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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  F04C
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  F04C
管理番号 1354093
異議申立番号 異議2018-700403  
総通号数 237 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2019-09-27 
種別 異議の決定 
異議申立日 2018-05-15 
確定日 2019-07-09 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第6229947号発明「ロータリ圧縮機」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6229947号の明細書、特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正明細書、特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1-5〕について訂正することを認める。 特許第6229947号の請求項1、3、4及び5に係る特許を維持する。 特許第6229947号の請求項2に係る特許についての特許異議の申立てを却下する。 
理由 第1.手続の経緯
特許第6229947号の請求項1?5に係る特許についての出願は、2013年(平成25年)10月22日(優先権主張 平成24年10月23日)を国際出願日とする特願2014-511353号の一部を平成26年3月27日に新たな特許出願としたものであって、平成29年10月27日にその特許権の設定登録がされ、平成29年11月15日に特許掲載公報が発行された。本件特許異議の申立ての経緯は、次のとおりである。
平成30年 5月15日 :特許異議申立人松田亘弘による請求項1?5 に対する特許異議の申立て
平成30年 7月27日付け:取消理由通知書
平成30年10月 2日付け:特許権者による意見書の提出及び訂正請求
平成30年12月17日付け:特許異議申立人松田亘弘による意見書の提出
平成31年 1月31日付け:取消理由通知書(決定の予告)
平成31年 4月 5日付け:特許権者による意見書の提出及び訂正請求
令和 元年 5月17日付け:取消理由通知書
令和 元年 6月10日付け:特許権者による意見書の提出及び訂正請求

第2.訂正の適否についての判断
1.訂正の内容
令和元年6月10日付けの訂正請求(以下、「本件訂正請求」という。)による訂正の内容は以下の訂正事項1?11のとおりである(下線は理解の一助のために当審で付したものである。以下同様。)。なお、本件訂正請求は、一群の請求項〔1-5〕に対して請求されたものであり、また、明細書に係る訂正は、一群の請求項〔1-5〕について請求されたものである。
(1)訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1に
「R32を含む冷媒を用い、
密閉容器内に、オイルを貯溜すると共に圧縮要素を収容したロータリ圧縮機であって、
前記圧縮要素は、
偏心部を有するシャフトと、
前記シャフトの回転中心と同心に圧縮室を形成するシリンダと、
前記シリンダの両側面を気密的に閉塞するとともに、前記シャフトを軸支する軸受と、
前記偏心部に装着され、前記シャフトの回転により前記シリンダの内壁に沿って転動するピストンと、
前記ピストンの外周部に接して前記圧縮室を高圧室と低圧室に仕切るベーンと
を備え、
前記軸受の内周面に、
一端が前記圧縮室側となる軸受基部に開口するとともに他端が前記密閉容器内空間側となる軸受端部に開口する油溝を設け、
前記油溝は、前記軸受端部の開口部が、前記軸受基部の開口部よりも前記シャフトの回転方向側に位置する略螺線形状とし、
かつ、前記油溝は、変動荷重を受けて回転した場合の前記偏心部の軸心軌跡により前記軸受に負荷のかからない位置に設けられている」とあるのを、
「R410A冷媒に比べて沸点が低く、R32を含む冷媒を用い、
密閉容器内に、オイルをオイル溜りに貯溜すると共に圧縮要素を収容したロータリ圧縮機であって、
前記圧縮要素は、
偏心部を有するシャフトと、
前記シャフトの回転中心と同心に圧縮室を形成するシリンダと、
前記シリンダの両側面を気密的に閉塞するとともに、前記シャフトを軸支する軸受と、
前記偏心部に装着され、前記シャフトの回転により前記シリンダの内壁に沿って転動するピストンと、
前記ピストンの外周部に接して前記圧縮室を高圧室と低圧室に仕切るベーンと
を備え、
前記軸受は、
前記シリンダの上面側を閉塞する主軸受と、
前記シリンダの下面側を閉塞する副軸受と
からなり、
前記主軸受及び前記副軸受の内周面に、
一端が前記圧縮室側となる軸受基部に開口するとともに他端が前記密閉容器内空間側となる軸受端部に開口する油溝を設け、
前記油溝は、前記軸受端部の開口部が、前記軸受基部の開口部よりも前記シャフトの回転方向側に位置する略螺線形状とし、
かつ、前記油溝は、変動荷重を受けて回転した場合の前記偏心部の軸心軌跡により前記軸受に負荷のかからない位置に設けられ、
前記オイル溜りに貯溜する前記オイルは、前記シャフトの底部に設けられた給油孔から吸い込まれ、
前記給油孔から吸い込まれた前記オイルは、前記偏心部に設けられた連通孔によって、前記偏心部と前記ピストンによって形成された空間へ供給され、
前記空間に供給された前記オイルは、前記主軸受及び前記副軸受の前記油溝に吸引され、
前記油溝に吸引された前記オイルは、前記軸受基部から前記軸受端部に向けた流れが生じて排出される」に訂正する。

(2)訂正事項2
特許請求の範囲の請求項2を削除する。

(3)訂正事項3
特許請求の範囲の請求項3に
「前記油溝を、前記主軸受及び前記副軸受の双方に設け、
前記副軸受に設けた前記油溝の幅を、前記主軸受に設けた前記油溝の幅より広くした
ことを特徴とする請求項2に記載のロータリ圧縮機」とあるのを、
「前記副軸受に設けた前記油溝の幅を、前記主軸受に設けた前記油溝の幅より広くした
ことを特徴とする請求項1に記載のロータリ圧縮機」に訂正する。

(4)訂正事項4
特許請求の範囲の請求項4に
「請求項1または請求項2に記載のロータリ圧縮機」とあるのを、
「請求項1に記載のロータリ圧縮機」に訂正する。

(5)訂正事項5
特許請求の範囲の請求項5に
「請求項1から請求項4のいずれか1項に記載のロータリ圧縮機」とあるのを、
「請求項1、請求項3、及び請求項4のいずれか1項に記載のロータリ圧縮機」に訂正する。

(6)訂正事項6
明細書の段落【0013】に
「本発明は、R32を含む冷媒を用い、密閉容器内に、オイルを貯溜すると共に圧縮要素を収容したロータリ圧縮機であって、前記圧縮要素は、偏心部を有するシャフトと、前記シャフトの回転中心と同心に圧縮室を形成するシリンダと、前記シリンダの両側面を気密的に閉塞するとともに、前記シャフトを軸支する軸受と、前記偏心部に装着され、前記シャフトの回転により前記シリンダの内壁に沿って転動するピストンと、前記ピストンの外周部に接して前記圧縮室を高圧室と低圧室に仕切るベーンとを備え、前記軸受の内周面に、一端が前記圧縮室側となる軸受基部に開口するとともに他端が前記密閉容器内空間側となる軸受端部に開口する油溝を設け、前記油溝は、前記軸受端部の開口部が、前記軸受基部の開口部よりも前記シャフトの回転方向側に位置する略螺線形状とし、かつ、前記油溝は、変動荷重を受けて回転した場合の前記偏心部の軸心軌跡により前記軸受に負荷のかからない位置に設けられているものである。」とあるのを、
「本発明は、R410A冷媒に比べて沸点が低く、R32を含む冷媒を用い、密閉容器内に、オイルをオイル溜りに貯溜すると共に圧縮要素を収容したロータリ圧縮機であって、前記圧縮要素は、偏心部を有するシャフトと、前記シャフトの回転中心と同心に圧縮室を形成するシリンダと、前記シリンダの両側面を気密的に閉塞するとともに、前記シャフトを軸支する軸受と、前記偏心部に装着され、前記シャフトの回転により前記シリンダの内壁に沿って転動するピストンと、前記ピストンの外周部に接して前記圧縮室を高圧室と低圧室に仕切るベーンとを備え、前記軸受は、前記シリンダの上面側を閉塞する主軸受と、前記シリンダの下面側を閉塞する副軸受とからなり、前記主軸受及び前記副軸受の内周面に、一端が前記圧縮室側となる軸受基部に開口するとともに他端が前記密閉容器内空間側となる軸受端部に開口する油溝を設け、前記油溝は、前記軸受端部の開口部が、前記軸受基部の開口部よりも前記シャフトの回転方向側に位置する略螺線形状とし、かつ、前記油溝は、変動荷重を受けて回転した場合の前記偏心部の軸心軌跡により前記軸受に負荷のかからない位置に設けられ、前記オイル溜りに貯溜する前記オイルは、前記シャフトの底部に設けられた給油孔から吸い込まれ、前記給油孔から吸い込まれた前記オイルは、前記偏心部に設けられた連通孔によって、前記偏心部と前記ピストンによって形成された空間へ供給され、前記空間に供給された前記オイルは、前記主軸受及び前記副軸受の前記油溝に吸引され、前記油溝に吸引された前記オイルは、前記軸受基部から前記軸受端部に向けた流れが生じて排出されるものである。」に訂正する。

(7)訂正事項7
明細書の段落【0017】に
「第1の発明は、R32を含む冷媒を用い、密閉容器内にオイルを貯溜すると共に、圧縮要素を収容したロータリ圧縮機であって、前記圧縮要素は、偏心部を有するシャフトと、前記シャフトの回転中心と同心に圧縮室を形成するシリンダと、前記シリンダの両側面を気密的に閉塞するとともに、前記シャフトを軸支する軸受と、前記偏心部に装着され、前記シャフトの回転により前記シリンダの内壁に沿って転動するピストンと、前記ピストンの外周部に接して前記圧縮室を高圧室と低圧室に仕切るベーンとを備え、前記軸受の内周面に、一端が前記圧縮室側となる軸受基部に開口するとともに他端が前記密閉容器内空間側となる軸受端部に開口する油溝を設け、前記油溝は、前記軸受端部の開口部が、前記軸受基部の開口部よりも前記シャフトの回転方向側に位置する略螺線形状とし、かつ、前記油溝は、変動荷重を受けて回転した場合の前記偏心部の軸心軌跡により前記軸受に負荷のかからない位置に設けられているものである。」とあるのを、
「第1の発明は、R410A冷媒に比べて沸点が低く、R32を含む冷媒を用い、密閉容器内に、オイルをオイル溜りに貯溜すると共に、圧縮要素を収容したロータリ圧縮機であって、前記圧縮要素は、偏心部を有するシャフトと、前記シャフトの回転中心と同心に圧縮室を形成するシリンダと、前記シリンダの両側面を気密的に閉塞するとともに、前記シャフトを軸支する軸受と、前記偏心部に装着され、前記シャフトの回転により前記シリンダの内壁に沿って転動するピストンと、前記ピストンの外周部に接して前記圧縮室を高圧室と低圧室に仕切るベーンとを備え、前記軸受は、前記シリンダの上面側を閉塞する主軸受と、前記シリンダの下面側を閉塞する副軸受とからなり、前記主軸受及び前記副軸受の内周面に、一端が前記圧縮室側となる軸受基部に開口するとともに他端が前記密閉容器内空間側となる軸受端部に開口する油溝を設け、前記油溝は、前記軸受端部の開口部が、前記軸受基部の開口部よりも前記シャフトの回転方向側に位置する略螺線形状とし、かつ、前記油溝は、変動荷重を受けて回転した場合の前記偏心部の軸心軌跡により前記軸受に負荷のかからない位置に設けられ、前記オイル溜りに貯溜する前記オイルは、前記シャフトの底部に設けられた給油孔から吸い込まれ、前記給油孔から吸い込まれた前記オイルは、前記偏心部に設けられた連通孔によって、前記偏心部と前記ピストンによって形成された空間へ供給され、前記空間に供給された前記オイルは、前記主軸受及び前記副軸受の前記油溝に吸引され、前記油溝に吸引された前記オイルは、前記軸受基部から前記軸受端部に向けた流れが生じて排出されるものである。」に訂正する。

(8)訂正事項8
明細書の段落【0020】及び【0021】を削除する。

(9)訂正事項9
明細書の段落【0022】に
「第3の発明は、第2の発明において、前記油溝を、前記主軸受及び前記副軸受の双方に設け、前記副軸受に設けた前記油溝の幅を、前記主軸受に設けた前記油溝の幅より広くした」とあるのを、
「第3の発明は、第1の発明において、前記副軸受に設けた前記油溝の幅を、前記主軸受に設けた前記油溝の幅より広くした」に訂正する。

(10)訂正事項10
明細書の段落【0024】に
「第1または第2の発明において、前記油溝を、軸受荷重の作用方向と反対側の軸受面に設けた」とあるのを、
「第1の発明において、前記油溝を、軸受荷重の作用方向と反対側の軸受面に設けた」に訂正する。

(11)訂正事項11
明細書の段落【0026】に
「第1から第4の発明において、前記油溝は、前記軸受基部に設けた前記油溝の幅より、前記軸受端部に設けた前記油溝の幅が、広い形状とした」とあるのを、
「第1、第3、又は第4の発明において、前記油溝は、前記軸受基部に設けた前記油溝の幅より、前記軸受端部に設けた前記油溝の幅が、広い形状とした」に訂正する。

2.訂正の目的の適否、新規事項の有無、及び特許請求の範囲の拡張・変更の存否
(1)訂正事項1
訂正事項1は、特許請求の範囲の請求項1に係る「R32を含む冷媒を用い」を、「R410A冷媒に比べて沸点が低く、R32を含む冷媒を用い」に訂正し(訂正事項1-1)、「オイルを貯溜する」を「オイルをオイル溜りに貯溜する」に訂正し(訂正事項1-2)、「前記軸受の内周面に、一端が前記圧縮室側となる軸受基部に開口するとともに他端が前記密閉容器内空間側となる軸受端部に開口する油溝を設け、前記油溝は、前記軸受端部の開口部が、前記軸受基部の開口部よりも前記シャフトの回転方向側に位置する略螺線形状とし、かつ、前記油溝は、変動荷重を受けて回転した場合の前記偏心部の軸心軌跡により前記軸受に負荷のかからない位置に設けられている」の前に「前記軸受は、前記シリンダの上面側を閉塞する主軸受と、前記シリンダの下面側を閉塞する副軸受とからなり、」を新たに加入するとともに「前記軸受の内周面」を「前記主軸受及び前記副軸受の内周面」に訂正し(訂正事項1-3)、「ことを特徴とするロータリ圧縮機」の前に「前記オイル溜りに貯溜する前記オイルは、前記シャフトの底部に設けられた給油孔から吸い込まれ、前記給油孔から吸い込まれた前記オイルは、前記偏心部に設けられた連通孔によって、前記偏心部と前記ピストンによって形成された空間へ供給され、前記空間に供給された前記オイルは、前記主軸受及び前記副軸受の前記油溝に吸引され、前記油溝に吸引された前記オイルは、前記軸受基部から前記軸受端部に向けた流れが生じて排出される」を新たに加入する(訂正事項1-4)事項を含むものである。

