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審決分類 審判 一部申し立て 2項進歩性  C07C
審判 一部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  C07C
審判 一部申し立て 1項3号刊行物記載  C07C
審判 一部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C07C
管理番号 1343880
異議申立番号 異議2017-700099  
総通号数 226 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2018-10-26 
種別 異議の決定 
異議申立日 2017-02-02 
確定日 2018-08-03 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第5962827号発明「ハロオレフィン類組成物及びその使用」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第5962827号の明細書及び特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正明細書及び特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1?5〕、〔6、7〕、〔8?12、14〕、13について訂正することを認める。 特許第5962827号の請求項7、8、14に係る特許を維持する。 特許第5962827号の請求項1?5、9?12に係る特許についての特許異議の申立てを却下する。 
理由 第1 手続の経緯等

1 本件特許異議申立に係る特許
本件特許異議申立に係る特許第5962827号は、特許権者であるダイキン工業株式会社より、平成27年8月10日(優先権主張 平成26年9月26日)、特願2015-157995号として出願され、平成28年7月8日、発明の名称を「ハロオレフィン類組成物及びその使用」、請求項の数を14として特許権の設定登録を受けたものである(以下、各請求項に係る特許を項番号に合わせて「本件特許1」などといい、まとめて「本件特許」という。)。

2 手続の経緯
本件特許異議申立は、本件特許1?5、7?12、14(本件特許6、13は対象外)に対して、平成29年2月2日に、特許異議申立人である小宮邦彦より特許異議の申立てがなされたものである。
その後の手続の経緯は以下のとおりである。
平成29年 4月25日付け 取消理由通知
同年 6月27日 意見書及び訂正請求書の提出(特許権者)
同年 8月18日 意見書提出(特許異議申立人)
同年10月30日付け 取消理由通知(決定の予告)
同年12月28日 意見書及び訂正請求書の提出(特許権者)
平成30年 2月 8日 意見書提出(特許異議申立人)
同年 2月27日付け 取消理由通知
同年 5月 1日 意見書及び訂正請求書の提出(特許権者)
同年 6月15日 意見書提出(特許異議申立人)
以下、平成29年4月25日付け、同年10月30日付け及び平成30年2月27日付けでなされた取消理由通知を、それぞれ「第1回取消理由通知」、「第2回取消理由通知」及び「第3回取消理由通知」という。また、平成30年5月1日に請求された訂正を、「本件訂正」という。
なお、平成29年6月27日及び同年12月28日になされた訂正の請求は、特許法第120条の5第7項の規定により取り下げられたものとみなす。

第2 本件訂正の適否

1 訂正事項
本件訂正の内容は次のとおりである。
(1) 訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1を削除する。
(2) 訂正事項2
特許請求の範囲の請求項2を削除する。
(3) 訂正事項3
特許請求の範囲の請求項3を削除する。
(4) 訂正事項4
特許請求の範囲の請求項4を削除する。
(5) 訂正事項5
特許請求の範囲の請求項5を削除する。
(6) 訂正事項6
特許請求の範囲の請求項6に「前記テトラフルオロプロペンが、1,3,3,3-テトラフルオロプロペンである、請求項4に記載の組成物。」とあるうち、訂正前の請求項1及び4を引用するものについて、独立形式に改め、
「ハロオレフィン類と水とを含み、
前記ハロオレフィン類の全量に対して、前記水の含有量が200重量ppm以下であり、
前記ハロオレフィン類が、テトラフルオロプロペンであり、前記テトラフルオロプロペンが、1,3,3,3-テトラフルオロプロペンである、
熱媒体、冷媒、発泡剤、溶媒、洗浄剤、噴射剤及び消火剤の群から選ばれる少なくとも1種以上の用途に用いるハロオレフィン類組成物。」
に訂正する。
(7) 訂正事項7
特許請求の範囲の請求項7に「ポリアルキレングリコール及びポリオールエーテルの少なくとも一方を潤滑油として含む、請求項1?6のいずれか1項に記載の組成物。」とあるのを、
「ポリアルキレングリコール及びポリオールエステルの少なくとも一方を潤滑油として含む、請求項6に記載の組成物。」
に訂正する。
(8) 訂正事項8
特許請求の範囲の請求項8に「ハロオレフィン類と水とを含み、前記ハロオレフィン類の全量に対して、前記水の含有量が200重量ppm以下であるハロオレフィン類組成物の、熱媒体、冷媒、発泡剤、溶媒、洗浄剤、噴射剤及び消火剤の群から選ばれる少なくとも1種以上の用途としての使用。」とあるのを、
「ハロオレフィン類と水と酸素とを含むハロオレフィン類組成物であって、
前記ハロオレフィン類の全量に対して、前記水の含有量が3重量ppmを超え、10重量ppm以下であり、
前記ハロオレフィン類の全量に対して、酸素の含有量が0.35mol%以下であり、
前記ハロオレフィン類が、テトラフルオロプロペンであり、前記テトラフルオロプロペンが、2,3,3,3-テトラフルオロプロペンであり、
密閉されたガラス製チューブ(ID8mmΦ×OD12mmΦ×L300mm)に前記ハロオレフィン類組成物を封入し、前記チューブを150℃の雰囲気下の恒温槽内に静置させ、この状態で1週間保持し、その後、前記恒温槽から取り出して冷却し、前記チューブ内のハロオレフィン類組成物中のF^(-)の含有量を測定した場合に330重量ppm以下である、
ハロオレフィン類組成物の、冷凍機における熱媒体及び冷媒の群から選ばれる少なくとも1種以上の用途としての使用。」
に訂正する。
請求項8の記載を引用する請求項14についても同様に訂正する。
(9) 訂正事項9
特許請求の範囲の請求項9を削除する。
(10) 訂正事項10
特許請求の範囲の請求項10を削除する。
(11) 訂正事項11
特許請求の範囲の請求項11を削除する。
(12) 訂正事項12
特許請求の範囲の請求項12を削除する。
(13) 訂正事項13
特許請求の範囲の請求項13に「前記テトラフルオロプロペンが、1,3,3,3-テトラフルオロプロペンである、請求項11に記載の使用。」とあるうち、訂正前の請求項8及び11を引用するものについて、独立形式に改め、
「ハロオレフィン類と水とを含み、前記ハロオレフィン類の全量に対して、前記水の含有量が200重量ppm以下であり、前記ハロオレフィン類が、テトラフルオロプロペンであり、前記テトラフルオロプロペンが、1,3,3,3-テトラフルオロプロペンであるハロオレフィン類組成物の、熱媒体、冷媒、発泡剤、溶媒、洗浄剤、噴射剤及び消火剤の群から選ばれる少なくとも1種以上の用途としての使用。」
に訂正する。
(14) 訂正事項14
特許請求の範囲の請求項14に「前記組成物がポリアルキレングリコール及びポリオールエーテルの少なくとも一方を潤滑油として含む、請求項8?13のいずれか1項に記載の使用。」とあるのを、
「前記組成物がポリアルキレングリコール及びポリオールエステルの少なくとも一方を潤滑油として含む、請求項8に記載の使用。」
に訂正する。
(15) 訂正事項15
明細書の【0010】の第8項に記載された「ポリオールエーテル」を「ポリオールエステル」に訂正する。
(16) 訂正事項16
明細書の【0010】の第16項に記載された「ポリオールエーテル」を「ポリオールエステル」に訂正する。
(17) 訂正事項17
明細書の【0034】に記載された「ポリオールエーテル」を「ポリオールエステル」に訂正する。
(18) 訂正事項18
明細書の【0035】に記載された「ポリオールエーテル」を「ポリオールエステル」に訂正する。

