• ポートフォリオ機能


ポートフォリオを新規に作成して保存
既存のポートフォリオに追加保存

  • この表をプリントする
PDF PDFをダウンロード
審決分類 審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  C08F
審判 全部申し立て 2項進歩性  C08F
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C08F
審判 全部申し立て ただし書き1号特許請求の範囲の減縮  C08F
審判 全部申し立て ただし書き3号明りょうでない記載の釈明  C08F
管理番号 1350667
異議申立番号 異議2018-700593  
総通号数 233 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2019-05-31 
種別 異議の決定 
異議申立日 2018-07-18 
確定日 2019-03-07 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第6271276号発明「重合体粒子、重合体分散液、水性被覆材および塗装物」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6271276号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり,訂正後の請求項〔1ないし7〕について,訂正することを認める。 特許第6271276号の請求項1,3ないし7に係る特許を維持する。 特許第6271276号の請求項2に係る特許についての特許異議の申立てを却下する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6271276号(以下,「本件特許」という。)の請求項1ないし7に係る特許についての出願は,平成26年2月6日を出願日とする出願であって,平成30年1月12日にその特許権の設定登録(設定登録時の請求項数7)がされ,同年1月31日にその特許公報が発行され,その後,同年7月18日に,その請求項1ないし7に係る発明の特許に対し,特許異議申立人 大野 芙美(以下,「申立人」という。)により特許異議の申立て(対象請求項:全請求項)がされ,当審において平成30年9月26日付けで取消理由(以下,「取消理由」という。)が通知され,同年12月3日に特許権者 三菱ケミカル株式会社及びジャパンコーティングレジン株式会社(以下,「特許権者」という。)から意見書が提出されるとともに訂正の請求(以下,「本件訂正の請求」という。)がされ,同年12月11日付けで訂正請求があった旨の通知(特許法第120条の5第5項)をしたが,申立人から何の応答もされなかったものである。

第2 訂正の適否について

1 訂正の内容

本件訂正の請求による訂正の内容は,次のとおりである。なお,下線は訂正箇所を示すものである。

(1)訂正事項1

特許請求の範囲の請求項1の

「ウレタン樹脂(A)とアクリル系重合体(B)とを同一粒子内に含む重合体粒子であって,前記重合体粒子のN,N’-ジメチルホルムアミド(DMF)中で測定したゲル分率が10%以上であり,
前記アクリル系重合体(B)が,酸基含有ラジカル重合性単量体由来のモノマーユニットを含み,
前記酸基含有ラジカル重合性単量体由来のモノマーユニットの割合が,ウレタン樹脂(A)とアクリル系重合体(B)の総質量に対して,0.008?3.4質量%である,重合体粒子。」

「スルホン酸基を有するウレタン樹脂(A)とアクリル系重合体(B)とを同一粒子内に含む重合体粒子であって,前記重合体粒子のN,N’-ジメチルホルムアミド(DMF)中で測定したゲル分率が10%以上であり,
前記アクリル系重合体(B)が,酸基含有ラジカル重合性単量体由来のモノマーユニットを含み,
前記酸基含有ラジカル重合性単量体由来のモノマーユニットの割合が,スルホン酸基を有するウレタン樹脂(A)とアクリル系重合体(B)の総質量に対して,0.008?3.4質量%である,重合体粒子。」
に訂正する。

併せて,請求項1を直接又は間接的に引用する請求項3ないし7についても請求項1を訂正したことに伴う訂正をする。

(2)訂正事項2

特許請求の範囲の請求項2を削除する。

(3)訂正事項3

特許請求の範囲の請求項3の

「前記アクリル系重合体(B)が,ラジカル性重合性基を2つ以上有する単量体由来のモノマーユニットを含み,前記ラジカル性重合性基を2つ以上有する単量体由来のモノマーユニットの割合が,ウレタン樹脂(A)とアクリル系重合体(B)の総質量に対して,0.01?10質量%である,請求項1または2に記載の重合体粒子。」

「前記アクリル系重合体(B)が,ラジカル性重合性基を2つ以上有する単量体由来のモノマーユニットを含み,前記ラジカル性重合性基を2つ以上有する単量体由来のモノマーユニットの割合が,スルホン酸基を有するウレタン樹脂(A)とアクリル系重合体(B)の総質量に対して,0.01?10質量%である,請求項1に記載の重合体粒子。」
に訂正する。

併せて,請求項3を直接又は間接的に引用する請求項4ないし7についても請求項3を訂正したことに伴う訂正をする。

(4)訂正事項4

特許請求の範囲の請求項4の

「請求項1?3のいずれか一項に記載の重合体粒子を含む重合体分散液。」

「請求項1,3のいずれか一項に記載の重合体粒子を含む重合体分散液。」に訂正する。

2 訂正の目的の適否,新規事項の有無,特許請求の範囲の拡張・変更の存否,一群の請求項及び独立特許要件

(1)訂正事項1について

訂正事項1は,訂正前の特許請求の範囲の請求項1に,「スルホン酸基を有する」という限定を付加するものであるから,特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
また,訂正事項1は,訂正前請求項2,願書に最初に添付された明細書(以下,「当初明細書」という。)の段落【0020】,【0067】に記載されており,新規事項の追加には該当しない。
さらに,訂正事項1は,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものでもない。

(2)訂正事項2について

訂正事項2は,訂正前の特許請求の範囲の請求項2を削除するものであるから,特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
また,訂正事項2は,訂正前の請求項2の削除を目的とするから,新規事項の追加に該当せず,さらに,訂正事項2は,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものでもない。

(3)訂正事項3について

訂正事項3は,訂正前の特許請求の範囲の請求項3に,「スルホン酸基を有する」という限定を付加するものであるから,特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
また,訂正事項3は,訂正前請求項2,当初明細書の段落【0020】,【0067】に記載されており,新規事項の追加には該当しない。
さらに,訂正事項3は,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものでもない。

(4)訂正事項4について

訂正事項4は,上記訂正事項2に伴い,多数項を引用している請求項の引用請求項数の削減をするものであるから,特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
また,訂正事項4は,願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内のものである。
さらに,訂正事項4は,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものでもない。

(5)一群の請求項

本件訂正の請求は,特許請求の範囲の請求項1ないし7についての訂正である。
そして,訂正前の請求項3は訂正前の請求項1を引用しており,訂正前の請求項4は,訂正前の請求項1または3を引用しており,訂正前の請求項5は,訂正前の請求項4を引用しており,訂正前の請求項6は,訂正前の請求項5を引用しており,また,訂正前の請求項7は,訂正前の請求項6を引用しているので,訂正前の請求項1ないし7は,一群の請求項である。
したがって,本件訂正の請求は,一群の請求項ごとに対してされたものである。

3 小括

以上のとおり,本件訂正の請求は,特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる事項を目的とするものであり,かつ,同条第4項並びに同条第9項において準用する同法第126条第5及び6項の規定に適合する。
また,特許異議の申立ては,訂正前の全ての請求項に対してされているので,訂正を認める要件として,特許法第120条の5第9項において読み替えて準用する同法第126条第7項に規定する独立特許要件は課されない。 したがって,本件訂正の請求は適法なものであるので,本件特許の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり,訂正後の請求項〔1ないし7〕について,訂正することを認める。

第3 本件特許に係る請求項に記載された事項

上記第2の3のとおり,訂正後の請求項〔1ないし7〕について,訂正することを認めるので,本件特許の請求項1ないし7に係る発明(以下,順に「本件特許発明1」のようにいい,総称して「本件特許発明」という。)は,それぞれ,平成30年12月3日に提出された訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲の請求項1ないし7に記載された次の事項により特定されるとおりのものである。

「【請求項1】
スルホン酸基を有するウレタン樹脂(A)とアクリル系重合体(B)とを同一粒子内に含む重合体粒子であって,前記重合体粒子のN,N’-ジメチルホルムアミド(DMF)中で測定したゲル分率が10%以上であり,
前記アクリル系重合体(B)が,酸基含有ラジカル重合性単量体由来のモノマーユニットを含み,
前記酸基含有ラジカル重合性単量体由来のモノマーユニットの割合が,スルホン酸基を有するウレタン樹脂(A)とアクリル系重合体(B)の総質量に対して,0.008?3.4質量%である,重合体粒子。
【請求項2】
(削除)
【請求項3】
前記アクリル系重合体(B)が,ラジカル性重合性基を2つ以上有する単量体由来のモノマーユニットを含み,前記ラジカル性重合性基を2つ以上有する単量体由来のモノマーユニットの割合が,スルホン酸基を有するウレタン樹脂(A)とアクリル系重合体(B)の総質量に対して,0.01?10質量%である,請求項1に記載の重合体粒子。
【請求項4】
請求項1,3のいずれか一項に記載の重合体粒子を含む重合体分散液。
【請求項5】
請求項4に記載の重合体分散液を含む水性被覆材。
【請求項6】
請求項5に記載の水性被覆材が塗布された塗装物。
【請求項7】
ソルベントナフサに30秒間浸漬した後の塗膜の光沢保持率が60%以上である,請求項6に記載の塗装物。」

