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審判番号(事件番号) データベース 権利
無効2017800007 審決 特許
不服20185437 審決 特許
不服20186287 審決 特許

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審決分類 審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  A61K
審判 全部申し立て 特29条の2  A61K
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  A61K
審判 全部申し立て 出願日、優先日、請求日  A61K
審判 全部申し立て 2項進歩性  A61K
管理番号 1345850
異議申立番号 異議2017-701044  
総通号数 228 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2018-12-28 
種別 異議の決定 
異議申立日 2017-11-09 
確定日 2018-09-25 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第6126983号発明「真核細胞におけるエキソンスキッピングの誘導」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6126983号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1-4〕、5、6、7について訂正することを認める。 特許第6126983号の請求項1ないし7に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6126983号の請求項1?7に係る特許(以下、「本件特許」ということがある。)についての出願は、平成13年9月21日(パリ条約による優先権主張外国庁受理 2000年9月21日 欧州特許庁)を国際出願日とする特願2002-529499号の一部を平成23年4月27日に新たな特許出願である特願2011-98952号とし、さらにその一部を平成25年12月18日に新たな特許出願としたものであって、平成29年4月14日にその特許権の設定登録がなされ、同年5月10日に特許掲載公報が発行され、その後、その特許について、平成29年11月9日に特許異議申立人 古藤弘一郎(以下、「申立人」という。)により特許異議の申立てがなされ、平成30年3月14日付けで取消理由が通知され、その指定期間内である平成30年6月14日に意見書の提出及び訂正の請求があったものである。

第2 訂正請求について
1.訂正の内容
平成30年6月14日付けの訂正請求書による訂正(以下、「本件訂正」という。)は、本件特許の特許請求の範囲を本件訂正請求書に添付した特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項1?7について訂正をすることを求めるものであり、その訂正事項は以下のとおりである(下線部は訂正箇所を示す)。

(1)訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1に「且つ該細胞内で該エキソンのスプライシング機構からの遮蔽および該エキソンのmRNA前駆体からの排除を促進するアンチセンスオリゴヌクレオチドを包含することを特徴とする医薬。」と記載されているのを、「且つ該細胞内で該エキソンのスプライシング機構からの遮蔽および該エキソンのmRNA前駆体からの排除を促進するアンチセンスオリゴヌクレオチド(ただし、該アンチセンスオリゴヌクレオチドが、DNAまたはホスホロチオエートDNAであってその塩基配列が、特開2002-10790において配列番号4で表されるGACCTGCTCAGCTTCTTCCTTAGCTTCCAGCであるものを除く)を包含することを特徴とする医薬。」と訂正する。

(2)訂正事項2
特許請求の範囲の請求項5に「且つ該細胞内で該エキソンのスプライシング機構からの遮蔽および該エキソンのmRNA前駆体からの排除を促進することを特徴とする核酸運搬体。」と記載されているのを、「且つ該細胞内で該エキソンのスプライシング機構からの遮蔽および該エキソンのmRNA前駆体からの排除を促進することを特徴とする核酸運搬体(ただし、該アンチセンスオリゴヌクレオチドが、DNAまたはホスホロチオエートDNAであってその塩基配列が、特開2002-10790において配列番号4で表されるGACCTGCTCAGCTTCTTCCTTAGCTTCCAGCであるものを除く)。」と訂正する。

(3)訂正事項3
特許請求の範囲の請求項6に「且つ該細胞内で該エキソンのスプライシング機構からの遮蔽および該エキソンのmRNA前駆体からの排除を促進することを特徴とする使用。」と記載されているのを、「且つ該細胞内で該エキソンのスプライシング機構からの遮蔽および該エキソンのmRNA前駆体からの排除を促進することを特徴とする使用(ただし、該アンチセンスオリゴヌクレオチドが、DNAまたはホスホロチオエートDNAであってその塩基配列が、特開2002-10790において配列番号4で表されるGACCTGCTCAGCTTCTTCCTTAGCTTCCAGCであるものを除く)。」と訂正する。

(4)訂正事項4
特許請求の範囲の請求項7に「且つ該細胞内で該エキソンのスプライシング機構からの遮蔽および該エキソンのmRNA前駆体からの排除を促進することを特徴とする使用。」と記載されているのを、「且つ該細胞内で該エキソンのスプライシング機構からの遮蔽および該エキソンのmRNA前駆体からの排除を促進することを特徴とする使用(ただし、該アンチセンスオリゴヌクレオチドが、DNAまたはホスホロチオエートDNAであってその塩基配列が、特開2002-10790において配列番号4で表されるGACCTGCTCAGCTTCTTCCTTAGCTTCCAGCであるものを除く)。」と訂正する。

2.本件訂正の適否
(1)一群の請求項について
訂正前の請求項2?4は、請求項1を直接又は間接に引用するものであり、訂正前の請求項1?4は一群の請求項である。そして、訂正事項1は、訂正前の請求項1に係る事項を訂正するものであるから、一群の請求項に対して請求されたものである。
したがって、本件訂正事項1は、特許法120条の5第4項に規定される「一群の請求項」についてするものである。

(2)訂正の目的の適否、新規事項の追加の有無、特許請求の範囲の拡張・変更の存否
上記訂正事項1?4は、請求項1、5、6及び7において、アンチセンスオリゴヌクレオチドから、「DNAまたはホスホロチオエートDNAであってその塩基配列が、特開2002-10790において配列番号4で表されるGACCTGCTCAGCTTCTTCCTTAGCTTCCAGCであるもの」を除外することにより、当該アンチセンスオリゴヌクレオチドを限定するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであって、新規事項の追加に該当せず、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。

3.むすび
以上のとおりであるから、本件訂正は、特許法第120条の5第2項第1号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合するので、これを認める。

第3 本件発明
上記のとおり本件訂正が認められるから、本件特許の請求項1?7に係る発明は、平成30年6月14日付け訂正請求書に添付の訂正特許請求の範囲の請求項1?7に記載された事項により特定される、以下のとおりのものである(以下、請求項1?7の特許に係る発明を、その請求項に付された番号順に、「本件発明1」等ということがある。また、これらをまとめて「本件発明」ということがある。)。
「【請求項1】
ジストロフィンmRNA前駆体を保有する細胞において、該ジストロフィンmRNA前駆体のスプライシングを制御し、ジストロフィンタンパク質を該細胞内で産生するための医薬であって、該ジストロフィンmRNA前駆体またはその一部分に含まれるエキソン53の内部領域に相補的な14?40個のヌクレオチドを含有し、且つ該細胞内で該エキソンのスプライシング機構からの遮蔽および該エキソンのmRNA前駆体からの排除を促進するアンチセンスオリゴヌクレオチド(ただし、該アンチセンスオリゴヌクレオチドが、DNAまたはホスホロチオエートDNAであってその塩基配列が、特開2002-10790において配列番号4で表されるGACCTGCTCAGCTTCTTCCTTAGCTTCCAGCであるものを除く)を包含することを特徴とする医薬。
【請求項2】
スプライシングによって得られるmRNAが、機能性ジストロフィンタンパク質をコードしていることを特徴とする、請求項1に記載の医薬。
【請求項3】
該機能性ジストロフィンタンパク質が、変異ジストロフィンタンパク質または正常ジストロフィンタンパク質であることを特徴とする、請求項2に記載の医薬。
【請求項4】
該変異ジストロフィンタンパク質が、ベッカー型筋ジストロフィー患者のジストロフィンタンパク質と同等であることを特徴とする、請求項3に記載の医薬。
【請求項5】
ジストロフィンmRNA前駆体を保有する細胞において、該ジストロフィンmRNA前駆体のスプライシングを制御し、ジストロフィンタンパク質を該細胞内で産生するためのアンチセンスオリゴヌクレオチドを放出することが可能な核酸運搬体であって、該アンチセンスオリゴヌクレオチドは、該ジストロフィンmRNA前駆体のエキソン53の一部に対して相補的であり、14?40個のヌクレオチドを含有し、且つ該細胞内で該エキソンのスプライシング機構からの遮蔽および該エキソンのmRNA前駆体からの排除を促進することを特徴とする核酸運搬体(ただし、該アンチセンスオリゴヌクレオチドが、DNAまたはホスホロチオエートDNAであってその塩基配列が、特開2002-10790において配列番号4で表されるGACCTGCTCAGCTTCTTCCTTAGCTTCCAGCであるものを除く)。
【請求項6】
ジストロフィンmRNA前駆体を保有する細胞において、該ジストロフィンmRNA前駆体のスプライシングを制御し、ジストロフィンタンパク質を該細胞内で産生するための医薬の製造における、アンチセンスオリゴヌクレオチドの使用であって、該アンチセンスオリゴヌクレオチドは、該ジストロフィンmRNA前駆体のエキソン53の一部に対して相補的であり、14?40個のヌクレオチドを含有し、且つ該細胞内で該エキソンのスプライシング機構からの遮蔽および該エキソンのmRNA前駆体からの排除を促進することを特徴とする使用(ただし、該アンチセンスオリゴヌクレオチドが、DNAまたはホスホロチオエートDNAであってその塩基配列が、特開2002-10790において配列番号4で表されるGACCTGCTCAGCTTCTTCCTTAGCTTCCAGCであるものを除く)。
【請求項7】
ジストロフィンmRNA前駆体を保有する細胞において、該ジストロフィンmRNA前駆体のスプライシングを制御し、ジストロフィンタンパク質を該細胞内で産生するための医薬の製造における、アンチセンスオリゴヌクレオチドを放出することが可能な核酸運搬体の使用であって、該アンチセンスオリゴヌクレオチドは、該ジストロフィンmRNA前駆体のエキソン53の一部に相補的であり、14?40個のヌクレオチドを含有し、且つ該細胞内で該エキソンのスプライシング機構からの遮蔽および該エキソンのmRNA前駆体からの排除を促進することを特徴とする使用(ただし、該アンチセンスオリゴヌクレオチドが、DNAまたはホスホロチオエートDNAであってその塩基配列が、特開2002-10790において配列番号4で表されるGACCTGCTCAGCTTCTTCCTTAGCTTCCAGCであるものを除く)。」

第4 取消理由の概要
平成30年3月14日付けで通知した取消理由は、訂正前の本件特許は、特許法第29条の2の規定により特許を受けることができないから、取り消されるべきものであるというものであり、具体的な理由は、以下のとおりである。

甲2(特開2002-10790号公報)の優先権主張基礎出願である先願1(特願2000-125448号)の願書に最初に添付された明細書、特許請求の範囲又は図面(以下、「先願明細書1」という。)には、以下の発明が記載されている。
「ヒトジストロフィンの前駆体mRNAのエクソン53に隣接するエクソンを構成する塩基配列において正常な塩基配列からの塩基の欠失による塩基数の変化に起因するDMDであって、該塩基数の正味の変化が(3×N+1)個(Nはゼロ又は自然数)の塩基の減少として表されるものであるDMDの治療剤であって、
薬剤学的に許容し得る注射可能な媒質中に、配列表において配列番号4で示された塩基配列、すなわち、gacctgctca gcttcttcct tagcttccag cを有するDNA及びこれと同一の塩基配列を有するホスホロチオエートDNAよりなる群より選ばれるものであるエクソン53のSESに対するアンチセンスオリゴヌクレオチドを含有し、
DMD患者への該アンチセンスオリゴヌクレオチドの投与により、スプライシングに際したエクソン53のスキッピングを誘導し、上記塩基の欠失により起こっていたリーディングフレームのずれを修復し、部分的に機能回復したジストロフィンタンパク質を産生させ、DMDをBMDに転換させ得る、
上記治療剤。」(以下、「先願発明1」という。)

