消したことは明らかである。 イ 申立人は、願書に添付した特許請求の範囲の請求項1等、さらには本件(再)訂正発明1等の「溶液」の成分に対応する明細書の実施例の記載としては、図16A?図16Dとそれに関連する発明の詳細な説明において、「糖」として「スクロース」、「非イオン性界面活性剤」として「Tween20」、「塩」として「NaCl50mM」しか実質的に開示されていない等、サポート要件(第36条第1項)を満たしていない旨主張する(申立人・石井の平成29年10月13日付け意見書第12?17ページ等。) しかしながら、特許権者が主張するように(平成29年9月5日付意見書第13?16ページ)、本件明細書には、図16A?図16Dとそれに関連する発明の詳細な説明に実施例が明示され、段落【0078】に「非イオン性界面活性剤」の具体例が例示され、段落【0080】に「糖」の具体例が記載され、また明細書段落【0025】、【0056】、【0079】及び【0081】に溶液の各成分の濃度が示されていることなどに鑑みれば、本件明細書の記載がサポート要件を欠くとまではいえない。 ウ その他、申立人・石井は、実施可能要件(第36条第4項1号)について主張するが、上記イのサポート要件についての検討と同様の理由で、実施可能要件違反とまではいえない。 第7 むすび 以上のとおりであるから、取消理由通知に記載した取消理由取消理由2-1及び2-2並びに特許異議申立書に記載した特許異議申立理由によっては、本件請求項1ないし7に係る特許を取り消すことはできない。 また、他に本件請求項1ないし7に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。 なお、請求項8に係る特許は、本件訂正により削除されたため、本件特許の請求項8に対して、申立人がした特許異議の申立てについては、対象となる請求項が存在しない。 よって、結論のとおり決定する。 |
発明の名称 |
(57)【特許請求の範囲】 【請求項1】 (a)溶液を受けるためのチャンバーを含む容器であって、前記チャンバーの内表面は、1,000cStから100,000cStの範囲の粘性を有するオルガノポリシロキサンを含む組成物から調製されたコーティングをその上に有する、容器と、 (b)(i)モノクローナル抗体と、 (ii)少なくとも1つの非イオン性界面活性剤と、 (iii)単糖、二糖、三糖、オリゴ糖、およびそれらの混合物からなる群から選択される少なくとも1つの糖と、 (iv)塩化ナトリウム(NaCl)と を含む溶液と を含むことを特徴とする医療用品。 【請求項2】 チャンバーはシリンジバレル、薬剤カートリッジ容器、無針注射器容器、液体分注装置容器、および液体計量装置容器からなる群から選択されることを特徴とする請求項1に記載の医療用品。 【請求項3】 チャンバーはシリンジバレルであることを特徴とする請求項2に記載の医療用品。 【請求項4】 チャンバーはガラス、金属、セラミック、プラスチック、ゴム、またはそれらの組合せから形成されることを特徴とする請求項1に記載の医療用品。 【請求項5】 チャンバーは、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリ(1-ブテン)、ポリ(2-メチル-1-ペンテン)、および環状ポリオレフィンからなる群から選択されるオレフィンポリマーから調製されることを特徴とする請求項1に記載の医療用品。 【請求項6】 オルガノポリシロキサンはポリジメチルシロキサンであることを特徴とする請求項1に記載の医療用品。 【請求項7】 チャンバーの内表面の少なくとも一部と滑り係合する外表面を有する密封部材をさらに含むことを特徴とする請求項1に記載の医療用品。 【請求項8】 (削除) |
訂正の要旨 |
審決(決定)の【理由】欄参照。 |
異議決定日 | 2018-04-18 |
出願番号 | 特願2012-154844(P2012-154844) |
審決分類 |
P
1
651・
121-
YAA
(A61M)
P 1 651・ 537- YAA (A61M) P 1 651・ 113- YAA (A61M) |
最終処分 | 維持 |
前審関与審査官 | 田中 玲子 |
特許庁審判長 |
高木 彰 |
特許庁審判官 |
関谷 一夫 長屋 陽二郎 |
登録日 | 2016-07-29 |
登録番号 | 特許第5978034号(P5978034) |
権利者 | ザ リージェンツ オブ ザ ユニバーシティ オブ コロラド,ア ボディー コーポレイト ベクトン・ディキンソン・アンド・カンパニー |
発明の名称 | オルガノポリシロキサンを含む懸濁液においてタンパク質の凝集を評価するための方法、およびタンパク質溶液を含有する、オルガノポリシロキサンでコーティングされた医療用品 |
代理人 | 特許業務法人谷・阿部特許事務所 |
代理人 | 特許業務法人 谷・阿部特許事務所 |
代理人 | 特許業務法人 谷・阿部特許事務所 |