2 訂正の目的の適否、新規事項の有無、特許請求の範囲の拡張・変更の存否、及び一群の請求項について
(1) 訂正事項1?5、9?12について
訂正事項1?5、9?12は、請求項を削除するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
そして、当該訂正事項が、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではないことも明らかであるから、特許法第120条の5第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合するものである。
(2) 訂正事項6、13について
訂正事項6、13は、引用形式で記載されていた請求項を独立形式請求項に改めるものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第4号に規定する他の請求項の記載を引用する請求項の記載を当該他の請求項の記載を引用しないものとすることを目的とするものである。
そして、当該訂正事項が、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではないことも明らかであるから、特許法第120条の5第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合するものである。
(3) 訂正事項7、14について
ア 訂正事項7、14のうち、引用請求項の一部を削除することについて
当該訂正事項は、引用請求項の一部を削除するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではないことも明らかであるから、同法同条第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合するものである。
イ 訂正事項7、14のうち、「ポリオールエーテル」を「ポリオールエステル」に訂正することについて
明細書の【0035】には、「ポリオールエーテル(POE)としては、たとえばJX日鉱日石エネルギー株式会社製「Ze-GLES RB32」等が挙げられる。」と記載されるところ、当該「Ze-GLES RB32」は、当業者間で、HFC冷媒用ポリオールエステル系冷凍機油として認識されているものであること(特許異議申立人が提出した甲第8号証(JXエネルギー株式会社による「Ze-GLES RB」の商品紹介)を参照した。)、さらには、一般に冷凍機油において「POE」という呼称は、「ポリオールエステル」の略称として用いられていることを併せ考えると、請求項に記載された「ポリオールエーテル」は、明細書の上記【0035】の記載との関係で、誤りであることが明らかであり、かつ、当業者であれば、当該明細書の記載から、「ポリオールエステル」が本来の意であることを理解し、これが正しい記載であることを当然に認識すると解するのが合理的である。
したがって、当該訂正事項は、本来その意であることが明らかな内容の字句、語句に正すものであって、本件訂正前の記載が当然に訂正後の記載と同一の意味を表示するものと客観的に認められるものといえる。
よって、当該訂正事項は、特許法第120条の5第2項ただし書第2号に規定する誤記の訂正を目的とするものであり、かつ、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではないから、同法同条第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合するものであると認められる。
(4) 訂正事項8について
訂正事項8は、ハロオレフィン類組成物の成分組成について、
「ハロオレフィン類と水と酸素とを含むハロオレフィン組成物であって、
前記ハロオレフィン類の全量に対して、前記水の含有量が3重量ppmを超え、10重量ppm以下であり、
前記ハロオレフィン類の全量に対して、酸素の含有量が0.35mol%以下であり、
前記ハロオレフィン類が、テトラフルオロプロペンであり、前記テトラフルオロプロペンが、2,3,3,3-テトラフルオロプロペンであり、
密閉されたガラス製チューブ(ID8mmΦ×OD12mmΦ×L300mm)に前記ハロオレフィン類組成物を封入し、前記チューブを150℃の雰囲気下の恒温槽内に静置させ、この状態で1週間保持し、その後、前記恒温槽から取り出して冷却し、前記チューブ内のハロオレフィン類組成物中のF^(-)の含有量を測定した場合に330重量ppm以下である」
と特定し、
また、当該ハロオレフィン類組成物の用途について、
「冷凍機における熱媒体及び冷媒の群から選ばれる少なくとも1種以上の用途」
と特定するものである。
これらの訂正事項は、ハロオレフィン類組成物の成分組成及び用途に関する限定を加えるものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
そして、当該訂正事項は、明細書の【0017】、【0024】、【0030】、【0043】、【0046】などの記載からみて、新たな技術的事項を導入するものではないから、新規事項の追加に該当しないし、カテゴリーや対象、目的を変更するものではないから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。
したがって、当該訂正事項は、特許法第120条の5第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合するものである。
(5) 訂正事項15?18について
訂正事項15?18は、明細書に記載された「ポリオールエーテル」を「ポリオールエステル」に訂正するものであるから、上記(3)イと同様の理由により、当該訂正事項は、特許法第120条の5第2項ただし書第2号に規定する誤記の訂正を目的とするものであり、かつ、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではないから、同法同条第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合するものであると認められる。
(6) 一群の請求項について(特許法第120条の5第4項及び同条第9項において準用する同法第126条第4項の規定について)
本件訂正は、特許請求の範囲の訂正に係る上記訂正事項1?14及び明細書の訂正に係る上記訂正事項15?18からなるところ、当該訂正の請求は、一群の請求項を構成する請求項1?7及び請求項8?14ごとに請求され、かつ、明細書の訂正に係る請求項を含む一群の請求項の全てについて行われたものであるから、特許法第120条の5第4項及び同条第9項において準用する同法第126条第4項の規定に適合するものである。
なお、上記訂正事項6、13による訂正後の請求項6、13については、当該訂正が認められることを前提に、引用関係の解消の求めがなされていることから、訂正後の請求項6は請求項1とは別途訂正すること、及び、訂正後の請求項13は請求項8とは別途訂正することを認める。

3 小括
上記のとおりであるから、本件訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号、第2号又は第4号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第4項及び同条第9項において準用する同法第126条第4項から第6項までの規定に適合するので、平成30年5月1日提出の訂正請求書に添付された訂正明細書及び特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1?5〕、〔6、7〕、〔8?12、14〕、13について訂正することを認める。

第3 本件訂正発明

上記「第2」のとおり、本件訂正は認容し得るものであるから、本件訂正後の請求項6?8、13、14に係る発明(以下、請求項の番号に合わせて「本件訂正発明6」などといい、総じて「本件訂正発明」という。)は、次の事項により特定されるものである。
「【請求項6】
ハロオレフィン類と水とを含み、
前記ハロオレフィン類の全量に対して、前記水の含有量が200重量ppm以下であり、
前記ハロオレフィン類が、テトラフルオロプロペンであり、前記テトラフルオロプロペンが、1,3,3,3-テトラフルオロプロペンである、
熱媒体、冷媒、発泡剤、溶媒、洗浄剤、噴射剤及び消火剤の群から選ばれる少なくとも1種以上の用途に用いるハロオレフィン類組成物。
【請求項7】
ポリアルキレングリコール及びポリオールエステルの少なくとも一方を潤滑油として含む、請求項6に記載の組成物。
【請求項8】
ハロオレフィン類と水と酸素とを含むハロオレフィン類組成物であって、
前記ハロオレフィン類の全量に対して、前記水の含有量が3重量ppmを超え、10重量ppm以下であり、
前記ハロオレフィン類の全量に対して、酸素の含有量が0.35mol%以下であり、
前記ハロオレフィン類が、テトラフルオロプロペンであり、前記テトラフルオロプロペンが、2,3,3,3-テトラフルオロプロペンであり、
密閉されたガラス製チューブ(ID8mmΦ×OD12mmΦ×L300mm)に前記ハロオレフィン類組成物を封入し、前記チューブを150℃の雰囲気下の恒温槽内に静置させ、この状態で1週間保持し、その後、前記恒温槽から取り出して冷却し、前記チューブ内のハロオレフィン類組成物中のF^(-)の含有量を測定した場合に330重量ppm以下である、
ハロオレフィン類組成物の、冷凍機における熱媒体及び冷媒の群から選ばれる少なくとも1種以上の用途としての使用。
【請求項13】
ハロオレフィン類と水とを含み、前記ハロオレフィン類の全量に対して、前記水の含有量が200重量ppm以下であり、前記ハロオレフィン類が、テトラフルオロプロペンであり、前記テトラフルオロプロペンが、1,3,3,3-テトラフルオロプロペンであるハロオレフィン類組成物の、熱媒体、冷媒、発泡剤、溶媒、洗浄剤、噴射剤及び消火剤の群から選ばれる少なくとも1種以上の用途としての使用。
【請求項14】
前記組成物がポリアルキレングリコール及びポリオールエステルの少なくとも一方を潤滑油として含む、請求項8に記載の使用。」

第4 第3回取消理由通知に記載した取消理由(明確性要件、実施可能要件、サポート要件)について

事案に鑑み、はじめに、第3回取消理由通知に記載した取消理由(明確性要件、実施可能要件、サポート要件)について検討をする。

1 標記取消理由の概要
(1) 標記取消理由において、当審は、本件訂正前の本件特許(平成29年12月28日付け訂正後のもの)に係る出願には下記ア?ウの記載不備があるとした。
ア (明確性要件)この出願は、特許請求の範囲の記載が下記の点で、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない。
イ (実施可能要件)この出願は、発明の詳細な説明の記載が下記の点で、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない。
ウ (サポート要件)この出願は、特許請求の範囲の記載が下記の点で、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない。
(2) 具体的な指摘事項は、おおむね次のとおりである。
明確性要件及び実施可能要件について
本件訂正前の発明は、ハロオレフィン類組成物中の、水及び酸素の含有量を、ハロオレフィン類の全量を基準として規定するものであるが、当該含有量の定義は判然としないし、当業者が当該含有量を調整し当該発明を実施することも困難であるから、当該発明についての特許に係る出願は、明確性要件及び実施可能要件を充足しない。
イ サポート要件についての指摘
本件特許明細書の発明の詳細な説明の【0015】、【0023】、【0024】、【0030】などには、水や酸素の作用効果やそれらの「含有量」の好適な範囲(解決課題との関係)について略述されているものの、その具体例は何ら示されていない上、そもそも、上記のとおり、当該「含有量」の定義自体が定かでないから、技術常識を参酌しても、当業者は、当該発明の詳細な説明の記載に基づいて、本件訂正前の発明が規定する上記「含有量」の範囲であれば、発明が解決しようとする課題(分解及び酸化が抑制された安定性に優れるハロオレフィン類組成物並びその使用を提供すること。【0008】参照)を解決することができると認識することはできないため、本件訂正前の特許請求の範囲の記載は、サポート要件を充足しない。