「ヒトジストロフィンの前駆体mRNAにおけるエクソン53に隣接するエクソンを構成する塩基配列において正常な塩基配列からの塩基の欠失による塩基数の変化に起因するDMDであって、該塩基数の正味の変化が(3×N+1)個(Nはゼロ又は自然数)の塩基の減少として表されるものであるDMDの治療剤の製造のためのアンチセンスオリゴヌクレオチドの使用であって、
該アンチセンスオリゴヌクレオチドは、配列表において配列番号4で示された塩基配列、すなわち、gacctgctca gcttcttcct tagcttccag cを有するDNA及びこれと同一の塩基配列を有するホスホロチオエートDNAよりなる群より選ばれるものであるエクソン53のSESに対するアンチセンスオリゴヌクレオチドを含有し、
DMD患者への該アンチセンスオリゴヌクレオチドの投与により、スプライシングに際したエクソン53のスキッピングを誘導し、上記塩基の欠失により起こっていたリーディングフレームのずれを修復し、部分的に機能回復したジストロフィンタンパク質を産生させる、
上記使用。」(以下、「先願発明2」という。)

訂正前の本件特許の請求項1?5に係る発明は、先願発明1と同一であり、訂正前の本件特許の請求項6及び7に係る発明は、先願発明2と同一である。

よって、訂正前の本件請求項1?7に係る特許は、特許法第29条の2の規定により特許を受けることができないから、取り消されるべきものである。

第5 取消理由についての合議体の判断
本件訂正による訂正後の本件発明1、5、6及び7の記載では、先願発明1及び先願発明2に含まれる「DNAまたはホスホロチオエートDNAであってその塩基配列が、特開2002-10790において配列番号4で表されるGACCTGCTCAGCTTCTTCCTTAGCTTCCAGCである」「アンチセンスオリゴヌクレオチド」が除かれているから、本件発明1及び5は、先願発明1とは同一ではなく、また、本願発明6及び7は、先願発明2とは同一ではない。
よって、上記「第4 取消理由の概要」に記載の特許法第29条の2に係る取消理由は解消している。
この点は、請求項1を引用する請求項2?4についても同様である。

したがって、上記取消理由によっては、本件発明1?7に係る特許を取り消すことはできない。

第6 取消理由通知において採用しなかった特許異議申立理由の概要及び提出した証拠
1 申立理由の概要
上記取消理由で通知した理由のほかに、申立人は、甲第1?12号証を提出し、本件特許は、以下の理由1?4により、取り消されるべきものである旨主張している。なお、以下では、各甲号証を指して、それぞれ、単に「甲1」?「甲12」という。

(1)申立理由1(進歩性)
本件発明1?7は、甲4?甲7に記載された発明及び甲6?11に記載された事項に基づいて当業者が容易に想到できたものであるから、特許法第29条第2項の規定に違反するものであり、本件特許は、同法113条第2号に該当し、取り消すべきものである。

(2)申立理由2(実施可能要件)
本件明細書の発明の詳細な説明の記載は、本件発明1?7に記載の発明を当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されたものではないから、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしておらず、本件特許は、同法第113条第4号に該当し、取り消すべきものである。

(3)申立理由3(サポート要件)
本件発明1?7は、本件明細書の発明の詳細な説明に記載されたものではないから、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしておらず、本件特許は、同法第113条第4号に該当し、取り消すべきものである。

(4)申立理由4(明確性)
本件発明1?7は、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしておらず、本件特許は、同法113条第4号に該当し、取り消すべきものである。

2.証拠方法
(1)甲第1号証:欧州特許出願00203283.7号出願明細書

(2)甲第2号証:特開2002-010790号公報

(3)甲第3号証:甲2の基礎出願(特願2000-125448号)の英訳

(4)甲第4号証:Biochem.Biophys.Res.Commun.,1996,Vol.226,p.445-449

(5)甲第5号証:特開2000-325085号公報

(6)甲第6号証:日本先天代謝異常学会雑誌、1999年15巻2号232頁

(7)甲第7号証:J.Clin.Invest.,1995,Vol.95,p.515-520

(8)甲第8号証:J.Clin.Invest.,1997,Vol.100,p.2204-2210

(9)甲第9号証:平成28年3月23日付け特許権者手続補正書

(10)甲第10号証:特開2002-325582号公報

(11)甲第11号証:Mol.Cell.Biol.,1994,Vol.14,No.2,p.1347-1354

(12)甲第12号証:Neuromuscular Disorders,2010,Vol.20,p.102-110

第7 甲号証の記載事項
甲1、4、6、7、8、11には、それぞれ以下の事項が記載されている(下線は合議体による。)。
なお、甲1、4、7、8、11は、英文であるため、日本語訳文を記載する。
1.甲1
(1-1)(20頁特許請求の範囲)
「1.細胞における異常型タンパク質の産生を少なくとも部分的に減少させるための方法であって、前記細胞は前記異常型タンパク質をコードするmRNA前駆体を含み、
前記方法は、
前記細胞を前記エキソンの少なくとも1つのエキソン封入シグナルを特異的に阻害することが可能な試薬に供することを含み、
さらに、前記mRNA前駆体のスプライシングによって生じるmRNAの翻訳を行わせしめることを含む、前記方法。
・・・
6.前記エクソン封入シグナルが、エキソン番号2、8、43、44、45、46、50、51、52または53に存在する、請求項4または5に記載の方法。」

(1-2)(2頁33行?3頁12行)
「上記及びその他の諸問題を克服するために、本発明は細胞前駆体を有する細胞に対して、該エキソンの少なくとも1つが有するエキソン封入シグナルを特異的に阻害することが可能な試薬を細胞に与え、そして該mRNA前駆体のスプライシングによって生じるmRNAの翻訳を行わせしめることを包含する、細胞における異常型タンパク質の産生を少なくとも部分的に減少させるための方法を提供する。エキソン封入シグナルに干渉することの利点は、このような因子がエキソン内に存在するということである。スキップされるエキソン内の配列に対するアンチセンスオリゴヌクレオチドを与えることによって、エキソン封入シグナルと干渉して、エキソンをスプライシング機構から効果的に遮蔽することができる。スプライシング機構がスキップすべきエキソンを認識しないことによって、最終的なmRNAからエキソンが排除される。」

(1-3)(3頁28行?33行)
「本発明の好ましい態様において、エキソン封入シグナルはエキソン認識配列(ERS)に特異的なアンチセンス核酸による干渉を受ける。このような配列は比較的プリン塩基に富み、スキップされるエキソンの配列情報を精査することで特定することが可能である。」

(1-4)(5頁3行?6行)
「遺伝子導入法に比べて、本発明の新規なスプライシング制御型遺伝子治療は、より小さな治療薬、これに限定されるわけではないが、典型的な例としては14?40個のヌクレオチドからなる治療薬の投与を必要とする。」

(1-5)(6頁12行?21行)
「表1においては、上述のエキソンに対して、ヒトで観察された高頻度で発生するジストロフィン遺伝子変異であって、本発明の方法で治療することができるものも示した。表に示したエキソンのスキッピングは、少なくともベッカー型筋ジストロフィータンパク質の機能を有する変化したジストロフィンタンパク質の産生をもたらす。このように、本発明の1つの態様において、エキソン封入シグナルがヒトジストロフィン遺伝子のエキソン2、8、43、44、45、46、50、51、52または53に存在することを特徴とする方法が提供される。」

(1-6)(12頁1行?18頁11行)
「実施例
実施例1
エキソン45はDMDにおいて最も高頻度で欠失が起こるエキソンなので、本発明者らははじめにエキソン46の特異的なスキッピングの誘導を試みた(図1)。この誘導によってエキソン45及び46の欠失を保有するBMD患者に見られる、短いがより機能的なジストロフィンタンパク質を産生する。マウスジストロフィン遺伝子のジストロフィンmRNA前駆体のスプライシングを制御するための実験系を初めに構成した。その後、エキソン45の欠失を保有するDMD患者由来の筋肉細胞において翻訳読み枠とジストロフィン合成を復帰させることを目的として、ヒトジストロフィン遺伝子にねらいを定めた。

mAONs及びhAONsの設計
エキソン46の内部領域に対するマウス特異的AON系列及びヒト特異的AON系列(mAON及びhAON)を設計した(図2)。使用したエキソン46の内部領域は、プリン塩基に富んだ配列を有し、エキソン46のスプライシング制御に係る推定上の機能を有すると考えられる。ゲルシフトアッセイによるAONの初期スクリーニング(下記参照)のために未修飾のDNAオリゴヌクレオチド(ベルギー国、EuroGentec社に合成を依頼)を使用した。筋肉細胞のトランスフェクション実験を実際に行う際には、2’-O-メチルホスホロチオエートアンチセンスオリゴリボヌクレオチド(ベルギー国、EuroGentec社に合成を依頼)を使用した。このような修飾されたRNAオリゴヌクレオチドはエンドヌクレアーゼ及びRNase Hに対する抵抗性を有し、高い親和性でRNAに結合することが知られている。最終的に有効であると認められ、in vitro で筋肉細胞に与えたAONの配列を下記に示す。対応するマウス特異的AONとヒト特異的AONは高い相同性があるが完全に同一ではない。
以下に使用したAONのデオキシ体を示すが、最終的に使用した2’-O-メチルリボヌクレオチドにおいては、TをUに置き換える。


ゲルシフトアッセイ
AONの有効性は、ターゲット配列に対する結合親和性に基づいて決定した。RNAフォールディングを予測するためのコンピュータシミュレーションプログラムの近年の発展にもかかわらず、設計したAONのどれが高い親和性でターゲット配列に結合するかを推測することは難しい。従って、ゲルシフトアッセイを(Bruiceら、1997に記載のプロトコールに従って)行った。エキソン46ターゲットRNA断片を、(マウスまたはヒト筋肉mRNAから、T7プロモーター配列を有するセンスプライマ-を利用して増幅した)PCR断片から^(32)P-CTPの存在下の in vitro T7転写法で生成した。ターゲットである転写断片に対する個々のAON(0.5pmol)の結合親和性は、37℃で30分間ハイブリダイゼーションを行い、次いでポリアクリルアミド(8%)ゲル電気泳動を行うことで測定した。これらの分析をマウス特異的AON及びヒト特異的AONをスクリーニングするために行った(図3)。少なくとも5個の異なるマウス特異的AON(mAON#4、6、8、9及び11)及びそれらに対応する4個のヒト特異的AON(hAON#4、6、8及び9)において移動度の変化が観察され、ターゲットRNAに対して結合親和性を有することを示した。

