• ポートフォリオ機能


ポートフォリオを新規に作成して保存
既存のポートフォリオに追加保存

  • この表をプリントする
PDF PDFをダウンロード
審決分類 審判 一部無効 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  F17C
審判 一部無効 2項進歩性  F17C
管理番号 1349867
審判番号 無効2016-800058  
総通号数 233 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2019-05-31 
種別 無効の審決 
審判請求日 2016-05-19 
確定日 2019-02-18 
訂正明細書 有 
事件の表示 上記当事者間の特許第5396136号発明「スプレー缶用吸収体およびスプレー缶製品」の特許無効審判事件について,次のとおり審決する。 
結論 特許第5396136号の明細書,特許請求の範囲及び図面を訂正請求書に添付された訂正明細書,特許請求の範囲及び図面のとおり,訂正後の請求項〔1,3-9〕について訂正することを認める。 特許第5396136号の請求項1,6,8に記載された発明についての特許を無効とする。 特許第5396136号の請求項2についての本件審判の請求を却下する。 審判費用は,その4分の1を請求人の負担とし,4分の3を被請求人の負担とする。 
理由 第1 手続の経緯
特許第5396136号(以下「本件特許」という。)についての手続の経緯は,おおむね次のとおりである。
平成21年 4月20日 本件特許に係る出願
平成25年10月25日 設定登録(特許第5396136号)
平成28年 5月19日付け 本件無効審判請求書(以下「請求書」
という。)提出
平成28年 7月29日付け 審判事件答弁書(以下「答弁書(1)」
という。)及び訂正請求書提出
平成28年 9月16日付け 審判事件弁駁書(以下「弁駁書」
という。)提出
平成28年10月18日付け 訂正拒絶理由の通知
及び職権審理結果の通知
平成28年11月18日付け (請求人)意見書(以下「請求人意見書」
という。)提出
平成28年11月18日付け (被請求人)意見書(以下「被請求人意見 書」という。)及び審判事件答弁書(以下
「答弁書(2)」という。)提出
平成29年 1月23日付け 審理事項の通知
平成29年 2月23日付け (被請求人)口頭審理陳述要領書(以下
「被請求人要領書(1)」という。)提出
平成29年 2月24日付け (請求人)口頭審理陳述要領書(以下
「請求人要領書(1)」という。)提出
平成29年 3月 7日付け 審理事項の通知(2)
平成29年 3月16日付け (被請求人)口頭審理陳述要領書(2)
(以下「被請求人要領書(2)」という。 )提出
平成29年 3月17日付け (請求人)口頭審理陳述要領書(2)
(以下「請求人要領書(2)」という。) 提出
平成29年 3月24日 口頭審理
平成29年 5月22日付け 審決の予告
平成29年 7月24日付け 訂正請求書(以下「訂正請求書」といい,
当該訂正請求書に係る訂正を
「本件訂正」という。)
平成29年 8月30日付け 訂正拒絶理由の通知
及び職権審理結果の通知
平成29年 9月29日付け (請求人)意見書提出
平成29年10月 3日付け (被請求人)意見書(以下
「被請求人意見書(2)」という。)
及び手続補正書提出

なお,本件訂正が請求されたので,平成28年7月29日にされた訂正請求は,特許法第134条の2第6項の規定により,取り下げられたものとみなす。

第2 訂正の適否
1.訂正の内容
本件訂正は,本件特許の特許請求の範囲を訂正請求書に添付した特許請求の範囲のとおり一群の請求項ごとに訂正することを求めるものであり,その内容は,平成29年10月3日に手続補正された,次のとおりのものである(なお,下線は,訂正箇所を明確にするために当審で付した。)。

1.訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1に
「・・・上記吸収体が,灰分を1重量%以上20重量%未満の範囲で含有するセルロース繊維集合体・・・」と記載されているのを,
「・・・上記吸収体が,灰分を1重量%以上12重量%未満の範囲で含有するセルロース繊維集合体・・・」に訂正する。

2.訂正事項2
特許請求の範囲の請求項2を削除する。

3.訂正事項3
特許請求の範囲の請求項3に
「・・・請求項1または2記載のスプレー缶製品。」と記載されているのを,
「・・・請求項1記載のスプレー缶製品。」に訂正する。

4.訂正事項4
特許請求の範囲の請求項4に
「・・・請求項1ないし3のいずれか1項に記載のスプレー缶製品。」と記載されているのを,
「・・・請求項1または3記載のスプレー缶製品。」に訂正する。

5.訂正事項5
特許請求の範囲の請求項5に
「・・・請求項1ないし4のいずれか1項に記載のスプレー缶製品。」と記載されているのを,
「・・・請求項1,3または4記載のスプレー缶製品。」に訂正する。

6.訂正事項6
特許請求の範囲の請求項6に
「・・・請求項1ないし5のいずれか1項に記載のスプレー缶製品。」と記載されているのを,
「・・・請求項1,3ないし5のいずれか1項に記載のスプレー缶製品。」に訂正する。

7.訂正事項7
特許請求の範囲の請求項7に
「・・・請求項1ないし6のいずれか1項に記載のスプレー缶製品。」と記載されているのを,
「・・・請求項1,3ないし6のいずれか1項に記載のスプレー缶製品。」に訂正する。

8.訂正事項8
特許請求の範囲の請求項8に
「・・・請求項1ないし7のいずれか1項に記載のスプレー缶製品。」と記載されているのを,
[・・・請求項1,3ないし7のいずれか1項に記載のスプレー缶製品。]に訂正する。

9.訂正事項9
特許請求の範囲の請求項9に
「・・・請求項1ないし8のいずれか1項に記載のスプレー缶製品。」と記載されているのを,
「・・・請求項1,3ないし8のいずれか1項に記載のスプレー缶製品。」に訂正する。

10.訂正事項10
願書に添付した明細書の段落【0017】に記載された
「・・・灰分を1重量%以上20重量%未満の範囲で含有する・・・」を
「・・・灰分を1重量%以上12重量%未満の範囲で含有する・・・」に訂正する。

11.訂正事項11
願書に添付した明細書の段落【0018】を削除する。

12.訂正事項12
願書に添付した明細書の段落【0039】に記載された
「・・・灰分を1?25重量%の範囲で含有する・・・」を
「・・・灰分を1重量%以上12重量%未満の範囲で含有する・・・」に訂正する。

13.訂正事項13
願書に添付した明細書の段落【0045】に記載された
「・・・灰分を1重量%以上20重量%未満の範囲で含有する・・・」を
「・・・灰分を1重量%以上12重量%未満の範囲で含有する・・・」に訂正する。

14.訂正事項14
願書に添付した図面の【図6】に記載された


」を


」に訂正する。

なお,願書に添付した明細書の段落【0086】及び【0088】の「30秒」の記載を「20秒」に訂正する旨の訂正事項は,平成29年10月3日になされた手続補正により,削除された。

2.訂正についての当審の判断
(1)訂正事項1について
訂正事項1は,特許請求の範囲の請求項1において,吸収体の灰分の数値範囲の上限を「20」重量%から「12」重量%に引き下げるものであるから,その訂正の目的は,特許法第134条の2第1項ただし書き第1号に規定する特許請求の範囲の減縮に該当する。
また,吸収体の灰分の数値範囲の上限を「12」重量%とすることは,訂正前の特許請求の範囲の請求項2に記載されているから,訂正事項1は,願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内のものであり,特許法第134条の2第9項で準用する第126条第5項に適合する。
そして,訂正事項1が,実質上特許請求の範囲を拡張するものでなく,変更するものでもないことは明らかであって,特許法第134条の2第9項で準用する第126条第6項に適合する。

(2)訂正事項2について
訂正事項2は,特許請求の範囲の請求項2を削除するものであるから,その訂正の目的は,特許法第134条の2第1項ただし書き第1号に規定する特許請求の範囲の減縮に該当する。
また,訂正事項2が,願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内のものであり,実質上特許請求の範囲を拡張するものでなく,変更するものでもないことは明らかであるから,特許法第134条の2第9項で準用する第126条第5及び6項に適合する。

(3)訂正事項3ないし9について
訂正事項3ないし9は,特許請求の範囲の請求項3ないし9が,請求項2を引用する従属請求項であったところ,当該請求項2が削除されたことに合わせて,引用する請求項から当該請求項2を削除するものであるから,その訂正の目的は,特許法第134条の2第1項ただし書き第3号に規定する明瞭でない記載の釈明に該当する。
また,訂正事項3ないし9が,願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内のものであり,実質上特許請求の範囲を拡張するものでなく,変更するものでもないことは明らかであるから,特許法第134条の2第9項で準用する第126条第5及び6項に適合する。

(4)訂正事項10,12及び13について
訂正事項10,12及び13は,特許請求の範囲の請求項1において,吸収体の灰分の数値範囲の上限を「12」重量%に訂正したことに合わせて,明細書の段落【0017】及び【0045】の記載を「12」重量%に訂正し,段落【0039】の記載を「1重量%以上12重量%未満」に訂正するものであるから,その訂正の目的は,特許法第134条の2第1項ただし書き第3号に規定する明瞭でない記載の釈明に該当する。
また,訂正事項10が,願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内のものであり,実質上特許請求の範囲を拡張するものでなく,変更するものでもないことは明らかであるから,特許法第134条の2第9項で準用する第126条第5及び6項に適合する。

(5)訂正事項11について
訂正事項11は,願書に添付した明細書の段落【0018】に訂正前の特許請求の範囲の請求項2に係る事項が記載されていたところ,当該請求項2が削除されたことに合わせて,段落【0018】の記載を削除するものであるから,その訂正の目的は,特許法第134条の2第1項ただし書き第3号に規定する明瞭でない記載の釈明に該当する。
また,訂正事項11が,願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内のものであり,実質上特許請求の範囲を拡張するものでなく,変更するものでもないことは明らかであるから,特許法第134条の2第9項で準用する第126条第5及び6項に適合する。

(6)訂正事項14について
訂正事項14は,願書に添付した図面の【図6】において,破線によりTotal秒を表し,実線により灰分含有量を表す旨の記載を,破線により灰分含有量を表し,実線によりTotal秒を表す旨の記載に訂正するものであるが,表1の記載との整合から見て,その訂正の目的は,特許法第134条の2第1項ただし書き第2号に規定する誤記又は誤訳の訂正に該当する。
また,訂正事項14が,願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内のものであり,実質上特許請求の範囲を拡張するものでなく,変更するものでもないことは明らかであるから,特許法第134条の2第9項で準用する第126条第5及び6項に適合する。

3.むすび
以上のとおり,本件訂正は,特許法第134条の2第1項ただし書き,並びに同法第134条の2第9項で準用する第126条第5及び6項に適合するので適法な訂正と認める。


第3 本件特許発明
上記第2のとおり,本件訂正は認められるから,本件特許の特許請求の範囲に記載された発明(以下「本件特許発明」といい,各請求項に係る発明を「特許発明1」などという。)は,訂正請求書に添付した訂正明細書の特許請求の範囲の請求項1,3ないし9に記載された事項により特定される次のとおりのものである。

「【請求項1】
噴射口を備えたスプレー缶に,可燃性液化ガスおよび保液用の吸収体を充填したスプレー缶製品であって,
上記吸収体が,灰分を1重量%以上12重量%未満の範囲で含有するセルロース繊維集合体から構成され,
上記スプレー缶内に,上記噴出口側に空間を有して,スプレー缶形状に対応する形状に成形された上記吸収体を収容し,上記空間と上記吸収体の間には,上記吸収体の表面を通気可能に保護する通気性蓋状部材を配設し,
かつ,上記蓋状部材は,上記スプレー缶内に圧入されて上記吸収体表面に密接する円板状多孔質体,または上記吸収体表面に一体的に形成された多孔質保護層であることを特徴とするスプレー缶製品。
【請求項2】
(削除)
【請求項3】
上記通気性蓋状部材は,不織布または発泡性樹脂にて構成される請求項1記載のスプレー缶製品。
【請求項4】
上記吸収体が,古紙を粉砕または解繊して得た再生セルロース繊維を主原料とするセルロース繊維集合体から構成される請求項1または3記載のスプレー缶製品。
【請求項5】
上記セルロース繊維集合体が,繊維長1.5mm以下のセルロース繊維を90質量%以上含有する請求項1,3または4記載のスプレー缶製品。
【請求項6】
上記液化ガスは,噴射剤または燃料として使用される可燃性液化ガスである請求項1,3ないし5のいずれか1項に記載のスプレー缶製品。
【請求項7】
上記液化ガスは,オゾン層破壊係数が0であり,かつハイドロフルオロカーボンを含まないガスからなる請求項1,3ないし6のいずれか1項に記載のスプレー缶製品。
【請求項8】
上記セルロース繊維集合体は,スプレー缶形状に対応するブロック状に圧縮成形され,またはシート状に圧縮成形しスプレー缶形状に合わせて巻いた後,上記スプレー缶内に直接充填される請求項1,3ないし7のいずれか1項に記載のスプレー缶製品。
【請求項9】
上記セルロース繊維集合体が,繊維長0.35mm以下の微細セルロース繊維を45質量%以上含有するセルロース繊維集合体にて構成されている請求項1,3ないし8のいずれか1項に記載のスプレー缶製品。」


第4 無効理由,無効理由に対する答弁及び証拠方法

1.請求人主張の無効理由
請求人は,審判請求書において,訂正前の本件特許の特許発明1,2,6及び8についての特許を無効とする,との審決を求め,以下の無効理由1ないし8を主張している。

(1)無効理由1(特許法第36条第6項第1号)
訂正前の請求項1及び2において「吸収体」を発明特定事項としているが,本件特許発明の吸収体は古紙原料を使用したもののみであるところ,当該請求項1及び2記載の吸収体は古紙原料を使用しないものも含む記載となっているから,訂正前の請求項1,2,6及び8に係る発明についての特許は,特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり,同法第123条第1項第4号に該当し,その特許を無効とすべきである。

(2)無効理由2(特許法第36条第6項第1号)
訂正前の請求項1に「灰分を1重量%以上20重量%未満の範囲で含有する」と記載され,訂正前の請求項2に「灰分を1重量%以上12重量%未満の範囲で含有する」と記載されているが,灰分量を1重量%以上6.6重量%未満とすることについては発明の詳細な説明に記載されていないから,訂正前の請求項1,2,6及び8に係る発明についての特許は,特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり,同法第123条第1項第4号に該当し,その特許を無効とすべきである。
なお,無効理由2の対象として,訂正前の請求項6及び8が含まれることについて一応付言すると,審判請求書第2ページ下から第9ないし6行,及び第10ページ第7行ないし第11ページ下から第5行には,無効理由2が記載されており,そこには当該請求項6及び8を明示する記載はない。しかし,第11ページ下から第10及び9行には「従って,本件発明において,新聞紙などの古紙を用いながら,灰分量を6.6重量%以下とすることは,本件明細書には何ら開示がなく」との記載があり,「本件発明」が明細書に開示されていない旨が示されている。そして,審判請求書の第9ページ最終行ないし第10ページ第1行には「本件発明1,2,6及び8を総称して「本件発明」という」との記載があるから,これらの記載を総じて見ると,無効理由2の対象には,当該請求項6及び8が含まれると解することができる。

(3)無効理由3(特許法第36条第6項第2号)
訂正前の請求項1は「通気性蓋状部材」を発明特定事項としているが,「通気性蓋状部材」は発明の効果を減殺するものであって,訂正前の請求項1,2,6及び8に係る発明を不明確なものとしているから,当該請求項1,2,6及び8に係る発明についての特許は,特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり,同法第123条第1項第4号に該当し,その特許を無効とすべきである。
なお,無効理由3の対象として,訂正前の請求項2,6及び8が含まれることについて一応付言すると,審判請求書第2ページ下から第5行ないし第3ページ第1行,及び第11ページ下から第4行ないし第13ページ第6行には,無効理由3が記載されており,そこには当該請求項2,6及び8を明示する記載はない。しかし,第13ページ第1及び2行には「この様に,本件発明の発明特定事項である「通気性蓋状部材」は,発明の効果を減殺するものであって,本件発明を不明確なものとしている」との記載があり,「本件発明」が不明確である旨が示されている。そして,上記(2)の付言で示すとおり,審判請求書では「本件発明1,2,6及び8を総称して「本件発明」という」から,これらの記載を総じて見ると,無効理由3の対象には,当該請求項2,6及び8が含まれると解することができる。

(4)無効理由4(特許法第36条第6項第2号)
訂正前の請求項1には「製造方法」が記載されているから,「発明が明確であること」という要件を欠いており,当該請求項1に係る発明についての特許は,特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり,同法第123条第1項第4号に該当し,その特許を無効とすべきである。

(5)無効理由5(特許法第36条第6項第1号)
訂正前の請求項1の記載によれば,「吸収体」を成形する時期が,スプレー缶に充填する前のものと後のものの両方が含まれるが,発明の詳細な説明には,スプレー缶に充填した後に「吸収体」を成形することが記載されていないから,訂正前の請求項1,2及び6に係る発明についての特許は,特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり,同法第123条第1項第4号に該当し,その特許を無効とすべきである。

(6)無効理由6(特許法第36条第6項第2号)
訂正前の本件発明1,2及び6は,未成形の状態の「吸収体」をスプレー缶に充填した後に,スプレー缶内において一定の形状を維持する状態になるものを技術的範囲に含んでいる点で,「特許を受けようとする発明が明確であること」という要件に違反するから,当該請求項1,2及び6に係る発明についての特許は,特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり,同法第123条第1項第4号に該当し,その特許を無効とすべきである。

(7)無効理由7(特許法第36条第6項第2号)
訂正前の請求項8には「製造方法」が記載されているから,「発明が明確であること」という要件を欠いており,請求項8に係る発明についての特許は,特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり,同法第123条第1項第4号に該当し,その特許を無効とすべきである。

(8)無効理由8(特許法第29条第2項)
訂正前の請求項1,2,6及び8に係る発明は,甲第1号証記載の発明,甲第2ないし9号証に記載の事項に基づいて,当業者が容易に発明することができたものであるから,当該請求項1,2,6及び8に係る発明についての特許は,特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであり,同法第123条第1項第2号に該当し,その特許を無効とすべきである。


2.無効理由に対する被請求人の答弁
被請求人は,答弁書(1)において,本件無効審判の請求は成り立たない,との審決を求めている。


3.証拠方法
(1)請求人の証拠方法
請求人は,証拠方法として,審判請求書において以下の甲第1ないし11号証を提出し,請求人要領書(1)において以下の甲第12ないし25号証を提出し,請求人要領書(2)において以下の甲第26号証を提出した(以下,各甲号証を「甲1」などという。)。

甲 1:特開2008-180377号公報
甲 2:実願平4-52777号(実開平6-7883号)の
CD-ROM
甲 3:「JIS P 8251:2003 紙,板紙及びパルプ?灰分 試験方法?525℃燃焼法」(平成15年5月20日,財団法人 日本規格協会発行)
甲 4:「JIS P 8252:2003 紙,板紙及びパルプ?灰分 試験方法?900℃燃焼法」(平成15年5月20日,財団法人 日本規格協会発行)
甲 5:静岡県畜産試験場試験研究報告 第27号(平成13年7月,
静岡県畜産試験場発行)
甲 6:特開2006-328605号公報
甲 7:特開2006-63501号公報
甲 8:特開2008-95260号公報
甲 9:特開2008-196090号公報
甲10:本件特許に係る出願の平成25年8月30日付け意見書
甲11:大阪地裁平成26年(ワ)第6361号(以下「関連侵害訴訟」 という。)の原告第4準備書面
甲12:関連侵害訴訟の平成27年7月31日付け請求の趣旨変更申立書 の別紙被告製品目録
甲13:関連侵害訴訟の乙第2号証(平成27年1月29日付け陳述書)
甲14:関連侵害訴訟の乙第7号証(平成27年5月28日付け
陳述書(2))
甲15:「JIS P 8204-1976 日本工業規格 製紙用パル プの灰分試験方法」(昭和51年8月10日,財団法人日本規格 協会発行)
甲16:「asahi.com朝日新聞社から 会社案内 数字で見る朝日新聞」 (http://www.asahi.com/shimbun/honsya/j/number.html)
(平成29年1月18日検索)
甲17:特許第3419123号公報
甲18:特開2008-38325公報
甲19:「新聞用紙の技術革新ここ10年」日本印刷学会誌
第17巻第4号(2010年)
甲20:「国立科学博物館 技術の系統化調査報告 第10集
新聞用紙製造技術の系統的調査『11 典型的な抄紙機における 新聞用紙生産の操業記録』」第51ないし57ページ
(平成20年3月19日,独立行政法人国立科学博物館発行)
甲21:「紙料の調成」第105ないし115ページ
(1992年4月1日,紙パルプ技術協会発行)
甲22:特開昭63-150381号公報
甲23:特公昭63-49119号公報
甲24:実願昭58-29351号(実開昭59-133897号)
のマイクロフィルム
甲25:特開平5-346200号公報
甲26:「印刷用語集」 一般社団法人 日本印刷産業連合会ホームペー
ジ(http://www.jfpi.or.jp/webyogo/index.php?term=1456)
(平成29年3月9日検索)

(2)被請求人の証拠方法
被請求人は,証拠方法として,答弁書(1)において以下の乙第1ないし5号証を提出し,被請求人要領書(1)において以下の乙第6ないし23号証を提出し,被請求人要領書(2)において以下の乙第24号証を提出し,訂正請求書において以下の乙第25の1ないし9号証,乙第26の1ないし14号証,乙第27号証並びに乙第28の1及び2号証を提出した(以下,各乙号証を「乙1」などという。)。

乙 1:本件特許に係る出願の平成25年6月21日付け拒絶理由通知書
乙 2:本件特許に係る出願の平成25年8月30日付け手続補正書
乙 3:特開平10-314583号公報
乙 4:特開2005-8712号公報
乙 5:特開2005-7588号公報
乙 6:関連侵害訴訟の平成27年7月31日付け請求の趣旨変更申立書
乙 7:関連侵害訴訟の平成27年3月6日付け被告準備書面(2)
乙 8:関連侵害訴訟の平成27年8月26日付け被告準備書面(5)
乙 9:「木材からエネルギーを取り出す」(林産試だより2007年
7月号)(http://www.fpri.hro.or.jp/dayori/0707/2.htm)
乙10:「JIS P 8252:2003:紙,板紙及びパルプ-灰分 試験方法-900℃燃焼法」
乙11:「非木材繊維利用の現状と将来」(紙パ技協誌第51巻第6号)
乙12:特開2013-100623号公報
乙13:特開2008-248410号公報
乙14:特開2006-328565号公報
乙15:特開2009-263849号公報
乙16:特開2014-118638号公報
乙17:特開2008-274500号公報
乙18:特開2005-194656号公報
乙19の1:「新聞印刷の流れ」(株式会社読売プリントメディアHP)
(http://www.yomiuri-pm.co.jp/newspaper/)
乙19の2:「印刷の主力,新聞オフセット輪転機」
(東建コーポレーション株式会社)
(http://www.homemate-research-newspaper-office.com/
useful/12686_facil_089/)
乙20:特開2010-236159号公報
乙21:特開2010-236118号公報
乙22:特開2015-193968号公報
乙23:特開2009-155787号公報
乙24:平成29年3月3日付けの成績報告書
(高知県立紙産業技術センター所長,関正純)
乙25の1:「製品名 エアダスター」の「製品安全データシート」
(ホーザン株式会社)
乙25の2:「製品名:ノンフロンブロワー SS-10」の
「製品安全データシート」(日本エスティティ株式会社)
乙25の3:「製品名 エアーダスター」の「安全データシート」
(プラス株式会社)
乙25の4:「エアーダスター」についてのWEBページ
(株式会社MonotaRO)
(https://www.monotaro.com/g/00029486/)
乙25の5:「エアダスターセーフティーノンフロン 350ml」
についてのWEBページ(株式会社ベストプラン中国)
(http://bestplan-chugoku.com/product/
oasanso/eco.html)
乙25の6:「製品名 ノンフロンエアダスター」の商品ラベルの図面
(ナカバヤシ株式会社)
乙25の7:「製品名 ダストブロワーECO」の商品ラベルの図面
(エレコム株式会社)
乙25の8:「製品名 エアダスター(エコタイプ)」の
商品ラベルの図面(サンワサプライ株式会社)
乙25の9:「日本瓦斯株式会社のエアダスター」の写真
(撮影者・大住洋)
乙26の1:特開2017-61544号公報
乙26の2:特開2006-151919号公報
乙26の3:特開2005-179437号公報
乙26の4:特開2006-321814号公報
乙26の5:特開2005-314349号公報
乙26の6:特開2004-300127号公報
乙26の7:特開2003-146819号公報
乙26の8:特開2003-12502号公報
乙26の9:特開2001-258921号公報
乙26の10:特開2000-191437号公報
乙26の11:特開平11-140423号公報
乙26の12:特開平11-246362号公報
乙26の13:特開平10-48133号公報
乙26の14:特開平9-263501号公報
乙27:特公昭46-20837号公報
乙28の1:「家庭用エアゾール防水スプレー製品等の安全性向上の
ための自主基準」(一般社団法人日本エアゾール協会
防水スプレー連絡会・小委員会)
乙28の2:「家庭用エアゾール防水スプレー製品等の安全性向上の
ための自主基準 家庭用エアゾール防水スプレー製品等の
『付着率』安全確認試験」(一般社団法人
日本エアゾール協会 防水スプレー連絡会・小委員会)