ア.訂正事項1-1について
訂正事項1のうち、「R410A冷媒に比べて沸点が低く、R32を含む冷媒を用い」るとの訂正に関して、当該訂正は、訂正前の請求項1に記載された「R32を含む冷媒」を「R410A冷媒に比べて沸点が低く、R32を含む冷媒」に限定していることから、訂正事項1-1は、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
次に、上記訂正が特許がされた明細書、特許請求の範囲又は図面(以下、「特許明細書等」という。)のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入するものであるか否かについて検討する。
本件特許明細書には、「オゾン層破壊係数が大きいHCFC系冷媒がフロン規制の対象となったことから、その代替冷媒として、オゾン層破壊係数ゼロのHFC系冷媒であるR410A(R32:R125=50:50)冷媒が一般的に用いられている」(段落【0002】)、「このような改善を目指して現在、HFC系冷媒の中でもR32冷媒が次期候補として挙げられ、R32冷媒を用いた圧縮機が提案されている(例えば、特許文献1参照)」(【0004】)及び「R32冷媒は沸点が低く温度上昇に伴って溶解度も大きく低下するため、気泡の発生量もR410a冷媒に比較して大きく、それに伴う軸受の信頼性低下が大きな課題であった」(段落【0011】。なお、「R410a」は「R410A」の誤記であると解される。)との記載があり、HFC系冷媒として一般的に用いられているR410A冷媒に代わる次期候補として、R32冷媒を用いた圧縮機が提案されているが、R32冷媒は(R410A冷媒に比べて)沸点が低く、気泡の発生量もR410A冷媒に比較して大きくなるから、軸受の信頼性が低下することが記載されている。このような背景の下、発明の詳細な説明には、「本発明の目的は、低沸点の冷媒でも気泡で阻止されること無く潤沢な給油が行なえ、軸受摺動部の焼き付きや摩耗を防止したロータリ圧縮機を提供することにある」(段落【0012】)との記載があり、本件発明は、R410A冷媒に比較して低沸点の冷媒を用いた場合に生ずる軸受の信頼性低下(軸受摺動部の焼き付きや摩耗)を防止することをその課題としていることから、冷媒(R32を含む冷媒)として、R410Aよりも低沸点の冷媒を用いることは本件特許明細書等の記載から自明な事項であるといえる。したがって、訂正事項1-1は、本件特許明細書等のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入するものではないことから、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。

イ.訂正事項1-2について
訂正事項1のうち、「オイルをオイル溜りに貯溜する」との訂正に関して、当該訂正は、訂正前の請求項1に記載された「オイルを貯留する」との発明特定事項について、「オイル溜り」に貯留することに限定するものであり、またその点は本件特許明細書の段落【0031】、【0037】及び図1に記載されているから、訂正事項1-2は、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。

ウ.訂正事項1-3について
訂正事項1のうち、「前記軸受は、前記シリンダの上面側を閉塞する主軸受と、前記シリンダの下面側を閉塞する副軸受とからなり、前記主軸受及び前記副軸受の内周面に、・・・油溝を設け」との訂正に関して、当該訂正は、訂正前の請求項1に記載された、「前記シリンダの両側面を機密的に閉塞するとともに、前記シャフトを軸支する軸受」が、「前記シリンダの上面側を閉塞する主軸受」と「前記シリンダの下面側を閉塞する副軸受」とからなり、一端が圧縮室側となる軸受基部に開口するとともに他端が密閉容器内空間側となる軸受端部に開口する油溝であって、当該油溝は、軸受端部の開口部が、軸受基部の開口部よりもシャフトの回転方向側に位置する略螺線形状とし、かつ、当該油溝は、変動荷重を受けて回転した場合の偏心部の軸心軌跡により軸受に負荷のかからない位置に設けられている、油溝が、該主軸受及び副軸受の双方に設けられるとしているものに限定するものであり、またその点は訂正前の請求項2、請求項3、明細書の段落【0032】、【0036】及び図1、3に記載されているから、訂正事項1-3は、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。

エ.訂正事項1-4について
訂正事項1のうち、「前記オイル溜りに貯溜する前記オイルは、前記シャフトの底部に設けられた給油孔から吸い込まれ、前記給油孔から吸い込まれた前記オイルは、前記偏心部に設けられた連通孔によって、前記偏心部と前記ピストンによって形成された空間へ供給され、前記空間に供給された前記オイルは、前記主軸受及び前記副軸受の前記油溝に吸引され、前記油溝に吸引された前記オイルは、前記軸受基部から前記軸受端部に向けた流れが生じて排出される」との訂正に関して、当該訂正は、訂正前の請求項1に記載された、「オイル」の圧縮機内での流れを限定するものであり、またその点は明細書の段落【0031】、【0037】、【0038】及び図1に記載されているから、訂正事項1-4は、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。

オ.小括
上記ア?エより、訂正事項1は、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。

(2)訂正事項2
訂正事項2は、訂正前の請求項2を削除するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。

(3)訂正事項3
訂正事項3は、訂正前では請求項1又は請求項2を択一的に引用していたところ、そのうちの一方である請求項2との引用関係を削除するとともに、訂正事項1による訂正に伴い重複することになる「前記油溝を、前記主軸受及び前記副軸受の双方に設け、」の発明特定事項を削除するものである。
したがって、訂正事項3は、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。

(4)訂正事項4
訂正事項4は、訂正前では請求項1又は請求項2を択一的に引用していたところ、そのうちの一方である請求項2との引用関係を削除するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。

(5)訂正事項5
訂正事項5は、訂正前では請求項1から請求項4を択一的に引用していたところ、そのうちの一つである請求項2との引用関係を削除するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。

(6)訂正事項6
訂正事項6は、訂正事項1による請求項1の訂正に伴う明細書の訂正であるから、明瞭でない記載の釈明を目的とする訂正であって、新規事項の追加に該当せず、また実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。

(7)訂正事項7
訂正事項7は、訂正事項1による請求項1の訂正に伴う明細書の訂正であるから、明瞭でない記載の釈明を目的とする訂正であって、新規事項の追加に該当せず、また実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。

(8)訂正事項8
訂正事項8は、訂正事項2による請求項2の削除に伴う明細書の訂正であるから、明瞭でない記載の釈明を目的とする訂正であって、新規事項の追加に該当せず、また実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。

(9)訂正事項9
訂正事項9は、訂正事項3による請求項3の訂正に伴う明細書の訂正であるから、明瞭でない記載の釈明を目的とする訂正であって、新規事項の追加に該当せず、また実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。

(10)訂正事項10
訂正事項10は、訂正事項4による請求項4の訂正に伴う明細書の訂正であるから、明瞭でない記載の釈明を目的とする訂正であって、新規事項の追加に該当せず、また実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。

(11)訂正事項11
訂正事項11は、訂正事項5による請求項5の訂正に伴う明細書の訂正であるから、明瞭でない記載の釈明を目的とする訂正であって、新規事項の追加に該当せず、また実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。

3.小括
したがって、本件訂正請求による訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号及び第3号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第4項、及び、同条第9項で準用する同法第126条第4項から第6項までの規定に適合する。
よって、明細書、特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正明細書、特許請求の範囲のとおり訂正後の請求項〔1-5〕について訂正を認める。

第3.訂正後の本件発明
本件訂正請求により訂正された訂正請求項1、3?5に係る発明(以下、それぞれ「本件発明1」、「本件発明3」?「本件発明5」という。)は、その特許請求の範囲の請求項1、3?5に記載された次の事項によって特定されるとおりのものである。
「【請求項1】
R410A冷媒に比べて沸点が低く、R32を含む冷媒を用い、
密閉容器内に、オイルをオイル溜りに貯溜すると共に圧縮要素を収容したロータリ圧縮機であって、
前記圧縮要素は、
偏心部を有するシャフトと、
前記シャフトの回転中心と同心に圧縮室を形成するシリンダと、
前記シリンダの両側面を気密的に閉塞するとともに、前記シャフトを軸支する軸受と、
前記偏心部に装着され、前記シャフトの回転により前記シリンダの内壁に沿って転動するピストンと、
前記ピストンの外周部に接して前記圧縮室を高圧室と低圧室に仕切るベーンと
を備え、
前記軸受は、
前記シリンダの上面側を閉塞する主軸受と、
前記シリンダの下面側を閉塞する副軸受と
からなり、
前記主軸受及び前記副軸受の内周面に、
一端が前記圧縮室側となる軸受基部に開口するとともに他端が前記密閉容器内空間側となる軸受端部に開口する油溝を設け、
前記油溝は、前記軸受端部の開口部が、前記軸受基部の開口部よりも前記シャフトの回転方向側に位置する略螺線形状とし、
かつ、前記油溝は、変動荷重を受けて回転した場合の前記偏心部の軸心軌跡により前記軸受に負荷のかからない位置に設けられ、
前記オイル溜りに貯溜する前記オイルは、前記シャフトの底部に設けられた給油孔から吸い込まれ、
前記給油孔から吸い込まれた前記オイルは、前記偏心部に設けられた連通孔によって、前記偏心部と前記ピストンによって形成された空間へ供給され、
前記空間に供給された前記オイルは、前記主軸受及び前記副軸受の前記油溝に吸引され、
前記油溝に吸引された前記オイルは、前記軸受基部から前記軸受端部に向けた流れが生じて排出される
ことを特徴とするロータリ圧縮機。

【請求項3】
前記副軸受に設けた前記油溝の幅を、前記主軸受に設けた前記油溝の幅より広くした
ことを特徴とする請求項1に記載のロータリ圧縮機。

【請求項4】
前記油溝を、軸受荷重の作用方向と反対側の軸受面に設けた
ことを特徴とする請求項1に記載のロータリ圧縮機。

【請求項5】
前記油溝は、前記軸受基部に設けた前記油溝の幅より、前記軸受端部に設けた前記油溝の幅が広い形状とした
ことを特徴とする請求項1、請求項3、及び請求項4のいずれか1項に記載のロータリ圧縮機。」

第4.取消理由の概要
1.平成30年10月2日付けの訂正請求後の請求項1?5に係る特許に対して、当審が、平成31年1月31日付けの取消理由通知(決定の予告)において特許権者に通知した取消理由(以下、「取消理由1」という。)の要旨は、次のとおりである。

請求項1、2、4及び5に係る発明は、以下の引用文献1に記載された発明及び以下の引用文献2、3に記載された技術、又は、以下の引用文献2に記載された発明、以下の引用文献1、3に記載された技術及び引用文献1、4に例示された周知技術、に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであって、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないから、その発明に係る特許は、取り消されるべきものである。

<引用文献等一覧>
1.特開昭61-210285号公報(甲第1号証)
2.特開2008-231959号公報(甲第5号証)
3.特開2010-185342号公報(甲第4号証)
4.川平睦義著,「密閉形冷凍機」,第1刷発行,社団法人日本冷凍協会,1981年7月30日,54?55頁(甲第6号証)

2.平成31年4月5日付けの訂正請求後の請求項1、3?5に係る特許に対して、当審が、令和元年5月17日付けの取消理由通知において特許権者に通知した取消理由(以下、「取消理由2」という。)の要旨は、次のとおりである。

請求項4、5に係る発明は、請求項2を引用しているところ、請求項2にはロータリ圧縮機の記載はなく、請求項2を選択肢の一つとして含む請求項4、5の記載は不明な記載であるため、特許法第36条第6項第2号の要件を満たしていないから、その発明に係る特許は、取り消されるべきものである。

第5.引用文献の記載
1.引用文献1(甲第1号証)の記載
(1)取消理由1で通知した、本件特許に係る出願の優先権主張の日(以下、「優先日」という。)前に日本国内又は外国において頒布された引用文献1には、図面とともに、次の記載がある。

ア.「【特許請求の範囲】
(1)偏心部を有する回転軸と、この回転軸の上記偏心部に設置されたピストンをクランク室の内部において偏心回転させてガスを吸入、圧縮および吐出する圧縮機構と、前記回転軸を回転駆動するモータと、前記回転軸を回転自在に支持する滑り軸受と、前記回転軸の外周面若しくは前記滑り軸受の内周面に形成され前記滑り軸受と前記回転軸との間に供給された潤滑油を前記滑り軸受の軸受面全体に移動させる油溝とを備えてなる回転式圧縮機において、前記油溝は、前記軸受面端部における位置が、前記回転軸と前記滑り軸受との間に形成される油膜の低圧領域に設定されたものであることを特徴とする回転式圧縮機。」

イ.「従来より、ガスを吸入、圧縮および吐出する圧縮機として回転式の圧縮機構と、これを駆動するモータとを回転軸で連結し、容器の内部に一体的に組込んだものが知られている。この種の回転式圧縮機は、小型化が容易であることから冷蔵庫、空気調和機等に広く使用されている。」(第2頁右下欄第20行?第3頁左上欄第5行)

ウ.「〔発明の効果〕
本発明によれば、回転軸と滑り軸受との間に形成された油膜の軸受面端部における高圧領域に油溝が位置しない構造となっているので、回転軸と滑り軸受とが最も近接する部分での油膜圧力の生成を妨げることがなく、軸受負荷能力が低下するのを防止することができる。しかも、この発明によれば、軸受面端部における油膜の低圧領域に油溝が位置するため、潤滑油の油溝への流入がスムーズに行なわれ、軸受面に潤滑油を円滑に供給することができる。」(第3頁右下欄第8?18行)

エ.「第1図は、一実施例に係る回転式圧縮機を示す図である。この圧縮機は、両端部を閉塞した円筒状容器1の内部に、圧縮機構2と、これを駆動するためのモータ3とを回転軸4で同軸的に連結し一体配置して構成されている。」(第4頁左上欄第5?9行)

オ.「圧縮機構2は、容器1の内周面に固定され中央部に円柱状の空間を有したシリンダ11と、空間内に位置する回転軸4の偏心部4aに外装された環状のピストン12と、上記偏心部4aの両端部を回転自在に支持するとともに上記空間を閉塞するフランジ部13a,14aを夫々備えた2つの滑り軸受13,14とで圧縮室15を形成する。この圧縮室15は、第2図に示すように、シリンダ11を径方向に往復動するとともに、その先端部がピストン12の外周部に摺接するブレード16によって二分されている。」(第4頁左上欄第10?19行)