培養筋肉細胞のトランスフェクション
AONによる in vitro の筋肉細胞におけるスキッピング誘導効率を分析するために、ゲルシフトアッセイを用いてターゲットエキソンに対して最も高い結合親和性を示したエキソン46特異的AONを選択した。すべてのトランスフェクション実験において、非特異的AONをエキソン46の特異的スキッピングの負の対照として用いた。前述したように、はじめにマウス筋肉細胞の実験系を構築した。マウス筋肉細胞系であるC2C12細胞由来の(ジストロフィン発現レベルの高い)培養増殖筋芽細胞及び培養分裂後筋管の両方を使用した。後に行ったヒト由来培養筋肉細胞の実験には、罹患していない1人の筋肉生検材料及びエキソン45の欠失を保有する、血縁ではない2人のDMD患者の筋肉生検材料のそれぞれから単離した培養一次筋肉細胞を使用した。これらの異種培養物はおよそ20?40%の筋原細胞を含んでいた。異なるAON(濃度:1μM)に対して3当量比のカチオンポリマーPEI(MBI Fermentas社製)を用い、細胞にAONをトランスフェクトした。これらの実験でトランスフェクトしたAONは5’フルオレセイン基を有し、そのため蛍光性の核を数えることでトランスフェクション効率を測定することができる。概して、60%以上の細胞が核に特異的にAONの取り込みを示した。RT-PCR分析を促進するために、トランスフェクトの24時間後にRNAzolB(オランダ国、CamPro Scientific社製)を使ってRNAを単離した。

RT-PCR及び配列の決定
RNAの逆転写をC. therm. ポリメラーゼ(Roche社製)及びエキソン48特異的逆転写プライマーを使って行った。ジストロフィン遺伝子のエキソン46のスキッピングを検出するために、PCRを2サイクル行ってcDNAを増幅した。PCRは、エキソン44及び47に含まれるプライマー(ヒト実験系)またはエキソン45及び47に含まれるプライマー(マウス実験系)を使用したプライマーシフト増幅(nested amplification)を包含する。培養マウス筋芽細胞及び培養マウス筋管細胞では、エキソン45がエキソン47に直接スプライシングされた産物に相当する大きさの部分産物を検出した(図4)。続いて行った配列の決定によって、マウスジストロフィン転写産物におけるエキソン46の特異的なスキッピングを確認した。エキソンスキッピングの効率は個々のAONで異なり、mAON#4及び#11が最も高い効率を示した。これらの好ましい結果に基づき、培養ヒト筋肉細胞においても、ジストロフィンのスプライシングを同様に制御することに着目した実験を行った。その結果、エキソン45がエキソン47にスプライシングされた産物に相当する部分産物を対照となる筋肉細胞で検出した。興味深いことに、患者由来筋肉細胞では、エキソン44がエキソン47にスプライシングされてなる短い断片が検出された。エキソン46の特異的なスキッピングをヒトジストロフィン転写産物の配列データによって確認した。マウスとヒトの両方のジストロフィン転写産物に見られたこのようなスプライシングの制御は、トランスフェクトされていない培養細胞や非特異的AONでトランスフェクトされた培養細胞には見られなかった。

免疫組織化学分析
ジストロフィンタンパク質の翻訳および合成を復帰させるために、エキソン45の欠失を保有する患者由来の筋肉細胞においてエキソン46のスキッピングの誘導を試みた。hAON#8でトランスフェクトした際のジストロフィン産物を検出するために、ジストロフィンタンパク質のターゲット領域に隣接するドメインと遠位のドメインのそれぞれに対して作成した2種のジストロフィンモノクローナル抗体(Mandys-1及びDys-2)を使用して、2種の患者由来培養筋肉細胞を免疫細胞化学分析に付した。蛍光分析によって、いずれの患者由来培養細胞においてもジストロフィン合成が復帰していることが明らかになった(図5)。処理したサンプルにおいては、10?30%の筋繊維がジストロフィンに対して陽性に染色された。
本発明者らの実験結果は、DMD患者の筋肉細胞における内因性DNA遺伝子からのジストロフィン合成の復帰を初めて示す。これは、治療目的のためのジストロフィンmRNA前駆体スプライシングの標的調節の実現可能性の原理の証明である。

エキソン51のターゲットスキッピング
ジストロフィンエキソンの同時スキッピング
エキソン51のターゲットスキッピング。本発明者らは、 in vitro のマウス及びヒト筋肉細胞におけるジストロフィンのエキソン46のAONによる制御の可能性について明示した。これらの知見はAONをDMDの治療用の試薬として評価する更なる研究の根拠を示した。DMDを誘発する欠失の大部分は遺伝子内の突然変異が起こりやすい2つの部位で集中的に発生し、ある1つの特定エキソンのターゲットスキッピングによって種々の突然変異を有する一連の患者の読み枠を復帰することができる(表1を参照)。エキソン51は興味深いターゲットエキソンである。このエキソンのスキッピングは、エキソン50、エキソン45?50、エキソン48?50、エキソン49?50、エキソン52、又はエキソン52?63にわたる領域の欠失を保有する患者の治療に用いることが可能であり、このような患者の合計は本発明者らのライデンデータベース(Leiden database)に登録されている総患者数の15%に達する。
ジストロフィンのエキソン51内に存在するプリン塩基に富んだ種々の領域に対するヒト特異的AON10種(hAON#21?30、下記参照)を設計した。このようなプリン塩基に富んだ領域は、エキソンのスプライシング反応の制御を担うと推定される因子、すなわちスプライシング反応の際にエキソンの除去を誘導するために遮蔽を試みた領域の存在を示唆した。すべての実験をエキソン46のスキッピングに用いたプロトコール(上記参照)に従って行った。ターゲットRNAに高い結合親和性を有するhAONを確認するために、ゲルシフトアッセイを行った。最も高い親和性を示す5種のhAONを選択した。エキソン51のスキッピングの可能性を in vitro で分析するために、これらのhAONを対照となるヒト筋肉細胞にトランスフェクトした。トランスフェクションの24時間後にRNAを単離し、エキソン53または65に特異的な逆転写用プライマーを使ってcDNAを作製した。ターゲット領域のPCRによる増幅は、エキソン51に隣接する種々のプライマーを組み合わせて行った。RT-PCR及び配列の決定によって、エキソン51の特異的なスキッピングが誘導されていたことがヒトジストロフィン転写産物から明らかとなった。続いて、エキソンのスキッピングを誘導することが示されている2種のhAON#を、上記の突然変異の1つを有するDMD患者由来の6種の培養筋肉細胞にトランスフェクトした。これらの培養細胞におけるエキソン51のスキッピングをRT-PCR及び配列の決定によって確認した。更に重要なことに、ジストロフィンタンパク質の異なる部分に対して作成した複数の抗体を用いた免疫組織化学分析によると、すべての分析結果がエキソン51のスキッピングによってジストロフィンタンパク質の合成が復帰したことを示していた。


複数のジストロフィンエキソンの同時スキッピング。
欠失変異に加えて1つのエキソン、例えばエキソン46またはエキソン51、のスキッピングを行うことで、多種にわたるDMD突然変異の読み枠を復帰させることができる。この方法が適用可能な突然変異の範囲は、1つ以上のエキソンを同時にスキッピングすることによって拡大することができる。例えば、エキソン46からエキソン50の欠失を有するDMD患者において、欠失領域に隣接したエキソン45及び51の両方のスキッピングを行うだけで翻訳読み枠の再構成を可能にした。」

(1-7)(19頁表1)




(1-8)(11頁21行?30行)
「図6.hAON#8でトランスフェクトした患者DL279.1由来の培養筋肉細胞の免疫組織化学分析。タンパク質の異なる領域に対して作成した2種のジストロフィン抗体と細胞を接触させた。使用した抗体は、ターゲットであるエキソン46に近接する領域に対する抗体(ManDys-1、ex.-31-32)及びエキソン46から離れた領域に対する抗体(Dys-2、ex.-77-79)である。下のパネルは筋管中にジストロフィンタンパク質が存在しないことを示すのに対し、いずれの抗体でもジストロフィンタンパク質が検出されることから、エキソン46のhAON#8誘導性スキッピングは明らかにジストロフィンタンパク質の合成を復帰させた(上のパネル)。」

(1-9)(図6)




2.甲4
(4-1)(445頁アブストラクト)
「本論文において我々はジストロフィン遺伝子転写物からのエキソンスキッピングが、エキソン認識配列(ERS)に相補的なアンチセンスオリゴデオキシヌクレオチド(ODN)により生細胞内で誘導できたことを初めて報告する。ジストロフィンエキソン19のプリンリッチな領域に対するアンチセンスODNとともにリンパ芽球細胞をインキュベートするとジストロフィン転写物から前記エキソンがスキッピングされる結果となった。エキソン19のスキッピングはインキュベーション時間が6時間を超えたあたりから生じ、インキュベーション時間が24時間を超えたあたりから完全なスキッピングが観察された。残りの78個のジストロフィンエキソンはいずれもスキッピングされず、またセンスODNや、別のERSに対応するアンチセンスODNによってエキソン19のスキッピングが誘導されることはなかった。これらの結果は、ERSに対するアンチセンスODNが生細胞内においてもエキソンスキッピングを誘導することが可能であり、また、ERSがジストロフィンのmRNA前駆体における正しいスプライシングを行うために不可欠なシス因子として機能していることを示すものである。」

(4-2)(446頁「METHODS」の項1行?3行)
「エプスタイン・バーウイルス(EBV)形質転換リンパ芽球細胞株は、前述のように正常男性から樹立された(9)。アンチセンスODN(5’-GCCTGAGCTGATCTGCTGGCATCTTGCAGTT-3’)は、ジストロフィン神戸エキソン19の欠失領域の最初の31ヌクレオチドに相補的であった(図1)。」

(4-3)(446頁下から2行?447頁12行)
「エキソン19のERSに対するアンチセンス31mer ODN(図1)はカチオン性脂質と予備混合した。 アンチセンスODNのトランスフェクションのために、ODNリポソーム複合体を最終的な濃度が200nMとなるようにリンパ芽球細胞の培地に添加した。転写のためのインキュベーションの0時間後または3時間後に、ジストロフィンmRNAのエクソン18?20を包含する領域を逆転写(RT)ネステッドPCRにより分析した。・・・エキソン19を欠く同じ生成物は、インキュベーションの9、12、24時間及び48時間のインキュベーションにおいて観察された。・・・ これは、完全なエキソン19スキッピングが達成され得ることを示した。」

(4-4)(448頁下から17行?下から6行)
「したがって、アンチセンスODNは、エキソン内ヘアピン構造を破壊することによって、及び、ERSに対するトランス作用因子の結合を防止することによって、スプライシングの強力な調節を発揮すると考えられた。 実際、エキソン19の完全かつ完璧なスキッピングは、いくつかの実験条件下で誘導された(図2)。・・・我々の結果は、DMDの遺伝子治療の目的への主要なステップを表す。例えば、アンチセンスODNは、エキソン20の単一の欠失(242nt長)を有するDMDの症例を処置するために使用され得る。エキソン19(88nt長)スキッピングが誘導され得る場合、翻訳リーディングフレームは回復される。転写物は110コドンを欠くが、これはおそらくジストロフィン機能の限定された結果のみを有する。」