2 上記記載不備についての当審の判断
(1) 明確性要件及び実施可能要件について
本件特許に係る出願の優先日当時、当業者は既に、冷媒(冷媒組成物)中の水及び酸素の含有量の測定方法について熟知するとともに(特許権者が平成30年5月1日付け意見書に添付した、下記乙第1号証を参酌した。)、気液相間の酸素含有量などの推算が公知のプロセスシミュレーターなどにより可能であることも認知していたというべきである。
そうすると、当業者であれば、本件特許請求の範囲に記載された、ハロオレフィン類の全量(気液を問わずその全量)に対する「水の含有量」及び「酸素の含有量」が意図する内容(定義)を把握し、さらに、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載及び技術常識に基づいて、当該含有量の測定手法(調整手法)について理解することができるものと認められるから、本件特許に係る出願に、上記明確性要件及び実施可能要件についての記載不備の指摘は妥当しない。
・乙第1号証:日本工業規格 JIS K1560-1994「1,1 ,1,2-テトラフルオロエタン」、特に「4.4 純 度」、「4.7 水分」の項目参照。
(2) サポート要件について
本件特許明細書の発明の詳細な説明の【0046】【表1】には、水及び酸素の「添加量」についての記載は認められるものの、本件訂正発明が規定する上記「含有量」についての直接的な記載は見当たらない。
しかし、微量の水及び酸素によりもたらされるハロオレフィン類組成物の挙動を調べる実験(実施例)においては、当然のことながら、初期(水及び酸素を添加する前の状態)の組成物として、水及び酸素の含有量が極限まで低減されたものが使用されていると解するのが合理的であるから、同【表1】中、水及び酸素の「添加量」の値が「0(N.D.)」又は「0」となっている組成物は、それらの「含有量」の値が検出限界未満であるものと解される。そのため、当該「添加量」の値が「10」、「0.345」などとなっている組成物の、「含有量」の値も、これと実質的に変わりはないものと考えるが妥当である(仮に、例えば、同表において「水の添加量」が「10」と記載された組成物は、初期の検出限界未満の含有量を加算して考えると、トータルの「水の含有量」は10を超えるものであるとしても、同表に示された当該組成物の実験結果は、「水の含有量」が10である態様の実験結果を類推するのに十分なものであるといえる。)。
そうすると、本件特許明細書の発明の詳細な説明には、【0015】、【0023】、【0024】、【0030】などにおいて、水や酸素の作用効果やそれらの「含有量」の好適な範囲(解決課題との関係)について説明され、上記【表1】において具体例の裏付けも存在するということができるから、当業者は、これらの記載に基づいて、本件訂正発明が規定する上記「含有量」の範囲(さらにいうと、後記「第5 4(1)イ(ア)」の「特性による規定」によってさらに限定された範囲)であれば、当該発明が解決しようとする課題(分解及び酸化が抑制された安定性に優れるハロオレフィン類組成物並びその使用を提供すること。【0008】参照)を解決することができると認識できると認められる。
したがって、本件特許に係る出願は、サポート要件に適合するものといえる。

3 小括
以上のとおり、本件特許は、特許法第36条第6項第1号及び第2号並びに同条第4項第1号の規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものとは認められないから、同法第113条第4号に該当することを理由にこれを取り消すことはできない。

第5 第1回及び第2回取消理由通知に記載した取消理由(新規性進歩性)について

次に、第1回及び第2回取消理由通知に記載した取消理由((新規性進歩性))について検討をする。なお、当該取消理由は、特許異議申立書に記載された特許異議申立理由と同旨のものである。

1 標記取消理由の概要と採用した証拠類
標記取消理由において、当審は、本件訂正前の本件特許(設定登録時及び平成29年6月27日付け訂正後のもの)に対して、下記甲第1号証を主引例とする特許法第29条第1項第3号(新規性)及び同条第2項(進歩性)所定の規定違反、並びに、下記甲第9号証を主引例とする特許法第29条第1項第3号(新規性)及び同条第2項(進歩性)所定の規定違反を指摘した。
採用した証拠類は次のとおりである。
・甲第1号証:特表2012-500185号公報
・甲第2号証:国際公開第2013/161724号
・甲第4号証:国際公開第2010/098451号
・甲第5号証:特許第4699758号公報
・甲第6号証:特開2013-209592号公報
・甲第7号証:特開2014-47267号公報
・甲第9号証:AHRI Standard700 2011年発行
なお、上記「第4」のとおり、本件訂正後の本件特許に係る出願には、サポート要件などについての記載不備は認められないから、本件特許明細書(【0011】、【0012】、【0023】、【0028】、【0030】、【0047】など)に記載された、酸化・分解安定性の向上に係る効果は、本件訂正発明全般にわたって奏される有意なものと捉えて、以下検討をする。

2 甲第1号証に記載された発明(甲1発明)
(1) 甲第1号証には、2,3,3,3-テトラフルオロプロペンと水からなる共沸又は共沸様組成物の性質を利用する「水分濃度の低下した2,3,3,3-テトラフルオロプロペン」の製造方法が記載され(【0001】)、当該「水分濃度の低下した2,3,3,3-テトラフルオロプロペン」の具体例として、実施例2、3には、次のもの(ストリームS13、S15)が記載されている。
・実施例2(【0037】?【0042】、【表2】、【図2】)に記載されたストリームS13
水分を50ppm含む2,3,3,3-テトラフルオロプロペンを、10kg/hrの速度で高さ2m、径7cmの精留塔中段に仕込み(ストリームF11)、塔の運転圧力:0.6MPa、塔頂温度:21℃、還流比:16の条件で精留を行い(【0038】)、塔頂から水分の濃縮された2,3,3,3-テトラフルオロプロペンを1kg/hrの速度で抜き出し(ストリームS11)、モレキュラーシーブを充填した乾燥塔へフィードし、乾燥したものであって(【0039】)、水分濃度(重量単位)が5ppmであるもの(【表2】)。
・実施例3(【0043】?【0048】、【表3】、【図3】)に記載されたストリームS15
水分を50ppm含む2,3,3,3-テトラフルオロプロペンを、10kg/hrの速度で高さ2m、径7cmの精留塔中段に仕込み(ストリームF11)、塔の運転圧力:0.6MPa、塔頂温度:21℃、還流比:16の条件で精留を行い(【0044】)、塔頂から水分の濃縮された2,3,3,3-テトラフルオロプロペンを抜き出し、1kg/hrの速度でデカンタに供給し(ストリームS11)、2℃に冷却して液液分離を行い、下層を液体として抜き出し(ストリームS14)、モレキュラーシーブ4Aを充填した塔を通して乾燥したものであって(【0045】)、水分濃度(重量単位)が5ppmであるもの(【表3】)。
(2) なお、上記実施例2、3には、ストリームS13、S15以外に、水分濃度が3ppmであるストリームS12も記載されており、水分濃度が最も低い当該ストリームS12のみが、上記「水分濃度の低下した2,3,3,3-テトラフルオロプロペン」に該当するとの疑義もあるが、上記ストリームS13、15は、甲第1号証の【0021】の記載に従って調製されたものである上、同【0009】に記載された解決課題の趣旨にも合致するものであるから、当該ストリームS13、15についても上記「水分濃度の低下した2,3,3,3-テトラフルオロプロペン」に該当すると解するのが合理的である。
(3) また、甲第1号証には、上記「水分濃度の低下した2,3,3,3-テトラフルオロプロペン」の製造方法の背景技術に関し、おおむね次の事項が記載されているから、上記ストリームS13、15は、冷媒の用途における使用を前提としたものであることが分かる。
・HFC-125、HFC-32などの冷媒は、地球温暖化物質であるなどの問題があることから、これを解決する物質として、最近、温暖化係数の低いオレフィンのHFCである2,3,3,3-テトラフルオロプロペン(HFO-1234yf)が注目されていること(【0002】、【0003】)、
・当該HFO-1234yfの製造過程においては、水分が必ず混入することになるところ、最終製品であるHFO-1234yfに含まれる水分は、HFO-1234yfの安定性や装置の腐食性、冷媒としての能力などに影響を及ぼすため、品質管理上も重要なファクターの一つであり、水分を除去する方法は特に重要な技術であること(【0004】?【0006】)
(4) 以上の点を、特に上記ストリームS13、15に着目してまとめると、甲第1号証には、次の発明が記載されているといえる。
「水分濃度が5重量ppmであり、冷媒の用途に用いる、水分濃度の低下した2,3,3,3-テトラフルオロプロペン、及び、その冷媒の用途としての使用」(以下、「甲1発明」という。)

3 甲第9号証に記載された発明(甲9発明)
(1) 甲第9号証(抄訳文参照)には、フルオロカーボン冷媒の使用に関する2011年規格(基準)が記載されているところ(表紙)、「1.1」には、この基準の目的は、AHRIの範囲内で、新規および既存の冷凍および空調製品を使用するために、フルオロカーボン冷媒の供給源に関わらず、純度の仕様を確定する事、成分を確認する事、許容性に関する試験方法を規定する事であることが記載され、「2.1」には、この基準では、フルオロカーボン冷媒の供給源に関わらず、不純物の許容レベルおよび好ましい試験方法を明記することが記載され、「5.4.2」には、含水量の値は、質量ppmで表記し、Table 1A、1B、1Cの最大値を超えてはならないことが記載され、「5.10.1」には、非凝縮性成分の決定のためには、気相サンプルを用いる必要があり、非凝縮性ガスは、主に冷媒の気相に溜った空気から成り、冷媒の液相への空気の溶解度は極めて低く、空気は液相内の混入物資としては重要ではなく、非凝縮性ガスが存在すると、冷媒を貯蔵タンクやシリンダーに移した際に、品質管理が低下する懸念がある旨記載され、「5.10.2」には、試験サンプルの蒸気相における非凝縮性物の最大許容量は、Table 1A、1B、1Cに記載の25℃における最大値を超えてはならないことが記載され、「Table 1A」には、単一成分の冷媒の特性とこれらの冷媒における不純物の最大許容レベルと題し、R-1234yfにおける不純物の最大許容レベルについて、気相における不純物である「空気その他の非凝縮性ガス」は「25℃において1.5体積%」、液相における不純物である「水」は「10質量ppm」であることが記載されている。
(2) 上記記載から、次の発明を認めることができる。
「冷凍及び空調製品において冷媒として使用されるR-1234yfであって、気相における不純物である空気その他の非凝縮性ガスの最大許容レベルが25℃において1.5体積%に、液相における不純物である水の最大許容レベルが10質量ppmに、それぞれ管理されたもの、及び、その冷媒の用途としての使用」(以下、「甲9発明」という。)

