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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  C22C
審判 全部申し立て 特174条1項  C22C
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  C22C
管理番号 1341982
異議申立番号 異議2017-700519  
総通号数 224 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2018-08-31 
種別 異議の決定 
異議申立日 2017-05-26 
確定日 2018-05-28 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第6032881号発明「熱間金型用鋼」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6032881号の明細書、特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正明細書、特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項1、2、3について訂正することを認める。 特許第6032881号の請求項1ないし3に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6032881号(以下、「本件特許」という。)に係る出願は、平成23年10月18日を出願日とする出願であって、平成28年11月 4日に特許権の設定登録がされ、同年11月30日に特許掲載公報が発行され、その後、本件特許の請求項1?3に係る特許について、平成29年 5月26日に特許異議申立人内山 信一(以下、「異議申立人」という。)により特許異議の申立てがされ、同年 7月25日付けで当審より取消理由が通知され、特許権者より同年 9月26日付けで訂正請求書(以下、「訂正請求書」という。)及び意見書が提出され、同年10月20日付けで当審より訂正拒絶理由が通知され、特許権者より同年11月27日付けで訂正拒絶理由通知書に対する意見書が提出され、同年12月12日付けで当審より取消理由(決定の予告)が通知され、特許権者より平成30年 2月13日付けで取消理由(決定の予告)に対する意見書(以下、「三次意見書」という。)が提出され、平成30年 4月26日付けで異議申立人より意見書が提出されたものである。

第2 本件訂正の請求による訂正の適否
1 訂正の内容
訂正請求書による訂正(以下、「本件訂正」という。)は、以下の訂正事項からなる。
(1)訂正事項1
本件訂正前の特許請求の範囲の請求項1に
「焼入焼戻しによる調質前の初期硬さのHRCと焼入焼戻しによる調質後のHRCとの差であるΔHRC」と記載されているのを、
「この鋼材を焼入焼戻しにより44?46HRCに調質して供試材の表面にあるスケール層を除去した後ロックウェル硬度計にて測定し初期硬さとしたとき、さらに650℃にて50時間保持後に空冷して鋼材の表面にあるスケール層を除去した後ロックウェル硬度計にて測定して求めた硬さと初期硬さとの差ΔHRC」に訂正する。

(2)訂正事項2
本件訂正前の特許請求の範囲の請求項2に
「焼入焼戻しによる調質前の初期硬さのHRCと焼入焼戻しによる調質後のHRCとの差であるΔHRC」と記載されているのを、
「この鋼材を焼入焼戻しにより44?46HRCに調質して供試材の表面にあるスケール層を除去した後ロックウェル硬度計にて測定し初期硬さとしたとき、さらに650℃にて50時間保持後に空冷して鋼材の表面にあるスケール層を除去した後ロックウェル硬度計にて測定して求めた硬さと初期硬さとの差ΔHRC」に訂正する。

(3)訂正事項3
本件訂正前の特許請求の範囲の請求項3に
「焼入焼戻しによる調質前の初期硬さのHRCと焼入焼戻しによる調質後のHRCとの差であるΔHRC」と記載されているのを、
「この鋼材を焼入焼戻しにより44?46HRCに調質して供試材の表面にあるスケール層を除去した後ロックウェル硬度計にて測定し初期硬さとしたとき、さらに650℃にて50時間保持後に空冷して鋼材の表面にあるスケール層を除去した後ロックウェル硬度計にて測定して求めた硬さと初期硬さとの差ΔHRC」に訂正する。

(4)訂正事項4
本件訂正前の本件特許明細書の【0008】に
「焼入焼戻しによる調質前の初期硬さのHRCと焼入焼戻しによる調質後のHRCとの差であるΔHRC」と記載されているのを、
「この鋼材を焼入焼戻しにより44?46HRCに調質して供試材の表面にあるスケール層を除去した後ロックウェル硬度計にて測定し初期硬さとしたとき、さらに650℃にて50時間保持後に空冷して鋼材の表面にあるスケール層を除去した後ロックウェル硬度計にて測定して求めた硬さと初期硬さとの差ΔHRC」に訂正する。

(5)訂正事項5
本件訂正前の本件特許明細書の【0009】に
「焼入焼戻しによる調質前の初期硬さのHRCと焼入焼戻しによる調質後のHRCとの差であるΔHRC」と記載されているのを、
「この鋼材を焼入焼戻しにより44?46HRCに調質して供試材の表面にあるスケール層を除去した後ロックウェル硬度計にて測定し初期硬さとしたとき、さらに650℃にて50時間保持後に空冷して鋼材の表面にあるスケール層を除去した後ロックウェル硬度計にて測定して求めた硬さと初期硬さとの差ΔHRC」に訂正する。

(6)訂正事項6
本件訂正前の本件特許明細書の【0010】に
「焼入焼戻しによる調質前の初期硬さのHRCと焼入焼戻しによる調質後のHRCとの差であるΔHRC」と記載されているのを、
「この鋼材を焼入焼戻しにより44?46HRCに調質して供試材の表面にあるスケール層を除去した後ロックウェル硬度計にて測定し初期硬さとしたとき、さらに650℃にて50時間保持後に空冷して鋼材の表面にあるスケール層を除去した後ロックウェル硬度計にて測定して求めた硬さと初期硬さとの差ΔHRC」に訂正する。

(7)訂正事項7
本件訂正前の本件特許明細書の【0014】に
「靱性が50.3?86.6J/cm^(2)であり、かつ、焼入焼戻しによる調質前の初期硬さのHRCと焼入焼戻しによる調質後のHRCとの差であるΔHRCが7.3?11.1であり、」と記載されているのを、
「靱性が50.3?86.6J/cm^(2)であり、かつ、ΔHRCが7.3?11.1であり、」に訂正する。

2 訂正の目的の適否、新規事項の有無及び特許請求の範囲の拡張・変更の存否
(1)各乙号証の記載事項
三次意見書に添付された乙第1号証?乙第8号証は、以下のとおりである。

乙第1号証:「鉄鋼材料を生かす熱処理技術」,第1版第1刷,大和久 重雄監修,株式会社アグネ,1982年 5月25日,87頁?101頁
乙第2号証:「日本工業規格 JIS G 4404:2006 合金工具鋼鋼材」,1頁?2頁、4頁?6頁
乙第3号証:「はじめて学ぶ熱処理技術」,初版11刷,(社)日本熱処理技術協会編,日刊工業新聞社,2013年11月15日,92頁?93頁、106頁?107頁
乙第4号証:「JISハンドブック 鉄鋼I 用語/検査・試験/特殊用途鋼/鋳鍛造品/その他」,第1版第1刷,日本規格協会編,財団法人日本規格協会,1995年 4月20日,932頁?937頁
乙第5号証:特許第4516211号公報
乙第6号証:「BOHLER W403 VMR ボーラーの熱間金型用鋼」カタログ,2006年
乙第7号証:「大同のDH21 高性能アルミダイカスト型用熱間ダイス鋼」カタログ,大同特殊鋼株式会社,2009年 3月,
乙第8号証:「高強度・高靱性 DH32 新熱間ダイス鋼」カタログ,大同特殊鋼株式会社,2009年 3月,2頁?17頁

(1-1)乙第1号証の記載事項
乙第1号証には以下の記載がある。
(1-a)「2.焼なまし
熱間成形用型鋼は,通常焼なまし状態で供給されるが,場合によっては再鍛造して使用することがあり,その際には,鍛造後は必ず球状化焼なましを完全におこなう必要がある.」(87頁下から9行目?下から6行目)

(1-b)「

」(88頁)


(1-2)乙第2号証の記載事項
乙第2号証には以下の記載がある。
(2-a)「

」(2頁)

(2-b)「

」(4頁)

(2-c)「

」(5頁)

(2-d)「

」(6頁)

(1-3)乙第3号証の記載事項
乙第3号証には以下の記載がある。
(3-a)「

」(106頁)

(1-4)乙第4号証の記載事項
乙第4号証には以下の記載がある。
(4-a)「

」(934頁)

(4-b)「

」(935頁)

(4-c)「

」(936頁)

(1-5)乙第5号証の記載事項
乙第5号証には以下の記載がある(当審注:「・・・」は省略を表す。)。
(5-a)「【0001】
(技術分野)
本発明は、熱間加工工具、すなわち比較的高温で金属を成形又は加工するための工具用鋼材に関する。
【0002】
(技術情況)
「熱間加工工具」と云う用語は、比較的高温での金属の加工又は成形のための多数の異なる種類の工具類に使用される。例えばダイ(dies)、インサート(inserts)及びコア(cores)、入口部、ノズル、エジェクタ・エレメント(ejector elements)、ピストン、圧力室などのダイカスト用工具;・・・また幾つかの市販の特殊な鋼もある。・・・」

(5-b)「【0031】
軟らかく焼なましした状態での寸法と硬度を表3によって示す。
【0032】
【表3】



(5-c)「【0034】
1025℃/30分でオーステナイト化後の焼戻し耐性、及び1025℃/30分(鋼番号16Xでは1010℃)で焼入れして45HRCに焼戻し後の600℃に保持する時間の影響も図3及び4のグラフで示した。これらの図によって本発明の鋼A2、及び鋼9Xが最良の焼戻し耐性を有することがわかる。本発明の鋼A2はまた、600℃の保持時間による影響が最も少なかったが、一方の鋼9Xは急速に硬度を失った。これは鋼10Xにも当てはまる。」

(5-d)「【図3】

【図4】



(1-6)乙第6号証の記載事項
乙第6号証には以下の記載がある。
(6-a)「

」(6頁)

(1-7)乙第7号証の記載事項
乙第7号証には以下の記載がある。
(7-a)「

」(表紙)

(1-8)乙第8号証の記載事項
乙第8号証には以下の記載がある。
(8-a)「

」(4頁)

(2)本件訂正前の特許明細書の記載
本件訂正前の特許明細書には、以下の記載がある(当審注:下線は当審が付与した。)。
(A)「【0006】
熱間金型用鋼として高靭性及び高強度を両立させるには、合金元素の添加量に加えて、生成する炭化物の組成の制御が重要であり、また、焼入性を高めて靭性を向上させるために、Cr及びMoの添加は有効であるが、Cr及びMoのバランスを考慮しなければ、析出する炭化物としてMXやM_(2)Cが少なくなり、高温強度が不十分になる問題がある。
【0007】
本発明が解決しようとする課題は、上記の問題を解消して、高靭性かつ高強度な熱間金型用鋼を提供することである。」

(B)「【0028】
本願技術分野である熱間鍛造、熱間押出、ダイカストその他鋳造に用いられる熱間金型用鋼は、焼入焼戻しにより40?50HRCの硬度に調質されて利用されるのが一般であり、焼入焼戻し組織中では、M_(23)C_(6)、M_(6)C、M_(2)C、およびMXが熱力学的に安定になり得る。ところで、炭化物および/または炭窒化物は硬質な物質であるが、その構造により硬度が異なり、M_(2)CやMXは他の構造を呈する炭化物よりも高硬度である。ゆえに、熱間金型においては、M_(2)CやMXが多く存在する方が高温環境下における硬度・強度を維持し易く、摩耗および/またはヒートチェックと呼ばれる熱疲労の抑制に有効である。熱間金型中のM_(2)CやMXを増加させるためには、それらを形成する主成分であるMo、VとCおよび/またはNを増量すれば良いが、過剰に添加すると炭化物および/または炭窒化物の総量が多くなり、また偏析を助長して炭化物および/または炭窒化物の凝集粗大化を招くことにより、別の重要な特性である靭性を低下させる。したがって、高い水準の高温強度と靭性を兼備させるためには、M_(2)CやMXが安定になりやすく、かつ、炭化物および/または炭窒化物が過剰にならないようにする必要がある。」

(C)「【0034】
表2において、※3の高温強度は、各鋼材の中周部から各辺15mmのブロック状供試材を割出し、焼入焼戻しにより44?46HRCに調質し(供試材の表面にあるスケール層を除去した後ロックウェル硬度計にて測定し初期硬さとする)、該供試材を650℃にて50時間保持し、これらの鋼材を空冷した後、再び鋼材の表面にあるスケール層を除去した後ロックウェル硬度計にて測定し、初期硬さとの差、すなわち硬度低下度であるΔHRCにより評価した。さらに、※4の靭性は、シャルピー衝撃試験により破壊に要したエネルギーで評価した。これらに用いた試験片は、直径140mm鍛造材の中心部の圧延方向と垂直方向から採取した。さらに、これらの試験片は、焼入焼戻しにより44?46HRCに調質し、JIS Z 2242に規定する深さ2mmのUノッチを圧延方向に垂直となる面に加工したものである。」

(3)訂正事項1について
(ア)訂正事項1は、要するに、「ΔHRC」について、本件訂正前の特許請求の範囲の請求項1に「焼入焼戻しによる調質前の初期硬さのHRCと焼入焼戻しによる調質後のHRCとの差」とされていたのを、「鋼材を焼入焼戻しにより44?46HRCに調質して供試材の表面にあるスケール層を除去した後ロックウェル硬度計にて測定し初期硬さとしたとき、さらに650℃にて50時間保持後に空冷して鋼材の表面にあるスケール層を除去した後ロックウェル硬度計にて測定して求めた硬さと初期硬さとの差」と訂正するものである。

(イ)ここで、本件訂正前の特許請求の範囲の請求項1では、「焼入焼戻しによる調質前の初期硬さのHRCと焼入焼戻しによる調質後のHRCとの差」が、「7.3?11.1」であるとされている。

(ウ)これについて、前記(1)(1-1)(1-a)によれば、熱間成形用型鋼は、通常焼きなまし状態で供給されるものであって、前記(1)(1-2)(2-c)?(2-d)及び(1)(1-3)(3-a)に記載される、熱間金型用鋼の焼きなまし硬さ及び焼入焼戻し硬さと、前記(1)(1-4)(4-a)?(4-c)に記載される、鋼のブリネル硬さに対する近似的換算値及びロックウェルC硬さに対する近似的換算値によれば、乙第2号証?乙第3号証には、熱間金型用鋼の焼なまし硬さと焼入焼戻し硬さの関係が以下のとおりになることが開示されるものである。


」(三次意見書7頁)

(エ)そして、前記(ウ)の開示によれば、熱間金型用鋼の「焼入焼戻しによる調質前の初期硬さのHRCと焼入焼戻しによる調質後のHRCとの差」は、一般的におおむね20以上となり、前記(イ)のとおりの「7.3?11.1」の範囲とはならないのが技術常識であって、このことは、前記乙第5号証?乙第6号証の記載とも合致するものである。
なお、前記(1)(1-4)(4-a)?(4-c)に記載される鋼のブリネル硬さに対する近似的換算値及び鋼のロックウェルC硬さに対する近似的換算値によれば、例えばHBWが229以下の場合、HRC換算は20.5以下となり、前記(ウ)の表はHRCの換算の数値が誤っているが、その場合であっても、熱間金型用鋼の「焼入焼戻しによる調質前の初期硬さのHRCと焼入焼戻しによる調質後のHRCとの差」は、おおむね20以上となることに変わりはない。
また、前記(1)(1-7)(7-a)及び(1-8)(8-a)によれば、乙第7号証及び乙第8号証には、熱間ダイス鋼の焼きなまし硬さ(HB)が≦229であり、焼入焼戻し硬さ(HRC)がそれぞれ≦53、≦54であることが記載されているところ、熱間ダイス鋼の「焼入焼戻しによる調質前の初期硬さのHRCと焼入焼戻しによる調質後のHRCとの差」が明確に開示されているものではないが、このことは、前記判断を左右するものではない。

