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審決分類 |
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 C08L 審判 全部申し立て 2項進歩性 C08L |
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管理番号 | 1341118 |
異議申立番号 | 異議2017-701175 |
総通号数 | 223 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許決定公報 |
発行日 | 2018-07-27 |
種別 | 異議の決定 |
異議申立日 | 2017-12-13 |
確定日 | 2018-06-18 |
異議申立件数 | 1 |
事件の表示 | 特許第6148563号発明「医療用放射線滅菌対応塩化ビニル樹脂組成物およびそれからなる医療用器具」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 |
結論 | 特許第6148563号の請求項1?2に係る特許を維持する。 |
理由 |
第1 手続の経緯及び本件発明 1.手続の経緯 特許第6148563号(以下、「本件特許」という。)の請求項1?2に係る特許についての出願は、平成25年7月31日に特許出願され、平成29年5月26日にその特許権の設定登録がされ、平成29年6月14日に特許掲載公報が発行された。 その後、特許異議申立人谷口真魚(以下、「申立人」という。)により、請求項1?2に係る本件特許について、後述の甲第1?7号証を証拠方法として、甲第1号証、甲第4号証又は甲第7号証を主たる引用文献とする特許法第29条第2項に基づく取消理由、同第36条第6項第1号に基づく取消理由、及び、同法第36条第6項第2号に基づく取消理由を主張する特許異議の申立てがされ、当審において平成30年2月26日付けで取消理由を通知し、平成30年4月27日に意見書が提出された。 2.本件発明 本件特許の請求項1?2に係る発明は、それぞれ、その特許請求の範囲の請求項1?2に記載された事項により特定される以下のとおりのものである。(以下、請求項1?2に係る発明を、それぞれ、「本件発明1」?「本件発明2」ともいい、これらをまとめて、「本件発明」ともいう。) 「【請求項1】 成分(a)塩化ビニル樹脂100質量部; 成分(b)テトラヒドロフタル酸ジエステル系可塑剤20?250質量部;及び、 成分(c)シラン化合物0.1?15質量部; を含有し、ここで上記成分(b)が、炭素数6?13の飽和又は不飽和の脂肪族アルコールを用いて合成されたものであることを特徴とする医療用放射線滅菌対応塩化ビニル樹脂組成物。 【請求項2】 医療用チューブ又は医療用バッグであって、請求項1に記載の医療用放射線滅菌対応塩化ビニル樹脂組成物からなることを特徴とする医療用チューブ又は医療用バッグ。」 第2 取消理由の概要 合議体が請求項1?2に係る本件特許に対して通知した取消理由の要旨は、以下のとおりであり、申立人が主張する、甲第1号証を主たる引用文献(主引例)とする特許法第29条第2項に基づく取消理由(取消理由1)、及び、合議体が職権で通知した、甲第3号証を主たる引用文献とする特許法第29条第2項に基づく取消理由(取消理由2)である。 (1)取消理由1(甲第1号証を主引例とし、甲第2?4、7号証を副引例とする進歩性) 本件特許の請求項1?2に係る発明は、本件特許の出願前に頒布された刊行物である下記の甲第1号証、及び、甲第2?4、7号証に記載された技術的事項に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであって特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、請求項1?2に係る本件特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。 (2)取消理由2(甲第3号証を主引例とし、甲第1?5号証を副引例とする進歩性) 本件特許の請求項1?2に係る発明は、本件特許の出願前に頒布された刊行物である甲第3号証、及び、甲第1、5号証に記載された技術的事項に記載された発明に基いて、その出願前に当業者が容易に発明をすることができたものであって特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、請求項1?2に係る本件特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。 <引用刊行物> 下記の刊行物はいずれも、平成29年12月13日付けの特許異議申立書(以下、単に「申立書」という。)に添付された甲各号証である。 甲第1号証:再公表WO2008/032583号公報 甲第2号証:第33回日本バイオマテリアル学会大会予稿集(発行人:第33回日本バイオマテリアル学会大会、発行日:平成23年11月23日、第38頁および第397頁)、写し 甲第3号証:日本バイオマテリアル学会シンポジウム2012予稿集(発行人:日本バイオマテリアル学会シンポジウム2012、発行日:平成24年11月26日、第56頁および第362頁)、写し 甲第4号証:日本薬学会第133年会要旨集4(発行:日本薬学会第133年会組織委員会、発行日:平成25年3月5日、第36頁および第167頁)および発表で用いたポスター、写し 甲第5号証:特開昭59-8744号公報 甲第6号証:特開昭64-38462号公報 甲第7号証:特開2008-195898号公報 なお、第4号証として提出されたポスターについては、「日本薬学会第133年会要旨集4」の中には記載されておらず、日本薬学会第133年会において、実際に頒布された資料であるかが不明であるから、証拠能力を欠くため、上記要旨集4に記載されている部分のみを証拠として採用した。