カ.「なお、シリンダ11の側面には、容器1を貫通して図示しない配管系から圧縮室15の内部にガスを導入するための吸入管23が挿設されている。また圧縮室15を形成する滑り軸受14のフランジ部14aには、圧縮室15の内部で圧縮されたれガスを圧縮室15の外部に排出するための吐出口24と吐出弁25とが設けられている。また、容器1のモータ3側端面には、圧縮室15の内部で圧縮されたガスを図示しない配管系に吐出するための吐出管26が挿設されている。」(第4頁右上欄第4?13行)

キ.「回転軸4は、圧縮機構2側端部に設けた吸入孔31を介して容器1の底部と連通する中空部32を有している。この中空部32は、圧縮機構2側を大径とする。この大径の中空部32には、回転羽根33が装着されている。回転羽根33は、板状体を回転方向に180°ねじって形成されたものであり、容器1の底部に収容された潤滑油を回転軸4の回転に伴って、上記回転軸4の中空部32に吸引する機能を有している。また、回転軸4は、上記中空部32と回転軸4の外周面とを連通する2つの注油孔34,35を有している。注油孔34,35は、それぞれ滑り軸受13,14の各軸受面のシリンダ側端部に向けて開口されている。
滑り軸受13は、第3図にも示すように、軸受面Qの圧縮機構2側端部、つまり前記注油孔34に対応する軸方向位置に周方向に延びる環状溝41を形成するとともに、後述するような油溝42を設けている。すなわち、この油溝42は、ブレード16が設けられている向きを基準とし、回転軸の回転する向き(図中太線矢印)を正とする回転座標系を考えた時、軸受面Qの圧縮機構2側端部において240°の位置を始点とし、同反対側の端部において270°の位置を終点とする如く形成されている。
また、滑り軸受14は、第4図にも示すように、軸受面Rの圧縮機構2側端部、つまり前記注油孔35に対応する軸方向位置に周方向に延びる環状溝43を形成するとともに、後述するような油溝44を設けている。すなわち、この油溝44は、上述の回転座標系で、軸受面Rの圧縮機構2側端部において280°の位置を始点とし、同反対側の端部において60°の位置を終点とする如く形成されている。」(第4頁右上欄第20行?右下欄第10行)

ク.「このとき、滑り軸受13,14と回転軸との間の潤滑は次のようにして行なわれる。すなわち、容器1の底部に収容された潤滑油は、吸入孔31を介して回転軸4の中空部4に導入される。導入された潤滑油は、回転羽根33の回転に伴って回転し、これによる遠心力で各注油孔34,35を介して滑り軸受13,14の環状溝41,43に供給される。滑り軸受13,14には、回転軸4が回転する向きに進行するような油溝42,44が設けられているので、環状溝41,43に潤滑油が供給されると、回転軸4と滑り軸受13,14との間の相対運動によって、潤滑油は油溝42,44内をそれぞれ圧縮室15から遠ざかる向きに移動する。したがって、軸受面Q,R全体に注油することができ、回転軸4と滑り軸受13,14との間に環状の油膜が形成される。」(第5頁左上欄第1?15行)

ケ.「ところで、2つのバランサ27,28と偏心部4aとは、第5図(a)に示す関係にあるので、モータ3を高速に回転させると、回転軸4は概ね同図(b)に示すような変形モードを呈する。この変形を、例えば滑り軸受13の軸受面の圧縮機構2側の端部で軸方向に見た場合、回転軸4の中心軌跡は第6図のようになる。回転軸4の回転する向きに油膜圧力は高まるので、前述した座標系において概ね205°?295°の範囲が、油膜の低圧領域となる。本実施例では滑り軸受13の圧縮機構2側端部における油溝42の位置が240°に設定されているので、油溝42は低圧領域に位置することになる。同様にして各部の回転軸の軌跡を考慮すると、輸受13の圧縮機構2とは反対側の端部では180°?360°、軸受14の圧縮機構2側端部では225?315°、また軸受14のモータ3側端部では45°?225°がそれぞれ油膜の低圧領域となる。本実施例における滑り軸受13,14は、その油溝42,43の位置がいずれも上記の低圧領域内に位置している。」(第5頁左上欄第16行?右上欄第14行)

コ.「また、この実施例のように、滑り軸受13,14のシリンダ側端部に注油孔34,35と対向する環状溝41,42を設けることにより、注油性能の向上化を図ることができる。」(第5頁右下欄第3?6行)

・記載事項エ、キ、及び第1図から、引用文献1には、次の事項が記載されていると理解できる。
サ.潤滑油を円筒状容器1の底部に収容していること。

・記載事項オ及び第1?2図から、引用文献1には、次の事項が記載されていると理解できる。
シ.シリンダ11は回転軸4の回転中心と同心に圧縮室15を形成し、ピストン12は偏心部4aに外装されて回転軸4の回転によりシリンダ11の内壁に沿って転動すること。

・記載事項オ、第1?2図及び技術常識から、引用文献1には、次の事項が記載されていると理解できる。
ス.ブレード16はピストン12の外周部に摺接して圧縮室15を高圧室と低圧室に二分すること。

・記載事項オ、第1?2図及び技術常識から、引用文献1には、次の事項が記載されていると理解できる。
セ.2つの滑り軸受13、14は、シリンダ11の両側面を気密的に閉塞するとともに、回転軸4を回転自在に支持していること。

・記載事項キ、第3?4図及び技術常識より、油溝42は、軸受面Qの圧縮機構2側端部に周方向に延びる環状溝41と軸受面Qとの境界部に開口し、油溝44は、軸受面Rの圧縮機構2側端部に周方向に延びる環状溝43と前記軸受面Rとの境界部に開口しているといえる。
したがって、引用文献1には、次の事項が記載されていると理解できる。
ソ.滑り軸受13の軸受面Qに、一端が軸受面Qの圧縮機構2側端部に周方向に延びる環状溝41と軸受面Qとの境界部に開口するとともに他端が軸受面Qの圧縮機構2側端部の反対側の端部に開口する油溝42を設けること、また、滑り軸受14の軸受面Rに、一端が軸受面Rの圧縮機構2側端部に周方向に延びる環状溝43と軸受面Rとの境界部に開口するとともに他端が軸受面Rの圧縮機構2側端部の反対側の端部に開口する油溝44を設けること。

・記載事項キ、第3?4図及び技術常識より、引用文献1には、次の事項が記載されていると理解できる。
タ.油溝42は、軸受面Qの圧縮機構2側端部の反対側の端部の開口部が、軸受面Qの圧縮機構2側端部に周方向に延びる環状溝41と軸受面Qとの境界部の開口部よりも回転軸4の回転する向きに位置する略螺旋形状とすること、また、油溝44は、軸受面Rの圧縮機構2側端部の反対側の端部の開口部が、軸受面Rの圧縮機構2側端部に周方向に延びる環状溝43と軸受面Rとの境界部の開口部よりも回転軸4の回転する向きに位置する略螺旋形状とすること。

・記載事項ケ及び第5図(a)、(b)より、モータ3を回転させた際に、回転軸4は、2つのバランサ27、28と偏心部4aとによる変動荷重を受けるものといえる。
また、記載事項ウ、ケ及び第6図より、油溝42、44は、回転軸と滑り軸受とが最も近接する油膜の高圧領域(軸受に負荷のかかる位置)を避けて設けられていることから、油溝42、44は、滑り軸受13、14に負荷のかからない位置に設けられているといえる。
したがって、引用文献1には、次の事項が記載されていると理解できる。
チ.油溝42、44は、変動荷重を受けて回転した場合の回転軸4の中心軌跡により滑り軸受13、14に負荷のかからない位置に設けられていること。

・記載事項オ、第1?2図及び技術常識から、引用文献1には、次の事項が記載されていると理解できる。
ツ.滑り軸受13、14は、シリンダ11の上面側を閉塞する滑り軸受14と、シリンダの下面側を閉塞する滑り軸受13とからなり、油溝42を前記滑り軸受13に設け、油溝44を前記滑り軸受14に設けたこと。

・記載事項ウ、ケ、第5?6図及び技術常識から、引用文献1には、次の事項が記載されていると理解できる。
テ.油溝42、44を、回転軸と滑り軸受とが最も近接する油膜の高圧領域と反対側の軸受面に設けたこと。

・記載事項キ、ク、第1図及び技術常識から、引用文献1には、次の事項が記載されていると理解できる。
ト.容器1の底部に収容された潤滑油は、回転軸4の圧縮機構2側端部に設けられた吸入孔31から吸引され、前記吸入孔31から吸引された前記潤滑油は、前記滑り軸受13、14の各軸受面の前記シリンダ側端部に向けて開口されている注油孔34、35を介して前記滑り軸受13、14の前記環状溝41、43に供給され、前記環状溝41、43に供給された前記潤滑油は、前記回転軸4と前記滑り軸受13、14との間の相対運動によって、前記潤滑油は前記油溝42、44内をそれぞれ前記圧縮室15から遠ざかる向きに移動すること。

(2)上記(1)及び図面の記載からみて、本件発明1の表現に倣って整理すると、引用文献1には、次の事項からなる発明(以下、「引用発明1」という。)が記載されていると認められる。

「ガスを用い、
両端部を閉塞した円筒状容器1の内部に、潤滑油を前記容器1の底部に収容すると共に圧縮機構2を配置した回転式圧縮機であって、
前記圧縮機構2は、
偏心部4aを有する回転軸4と、
回転軸4の回転中心と同心に圧縮室15を形成するシリンダ11と、
前記シリンダ11の両側面を気密的に閉塞するとともに、前記回転軸4を回転自在に支持する2つの滑り軸受13、14と、
前記偏心部4aに外装され、前記回転軸4の回転により前記シリンダ11の内壁に沿って転動するピストン12と、
前記ピストン12の外周部に摺接して前記圧縮室15を高圧室と低圧室に二分するブレード16と
を備え、
前記2つの滑り軸受13、14は、
前記シリンダ11の上面側を閉塞する滑り軸受14と、
前記シリンダの下面側を閉塞する滑り軸受13と
からなり、
前記滑り軸受13の軸受面Qに、
一端が軸受面Qの圧縮機構2側端部に周方向に延びる環状溝41と軸受面Qとの境界部に開口するとともに他端が軸受面Qの圧縮機構2側端部の反対側の端部に開口する油溝42を設け、
前記油溝42は、軸受面Qの前記圧縮機構2側端部の反対側の端部の開口部が、軸受面Qの前記圧縮機構2側端部に周方向に延びる環状溝41と軸受面Qとの境界部の開口部よりも回転軸4の回転する向きに位置する略螺旋形状とし、
前記滑り軸受14の軸受面Rに、
一端が軸受面Rの圧縮機構2側端部に周方向に延びる環状溝43と軸受面Rとの境界部に開口するとともに他端が軸受面Rの圧縮機構2側端部の反対側の端部に開口する油溝44を設け、
前記油溝44は、軸受面Rの前記圧縮機構2側端部の反対側の端部の開口部が、軸受面Rの前記圧縮機構2側端部に周方向に延びる環状溝43と軸受面Rとの境界部の開口部よりも回転軸4の回転する向きに位置する略螺旋形状とし、
かつ、前記油溝42、44は、変動荷重を受けて回転した場合の前記回転軸4の中心軌跡により前記滑り軸受13、14に負荷のかからない位置に設けられ、
前記容器の底部に収容された潤滑油は、回転軸4の圧縮機構2側端部に設けられた吸入孔31から吸引され、前記吸入孔31から吸引された前記潤滑油は、前記滑り軸受13、14の各軸受面の前記シリンダ側端部に向けて開口されている注油孔34、35を介して前記滑り軸受13、14の環状溝41、43に供給され、前記環状溝41、43に供給された前記潤滑油は、前記回転軸4と前記滑り軸受13、14との間の相対運動によって、前記潤滑油は前記油溝42、44内をそれぞれ前記圧縮室15から遠ざかる向きに移動する、
回転式圧縮機。」

(3)また、引用文献1には、次の技術的事項(以下、「引用文献1記載技術」という。)も記載されていると認められる。

「滑り軸受13の軸受面Qに、
一端が軸受面Qの圧縮機構2側端部に周方向に延びる環状溝41と軸受面Qとの境界部に開口するとともに他端が軸受面Qの圧縮機構2側端部の反対側の端部に開口する油溝42を設け、
前記油溝42は、軸受面Qの前記圧縮機構2側端部の反対側の端部の開口部が、軸受面Qの前記圧縮機構2側端部に周方向に延びる環状溝41と軸受面Qとの境界部の開口部よりも回転軸4の回転する向きに位置する略螺旋形状とし、
滑り軸受14の軸受面Rに、
一端が軸受面Rの圧縮機構2側端部に周方向に延びる環状溝43と軸受面Rとの境界部に開口するとともに他端が軸受面Rの圧縮機構2側端部の反対側の端部に開口する油溝44を設け、
前記油溝44は、軸受面Rの前記圧縮機構2側端部の反対側の端部の開口部が、軸受面Rの前記圧縮機構2側端部に周方向に延びる環状溝43と軸受面Rとの境界部の開口部よりも回転軸4の回転する向きに位置する略螺旋形状とし、
かつ、前記油溝42、44は、変動荷重を受けて回転した場合の前記回転軸4の中心軌跡により前記滑り軸受13、14に負荷のかからない位置に設けられており、
前記油溝42、44を、軸受荷重の作用方向と反対側の軸受面に設けた
回転式圧縮機。」

2.引用文献2(甲第5号証)の記載
(1)取消理由1で通知した、本件特許の優先日前に日本国内又は外国において頒布された引用文献2には、図面とともに、次の記載がある。