(オ)前記技術常識によれば、本件訂正前の特許請求の範囲の請求項1の「焼入焼戻しによる調質前の初期硬さのHRCと焼入焼戻しによる調質後のHRCとの差であるΔHRCが7.3?11.1である」との記載に接した当業者は、本来おおむね20以上であるべき「焼入焼戻しによる調質前の初期硬さのHRCと焼入焼戻しによる調質後のHRCとの差であるΔHRC」が「7.3?11.1である」という前記記載に対して、技術的な違和感を覚えることは明らかであるので、前記「焼入焼戻しによる調質前の初期硬さのHRCと焼入焼戻しによる調質後のHRCとの差であるΔHRCが7.3?11.1である」との記載の意味は、本件特許明細書の記載または技術常識を考慮してこれとは別の意味に解釈しなければ、特許請求の範囲の記載が第三者に不測の不利益を及ぼすほどに明確でないというべきである。

(カ)そこで、本件訂正前の特許明細書の記載をみると、前記(2)(A)によれば、本件特許発明の課題は、高靭性かつ高強度な熱間金型用鋼を提供することであるが、前記(2)(B)によれば、ここでいう高強度とは、熱間金型用鋼が熱間鍛造、熱間押出、ダイカストその他鋳造に用いられて、高温環境下に曝された際の強度が高強度であることをいうものといえる。
そして、前記(2)(B)によれば、本件訂正前の特許請求の範囲の請求項1に係る熱間金型用鋼が熱間鍛造、熱間押出、ダイカストその他鋳造に用いられる場合、焼入焼戻しによる調質後に用いられるのであるから、前記高強度とは、焼入焼戻しによる調質後の熱間金型用鋼が高温環境下に曝された際の強度が高強度であることをいうことは明らかである。
してみれば、本件特許発明の課題は、高靭性かつ、焼入焼戻しによる調質後の熱間金型用鋼が高温環境下に曝された際の強度が高強度である、熱間金型用鋼を提供することであるといえる。

(キ)前記(2)(C)によれば、本件特許発明において、高温強度は、各鋼材の中周部から各辺15mmのブロック状供試材を割出し、焼入焼戻しにより44?46HRCに調質し(供試材の表面にあるスケール層を除去した後ロックウェル硬度計にて測定し初期硬さとする)、該供試材を650℃にて50時間保持し、これらの鋼材を空冷した後、再び鋼材の表面にあるスケール層を除去した後ロックウェル硬度計にて測定し、初期硬さとの差、すなわち硬度低下度である「ΔHRC」により評価するものであって、そのような「ΔHRC」が7.3?11.1の範囲となるものである。

(ク)したがって、前記(キ)による「ΔHRC」は、焼入焼戻しによる調質後の熱間金型用鋼が高温環境下に曝された際の硬度低下度であり、本件特許発明においては、そのような「ΔHRC」を7.3?11.1の範囲とすることにより、高靭性かつ高強度な熱間金型用鋼を提供する、という課題を解決できるものと理解される。そして、この理解は、前記(カ)とも合致するものである。

(ケ)そうすると、本件特許明細書の記載を考慮すれば、「ΔHRC」が、「焼入焼戻しによる調質前の初期硬さのHRCと焼入焼戻しによる調質後のHRCとの差」ではなく、「鋼材を焼入焼戻しにより44?46HRCに調質して供試材の表面にあるスケール層を除去した後ロックウェル硬度計にて測定し初期硬さとしたとき、さらに650℃にて50時間保持後に空冷して鋼材の表面にあるスケール層を除去した後ロックウェル硬度計にて測定して求めた硬さと初期硬さとの差」を意味していると解するのが相当であるから、訂正事項1は、明瞭でない記載の釈明を目的とするものといえ、願書に添付した明細書、特許請求の範囲、又は図面に記載した事項の範囲内の訂正である。
そして、訂正事項1による訂正は、「ΔHRC」の意味を本件訂正前の特許明細書に記載された本来の意味に訂正するものであるから、実質上、特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではないことは明らかである。

(4)訂正事項2?訂正事項6について
(ア)訂正事項2?訂正事項6は、本件訂正前の特許請求の範囲の請求項2、請求項3、本件特許明細書の【0008】、【0009】、【0010】において、いずれも、「焼入焼戻しによる調質前の初期硬さのHRCと焼入焼戻しによる調質後のHRCとの差であるΔHRC」と記載されているのを、「この鋼材を焼入焼戻しにより44?46HRCに調質して供試材の表面にあるスケール層を除去した後ロックウェル硬度計にて測定し初期硬さとしたとき、さらに650℃にて50時間保持後に空冷して鋼材の表面にあるスケール層を除去した後ロックウェル硬度計にて測定して求めた硬さと初期硬さとの差ΔHRC」に訂正するものである。

(イ)そして、これら訂正事項2?訂正事項6による訂正は、実質的に訂正事項1と同じ内容の訂正をするものであるから、訂正事項2?訂正事項6は、前記(3)に記載したのと同様の理由により、明瞭でない記載の釈明を目的とするものといえ、願書に添付した明細書、特許請求の範囲、又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であり、実質上、特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。

(5)訂正事項7について
(ア)訂正事項7は、本件訂正前の特許明細書の【0014】に「靱性が50.3?86.6J/cm^(2)であり、かつ、焼入焼戻しによる調質前の初期硬さのHRCと焼入焼戻しによる調質後のHRCとの差であるΔHRCが7.3?11.1であり、」と記載されているのを、「靱性が50.3?86.6J/cm^(2)であり、かつ、ΔHRCが7.3?11.1であり、」に訂正するものである。

(イ)すなわち、訂正事項7は、訂正事項1?訂正事項6により、「ΔHRC」が、本件訂正前には「焼入焼戻しによる調質前の初期硬さのHRC」と、「焼入焼戻しによる調質後のHRC」との差を意味していたのを、本件訂正後には「鋼材を焼入焼戻しにより44?46HRCに調質して供試材の表面にあるスケール層を除去した後ロックウェル硬度計にて測定し初期硬さとしたとき、さらに650℃にて50時間保持後に空冷して鋼材の表面にあるスケール層を除去した後ロックウェル硬度計にて測定して求めた硬さと初期硬さとの差」を意味するものとなったのに合わせて、本件訂正前の「焼入焼戻しによる調質前の初期硬さのHRCと焼入焼戻しによる調質後のHRCとの差である」との記載を削除するものである。

(ウ)すると、訂正事項7は、訂正事項1?訂正事項6と同様、「ΔHRC」について、本件訂正前には「焼入焼戻しによる調質前の初期硬さのHRCと焼入焼戻しによる調質後のHRCとの差」とされていたのを、「鋼材を焼入焼戻しにより44?46HRCに調質して供試材の表面にあるスケール層を除去した後ロックウェル硬度計にて測定し初期硬さとしたとき、さらに650℃にて50時間保持後に空冷して鋼材の表面にあるスケール層を除去した後ロックウェル硬度計にて測定して求めた硬さと初期硬さとの差」と訂正するものといえるから、前記(3)に記載したのと同様の理由により、明瞭でない記載の釈明を目的とするものといえ、願書に添付した明細書、特許請求の範囲、又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であり、実質上、特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。

(6)請求項ごとの訂正等について
訂正事項1?訂正事項3に係る請求項1、2、3はそれぞれ独立請求項である。
訂正事項4?訂正事項7は、訂正を請求項ごとに請求するものであって、請求項1?請求項3の全てについて明細書を訂正するものである。
なお、本件訂正請求においては、全ての請求項に対して特許異議の申立てがされているので、特許法第120条の5第9項において読み替えて準用する同法第126条第7項の規定は適用されない。

(7)むすび
以上のとおり、訂正事項1?訂正事項7からなる本件訂正は、特許法第120条の5第2項第3号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同法同条第3項並びに第9項で準用する同法第126条第4項?第6項の規定に適合するので、訂正後の請求項1、2、3について訂正を認める。

なお、平成29年11月27日付け訂正拒絶理由の概要は、訂正事項1?訂正事項7は、特許法第126条第1項ただし書第1号?第4号のいずれにも適合しないし、特許法第134条の2第9項で準用する特許法第126条第6項にも適合しない、というものであるが、本件訂正は、特許法第120条の5第2項第3号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同法同条第3項並びに第9項で準用する同法第126条第4項?第6項の規定に適合することは前記(7)に記載のとおりであるので、前記訂正拒絶理由は解消した。

第3 本件特許発明
前記第2のとおり、本件訂正は認められるので、請求項1?3に係る発明(以下、「本件特許発明1」?「本件特許発明3」という。)は、特許請求の範囲の請求項1?3に記載された事項により特定される以下のとおりのものである。
「【請求項1】
質量%で、C:0.30?0.50%、Si:0.10?0.50%、Mn:0.10?1.00%、Cr:4.11?5.12%、Mo:1.40?2.60%、V:0.20?0.80%、Ti:0.0030%以下、N:0.0116%以下を含有し、残部Feおよび不可避不純物からなり、さらに、Mo、Crは質量%で、0.33×[%Cr]-0.37<[%Mo]<4.45-0.44×[%Cr]の関係式を満足し、靱性がシャルピー衝撃試験値で50.3?86.6J/cm^(2)であり、かつ、この鋼材を焼入焼戻しにより44?46HRCに調質して供試材の表面にあるスケール層を除去した後ロックウェル硬度計にて測定し初期硬さとしたとき、さらに650℃にて50時間保持後に空冷して鋼材の表面にあるスケール層を除去した後ロックウェル硬度計にて測定して求めた硬さと初期硬さとの差ΔHRCが7.3?11.1であることを特徴とする高靭性及び高強度な熱間金型用鋼。
【請求項2】
質量%で、C:0.30?0.50%、Si:0.10?0.50%、Mn:0.10?1.00%、Cr:4.11?5.12%、Mo:1.40?2.60%、V:0.20?0.80%、Ti:0.0030%以下、N:0.0116%以下を含有し、さらにNi:0.2?1.5%及びCo:1.2%以下のいずれか1種又は2種を含有し、残部Feおよび不可避不純物からなり、さらに、Mo、Crは質量%で、0.33×[%Cr]-0.37<[%Mo]<4.45-0.44×[%Cr]の関係式を満足し、靱性がシャルピー衝撃試験値で50.3?86.6J/cm^(2)であり、かつ、この鋼材を焼入焼戻しにより44?46HRCに調質して供試材の表面にあるスケール層を除去した後ロックウェル硬度計にて測定し初期硬さとしたとき、さらに650℃にて50時間保持後に空冷して鋼材の表面にあるスケール層を除去した後ロックウェル硬度計にて測定して求めた硬さと初期硬さとの差ΔHRCが7.3?11.1であることを特徴とする高靭性及び高強度な熱間金型用鋼。
【請求項3】
質量%で、C:0.30?0.50%、Si:0.10?0.50%、Mn:0.10?1.00%、Cr:4.11?5.12%、Mo:1.40?2.60%、V:0.20?0.80%、Ti:0.0030%以下、N:0.0116%以下を含有し、さらにNb:0.30%以下を含有し、さらにNi:0.2?1.5%及びCo:1.2%以下のいずれか1種又は2種を含有し、残部Feおよび不可避不純物からなり、さらに、Mo、Crは質量%で、0.33×[%Cr]-0.37<[%Mo]<4.45-0.44×[%Cr]の関係式を満足し、靱性がシャルピー衝撃試験値で50.3?86.6J/cm^(2)であり、かつ、この鋼材を焼入焼戻しにより44?46HRCに調質して供試材の表面にあるスケール層を除去した後ロックウェル硬度計にて測定し初期硬さとしたとき、さらに650℃にて50時間保持後に空冷して鋼材の表面にあるスケール層を除去した後ロックウェル硬度計にて測定して求めた硬さと初期硬さとの差ΔHRCが7.3?11.1であることを特徴とする高靭性及び高強度な熱間金型用鋼。」

第4 異議申立理由の概要
1 各甲号証
甲第1号証:特開平7-207414号公報
甲第2号証:特開2011-1573号公報
甲第3号証:特開平2-25543号公報
甲第4号証:特開2013-87322号公報
甲第5号証:特願2011-228453号の平成27年10月 3日付け手続補正書
甲第6号証:特願2011-228453号の平成27年10月 3日付け意見書
甲第7号証:特願2011-228453号の平成28年 5月 9日付け手続補正書
甲第8号証:特願2011-228453号の平成28年 5月 9日付け意見書

2 異議申立理由1(特許法第29条第1項第3号または第2項)
本件特許発明1は、甲第1号証に記載される発明と同一である。仮に、本件特許発明1と甲第1号証に記載される発明との間に相違点があるとしても、本件特許発明1は、甲第1号証に記載される発明から当業者が容易に想到し得るものである(異議申立書13頁10行?16頁6行)。

3 異議申立理由2(特許法第29条第2項)
本件特許発明2は甲第1号証に記載される発明及び甲第1号証の記載から当業者が容易に想到できるものである。
本件特許発明3は甲第1号証に記載される発明及び甲第2号証、甲第3号証に記載される周知技術に基づいて当業者が容易に想到できるものである(異議申立書16頁7行?17頁10行)。

4 異議申立理由3(特許法第17条の2第3項)
平成27年10月 3日付け手続補正書(甲第5号証)及び平成28年 5月 9日付け手続補正書(甲第7号証)で行われた補正は、願書に最初に添付した明細書等に記載した事項の範囲内においてされたものではないから、本件特許は、特許法第17条の2第3項に規定された要件を満たしていない補正をした特許出願に対してされたものである(異議申立書17頁11行?19頁20行)。

第5 取消理由の概要
1 特許法第17条の2第3項(新規事項)について
(1)新規事項1
甲第5号証である平成27年10月 3日付け手続補正書により明細書【0014】に「焼入焼戻しによる調質前の初期硬さのHRCと焼入焼戻しによる調質後のHRCとの差であるΔHRC」の記載を追加した補正及び甲第7号証である平成28年 5月 9日付け手続補正書により請求項1?3に「焼入焼戻しによる調質前の初期硬さのHRCと焼入焼戻しによる調質後のHRCとの差であるΔHRC」の記載を追加した補正は、願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面(以下、これらをまとめて「当初明細書」という。)に記載した事項の範囲内においてしたものでないから、特許法第17条の2第3項に規定する要件を満たしていない。

(2)新規事項2
甲第7号証である平成28年 5月 9日付け手続補正書により請求項1?3に「ΔHRCが7.3?11.1である」の記載を追加した補正は、当初明細書に記載した事項の範囲内においてしたものでないから、特許法第17条の2第3項に規定する要件を満たしていない。

(3)新規事項3
甲第7号証である平成28年 5月 9日付け手続補正書により請求項1?3に「靱性がシャルピー衝撃試験値で50.3?86.6J/cm^(2)であり、」の記載を追加した補正は、当初明細書に記載した事項の範囲内においてしたものでないから、特許法第17条の2第3項に規定する要件を満たしていない。

よって、請求項1?請求項3に係る特許は、特許法第17条の2第3項に規定する要件を満たしていない補正をした特許出願に対してされたものである。

第6 取消理由についての判断
1 取消理由1(特許法第17条の2第3項(新規事項))について
(1)本件特許明細書の記載事項
本件特許明細書には、以下の記載がある(当審注:下線は当審が付与した。)。