(申立人は、特願2013-104082号において特許法第30条第2項適用申請に際し、特許権者が資料として提出したものである旨言及している(申立書の28頁)が、該資料には、日本薬学会第133年会において、ポスター発表された資料は添付されていない。) (以下、甲第1号証?甲7号証を、それぞれ、単に「甲1」?「甲7」ともいう。) 第3 取消理由通知に記載した取消理由について 以下に述べるように、取消理由通知に記載した取消理由1及び2によっては、本件発明1?2に係る特許を取り消すことはできない。 1.取消理由1(甲1を主引例とする進歩性)について (1)甲1の記載事項 本件特許の出願前に頒布された甲1には、以下の事項が記載されている。 「【請求項1】 熱可塑性樹脂100重量部に対して、耐放射線剤としてシラン化合物を0.1?15重量部含む医療用樹脂組成物。 【請求項2】 前記熱可塑性樹脂が、ポリ塩化ビニル系樹脂、ポリプロピレン樹脂、ポリアミド系樹脂、ポリカーボネート樹脂、及び1,2-ポリブタジエン樹脂から選ばれる少なくともひとつの樹脂である請求項1に記載の医療用樹脂組成物。 【請求項3】 前記熱可塑性樹脂は、ポリ塩化ビニル系樹脂である請求項2に記載の医療用樹脂組成物。 【請求項4】 前記シラン化合物は、モノアルコキシシラン化合物、ジアルコキシシラン化合物、トリアルコキシシラン化合物、及びテトラアルコキシシラン化合物から選ばれる少なくとも一つのアルコキシシラン化合物である請求項1に記載の医療用樹脂組成物。 ・・・ 【請求項6】 前記樹脂組成物は、JIS K6253で規定されるデュロメーターA硬さが97°以下の軟質である請求項1?4のいずれかに記載の医療用樹脂組成物。 【請求項7】 前記樹脂組成物は、さらに可塑剤を含む請求項1に記載の医療用樹脂組成物。 【請求項8】 前記可塑剤は、熱可塑性樹脂100重量部に対して15?150重量部含む請求項7に記載の医療用樹脂組成物。 【請求項9】 前記可塑剤は、フタル酸系可塑剤、脂肪酸エステル系可塑剤、リン酸エステル系可塑剤、エポキシ系可塑剤、トリメリット酸エステル可塑剤、クエン酸エステル可塑剤、及びグルコール酸エステル可塑剤から選ばれる少なくとも一つの可塑剤である請求項7又は8に記載の医療用樹脂組成物。 ・・・ 【請求項13】 請求項1?11のいずれかに記載の医療用樹脂組成物を成形した医療用部品。」 「【0038】 また、本発明の医療用樹脂組成物のJIS K6253で規定されるデュロメーターA硬さは、軟質医療用部品を製造するには、97°以下であることが好ましく、70°以下であることがより好ましい。該硬さが97°以下となる組成物を軟質医療用部品に適用すると、適度な弾力性があり、医療用チューブ、血液バッグ、輸液バッグなどに好適に使用することができる。ここで、デュロメーターA硬さとは、JIS K6253に規定されている硬さであり、該JISに準拠して23℃の温度で測定した値である。 【0039】 また、該デュロメーターA硬さは、γ線照射前の硬さもγ線照射後の硬さも97°以下に維持されることが好ましい。またγ線照射前後での硬さの変化(Δ硬さ)は、あまり大きな変化がない方が好ましく、特に限定されるものではないが、0?10°であることが好ましい。この範囲の硬さ変化であれば、軟質医療用部品として支障無く使用できる。 【0040】 本発明においては、熱可塑性樹脂の配合剤として、従来公知の配合剤を適宜必要に応じて使用することができる。配合剤としては、例えば、可塑剤、安定剤、安定化助剤、滑剤、紫外線吸収剤、酸化防止剤、着色剤、充填剤などをあげることができる。 【0041】 前記可塑剤としては、従来公知のものを使用できるが、例えば、フタル酸ジ-n-ブチル、フタル酸ジ-n-オクチル、フタル酸ジ-2-エチルヘキシル(DOP)、フタル酸ジイソオクチル、フタル酸ジオクチルデシル、フタル酸ジイソデシル、フタル酸ブチルベンジル、イソフタル酸ジ-2-エチルヘキシルなどのフタル酸系可塑剤;アジピン酸ジ-2-エチルヘキシル、アジピン酸ジ-n-デシル、アジピン酸ジ-2-エチルヘキシル、セバシン酸ジブチル、セバシン酸ジ-2-エチルヘキシルなどの脂肪酸エステル系可塑剤;リン酸トリブチル、リン酸トリ-2-エチルヘキシル、リン酸トリ-2-エチルヘキシルジフェニル、リン酸トリクレジルなどのリン酸エステル系可塑剤;エポキシ化大豆油、エポキシ化アマニ油、エポキシ化トール油脂肪酸-2-エチルヘキシルなどのエポキシ系可塑剤;トリメリット酸トリ-2-エチルヘキシルなどのトリメリット酸エステル可塑剤;クエン酸エステル可塑剤、グルコール酸エステル可塑剤などをあげることができ、これらを単独で又は必要に応じて2種以上併用することもできる。これらの中でも、従来医療用途に好適に使用されていて、耐γ線性に優れるという点から、フタル酸ジ-2-エチルヘキシル、フタル酸ジイソノニル、トリメリット酸トリ-2-エチルヘキシルが好ましく、可塑剤としての機能と熱安定化助剤としての機能を併有する点から、エポキシ化合物が好ましく、エポキシ化アマニ油、エポキシ化大豆油がより好ましい。 【0042】 これらの可塑剤の添加量は、必要に応じて決定することができ、特に限定されないが、軟質組成物とする場合には、熱可塑性樹脂100重量部に対して、15?150重量部であることが好ましく、硬質組成物とする場合には、熱可塑性樹脂100重量部に対して、2?15重量部であることが好ましい。」 (2)甲1に記載された発明 甲1の上記記載、特に、請求項1?3、7?8及び【0042】の記載によれば、甲1には以下の発明が記載されていると認められる。 「熱可塑性樹脂であるポリ塩化ビニル系樹脂100重量部に対して、耐放射線剤としてシラン化合物を0.1?15重量部、可塑剤を15?150重量部含む医療用軟質樹脂組成物。」(以下、「甲1発明」という。) (3)本件発明1?2の技術的意義について 取消理由1についての判断にあたり、まず、本件発明1?2の技術的意義、つまり、塩化ビニル樹脂組成物を、成分(a)の塩化ビニル樹脂(成分(a))100質量部に対して、可塑剤として、「20?250質量部」の「テトラヒドロフタル酸ジエステル系可塑剤」(成分(b))を含有し、かつ、「シラン化合物」(成分(c))を「0.1?15質量部」含有するものとする点の技術的意義について検討する。 