ア.「【0022】
図1に示すように回転圧縮機は、密閉容器70の内部に圧縮機構部1と、この圧縮機構部1を回転軸2を介して回転駆動させる固定子51と回転子52から成る電動機50を収納し、また密閉容器10の外面に保持される気液分離器90を備える。電動機50の下方に圧縮機構部1が配置され、電動機50と圧縮機構部1の間の空間が一次空間80となっている。密閉容器70の底部には、圧縮機構部1に供給され圧縮機構部1の各摺動箇所の潤滑や圧縮室のシールなどに使われる冷凍機油が貯留される油溜め75が設けられている。
【0023】
密閉容器70は上下を開口した円筒容器71に、上蓋72および底蓋73が溶接等で接合されることで密閉がなされる。底蓋73の底面にはこの回転圧縮機が自立するための脚体74が接合されている。なお密閉容器70は絞り加工等で形成した有底の円筒容器に上蓋72を接合する2分割構成としてもよい。この回転圧縮機が圧縮する冷媒としては二酸化炭素またはHFC冷媒が使用されている。油溜め75の冷凍機油は、冷媒が二酸化炭素の場合にはPAG(ポリアルキレングリコール)油がよく使用され、HFC冷媒の場合にはエーテル油もしくはエステル油またはアルキルベンゼン油がよく使用される。」

イ.「【0030】
図4に示すように圧縮機構部1は、回転軸2の偏心軸部2aに嵌められたローラー3がシリンダ4の内側空間であるシリンダ室に収納され、このローラー3外周に接触する板状のベーン5がシリンダ4のシリンダ室を吸入室6と圧縮室7に仕切り、ローラー3の偏心回転により圧縮室7の容積を減じて圧縮を行うロータリ圧縮機構を備えている。ベーン5はシリンダ4に形成されたベーン溝4aに嵌り、回転軸2の回転によるローラー3の偏心回転に伴い、ベーン溝4a内を往復動する。
【0031】
シリンダ4の上面には、吸入室6と圧縮室7の上側を閉塞する上軸受体10がシリンダ4にボルト固定されている。上軸受体10は回転子52の方向に伸長し、回転軸2を径方向に支持する円筒状の上軸受11を有する。またシリンダ4の下面には、吸入室6と圧縮室7の下側を閉塞する下軸受体12がシリンダ4にボルト固定されている。下軸受体12は、密閉容器70底部の方向に伸びて、上軸受11とともに回転軸2を径方向に支持する円筒状の下軸受13を有する。回転軸2はシリンダ4を挟んで上下で軸受により径方向に支持される。下軸受体12は外周側がシリンダ4の下面と接触する上端面で、偏心軸部2aの下端面を支持することで回転子52が固定された回転軸2の軸方向の支持を行うとともに、ローラー3とベーン5も軸方向に支える。上軸受体10と下軸受体12も圧縮機構部1を構成する部品である。」

ウ.「【0034】
回転軸2は回転軸2の略中央に下端(油溜め75側の端面)から軸方向(回転軸2の長手方向)に形成され、遠心ポンプ作用により油溜め75の冷凍機油を汲み上げる長穴14を有する。長穴14は回転軸2の途中で止まりとなっているが、上端まで貫通していてもよい。また回転軸2には上軸受11の下方の位置で、一方が長穴14に連通し、他方が回転軸2の外周に開口して上軸受11と回転軸2との摺動箇所を潤滑する冷凍機油を上軸受11に供給する給油孔15が設けられている。給油孔15は回転軸2の軸方向と略直交する方向に形成される。同様に下軸受13の上方位置には、下軸受13と回転軸2との摺動箇所を潤滑する冷凍機油を下軸受13に供給する給油孔16が設けられている。給油孔15、16の直径はいずれも長穴14の直径よりも小さい。回転軸2に形成された長穴14と給油孔15により上軸受11への給油通路が、また同じく長穴14と給油孔16により下軸受13への給油通路が形成される。」

エ.「【0036】
上軸受体10の電動機50側の端部となる上部には、上軸受体10の電動機50側の端面である上端面10aから回転軸2と摺動する箇所の内径より大きい内径の環状溝21が上軸受11と同心状に凹状に設けられており、この凹状の環状溝21の内面である内周と回転軸2の外周面の間に環状空間20が形成されている。そして一方が凹状の環状溝21の内面に、他方が上軸受体10の外面に開口し、環状空間20と一次空間80を上軸受11の略径方向に連通する油排出孔22が、上軸受体10に設けられている。油排出孔22の上軸受体10外面の開口は、回転子52の圧縮機構部1側の端面である回転子52の下端(下バランサ55の下端)よりも圧縮機構部1側、すなわち下方に位置し、部分的にも回転子52と軸方向(回転軸2の長手方向)に重なることはない。
【0037】
油排出孔22の直径は環状空間20の径方向の幅より大きいものである。ここで環状空間20の径方向の幅とは、環状溝21内径(すなわち環状空間20の外径)と上軸受11に嵌まる回転軸2外径の差の半分であり、環状溝21内径と上軸受11に嵌まる回転軸2外径との半径すきまを表す。以降、この環状空間20の径方向の幅を、環状空間20の幅と表すこととする。この上軸受体10には油排出孔22は90°間隔で4個形成されている。
【0038】
また上軸受11の内周面には、上軸受11の下方(シリンダ4の側)から始まり環状空間20に連通して終わる螺旋状の搬送溝23が、回転軸2の回転方向に傾斜して設けられる。搬送溝23の深さは環状空間20の幅より小さいか等しいもので、搬送溝23は環状空間20の底面となる凹状の環状溝21の底面に開口する。
【0039】
これよりこの回転圧縮機の動作について説明する。ガラスターミナル57を介して電動機50に電力が供給され、回転軸2が電動機50により回転駆動すると、冷凍サイクルの低圧領域の接続配管に接続した低圧接続管92から気液分離器90と吸入管93を経由して圧縮機構部1に低圧冷媒(吸入圧の冷媒)が吸入される。低圧冷媒は圧縮機構部1のシリンダ4の吸入口4bを通って吸入室6に吸入され、吸入室6が圧縮室7へとローラー3の偏心回転により移行して、一般的によく知られるロータリ圧縮機構の圧縮工程で、圧縮室7にて高圧(吐出圧)まで圧縮される。」

オ.「【0042】
油溜め75には油面高さがシリンダ4上面となる程度に通常は冷凍機油が貯留されている。このためベーン5とシリンダ4のベーン溝4aの往復動による摺動箇所には、油溜め75の冷凍機油がベーン5の背面側(ローラー3と接触する面と反対側)から供給され、この往復動による摺動箇所を潤滑するとともに、ベーン5とベーン溝4aとの側面すきま、ベーン5の上下端面と上軸受体10および下軸受体12との端面すきまをシールし、圧縮室7の機密性を高め漏れ損失低減による圧縮機効率の向上を図っている。」

カ.「【0045】
回転軸2が回転駆動すると、回転軸2の下端が油溜め75の冷凍機油に浸っているので、長穴14の開口から遠心ポンプ作用により長穴14内に冷凍機油が汲み上げられる。長穴14内に汲み上げられた冷凍機油は、回転軸2の回転により回転軸2の外側に向かう遠心力が作用するので、長穴14と略直交する給油孔16から長穴14内に汲み上げられた冷凍機油の一部が下軸受13の上方の位置(シリンダ4寄りの位置)に供給され、この冷凍機油が下軸受13と回転軸2の摺動個所を潤滑する。潤滑後には下軸受13の下端から排出され油溜め75に帰還する。
【0046】
同様にして、長穴14と略直交し上軸受11に面して開口する給油孔15からも長穴14内に汲み上げられた冷凍機油の一部が遠心力で流出し、上軸受11の下方の位置(シリンダ4寄りの位置)に冷凍機油が供給される。給油孔15から上軸受11に供給された冷凍機油は、回転軸2の回転に引きずられ、回転方向に傾斜している螺旋状の搬送溝23内をねじポンプ作用により上軸受11の上方に向けて搬送され、搬送されながら途中で軸方向に長い上軸受11と回転軸2の摺動箇所の全域を潤滑する。搬送溝23は上軸受11内で摺動箇所全域に給油孔15より供給された冷凍機油を搬送して給油する給油溝でもある。
【0047】
上軸受11と回転軸2の摺動個所の潤滑を終えた冷凍機油は、搬送溝23が上軸受体10の上部に設けられた凹状の環状溝21によって形成された環状空間20に連通しているので、搬送溝23から環状空間20に流入し、環状空間20に一時的に滞留する。このように一時的に滞留できる環状空間20を設けているので、上軸受11の下方から搬送溝23を上方に圧送されてきた冷凍機油の動圧を緩和することができる。このため回転軸2が電動機50により60rpsを超える回転数で回転する高速運転が行われても、上方に搬送されてくる動圧が緩和されないまま上軸受体上端から排出されていた従来の圧縮機のように、上軸受体10の上端から略上側(回転子52の下端)に向けて潤滑後の冷凍機油が噴出することはない。」

キ.「【0078】
近年回転圧縮機が圧縮して吐出する冷媒の作動圧力が高圧化している。作動圧力が高い冷媒として、空調機用では、HFC32やHFC32の重量割合が半分以上のHFC混合冷媒があり、また最近では主に給湯機用に、それらHFC冷媒よりさらに作動圧力が高い二酸化炭素が使用されている。これら作動圧力が高い冷媒は高低圧の差圧が大きいため、亜圧縮機の圧縮機構がロータリ式あるいは、ロータリ式の一種であるがベーンとローラーが一体に形成されているスイング式においては、油溜め75の油面が低下すると、ベーン5周面のシール性が悪化して漏れ損失の増大により性能が大きく低下する問題がある。本発明は、密閉容器70の外部に高圧冷媒とともに吐出されてしまう冷凍機油を減少させることにより、油溜め75の油面高さを安定的に維持して、ベーン5の周面には安定して冷凍機油が供給されるようにしているので、このような作動圧力が高い冷媒において特に有効であり、漏れ損失を低減させて圧縮機効率の向上が達成できる。」

ク.「【0080】
本発明は、作動圧力の高い冷媒に特に有効であるが、HFC32の割合が半分未満あるいはHFC32を含まないHFC冷媒やHC冷媒など上記した作動圧力が高い冷媒以外の冷媒を使用する場合においても、密閉容器70の外部に高圧冷媒とともに吐出されてしまう冷凍機油を減少させることにより、油溜め75の冷凍機油を適量に貯留し油面高さを安定的に維持できるので、圧縮機構部1の圧縮室7のシール性が高まり、また圧縮機構部1の各摺動箇所が潤滑不良を起こすことがなくなり、高効率で信頼性の高い回転圧縮機とすることができる。なお冷凍機油として、冷媒がHFC32の割合が半分未満あるいはHFC32を含まないHFC冷媒の場合にはエーテル油もしくはエステル油またはアルキルベンゼン油がよく使用され、冷媒がHC冷媒の場合には鉱油がよく使用される。」

・記載事項キ及びクより、引用文献2には、次の事項が記載されていると理解できる。
ケ.HFC32冷媒を用いること。

・記載事項イ、図1?2、4及び技術常識より、引用文献2には、次の事項が記載されていると理解できる。
コ.シリンダ4は回転軸2の回転中心と同心にシリンダ室を形成すること。

・記載事項イ、図1?2、4及び技術常識より、引用文献2には、次の事項が記載されていると理解できる。
サ.ローラー3は偏心軸部2aに嵌められて回転軸2の回転によりシリンダ4の内壁に沿って転動すること。

・記載事項イ、図1及び技術常識より、引用文献2には、次の事項が記載されていると理解できる。
シ.上軸受体10と下軸受体12は、シリンダ4の両側面を気密的に閉塞するとともに、回転軸を径方向に支持していること。また、上軸受体10はシリンダ4の上面側を閉塞し、下軸受体12はシリンダ4の下面側を閉塞していること。

・記載事項エ及び図3より、引用文献2には、次の事項が記載されていると理解できる。
ス.上軸受11の内周面に、一端が上軸受11の下方(シリンダ4の側)に開口するとともに他端が上軸受体10の電動機50側の端部となる上部に形成された環状空間20の底面に開口する給油溝でもある搬送溝23を設けること。

・記載事項エ(特に段落【0038】)及び図3より、引用文献2には、次の事項が記載されていると理解できる。
セ.搬送溝23は、上軸受体10の電動機50側の端部となる上部に形成された環状空間20の底面の開口部が、上軸受11の下方(シリンダ4の側)の開口部よりも回転軸2の回転方向側に位置する螺旋状であること。

・記載事項イ、エ、図1、3及び技術常識より、引用文献2には、次の事項が記載されていると理解できる。
ソ.軸受は、シリンダ4の上面側を閉塞する上軸受体10と、シリンダ4の下面側を閉塞する下軸受体12とからなり、搬送溝23を、前記上軸受体10に設けたこと。

・記載事項ウ、カ、図1、2より、引用文献2には、次の事項が記載されていると理解できる。
タ.油溜め75に貯溜する冷凍機油は、回転軸2の下端に設けられた長穴14の開口から汲み上げられ、前記開口から吸い込まれた前記冷凍機油は、回転軸2の略中央に下端から軸方向に形成された長穴14の開口から長穴14内に冷凍機油が汲み上げられ、前記開口から汲み上げられた前記冷凍機油は、回転軸2に形成された給油孔16から下軸受13の上方の位置(シリンダ4寄りの位置)に供給され、下軸受13と回転軸2の摺動個所を潤滑後、下軸受13の下端から排出され、また前記開口から汲み上げられた前記冷凍機油は、回転軸2に形成された給油孔15から上軸受11の下方の位置(シリンダ4寄りの位置)に供給され、回転方向に傾斜している螺旋状の搬送溝23内をねじポンプ作用により上軸受11の上方に向けて搬送され、搬送されながら上軸受11と回転軸2の摺動個所を潤滑後、搬送溝23から環状空間20に流入すること。

(2)上記(1)及び図面の記載からみて、本件発明1の表現に倣って整理すると、引用文献2には、次の事項からなる発明(以下、「引用発明2」という。)が記載されていると認める。

