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審決分類 審判 査定不服 4項1号請求項の削除 特許、登録しない。 H02K
審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 H02K
審判 査定不服 4項3号特許請求の範囲における誤記の訂正 特許、登録しない。 H02K
審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 H02K
審判 査定不服 4号2号請求項の限定的減縮 特許、登録しない。 H02K
審判 査定不服 4項4号特許請求の範囲における明りょうでない記載の釈明 特許、登録しない。 H02K
管理番号 1341635
審判番号 不服2017-7046  
総通号数 224 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2018-08-31 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2017-05-16 
確定日 2018-06-21 
事件の表示 特願2015-200548「密閉型電動圧縮機」拒絶査定不服審判事件〔平成28年 3月17日出願公開、特開2016- 36251〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯

本願は、平成24年6月28日に出願した特願2012-144911号(以下、「原出願」という。)の一部を、平成27年10月8日に新たな特許出願としたものであって、平成27年10月8日に上申書が提出され、平成28年7月6日付けで特許法第50条の2の通知を伴う拒絶理由が通知され、平成28年10月7日に意見書が提出されるとともに、特許請求の範囲及び明細書について補正する手続補正書が提出されたが、この手続補正書でした手続補正は、平成29年2月23日付けで却下されるとともに、同日付けで拒絶査定がされ、これに対して平成29年5月16日に拒絶査定不服審判が請求され、その審判の請求と同時に特許請求の範囲及び明細書について補正する手続補正書が提出されたものである。

第2 平成29年5月16日付けの手続補正についての補正の却下の決定

[補正の却下の決定の結論]

平成29年5月16日付けの手続補正(以下、「本件補正」という。)を却下する。

[理由1]
1.補正の内容
(1)本件補正後の特許請求の範囲の記載
本件補正により、特許請求の範囲の請求項1の記載は、次のとおり補正された。(下線部は、補正箇所である。)
「冷媒を圧縮する圧縮機構部と、前記圧縮機構部を駆動する電動機と、を備え、
前記電動機は、コイルを有する固定子と、鉄芯及び永久磁石を有する回転子と、を有し、
前記永久磁石は、中重希土類元素が添加されたNd-Fe-B化合物から構成され、
前記冷媒はR32であり、
前記永久磁石は、前記Nd-Fe-B化合物の母相粒の粒界から5nmにおける単位体積あたりの前記中重希土類元素の量は、前記母相粒の粒界から5nmより内部における単位体積あたりの前記中重希土類元素の量よりも多い磁石であり、
前記電動機及び前記圧縮機構部を収納する密閉容器内の温度は、R410Aの使用域よりも高い温度となる密閉型電動圧縮機。」

(2)本件補正前の特許請求の範囲の記載
本件補正前の、出願当初の特許請求の範囲の請求項1の記載は次のとおりである。
「冷媒を圧縮する圧縮機構部と、前記圧縮機構部を駆動する電動機と、を備え、
前記電動機は、コイルを有する固定子と、鉄芯及び永久磁石を有する回転子と、を有し、
前記永久磁石は、中重希土類元素が添加されたNd-Fe-B化合物から構成され、
前記冷媒はR32であり、
前記Nd-Fe-B化合物の母相粒の粒界から5nmにおける単位体積あたりの前記中重希土類元素の量は、前記母相粒の粒界から5nmより内部における単位体積あたりの前記中重希土類元素の量よりも多い密閉型電動圧縮機。」

