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審決分類 審判 一部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  B22F
審判 一部申し立て 2項進歩性  B22F
審判 一部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  B22F
管理番号 1356866
異議申立番号 異議2019-700743  
総通号数 240 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2019-12-27 
種別 異議の決定 
異議申立日 2019-09-18 
確定日 2019-11-21 
異議申立件数
事件の表示 特許第6485967号発明「チタン系多孔体及びその製造方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6485967号の請求項1、4に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6485967号(以下、「本件特許」という。)の請求項1、4に係る特許についての出願は、平成28年11月4日に出願され、平成31年3月1日にその特許権の設定登録がされ、平成31年3月20日に特許掲載公報が発行された。その後、その特許に対し、令和元年9月18日に特許異議申立人梶浦良治(以下、「申立人」という。)は、特許異議の申立てを行った。

第2 本件発明
本件特許の請求項1、4の特許に係る発明(以下、それぞれ「本件発明1」等という。)は、それぞれ、その特許請求の範囲の請求項1、4に記載された事項により特定される次のとおりのものである。
「 【請求項1】
比表面積が4.5×10^(-2)?1.5×10^(-1)m^(2)/g、空隙率が50?70%、厚さが4.0×10^(-1)?1.6mm、少なくとも片面の算術平均粗さRaが8.0μm以下であることを特徴とするシート状チタン系多孔体。」
「 【請求項4】
請求項1に記載のシート状チタン系多孔体を用いた電極。」

第3 申立理由の概要
申立人は、次の甲第1号証?甲第7号証(以下、「甲1」等という。)を提出し、以下の申立理由1?4により、本件発明1及び4に係る特許を取り消すべきものである旨主張している。

甲1:特開2011-99146号公報
甲2:特開2010-272425号公報
甲3:特開2016-94663号公報
甲4:特開2006-28616号公報
甲5:特開2012-184458号公報
甲6:「素形材センター 研究調査報告540 平成11年度 焼結機械部品の表面粗さ測定における気孔の排除に関する標準化の研究報告書」、日本粉末冶金工業会、財団法人 素形材センター、平成12年2月29日発行、表紙はじめに、1頁、3頁、21頁、22頁、奥付
甲7:トライボロジスト、第61巻、第10号、2016年、687?692頁

1 申立理由1(進歩性)
本件発明1及び4は、それぞれ、甲1に記載の発明及び甲2?3の記載事項に基いて、または、甲4に記載の発明及び甲5の記載事項に基いて、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものである。
したがって、請求項1及び4に係る特許は特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであるから、同法第113条第2号の規定により取り消されるべきものである。

2 申立理由2(サポート要件)
本件特許明細書の表2をみると、比較例1は、比表面積及び空隙率が特許発明で特定される範囲を満足していないものの、厚さ及び表面粗さは同範囲を満足しており、導電率及び最大荷重は実施例1?3よりも優れている。
一方、本件特許明細書の段落【0007】には、比表面積及び空隙率を本件特許発明で特定する範囲にすると、曲げ強度と導電性を良好に保つことができるとの記載がある。
そうすると、本件特許発明で特定する比表面積及び空隙率の範囲を満足しない比較例1が、実施例1?3よりも優れた導電率及び最大荷重を有しているということは、本件特許発明で特定する比表面積及び空隙率の範囲に対する裏付けとなる開示が明細書になされていないということができ、特許請求の範囲の請求項1及び4の記載は、特許法第36条第6項第1項の規定を満たしていない。
したがって、本件特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号の規定により取り消されるべきものである。

3 申立理由3(明確性)
本件特許明細書に、「本発明の表面粗さは、JIS B0601-2001に準拠して測定した値であり、算術平均粗さRaのことである。」と説明されていても、この説明だけでは、気孔の最低部が客観的に定義されないためRaを定義できず、仮に、Raを定義できたとしても、Raをどのようにして測定したのか、その測定速度が不明であるし、しかも、標準値が知られておらず測定者が任意に設定できる測定速度ではRaの測定値は大きく変わる。さらに、Raの上限が8μmという値にどのような技術的意義があるのかも不明であって、Raを発明特定事項として有している特許請求の範囲の請求項1及び4の記載は明確でない。
したがって、本件特許は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号の規定により取り消されるべきものである。