本件特許明細書の【背景技術】(【0002】?【0005】)の記載によれば、従来から、医療用チューブや、血液バッグ(医療用バック)等の医療用部品には、軟質塩化ビニル系樹脂組成物が広く用いられており、該組成物には可塑剤として、ジ-2-エチルヘキシルフタレート(DEHP)等のフタル酸エステル類が使用されているが、可塑剤としてDEHPを用いた軟質塩化ビニル樹脂製の医療用器具は、放射線(特に、γ線)滅菌を行うと大きく変色するという問題があり、また、医療用器具は溶出物試験で問題のないことが不可欠であって、溶出物の量がより少ないことが要求されている。そこで、可塑剤としてDEHPの替わりに、トリメリット酸2-エチルヘキシル(TOTM)やジイソノニルシクロヘキサン-1,2-ジカルボキシレート(DINCH)を含む軟質塩化ビニル樹脂が提案されているが、これらの可塑剤を用いても、放射線滅菌を行うと変色する問題が依然としてあった。 本件発明1?2では、かかる問題を解決し、放射線滅菌に対し優れた耐変色性を有し、医療用材料に要求される溶出性試験において問題がなく、したがって医療用チューブや医療用バッグなどの医療用器具に好適に用いることのできる(軟質)塩化ビニル樹脂組成物を提供することを課題とするものである(【0007】)。 そして、この課題を解決するため、本件発明1?2では、塩化ビニル樹脂組成物を、「成分(b)」である「テトラヒドロフタル酸エステル系可塑剤」を「20?250質量部」含有するものとして、放射線滅菌に対する耐変色性を十分なものとし、溶出性試験において問題がないものとし(【0024】)、また、「成分(c)」の「シラン化合物」を「0.1?15質量部」含有するものとして、放射線滅菌に対する耐変色性を向上させ、また、押出成形性を安定にする(【0026】)とされている。 また、本件特許明細書の【表1】?【表3】によれば、可塑剤が成分(b)である実施例2(これは、成分(c)が含まれていない参考例に相当する。)と、可塑剤が成分(b)以外の可塑剤である比較例3?6(同様に、成分(c)は含まれていない。)との比較から、可塑剤として、本件発明1の成分(b)を使用した場合には、その他の可塑剤(DEHP、TOTM、DEHA及びDINCH)、特に、医療器具用途に好適であることが知られているDEHP、TOTM及びDINCH(甲1?4、7及び特許権者が平成30年4月27日付けの意見書(以下、単に「特許権者意見書」という。)に添付して提出した乙第2号証である、塩ビ工業・環境協会のインターネットサイト「可塑剤の種類と使われ方」(http://www.vec.gr.jp/anzen/anzen2_2.html)参照。)を使用した場合に比べて、耐放射線変色、耐放射線溶出性の点で特に優れたものとなることが理解できる。さらに、成分(c)が含まれていない実施例2と、成分(c)が含まれ、その配合量を変化させている実施例4?8との対比から、成分(b)に加えて、成分(c)を含有することで、用量依存的に耐放射線変色が改善され、押出成形性を安定したものとできることも理解できる。 そして、可塑剤として成分(b)の可塑剤を含みかつ、成分(c)を含むものとした本件発明1の塩化ビニル樹脂組成物に相当する実施例4?10では、γ線滅菌に対する耐放射線変色、耐放射線溶出性に優れ、押出成形性を安定したものとできることが示されており、これら実施例から、本件発明1の医療用塩化ビニル樹脂組成物は、「放射線滅菌に対し優れた耐変色性を有し、医療用材料に要求される溶出性試験において問題がなく、押出成形性にも優れる」(【0076】)ことが理解できる。 以上によれば、本件発明1?2において、塩化ビニル樹脂(成分(a))100質量部に対して、可塑剤として、「20?250質量部」の「テトラヒドロフタル酸ジエステル系可塑剤」(成分(b))を含有し、かつ、「シラン化合物」(成分(c))を「0.1?15質量部」含有するものとする点の技術的意義は、放射線滅菌、特にγ線滅菌に対する耐変色性に優れ、医療用材料に要求される溶出性試験において問題がなく、押出成形性にも優れ、したがって医療用チューブや医療用バッグなどの軟質医療用器具に好適に用いることのできる塩化ビニル樹脂組成物を提供できることであるといえる。 (4)本件発明1についての判断 ア 対比 本件発明1と甲1発明を対比すると、甲1発明の「熱可塑性樹脂であるポリ塩化ビニル系樹脂」は、本件発明1の成分(a)である「塩化ビニル樹脂」に相当するし、甲1発明の「耐放射線剤として」の「シラン化合物」は、本件発明1の成分(c)である「シラン化合物」に相当する。 また、甲1発明の組成物に含まれる可塑剤の含有量「15?150重量部」は、本件発明1の組成物における可塑剤の含有量「20?250質量部」と、可塑剤の含有量である限りにおいて一致する。 そうすると、本件発明1と甲1発明とは、以下の点で一致し、以下の点で相違する。 <一致点> 「成分(a)塩化ビニル樹脂100質量部; 可塑剤20?250質量部;及び、 成分(c)シラン化合物0.1?15質量部; を含有する医療用塩化ビニル樹脂組成物。」 <相違点1> 医療用塩化ビニル樹脂組成物に含まれる可塑剤について、本件発明1では、「成分(b)テトラヒドロフタル酸ジエステル系可塑剤」であって、「炭素数6?13の飽和又は不飽和の脂肪族アルコールを用いて合成されたもの」と特定されているのに対して、甲1発明では、かかる特定はない点。 <相違点2> 医療用塩化ビニル樹脂組成物について、本件発明1では、「放射線滅菌対応」と特定されているのに対し、甲1発明では、かかる特定はされていない点。 イ 相違点についての検討 まず、相違点1について検討する。 相違点1に関し、甲1の【0001】には、甲1発明が「γ線又は電子線による放射線減菌方法に対して優れた変色安定性を有する医療用樹脂組成物、樹脂ペレット及びそれを用いた医療用部品に関する」ものであることが記載され、さらに、医療用部品の例として、「血液バッグ」が記載されている。 そうすると、甲1発明は、血液バッグの改良技術も包含する発明といえる。 