第5 当事者の主張
1.無効理由1について
[請求人]
(1)訂正前の請求項1,2,6,及び8には「上記吸収体が・・・セルロース繊維集合体から構成され」と記載されており,「吸収体」は,古紙原料の使用の有無に関わらず,セルロース繊維集合体から構成される吸収体のすべてが技術的範囲に含まれている。
しかし,訂正前の段落【0013】,【0014】,【0016】,【0017】,【0027】及び【0028】の記載から見て,発明の詳細な説明に記載されている発明は,吸収体に古紙原料を使用した場合の保液力の問題を解決して,安価なスプレー缶を提供することを目的とし,その効果を奏するものであることが明らかであるから,発明の詳細な説明には,「吸収体」に古紙原料を使用するもののみが記載されている。
よって,訂正前の請求項1,2,6,及び8に係る発明は,吸収体に古紙原料を使用しないものも含む記載となっている点で,特許法第36条6項1号に係る「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること」という要件に違反している。(請求書第8ページ第6行ないし第10ページ第6行)

(2)訂正前の段落【0016】,【0017】及び【0027】等の記載から,本件特許発明の課題は,吸収体として「古紙原料」に限定して使用した場合の保液力の問題を解決して,安価なスプレー缶を提供すること,であることは明らかである。
したがって,発明の詳細な説明にLBKPを用いた事例の記載があるから,本件特許発明の課題が,上記のようなものでないとする被請求人の主張には理由がない。(弁駁書第8ページ第10行ないし第9ページ第8行)

(3)訂正前の発明の詳細な説明には,古紙原料と灰分の関係についてのみ記載(段落【0017】)しており,LBKPについては灰分との関係について何ら記載はない。(請求人要領書(1)第11ページ第8ないし最終行)

[被請求人]
(1)段落【0048】等には,古紙原料以外の任意のセルロース繊維を使用できることが明記されている一方,古紙原料については,単に「好適例」として記載されているに過ぎない。
本件特許は,吸収体の性能が灰分によって大きく左右されるという従来技術にはない技術的知見を見出したものであり,古紙原料を使用した場合に限らず,任意のセルロース繊維からなる吸収体について,灰分含有量が所定の数値範囲に調整されている限り,本件特許発明の課題は解決できると当業者が認識できることも明らかである。
実際,発明の詳細な説明の実施例において,古紙原料ではないLBKPを使用した吸収体についても,灰分含有量が1.0重量%に調整されていれば吸収体が十分な保液性能を奏し,本件特許発明の課題を解決できることが明確に開示されている(段落【0088】の【表1】のサンプルF)。
したがって,無効理由1には理由がない。(答弁書(1)第16ページ下から第10行ないし第17ページ下から第11行)

(2)本件特許発明の課題は,「高価な原料使用や複雑な製造工程を要することなく,液化ガスの吸収性,保持力に優れ,傾斜状態や倒立状態での使用または保管時の液漏れを防止可能な吸収体を得ること,それにより,低コストで,安全性および保液性が確保できるスプレー缶製品を実現する」(段落【0016】)等というものであり,古紙原料を使用した場合の吸収体の保液性能改善に限られていない。(答弁書(2)第6ページ第13行ないし第7ページ第19行)

2.無効理由2について
[請求人]
(1)訂正前の本件特許の請求項1に「上記吸収体が,灰分を1重量%以上20重量%未満の範囲で含有する」と記載され,訂正前の請求項2に「上記吸収体が,灰分を1重量%以上12重量%未満の範囲で含有する」と記載されており,吸収体の灰分含有量は,1重量%以上20重量%未満または1重量%以上12重量%未満のものが技術的範囲に含まれている。
一方,特許明細書の発明の詳細な説明の段落【0088】の表1には,新聞古紙を用いて灰分を6.6%(サンプルA)とすること,新聞/広告や再生紙を用いることで灰分をそれぞれ11.2%(サンプルB),16.9%(サンプルC),12.3%(サンプルE,G)とすることが記載されているが,「1重量%以上6.6重量%未満の範囲」については,記載はない。
また,倒立状態で液漏れなく噴射を保持することができた時間または30秒間以上液漏れしないサンプル数と灰分含有量の関係を示す記載,すなわち発明の効果に関する記載も,発明の詳細な説明に一切ない。
したがって,訂正前の請求項1,2,6,及び8において,新聞紙などの古紙を用いながら,灰分量を6.6重量%以下とすることは,本件明細書には何ら開示がなく,請求項1,2,6,及び8に係る発明についての特許は,特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたといえ,無効とすべきものである。(請求書第10ページ第7行ないし第11ページ下から第5行)

(2)本件特許発明の課題からして,「セルロース繊維集合体」は古紙原料を使用したものに限られているから,LBKPが含まれるという請求人の主張(下記[被請求人](1))は理由がない。
段落【0088】のサンプルFは,セルロース繊維集合体に古紙原料を用いていないから,本件発明の実施例とは認めることができない。
被請求人は,サンプルFが本件特許発明の実施例であると主張(下記[被請求人](1))するが,段落【0088】の表1のサンプルAないしFのいずれが実施例であるかに関する記載は一切なく,例えばサンプルDのように実施例でないことが明らかなサンプルが含まれているから,サンプルFが本件特許発明の実施例であるとの主張は誤っている。
さらに,サンプルFは,10サンプルのうち,液漏れ判定(30秒以上液漏れしない)が「○」とされたサンプル数が7サンプルしかなく,3サンプルについては液漏れ判定が「○」となっていない点でも,サンプルFは本件特許発明の実施例でなく,被請求人の主張はこの点でも誤っている。(請求人弁駁書第9ページ第9行ないし第11ページ最終行)

(3)被請求人は,サンプルFについて,「平均して22.7秒もの液保持時間があれば,スプレー缶製品用の吸収体の液保持力としては十分」であると主張(下記[被請求人](2))するが,段落【0086】の「30秒以上,倒立状態で液漏れなく噴射を保持できれば,通常の除塵目的での使用であれば十分な性能であるといえる」という記載と矛盾する。
また,サンプルFは,10個中の7個の判定が「○」となっており,10個の合計保持時間は227秒であるから,不合格の3個についての平均保持時間は,
(227秒-7×30秒)/3=5.7秒
と言う非常に短時間になっている。このような短時間で液漏れをするものを3割含むサンプルFを実施例と見ることができないことは明らかである。(請求人要領書(1)第12ページ第1行ないし第13ページ第11行)

(4)被請求人提出の口頭陳述要領書(2)第5ページ(2)で主張している「30秒以上」が「20秒以上」の誤記であるとの主張(下記[被請求人](5))は,段落【0086】及び【0088】の全てに及ぶと解される。そうすると,特許明細書の表1のサンプルA,B,Fに矛盾が生じる。(第1回口頭審理調書の「請求人 4」)


[被請求人]
(1)請求人の無効理由2の主張は判然としないが,発明の詳細な説明には,古紙原料を使用していながら「1重量%以上6.6重量%未満」の範囲となる実施例が開示されていないことを主張するようである。
本件特許発明における「セルロース繊維集合体」は,任意のセルロース繊維の集合体を含むものであり,LBKPを当然に含むし,段落【0088】には,灰分含有量が1.0重量%のLBKPからなる吸収体に蓋状部材を配した実施例について,30秒以上液漏れなく噴射を保持できたサンプル数が7個であり,倒立状態で液漏れなく噴射を保持できた時間が227秒と十分な効果を奏することが明確に開示されている。
このように,当業者としては,「1重量%以上6.6重量%未満」についても,本件特許発明の作用効果が達せられると十分に理解できるから,請求人主張の無効理由2にも全く理由がない。(答弁書(1)第17ページ下から第10行ないし第18ページ下から第12行)

(2)請求人は,段落【0088】のサンプルFが本件特許発明の実施例でないと主張するが,そうであれば,「蓋状部材の効果を調べるため」(段落【0081】)に製作されたサンプルI及びJは比較対象となる実施例が存在しないことになるから,請求人の主張が不合理であることは明らかである。
請求人は,サンプルFについて,液漏れ判定(30秒以上液漏れしない)が「○」のサンプルが7個しかないから本件特許発明の実施例にあたらないと主張する。しかし,30秒というのは,それ以上連続して缶を素手で保持することが困難であるという意味で,30秒以上保持できれば十分ということであり,実際には,一回の使用時間が20秒以上となることはほとんどない(段落【0086】)のであるから,平均して22.7秒もの液保持時間があれば,スプレー缶製品用の吸収体の液保持力としては十分なのであって,請求人の上記主張には全く理由がない。(答弁書(2)第7ページ第20行ないし第8ページ下から第12行)

(3)特許明細書の段落【0081】ないし【0091】に記載のサンプルAないしJと訂正前の特許発明1ないし8の対応関係は,以下のとおりである。


(被請求人要領書(1)第5ページ下から第3行ないし第6ページ冒頭の表)

(4)特許明細書によれば,スプレー缶製品は「倒立状態や傾斜状態で使用した場合に,噴出口から液化ガスが液体のまま漏れ出すおそれがある」(段落【0008】)とされる一方,「通常使用時に一回の噴射時間が20秒以上となることはほとんどな」(段落【0086】)く,(灰分含有量を)「20重量%未満とすることで,保持時間150秒程度ないしそれ以上を実現可能」であり,(最適値である)「12重量%未満とすることで,保持時間は200秒程度ないしそれ以上とすることが可能」(段落【0091】)とされている。
さらに,10個のサンプルの平均保持時間が15秒以上の訂正前のサンプルC及びEが訂正前の本件特許発明の実施例とされ,かつ平均保持時間が20秒以上のサンプルA,B及びFが最適な例とされていること(段落【0088】,【0091】及び【図6】)等から,当業者は,本件特許明細書においては,倒立状態において15秒間液漏れしないことが最低基準とされ,20秒間液漏れすることなく液化ガスを保持できればスプレー缶用の吸収体として十分なものと評価することとされていることが理解できる。
なお,段落【0086】には,「特に,30秒以上の連続噴射時には,気化熱による温度低下で缶を素手で保持することが困難になると考えられることから,30秒以上,倒立状態で液漏れなく噴射を保持できれば,通常の除塵目的での使用であれば十分な性能であるといえる」と記載されているが,30秒連続して使用すると「素手で保持することが困難になる」のであり,それほど極端な状況で液漏れを防止できなければ「○」と判定しないというのは不合理であるから,当該記載は,30秒以上は計測しないことの理由を説明するものであり,本件特許明細書において吸収体として十分な性能を有するかどうかの判定基準は30秒ではなく20秒(最低限15秒)とされていると理解できる。(被請求人要領書(2)第2ページ下から第7行ないし第5ページ第8行)

(5)本件特許明細書においては,スプレー缶製品の吸収体として十分な性能を有するかどうかの判定基準は30秒ではなく20秒(最低限15秒)とされているから,段落【0088】の「※1」及び「※2」の○判定の基準として記載されている「30秒以上」は,いずれも「20秒以上」の誤記であることが明らかであり,段落【0086】における「なお,表1には,10個のサンプル中,30秒以上,倒立状態で液漏れなく噴射を保持することができたサンプル数と,10個のサンプルの保持時間の合計を示した。」という記載における「30秒」は「20秒」の誤記であることが明らかである。
これを前提にサンプルFを見ると,「○」判定となった7個の平均が,たとえば25秒であれば,残る3個の平均は約17秒([227-25×7]÷3=17.33…)となり,十分な性能とされる20秒には満たないまでも,最低基準である15秒を上回るため,必要な性能を有していると評価できる。
これに対し,判定基準が30秒であるとすると,請求人の指摘(上記[請求人](3))のとおり,サンプルFでは,液保持時間が平均5.7秒しかないものが本件特許発明の実施例に含まれることとなり,特許明細書の記載と整合しないことになるから,特許明細書の段落【0086】及び【0088】における,上記「30秒」の記載は,「20秒」の誤記である。(被請求人要領書(2)第5ページ第9ないし最終行)

(6)甲1は,被請求人が行った特許出願に係る公報であり,その発明は,本件特許発明と同様「吸収性能・保液性に優れた吸収体」(段落【0004】)を得るというものである。そして,甲1には,「液漏れが発生するまでの時間が20秒以上であるものは,除塵ダストブロワーやトーチバーナー用ボンベ等のスプレー缶用吸収体として使用可能であり,○で表した」(段落【0051】),「通常使用時に一回の噴射時間が20秒以上となることはほとんどなく,特に30秒以上の連続噴射時には,気化熱による温度低下で缶を素手で保持することが困難になると考えられることから,通常の除塵目的での使用であれば十分な性能である」(段落【0054】)等として,「20秒以上」を判定基準とすることが明記されているところ,甲1に係る発明と本件特許発明は,いずれも十分な保液性能を有する吸収体に係るものであり,その保液性能の合否判定基準が両者で異なるはずがないから,甲1の記載からも,上記(5)でいう誤記は明らかである。(被請求人要領書(2)第6ページ第1ないし最終行)

(7)平成29年3月16日付け口頭審理陳述要領書(2)第5ページ(2)の主張(上記(5))は,【0086】の「なお,表1には・・・保持時間の合計を示した。」という文章における「30秒」のみの誤記である。(第1回口頭審理調書の「被請求人 4」)

(8)本件特許に係る出願当時の当業者の技術常識(乙25の1ないし9,乙26の1ないし14,乙27,並びに乙28の1及び2)を前提にすれば,スプレー缶製品が通常想定されている噴射時間は,長くても5秒程度であり,傾斜・倒立時も5秒程度の間液漏れがなければ通常使用には足るから,特許明細書の実施例における個々のサンプルが30秒ないしそれに準じる時間液漏れを防止できなければ本件特許発明の課題を解決できないなどとは認識しない。特許明細書の段落【0086】及び【0088】における「30秒」の記載は,不必要に厳格な基準であり,「20秒」の誤記と考えられるが,誤記が認められないとしても,上記当業者の技術常識を踏まえれば,サポート要件違反は十分解消される。(訂正請求書第12ページ第3行ないし第13ページ第6行及び被請求人意見書(2)第2ページ第14行ないし第3ページ第9行)

(9)そもそもサポート要件を充足するための明細書の記載としては,「発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべき」(知財高判平成17年11月11日・判時1911号48頁「パラメータ特許事件」)ものであり,当業者が課題を解決できると認識できる程度の記載があれば,たとえばその効果が「具体的な測定結果をもって裏付けられている必要はない」「知財高判平成21年9月29日裁判所HP「無鉛はんだ事件」)し,実施例による開示が少ないこともサポート要件充足性を否定する理由にはならない「知財高判平成23年2月10日・裁判所HP「シランカップリング剤事件」)のである。(被請求人意見書(2)第3ページ第26行ないし第4ページ第4行)

(10)スプレー缶製品の噴射時間は,長くても5秒程度なのであるから,倒立時も5秒程度の間,液漏れがなければ通常使用には足るというのがスプレー缶製品の技術分野における技術常識であり,特許明細書では,単に吸収体中の灰分を1重量%以上12重量%の範囲に調整しただけのサンプルA,B及びFにつき,10個のサンプルの合計保持時間が200秒以上(平均20秒以上)となることが示されているから,当業者が本件特許発明の実施例であるサンプルA,B及びFにつき,課題が解決できると認識できることは明らかである。(被請求人意見書(2)第4ページ第7ないし26行)

(11)スプレー缶製品において,倒立時も5秒程度の間液漏れがなければ通常使用には足るというのがスプレー缶製品の技術分野における技術常識であるから,30秒という合否判定基準は,通常使用に耐える程度を超えて,「(より)液漏れの可能性を低くしようとする意図で液漏れ評価試験が行われている」というに過ぎないものであり,これを超えなければスプレー缶製品に用いる吸収体としての通常の使用に耐えないという性質のものではない。
特許明細書において,サンプルAでは判定に合格しない残りの1個が10秒,サンプルBでは残りの4個の平均が8.25秒,サンプルFでは残りの3個の平均が約5.7秒となり,いずれも通常使用には耐える品質を有しているので,サンプルA,B及びFの試験結果に接した当業者が,30秒に満たないサンプルが一部に存在するというだけで直ちに,本件発明が課題を解決できると認識できないとはいえない。
特に,セルロース繊維の集合体からなる吸収体については,吸収体を構成する繊維の充填状態や繊維の質(傷み具合や柔軟性,コシの強さなど)が均質でないことによる,灰分含有量以外の要因によるデータのばらつきが容易に想定されるところであるから,サンプルの一部に上記のようなものが含まれているというだけで,直ちに,多くのサンプルが保持時間30秒を超え,合計保持時間としても200秒を超えるサンプルA,B及びFについて,それが本件特許発明の課題を解決できると当業者が認識できないということはない。(被請求人意見書(2)第4ページ第29行ないし第5ページ第22行)


3.無効理由3について
[請求人]
(1)訂正前の請求項1,2,6,及び8に係る発明は,「通気性蓋状部材」を発明特定事項とし,発明の詳細な説明の段落【0030】,【0042】及び【0066】には,液化ガスの漏れを防止する効果がより高まる旨が記載されているところ,段落【0088】の【表1】によれば,蓋状部材を備えたサンプルAないしFよりも,蓋状部材を備えていないサンプルH及びJの方が良好な結果となっているから,「通気性蓋状部材」は,発明の効果を減殺するものであり,訂正前の請求項1,2,6,及び8に係る発明を不明確なものとしている。(請求書第11ページ下から第4行ないし第13ページ第6行)

(2)請求人は「通気性蓋状部材」の技術的意味が示されていないことを主張しているのでなく,下記[被請求人](1)の反論は失当である。
また,訂正前のサンプルEとGを見ると,吸収体を不織布袋に覆わずそのまま充填した場合でも,吸収体を不織布袋で覆った場合とほぼ同等の効果を得られるという被請求人の主張は失当である(弁駁書第13ページ第1行ないし第14ページ下から第9行)

(3)段落【0086】では,30秒液漏れしないことを本件特許発明の性能としているにも関わらず,4個しか30秒以上液漏れしない訂正前のサンプルC及びEを,本件特許発明の実施例とし,3個が30秒以上液漏れしないサンプルDを実施例外としており,請求項1,2,6,及び8に係る発明の内容は,極めて不明瞭である。(請求人要領書(1)第14ページ第1ないし最終行)

[被請求人]
(1)請求人の主張の趣旨は判然としないが,特許請求の範囲の文言に,「通気性蓋状部材」の技術的意味が示されていないことをいうと思われる。
しかし,「通気性蓋状部材」の記載の意味するところがそれ自体として明確であれば特許法36条6項2号明確性要件は充足されるのであって,そこに発明の作用効果との関係での技術的意味が示されていないことを理由に明確性要件違反をいう請求人の主張は失当である。
また,サンプルAないしFとサンプルGないしJの比較は,吸収体を不織布袋に覆わずそのまま充填しても,吸収体を不織布袋で覆った場合とほぼ同等の効果を得られることを示すものであり,発明の効果を示すものに外ならない。(答弁書(1)第21ページ下から第9行ないし第23ページ最終行)

(2)請求人は訂正前のサンプルEとGについて主張する(上記[請求人](2))が,不織布袋に充填するという複雑な工程を経れば,保液性能が向上することは当然である。そして,サンプルAについては,不織布袋に充填していなくても,不織布袋に充填した場合とほぼ同様の結果が得られることが開示されている。(答弁書(2)第9ページ下から第6行ないし第10ページ下から第10行)

(3)請求人は,訂正前のサンプルC及びEが実施例であるのに対して,サンプルDを実施例外とすることが,発明の内容を不明瞭とすると主張(上記[請求人](3))するが,特許明細書では,15秒間液漏れしなければ最低限の水準を満たし,20秒間液漏れしなければ十分な性能とされる(上記2.[被請求人](4))ところ,訂正前のサンプルC及びEは,全体として最低水準の15秒×10=150秒を満たす一方,サンプルDは,合計時間が150秒を下回り,最低限の水準を満たさないから,訂正前のサンプルC及びEを本件特許発明の実施例とする一方,サンプルDは実施例でないとする特許明細書は何ら不明確ではない。(被請求人要領書(2)第11ページ第2ないし22行)


4.無効理由4について
[請求人]
(1)訂正前の請求項1における「スプレー缶形状に対応する形状に成形」という記載及び「上記蓋状部材は,上記スプレー缶内に圧入されて上記吸収体表面に密接する」という記載は,「製造方法」の記載であるところ,最高裁判決の判示事項を踏まえると,当該請求項1について,吸収体の構成を特定することが不可能であるという事情は存在しないから,当該請求項1の記載は,「発明が明確であること」という要件を欠いている。(請求書第13ページ第7行ないし第15ページ最終行)

(2)被請求人は,関連侵害訴訟において,本件特許に係る出願の平成25年8月30日付け意見書の「予めスプレー缶形状に対応する形状の成形体として充填し」との記載(甲10の第2ページ)について,「吸収体の充填と蓋状部材配設との先後関係(吸収体を充填した後, 蓋状部材を配設する。)を表すための記載」と主張(甲11の8ページ)しているから,訂正前の請求項1に係る発明の明確性違反は明らかである。(弁駁書第14ページ下から第8行ないし第15ページ最終行)

[被請求人]
(1)請求人が指摘する訂正前の請求項1の記載は,いずれも「状態」を記載することで物の構造又は特性を特定しているに過ぎないから,請求人の主張は全く理由がない。(答弁書(1)第24ページ第1行ないし第25ページ第19行)


5.無効理由5について
[請求人]
(1)訂正前の請求項1,2及び6に係る発明は,「吸収体」を成形する時期がスプレー缶に充填する前のものと後のものの両方を技術的範囲に含むものと解されるが,発明の詳細な説明に記載された発明は,「吸収体」をスプレー缶に充填する前の段階で所定形状に「成形」するもののみであるから,当該請求項1,2及び6の記載は,「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること」という要件に違反している。(請求書第16ページ第1行ないし第17ページ第14行)

(2)被請求人のいう第2方法(下記[被請求人](1))は,第1方法と同様に,「予めスプレー缶状に対応する形状に成形」する方法である。また,被請求人は第3方法が段落【0011】に記載されている旨を主張するが,当該記載は,樹脂発泡体に関するものであり,セルロース繊維集合体を充填する方法に当たらないから,被請求人の説明は理由がない。(弁駁書第12ページ第1ないし22行及び請求人要領書(1)第13ページ第12ないし最終行)

[被請求人]
(1)発明の詳細な説明には,吸収体の充填方法について,「セルロース繊維集合体のスプレー缶1への充填方法は,任意に選択することができる」(段落【0054】)と明記されている。
また,吸収体の充填方法については,
第1方法:「スプレー缶の内径」に応じた円柱ブロック状に圧縮形成し,スプレー缶に直接充填する方法
第2方法:「スプレー缶の頭部の開口内径」と一致させて加圧圧縮成形し,その頭部から充填することを繰り返す方法
第3方法:事前には特に圧縮形成せずに,スプレー缶に充填する方法
等が想定できるところ,第1方法は訂正前の請求項8に記載され,第2方法は段落【0080】に記載されている。第3方法についても,そのような方法も考えられるのであり(段落【0011】等),「任意に選択できる」のである。(答弁書(1)第18ページ下から第11行ないし第21ページ第7行)

(2)予めスプレー缶形状に成形せずに吸収体を充填する方法は,段落【0080】や図4,段落【0011】等に開示されている。(答弁書(2)第8ページ下から第11行ないし第9ページ第6行)

(3)請求人は,第2方法において,吸収体をスプレー缶の「開口内径」と一致させて充填することが,「スプレー缶形状に対応する内径に成形」にあたると主張(上記[請求人](2))するが,スプレー缶の開口部とスプレー缶自体の形状とを混同したものであり,理由がない。(被請求人要領書(2)第10ページ下から第7行ないし第11ページ第1行)