4 申立理由4(実施可能要件)
本件特許明細書に、「本発明の表面粗さは、JIS B0601-2001に準拠して測定した値であり、算術平均粗さRaのことである。」と説明されていても、そもそも、Raを客観的に定義できず、仮に、Raを定義できたとしても、Raどのようにして測定したのか、その測定速度が不明であるし、しかも、標準値が知られておらず測定者が任意に設定できる測定速度ではRaの測定値は大きく変わり、Raの上限が8μmという値にどのような技術的意義があるのかも不明である。そうすると、明細書の記載は、当業者が特許請求の範囲の請求項1及び4に記載された発明の実施をするに当たり、過度の試行錯誤を要求するものであって、いわゆる当業者が実施するために明確かつ十分に記載したものであるとはいえない。
したがって、本件特許は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号の規定により取り消されるべきものである。

第4 当審の判断
以下に述べるように、申立理由1?4によっては,本件特許の請求項1、4に係る特許を取り消すことはできない。

1 甲1、甲4及び甲5の記載事項
甲1、甲4及び甲5には、それぞれ、以下の記載がある(下線は当審による。以下同じ)。
(1)甲1の記載事項
ア 「【請求項1】
金属粉末を焼結させた金属焼結体からなり、内部に分散配置された複数の空孔部を有し、その気孔率が10体積%以上50体積%以下とされ、前記空孔部の平均孔径が1μm以上30μm以下とされており、複数の前記空孔部の一部が表面に開口するように配置されていることを特徴とする電気化学部材用焼結金属シート材。」
イ 「【請求項3】
比表面積が、0.01m^(2)/g以上0.3m^(2)/g以下の範囲内に設定されていることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の電気化学部材用焼結金属シート材。」
ウ 「【請求項4】
前記金属焼結体が、Cの含有率が0.5質量%以下、Oの含有率が1質量%以下とされたTiで構成されていることを特徴とする請求項1から請求項3のいずれか一項に記載の電気化学部材用焼結金属シート材。」
エ 「【0013】
この発明は、前述した事情に鑑みてなされたものであって、通電性を有し、液状物質及びガス状物質を一面側から他面側に向けて均一に流通することが可能な電気化学部材用焼結金属シート材を提供することを目的とする。」
オ 「【0016】
そして、気孔率が10体積%以上とされていることから、液状物質及びガス状物質を確実に流通させることができる。また、気孔率が50体積%以下とされていることから、この電気化学部材用焼結金属シート材の電気抵抗値を小さく抑えることができ、通電ロスを抑制することができる。
さらに、空孔部の平均孔径が1μm以上とされているので、液状物質及びガス状物質を空孔部を介して確実に流通させることができる。また、空孔部の平均孔径が30μm以下とされているので、液状物質及びガス状物質が流通する際に、電気化学部材用焼結金属シート材の内部に保持されることになり、反応時間を確保することができる。また、毛細管現象によって液状物質及びガス状物質を吸入することができ、効率的に液状物質及びガス状物質を流通させることができる。」
カ 「【0024】
本実施形態である電気化学部材用焼結金属シート材10は、図1に示すように、平板状とされており、その厚さが例えば0.03mm以上0.3mm以下とされている。
この電気化学部材用焼結金属シート材10は、金属粉末を焼結させた金属焼結体で構成されており、図2に示すように、金属粉末同士が焼結してなる基材部11と金属粉末同士の間に形成された空孔部12とを有している。この空孔部12は、電気化学部材用焼結金属シート材10の全体にわたって広く分散配置されており、その一部が表面に開口するように構成されている。
また、この空孔部12は、図2に示すように、一断面においては、それぞれ独立した状態で存在しているように観察されるが、3次元で観察した場合には、複数の空孔部12が互いに連通した構成とされている。」
キ 「【0025】
ここで、電気化学部材用焼結金属シート材10の気孔率は、10体積%以上50体積%以下の範囲内に設定されている。なお、気孔率とは、電気化学部材用焼結金属シート材10全体の体積に対する空孔部12の総体積の割合を示すものである。
また、空孔部12の平均孔径は、1μm以上30μm以下に設定されている。なお、空孔部12の平均孔径は、図2に示す断面において、空孔部部分の面積を円形に置き換えた場合の直径である。
さらに、電気化学部材用焼結金属シート材10の比表面積は、0.01m^(2)/g以上0.3m^(2)/g以下の範囲内に設定されている」
ク 「【0035】
このようにして得られた本実施形態である電気化学部材用焼結金属シート材10は、電気化学反応を利用した機器、例えば、電気分解装置、電解めっき装置、キャパシタ、非水電解液2次電池等において、電極や集電体として使用されることになる。」
ケ 上記ア?クの適示、特にア?ウ及びカからみて、甲1には、「比表面積が、0.01m^(2)/g以上0.3m^(2)/g以下、気孔率が10体積%以上50体積%以下、厚さが0.03mm以上0.3mm以下であり、Cの含有率が0.5質量%以下、Oの含有率が1質量%以下とされたTiで構成されている金属焼結体からなる電気化学部材用焼結金属シート材。」の発明(以下「甲1発明」という。)が記載されていると認められる。