(a)「【0008】
上記の課題を解決するための本発明の手段は、第1の手段では、質量%で、C:0.30?0.50%、Si:0.10?0.50%、Mn:0.10?1.00%、Cr:4.11?5.12%、Mo:1.40?2.60%、V:0.20?0.80%、Ti:0.0030%以下、N:0.0116%以下を含有し、残部Feおよび不可避不純物からなる熱間金型用鋼である。この熱間金型用鋼における[%Mo]と[%Cr]のバランスは、質量%で、0.33×[%Cr]-0.37<[%Mo]<4.45-0.44×[%Cr]の関係式を満足する。さらに、靱性がシャルピー衝撃試験値で50.3?86.6J/cm^(2)であり、かつ、この鋼材を焼入焼戻しにより44?46HRCに調質して供試材の表面にあるスケール層を除去した後ロックウェル硬度計にて測定し初期硬さとしたとき、さらに650℃にて50時間保持後に空冷して鋼材の表面にあるスケール層を除去した後ロックウェル硬度計にて測定して求めた硬さと初期硬さとの差ΔHRCが7.3?11.1である。このように本発明の第1の手段は、高靭性及び高強度な熱間金型用鋼である。
【0009】
第2の手段では、質量%で、C:0.30?0.50%、Si:0.10?0.50%、Mn:0.10?1.00%、Cr:4.11?5.12%、Mo:1.40?2.60%、V:0.20?0.80%、Ti:0.0030以下、N:0.0116%以下を含有し、さらにNi:0.2?1.5%及びCo:1.2%以下のいずれか1種又は2種を含有し、残部Feおよび不可避不純物からなる熱間金型用鋼である。この熱間金型用鋼における[%Mo]と[%Cr]のバランスは、質量%で、0.33×[%Cr]-0.37<[%Mo]<4.45-0.44×[%Cr]の関係式を満足する。さらに、靱性がシャルピー衝撃試験値で50.3?86.6J/cm^(2)であり、かつ、この鋼材を焼入焼戻しにより44?46HRCに調質して供試材の表面にあるスケール層を除去した後ロックウェル硬度計にて測定し初期硬さとしたとき、さらに650℃にて50時間保持後に空冷して鋼材の表面にあるスケール層を除去した後ロックウェル硬度計にて測定して求めた硬さと初期硬さとの差ΔHRCが7.3?11.1である。このように本発明の第2の手段は、高靭性及び高強度な熱間金型用鋼である。
【0010】
第3の手段では、質量%で、C:0.30?0.50%、Si:0.10?0.50%、Mn:0.10?1.00%、Cr:4.11?5.12%、Mo:1.40?2.60%、V:0.20?0.80%、Ti:0.0030%以下、N:0.0116%以下を含有し、さらにNb:0.30%以下を含有し、なお、さらにNi:0.2?1.5%及びCo:1.2%以下のいずれか1種又は2種を含有し、残部Feおよび不可避不純物からなる熱間金型用鋼である。この熱間金型用鋼における[%Mo]と[%Cr]のバランスは、質量%で、0.33×[%Cr]-0.37<[%Mo]<4.45-0.44×[%Cr]の関係式を満足する。さらに、靱性がシャルピー衝撃試験値で50.3?86.6J/cm^(2)であり、かつ、この鋼材を焼入焼戻しにより44?46HRCに調質して供試材の表面にあるスケール層を除去した後ロックウェル硬度計にて測定し初期硬さとしたとき、さらに650℃にて50時間保持後に空冷して鋼材の表面にあるスケール層を除去した後ロックウェル硬度計にて測定して求めた硬さと初期硬さとの差ΔHRCが7.3?11.1である。このように本発明の第3の手段は、高靭性及び高強度な熱間金型用鋼である。」

(b)「【0014】
本願の熱間金型用鋼は上記の手段からなる発明であり、鋼成分として含有されるCr及びMoの量のバランスが適切であり、かつ、含有される炭化物の組成の制御が適切とされたことで、析出する炭化物としてのMXやM_(2)Cが適量であり、熱間鍛造、熱間押出、鋳造あるいはダイカストなどに適応した際に、靱性が50.3?86.6J/cm^(2)であり、かつ、ΔHRCが7.3?11.1であり、高強度及び高靭性で従来の熱間金型用鋼に見られない優れた効果を奏する鋼材である。」

(2)甲各号証の記載事項
取消理由1(特許法第17条の2第3項(新規事項))において引用される甲号証は甲第4号証?甲第8号証であるので、これらの記載事項を摘記する。
(2-1)甲第4号証の記載事項
甲第4号証は、本件特許出願の公開特許公報であって、以下の記載がある。
(4-ア)「【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.30?0.50%、Si:0.10?0.50%、Mn:0.10?1.00%、Cr:4.00?6.00、Mo:1.40?2.60%、V:0.20?0.80%、Ti:0.0030%以下、N:0.0120%以下を含有し、残部Feおよび不可避不純物からなり、さらに、Mo、Crは質量%で、0.33×[%Cr]-0.37<[%Mo]<4.45-0.44×[%Cr]の関係式を満足することを特徴とする高靭性及び高強度な熱間金型用鋼。
【請求項2】
質量%で、C:0.30?0.50%、Si:0.10?0.50%、Mn:0.10?1.00%、Cr:4.00?6.00、Mo:1.40?2.60%、V:0.20?0.80%、Ti:0.0030%以下、N:0.0120%以下を含有し、さらにNb:0.30%以下を含有し、残部Feおよび不可避不純物からなり、さらに、Mo、Crは質量%で、0.33×[%Cr]-0.37<[%Mo]<4.45-0.44×[%Cr]の関係式を満足することを特徴とする高靭性及び高強度な熱間金型用鋼。
【請求項3】
質量%で、C:0.30?0.50%、Si:0.10?0.50%、Mn:0.10?1.00%、Cr:4.00?6.00、Mo:1.40?2.60%、V:0.20?0.80%、Ti:0.0030%以下、N:0.0120%以下を含有し、さらにNi:0.2?2.0%及びCo:1.2%以下のいずれか1種又は2種を含有し、残部Feおよび不可避不純物からなり、さらに、Mo、Crは質量%で、0.33×[%Cr]-0.37<[%Mo]<4.45-0.44×[%Cr]の関係式を満足することを特徴とする高靭性及び高強度な熱間金型用鋼。
【請求項4】
質量%で、C:0.30?0.50%、Si:0.10?0.50%、Mn:0.10?1.00%、Cr:4.00?6.00、Mo:1.40?2.60%、V:0.20?0.80%、Ti:0.0030%以下、N:0.0120%以下を含有し、さらにNb:0.30%以下を含有し、さらにNi:0.2?2.0%及びCo:1.2%以下のいずれか1種又は2種を含有し、残部Feおよび不可避不純物からなり、さらに、Mo、Crは質量%で、0.33×[%Cr]-0.37<[%Mo]<4.45-0.44×[%Cr]の関係式を満足することを特徴とする高靭性及び高強度な熱間金型用鋼。」

(4-イ)「【0006】
熱間金型用鋼として高靭性及び高強度を両立させるには、合金元素の添加量に加えて、生成する炭化物の組成の制御が重要であり、また、焼入性を高めて靭性を向上させるために、Cr及びMoの添加は有効であるが、Cr及びMoのバランスを考慮しなければ、析出する炭化物としてMXやM_(2)Cが少なくなり、高温強度が不十分になる問題がある。
【0007】
本発明が解決しようとする課題は、上記の問題を解消して、高靭性かつ高強度な熱間金型用鋼を提供することである。」

(4-ウ)「【発明の効果】
【0015】
本願の熱間金型用鋼は上記の手段からなる発明であり、鋼成分として含有されるCr及びMoの量のバランスを適切であり、かつ、含有される炭化物の組成の制御が適切とされたことで、析出する炭化物としてのMXやM_(2)Cが適量であり、熱間鍛造、熱間押出、鋳造あるいはダイカストなどに適応した際に、高靭性及び高強度で従来の熱間金型用鋼に見られない優れた効果を奏する鋼材である。」

(4-エ)「【実施例1】
【0031】
表1に示す化学成分と、残部がFe及び不可避不純物からなる熱間金型用鋼を、1トン真空溶解炉を用いて溶製して、インゴットを造塊し、当該インゴットを1250℃で16時間保持して均質化熱処理を施した後に、鍛錬成形比が凡そ6Sとなる直径140mmに、熱間鍛造して鋼材を製造した。
【0032】



(4-オ)「【0033】
表1において、※1のQは、0.33×[%Cr]-0.37の値を示し、※2のRは4.45-0.44×[%Cr]の値を示す。
さらに、表1において、本願発明鋼のMoの含有量は、質量%で、1.4%≦[%Mo]≦2.6%であり、かつ、Q<[%Mo]<Rを満たすものである。
【0034】

【0035】
表2において、※3の高温特性は、各鋼材の中周部から各辺15mmのブロック状供試材を割出し、焼入焼戻しにより44?46HRCに調質し(供試材の表面にあるスケール層を除去した後ロックウェル硬度計にて測定し初期硬さとする)、該供試材を650℃にて50時間保持し、これらの鋼材を空冷した後、再び鋼材の表面にあるスケール層を除去した後ロックウェル硬度計にて測定し、初期硬さとの差、すなわち硬度低下度であるΔHRCにより評価した。さらに、※4の靭性は、シャルピー衝撃試験により破壊に要したエネルギーで評価した。これらに用いた試験片は、直径140mm鍛造材の中心部の圧延方向と垂直方向から採取した。さらに、これらの試験片は、焼入焼戻しにより44?46HRCに調質し、JIS Z 2242に規定する深さ2mmのUノッチを圧延方向に垂直となる面に加工したものである。※5の被削性は、焼なまし状態の各鋼材をSKH51製φ5mmのドリルにて、深さ10mmの留り穴を穿孔し、折損するまでの工具寿命にて評価した。」

(4-カ)「【0036】
表1及び表2における本発明鋼について説明する。
表1に示す本発明鋼のA?Fの化学成分は本発明の請求項1の手段の鋼のFe及び不可避不純物以外の化学成分のC、Si、Mn、Cr、Mo、V、Ti及びNを示し、本発明鋼のGの化学成分は本発明の請求項2の手段のFe及び不可避不純物以外の化学成分のC、Si、Mn、Cr、Mo、V、Ti、N及びNbを示し、本発明鋼のHの化学成分は本発明の請求項3の手段のFe及び不可避不純物以外の化学成分のC、Si、Mn、Cr、Mo、V、Ti、N、Nb及びNiを示し、本発明鋼のIの化学成分は本発明の請求項4の手段のFe及び不可避不純物以外の化学成分のC、Si、Mn、Cr、Mo、V、Ti、N及びCoを示している。これらの化学成分は、いずれも本願発明の各化学成分として規定する範囲内にある。また、Qの値は[%Mo]の値より小さく、かつ[%Mo]の値はRの値より大きい。すなわち、本発明鋼の、質量%で示す、Mo含有量は、1.4%≦[%Mo]≦2.6%であり、かつQ<[%Mo]<Rを満足している。
【0037】
次いで、表1及び表2における比較鋼について説明する。
比較鋼のf1は、本発明鋼F相当の鋼であるが、C添加量が本発明鋼Fよりも多過ぎるため、凝固偏析が顕著で、かつ、過剰な炭化物析出が生じたことで、本発明鋼Fより靭性が劣っている。
【0038】
比較鋼のc1は、本発明鋼C相当の鋼であるが、C添加量が本発明鋼Cよりも少なすぎるため、必要な量の炭化物析出が得られず、本発明鋼Cより高温強度が劣っている。
【0039】
比較鋼のd1は、本発明鋼D相当の鋼であるが、本発明鋼Dよりも高温強度および靭性は優れるが、Si添加量が本発明鋼Dより過少であるため、本発明鋼Dより被削性が劣っている。
【0040】
比較鋼のe1は、本発明鋼E相当の鋼であるが、本発明鋼EよりもSi添加量が多すぎるため、基地組織の延性が低下し、本発明鋼Eより靭性が劣っている。
【0041】
比較鋼のb1は、本発明鋼B相当の鋼であるが、本発明鋼BよりもMn添加量が少なく、したがって焼入性が不足することで、本発明鋼Bより靭性が低下している。
【0042】
比較鋼のa1は、本発明鋼A相当の鋼であるが、本発明鋼AよりもMn添加量が過多のため、焼なまし硬さが硬くなり、本発明鋼Aより被削性が悪い。
【0043】
比較鋼のe2は、本発明鋼E相当の鋼であるが、本発明鋼EよりもCr添加量が少なく、十分な焼入性が得られないため、本発明鋼Eより靭性が低下している。
【0044】
比較鋼のf2は、本発明鋼のF相当の鋼であるが、本発明鋼FよりもCr添加量が多すぎるため、より有効なMXやM_(2)Cの析出が少なくなり、本発明鋼Fより高温強度が大きく低下している。
【0045】
比較鋼のf3は、本発明鋼F相当の鋼であるが、f3のCr添加量は本発明鋼Fと全く同一である。ところで、f3の[%Mo]の値は2.45であるが、f3のRの値すなわち4.45-0.44×[%Cr]は2.21であり、これは本願発明の[%Mo]<4.45-0.44×[%Cr]の関係式を満足しないものである。したがって、本発明鋼FよりもMo添加量がやや多く、高温強度の低下度が大きく低下して十分な高温強度が得られず、また靱性もやや低下している。このように本発明の適正範囲内のMo量を添加しても、優れた強度は得られない。
【0046】
比較鋼のd2は、本発明鋼D相当の鋼であるが、d2のCr添加量は本発明鋼Dと略同一である。ところで、d2の[%Mo]の値は1.46であるが、d2のQの値すなわち0.33×[%Cr]-0.37は1.57であり、これは本願発明の0.33×[%Cr]-0.37<[%Mo]の関係式を満足しないものである。したがって、本発明鋼DよりもMo添加量がやや少なく、高温強度の低下度がやや大きく、高温強度が本発明鋼Dよりもやや低い値で、また靱性もやや低下している。このように本発明の適正範囲内のMoを添加しても、優れた強度は得られない。
【0047】
比較鋼のa2は、本発明鋼A相当の鋼であるが、a2のCr添加量は本発明鋼Aと略同一でやや多い。ところで、a2の[%Mo]の値は2.55であるが、a2のRの値すなわち4.45-0.44×[%Cr]は2.47であり、これは本願発明の[%Mo]<4.45-0.44×[%Cr]の関係式を満足しないものである。したがって、本願発明鋼AよりもMo添加量がやや多く、高温強度の低下度が大きく低下して十分な高温強度が得られず、また靱性もやや低下している。このように本発明の適正範囲内のMo量を添加しても、優れた強度は得られない。
【0048】
比較鋼のh1は、本発明鋼H相当の鋼であるが、h1のCr添加量は本発明鋼Hと略同一でやや多い。ところで、h1の[%Mo]の値は1.43であるが、h1のQの値すなわち0.33×[%Cr]-0.37は1.47であり、これは本願発明の0.33×[%Cr]-0.37<[%Mo]の関係式を満足しないものである。したがって、本発明鋼HよりもMo添加量がやや少なく、高温強度の低下度がやや大きく、高温強度が本発明鋼Hよりもやや低い値で、また靱性もやや低下している。このように本発明の適正範囲内のMoを添加しても、優れた強度は得られない。
【0049】
比較鋼のc2は、本発明鋼C相当の鋼であるが、c2のCr添加量は本発明鋼Cと略同一である。しかし、c2の[%Mo]の値は2.70であり、これは本発明の[%Mo]の値を超えており、これは本願発明の[%Mo]<4.45-0.44×[%Cr]の関係式を満足しないものである。したがって、比較鋼のc2の靱性は本願発明鋼Cの靱性に比して劣っている。
【0050】
比較鋼のe3は、本発明鋼E相当の鋼であるが、本発明鋼EよりもMo添加量が少なく、本発明鋼Eより高温強度が大きく低下し、十分な高温強度が得られない。
【0051】
比較鋼のa2は、本発明鋼A相当の鋼であるが、本発明鋼AよりもV添加量が少なく、本発明鋼Aより高温強度が大きく低下し、十分な高温強度が得られない。
【0052】
比較鋼のb2は、本発明鋼B相当の鋼であるが、本発明鋼BよりもV添加量が過剰で、凝固時に粗大な炭窒化物を晶出し、本発明鋼Bより靭性が阻害されて低下している。
【0053】
比較鋼のc2および比較鋼のb3は、本発明鋼C相当鋼又は本発明鋼B相当鋼であるが、本発明鋼Cまたは本発明鋼BよりもTi含有量又はN含有量が多く、凝固時に晶出した炭窒化物の固溶温度が上昇したため、均質化熱処理での固溶が不十分となり、本発明鋼C又は本発明鋼のBより靭性が低下している。」