第4 当審が通知した取消理由の概要

1 取消理由の概要

「理由1(新規性)本件特許発明1,3?7は,甲第1号証に記載された発明であって,特許法第29条第1項第3号に該当し,特許を受けることができないものであるから,その発明に係る特許は,同法第113条第2号に該当し,取り消すべきものである。」
「理由2(進歩性)本件特許発明1ないし7は,甲第1号証に記載された発明に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定に違反して特許されたものであって,同法第113号第2号に該当し,その発明に係る特許は,取り消すべきものである。」

・証拠方法
甲第1号証:特開2013-213151号公報(以下,「甲1」という。)
甲第2号証:古河電工時報,第111号,第90?94頁,平成15年1月
甲第3号証:特開2009-91519号公報

2 取消理由に対する当審の判断

(1)記載事項及び引用発明

ア 甲1に記載された事項について

「【請求項1】
被塗物に,下記の工程(1)?(4),工程(1):水性第1着色塗料(X)を塗装して第1着色塗膜を形成する工程,工程(2):前記工程(1)で形成された第1着色塗膜上に,水性第2着色塗料(Y)を塗装して第2着色塗膜を形成する工程,工程(3):前記工程(2)で形成された第2着色塗膜上に,クリヤ塗料(Z)を塗装してクリヤ塗膜を形成する工程,及び工程(4):前記工程(1)?(3)で形成された第1着色塗膜,第2着色塗膜及びクリヤ塗膜を同時に焼付け硬化する工程,を順次行う複層塗膜形成方法における水性第1着色塗料(X)として使用される塗料組成物であって,
該塗料組成物は,水性皮膜形成性樹脂(A),架橋剤(B)及びアクリルウレタン樹脂複合粒子(C)を含有するものであり,
該アクリルウレタン樹脂複合粒子(C)のアクリル樹脂は,重合性不飽和基を1分子中に1個有し,かつ炭素数4?22のアルキル基を有する重合性不飽和モノマー(c-1)30?80質量%,重合性不飽和基を1分子中に2個以上有する重合性不飽和モノマー(c-2)1?20質量%,及び(c-1)以外の重合性不飽和基を1分子中に1個有する重合性不飽和モノマー(c-3)0?69質量%を構成モノマー成分とするものであることを特徴とする水性塗料組成物。」
「【0092】
アクリルウレタン樹脂複合粒子(C)
本発明の水性塗料組成物のアクリルウレタン樹脂複合粒子(C)は,同一ミセル内にウレタン樹脂成分とアクリル樹脂成分とが存在してなる樹脂複合粒子である。本発明の水性塗料組成物において,アクリルウレタン樹脂複合粒子は水に分散されていればその形態は特に限定されないが,ウレタン樹脂成分のまわりにアクリル樹脂成分が位置した構造を有する粒子として水に分散されていることが好ましい。言い換えると,アクリル樹脂成分の部分(以下,アクリル部ともいう。)を外側に,ウレタン樹脂成分の部分(以下,ウレタン部ともいう。)を内側にしたコアシェル構造を有するミセルとして水に分散していることが好ましい。なお,コアシェル構造とは,具体的には同一ミセル内に異なる樹脂組成の成分が存在し,中心部分(コア)と外殻部分(シェル)とで異なる樹脂組成からなっている構造をいう。」
「【0097】
ウレタン樹脂成分は,例えば,有機ポリイソシアネート化合物,ポリオール及び活性水素基とイオン形成基とを併有する化合物を使用して合成することができる。」
「【0112】
上記活性水素基とイオン形成基とを併有する化合物としては,例えば,分子中に2個以上の水酸基と1個以上のカルボキシル基を有する化合物,分子中に2個以上の水酸基と1個以上のスルホン酸基を有する化合物等をあげることができる。この化合物は,ウレタン樹脂中でイオン形成基として作用する。」
「【0114】
スルホン酸基を含有するものとしては,例えば,2-スルホン酸-1,4-ブタンジオール,5-スルホン酸-ジ-β-ヒドロキシエチルイソフタレート,N,N-ビス(2-ヒドロキシエチル)アミノエチルスルホン酸等をあげることができる。
【0115】
活性水素基とイオン形成基とを併有する化合物としてカルボキシル基,もしくはスルホン酸基を含有する化合物を使用した場合,塩を形成し親水性化するために中和剤としてトリメチルアミン,トリエチルアミン,モノエタノールアミン,ジエタノールアミン,トリエタノールアミン,トリエチレンジアミン,ジメチルアミノエタノール等のアミン類,水酸化ナトリウム,水酸化カリウム等のアルカリ金属化合物を用いることができる。カルボキシル基もしくはスルホン酸に対する中和率は通常50?100モル%とすることができる。中和剤としては,塩基性及び耐水性向上の観点からトリエチルアミンが好ましい。」
「【0241】
アクリルウレタン樹脂複合粒子(C1)の製造
製造例1
温度計,サーモスタット,攪拌装置及び還流冷却器を備えた反応容器に,「ETERNACOLL UH-100」(商品名,宇部興産製,1,6-ヘキサンジオールベースポリカーボネートジオール,分子量約1000)24.3部,2-エチルヘキシルアクリレート35部,ブチルヒドロキシトルエン0.008部及びジブチル錫ラウレート0.03部を仕込み,90℃まで昇温させた後,水添MDI5.7部を30分かけて滴下した。その後90℃を保持し,NCO価が1mg/g以下となるまで反応させた。この反応生成物に,n-ブチルアクリレート2部及びアリルメタクリレート3部を添加しアクリルモノマーで希釈された水酸基含有ポリウレタン樹脂(C1-1)を得た。得られたポリウレタン樹脂のウレタン樹脂成分の水酸基価は10mgKOH/g,重量平均分子量は30000であった。
【0242】
その後ガラスビーカーに下記成分を入れ,ディスパーにて2000rpmで15分間撹拌し予備乳化液を製造した後,この予備乳化液を高圧乳化装置にて100MPaで高圧処理することにより,分散粒子の平均粒子径が290nmのポリウレタン含有アクリルモノマー乳化物(1)を得た。
【0243】
モノマー乳化物(1)組成
アクリルモノマー希釈水酸基含有ポリウレタン樹脂(C1-1) 70部
「Newcol707SF」(注1) 4.7部
脱イオン水 65.3部
(注1)「Newcol707SF」:商品名,日本乳化剤社製,ポリオキシエチレン鎖を有するアニオン性乳化剤,有効成分30%。
【0244】
上記モノマー乳化物(1)140部をフラスコへ移し,脱イオン水42.5部で希釈した。撹拌しながら70℃まで昇温させ,「VA-057」(注2)0.2部を脱イオン水10部に溶解させた開始剤溶液をフラスコに30分間かけて滴下し,該温度を保持しながら2時間撹拌した。その後,下記組成のモノマー乳化物(2)と「VA-057」0.15部を脱イオン水7.5部に溶解させたものを1.5時間かけて滴下し,該温度を保持しながら1時間撹拌した後,さらに「VA-057」0.1部を脱イオン水5部に溶解させた開始剤溶液をフラスコに投入し,該温度を保持しながら2時間撹拌した後冷却し,アクリルウレタン樹脂複合粒子(C1)の水分散体を得た。
【0245】
(注2)「VA-057」:商品名,和光純薬工業社製,乳化重合用重合開始剤
モノマー乳化物(2)組成
2-エチルヘキシルアクリレート 8部
n-ブチルアクリレート 3部
メチルメタクリレート 14部
2-ヒドロキシエチルメタクリレート 3.5部
アクリル酸 0.5部
アリルメタクリレート 1部
「Newcol707SF」 2.0部
脱イオン水 18部
得られたアクリルウレタン樹脂複合粒子(C1)の水分散体の質量固形分濃度は40%,平均粒子径は210nm(サブミクロン粒度分布測定装置「COULTER N4型」(ベックマン・コールター社製)を用いて,脱イオン水で希釈し20℃で測定),アクリル樹脂成分の水酸基価は21.6mgKOH/g,酸価は5.6mgKOH/gであった。
【0246】
製造例2?7及び9?10
モノマー乳化物の組成を下記表1に示すように変更する以外は,製造例1と同様にして各アクリルウレタン樹脂複合粒子(C2)?(C7)及び(C9)?(C10)の水分散体を得た。得られた各アクリルウレタン樹脂複合粒子(C2)?(C7)及び(C9)?(C10)の水分散体の固形分濃度,酸価,水酸基価及び平均粒子径を併せて下記表1に示す。
【0247】
なお,製造例9及び10で得られたアクリルウレタン樹脂複合粒子(C9)?(C10)の水分散体は比較例用である。
【0248】
製造例8
温度計,サーモスタット,攪拌装置及び還流冷却器を備えた反応容器に,「ETERNACOLL UH-100」24.3部,2-エチルヘキシルアクリレート43部,ブチルヒドロキシトルエン0.014部及びジブチル錫ラウレート0.03部を仕込み,90℃まで昇温させた後,水添MDI5.7部を30分かけて滴下した。その後90℃を保持し,NCO価が1mg/g以下となるまで反応させた。この反応生成物に,n-ブチルアクリレート5部,メチルメタクリレート14部,2-ヒドロキシエチルメタクリレート3.5部,アクリル酸0.5部及びアリルメタクリレート4部を添加しアクリルモノマーで希釈された水酸基含有ポリウレタン樹脂(C8-1)を得た。得られたポリウレタン樹脂のウレタン樹脂成分の水酸基価は10mgKOH/g,重量平均分子量は30000であった。
【0249】
その後ガラスビーカーに下記成分を入れ,ディスパーにて2000rpmで15分間撹拌し予備乳化液を製造した後,この予備乳化液を高圧乳化装置にて100MPaで高圧処理することにより,分散粒子の平均粒子径が290nmのポリウレタン含有アクリルモノマー乳化物を得た。
【0250】
モノマー乳化物組成
アクリルモノマー希釈水酸基含有ポリウレタン樹脂(C8-1)100部
「Newcol707SF」 6.7部 脱イオン水 93.3部 上記モノマー乳化物200部をフラスコへ移し,脱イオン水28.8部で希釈した。撹拌しながら70℃まで昇温させ,「VA-057」0.35部を脱イオン水17.5部に溶解させた開始剤溶液をフラスコに30分間かけて滴下し,該温度を保持しながら2時間撹拌した。さらに,「VA-057」0.175部を脱イオン水8.75部に溶解させた開始剤溶液をフラスコに投入し,該温度を保持しながら2時間撹拌した後冷却し,アクリルウレタン樹脂複合粒子(C8)の水分散体を得た。
【0251】
得られたアクリルウレタン樹脂複合粒子(C8)の水分散体の質量固形分濃度は40%,平均粒子径は190nm(製造例1と同様にして測定),水酸基価は21.6mgKOH/g,酸価は5.6mgKOH/gであった。
【0252】
なお,表1中のポリライトOD-X-2376は商品名, DIC社製,アジピン酸/ジエチレングリコールのポリエステルジオール,分子量約1000
PTMG-1000は商品名,三菱化学株式会社製,ポリテトラメチレンエーテルグリコール,分子量約1000である。
【0253】
【表1】