(2)甲4の記載事項
ア 「【請求項1】
水素化脱水素法で製造されたチタン粉または水素化チタン粉を成形し、焼結して製造されたことを特徴とする多孔質焼結体。」
イ 「【0003】
燃料電池の中でも、特に動作温度が100℃前後と低く、高い出力密度が得られ、小型化が可能なため、ナフィオン等の高分子電解質膜を用いる固体高分子型燃料電池(以下、PEFCと略称)が注目されている。このPEFCは、ナフィオン等の固体高分子膜を電解質として、その両面に燃料ガスのプロトンへの分解およびプロトンと酸化性ガスの反応を促進する触媒層を密着させ、さらにそれぞれの触媒層上に電極、拡散層、およびセパレータを順次積層した構成となっている。」
ウ 「【0008】
このように、従来のチタン粉を焼結した給電体では、経済性、強度および空隙率をすべて満足することはできず、これらの特性を満足する給電体およびその製造技術が望まれている。」
エ 「【0010】
本発明は、上記状況に鑑みてなされたものであり、燃料電池用給電体として満足する特性を有し、さらに、経済性に優れた燃料電池用の多孔質焼結体およびその製造方法の提供を目的としている。」
オ 「【0034】
前記の方法で製造された焼結体は、空隙率が55%以上に維持されており、燃料電池の給電体に要求される特性を満足するものであるが、空隙率は、さらに高い方が好ましいとされる。」
カ 「【0036】
焼結体の表面粗さ(Ry)は、5μm以下の範囲にあり触媒層あるいは固体高分子膜との密着性を維持するために十分な平滑度を有している。これは、本発明に使用する水素化チタン粉が、150μm以下という比較的広い粒度分布を有しているので微細な粒子が粗大粒子の隙間に入り込み、平滑な表面が形成されるからである。ここで、前記表面粗さ(Ry)とは、焼結体表面の凹凸の平均値を基準として山頂と谷底の和を意味する。」
キ 「【0038】
[実施例1](水素化チタン粉単体を原料とした場合)
スポンジチタンを原料として、水素ガス雰囲気下で加熱冷却して水素化チタンとした後、アルゴンガス雰囲気下で粉砕・篩別して粒径150μm以下の水素化チタン粉を得た。この水素化チタン粉を、水分量3g/m^(3) 以下の乾燥大気雰囲気下で、圧力0.4MPaにて加圧し、50mm角、厚み1mmの成形体を得た。その成形体を減圧下、500℃にて2時間、脱水素した後、1000℃にて1時間焼結して実施例1の焼結体を得た。
【0039】
得られた焼結体の物性を測定し、表2に示した。本発明で得られた焼結体の空隙率、抗折力、および表面粗さは、燃料電池用給電体としての性能を十分に備えている。
【0040】
[実施例2](水素化チタン粉とチタン繊維を原料とした場合)
平均径30μm、平均長1mmのチタン繊維を実施例1の水素化チタン粉に50wt%配合したものを原料として、上記と同様の方法に従って、ただし、圧力11MPaにて成形しチタン粉およびチタン繊維で構成した焼結体を得て、その物性を表2に示した。ここで、焼結体良品率とは焼結体の表面割れについての良品の割合を表している。また、◎は、特に優れている、○は優れている、×は好ましくないことを意味する。
【0041】