6.無効理由6について
[請求人]
訂正前の請求項1,2及び6に係る発明は,「吸収体」を成形する時期がスプレー缶に充填する前のものと後のものの両方を技術的範囲に含むものと解されるが,発明の詳細な説明に記載された発明は,「吸収体」をスプレー缶に充填する前の段階で所定形状に「成形」するもののみであるから,当該請求項1,2及び6には,発明が「吸収体」をスプレー缶に充填する前の段階で所定形状に「成形」し,成形済の吸収体をスプレー缶に充填するものであることが明確に把握できるよう記載されていなければ,「特許を受けようとする発明が明確である」とはいえない。(請求書第17ページ第15行ないし第18ページ第11行及び弁駁書第16ページ第1ないし14行)

[被請求人]
請求人の主張は,無効理由5で主張したことを,そのまま繰り返すものでしかなく,サポート要件違反と明確性要件違反を混同したものであって,失当である。(答弁書(1)第25ページ第20行ないし第26ページ第2行)


7.無効理由7について
[請求人]
(1)訂正前の請求項8の「ブロック状に圧縮成形され,またはシート状に圧縮成形しスプレー缶形状に合わせて巻いた後,上記スプレー缶内に直接充填される」という記載は,「スプレー缶製品」の「製造方法」を限定する記載であり,セルロース繊維集合体の構成を特定することが不可能であるという事情は存在しないから,当該請求項8の記載は「発明が明確であること」という要件を欠いている。(請求書第18ページ第12ないし最終行)

[被請求人]
訂正前の請求項8について,平成28年7月29日にした訂正請求により,「物の発明」から「物を生産する方法の発明」に訂正したが,平成28年10月18日付け訂正拒絶理由通知書において,当該請求項8は,特許法第36条第6項第2号との関係で問題とすべきPBPクレームではない,として訂正請求が拒絶されたところ,被請求人としても異論はない。(被請求人意見書第2ページ第2ないし10行)


8.無効理由8について
[請求人]
(1)LBKP等の未使用パルプを用いた紙の灰分は0.1%ないし3.06%であり(甲3,4),訂正前の特許発明1において「灰分を1重量%以上20重量%未満の範囲で含有するセルロース繊維集合体から構成」することは,吸収体にLBKPを使用する場合には必然の結果であり,自明な事項にすぎない。
訂正前の特許明細書の表1に記載された実施例では,灰分含有量が同じサンプルE,G及びHを比較すると,その結果には大きな差があり,甲5を参照しても,灰分と吸水率との関係に何ら相関はないから,灰分が1ないし20%という発明特定事項には,何ら臨界的意義がなく,単に周知の灰分割合が記載されているものであり,当業者において自明の事項にすぎない。
また,甲1記載の発明(以下「甲1発明」という。)に甲2に記載された「連続気泡状パッキング」を適用して特許発明1の「通気性蓋状部材」とすることは,当業者が容易になしうる事項であり,吸収体表面と密着させる程度のことは,当業者が適宜なし得る事項である。(請求書第29ページ第12行ないし第31ページ第9行)

(2)被請求人は,吸収体の保液性能と灰分の関係が新たな知見であると主張するが,訂正前の特許明細書のサンプルE,G及びHを比較すると,30秒以上液漏れしないサンプル数や,サンプルの合計保持時間が大きくばらついており,灰分と液漏れのしにくさは相関性を欠いているし,訂正前のサンプルBとEについては,本件特許発明の発明特定事項を満たしていないサンプルDと大差は見られないから,灰分の数値範囲には,何ら臨界的意義がなく,当業者において自明の灰分含有量にすぎない。
また,保液性能の向上のために灰分に着目したとしても,本件特許発明の灰分の含有量は従来のセルロース繊維集合体の灰分と何ら変わらないから,その数値は,単に従来のセルロース繊維集合体の灰分を解析した結果得られた数値にすぎず,発明には当たらない。
また,甲1発明は液漏れを課題として,甲2にも液漏れを防止する旨の記載があるから,甲1発明に甲2の「連続気泡状パッキン」を適用することに困難性は認められない。(弁駁書第17ページ下から第11行ないし第30ページ第7行)

(3)灰分量と吸収体の性能との関係は,甲21及び22に記載されているように,殊更新規な事項ではなく,甲3ないし9に見られるように,本件出願当時において,一般に用いられていた新聞用紙やパルプにおいて,灰分量は1重量%以上20重量%未満であることが明らかである。
また,ガスボンベやスプレー缶内の液体を吸収した吸収体の上に,液体の流出や漏れを防ぐため,通気性蓋状部材を設けることは通常知られた技術であり,甲1発明に甲2の「連続気泡状パッキング4」を組み合わせることの動機はある。(請求人要領書(1)第15ページ第6行ないし第17ページ最終行)

(4)本件特許に係る出願当時の一般的な新聞用紙の灰分含有量は,20重量%を超えるものではない。(請求人要領書(2)第4ページ第1行ないし第6ページ第12行)

(5)被請求人は「吸収体の保液性能が,セルロース繊維集合体中に含まれる灰分の量により左右される」という観点を見出したと主張するが,灰分量が増加すると保液性能がどのようになるのか,その具体的内容については述べていない。
特許明細書の段落【0046】には「吸収体2に含まれる灰分は,・・・液保持能力を向上させると考えられる。灰分含有量が1重量%に満たないと,この効果が得られず,含有量が増えると効果も大きくなるが,25重量%を超えると,セルロース繊維集合体が硬く,脆くなる傾向があり,縦割れや横割れが生じて液化ガスの浸透が途切れやすくなる。」とあり,灰分量が25重量%までは,灰分量が増加すると共に,保液性能が大きくなると理解できる。
これに対して,特許明細書の段落【0091】には「また,灰分含有量が少ないほど保持時間が長くなる傾向があり,例えば12重量%未満とすることで,保持時間は200秒程度ないしそれ以上とすることが可能である。」とあり,上記段落【0046】とは逆に,灰分含有量が少ないほど保持時間が長くなる傾向があることを記載している。
このことから,被請求人が主張する「吸収体の保液性能が,セルロース繊維集合体中に含まれる灰分の量により左右される」との事項は,その内容において,特許明細書内においてさえ,矛盾した内容である。
更には,被請求人は,訂正前のサンプルC及びE(ともに○判定が4個)が実施例であり,サンプルD(○判定が3個)が比較例であるとしているが,試験サンプルの6割が不合格であるものと,7割のものとが,実施例か比較例の区別になるとは,到底考えることはできない。
訂正前のサンプルC及びEと,サンプルDを比較対照すると,被請求人が主張するように「吸収体の保液性能が,セルロース繊維集合体中に含まれる灰分の量により左右される」とすることは到底できない。(請求人要領書(2)第6ページ下から第5行ないし第8ページ第6行)

[被請求人]
(1)甲3ないし9に記載された試料中の灰分含有量は,それぞれの試料に含まれる灰分含有量がたまたまその値であったというものでしかなく,一般的にセルロース繊維集合体に含まれる灰分の値を示すものではない。
訂正前の特許発明1は,吸収体の保液性能が灰分に依存するという新たな知見に基づくものであるが,甲1ないし9には,吸収体の保液性能を向上させるという課題との関係で,灰分に着目するという観点は記載も示唆もない。そのため,仮に甲3ないし9に灰分の数値自体が開示されていても,吸収体の保液性能を向上させるために灰分量を調整するという観点自体が公知技術に開示されていない以上,そもそも灰分の数値範囲を限定する動機付けがないし,このように数値以外の点で進歩性が認められる場合には,具体的数値に臨界的意義も要しない。
また,甲2の「連続気泡状パッキング4」の具体的構成は全く開示されていない上,甲2のスプレー缶には,吸収体が収容されておらず,甲2の「連続気泡状パッキング4」は訂正前の特許発明1における「通気性蓋状部材」に相当するものではないし,甲1発明の課題は,吸収性・保液性に優れたスプレー缶用吸収体を得ることであるが,甲2のスプレー缶には吸収体が収容されていないから,甲1発明に甲2の「連続気泡状パッキング4」を組み合わせる動機付けがない。さらに,「連続気泡状パッキング4」が不燃性液を「液体のまま噴出」することを阻止する緻密な構造であるなら「通気性」が不足し,特許発明1のように吸収体に吸収されている噴射剤を噴射することに阻害要因がある。(答弁書(1)第29ページ下から第10行ないし第34ページ第10行)

(2)特許明細書の特に【表1】,【図6】によれば,訂正前のサンプルD,C,B,Aについて,灰分量が少ないほど保持時間が長くなる傾向があり,サンプルFの1重量%より少なく調整することは,古紙原料では困難であり,保液性能も低下する。このように灰分量と吸収体の液保持力との相関関係が明確に示されている。
また,甲3ないし9は,様々な目的で,人為的に灰分が調整されたものを請求人が集めてきたというに過ぎず,これらの証拠から,セルロース繊維集合体からなる吸収体の灰分含有量を1重量%以上20重量%未満とすることが周知技術であるなどと認定できるはずがない。
また,甲2の「連続気泡状パッキング4」は特許発明1の「通気性蓋状部材」に相当するものでなく,甲1発明に甲2の「連続気泡状パッキング4」を組み合わせても特許発明1の構成に至らないし,吸収体との技術的関連がない甲2の「連続気泡状パッキング4」を組み合わせることの動機付けはない。(答弁書(2)第10ページ下から第9行ないし第17ページ下から第8行)

(3)試料F,I及びJの原料は,「市販のLBKP」であり,その灰分含有量を測定したところ,灰分は1.0%となったことから,被請求人が入手して測定を行った当該市販のLBKPについては,LBKPが99重量%以下であったということになる。
未使用の木材パルプにも灰分は含まれるが,その理由は,LBKPの原料となる木材チップが無機成分を含み(乙9),チップを化学処理する過程で灰分が含まれる可能性があるためである。実際に,未使用木材パルプである広葉樹クラフトパルプの灰分平均値が0.5%であり(乙10),原料である広葉樹材の化学組成として,灰分0.1?2.0%との記載もある(乙11)。特許明細書のサンプルF,I,Jの原料は「市販のLBKP」であるところ,市販のLBKPには様々なグレードがあり,その灰分含有量にもばらつきがあるから,「市販のLBKP」については,灰分が1重量%となることも,あるいはそれ以外の数値となることもある。
未使用木材パルプの灰分含有量にはばらつきがあり,1重量%未満のものはいくらでも存在するのであるから,発明の効果が認められる灰分含有量の下限値として1重量%以上に限定したことには,十分な技術的意義が認められる。(被請求人要領書(1)第6ページ下から第16行ないし第8ページ第5行)

(4)甲1のLBKPや新聞古紙の灰分量は全く不明であり,甲1ないし9のどこにも,吸収体の保液性能が,灰分値によって左右されるという観点は記載も示唆もされていないため,甲1発明から出発し,灰分量を訂正前の特許発明1の数値範囲に調整するためには,「吸収体の性能が灰分によって大きく左右される」との技術的知見を見出した上,当該技術的知見に基づき,具体的な数値範囲に限定するという二重の発明が必要になる。
このような数値限定発明の容易想到性判断については,裁判例において,当該数値限定に含まれる技術が公知技術として存在していたとしても,それだけでその特許発明が進歩性を欠いていることにはならず,さらに,当該数値限定に着目すべき動機付け及び当該数値限定を達成する手段が公知技術に開示されていることを要するとされている。
しかし,甲1ないし9には,吸収体の保液性能を向上させるという課題との関係で灰分に着目するという観点は記載も示唆もないから,容易想到性など認められるはずがないし,仮に,たまたま甲1のLBKPや新聞古紙の灰分が訂正前の特許発明1の数値範囲に含まれるものであった場合も同じである。
たまたま材料が類似するというだけの理由で,後付けで灰分量の範囲も作用効果も同じとみなし,訂正前の特許発明1の進歩性を否定することが許されるはずがない。
しかも,甲2には,そもそも吸収体自体が開示されておらず,吸収体の液吸収性,保液性を向上させるという技術的課題との関係で,甲1発明と甲2発明を組み合わせる動機づけは認められないし,仮にこれらを組み合わせたとしても,特許発明1の構成に至ることができない。(被請求人要領書(1)第12ページ第1行ないし第14ページ第5行)

(5)新聞紙であっても,インクが多く使用された紙面もあれば少ない紙面もあり,一般に,カラー印刷が増えると灰分含有量は多くなるから,新聞古紙の灰分は新聞用紙の灰分よりも多く,インクによる灰分の増加量はケースバイケースであり,個別の新聞古紙の灰分含有量を推認する上で,インクによる灰分の増加は無視できるとはいえない。
また,灰分含有量が20重量%を超える新聞用紙が多数存在し,新聞古紙の灰分含有量は個体により大きなばらつきがあり,具体的な新聞古紙の灰分含有量が20重量%を超えることはないなどと断定することができない。(被請求人要領書(2)第7ページ第8行ないし第8ページ第12行)

(6)請求人は,灰分量と吸収体の性能との関係は,甲21及び22に開示されている旨を主張(上記[請求人](3))するが,甲21は「填料」及び「顔料」の粉末を「紙」に充填した場合の紙の吸収性の向上に係るものであり,甲22は液化ガスの吸着剤として,ウレタンフォームや繊維質材料に代えて「SiO_(2)の他にTiO_(2),Al_(2)O_(3),Fe_(2)O_(3)その他有機,無機の粉末」を利用するというものであり,いずれも「灰分」の含有量とスプレー缶用吸収体の液吸収性との関係についての知見を示すものではない。(被請求人要領書(2)第8ページ第下から第2行ないし第9ページ第15行)

(7)本件訂正に係る訂正事項1は,本件特許明細書の段落【0086】及び【0091】において十分な保液性能を有することの指標とされている合計保持時間200秒程度が得られる範囲に数値範囲を限定するものであり,特許発明1における上限値及び下限値の数値限定の技術的意義を一層明確にするものである。
特許明細書には,サンプルAをピークとして,灰分含有量が増加すると合計保持時間が短くなり,灰分含有量が減少すると合計保持時間が短くなることが示されており,合計保持時間が200秒程度である1重量%を下回り,あるいは12重量%を上回った場合には,特許発明における最適な効果を得ることができなくなることが十分に示されているから,特許発明1の下限値1重量%は,上限値と全く同様の意味において,合計保持時間を有意な範囲にとどめるという技術的意義が十分に認められる。(訂正請求書第19ページ下から第2行ないし第20ページ最終行及び被請求人意見書第5ページ最終行ないし第6ページ第14行)

(8)甲1にはLBKPを使用した吸収体が開示されているが,甲1のLBKPにおける具体的な灰分含有量が1重量%を上回るのか下回るのかは全く不明であるため,甲1発明から出発し,吸収体中の灰分含有量を1重量%以上12重量%未満に調整するという相違点1の構成に到達するためには,[1]甲1ないし甲9には記載も示唆もない「吸収体の性能が灰分によって大きく左右される」との技術的知見を見出した上,[2]当該技術的知見に基づき,吸収体の保液性能が最適となる具体的な数値範囲に限定するという二重の発明が必要になる。
そもそも,灰分量を調整することで,液保持力を高めるという技術的知見自体が新規なものであるから,本件は,数値限定以外の点について進歩性が認められるべきであり,かかる場合には,数値限定にその臨界的な意義や合理性は必要でないものと解されている(知財高判平18年6月28日・判夕1223号257頁「低騒音型ルーバ用フィン事件」,知財高判平21年9月29日・裁判所ウェブサイト「無鉛はんだ合金事件」)。
このような数値限定発明の容易想到性判断については,裁判例において,当該数値限定に含まれる技術が公知技術として存在していたとしても,それだけでその特許発明が進歩性を欠いていることにはならず,当該数値限定に着目すべき動機付け及び当該数値限定を達成する手段が公知技術に開示されていることを要するとされている(知財高判平成22年10月12日・裁判所ウェブサイト「経皮的薬剤配置装置事件」,知財高判平成17年4月12日・裁判所ウェブサイト「回路接続用フィルム事件」,知財高判平成17年9月26日・裁判所ウェブサイト「食品包装用ストレッチフィルム事件」等)。
ところが、甲1ないし甲24には,吸収体の保液性能を向上させるという課題との関係で,セルロース繊維集合体中の灰分に着目するという観点は記載も示唆もされていないのであるから,甲1発明と特許発明1との相違点である具体的な数値限定について容易に想到できると認められるはずがない。(訂正請求書第20ページ下から第13行ないし第22ページ第6行及び被請求人意見書(2)第6ページ第15ないし28行)

(9)甲2発明の不燃性液体3の主剤であるHFC134aは,不燃性であり,液漏れ対策がほとんどなされていなかった。実際,甲2の連続気泡状パッキング4は,バルブ2側に押し込むように固定されており,バルブ2側に十分大きい空間が形成されないため,倒立状態では比重の重い液体が下側(バルブ2側)へ移動し,容易に液が漏れることになる。つまり,連続気泡状パッキング4を有していると,倒立状態にしても直ちには液漏れしないものの,倒立状態のまま噴射を継続することはできない。
一方,甲1発明の吸収体は,吸収体とバルブの間の空間に気化ガスが存在し,吸収体の表面が,甲2発明の連続気泡状パッキング4の機能を兼ねており,吸収体とバルブの間の空間が大きいので,噴射を長く継続することができる。
したがって,このような甲1の第1発明ないし第2発明の吸収体に重畳して,さらに,甲2発明の連続気泡状パッキング4を缶体1の肩部に固定して設けることは,液漏れの防止の観点からはあり得ず,かえって,空間が制約されることで,噴射性能を低下させるおそれがある。
そもそも,本件特許発明における蓋状部材は,吸収体と密接し,又は一体に形成されている必要があるが,甲2発明の連続気泡状パッキング4は,缶体1の肩部に固定されるものであり,甲1発明の吸収体に組み合わせたとしても,本件発明の蓋状部材としての機能は有しない。
それ故,甲1の第1発明ないし第2発明に甲2発明の連続気泡状パッキングを組み合わせる動機づけなどないし,仮に組み合わせたとしても,特許発明1における蓋状部材の構成に至ることはない。(訂正請求書第22ページ第8行ないし第24ページ第4行及び被請求人意見書第6ページ第29ないし最終行)


第6 無効理由についての当審の判断
1.無効理由2について
事案に鑑みて,まず無効理由2について検討する。
無効理由2は,請求項1,2,6及び8の記載が,特許法第36条第6項第1号の要件,いわゆるサポート要件に適合しないというものである。
まず,請求項2は,本件訂正により削除されたから,無効の対象となる請求項が存在しない。
そして,請求項1,6及び8について検討すると,特許請求の範囲の記載が,明細書のサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものと解されるので,以下,検討する。