一方、血液バッグの技術に関するものである甲3?4には、リスク回避の観点から、ポリ塩化ビニル(PVC)製血液バッグに従来から使用される可塑剤であるDEHP(ジ(2-エチルヘキシル)フタレート)に替わる可塑剤を検討したところ、本件発明1の成分(b)に相当するテトラヒドロフタル酸ジ-2-エチルヘキシル(DOTP)含有PVCの溶血率は10週目で5.2-7.8%であり、DEHP含有PVCの10.9%以上の溶血抑制作用(赤血球保護作用)を有していたことが記載されている(甲3の【緒言】1段落目、【結果と考察】2段落目、甲4の167頁項目「29pmF-470」の【目的】1段落目、【結果】の記載参照。)。(なお、可塑剤の略称については、PVC系血液バッグ分野の当業者に自明であるが、甲2にも記載されている。) そして、甲2?4に記載の知見に接した当業者は、甲1発明において、医療用途が血液バックであるポリ塩化ビニル系樹脂製の組成物を調製する際に、赤血球保護作用が優れるとされるDOTPを使用することについての一応の動機付けはあるといえるが、DOTPが、甲1発明の、放射線減菌を前提とする血液バッグにおいても好適であるといえるかは不明である。 ところで、医療用具は可塑剤の溶出が問題とされる用途であるところ(甲1の【0002】及び甲5の2頁右下欄4?6行及び1頁右下欄3?6行)、放射線照射(放射線滅菌)されていない甲3の系においては、DOTPの10週目における溶出量は78.4-150μg/mlであり、これは、DEHPをはじめ、他の可塑剤に比べて高くなっている(【結果と考察】1段落目)。 そうすると、相違点1の構成について、甲1発明のように放射線減菌を前提とする医療用途に使用される軟質樹脂組成物の発明において、耐放射線変色及び耐放射線溶出性に優れたものとすることを期待して、可塑剤としてDOTPを採用することまでが、当業者が容易に想到し得ることであるとはいえない。 一方、上記(3)で説示したとおり、本件特許明細書の記載によれば、成分(b)であるDOTPを使用した場合には、血液バッグ等の血液に接触する医療器具の分野での使用実績あるいは使用が示唆されている可塑剤であるDEHP、TOTM、及びDINCHを使用した場合と比べて、耐放射線変色、耐放射線溶出性の点で特に優れたものとなることが理解できる。 そして、この効果は、甲1?4の記載からは予測し得ないし、申立人が提出した他の証拠をみても同様である。 したがって、甲1発明を、相違点1に係る本件発明1の構成を備えたものとすることは、当業者が容易になし得たこととはいえない。 よって、相違点2について検討するまでもなく、本件発明1は、甲1に記載された発明、及び、甲2?4、7(さらには、5並びに6)に記載された技術的事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものということはできない。 (5)本件発明2についての判断 本件発明2は、「医療用チューブ又は医療用バッグであって、請求項1に記載の医療用放射線滅菌対応塩化ビニル樹脂組成物からなることを特徴とする医療用チューブ又は医療用バッグ」、つまり、「本件発明1の組成物からなる医療用チューブ又は医療用バッグ」の発明である。 そして、(4)で説示したとおり、本件発明1が、甲1に記載された発明、及び、甲2?4、7(さらには、5並びに6)に記載された技術的事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものということはできないのであるから、本件発明1で特定される組成物をその発明特定事項として含む本件発明2についても、(4)で記載したと同様の理由によって、甲1に記載された発明、及び、甲2?4、7(さらには、5並びに6)に記載された技術的事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものということはできない。 (6)小結 以上のとおりであるから、取消理由1によっては、請求項1?2に係る本件特許を取り消すことはできない。 2.取消理由2(甲3を主引例とする進歩性)について (1)甲3の記載事項 本件特許の出願前に頒布された甲3には、以下の事項が記載されている。(下線は、当審合議体が付した。) 「DEHP 代替可塑剤を利用した新規血液バッグの開発 -可塑剤溶出量と溶血性の関係について- ・・・ 【緒言】 PVC製品の代表的な可塑剤であるDEHPの使用についてはリスク回避の観点から各国において規制が強化される方向にあり、日本の医療機器分野においてもリスク患者群の治療にあたっては代替機器又は代替可塑剤を利用した製品への切り替えが推奨されている。血液バッグについては、DEHPが赤血球保護作用を有することから、その使用が例外的に認められているが、DINCH、DIDP及びDOTPはDEHPと同等の赤血球保護作用を示すことが確認された(第33回日本バイオマテリアル学会大会:演題番号P79)。本研究では、DEHP代替可塑剤を利用した新規血液バッグを開発する一環として、DINCH、DIDP及びDOTP含有PVCシートからの可塑剤溶出量と溶血性を指標とした赤血球保護作用の相関性について検討した。 【実験】 PVCシートはヒートプレス法により作製した。陽性対照材料として使用したDEHP含有PVCシートは100パーツのPVCに対して、DEHP及びESBOをそれぞれ55及び8パーツ添加して作製した。陰性対照材料であるTOTM含有PVCシートは85パーツのTOTMと8パーツのESBOを添加して作製した。DINCH、DIDP及びDOTPの添加量は35、60、85及び110パーツとした。各PVCシート(6.4cm^(2))をヒトMAP加RCC(5ml,Htc.59%)に4℃で浸漬し、経時的に血液を採取して、溶血性及び可塑剤溶出量を測定した。溶血性は血液(50μl)にPBS(1ml)を加えて遠心分離し、その上清の413nmにおける吸光度を測定して評価した。可塑剤溶出量は血液50μlに1%NaCl水溶液(1ml)、DEHP-d_(4)(0.1μg)及びヘキサン(1ml)を添加し、15分間振とう後、遠心分離し、得られたへキサン層を無水Na_(2)SO_(4)により脱水した後、GC-MS/MS分析(DB-5MS カラム:0.25mm×30m,膜厚0.25μm)に供して測定した。