(2-2)甲第5号証の記載事項
甲第5号証は、本件特許出願の審査の過程で平成27年10月 3日付けで提出された手続手続補正書であって、以下の記載がある(当審注:「・・・」は省略を表す。)。
(5-ア)「【手続補正2】
【補正対象書類名】 明細書
【補正対象項目名】 全文
【補正方法】 変更
【補正の内容】
【書類名】明細書
【発明の名称】熱間金型用鋼
・・・
【発明の効果】
【0014】
本願の熱間金型用鋼は上記の手段からなる発明であり、鋼成分として含有されるCr及びMoの量のバランスが適切であり、かつ、含有される炭化物の組成の制御が適切とされたことで、析出する炭化物としてのMXやM_(2)Cが適量であり、熱間鍛造、熱間押出、鋳造あるいはダイカストなどに適応した際に、靱性が50.3?86.6J/cm^(2)であり、かつ、焼入焼戻しによる調質前の初期硬さのHRCと焼入焼戻しによる調質後のHRCとの差であるΔHRCが7.3?11.1であり、高強度及び高靭性で従来の熱間金型用鋼に見られない優れた効果を奏する鋼材である。」(第2/16ページ第6行?第5/16ページ第15行)

(2-3)甲第6号証の記載事項
甲第6号証は、本件特許出願の審査の過程で平成27年10月 3日付けで提出された意見書であって、以下の記載がある。
(6-ア)「A.補正について
1)本願の明細書において、出願時の表1の本発明鋼の記号のD及びGを削除し、これに伴う出願時の表1の本発明鋼のDと対比する比較鋼のd1、d2も必要なくなるので削除し、補正後の表1としました。これらに基づき表2の本発明鋼の記号のD及びGも削除し、表2の比較鋼のd1、d2も削除しました。
2)被削性は各請求項において構成要件となっておらず、かつ上記の1)の補正後の表2おいて、※5の被削性の欄を載せても、工具寿命にて評価した被削性は◎が比較鋼のe1に一つ、×が比較鋼のa1に一つあるのみで、その他の本発明鋼および比較鋼では全て○であって、本発明鋼および比較鋼の間で被削性の優劣が見られず、対峙して示す意味がないので、表2における「被削性※5」の欄を補正により削除し、一方、出願時の段落0035(補正後の段落0034)の最後の語句の「※5の被削性は、焼なまし・・・、折損するまでの工具寿命にて評価した。」を削除しました。
3)また上記2)の結果、本願の表1および表2において、比較鋼のa1は、表1におけるMn量が1.14%で、本願のMnの化学成分量の0.10?1.00%の上限を超えているが、表2の高温強度※3のΔHRCおよび靱性※4のJ/cm^(2)が共に補正後の請求項に係る発明のΔHRCの7.3?11.1および靱性の50.3?86.6J/cm^(2)を満足しているので、比較鋼としての対比の意味を有さないものとなったため、比較鋼のa1を削除しました。
4)上記の1)の結果、請求項1の化学成分に加えて、表1の記号のGのNbのみを含有する出願時の請求項2に係る実施例の記載が無くなりましたので、出願時の請求項2を削除しました。これに伴い、出願時の請求項3および出願時の請求項4を繰り上げて、補正後の請求項2および補正後の請求項3としました。
5)その結果、出願時の請求項2のNbの含有に代えて、補正後の請求項2では、Ni及びCoのいずれか1種又は2種を含有するものとしました。
6)さらに、出願時の請求項3のNi及びCoのいずれか1種又は2種を含有するものに代えて、補正後の請求項3ではNbを含有し、なお、さらにNi及びCoのいずれか1種又は2種を含有するものとしました。
7)さらに、1)で記載の補正後の表1の本発明鋼のCrの最小値の「4.11%」と最大値の「5.12%」に基づいて、請求項におけるCrの含有量を出願時の「4.00?6.00%」から補正後の「4.11?5.12%」に減縮しました。
8)出願時の請求項のNiの含有量の「0.2?2.0%」における上限値の「2.0%」を、表1の本発明鋼の記号のIのNiの値である「1.5%」に基づいて、補正後の請求項のNiの含有量を「0.2?1.5%」としました。
9)さらに、出願時の請求項のNの含有量の「0.0120%以下」を、表1の最大値である本発明鋼の記号のEの「0.0116%」に基づいて、補正後の請求項のNを0.0116%以下としました。
10)明細書の出願時の段落0023におけるTiの上限値の小数点以下3桁の数値に対して0を加えて、これらの全てを小数点以下4桁の数値としました。これは有効数字を記載ミスしていたので正したものです。
11)明細書の表1及び表2における比較鋼において、記号のa2、c2が重複して記載されているため、比較鋼の中の下から4つ目のa2をa3に、下から2つ目のc2をc3と補正しました。
12)比較鋼の説明のうち、出願時の段落0047では、表2の比較鋼のa2は本発明鋼のAに比べて、靱性※4の値が低くなっていないにも拘わらず、「また靱性もやや低下している。」と誤記していたので、補正後の段落0043で上記の誤記を削除し、かつ、出願時の段落0047における「・・・。したがって、本願発明鋼AよりもMo添加量がやや多く、」の後に、補正後の段落0043で「表2に見られるように、・・・このように比較鋼a2は」を加える補正をして記載内容を明確にしました。
13)上記の4)に記載のように、出願時の請求項2を削除したことに伴い、出願時の段落0012を補正後の段落0011とし、これ以降の段落番号を出願時の段落0038まで1段落ずつ減じて、この出願時の段落0038を補正後の段落0037としました。さらに出願時の段落0039を比較鋼のd1に関するものであるので削除し、これに伴い出願時の段落0040を補正後の段落0038とし、これ以降の段落番号を出願時の段落0041まで2段落ずつ減じて、この出願時の段落0041を補正後の段落0039としました。さらに、出願時の段落0042を比較鋼のa1に関するものであるので削除し、これに伴い出願時の段落0043を補正後の段落0040とし、これ以降の段落番号を出願時の段落0045まで3段落ずつ減じて、この出願時の段落0045を補正後の段落0042としました。さらに、出願時の段落0046を比較鋼のd2に関するものであるので削除し、これに伴い出願時の段落0047を補正後の段落0043とし、これ以降の段落番号を出願時の段落0053まで4段落ずつ減じて、この出願時の段落0053を補正後の段落0049としました。
14)補正後の段落0036?段落0049において、比較鋼が本発明鋼より高温強度や、靱性が劣っている理由を説明しているが、劣っている程度を数値で比較して示していなかったので、表2に基づいて、これらの補正後の段落0036?段落0049において、表2に基づく数値で示して説明を加えた。
15)以上の1)?14)における補正は、出願時の明細書に記載された事項内での補正であり、したがって新規事項を加えるものではありません。
16)補正後の明細書の最後に、段落0050を設けて、補正後の表2における高温強度※3のΔHRC、および靱性※4の値に基づく評価を加えた。なお、この補正は表2に示してあることを記載したのみのものであるので新規事項を加えるものではありません。」(第1/6ページ第16行?第3/6ページ第12行)

(2-4)甲第7号証の記載事項
甲第7号証は、本件特許出願の審査の過程で平成28年 5月 9日付けで提出された手続補正書であって、以下の記載がある。
(7-ア)「【手続補正1】
【補正対象書類名】 特許請求の範囲
【補正対象項目名】 全文
【補正方法】 変更
【補正の内容】
【書類名】特許請求の範囲
【請求項1】
質量%で、C:0.30?0.50%、Si:0.10?0.50%、Mn:0.10?1.00%、Cr:4.11?5.12%、Mo:1.40?2.60%、V:0.20?0.80%、Ti:0.0030%以下、N:0.0116%以下を含有し、残部Feおよび不可避不純物からなり、さらに、Mo、Crは質量%で、0.33×[%Cr]-0.37<[%Mo]<4.45-0.44×[%Cr]の関係式を満足し、靱性がシャルピー衝撃試験値で50.3?86.6J/cm^(2)であり、かつ、焼入焼戻しによる調質前の初期硬さのHRCと焼入焼戻しによる調質後のHRCとの差であるΔHRCが7.3?11.1であることを特徴とする高靭性及び高強度な熱間金型用鋼。
【請求項2】
質量%で、C:0.30?0.50%、Si:0.10?0.50%、Mn:0.10?1.00%、Cr:4.11?5.12%、Mo:1.40?2.60%、V:0.20?0.80%、Ti:0.0030%以下、N:0.0116%以下を含有し、さらにNi:0.2?1.5%及びCo:1.2%以下のいずれか1種又は2種を含有し、残部Feおよび不可避不純物からなり、さらに、Mo、Crは質量%で、0.33×[%Cr]-0.37<[%Mo]<4.45-0.44×[%Cr]の関係式を満足し、靱性がシャルピー衝撃試験値で50.3?86.6J/cm^(2)であり、かつ、焼入焼戻しによる調質前の初期硬さのHRCと焼入焼戻しによる調質後のHRCとの差であるΔHRCが7.3?11.1であることを特徴とする高靭性及び高強度な熱間金型用鋼。
【請求項3】
質量%で、C:0.30?0.50%、Si:0.10?0.50%、Mn:0.10?1.00%、Cr:4.11?5.12%、Mo:1.40?2.60%、V:0.20?0.80%、Ti:0.0030%以下、N:0.0116%以下を含有し、さらにNb:0.30%以下を含有し、さらにNi:0.2?1.5%及びCo:1.2%以下のいずれか1種又は2種を含有し、残部Feおよび不可避不純物からなり、さらに、Mo、Crは質量%で、0.33×[%Cr]-0.37<[%Mo]<4.45-0.44×[%Cr]の関係式を満足し、靱性がシャルピー衝撃試験値で50.3?86.6J/cm^(2)であり、かつ、焼入焼戻しによる調質前の初期硬さのHRCと焼入焼戻しによる調質後のHRCとの差であるΔHRCが7.3?11.1であることを特徴とする高靭性及び高強度な熱間金型用鋼。」(第1/5ページ第14行?第2/5ページ第12行)

(7-イ)「【手続補正2】
【補正対象書類名】 明細書
【補正対象項目名】 0008
【補正方法】 変更
【補正の内容】
【0008】
上記の課題を解決するための本発明の手段は、第1の手段では、質量%で、C:0.30?0.50%、Si:0.10?0.50%、Mn:0.10?1.00%、Cr:4.11?5.12%、Mo:1.40?2.60%、V:0.20?0.80%、Ti:0.0030%以下、N:0.0116%以下を含有し、残部Feおよび不可避不純物からなる熱間金型用鋼である。この熱間金型用鋼における[%Mo]と[%Cr]のバランスは、質量%で、0.33×[%Cr]-0.37<[%Mo]<4.45-0.44×[%Cr]の関係式を満足する。さらに、靱性がシャルピー衝撃試験値で50.3?86.6J/cm^(2)であり、かつ、焼入焼戻しによる調質前の初期硬さのHRCと焼入焼戻しによる調質後のHRCとの差であるΔHRCが7.3?11.1である。このように本発明の第1の手段は、高靭性及び高強度な熱間金型用鋼である。

【手続補正3】
【補正対象書類名】 明細書
【補正対象項目名】 0009
【補正方法】 変更
【補正の内容】
【0009】
第2の手段では、質量%で、C:0.30?0.50%、Si:0.10?0.50%、Mn:0.10?1.00%、Cr:4.11?5.12%、Mo:1.40?2.60%、V:0.20?0.80%、Ti:0.0030以下、N:0.0116%以下を含有し、さらにNi:0.2?1.5%及びCo:1.2%以下のいずれか1種又は2種を含有し、残部Feおよび不可避不純物からなる熱間金型用鋼である。この熱間金型用鋼における[%Mo]と[%Cr]のバランスは、質量%で、0.33×[%Cr]-0.37<[%Mo]<4.45-0.44×[%Cr]の関係式を満足する。さらに、靱性がシャルピー衝撃試験値で50.3?86.6J/cm^(2)であり、かつ、焼入焼戻しによる調質前の初期硬さのHRCと焼入焼戻しによる調質後のHRCとの差であるΔHRCが7.3?11.1である。このように本発明の第2の手段は、高靭性及び高強度な熱間金型用鋼である。

【手続補正4】
【補正対象書類名】 明細書
【補正対象項目名】 0010
【補正方法】 変更
【補正の内容】
【0010】
第3の手段では、質量%で、C:0.30?0.50%、Si:0.10?0.50%、Mn:0.10?1.00%、Cr:4.11?5.12%、Mo:1.40?2.60%、V:0.20?0.80%、Ti:0.0030%以下、N:0.0116%以下を含有し、さらにNb:0.30%以下を含有し、なお、さらにNi:0.2?1.5%及びCo:1.2%以下のいずれか1種又は2種を含有し、残部Feおよび不可避不純物からなる熱間金型用鋼である。この熱間金型用鋼における[%Mo]と[%Cr]のバランスは、質量%で、0.33×[%Cr]-0.37<[%Mo]<4.45-0.44×[%Cr]の関係式を満足する。さらに、靱性がシャルピー衝撃試験値で50.3?86.6J/cm^(2)であり、かつ、焼入焼戻しによる調質前の初期硬さのHRCと焼入焼戻しによる調質後のHRCとの差であるΔHRCが7.3?11.1である。このように本発明の第3の手段は、高靭性及び高強度な熱間金型用鋼である。」(第2/5ページ第13行?第3/5ページ最終行)

(2-5)甲第8号証の記載事項
甲第8号証は、本件特許出願の審査の過程で平成28年 5月 9日付けで提出された意見書であって、以下の記載がある。
「【意見の内容】
1)補正について
特許請求の範囲の請求項1?3を補正しました。具体的には、特許請求の範囲の請求項1?3において、本願発明の高靱性かつ高強度な熱間金型鋼であることを示す靱性値とΔHRCの値とを構成要件として補正前の各請求項の記載に加える補正を行いました。
上記の補正は、本願明細書の発明の詳細な説明における段落0014及び段落0034の記載に基づくものです。よって、これらの補正は、新規事項を追加するものではありません。
さらに、上記各請求項の補正に整合させるよう、本願明細書の発明の詳細な説明における段落0008、段落0009、及び段落0010の記載を補正しました。具体的には、これら各段落の記載において、本願発明の高靱性かつ高強度な熱間金型鋼であることを示す靱性値とΔHRCの値とを加える補正を行いました。これらの補正も新規事項を追加するものではありません。」(第1/2ページ第15行?第27行)