「HFC32冷媒を用い、
密閉容器70の内部に、冷凍機油を油溜め75に貯留すると共に圧縮機構部1を収容した回転圧縮機であって、
前記圧縮機構部1は、
偏心軸部2aを有する回転軸2と、
回転軸2の回転中心と同心にシリンダ室を形成するシリンダ4と、
シリンダ4の両側面を気密的に閉塞するとともに、回転軸2を径方向に支持する上軸受体10及び下軸受体12と、
前記偏心軸部2aに嵌められ、回転軸2の回転によりシリンダ4の内壁に沿って転動するローラー3と、
前記ローラー3外周に接触して前記シリンダ室を圧縮室7と吸入室6に仕切るベーン5と
を備え、
軸受は、
シリンダ4の上面側を閉塞する上軸受体10と、
シリンダ4の下面側を閉塞する下軸受体12と
からなり、
上軸受体10の上軸受11の内周面に、
一端が上軸受11の下方(シリンダ4の側)に開口するとともに他端が上軸受体10の電動機50側の端部となる上部に形成された環状空間20の底面に開口する給油溝でもある搬送溝23を設け、
前記搬送溝23は、上軸受体10の電動機50側の端部となる上部に形成された環状空間20の底面の開口部が、上軸受11の下方(シリンダ4の側)の開口部よりも回転軸2の回転方向側に位置する螺旋状とし、
前記油溜め75に貯溜する冷凍機油は、前記回転軸2の下端に設けられた長穴14の開口から汲み上げられ、
前記開口から吸い込まれた前記冷凍機油は、回転軸2の略中央に下端から軸方向に形成された長穴14の開口から長穴14内に冷凍機油が汲み上げられ、前記開口から汲み上げられた前記冷凍機油は、回転軸2に形成された給油孔16から下軸受13の上方の位置(シリンダ4寄りの位置)に供給され、下軸受13と回転軸2の摺動個所を潤滑後、下軸受13の下端から排出され、また前記開口から汲み上げられた前記冷凍機油は、回転軸2に形成された給油孔15から上軸受11の下方の位置(シリンダ4寄りの位置)に供給され、回転方向に傾斜している螺旋状の搬送溝23内をねじポンプ作用により上軸受11の上方に向けて搬送され、搬送されながら上軸受11と回転軸2の摺動個所を潤滑後、搬送溝23から環状空間20に流入する、
回転圧縮機」

(3)また、上記キの記載事項から、引用文献2には、次の技術的事項(以下、「引用文献2記載技術」という。)が記載されていると認められる。

「近年回転圧縮機が圧縮して吐出する冷媒の作動圧力が高圧化しており、作動圧力が高い冷媒として、空調機用では、HFC32やHFC32の重量割合が半分以上のHFC混合冷媒があること。」

3.引用文献3(甲第4号証)
(1)取消理由1で通知した、本件特許の優先日前に日本国内又は外国において頒布された引用文献3には、図面とともに、次の記載がある。

ア.「【請求項1】
密閉容器内に電動機と、この電動機によって駆動されるクランク軸と、クランク軸にて駆動されるローラと、このローラを収納するシリンダと、このシリンダとローラに当接しシリンダ内を吸入室と圧縮室とに仕切る仕切り板と、シリンダの両端面に当接するとともにクランク軸を保持する軸受けを兼ねる主端板と補助端板を有し、クランク軸に当接する主端板内径の軸受け部分にはオイル溝が設置され、このオイル溝の断面積が軸受けの上端部に向かって広くなっている回転式電動圧縮機。」

イ.「【0010】
(実施の形態1)
図1は示すように、ロータリ型の回転式電動圧縮機では、密閉容器1の内部に圧縮機構2を駆動する電動機3の固定子4が固定され、この電動機3の回転子5に圧縮機構2を駆動するクランク軸6が結合されている。
【0011】
圧縮機構2は、クランク軸6によって駆動されるローラ7と、円筒状気筒であるシリンダ8とローラ7に当接してシリンダ8内を吸入室8aと圧縮室8bに仕切る仕切り板9およびシリンダ8の両端面を保持する端板にて構成されている。ここで端板はクランク軸6を保持する軸受けも兼ねる主端板10と補助端板11とにより上下から挟み込むように配設され、主端板10の外周で密閉容器1に溶接固定されている。シリンダ8には吸入孔12が具備され、吸入孔12に圧入された吸入接続管13より吸入ガスを吸入室8a内に導く。
【0012】
ここで、図2は本発明の詳細図であり、主端板10にはオイル溝14がありこのオイル溝が軸受けの上端部分に向かって広くなっているため、上部に行くに従ってオイル溝を流れるオイルの流速が遅くなり、密閉容器内に放出されるオイルの速度を遅くすることで、冷凍サイクル内に流入するオイル量を低減させる構成とした。」

(2)上記(1)からみて、引用文献3には、次の技術的事項(以下、「引用文献3記載技術」という。)が記載されていると認められる。

「シリンダ8の両端面に当接するとともにクランク軸6を保持する軸受けも兼ねる主端板10と補助端板11を有し、クランク軸6に当接する主端板内径の軸受け部分にオイル溝14を設置したロータリ型の回転式電動圧縮機において、前記オイル溝14の断面積を軸受けの上端部に向かって広くすることにより、上部に行くに従ってオイル溝を流れるオイルの流速が遅くなり、密閉容器内に放出されるオイルの速度を遅くすることで、冷凍サイクル内に流入するオイル量を低減させること。」

4.引用文献4(甲第6号証)
(1)取消理由1で通知した、本件特許の優先日前に日本国内又は外国において頒布された引用文献4には、図面とともに、次の記載がある。

ア.「(1)の場合即ち主・副軸受、クランクピン軸受に油溝を必要とするときは、油溝は荷重側を避け」(第54頁右欄第17?18行)

(2)上記(1)からみて、引用文献4には、次の技術的事項(以下、「引用文献4記載技術」という。)が記載されていると認められる。

「圧縮機の主・副軸受に溝を必要とするときは油溝は荷重側を避けること。」

第6.判断
1.取消理由通知書(決定の予告)に記載した取消理由(特許法第29条第2項)について
(1)引用文献1に記載された発明を主引用発明とする場合について
ア.本件発明1について
本件発明1と引用発明1とを、その機能、構造又は技術的意義を考慮して対比する。
(ア)引用発明1における「両端部を閉塞した円筒状容器1の内部」は、本件発明1における「密閉容器内」に相当する。以下同様に、「潤滑油」は「オイル」に、「容器の底部」は「オイル溜り」に、「収容」は「貯溜」に、「圧縮機構2」は「圧縮要素」に、「配置」は「収容」に、「回転式圧縮機」は「ロータリ圧縮機」に、「回転軸4」は「シャフト」に、「回転軸4を回転自在に支持する」は「シャフトを軸支する」に、「2つの滑り軸受13、14」は「軸受」に、「滑り軸受14」は「主軸受」に、「滑り軸受13」は「副軸受」に、「外装」は「装着」に、「摺接して」は「接して」に、「二分する」は「仕切る」に、「ブレード16」は「ベーン」に、「軸受面」は「内周面」に、「軸受面の圧縮機構2側端部の反対側の端部」は「密閉容器内空間側となる軸受端部」又は「軸受端部」に、「前記回転軸4の回転する向き」は「シャフトの回転方向側」に、「回転軸4の中心軌跡」は「偏心部の軸心軌跡」に、「収容された」は「貯溜する」に、「回転軸4の圧縮機構2側端部」は「シャフトの底部」に、「吸入孔31」は「給油孔」に、「吸引され」は「吸い込まれ」に、それぞれ相当する。
(イ)引用発明1における「ガス」と、本件発明1における「R410A冷媒に比べて沸点が低く、R32を含む冷媒」とは、「ガス」という限りにおいて一致する。

(ウ)引用発明1における「前記滑り軸受13の軸受面Qに、一端が軸受面Qの圧縮機構2側端部に周方向に延びる環状溝41と軸受面Qとの境界部に開口するとともに他端が軸受面Qの圧縮機構2側端部の反対側の端部に開口する油溝42を設け、前記油溝42は、軸受面Qの前記圧縮機構2側端部の反対側の端部の開口部が、軸受面Qの前記圧縮機構2側端部に周方向に延びる環状溝41と軸受面Qとの境界部の開口部よりも回転軸4の回転する向きに位置する略螺旋形状とし、前記滑り軸受14の軸受面Rに、一端が軸受面Rの圧縮機構2側端部に周方向に延びる環状溝43と軸受面Rとの境界部に開口するとともに他端が軸受面Rの圧縮機構2側端部の反対側の端部に開口する油溝44を設け、前記油溝44は、軸受面Rの前記圧縮機構2側端部の反対側の端部の開口部が、軸受面Rの前記圧縮機構2側端部に周方向に延びる環状溝43と軸受面Rとの境界部の開口部よりも回転軸4の回転する向きに位置する略螺旋形状とし」との態様は、本件発明1における「前記主軸受及び前記副軸受の内周面に、一端が前記圧縮室側となる軸受基部に開口するとともに他端が前記密閉容器内空間側となる軸受端部に開口する油溝を設け、前記油溝は、前記軸受端部の開口部が、前記軸受基部の開口部よりも前記シャフトの回転方向側に位置する略螺線形状とし」と、「前記主軸受及び前記副軸受の内周面に、一端が前記圧縮室側となる軸受基部に開口するとともに他端が前記密閉容器内空間側となる軸受端部に開口する油溝を設け、前記油溝は、前記軸受端部の開口部が、前記軸受基部の開口部よりも前記シャフトの回転方向側に位置する略螺線形状とし」た点で一致する。
(エ)引用発明1における「前記回転軸4と前記滑り軸受13、14との間の相対運動によって、前記潤滑油は前記油溝42、44内をそれぞれ前記圧縮室15から遠ざかる向きに移動する」との態様は、本件発明1における「前記油溝に吸引された前記オイルは、前記軸受基部から前記軸受端部に向けた流れが生じて排出される」に相当する。
(オ)したがって、本件発明1と引用発明1との間には、次の一致点、相違点があるといえる。

<一致点1>
「ガスを用い、
密閉容器内に、オイルを貯溜すると共に圧縮要素を収容したロータリ圧縮機であって、
前記圧縮要素は、
偏心部を有するシャフトと、
前記シャフトの回転中心と同心に圧縮室を形成するシリンダと、
前記シリンダの両側面を気密的に閉塞するとともに、前記シャフトを軸支する軸受と、
前記偏心部に装着され、前記シャフトの回転により前記シリンダの内壁に沿って転動するピストンと、
前記ピストンの外周部に接して前記圧縮室を高圧室と低圧室に仕切るベーンと
を備え、
前記軸受は、
前記シリンダの上面側を閉塞する主軸受と、
前記シリンダの下面側を閉塞する副軸受と
からなり、
前記主軸受及び前記副軸受の内周面に、
一端が開口するとともに他端が前記密閉容器内空間側となる軸受端部に開口する油溝を設け、
前記油溝は、前記軸受端部の開口部が、前記一端の開口部よりも前記シャフトの回転方向側に位置する略螺線形状とし、
かつ、前記油溝は、変動荷重を受けて回転した場合の前記偏心部の軸心軌跡により前記軸受に負荷のかからない位置に設けられ、
前記オイル溜りに貯溜する前記オイルは、前記シャフトの底部に設けられた給油孔から吸い込まれ、
前記油溝に吸引された前記オイルは、前記軸受基部から前記軸受端部に向けた流れが生じて排出される
ロータリ圧縮機。」

<相違点1-a>
ガスに関し、本件発明1は、「R410A冷媒に比べて沸点が低く、R32を含む冷媒」であるのに対し、引用発明1では、「R410A冷媒に比べて沸点が低く、R32を含む冷媒」であるか不明な点。

<相違点1-b>
本件発明1では、主軸受及び副軸受の内周面に設けられた油溝の一端が圧縮室側となる軸受基部に開口し、給油孔から吸い込まれるオイルが、偏心部に設けられた連通孔によって、前記偏心部とピストンによって形成された空間へ供給され、前記空間に供給された前記オイルが、主軸受及び副軸受の油溝に吸引されるのに対し、引用発明1では、主軸受及び副軸受の内周面に設けられた油溝の一端が軸受面の圧縮機構2側端部に周方向に延びる環状溝41、43と軸受面との境界部に開口し、給油孔から吸い込まれるオイルが、滑り軸受13、14の各軸受面のシリンダ側端部に向けて開口されている注油孔34、35を介して前記滑り軸受13、14の環状溝41、43に供給される点。

(カ)相違点1-aについて検討する。引用文献1の記載事項イより、引用文献1には引用発明1を冷蔵庫、空気調和機等に用いることが示唆されている。
引用文献2記載技術として「近年回転圧縮機が圧縮して吐出する冷媒の作動圧力が高圧化しており、作動圧力が高い冷媒として、空調機用では、HFC32やHFC32の重量割合が半分以上のHFC混合冷媒があること」とあり、引用文献2には、回転圧縮機において、空調機用ではHFC32を用いることが記載されている。そして、「HFC32」がR410A冷媒に比べて沸点が低い冷媒であることは当業者において技術常識である。
引用発明1も引用文献2に記載された技術も空気調和機用のロータリ圧縮機である点で両者の技術分野は共通していることから、引用発明1に引用文献2に記載された技術を適用し、引用発明1におけるガスとして、HFC32を採用することは、当業者が容易に想到し得るものである。

(キ)相違点1-bについて検討する。本件発明1の「一端が前記圧縮室側となる軸受基部に開口するとともに他端が前記密閉容器内空間側となる軸受端部に開口する油溝」の「圧縮室側となる軸受基部」について、本件特許の請求項1の当該記載のみからでは、圧縮室側となる軸受の箇所であることは理解できるものの、当該軸受のどの部分まで含むのか必ずしも明らかではない。
しかしながら、本件特許の請求項1には「前記給油孔から吸い込まれた前記オイルは、前記偏心部に設けられた連通孔によって、前記偏心部と前記ピストンによって形成された空間へ供給され、前記空間に供給された前記オイルは、前記主軸受及び前記副軸受の前記油溝に吸引され」との記載があり、更に本件特許明細書の「また、ピストン9と偏心部8の空間に供給されたオイルは、シャフト6の回転によって起きた流れによる粘性ポンプ作用により、副軸受15の油溝23に吸引され」(段落【0037】)及び「また主軸受14も同様に、主軸受14に設けられた油溝23により、軸受基部24から上方に運ばれ、軸受端部25より排出される。油溝23をオイルが移動する間にシャフト6と主軸受14の潤滑も行う。」(段落【0038】)との記載を参酌すれば、本件発明1は、前記偏心部と前記ピストンによって形成された空間へ供給された前記オイルを、前記圧縮室側となる軸受基部に開口している一端から前記油溝に吸引するものであることが理解できる。してみると、本件発明1の「圧縮室側となる軸受基部」とは、その技術的意義からみて、圧縮室側となる軸受の箇所であって、油溝に供給するためのオイル、すなわち、本件発明1で特定されている「前記偏心部に設けられた連通孔によって、前記偏心部と前記ピストンによって形成された空間へ供給され」たオイルを吸引するために前記空間に面した箇所(図3)であると認められる。そうすると、引用発明1においては「環状溝」の圧縮機構側端部が本件発明の「圧縮室側となる軸受基部」に相当する。
そして、引用発明1におけるオイルの流れは、給油孔から吸い込まれ、滑り軸受の各軸受のシリンダ側端部に向けて開口されている注油孔を介して滑り軸受の環状溝に供給された後に油溝内を圧縮室から遠ざかる向きに移動するのであり、このために油溝の一端は軸受面の圧縮機構側端部に周方向に延びる環状溝と軸受面との境界部に開口していると認められる。
特許異議申立人松田亘弘が提示した甲第2号証ないし第10号証には、引用文献2、3である甲第5号証、甲第4号証を含め、オイルが主軸受及び副軸受の軸受基部から軸受端部に向けた流れが生じて排出されるものにおいて、「主軸受及び副軸受の内周面に設けられた油溝の一端が圧縮室側となる軸受基部に開口し、給油孔から吸い込まれるオイルが、偏心部に設けられた連通孔によって、前記偏心部とピストンによって形成された空間へ供給され、前記空間に供給された前記オイルが、主軸受及び副軸受の油溝に吸引される」点は記載も示唆もされていないから、引用発明1において、本件発明1の前記相違点1-bに係る構成は、当業者が容易に想到し得ないものである。