2.補正の適否
本件補正が、特許法第17条の2第5項各号に掲げる事項を目的とするものに該当するかについて検討する。
特許法第17条の2第5項第2号の「特許請求の範囲の減縮」は、特許法第36条第6項の規定により請求項に記載した発明を特定するために必要な事項を限定するものであって、その補正後の当該請求項に記載される発明の産業上の利用分野及び解決しようとする課題が同一のものに限られる。
本件補正は、本件補正前の請求項1に記載した発明を特定するために必要な事項である「前記Nd-Fe-B化合物の母相粒の粒界から5nmにおける単位体積あたりの前記中重希土類元素の量は、前記母相粒の粒界から5nmより内部における単位体積あたりの前記中重希土類元素の量よりも多い」を「前記永久磁石は、前記Nd-Fe-B化合物の母相粒の粒界から5nmにおける単位体積あたりの前記中重希土類元素の量は、前記母相粒の粒界から5nmより内部における単位体積あたりの前記中重希土類元素の量よりも多い磁石であり、」と補正すること(以下、「補正事項a」という。)、及び、本件補正前の請求項1に「前記電動機及び前記圧縮機構部を収納する密閉容器内の温度は、R410Aの使用域よりも高い温度となる」ことを付加すること(以下、「補正事項b」という。)を含むものである。
そして、本件補正前の請求項1に記載した発明を特定するために必要な事項である「永久磁石」が「前記Nd-Fe-B化合物の母相粒の粒界から5nmにおける単位体積あたりの前記中重希土類元素の量は、前記母相粒の粒界から5nmより内部における単位体積あたりの前記中重希土類元素の量よりも多い」という特性を有していたことは明らかであるから、補正事項aは、本件補正前の請求項1に記載した発明を特定するために必要な事項を実質的に限定するものではない。
また、補正事項bは、本件補正前の請求項1に記載した発明を特定するために必要な事項である「冷媒はR32であ」ることによる特性であって、本件補正前の請求項1に記載した発明においても当然に有していた特性であるから、補正事項bは、本件補正前の請求項1に記載した発明を特定するために必要な事項を実質的に限定するものではない。
そうであれば、この補正は、請求項に記載した発明を特定するために必要な事項を限定するものであって、その補正前の当該請求項に記載された発明とその補正後の当該請求項に記載される発明の解決しようとする課題が同一である「特許請求の範囲の減縮」には該当しない。
また、本件補正前の請求項1に記載した発明は、補正事項a及び補正事項bによって釈明しようとする明りょうでない記載は存しないから、補正事項a及び補正事項bは、明りょうでない記載の釈明に該当しない。
さらに、補正事項a及び補正事項bが、請求項の削除及び誤記の訂正にも該当しないことは明らかである。

3.まとめ
以上より、本件補正は、特許法第17条の2第5項第1号ないし4号に掲げるいずれの事項を目的とするものに該当しないから、却下すべきものである。
よって、上記補正の却下の決定の結論のとおり決定する。

[理由2]独立特許要件の判断
上記のとおり、本件補正は、特許法第17条の2第5項の規定に違反するものであるが、仮に本件補正に含まれる上記補正事項a及びbが特許請求の範囲の減縮を目的として補正されたとして、補正後の請求項1に記載された発明(以下、「本願補正発明」という。)が特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか(特許法第17条の2第6項において準用する同法第126条第7項の規定に適合するか)、念のため以下で検討する。

1.引用文献
(1)引用文献1
ア 引用文献1の記載事項
原査定の拒絶の理由に引用された、本願の原出願の出願前に頒布された引用文献である特開2001-115963号公報(以下、「引用文献1」という。)には、図面とともに、次の事項が記載されている。(下線は、理解の一助のために当審が付与したものである。以下同様。)

a)「【0006】
【発明が解決しようとする課題】しかし、冷媒としてR32を採用した場合には、冷媒としてR22、R410A、R407Cを採用した場合と比較して圧縮機吐出温度が高くなり(具体的には、圧縮機効率が同等の場合には、R22に比べ、圧縮機吐出温度が19℃高くなり)、ひいては圧縮機効率が低下するという不都合がある。」