「【0270】
水性塗料組成物(水性第1着色塗料(X))の製造
実施例1
製造例11で得た水酸基含有ポリエステル樹脂溶液(A1-1)56部(樹脂固形分25部),「JR-806」(商品名,テイカ社製,ルチル型二酸化チタン)60部,「カーボンMA-100」(商品名,三菱化学社製,カーボンブラック)1部,「バリエースB-35」(商品名,堺化学工業社製,硫酸バリウム粉末,平均一次粒子径0.5μm)15部,「MICRO ACE S-3」(商品名,日本タルク社製,タルク粉末,平均一次粒子径4.8μm)3部及び脱イオン水5部を混合し,2-(ジメチルアミノ)エタノールでpH8.0に調整した後,ペイントシェーカーで30分間分散して顔料分散ペーストを得た。
【0271】
次に,得られた顔料分散ペースト140部,製造例11で得た水酸基含有ポリエステル樹脂溶液(A1-1)29部(樹脂固形分13部),製造例14で得た水酸基含有アクリル樹脂溶液(A2-1)25部(樹脂固形分10部),「ユーコートUX-8100」(商品名,三洋化成工業社製,ウレタンエマルション,固形分35%)28部(樹脂固形分10部),メラミン樹脂(B-1)(メチル-ブチル混合エーテル化メラミン樹脂,固形分80%,重量平均分子量800)33部(樹脂固形分26.3部),「バイヒジュールVPLS2310」(商品名,住化バイエルウレタン社製,ブロック化ポリイソシアネート化合物,固形分38%)15部(樹脂固形分5.7部)及び製造例1で得たアクリルウレタン樹脂複合粒子(C1)の水分散体25部(樹脂固形分10部)を均一に混合した。 次いで,得られた混合物に,「UH-752」(商品名,ADEKA社製,ウレタン会合型増粘剤),2-(ジメチルアミノ)エタノール及び脱イオン水を添加し,pH8.0,固形分濃度48%,20℃におけるフォードカップNo.4による粘度30秒の水性塗料組成物(X-1)を得た。
【0272】
実施例2?18及び比較例1?3
実施例1において、配合組成を下記表2に示す通りとする以外は、実施例1と同様にして、pH8.0、固形分濃度48%、20℃におけるフォードカップNo.4による粘度30秒である水性塗料組成物(X-2)?(X-21)を得た。
【0273】
水性塗料組成物(X-9)?(X-11)は比較例用である。」

イ 甲1に記載された発明

甲1の表1には,製造例1として,ウレタン樹脂成分は,「ETERNACOLL UH-100」(商品名,宇部興産製,1,6-ヘキサンジオールベースポリカーボネートジオール,分子量約1000)24.3部及び水添MDI5.7部からなるものと記載されており,ウレタン樹脂成分は総計30部である。
同様に,製造例2ないし8にも,ウレタン樹脂成分が30部である例が記載されている。
また,甲1の表1には,製造例1において,アクリル樹脂成分(1)は,重合性不飽和モノマー(c-1)としてn-ブチルアクリレート2部,2-エチルヘキシルアクリレート35部,重合性不飽和モノマー(c-2)としてアリルメタクリレート3部からなるものと記載され,アクリル樹脂成分(2)は,重合性不飽和モノマー(c-1)としてn-ブチルアクリレート3部,2-エチルヘキシルアクリレート8部,重合性不飽和モノマー(c-2)としてアリルメタクリレート1部,重合性不飽和モノマー(c-3)としてメチルメタクリレート14部,2-ヒドロキシエチルメタクリレート3.5部,アクリル酸0.5部からなるものと記載されており,アクリル樹脂成分は総計70部である。
同様に,製造例2ないし8にも,アクリル樹脂成分が70部であり,当該アクリル樹脂成分がアクリル酸を0.5部含み,アリルメタクリレートまたは1,6-ヘキサンジオールジアクリレートを4部含む例が記載されている。
そうすると,甲1の記載,特に,段落【0092】,【0241】-【0253】,【0270】-【0271】,【0284】-【0285】,表1の製造例1-8の記載を整理すれば,次の発明(以下,「甲1発明a」)が記載されていると認める。

<甲1発明a>
「ウレタン樹脂成分とアクリル樹脂成分とが同一ミセル内に存在してなるアクリルウレタン樹脂複合粒子であって,前記ウレタン樹脂成分が30部,前記アクリル樹脂成分が70部であり,前記アクリル樹脂成分が,アクリル酸を0.5部含み,アリルメタクリレートまたは1,6-ヘキサンジオールジアクリレートを4部含むアクリルウレタン樹脂複合粒子。」

(2)対比及び判断

ア 本件特許発明1について

(ア)対比

甲1発明aの「ウレタン樹脂成分」と,本件特許発明1の「スルホン酸基を有するウレタン樹脂(A)」とは,「ウレタン樹脂」の限りで一致する。
甲1発明aの「アクリル樹脂成分」,「アクリルウレタン樹脂複合粒子」は,それぞれ本件特許発明1の「アクリル系重合体(B)」,「重合体粒子」に相当する。
また,甲1発明aの「アクリル酸」は,本件特許発明1の「酸基含有ラジカル重合性単量体由来のモノマーユニット」に相当する。

したがって,両者は,
「ウレタン樹脂(A)とアクリル系重合体(B)とを同一粒子内に含む重合体粒子であって,前記アクリル系重合体(B)が,酸基含有ラジカル重合性単量体由来のモノマーユニットを含む重合体粒子。」
との点で一致し,次の点で相違する。

<相違点1>
ウレタン樹脂について,本件特許発明1は,「スルホン酸基を有する」ウレタン樹脂と特定されているのに対し,甲1発明aは,「ウレタン樹脂成分」と特定する点。