4 甲第1号証を主引例とした場合の新規性進歩性の判断
(1) 本件訂正発明8について
ア 甲1発明との対比
本件訂正発明8と甲1発明とを対比すると、甲1発明の「水分濃度の低下した2,3,3,3-テトラフルオロプロペン」は、本件訂正発明8における「ハロオレフィン類と水を含むハロオレフィン類組成物」にあたるものであるといえる。また、甲1発明は、冷媒の用途としての使用に関するものであるところ、一般に、冷媒は、主として冷凍機(冷凍サイクル装置)において使用されるとともに、2,3,3,3-テトラフルオロプロペンも、冷媒として、冷凍機における使用に供されていることに照らすと、甲1発明における「冷媒の用途」には、「冷凍機における冷媒の用途」も含まれていると解するのが相当である。
そうすると、両者は、次の点で相違し、その余の点で一致するといえる。
・相違点A:
本件訂正発明8は、ハロオレフィン類組成物の成分組成に関し、次のように規定する。
「前記ハロオレフィン類の全量に対して、前記水の含有量が3重量ppmを超え、10重量ppm以下であり、
前記ハロオレフィン類の全量に対して、酸素の含有量が0.35mol%以下であり、
前記ハロオレフィン類が、テトラフルオロプロペンであり、前記テトラフルオロプロペンが、2,3,3,3-テトラフルオロプロペンであり、
密閉されたガラス製チューブ(ID8mmΦ×OD12mmΦ×L300mm)に前記ハロオレフィン類組成物を封入し、前記チューブを150℃の雰囲気下の恒温槽内に静置させ、この状態で1週間保持し、その後、前記恒温槽から取り出して冷却し、前記チューブ内のハロオレフィン類組成物中のF^(-)の含有量を測定した場合に330重量ppm以下である」
これに対して、甲1発明は、上記の規定のうち、「前記ハロオレフィン類の全量に対して、酸素の含有量が0.35mol%以下であり」という規定、及び、「密閉されたガラス製チューブ(ID8mmΦ×OD12mmΦ×L300mm)に前記ハロオレフィン類組成物を封入し、前記チューブを150℃の雰囲気下の恒温槽内に静置させ、この状態で1週間保持し、その後、前記恒温槽から取り出して冷却し、前記チューブ内のハロオレフィン類組成物中のF^(-)の含有量を測定した場合に330重量ppm以下である」という規定を満足するか否かは不明である。
イ 相違点Aの検討
(ア) まず、本件訂正発明8が特定する、上記成分組成に関する規定についてみると、当該規定は、次の4つの規定からなることが分かる。
・水の含有量に関する規定:「前記ハロオレフィン類の全量に対して、前記水の含有量が3重量ppmを超え、10重量ppm以下であり」
・酸素の含有量に関する規定:「前記ハロオレフィン類の全量に対して、酸素の含有量が0.35mol%以下であり」
・成分に関する規定:「前記ハロオレフィン類が、テトラフルオロプロペンであり、前記テトラフルオロプロペンが、2,3,3,3-テトラフルオロプロペンであり」
・特性による規定:「密閉されたガラス製チューブ(ID8mmΦ×OD12mmΦ×L300mm)に前記ハロオレフィン類組成物を封入し、前記チューブを150℃の雰囲気下の恒温槽内に静置させ、この状態で1週間保持し、その後、前記恒温槽から取り出して冷却し、前記チューブ内のハロオレフィン類組成物中のF^(-)の含有量を測定した場合に330重量ppm以下である」
ここで、上記「特性による規定」が特定しようとする内容について、さらに精査する。
本件特許明細書の【0046】【表1】によると、F^(-)の含有量は、酸素の添加量(酸素の含有量と実質的に同じ)が減少すると、減少し、水の添加量(水の含有量と実質的に同じ)が減少すると、増加することが分かる。そして、同表のNo.14には、(酸素の添加量、水の添加量)=(0.345モル%、10重量ppm)のときに、F^(-)の含有量は330重量ppmとなることが示されている。
そうすると、例えば、当該No.14のケースよりも、水の添加量(水の含有量)が減少した場合(酸素の添加量は0.345モル%のままで、水の添加量が10重量ppm未満である5重量ppmなどに減少した場合)には、当該F^(-)の含有量は330重量ppmを大きく上回ることが予想されるから、上記した「水の含有量に関する規定」(3重量ppmを超え、10重量ppm以下)及び「酸素の含有量に関する規定」(0.35mol%以下)により画定される、水及び酸素の含有量の領域内にあっても、当該「特性による規定」を満足しないものが存在することが分かる(上記の例の場合、水の含有量は5重量ppm、酸素の含有量は0.345モル%であるから、当該領域内の態様といえるが、「特性による規定」を満足しない。)。すなわち、当該「特性による規定」は、上記「水の含有量に関する規定」及び「酸素の含有量に関する規定」により画定される領域を、さらに限定するものであることを理解することができる。
(イ) 次に、甲第2号証に記載された技術的事項についてみると、甲第2号証には、2,3,3,3-テトラフルオロプロペンなどのテトラフルオロプロペンを密閉容器内で、気相と液相とを有する気液状態で保存する方法が記載されている(【請求項1】、【0002】)。そして、当該保存方法において、気相における酸素濃度が3000体積ppm未満であれば、液相及び気相のテトラフルオロプロペンの重合等の反応を十分に防止できること、及び、テトラフルオロプロペンは気相における酸素濃度が0?3体積ppmにおいては、テトラフルオロプロペンの重合が進行しないとの知見に基づき、気相における酸素濃度を3体積ppm以上とすることで、酸素濃度を0体積ppm近くの極限まで排除する必要がなくなり、これによって製造コスト等を抑えることができること、さらには、気相におけるより好ましい酸素濃度は、温度25℃で5体積ppm以上1000体積ppm未満であり、最も好ましくは6体積ppm以上500体積ppm以下であることが記載されている(【0019】)。また、甲第2号証には、実際に実施例1?6として、気相の酸素濃度が6?2000体積ppmである態様も記載されている(【0029】【表1】)。
このように、甲第2号証には、2,3,3,3-テトラフルオロプロペンなどのテトラフルオロプロペン組成物において、テトラフルオロプロペンの重合反応の防止、及び、製造コストの抑制の観点から、気相の酸素濃度を3体積ppm以上3000体積ppm未満、すなわち、0.0003mol%以上0.3mol%未満とすること(より好ましい酸素濃度は、温度25℃で5体積ppm以上1000体積ppm未満であり、最も好ましくは6体積ppm以上500体積ppm以下)が記載されているといえる。
そうすると、甲第2号証には、本件訂正発明8の上記「酸素の含有量に関する規定」(0.35mol%以下)に関連する教示があるということができる。
(ウ) しかしながら、上記(ア)のとおり、本件訂正発明8は、「特性による規定」を具備し、これにより、「水の含有量に関する規定」(3重量ppmを超え、10重量ppm以下)及び「酸素の含有量に関する規定」(0.35mol%以下)により画定される領域を、さらに限定することから、甲1発明と甲第2号証に記載された技術的事項に基づいて本件訂正発明8が容易想到であるというためには、甲1発明の水分濃度(5重量ppm)と、甲第2号証に記載された酸素含有量に関連する教示(0.0003mol%以上0.3mol%未満)に加えて、当該「特性による規定」を満足するための酸素含有量(あるいは水分濃度)の最適化が必要になるところ(例えば、上記した本件特許明細書の【0046】【表1】を参酌すると、水の含有量が5重量ppmのとき、当該「特性による規定」を満足するためには、酸素の含有量を0.3mol%よりも相当程度低くする必要があると解される。)、上記甲各号証(なお、甲第4?7号証は冷凍機油に関する周知の技術的事項を開示するものである。)をみても、当該最適化が当業者にとって容易想到の事項であるというに足りる根拠は見当たらない。
そして、本件訂正発明8は、当該「特性による規定」を含む、上記成分組成に関するすべての規定を満足するハロオレフィン類組成物を用いることによって、本件特許明細書に記載された、酸化・分解安定性の向上という本件訂正発明全般にわたって奏される有意な効果を奏するものである。
(エ) 以上を踏まえると、本件訂正発明8は、甲1発明との間に実質的な相違点を有し、当該相違点に係る本件訂正発明8の構成は、甲1発明及び甲第2号証に記載された技術的事項、さらには上記甲各号証の記載に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものともいえないから、甲1発明に対して新規性及び進歩性を有するものである。
(2) 本件訂正発明14について
本件訂正発明14は、本件訂正発明8の発明特定事項をすべて含むものであるから、当該本件訂正発明14についても、甲1発明に対して新規性及び進歩性を有するということができる。
(3) 本件訂正発明7について
本件訂正発明7は、本件訂正発明6を引用し、当該本件訂正発明6の発明特定事項をすべて具備するところ、当該本件訂正発明6は、本件特許異議申立の対象とはなっていないため、特許異議申立人から提出された上記甲各号証の証拠は、当該本件訂正発明6の特許法第29条所定の規定違反を根拠づけるための証拠として妥当なものではない。
したがって、本件訂正発明6の発明特定事項をすべて具備する本件訂正発明7について、甲各号証から特許法第29条所定の規定違反を認めることはできないから、甲1発明に対して新規性及び進歩性を有するものといえる。