(ク)したがって、本件発明1は引用発明1及び引用文献2、3に記載された技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。

イ.本件発明3?5について
本件発明3は、本件発明1に対して、さらに「前記副軸受に設けた前記油溝の幅を、前記主軸受に設けた前記油溝の幅より広くした」という技術的事項を追加したものであり、本件発明4は、本件発明1に対し、さらに「前記油溝を、軸受荷重の作用方向と反対側の軸受面に設けた」という技術的事項を追加したものであり、本件発明5は、本件発明1に対し、さらに「前記油溝は、前記軸受基部に設けた前記油溝の幅より、前記軸受端部に設けた前記油溝の幅が広い形状とした」という技術的事項を追加したものである。よって、上記ア.に示した理由と同様の理由により、本件発明3?5は、引用発明1及び引用文献2、3に記載された技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。

(2)引用文献2に記載された発明を主引用発明とする場合について
ア.本件発明1について
本件発明1と引用発明2とを、その機能、構造又は技術的意義を考慮して対比する。
(ア)引用発明2における「HFC32」は、本件発明1における「R410A冷媒に比べて沸点が低く、R32を含む冷媒」に相当する。以下同様に、「密閉容器70の内部」は「密閉容器内」に、「冷凍機油」は「オイル」に、「油溜め75」は「オイル溜り」に、「貯留」は「貯溜」に、「圧縮機構部1」は「圧縮要素」に、「回転圧縮機」は「ロータリ圧縮機」に、「上軸受体10及び下軸受体12」は「軸受」に、「偏心軸部2a」は「偏心部」に、「回転軸2」は「シャフト」に、「シリンダ室」は「圧縮室」に、「回転軸2を径方向に支持する」は「シャフトを軸支する」に、「嵌められ」は「装着され」に、「ローラー3」は「ピストン」に、「ローラー3外周」は「ピストンの外周部」に、「接触して」は「接して」に、「圧縮室7」は「高圧室」に、「吸入室6」は「低圧室」に、「上軸受体10」あるいは「上軸受体10の上軸受11」は「主軸受」に、「下軸受体12」は「副軸受」に、「上軸受11の下方(シリンダ4の側)」は「圧縮室側となる軸受基部」又は「軸受基部」に、「給油溝でもある搬送溝23」は「油溝」に、「螺旋状」は「略螺旋形状」に、「回転軸2の下端」は「シャフトの底部」に、「長穴14の開口」は「給油孔」に、「汲み上げられ」は「吸い込まれ」にそれぞれ相当する。
(イ)したがって、本件発明1と引用発明2との間には、次の一致点、相違点があるといえる。

<一致点2>
「R410A冷媒に比べて沸点が低く、R32を含む冷媒を用い、
密閉容器内に、オイルを貯溜すると共に圧縮要素を収容したロータリ圧縮機であって、
前記圧縮要素は、
偏心部を有するシャフトと、
前記シャフトの回転中心と同心に圧縮室を形成するシリンダと、
前記シリンダの両側面を気密的に閉塞するとともに、前記シャフトを軸支する軸受と、
前記偏心部に装着され、前記シャフトの回転により前記シリンダの内壁に沿って転動するピストンと、
前記ピストンの外周部に接して前記圧縮室を高圧室と低圧室に仕切るベーンと
を備え、
前記軸受は、
前記シリンダの上面側を閉塞する主軸受と、
前記シリンダの下面側を閉塞する副軸受と
からなり、
前記主軸受の内周面に、
一端が前記圧縮室側となる軸受基部に開口するとともに他端が開口する油溝を設け、
前記油溝は、前記他端の開口部が、前記軸受基部の開口部よりも前記シャフトの回転方向側に位置する略螺線形状とし、
前記オイル溜りに貯溜する前記オイルは、前記シャフトの底部に設けられた給油孔から吸い込まれる
ロータリ圧縮機。」

<相違点2-a>
副軸受に関し、本件発明1では、「一端が前記圧縮室側となる軸受基部に開口するとともに他端が前記密閉容器内空間側となる軸受端部に開口する油溝を設け、前記油溝は、前記軸受端部の開口部が、前記軸受基部の開口部よりも前記シャフトの回転方向側に位置する略螺線形状とし、かつ、前記油溝は、変動荷重を受けて回転した場合の前記偏心部の軸心軌跡により前記軸受に負荷のかからない位置に設けられ」、「油溝に吸引された前記オイルは、軸受基部から軸受端部に向けた流れが生じて排出される」るのに対し、引用発明2では、搬送溝が設けられていない点。

<相違点2-b>
主軸受の内周面に設けられた油溝に関し、本件発明1は、「変動荷重を受けて回転した場合の前記偏心部の軸心軌跡により前記軸受に負荷のかからない位置に設けられている」のに対し、引用発明2では、搬送溝の位置が不明な点。

<相違点2-c>
給油孔から吸い込まれるオイルに関して、本件発明1では、偏心部に設けられた連通孔によって、前記偏心部とピストンによって形成された空間へ供給され、前記空間に供給された前記オイルは、主軸受の油溝に吸引され、前記油溝に吸引された前記オイルは、軸受基部から軸受端部に向けた流れが生じて排出されるのに対し、引用発明2では、偏心部とピストンによって形成された空間へ供給されることが開示されておらず、回転軸2に形成された給油孔16から下軸受13の上方の位置(シリンダ4寄りの位置)に供給され、下軸受13と回転軸2の摺動個所を潤滑後、下軸受13の下端から排出され、また、回転軸2に形成された給油孔15から上軸受11の下方の位置(シリンダ4寄りの位置)に供給され、回転方向に傾斜している螺旋状の搬送溝23内をねじポンプ作用により上軸受11の上方に向けて搬送され、搬送されながら下軸受13と回転軸2の摺動個所を潤滑後、搬送溝23から環状空間20に流入し、また、主軸受の内周面に設けられた油溝の他端が開口される位置に関して、本件発明は、「密閉容器内空間側となる軸受端部」であるのに対して、引用発明1は「上軸受体10の電動機50側の端部となる上部に形成された環状空間20の底面」である点。

(ウ)相違点2-cについて検討する。本件発明1の「他端が前記密閉容器内空間側となる軸受端部に開口する油溝」の「密閉容器内空間側となる軸受端部」について、本件特許の請求項1の当該記載のみからでは、密閉容器内空間側となる軸受の箇所であることは理解できるものの、当該軸受のどの部分まで含むのか必ずしも明らかでない。しかしながら、本件特許の請求項1には「前記給油孔から吸い込まれた前記オイルは、前記偏心部に設けられた連通孔によって、前記偏心部と前記ピストンによって形成された空間へ供給され、前記空間に供給された前記オイルは、前記主軸受及び前記副軸受の前記油溝に吸引され、前記油溝に吸引された前記オイルは、前記軸受基部から前記軸受端部に向けた流れが生じて排出される」との記載があり、更に本件特許明細書の「また、ピストン9と偏心部8の空間に供給されたオイルは、シャフト6の回転によって起きた流れによる粘性ポンプ作用により、副軸受15の油溝23に吸引され、軸受基部24から軸受端部25に向け流れが生じ、排出される。」(段落【0037】)及び「また主軸受14も同様に、主軸受14に設けられた油溝23により、軸受基部24から上方に運ばれ、軸受端部25より排出される。油溝23をオイルが移動する間にシャフト6と主軸受14の潤滑も行う。」(段落【0038】)との記載を参酌すれば、本件発明1は、軸受端部の開口を介して密閉容器内空間側へのオイルの排出が行われていることが理解できる。してみると、本件発明1の「密閉容器内空間側となる軸受端部」とは、その技術的意義からみて、密閉容器内空間側となる軸受の箇所であって、本件発明1で特定される「前記主軸受及び前記副軸受の前記油溝に吸引され」たオイルであって、「軸受基部から軸受端部に向けた流れが生じて排出される」オイルを軸受端部25から放出するための油溝の開口が設けられる箇所であると認められる。
引用文献2の段落【0047】の記載によれば、引用発明2の環状空間20は、オイルを一時的に貯留させるための空間であり、その底面はオイルを密閉容器内空間側に排出させる箇所ではなく、また当該環状空間20は搬送溝23を上昇してくる動圧を緩和するためのものであるから、引用発明2の「環状空間20の底面」は、本件発明の「密閉容器内空間側となる軸受端部」に相当しない。そして、引用発明2において、本件発明1の前記相違点2-cに係る構成を採用し、油溝の他端の開口位置を密閉容器内空間側となる軸受端部まで延長することは、前記環状空間20の動圧の緩和の機能を損なうものであり、阻害要因がある。

(エ)したがって、残る相違点2-a、2-bについて検討するまでもなく、本件発明1は、引用発明2、引用文献1、3に記載された技術及び周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。

イ.本件発明3?5について
本件発明3は、本件発明1に対して、さらに「前記副軸受に設けた前記油溝の幅を、前記主軸受に設けた前記油溝の幅より広くした」という技術的事項を追加したものであり、本件発明4は、本件発明1に対して、さらに「前記油溝を、軸受荷重の作用方向と反対側の軸受面に設けた」という技術的事項を追加したものであり、本件発明5は、本件発明1に対して、さらに「前記油溝は、前記軸受基部に設けた前記油溝の幅より、前記軸受端部に設けた前記油溝の幅が広い形状とした」という技術的事項を追加したものである。よって、上記ア.に示した理由と同様の理由により、本件発明3?5は、引用発明2、引用文献1、3に記載された技術及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。

2.取消理由2について
本件訂正請求後の本件発明4及び本件発明5は、請求項2を引用していないから、不明確な記載ではなく、特許法第36条第6項第2号の要件を満たしているものである。

3.取消理由通知書(決定の予告)において採用しなかった特許異議申立理由について
(1)特許異議申立人は、特開平5-113190号公報(甲7号証)と、周知技術に基づいて訂正前の請求項1?5に係る発明は容易に発明することができたものと申立てているから、この点についても検討する。

(2)甲7号証の段落【0006】-【0007】、【0011】-【0014】、図1-4の記載を参酌すると、甲7号証には次の発明(以下、「甲7号証発明」という。)が記載されている。
「冷媒ガスを用い、
密閉ケーシング1内に、潤滑油を底部油溜1aに溜めると共に圧縮要素3を配設したロータリー圧縮機であって、
前記圧縮要素3は、
偏心部41を有する駆動軸4と、
前記駆動軸4の回転中心と同心にシリンダ室31をもつシリンダ30と、
前記シリンダ30の上下部に対設されるとともに、前記駆動軸4を支持するフロントヘッド32及びリヤヘッド33と、
前記偏心部41に挿嵌され、前記シャフトの回転により前記シリンダ室31内で偏心回転するローラ34と、
前記フロントヘッド32及びリヤヘッド33は、
前記シリンダ30の上側に対設するフロントヘッド32と、
前記シリンダ30の下側に対設するリヤヘッド33と
からなり、
前記フロントヘッド32の軸受部32aの内周面に、
一端が軸受基部32bに連通するとともに他端が軸受端部側へと延びるフロントヘッド側油溝5を設け、
前記フロントヘッド側油溝5は、駆動軸4の回転方向に沿ってスパイラル状に傾斜しながら軸受端部側へと延び、
前記リヤヘッド33の軸受部33aの内周面に、
一端が軸受基部33bの内周面と小径軸部42との間の油溜り部43に連通するとともに他端が軸受端部側へと延びるリヤヘッド側油溝5を設け、
前記リヤヘッド側油溝5は、駆動軸4の回転方向に沿ってスパイラル状に傾斜しながら軸受端部側へと延び、
前記底部油溜1aに溜まる前記潤滑油は、前記駆動軸4の下端のオイルピックアップ44から汲上られ、
前記オイルピックアップ44から汲上られた前記潤滑油は、前記偏心部41に設けられた給油孔46を介してローラ34内周面へ供給され、
前記油溜り部43に溜った潤滑油は、前記油溝5に沿って軸方向外方側に移動させながら、前記フロントヘッド32及びリヤヘッド33における軸受部32a,33aの軸受端部側へと移動させ、
前記フロントヘッド32の前記軸受基部32bに供給される油は、前記フロントヘッド側油溝5により前記軸受部32aの軸受端部側に至り、さらに軸受部32aの上部側に設けられた半円弧形状の連通路7を通り、前記フロントヘッド側油溝5に正対する位置で、前記フロントヘッド油溝5とは逆方向に傾斜し、前記軸受基部32bに向かって前記油溜り部43に開口される油戻し溝6を通って軸受基部32b側へと積極的に戻される
ことを特徴とするロータリー圧縮機。」