(3)判断
(3-1)「新規事項1」について
(ア)本件訂正が認められることは前記第2に記載のとおりであり、請求項1?請求項3の記載及び前記(1)(a)?(b)によれば、本件特許明細書には、「ΔHRC」が、「鋼材を焼入焼戻しにより44?46HRCに調質して供試材の表面にあるスケール層を除去した後ロックウェル硬度計にて測定し初期硬さとしたとき、さらに650℃にて50時間保持後に空冷して鋼材の表面にあるスケール層を除去した後ロックウェル硬度計にて測定して求めた硬さと初期硬さとの差」であることが記載されるものとなり、当該記載事項は当初明細書に記載されるものである。

(イ)そして、このことは、甲第5号証による補正事項及び甲第7号証による補正事項に左右されるものではないので、「新規事項1」に係る取消理由は理由がない。

(3-2)「新規事項2」及び「新規事項3」について
(ア)前記(2)(2-1)(4-イ)によれば、当初明細書に記載される本件特許発明の課題は、熱間金型用鋼として高靭性及び高強度を両立させるには、合金元素の添加量に加えて、生成する炭化物の組成の制御が重要であり、また、焼入性を高めて靭性を向上させるために、Cr及びMoの添加は有効であるが、Cr及びMoのバランスを考慮しなければ、析出する炭化物としてMXやM_(2)Cが少なくなり、高温強度が不十分になる、という問題を解消して、高靭性かつ高強度な熱間金型用鋼を提供することにある。

(イ)そして、前記(2)(2-1)(4-エ)?(4-カ)によれば、当初明細書には、前記課題を解決する実施例として、本発明鋼「A」?「I」が記載されており、前記(2)(2-1)(4-オ)によれば、「ΔHRC」の最小値は本発明鋼「A」の7.3であり、最大値は本発明鋼「H」の11.1であり、「靱性」の最小値は本発明鋼「C」の50.3J/cm^(2)であり、最大値は本発明鋼「H」の86.6J/cm^(2)である。
ここで、「ΔHRC」が強度を評価するための指数であり、「靱性」が靱性を評価するための指数であることは明らかであるから、当初明細書には、請求項に記載されるそのほかの発明特定事項を満足した上で、熱間金型用鋼の「ΔHRC」を7.3?11.1の範囲とし、「靱性」を50.3?86.6J/cm^(2)の範囲とすることで、高靭性かつ高強度な熱間金型用鋼を提供する、という前記課題を解決できることが開示されていることは明らかである。

(ウ)してみれば、請求項1?請求項3に「ΔHRCが7.3?11.1である」の記載を追加した補正及び請求項1?請求項3に「靱性がシャルピー衝撃試験値で50.3?86.6J/cm^(2)であり、」の記載を追加した補正は、いずれも、本件特許発明1?本件特許発明3において、強度を評価するための指数である「ΔHRC」及び靱性を評価するための指数である「靱性」の数値範囲を、前記課題を解決できる範囲であって、かつ当初明細書に記載される範囲に特定したものに過ぎないから、これらの補正は、「A」?「F」が本件特許発明2及び本件特許発明3の実施例ではなく、「H」及び「I」が本件特許発明1の実施例ではないとしても、当初明細書の記載から自明な事項の範囲内での補正といえるので、当初明細書に記載した事項の範囲内においてしたものでないとはいえない。

(エ)そうすると、請求項1?請求項3に「ΔHRCが7.3?11.1である」の記載を追加した補正及び請求項1?請求項3に「靱性がシャルピー衝撃試験値で50.3?86.6J/cm^(2)であり、」の記載を追加した補正は、当初明細書の記載から自明な事項の範囲内での補正といえるから、当初明細書に記載した事項の範囲内においてしたものでないとはいえないので、「新規事項2」及び「新規事項3」に係る取消理由は理由がない。

(4)むすび
以上のとおりであるので、前記第5の1(1)?(3)の取消理由(特許法第17条の2第3項(新規事項))はいずれも理由がない。

第7 異議申立理由についての判断
1 各甲号証の記載事項
異議申立理由1(特許法第29条第1項第3項(新規性)又は第2項(進歩性))及び異議申立理由2(特許法第29条第2項(進歩性))において引用される甲号証は甲第1号証?甲第3号証であるので、これらの記載事項を摘記する。
(1)甲第1号証の記載事項
本件特許に係る出願日前に公知となった甲第1号証(特開平7-207414号公報)には、以下の記載がある(当審注:「・・・」は省略を表す。以下、同様である。)。
(1-ア)「【特許請求の範囲】
【請求項1】 金型表面温度が200℃以下で使用するアルミ鍛造金型用鋼であって、重量%で、C 0.25?0.60%、Si 1.50%以下、Mn 1.5%以下、Cr 3.50?5.65%、WとMoの1種または2種を1/2W+Moで0.2?4.0%、V 0.05?2.0%を含有し、かつSi,Cr量がSi<(18.7/Cr)-3.3の関係式を満足し、残部Feおよび不可避的不純物からなり、焼入れ焼戻し硬さが46HRC以上、かつ常温の衝撃値が4.8kgfm/cm^(2)以上であることを特徴とするアルミ鍛造金型用鋼。
・・・
【請求項3】 Feの一部をNi 1.5%以下で置換する請求項1または2に記載のアルミ鍛造金型用鋼。
【請求項4】 Feの一部をCo 5.0%以下で置換する請求項1ないし3のいずれかに記載のアルミ鍛造金型用鋼。」

(1-イ)「【0004】フェライト・パーライト鋼、マルテンサイト系鋼など一般の熱間工具鋼には100℃?200℃付近に延性脆性遷移温度(以下、単に遷移温度という)があることは周知のとおりである。アルミ鍛造においては、特に被加工素材の温度が低く、鍛造作業中に型材の自然昇温がおこり難い大寸法金型では遷移温度以下で衝撃を受けるため、特に型材の硬さが46HRC以上の場合は靭性低下に伴う疲労寿命の低下が顕著になる。本発明は、比較的低温側で使用され、高硬度でありながら高靭性を有し、疲労寿命の高いアルミ鍛造用鋼を提供することを目的とする。」

(1-ウ)「【0011】Mnは、焼入性を向上させるが、多すぎるとA_(1)変態点を低下させ、焼なまし硬さを過度に高くし、被切削性を低下させるので1.50%以下とする。望ましいMnの範囲は0.1?1.50%である。Crは、適正な添加量の設定により、MCやM_(2)C(特殊)炭化物の生成を抑制して靭性の低下を防止させるとともに、M_(7)C_(3),M_(23)C_(6)炭化物の形成を促進させて46HRC以上のピーク硬さを得、さらに焼入性の向上にも効果を有するため、3.50%以上添加する。ただし、Crは本発明鋼のように46HRC以上の高い硬さに焼入れ焼戻しして使用する用途の場合、同時に高い靭性値を確保するためにはその含有量を制限する必要がある。これは以下に述べる作用に基づくものである。」

(1-エ)「【0014】W,Mo量の設定は本発明鋼の場合、焼戻し炭化物の凝集抵抗を遅くすることで、焼戻し時の旧オーステナイト粒界での炭化物粗大化を抑制し、靭性劣化を防ぐ。・・・
【0015】NiはC, Cr, Mn, Mo, Wなどとともに本発明鋼に優れた焼入性を付与し、緩やかな焼入冷却速度の場合にも、マルテンサイト主体の組織を形成させ、靭性の低下を防ぐ効果があり、また基地中に固溶したNiは本質的な靭性向上に寄与するため、必要に応じて添加する。Niは上記効果を有する反面、多すぎるとA_(1)変態点を過度に低下させ、へたり寿命の低下をまねき、焼なまし硬さを過度に高くして機械加工性を低下させるのでNiを添加する場合には1.5%以下とする。Coは、使用中の昇温時に、きわめて緻密で密着性の良い保護酸化皮膜を形成しこれにより相手材との間の金属接触を防ぎ、金型表面の温度上昇を防ぐとともに優れた耐摩耗性をもたらすため必要に応じて添加する。ただし、この酸化皮膜は厚くなりすぎると金型表面の肌あれをまねき逆効果となるが、Coは酸化皮膜の形成速度や厚みを抑える効果を持つ。本発明鋼のようにSi量の少ない鋼の場合酸化皮膜が厚くなり過ぎるため、Coを添加することは、保護酸化皮膜の特性の向上に特に有効である。Coは上記効果を付与するために添加するが、多すぎると靭性を低下させるので5.0%以下とする。」

(1-オ)「【0017】
【表1】

【0018】熱処理は金型に荒加工した後、1020℃加熱後、200℃以下まで放冷する空冷焼入後、焼戻し温度を変えて、表2に示すように48HRCから53HRCの各硬さとなるごとく焼戻しを行った。同時に金型と同寸法の試料で熱処理を行った試料から割りだした試験片でシャルピー衝撃試験を行った。試験片は2mm深さのUノッチ試験片(JIS3号試験片)である。・・・
【0019】
【表2】



(ア)前記(1-ア)?(1-エ)によれば、甲第1号証にはアルミ鍛造金型用鋼に係る発明が記載されており、前記(1-オ)(【表1】)の本発明鋼No.7によれば、前記アルミ鍛造金型用鋼は、重量%で、C:0.38%、Si:0.45%、Mn:0.51%、Cr:4.95%、Mo:2.26%、V:0.72%を含有し、残部Feおよび不可避不純物からなるものである。

(イ)また、前記(1-オ)(【表2】)の本発明鋼No.7によれば、上記アルミ鍛造金型用鋼は、焼入焼戻し後の硬さ(HRC)が52.0であり、シャルピー衝撃試験値が5.1kgfm/cm^(2)であるものである。

(ウ)そうすると、甲第1号証には,以下の発明が記載されているといえる(以下、「甲1発明」という。)。

「重量%で、C:0.38%、Si:0.45%、Mn:0.51%、Cr:4.95%、Mo:2.26%、V:0.72%を含有し、残部Feおよび不可避不純物からなり、靱性がシャルピー衝撃試験値で5.1kgfm/cm^(2)であり、かつ、この鋼材を焼入焼戻しにより52.0HRCに調質したアルミ鍛造金型用鋼。」

(2)甲第2号証の記載事項
本件特許に係る出願日前に公知となった甲第2号証(特開2011-1573号公報)には、以下の記載がある。
(2-ア)「【特許請求の範囲】
【請求項1】
0.20≦C≦0.50質量%、
0.40<Si<0.75質量%、
0.50<Mn≦1.50質量%、
5.24≦Cr≦9.00質量%、
1.08<Mo<2.99質量%、及び、
0.30<V<0.70質量%を含み、
残部がFe及び不可避的不純物からなることを特徴とする熱間工具鋼。
【請求項2】
更に、
0.30≦W≦4.00質量%を含むことを特徴とする請求項1に記載の熱間工具鋼。
【請求項3】
更に、
0.30≦Co≦3.00質量%を含むことを特徴とする請求項1又は2に記載の熱間工具鋼。
【請求項4】
更に、
0.004≦Nb≦0.100質量%、
0.004≦Ta≦0.100質量%、
0.004≦Ti≦0.100質量%、
0.004≦Zr≦0.100質量%、
0.004≦Al≦0.050質量%、及び、
0.004≦N≦0.050質量%からなる群から選ばれる少なくとも1種以上を含むことを特徴とする請求項1?3のいずれかに記載の熱間工具鋼。
【請求項5】
更に、
0.15≦Cu≦1.50質量%、
0.15≦Ni≦1.50質量%、及び、
0.0010≦B≦0.0100質量%からなる群から選ばれる少なくとも1種以上を含むことを特徴とする請求項1?4のいずれかに記載の熱間工具鋼。」

(2-イ)「【0036】
(10)0.004≦Nb≦0.100質量%、
0.004≦Ta≦0.100質量%、
0.004≦Ti≦0.100質量%、
0.004≦Zr≦0.100質量%、
0.004≦Al≦0.050質量%、及び、
0.004≦N≦0.050質量%からなる群から選ばれる少なくとも1種以上
Nb、Ta、Ti、Zr、Al、及び、Nは、結晶粒を微細化(結晶粒微細化)して強度と靭性を上げるため、添加することができる選択元素である。・・・」

(3)甲第3号証の記載事項
本件特許に係る出願日前に公知となった甲第3号証(特開平2-25543号公報)には、以下の記載がある。
(3-ア)「1.重量%で
C:0.4?0.5%
Si:0.1?1.0%
Mn:0.1?1.0%
Cr:3.5?4.5%
Mo:2.0?4.0%
V:0.2?0.6%
Nb:0.01?0.20%
を含有し、残部Feおよび不可避の不純物からなる高強度熱間加工用工具鋼。」(特許請求の範囲)

(3-イ)「

」(3頁左上欄)

(3-ウ)「Nbは、V炭化物よりも固溶しにくい安定な炭化物を形成し、結晶粒微細化効果が大きく靭性を向上させるとともに耐摩耗性も向上させる。本発明鋼においてこの効果を得るためには少なくとも0.01%必要であり、0.20%を超えて添加しても結晶粒微細化効果が飽和するので上限を0.20%とした。」(4頁左上欄最終行?右上欄6行)

2 異議申立理由1について
(1)対比・判断
(ア)本件特許発明1と甲1発明とを比較すると、前記1の(1)(1-イ)によれば、甲1発明のアルミ鍛造金型用鋼は、高硬度でありながら高靭性を有するものであるから、高靱性及び高強度な熱間金型用鋼といえ、その組成が、質量%で、C:0.38%、Si:0.45%、Mn:0.51%、Cr:4.95%、Mo:2.26%、V:0.72%を含有し、残部Feおよび不可避不純物からなる点で、本件特許発明1と重複するものであり、さらに、Mo、Crは、質量%で、0.33×[%Cr]-0.37<[%Mo]<4.45-0.44×[%Cr]の関係式を満足するものである。
また、本件特許発明1と甲1発明は、いずれも、焼入焼戻しにより調質するものである。
なお、甲1発明は、靱性がシャルピー衝撃試験値で5.1kgfm/cm^(2)であって、これを単位換算すると50.0J/cm^(2)であるので、本件特許発明1と甲1発明とは、シャルピー衝撃試験値が重複しない。

(イ)すると、本件特許発明1と甲1発明とは、
「質量%で、C:0.38%、Si:0.45%、Mn:0.51%、Cr:4.95%、Mo:2.26%、V:0.72%を含有し、残部Feおよび不可避不純物からなり、さらに、Mo、Crは質量%で、0.33×[%Cr]-0.37<[%Mo]<4.45-0.44×[%Cr]の関係式を満足し、この鋼材を焼入焼戻しによりに調質した、高靱性及び高強度な熱間金型用鋼。」
の点で一致し、以下の点で相違している。

相違点1:本件特許発明1は、Ti:0.0030%以下、N:0.0116%以下を含有するのに対して、甲1発明はTi及びNについて記載されていない点。
相違点2:本件特許発明1は靱性がシャルピー衝撃試験値で50.3?86.6J/cm^(3)であり、かつ、この鋼材を焼入焼戻しにより44?46HRCに調質して供試材の表面にあるスケール層を除去した後ロックウェル硬度計にて測定し初期硬さとしたとき、さらに650℃にて50時間保持後に空冷して鋼材の表面にあるスケール層を除去した後ロックウェル硬度計にて測定して求めた硬さと初期硬さとの差ΔHRCが7.3?11.1であるのに対して、甲1発明は前記の発明特定事項を有しない点。