5 甲第9号証を主引例とした場合の新規性進歩性の判断
(1) 本件訂正発明8について
ア 甲9発明との対比
本件訂正発明1と甲9発明とを対比すると、甲9発明の「R-1234yf」は「2,3,3,3-テトラフルオロプロペン」のことであり、また、甲9発明は、冷媒の用途としての使用に関するものであるところ、一般に、冷媒は、主として冷凍機(冷凍サイクル装置)において使用され、2,3,3,3-テトラフルオロプロペンも、当該冷媒として、冷凍機における使用に供されていることに照らすと、甲9発明における「冷媒の用途」には、「冷凍機における冷媒の用途」も含まれていると解するのが相当である。
そうすると、両者は、次の点で相違し、その余の点で一致するといえる。
・相違点B:
本件訂正発明8は、ハロオレフィン類組成物の成分組成に関し、次のように規定する。
「前記ハロオレフィン類の全量に対して、前記水の含有量が3重量ppmを超え、10重量ppm以下であり、
前記ハロオレフィン類の全量に対して、酸素の含有量が0.35mol%以下であり、
前記ハロオレフィン類が、テトラフルオロプロペンであり、前記テトラフルオロプロペンが、2,3,3,3-テトラフルオロプロペンであり、
密閉されたガラス製チューブ(ID8mmΦ×OD12mmΦ×L300mm)に前記ハロオレフィン類組成物を封入し、前記チューブを150℃の雰囲気下の恒温槽内に静置させ、この状態で1週間保持し、その後、前記恒温槽から取り出して冷却し、前記チューブ内のハロオレフィン類組成物中のF^(-)の含有量を測定した場合に330重量ppm以下である」
これに対して、甲9発明は、水に関しては、「液相における不純物である水の最大許容レベルが10質量ppm」と、酸素に関しては、「気相における不純物である空気その他の非凝縮性ガスの最大許容レベルが25℃において1.5体積%」と、それぞれ特定するものの、本件訂正発明8の上記の規定のすべてを満足するか否かは不明である。
イ 相違点Bの検討
(ア) 本件訂正発明8が特定する、上記成分組成に関する規定は、上記「4(1)イ(ア)」のとおり、「水の含有量に関する規定」、「酸素の含有量に関する規定」、「成分に関する規定」及び「特性による規定」の4つの規定からなるところ、当該「特性による規定」は、「水の含有量に関する規定」(3重量ppmを超え、10重量ppm以下)及び「酸素の含有量に関する規定」(0.35mol%以下)により画定される領域を、さらに限定するものである。
(イ) 一方、甲9発明は、水などの不純物の最大許容レベルしか規定していないため、当該発明が内包する具体的な形態については不明であるといわざるを得ないが、当該最大許容レベルを設定する以上、その近傍の数値に調製・管理された態様、すなわち、水の含有量が10重量ppm、酸素の含有量が0.3mol%(「空気その他の非凝集性ガス」の含有量が1.5体積%、すなわち、約1.5mol%であるとき、その大半を占める空気のうちの酸素の含有量は約0.3(=1.5*0.2)mol%である。)に近い態様を内包すると考えるのが妥当である。
しかしながら、上記「4(1)イ(ア)」のとおり、本件訂正発明8は、「特性による規定」を具備し、これにより、「水の含有量に関する規定」(3重量ppmを超え、10重量ppm以下)及び「酸素の含有量に関する規定」(0.35mol%以下)により画定される領域を、さらに限定し最適化するものであるから、甲第9号証にそこまでの技術的事項が記載されているということはできない。また、上記甲各号証をみても、単に、水と酸素の最大許容レベルを特定する甲9発明を基礎に、当該「特性による規定」をも満足するため、水及び酸素の含有量の最適化を行うことが、当業者にとって容易想到の事項であるというに足りる根拠も見当たらない。
そして、本件訂正発明8は、当該「特性による規定」を含む、上記成分組成に関するすべての規定を満足するハロオレフィン類組成物を用いることによって、本件特許明細書に記載された、酸化・分解安定性の向上という本件訂正発明全般にわたって奏される有意な効果を奏するものである。
(ウ) 以上を踏まえると、本件訂正発明8は、甲9発明との間に実質的な相違点を有し、当該相違点に係る本件訂正発明8の構成は、甲9発明、さらには上記甲各号証の記載に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものともいえないから、甲9発明に対して新規性及び進歩性を有するものである。
(2) 本件訂正発明14について
本件訂正発明14は、本件訂正発明8の発明特定事項をすべて含むものであるから、当該本件訂正発明14についても、甲9発明に対して新規性及び進歩性を有するということができる。
(3) 本件訂正発明7について
本件訂正発明7は、本件訂正発明6を引用し、当該本件訂正発明6の発明特定事項をすべて具備するところ、当該本件訂正発明6は、本件特許異議申立の対象とはなっていないため、特許異議申立人から提出された上記甲各号証の証拠は、当該本件訂正発明6の特許法第29条所定の規定違反を根拠づけるための証拠として妥当なものではない。
したがって、本件訂正発明6の発明特定事項をすべて具備する本件訂正発明7について、甲各号証から特許法第29条所定の規定違反を認めることはできないから、甲9発明に対して新規性及び進歩性を有するものといえる。

6 小括
以上のとおり、本件訂正発明7、8、14は新規性及び進歩性を有するものであるから、当該発明に係る本件特許7、8、14は、特許法第29条の規定に違反してされたものであるとは認められない。そのため、同法第113条第2号に該当することを理由にこれらの特許を取り消すことはできない。

第6 むすび

以上の検討のとおりであるから、本件訂正発明7、8、14に係る本件特許7、8、14については、取消理由通知に記載した理由及び特許異議申立書に記載された特許異議申立理由によって、取り消すことはできない。また、他にこれらの特許を取り消すべき理由を発見しない。
そして、本件訂正により請求項1?5、9?12は削除されたため、これらの請求項に係る本件特許1?5、9?12についての特許異議の申立ては却下する。
よって、結論とおり決定する。
 