LOD及びLOQはFUMI理論を実践するプログラムTOCOを使用して算出した。 【結果と考察】 可塑剤単体で溶血抑制作用を示さないTOTMを含有したPVCシートの溶血率はPVCシート非浸漬群と同等であり、10週目で28.2%に達した。その際のTOTM溶出量は0.27±0.09μg/mlであり、顕著な溶出も観察されなかった。DEHP含有PVCシートは溶血抑制作用を示し、10週目における溶血率とDEHP溶出量は10.9%及び53,1±6.1μg/mlであった。10週目におけるDINCH、DIDP及びDOTPの溶出量は26.1-36.5、4.8-6.0及び78.4-150μg/mlであり、添加量に比例して溶出量が増加した。また、その際の溶血率は、それぞれ9.2-12.4%(DINCH)、22.3-35.7%(DIDP)及び5.2-7.8(DOTP)であり、可塑剤溶出量と溶血性の間に相関性が認められた。 DIDP自体は溶血抑制作用を有するが、PVCシート化した場合は溶出量が低いため、抑制作用を示さないことが確認された。PVCシートからの溶出量はDOTP>DEHP>DINCHの順であるが、DINCH及びDOTPともにDEHPと同等又はそれ以上の溶血抑制作用を示した。今後、DINCHとDOTPを代替可塑剤とした血液バッグを試作し、その化学的、物理化学的及び生物学的安全性を評価する。」 (2)甲3に記載された発明 甲3の上記記載によれば、甲3には以下の発明が記載されていると認められる。 「PVC(ポリ塩化ビニル)100質量部に、DOTP(テトラヒドロフタル酸ジ-2-エチルヘキシル)可塑剤を35、60、85または110質量部添加した血液バッグシート用PVC組成物。」(以下、「甲3発明」という。) (3)本件発明1についての判断 ア 対比 本件発明1と甲3発明を対比すると、甲3発明の「PVC(ポリ塩化ビニル)」は、本件発明1の成分(a)である「塩化ビニル樹脂」に、また、「DOTP(テトラヒドロフタル酸ジ-2-エチルヘキシル)可塑剤」は、「成分(b)テトラヒドロフタル酸ジエステル系可塑剤」に相当するし、また、甲3発明(1)の(PVC100質量部に対する)可塑剤の含有量「35、60、85または110質量部」は、本件発明1の「20?250質量部」を満足する。 さらに、甲3発明の「血液バッグシート用PVC組成物」は、本件発明1の「医療用塩化ビニル樹脂組成物」に相当する。 そうすると、本件発明1と甲3発明とは、以下の点で一致し、以下の点で相違する。 <一致点> 「成分(a)塩化ビニル樹脂100質量部; 可塑剤20?250質量部; を含有する医療用塩化ビニル樹脂組成物。」 <相違点1a> 医療用塩化ビニル樹脂組成物に、本件発明1では、「成分(c)シラン化合物0.1?15質量部」が含有されているのに対して、甲3発明では、成分(c)は含有されていない点。 <相違点2a> 医療用塩化ビニル樹脂組成物について、本件発明1では、「放射線滅菌対応」と特定されているのに対し、甲3発明では、かかる特定はされていない点。 イ 相違点についての検討 まず、相違点1aについて検討する。 上記1.の(4)イでも述べたとおり、医療器具は一般に可塑剤の溶出が問題とされる用途である。そして、従来から、軟質塩化ビニル系樹脂組成物において、シランを0.02?3重量部含有せしめることで可塑剤の溶出を減少させることができることが知られていること(甲5の特許請求の範囲、1頁左下欄下から2行?2頁左上欄7行及び第1表)を踏まえると、単純に考えると、甲3発明の血液バッグシート用PVC組成物にシランを添加する動機付けが存在するように考えられるかもしれない。 しかしながら、甲3の【結果と考察】にDOTPに関して、「可塑剤溶出量と溶血性の間に相関性が認められた」と記載されているから、当業者は、DOTP可塑剤を血液バッグ用途に使用する場合、溶出量が多いことにより、溶血抑制の点でもより優れた効果が奏されると理解するので、甲3発明の溶血抑制効果が低下するシランを添加することについての動機付けがあるとはいえない。 その上、下記のとおり、シラン化合物は一般的に毒性の高い化合物であることが知られていたし、シラン化合物自体が樹脂から溶出することも知られていた。 例えば、毒性に関しては、 (ア)甲1及び甲7の実施例において、医療用塩化ビニル樹脂組成物に使用されているテトラエトキシシランは、特許権者意見書に添付された乙第3号証(「製品安全データシート」の「テトラエトキシシラン」と題する2002年10月30日作成、2006年10月15日改訂のシート(http://anzeninfo.mhl.w.go.jp/anzen/gmsds/0834.html))によれば、「皮膚刺激」「血液の障害」といった危険有害性情報が知られていた。 (イ)甲5の実施例で使用されている3-クロロプロピルジメトキシメチルシランは、同乙第4号証(東京化成工業株式会社のホームページ(http://www.tcichemicals.com/eshop/ja/jp/commodity/C1168/))によれば、「皮膚刺激」「強い眼刺激」などの危険有害性情報が知られていた。 また、溶出に関しては、 (ウ)甲7の実施例5?8及び比較例8の対比から、シラン化合物の配合量を増やしていくと溶出性の評価がA、B、C、Dと徐々に悪化することが理解できる。 (エ)甲1の【0029】には、シラン化合物の添加量が15重量部を超えるとブリードアウトの懸念があることが記載されている。 (オ)特許権者意見書に添付された乙第5号証(特開2002-363362号公報)の【0003】には、塩化ビニル系樹脂とシラン系カップリング剤の相容性が悪い旨の記載がある。 そうすると、甲3発明の血液バッグシート用PVC組成物のように、血液と直接接触する用途に使用される組成物において、毒性があり、それ自体も溶出する可能性があり、かつ、DOTPの溶出を抑制することでDOTPによる溶血抑制作用も低下させる蓋然性の高いシラン化合物を添加する動機付けがあるとはいえず、むしろ、甲3発明の組成物にシラン化合物を添加せしめることには阻害事由があるといえる。 