(1)特許明細書の記載
特許明細書には,以下の記載がある。なお,下線は,理解を容易にするために当審で付したものである。

ア.「【0001】
本発明は,スプレー缶内部に充填されて液化ガスを吸収保持する吸収体に関する。また,スプレー缶内に,液化ガスと保液用の吸収体が充填されたスプレー缶製品,詳しくは,除塵用の噴射剤を充填したダストブロワーや,可燃ガスを充填したトーチバーナー用ボンベ等に好適に使用されるスプレー缶製品に関する。」
イ.「【0008】
液化ガスを用いたスプレー缶製品は,その構造上,倒立状態や傾斜状態で使用した場合に,噴出口から液化ガスが液体のまま漏れ出すおそれがある。特に,可燃性液化ガスを用いた場合には,液漏れによって発火が生じるおそれがあり,使用姿勢や連続使用が制限される不具合があった。
【0009】
この対策として,特許文献1には,スプレー缶内に古紙等を充填し,液化ガスを保持するための吸収体とすること,ジメチルエーテル(DME)に他の成分として炭酸ガスを混合し難燃性を付与することが開示されている。ジメチルエーテル(DME)は可燃性であるが,オゾン層破壊係数,地球温暖化係数ともに極めて小さく,炭酸ガスとの混合により安全性が大きく向上する。
【0010】
また,特許文献2には,スプレー缶用の吸収体として,木材パルプ等を粉砕したセルロース繊維集合体から構成され,繊維長0.35mm以下の微細セルロース繊維を所定量以上含有する吸収体が提案されている。この吸収体は,セルロース繊維を機械的または化学的な手段で粉砕した微小な繊維を含むもので,吸収性能,保液性に優れている。
【0011】
また,その他の吸収体としては,特許文献3?特許文献5に記載されるように,多孔性発泡合成樹脂が知られている。例えば,特許文献2,3は,ウレタン樹脂発泡体を用いたもので,原料を缶内に注入して発泡させることにより,充填工程を簡略にしている。また,特許文献4はフェノール樹脂の発泡体を用いたもので,フェノール樹脂発泡体を缶形状に合わせて成形した後,缶内に押し入れている。
【先行技術文献】
・・・(中略)・・・
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
しかしながら,特許文献1の吸収体として記載される古紙は,入手が容易で安価であり,環境への影響も少ないといった利点があるものの,新聞古紙,広告紙,雑誌といった古紙原料によって品質にばらつきがある。このため,液化ガスの保持力が一定でなく,一缶当たりに必要な吸収体量が一定しない問題があった。また,既に1回?数回のリサイクルを経て傷ついた繊維が含まれていると,液保持力が悪化する。さらに,古紙には多くの場合,印刷インク等の不純物が付着しており,繊維の表面が液をはじきやすい状態となって,液吸収性が悪くなる。そのために,古紙原料のみで,スプレー缶を倒立・傾斜状態で使用または保管した場合の液漏れを,確実に防ぐことはできなかった。
【0014】
特許文献2の吸収体は,微粉状の微細セルロース繊維を大量に含むため,原料パルプの解繊,粉砕の過程で空気を包含しやすく,取り扱いが容易でない。また,古紙を原料とする場合には,上述した品質のばらつき等によって液吸収性や液保持力が一定せず,安定した性能が得られないおそれがある。このため,実際には,木材パルプを主体とし,湿式法で微細化した繊維を,シート上に堆積させてから缶形状に合わせて巻いたものを充填するか,バインダーを添加して繊維同士を結合させてから成形する方法が採られ,製造工程が複雑でコスト高となりやすい。また,バインダーが繊維を覆うと液吸収性が低下する不具合があった。
【0015】
特許文献3?5の多孔性発泡合成樹脂からなる吸収体は,発泡成形に時間がかかる上,原料樹脂が高価で,コスト高となりやすい。また,多孔性発泡合成樹脂は,保液性能に優れるものの,残留ガスがスプレー缶内に残りやすく,最後まで使い切ることができない,といった不具合があった。
【0016】
そこで,本発明は,高価な原料使用や複雑な製造工程を要することなく,液化ガスの吸収性,保持力に優れ,傾斜状態や倒立状態での使用または保管時の液漏れを防止可能な吸収体を得ること,それにより,低コストで,安全性および保液性が確保できるスプレー缶製品を実現することを目的とするものである。
【0017】
本発明者等は,様々な吸収体原料と液化ガスの吸収性,保持力の関係について鋭意検討を行い,吸収体の性能が古紙原料に含まれる灰分によって大きく左右されることを見出した。本発明は,上記知見に基づいてなされたものであり,以下の構成をとる。すなわち,本願請求項1の発明は,
噴射口を備えたスプレー缶に,可燃性液化ガスおよび保液用の吸収体を充填したスプレー缶製品であって,
上記吸収体が,灰分を1重量%以上12重量%未満の範囲で含有するセルロース繊維集合体から構成され,
上記スプレー缶内に,上記噴出口側に空間を有して,スプレー缶形状に対応する形状に成形された上記吸収体を収容し,上記空間と上記吸収体の間には,上記吸収体の表面を通気可能に保護する通気性蓋状部材を配設し,
かつ,上記蓋状部材は,上記スプレー缶内に圧入されて上記吸収体表面に密接する円板状多孔質体,または上記吸収体表面に一体的に形成された多孔質保護層であることを特徴とする。
・・・(中略)・・・
【発明の効果】
【0027】
新聞古紙,広告古紙,雑誌古紙といった古紙原料を粉砕または解繊して得られる再生セルロース繊維は,再生工程にて生じるセルロース組織の傷みや製紙工程にて添加される各種物質の影響で,一般的な未使用木材パルプから得られるセルロース繊維に比べて,吸収体内部へ液化ガスが浸透しにくく,保液力が低いとされる。また,使用する古紙原料の種類や配合によっても,これら特性が変化するため,安定した品質の再生セルロース繊維集合体を得ることが難しかった。
【0028】
本願請求項1,2の発明によれば,このような古紙原料を使用した場合でも,再生セルロース繊維を含むセルロース繊維集合体中の灰分量を調整することで,液化ガスの吸収性,保持力を良好に保つ。灰分は,製紙工程で古紙原料に添加される炭酸カルシウムやタルクといった無機物質に由来するもので,未使用木材パルプには含まれない。灰分を所定の範囲で含有することで保液性が改善する理由は,必ずしも明らかではないが,灰分の含有量が所定範囲より多いと,セルロース繊維集合体が硬く,脆くなる傾向があり,吸収体に割れが生じて液化ガスの浸透が途切れやすくなる。また,灰分として含有される無機物質そのものが液化ガスを吸収して吸収体内部への浸透に寄与し,再生セルロース繊維の保液力を補うものと推察されることから,これら灰分の含有量を適正範囲に保つことが重要と考えられる。
【0029】
よって,安価で入手しやすい古紙原料を再利用した場合においても,安定した品質を実現でき,セルロース繊維集合体の保液性を向上させ,環境への影響が小さく,高品質で低コストな吸収体を得ることができる。
【0030】
本願発明によれば,上記吸収体を用いたスプレー缶製品は,液化ガスの吸収性,保持力に優れ,傾斜または倒立姿勢における液漏れを防止可能である。また,空間に面する吸収体の表面側が,通気性を有する蓋状部材にてシールされるので,傾斜状態や倒立状態での液化ガスの漏れを防止する効果がより高まる。したがって,スプレー缶製品の使用時または保管時の液漏れを確実に防止して,安全性と保液性を大幅に向上させることができる。よって,高価な原料使用や製造工程を複雑化することなくコスト低減が可能で,作業性,生産性,経済性に優れたスプレー缶製品を得ることができる。
・・・(中略)・・・
【0045】
吸収体2は,灰分を1重量%以上12重量%未満の範囲で含有するように,調整されている。好適には,安価な古紙原料を解繊,粉砕して微細化した再生セルロース繊維を主体とした構成とすると,コスト低減効果が高い。古紙原料としては,新聞紙,広告紙,雑誌類をはじめ,段ボール,カタログ紙,コピー紙といった種々の古紙原料が,いずれも好適に使用できる。これら古紙原料の灰分含有量は,製紙工程にて添加される各種無機物質(炭酸カルシウム,タルクその他)によって決まり,通常,その種類によってほぼ一定している。例えば,新聞紙,雑誌類は,灰分含有量が比較的少なく,カラー印刷が増えると灰分含有量が多くなる傾向が見られるので,古紙原料を適宜組み合わせることで,所望の灰分含有量とすることができる。
【0046】
従来,古紙パルプは,低コストであり,環境への負荷が小さい利点はあるものの,繊維に傷みがあり保液性がやや劣るとされていたものであるが,本発明では,灰分含有量を調整することでこれを改善する。吸収体2に含まれる灰分は,噴射剤となる液化ガス3を吸収保持する能力があり,液化ガスがセルロース繊維集合体の内部へ浸透するのを補助して,液吸収性,液保持力を向上させると考えられる。灰分含有量が1重量%に満たないと,この効果が得られず,含有量が増えると効果も大きくなるが,25重量%を超えると,セルロース繊維集合体が硬く,脆くなる傾向があり,縦割れや横割れが生じて液化ガスの浸透が途切れやすくなる。灰分の含有量を上記範囲に保つことで,古紙原料を再利用した吸収体2の品質を安定させ,所望の性能を実現して液漏れを抑制することができる。
【0047】
好適には,吸収体2を,繊維長1.5mm以下のセルロース繊維を90質量%以上含有するセルロース繊維集合体にて構成するとよい。セルロース繊維の繊維長を1.5mm以下とし,予め加圧圧縮させた繊維集合体とすることで,空気を含みやすい微細繊維を,スプレー缶内に密に充填することができる。そして,微細化による表面積の増大で,所要量の液化ガスを吸収保持可能となり,保液力を高め,安全性を向上できる。好ましくは,セルロース繊維集合体が,繊維長1.0mm以下のセルロース繊維を80質量%以上含有するもの,特に,繊維長0.35mm以下の微細セルロース繊維が45質量%以上含有するものであると,より効果的であり,スプレー缶1を傾斜または倒立させた状態での使用時あるいは,保管時の液漏れを防止する効果が高い。
ここで,本発明における「繊維長」とは,繊維長測定機FS-200(カヤーニ社製)により測定した,平均繊維長を意味する。
【0048】
吸収体2の原料には,古紙原料を100%とすることが,コスト面や環境負荷を小さくするために望ましいが,古紙原料に限らず,灰分を1?25重量%の範囲で含有するように,調整されていれば,保液性に対して所望の効果が得られる。また古紙原料を用いた場合には,古紙原料100%のもの以外に,差し支えない範囲で他の原料を一部添加したものを使用することもできる。使用可能なセルロース繊維としては,針葉樹,広葉樹の漂白または未漂白化学パルプ,溶解パルプ,さらにはコットン等,任意のセルロース繊維が挙げられる。複数のセルロース繊維原料を適宜組み合わせて使用することもできる。この場合も,吸収体2となるセルロース繊維集合体の灰分含有量が,上記所定範囲となるように,原料を適宜組み合わせて調整する。」
ウ.「【0081】
(実施例1)
次に,本発明による効果を確認するために,上記図2,3に示した製造工程に基づいて吸収体を製造し,スプレー缶製品を製作した。原料としては,表1に示すように,市販のLBKP(広葉樹漂白クラフトパルプ),新聞古紙,広告古紙,新聞古紙と広告古紙の混合物,市販の再生紙を使用し,灰分含有量の異なる種々の原料を用意した(試料A?F)。新聞古紙と広告古紙の混合物は,その混合割合を変更することにより,広告古紙の割合が少なく灰分含有量の少ない試料Cと,広告古紙の割合が多く灰分含有量の多い試料Dの2段階に調整した。また,蓋状部材の効果を調べるため,LBKPと再生紙については,吸収体を直接充填して蓋状部材を載置したものの他,不織布の袋に充填し蓋状部材を載置または載置しないスプレー缶製品を製作した(試料G?J)。
【0082】
(1),(2)の粉砕工程において,粗粉砕,微粉砕して微細化した粉砕繊維を,(3)の集塵工程において,分級,回収し,0.35mm以下の微細セルロース繊維を含む微粉状のセルロース繊維を,堆積させた。(4),(5)の工程で,集塵機から取り出した微粉状のセルロース繊維を減容コンベアで重量分別機へ移送し,計量して得た75gの微粉状のセルロース繊維集合体を,(6)の工程にて,減容圧縮成形し,円柱ブロック状圧縮成形体を得た。
【0083】
円柱ブロック状圧縮成形体よりなる吸収体を,(7)の工程にて,スプレー缶内に押出した。試料G?Jについては,スプレー缶押出前に不織布の袋に充填した。この時,表1のように各古紙原料について,複数の製品サンプル(サンプル数10)を用意した。スプレー缶は,外径66mm,高さ20cmであり,胴部に底部を巻締めした状態で,胴部の上端開口から吸収体を充填した後,さらに試料A?G,Iは,予めスプレー缶の胴部内径よりやや大径の円盤状とした蓋状部材を,吸収体の上面に当接するまで圧入した。蓋状部材は,所定径に裁断した不織布シートを積層したものを用いた(径60mm,厚さ10mm)。その後,胴部の上端開口に頭部を巻締めした。
【0084】
なお,試料A?Jについて,上記工程にて吸収体としたセルロース繊維集合体の繊維長分布を,繊維長・形状測定器を用いて分析したところ,いずれも繊維長1.5mm以下のセルロース繊維の含有量が90質量%以上,繊維長1.0mm以下のセルロース繊維の含有量が80質量%以上,繊維長0.35mm以下の微細セルロース繊維の含有量が45質量%以上であった。
【0085】
試料A?Jの吸収体を収容したスプレー缶内に,それぞれ噴射剤として,可燃性の液化ガスであるジメチルエーテル(DME)350mlを充填して,本発明のスプレー缶製品となるダストブロワーを製作した。試料A?Jの吸収体を用いたダストブロワーについて,それぞれ液漏れ評価試験を行った。試験方法を,以下に示す。
【0086】
(液漏れ評価試験)
ダストブロワーは,スプレー缶に噴射剤を充填して十分な時間静置した後,容器を逆さに向けてガスを噴射し,噴射部からの液漏れが発生するまでの時間を計測した。その結果を表1に併記する。なお,表1には,10個のサンプル中,30秒以上,倒立状態で液漏れなく噴射を保持することができたサンプル数と,10個のサンプルの保持時間の合計を示した。この時,30秒以上保持したものは全て保持時間を30秒として合計時間を算出した。例えばダストブロワーにおいて,噴射剤として使用される可燃性ガスへの引火が,噴射時に液化ガスが完全に気化しないことが原因で起こると考えられること,通常使用時に一回の噴射時間が20秒以上となることはほとんどなく,特に30秒以上の連続噴射時には,気化熱による温度低下で缶を素手で保持することが困難になると考えられることから,30秒以上,倒立状態で液漏れなく噴射を保持できれば,通常の除塵目的での使用であれば十分な性能であるといえる。
【0087】
(灰分測定方法)
液漏れ評価試験後のスプレー缶を開き,吸収体を取り出して灰分測定した。各試料10gを,ルツボに採取,精秤し,105±2℃で3時間乾燥し,45分間放置して絶乾率を測定した。乾燥精秤後の試料を電熱器で燃やし,さらに電気炉(525±25℃)に2時間入れて,灰化した。これをデシケーターに入れて室温まで冷却後,上記絶乾率を用いて灰分量を算出した。
【0088】
【表1】


【0089】
表1に明らかなように,灰分含有量と液漏れ評価試験の結果には相関があり,古紙原料を用いた吸収体を直接充填したダストブロワーは,灰分含有量が少ないほど,保持時間が長くなる。例えば灰分含有量が6.6重量%の試料A(新聞古紙100重量%)の保持時間280秒に対して,灰分含有量が27重量%の試料D(広告古紙100重量%)の保持時間は124秒と半分以下である。新聞古紙に広告古紙を混合した試料B,Cでは,混合割合が多くなるほど,保持時間は少なくなり,再生紙を用いた試料Dは,灰分含有量および保持時間ともに試料B,Cの間にある。
【0090】
ただし,LBKPを用いた試料Fは,灰分含有量が試料Aより少ないにもかかわらず,保持時間は227秒と,試料Aより短くなっている。また,試料G?Jの結果より,灰分含有量の吸収体を袋に充填した場合には,灰分含有量や蓋状部材の有無によらず,10個のサンプル全てが30秒以上の保持時間を示している。これらの結果より,吸収体を直接充填したダストブロワーにおいて,灰分含有量を所定範囲とすることが,液漏れ防止に有効であり,蓋状部材と組み合わせることで,不織布の袋に充填した場合とほぼ同等の効果が得られることがわかる。
【0091】
図6に,試料A?Jのダストブロワーについて,表1の合計保持時間と灰分含有量の関係を示した。図6の結果から,灰分含有量が試料Dより少なくなるように調整し,例えば20重量%未満とすることで,保持時間150秒程度ないしそれ以上を実現可能となる。また,灰分含有量が少ないほど保持時間が長くなる傾向があり,例えば12重量%未満とすることで,保持時間は200秒程度ないしそれ以上とすることが可能である。また,灰分含有量を5重量%以下,例えば試料Fの1重量%より少なくすることは,特に古紙原料では困難であり,保持時間も灰分含有量6.6重量%の試料Aをピークとしてむしろ減少する傾向にある。以上より,灰分含有量は,1重量%?25重量%,好ましくは1重量%?20重量%の範囲とし,使用する古紙原料の種類や必要特性に応じて適宜設定するのがよい。」
エ.図6の図示
図6には,サンプルAないしJについて,灰分の含有量が破線で図示され,Total秒(10個のサンプルの合計保持時間)が実線で図示されている。



(2)本件特許発明の課題
本件特許発明の課題は,段落【0016】記載のとおりであるところ,そこでいう「高価な原料使用」とは,段落【0015】の下線部の記載からみて,多孔性発泡合成樹脂を使用することと解するのが相当である。また,「複雑な製造工程」とは,段落【0014】の下線部の記載からみて,木材パルプを主体とし,湿式法で微細化した繊維を,シート上に堆積させてから缶形状に合わせて巻いたものを充填する製造工程,及びバインダーを添加して繊維同士を結合させてから成形する製造工程をいうものと解するほかない。
以上から,本件特許発明の課題は,多孔性発泡合成樹脂を使用することや,木材パルプを主体とし,湿式法で微細化した繊維を,シート上に堆積させてから缶形状に合わせて巻いたものを充填する製造工程,又はバインダーを添加して繊維同士を結合させてから成形する製造工程を必要とせずに,液化ガスの吸収性,保持力に優れ,傾斜状態や倒立状態での使用または保管時の液漏れを防止可能な吸収体を得ること,それにより,低コストで,安全性および保液性が確保できるスプレー缶製品を実現することである。

(3)本件特許発明の液漏れの課題解決の評価
ア.本件特許発明の課題における「液化ガスの吸収性,保持力に優れ,傾斜状態や倒立状態での使用または保管時の液漏れを防止可能」であることの評価,すなわち具体的にどのような条件を満たした場合に,本件特許発明が液化ガスの吸収性,保持力に優れており,液漏れを防止できるといえるのかという評価手法について,発明の詳細な説明には,具体的な定義は明確に記載されていない。
そのため,発明の詳細な説明の記載や技術常識に基づいて,本件特許発明が上記(2)に示す本件特許発明の課題を解決できると当業者が認識できるかどうかを判断するにあたっては,具体的にどのような場合であれば,当業者は「液化ガスの吸収性,保持力に優れ,傾斜状態や倒立状態での使用または保管時の液漏れを防止可能」であると認識するかを検討するほかない。
イ.まず,灰分量を調整することで,液化ガスの吸収性,保持力が良好となることについては,段落【0028】,【0046】,【0048】等に記載されているものの,具体的にどのような条件を満たせば,吸収性,保持力が良好であるといえるのかという点までは記載されていない。
ウ.次に,灰分が1.0ないし27.0重量%であるサンプルAないしJについて,「液漏れ評価試験」を行った結果が,段落【0086】ないし【0091】及び図1に示されている。
特に,段落【0086】の下線部の記載,並びに段落【0088】の「※1 10個のサンプルのうち判定が○(30秒以上液漏れしない)となったサンプルの数」との記載及び「※2 10個のサンプルの合計保持時間(○判定は30秒以上とする)」との記載によれば,「30秒以上,倒立状態で液漏れなく噴射を保持できれば,・・・十分な性能である」との認識を前提として,30秒液漏れしないかどうかという試験に合格したサンプル数による評価(以下「合格数評価」という。)と,10個のサンプルの保持時間を合計した時間による評価(以下「合計保持時間評価」という。)の2つの評価があることを理解できる。
エ.ところで,本件特許発明に係るスプレー缶製品は,可燃性液化ガスを用いるものであるところ,段落【0008】にも記載されているように,可燃性の液体が漏出すれば,その液体が気化して大量の可燃性ガスが生じ,わずかな発火でも爆発的な燃焼につながりかねない非常に危険な現象である。そのため,当業者であれば,このような危険性を未然に回避し,安全性を十分に確保するために,製造した個々のスプレー缶製品からの液漏れを確実に防止しようとするはずであって,本件特許発明の課題である「傾斜状態や倒立状態での使用または保管時の液漏れを防止可能」であることについて,当業者は,製造した個々のスプレー缶製品について,傾斜状態や倒立状態で使用したり保管した際の液漏れが,確実に防止されることであると理解するといえる。
このような前提で,上記2つの評価について検討すると,まず,「合計保持時間評価」は,倒立状態で10個のサンプルを噴射させ,30秒以上液漏れせずに保持したサンプルについては,保持時間を30秒として記録し,30秒未満で液漏れしたサンプルについては,液漏れするまでの保持時間を記録して,10個のサンプルの保持時間を合計したものであるから,10個のサンプルの個々の保持時間がばらついたものでなく,10個の保持時間が揃った値となる場合に限れば,液漏れまでの時間がより長ければ,個々のサンプルそれぞれについて,液化ガスの吸収性,保持力が優れているということができる。しかし,「合計保持時間評価」のみでは,10個のサンプルの保持時間がばらついているのか,揃った値であるのかは不明であるし,10個のサンプルのうち,試験に合格したサンプルの個数を知ることもできないから,個々のサンプルそれぞれについて,液漏れを十分に防止できているかどうかは明らかでなく,「傾斜状態や倒立状態での使用または保管時の液漏れを防止可能」であることを直接に評価しているとまではいえない。
オ.これに対して,「合格数評価」は,倒立状態で10個のサンプルを噴射させ,30秒以上液漏れせずに保持したサンプルの数を記録するというものであるところ,当業者であれば,倒立状態において,最も液漏れしやすいのであるから,倒立状態で液漏れしなければ,傾斜状態や保管持においても当然に液漏れしないと認識できるといえる。そうすると,「合格数評価」は,個々のサンプルそれぞれについて,「傾斜状態や倒立状態での使用または保管時の液漏れを防止可能」であるかどうかを,直接かつ具体的に評価するものであるといえる。
もっとも,工業製品を対象とした実験には,多少の誤差が生じることは普通に見られることから,当業者は,液漏れしない時間が30秒に満たない不合格のサンプルがある場合であっても,それに準じる結果が得られる場合には,「傾斜状態や倒立状態での使用または保管時の液漏れを防止可能」であると認識するということができる。また,液漏れ評価試験に合格したサンプルの保持時間は30秒であることから,これを合計保持時間から除外することで,不合格のサンプルのおよその保持時間を得ることができ,30秒に準じる結果であるかどうかを評価することができるものである。
したがって,当業者は,「合格数評価」の数が10である場合,あるいは,10に満たない場合であっても,液漏れしない時間が30秒に準じる結果が得られる場合に,本件特許発明における「傾斜状態や倒立状態での使用または保管時の液漏れを防止可能」という課題を解決していると認識するといえる。
カ.上記エ.で示したように,「合計保持時間評価」のみでは,「傾斜状態や倒立状態での使用または保管時の液漏れを防止可能」であることを直接に評価しているとまではいえないところ,その理由をより具体的に説明すると,サンプル10個の「合計保持時間評価」による合計時間がある程度長く,これをサンプル1つあたりの平均保持時間に換算すれば,30秒に準じる結果,例えば合計時間が280秒で,平均保持時間が28秒という結果であるとすると,10個のサンプルの保持時間が揃っている場合,すなわち10個全部が28秒前後の場合であれば,当業者は,個々のサンプルそれぞれについて,30秒に準じる結果が得られるから,液漏れを十分に防止できていると判断し,「傾斜状態や倒立状態での使用または保管時の液漏れを防止可能」と認識するといえる。しかし,同じく合計時間が280秒であっても,10個のサンプルの保持時間のばらつきが大きい場合には,当業者は,個々のサンプルそれぞれについて,液漏れを十分に防止できているとは判断しないから,「傾斜状態や倒立状態での使用または保管時の液漏れを防止可能」であると認識することはない。したがって,「合計保持時間評価」が300秒に近いとしても,それだけでは,「傾斜状態や倒立状態での使用または保管時の液漏れを防止可能」ということはできない。
キ.以上のとおりであるから,特許請求の範囲に記載された特許発明1,6及び8が,上記(2)に示す本件特許発明の課題のうち「傾斜状態や倒立状態での使用または保管時の液漏れを防止可能な吸収体を得ること」を解決できると認識できるためには,特許発明1,6及び8に係る発明特定事項を全て備えた実施例,とりわけ,吸収体の灰分を1重量%とすることで,液漏れ評価試験の「合格数評価」が10個という結果が得られるか,あるいは,10個に満たない場合であっても,個々のサンプルそれぞれについて液漏れしない時間が30秒に準じる結果が得られると認識できることが必要である。

(4)特許発明1とサンプルFの関係
ア.特許発明1
特許発明1は,上記第3の【請求項1】に記載された事項により特定されるとおりのものである。

イ.サンプルF
請求人は,特許明細書には,新聞古紙を用いて灰分を1重量%以上6.6重量%未満の範囲とすることが記載されていない旨(上記第5の2.[請求人](1)),サンプルFは10サンプルのうち3サンプルについて液漏れ判定が「○」となっておらず,本件特許発明の実施例でない旨(上記第5の2.[請求人](2)及び(3))を主張していることから,吸収体の灰分を1重量%としたサンプルFについて検討すると,当該サンプルFは,段落【0081】ないし【0086】の下線部,及び表1の記載からみて,以下のとおりのスプレー缶製品といえるから,特許発明1に係る発明特定事項を全て備えた実施例であるといえる。

<サンプルFに係るスプレー缶製品>
「噴射口を備えたスプレー缶に,可燃性の液化ガスであるジメチルエーテル(DME)350ml及び保液用の吸収体を充填したスプレー缶製品であって,上記吸収体が,灰分を1.0重量%で含有する,LBKP(広葉樹漂白クラフトパルプ)を原料とするセルロース繊維集合体から構成され,上記スプレー缶内に,上記噴出口側に空間を有して,スプレー缶形状に対応する円柱ブロック形状に成形された上記吸収体を収容し,上記空間と上記吸収体の間には,上記吸収体の表面を通気可能に保護する通気性蓋状部材を配設し,かつ,上記蓋状部材は,上記スプレー缶内に圧入されて上記吸収体表面に密接する,円板状に裁断した不織布シートを積層したものであるスプレー缶製品」

(5)サンプルFの液漏れ評価試験
サンプルFの液漏れ評価試験の結果は,段落【0088】の表1の記載からみて,「合格数評価」,すなわち「10個のサンプルのうち判定が○(30秒以上液漏れしない)となったサンプルの数」が7個で,「合計保持時間評価」,すなわち「10個のサンプルの合計保持時間(○判定は30秒以上とする)」が227秒というものである(以下,「○判定できること」を「合格」といい,「○判定できないこと」を「不合格」という。)。

(6)サンプルFにより課題を解決できると認識できるか
ア.上記(3)キ.で説示するとおり,本件特許発明の課題のうち,「傾斜状態や倒立状態での使用または保管時の液漏れを防止可能」であることを解決できると認識できるためには,液漏れ評価試験の「合格数評価」が10個であるか,あるいは,10個に満たない場合であっても,液漏れしない時間が30秒に準じる結果が得られると認識できることが必要であるところ,サンプルFのうち,合格の7個については,「30秒以上,倒立状態で液漏れなく噴射を保持することができた」と認識できることは明らかである。
イ.次に,不合格の3個について,「30秒以上」に準じる結果が得られると認識できるかどうかを検討すると,液漏れ評価試験においては,「30秒以上保持したものは全て保持時間を30秒として合計時間を算出した」(段落【0086】)とされているから,合格した7個の保持時間は,30秒×7個=210秒となり,これをサンプルFの合計保持時間である227秒から除算すると,不合格の3個の合計保持時間は227秒-210秒=17秒となる。
ウ.不合格の3個についての個別の保持時間は明らかにされていないが,3個の合計保持時間が17秒しかないのであるから,不合格の3個のうち,保持時間が最も長い場合でも17秒であり,しかもその際には,残りの2個の保持時間は0秒となってしまう。また,仮に,不合格の3個の保持時間がおおむね揃っているとしても,その平均時間は5.7秒にすぎず,いずれも30秒をはるかに下回っている。
エ.そうすると,サンプルFの不合格の3個のうち,保持時間が最も長い場合でも,30秒をはるかに下回る17秒しかなく,しかもその際には,残りの2個の保持時間は0秒となり,3個の保持時間が揃っていると仮定しても5.7秒にすぎないから,当業者が不合格の3個について,「30秒以上」に準じる結果が得られると認識できるとはいえない。
オ.サンプルFについては,合格の7個については,本件特許発明の課題を解決していると認識できるものの,不合格の3個については,本件特許発明の課題を解決していると認識することができないところ,本件特許発明のようなスプレー缶製品の性質上,製造した製品を全数検査した上で,液漏れする約30%の製品を除外して出荷するような態様は考えられず,出荷される製品に30%程度の液漏れ製品が含まれる可能性を考慮すれば,当業者がサンプルFの10個の結果を総合して見た場合,少なくともサンプルFについて,本件特許発明の課題を解決していると認識することは困難であるといわざるを得ない。
カ.サンプルI及びJ
特許明細書には,サンプルFと同じ灰分が1.0重量%のものとして,サンプルI及びJが示されているので,一応検討すると,サンプルI及びJは,「合格数評価」が10であり,「合計保持時間評価」が300秒であるから,「傾斜状態や倒立状態での使用または保管時の液漏れを防止可能」という課題を解決しているといえる。
しかし,灰分が同じ1.0重量%であっても,サンプルFが「不織布袋 無」,すなわちスプレー缶内に直接充填されているのに対して,サンプルI及びJは「不織布袋 有」,すなわち不織布の袋に詰めた上でスプレー缶内に充填されている。
灰分は1.0重量%であるものの,不織布袋を有するサンプルI及びJが,「傾斜状態や倒立状態での使用または保管時の液漏れを防止可能」という課題を解決しているとしても,不織布袋がなくても,灰分を1.0重量%とすることによって,上記課題を解決できるかどうかは不明というほかなく,当業者は,サンプルI及びJの結果から,不織布袋について特定のない特許発明1について,灰分を1.0重量%とすることによって,上記課題を解決できると認識できるとはいえない。
キ.したがって,当業者であれば,発明の詳細な説明の記載により,少なくともサンプルFを含む特許発明1が,本件特許発明の課題のうちの「傾斜状態や倒立状態での使用または保管時の液漏れを防止可能な吸収体を得ること」を解決できると認識できるとはいえず,そのため,発明の詳細な説明には,灰分量を1重量%以上12重量%未満とすること,とりわけ,灰分量を1重量%とすることについて記載されているとはいえない。