3.甲6
(6-1)(232頁左欄【はじめに】の項)
「ゲノムより転写されたmRNA前駆体はスプライシングなどの修飾を受け成熟mRNAとなるが、スプライシングの部位決定には、従来より知られているエクソン・イントロン境界部に存在するコンセンサス配列のみではなく、エクソン内に存在するスプライシング促進配列(splicing enhancer sequence:SES)が重要な役割を果たしていることが報告されている。我々もジストロフィン遺伝子エクソン19内にSESが存在することを明らかにし、さらにそのSESに対するアンチセンスオリゴヌクレオチド(AS-oligo)によりエクソン19のスキッピングを誘導しうることを明らかにしてきた。
一方、Duchenne型筋ジストロフィー(DMD)はジストロフィン遺伝子の異常によって発症する進行性筋疾患であるが、欠失によりアミノ酸読み取り枠にずれが生じているためジストロフィン蛋白の発現がみられない。このような症例に対して、AS-oligoを導入することによりエクソンスキッピングを誘導し、アミノ酸読み取り枠のずれを修復すると、ジストロフィン蛋白が発現すると考えられる。
この様な治療の可能性を考える上において、遺伝子欠失好発部位周辺のエクソンでSESを同定する必要がある。今回in vitroスプライシング系を用いて新たなSESを同定したので報告する。」

(6-2)(232頁左欄?右欄【方法】の項)
「【方法】ジストロフィン遺伝子の欠失好発部位であるエクソン45-55周辺のout-of-frameのエクソン内より、SESの候補として比較的プリン残基に富んだ(1)エクソン43内の26塩基(2)エクソン46内の28塩基(3)エクソン53内の26塩基の3ケ所を選択した。ショウジョウバエのdoublesex(dsx)遺伝子のエクソン3・イントロン3・エクソン4を組み込んだプラスミドの3’側にこれらのSES候補を組み込みミニジーンを作成した。dsx遣伝子のエクソン4の下流にSESが存在しないとイントロン3のスプライシングがみられないが、SESが付加されるとスプライシングが進行するようになる系であり、この系を用いてSES活性の検討を行なった。これらのプラスミドを鋳型としてRNAポリメラーゼによりラジオアイソトープによって標識されたmRNA前駆体を合成した。mRNA前駆体をHeLa細胞核抽出液と1時間反応させ、スプライシング反応を進行させた後、ゲル電気泳動によってその産物を解析した。」

(6-3)(232頁右欄【結果】の項)
「【結果】エクソン43および53のSES候補を組み込んだmRNA前駆体からは、イントロン3のスプライシングを受けた成熟mRNAが産生された。産生物の量からみると、SES活性はエクソン43の配列の方がエクソン53のそれを上回っていた。しかし、エクソン46のSES候補を組み込んだmRNA前駆体ではスプライシングをうけたmRNAは認められるものの活性は非常に弱かった。」

(6-4)(232頁右欄【考案】の項)
「【考案】今回、ジストロフィン遺伝子の欠失好発部位周辺のエクソンを解析し、エクソン43及び53内に新たなSESを同定した。・・・以前より我々はエクソン19内にSESが存在し、さらにそのSESに対するAS-oligoによりエクソン19のスキッピングを誘導し得ることを報告してきた。同様のことが今回同定したSESにおいても可能であるとすると、例えばエクソン52の欠失(118塩基)あるいは50-52の欠失(460塩基)のDMDの症例(out-of-frameの欠失)に対し、エクソン53のSESに対するAS-oligoを導入しエクソン53のスキッピングを誘導することにより、mRNAにおける欠失の長さをそれぞれ330塩基、672塩基(いずれもin-frame)とすることが可能である。即ちDMD症例で欠失によって生じたアミノ酸読み取り枠のずれをAS-oligoにより修正し、ジストロフィン蛋白の発現を誘導し得ることになる。
今回の結果はジストロフィン遺伝子の欠失好発部位においてもSESが存在することを示しており、SESに対するAS-oligoによる治療戦略が、より多くの症例において適応となり得る可能性を示唆している。」

4.甲7
(7-1)(515頁左欄要約)
「ジストロフィン神戸の分子分析は、エキソン19の5’および3’スプライス部位における既知のコンセンサス配列が維持されたが、スプライシング中に52bp欠失を有するジストロフィン遺伝子のエキソン19がスキップされたことを示した(・・・)。 これらのデータは、エキソン19の欠失配列が上流および下流イントロンの正確なスプライシングのためのシス作用性要素として機能することを示唆する。 エキソン19のこの潜在的な役割を調査するために、人工ジストロフィンmRNA前駆体を使用するインビトロスプライシングシステムを確立した。エキソン18、トランケート型イントロン18、エキソン19を含むmRNA前駆体はインビトロで正確にスプライシングされたが、イントロン18のスプライシングは野生型エキソン19がジストロフィン神戸エキソン19で置換されたときほとんど完全に消失した。 イントロン18のスプライシングは、ジストロフィン神戸エキソン19に置き換えられたときほぼ完全に消滅した。イントロン18のスプライシングはジストロフィン神戸エクソン19が完全に再活性化されなかった。これらの結果は、ジストロフィン神戸で失われたエキソン19配列の存在が、エキソン19配列の長さよりもイントロン18のスプライシングにとってより重要であることを示唆する。 特徴的に、このイントロンのスプライシングの効率は、下流エキソン19内のポリプリントラックの存在と相関するようであった。 さらに、ジストロフィン神戸エキソン19の欠失配列の5’半分に相補的なアンチセンス31mer2’-O-メチルリボヌクレオチドは、用量および時間依存的に野生型mRNA前駆体のスプライシングを阻害した。 ジストロフィンmRNA前駆体のスプライシングをアンチセンスオリゴヌクレオチドにより調節され得るというこのインビトロの証拠は、デュシェンヌ型筋ジストロフィーに対する新たな治療アプローチの可能性を提起する。」

(7-2)(515頁右欄24行?39行)
「mRNA前駆体のスプライシングに関与すると考えられてきたシス作用因子は、5‘および3’スプライスサイト配列、ブランチポイント配列およびその位置であった(14)。これらの配列は核内低分子リボ核タンパク質や他の複数の補助的なタンパク質を含むトランス作用因子の相互作用のターゲットである。スプライシングの効率は、その下流のエキソンの長さに依存することが示されている(15)。より最近になって、いくつかのエキソンにはエキソン認識配列(ERS)と呼ばれるプリンリッチな領域が含まれ、この領域が上流イントロンのスプライシングに必要であることが示されている(16)。ERSはエキソン配列を同定し成熟mRNAにおけるエキソン配列の封入を促進するスプライシング因子の標的であると思われる。mRNA前駆体のスプライシングには正確なスプライスサイトの選択を伴うが、最近のインビトロでの研究では、エキソン配列を変化させるか(16-18)または外来の核内リボ核タンパク質のエキソン配列への結合を変化させること(19、20)などによってスプライシングを調節できることが示された。」

(7-3)(518頁右欄下から6行?519頁左欄2行)
「したがって、ジストロフィン遺伝子のイントロン18のスプライシングは、エキソン19におけるポリプリンストレッチによるシス活性化を必要とする可能性が高い。 さらに、イントロン18のインビトロスプライシングを阻害するアンチセンスRNAは、これら3つのポリプリンストレッチのうちの2つを含むエキソン19の領域に相補的であり、これは、それがERS機能を阻害することによって作用することを示唆する。我々は、アンチセンスRNAによるスプライシング阻害の正確なメカニズムが、さらなる調査を必要とすることを理解する。」

5.甲8
(8-1)(2204頁右欄2?6行)
「エキソン配列のプリンリッチ領域、スプライシングエンハンサー配列(SES)またはエキソン認識配列は上流イントロンのスプライシングを促進するシス因子として機能することが複数の証拠によって示されている(2?4)。」

6.甲11
(11-1)(1347頁要約)
「我々は、マウス免疫グロブリンμ遺伝子のエキソンM2内に位置するプリンリッチ配列が遠位の上流イントロンのスプライシングを刺激するその能力によって判断されるように、スプライシングエンハンサーとして機能することを以前に示した。この配列要素はERS(エキソン認識配列)と呼ばれる。この研究では、Hela細胞核抽出物を用いたインビトロスプライシングシステムを使用して、種々のERS様配列の刺激効果を調査した。ここでは、スプライシングに必要であることが以前に示されているいくつかの天然エキソンのプリンリッチ配列が、免疫グロブリンμ遺伝子のERSのようなスプライシングエンハンサーとして機能することをを示す。さらに、合成ポリプリン配列でさえ、上流スプライシングに対して刺激効果を有していた。天然および合成のプリンリッチ配列の両方の分析から得られたデータの評価は、(i)交互のプリン配列がスプライシングを刺激することができ、ポリ(A)又はポリ(G)配列はできないこと、及び(ii)ポリプリン配列内のU残基の存在は、刺激レベルを大幅に減少させることを示す。競合実験は、様々なプリンに富む配列の刺激効果が、同じトランス作用因子によって媒介されることを強く示唆する。 これらの結果から、本研究において検討したプリンリッチ配列もまた、ERSの例であると結論付ける。 したがって、ERSは、種々のエキソンに存在し、スプライス部位選択において重要な役割を果たす一般的なスプライシング要素と考えられる。」

(11-2)(1348頁右欄図1)



上記図1の説明部分の訳
(A)Drosophila doublesex(dsx)キメラmRNA前駆体の図解。エキソン配列(ボックス)およびイントロン配列(線)が示されている。pSP72ベクターから誘導された3‘エキソン(ボックス4と影のついたボックスの間の小さなボックス)にあるリンカー配列とテスト配列(影のついたボックス)の挿入部位が示されている。エキソンとイントロンの長さ(ヌクレオチド長)はコンストラクトの各領域の下に示されている。3’エキソンは、30ntのdsxの第4エキソンと14ntのpSP72から得られたリンカー配列を含む。
(B)スプライシングを促進する効果の試験に用いられた天然エキソン配列。これらの配列の欠失または置換は、上流イントロンのスプライシングに影響を与える(IgM[47、48]、ASLV[12、21]、cTNT[4、49]およびBGH[15])か、またはエキソンスキッピングを生じること(cTNT[4、5、49]およびhprt[41])が示されている。これらの配列のプリン残基が影付きで示されている。配列上部の数字は、本来のエキソンにおける位置を示す。hprt-mの配列は表示される位置での1塩基置換(AからTへ)を除いては、hprtの配列と完全に同じである。env、はエンベロープ遺伝子を示す。」