発明の名称 (54)【発明の名称】
ハロオレフィン類組成物及びその使用
【技術分野】
【0001】
本発明は、ハロオレフィン類組成物及びその使用に関する。
【背景技術】
【0002】
HFC-125、HFC-32等に代表されるヒドロフルオロカーボン「HFC」は、オゾン層を破壊する物質として知られるCFC、HCFC等に替わる重要な代替物質として広く用いられている。このような代替物質として、HFC-32とHFC-125の混合物である「HFC-410A」や、HFC-125、HFC-134a及びHFC-143aの混合物である「HFC-404A」等が知られている。
【0003】
上記代替物質は、例えば、熱媒体、冷媒、発泡剤、溶媒、洗浄剤、噴射剤、消火剤等、多岐にわたる用途に利用されており、消費量も多い。一方で、上記物質はいずれもCO_(2)の数千倍の温暖化能力(いわゆる「GWP」と称される)をもつため、これらの物質の拡散によって、地球温暖化におよぼす影響が大きいことが懸念されている。この地球温暖化対策として使用後の物質回収が行われているが、すべてを回収できるわけではなく、また、漏洩等による拡散も無視できない。冷媒、熱媒体の用途においては、CO_(2)や炭化水素系物質による代替も検討されているものの、CO_(2)冷媒自体は効率が悪く、また、機器も大型化するので消費エネルギーを含めた総合的な温暖化ガス排出量の削減には課題が多い。また、炭化水素系物質は、その燃焼性の高さから安全性の面で問題が残る。
【0004】
上記問題を解決する物質として、現在では温暖化係数の低いハイドロハロオレフィン類が注目されている。ハイドロハロオレフィン類とは、水素、フッ素、塩素を含む不飽和炭化水素の総称であり、たとえば、以下のような化学式で示される物質が含まれる。尚、化学式の後のカッコ内は、冷媒用途において一般的に用いられている冷媒番号を表している。
CF_(3)CF=CF_(2) (HFO-1216yc、ヘキサフルオロプロペンともいう。)
CF_(3)CF=CHF (HFO-1225ye)
CF_(3)CF=CH_(2) (HFO-1234yf)
CF_(3)CH=CHF (HFO-1234ze)
CF_(3)CH=CH_(2) (HFO-1243zf)
CF_(3)CCl=CH_(2) (HCFO-1233xf)
CF_(2)ClCCl=CH_(2)(HCFO-1232xf)
CF_(3)CH=CHCl(HCFO-1233zd)
CF_(3)CCl=CHCl(HCFO-1223xd)
CClF_(2)CCl=CHCl(HCFO-1222xd)
CFCl_(2)CCl=CH_(2)(HCFO-1231xf)
CH_(2)ClCCl=CCl_(2)(HCO-1230xa)
これらの中でも特にフルオロプロペン類は、低GWPの冷媒、熱媒体の候補として有望な物質であるが、時間の経過等により徐々に分解が生じることがあり、決して安定性が高い物質とはいえない。そのため、このような物質を種々の用途に使用するにあたっては、その使用状況又は使用環境によって性能が徐々に低下する等の問題がある。
【0005】
フルオロプロペン類の安定性を高める方法としては、HFO-1234yfとCF_(3)Iとを含む組成物にフェノール化合物を添加する方法が知られている(例えば、特許文献1等を参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】国際公開第2005/103187号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記の方法では、フェノール化合物の作用によりHFO-1234yfの安定性が向上するものの、配合時のハンドリング性の観点からは課題が残るものである。また、上記のようにフェノール化合物を添加して安定性を向上させる方法では、フェノール化合物の作用によってフルオロプロペン類そのものの性能を低下させるおそれもあり、性能を維持しつつ安定性を向上させるという点においても問題が残るものであった。
【0008】
本発明は、上記に鑑みてなされたものであり、分解及び酸化が抑制された安定性に優れるハロオレフィン類を含み、熱媒体、冷媒、発泡剤、溶媒、洗浄剤、噴射剤、消火剤に用いるハロオレフィン類組成物を提供することを目的とする。また、本発明は、分解及び酸化が抑制された安定性に優れるハロオレフィン類を含むハロオレフィン類組成物の熱媒体、冷媒、発泡剤、溶媒、洗浄剤、噴射剤、消火剤への使用を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、上記目的を達成すべく鋭意研究を重ねた結果、ハロオレフィン類と水とを含む組成物を使用することで、上記目的を達成できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0010】
即ち、本発明は、下記のハロオレフィン類組成物及びその使用に関する。
1.ハロオレフィン類と水とを含み、熱媒体、冷媒、発泡剤、溶媒、洗浄剤、噴射剤及び消火剤の群から選ばれる少なくとも1種以上の用途に用いるハロオレフィン類組成物。
2.前記ハロオレフィン類の全量に対して、前記水の含有量が200重量ppm以下である、上記項1に記載の組成物。
3.さらに酸素を含む、上記項1又は2に記載の組成物。
4.前記ハロオレフィン類の全量に対して、酸素の含有量が0.35mol%以下である、上記項3に記載の組成物。
5.前記ハロオレフィン類が、テトラフルオロプロペンである、上記項1?4のいずれか1項に記載の組成物。
6.前記テトラフルオロプロペンが、2,3,3,3-テトラフルオロプロペンである、上記項5に記載の組成物。
7.前記テトラフルオロプロペンが、1,3,3,3-テトラフルオロプロペンである、上記項5に記載の組成物。
8.ポリアルキレングリコール及びポリオールエステルの少なくとも一方を潤滑油として含む、上記項1?7のいずれか1項に記載の組成物。
9.ハロオレフィン類と水とを含むハロオレフィン類組成物の、熱媒体、冷媒、発泡剤、溶媒、洗浄剤、噴射剤及び消火剤の群から選ばれる少なくとも1種以上の用途としての使用。
10.前記ハロオレフィン類の全量に対して、前記水の含有量が200重量ppm以下である、上記項9に記載の使用。
11.前記組成物がさらに酸素を含む、上記項9又は10に記載の使用。
12.前記ハロオレフィン類の全量に対して、前記酸素の含有量が0.35mol%以下である、上記項9?11のいずれか1項に記載の使用。
13.前記ハロオレフィン類が、テトラフルオロプロペンである、上記項9?12のいずれか1項に記載の使用。
14.前記テトラフルオロプロペンが、2,3,3,3-テトラフルオロプロペンである、上記項13に記載の使用。
15.前記テトラフルオロプロペンが、1,3,3,3-テトラフルオロプロペンである、上記項13に記載の使用。
16.前記組成物がポリアルキレングリコール及びポリオールエステルの少なくとも一方を潤滑油として含む、上記項9?15のいずれか1項に記載の使用。
【発明の効果】
【0011】
本発明に係るハロオレフィン類組成物は、熱媒体、冷媒、発泡剤、溶媒、洗浄剤、噴射剤及び消火剤のうちのいずれかの用途に用いられ、水分を必須の成分として含有する。この水分が含まれることにより、ハロオレフィン類の安定性が向上する。すなわち、ハロオレフィン類の分子内二重結合が安定に存在することができ、また、ハロオレフィン類の酸化も起こりにくくなるので、ハロオレフィン類が有する性能が長期間にわたって損なわれにくい。従って、上記組成物は、熱媒体、冷媒、発泡剤、溶媒、洗浄剤、噴射剤、消火剤として、安定した性能を発揮することができるので、これらの用途のいずれにも適している。
【0012】
また、本発明では、ハロオレフィン類と水とを含むハロオレフィン類組成物を、熱媒体、冷媒、発泡剤、溶媒、洗浄剤、噴射剤、消火剤として使用する。上述のようにハロオレフィン類組成物中のハロオレフィン類は安定した状態であるので性能が低下しにくい。よって、上記組成物は熱媒体、冷媒、発泡剤、溶媒、洗浄剤、噴射剤、消火剤にいずれの用途の使用にも適している。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の実施形態について詳細に説明する。
【0014】
熱媒体、冷媒、発泡剤、溶媒、洗浄剤、噴射剤及び消火剤の群から選ばれる少なくとも1種以上の用途に用いるハロオレフィン類組成物(以下「組成物」という)は、少なくともハロオレフィン類と水とを含む。
【0015】
組成物は、水分を必須の成分として含むことで、ハロオレフィン類の分子内二重結合が安定に存在でき、また、ハロオレフィン類の酸化も起こりにくくなるので、結果としてハロオレフィン類の安定性が向上する。
【0016】
上記ハロオレフィン類とは、フッ素、塩素等のハロゲン原子を置換基として有する不飽和炭化水素をいう。また、ハロオレフィン類は、すべての水素がハロゲン原子で置換されていてもよいし、一部の水素がハロゲン原子で置換されていてもよい。ハロオレフィン類の炭素数は特に制限されるわけではないが、例えば、炭素数3?10である。ハロオレフィン類の炭素数は、組成物中におけるハロオレフィン類の安定性がより高まるという点で、3?8であることが好ましく、3?6であることが特に好ましい。組成物中に含まれるハロオレフィン類は、1種のみの化合物であってもよいし、異なる2種以上の化合物であってもよい。
【0017】
特に好ましいハロオレフィン類としては、テトラフルオロプロペン、ペンタフルオロプロペンやトリフルオロプロペンが挙げられる。これらの化合物はいずれも、その異性体の種類については特に制限されない。特に好ましいハロオレフィン類の具体例としては、2,3,3,3-テトラフルオロプロペン(HFO-1234yf)、1,3,3,3-テトラフルオロプロペン(HFO-1234ze)、1,2,3,3-テトラフルオロプロペン(HFO-1234ye)、1,1,2,3-テトラフルオロプロペン(HFO-1234yc)、1,2,3,3,3-ペンタフルオロプロペン(HFO-1225ye)、1,1,3,3,3-ペンタフルオロプロペン(HFO-1225zc)、3,3,3-トリフルオロプロペン(HFO-1243zf)、1,1,1,4,4,4-ヘキサフルオロ-2-ブテン(HFO-1336mzz)、1,1,1,2,4,4,5,5,5-ノナフルオロペンテン(HFO-1429myz)等が例示される。
【0018】
上記ハロオレフィン類は、公知の製造方法によって製造されたものを使用することができる。そのような製造方法の一例としては、フルオロアルカンを触媒の存在下に脱フッ化水素する方法が挙げられる(例えば、特表2012-500182号公報に記載の方法)。フルオロアルカンの炭素数は特に制限はないが、3?8であることが好ましく、3?6であることが特に好ましい。例えば、ハロオレフィン類がテトラフルオロプロペンであれば、原料としてペンタフルオロプロパンを使用し、これを触媒の存在下で脱フッ化水素反応を行うことで、テトラフルオロプロペンを製造することができる。具体的に、ハロオレフィン類が2,3,3,3-テトラフルオロプロペン(HFO-1234yf)であれば、原料として1,1,1,2,3-ペンタフルオロプロパン及び/又は1,1,1,2,2-ペンタフルオロプロパンを使用し、これを触媒の存在下で脱フッ化水素反応を行えば2,3,3,3-テトラフルオロプロペン(HFO-1234yf)を得ることができる。また、ハロオレフィン類が1,3,3,3-テトラフルオロプロペン(HFO-1234ze)であれば、原料として1,1,1,3,3-ペンタフルオロプロパンを使用し、これを触媒の存在下で脱フッ化水素反応を行えば1,3,3,3-テトラフルオロプロペン(HFO-1234ze)が得られる。
【0019】