(7)特許発明6及び8について
特許発明6及び8は,上記第3の【請求項6】及び【請求項8】に記載された事項により特定されるとおりのものであり,サンプルFは,上記(4)イ.で認定したとおりのものであるから,サンプルFは,特許発明6及び8に係る発明特定事項を全て備えた実施例であるということができる。
しかし,上記(6)ア.ないしキ.で説示するとおり,サンプルFについての試験結果に接した当業者であれば,少なくともサンプルFについて,「30秒以上,倒立状態で液漏れなく噴射を保持することができた」と認識することは困難であるといわざるを得ないから,特許発明6及び8が,本件特許発明の課題のうちの「傾斜状態や倒立状態での使用または保管時の液漏れを防止可能な吸収体を得ること」を解決できると認識できるとはいえず,そのため,発明の詳細な説明には,灰分量を1重量%以上12重量%未満とすることについて記載されているとはいえない。

(8)被請求人の主張について
ア.上記第5の2.[被請求人](1)及び(2)の主張について
被請求人は,実施例において,30秒以上液漏れなく噴射を保持できたサンプル数が7個であり,倒立状態で液漏れなく噴射を保持できた時間が227秒と十分な効果を奏することが開示されているから,請求人主張の無効理由2は理由がないと主張している。
しかし,上記のとおり,本件特許発明の課題のうち,「傾斜状態や倒立状態での使用または保管時の液漏れを防止可能な吸収体を得ること」を解決できると認識できるためには,液漏れ評価試験の「合格数評価」が10個であるか,あるいは,10個に満たない場合であっても,液漏れしない時間が30秒に準じる結果が得られると認識できることが必要である。被請求人の主張は,「合計保持時間評価」を前提として,サポート要件を満たすことをいうものであり,失当である。
イ.上記第5の2.[被請求人](4)の主張について
被請求人は,発明の詳細な説明における液漏れ評価試験に関する段落【0086】及び【0088】における,「30秒」の記載が「20秒」の誤記である旨を主張しているので,以下で,誤記に関する主張を検討する。
(ア)被請求人は,判定基準が30秒ではなく20秒であることの根拠として,以下の点を挙げている。
<根拠1>
段落【0086】に「通常使用時に一回の噴射時間が20秒以上となることはほとんどな」い旨の記載があること
<根拠2>
段落【0091】に(灰分含有量を)「20重量%未満とすることで,保持時間150秒程度ないしそれ以上を実現可能」であり,「12重量%未満とすることで,保持時間は200秒程度ないしそれ以上とすることが可能」である旨の記載があること
<根拠3>
段落【0088】,【0091】及び【図6】等から,10個のサンプルの平均保持時間が15秒以上のサンプルC及びEが訂正前の本件特許発明の実施例とされ,かつ平均保持時間が20秒以上のサンプルA,B及びFが最適な例とされていること
<根拠4>
段落【0086】に「特に,30秒以上の連続噴射時には,気化熱による温度低下で缶を素手で保持することが困難になると考えられることから,30秒以上,倒立状態で液漏れなく噴射を保持できれば,通常の除塵目的での使用であれば十分な性能であるといえる」との記載があること
(イ)根拠1及び根拠4について検討すると,段落【0086】には,「通常使用時に一回の噴射時間が20秒以上となることはほとんどな」い旨の記載はあるものの,当該記載に続けて,「特に30秒以上の連続噴射時には,気化熱による温度低下で缶を素手で保持することが困難になると考えられることから,30秒以上,倒立状態で液漏れなく噴射を保持できれば,通常の除塵目的での使用であれば十分な性能であるといえる」との記載があり,判定基準を30秒とすることを,とりわけ強調した上で,性能が担保されることが示されている。
さらに,判定基準を30秒とすることは,段落【0088】の「※1 10個のサンプルのうち判定が○(30秒以上液漏れしない)となったサンプルの数」との記載及び「※2 10個のサンプルの合計保持時間(○判定は30秒以上とする)」との記載,段落【0090】の「試料G?Jの結果より,・・・10個のサンプル全てが30秒以上の保持時間を示している。これらの結果より,・・・灰分含有量を所定範囲とすることが,液漏れ防止に有効であり・・・」との記載があるように,特許明細書において,一貫して示されており,段落【0086】及び【0088】の記載において,判定基準を30秒とすることについて,何らの不整合も,矛盾も見いだすことはできない。
したがって,特許明細書には,判定基準が30秒であることが一貫して記載されており,その明細書の記載を普通に読んだ当業者が,判定基準が30秒ではなく20秒であるなどと理解することはできないから,被請求人の当該主張は採用できない。
(ウ)次に,根拠2を検討すると,段落【0091】の記載は,液漏れ評価試験での「合計保持時間評価」に関する記載であって,「合格数評価」に関する記載ではないから,当該記載に接した当業者が,「合格数評価」の判定基準について,30秒ではなく20秒であるなどと理解することはなく,被請求人の当該主張は採用できない。
(エ)次に,根拠3を検討すると,被請求人は,平均保持時間が20秒以上のサンプルA,B及びFが最適な例とされていると主張するが,段落【0088】,【0091】及び【図6】には,サンプルA,B及びFが最適な例であることを明示する記載はないし,「平均保持時間」で試験結果を評価することの記載もない。
そもそも,特許明細書における液漏れ評価試験では,倒立状態で10個のサンプルを噴射させ,30秒以上液漏れせずに保持したサンプルについては,保持時間を30秒として記録し,30秒未満で液漏れしたサンプルについては,液漏れするまでの保持時間を記録するものであるが,個々のサンプルの保持時間が明らかにされておらず,単に10個の合計保持時間や,試験に合格したサンプル数が開示されているに過ぎないから,合否判定時間を合理的・一義的に導き出すことができるわけではない。そうすると,サンプルA,B,F等で合格となったサンプルの時間と,不合格となったサンプルの時間に大きなばらつきが見られるとしても,当業者は,個別のサンプルの保持時間についての具体的な開示を欠く特許明細書の記載から,特許明細書の合否判定時間の具体的な数値である「30秒」が誤りであると気付くとはいえず,むしろ,サンプルFだけでなく,サンプルAやBも含めた液漏れ評価試験結果の全体としての正当性や,本件特許発明の技術的意義に対する疑念を抱くものというべきである。
(オ)なお付言すると,液漏れ評価試験の結果について,請求人が,弁駁書の第11ページにおいて,記載の不備を指摘したこと(上記第5の2.[請求人](2))に対して,被請求人は,答弁書(2)の第8ページにおいて,「30秒以上保持できれば十分ということ」であると自ら認めた上で釈明している(上記第5の2.[被請求人](2))経緯を考慮すれば,合否判定時間の「30秒」の記載をそのまま読んでも,被請求人自身も,何ら不自然や不合理を認識していなかったと指摘せざるを得ない。
(カ)以上から,上記第5の2.[被請求人](4)における被請求人の主張は採用できない。
ウ.上記第5の2.[被請求人](5)の主張について
被請求人は判定基準が20秒であることを前提に,サンプルFが必要な性能を有していることを主張しているが,上記イ.(イ)ないし(エ)に説示するとおり,判定基準が20秒であると解することはできないから,被請求人の当該主張は前提を欠くことになり,採用できない。
エ.上記第5の2.[被請求人](6)の主張について
被請求人は,被請求人が行った特許出願に係る公報である甲1の記載を根拠に,判定基準が30秒ではなく20秒であることを主張している。
しかし,特許明細書には,一貫して判定基準が30秒であることが記載されているのであるから,その明細書の記載を普通に読んだ当業者であれば,本件特許発明における判定基準が30秒であると理解するほかなく,仮に当業者が甲1の記載に接したとしても,甲1の判定基準と本件特許発明における判定基準が異なり,本件特許発明においては,より厳しい基準での性能が保証されていると認識するにすぎず,甲1の判定基準である20秒が,そのまま,本件の判定基準となり,本件の発明の詳細な説明に記載された「30秒」が誤記であるなどと理解するとまではいえない。
したがって,被請求人の当該主張は採用できない。
オ.上記第5の2.[被請求人](8)の主張について
被請求人は,本件特許に係る出願当時の当業者の技術常識を前提にすれば,スプレー缶製品が通常想定されている噴射時間は,長くても5秒程度であり,倒立時も5秒程度の間液漏れがなければ通常使用には足るから,特許明細書の実施例における個々のサンプルが30秒ないしそれに準じる時間液漏れを防止できなければ本件特許発明の課題を解決できないなどとは認識しない旨を主張している,
確かに,スプレー缶製品が通常想定されている噴射時間は,2,3秒,長くても5秒程度であることが技術常識であるといえるが,そのため,当業者は,倒立時に5秒程度の間液漏れがしない場合に,それだけでは,本件特許発明の課題を解決できるとは認識しない。すなわち,倒立時に5秒程度の間液漏れがしないのであれば,当業者は,技術常識としての使用条件,すなわち,本件特許に係る出願当時の技術水準程度の吸収性や保持力を備えたものとしか認識せず,本件特許発明の課題である「吸収性,保持力に優れ」たものとは認識しないというほかない。
したがって,被請求人の当該主張は採用できない。
カ.上記第5の2.[被請求人](9)の主張について
被請求人は,判例を列挙して,当業者が課題を解決できると認識できる程度の記載があれば,たとえばその効果が,具体的な測定結果をもって裏付けられている必要はない,などと主張しているが,それらの判例はいずれも事案を異にし,当審の判断を拘束するものではないし,そもそも,本件特許発明における「灰分1重量%」という事項について,課題を解決できると認識できる程度の記載がないのであるから,被請求人の当該主張は採用できない。
キ.上記第5の2.[被請求人](10)の主張について
被請求人は,スプレー缶製品の噴射時間は,長くても5秒程度なのであるから,倒立時も5秒程度の間,液漏れがなければ通常使用には足ること,サンプルA,B及びFは,合計保持時間が200秒以上となることから,当業者がサンプルA,B及びFにつき,課題が解決できると認識できる旨を主張している。
しかし,上記オ.で説示するように,倒立時に5秒程度の間,液漏れがなく,通常使用に足りるとしても,それだけでは,当業者は本件特許発明の課題が解決できるとは認識しない。
また,上記(3)カ.で説示するように,当業者は「合計保持時間評価」のみでは,本件特許発明の課題が解決できるとは認識しないから,被請求人の当該主張は採用できない。
ク.上記第5の2.[被請求人](11)の主張について
被請求人は,30秒という合否判定基準は,通常使用の程度を超えて,より液漏れの可能性を低くしようとする意図で液漏れ評価試験が行われているというに過ぎないものであり,これを超えなければスプレー缶製品に用いる吸収体としての通常の使用に耐えないという性質のものではない旨を主張しているが,本件特許発明の課題は,上記(2)に示すとおりであり,通常使用に耐えるか否かということではないから,被請求人の当該主張は採用できない。
また,被請求人は,サンプルA,B及びFの試験結果に接した当業者が,30秒に満たないサンプルが一部に存在するというだけで直ちに,本件発明が課題を解決できると認識できないとはいえないと主張しているが,上記(5)エ.に説示するように,当業者は,一部のサンプルが30秒に満たないというだけではなく,そのサンプルが30秒をはるかに下回る結果しか得られないことを理由として,本件特許発明の課題を解決できると認識しないのであるから,被請求人の当該主張も採用できない。

(9)無効理由2のむすび
以上のとおりであるから,請求項1,6及び8の記載は,特許法第36条第6項第1号に適合するとはいえない。
また,請求項2は,本件訂正により削除され,無効の対象となる請求項が存在しない。


2.無効理由8について
事案に鑑みて,次に無効理由8について検討する。
(1)特許発明1,2,6及び8
特許発明1,2,6及び8は,上記第3の【請求項1】,【請求項2】,【請求項6】及び【請求項8】に記載されたとおりのものであり,請求項2は,本件訂正により削除され,無効の対象となる請求項が存在しない。

(2)特許発明1の数値範囲の技術的意義について
ア.特許発明1は,「上記吸収体が,灰分を1重量%以上12重量%未満の範囲で含有するセルロース繊維集合体から構成され,」という事項を含んでいるところ,「灰分を1重量%以上12重量%未満」という数値範囲に特定した技術的な意義は,特許請求の範囲の記載から一義的に明確に理解できるとはいえない。
イ.そこで,特許明細書を参照すると,本件特許発明が解決しようとする課題は,上記1.(2)に示すとおりのものであり,この課題を解決するにあたり,本件特許の発明者は,吸収体の性能が古紙原料に含まれる灰分によって大きく左右されることを見出し(段落【0017】),本件特許発明はこの知見に基づいていることを理解できる。
ウ.吸収体の性能と灰分の関係について,具体的には,吸収体に含まれる灰分は,液化ガスを吸収保持する能力があり,液化ガスがセルロース繊維集合体の内部へ浸透するのを補助して,液吸収性,液保持力を向上させると考えられ,灰分含有量が1重量%に満たないと,この効果が得られず,含有量が増えると効果も大きくなるが,25重量%を超えると,液化ガスの浸透が途切れやすくなる(段落【0046】)と記載されている。
エ.そして,液漏れ評価試験で,サンプルAないしJについて合計保持時間評価と合格数評価の試験が行われているところ,「不織布袋 有」に該当するサンプルGないしJは,灰分含有量の多少に関わらず,全て,合計保持時間が300秒,合格数が10個となっているから,これを除外したサンプルAないしFについての合計保持時間評価を見ると(参考図参照),サンプルA(灰分含有量が6.6%,合計保持時間が280秒)をピークとして,灰分含有量が増加する順に,サンプルB(11.2%,213秒),サンプルE(12.3%,171秒),サンプルC(16.9%,162秒),サンプルD(27.0%,124秒)のように,徐々に合計保持時間が短くなっていると理解できる。
また,サンプルAよりも灰分が少ない例として,サンプルF(1.0%,227秒)が示されており,サンプルAをピークとして,灰分含有量が減少すると合計保持時間が短くなることを理解できる。

<参考図>


オ.このような理解を前提に,灰分を1重量%以上12重量%未満に特定した技術的な意義を検討すると,上限値である12重量%に関しては,それを上回るサンプルE(12.3%,171秒),サンプルC(16.9%,162秒),サンプルD(27.0%,124秒)が示されており,とりわけ,サンプルBとサンプルEは,灰分の重量%の差が1.1ポイントに過ぎないのに,合計保持時間の差が42秒であることを理解でき,上限値の12重量%の技術的な意義は,合計保持時間を200秒程度の範囲にとどめることであるということができる。
特に,灰分は,古紙に多く含まれることから,当業者は,古紙を原料とする場合に,古紙の灰分が上限の12%を超えないように調整することで,合計保持時間を200秒程度の範囲にとどめることができるという技術的な意義を理解できるといえる。
これに対して,下限値である1重量%に関しては,それを下回る例が示されておらず,どの程度合計保持時間が短くなるのか,理解できない。すなわち,サンプルFは,合計保持時間が227秒であるところ,灰分含有量が1重量%を下回ることで,合計保持時間が短くなるとしても,灰分がどの程度であれば,合計保持時間が200秒を下回るのかという実験結果は示されていない。
特に,下記(4)イ.に示すように,市販の化学パルプの灰分の平均が0.71%(甲3)であり,下限値の1重量%とは0.3ポイント程度しか差異がないことを考慮すると,当業者が普通に購入及び使用する化学パルプにおいて,合計保持時間が200秒を下回るようなパルプが市販されているのかどうか不明であるし,1重量%付近で,灰分と合計保持時間とに臨界的な相関関係が存在するとも考えがたいので,下限値である1重量%の技術的な意義が,合計保持時間を200秒にとどめることであると認めることはできない。
カ.他方,特許明細書を参照すると,「例えば試料Fの1重量%より少なくすることは,特に古紙原料では困難であり」(段落【0091】)と記載されていることから見て,灰分含有量の下限値を1重量%に設定した技術的な意義は,例えば多量の灰分が含まれている古紙から,灰分を除去して1重量%より少なくさせることに伴う技術的な困難性を回避しようとすることであると解するのが自然である。
キ.また,上記1.(6)で述べたとおり,当業者は,灰分が1.0重量%であるサンプルFについて,本件特許発明の課題を解決していると認識することは困難であるが,そうである以上,灰分含有量の下限値である1重量%には,「傾斜状態や倒立状態での使用または保管時の液漏れを防止可能」とする点からの格別の技術的意義を認めることもできない。
ク.以上から,「灰分を1重量%以上12重量%未満」という数値範囲の技術的な意義は,上限値の12重量%に関しては,合計保持時間を200秒の範囲にとどめることであるのに対して,下限値の1重量%に関しては,古紙を利用しつつ,灰分を1重量%より少なくすることの技術的な困難性を回避することであると認めるのが相当である。
ケ.被請求人は,特許発明1の下限値1重量%は,上限値と全く同様の意味において,合計保持時間を200秒程度の範囲にとどめるという技術的意義が十分に認められる旨を主張している(上記第5の8.[被請求人](7))が,上記オ.で説示するように,灰分が1重量%未満で,合計保持時間が200秒を下回る実験結果が示されていない上に,市販の化学パルプの灰分の平均が0.71%であり,下限値の1重量%とは0.3ポイント程度しか差異がないことを考慮すると,合計保持時間が200秒を下回るようなパルプが市販されているのかどうか不明であるし,1重量%付近で,灰分と合計保持時間とに臨界的な相関関係が存在するとも考えがたいので,下限値の1重量%については,合計保持時間を200秒程度の範囲にとどめるという技術的意義を認めることができない。
コ.また,被請求人は,判例を列挙して,そもそも,灰分量を調整することで,液保持力を高めるという技術的知見自体が新規なものであるから,本件は,数値限定以外の点について進歩性が認められるべきであり,かかる場合には,数値限定にその臨界的な意義や合理性は必要でない,などと主張している(上記第5の8.[被請求人](8))が,被請求人の挙げる判例はいずれも事案を異にし,当審の判断を拘束するものではないから,被請求人の主張を採用できない。

(3)各甲号証の記載事項及び甲号証記載の発明
ア.甲1の記載事項及び甲1発明
(ア)「【技術分野】
【0001】
本発明は,スプレー缶内部に充填されている,液化ガス保液用の吸収体に関するものである。また,吸収体をシート状に製造する方法に関するものである。
なお,本発明におけるスプレー缶とは,詳しくは,ダストブロワー(各種機器類に付着する塵や埃などを噴出させた気体によって吹き飛ばして除去するために使用される除塵ブロワー)や,トーチバーナー用ボンベ(水道の冷凍解氷作業,ロウ付け・ハンダ付け,炭・薪の火おこし作業に使用されるガスボンベ)などのスプレー缶製品に好適に使用されるスプレー缶のことである。
【背景技術】
【0002】
従来,各種機器類に付着する塵や埃などを除去するために使用されている除塵ブロワーは,通常,噴射ボタンを備えた使い捨ての金属製のスプレー缶に,圧縮ガス又は液化ガスなどの噴射剤を充填したものであり,噴射ボタンを押してガスを噴射放出させるものである。
除塵ブロワーの噴射剤には,以前は不燃性フロンガスのHFC-134a(CH_(2)F-CF_(3))が使用されていたが,近年では,オゾン層破壊係数・地球温暖化係数がより小さい可燃性フロンガスのHFC-152a(CH_(3)-CHF_(2))や,オゾン層破壊の問題がなく地球温暖化係数が極めて小さいジメチルエーテル(DME)などが使用されている。
ところで,液化ガスを充填した除塵ブロワーやトーチバーナー用ボンベ等のスプレー缶製品は,その構造上,倒立状態で使用した場合,噴出部から液化ガスが液体のまま漏れ出す場合がある。特にジメチルエーテル(DME)や,その他可燃性の液化ガスの場合,漏れ出すと危険である。
このような問題を解決するため,従来技術として,ジメチルエーテルに炭酸ガスを混合し,ガスに難燃性を付与したり,また,除塵ブロワー用スプレー缶内に,充填した液化ガスを保持するための吸収体を充填したものが存在する(特許文献1)。
現状では,スプレー缶用吸収体としては,古紙等を粉砕したものを不織布で包み,筒状に加工したものや,発泡ウレタンやウレタンフォームを成形したものが多く用いられている。
【0003】
・・・(中略)・・・
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし,従来使用されていた古紙等の粉砕品だと,既に1回?数回のリサイクルを経て既に傷ついた繊維が含まれているため液体の保持力が悪い。また,原料の品質にばらつきがあるため,液体の保持力が一定でなく,1缶当りに必要な吸収体量が一定でなかったりする場合があった。また,古紙には,多くの場合,印刷インク等の不純物が付着しているため,繊維の表面が液をはじき易い状態になっており,液吸収性が悪い。そのために,スプレー缶を倒立状態で使用した場合に液漏れの原因となる場合があった。また,缶を倒立状態で保管する場合にも液漏れの原因となった。また,古紙に含まれる各種のインク成分は,液化ガスに溶解または反応して液化ガスを着色し,噴出させた際に,ガスによる着色トラブルを引き起こす要因となる恐れがあった。
このため,液化ガスを充填したスプレー缶に使用する吸収体として,より吸収性能・保液性に優れた吸収体が必要とされていた。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は,上記課題を解決するために以下の構成をとる。
即ち,本発明の第1は,粉砕されたセルロース繊維集合体から構成された吸収体であって,該セルロース繊維は繊維長0.35mm以下の微細セルロース繊維を45質量%以上含有するスプレー缶用吸収体である。」
(イ)「【0013】
本発明のスプレー缶用吸収体についてさらに具体的に説明する。
本発明のスプレー缶用吸収体は粉砕されたセルロースを吸収体の主体とし,該セルロース繊維は,繊維長0.35mm以下の微細セルロース繊維を45質量%以上含有するものである。
セルロース繊維の繊維長を0.35mm以下とすることで,繊維集合体としてスプレー缶内に密に充填し,保液力を向上できる。繊維長0.35mm以下の微細セルロース繊維が45質量%未満の場合には,吸収体の吸収性能・保液力に劣るため,スプレー缶を倒立させた場合の液漏れを防止する効果を十分に得ることができない。
なお,本発明における繊維長とは,繊維長測定機FS-200(カヤーニ社製)により測定した,平均繊維長を意味する。」
(ウ)「【0022】
本発明の吸収体の原料として使用するセルロース繊維は,針葉樹,広葉樹の漂白または未漂白化学パルプ,溶解パルプ,古紙パルプ,更にはコットン等,任意の原料のセルロース繊維を適宜粉砕処理することで用いることが可能である。中でも,NBKP,LBKPパルプが,吸収性・保水性,および液化ガスに着色が起こらないという点で優秀であり,好適に用いられる。」
(エ)「【0031】
本発明におけるスプレー缶製品(除塵ブロワーやトーチバーナー用ボンベ)に用いるスプレー缶用吸収体は,前述した繊維により構成された,繊維長0.35mm以下の微細セルロース繊維を45質量%以上含有する粉砕セルロース繊維集合体からなるものである。繊維集合体のスプレー缶への充填方法は任意に選択することができる。従って,得られた粉砕セルロース繊維が所望の微細セルロース繊維を含有するように調節し,スプレー缶の大きさに応じて,直接所定量をスプレー缶に充填することで本発明の吸収体とすることも可能である。
また,前述の繊維を,予め一定量集積させた繊維集合体に形成することもできる。これを保液用の吸収体とし,さらにスプレー缶に充填することが,作業性や生産性の面からさらに好適である。
繊維の集積の方法としては,前述の繊維を,所定の通気性を有する紙や不織布等のシートからなる袋に充填したものを繊維集合体からなる吸収体とすることが可能である。繊維を袋に充填することによって,予め所定形状の成形体とすることができ,繊維が製造時に散乱したりすることを防ぐことが可能である。
【0032】
具体的には,スプレー缶形状に合わせて,その内径に適した大きさの円筒状の成形体とすると,充填が容易にできる上,使用中も安定してスプレー缶内に保持することができる。
【0033】
また,前述の繊維を,加圧等によって所定形状に成形したものを吸収体とすることができる。
本発明として好適な吸収体形状としては,具体的にはシート状の吸収体が挙げられる。シート状に成形した吸収体は,そのままスプレー缶に充填することも可能であるが,形状の自由度に優れているため,適宜折畳んだり,スプレー缶の内径に適した太さの巻取状にした後,スプレー缶に充填して用いることが可能である。
他に,本発明として好適な吸収体としては,円筒状の吸収体が挙げられる。即ち,前述の繊維をスプレー缶の内径に適した太さの円筒状に成形したものを,スプレー缶に充填して用いることが可能である。
【0034】
上記のように,セルロース繊維からなる吸収体を成形するためには,繊維同士を結合させる必要がある。従って,このような吸収体を得るためにはバインダーとなる物質を添加して成形することが望ましい。
具体的には,前述の繊維に水溶性樹脂等からなるバインダーを噴霧等により付着させた後,シート状に堆積させたり,成形型に入れた状態で乾燥させる方法により得ることが可能である。
使用するバインダーは,必要に応じて適宜選択可能であり,たとえば,カゼイン,アルギン酸ナトリウム,ヒドロキシエチルセルロース,カルボキシメチルセルロースナトリウム塩,ポリビニルアルコール(PVA),ポリアクリル酸ソーダ等の水溶液タイプのバインダーや,ポリアクリル酸エステル,アクリル・スチレン共重合体,ポリ酢酸ビニル,エチレン・酢酸ビニル共重合体,アクリロニトリル・ブタジエン共重合体,メチルメタアクリレート・ブタジエン共重合体等の各エマルジョン,スチレン・ブタジエン共重合体ラテックス等のエマルジョンタイプのバインダー等が使用可能である。
ただし,この方法によればバインダーによって繊維の表面の表面を被覆するため,吸収体の性能が落ちる恐れがある。」
(オ)「【実施例】
【0041】
本発明を,実施例に基づいてさらに詳細に説明する。
<実施例1>
(1)微細セルロース繊維の製造
市販の広葉樹漂白クラフトパルプ(LBKP)を,水で濃度1.5%の懸濁液とし,該懸濁液120gを,メディアとして平均粒径0.7mmのガラスビーズ125mlを入れた六筒式サンドグライダー(アイメックス製,処理容量300ml)で,撹拌機の回転数2000rpmで,処理温度を約20℃として40分間湿式粉砕を行い微細セルロース繊維を得た。
なお,処理前の市販のLBKPの繊維の繊維長は,0.61mm,繊維幅は20μm,水保持力は44%,処理後のセルロース繊維の数平均繊維長は0.25mm,繊維幅は1?2μm,水保持力288%であった。
(2)吸収体の製造
市販のLBKPを乾式解繊装置で解繊して得たセルロース繊維55質量%と,(1)で得た微細セルロース繊維45質量%を配合した繊維85gを,18g/m^(2)のサーマルボンド不織布(福助工業社製,商品名:D-01518)を素材とする製の筒状の袋に充填し,約6.3cm径の略円筒状の吸収体を得た。
なお,このセルロース繊維全体に対して,繊維長0.35mm以下の繊維は48質量%であった。」
(カ)「【0045】
<実施例5>
市販のLBKPを乾式解繊装置で解繊し,得られたセルロース繊維を分級し,微細セルロース繊維(繊維長0.35mm以下)を45質量%以上含有するセルロース繊維を得た。該セルロース繊維70質量%と,熱融着性繊維(PE/PET芯鞘型熱融着性繊維,繊維長5mm,繊維径2.2dt,チッソ社製,商品名:ETC)30質量%を配合したものを空気中で均一に混合した後,走行する無端のメッシュ状コンベア上に繰り出された表面シート(ティッシュペーパー,14g/m^(2),厚さ0.15mm,ニットク社製)上に,エアレイ方式のウェブフォーミング機により空気流とともに落下堆積させ,その上にさらに前述の表面シートと同じものを積層させウェブを形成し,該ウェブを温度138℃のスルーエアードライヤーを通過させ,プレスすることによって,340g/m^(2)の吸収体シートを得た。
上記で得た吸収体シートを,更にコアレス型の巻取(約6.3cm径,85g)状とし,吸収体を得た。」
(キ)「【0051】
実施例,比較例で得た吸収体を以下の方法で評価した。その結果を表1に示す。
[液漏れ評価試験]
市販の除塵ダストブロワー(外径66mm,高さ20cm)のスプレー缶と同形の容器に,実施例,及び比較例で得た吸収体を充填,さらに液化石油ガス(LPG)を350mlを充填して30分間静置する。その後で容器を逆さに向けてガスを噴射し,噴射部からの液漏れが発生するまでの時間を計測する。
液漏れが発生するまでの時間が20秒以上であるものは,除塵ダストブロワーやトーチバーナー用ボンベ等のスプレー缶用吸収体として使用可能であり,○で表した。また,20秒未満で液漏れが発生するものは使用不可であり,×で表した。
【0052】
[変色評価]
エアゾール開発用テストガラス瓶中に,吸収体とジメチルエーテル(DME)を入れて密封し,常温で2週間静置し,その後DMEの着色の有無を評価する。
【0053】
【表1】