そして、この点は、申立人が提出した他の証拠をみても同様である。 よって、甲3発明の血液バッグシート用PVC組成物を、シラン化合物を含有するものとして、本件発明1の相違点1aに係る構成を備えたものとすることが当業者にとって容易であるとはいえない。 したがって、相違点2aについて検討するまでもなく、本件発明1は、甲3に記載された発明、及び、甲1並びに5に記載された技術的事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものということはできない。 (4)本件発明2についての判断 本件発明2は、「本件発明1の組成物からなる医療用チューブ又は医療用バッグ」の発明である。 そして、(3)で説示したとおり、本件発明1が、甲3発明、及び、甲1及び5に記載された技術的事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものということはできない以上、本件発明1で特定される組成物をその発明特定事項として含む本件発明2についても、(3)で記載したと同様の理由によって、甲3に記載された発明、及び、甲1及び5に記載された技術的事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものということはできない。 (5)小結 以上のとおりであるから、取消理由2によっても、請求項1?2に係る本件特許を取り消すことはできない。 第4 取消理由通知において採用しなかった特許異議申立理由について 以下に述べるように、取消理由通知において採用しなかった特許異議申立理由によっても、本件発明1?2に係る特許を取り消すことはできない。 1.取消理由通知において採用しなかった特許異議申立理由の概要 申立人は、特許請求の範囲の請求項1?2に関し、申立書において概略、以下の取消理由を主張している。 (1)取消理由A-1(甲7を主引例とする進歩性) 本件特許の請求項1?2に係る発明は、本件特許の出願前に頒布された刊行物である甲7に記載された発明、甲1?4の記載事項及び周知技術(甲5?6)に基いて、その出願前に当業者が容易に発明をすることができたものであって特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、請求項1?2に係る本件特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。 (2)取消理由A-2(甲4を主引例とする進歩性) 本件特許の請求項1?2に係る発明は、本件特許の出願前に頒布された刊行物である甲4に記載された発明、甲1の記載事項並びに周知技術(甲5?6)に基いて、その出願前に当業者が容易に発明をすることができたものであって特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、請求項1?2に係る本件特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。 (3)取消理由B(サポート要件) 請求項1?2に係る本件特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し、取り消されるべきものである。 (4)取消理由C(明確性) 請求項1?2に係る本件特許は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し、取り消されるべきものである。 2.取消理由A-1について (1)甲7に記載された発明 甲7には、甲7の請求項1、2、4、5の記載、及び、実施例の表1?3の、可塑剤としてシクロヘキサンジカルボキシレート系可塑剤であるジイソノニルシクロヘキサン-1,2-ジカルボキシレート(DINCH)を使用した実施例(実施例1、2、5?18)の記載によれば、 「塩化ビニル系樹脂100重量部に対して、シクロヘキサンジカルボキシレート系可塑剤を1重量部以上15重量部以下配合してなる組成物であって、 さらにシラン化合物が0.2?7重量部配合され、 JIS K7202で規定されるロックウェル硬さが、35°以上の硬質であり、 γ線照射前後のΔYIが20以下である、 硬質医療用塩化ビニル系樹脂組成物。」 (以下、「甲7発明」という。)が記載されている。 (2)甲7に記載された発明に基づく進歩性の判断 本件発明1と甲7発明を対比すると、両者は、 「成分(a)塩化ビニル樹脂100質量部; 可塑剤;及び、 成分(c)シラン化合物0.1?15質量部; を含有する医療用塩化ビニル樹脂組成物。」 で一致し、少なくとも、以下の点で相違する。 <相違点1b> 組成物に含まれる可塑剤について、本件発明1では、「成分(b)テトラヒドロフタル酸ジエステル系可塑剤であって、成分(b)が、炭素数6?13の飽和又は不飽和の脂肪族アルコールを用いて合成されたもの」であり、かつ、含有量が、ポリ塩化ビニル系樹脂100重量部に対して「20?250質量部」と特定されているのに対して、甲7発明では、可塑剤は、「シクロヘキサンジカルボキシレート系可塑剤」であり、含有量は「ポリ塩化ビニル系樹脂100重量部に対して「1重量部以上15重量部以下」と特定されている点。 相違点1bについて検討する。 相違点1bに関し、甲7の【0019】に、「可塑剤の中でもシクロヘキサンジカルボキシレート系可塑剤・・・が極めて溶出性と耐γ線性のバランスが優れ」と記載され、また、【0023】に、「可塑剤を塩化ビニル系樹脂100重量部に対して1?15重量部以下の範囲で配合する。この範囲であれば、硬質医療用部品に要望される硬さを確保できる。成形性とのバランスを考慮すると、8?15重量部の範囲がさらに好ましい。」と記載されているとおり、甲7発明は、可塑剤の種類及び配合量を甲7発明に特定するものとする点に特徴を有する発明であって、これを他の可塑剤に変更したり、可塑剤の配合量を硬質医療用部品に要望される硬さを確保できなくなる可能性が高い本件発明1で特定される配合量とすることは、甲7では想定されていない。 