第8 申立理由についての合議体の判断
1.特許法第29条第2項(申立理由1)について
(1)申立人は、甲4?甲7には、「ジストロフィン遺伝子エクソン19のエクソン内部配列(特にエクソン認識配列)をターゲットするアンチセンスオリゴヌクレオチドを用いることにより標的エクソンをスキッピングしてDMD治療を行うという発明」が記載されている旨主張し、その記載されている発明に、甲6、8?11に記載の事項を組み合わせることにより、本件発明1?7は、進歩性を有していないと主張する。
そこで、甲4?7に申立人が主張する発明が記載されているといえるかを検討する。
ア 甲4
上記記載事項(4-1)からみて、甲4には、リンパ芽球細胞において、ジストロフィン遺伝子エクソン19のエクソン認識配列(ERS)に相補的なアンチセンスオリゴヌクレオチドを用いることにより、エクソン19をスキッピングすることは記載されているが、それに留まるものであり、最終的にデュシエンヌ型筋ジストロフィー(DMD)治療を目的とする研究である旨の記載はあるものの(上記記載事項(4-4))、実際にDMD型筋ジストロフィーの疾患の原因となっている筋肉細胞における実験結果は何ら記載されていないから、当該アンチセンスオリゴヌクレオチドがDMD治療に十分な薬理作用を有することを当業者が認識できるだけの記載が甲4にあるとはいえない。

イ 甲5
申立人は、下記(ア)の主張に基づき、本件の優先権主張が認められないことを前提として、甲5を公知の引用例としているので、まず、本件の優先権主張の適否について検討する。

(ア)申立人の主張
本願は、甲1(以下、「基礎出願」という。)に基づく優先権を主張するものであるところ、申立人は、本件発明1?4に関して、基礎出願の願書に最初に添付された明細書、特許請求の範囲又は図面(以下、「基礎出願明細書等」という。)には、ジストロフィン遺伝子の「エキソン53の内部領域に相補的な14?40個のヌクレオチドを含有」することを特徴とするアンチセンスオリゴヌクレオチドに関する記載がなく、また、「内部領域」という用語も記載されていないこと、及び、ERSを標的とするアンチセンス核酸は実施可能な態様で記載されていない旨主張し、本件発明5?7に関して、基礎出願にはエキソン53の一部を標的とし、エキソン53をスキッピングさせるアンチセンス核酸の構造については具体的な記載がない旨主張する。

(イ)判断
a 本件発明1?4
(a)基礎出願明細書等の特許請求の範囲の請求項1には、エキソンの少なくとも1つのエキソン封入シグナルを特異的に阻害することが可能な試薬が記載されており、請求項6には、エキソン封入シグナルがエキソン番号53に存在することが記載されている(上記記載事項(1-1))。基礎出願明細書等の本文にも、エキソン封入シグナルがエキソン53に存在することが記載されている(上記記載事項(1-5))。
そして、基礎出願明細書等には、エキソン封入シグナルは、エキソン内に存在すること、スキップされるエキソン内の配列に対するアンチセンスオリゴヌクレオチドを与えることによって、エキソン封入シグナルと干渉して、エキソンをスプライシング機構から効果的に遮蔽することができることが記載されている(上記記載事項(1-2))。
また、遺伝子治療に用いる治療薬のヌクレオチド数について、14?40個のヌクレオチドが典型的な例として記載されている(上記記載事項(1-4))。
これらの記載からみて、基礎出願明細書等には、本件発明1の「エキソン53の内部領域に相補的な14?40個のヌクレオチドを含有」することを特徴とするアンチセンスオリゴヌクレオチドが記載されているといえる。

(b)次に、当該アンチセンスオリゴヌクレオチドが基礎出願明細書等に実施可能に記載されているかについて検討する。
基礎出願明細書等には、「本発明の好ましい態様において、エキソン封入シグナルはエキソン認識配列(ERS)に特異的なアンチセンス核酸による干渉を受ける。このような配列は比較的プリン塩基に富み、スキップされるエキソンの配列情報を精査することで特定することが可能である。」(上記記載事項(1-3))と記載されている。
そして、基礎出願明細書等の実施例において、エキソン46及びエキソン51について、エキソン内部のプリン塩基に富んだ配列から候補となる、14?23個のヌクレオチドからなるアンチセンスオリゴヌクレオチドを作成し、その中から、ゲルシフトアッセイによって標的となるRNAに対して結合親和性を有するものを選択し、RT-PCRにより、当該アンチセンスをトランスフェクトした患者由来の培養筋肉細胞において、目的のエキソンがスプライシング機構から遮蔽されて、目的のエキソンスキッピングが生じることを確認し、免疫組織化学分析により、当該アンチセンスをトランスフェクトした患者由来の培養筋肉細胞内でジストロフィンタンパク質の合成が復帰していることを確認している(上記記載事項(1-6))。
そして、表1には、スキップすることができるエキソンの一覧が記載されており、その中には、エキソン53が記載されている(上記記載事項(1-7))。

以上の記載を踏まえると、当業者は、基礎出願明細書等に、エキソン53のスキッピングを生じさせる具体的なアンチセンスオリゴヌクレオチドの記載がなくとも、エキソン46及びエキソン51に関する実施例と同様の手法を用いて、エキソン53の内部領域のプリン塩基に富んだ配列から候補となるアンチセンスオリゴヌクレオチドを作成し、ゲルシフトアッセイにより、標的となるRNAに対して結合親和性を有するものを選択し、培養筋肉細胞を用いたRT-PCRによるエキソンスキッピングの確認試験や、免疫組織化学分析によるジストロフィンタンパク質の合成復帰の確認試験を行って、本件発明1?4に係る医薬に用いるアンチセンスオリゴヌクレオチドを取得することができることを合理的に推認できる。
よって、当業者は、基礎出願明細書等の記載に基づいて、本件発明1?4に係る、「ジストロフィンmRNA前駆体を保有する細胞において、該ジストロフィンmRNA前駆体のスプライシングを制御し、ジストロフィンタンパク質を該細胞内で産生するための医薬」に包含される「エキソン53の内部領域に相補的な14?40個のヌクレオチドを含有し、且つ該細胞内で該エキソンのスプライシング機構からの遮蔽および該エキソンのmRNA前駆体からの排除を促進するアンチセンスオリゴヌクレオチド」を製造し、使用することができるものであって、基礎出願明細書等は、当業者が本件発明1?4を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されているものである。

b 本件発明5?7
本件発明1では、「エキソン53の内部領域」と記載されていたものが、本件発明5?7では、「エキソン53の一部」と記載されている。
エキソン53の「一部」はエキソン53の「内部領域」に含まれるものであるから、上記aで説示したのと同様の理由により、当業者は、基礎出願明細書等に、エキソン53の一部を標的とし、エキソン53をスキッピングさせるアンチセンス核酸の構造について記載がなくとも、エキソン46及びエキソン51に関する実施例と同様の手法を用いて、本件発明5?7の「該ジストロフィンmRNA前駆体のエキソン53の一部に対して相補的であり、14?40個のヌクレオチドを含有し、且つ該細胞内で該エキソンのスプライシング機構からの遮蔽および該エキソンのmRNA前駆体からの排除を促進するアンチセンスオリゴヌクレオチド」を製造し、使用することができるものであって、基礎出願明細書等は、当業者が本件発明5?7を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されているものである。

(ウ)まとめ
以上のとおりであるから、本件発明1?7については、優先権主張の効果が認められ、その進歩性の判断において出願日とみなされる日(判断基準日)は、優先日であり、甲5の公開日(平成12年11月28日)より前である平成12年9月21日となるから、本件発明1?7の進歩性が甲5により否定されないことは明らかである。

ウ 甲6
上記記載事項(6-1)及び(6-4)からみて、甲6には、以前の研究により、エクソン19内のスプライシング促進配列(SES)に対するアンチセンスオリゴヌクレオチドにより、エクソン19のスキッピングを誘導し得ることが報告されていたところ、この研究では、新たにエクソン53内のSESを同定したことが記載されており、SESに対するアンチセンスオリゴヌクレオチドにより治療戦略がより多くの症例において適応となり得る可能性を示唆しているものの(上記記載事項(6-4))、実際にDMD型筋ジストロフィー疾患の原因となっている筋肉細胞における実験結果は何ら記載されていないから、当該アンチセンスオリゴヌクレオチドがDMD治療に十分な薬理作用を有することを当業者が認識できるだけの記載が甲6にあるとはいえない。

エ 甲7
甲7には、エキソン認識配列(ERS)がスプライシングにおいて重要な配列であることが記載され(上記記載事項(7-2)及び(7-3))、エキソン19のERSに相補的なアンチセンスオリゴヌクレオチドが、エキソン19のスプライシングを阻害したことが記載されているが(上記記載事項(7-1))、それに留まるものであり、DMDに対する新たな治療アプローチの可能性を提起する旨の記載はあるものの(上記記載事項(7-1))、実際にDMD型筋ジストロフィー疾患の原因となっている筋肉細胞における実験結果は何ら記載されていないから、当該アンチセンスオリゴヌクレオチドがDMD治療に十分な薬理作用を有することを当業者が認識できるだけの記載が甲7にあるとはいえない。

オ 小括
以上のとおりであるから、甲5は、本件特許の優先日前に頒布された刊行物ではなく、また、甲4、6、7には、申立人が主張する発明が記載されているといえない。
申立人の主張する申立理由1は、甲4?甲7に記載された発明に、甲6、8?11に記載された事項を組み合わせることにより、当業者が容易に想到できたとするものであって、甲4?7に申立人が主張する発明が記載されているといえることを前提とするものであるところ、上記のとおり、当該前提が誤っていると認められるから、本件発明1?7の特許は、申立理由1によって取り消されるべきものとはいえない。

(2)念のため、上記(1)の記載からみて、本件発明に最も近い先行技術文献は甲4であると認められるので、甲4に記載された発明に基づく進歩性欠如について検討する。

ア 本件発明1について
(ア)甲4に記載された発明
上記記載事項(4-1)、(4-2)及び(4-3)には、31個のヌクレオチドからなるアンチセンスオリゴヌクレオチド(GCCTGAGCTGATCTGCTGGCATCTTGCAGTT)を、EBVにより形質転換された、正常男性から樹立されたヒトリンパ芽球細胞にトランスフェクトすると、エキソン19がスキッピングされたことが記載されている。また、上記記載事項(4-2)において参照されている参照文献9(J.Neurol,1993,Vol.241,p.81-86)の81頁右欄9行?11行には、リンパ芽球細胞には、ジストロフィン転写物が存在することが記載されていることからみて、ヒトリンパ芽球細胞は、ジストロフィンmRNA前駆体を保有するものである。そして、上記記載事項(4-4)には、当該アンチセンスオリゴヌクレオチドがスプライシングを調節、すなわち、制御することが記載されている。
そうすると、甲4には、以下の発明が記載されているものと認められる。
「EBVにより形質転換された、正常男性から樹立された、ジストロフィンmRNA前駆体を保有するヒトリンパ芽球細胞において、ジストロフィンmRNA前駆体のスプライシングを制御するための組成物であって、ジストロフィンmRNA前駆体に含まれるエキソン19の内部領域に相補的な31個のヌクレオチドを含有し、塩基配列はGCCTGAGCTGATCTGCTGGCATCTTGCAGTTであるアンチセンスオリゴヌクレオチオドを包含する組成物」(以下、「引用発明A」という。)