<相違点2>
本件特許発明1は,「前記重合体粒子のN,N’?ジメチルホルムアミド(DMF)中で測定したゲル分率が10%以上である」と特定されているのに対し,甲1発明aは,そのように特定されていない点。

<相違点3>
本件特許発明1は,「酸基含有ラジカル重合性単量体由来のモノマーユニットの割合が,ウレタン樹脂(A)とアクリル系重合体(B)の総質量に対して,0.008?3.4質量%である」と特定されているのに対し,甲1発明aはそのように特定されていない点。

(イ)判断

上記相違点1について検討する。

まず,本件明細書の段落【0020】には,
「また本発明の1つの態様において,前述のウレタン樹脂(A)を水に分散した,ウレタン樹脂(A)の水分散液を用いることが好ましい。ウレタン樹脂(A)の水分散液を用いると,例えばウレタン樹脂(A)の水分散液中でのアクリル系単量体混合物の乳化重合などを行う際,重合体粒子を安定に製造することができる。
また,本発明の1つの態様において,ウレタン樹脂(A)にカルボキシ基,および/またはスルホン酸基を導入しておくと,水への分散性が良好となる点で好ましい。
また,ウレタン樹脂(A)として,スルホン酸基を有するウレタン樹脂を用いることがより好ましい。このように,ウレタン樹脂(A)として,スルホン酸基を有するウレタン樹脂,またはカルボキシ基を有するウレタン樹脂を用いることにより,後述するアクリル系単量体混合物が,カルボキシ基等の酸基を有する,酸基含有ラジカル重合性単量体を含む場合において,乳化重合時の重合安定性が良好となる。また,本発明の重合体粒子を含む重合体分散液を,水性被覆材として用いた際の貯蔵安定性が良好となり,更に耐水性および耐加水分解性にも優れる塗膜を形成できる。」と記載されている。
また,同明細書の段落【0067】には,
「[ウレタン樹脂(A)]
・I-1:スルホン酸基を有するポリエステル系ウレタン樹脂(A)(商品名:インプラニールLP RSC 3040,住化バイエルウレタン(株)製,固形分40%)
・I-2:スルホン酸基を有するポリカーボネート系ウレタン樹脂(A)(商品名:F-8082D,第一工業製薬(株)製,固形分41%)」と記載されている。
さらに,同明細書の段落【0068】には、
「表1,および2に示すように,各実施例1?13の重合体分散液は,重合安定性に優れ,前記分散液から得られる水性被覆材の貯蔵安定性に優れていた。更に水性被覆材から得られる塗膜は,80℃,3分間という低温かつ短時間の乾燥条件によっても,優れた耐水性と耐溶剤性を兼ね備えていた。
これに対して,表2に示すように,比較例1および2では,DMFに対するゲル分率が10%未満であるために,塗膜の耐溶剤性の評価において塗膜の溶解もしくは膨潤が認められ,耐溶剤性が劣っていた。」と記載されている。

一方,甲1の段落【0097】には,
「ウレタン樹脂成分は,・・・活性水素基とイオン形成基とを併有する化合物を使用して合成することができる。」 と記載され,
甲1の段落【0112】には,
「上記活性水素基とイオン形成基とを併有する化合物としては,例えば,・・・分子中に2個以上の水酸基と1個以上のスルホン酸基を有する化合物等をあげることができる。この化合物は,ウレタン樹脂中でイオン形成基として作用する。」と記載され,
甲1の段落【0114】には,
「スルホン酸基を含有するものとしては,例えば,2-スルホン酸-1,4-ブタンジオール,5-スルホン酸-ジ-β-ヒドロキシエチルイソフタレート,N,N-ビス(2-ヒドロキシエチル)アミノエチルスルホン酸等をあげることができる。」 と記載され,
甲1の段落【0115】には,
「活性水素基とイオン形成基とを併有する化合物として・・・スルホン酸基を含有する化合物を使用した場合,塩を形成し親水性化するために中和剤としてトリメチルアミン,トリエチルアミン,モノエタノールアミン,ジエタノールアミン,トリエタノールアミン,トリエチレンジアミン,ジメチルアミノエタノール等のアミン類,水酸化ナトリウム,水酸化カリウム等のアルカリ金属化合物を用いることができる。カルボキシル基もしくはスルホン酸に対する中和率は通常50?100モル%とすることができる。中和剤としては,塩基性及び耐水性向上の観点からトリエチルアミンが好ましい。」と記載されている。

確かに,甲1の上記の記載箇所には,本件特許発明1の「スルホン酸基を有する」ウレタン樹脂に関連する事項が記載されているといえる。
しかしながら,甲1には,「活性水素基とイオン形成基とを併有する化合物として・・・スルホン酸基を含有する化合物を使用した場合,塩を形成し親水性化する」と記載されているところ,本件特許発明1においてウレタン樹脂に導入される「スルホン酸基」は,「水への分散性」及び「乳化重合時の重合安定性」を良好とするためと記載されており,甲1に記載のウレタン樹脂に導入する「スルホン酸基」の目的及び効果は,本件特許発明1の「水への分散性」及び「乳化重合時の重合安定性」までを示唆するものではなく,同じとはいえない。
また,本件特許明細書には,ウレタン樹脂として,「スルホン酸基を有する」ウレタン樹脂を使用した実施例1?13が記載されているものの,甲1の製造例1?8を参照すると,ウレタン樹脂成分は,「ETERNACOLL UH-100」(商品名,宇部興産製,1,6-ヘキサンジオールベースポリカーボネートジオール,分子量約1000)及び水添MDIからなるものが記載されているのみであって,ウレタン樹脂成分においてスルホン酸基を導入した例は存在しない。
そうすると,甲1の記載全体を総合的に考慮しても,甲1の製造例1?8に基づく甲1発明aにおいて,ウレタン樹脂成分に「スルホン酸基」を導入すべき動機付けを見いだすことができない。
仮に,甲1の段落【0097】,【0112】,【0114】等の記載に基づいて,甲1発明aにおいて「スルホン酸基を有する」ウレタン樹脂成分との構成に至るとしても,ウレタン樹脂が親水性化するという程度の効果が示唆されるだけであって,「水への分散性」及び「乳化重合時の重合安定性」を良好とする本件特許発明1が奏する効果は,甲1の記載から,予測できる範囲内のものであるということはできない。

したがって,甲1発明aにおいて「スルホン酸基を有する」ウレタン樹脂とすることは,当業者が容易になし得たということはできない。
以上のことから,本件特許発明1と甲1発明aにおいて,相違点1は実質的な相違点であり,本件特許発明1は,甲1発明a及び甲1に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとはいえない。
よって,相違点2?3について検討するまでもなく,本件特許発明1は,特許法第29条第1項第3号に該当するものではなく,また,同法第29条第2項の規定に違反するものでもないため,本件特許発明1に係る特許は,同法第113条第2号に該当せず,取り消すべきものではない。

イ 本件特許発明3?7について

本件特許発明3?7は,直接又は間接的に請求項1を引用するものであり,上記ア(イ)で本件特許発明1で検討したのと同様の判断となる。

したがって,本件特許発明3?7は,甲1発明aではなく,甲1発明a及び甲1に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではない。
よって,本件特許発明3?7は,特許法第29条第1項第3号に該当するものではなく,同法第29条第2項の規定に違反するものでもないため,本件特許発明3?7に係る特許は,同法第113条第2号に該当せず,取り消すべきものではない。

(3)小括

よって,取消理由1及び理由2は理由がない。

第5 取消理由で採用しなかった特許異議の申立理由

1 取消理由で採用しなかった特許異議申立ての理由は,概ね次のとおりである。

理由3(サポート要件)訂正前の本件特許の請求項1?7に係る特許は,特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから,同法第113条第4号に該当し,取り消すべきものである。

理由4(明確性要件)訂正前の本件特許の請求項7に係る特許は,特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから,同法第113条第4号に該当し,取り消すべきものである。

2 取消理由で採用しなかった特許異議申立ての理由についての判断

(1)理由3(サポート要件)について

ア 本件特許発明1,3?7の「酸基含有ラジカル重合性単量体由来のモノマーユニットの割合」について

(ア)申立人は,「ここで,本件特許明細書の実施例1?13ではすべて,アクリル酸(酸基含有ラジカル重合性単量体)が0.36質量%用いられており,0.36質量%以外の割合での実験結果は示されていない。
このように,本件発明1に記載された「0.008?3.4質量%」との極めて広い範囲のうち,0.36質量%の僅か1点の実験結果のみが示されているだけでは,0.008?3.4質量%のすべてにわたって,同様に本件特許発明の課題が解決するかは明らかにされているわけではない」と主張し,本件特許発明1,3?7は,特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するものではない旨を主張する。