また、甲7発明を相違点1bに係る本件発明1の構成を備えたものとすることは、申立人が提出した他のいずれの証拠の記載からも動機付けられない。 その上、本件特許明細書の実施例2と比較例6との比較によれば、本件発明1で特定される可塑剤を含む医療用塩化ビニル樹脂組成物は、甲7に記載の可塑剤を含む医療用塩化ビニル樹脂組成物に比べて、耐放射線変色、耐放射線溶出性の点で優れており、これらの点の効果は、申立人が提出したいずれの証拠の記載からも当業者に予測し得ないものである。 よって、本件発明1について、甲7に記載された発明、甲1?4の記載事項及び周知技術(甲5?6)に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものということはできない。 また、本件発明2は、請求項1の記載を引用する発明であるから、上記本件発明1について説示したと同様の理由により、甲7に記載された発明、甲1?4の記載事項及び周知技術(甲5?6)に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。 以上のとおりであるから、申立人が主張する取消理由A-1によっては、本件発明1?2に係る特許を取り消すことができない。 3.取消理由A-2について (1)甲4に記載された発明 甲4には、甲4の全文、特に、【方法】の欄の記載によれば、 「PVC(ポリ塩化ビニル)に、DOTP(テトラヒドロフタル酸ジ-2-エチルヘキシル)可塑剤を添加した血液バッグシート用PVC組成物。」(以下、「甲4発明」という。)が記載されている。 (2)甲4に記載された発明に基づく進歩性の判断 本件発明1と甲4発明を対比すると、両者は、 「成分(a)塩化ビニル樹脂; 成分(b)テトラヒドロフタル酸ジエステル系可塑剤; を含有する医療用塩化ビニル樹脂組成物。」 で一致し、少なくとも、以下の点で相違する。 <相違点1c> 医療用塩化ビニル樹脂組成物に、本件発明1では、「成分(c)シラン化合物0.1?15質量部」が含有されているのに対して、甲4発明では、成分(c)は添加されていない点。 相違点1cについて検討する。 上記第3の2.(3)のイで検討したとおり、医療用具は一般的には可塑剤の溶出が問題とされる用途であるところ、甲4の【結果】に「可塑剤溶出量と溶血性の間に相関性が認められた」と記載されているから、当業者は、DOTP可塑剤を血液バッグ用途に使用する場合、溶出量が多いことにより、溶血抑制の点でもより優れた効果が奏されると理解するので、甲4発明の組成物に溶血抑制効果が低下するシランを添加する動機付けがない。その上、上記第3の2.(3)のイで検討したとおり、シラン化合物には毒性があり、それ自体も溶出する可能性があることが知られているのであるから、甲4発明の組成物にシラン化合物を添加する動機付けがあるとはいえず、むしろ、甲4発明の組成物にシラン化合物を添加せしめることには阻害事由があるといえる。 そうすると、甲4発明を、相違点1cに係る本件発明1の構成を備えたものとすることを、当業者は甲5の記載を参酌しても動機付けられないし、申立人が提出した他のいずれの証拠の記載を参酌しても同様である。 したがって、本件発明1について、甲4に記載された発明、甲1の記載事項及び周知技術(甲5?6)に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。 また、本件発明2は、請求項1の記載を引用する発明であるから、本件発明1について説示したと同様の理由により、甲4に記載された発明、甲1の記載事項及び周知技術(甲5?6)に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。 以上のとおりであるから、申立人が主張する取消理由A-2によっては、本件発明1?2に係る特許を取り消すことができない。 4.取消理由Bについて 取消理由Bとして申立人が主張している理由は、具体的には、本件特許明細書の実施例としては、成分(a)?(c)だけでなく、成分(d)、(e)も含む組成物に関する実施例しか記載されておらず、かかる発明の詳細な説明の開示内容からは、成分(d)、(e)が含まれず成分(a)?成分(c)を含む組成物およびその効果までが裏付けられているとはいえないから、本件発明1?2はサポート要件を満足しないという理由(以下、「取消理由B1」という。)、及び、本件明細書の実施例として、成分(b)がテトラヒドロフタル酸ジ-2-エチルヘキシル(DOTP)である例しか記載されておらず、2-エチルヘキシルアルコール以外の他の脂肪族アルコールを用いて合成されたテトラヒドロフタル酸ジエステル系可塑剤を含む組成物及びその効果は裏付けられているとはいえないから、本件発明1?2はサポート要件を満足しないという理由(以下、「取消理由B2」という。)である(申立書の34?35頁項目(6-1)及び(6-2))。 そこで、検討する。 まず、本件発明1?2が解決しようとする課題は、【0007】の記載によれば、「放射線滅菌に対し優れた耐変色性を有し、医療用材料に要求される溶出性試験において問題がなく、医療用チューブや医療用バッグなどの医療用器具に好適に用いることのできる塩化ビニル樹脂組成物及び該組成物からなる医療用器具を提供すること」と認められる。 そして、上記本件発明1?2が解決しようとする課題を踏まえて、先に、取消理由B1について検討する。 本件特許明細書の【0024】には、成分(b)を、成分(a)の塩化ビニル樹脂100質量部に対して、20?250質量部配合する点に関し、「得られる医療用塩化ビニル樹脂組成物を、放射線滅菌に対する優れた耐変色性を有し、医療用材料に要求される溶出性試験において問題がないものにするために、成分(a)100質量部に対して20?250質量部である」と記載されているし、【0026】には、成分(c)の配合に関し、「成分(c)を、成分(a)100重量部に対して、0.1?15重量部用いることにより、放射線滅菌に対する耐変色性を向上させることができる。また押出成形性を極めて安定したものにすることができる。」