(イ)対比
本件発明1と引用発明Aを対比する。
引用発明Aの「アンチセンスオリゴヌクレオチド」は、エキソン19のERSにハイブリダイズして、エキソン内ヘアピン構造を破壊することによって、スプライシング機構を構成するトランス作用因子がERSへ結合することを防止して、スプライシングを強力に調節するものであることから(上記記載事項(4-4))、引用発明Aの「アンチセンスオリゴヌクレオチド」は、「該細胞内で該エキソンのスプライシング機構からの遮蔽および該エキソンのmRNA前駆体からの排除を促進する」作用を有するものであるといえる。
また、引用発明Aの「アンチセンスオリゴヌクレオチド」の塩基配列は、「GCCTGAGCTGATCTGCTGGCATCTTGCAGTT」であるが、これは、本件発明1のアンチセンスオリゴヌクレオチドから除かれている塩基配列である「特開2002-10790において配列番号4で表されるGACCTGCTCAGCTTCTTCCTTAGCTTCCAGC」に該当するものではない。
そうすると、本件発明1と引用発明Aは、「ジストロフィンmRNA前駆体を保有する細胞において、ジストロフィンmRNA前駆体のスプライシングを制御するための組成物であって、ジストロフィンmRNA前駆体またはその一部分に含まれるエキソンの内部領域に相補的な31個のヌクレオチドを含有し、且つ該細胞内で該エキソンのスプライシング機構からの遮蔽および該エキソンのmRNA前駆体からの排除を促進するアンチセンスオリゴヌクレオチド(ただし、該アンチセンスオリゴヌクレオチドが、DNAまたはホスホロチオエートDNAであってその塩基配列が、特開2002-10790において配列番号4で表されるGACCTGCTCAGCTTCTTCCTTAGCTTCCAGCであるものを除く)を包含する組成物」である点で一致し、以下の点で相違する。

[相違点1]
本件発明1は「ジストロフィンタンパク質を該細胞内で産生するための医薬」に係る発明であるのに対し、引用発明Aは単なる組成物である点。

[相違点2]
アンチセンスオリゴヌクレオチドに相補的な内部領域が、本件発明1では、エキソン53にあるのに対し、引用発明Aでは、エキソン19にある点。

(ウ)判断
先に上記相違点2について検討する。
甲6には、ジストロフィン遺伝子の中でエキソン45?55は欠失好発部位であることが記載されている(上記記載事項(6-2))。そして、ショウジョウバエのdsx遺伝子にスプライシング促進配列(SES)候補を組み込んだミニジーンを用いたSESの同定方法により、エキソン53内に新たなSESを同定したことが記載され(上記記載事項(6-2)?(6-4))、このSESに対するアンチセンスオリゴヌクレオチドは、エキソン53のスキッピングを誘導できる可能性があることが記載されている(上記記載事項(6-4))。ここで、上記記載事項(8-1)によれば、スプライシング促進配列(SES)とは、エキソン認識配列(ERS)と同義である。
このような甲6の記載に接した当業者であれば、引用発明Aにおいて、アンチセンスオリゴヌクレオチドに相補的な内部領域が存在するエキソンとして、エキソン19に代えて、エキソン53を対象とすることは容易に想起することであり、その際、甲6に記載されたERSの同定方法や甲11に記載されたERSの同定方法により、エキソン53のERSを同定し、当該ERSに基づいて、アンチセンスオリゴヌクレオチドを作製することは、容易に想到し得ることである。
(なお、申立人は、本件の出願経緯における手続補正書である甲9及び本件出願日後に公知となった刊行物である甲10を提示して、上記相違点2は容易に想到し得るものである旨主張するが、上記で説示したとおり、本件優先日前に公知となった証拠に基づいて、上記相違点2は当業者が容易に想到することができたものである。)

しかしながら、当合議体は、以下に述べるように、上記相違点1は当業者が容易に想到し得るものではないと判断する。
甲4は、アンチセンスオリゴヌクレオチドを用いたジストロフィンmRNA前駆体のエキソンスキッピングに関する学術論文であり、医薬の開発を前提としたものであることが記載されているものの(上記記載事項(4-4))、正常男性由来のヒトリンパ芽球細胞において、アンチセンスオリゴヌクレオチドによるエキソン19のスキッピングが生じた旨の研究結果を開示するに留まり(上記記載事項(4-1)及び(4-2))、実際にDMD型筋ジストロフィー疾患の原因となっている筋肉細胞における実験結果は何ら記載されていない。
リンパ芽球細胞におけるエキソンスキッピングではDMD型筋ジストロフィーを治療することができるものではないから、甲4の記載からは、当該アンチセンスオリゴヌクレオチドが患者を治療するための医薬として、実際に投与できるのかが不明である。また、甲6、7を参照しても、この点を示すものではない。
一方、本件明細書では、DMD型筋ジストロフィー患者由来の筋肉細胞において、エキソンスキッピングが生じることを実証したものである。
そうすると、筋肉細胞とは異なるリンパ芽球細胞における、ジストロフィンmRNA前駆体のスプライシングを制御するための組成物に係る引用発明Aを、患者を処置するための医薬とすることは、当業者が容易になし得たことではない。

そして、本件明細書には、エキソン53のスキッピングを生じさせる具体的なアンチセンスオリゴヌクレオチドの記載はないものの、エキソン46及びエキソン51に関する実施例と同様の手法を用いて、エキソン53についても、本件発明1の医薬に用いるアンチセンスオリゴヌクレオチドを取得することができることを合理的に推認できるものであり、DMD型筋ジストロフィー患者由来の筋肉細胞において、エキソンスキッピングによりジストロフィンタンパク質の発現の復帰を確認したのは本件発明1が初めてなのであるから、DMDを治療するための医薬を提供できるという効果は、甲4の記載から当業者が予測し得る範囲を超えたものであるというべきである。

(エ)小括
以上のとおりであるから、本件発明1は、甲7?11を参酌しても、甲4に記載された発明及び甲6に記載された事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

イ 本件発明2?4
本件発明2?4は、本件発明1をさらに限定する発明であるから、本件発明2?4も、上記アで説示した本件発明1についての判断と同様の理由により、甲7?11を参酌しても、甲4に記載された発明及び甲6に記載された事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

ウ 本件発明5
(ア)甲4に記載された発明
上記記載事項(4-1)?(4-4)からみて、甲4には、以下の発明が記載されているものと認められる。
「EBVにより形質転換された、正常男性から樹立された、ジストロフィンmRNA前駆体を保有するヒトリンパ芽球細胞において、該ジストロフィンmRNA前駆体のスプライシングを制御し、アンチセンスオリゴヌクレオチドを放出することが可能なODNリポソーム複合体であって、該アンチセンスオリゴヌクレオチドは、該ジストロフィンmRNA前駆体のエキソン19の一部に対して相補的であり、31個のヌクレオチドを含有し、塩基配列はGCCTGAGCTGATCTGCTGGCATCTTGCAGTTである、ODNリポソーム複合体。」(以下、「引用発明B」という。)

(イ)対比
本件発明5と引用発明Bを対比する。
引用発明Bの「ODNリポソーム複合体」は、ODNを細胞へ運搬するためのものであるから、本件発明5の「核酸運搬体」に相当する。
引用発明Bの「アンチセンスオリゴヌクレオチド」は、エキソン19のERSにハイブリダイズして、エキソン内ヘアピン構造を破壊することによって、スプライシング機構を構成するトランス作用因子がERSへ結合することを防止して、スプライシングを強力に調節するものであることから(上記記載事項(4-4))、引用発明Bの「アンチセンスオリゴヌクレオチド」は、「該細胞内で該エキソンのスプライシング機構からの遮蔽および該エキソンのmRNA前駆体からの排除を促進する」作用を有するものであるといえる。
また、引用発明Bの「アンチセンスオリゴヌクレオチド」の塩基配列は、「GCCTGAGCTGATCTGCTGGCATCTTGCAGTT」であるが、これは、本件発明5のアンチセンスオリゴヌクレオチドから除かれている塩基配列である「特開2002-10790において配列番号4で表されるGACCTGCTCAGCTTCTTCCTTAGCTTCCAGC」に該当するものではない。
そうすると、本件発明5と引用発明Bは、「ジストロフィンmRNA前駆体を保有する細胞において、該ジストロフィンmRNA前駆体のスプライシングを制御する、アンチセンスオリゴヌクレオチドを放出することが可能な核酸運搬体であって、該アンチセンスオリゴヌクレオチドは、該ジストロフィンmRNA前駆体のエキソンの一部に対して相補的であり、31個のヌクレオチドを含有し、且つ該細胞内で該エキソンのスプライシング機構からの遮蔽および該エキソンのmRNA前駆体からの排除を促進する核酸運搬体(ただし、該アンチセンスオリゴヌクレオチドが、DNAまたはホスホロチオエートDNAであってその塩基配列が、特開2002-10790において配列番号4で表されるGACCTGCTCAGCTTCTTCCTTAGCTTCCAGCであるものを除く)」である点で一致し、以下の点で相違する。

[相違点3]
アンチセンスオリゴヌクレオチドが相補的なエキソンは、本件発明5では、エキソン53であるのに対し、引用発明Bでは、エキソン19である点。

[相違点4]
アンチセンスオリゴヌクレオチドが、本件発明5では、「ジストロフィンタンパク質を細胞内で産生するための」ものであるのに対し、引用発明Bではそのような特定がない点。

(ウ)判断
上記相違点3について検討する。
甲6には、ジストロフィン遺伝子の中でエキソン45?55は欠失好発部位であることが記載されている(上記記載事項(6-2))。そして、ショウジョウバエのdsx遺伝子にスプライシング促進配列(SES)候補を組み込んだミニジーンを用いたSESの同定方法により、エキソン53内に新たなSESを同定したことが記載され(上記記載事項(6-2)?(6-4))、このSESに対するアンチセンスオリゴヌクレオチドは、エキソン53のスキッピングを誘導できる可能性があることが記載されている(上記記載事項(6-4))。
このような甲6の記載に接した当業者であれば、引用発明Bにおいて、アンチセンスオリゴヌクレオチドに相補的なエキソンとして、エキソン19に代えて、エキソン53を対象とすることは容易に想起することであり、その際、甲6に記載されたSESの同定方法により、エキソン53のSESを同定し、当該SESに基づいて、それに相補的な配列を有するアンチセンスオリゴヌクレオチドを作製することは、容易に想到し得ることである。