(イ)以下,検討する。

a 本件特許発明1,3?7の課題について

本件明細書の発明の詳細な説明には,次の記載がある。

「【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら,特許文献1に記載の重合体粒子の分散液は,水性被覆材に用いた際の貯蔵安定性が不十分であり,塗膜の耐水性,耐溶剤性も不充分である。
また,特許文献2には,得られた重合体粒子の分散液を塗料に用いる旨の記載はなく,仮にこの重合体粒子の分散液を水性被覆材に用いても,前記水性被覆材の塗料粘度特性および貯蔵安定性や,塗膜の耐水性が不充分となる。
また,特許文献3は,ウレタンプレポリマーをUV硬化して得られる複合フィルムに関する文献であり,塗料に関するものではない。
【0007】
本発明は,水性被覆材に用いた際の塗料粘度特性および貯蔵安定性に優れる重合体分散液および前記重合体分散液に含まれる重合体粒子を提供することを目的とする。
さらに本発明は,乾燥条件が低温かつ短時間であっても,耐水性および耐溶剤性に優れる塗膜を形成できる水性被覆材と,前記水性被覆材が塗布された塗装物とを提供することを目的とする。」

以上の記載によれば,水性被覆材に用いた際の塗料粘度特性および貯蔵安定性に優れる重合体分散液および前記重合体分散液に含まれる重合体粒子を提供すること及び乾燥条件が低温かつ短時間であっても,耐水性および耐溶剤性に優れる塗膜を形成できる水性被覆材と,前記水性被覆材が塗布された塗装物とを提供することが本件特許発明1,3?7の解決しようとする課題として記載されているといえる。

b 判断

本件明細書には以下の事項が記載されている。

「【0031】
本発明の1つの態様において,酸基含有ラジカル重合性単量体の使用割合,すなわち仕込み量は,ウレタン樹脂(A)とアクリル系単量体混合物の総質量に対して,0.008?3.4質量%であることが好ましい。このような使用割合で酸基含有ラジカル重合性単量体を配合することにより,アクリル系重合体(B)が前記モノマーユニットを含み,かつ前記酸基含有ラジカル重合性単量体由来のモノマーユニットの割合が,ウレタン樹脂(A)とアクリル系重合体(B)の総質量に対して0.008?3.4質量%となるため好ましい。
すなわち,本発明の1つの態様において,前記アクリル系重合体(B)が,酸基含有ラジカル重合性単量体由来のモノマーユニットを含み,前記酸基含有ラジカル重合性単量体由来のモノマーユニットの割合が,ウレタン樹脂(A)とアクリル系重合体(B)の総質量に対して,0.008?3.4質量%であることが好ましい。また,酸基含有ラジカル重合性単量体の使用割合は,0.03?3.2質量%であることがより好ましく,0.1?2.5質量%であることが更に好ましく,0.1?1.5質量%であることが最も好ましい。」

以上の記載によれば,水性被覆材に用いた際の塗料粘度特性および貯蔵安定性に優れる重合体分散液および前記重合体分散液に含まれる重合体粒子を提供し,乾燥条件が低温かつ短時間であっても,耐水性および耐溶剤性に優れる塗膜を形成できる水性被覆材と,前記水性被覆材が塗布された塗装物を提供するための酸基含有ラジカル重合性単量体由来のモノマーユニットの割合として,ウレタン樹脂(A)とアクリル系重合体(B)の総質量に対して,0.008?3.4質量%であるものが使用できることが理解できる。

そうすると,本件特許発明1及び3は,本件明細書の発明の詳細な説明に記載されたものであって,当業者が出願時の技術常識に照らして発明の詳細な説明の記載により本件特許発明1及び3の課題を解決できると認識できる範囲のものということができる。