b)「【0047】図1はこの発明の圧縮機の一実施態様を示す縦断面図であり、図2はこの圧縮機のモータ部の構成を示す横断面図である。
【0048】この圧縮機は、円筒状の主ケーシング1aの底部にボトムケーシング1bを一体的に設けているとともに、上部にトップケーシング1cを一体的に設けて、密閉ケーシング1を構成している。そして、この密閉ケーシング1の内部にブラシレスDCモータ2および圧縮機本体3を互いに同心に設けている。また、主ケーシング1aの所定位置に吸入口部材1dを、トップケーシング1cの所定位置に吐出口部材1eを、それぞれ設けている。さらに、圧縮機本体3によって吸入、圧縮、吐出が行われる冷媒として、R32単体、またはR32リッチ混合冷媒(R32が50%を越え吐出温度がR22よりも高い冷媒)が採用されている。具体的には、R32リッチ混合冷媒としては、R32/125(R32が70%以上)、R32/134a(R32が50%以上)、R32/プロパン(R32が80%以上)などのように、吐出温度がR22に対して10℃程度高くなるものが例示できる。
【0049】前記ブラシレスDCモータ2は、固定子巻線2bを有するとともに、主ケーシング1aに固定された固定子2aと、回転子鉄心2dの表面に永久磁石2eを有するとともに、永久磁石2eの飛散を防止する磁石飛散防止パイプ2fを有し、かつ固定子2aの内部に回転自在に設けられた回転子2cとを有している。なお、このようなブラシレスDCモータを表面磁石構造モータと称する。
【0050】前記圧縮機本体3は、圧縮室として機能する内部空間3bを形成してなるシリンダ3aと、シリンダ3aを軸方向に挟持するフロントヘッド3c、リアヘッド3dと、内部空間3b内に設けられたロータリーピストン3eと、ロータリーピストン3eと嵌合されて回転子2cとの連結を達成するクランク軸3fとを有している。そして、シリンダ3aと主ケーシング1aとがスポット溶接などにより連結されている。なお、3gは、シリンダ3a、フロントヘッド3c、およびリアヘッド3dを一体化する連結ボルトである。」

c)「【0055】図3は、図1の圧縮機における冷媒の流れ(図3中破線矢印を参照)、および温度分布要因(図3中実線矢印を参照)を示す図である。
【0056】図3に示すように、圧縮機本体3により圧縮された高圧の冷媒は、図3中破線矢印に示すように、モータ部の損失による発熱を加算されて吐出口部材1eへ流れる。なお、この途中において、ケーシングからの放熱ΔTc1、ΔTc2によって若干ではあるが、冷媒の温度が低下する。すなわち、圧縮機本体からの吐出温度をTp、モータ損失による温度上昇をΔTmとすれば、回転子付近の冷媒温度はTp-ΔTc1+ΔTmとなり、吐出口部材における冷媒温度はTp-ΔTc1+ΔTm-ΔTc2となる。したがって、圧縮機吐出温度の上昇を抑制するためにはΔTmを低下させることが必要である。」

d)「【0061】さらに、前記の実施態様の圧縮機の駆動源であるブラシレスDCモータの回転子に装着される永久磁石として、希土類磁石を採用することも好ましい。ここで、希土類磁石としては、Nd-B-Fe、およびSm-Co系の磁石が例示でき、これらは焼結磁石であってもよく、またボンド磁石であってもよい。
【0062】この希土類磁石は、図5と図6とを比較することにより分かるように、フェライト磁石に比べて数倍の磁力を持つので、ブラシレスDCモータに用いた場合、モータの界磁をフェライト磁石よりも大きくすることができる。ここで、モータの発生トルクは(モータ電流)×(磁石による界磁)により決定されるのであるから、界磁が大きくなるとモータ電流を低減することができる。
【0063】また、図7に示すように、高温時、希土類磁石はフェライト磁石に比べて磁力の低下が小さいため、高温時でもモータ電流の低下が軽減される。」

e)「【0068】圧縮機の内部の温度が前記の場合よりもさらに上昇する場合には、図9に示すように、希土類磁石特有の高温減磁が発生する。ここで、希土類磁石の高温減磁は、磁石の材質、磁石単体のパーミアンス係数(Pc)とモータ巻線電流とによる減磁界によって決まる。したがって、磁石の材質、表面積とモータ電流とが定まったモータ、すなわちモータ出力が定まったモータにおいて、高温減磁特性を改善するためには、磁石の厚みを大きくすることで磁石単体のパーミアンス係数が大きくなる減磁界に対して強力にすることができ、ひいては高温減磁にも強くすることができる(図10参照)。」