上記製造方法によってハロオレフィン類を製造する場合は、目的のハロオレフィン類の他に副生成物も含まれ得る。この場合、得られた生成物を精製するなどして副生成物を除去して、目的物の2,3,3,3-テトラフルオロプロペンを純度良く得てもよい。あるいは、精製をしないか、精製の精度を下げるなどして副生成物を含んだ状態でハロオレフィン類を得るようにしてもよい。例えば、2,3,3,3-テトラフルオロプロペンを上述の製造法で製造する場合、副生成物としてE体及びZ体の1,3,3,3-テトラフルオロプロペン等が生成する。この場合、得られた生成物を精製するなどして上記の副生成物を除去して、目的物の2,3,3,3-テトラフルオロプロペンを純度良く得てもよいし、E体及びZ体の1,3,3,3-テトラフルオロプロペンを副生成物として含んでいてもよい。従って、ハロオレフィン類が、フルオロアルカンを触媒の存在下に脱フッ化水素する方法によって製造された場合は、ハロオレフィン類には副生成物が含まれた状態であってよい。なお、上記製造方法では、触媒としては酸化クロム又はフッ素化された酸化クロム等のクロム触媒、その他の金属触媒を用いることができ、反応温度は200?500℃の範囲内で行うことができる。
【0020】
上記副生成物は、ハロオレフィン類の全量に対して0.1重量ppm以上10000重量ppm未満含まれていることが好ましく、この範囲であれば、ハロオレフィン類の安定化作用が阻害されるおそれは小さい。
【0021】
水の種類としては特に限定されず、蒸留水、イオン交換水、濾過水、水道水、その他、市販の純水生成機等で得られる超純水等の精製水等を使用することができる。ただし、水にHCl等の酸分が含まれると、設備を腐食させたり、ハロオレフィン類を安定化させる効果が低減したりするおそれがあるので、通常採用される分析手法において検出限界以下となる程度にまでにHCl等を除去しておくことが好ましい。この場合の酸分の含有量は、組成物中に含まれるハロオレフィン類、水及び副生成物の全量に対して、好ましくは10重量ppm以下、より好ましくは1重量ppm以下である。
【0022】
水のpHについては、特に限定されないが通常は6?8の範囲内であればよい。水に含まれる酸分が上記範囲内にあれば、水のpHは通常この範囲内に入るはずである。
【0023】
組成物に含まれる水の含有量は、ハロオレフィン類の全量に対して200重量ppm以下であることが好ましい。この場合、ハロオレフィン類を安定化させる作用が充分に発揮される。また、水の含有量がハロオレフィン類の全量に対して200重量ppm以下、より好ましくは30重量ppm未満であれば、機器を腐食させたり、ハロオレフィン類の分解を逆に促進させたりするのを防止しやすくなる。組成物に含まれる水の含有量の下限値は、本発明の効果が発揮される限り限定はされないが、例えば、0.1重量ppmとすることができ、より好ましくは3重量ppmとすることができる。この範囲であれば、組成物中におけるハロオレフィン類の安定性がさらに向上する。
【0024】
組成物に含まれる水の含有量は、3重量ppmを超え、30重量ppm未満であることが特に好まく、この場合、組成物中におけるハロオレフィン類の安定性がさらに向上する。また、組成物に含まれる水の含有量が30重量ppm未満であることで、冷媒性能が阻害されるのも抑制される。
【0025】
ハロオレフィン類を製造した際に上記の副生成物を含有する場合にあっては、その副生成物の組成物に含まれる含有量は、ハロオレフィン類の全量に対して0.1重量ppm以上10000重量ppm未満であることが好ましい。この範囲であれば、ハロオレフィン類の安定化作用が充分に発揮される。
【0026】
組成物には、本発明の効果が阻害されない程度であれば、その他の公知の添加物を含有していてもよい。その他の添加物は、組成物の全量に対して50重量%以下であることが好ましく、40重量%以下であることがより好ましい。
【0027】
組成物を調製する方法は特に限定されず、例えば、各成分をそれぞれ準備し、これらを所定の配合量で混合することで組成物を得ることができる。
【0028】
上記の組成物では、水が存在することによって、ハロオレフィン類の二重結合が安定に存在し、酸化等も起こりにくいので、ハロオレフィン類の安定性が高い。そのため、通常のハロオレフィン類に比べて長期間の保存ができるようになる。しかも、ハロオレフィン類の安定性が高いことで、ハロオレフィン類が有する性能が損なわれるおそれも小さい。
【0029】
従って、上記組成物は、熱媒体、冷媒、発泡剤、溶媒、洗浄剤、噴射剤及び消火剤の各種用途に対して安定した性能を付与することができる。すなわち、ハロオレフィン類の分解や酸化が起こりにくいので、各種用途において性能の低下を引き起こしにくく、例えば、長期間経過したとしても安定な性能が保持される。よって、上記組成物は、熱媒体、冷媒、発泡剤、溶媒、洗浄剤、噴射剤、消火剤のいずれの用途に用いても、それらの用途に対して優れた機能を発揮することができる。
【0030】
上記組成物はさらに酸素を含むこともできる。組成物が酸素を含む場合、酸素の含有量はハロオレフィン類の全量に対して0.35mol%以下であることが好ましい。酸素の含有量この範囲であれば、組成物中におけるハロオレフィン類の安定性がさらに向上する。この観点から、組成物における酸素の含有量は少ないほど好ましいが、上述のように組成物は水を含んでいるので、上記の範囲内の酸素量であれば、その水の作用によって、ハロオレフィン類の安定性は保持され得る。組成物における酸素の含有量の下限値は、例えば、ガスクロマトグラフィーの検出限界である1ppmとすることができる。
【0031】
ハロオレフィン類は従来から熱媒体、冷媒、発泡剤、溶媒、洗浄剤、噴射剤、消火剤として使用されているが、上記組成物におけるハロオレフィン類は、特にその安定性が優れているので、上記組成物は、上記各種用途いずれの用途への使用にも特に適している。
【0032】
熱媒体、冷媒、発泡剤、溶媒、洗浄剤、噴射剤及び消火剤の用途に用いられるハロオレフィン類の具体例としては、2,3,3,3-テトラフルオロプロペン(HFO-1234yf)、1,3,3,3-テトラフルオロプロペン(HFO-1234ze)、1,2,3,3-テトラフルオロプロペン(HFO-1234ye)、1,1,2,3-テトラフルオロプロペン(HFO-1234yc)、1,2,3,3,3-ペンタフルオロプロペン(HFO-1225ye)、1,1,3,3,3-ペンタフルオロプロペン(HFO-1225zc)、3,3,3-トリフルオロプロペン(HFO-1243zf)、1,1,1,4,4,4-ヘキサフルオロ-2-ブテン(HFO-1336mzz)、1,1,1,2,4,4,5,5,5-ノナフルオロペンテン(HFO-1429myz)等が挙げられる。
【0033】
組成物を冷媒や熱媒体として使用する場合は、ハロオレフィン類としては、2,3,3,3-テトラフルオロプロペン(HFO-1234yf)、1,3,3,3-テトラフルオロプロペン(HFO-1234ze)、1,2,3,3-テトラフルオロプロペン(HFO-1234ye)、1,2,3,3,3-ペンタフルオロプロペン(HFO-1225ye)、3,3,3-トリフルオロプロペン(HFO-1243zf)等が特に有利である。
【0034】
組成物を冷媒や熱媒体として使用する場合は、潤滑油としてポリアルキレングリコール及びポリオールエステルの少なくとも一方を組成物中に含んでいてもよい。この場合、潤滑油は、組成物中に含まれるハロオレフィン類、水及び副生成物の全量に対して、10?50質量%含むことができるが、冷凍機のオイルタンクの仕様により異なるので、特にこの範囲に限定されるものではない。この範囲であれば、ハロオレフィン類の安定性が損なわれるおそれはない。また、潤滑油は、ポリビニルエーテル(PVE)をさらに含んでもよいし、ポリビニルエーテル単独で構成されるものであってもよい。
【0035】
ポリアルキレングリコール(PAG)としては、たとえば、日本サン石油株式会社製「SUNICE P56」等が挙げられる。また、ポリオールエステル(POE)としては、たとえばJX日鉱日石エネルギー株式会社製「Ze-GLES RB32」等が挙げられる。
【0036】
ハロオレフィン類を主成分とする冷媒や熱媒体は、従来、金属等と接触した際に分解や酸化が起こりやすく、冷媒、熱媒体としての性能が損なわれやすいが、上記組成物を冷媒や熱媒体として使用すれば、ハロオレフィン類の高い安定性により、性能の低下が抑制される。
【実施例】
【0037】
以下、実施例により本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれら実施例の態様に限定されるものではない。
【0038】
(実施例1)
2,3,3,3-テトラフルオロプロペン(以下「HFO-1234yf」と略記する)と、水とを準備し、これらを配合することで、HFO-1234yfに対して水の含有量が10重量ppm、200重量ppm、10000重量ppmの3種類のハロオレフィン類組成物を調製した。なお、上記HFO-1234yfは、たとえば、特開2012-500182号公報の実施例1、特開2009-126803号公報に示されるような方法で製造した。このとき生成するHFは水洗塔、NaOH水溶液のアルカリ塔により脱酸した。得られたハロオレフィン類組成物は、HFO-1234yfの製造において生成した副生成物(例えば、1,3,3,3-テトラフルオロプロペン)が含まれ得る。
【0039】
(実施例2)
1,3,3,3-テトラフルオロプロペン(以下「HFO-1234ze」と略記する)と、水とを準備し、これらを配合することで、HFO-1234zeに対して水の含有量が10重量ppm、200重量ppm、10000重量ppmの3種類のハロオレフィン類組成物を調製した。なお、上記HFO-1234zeは、たとえば、特開2012-500182号公報に記載の方法のようにHFC-245ebの脱HFによりHFO-1234yfと共に得た。このとき生成したHFは水洗塔、NaOH水溶液のアルカリ塔により脱酸した。
【0040】
(比較例1)
水を配合しなかったこと以外は実施例1と同様の方法にてハロオレフィン類組成物を得た。
【0041】
(比較例2)
水を配合しなかったこと以外は実施例2と同様の方法にてハロオレフィン類組成物を得た。
【0042】
(ハロオレフィン類の安定性試験1)
上記実施例及び比較例で得られたハロオレフィン類組成物の各々について、以下のようにハロオレフィン類の安定性試験を行った。片側を溶封済みのガラス製チューブ(ID8mmΦ×OD12mmΦ×L300mm)に、ハロオレフィン類組成物をハロオレフィン類の含有量が0.01molとなるように加えた。チューブは溶封により密閉状態とした。このチューブを150℃の雰囲気下の恒温槽内に静置させ、この状態で1週間保持した。その後、恒温槽から取り出して冷却し、チューブ内のガス中の酸分の分析を行うことで、ハロオレフィン類の安定性を評価した。
【0043】
(ハロオレフィン類の安定性試験2)
上記実施例及び比較例で得られたハロオレフィン類組成物の各々について、以下のようにハロオレフィン類の安定性試験を行った。片側を溶封済みのガラス製チューブ(ID8mmΦ×OD12mmΦ×L300mm)にハロオレフィン類組成物をハロオレフィン類の含有量が0.01molとなるように加えた。次いで、酸素濃度がハロオレフィン類の充填モル数に対し所定のモル濃度(0.010モル%、0.115モル%又は0.345モル%)になるように調整して酸素をチューブ内に封入した。このチューブを150℃の雰囲気下の恒温槽内に静置させ、この状態で1週間保持した。その後、恒温槽から取り出して冷却し、チューブ内のガス中の酸分の分析を行うことで、ハロオレフィン類の安定性を評価した。
【0044】
ここで、ガス中の酸分の分析は次のような方法で行った。上記冷却後のチューブを、液体窒素を用いて、チューブ内に滞留するガスを完全に凝固させた。その後、チューブを開封し、徐々に解凍してガスをテドラーバッグに回収した。このテドラーバッグに純水5gを注入し、回収ガスとよく接触させながら酸分を純水に抽出するようにした。抽出液をイオンクロマトグラフィーにて検出して、フッ化物イオン(F^(-))及びトリフルオロ酢酸イオン(CF_(3)COO^(-))の含有量(重量ppm)を測定した。
【0045】
表1に試験結果を示す。尚、表1中「yf」及び「ze(E)」はそれぞれ、「HFO-1234yf」及び「HFO-1234ze」を示す。また、「ze(E)」における(E)は、HFO-1234zeがE体であることを示す。
【0046】
【表1】