次に,本件特許発明4?7について検討する。

本件明細書には以下の事項が記載されている。

「【実施例】
【0055】
以下,実施例および比較例を示して本発明を詳細に説明するが,本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
なお,特に断りのない限り,本実施例における「部」は「質量部」を意味し,「%」は「質量%」を意味する。また,本実施例における重合体分散液および水性被覆材についての測定,評価等は,以下に示す方法で行った。
また,各例において重合体分散液を製造した際の各成分の配合部数等,各例での測定結果,評価結果等を表1,および2に示した。
【0056】
<評価方法>
(DMFに対するゲル分率)
重合体分散液を乾燥膜厚が200μmとなるようにポリプロピレン板に塗布し,23℃にて24時間乾燥して塗膜を得る。得られた塗膜から0.035?0.045gを秤量してサンプルを切り出し,前記サンプルの重量を測定して,「DMF浸漬前の塗膜の重量」を決定する。その後,20mlのDMF中に入れ,23℃で24時間浸漬する。浸漬後,四フッ化エチレン樹脂(PTFE)フィルター(製品名:PF100,ACVANTEC社製)にて濾過したのち,105℃で3時間乾燥し,冷却後,「フィルターおよび残渣物の総重量」を測定する。「DMF浸漬前の塗膜の重量」,「フィルターの重量」,「DMF浸漬後のフィルターと残渣物の総重量」を下記式(1)に代入してゲル分率を求める。
ゲル分率(%)=(「DMF浸漬後のフィルターと残渣物の総重量」-「フィルターの重量」)/「DMF浸漬前の塗膜の重量」)×100 ・・・(1)
【0057】
(水性被覆材の貯蔵安定性)
水性被覆材を250mlのポリエチレン製容器に入れて蓋をし,25℃の恒温槽に3時間放置して,温度が25℃になったところで,B型粘度計(TOKI SANGYO Co.製,TV-10M型,#3ローター)で6rpmの粘度η1を測定した後に,40℃雰囲気下で10日間静置後,25℃の恒温槽に3時間放置して,温度が25℃になったところで,B型粘度計で6rpmの粘度η2を測定し,下記式(2)より粘度変化率を算出した。
V={(η2-η1)/η1}×100 ・・・(2)
ここで,式(1)中の記号は以下の値を示す。
V:粘度変化率(%)
η1:初期粘度(mPa・s,6rpm)
η2:40℃×10日静置後の粘度(mPa・s,6rpm)
得られた粘度変化率(%)を以下の基準で評価した。
A:粘度変化率が±20%の範囲内
B:粘度変化率が±50%の範囲内
【0058】
(塗膜の耐水性,耐溶剤性)
[評価用試験板の作製]
黒色アクリル板(TP技研製,板厚2mm,縦150mm×横70mm)に,各例で得られた水性被覆材を20℃の雰囲気下でバーコーター#40にて塗装し,低温かつ短時間の乾燥条件(80℃,3分間)で乾燥した。その後,室温で30分間放置したものを,耐溶剤性,耐水性の評価用試験板とした。塗膜の乾燥後の膜厚は約20μmとした。
【0059】
[耐水性の評価]
評価用試験板を40℃の温水中に10日間浸漬した後に取り出し,2時間室温乾燥した後の60°グロスの保持率(光沢保持率)およびとΔLを耐水性の指標とした。
なお,60°グロスの保持率(%)とは,試験前塗膜の60°グロスを「G1」,40℃の温水中に10日間浸漬した後に取り出し,2時間室温乾燥後の塗膜の60°グロスを「G2」とすると,「(G2/G1)×100」で表される値である。60°グロスは日本電色工業(株)製PG-1Mにて測定した。
また,ΔLとは,「40℃の温水中に10日間浸漬した後に取り出し,2時間室温乾燥後の塗膜のL値」から「試験前塗膜のL値」を差し引いた値である。L値は「明度(白さ)」の指標であり,MINOLTA製CR-300にて測定した。
また,以下の基準に基づいて耐水性の評価を行った。
A:60°グロスの保持率が90%以上で,ΔLの絶対値が0.5以下
B:60°グロスの保持率が80%以上で,ΔLの絶対値が0.5超1.5以下
【0060】
[耐溶剤性の評価]
評価用試験板をSOLVESSO 100(エクソンモービルケミカル製芳香族系溶剤,ソルベントナフサ(CAS:64742-95-6))に30秒間浸漬し,引上げ直後にキムワイプにて塗膜表面に残存する溶剤を吸い取った。2時間室温乾燥した後の60°グロスの保持率(光沢保持率)およびΔL(溶剤への浸漬前後のL値の差)を耐溶剤性の指標とした。
なお,60°グロスの保持率(%)とは,試験前塗膜の60°グロスを「G1」,SOLVESSO 100に30秒間浸漬し,引上げ直後にキムワイプにて塗膜表面に残存する溶剤を吸い取り,2時間室温乾燥した後の60°グロスを「G2」とすると,「(G2/G1)×100」で表される値である。60°グロスは日本電色工業(株)製PG-1Mにて測定した。
また,ΔLとは,「SOLVESSO 100に30秒間浸漬し,引上げ直後にキムワイプにて塗膜表面に残存する溶剤を吸い取り,2時間室温乾燥した後の塗膜のL値」から「試験前塗膜のL値」を差し引いた値である。L値は「明度(白さ)」の指標であり,MINOLTA製CR-300にて測定した。
また,以下の基準に基づいて耐溶剤性の評価を行った。
A:60°グロスの保持率が80%以上で,ΔLの絶対値が1.0以下
B:60°グロスの保持率が60%以上で,ΔLが1.0超1.5以下
C:60°グロスの保持率が60%未満で,ΔLが1.5超
【0061】
[実施例1]
(重合体の分散液の調製)
(1)1段目の重合工程(アクリル系単量体混合物を一括投入)
攪拌機,還流冷却管,温度制御装置,および滴下ポンプを備えたフラスコに,ウレタン樹脂(A)としてポリエステル系ウレタン樹脂(A)(商品名:インプラニール LP RSC 3040,住化バイエルウレタン(株)製,固形分40%):75部(固形分として30部),脱イオン水:73.2部,ネオコールSWC(アニオン系界面活性剤,第一工業製薬(株)製,固形分70%):0.4部(固形分0.28部),アデカリアソープER-10(ノニオン系界面活性剤,(株)ADEKA製):0.4部,アクリル系単量体混合物として,メチルメタクリレート:5.95部,ノルマルブチルアクリレート:43.4部,アリルメタクリレート:0.05部を仕込み,フラスコを50℃に昇温した。その後,重合開始剤として,t-ブチルヒドロパーオキサイドの70%水溶液(商品名;カヤブチルH70,化薬アクゾ(株)製):0.02部(純分として0.014部)と,還元剤として,硫酸第一鉄:0.00020部,エチレンジアミン四酢酸(EDTA):0.00027部,アスコルビン酸ナトリウム:0.02部,脱イオン水:1部を添加した。また,重合発熱によるピークトップ温度を確認後,フラスコの内温を75℃に昇温して20分間保持した。
(2)2段目の重合工程(プレ乳化液を滴下)
次いで,上記(1)で得られた分散液に,還元剤として,アスコルビン酸ナトリウム:0.1部,脱イオン水:5部を添加して,75℃で10分間保持した後,メチルメタクリレート:11部,2-エチルヘキシルアクリレート:8.1部,2-ヒドロキシエチルメタクリレート:1.14部,アクリル酸:0.36部,ネオコールSW-C:0.4部(固形分0.28部),アデカリアソープER-10:0.4部,脱イオン水:16部を含む予め乳化分散させたプレ乳化液と,t-ブチルヒドロパーオキサイド70%水溶液(商品名;カヤブチルH70,化薬アクゾ(株)製):0.03部(純分として0.021部),脱イオン水:5部とを含む重合開始剤水溶液を1時間かけて滴下した。この滴下中はフラスコの内温を75℃に保持し,滴下が終了してから75℃で1.5時間保持した。その後,反応液を室温まで冷却し,アミン水溶液としてジメチルアミノエタノール:0.52部と脱イオン水:5部とを添加し,本発明の重合体粒子を含む分散液(重合体分散液)を得た。
そして,得られた分散液の不揮発分および平均粒子径を表1に示す。
(水性被覆材の調製)
得られた重合体分散液に,溶剤として2-エチル-1-ヘキサノール12部(得られた重合体分散液の固形分に対して11.8%),増粘剤としてウレタン会合型増粘剤(商品名:UH-756-VF,(株)ADEKA製)0.6部(得られた重合体分散液の固形分に対して0.6%)を添加して混合し,水性被覆材を調製した。得られた水性被覆材中における重合体粒子の濃度は37.7%とした。
得られた水性被覆材を,上述のように評価用試験板に塗布して,塗膜を形成し,塗膜の耐水性,耐溶剤性について評価を行った。また,水性被覆材の貯蔵安定性を評価した。評価結果を表1に示す。
【0062】
[実施例3?13]
表1に示すように各成分を使用した以外は,実施例1と同様の操作にて重合体の分散液,および水性被覆材を調製した。そして,実施例1と同様の測定,評価を行った。評価結果を表1,および2に示す。
【0063】
[実施例2]
(重合体の分散液の調製)
(1)1段目の重合工程(アクリル系単量体混合物を滴下)
攪拌機,還流冷却管,温度制御装置,および滴下ポンプを備えたフラスコに,ウレタン樹脂(A)としてポリエステル系ウレタン樹脂(A)(商品名:インプラニール LP RSC 3040,住化バイエルウレタン(株)製,固形分40%):75部(固形分として30部),脱イオン水:68.2部,ネオコールSWC(アニオン系界面活性剤,第一工業製薬(株)製,固形分70%):0.4部(固形分0.28部),アデカリアソープER-10(ノニオン系界面活性剤,(株)ADEKA製):0.4部仕込み,フラスコを50℃に昇温し,還元剤として,硫酸第一鉄:0.00020部,エチレンジアミン四酢酸(EDTA):0.00027部,アスコルビン酸ナトリウム:0.12部,脱イオン水:1部を添加した。その後,アクリル系単量体混合物として,メチルメタクリレート:5.95部,ノルマルブチルアクリレート:43.4部,アリルメタクリレート:0.05部の混合物と,t-ブチルヒドロパーオキサイドの70%水溶液(商品名;カヤブチルH70,化薬アクゾ(株)製):0.032部(純分として0.0224部),脱イオン水:10部とを含む重合開始剤水溶液を1時間45分かけて滴下した。この滴下中はフラスコの内温を50℃に保持し,滴下が終了してから75℃に昇温して20分間保持した。
(2)2段目の重合工程(プレ乳化液を滴下)
次いで,上記(1)で得られた分散液に,メチルメタクリレート:11部,2-エチルヘキシルアクリレート:8.1部,2-ヒドロキシエチルメタクリレート:1.14部,アクリル酸:0.36部,ネオコールSW-C:0.4部(固形分0.28部),アデカリアソープER-10:0.4部,脱イオン水:16部を含む予め乳化分散させたプレ乳化液と,t-ブチルヒドロパーオキサイド70%水溶液(商品名;カヤブチルH70,化薬アクゾ(株)製):0.018部(純分として0.0126部),脱イオン水:5部とを含む重合開始剤水溶液を1時間かけて滴下した。この滴下中はフラスコの内温を75℃に保持し,滴下が終了してから75℃で1.5時間保持した。その後,反応液を室温まで冷却し,アミン水溶液としてジメチルアミノエタノール:0.52部と脱イオン水:5部とを添加し,本発明の重合体粒子を含む分散液(重合体分散液)を得た。
そして,得られた分散液の不揮発分および平均粒子径を表1に示す。
水性被覆材は,実施例1と同様の操作にて調製した。そして,実施例1と同様の測定,評価を行った。評価結果を表1に示す。
【0064】
[比較例1,2]
表2に示すように各成分を使用した以外は,実施例1と同様の操作にて重合体の分散液,および水性被覆材を調製した。そして,実施例1と同様の測定,評価を行った。評価結果を表2に示す。
【0065】
【表1】

【0066】
【表2】

【0067】
ただし,表中の略号は,以下の化合物を示す。
[ウレタン樹脂(A)]
・I-1:スルホン酸基を有するポリエステル系ウレタン樹脂(A)(商品名:インプラニールLP RSC 3040,住化バイエルウレタン(株)製,固形分40%)
・I-2:スルホン酸基を有するポリカーボネート系ウレタン樹脂(A)(商品名:F-8082D,第一工業製薬(株)製,固形分41%)
[アクリル系単量体混合物]
(ラジカル性重合性基を1つ有する単量体)
・MMA:メチルメタクリレート
・nBA:ノルマルブチルアクリレート
・2EHA:2?エチルヘキシルアクリレート
(ラジカル性重合性基を2つ以上有する単量体)
・AMA:アリルメタクリレート
・TAC:トリアリルシアヌレート
・EDMA:エチレンジメタクリレート
(水酸基含有ラジカル重合性単量体)
・2HEMA:2-ヒドロキシエチルメタクリレート
(酸基含有ラジカル重合性単量体)
・AA:アクリル酸
【0068】
表1,および2に示すように,各実施例1?13の重合体分散液は,重合安定性に優れ,前記分散液から得られる水性被覆材の貯蔵安定性に優れていた。更に水性被覆材から得られる塗膜は,80℃,3分間という低温かつ短時間の乾燥条件によっても,優れた耐水性と耐溶剤性を兼ね備えていた。
これに対して,表2に示すように,比較例1および2では,DMFに対するゲル分率が10%未満であるために,塗膜の耐溶剤性の評価において塗膜の溶解もしくは膨潤が認められ,耐溶剤性が劣っていた。」