(ウ)以下、相違点2について検討すると、本件特許発明1と甲1発明とはシャルピー衝撃試験値が重複しないことは、前記(ア)に記載のとおりである。
また、前記第6の1(1)(b)によれば、本件特許発明は、鋼成分として含有されるCr及びMoの量のバランスが適切であり、かつ、含有される炭化物の組成の制御が適切とされたことで、析出する炭化物としてのMXやM_(2)Cが適量であり、熱間鍛造、熱間押出、鋳造あるいはダイカストなどに適応した際に、靱性が50.3?86.6J/cm^(2)であり、かつ、ΔHRCが7.3?11.1であり、高温強度及び高靭性で従来の熱間金型用鋼に見られない優れた効果を奏するものである。
そうすると、シャルピー衝撃試験値及びΔHRCの相違に係る相違点2は、実質的な相違点といえるので、本件特許発明1が甲1発明と同一であるとはいえない。

(エ)そして、甲第1号証には、鋼成分として含有されるCr及びMoの量のバランスを適切なものとして、かつ、含有される炭化物の組成の制御を適切なものとすることで、熱間鍛造、熱間押出、鋳造あるいはダイカストなどに適応した際に、靱性が50.3?86.6J/cm^(2)であり、かつ、ΔHRCが7.3?11.1であり、高温強度及び高靭性な熱間金型用鋼とすることは記載も示唆もされていないから、甲1発明において、シャルピー衝撃試験値及びΔHRCを、前記相違点2に係る発明特定事項のものに特定することを、甲第1号証の記載に基づいて当業者が容易になし得るとはいえない。

(オ)更に付言すると、甲第2号証及び甲第3号証にも、鋼成分として含有されるCr及びMoの量のバランスを適切なものとして、かつ、含有される炭化物の組成の制御を適切なものとすることで、熱間鍛造、熱間押出、鋳造あるいはダイカストなどに適応した際に、靱性が50.3?86.6J/cm^(2)であり、かつ、ΔHRCが7.3?11.1であり、高温強度及び高靭性な熱間金型用鋼とすることは記載も示唆もされていないから、甲1発明において、シャルピー衝撃試験値及びΔHRCを、前記相違点2に係る発明特定事項のものに特定することを、甲第2号証及び甲第3号証の記載に基づいて当業者が容易になし得るともいえない。

(2)むすび
したがって、本件特許発明1が甲1発明と同一であるとはいえないし、相違点1について検討するまでもなく、本件特許発明1を甲1発明及び甲第1号証の記載に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとはいえないから、異議申立理由1は理由がない。

3 異議申立理由2について
(1)本件特許発明2についての対比・判断
(ア)前記2(1)(ア)、(イ)と同様に、本件特許発明2と甲1発明とを比較すると、これらは、少なくとも前記相違点1及び相違点2の点で相違している。

(イ)そして、甲1発明において、シャルピー衝撃試験値及びΔHRCを、前記相違点2に係る発明特定事項のものに特定することを、甲第1号証?甲第3号証の記載に基づいて当業者が容易になし得るとはいえないことは、前記2(1)(エ)、(オ)に記載のとおりである。

(ウ)したがって、前記2と同様に、本件特許発明2を甲1発明及び甲第1号証?甲第3号証の記載に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとはいえない。

(2)本件特許発明3についての対比・判断
(ア)前記2(1)(ア)、(イ)と同様に、本件特許発明3と甲1発明とを比較すると、これらは、少なくとも前記相違点1及び相違点2の点で相違している。

(イ)そして、甲1発明において、シャルピー衝撃試験値及びΔHRCを、前記相違点2に係る発明特定事項のものに特定することを、甲第1号証?甲第3号証の記載に基づいて当業者が容易になし得るとはいえないことは、前記2(1)(エ)、(オ)に記載のとおりである。

(ウ)したがって、前記2と同様に、本件特許発明3を甲1発明及び甲第1号証?甲第3号証の記載に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとはいえない。

(3)むすび
したがって、本件特許発明2及び本件特許発明3を甲1発明及び甲第1号証?甲第3号証の記載に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとはいえないから、異議申立理由2は理由がない。

4 異議申立理由3について
(ア)異議申立理由3は、前記第5の1(1)?(3)に記載される取消理由(特許法第17条の2第3項(新規事項))と同旨のものであって、前記第5の1(1)?(3)に記載される取消理由はいずれも理由がないことは、前記第6の1(4)に記載のとおりである。

(イ)したがって、同様の理由により、異議申立理由3も理由がない。

5 異議申立人の意見書の主張について
5-1 異議申立人の意見の概要
(1)特許法第17条の2第3項違反について(1頁最終行?2頁4行)
(ア)本件特許は、特許法第17条の2第3項に規定された要件を満たしていない補正をした特許出願に対してされたものである点は、異議申立書の「3-4」の「3-4-4」に記載したとおりである。

(2)訂正請求の適否について(2頁5行?10頁下から4行)
ア 特許法120条の5第2項との関係について
(ア)本件特許発明で規定する「ΔHRC」と本件の願書に最初に添付した明細書等に記載した「ΔHRC」とはその評価条件や意味するところが全く異なるから、本件訂正が特許請求の範囲の減縮にあたらないことは明らかである。

(イ)本件訂正前の特許請求の範囲における「焼入焼戻しによる調質前の初期硬さのHRCと焼入焼戻しによる調質後のHRCとの差であるΔHRCが7.3?11.1である」との記載自体には、文言上何ら不明確な点はなく、請求項全体を考慮しても請求項自体に何ら不明確な点はないから、本件訂正が「誤記又は誤訳の訂正」および「明瞭でない記載の釈明」にあたらないことは明らかである。

(ウ)本件請求項は全て独立項であるから、本件訂正が「他の請求項の記載を引用する請求項の記載を当該他の請求項の記載を引用しないものとすること」でないことは明らかである。

(エ)したがって、本件訂正は特許法120条の5第2項各号に掲げる事項を目的とするものではないから,認められない。

イ 特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第6項との関係について
(ア)本件訂正の前後で「ΔHRC」の意味は全く異なるものになるのであるから、本件訂正後の請求項に係る発明の技術的意義が、本件訂正前の請求項に係る発明の技術的意義を実質的に拡張し、又は変更されたものであることは明らかである。
また、本件訂正の前後で「ΔHRC」の定義、意味が変更されており、係る場合に第三者にとって不測の不利益が生じるのは明らかである。

(イ)したがって、本件訂正は特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第6項に違反し,認められない。

5-2 判断
(1)特許法第17条の2第3項違反について
(ア)特許法第17条の2第3項に係る異議申立理由3に理由がないことは、前記4(ア)?(イ)に記載のとおりであるので、異議申立人の特許法第17条の2第3項違反についての主張は採用できない。

(2)訂正請求の適否について
ア 参考資料1の記載事項

参考資料1:日立金属株式会社 カタログ「YSS DIE STEELS FOR DIE CASTING DAC Series」 January 2008

異議申立人が提出した参考資料1には、以下の記載がある。
(参-ア)「

」(2頁)

(参-イ)「Applications
^(*)General die for Aluminium Diecasting.
^(*)Die for Zinc Diecasting.
^(*)Die for low pressure casting.
(Remarks)
Both forged and cast steel available for low pressure casting die with prehardened condition of 30-40HRC.

Hardened hardness
45?48HRC general size dies.
43?46HRC big size dies.」(5頁左欄)
(当審訳:用途
^(*)アルミニウムダイキャスティング用の一般的なダイ。
^(*)亜鉛ダイキャスティング用ダイ。
^(*)低圧鋳造用ダイ。
(注意)
低圧鋳造型用には鍛造品、鋳造品とも30?40HRCのプリハードンで提供いたします。

硬化された硬度
45?48HRC 一般的なサイズのダイ。
43?46HRC 大きいサイズのダイ。)

イ 判断
(ア)異議申立人は、参考資料1に記載される一般的な熱間金型用鋼の「DAC」は、SKD61に類似したものであって、前記ア(参-イ)によれば、低圧鋳造型用には鍛造品、鋳造品とも30?40HRCのプリハードンで提供するものであるから、焼入焼戻し調質前(焼きなましされた状態)の硬さと、焼入焼戻し調質後(プリハードン)の硬さとの差が、本件訂正前の「7.3?11.1」と重複するものであり、そのような例があるのだから、「一般的な熱間金型用鋼における調質前後のHRCの差は20HRC以上の大きな数値となるのであって、決して7.3?11.1の範囲とはなりません。」という特許権者の主張は失当であり、本件訂正前の請求項に「焼入焼戻しによる調質前の初期硬さのHRCと焼入焼戻しによる調質後のHRCとの差であるΔHRCが7.3?11.1」という記載が存在しても、当業者は何ら矛盾を認識するものではない旨、特許権者の甲第5号証による主張立証活動に接した当業者であれば、「焼入焼戻しによる調質前の初期硬さのHRCと焼入焼戻しによる調質後のHRCとの差であるΔHRCが7.3?11.1」という記載が補正によって請求項に加えられても、本件における主張立証活動の結果として何ら矛盾を感じることはないから、訂正前の請求項の記載に何ら不明瞭な点はなく、本件訂正が明瞭でない記載の釈明ということはできない旨等を主張している。

(イ)そこで検討すると、前記ア(参-ア)によれば、「DAC」は、0.38C-5Cr-1.3Mo-1Vという組成を有するものであり、前記第2の2(1)(1-2)(2-b)に記載される、SKD61(C:0.35?0.42、Si:0.80?1.20、Mn:0.25?0.50、P:0.030以下、S:0.020以下、Cr:4.80?5.50、Mo:1.00?1.50、V:0.80?1.15)とは組成が同一のものとはいえないから、「DAC」の焼入焼戻し調質前(焼きなましされた状態)の硬さが、SKD61と同様に、229(HB)(20.5HRC)以下となっていると直ちにいうことはできない。
このため、「DAC」がプリハードンである場合において、焼入焼戻し調質前(焼きなましされた状態)の硬さと、焼入焼戻し調質後(プリハードン)の硬さとの差が、本件訂正前の「7.3?11.1」と重複していると直ちにいうこともできない。

(ウ)また、前記ア(参-イ)の記載は、「DAC」は、特に低圧鋳造型用ダイに適用する場合に限っては、30?40HRCのプリハードンで提供されることを開示するものである。
一方、前記ア(参-イ)には、「DAC」を一般的なサイズのダイに適用する場合の硬化後の硬度は45-48HRCであり、大きいサイズのダイに適用する場合の硬化後の硬度は43-46HRCであることが記載されている。
そして、これらの記載に接した当業者は、「DAC」は、ダイとして使用する際、一般的には、43-48HRCの硬度に調質するものであって、特に低圧鋳造型用に使用する場合に限っては、30?40HRCの硬度に調質するものであると理解するから、30?40HRCというプリハードンの硬度が、焼入焼戻しによる調質後の「DAC」の一般的な硬度であるとまではいえない。

(エ)してみれば、「DAC」は、一般的には、43-48HRCの硬度に調質して用いるものといえるから、仮に、「DAC」の焼入焼戻し調質前(焼きなましされた状態)の硬さが229(HB)(20.5HRC)以下となっているとしても、一般的に、熱間金型用鋼の「焼入焼戻しによる調質前の初期硬さのHRCと焼入焼戻しによる調質後のHRCとの差であるΔHRC」は、おおむね20以上となるものといえるので、「一般的な熱間金型用鋼における調質前後のHRCの差は20HRC以上の大きな数値となるのであって、決して7.3?11.1の範囲とはなりません。」という特許権者の主張が失当であるとまではいえない。
そうすると、本来おおむね20以上であるべき「焼入焼戻しによる調質前の初期硬さのHRCと焼入焼戻しによる調質後のHRCとの差であるΔHRC」が「7.3?11.1である」という記載に対して、技術的な違和感を覚えることは明らかであり、このことは、特許権者の主張立証活動の結果に左右されるものではない。

(オ)そして、訂正事項1?訂正事項7からなる本件訂正は、特許法第120条の5第2項第3号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同法同条第3項並びに第9項で準用する同法第126条第4項?第6項の規定に適合することは、前記第2の2(7)に記載のとおりであるので、異議申立人の訂正請求の適否についての主張はいずれも採用できない。