しかしながら、当合議体は、上記相違点4は、以下に述べるように、当業者が容易に想到し得るものではないと判断する。
甲4は、アンチセンスオリゴヌクレオチドを用いたジストロフィンmRNA前駆体のエキソンスキッピングに関する学術論文であり、翻訳リーディングフレームを回復して機能性のジストロフィンタンパク質を細胞内で産生することを前提としたものであることが記載されているものの(上記記載事項(4-4))、ヒトリンパ芽球細胞において、アンチセンスオリゴヌクレオチドによるエキソン19のスキッピングが生じたことがmRNAレベルで確認された旨の研究結果を開示するに留まり(上記記載事項(4-1)?(4-3))、ジストロフィンタンパク質が細胞内で産生されることは確認されていない。
よって、甲4の記載からは、当該アンチセンスオリゴヌクレオチドがジストロフィンタンパク質を細胞内で産生するものであるかどうか不明である。
一方、本件明細書では、DMD型筋ジストロフィー患者由来の筋肉細胞において、エキソンスキッピングが生じて、ジストロフィンタンパク質の合成が復帰したことを実証したものである。
そうすると、引用発明Bに含まれるアンチセンスオリゴヌクレオチドを、「ジストロフィンタンパク質を細胞内で産生するための」ものとすることは、当業者が容易になし得たことではない。

そして、本件明細書では、エキソン53の一部に相補的なアンチセンスオリゴヌクレオチドを用いて、ジストロフィンタンパク質を細胞内で産生させることは確認されていないものの、エキソン46及びエキソン51に関する実施例と同様の手法を用いて、エキソン53についても、ジストロフィンタンパク質を細胞内で産生するためのアンチセンスオリゴヌクレオチドを取得することができることを合理的に推認できるものであり、DMD型筋ジストロフィー患者由来の筋肉細胞において、エキソンスキッピングによりジストロフィンタンパク質の発現の復帰を確認したのは本件発明5が初めてなのであるから、ジストロフィンタンパク質を細胞内で産生することができるという効果は、甲4の記載から当業者が予測し得る範囲を超えたものであるというべきである。

(エ)小括
以上のとおりであるから、本件発明5は、甲7?11を参酌しても、甲4に記載された発明及び甲6に記載された事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

エ 本件発明6及び7
本件発明6は、「ジストロフィンタンパク質を該細胞内で産生するための医薬の製造における、アンチセンスオリゴヌクレオチドの使用」の発明であり、本件発明7は、「ジストロフィンタンパク質を該細胞内で産生するための医薬の製造における、アンチセンスオリゴヌクレオチドを放出することが可能な核酸運搬体の使用」の発明であって、これらの発明は、上記ア(ウ)で検討した上記相違点1に係る本件発明1の発明特定事項である「ジストロフィンタンパク質を該細胞内で産生するための医薬」を発明特定事項として含むものであるから、上記ア(ウ)で説示した本件発明1についての判断と同様の理由により、甲7?11を参酌しても、甲4に記載された発明及び甲6に記載された事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(3)小括
よって、申立理由1について、本件発明1?7が特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるとはいえない。

2.特許法第36条第4項第1号(申立理由2)について
(1)本件発明1?4
申立人は、本件明細書には、エキソン53のERSが特定されていないこと、エキソン53の薬理試験結果が開示されていないこと、及び、本件特許権者が審査段階に提出した意見書(甲9)において、「ERSとなる可能性のある配列を含むジストロフィンエキソンは僅かしかないと考えられていた」と主張していたことからみて、本件出願時において、エキソン53のERSを同定すること、及び、エキソン53のスプライシング機構からの遮蔽及び該エキソンのmRNA前駆体からの排除を促進する機能を有するアンチセンスオリゴヌクレオチドを作製することは、当業者にとって過度の負担を強いるものである旨主張する。

しかしながら、上記1.(1)イ(イ)a(b)で説示したように、基礎出願明細書等には、エキソン53のERSは記載されておらず、また、エキソン53のスキッピングの薬理試験結果の記載はないものの、エキソン46及びエキソン51に関する実施例と同様の手法を用いて、エキソン53についても本件発明1?4の医薬に用いるアンチセンスオリゴヌクレオチドを取得することができることを合理的に推認できるものであるから、基礎出願明細書等は、当業者が本件発明1?4を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されているものである。
そして、上記第7 1.で摘記した、基礎出願明細書等の記載事項は、本件明細書の発明の詳細な説明にも記載されているから(段落【0006】、【0010】、【0014】、【0016】、【0022】?【0035】及び表1)、上記1.(1)イ(イ)a(b)と同様の理由により、当業者は、本件明細書の記載に基づいて、本件発明1?4に係る医薬を製造し、使用することができるものであって、本件明細書は、当業者が本件発明1?4を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されているものである。

(2)本件発明5?7
申立人は、本件発明5?7に係るアンチセンスオリゴヌクレオチドは、「エキソン53の一部」と相補的であるところ、当該「一部」が具体的にどの配列又はどの程度を意味するのか明細書に定義がなく、また、本件発明5?7に係るアンチセンスオリゴヌクレオチドのどの位置に「エキソン53の一部」と相補的な配列が存在すればよいのかも定義がないため、本件発明5?7を実施するに当たり、「該エキソンのスプライシング機構からの遮蔽および該エキソンのmRNA前駆体からの排除を促進するアンチセンスオリゴヌクレオチド」の作製に試行錯誤が必要である旨主張する。

しかしながら、上記(1)で説示したとおり、当業者は、本件明細書に、「エキソン53の一部」が具体的にどのような配列であるか、どのような位置に存在すればよいのか具体的に記載がされていなくとも、エキソン46及びエキソン51に関する実施例と同様の手法を用いて、エキソン53についても、「該エキソンのスプライシング機構からの遮蔽および該エキソンのmRNA前駆体からの排除を促進するアンチセンスオリゴヌクレオチド」を製造し、使用することができるものであって、本件明細書は、当業者が本件発明5?7を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されているものである。

(3)小括
以上のとおりであるから、本件明細書の発明の詳細な説明の記載が特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていないものであるとする申立理由2には理由がない。

3.特許法第36条第6項第1号(申立理由3)について
(1)本件発明1?4
申立人は、本件発明の課題は、「RNAスプライシング反応系のmRNA前駆体を、該mRNA前駆体に含まれる少なくとも1つのエキソンが有するエキソン封入シグナル(exon inclusion signal)(EIS)を特異的に阻害することが可能な試薬と接触させ、そして該mRNA前駆体のスプライシングを行わせしめることを包含する、RNAスプライシング反応系においてmRNA前駆体のスプライシングを制御するための方法を提供する」ことであるところ、エキソン内部配列をターゲットした際に、高いスキッピング活性を有する標的配列とほとんどスキッピング活性を示さない標的配列があることが実験的に証明されていることに鑑みれば、本件発明1?4が発明の詳細な説明に前記課題が解決できることを当業者が認識できるように記載されていない旨主張する。

しかしながら、本件発明1?4の解決しようとする課題は、請求項1の記載からみて、ジストロフィンmRNA前駆体を保有する細胞において、該ジストロフィンmRNA前駆体のスプライシングを制御し、ジストロフィンタンパク質を該細胞内で産生するための医薬の提供であると認められる。
そして、本件発明1?4に係る医薬を提供できることは、上記2.(1)で説示したとおりであるから、本件発明1?4は、発明の詳細な説明において上記課題を解決するものとして記載されたものである。
申立人は、エキソン内部配列をターゲットした際に、高いスキッピング活性を有する標的配列とほとんどスキッピング活性を示さない標的配列があることが実験的に証明されている旨主張するが、上記判断は、そのような事実によって左右されるものではない。

念のため、申立人が主張する「RNAスプライシング反応系のmRNA前駆体を、該mRNA前駆体に含まれる少なくとも1つのエキソンが有するエキソン封入シグナル(exon inclusion signal)(EIS)を特異的に阻害することが可能な試薬と接触させ、そして該mRNA前駆体のスプライシングを行わせしめることを包含する、RNAスプライシング反応系においてmRNA前駆体のスプライシングを制御するための方法を提供する」を課題とした場合について検討しておく。
本件明細書には、「本発明の好ましい態様において、エキソン封入シグナルはエキソン認識配列(ERS)に特異的なアンチセンス核酸による干渉を受ける。このようは配列は比較的プリン塩基に富み、スキップされるエキソンの配列情報を精査することで特定することが可能である。」とが記載されていることから(段落【0010】)、スキップされるエキソンに存在するERSは、エキソンの配列のうち、比較的プリン塩基に富む配列であることが理解できる。そして、本件明細書の実施例では、エキソン46及びエキソン51について、エキソン内部のプリン塩基に富んだ配列であるERSの候補となる配列からアンチセンスオリゴヌクレオチドを作成し、その中からゲルシフトアッセイにより、標的となるRNAに対して結合親和性を有するものを選択し、培養筋肉細胞を用いたRT-PCRによるエキソンスキッピングの確認試験や免疫組織化学分析によるジストロフィンタンパク質の合成復帰の確認試験している(段落【0023】?【0034】)。
また、表1には、スキップすることができるエキソンの一覧が記載されており、その中には、エキソン53が記載されている。
以上の記載を踏まえると、当業者は、本件明細書の発明の詳細な説明に、エキソン53のスキッピングを生じさせる具体的なアンチセンスオリゴヌクレオチドの記載がなくとも、エキソン46及びエキソン51に関する実施例と同様の手法を用いて、エキソン53の内部領域のプリン塩基に富んだ、ERSの候補となる配列からアンチセンスオリゴヌクレオチドを作成し、ゲルシフトアッセイにより、標的となるRNAに対して結合親和性を有するものを選択し、培養筋肉細胞を用いたRT-PCRによるエキソンスキッピングの確認試験や免疫組織化学分析によるジストロフィンタンパク質の合成復帰の確認試験を行って、本件発明1?4に係る、ジストロフィンmRNA前駆体のスプライシングを制御するための医薬に用いるアンチセンスオリゴヌクレオチドを取得することができることを合理的に推認できる。
そして、本件明細書の段落【0010】における「エキソン封入シグナルはエキソン認識配列(ERS)に特異的なアンチセンス核酸による干渉を受ける」という記載を考慮すれば、当業者は、ERSの候補配列から選択された上記アンチセンスオリゴヌクレオチドが「エキソン封入シグナルを特異的に阻害することが可能な試薬」であることを理解し得ると認められる。
したがって、本件発明1?4は、詳細な説明の記載により、当業者が、申立人の主張する課題を解決できると認識できる範囲のものであるといえる。

(2)本件発明5?7
申立人は、本件発明5?7に係るアンチセンスオリゴヌクレオチドは「エクソン53の一部」と相補的であるところ、当該「一部」が具体的にどの配列又はどの程度を意味するのか明細書に定義がないことに鑑みれば、本件発明5?7に係るアンチセンスオリゴヌクレオチドには1塩基だけエクソン53と相補的な配列を含むものも含まれることになり、そのようなアンチセンスオリゴヌクレオチドが「該エキソンのスプライシング機構からの遮蔽および該エクソンのmRNA前駆体からの排除を促進する」ことはできないから、本件発明5?7が発明の詳細な説明に前記課題が解決できることを当業者が認識できるように記載されていない旨主張する。