と記載されており、成分(a)に成分(b)及び成分(c)を所定量配合することで、γ線滅菌に対する耐変色性、押出成形性、耐溶出性が改善された、医療用チューブ等に好適な塩化ビニル樹脂組成物となることが理解できる。 一方、成分(d)(安定剤)、及び成分(e)(滑材)が、いずれも、塩化ビニル樹脂の安定化や成形性を改善するために必要に応じて添加される汎用成分であることは、本件特許の出願時の技術常識である(必要なら、甲1の【0040】、甲7の【0039】及び【0044】参照。)ところ、成分(b)及び(c)に関し、本件特許明細書の【0033】には、本件発明の医療用塩化ビニル樹脂組成物に、任意成分として、医療用途向け塩化ビニル樹脂組成物に通常用いられる安定剤を配合してもよいことが記載され、また、【0034】には、医療用塩化ビニル樹脂組成物に所望に応じて任意成分を用いることができることが記載され、実施例において、成分(d)(安定剤)及び成分(e)(滑材)が任意成分である旨明示されている(【0046】及び【0048】)。 その上、本件特許明細書の実施例4?10には、本件発明1に相当する、(a)?(c)(及び成分(d)、(e))を含む組成物が、耐放射線変色、耐放射線溶出性の点で優れることが示されているところ、実施例2及び3(これは、いずれも成分(c)が含まれないので、参考例であることは明らかである。)の比較から、成分(d)(e)の有無で、耐放射線変色、耐放射線溶出性の点の効果にほとんど差異がないことが理解できる。また、実施例2と実施例4?8との対比から、成分(c)の添加により、添加量に応じて、さらに耐放射線変色の効果が向上することが理解できる。 そうすると、本件特許出願時の技術常識を加味して、これら本件特許明細書の記載を併せ見た当業者であれば、成分(a)?(c)を含む本件発明1の組成物、及び、当該組成物からなる、本件発明2の医療用チューブ等の医療用器具であれば、γ線滅菌に対する優れた耐変色性を有し、医療用材料に要求される溶出性試験において問題もなく、本件発明1?2が解決しようとする課題が解決できることを理解できるといえる。 次に、取消理由B2について検討する。 本件特許明細書では、可塑剤として、本件発明1の成分(b)に相当するテトラヒドロフタル酸ジ-2-エチルヘキシルと同じ2-エチルヘキシルアルコールを用いて合成された各種エステル系の可塑剤成分(成分(b’-1)?成分(b’-4))(比較例3?6)に比べて、本件発明1の成分(b)を使用した場合(実施例2として記載される参考例)には、耐放射線変色、耐放射線溶出性の点で優れることが示されている。そして、当該特許明細書の記載に接した当業者であれば、この優れた効果が、可塑剤を構成するエステルの酸成分の化学構造の違いによるものであり、脂肪族アルコール成分の違いにかかわらず、この効果の違いの傾向は変わらないと、認識するものと認められる。 そして、本件発明1の成分(b)である、テトラヒドロフタル酸ジエステル系可塑剤を構成する「炭素数6?13の飽和又は不飽和の脂肪族アルコール」が「炭素数8の飽和脂肪族アルコール」である場合に相当する2-エチルヘキシルアルコールである可塑剤の結果が示されていれば、当業者は、該ジエステルを構成するアルコールの炭素数がその近傍である、「炭素数6?13の飽和又は不飽和の脂肪族アルコール」である場合であっても、テトラヒドロフタル酸-2-エチルヘキシルと同様の傾向を示し、本件発明1の組成物、及び、当該組成物からなる、本件発明2の医療用チューブ等の医療用器具によって、本件発明1?2が解決しようとする課題が解決できることを理解できるといえる。 以上のとおり、本件特許明細書の発明の詳細な説明から、当業者は、本件発明1?2が解決しようとする課題が、本件発明1?2の構成により解決できることを理解できるのであるから、本件発明1?2は、本件特許明細書の発明の詳細な説明に記載されたものといえ、サポート要件を満足する。 よって、申立人の主張する取消理由B(B-1及びB-2)には理由がない。 5.取消理由Cについて(明確性) 取消理由Cとして申立人が主張している理由は、具体的には、本件特許明細書に成分(c)を含有しない点で本件発明1?2に該当しない例が実施例として記載されているから、訂正前の請求項1?2に係る発明は不明確であるというものである(申立書の35頁項目(6-3))。 しかしながら、(c)成分を含有しない実施例が、請求項1?2に係る発明に含まれない参考例にあたる具体例であることは、請求項1?2の記載から明らかである。 よって、申立人の主張する取消理由Cにも理由がない。 6.まとめ 以上のとおり、申立人の本件特許異議の申立てにおける取消理由A?Cはいずれも理由がなく、取消理由A?Cによっては、本件請求項1?2に係る特許を取り消すことはできない。 第5 むすび 以上のとおりであるから、取消理由通知に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載した特許異議申立理由によっては、本件請求項1?2に係る特許を取り消すことはできない。 また、他に本件請求項1?2に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。 よって、結論のとおり決定する。 |
異議決定日 | 2018-06-05 |
出願番号 | 特願2013-158452(P2013-158452) |
審決分類 |
P
1
651・
537-
Y
(C08L)
P 1 651・ 121- Y (C08L) |
最終処分 | 維持 |
前審関与審査官 | 中村 英司 |
特許庁審判長 |
岡崎 美穂 |
特許庁審判官 |
加藤 友也 渕野 留香 |
登録日 | 2017-05-26 |
登録番号 | 特許第6148563号(P6148563) |
権利者 | リケンテクノス株式会社 |
発明の名称 | 医療用放射線滅菌対応塩化ビニル樹脂組成物およびそれからなる医療用器具 |
代理人 | 浅野 真理 |
代理人 | 砂山 麗 |
代理人 | 永井 浩之 |
代理人 | 宮嶋 学 |
代理人 | 瀬田 寧 |
代理人 | 中村 行孝 |
代理人 | 柏 延之 |
代理人 | 小島 一真 |