以上の記載によれば,実施例,比較例において,アクリル酸の割合が,スルホン酸基を有するウレタン樹脂とアクリル系重合体の総質量に対して,0.36質量%であるものが記載されており,DMFに対するゲル分率は,実施例1は61.6%,実施例2は22.2%,実施例3は70.3%,実施例4は,73.2%,実施例5は73.6%,実施例6は73.0%,実施例7は67.6%,実施例8は68.9%,実施例9は66.3%,実施例10は76.4%,実施例11は59.6%,実施例12は77.9%,実施例13は90.5%であるのに対し,比較例は4.8%,比較例2は7.2%であることが記載されている。
そして,本件明細書の実施例1?13では,水性被覆材の貯蔵安定性は評価が全てAであること,耐水性の評価指標である光沢保持率がAないしB,ΔLがAないしBであること,及び耐溶剤性の評価指標である光学保持率がAないしB,ΔLがAないしBであることが記載され,一方,比較例1では,耐溶剤性を評価する光沢保持率及びΔLは塗膜溶解のため測定不可,比較例2では光沢保持率及びΔLの評価がCであることが記載されている。

これらのことから,本件明細書の実施例1?13では,「重合体分散液は,重合安定性に優れ,前記分散液から得られる水性被覆材の貯蔵安定性に優れて」いること及び当該水性被覆材から得られる塗膜は「低温かつ短時間の乾燥条件によっても,優れた耐水性と耐溶剤性を兼ね備えてい」ることが確認されているといえる。

そうすると,本件明細書の記載に接した当業者であれば,重合体分散液および前記重合体分散液に含まれる重合体粒子を製造するにあたり,スルホン酸基を有するウレタン樹脂とアクリル系重合体の総質量に対して,一定の割合でアクリル酸を使用し,DMFに対するゲル分率が10%以上であれば,水性被覆材に用いた際の塗料粘度特性および貯蔵安定性に優れる重合体分散液および前記重合体分散液に含まれる重合体粒子を製造でき,乾燥条件が低温かつ短時間であっても,耐水性および耐溶剤性に優れる塗膜を形成できる水性被覆材と,前記水性被覆材が塗布された塗装物とを提供することができると理解できるといえる。

以上のとおり,本件明細書の記載を総合すれば,本件特許発明4?7は,本件明細書の発明の詳細な説明に記載されたものであって,当業者が出願時の技術常識に照らして発明の詳細な説明の記載により本件特許発明4?7の課題を解決できると認識できる範囲のものということができる。

(ウ)申立人の主張についての検討

申立人は,上記(ア)のとおり主張する。
しかしながら,酸基含有ラジカル重合性単量体由来のモノマーユニットが,ウレタン樹脂(A)とアクリル系重合体(B)の総質量に対して,0.36質量%以外の割合の場合に,本件特許発明1、3?7の課題が解決できないことを裏付ける証拠はない。
そのため,上記主張は具体的根拠を欠き採用することができない。

(エ)小括

したがって,本件特許発明1、3?7は,特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するものである。

イ 本件特許発明5?7の「水性被覆材」における重合体粒子の濃度について

(ア)申立人は「本件特許明細書の段落[0049]には,「水性被覆材における重合体粒子の濃度は,1?80質量%であることが好ましく,2?70質量%であることがより好ましい。この範囲であれば,塗料粘度特性,塗膜の耐水性および耐溶剤性に優れる。」(下線付加)と記載されている。上記記載に従えば,重合体粒子の濃度が1?80質量%の範囲にあれば,「塗料粘度特性,塗膜の耐水性および耐溶剤性に優れ」,本件特許発明の課題(本件特許明細書の段落[0007])が解決することになるが,この範囲の外では,本件特許発明の課題が解決されるとは,記載されていない。」と主張し本件特許発明5?7は,特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するものではない旨を主張する。

(イ)以下、検討する。

本件明細書には,以下の事項が記載されている。

「【0049】
水性被覆材における重合体粒子の濃度は,1?80質量%であることが好ましく,2?70質量%であることがより好ましい。この範囲であれば,塗料粘度特性,塗膜の耐水性および耐溶剤性に優れる。
また,水性被覆材が,本発明の重合体粒子以外の他の重合体粒子を含む場合,その他の重合体粒子の割合は,本発明の重合体粒子100質量部に対して,5000質量部以下であることが,塗料粘度特性,塗膜の耐水性および耐溶剤性の点で好ましい。」

以上の記載から,水性被覆材における重合体粒子の濃度は,1?80質量%であることが好ましく、塗料粘度特性,塗膜の耐水性および耐溶剤性に優れることが記載されているところ,1?80質量%の範囲の外で本件特許発明の課題を解決できないことが示されているとまではいえない。

また,上記ア(イ)での検討のとおり,本件明細書の実施例1?13では,「重合体分散液は,重合安定性に優れ,前記分散液から得られる水性被覆材の貯蔵安定性に優れて」いること及び当該水性被覆材から得られる塗膜は「低温かつ短時間の乾燥条件によっても,優れた耐水性と耐溶剤性を兼ね備えてい」ることが確認されているといえる。

そうすると,本件明細書の記載を総合すれば,「請求項4に記載の重合体分散液を含む水性被覆材。」とされた本件特許発明5は,本件明細書の発明の詳細な説明に記載されたものであって,当業者が出願時の技術常識に照らして発明の詳細な説明の記載により本件特許発明5の課題を解決できると認識できる範囲のものということができる。

したがって,本件特許発明5は,本件明細書の発明の詳細な説明に記載されたものであって,当業者が出願時の技術常識に照らして発明の詳細な説明の記載により本件特許発明1の課題を解決できると認識できる範囲のものということができる。

(ウ)申立人の主張について

申立人は,上記(ア)のとおり主張する。
しかしながら,水性被覆材における重合体粒子の濃度が1?80質量%以外の場合に,本件特許発明の課題が解決できないことを裏付ける証拠は示されていない。
そのため,上記主張は具体的根拠を欠き採用することができない。

(エ)小括

したがって,本件特許発明5は,特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するものである。
また,本件特許発明6?7についても,同様の理由で特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するものである。

ウ 本件特許発明7の「ソルベントナフサに30秒間浸漬した後の塗膜の光沢保持率が60%以上である」ことについて

(ア)申立人は「本件発明7には,「ソルベントナフサに30秒間浸漬した後の塗膜の光沢保持率が60%以上である」との要件が含まれる。ここで,有機溶媒に浸漬した場合,その浸漬温度によって,塗膜の耐溶媒性が変わることは当業者に周知の事実である。しかるに,上記の要件において,浸漬温度は特定されいない。さらには,本件特許明細書を隈なく検討しても,浸漬温度については,一切,記載されていない。」と主張し本件特許発明7は,特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するものではない旨を主張する。