しかしながら、本件発明5には、「該アンチセンスオリゴヌクレオチドは、該ジストロフィンmRNA前駆体のエキソン53の一部に対して相補的であり、14?40個のヌクレオチオドを含有し、且つ該細胞内で該エキソンのスプライシング機構からの遮蔽および該エキソンのmRNA前駆体からの排除を促進することを特徴とする」と記載されており、本件発明5に含まれるアンチセンスオリゴヌクレオチドは、「14?40個のヌクレオチドを含有」するものであって、「ジストロフィンmRNA前駆体のエキソン53の一部に対して相補的」であるもののうち、「該細胞内で該エキソンのスプライシング機構からの遮蔽および該エキソンのmRNA前駆体からの排除を促進する」機能を有するものであることが特定されている。そして、そのようなアンチセンスオリゴヌクレオチドを取得することができるように発明の詳細な説明が記載されていることは、上記2.(2)で説示したとおりであるから、本件発明5は、発明の詳細な説明において上記課題を解決するものとして記載されたものである。
本件発明6及び7における「該アンチセンスオリゴヌクレオチドは、該ジストロフィンmRNA前駆体のエキソン53の一部に対して相補的であり、14?40個のヌクレオチオドを含有し、且つ該細胞内で該エキソンのスプライシング機構からの遮蔽および該エキソンのmRNA前駆体からの排除を促進することを特徴とする」旨の記載についても、同様である。

(3)小括
よって、本件発明1?7が特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていないものであるとする申立理由3には理由がない。

4.特許法第36条第6項第2号(申立理由4)について
(1)本件発明1の「ジストロフィンmRNA前駆体を保有する細胞」について
申立人は、「ジストロフィンmRNA前駆体を保有する細胞」という記載は、具体的にどのような細胞を意味するのか明確でない旨主張する。

しかしながら、「ジストロフィンmRNA前駆体を保有する細胞」とは、その記載のとおり、細胞内にジストロフィンmRNA前駆体を保有するものを意味することは明らかであり、本件発明1の医薬は、そのようなジストロフィンmRNA前駆体を保有する細胞において、ジストロフィンタンパク質を産生するための医薬に係る発明である。
したがって、本件発明1は、特許を受けようとする発明が、当業者にとって明確であると認められる。

(2)本件発明1の「エキソン53の内部領域」の記載について
申立人は、「エキソン53の内部領域」は具体的にどのような領域を意味するのか明確ではない旨主張する。

しかしながら、本件発明1は、「ジストロフィンmRNA前駆体を保有する細胞において、該ジストロフィンmRNA前駆体のスプライシングを制御し、ジストロフィンタンパク質を該細胞内で産生するための医薬であって、該ジストロフィンmRNA前駆体またはその一部分に含まれるエキソン53の内部領域に相補的な14?40個のヌクレオチドを含有し、且つ該細胞内で該エキソンのスプライシング機構からの遮蔽および該エキソンのmRNA前駆体からの排除を促進するアンチセンスオリゴヌクレオチド(ただし、該アンチセンスオリゴヌクレオチドが、DNAまたはホスホロチオエートDNAであってその塩基配列が、特開2002-10790において配列番号4で表されるGACCTGCTCAGCTTCTTCCTTAGCTTCCAGCであるものを除く)を包含することを特徴とする医薬。」であるから、本件発明1に係る医薬に包含されるアンチセンスオリゴヌクレオチドは、エキソン53の内部領域に相補的な14?40個のヌクレオチドを含有するアンチセンスオリゴヌクレオチドであって、且つ、該エキソンのスプライシング機構からの遮蔽およびエキソンのmRNA前駆体からの排除を促進するという機能を有するものであって、「該アンチセンスオリゴヌクレオチドが、DNAまたはホスホロチオエートDNAであってその塩基配列が、特開2002-10790において配列番号4で表されるGACCTGCTCAGCTTCTTCCTTAGCTTCCAGCであるもの」を除くものを意味することは、その請求項の記載から明らかであり、不明確なところはない。

(3)本件発明5の「エキソン53の一部」の記載について
申立人は、「エキソン53の一部」は具体的にどの配列を意味するのか本件明細書には具体的な定義がなく不明確である旨主張する。

しかしながら、本件発明5は、「ジストロフィンmRNA前駆体を保有する細胞において、該ジストロフィンmRNA前駆体のスプライシングを制御し、ジストロフィンタンパク質を該細胞内で産生するためのアンチセンスオリゴヌクレオチドを放出することが可能な核酸運搬体であって、該アンチセンスオリゴヌクレオチドは、該ジストロフィンmRNA前駆体のエキソン53の一部に対して相補的であり、14?40個のヌクレオチドを含有し、且つ該細胞内で該エキソンのスプライシング機構からの遮蔽および該エキソンのmRNA前駆体からの排除を促進することを特徴とする核酸運搬体(ただし、該アンチセンスオリゴヌクレオチドが、DNAまたはホスホロチオエートDNAであってその塩基配列が、特開2002-10790において配列番号4で表されるGACCTGCTCAGCTTCTTCCTTAGCTTCCAGCであるものを除く)。」であるから、本件発明5に係るアンチセンスオリゴヌクレオチドは、14?40個の長さを含有するものであり、エキソン53の一部に対して相補的であり、且つ細胞内でエキソンのスプライシング機構からの遮蔽およびエキソンのmRNA前駆体からの排除を促進するという機能を有するものであって、「該アンチセンスオリゴヌクレオチドが、DNAまたはホスホロチオエートDNAであってその塩基配列が、特開2002-10790において配列番号4で表されるGACCTGCTCAGCTTCTTCCTTAGCTTCCAGCであるもの」を除くものを意味することは、その請求項の記載から明らかであり、不明確なところはない。

(4)小括
よって、本件特許発明1?7が特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていないものであるとする申立理由4には理由がない。

第9 むすび
以上のとおりであるから、本件訂正を認め、また、上記取消理由によっては、本件特許の請求項1?7に係る特許を取り消すことはできないし、申立人が主張する申立理由及び証拠によっては、本件特許の請求項1?7に係る特許を取り消すことはできない。

また、他に請求項1?7に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。

よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ジストロフィンmRNA前駆体を保有する細胞において、該ジストロフィンmRNA前駆体のスプライシングを制御し、ジストロフィンタンパク質を該細胞内で産生するための医薬であって、該ジストロフィンmRNA前駆体またはその一部分に含まれるエキソン53の内部領域に相補的な14?40個のヌクレオチドを含有し、且つ該細胞内で該エキソンのスプライシング機構からの遮蔽および該エキソンのmRNA前駆体からの排除を促進するアンチセンスオリゴヌクレオチド(ただし、該アンチセンスオリゴヌクレオチドが、DNAまたはホスホロチオエートDNAであってその塩基配列が、特開2002-10790において配列番号4で表されるGACCTGCTCAGCTTCTTCCTTAGCTTCCAGCであるものを除く)を包含することを特徴とする医薬。
【請求項2】
スプライシングによって得られるmRNAが、機能性ジストロフィンタンパク質をコードしていることを特徴とする、請求項1に記載の医薬。
【請求項3】
該機能性ジストロフィンタンパク質が、変異ジストロフィンタンパク質または正常ジストロフィンタンパク質であることを特徴とする、請求項2に記載の医薬。
【請求項4】
該変異ジストロフィンタンパク質が、ベッカー型筋ジストロフィー患者のジストロフィンタンパク質と同等であることを特徴とする、請求項3に記載の医薬。
【請求項5】
ジストロフィンmRNA前駆体を保有する細胞において、該ジストロフィンmRNA前駆体のスプライシングを制御し、ジストロフィンタンパク質を該細胞内で産生するためのアンチセンスオリゴヌクレオチドを放出することが可能な核酸運搬体であって、該アンチセンスオリゴヌクレオチドは、該ジストロフィンmRNA前駆体のエキソン53の一部に対して相補的であり、14?40個のヌクレオチドを含有し、且つ該細胞内で該エキソンのスプライシング機構からの遮蔽および該エキソンのmRNA前駆体からの排除を促進することを特徴とする核酸運搬体(ただし、該アンチセンスオリゴヌクレオチドが、DNAまたはホスホロチオエートDNAであってその塩基配列が、特開2002-10790において配列番号4で表されるGACCTGCTCAGCTTCTTCCTTAGCTTCCAGCであるものを除く)。
【請求項6】
ジストロフィンmRNA前駆体を保有する細胞において、該ジストロフィンmRNA前駆体のスプライシングを制御し、ジストロフィンタンパク質を該細胞内で産生するための医薬の製造における、アンチセンスオリゴヌクレオチドの使用であって、該アンチセンスオリゴヌクレオチドは、該ジストロフィンmRNA前駆体のエキソン53の一部に対して相補的であり、14?40個のヌクレオチドを含有し、且つ該細胞内で該エキソンのスプライシング機構からの遮蔽および該エキソンのmRNA前駆体からの排除を促進することを特徴とする使用(ただし、該アンチセンスオリゴヌクレオチドが、DNAまたはホスホロチオエートDNAであってその塩基配列が、特開2002-10790において配列番号4で表されるGACCTGCTCAGCTTCTTCCTTAGCTTCCAGCであるものを除く)。
【請求項7】
ジストロフィンmRNA前駆体を保有する細胞において、該ジストロフィンmRNA前駆体のスプライシングを制御し、ジストロフィンタンパク質を該細胞内で産生するための医薬の製造における、アンチセンスオリゴヌクレオチドを放出することが可能な核酸運搬体の使用であって、該アンチセンスオリゴヌクレオチドは、該ジストロフィンmRNA前駆体のエキソン53の一部に相補的であり、14?40個のヌクレオチドを含有し、且つ該細胞内で該エキソンのスプライシング機構からの遮蔽および該エキソンのmRNA前駆体からの排除を促進することを特徴とする使用(ただし、該アンチセンスオリゴヌクレオチドが、DNAまたはホスホロチオエートDNAであってその塩基配列が、特開2002-10790において配列番号4で表されるGACCTGCTCAGCTTCTTCCTTAGCTTCCAGCであるものを除く)。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2018-09-10 
出願番号 特願2013-260728(P2013-260728)
審決分類 P 1 651・ 121- YAA (A61K)
P 1 651・ 03- YAA (A61K)
P 1 651・ 537- YAA (A61K)
P 1 651・ 536- YAA (A61K)
P 1 651・ 16- YAA (A61K)
最終処分 維持  
前審関与審査官 井上 明子  
特許庁審判長 田村 聖子
特許庁審判官 長谷川 茜
冨永 みどり
登録日 2017-04-14 
登録番号 特許第6126983号(P6126983)
権利者 アカデミス ツィーケンホイス ライデン
発明の名称 真核細胞におけるエキソンスキッピングの誘導  
代理人 渡邉 潤三  
代理人 渡邉 潤三  
代理人 岩瀬 吉和  
代理人 川嵜 洋祐  
代理人 小野 誠  
代理人 川嵜 洋祐  
代理人 城山 康文  
代理人 城山 康文  
代理人 岩瀬 吉和  
代理人 小野 誠  

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