(ク)甲1の第1発明
上記の(ア)ないし(キ)の記載事項のうち,特に実施例1に関連する事項を,技術常識をふまえて整理すると,甲1には,以下の発明が記載されているといえる。
「噴射口を備えたスプレー缶に,液化石油ガス及び吸収体を充填したスプレー缶製品であって,
上記吸収体が,市販のLBKPを解繊して得たセルロース繊維55質量%と,市販のLBKPを粉砕した微細セルロース繊維45質量%を配合した繊維を不織布袋に充填して構成された,
スプレー缶製品。」(以下「甲1の第1発明」という。)
(ケ)甲1の第2発明
段落【0033】の記載からみて,実施例5の吸収体がスプレー缶に直接充填されることは明らかである。そして,実施例5に関連する事項を,技術常識をふまえて整理すると,甲1には,以下の発明が記載されているといえる。
「噴射口を備えたスプレー缶に,液化石油ガス及び吸収体を充填したスプレー缶製品であって,
上記吸収体が,市販のLBKPを乾式解繊装置で解繊し,得られたセルロース繊維を分級し,微細セルロース繊維を45質量%以上含有するセルロース繊維で構成され,
該セルロース繊維は,熱融着性繊維が配合されてシート状にプレスされ,コアレス型の巻取状とした後,上記スプレー缶に直接充填されるスプレー缶製品」(以下「甲1の第2発明」という。)

イ.甲2の記載事項
(ア)「【0001】
【産業上の利用分野】
本考案は小型精密機器や複雑機器の清掃器に関する。
【0002】
【従来の技術】
従来,小型精密機器や複雑機器の清掃のためには,小規模では羽根はたき,刷毛等が使用されていた。又,工場生産中の精密機器やプリント基板等の清掃にはエアーガン等を使用していた。
【0003】
【考案が解決しようとする課題】
しかし,羽根はたき,刷毛等では細部の清掃は困難であり,エアーガンを使用する清掃方法では細部まで清掃出来るが,エアー設備等の投資が必要であり,工場等の決められた場所で,しかも大量に処理する場合しか利用出来ない。
【0004】
本考案は上述の問題を解決して,安価で,何処でも使用できる噴気式清掃器を提供することを課題とする。
【0005】
【課題を解決するための手段】
上述の課題を解決するために,小型精密機器や複雑機器の清掃器において,缶体1の内部に常温で気化する不燃性液体3を加圧状態で充填してあり,缶体1の上部には噴出孔2aの穿設されている押しボタン式バルブ2を設けたものである。
【0006】
不燃性液体3としてハイドロフロロカーボン134a(HFC134a)を75%以上,ジメチルエーテル(DME)を25%未満の混合体としたものである。
【0007】
【実施例】
図1は本考案の一実施例の噴気式清掃器の断面図である。小型の缶体1の上端には押ボタン式バルブ2が設けられている。缶体1の内部には加圧状態で常温で気化する不燃性液体3のみが充填されている。
・・・(中略)・・・
【0012】
図2は他の実施例で,缶体1の内部で押しボタン式バルブ2の下側で不燃性液体3の上側の位置に連続気泡状パッキング4を挿入し,たとえ缶体1を逆さまにして使用しても不燃性液体3が液体のまま噴出することなく,ガスの整流性が良くなる。
【0013】
【考案の効果】
上述のように,缶体1は小型であり,保管に場所を取らないので,エアー設備等の高価な設備の必要はない。
【0014】
不燃性液体(気体)を使用しているので,狭い室内での使用も可能である。
【0015】
缶体1の内部の連続気泡状パッキング4により,たとえ缶体1を上下逆にして使用しても不燃性液体3が缶体1内で蒸発せずに液体のまま噴出することはない。」
(イ)甲2の技術的事項
甲2に記載された事項を,技術常識をふまえて整理すると,甲2には,以下の技術的事項が記載されている。
「噴射口を備えたスプレー缶に,不燃性液化ガスを充填したスプレー缶製品であって,
上記スプレー缶内に,押しボタン式バルブの下側で不燃性液体の上側の位置に連続気泡状パッキングを挿入したスプレー缶製品。」

ウ.甲3の記載事項
甲3の第3ページの「9.1 繰返し精度」の欄の表1には,化学パルプ及び機械パルプの灰分の平均値が0.71%であることが記載されている。

エ.乙11の記載事項
乙11の第80ページの「表18 主要非木材および木材の化学組成」には,広葉樹材の灰分が0.1?2.0%であることが記載されている。

(4)特許発明1について
ア.特許発明1と甲1の第1発明との対比
特許発明1と甲1の第1発明を対比すると,甲1の第1発明の「液化石油ガス」が特許発明1の「可燃性液化ガス」に相当することは明らかであり,以下同様に,「吸収体」が「保液用の吸収体」に相当し,「市販のLBKPを解繊して得たセルロース繊維55質量%と,市販のLBKPを粉砕した微細セルロース繊維45質量%を配合した繊維」が「セルロース繊維集合体」に相当する。
そうすると,特許発明1と甲1の第1発明は,以下の点で一致及び相違する。
<一致点1>
「噴射口を備えたスプレー缶に,可燃性液化ガスおよび保液用の吸収体を充填したスプレー缶製品であって,
上記吸収体が,セルロース繊維集合体から構成された,
スプレー缶製品。」

<相違点1>
特許発明1のセルロース繊維集合体は,「灰分を1重量%以上12重量%未満の範囲で含有する」ものであるのに対して,甲1の第1発明のセルロース繊維集合体は,どの程度の灰分を含んでいるのか,不明な点。

<相違点2>
特許発明1は,「上記スプレー缶内に,上記噴出口側に空間を有して,スプレー缶形状に対応する形状に成形された上記吸収体を収容し,上記空間と上記吸収体の間には,上記吸収体の表面を通気可能に保護する通気性蓋状部材を配設し,かつ,上記蓋状部材は,上記スプレー缶内に圧入されて上記吸収体表面に密接する円板状多孔質体,または上記吸収体表面に一体的に形成された多孔質保護層である」のに対して,甲1の第1発明は,蓋状部材を備えていない点。

イ.相違点1について
甲1の第1発明のセルロース繊維集合体は,市販のLBKPを原料としているところ,LBKP(Laubholz Bleached Kraft Pulp)は,広葉樹の晒クラフトパルプを意味し,広葉樹材を原料とした化学パルプであって,甲3によれば,化学パルプの灰分の平均は0.71であり,乙11によれば,LBKPの原料である広葉樹材の灰分が0.1ないし2.0%であることを理解できる。さらに,市販のLBKPの灰分が1重量%となることも,あるいはそれ以外の数値となることもある旨を,被請求人が主張している(上記第5の8.[被請求人](3))ことから,市販のLBKPには,灰分が1重量%を超えるものも,1重量%を下回るものも,普通に存在しているといえる。
すなわち,甲1の第1発明を実施しようとすれば,市販のLBKPを購入することになるが,そうすると,灰分が0.1%から2%程度で実施されることになる(なお,被請求人は,特許発明1のセルロース繊維集合体には,古紙のみでなく,LBKPも含まれる旨を主張している(上記第5の1.[被請求人](1)及び上記第5の2.[被請求人](1))。)。
しかし,上記(2)のとおり,下限値の1%を特定したことに,格別の技術的な意義は認められない。また,上記第5の8.[被請求人](3)に示すように,1%については,被請求人が購入した市販のLBKPの灰分がたまたま1%であったということにすぎない。
したがって,甲1の第1発明において,吸収体を構成する市販のLBKPとして,市販品として普通に存在している灰分が1重量%を超えるものを用いることに困難性があったとは認めることができない。
被請求人は,甲1には,吸収体の保液性能が,灰分値によって左右されるという観点は記載も示唆もされていないことを主張する(上記第5の8.[被請求人](4))が,特許発明1の数値範囲の下限値である1%には,合計保持時間を200秒程度にとどめるという技術的な意義はないから,被請求人の当該主張は採用できない。
以上から,甲1の第1発明のセルロース繊維集合体として,普通に存在する灰分が1重量%を超える市販のLBKPを採用することに,格別の困難性はない。
ウ.相違点2について
(ア)甲2には,「噴射口を備えたスプレー缶に,不燃性液化ガスを充填したスプレー缶製品であって,上記スプレー缶内に,押しボタン式バルブの下側で不燃性液体の上側の位置に連続気泡状パッキングを挿入したスプレー缶製品。」という技術的事項が記載されており,甲2の段落【0015】によれば,連続気泡状パッキングを挿入することで,缶体を倒立して使用しても不燃性ガスが液体のまま噴出することはないという効果が示されているから,甲2に接した当業者であれば,スプレー缶が倒立した場合の液漏れを防止する技術として,液体が直接バルブに流れ込まないようにパッキングを設けるものであると認識できる。
(イ)一方,甲1の第1発明も,スプレー缶が倒立した場合の液漏れ防止を認識しているものであり,倒立した場合に吸収体がバルブへ移動しないようにすることは当然に考慮される事項であるし,甲1の第1発明において,可燃性ガスが液漏れする現象は非常に危険であり,当業者であれば,より安全性を高めるように,液漏れの対策を重畳して施すべきといえるから,甲2のパッキングを甲1の第1発明のセルロース繊維集合体に密接させるように構成したことは,当業者が容易に想到できた事項である。
(ウ)被請求人は,甲2の連続気泡状パッキングは特許発明1における「通気性蓋状部材」に相当するものではなく,甲2のスプレー缶には吸収体が収容されていないから,甲1に係る発明に甲2の連続気泡状パッキングを組み合わせる動機付けがないなどと主張している(上記第5の8.[被請求人](1),(2)及び(4))。しかし,甲2の連続気泡状パッキングが通気性を有することは明らかであるから,甲2の連続気泡状パッキングを甲1の第1発明に適用すれば,特許発明1の「通気性蓋状部材」と同様の構成になるといわざるを得ない。また,吸収体は,保液用の部材であるところ,甲2には,そのような吸収体が存在しなくても,連続気泡状パッキングを挿入することで,倒立状態での液漏れを防止できることが記載されているから,甲1の第1発明における可燃性ガスの液漏れという,非常に危険な現象を回避しようとする当業者であれば,甲1の第1発明の吸収体に重畳して連続気泡状パッキングを設けようと試みるはずであり,甲1の第1発明に甲2のパッキングを適用する動機付けは充分にある。
(エ)また,被請求人は,甲2の連続気泡状パッキングは,バルブ側に押し込むように固定されており,バルブ側に十分大きい空間が形成されないことを理由に,甲1の第1発明に甲2発明の連続気泡状パッキングを設けることはあり得ないなどと主張している(上記第5の8.[被請求人](9))。しかし,甲2には,「缶体1の内部で押しボタン式バルブ2の下側で不燃性液体3の上側の位置に連続気泡状パッキング4を挿入し」(段落【0012】)と記載されているが,連続気泡状パッキングをバルブ側に押し込むことや,バルブ側に十分大きい空間を形成しないことなどは記載されていない。被請求人の主張は甲2の図2のみに基づくものであるところ,当該図面は,甲2に記載された発明の理解を助けるために概略的に記載されたものと解するのが相当であり,当該図面のみに基づいて,連続気泡状パッキングをバルブ側に押し込むことや,バルブ側に十分大きい空間を形成しないことなどを認定できないから,被請求人の主張は採用できない。
以上から,甲1の第1発明において,相違点2に係る構成を採用することは,甲2の技術的事項に基づいて,当業者が容易に想到できたものである。
エ.特許発明1について甲1の第1発明を主引用例としたむすび
特許発明1は,甲1の第1発明及び甲2の技術的事項に基づいて,当業者が容易に発明できたものである。
オ.特許発明1と甲1の第2発明との対比
特許発明1と甲1の第2発明を対比すると,甲1の第2発明の「液化石油ガス」が特許発明1の「可燃性液化ガス」に相当することは明らかであり,以下同様に,「吸収体」が「保液用の吸収体」に相当し,「市販のLBKPを乾式解繊装置で解繊し,得られたセルロース繊維を分級し,微細セルロース繊維を45質量%以上含有するセルロース繊維」が「セルロース繊維集合体」に相当する。
そうすると,特許発明1と甲1の第1発明は,以下の点で一致及び相違する。
<一致点2>
「噴射口を備えたスプレー缶に,可燃性液化ガスおよび保液用の吸収体を充填したスプレー缶製品であって,
上記吸収体が,セルロース繊維集合体から構成された,
スプレー缶製品。」

<相違点3>
特許発明1のセルロース繊維集合体は,「灰分を1重量%以上12重量%未満の範囲で含有する」ものであるのに対して,甲1の第2発明のセルロース繊維集合体は,どの程度の灰分を含んでいるのか,不明な点。

<相違点4>
特許発明1は,「上記スプレー缶内に,上記噴出口側に空間を有して,スプレー缶形状に対応する形状に成形された上記吸収体を収容し,上記空間と上記吸収体の間には,上記吸収体の表面を通気可能に保護する通気性蓋状部材を配設し,かつ,上記蓋状部材は,上記スプレー缶内に圧入されて上記吸収体表面に密接する円板状多孔質体,または上記吸収体表面に一体的に形成された多孔質保護層である」のに対して,甲1の第2発明は,蓋状部材を備えていない点。

カ.相違点3について
上記イ.に説示する理由と同様の理由により,甲1の第2発明のセルロース繊維集合体として,普通に存在する灰分が1%を超える市販のLBKPを採用することに,格別の困難性はない。
キ.相違点4について
上記ウ.に説示する理由と同様の理由により,甲1の第2発明において,相違点4に係る構成を採用することは,甲2の技術的事項に基づいて,当業者が容易に想到できたものである。
ク.特許発明1について甲1の第2発明を主引用例としたむすび
特許発明1は,甲1の第2発明及び甲2の技術的事項に基づいて,当業者が容易に発明できたものである。

(5)特許発明6について
特許発明6は,特許発明1の液化ガスについて,「噴射剤または燃料として使用される可燃性液化ガスである」ことを限定したものであるところ,甲1の段落【0001】には,「ダストブロワー」や「トーチバーナー用ボンベ」が記載されており,甲1の第1及び2発明の「液化石油ガス」として,噴射剤又は燃料として使用するように構成することは,当業者が容易に想到できた事項である。
したがって,特許発明6は,甲1の第1発明及び甲2の技術的事項に基づいて,当業者が容易に発明できたものであり,また,甲1の第2発明及び甲2の技術的事項に基づいて,当業者が容易に発明できたものである。

(6)特許発明8について
ア.特許発明8と甲1の第1発明との対比
特許発明8と甲1の第1発明を対比すると,上記一致点1で一致し,相違点1及び2で相違するほかに,以下の点で相違する。

<相違点5>
特許発明8のセルロース繊維集合体は,「スプレー缶形状に対応するブロック状に圧縮成形され,またはシート状に圧縮成形しスプレー缶形状に合わせて巻いた後,上記スプレー缶内に直接充填」されるものであるのに対して,甲1の第1発明のセルロース繊維集合体は,「不織布袋に充填」されるものである点。

イ.相違点5について
甲1の段落【0031】には,「得られた粉砕セルロース繊維が所望の微細セルロース繊維を含有するように調節し,スプレー缶の大きさに応じて,直接所定量をスプレー缶に充填することで本発明の吸収体とすることも可能である」と記載されているから,甲1の第1発明のセルロース繊維集合体を,不織布袋に充填することに代えて,直接スプレー缶に充填することは,当業者が容易に想到できる事項であるし,そのようにセルロース繊維集合体を充填すれば,セルロース繊維集合体がスプレー缶形状に対応するブロック状に圧縮成形された状態となることは明らかである。
したがって,甲1の第1発明を相違点5に係る構成とすることは,当業者が容易に想到できたものである。
ウ.相違点1及び2について
相違点1及び2についての判断は,上記(4)イ.及びウ.に示すとおりである。
エ.特許発明8について甲1の第1発明を主引用例としたむすび
特許発明8は,甲1の第1発明及び甲2の技術的事項に基づいて,当業者が容易に発明できたものである。
オ.特許発明8と甲1の第2発明との対比
特許発明8と甲1の第1発明を対比すると,甲1の第2発明の「液化石油ガス」が特許発明8の「可燃性液化ガス」に相当することは明らかであり,以下同様に,「吸収体」が「保液用の吸収体」に相当し,「市販のLBKPを乾式解繊装置で解繊し,得られたセルロース繊維を分級し,微細セルロース繊維を45質量%以上含有するセルロース繊維」が「セルロース繊維集合体」に相当し,「該セルロース繊維は,熱融着性繊維が配合されてシート状にプレスされ,コアレス型の巻取状とした後,上記スプレー缶に直接充填される」ことが,「上記セルロース繊維集合体は,」「シート状に圧縮成形しスプレー缶形状に合わせて巻いた後,上記スプレー缶内に直接充填される」ことに相当する。
そうすると,特許発明8と甲1の第2発明は,以下の点で一致し,上記相違点3及び4で相違する。

<一致点3>
「噴射口を備えたスプレー缶に,可燃性液化ガスおよび保液用の吸収体を充填したスプレー缶製品であって,
上記吸収体が,セルロース繊維集合体から構成され,
上記セルロース繊維集合体は,シート状に圧縮成形しスプレー缶形状に合わせて巻いた後,上記スプレー缶内に直接充填されるスプレー缶製品。」

カ.相違点3及び4について
相違点3及び4についての判断は,上記(4)カ.及びキ.に示すとおりである。
キ.特許発明8について甲1の第2発明を主引用例としたむすび
特許発明8は,甲1の第2発明及び甲2の技術的事項に基づいて,当業者が容易に発明できたものである。

(7)無効理由8のむすび
以上のとおりであるから,特許発明1,6及び8は,甲1の第1発明及び甲2の技術的事項に基づいて,当業者が容易に発明できたものであり,また,甲1の第2発明及び甲2の技術的事項に基づいて,当業者が容易に発明できたものである。
また,特許発明2は,本件訂正により削除された。


第8 むすび
請求項1,6及び8に係る発明についての特許は,特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり,同法第123条第1項第4号に該当し,また,特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであり,同法第123条第1項第2号に該当するから,無効理由1及び3ないし7について検討するまでもなく,請求項1,6及び8に係る発明についての特許を無効とすべきである。
また,請求項2に係る特許は,本件訂正により削除されたため,請求項2に対して請求人がした無効審判請求については,対象となる請求項が存在しない。
審判に関する費用については,特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により,その4分の1を請求人が負担し,4分の3を被請求人が負担すべきものとする。
よって,結論のとおり審決する。
 