f)上記a)には、「冷媒としてR32を採用した場合には、冷媒としてR22、R410A、R407Cを採用した場合と比較して圧縮機吐出温度が高くなり」との記載があり、また、上記c)及び図3の記載から、密閉ケーシング1内は圧縮機本体から吐出された高圧の冷媒の雰囲気となることは明らかであるから、ブラシレスDCモータ2及び圧縮機本体3を収納する密閉ケーシング1内の温度は、R410Aの使用域よりも高い温度となることが明らかである。

g)上記b)の特に段落【0048】の記載から、引用文献1に記載された圧縮機は、密閉型電動圧縮機であることが明らかである。

イ 引用文献1に記載された発明
上記アを総合すると、引用文献1には次の発明(以下、「引用発明」という。)が記載されていると認められる。

「冷媒を圧縮する圧縮機本体3と、前記圧縮機本体3を駆動するブラシレスDCモータ2と、を備え、
前記ブラシレスDCモータ2は、固定子巻線2bを有する固定子2aと、回転子鉄心2d及び永久磁石2eを有する回転子2cと、を有し、
前記永久磁石2eは、Nd-B-Feから構成され、
前記冷媒はR32単体、またはR32リッチ混合冷媒であり、
前記ブラシレスDCモータ2及び前記圧縮機本体3を収納する密閉ケーシング1内の温度は、R410Aの使用域よりも高い温度となる密閉型電動圧縮機。」

(2)引用文献2の記載事項
ア 原査定の拒絶の理由に引用された、本願の原出願の出願前に頒布された引用文献である特開2011-211069号公報(以下、「引用文献2」という。)には、図面とともに、次の事項が記載されている。

a)「【0004】
R-T-B系磁石はニュークリエーション型の保磁力機構を有すると考えられている。ニュークリエーション型の保磁力機構では、磁化と反対の磁場をR-T-B系磁石に印加したとき、R-T-B系磁石を構成する結晶粒子群(主相粒子群)の粒界近傍において磁化反転の核が発生する。この磁化反転の核は、R-T-B系磁石の保磁力を低下させる。
【0005】
R-T-B系磁石の保磁力を向上させるためには、R-T-B系磁石にRとしてDyやTb等の重希土類元素を添加すればよい。重希土類元素の添加によって、異方性磁界が大きくなり、磁化反転の核が発生し難くなり、保磁力が高くなる。しかし、重希土類元素の添加量が多すぎると、R-T-B系磁石の飽和磁化(飽和磁束密度)が小さくなり、残留磁束密度も小さくなる。したがって、R-T-B系磁石では、残留磁束密度と保磁力を両立させることが課題となる。特に、近年需要が高まる自動車用のモーター又は発電機に組み込まれるR-T-B系磁石には、残留磁束密度と保磁力の向上が求められている。
【0006】
本発明者らは、磁化反転の核が発生し易い領域のみにおいて、重希土類元素を存在させ、異方性磁界を高くすることにより、保磁力と残留磁束密度の両立が可能となると考えた。すなわち、本発明者らは、R-T-B系磁石を構成する結晶粒子の表面近傍における重希土類元素の質量の比率を結晶粒子のコア(中心部)よりも高めると共に、コアにおけるNdやPr等の軽希土類元素の質量の比率を表面近傍よりも高めることが重要である、と考えた。これにより、表面近傍の高い異方性磁界(Ha)によって保磁力が高くなると共に、コアの高い飽和磁化(Is)によって残留磁束密度が高くなることが可能になるはずである。」

b)「【0015】
本発明の焼結磁石の体積が従来のR-T-B系磁石よりも小さい場合であっても、残留磁束密度が高い本発明の焼結磁石は従来の磁石と同等の数の磁束を有する。つまり、本発明の焼結磁石は、従来の磁石に比べて、磁束数を減らすことなく小型化できる。その結果、本発明では、ヨーク体積及び巻線の量も焼結磁石の小型化に応じて減るため、モーターの小型化及び軽量化が可能となる。
【0016】
本発明の焼結磁石は、高温下においても残留磁束密度と保磁力に優れる。すなわち、本発明の焼結磁石は耐熱性に優れる。したがって、本発明の焼結磁石を備えるモーターでは、従来のR-T-B系磁石を備えるモーターに比べて渦電流による発熱が起き難い。したがって、本発明では、発熱防止よりもエネルギー変換効率を重視したモーターの設計が可能となる。」