(イ)以下、検討する。

本件明細書には,以下の事項が記載されている。
「【0053】
さらに,本発明の塗装物は,ソルベントナフサ(CAS:64742-95-6)に30秒間浸漬後の塗膜の光沢保持率が60%以上であることが好ましい。このような耐溶剤性を有することで,乾燥条件が低温かつ短時間であっても,例えばソルベントナフサ(CAS:64742-95-6)を含む塗料が重ね塗りされた場合であっても,塗装面が乱れることなく良好な塗膜を形成することができる。より好ましくは光沢保持率が70%以上であり,80%以上であることがさらに好ましい。
ここで「光沢保持率」とは,評価用試験板をソルベントナフサ(CAS:64742-95-6))に30秒間浸漬した後,塗膜表面に残存する溶剤を除去し,2時間室温乾燥した後の60°グロスの保持率(%)のことを指す。なお,60°グロスの保持率(%)とは,試験前塗膜の60°グロスを「G1」,ソルベントナフサに30秒間浸漬し,2時間室温乾燥した後の60°グロスを「G2」とした場合に,「(G2/G1)×100」で表される値である。のことを指す。
このような60°グロスは日本電色工業(株)製PG-1M等により測定することができる。」
「【0058】
(塗膜の耐水性,耐溶剤性)
[評価用試験板の作製]
黒色アクリル板(TP技研製,板厚2mm,縦150mm×横70mm)に,各例で得られた水性被覆材を20℃の雰囲気下でバーコーター#40にて塗装し,低温かつ短時間の乾燥条件(80℃,3分間)で乾燥した。その後,室温で30分間放置したものを,耐溶剤性,耐水性の評価用試験板とした。塗膜の乾燥後の膜厚は約20μmとした。
【0059】
[耐水性の評価]
評価用試験板を40℃の温水中に10日間浸漬した後に取り出し,2時間室温乾燥した後の60°グロスの保持率(光沢保持率)およびとΔLを耐水性の指標とした。
なお,60°グロスの保持率(%)とは,試験前塗膜の60°グロスを「G1」,40℃の温水中に10日間浸漬した後に取り出し,2時間室温乾燥後の塗膜の60°グロスを「G2」とすると,「(G2/G1)×100」で表される値である。60°グロスは日本電色工業(株)製PG-1Mにて測定した。
また,ΔLとは,「40℃の温水中に10日間浸漬した後に取り出し,2時間室温乾燥後の塗膜のL値」から「試験前塗膜のL値」を差し引いた値である。L値は「明度(白さ)」の指標であり,MINOLTA製CR-300にて測定した。
また,以下の基準に基づいて耐水性の評価を行った。
A:60°グロスの保持率が90%以上で,ΔLの絶対値が0.5以下
B:60°グロスの保持率が80%以上で,ΔLの絶対値が0.5超1.5以下
【0060】
[耐溶剤性の評価]
評価用試験板をSOLVESSO 100(エクソンモービルケミカル製芳香族系溶剤,ソルベントナフサ(CAS:64742-95-6))に30秒間浸漬し,引上げ直後にキムワイプにて塗膜表面に残存する溶剤を吸い取った。2時間室温乾燥した後の60°グロスの保持率(光沢保持率)およびΔL(溶剤への浸漬前後のL値の差)を耐溶剤性の指標とした。
なお,60°グロスの保持率(%)とは,試験前塗膜の60°グロスを「G1」,SOLVESSO 100に30秒間浸漬し,引上げ直後にキムワイプにて塗膜表面に残存する溶剤を吸い取り,2時間室温乾燥した後の60°グロスを「G2」とすると,「(G2/G1)×100」で表される値である。60°グロスは日本電色工業(株)製PG-1Mにて測定した。
また,ΔLとは,「SOLVESSO 100に30秒間浸漬し,引上げ直後にキムワイプにて塗膜表面に残存する溶剤を吸い取り,2時間室温乾燥した後の塗膜のL値」から「試験前塗膜のL値」を差し引いた値である。L値は「明度(白さ)」の指標であり,MINOLTA製CR-300にて測定した。
また,以下の基準に基づいて耐溶剤性の評価を行った。
A:60°グロスの保持率が80%以上で,ΔLの絶対値が1.0以下
B:60°グロスの保持率が60%以上で,ΔLが1.0超1.5以下
C:60°グロスの保持率が60%未満で,ΔLが1.5超」

そして,上記ア(イ)での検討のとおり,本件明細書の実施例1?13では,「重合体分散液は,重合安定性に優れ,前記分散液から得られる水性被覆材の貯蔵安定性に優れて」いること及び当該水性被覆材から得られる塗膜は「低温かつ短時間の乾燥条件によっても,優れた耐水性と耐溶剤性を兼ね備えてい」ることが確認されているといえる。

そうすると,本件明細書の記載を総合すれば,「ソルベントナフサに30秒間浸漬した後の塗膜の光沢保持率が60%以上である,請求項6に記載の塗装物。」とされた本件特許発明7は,本件明細書の発明の詳細な説明に記載されたものであって,当業者が出願時の技術常識に照らして発明の詳細な説明の記載により本件特許発明7の課題を解決できると認識できる範囲のものということができる。

(ウ)申立人の主張について

申立人は,上記(ア)のとおり主張する。
しかしながら,「有機溶媒に浸漬した場合,その浸漬温度によって,塗膜の耐溶媒性が変わること」を裏付ける証拠は示されておらず,上記主張は具体的根拠を欠き採用することができない。
そして,本件特許発明7において浸漬温度が特定されていないからといって,当業者が出願時の技術常識に照らして発明の詳細な説明の記載により本件特許発明7の課題を解決できると認識できる範囲のものでないということはできない。

(エ)小括

したがって,本件特許発明7は,特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するものである。

エ まとめ

よって,理由3は,理由がない。

(2)理由4(明確性要件)について

申立人は,「本件発明7には,「ソルベントナフサに30秒間浸漬した後の塗膜の光沢保持率が60%以上である」との要件が含まれる。ここで,有機溶媒に浸漬した場合,その浸漬温度によって,塗膜の耐溶媒性が変わることは当業者に周知の事実である。しかるに,上記の要件において,浸漬温度は特定されいない。さらには,本件特許明細書を隈なく検討しても,浸漬温度については,一切,記載されていない。」と主張し特許請求の範囲請求項7の記載が明確性要件に適合するものではない旨を主張する。
しかしながら、特許請求の範囲請求項7の記載は具体的な記載であって,本件発明7の範囲は明確であるといえ,第三者の利益が不当に害されるとはいえない。

一方,申立人は,「有機溶媒に浸漬した場合,その浸漬温度によって,塗膜の耐溶媒性が変わること」と述べるにとどまり,この主張を裏付ける証拠は示されておらず,上記主張は具体的根拠を欠き採用することができない。
そして,本件特許発明7において浸漬温度が特定されていないとしても,本件明細書の記載を考慮し,当業者の出願当時における技術常識を基礎とすれば,特許請求の範囲請求項7の記載は,第三者の利益が不当に害されるほどに不明確なものとはいえない。
したがって,特許請求の範囲請求項7の記載が明確性要件に適合しないとはいえない。

よって,理由4は,理由がない。

第6 結語

以上のとおりであるから,取消理由及び特許異議申立の理由によっては,本件特許の請求項1,3ないし7に係る特許を取り消すことはできない。
また,他に本件特許の請求項1,3ないし7に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。

さらに,請求項2に係る特許は,本件訂正の請求による訂正により削除されたため,請求項2に対する特許異議の申立てについては,対象となる請求項が存在しない。

よって,結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
スルホン酸基を有するウレタン樹脂(A)とアクリル系重合体(B)とを同一粒子内に含む重合体粒子であって、前記重合体粒子のN,N’-ジメチルホルムアミド(DMF)中で測定したゲル分率が10%以上であり、
前記アクリル系重合体(B)が、酸基含有ラジカル重合性単量体由来のモノマーユニットを含み、
前記酸基含有ラジカル重合性単量体由来のモノマーユニットの割合が、スルホン酸基を有するウレタン樹脂(A)とアクリル系重合体(B)の総質量に対して、0.008?3.4質量%である、重合体粒子。
【請求項2】
(削除)
【請求項3】
前記アクリル系重合体(B)が、ラジカル性重合性基を2つ以上有する単量体由来のモノマーユニットを含み、前記ラジカル性重合性基を2つ以上有する単量体由来のモノマーユニットの割合が、スルホン酸基を有するウレタン樹脂(A)とアクリル系重合体(B)の総質量に対して、0.01?10質量%である、請求項1に記載の重合体粒子。
【請求項4】
請求項1、3のいずれか一項に記載の重合体粒子を含む重合体分散液。
【請求項5】
請求項4に記載の重合体分散液を含む水性被覆材。
【請求項6】
請求項5に記載の水性被覆材が塗布された塗装物。
【請求項7】
ソルベントナフサに30秒間浸漬した後の塗膜の光沢保持率が60%以上である、請求項6に記載の塗装物。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2019-02-25 
出願番号 特願2014-21278(P2014-21278)
審決分類 P 1 651・ 853- YAA (C08F)
P 1 651・ 851- YAA (C08F)
P 1 651・ 121- YAA (C08F)
P 1 651・ 537- YAA (C08F)
P 1 651・ 113- YAA (C08F)
最終処分 維持  
前審関与審査官 柳本 航佑  
特許庁審判長 大熊 幸治
特許庁審判官 長谷部 智寿
佐藤 健史
登録日 2018-01-12 
登録番号 特許第6271276号(P6271276)
権利者 ジャパンコーティングレジン株式会社 三菱ケミカル株式会社
発明の名称 重合体粒子、重合体分散液、水性被覆材および塗装物  
代理人 田▲崎▼ 聡  
代理人 鈴木 三義  
代理人 高橋 詔男  
代理人 田▲崎▼ 聡  
代理人 大浪 一徳  
代理人 志賀 正武  
代理人 伏見 俊介  
代理人 志賀 正武  
代理人 伏見 俊介  
代理人 高橋 詔男  
代理人 鈴木 三義  
代理人 鈴木 三義  
代理人 高橋 詔男  
代理人 志賀 正武  
代理人 伏見 俊介  
代理人 田▲崎▼ 聡  
代理人 大浪 一徳  

プライバシーポリシー   セキュリティーポリシー   運営会社概要   サービスに関しての問い合わせ