(3)本件発明1と甲7号証発明とを、その機能、構造又は技術的意義を考慮して対比すると、甲7号証発明における「密閉ケーシング1内」は、本件発明1における「密閉容器内」に相当し、以下同様に、「潤滑油」は「オイル」に、「底部油溜1a」は「オイル溜り」に、「溜める」は「貯溜する」に、「配設」は「収容」に、「ロータリー圧縮機」は「ロータリ圧縮機」に、「駆動軸4」は「シャフト」に、「シリンダ室31」は「圧縮室」に、「もつ」は「形成する」に、「上下部に対設される」は「両側面を機密的に閉塞する」に、「支持する」は「軸支する」に、「フロントヘッド32及びリヤヘッド33」は「軸受」に、「挿嵌」は「装着」に、「シリンダ室31内で偏心回転する」は「シリンダの内壁に沿って転動する」に、「ローラ34」は「ピストン」に、「フロントヘッド32」は「主軸受」に、「リヤヘッド33」は「副軸受」に、「上側に対設」は「上面側を閉塞」に、「下側に対設」は「下面側を閉塞」に、「軸受部32a、33aの内周面」は「内周面」に、「軸受基部32b」又は「軸受基部33b」は「圧縮室側となる軸受基部」に、「フロントヘッド側油溝5」又は「リヤヘッド側油溝5」は「油溝」に、「下端」は「底部」に、「オイルピックアップ」は「給油孔」に、「汲上られ」は「吸い込まれ」に、「給油孔46」は「連通孔」に、「ローラ内周面」は「偏心部とピストンによって形成された空間」に、それぞれ相当する。また、甲7号証発明における「冷媒ガス」と、本件発明1における「R410A冷媒に比べて沸点が低く、R32を含む冷媒」とは、「冷媒ガス」という限りにおいて一致する。
また、甲7号証発明における「駆動軸4の回転方向に沿ってスパイラル状に傾斜しながら軸受端部側へと延び」との態様は、本件発明1における「前記軸受端部の開口部が、前記軸受基部の開口部よりも前記シャフトの回転方向側に位置する略螺線形状とし」に相当する。

(4)したがって、本件発明1と甲7号証発明との間には、少なくとも次の相違点があるといえる。
<相違点3-a>
油溝に関し、本件発明は「変動荷重を受けて回転した場合の前記偏心部の軸心軌跡により前記軸受に負荷のかからない位置に設けられ」ているのに対し、甲7号証発明では、フロントヘッド側油溝5又はリヤヘッド側油溝5の位置が不明な点。

<相違点3-b>
主軸受のオイルの流れに関し、本件発明は「前記軸受基部から前記軸受端部に向けた流れが生じて排出される」のに対し、甲7号証発明では「前記フロントヘッド側油溝5により前記軸受部32aの軸受端部側に至り、さらに軸受部32aの上部側に設けられた半円弧形状の連通路7を通り、前記フロントヘッド側油溝5に正対する位置で、前記フロントヘッド油溝5とは逆方向に傾斜し、前記軸受基部32bに向かって前記油溜り部43に開口される油戻し溝6を通って軸受基部32b側へと積極的に戻される」点。

(5)相違点3-aについて検討する。甲7号証発明のフロントヘッド側には、「フロントヘッド側油溝5」、「半円弧形状の連通路7」、「前記フロントヘッド側油溝5に正対する位置で、前記フロントヘッド油溝5とは逆方向に傾斜し、前記軸受基部32bに向かって前記油溜り部43に開口される油戻し溝6」が形成されており、軸受部のほぼ全周に溝が設けられていると理解できる。軸受部のほぼ全周に溝が設けられていると、油溝は荷重側を避けるように構成することは困難であり、甲7号証発明に引用文献1、4に例示された、圧縮機の主・副軸受に溝を必要とするときは油溝は荷重側を避けるという周知技術を適用する動機付けがあるとはいえない。

(6)相違点3-bについて検討する。甲7号証発明では、軸受部32a,33aと駆動軸4との間での焼付事故を防ぐことを発明が解決しようとする課題としており(甲7号証の段落【0005】、【0015】)、具体的にはフロントヘッド油溝5を通った潤滑油を油戻し溝6を用いて軸受基部32b側へと積極的に戻すものであるから、甲7号証発明において、軸受基部側へと積極的に潤滑油を戻すとは逆の本件発明の前記相違点3-bに係る構成を適用することには阻害要因がある。

(7)したがって、その余の点を考慮するまでもなく、本件発明1、3-5は、甲7号証に記載された発明及び引用文献1、4に例示された周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。