発明の名称 (54)【発明の名称】
スプレー缶用吸収体およびスプレー缶製品
【技術分野】
【0001】
本発明は、スプレー缶内部に充填されて液化ガスを吸収保持する吸収体に関する。また、スプレー缶内に、液化ガスと保液用の吸収体が充填されたスプレー缶製品、詳しくは、除塵用の噴射剤を充填したダストブロワーや、可燃ガスを充填したトーチバーナー用ボンベ等に好適に使用されるスプレー缶製品に関する。
【背景技術】
【0002】
スプレー缶を用いた製品、例えば、ダストブロワー(除塵ブロワー)は、噴射ボタンを備えた金属製のスプレー缶に、圧縮ガスまたは液化ガス等の噴射剤を充填したものであり、噴射ボタンを押してガスを噴射放出させることによって、各種機器類に付着する塵や埃などを吹き飛ばして除去する。このダストブロワーを含むスプレー缶製品には、従来、噴射剤としてフロンガスが使用されていたが、オゾン層破壊物質であることから使用規制が厳しくなっている。そこで、オゾン層破壊係数がより小さい噴射剤の開発が進められ、現在はいわゆる代替フロン、例えばHFC134a(CH_(2)F-CF_(3))、HFC152a(CH3-CHF2)等が広く使用されている。
【0003】
ところが、HFC134aは、不燃性ガスであり燃焼の危険がない利点はあるものの、地球温暖化係数が1300と大きい。HFC152a(CH3-CHF2)は、地球温暖化係数は140であるものの、可燃性ガスであり、取り扱いに注意を要する。また、これら代替フロンは高価である上、フッ素化合物であるため、直火に触れると猛毒であるフッ酸が発生するという性質があり、安全面で大きな問題がある。
【0004】
一方、近年、地球環境保護への関心が高まっており、オゾン層破壊にとどまらず、ガス成分の大気放出による環境汚染、特に、地球温暖化に与える影響が無視できないものとなっている。グリーン購入法(国等による環境物品等の調達の推進等に関する法律)では、使用に伴い排出される温室効果ガス等による環境への負荷が少ない物品を「環境物品」と定めており、ダストブロワーについては、この流れを受けて「判断基準」が平成20年4月1日から「オゾン層を破壊する物質及びハイドロフルオロカーボン(いわゆる代替フロン)が使用されていないこと」に改正されている。
【0005】
この改正により代替フロン使用製品は、グリーン購入法対象品表示ができる「環境物品」ではなくなり、改正された「判断基準」を満足する噴射剤として、オゾン層破壊の問題がなく地球温暖化係数が極めて小さいジメチルエーテル(DME)が注目されている。ただし、ジメチルエーテル(DME)は、可燃性液化ガスであり、使用時または保管時の安全性に課題があった。
【0006】
また、炎を用いた各種作業に使用されているトーチバーナー用のボンベは、通常、噴出部を備えるスプレー缶状の金属製耐圧容器に、可燃ガスや液化燃料ガスなどの燃料を充填したカートリッジ式のガスボンベとして構成されており、噴出部に取り付けたバーナーに燃料を導入して、燃焼させるものである。トーチバーナー用の燃料には、上述したジメチルエーテル(DME)や、高カロリーで石油や石炭に比べて燃焼排ガス中のCO_(2)量が少なくオゾン層破壊の問題がない液化石油ガス(LPG)が使用されている。
【0007】
トーチバーナー用のボンベも、ダストブロワーと同様の構成を有し、可燃性液化ガスを用いることから、安全性の向上が極めて重要となっている。
【0008】
液化ガスを用いたスプレー缶製品は、その構造上、倒立状態や傾斜状態で使用した場合に、噴出口から液化ガスが液体のまま漏れ出すおそれがある。特に、可燃性液化ガスを用いた場合には、液漏れによって発火が生じるおそれがあり、使用姿勢や連続使用が制限される不具合があった。
【0009】
この対策として、特許文献1には、スプレー缶内に古紙等を充填し、液化ガスを保持するための吸収体とすること、ジメチルエーテル(DME)に他の成分として炭酸ガスを混合し難燃性を付与することが開示されている。ジメチルエーテル(DME)は可燃性であるが、オゾン層破壊係数、地球温暖化係数ともに極めて小さく、炭酸ガスとの混合により安全性が大きく向上する。
【0010】
また、特許文献2には、スプレー缶用の吸収体として、木材パルプ等を粉砕したセルロース繊維集合体から構成され、繊維長0.35mm以下の微細セルロース繊維を所定量以上含有する吸収体が提案されている。この吸収体は、セルロース繊維を機械的または化学的な手段で粉砕した微小な繊維を含むもので、吸収性能、保液性に優れている。
【0011】
また、その他の吸収体としては、特許文献3?特許文献5に記載されるように、多孔性発泡合成樹脂が知られている。例えば、特許文献2、3は、ウレタン樹脂発泡体を用いたもので、原料を缶内に注入して発泡させることにより、充填工程を簡略にしている。また、特許文献4はフェノール樹脂の発泡体を用いたもので、フェノール樹脂発泡体を缶形状に合わせて成形した後、缶内に押し入れている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特開2005-206723号公報
【特許文献2】特開平2008-180377号公報
【特許文献3】特許第2824242号公報
【特許文献4】特開平10-89598号公報
【特許文献5】特開平9-4797号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
しかしながら、特許文献1の吸収体として記載される古紙は、入手が容易で安価であり、環境への影響も少ないといった利点があるものの、新聞古紙、広告紙、雑誌といった古紙原料によって品質にばらつきがある。このため、液化ガスの保持力が一定でなく、一缶当たりに必要な吸収体量が一定しない問題があった。また、既に1回?数回のリサイクルを経て傷ついた繊維が含まれていると、液保持力が悪化する。さらに、古紙には多くの場合、印刷インク等の不純物が付着しており、繊維の表面が液をはじきやすい状態となって、液吸収性が悪くなる。そのために、古紙原料のみで、スプレー缶を倒立・傾斜状態で使用または保管した場合の液漏れを、確実に防ぐことはできなかった。
【0014】
特許文献2の吸収体は、微粉状の微細セルロース繊維を大量に含むため、原料パルプの解繊、粉砕の過程で空気を包含しやすく、取り扱いが容易でない。また、古紙を原料とする場合には、上述した品質のばらつき等によって液吸収性や液保持力が一定せず、安定した性能が得られないおそれがある。このため、実際には、木材パルプを主体とし、湿式法で微細化した繊維を、シート上に堆積させてから缶形状に合わせて巻いたものを充填するか、バインダーを添加して繊維同士を結合させてから成形する方法が採られ、製造工程が複雑でコスト高となりやすい。また、バインダーが繊維を覆うと液吸収性が低下する不具合があった。
【0015】
特許文献3?5の多孔性発泡合成樹脂からなる吸収体は、発泡成形に時間がかかる上、原料樹脂が高価で、コスト高となりやすい。また、多孔性発泡合成樹脂は、保液性能に優れるものの、残留ガスがスプレー缶内に残りやすく、最後まで使い切ることができない、といった不具合があった。
【0016】
そこで、本発明は、高価な原料使用や複雑な製造工程を要することなく、液化ガスの吸収性、保持力に優れ、傾斜状態や倒立状態での使用または保管時の液漏れを防止可能な吸収体を得ること、それにより、低コストで、安全性および保液性が確保できるスプレー缶製品を実現することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明者等は、様々な吸収体原料と液化ガスの吸収性、保持力の関係について鋭意検討を行い、吸収体の性能が古紙原料に含まれる灰分によって大きく左右されることを見出した。本発明は、上記知見に基づいてなされたものであり、以下の構成をとる。すなわち、本願請求項1の発明は、
噴射口を備えたスプレー缶に、可燃性液化ガスおよび保液用の吸収体を充填したスプレー缶製品であって、
上記吸収体が、灰分を1重量%以上12重量%未満の範囲で含有するセルロース繊維集合体から構成され、
上記スプレー缶内に、上記噴出口側に空間を有して、スプレー缶形状に対応する形状に成形された上記吸収体を収容し、上記空間と上記吸収体の間には、上記吸収体の表面を通気可能に保護する通気性蓋状部材を配設し、
かつ、上記蓋状部材は、上記スプレー缶内に圧入されて上記吸収体表面に密接する円板状多孔質体、または上記吸収体表面に一体的に形成された多孔質保護層であることを特徴とする。
【0018】
(削除)
【0019】
本願請求項3の発明において、上記通気性蓋状部材は、不織布または発泡性樹脂にて構成される。
【0020】
本願請求項4の発明において、上記吸収体は、古紙を粉砕または解繊して得た再生セルロース繊維を主原料とするセルロース繊維集合体から構成される。
【0021】
本願請求項5の発明において、上記セルロース繊維集合体が、繊維長1.5mm以下のセルロース繊維を90質量%以上含有する。
【0022】
本願請求項6の発明において、上記液化ガスは、噴射剤または燃料として使用される可燃性液化ガスである。
【0023】
本願請求項7の発明において、上記液化ガスは、オゾン層破壊係数が0であり、かつハイドロフルオロカーボンを含まないガスからなる。
【0024】
本願請求項8の発明において、上記セルロース繊維集合体は、スプレー缶形状に対応するブロック状に圧縮成形され、またはシート状に圧縮成形しスプレー缶形状に合わせて巻いた後、上記スプレー缶内に直接充填される。
【0025】
本願請求項9の発明において、上記セルロース繊維集合体が、繊維長0.35mm以下の微細セルロース繊維を45質量%以上含有するセルロース繊維集合体にて構成されている。
【発明の効果】
【0027】
新聞古紙、広告古紙、雑誌古紙といった古紙原料を粉砕または解繊して得られる再生セルロース繊維は、再生工程にて生じるセルロース組織の傷みや製紙工程にて添加される各種物質の影響で、一般的な未使用木材パルプから得られるセルロース繊維に比べて、吸収体内部へ液化ガスが浸透しにくく、保液力が低いとされる。また、使用する古紙原料の種類や配合によっても、これら特性が変化するため、安定した品質の再生セルロース繊維集合体を得ることが難しかった。
【0028】
本願請求項1の発明によれば、このような古紙原料を使用した場合でも、再生セルロース繊維を含むセルロース繊維集合体中の灰分量を調整することで、液化ガスの吸収性、保持力を良好に保つ。灰分は、製紙工程で古紙原料に添加される炭酸カルシウムやタルクといった無機物質に由来するもので、未使用木材パルプには含まれない。灰分を所定の範囲で含有することで保液性が改善する理由は、必ずしも明らかではないが、灰分の含有量が所定範囲より多いと、セルロース繊維集合体が硬く、脆くなる傾向があり、吸収体に割れが生じて液化ガスの浸透が途切れやすくなる。また、灰分として含有される無機物質そのものが液化ガスを吸収して吸収体内部への浸透に寄与し、再生セルロース繊維の保液力を補うものと推察されることから、これら灰分の含有量を適正範囲に保つことが重要と考えられる。
【0029】
よって、安価で入手しやすい古紙原料を再利用した場合においても、安定した品質を実現でき、セルロース繊維集合体の保液性を向上させ、環境への影響が小さく、高品質で低コストな吸収体を得ることができる。
【0030】
本願発明によれば、上記吸収体を用いたスプレー缶製品は、液化ガスの吸収性、保持力に優れ、傾斜または倒立姿勢における液漏れを防止可能である。また、空間に面する吸収体の表面側が、通気性を有する蓋状部材にてシールされるので、傾斜状態や倒立状態での液化ガスの漏れを防止する効果がより高まる。したがって、スプレー缶製品の使用時または保管時の液漏れを確実に防止して、安全性と保液性を大幅に向上させることができる。よって、高価な原料使用や製造工程を複雑化することなくコスト低減が可能で、作業性、生産性、経済性に優れたスプレー缶製品を得ることができる。
【0031】
本願請求項3の発明によれば、多孔質で通気性を有しながら、吸収体表面をシールできる材料として、発泡性樹脂や不織布があり、これら材料を用いて通気性蓋状部材を構成することで上記効果が容易に得られる。
【0032】
本願請求項4の発明によれば、安価で入手しやすい古紙原料を再利用することで、吸収体さらにはスプレー缶製品の製造コストを大きく低減することができる。
【0033】
本願請求項5の発明によれば、吸収体を構成するセルロース繊維を、繊維長1.5mm以下の微小繊維とすることで、吸収体重量に対する繊維表面積を増大させ、繊維間の空隙を小さくして、液化ガスの吸収性、保持力を向上させることができる。
【0034】
本願請求項6の発明によれば、本発明は、液化ガス、特に可燃性のガスを噴射剤または燃料として充填する製品に高い効果を発揮し、液漏れを防止して安全性を大きく向上させることができる。
【0035】
本願請求項7の発明によれば、好適には、本発明で使用する液化ガスを、オゾン層破壊のおそれがなく、ハイドロフルオロカーボンを含まないガスとすることで、環境への影響を最小限とすることができる。
【0036】
本願請求項8の発明によれば、微小繊維からなるセルロース繊維は、空気を含んで飛散しやすいため、予め缶形状に応じた圧縮成形体としておくことで、必要な吸収体重量を容易にスプレー缶に直接充填することができる。また、セルロース繊維集合体の圧縮成形体として直接充填することで、袋詰め等の手間や材料コストの低減といった効果が得られる。
【0037】
本願請求項9の発明によれば、吸収体を構成するセルロース繊維集合体が、より繊維長の短い微細セルロース繊維を所定量以上含有すると、液化ガスの吸収性能、保液性能がさらに向上する。
【図面の簡単な説明】
【0038】
【図1】本発明を適用したダストブロワーの構成の一例を示すもので、(a)、(b)、(c)は、それぞれダストブロワーの側面図、正立状態の側面断面図、倒立状態の側面断面図であり、(d)はダストブロワーの他の構成例を示す正立状態の側面断面図である。
【図2】本発明を適用したダストブロワーの製造工程を説明するための図である。
【図3】(a)、(b)、(c)は、図2の製造工程の一部を説明するための概略図である。
【図4】(a)、(b)、(c)は、本発明で使用されるスプレー缶形状を説明するための概略図、(d)は、スプレー缶に収容される吸収体と蓋状部材形状を示す概略図である。
【図5】(a)、(b)、(c)は、本発明における蓋状部材の形成方法を説明するための概略図である。
【図6】本発明実施例にて製作したダストブロワーについて灰分含有量と液漏れ評価試験の合計保持時間との関係を示す図である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0039】
以下に、本発明のスプレー缶用吸収体およびスプレー缶製品について、具体的実施形態に基づいて説明する。
本発明のスプレー缶用吸収体は、噴射口を備えたスプレー缶に液化ガスとともに充填されて、該液化ガスを吸収保持するもので、セルロース繊維集合体から構成され、灰分を1重量%以上12重量%未満の範囲で含有することを特徴とする。好適には、古紙を粉砕または解繊して得た再生セルロース繊維を主原料とする。本発明のスプレー缶用吸収体は、噴出口を備えたスプレー缶に、少なくとも液化ガスおよび保液用の吸収体を充填したスプレー缶製品であれば、いずれにも好適に使用することができる。このようなスプレー缶製品の具体例としては、例えば、除塵用のダストブロワーやトーチバーナー用ボンベ等が挙げられる。
【0040】
代表的な例として、本発明のスプレー缶製品を、ダストブロワーに適用した場合について、図面を参照しながら具体的に説明する。図1(a)は、ダストブロワーの全体構成を示す概略図で、スプレー缶1の頭部に噴射レバー1bを備えた噴射部1aを固定した構造となっている。図1(b)、(c)において、スプレー缶1の内部には、保液用の吸収体2が収容され、この吸収体2に、液化ガスである噴射剤3が吸収保持されている。金属製のスプレー缶1は、一定径の胴部と、下方へ向けて拡径するテーパ状の頭部を有し、頭部頂面の中央に噴出口11を備えている。噴出口11は、噴射レバー1bを押すことにより開弁するバルブ構造を有している。
【0041】
吸収体2は、スプレー缶1の内径とほぼ同径の円柱ブロック状に圧縮成形されており、スプレー缶1の一定径の胴部よりも高さを低くして、頭部側に空間12を有して収容されている。噴射剤となる液化ガス3は、吸収体2を構成する粉砕されたセルロース繊維および繊維間の空隙に保持された状態で、スプレー缶1内に収容されており、噴射レバー1bを押して噴出口11を開放し、噴射ノズル1cから噴射ガスを放出させ塵や埃を除去する。
【0042】
スプレー缶1の胴部上端近傍には、空間11と吸収体2との間を区画するように、蓋状部材4が介設されている。吸収体2は表皮となるシートや袋等に覆われずに直接充填されており、蓋状部材4は、圧縮成形された吸収体2の上表面に密接して、その表面を覆っている。これにより、吸収体2の表面を通気可能に保護し、吸収体2の変位を規制して、液漏れ防止効果を高める。また、液化ガスの充填時や噴射時のセルロース繊維集合体の偏りや、吸収体2表面の微細セルロース繊維の飛散を防止することができる。
【0043】
吸収体2は、予め圧縮成形したものを直接充填することで、従来のように袋等に詰める工程が不要になり、材料コストを低減できる。必要により、少なくとも外周表面を、表皮となるシートや袋等に覆われた状態で充填することもできる。例えば、圧縮成形した吸収体2全体を、通気性材料よりなる袋状の表皮にて覆うようにすると、取り扱いが容易になり、セルロース繊維集合体の偏りを抑制してスプレー缶1内に均一に保持できるので、液漏れをより確実に防止できる。
【0044】
また、図1(d)に示す他の構成例として、吸収体2をブロック状の圧縮成形体とする代りに、シート状に圧縮成形したセルロース繊維集合体にて構成することもできる。この場合は、所定厚さの圧縮シート状に成形したものを、スプレー缶1の缶径に合わせて巻いた後、スプレー缶1内に充填すればよい。このようにすると、飛散を抑制して取り扱いが容易になり、また、スプレー缶1内においてセルロース繊維集合体の偏りを抑制して、均一保持できる。
【0045】
吸収体2は、灰分を1重量%以上12重量%未満の範囲で含有するように、調整されている。好適には、安価な古紙原料を解繊、粉砕して微細化した再生セルロース繊維を主体とした構成とすると、コスト低減効果が高い。古紙原料としては、新聞紙、広告紙、雑誌類をはじめ、段ボール、カタログ紙、コピー紙といった種々の古紙原料が、いずれも好適に使用できる。これら古紙原料の灰分含有量は、製紙工程にて添加される各種無機物質(炭酸カルシウム、タルクその他)によって決まり、通常、その種類によってほぼ一定している。例えば、新聞紙、雑誌類は、灰分含有量が比較的少なく、カラー印刷が増えると灰分含有量が多くなる傾向が見られるので、古紙原料を適宜組み合わせることで、所望の灰分含有量とすることができる。
【0046】
従来、古紙パルプは、低コストであり、環境への負荷が小さい利点はあるものの、繊維に傷みがあり保液性がやや劣るとされていたものであるが、本発明では、灰分含有量を調整することでこれを改善する。吸収体2に含まれる灰分は、噴射剤となる液化ガス3を吸収保持する能力があり、液化ガスがセルロース繊維集合体の内部へ浸透するのを補助して、液吸収性、液保持力を向上させると考えられる。灰分含有量が1重量%に満たないと、この効果が得られず、含有量が増えると効果も大きくなるが、25重量%を超えると、セルロース繊維集合体が硬く、脆くなる傾向があり、縦割れや横割れが生じて液化ガスの浸透が途切れやすくなる。灰分の含有量を上記範囲に保つことで、古紙原料を再利用した吸収体2の品質を安定させ、所望の性能を実現して液漏れを抑制することができる。
【0047】
好適には、吸収体2を、繊維長1.5mm以下のセルロース繊維を90質量%以上含有するセルロース繊維集合体にて構成するとよい。セルロース繊維の繊維長を1.5mm以下とし、予め加圧圧縮させた繊維集合体とすることで、空気を含みやすい微細繊維を、スプレー缶内に密に充填することができる。そして、微細化による表面積の増大で、所要量の液化ガスを吸収保持可能となり、保液力を高め、安全性を向上できる。好ましくは、セルロース繊維集合体が、繊維長1.0mm以下のセルロース繊維を80質量%以上含有するもの、特に、繊維長0.35mm以下の微細セルロース繊維が45質量%以上含有するものであると、より効果的であり、スプレー缶1を傾斜または倒立させた状態での使用時あるいは、保管時の液漏れを防止する効果が高い。
ここで、本発明における「繊維長」とは、繊維長測定機FS-200(カヤーニ社製)により測定した、平均繊維長を意味する。
【0048】
吸収体2の原料には、古紙原料を100%とすることが、コスト面や環境負荷を小さくするために望ましいが、古紙原料に限らず、灰分を1?25重量%の範囲で含有するように、調整されていれば、保液性に対して所望の効果が得られる。また古紙原料を用いた場合には、古紙原料100%のもの以外に、差し支えない範囲で他の原料を一部添加したものを使用することもできる。使用可能なセルロース繊維としては、針葉樹、広葉樹の漂白または未漂白化学パルプ、溶解パルプ、さらにはコットン等、任意のセルロース繊維が挙げられる。複数のセルロース繊維原料を適宜組み合わせて使用することもできる。この場合も、吸収体2となるセルロース繊維集合体の灰分含有量が、上記所定範囲となるように、原料を適宜組み合わせて調整する。
【0049】
これら原料の解繊、粉砕は、機械的または化学的な手段、あるいはその両方の手段を用いて行うことができるが、好適には、機械的な手段で粉砕し、分級する方法によって、所望の繊維長の微細セルロース繊維を所定量含有するセルロース繊維集合体を、簡易な工程で得ることができる。
【0050】
原料となるセルロース繊維の機械的な粉砕法としては、回転型ミルやジェットミルのような高速衝撃粉砕法、ロールクラッシャー法等が主に使用されている。前段でシュレッダー等を用いた剪断破砕法により粗粉砕することもできる。また、古紙原料と組み合わせて使用される原料セルロース繊維に、他の繊維製品の製造時に副産物として得られる繊維を使用することもできる。例えばパルプエアレイド不織布の製造の際に、バグフィルターから回収されるセルロース繊維には、微細セルロース繊維が多量に含まれるため、これを古紙原料からなる再生セルロース繊維と混合して、所望のセルロース繊維集合体としてもよい。
【0051】
使用する粉砕機の処理条件は、要求される微細セルロース繊維の物性により適宜選択することが可能である。また、処理方法としては、バッチ式あるいは連続式の何れの方法でもよいし、数台の装置を直列に接続して、第一段で粗く処理し、後段で微細に処理することも可能である。また、予め機械的な手段を用いて粉砕したセルロース繊維を分級することで、所望の繊維長の再生セルロース繊維を所定量以上含有するように調整し、あるいは、分級して所定の繊維長とした微細セルロース繊維を所定の含有量となるように、他の方法で得た再生セルロース繊維と混合したものも好適に用いられる。
【0052】
なお、セルロースは有機物で柔らかいため、機械的な粉砕処理のみでは微小なセルロース粒子を得ることが困難な場合には、微細セルロース繊維を得るために、化学的処理と機械的粉砕を組み合わせた方法を採用することもできる。一般に、セルロースは結晶領域と非結晶領域からなっており、非結晶領域は薬品に対して易反応性であることから、化学的処理として、例えば鉱酸と反応させることにより非結晶領域を溶出し、結晶部主体のセルロース繊維を得る方法が知られている。そして、この結晶部主体のセルロース繊維を、さらに機械的に処理することにより微細なセルロース粒子を得ることができる。
【0053】
また、メディア撹拌式の湿式粉砕機により粉砕処理することも可能である。メディア撹拌式湿式粉砕装置は、固定した粉砕容器に挿入した攪拌機を高速で回転させて、粉砕容器内に充填したメディアとセルロース繊維を撹拌して剪断応力を発生させて粉砕する装置であり、塔式、槽式、流通管式、マニュラー式等あるが、メディア撹拌方式であればどの装置でも使用可能である。なかでも、サンドグラインダー、ウルトラビスコミル、ダイノミル、ダイヤモンドファインミルが良好である。
【0054】
本発明におけるスプレー缶製品は、このようにして得られた再生セルロース繊維等の集合体を、吸収体2としてスプレー缶1に充填し、吸収体2の上部に蓋状部材4を配設した後、さらに噴射剤3となる液化ガスを充填して得られる。セルロース繊維集合体のスプレー缶1への充填方法は、任意に選択することができる。通常は、予め一定量を集積させ、スプレー缶の内径に応じた円柱ブロック状に圧縮した繊維集合体に形成し、スプレー缶1に直接充填する。
【0055】
再生セルロース繊維集合体を形成する際に、通気性を有する表面シートを用い、予め表面シート上に、再生セルロース繊維を堆積させ、スプレー缶の内径に応じた円柱ブロック状に巻いたものを吸収体2とすることもできる。このようにして吸収体2とした後に、スプレー缶1に充填すると、繊維が散乱するのを防いで、充填が容易に、使用中も安定してスプレー缶1内に保持できる。また、表皮自体が液化ガスの吸収性を有するので、浸透を補助する役割を果たし、表皮に保持されることで、吸収体21を構成する繊維集合体に偏りや割れが生じにくくなって、液保持力が持続する。
【0056】
吸収体2の表面を覆う表面シートは、吸収体2の液吸収性を妨げないように、紙や不織布等の通気性材料にて構成する。また、セルロース繊維集合体に、少量の水溶性バインダーや熱融着性樹脂を混合して、繊維同士を部分的に結合させることによって、吸収体2を所定形状に成形することができる。
【0057】
通気性蓋状部材4を介設するには、スプレー缶1内に吸収体2を充填し、その上方に通気性蓋状部材4を載置した後、噴射剤3となる液化ガスを充填する。蓋状部材4は、スプレー缶1の内径よりもやや大径に成形された一定厚さの円盤状多孔質体からなる。円盤状多孔質体は、スプレー缶1内に圧入固定されて吸収体2上面に密着し、その表面を平滑に保っている。これにより、噴射剤3の充填時あるいは噴射使用中の吸収体2の形状を保持し、表面付近から微細セルロース繊維が剥離または飛散するのを防止することができる。また、傾斜または倒立使用状態において、吸収体2の上面から液化ガスが漏れるのを防止する。円盤状多孔質体は、吸収体2側と空間12側とを通気可能に区画することができる材料であれば、いずれも好適に使用することができる。
【0058】
例えば、蓋状部材4の材料として、通気性の繊維集合体である不織布を用いることができる。不織布は、繊維の材質や繊維長を適宜選択することで、比較的硬質の厚みを有する形状に成形することが可能であり、所定厚さ、所定径の円盤状に裁断することで、円盤状多孔質体とすることができる。あるいは、所定径の不織布シートを所定厚さとなるように積層したものを用いることができる。不織布を構成する繊維には、合成繊維、天然繊維、無機繊維、再生繊維等のいずれも好適に使用することができる。蓋状部材4の径は、スプレー缶1の胴部の内径よりやや大きくし、厚さは、例えば5mm?20mm程度の範囲で適宜選択することができる。好適には、8mm?15mmの範囲とすると、吸収体2の上面を確実に保持し、上部空間の容積を確保しながら、材料コストの低減を図ることができ、より効果的である。
【0059】
また、蓋状部材4の材料として、例えば、多数の連続する通孔を有する発泡ウレタン樹脂や発泡性フェノール樹脂等の発泡性樹脂を所望の厚さと径を有する形状に発泡成形し、あるいは発泡成形体を所望形状に裁断したものを用いることができる。
【0060】
蓋状部材4は、吸収体2の表面に一体的に形成された多孔質保護層とすることもできる。例えば、吸収体2をスプレー缶1内に収容した後に、噴出口11が取り付けられる上部開口から、発泡性樹脂の原料を注入し、発泡させることによって、吸収体2上面に密着する多孔質保護層を形成することができる。この場合、発泡性樹脂の層は、吸収体2の上面を覆うとともに、スプレー缶1内壁に密着して、吸収体2を保持固定できるように構成されていればよく、一定厚さに形成される必要はない。よって、多孔質保護層の形成に用いる樹脂量が不要に増加することがなく、発泡成形にかかる時間も少なくすることができる。
【0061】
このように蓋状部材4を用いた場合には、吸収体2の表面を覆う表面シートや袋を使用しない構成でも十分吸収体2を保持することが可能であり、材料コストを抑制できる。
【0062】
本発明をダストブロワーに適用した場合、噴射剤3としては、可燃性の液化ガスであるジメチルエーテル(DME)を主成分として含むガスが、特に好適に使用される。噴射剤成分となるジメチルエーテル(DME)は、化学式が、CH_(3)OCH_(3)で示される最も簡単なエーテルであり、沸点が-25.1℃の無色の気体である。化学的に安定であり、20℃における飽和蒸気圧が0.41MPa、35℃における飽和蒸気圧が0.688MPa気圧と低い。このため、圧力をかけると容易に液化するので、スプレー缶1には、耐圧強度の高いボンベのような容器を使用する必要がなく、耐圧強度の比較的に低い金属製のスプレー缶体に充填して使用することができる。
【0063】
そして、このジメチルエーテル(DME)は、オゾン層破壊係数が0、地球温暖化係数が1以下と極めて小さい。大気中に噴射しても、大気中での分解時間は数十時間程度であり、温室効果やオゾン層破壊の懸念はないので、従来のフロンガスやHFC134a、HFC152a等に比べて環境負荷の小さい噴射剤として有用である。
【0064】
なお、噴射剤3としては、ジメチルエーテル(DME)に限らず、オゾン層破壊や地球温暖化への影響が小さいガスであれば、可燃性ガス、難燃性ガス等、いずれも好適に使用することができる。特に、オゾン層破壊係数が0であり、かつハイドロフルオロカーボンを含まないガスであれば、グリーン購入法の「判断基準」を満足し、好適である。このようなガスはオゾン層を破壊するおそれがなく、環境への負荷が従来の代替フロンに比べて小さい。ジメチルエーテル(DME)等のガスは、単独で使用しても、併用あるいは他のガス成分を含む混合ガスとして用いることもできる。例えば、他の噴射剤成分として炭酸ガスを混合することにより、難燃性を付与することもできる。炭酸ガス、すなわち二酸化炭素(CO_(2))は不燃性のガスで、沸点が-78.5℃と低く、20℃における飽和蒸気圧が5.733MPa、35℃における飽和蒸気圧が約8.32MPa気圧と高い。また、ジメチルエーテル(DME)に良く溶解するので、混合液化ガスとして充填されて、火炎の危険性を低下させるとともに、噴射圧力を高めることができる。
【0065】
この時、混合液化ガス中の炭酸ガスの混合量は、重量比率で、0.1?30%の範囲とすることが好ましい。0.1重量%以上とすれば、噴射剤保持用の吸収体と組み合わせることで、倒立状態で使用した場合でも液漏れを生じるおそれが小さく、かつ製品圧力をジフルオロエタンガス(HFC152a:約0.50MPa)と同様以上とすることができる。よって、使用角度によらず気化状態での噴射を維持できるので、引火による火炎の発生を防止しながら、スプレー缶1の内圧を適正な範囲に保つことができる。
【0066】
このように、ジメチルエーテル(DME)は、可燃性液化ガスであるが、本発明の吸収体2は保液性能に優れるので、傾斜状態や倒立状態での使用が可能で、液状のガスが漏れるのを防止する効果が高い。また、蓋状部材4を用いた場合には、吸収体2がスプレー缶1内により安定に保持され、使用角度が制限されない。よって、傾斜状態や倒立状態で使用されても、気化ガスのみが噴射口11から噴射されるので、引火のおそれが小さく、安全性が高い。
【0067】
本発明のスプレー缶製品を、トーチバーナー用のボンベに適用した場合も、基本構成は同様であり、スプレー缶1内の吸収体2には、ダストブロワーの噴射剤3の代わりに、燃料として可燃性の液化ガスが保持される。そして、スプレー缶1の頭部に接続される着火部を備えたトーチバーナーに、燃料を供給して燃焼させることにより、炎を用いた各種作業に使用する。
【0068】
トーチバーナー用の燃料には、高カロリーで石油や石炭に比べて燃焼排ガス中のCO_(2)量が少なくオゾン層破壊の問題がない液化石油ガス(LPG)が好適に使用される。ジメチルエーテル(DME)その他の可燃性液化ガスを混合または単独で使用することもできる。この場合も、スプレー缶1に充填した本発明の吸収体2さらには蓋状部材4が、液化ガスを吸収保持して液漏れを防止するので、傾斜状態や倒立状態での使用時または保管時の安全性を大きく向上させる効果が得られる。
【0069】
次に、上記構成のスプレー缶製品の製造方法の好適例を図2、3により説明する。図2は、古紙原料を解繊して吸収体2とする製造工程フローの一例を示すものであり、まず(1)、(2)の粉砕工程において、古紙原料を例えば0.35mm以下の微細セルロース繊維に微粉砕する。(1)の工程では、粗粉砕機を用い、例えば古紙原料を20?30mm角に粉砕する。(2)の工程では、微粉砕機を用い、さらに粉砕する。この時、出口スクリーンの網目によって微粉砕機を通過する繊維長が変わり、例えばφ3.0?φ1.0程度の出口スクリーンを使用することで、所望の微細セルロース繊維を含む粉砕繊維を得ることができる。
【0070】
次いで(3)の集塵工程において、微細セルロース繊維を集積させる。図示の集塵機は、底部に回転羽を設置し、上半部内に1.5mm以下のセルロース繊維(0.35mm以下の微細セルロース繊維を含む)が通過可能なスクリーンを設置して、圧縮空気を供給する。これにより捕捉された微細セルロース繊維を落下させ、底面の4箇所(一部図示せず)に設けたシャッター付取出口から取り出すことができる。
【0071】
(4)の工程では、4箇所のシャッター付取出口にそれぞれ接続する4台(1台のみ図示)の減容コンベアを用いて、取り出した微細セルロース繊維を移送する。減容コンベアは取出口側が広く、徐々に狭くなる構造で、移送しながら微細セルロース繊維を含む粉体をやや圧縮することができる。減容コンベアは、それぞれ(5)の工程の重量分別機に接続され、減容された粉体が供給される。重量分別機は、シャッター付の計量器で、スプレー缶製品に応じた必要量が計量されるとシャッターを開き、適量を次工程に供給する。
【0072】
その後、(6)の工程にて、秤量した所定量の粉体を、スプレー缶形状に応じて減容圧縮成形して得た繊維集合体を、(7)の工程においてスプレー缶に充填する。これら(6)、(7)の工程について、図3により詳細に説明する。
【0073】
図3(a)に示すように、(4)の工程を経て(5)の重量分別機で秤量された所定量の粉体は、(7)の減容圧縮成形工程において、概略立方体容器状の圧縮容器5に移送され、ここで加圧圧縮される。圧縮容器5は、図示のように、壁面が平行移動可能に形成されており、図のX方向に作動させて一次圧縮させた後、さらにY方向に作動させて二次圧縮させると同時に、圧縮した粉体を立方体の一隅に集合させて概略円柱状の繊維集合体とすることができる。さらに圧縮容器5の一隅の底部を、例えばシャッターで開閉可能とし、その下方にスプレー缶1を配置し、予圧縮終了後にシャッター開とし、上方から押込シリンダー6で押し出す。
【0074】
このようにすれば、表皮等を有しない円柱状の吸収体2を、図示するように、下方のスプレー缶1内に移送することができる。この時、押込シリンダー6は、スプレー缶1内に吸収体2を移送するために用いられ、移送方向への圧縮が大きくならないようにするのがよい。このようにして、図3(b)に示すように、X、Y軸方向に均一に加圧圧縮された円柱ブロック状圧縮成形体からなる吸収体2が得られる。吸収体2を、予めスプレー缶1の径方向であるX、Y軸方向に均一に二軸圧縮した予圧縮成形体すると、スプレー缶1内に充填された状態で形状を保持する効果が高く、保液性能がより向上する。スプレー缶1内に充填する場合には、吸収体が全方向に均一圧縮(三軸圧縮)される必要はなく、むしろ押込シリンダー6の移送方向(スプレー缶1の軸方向)へ加圧すると、液化ガスの充填後に繊維間に隙間ができる縦割れの原因になるおそれがあるので、好ましくない。
【0075】
この吸収体2の上面に、さらに蓋状部材4を配置することにより、本発明のスプレー缶製品が得られる。この方法によれば、古紙原料に乾式粉砕方法と加圧圧縮成形方法を組み合わせて、比較的簡易に、再生セルロース繊維の集合体からなる吸収体2をスプレー缶1内に均一に充填し、安定した品質のスプレー缶製品を得ることができる。この方法は、作業性も良好で量産に向いており、経済性、生産性に優れている。
【0076】
なお、ここではX、Y軸方向に二軸圧縮してブロック状圧縮成形体からなる吸収体2としたが、径方向に均一に予圧縮されていればよく、例えば径方向の全周から径方向内方へ全体を圧縮して円柱ブロック状圧縮成形体からなる吸収体2とすることもできる。
【0077】
図4(a)?(c)は、スプレー缶1の種類を示すもので、図4(a)は、胴部13と底部14、頭部15が別体で、それぞれ巻締めすることにより一体化される3ピース缶、図4(b)は、胴部13と頭部15が一体で、別体の底部14を巻締めすることにより一体化される2ピース缶、図4(c)は、胴部13と底部14、頭部15が一体のモノブロック缶である。
【0078】
このうち、図4(a)の3ピース缶よりなるスプレー缶1には、底部14を巻締めした後、頭部15を巻締めする前に、吸収体2を収容する圧縮容器5の底部を胴部13の上端開口に密接させて同軸上に配置し、吸収体2を押し出して、スプレー缶1に充填する。さらに、不織布や発泡性樹脂等の円盤状多孔質体からなる蓋状部材4を圧入して吸収体2の表面に密接させた後、頭部15側を巻締めすることで、図4(d)のように、頭部15側から蓋状部材4、吸収体2が順次配置されたスプレー缶製品とすることができる。
【0079】
また、図4(b)の2ピース缶よりなるスプレー缶1には、これとは逆に、底部14側から、まず、蓋状部材4を頭部15側へ圧入する。次いで、胴部13の下端開口に密接させて吸収体2を収容する圧縮容器5を同軸上に密接配置し、吸収体2を押し出して、スプレー缶1に充填することで、図4(d)のように、頭部15側から蓋状部材4、吸収体2が順次配置されたスプレー缶製品とすることができる。また、図4(a)、(b)に示す缶構成において、吸収体2を押し出す前に、その頭部15側表面に不織布や発泡性樹脂等からなる多孔質保護層を積層形成して、一体的にスプレー缶1に充填することもできる。
【0080】
図4(c)のモノブロック缶の場合は、上記(6)の減容圧縮成形工程において圧縮容器5にて二軸圧縮される成形体の外径を、頭部15の開口内径と一致させて、加圧圧縮された円柱ブロック状圧縮成形体を、頭部15の開口から充填することを繰り返し、所定重量の吸収体2とすることができる。その後、図5(a)、(b)に示すように、吸収体2の表面を略平面状に整え、蓋状部材4を構成する発泡性樹脂の原料を充填して、吸収体2表面を均一に覆って、発泡させる。これにより、図5(c)に示すように、吸収体2の表面を保護する蓋状部材4を配置して、その上方に形成される空間12と区画することができる。図4(a)、(b)に示す缶構成において、この方法を採用して蓋状部材4を形成することもできる。
【実施例】
【0081】
(実施例1)
次に、本発明による効果を確認するために、上記図2、3に示した製造工程に基づいて吸収体を製造し、スプレー缶製品を製作した。原料としては、表1に示すように、市販のLBKP(広葉樹漂白クラフトパルプ)、新聞古紙、広告古紙、新聞古紙と広告古紙の混合物、市販の再生紙を使用し、灰分含有量の異なる種々の原料を用意した(試料A?F)。新聞古紙と広告古紙の混合物は、その混合割合を変更することにより、広告古紙の割合が少なく灰分含有量の少ない試料Cと、広告古紙の割合が多く灰分含有量の多い試料Dの2段階に調整した。また、蓋状部材の効果を調べるため、LBKPと再生紙については、吸収体を直接充填して蓋状部材を載置したものの他、不織布の袋に充填し蓋状部材を載置または載置しないスプレー缶製品を製作した(試料G?J)。
【0082】
(1)、(2)の粉砕工程において、粗粉砕、微粉砕して微細化した粉砕繊維を、(3)の集塵工程において、分級、回収し、0.35mm以下の微細セルロース繊維を含む微粉状のセルロース繊維を、堆積させた。(4)、(5)の工程で、集塵機から取り出した微粉状のセルロース繊維を減容コンベアで重量分別機へ移送し、計量して得た75gの微粉状のセルロース繊維集合体を、(6)の工程にて、減容圧縮成形し、円柱ブロック状圧縮成形体を得た。
【0083】
円柱ブロック状圧縮成形体よりなる吸収体を、(7)の工程にて、スプレー缶内に押出した。試料G?Jについては、スプレー缶押出前に不織布の袋に充填した。この時、表1のように各古紙原料について、複数の製品サンプル(サンプル数10)を用意した。スプレー缶は、外径66mm、高さ20cmであり、胴部に底部を巻締めした状態で、胴部の上端開口から吸収体を充填した後、さらに試料A?G、Iは、予めスプレー缶の胴部内径よりやや大径の円盤状とした蓋状部材を、吸収体の上面に当接するまで圧入した。蓋状部材は、所定径に裁断した不織布シートを積層したものを用いた(径60mm、厚さ10mm)。その後、胴部の上端開口に頭部を巻締めした。
【0084】
なお、試料A?Jについて、上記工程にて吸収体としたセルロース繊維集合体の繊維長分布を、繊維長・形状測定器を用いて分析したところ、いずれも繊維長1.5mm以下のセルロース繊維の含有量が90質量%以上、繊維長1.0mm以下のセルロース繊維の含有量が80質量%以上、繊維長0.35mm以下の微細セルロース繊維の含有量が45質量%以上であった。
【0085】
試料A?Jの吸収体を収容したスプレー缶内に、それぞれ噴射剤として、可燃性の液化ガスであるジメチルエーテル(DME)350mlを充填して、本発明のスプレー缶製品となるダストブロワーを製作した。試料A?Jの吸収体を用いたダストブロワーについて、それぞれ液漏れ評価試験を行った。試験方法を、以下に示す。
【0086】
(液漏れ評価試験)
ダストブロワーは、スプレー缶に噴射剤を充填して十分な時間静置した後、容器を逆さに向けてガスを噴射し、噴射部からの液漏れが発生するまでの時間を計測した。その結果を表1に併記する。なお、表1には、10個のサンプル中、30秒以上、倒立状態で液漏れなく噴射を保持することができたサンプル数と、10個のサンプルの保持時間の合計を示した。この時、30秒以上保持したものは全て保持時間を30秒として合計時間を算出した。例えばダストブロワーにおいて、噴射剤として使用される可燃性ガスへの引火が、噴射時に液化ガスが完全に気化しないことが原因で起こると考えられること、通常使用時に一回の噴射時間が20秒以上となることはほとんどなく、特に30秒以上の連続噴射時には、気化熱による温度低下で缶を素手で保持することが困難になると考えられることから、30秒以上、倒立状態で液漏れなく噴射を保持できれば、通常の除塵目的での使用であれば十分な性能であるといえる。
【0087】
(灰分測定方法)
液漏れ評価試験後のスプレー缶を開き、吸収体を取り出して灰分測定した。各試料10gを、ルツボに採取、精秤し、105±2℃で3時間乾燥し、45分間放置して絶乾率を測定した。乾燥精秤後の試料を電熱器で燃やし、さらに電気炉(525±25℃)に2時間入れて、灰化した。これをデシケーターに入れて室温まで冷却後、上記絶乾率を用いて灰分量を算出した。
【0088】
【表1】