【0047】
表1のNo.5?8はいずれも酸素の添加量を0.010モル%としたものであるが、No.5では、水を含有しない組成物であるので、水を含有するNo.6?8に比べると酸分の含有量が多くなっていることがわかる。つまり、No.5では、酸分の含有量が多いことから、ハロオレフィン類であるHFO-1234yfの分解や酸化がNo.6?8に比べて促進していることがわかる。この結果から、水を含有する組成物では、ハロオレフィン類であるHFO-1234yfが安定化していることがわかる。また、No.9?12はいずれも酸素の添加量を0.115モル%、No.13?16はいずれも酸素の添加量を0.345モル%としたものであるが、酸素の添加が0.115モル%の場合と同様の傾向が見られた。さらに、ハロオレフィン類がHFO-1234zeの場合においても(No.21?24,25?28,29?32)同様の傾向が見られた。尚、No.1?4及びNo.17?20ではいずれも、酸分の含有量は1重量ppmを下回っており、ハロオレフィン類の分解はほとんど進行していないことがわかる。これは、系内へ酸素を添加しなかったので、酸化等が起こらなかったためであると考えられる。従って、酸素がほとんど存在しない系では、組成物中に水が含まれるか否かによらず、いずれのハロオレフィン類も安定な状態である。
【0048】
以上より、本発明のように、組成物に含まれる水がハロオレフィン類を安定化していることは明らかである。このことから、上記組成物は、熱媒体、冷媒、発泡剤、溶媒、洗浄剤、噴射剤、消火剤のいずれに対しても優れた性能を発揮することができ、その性能は安定的に保持されるものであるといえる。従って、上記組成物は、熱媒体、冷媒、発泡剤、溶媒、洗浄剤、噴射剤、消火剤のいずれの使用にも適しているといえる。
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
(削除)
【請求項2】
(削除)
【請求項3】
(削除)
【請求項4】
(削除)
【請求項5】
(削除)
【請求項6】
ハロオレフィン類と水とを含み、
前記ハロオレフィン類の全量に対して、前記水の含有量が200重量ppm以下であり、
前記ハロオレフィン類が、テトラフルオロプロペンであり、前記テトラフルオロプロペンが、1,3,3,3-テトラフルオロプロペンである、
熱媒体、冷媒、発泡剤、溶媒、洗浄剤、噴射剤及び消火剤の群から選ばれる少なくとも1種以上の用途に用いるハロオレフィン類組成物。
【請求項7】
ポリアルキレングリコール及びポリオールエステルの少なくとも一方を潤滑油として含む、請求項6に記載の組成物。
【請求項8】
ハロオレフィン類と水と酸素とを含むハロオレフィン類組成物であって、
前記ハロオレフィン類の全量に対して、前記水の含有量が3重量ppmを超え、10重量ppm以下であり、
前記ハロオレフィン類の全量に対して、前記酸素の含有量が0.35mol%以下であり、
前記ハロオレフィン類が、テトラフルオロプロペンであり、前記テトラフルオロプロペンが、2,3,3,3-テトラフルオロプロペンであり、
密閉されたガラス製チューブ(ID8mmΦ×OD12mmΦ×L300mm)に前記ハロオレフィン類組成物を封入し、前記チューブを150℃の雰囲気下の恒温槽内に静置させ、この状態で1週間保持し、その後、前記恒温槽から取り出して冷却し、前記チューブ内のハロオレフィン類組成物中のF^(-)の含有量を測定した場合に330重量ppm以下である、
ハロオレフィン類組成物の、冷凍機における熱媒体及び冷媒の群から選ばれる少なくとも1種以上の用途としての使用。
【請求項9】
(削除)
【請求項10】
(削除)
【請求項11】
(削除)
【請求項12】
(削除)
【請求項13】
ハロオレフィン類と水とを含み、前記ハロオレフィン類の全量に対して、前記水の含有量が200重量ppm以下であり、前記ハロオレフィン類が、テトラフルオロプロペンであり、前記テトラフルオロプロペンが、1,3,3,3-テトラフルオロプロペンであるハロオレフィン類組成物の、熱媒体、冷媒、発泡剤、溶媒、洗浄剤、噴射剤及び消火剤の群から選ばれる少なくとも1種以上の用途としての使用。
【請求項14】
前記組成物がポリアルキレングリコール及びポリオールエステルの少なくとも一方を潤滑油として含む、請求項8に記載の使用。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2018-07-24 
出願番号 特願2015-157995(P2015-157995)
審決分類 P 1 652・ 121- YAA (C07C)
P 1 652・ 537- YAA (C07C)
P 1 652・ 536- YAA (C07C)
P 1 652・ 113- YAA (C07C)
最終処分 維持  
前審関与審査官 吉田 邦久  
特許庁審判長 佐々木 秀次
特許庁審判官 木村 敏康
日比野 隆治
登録日 2016-07-08 
登録番号 特許第5962827号(P5962827)
権利者 ダイキン工業株式会社
発明の名称 ハロオレフィン類組成物及びその使用  
代理人 特許業務法人三枝国際特許事務所  
代理人 特許業務法人三枝国際特許事務所  

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