第7.むすび
以上のとおり、請求項1、3、4及び5に係る特許は、取消理由通知(決定の予告)に記載した理由、令和元年5月17日付け取消理由通知に記載した理由、及び特許異議申立書に記載された特許異議申立理由によっては、取り消すことができない。また、他に請求項1、3、4及び5に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
また、請求項2に係る特許は、上記のとおり、訂正により削除された。これにより、特許異議申立人松田亘弘による特許異議の申立てについて、請求項2に係る申立ては、申立ての対象が存在しないものとなったため、特許法第120条の8第1項で準用する同法第135条の規定により却下する。
よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (54)【発明の名称】
ロータリ圧縮機
【技術分野】
【0001】
本発明は、R32を含む冷媒を用いたロータリ圧縮機に関する。
【背景技術】
【0002】
空気調和装置、暖房装置、給湯機などの電化製品に広く使用されているヒートポンプ方式の冷凍装置において、冷媒として、従来、HCFC系冷媒が使用されていた。しかし、オゾン層破壊係数が大きいHCFC系冷媒がフロン規制の対象となったことから、その代替冷媒として、オゾン層破壊係数ゼロのHFC系冷媒であるR410A(R32:R125=50:50)冷媒が一般的に用いられている。
【0003】
この状況下で現在、世界規模で地球温暖化を防止する取り組みが盛んになっている。そして、冷媒メーカ、オイルメーカー及び空調機器メーカは、安全でありながら地球温暖化係数(GWP)のさらなる低減と改善を目指して、新冷媒及び新冷媒用オイルの研究・開発を行っている。
【0004】
このような改善を目指して現在、HFC系冷媒の中でもR32冷媒が次期候補として挙げられ、R32冷媒を用いた圧縮機が提案されている(例えば、特許文献1参照)。R32冷媒は、R410A冷媒よりもGWPが低く、COP(成績係数)も従来冷媒と遜色がない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2001-295762号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記R32冷媒は低GWP値を特長のひとつとする反面、現在使用されているR410A冷媒に比べて、沸点が低い。このため、冷媒に対するオイル溶解度の低下が発生する。溶解度の低下がおこると圧縮機運転時に、オイルから分離した冷媒を圧縮機摺動部に供給するおそれがあり、ガス噛みなどにより、耐摺動特性の低下を発生させ、圧縮機の信頼性を低下させる恐れがある。
【0007】
ここで従来のロータリ圧縮機の一例について説明する。図6は特許文献1に示されている従来のロータリ圧縮機の総断面、図7は同従来のロータリ圧縮機の圧縮要素の断面を示すものである。密閉容器101には、固定子102及び回転子103からなる電動要素104と、この電動要素104によって駆動される圧縮要素105が収納されている。オイル106は、密閉容器101底部に溜っている。図7に示されているようにシャフト107は偏心部108を有している。
【0008】
シリンダ109は、シャフト107の回転中心と同心に圧縮室を形成する。主軸受部110と副軸受部111は、シリンダ109の両側面を気密的に閉塞する。ピストン112は、偏心部108に装着され、圧縮室の内壁に沿って転動する。ピストン112に接して往復動するベーン(図示せず)によって、圧縮室は高圧室と低圧室に仕切られている。吸入管113の一端は、シリンダ109に圧入され、圧縮室の低圧室に開口し、吸入管113の他端は、密閉容器101の外でシステム(図示せず)の低圧側に連接している。主軸受部110には、吐出バルブ(図示せず)が設けられている。開口部を有する吐出マフラ114が、主軸受部110に嵌装されている。吐出管115の一端は密閉容器101内空間に開口し、吐出管115の他端は、システム(図示せず)の高圧側に連接している。給油孔116は、シャフト107の軸方向に穿孔し、給油孔116にはオイルハネ117を収納している。給油孔116は、連通孔118によってシャフト107の偏心部108とピストン112によって形成された空間に連通している。
【0009】
上記構成において、回転子103の回転はシャフト107に伝わり、偏心部108に嵌装されたピストン112が圧縮室の中で転動する。そして、ピストン112に当接されるベーンにより、圧縮室内が高圧室と低圧室に仕切られることで、吸入管113より吸入されたガスは連続して圧縮される。圧縮されたガスは、吐出バルブ(図示せず)から吐出マフラ114内に吐出された後、密閉容器101内空間に開放され、吐出管115から吐出される。
【0010】
次に、オイル106の流れを説明する。シャフト107の回転に伴い、給油孔116に収納されたオイルハネ117はオイル106を吸引する。吸引されたオイル106は連通孔118を経て、偏心部108とピストン112内周との摺動部に供給される。さらに摺動部を潤滑したオイル106は、ピストン112内周と軸受端面に囲まれた空間に溜まる。その後、溜められたオイル106は、ピストン112の端面からシリンダ109内に吸入され、圧縮室に供給され、ピストン112およびベーン摺動部の潤滑、圧縮室のシールを行う。圧縮機を潤滑するオイル106には、システム内に封入された冷媒が溶解しており、その溶解度は温度が上昇するにつれて低下する。
【0011】
停止状態の圧縮機が運転を開始し、圧縮機構の温度が上昇すると圧縮機構内に吸入されたオイル106は加熱され、溶解度が低下するとともに冷媒が気体の状態で析出し、気泡となる。気泡が排出されにくい摺動部や油溝では気泡がつまりオイル106が流れなくなり、潤滑不良となって軸受摺動部の焼き付きや磨耗が発生する可能性がある。R32冷媒は沸点が低く温度上昇に伴って溶解度も大きく低下するため、気泡の発生量もR410a冷媒に比較して大きく、それに伴う軸受の信頼性低下が大きな課題であった。
【0012】
本発明の目的は、低沸点の冷媒でも気泡で阻止されること無く潤沢な給油が行なえ、軸受摺動部の焼き付きや摩耗を防止したロータリ圧縮機を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
すなわち、本発明は、R410A冷媒に比べて沸点が低く、R32を含む冷媒を用い、密閉容器内に、オイルをオイル溜りに貯溜すると共に圧縮要素を収容したロータリ圧縮機であって、前記圧縮要素は、偏心部を有するシャフトと、前記シャフトの回転中心と同心に圧縮室を形成するシリンダと、前記シリンダの両側面を気密的に閉塞するとともに、前記シャフトを軸支する軸受と、前記偏心部に装着され、前記シャフトの回転により前記シリンダの内壁に沿って転動するピストンと、前記ピストンの外周部に接して前記圧縮室を高圧室と低圧室に仕切るベーンとを備え、前記軸受は、前記シリンダの上面側を閉塞する主軸受と、前記シリンダの下面側を閉塞する副軸受とからなり、前記主軸受及び前記副軸受の内周面に、一端が前記圧縮室側となる軸受基部に開口するとともに他端が前記密閉容器内空間側となる軸受端部に開口する油溝を設け、前記油溝は、前記軸受端部の開口部が、前記軸受基部の開口部よりも前記シャフトの回転方向側に位置する略螺線形状とし、かつ、前記油溝は、変動荷重を受けて回転した場合の前記偏心部の軸心軌跡により前記軸受に負荷のかからない位置に設けられ、前記オイル溜りに貯溜する前記オイルは、前記シャフトの底部に設けられた給油孔から吸い込まれ、前記給油孔から吸い込まれた前記オイルは、前記偏心部に設けられた連通孔によって、前記偏心部と前記ピストンによって形成された空間へ供給され、前記空間に供給された前記オイルは、前記主軸受及び前記副軸受の前記油溝に吸引され、前記油溝に吸引された前記オイルは、前記軸受基部から前記軸受端部に向けた流れが生じて排出されるものである。
【0014】
これにより、シャフトと軸受内周部との隙間にあるオイルは、略螺旋状の油溝によって生じる粘性ポンプ作用により密閉容器内に排出される。従って、シャフトと軸受との間の摺動隙間で発生する気泡は、オイルとともに強制的に密閉容器内に排出されるため、軸受摺動部でのガス噛みによる焼き付きや摩耗を防止できる。
【発明の効果】
【0015】
本発明のロータリ圧縮機は、シャフトと軸受との間の摺動隙間で発生する気泡を強制的に密閉容器内に排出し、軸受摺動部でのガス噛みによる焼き付きや摩耗を防止できる。よって、沸点が低くオイルに溶け込んだ冷媒がガス化しやすい冷媒を用いていても、優れた信頼性を確保することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明の実施の形態1に係るロータリ圧縮機の縦断面図
【図2】図1のA-A断面図
【図3】同ロータリ圧縮機の副(主)軸受部の断面図
【図4】同ロータリ圧縮機のシャフト偏心部の軸心軌跡を示す説明図
【図5】本発明の実施の形態2に係るロータリ圧縮機の縦断面図
【図6】従来のロータリ圧縮機の縦断面図
【図7】従来のロータリ圧縮機の圧縮要素の断面図
【発明を実施するための形態】
【0017】
第1の発明は、R410A冷媒に比べて沸点が低く、R32を含む冷媒を用い、密閉容器内に、オイルをオイル溜りに貯溜すると共に、圧縮要素を収容したロータリ圧縮機であって、前記圧縮要素は、偏心部を有するシャフトと、前記シャフトの回転中心と同心に圧縮室を形成するシリンダと、前記シリンダの両側面を気密的に閉塞するとともに、前記シャフトを軸支する軸受と、前記偏心部に装着され、前記シャフトの回転により前記シリンダの内壁に沿って転動するピストンと、前記ピストンの外周部に接して前記圧縮室を高圧室と低圧室に仕切るベーンとを備え、前記軸受は、前記シリンダの上面側を閉塞する主軸受と、前記シリンダの下面側を閉塞する副軸受とからなり、前記主軸受及び前記副軸受の内周面に、一端が前記圧縮室側となる軸受基部に開口するとともに他端が前記密閉容器内空間側となる軸受端部に開口する油溝を設け、前記油溝は、前記軸受端部の開口部が、前記軸受基部の開口部よりも前記シャフトの回転方向側に位置する略螺線形状とし、かつ、前記油溝は、変動荷重を受けて回転した場合の前記偏心部の軸心軌跡により前記軸受に負荷のかからない位置に設けられ、前記オイル溜りに貯溜する前記オイルは、前記シャフトの底部に設けられた給油孔から吸い込まれ、前記給油孔から吸い込まれた前記オイルは、前記偏心部に設けられた連通孔によって、前記偏心部と前記ピストンによって形成された空間へ供給され、前記空間に供給された前記オイルは、前記主軸受及び前記副軸受の前記油溝に吸引され、前記油溝に吸引された前記オイルは、前記軸受基部から前記軸受端部に向けた流れが生じて排出されるものである。
【0018】
これにより、シャフトと軸受内周部との隙間にあるオイルは、略螺旋状の油溝によって生じる粘性ポンプ作用により密閉容器内に排出される。従って、シャフトと軸受との間の摺動隙間で発生する気泡は、オイルとともに強制的に密閉容器内に排出されるため、軸受摺動部でのガス噛みによる焼き付きや摩耗を防止できる。
【0019】
また、これにより、オイルから発生したガスを圧縮要素部から密閉容器内へ確実に排出できるので、圧縮要素部の摺動部へのガスの流入を防止することができ、更に信頼性を向上させたロータリ圧縮機を提供することができる。
【0020】 (削除)
【0021】 (削除)
【0022】
第3の発明は、第1の発明において、前記副軸受に設けた前記油溝の幅を、前記主軸受に設けた前記油溝の幅より広くしたものである。
【0023】
これにより、シリンダより下方に位置している副軸受の摺動部で発生する気泡を排出しやすくでき、副軸受でのガス噛みを効率よく抑制することができ、より高い信頼性を確保することができる。すなわち、冷媒ガスはオイルより密度が低く、粘性も低いので冷媒ガスの流れは圧縮要素部からシャフトの中心軸の鉛直上向きに流れるため、主軸受部ではガス噛み等の不具合は発生しにくい。一方、副軸受部はオイル溜りに浸かっているため、圧縮要素部から発生したガスは密閉容器側に流れにくくガス噛みが生じやすい。本構成によれば、ガス噛みが生じやすい副軸受でのガス噛みを抑制してオイルの流れを確保するため、高い信頼性を確保できる。
【0024】
第4の発明は、第1の発明において、前記油溝を、軸受荷重の作用方向と反対側の軸受面に設けたものである。
【0025】
これにより、負荷が小さい軸受面の領域に油溝を設けることで、最大負荷を受ける軸受の面積を確保し、ロータリ圧縮機の信頼性を向上させることができる。
【0026】
第5の発明は、第1、第3、又は第4の発明において、前記油溝は、前記軸受基部に設けた前記油溝の幅より、前記軸受端部に設けた前記油溝の幅が、広い形状としたものである。
【0027】
これにより、ガスの流れに対して、オイルの流れが低下する軸受端部の出口側でオイル粘性によるポンプ効果を増幅することができ、更にオイルの流路も確保できるため、オイル流れの低下を抑制でき、より高い信頼性を確保したロータリ圧縮機を提供することができる。
【0028】
以下、本発明の実施形態について、図面を参照しながら説明する。なお、以下の実施形態によって本発明が限定されるものではない。
【0029】
図1は本実施形態のロータリ圧縮機の縦断面図、図2は図1のA-A面断面図である。
【0030】
図1、図2に示すロータリ圧縮機はR32もしくは実質的にR32からなる冷媒を用いている。実質的にとは、例えばR32を主体としてこれにHFO-1234yf或いはHFO-1234ze等の冷媒を混合した状態を云う。
【0031】
本実施形態のロータリ圧縮機は、図1に示すように、密閉容器1内に電動要素2と圧縮要素3を収納し密封するとともに、底部のオイル溜り3aにオイルを貯留している。電動要素2は、固定子4と回転子5からなり、回転子5に連結したシャフト6で圧縮要素3を駆動する。
【0032】
圧縮要素3は、シリンダ7と、ピストン9と、ベーン10と、主軸受14と副軸受15とから構成されている。シリンダ7は密閉容器1に固定される。ピストン9はシリンダ7内を貫通するシャフト6の偏心部8に自転自在に嵌合される。ベーン10は、ベーン溝26に嵌合され、シリンダ7の内壁面に沿って転動するピストン9に追従して、ベーン溝26を往復動する。主軸受14と副軸受15は、シリンダ7の上端面11と下端面12を密閉するとともに、シャフト6を支持する。
【0033】
ベーン10は、ピストン9の外周面に接して、シリンダ7内の圧縮室16を高圧室16aと低圧室16bに仕切っている。吸入管17は一端がシリンダ7に圧入され、圧縮室16の低圧室16bに開口し、他端は密閉容器1の外でシステム(図示せず)の低圧側に接続している。吐出バルブ(図示せず)は高圧室16aと連通する吐出孔18を開閉し、開口部を有する吐出マフラ(図示せず)内に収納されている。吐出管20は一端が密閉容器1内に開口し、他端は、システム(図示せず)の高圧側に接続している。
【0034】
以上のように構成されたロータリ圧縮機において以下その動作を説明する。
【0035】
まず、回転子5の回転はシャフト6に伝わり、シャフト6の回転に伴い、偏心部8に嵌合されたピストン9が圧縮室16内を転動する。そして、ピストン9に当接されるベーン10により、圧縮室16内が高圧室16aと低圧室16bに仕切られることで、吸入管17より吸入されたガスは連続して圧縮される。圧縮されたガスは、吐出孔18を経て密閉容器1の内部空間に開放され、吐出管20からシステム(図示せず)に吐出される。
【0036】
次に、オイルの流れを説明する。図3は本実施の形態における副軸受15(及び主軸受14)の断面図である。これら両軸受15、14はシャフト6が貫通する孔の内周壁に略螺線形状の油溝23が設けてあり、両軸受15、14の両端は軸受基部24、軸受端部25で開口している。
【0037】
オイルは、密閉容器1底部のオイル溜り3aに貯留されている。シャフト6の回転に伴い、オイルは、シャフト6の底部に設けられた給油孔13から吸い込まれ、シャフト6中に設けられたオイルハネ(図示せず)によって遠心ポンプの効果で偏心部8へ供給される。偏心部8に設けられた連通孔19によって偏心部8とピストン9によって形成された空間へオイルが供給される。オイルは、偏心部8とピストン9のクリアランスやピストン9と各軸受14、15とのクリアランスから各摺動部に行き渡り潤滑を行う。また、ピストン9と偏心部8の空間に供給されたオイルは、シャフト6の回転によって起きた流れによる粘性ポンプ作用により、副軸受15の油溝23に吸引され、軸受基部24から軸受端部25に向け流れが生じ、排出される。オイルは油溝23を移動する間にシャフト6と副軸受15のクリアランスに行きわたり、副軸受15の潤滑を行う。
【0038】
また主軸受14も同様に、主軸受14に設けられた油溝23により、軸受基部24から上方に運ばれ、軸受端部25より排出される。油溝23をオイルが移動する間にシャフト6と主軸受14の潤滑も行う。
【0039】
このように、本実施の形態のロータリ圧縮機では各軸受14、15でのオイルの流れが強制的に生じる。そのため、R32冷媒のようにオイルに溶け込んだ冷媒がガス化しやすい冷媒環境下においても、ガス化した気泡は強制的に密閉容器1内へと排出され、軸受摺動部でガス噛みが起らず、軸受14、15での焼き付きやかじりの発生を防止することができる。
【0040】
更に、主軸受14の油溝23aの幅より副軸受15の油溝23bの幅のほうが広い形状としてあるから、以下のような効果も期待できる。
【0041】
すなわち、冷媒ガスはオイルより密度が低いため、オイル中の冷媒ガスの気泡には浮力によって鉛直上向きの力が働く。また、主軸受14の油溝23aでは圧縮要素3から密閉容器1内へのオイル排出の流れとして、鉛直上向きの流れが発生する。よって、冷媒ガスに働く浮力とオイル排出の流れの方向が一致しているので、主軸受14の油溝23a内の冷媒ガスの気泡は、圧縮要素3から密閉容器1内へと容易に排出される。
【0042】
一方、副軸受15はオイル溜り3aに浸かっている上にオイル排出の流れが鉛直下向きであり、冷媒ガスの気泡に働く浮力の方向とは逆向きであるため、冷媒ガスの気泡を圧縮要素3から密閉容器1内へと排出することが困難となる。このため、副軸受15の油溝23bの幅を広くすることによって、粘性ポンプ作用によって供給されるオイル量を充分に確保し、オイルの流れを主軸受14より多めに確保することで、ガス噛みが生じやすい副軸受15での高い信頼性を確保できる。
【0043】
更に、各軸受14、15の略螺線形状の油溝23a、23bは、軸受基部24に設けた油溝23a、23bの幅が、軸受端部25に設けた油溝23a、23bの幅より狭い。これにより、油溝23は軸受基部24から軸受端部25に亘って順次断面積が拡大していくことになる。これによって、ガスの流れに対し、軸受端部25へ向け連続的に粘性によるポンプ効果を増幅することができ、更に流路も確保できるため、流路不足による圧損が生じない。このため、より高い信頼性を確保したロータリ圧縮機を提供することができる。
【0044】
図4は変動荷重を受けて回転した場合の偏心部の軸心軌跡を示したものである。図4の上方が、ベーン10が装着されている方向を示す。図4から、軸受14、15側には負荷のかからない領域(軸心軌跡A以外の部分)が存在するのがわかる。ロータリ圧縮機ではガスを圧縮することで生じる荷重によって、軸受14、15中心に対して軸心軌跡Aで示すようにシャフト6が負荷方向に偏心して回転する。負荷の大きな場所に油溝23を設けると荷重を受ける軸受14、15の面積が低下するため、面圧が極度に大きくなり、軸受14、15の焼き付き、かじり等が発生する恐れがある。このため、油溝23を荷重の小さい位置に設ければ、荷重のかかる部分の軸受面積を充分に確保することができ、良好な潤滑状態が得られる。
【0045】
(実施の形態2)
図5は実施の形態2のロータリ圧縮機の要部を示す縦断面図である。実施の形態1と同一の機能部材には同じ符号を付して説明を省略する。
【0046】
本実施の形態のロータリ圧縮機は、シリンダ7を複数、例えば二つ備えたものである。この様な複数のシリンダ7を備えたロータリ圧縮機にも実施の形態1で説明した油溝23を採用し、同様の効果が得られる。
【0047】
尚、上記各実施の形態は、オイルの種類によって限定されるものではない。
上記実施の形態においては、R32または実質的にR32からなる冷媒を用いた場合について説明したが、R32と他の冷媒との混合冷媒であってもよい。例えば、R32冷媒と、炭素と炭素間に2重結合を有するハイドロフルオロオレフィン(例えば、1234yf)との混合冷媒であってもよい。またR32を含む混合冷媒は、R32以外に2種以上の冷媒を含んでもよい。
【産業上の利用可能性】
【0048】
本発明は、シャフトと軸受との間の摺動隙間で発生する気泡を強制的に密閉容器内に排出し、軸受摺動部でのガス噛みによる焼き付きや摩耗を防止できる。よって、沸点が低くオイルに溶け込んだ冷媒がガス化しやすい冷媒を用いていても、優れた信頼性を確保することができる。従って、給湯機、温水暖房装置及び空気調和装置などの電気製品に利用できる冷凍サイクル装置の圧縮機に有用である。
【符号の説明】
【0049】
1 密閉容器
2 電動要素
3 圧縮要素
3a オイル溜り
4 固定子
5 回転子
6 シャフト
7 シリンダ
8 偏心部
9 ピストン
10 ベーン
11 上端面
12 下端面
13 給油孔
14 主軸受
15 副軸受
16 圧縮室
17 吸入管
18 吐出孔
19 連通孔
20 吐出管
23、23a、23b 油溝
24 軸受基部
25 軸受端部
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
R410A冷媒に比べて沸点が低く、R32を含む冷媒を用い、
密閉容器内に、オイルをオイル溜りに貯溜すると共に圧縮要素を収容したロータリ圧縮機であって、
前記圧縮要素は、
偏心部を有するシャフトと、
前記シャフトの回転中心と同心に圧縮室を形成するシリンダと、
前記シリンダの両側面を気密的に閉塞するとともに、前記シャフトを軸支する軸受と、
前記偏心部に装着され、前記シャフトの回転により前記シリンダの内壁に沿って転動するピストンと、
前記ピストンの外周部に接して前記圧縮室を高圧室と低圧室に仕切るベーンと
を備え、
前記軸受は、
前記シリンダの上面側を閉塞する主軸受と、
前記シリンダの下面側を閉塞する副軸受と
からなり、
前記主軸受及び前記副軸受の内周面に、
一端が前記圧縮室側となる軸受基部に開口するとともに他端が前記密閉容器内空間側となる軸受端部に開口する油溝を設け、
前記油溝は、前記軸受端部の開口部が、前記軸受基部の開口部よりも前記シャフトの回転方向側に位置する略螺線形状とし、
かつ、前記油溝は、変動荷重を受けて回転した場合の前記偏心部の軸心軌跡により前記軸受に負荷のかからない位置に設けられ、
前記オイル溜りに貯溜する前記オイルは、前記シャフトの底部に設けられた給油孔から吸い込まれ、
前記給油孔から吸い込まれた前記オイルは、前記偏心部に設けられた連通孔によって、前記偏心部と前記ピストンによって形成された空間へ供給され、
前記空間に供給された前記オイルは、前記主軸受及び前記副軸受の前記油溝に吸引され、
前記油溝に吸引された前記オイルは、前記軸受基部から前記軸受端部に向けた流れが生じて排出される
ことを特徴とするロータリ圧縮機。
【請求項2】(削除)
【請求項3】
前記副軸受に設けた前記油溝の幅を、前記主軸受に設けた前記油溝の幅より広くした
ことを特徴とする請求項1に記載のロータリ圧縮機。
【請求項4】
前記油溝を、軸受荷重の作用方向と反対側の軸受面に設けた
ことを特徴とする請求項1に記載のロータリ圧縮機。
【請求項5】
前記油溝は、前記軸受基部に設けた前記油溝の幅より、前記軸受端部に設けた前記油溝の幅が広い形状とした
ことを特徴とする請求項1、請求項3、及び請求項4のいずれか1項に記載のロータリ圧縮機。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2019-06-28 
出願番号 特願2014-64920(P2014-64920)
審決分類 P 1 651・ 121- YAA (F04C)
P 1 651・ 537- YAA (F04C)
最終処分 維持  
前審関与審査官 松浦 久夫  
特許庁審判長 佐々木 芳枝
特許庁審判官 上田 真誠
久保 竜一
登録日 2017-10-27 
登録番号 特許第6229947号(P6229947)
権利者 パナソニックIPマネジメント株式会社
発明の名称 ロータリ圧縮機  
代理人 阿部 伸一  
代理人 阿部 伸一  
代理人 太田 貴章  
代理人 太田 貴章  

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