c)「【0019】
本発明の焼結磁石では、コアにおいて重希土類元素の添加量を低減し、シェルにおいて重希土類元素の添加量を局所に高めることにより、残留磁束密度と保磁力が向上する。つまり、本発明の焼結磁石では、従来のように磁石全体に重希土類元素を添加しなくても、残留磁束密度と保磁力が向上する。したがって、本発明の焼結磁石では、従来のR-T-B系磁石に比べて重希土類元素の添加量が少ない場合であっても、十分な残留磁束密度と保磁力が達成される。そのため、本発明の焼結磁石では、高価な重希土類元素の添加量を低減し、磁気特性を損なうことなくコストを下げることが可能となる。その結果、本発明の焼結磁石を備えるモーター、及びモーターを備える自動車のコストを下げることも可能となる。」

d)「【0024】
ニュークリエーション型の保磁力機構を有するR-T-B系磁石では、焼結した主相粒子の粒界近傍において磁化反転の核が発生する。この磁化反転の核は、R-T-B系磁石の保磁力を低下させる。つまり、主相粒子の表面近傍において磁化反転の核が発生し易くなる。そこで、本実施形態では、結晶粒子2の表面に位置するシェル6において重希土類元素の質量濃度を局所的に高くする。つまり、結晶粒子群の粒界近傍の重希土類元素の質量濃度を高くする。その結果、結晶粒子群の粒界近傍における異方性磁界が高くなり、焼結磁石の保磁力が高くなる。また、本実施形態では、シェル6に比べて、コア4における重希土類元素の質量濃度が低くなり、軽希土類元素の質量濃度が相対的に高くなる。その結果、コア4の飽和磁化(Is)が高くなり、焼結磁石の残留磁束密度が高くなる。例えば、コア4の組成が(Nd_(0.9)Dy_(0.1))_(2)Fe_(14)Bである場合、シェル6の組成は(Nd_(0.3)Dy_(0.7))_(2)Fe_(14)Bとなる。」

e)「【0033】
シェル6の最も厚い部分は、粒界三重点1だけではなく、粒界三重点1と連続する二粒子界面に沿って粒界三重点1から3μm程度の範囲内に存在しても良い。つまり、粒界三重点1と二粒子界面の一部に面するシェルの厚さは均一であってもよい。ただし、この場合、粒界三重点1と二粒子界面の一部に面するシェルの厚さは、その他の部分のシェルの厚さよりも厚い。粒界三重点1に面したシェル6の厚さは200?1000nmであることが好ましく、300?1000nmであることがより好ましく、500?900nmであることが最も好ましい。粒界三重点1に面したシェル6の厚さが薄い場合、保磁力の向上幅が小さくなる。粒界三重点1に面したシェル6が厚過ぎる場合、コア4が相対的に小さくなって、その飽和磁化が低くなり、残留磁束密度の向上幅が小さくなる。二粒子界面におけるシェル6の厚さは5?100nmであることが好ましく、10?80nmであることがより好ましく、10?50nmであることが最も好ましい。なお、シェル6の厚さが上記の数値範囲外であっても、本発明の効果は達成される。結晶粒子2の粒径は10μm以下又は5μm以下程度であればよい。」

イ 引用文献2技術
上記アの記載によれば、引用文献2には次の技術(以下、「引用文献2技術」という。)が記載されていると認められる。

「自動車用のモーターに組み込まれる焼結磁石に関する技術であって、
結晶粒子2のコア4の組成を(Nd_(0.9)Dy_(0.1))_(2)Fe_(14)Bとし、シェル6の組成を(Nd_(0.3)Dy_(0.7))_(2)Fe_(14)Bとすることで、結晶粒子2の表面に位置するシェル6において重希土類元素の質量濃度を高くして、残留磁束密度と保持力を向上させるようにした技術。」