【0089】
表1に明らかなように、灰分含有量と液漏れ評価試験の結果には相関があり、古紙原料を用いた吸収体を直接充填したダストブロワーは、灰分含有量が少ないほど、保持時間が長くなる。例えば灰分含有量が6.6重量%の試料A(新聞古紙100重量%)の保持時間280秒に対して、灰分含有量が27重量%の試料D(広告古紙100重量%)の保持時間は124秒と半分以下である。新聞古紙に広告古紙を混合した試料B、Cでは、混合割合が多くなるほど、保持時間は少なくなり、再生紙を用いた試料Dは、灰分含有量および保持時間ともに試料B、Cの間にある。
【0090】
ただし、LBKPを用いた試料Fは、灰分含有量が試料Aより少ないにもかかわらず、保持時間は227秒と、試料Aより短くなっている。また、試料G?Jの結果より、灰分含有量の吸収体を袋に充填した場合には、灰分含有量や蓋状部材の有無によらず、10個のサンプル全てが30秒以上の保持時間を示している。これらの結果より、吸収体を直接充填したダストブロワーにおいて、灰分含有量を所定範囲とすることが、液漏れ防止に有効であり、蓋状部材と組み合わせることで、不織布の袋に充填した場合とほぼ同等の効果が得られることがわかる。
【0091】
図6に、試料A?Jのダストブロワーについて、表1の合計保持時間と灰分含有量の関係を示した。図6の結果から、灰分含有量が試料Dより少なくなるように調整し、例えば20重量%未満とすることで、保持時間150秒程度ないしそれ以上を実現可能となる。また、灰分含有量が少ないほど保持時間が長くなる傾向があり、例えば12重量%未満とすることで、保持時間は200秒程度ないしそれ以上とすることが可能である。また、灰分含有量を5重量%以下、例えば試料Fの1重量%より少なくすることは、特に古紙原料では困難であり、保持時間も灰分含有量6.6重量%の試料Aをピークとしてむしろ減少する傾向にある。以上より、灰分含有量は、1重量%?25重量%、好ましくは1重量%?20重量%の範囲とし、使用する古紙原料の種類や必要特性に応じて適宜設定するのがよい。
【0092】
(実施例2)
次に、実施例1の試料Aと同様の方法で、吸収体を製造し、蓋状部材を用いてスプレー缶製品を製作した。この時、(6)の工程にて得た円柱ブロック状圧縮成形体よりなる吸収体を、(7)の工程にてスプレー缶に直接充填し、さらに、スプレー缶の胴部内径よりやや大径の円盤状とした蓋状部材を、吸収体の上面に当接するまで圧入した。蓋状部材は、所定径に裁断した不織布シートを積層して、3種類の厚さに調整したものを用いた(径60mm、厚さ8、10、15mm)。その後、スプレー缶胴部の上端開口に頭部を巻締めした。実施例1と同様に、吸収体75gと蓋状部材をスプレー缶に充填した後、噴射剤として、可燃性の液化ガスであるジメチルエーテル(DME)350mlを充填して、本発明のスプレー缶製品となるダストブロワーを製作した。
【0093】
3種類の厚さの蓋状部材を用いたスプレー缶製品について、それぞれ複数のサンプルを作製し、液漏れ評価試験を行った(サンプル数N=5)。その結果、厚さ8mm、10mmの場合は、5個のサンプルのうち4個が30秒以上、液漏れなく、連続噴射することができた。厚さ15mmの場合は、5個のサンプルの全てが、30秒以上、液漏れなく、連続噴射することができた。
【0094】
よって、本発明によれば、噴射角度が自由で、可燃性ガスを用いたダストブロワーやトーチバーナー用ボンベに利用されても、液漏れにより火炎が発生するおそれが小さく、安全性および使用感に優れたスプレー缶製品を、低コストに製造することができる。
【符号の説明】
【0095】
1 スプレー缶
2 吸収体
11 噴出口
12 空間
3 噴射剤(液化ガス)
4 蓋状部材
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
噴射口を備えたスプレー缶に、可燃性液化ガスおよび保液用の吸収体を充填したスプレー缶製品であって、
上記吸収体が、灰分を1重量%以上12重量%未満の範囲で含有するセルロース繊維集合体から構成され、
上記スプレー缶内に、上記噴出口側に空間を有して、スプレー缶形状に対応する形状に成形された上記吸収体を収容し、上記空間と上記吸収体の間には、上記吸収体の表面を通気可能に保護する通気性蓋状部材を配設し、
かつ、上記蓋状部材は、上記スプレー缶内に圧入されて上記吸収体表面に密接する円板状多孔質体、または上記吸収体表面に一体的に形成された多孔質保護層であることを特徴とするスプレー缶製品。
【請求項2】
(削除)
【請求項3】
上記通気性蓋状部材は、不織布または発泡性樹脂にて構成される請求項1記載のスプレー缶製品。
【請求項4】
上記吸収体が、古紙を粉砕または解繊して得た再生セルロース繊維を主原料とするセルロース繊維集合体から構成される請求項1または3記載のスプレー缶製品。
【請求項5】
上記セルロース繊維集合体が、繊維長1.5mm以下のセルロース繊維を90質量%以上含有する請求項1、3または4記載のスプレー缶製品。
【請求項6】
上記液化ガスは、噴射剤または燃料として使用される可燃性液化ガスである請求項1、3ないし5のいずれか1項に記載のスプレー缶製品。
【請求項7】
上記液化ガスは、オゾン層破壊係数が0であり、かつハイドロフルオロカーボンを含まないガスからなる請求項1、3ないし6のいずれか1項に記載のスプレー缶製品。
【請求項8】
上記セルロース繊維集合体は、スプレー缶形状に対応するブロック状に圧縮成形され、またはシート状に圧縮成形しスプレー缶形状に合わせて巻いた後、上記スプレー缶内に直接充填される請求項1、3ないし7のいずれか1項に記載のスプレー缶製品。
【請求項9】
上記セルロース繊維集合体が、繊維長0.35mm以下の微細セルロース繊維を45質量%以上含有するセルロース繊維集合体にて構成されている請求項1、3ないし8のいずれか1項に記載のスプレー缶製品。
【図面】






 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
審理終結日 2017-11-29 
結審通知日 2017-12-01 
審決日 2017-12-15 
出願番号 特願2009-102082(P2009-102082)
審決分類 P 1 123・ 121- ZAA (F17C)
P 1 123・ 537- ZAA (F17C)
最終処分 成立  
前審関与審査官 田村 耕作  
特許庁審判長 平岩 正一
特許庁審判官 柏原 郁昭
刈間 宏信
登録日 2013-10-25 
登録番号 特許第5396136号(P5396136)
発明の名称 スプレー缶用吸収体およびスプレー缶製品  
代理人 大住 洋  
代理人 小松 陽一郎  
代理人 山崎 道雄  
代理人 梅田 幸秀  
代理人 大住 洋  
代理人 濱中 淳宏  
代理人 上山 浩  
代理人 吉村 和彦  
代理人 小松 陽一郎  
代理人 山崎 道雄  

プライバシーポリシー   セキュリティーポリシー   運営会社概要   サービスに関しての問い合わせ