第8 むすび
以上のとおり、異議申立書に記載された異議申立理由及び取消理由通知書で通知された取消理由によっては、本件特許発明1?本件特許発明3に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件特許発明1?本件特許発明3に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (54)【発明の名称】
熱間金型用鋼
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、熱間鍛造、熱間押出、ダイカストその他の鋳造などに用いる熱間金型用鋼に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、熱間金型用鋼として、JISのG4404には、合金工具鋼鋼材の一部として、SKD4、SKD5、SKD6、SKD61、SKD62、SKD7、SKD8、SKT3、SKT4、SKT6が規定されている。これらの熱間金型用鋼の用途例として、SKD4、SKD5、SKD6、SKD61はプレス型、ダイカスト型、押出工具、シャーブレードが例示され、SKD62及びSKD7はプレス型、押出工具が例示され、SKD8はプレス型、ダイカスト型、押出工具が例示され、さらにSKT3、SKT4及びSKT6は鍛造型、プレス型及び押出工具が例示されている。
【0003】
ところで、熱間加工工具鋼の鋼材として、重量%で次に示す値からなる合金組成を有することを特徴とする、熱間加工工具鋼の鋼材であって、C:0.3?0.4、Mn:0.2?0.8、Cr:4?6%、Mo:1.8?3、V:0.4?0.6、バランス:鉄及び不可避の金属不純物及び不可避の非金属不純物からなり、該非金属不純物は、次に示す最高量で存在できるシリコン、窒素、酸素、リン及び硫黄を含む:Si:max.0.25重量%、N:max.0.010重量%、O:max.10ppm、S:max.0.0008重量%、該鋼材は、1000?1080℃の温度におけるオーステナイト化および550?650℃の焼戻しによって45HRCを超える硬度を得ることができる、熱間加工工具用の鋼材が提案されている(例えば、特許文献1参照。)。
【0004】
さらに、ダイカスト用金型鋼として、質量%で、0.32?0.42%のCを含む鋼に、Cr、Si、Mn及びVの必須添加元素、少なくともいずれかを含み得るMo及びWの準必須添加元素、及び、任意に含み得る任意添加元素添加したダイカスト金型鋼であって、前記任意添加元素において、Cuを1.0%以下、Niを0.5%以下、Coを1.0%以下、Bを0.01%以下、Seを0.05%以下、Teを0.05%以下、Pbを0.05%以下、Biを0.01%以下、Caを0.01%以下、Nbを0.1%以下、Taを0.1%以下、Tiを0.1%以下、Zrを0.1%以下、REMを0.1%以下、Mgを0.1%以下で任意に含みうるとともに、前記必須添加元素において、質量%で、Crを4.0?6.0%の範囲内、Siを0.05?0.2%の範囲内、Mnを0.3?1.5%の範囲内、及び、Vを0.2?0.7%の範囲内で添加し、前記準必須添加元素において、質量%で、Mo及び/又はWを、0.8≦Mo+1/2W≦2.0となるように添加し30W/(m・K)以上の熱伝導率を与えたことを特徴とするダイカスト金型鋼が提案されている(例えば、特許文献2参照。)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許4516211号公報
【特許文献2】特開2010-168639号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
熱間金型用鋼として高靭性及び高強度を両立させるには、合金元素の添加量に加えて、生成する炭化物の組成の制御が重要であり、また、焼入性を高めて靭性を向上させるために、Cr及びMoの添加は有効であるが、Cr及びMoのバランスを考慮しなければ、析出する炭化物としてMXやM_(2)Cが少なくなり、高温強度が不十分になる問題がある。
【0007】
本発明が解決しようとする課題は、上記の問題を解消して、高靭性かつ高強度な熱間金型用鋼を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記の課題を解決するための本発明の手段は、第1の手段では、質量%で、C:0.30?0.50%、Si:0.10?0.50%、Mn:0.10?1.00%、Cr:4.11?5.12%、Mo:1.40?2.60%、V:0.20?0.80%、Ti:0.0030%以下、N:0.0116%以下を含有し、残部Feおよび不可避不純物からなる熱間金型用鋼である。この熱間金型用鋼における[%Mo]と[%Cr]のバランスは、質量%で、0.33×[%Cr]-0.37<[%Mo]<4.45-0.44×[%Cr]の関係式を満足する。さらに、靱性がシャルピー衝撃試験値で50.3?86.6J/cm^(2)であり、かつ、この鋼材を焼入焼戻しにより44?46HRCに調質して供試材の表面にあるスケール層を除去した後ロックウェル硬度計にて測定し初期硬さとしたとき、さらに650℃にて50時間保持後に空冷して鋼材の表面にあるスケール層を除去した後ロックウェル硬度計にて測定して求めた硬さと初期硬さとの差ΔHRCが7.3?11.1である。このように本発明の第1の手段は、高靭性及び高強度な熱間金型用鋼である。
【0009】
第2の手段では、質量%で、C:0.30?0.50%、Si:0.10?0.50%
、Mn:0.10?1.00%、Cr:4.11?5.12%、Mo:1.40?2.60%、V:0.20?0.80%、Ti:0.0030以下、N:0.0116%以下を含有し、さらにNi:0.2?1.5%及びCo:1.2%以下のいずれか1種又は2種を含有し、残部Feおよび不可避不純物からなる熱間金型用鋼である。この熱間金型用鋼における[%Mo]と[%Cr]のバランスは、質量%で、0.33×[%Cr]-0.37<[%Mo]<4.45-0.44×[%Cr]の関係式を満足する。さらに、靱性がシャルピー衝撃試験値で50.3?86.6J/cm^(2)であり、かつ、この鋼材を焼入焼戻しにより44?46HRCに調質して供試材の表面にあるスケール層を除去した後ロックウェル硬度計にて測定し初期硬さとしたとき、さらに650℃にて50時間保持後に空冷して鋼材の表面にあるスケール層を除去した後ロックウェル硬度計にて測定して求めた硬さと初期硬さとの差ΔHRCが7.3?11.1である。このように本発明の第2の手段は、高靭性及び高強度な熱間金型用鋼である。
【0010】
第3の手段では、質量%で、C:0.30?0.50%、Si:0.10?0.50%、Mn:0.10?1.00%、Cr:4.11?5.12%、Mo:1.40?2.60%、V:0.20?0.80%、Ti:0.0030%以下、N:0.0116%以下を含有し、さらにNb:0.30%以下を含有し、なお、さらにNi:0.2?1.5%及びCo:1.2%以下のいずれか1種又は2種を含有し、残部Feおよび不可避不純物からなる熱間金型用鋼である。この熱間金型用鋼における[%Mo]と[%Cr]のバランスは、質量%で、0.33×[%Cr]-0.37<[%Mo]<4.45-0.44×[%Cr]の関係式を満足する。さらに、靱性がシャルピー衝撃試験値で50.3?86.6J/cm^(2)であり、かつ、この鋼材を焼入焼戻しにより44?46HRCに調質して供試材の表面にあるスケール層を除去した後ロックウェル硬度計にて測定し初期硬さとしたとき、さらに650℃にて50時間保持後に空冷して鋼材の表面にあるスケール層を除去した後ロックウェル硬度計にて測定して求めた硬さと初期硬さとの差ΔHRCが7.3?11.1である。このように本発明の第3の手段は、高靭性及び高強度な熱間金型用鋼である。
【0011】
ここで、本願の上記の手段に係る発明と特許文献1の発明及び特許文献2の発明との関係について以下に説明する。
【0012】
特許文献1に係る発明における合金成分の添加量の範囲は本願の上記の手段の発明と重複している。しかしながら、特許文献1の発明は、本願発明の重要な技術である、焼入焼戻し状態の炭化物組成に関する見解が論じられておらず知見されていない。かつ、当該特許文献1の段落0008に示される合金組成では、Moの添加量は1.8?3%、好ましくは1.8?2.5%、好適には2.2?2.4%であり、標準では2.3%である。この特許文献1のMoの含有量はいずれも本願発明が規定する0.33×[%Cr]-0.37<[%Mo]<4.45-0.44×[%Cr]の範囲外であることから、特許文献1の発明は、本願の上記の手段の発明とは異なる、別の発明である。
【0013】
特許文献2に係る発明における合金成分の添加量の範囲は本願の上記の手段の発明と重複しているが、特許文献2の発明は、本願発明の重要な技術の一つである、Nの規定がされておらず、靭性が不十分になる可能性を払拭できないものである。さらに、特許文献2の発明は、本願手段の発明の別の重要な技術である、焼入焼戻し状態の炭化物組成に関する見解が論じられていない。また、特許文献2の発明に示される実施例の中には、本願手段の発明が規定する1.40<[%Mo]<2.60かつ0.33×[%Cr]-0.37<[%Mo]<4.45-0.44×[%Cr]の範囲外であり、さらにNが規定されていないものであることから、特許文献2の発明も、本願の上記の手段の発明とは異なる、別の発明である。
【発明の効果】
【0014】
本願の熱間金型用鋼は上記の手段からなる発明であり、鋼成分として含有されるCr及びMoの量のバランスが適切であり、かつ、含有される炭化物の組成の制御が適切とされたことで、析出する炭化物としてのMXやM_(2)Cが適量であり、熱間鍛造、熱間押出、鋳造あるいはダイカストなどに適応した際に、靱性が50.3?86.6J/cm^(2)であり、かつ、ΔHRCが7.3?11.1であり、高強度及び高靭性で従来の熱間金型用鋼に見られない優れた効果を奏する鋼材である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本願の発明を実施するための形態を説明するに先立って、先ず、本願発明の熱間金型用鋼の鋼組成である化学成分の限定理由を以下に説明する。なお、%は質量%である。
【0016】
C:0.30?0.50%
Cは、十分な焼入性を確保し、炭化物を形成させることで、耐摩耗性や高温強度を得るための元素である。Cが0.30%未満では、十分な高温強度及び耐摩耗性が得られず、Cが0.50%を超えると凝固偏析を助長し、靭性を阻害する。そこで、Cは0.30?0.50%とする。
【0017】
Si:0.10?0.50%
Siは、製鋼における脱酸の効果及び被削性並びに焼入性の確保に必要な元素である。Siが0.10%未満であると脱酸の効果及び焼入性の確保は発揮できず、また、被削性を悪化させる。Siが0.50%より多すぎると靭性を低下させ、また、熱間工具鋼として重要な物性値である熱伝導率を低下させる。そこで、Siは0.10?0.50%とする。
【0018】
Mn:0.10?1.00%
Mnは、焼入性を確保する元素である。Mnが0.10%未満では焼入性の確保は不十分である。一方、Mnが1.00%を超えると加工性を低下させる。そこで、Mnは0.10?1.00%とする。
【0019】
Cr:4.11?5.12%
Crは焼入性を改善する元素である。Crが4.00%未満では焼入性が不十分である。一方、Crが6.00%を超えると、焼入焼戻し時にCr系の炭化物が過多に形成されて、高温強度及び軟化抵抗性を低下させる。そこで、Crは以上の範囲内において、実施例である補正後の表1の記載に基づき、Crは4.11?5.12%とする。
【0020】
Mo:1.40?2.60%
Moは、焼入性と二次硬化、耐摩耗性、高温強度に寄与する析出炭化物を得るために必要な元素であり、また、焼入れ時に未固溶となった微細なMo炭化物が結晶粒の粗大化を抑制する元素であるが、Moが1.40%より少ないとそれらの効果が得られない。一方、Moは、2.60%より過剰に添加しても効果が飽和するばかりか、Mo炭化物が粗大となって凝集することにより靭性を低下させ、また、Moの2.60%より過剰の添加はコスト高となる。そこで、Moは1.40?2.60%とする。
【0021】
V:0.20?0.80%
Vは、焼戻時に微細で硬質なVの炭化物や炭窒化物を析出し、高温強度や耐摩耗性に寄与する元素である。また、焼入れ時にはVの微細な炭化物や炭窒化物が結晶粒の粗大化を抑制し、靭性の低下を抑制する効果を有するが、Vが0.20%より少ないとそれらの効果が得られない。一方、Vが0.80%より多すぎると、凝固時に粗大なMX型の炭窒化物を晶出し、靭性を阻害する。また、Vの0.80%より過剰の添加はコスト高となる。そこで、Vは0.20?0.80%とする。
【0022】
Ti:0.0030%以下
Tiは、Nとともに凝固時に晶出するMX型炭窒化物に混入し、固溶温度を上昇させる。その結果、均質化熱処理での固溶が不足し、靭性を阻害する。また、十分に固溶させるためには、均質化熱処理の高温化や長時間化が必要となり、コストおよび環境負荷を増大させる。そこでTiは0.0030%以下、望ましくは0.0020%以下とする。
【0023】
N:0.0116%以下
Nは、Tiとともに凝固時に晶出するMX型炭窒化物に混入し、固溶温度を上昇させる。その結果、均質化熱処理での固溶が不足し、靭性を阻害する。また、十分に固溶させるためには、均質化熱処理の高温化や長時間化が必要となり、コストおよび環境負荷を増大させる。そこでNは実施例である補正後の表1本発明鋼に基づいて0.0116%以下とする。
【0024】
Nb:0.30%以下
Nbは、焼戻時に微細で硬質なNbの炭化物や炭窒化物を析出し、高温強度や耐摩耗性に寄与する元素である。また、焼入れ時にはNbの微細な炭化物や炭窒化物が結晶粒の粗大化を抑制し、靭性の低下を抑制する効果を有するが、Nbが0.30%より多すぎると、凝固時に粗大なMX型の炭窒化物を晶出し、靭性を阻害する。また、Nbの0.30%より過剰の添加はコスト高となる。そこで、Nbは0.30%以下とする。
【0025】
Ni:0.2?1.5%
Niは焼入性と靭性を改善する元素である。しかし、Niが0.2%未満であるとその改善する効果が無い。一方、Niを2.0%より過多に添加すると高温強度及び被削性を阻害し、コストも嵩む。ところで、実施例の補正後の表1の本発明鋼に基づいてNiの上限を1.5%とする。そこで、Niは0.2?1.5%とする。
【0026】
Co:2.0%以下
Coは基地を強化し高温強度を改善する元素である。しかし、Coが2.0%より過多に添加すると靭性を阻害し、コストも嵩む。そこで、Coは2.0%以下とする。
なお、上記のNi及びCoは選択的にいずれか1種を若しくは2種を請求項1に係る発明の化学成分に加えて、補正後の請求項2又は請求項3に係る発明としている。
【0027】
熱間金型用鋼の化学成分は、質量%で、Moは1.4?2.6%、かつ、0.33×[%Cr]-0.37<[%Mo]<4.45-0.44×[%Cr]である理由
熱間金型用鋼においては、Cr、Mo、V、NbおよびTiなどは、CやNと結合して、炭化物および/または炭窒化物を形成する。炭化物および/または炭窒化物は、溶鋼からの凝固時に液相から晶出したり、各種の熱処理を経由して鋼の基地組織から析出したりする。また、炭化物および/または炭窒化物は、M_(3)C、M_(7)C_(3)、M_(23)C_(6)、M_(6)C、M_(2)C、MX(M:Fe、Cr、Mo、V、NbおよびTiなど。X:CおよびN。ここで、MXにはV_(4)C_(3)も含む)などの結晶構造を成すが、合金元素添加量のバランスによって安定となる組成や結晶構造は異なる。
【0028】
本願技術分野である熱間鍛造、熱間押出、ダイカストその他鋳造に用いられる熱間金型用鋼は、焼入焼戻しにより40?50HRCの硬度に調質されて利用されるのが一般であり、焼入焼戻し組織中では、M_(23)C_(6)、M_(6)C、M_(2)C、およびMXが熱力学的に安定になり得る。ところで、炭化物および/または炭窒化物は硬質な物質であるが、その構造により硬度が異なり、M_(2)CやMXは他の構造を呈する炭化物よりも高硬度である。ゆえに、熱間金型においては、M_(2)CやMXが多く存在する方が高温環境下における硬度・強度を維持し易く、摩耗および/またはヒートチェックと呼ばれる熱疲労の抑制に有効である。熱間金型中のM_(2)CやMXを増加させるためには、それらを形成する主成分であるMo、VとCおよび/またはNを増量すれば良いが、過剰に添加すると炭化物および/または炭窒化物の総量が多くなり、また偏析を助長して炭化物および/または炭窒化物の凝集粗大化を招くことにより、別の重要な特性である靭性を低下させる。したがって、高い水準の高温強度と靭性を兼備させるためには、M_(2)CやMXが安定になりやすく、かつ、炭化物および/または炭窒化物が過剰にならないようにする必要がある。
【0029】
ここで、前述の如く、優れた靭性を発揮させる為に本願発明で規定した、C、VおよびNの範囲において、各種の炭化物および/または炭窒化物の構成元素と成り得るMoについて研究を重ねた結果、MoとCrの含有量バランスによって、安定する炭化物および/または炭窒化物が変化することを見出した。即ち、Moの質量含有量[%Mo]が、0.33×[%Cr]-0.37よりも小さい場合は、焼入焼戻し時にM_(2)CやMXよりも先んじて析出するM_(23)C_(6)の形成に大部分が消費されるため、高温強度に有効なM_(2)CやMXの量が不十分となる。一方、[%Mo]が、4.45-0.44×[%Cr]より大きい場合は、焼入焼戻し時および/または高温環境下での炭化物反応によりM_(2)CよりもM_(6)Cが安定となり、高温強度への効果が弱まることを発見するに至った。そこで、Moは1.4?2.6%で、かつ、0.33×[%Cr]-0.37<[%Mo]<4.45-0.44×[%Cr]を満足するものとする。
【実施例1】
【0030】
表1に示す化学成分と、残部がFe及び不可避不純物からなる熱間金型用鋼を、1トン真空溶解炉を用いて溶製して、インゴットを造塊し、当該インゴットを1250℃で16時間保持して均質化熱処理を施した後に、鍛錬成形比が凡そ6Sとなる直径140mmに、熱間鍛造して鋼材を製造した。
【0031】
【表1】

【0032】
表1において、※1のQは、0.33×[%Cr]-0.37の値を示し、※2のRは4.45-0.44×[%Cr]の値を示す。
さらに、表1において、本願発明鋼のMoの含有量は、質量%で、1.4%≦[%Mo]≦2.6%であり、かつ、Q<[%Mo]<Rを満たすものである。
【0033】
【表2】