2.対比・判断
引用発明における「圧縮機本体3」は、その機能、構成及び技術的意義からみて、本願補正発明における「圧縮機構部」に相当し、以下同様に、「ブラシレスDCモータ2」は「電動機」に、「固定子巻線2b」は「コイル」に、「固定子2a」は「固定子」に、「回転子鉄心2d」は「鉄芯」に、「永久磁石2e」は「永久磁石」に、「回転子2c」は「回転子」に、「Nd-B-Fe」は「Nd-Fe-B化合物」に、「R32単体、またはR32リッチ混合冷媒」は「R32」に、「密閉ケーシング1」は「密閉容器」にそれぞれ相当する。

そうすると、本願補正発明と引用発明とは、
「冷媒を圧縮する圧縮機構部と、圧縮機構部を駆動する電動機と、を備え、
電動機は、コイルを有する固定子と、鉄芯及び永久磁石を有する回転子と、を有し、
永久磁石は、Nd-Fe-B化合物から構成され、
冷媒はR32であり、
電動機及び圧縮機構部を収納する密閉容器内の温度は、R410Aの使用域よりも高い温度となる密閉型電動圧縮機。」
の点で一致し、次の点で相違する。

本願補正発明においては、前記永久磁石は、「中重希土類元素が添加された」Nd-Fe-B化合物から構成され、また、「前記永久磁石は、前記Nd-Fe-B化合物の母相粒の粒界から5nmにおける単位体積あたりの前記中重希土類元素の量は、前記母相粒の粒界から5nmより内部における単位体積あたりの前記中重希土類元素の量よりも多い磁石であ」るのに対し、
引用発明においては、永久磁石2eは、Nd-B-Feに中重希土類元素が添加されていない点(以下、「相違点」という。)。

上記相違点について検討する。

引用発明のような希土類磁石において、高温において保磁力Hcjが低下する高温減磁が発生することは周知の課題であるところ、引用文献1には、高温減磁特性の改善という課題についての記載があり(上記1.(1)ア e)参照)、引用発明の密閉型電動圧縮機に用いる永久磁石において、かかる課題を解決するために、引用文献2技術のように、永久磁石2eの結晶粒子の組成をNd-B-Feに重希土類元素を添加したものとし、焼結磁石の結晶粒子の表面部分における重希土類元素の質量濃度を高くすることは、当業者が容易になし得ることである。
そして、重希土類元素の質量濃度を高くする部分を表面からどの程度の数値にするかは、要求される残留磁束密度及び保磁力の向上幅に応じて設定し得るものであるところ、引用文献2には、上記1.(2)ア e)に、「二粒子界面におけるシェル6の厚さは5?100nmであることが好ましく」との記載があることから、母相粒の粒界から5nmとの数値とすることに格別の困難性は見当たらない。
したがって、上記相違点に係る本願補正発明の発明特定事項は、引用発明に引用文献2技術を適用して、当業者が容易に想到し得たことである。

なお、請求人は、審判請求書において、
「しかしながら、引用文献1に記載された発明は、「ブラシレスDCモータとして、希土類磁石を有する回転子を含むものを採用する」ことにより、「モータの界磁を大きくすることができ、ひいてはモータ電流を小さくして、圧縮機効率の一層の向上、および圧縮機吐出温度の上昇の一層の低減を達成する」というものである(段落0029参照)。
すなわち、引用文献1に記載された発明において、希土類磁石は、モータの界磁を大きくする目的で使用される。
一方、引用文献2に記載された発明は、「本発明の焼結磁石の体積が従来のR-T-B系磁石よりも小さい場合であっても、残留磁束密度が高い本発明の焼結磁石は従来の磁石と同等の数の磁束を有する。つまり、本発明の焼結磁石は、従来の磁石に比べて、磁束数を減らすことなく小型化できる。」(段落0015参照)と記載されているとおり、モータの界磁を小さくすることを示唆されたものである。
引用文献2には、電動圧縮機における当該焼結磁石の使用について、何ら記載も示唆もされていない。
このように、引用文献2に記載された発明は、引用文献1に記載された「モータの界磁を大きくする」という目的に反しており、引用文献1に記載された電動機の永久磁石として使用すること、を積極的に動機付けられるものではない。 」
と主張しており、かかる主張において、請求人は、「界磁」の大きさを永久磁石の大きさと捉えていると思われるが、引用文献1の段落【0029】の「希土類磁石の磁力が大きいことに起因して、モータの界磁を大きくすることができ・・・」との記載や、段落【0062】の「この希土類磁石は、図5と図6とを比較することにより分かるように、フェライト磁石に比べて数倍の磁力を持つので、ブラシレスDCモータに用いた場合、モータの界磁をフェライト磁石よりも大きくすることができる。ここで、モータの発生トルクは(モータ電流)×(磁石による界磁)により決定されるのであるから、界磁が大きくなるとモータ電流を低減することができる。」との記載から、 「界磁」の大きさを永久磁石の大きさと捉えるのは不自然であり、むしろ、磁束などの磁石の性能に関する大きさと捉えるのが相当である。
したがって、引用文献1の段落【0029】の記載及び引用文献2の段落【0015】の記載が、引用発明に引用文献2技術を組み合わせることを阻むものではなく、請求人の上記主張は採用できない。

そして、本願補正発明は、全体としてみても、引用発明及び引用文献2技術から予測される以上の格別な効果を奏するものではない。

したがって、本願補正発明は、引用発明及び引用文献2技術に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により、特許出願の際に独立して特許を受けることができないものである。

3.まとめ
以上のとおり、本件補正は、特許法第17条の2第6項において準用する同法第126条第7項の規定に違反するので、同法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。
よって、上記補正却下の決定の結論のとおり決定する。

第3 本願発明について
1.本願発明
平成29年5月16日付けの手続補正は上記のとおり却下されたので、本願の特許請求の範囲の請求項1ないし6に係る発明は、出願当初の特許請求の範囲の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項1ないし6に記載された事項により特定されるとおりのものと認められ、そのうち、請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という。)は、上記第2[理由1](2)に示した請求項1に記載されたとおりのものである。

2.原査定の拒絶理由
原査定の拒絶の理由は、この出願の請求項1に係る発明は、本願の出願前に頒布された下記の引用文献1に記載された発明及び引用文献2に記載された事項に基づいて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない、というものである。

引用文献1:特開2001-115963号公報
引用文献2:特開2011-211069号公報

3.引用文献
原査定の拒絶の理由に引用された、引用文献1(特開2001-115963号公報)には、上記第2[理由2]1.(1)のとおりのものが記載されている。

4.対比・判断
本願発明は、上記第2[理由2]で検討した本願補正発明の発明特定事項のうち、「前記永久磁石は、前記Nd-Fe-B化合物の母相粒の粒界から5nmにおける単位体積あたりの前記中重希土類元素の量は、前記母相粒の粒界から5nmより内部における単位体積あたりの前記中重希土類元素の量よりも多い磁石であり」から、「前記永久磁石」及び「磁石であり」を削除するとともに、「前記電動機及び前記圧縮機構部を収納する密閉容器内の温度は、R410Aの使用域よりも高い温度となる」を削除したものに相当し、本願補正発明は、本願発明の発明特定事項を全て含むものである。

そうすると、本願発明の発明特定事項を全て含む本願補正発明が、上記第2[理由2]に記載したとおり、引用発明及び引用文献2技術に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本願発明も、同様に引用発明及び引用文献2技術に基いて当業者が容易に発明をすることができたものである。

そして、本願発明は、全体としてみても、引用発明及び引用文献2技術から予測される以上の格別な効果を奏するものではない。

5.まとめ
以上のとおり、本願発明は、引用発明及び引用文献2技術に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

第4 むすび
上記第3のとおり、本願発明は、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないから、他の請求項に係る発明について検討するまでもなく、本願は拒絶をされるべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2018-04-20 
結審通知日 2018-04-24 
審決日 2018-05-10 
出願番号 特願2015-200548(P2015-200548)
審決分類 P 1 8・ 573- Z (H02K)
P 1 8・ 574- Z (H02K)
P 1 8・ 121- Z (H02K)
P 1 8・ 575- Z (H02K)
P 1 8・ 571- Z (H02K)
P 1 8・ 572- Z (H02K)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 マキロイ 寛済  
特許庁審判長 藤井 昇
特許庁審判官 久保 竜一
佐々木 芳枝
発明の名称 密閉型電動圧縮機  
代理人 特許業務法人磯野国際特許商標事務所  

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