【0034】
表2において、※3の高温強度は、各鋼材の中周部から各辺15mmのブロック状供試材を割出し、焼入焼戻しにより44?46HRCに調質し(供試材の表面にあるスケール層を除去した後ロックウェル硬度計にて測定し初期硬さとする)、該供試材を650℃にて50時間保持し、これらの鋼材を空冷した後、再び鋼材の表面にあるスケール層を除去した後ロックウェル硬度計にて測定し、初期硬さとの差、すなわち硬度低下度であるΔHRCにより評価した。さらに、※4の靭性は、シャルピー衝撃試験により破壊に要したエネルギーで評価した。これらに用いた試験片は、直径140mm鍛造材の中心部の圧延方向と垂直方向から採取した。さらに、これらの試験片は、焼入焼戻しにより44?46HRCに調質し、JIS Z 2242に規定する深さ2mmのUノッチを圧延方向に垂直となる面に加工したものである。
【0035】
表1及び表2における本発明鋼について説明する。
表1に示す本発明鋼のA?C、E?Fの化学成分は本発明の請求項1の手段の鋼のFe及び不可避不純物以外の化学成分のC、Si、Mn、Cr、Mo、V、Ti及びNを示し、本発明鋼のHの化学成分は本発明の請求項2の手段のFe及び不可避不純物以外の化学成分のC、Si、Mn、Cr、Mo、V、Ti、N、Nb及びNiを示し、本発明鋼のIの化学成分は本発明の請求項3の手段のFe及び不可避不純物以外の化学成分のC、Si、Mn、Cr、Mo、V、Ti、N及びCoを示している。これらの化学成分は、いずれも本願発明の各化学成分として規定する範囲内にある。また、Qの値は[%Mo]の値より小さく、かつ[%Mo]の値はRの値より大きい。すなわち、本発明鋼の、質量%で示す、Mo含有量は、1.4%≦[%Mo]≦2.6%であり、かつQ<[%Mo]<Rを満足している。
【0036】
次いで、表1及び表2における比較鋼について説明する。
比較鋼のf1は、本発明鋼F相当の鋼であるが、C添加量が本発明鋼Fよりも多過ぎるため、凝固偏析が顕著で、かつ、過剰な炭化物析出が生じたことで、表2にみられるように、靭性※4が36.3J/cm^(2)であり、本発明鋼のFの77.5J/cm^(2)より小さく、かつ、本発明鋼の靱性の最低値の50.3J/cm^(2)よりもさらに小さいので、比較鋼のf1は本発明鋼Fやその他の本発明鋼より靱性が劣っている。
【0037】
比較鋼のc1は、本発明鋼C相当の鋼であるが、C添加量が本発明鋼Cよりも少なすぎるため、必要な量の炭化物析出が得られず、表2にみられるように、高温強度※3のΔHRCが14.5で本発明鋼のCの高温強度※3のΔHRCの8.1より大きく、かつ、本発明鋼の高温強度※3のΔHRC最高値の11.1よりもさらに大きいので、本発明鋼よりも初期硬さとの硬度低下の差が大きく、比較鋼のc1は本発明鋼Cやその他の本発明鋼より高温強度が劣っている。
【0038】
比較鋼のe1は、本発明鋼E相当の鋼であるが、本発明鋼EよりもSi添加量が多すぎるため、基地組織の延性が低下し、表2にみられるように、靭性※4が42.2J/cm^(2)であり、本発明鋼のEの70.3J/cm^(2)より小さく、かつ、本発明鋼の靱性の最低値の50.3J/cm^(2)よりもさらに小さいので、比較鋼のe1は本発明鋼Eやその他の本発明鋼より靱性が劣っている。
【0039】
比較鋼のb1は、本発明鋼B相当の鋼であるが、本発明鋼BよりもMn添加量が少なく、したがって焼入性が不足することで、表2にみられるように、靭性※4が41.9J/cm^(2)であり、本発明鋼のBの67.4J/cm^(2)より小さく、かつ、本発明鋼の靱性の最低値の50.3J/cm^(2)よりもさらに小さいので、比較鋼のb1は本発明鋼Bやその他の本発明鋼よりも靱性が低下している。
【0040】
比較鋼のe2は、本発明鋼E相当の鋼であるが、本発明鋼EよりもCr添加量が少なく、十分な焼入性が得られないため、表2にみられるように、靭性※4が38.1J/cm^(2)であり、本発明鋼のEの70.3J/cm^(2)より小さく、かつ、本発明鋼の靱性の最低値の50.3J/cm^(2)よりもさらに小さいので、比較鋼のe2は本発明鋼Eやその他の本発明鋼より靱性が低下している。
【0041】
比較鋼のf2は、本発明鋼のF相当の鋼であるが、本発明鋼FよりもCr添加量が多すぎるため、より有効なMXやM_(2)Cの析出が少なくなり、表2にみられるように、高温強度※3のΔHRCが15.2で本発明鋼のFの高温強度※3のΔHRCの7.5より大きく、かつ、本発明鋼の高温強度※3のΔHRC最高値の11.1よりもさらに大きいので、本発明鋼よりも初期硬さとの硬度低下の差が大きく、比較鋼のf2は本発明鋼Fやその他の本発明鋼より高温強度が大きく低下している。
【0042】
比較鋼のf3は、本発明鋼F相当の鋼であるが、f3のCr添加量は本発明鋼Fと全く同一である。ところで、f3の[%Mo]の値は2.45であるが、表1のf3のR※2の値すなわち4.45-0.44×[%Cr]は2.21であり、これは本願発明の[%Mo]<4.45-0.44×[%Cr]の関係式を満足しないものである。したがって、本発明鋼FよりもMo添加量がやや多く、表2に見られるように、f3は高温強度※3のΔHRCが13.4で本発明鋼のFの高温強度※3のΔHRCの7.5より大きく、かつ、本発明鋼の高温強度※3のΔHRC最高値の11.1よりもさらに大きいので、本発明鋼よりも初期硬さからの硬度低下が大きく十分な高温強度が得られていない。このように比較鋼のf3は本発明の適正範囲内のMo量を添加しても、優れた強度は得られない。
【0043】
比較鋼のa2は、本発明鋼A相当の鋼であるが、a2のCr添加量は本発明鋼Aと略同一でやや多い。ところで、a2の[%Mo]の値は2.55であるが、表1のa2のR※2の値すなわち4.45-0.44×[%Cr]は2.47であり、これは本願発明の[%Mo]<4.45-0.44×[%Cr]の関係式を満足しないものである。したがって、本願発明鋼AよりもMo添加量がやや多く、表2に見られるように、a2は高温強度※3のΔHRCが13.0で本発明鋼のAの高温強度※3のΔHRCの7.3より大きく、かつ、本発明鋼の高温強度※3のΔHRCの最高値である11.1よりもさらに大きな値であるので、本発明鋼よりも初期硬さからの硬度低下が大きい。したがって、a2は、高温強度が低く、十分な高温強度が得られていない。このように比較鋼のa2は本発明の適正範囲内のMo量を添加しても、優れた強度は得られない。
【0044】
比較鋼のh1は、本発明鋼H相当の鋼であるが、h1のCr添加量は本発明鋼Hと略同一でやや多い。ところで、h1の[%Mo]の値は1.43であるが、h1の表1のQ※1の値すなわち0.33×[%Cr]-0.37は1.47であり、これは本願発明の0.33×[%Cr]-0.37<[%Mo]の関係式を満足しないものである。したがって、本発明鋼HよりもMo添加量がやや少なく、表2にみられるように、h1は高温強度※3のΔHRCが14.1で本発明鋼のHの高温強度※3のΔHRCの11.1より大きく、かつ、本発明鋼のHの高温強度※3のΔHRCは本発明鋼の最高値であることから、本発明鋼よりも初期硬さからの硬度低下が大きく十分な高温強度が得られていない。このように比較鋼のh1は本発明の適正範囲内のMo量を添加しても、優れた強度は得られない。
【0045】
比較鋼のc2は、本発明鋼C相当の鋼であるが、c2のCr添加量は本発明鋼Cと略同一である。しかし、c2の[%Mo]の値は2.70であり、これは本発明鋼Cの[%Mo]の値の2.51を超えており、このため、これ等の値は本願発明の[%Mo]<4.45-0.44×[%Cr]の関係式を満足しないものである。したがって、表2に見られるように、c2は靭性※4が40.8J/cm^(2)であり、本発明鋼のCの50.3J/cm^(2)より小さく、かつ、本発明鋼のCの50.3J/cm^(2)は本発明鋼の靱性の最低値であることから、比較鋼のc2は本発明鋼Cやその他の本発明鋼の靱性に比して劣っている。
【0046】
比較鋼のe3は、本発明鋼E相当の鋼であるが、本発明鋼EよりもMo添加量が少なく、表2にみられるように、高温強度※3のΔHRCが15.9で本発明鋼のEの高温強度※3のΔHRCの9.6より大きく、かつ、本発明鋼の高温強度※3のΔHRC最高値の11.1よりもさらに大きいので、本発明鋼よりも初期硬さからの硬度低下が大きく、比較鋼のe3は本発明鋼Eやその他の本発明鋼より高温強度が大きく低下し、十分な高温強度が得られない。
【0047】
比較鋼のa3は、本発明鋼A相当の鋼であるが、本発明鋼AよりもV添加量が0.16%と少なく、表2にみられるように、高温強度※3のΔHRCが13.8で本発明鋼のAの高温強度※3のΔHRCの7.3より大きく、かつ、本発明鋼の高温強度※3のΔHRC最高値の11.1よりもさらに大きいので、本発明鋼よりも初期硬さからの硬度低下が大きく、比較鋼のa3は本発明鋼Aやその他の本発明鋼より高温強度が大きく低下し、十分な高温強度が得られない。
【0048】
比較鋼のb2は、本発明鋼B相当の鋼であるが、本発明鋼BよりもV添加量が過剰で、凝固時に粗大な炭窒化物を晶出し、比較鋼のb2は本発明鋼Bやその他の本発明鋼より靱性が阻害されて低下しており、表2に見られるように、靭性※4が31.1J/cm^(2)であり、本発明鋼のBの67.4J/cm^(2)より小さく、かつ、本発明鋼の靱性の最低値の50.3J/cm^(2)よりもさらに小さい。
【0049】
比較鋼のc3又は比較鋼のb3は、同順で本発明鋼C相当鋼又は本発明鋼B相当鋼であるが、c3は本発明鋼CよりもTi含有量が多く、又b3は本発明鋼BよりもN含有量が多く、凝固時に晶出した炭窒化物の固溶温度が上昇したため、均質化熱処理での固溶が不十分となり、表2にみられるように、靭性※4がc3では34.8J/cm^(2)で本発明鋼Cの50.3J/cm^(2)より低下しており、b3では37.7J/cm^(2)で本発明鋼Bの67.4J/cm^(2)より靱性が低下している。さらに、比較鋼のc3と比較鋼のb3の靱性※4は本発明鋼の靱性の最低値の50.3J/cm^(2)よりもさらに小さい。
【0050】
表2の本発明鋼が有する特性は、補正後の表2の本発明鋼における、高温強度※3のΔHRCが7.3?11.1であり、かつ、靱性※4が50.3?86.6J/cm^(2)である評価である。一方、表2の比較鋼が有する特性では、比較鋼のc1、f2、f3、a2、h1、e3、a3の高温強度※3のΔHRCが本発明鋼の高温強度※3のΔHRCの11.1より大きく、したがって、これらの比較鋼のものに比して本発明鋼は高温強度および靱性において優れており、さらに比較鋼のf1、e1、b1、e2、c2、c3、b3の靱性※4が本発明鋼の靱性の50.3J/cm^(2)よりも低い。したがって、比較鋼は全てのものにおいて、高温強度、靱性のいずれかの特性が本発明鋼よりも劣っている結果となっている。このことから、本発明鋼は高温強度及び靱性に優れた鋼である。
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.30?0.50%、Si:0.10?0.50%、Mn:0.10?1.00%、Cr:4.11?5.12%、Mo:1.40?2.60%、V:0.20?0.80%、Ti:0.0030%以下、N:0.0116%以下を含有し、残部Feおよび不可避不純物からなり、さらに、Mo、Crは質量%で、0.33×[%Cr]-0.37<[%Mo]<4.45-0.44×[%Cr]の関係式を満足し、靱性がシャルピー衝撃試験値で50.3?86.6J/cm^(2)であり、かつ、この鋼材を焼入焼戻しにより44?46HRCに調質して供試材の表面にあるスケール層を除去した後ロックウェル硬度計にて測定し初期硬さとしたとき、さらに650℃にて50時間保持後に空冷して鋼材の表面にあるスケール層を除去した後ロックウェル硬度計にて測定して求めた硬さと初期硬さとの差ΔHRCが7.3?11.1であることを特徴とする高靭性及び高強度な熱間金型用鋼。
【請求項2】
質量%で、C:0.30?0.50%、Si:0.10?0.50%、Mn:0.10?1.00%、Cr:4.11?5.12%、Mo:1.40?2.60%、V:0.20?0.80%、Ti:0.0030%以下、N:0.0116%以下を含有し、さらにNi:0.2?1.5%及びCo:1.2%以下のいずれか1種又は2種を含有し、残部Feおよび不可避不純物からなり、さらに、Mo、Crは質量%で、0.33×[%Cr]-0.37<[%Mo]<4.45-0.44×[%Cr]の関係式を満足し、靱性がシャルピー衝撃試験値で50.3?86.6J/cm^(2)であり、かつ、この鋼材を焼入焼戻しにより44?46HRCに調質して供試材の表面にあるスケール層を除去した後ロックウェル硬度計にて測定し初期硬さとしたとき、さらに650℃にて50時間保持後に空冷して鋼材の表面にあるスケール層を除去した後ロックウェル硬度計にて測定して求めた硬さと初期硬さとの差ΔHRCが7.3?11.1であることを特徴とする高靭性及び高強度な熱間金型用鋼。
【請求項3】
質量%で、C:0.30?0.50%、Si:0.10?0.50%、Mn:0.10?1.00%、Cr:4.11?5.12%、Mo:1.40?2.60%、V:0.20?0.80%、Ti:0.0030%以下、N:0.0116%以下を含有し、さらにNb:0.30%以下を含有し、さらにNi:0.2?1.5%及びCo:1.2%以下のいずれか1種又は2種を含有し、残部Feおよび不可避不純物からなり、さらに、Mo、Crは質量%で、0.33×[%Cr]-0.37<[%Mo]<4.45-0.44×[%Cr]の関係式を満足し、靱性がシャルピー衝撃試験値で50.3?86.6J/cm^(2)であり、かつ、この鋼材を焼入焼戻しにより44?46HRCに調質して供試材の表面にあるスケール層を除去した後ロックウェル硬度計にて測定し初期硬さとしたとき、さらに650℃にて50時間保持後に空冷して鋼材の表面にあるスケール層を除去した後ロックウェル硬度計にて測定して求めた硬さと初期硬さとの差ΔHRCが7.3?11.1であることを特徴とする高靭性及び高強度な熱間金型用鋼。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2018-05-18 
出願番号 特願2011-228453(P2011-228453)
審決分類 P 1 651・ 55- YAA (C22C)
P 1 651・ 113- YAA (C22C)
P 1 651・ 121- YAA (C22C)
最終処分 維持  
前審関与審査官 佐藤 陽一  
特許庁審判長 板谷 一弘
特許庁審判官 金 公彦
長谷山 健
登録日 2016-11-04 
登録番号 特許第6032881号(P6032881)
権利者 山陽特殊製鋼株式会社
発明の名称 熱間金型用鋼  
代理人 横井 宏理  
代理人 横井 知理  
代理人 横井 健至  
代理人 横井 宏理  
代理人 横井 健至  
代理人 横井 知理  

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