ク そして、上記ア、ウ?キの適示、特にキからみて、甲4には、「スポンジチタンを原料として、水素ガス雰囲気下で加熱冷却して水素化チタンとした後、アルゴンガス雰囲気下で粉砕・篩別して得た粒径150μm以下の水素化チタン粉、または、平均径30μm、平均長1mmのチタン繊維を前記水素化チタン粉に50wt%配合したものを原料として、水分量3g/m^(3) 以下の乾燥大気雰囲気下で、圧力0.4MPaにて加圧し、50mm角、厚み1mmの成形体を得て、その成形体を減圧下、500℃にて2時間、脱水素した後、1000℃にて1時間焼結して得た焼結体であって、空隙率が57%または66%、厚み1mm、表面粗さRyが3μmまたは9μmであるシート状チタン多孔質焼結体」の発明(以下「甲4発明」という。)が記載されているといえる。

(3)甲5の記載事項
ア 「【請求項1】
チタンもしくはチタン合金からなる基材と、
その基材の表面に形成され、少なくとも酸化チタンの相及び必要により窒化チタンの相からなり、太さ1?100nmの多数の柱状結晶を含むくし型構造をとる厚さ0.1?10μmの表面層と
を備えることを特徴とする電極部材。」
イ 「【請求項7】
チタンもしくはチタン合金からなる基材をアルカリ性水溶液に浸漬し、次いで水または酸性水溶液に浸漬することにより、基材の表面に水和物でくし型構造をとる表面層を形成するアルカリ-酸処理工程と、
アルカリ-酸処理を経た基材を加熱することにより、前記表面層を脱水させる脱水工程と、
前記表面層を窒素ガス雰囲気下で処理する導電化工程と
を備えることを特徴とする電極部材の製造方法。」
ウ 「【0002】
酸化チタンは、その表面に触媒を固定することが可能なので、色素増感太陽電池の電極や水分解用の電極に使用されている。そして、電極は触媒を固定する面積が広いほど修飾される触媒の量が増して水分解能や電池の出力が大きくなるので、電極の単位体積あたりの表面積(=比表面積)を大きくすることが望まれている。また、触媒が長期間安定に固定されるためには、電極表面がこれらと化学的に結合しうる機能を表面が有することが必要である。更にまた、触媒に生じた電子が有効に伝播されるためには、一般的にほとんど導電性を示さない酸化チタンの導電性を向上させることが必須である。そのため、これらの性質を有するチタン電極を製造する方法が種々提案されている。」
エ 「【0018】
以上のように、この発明の電極部材は、大比表面積を有し、導電性を示し、しかも触媒を化学的に固定しうる表面層が基材に強く結合していることから、水の電気分解装置、燃料電池、太陽電池、センサー等の電極に利用されたとき、反応効率及び耐久性の向上に貢献する。」
オ 「【0037】
このチタン金属板をアルカリ処理-酸処理-窒素加熱処理した後、日本ベル株式会社製の自動比表面積測定装置BELSORP-miniを用いて、比表面積を測定したところ、1gあたり5.745×10^(-2)m^(2)/gであった。その結果、表面積は、約10^(7)(≒5.745×10^(-2)÷5.36×10^(-4))倍となることが分かった。」

2 申立理由1(進歩性)について
(1)本件発明1について
ア 甲1発明を主引例とした場合
(ア)本件発明1と甲1発明との対比
甲1発明の「比表面積が、0.01m^(2)/g以上0.3m^(2)/g以下」との事項は、本件発明1と「比表面積が4.5×10^(-2)?1.5×10^(-1)m^(2)/g」の範囲において一致する。
また、甲1発明の「Cの含有率が0.5質量%以下、Oの含有率が1質量%以下とされたTiで構成されている金属焼結体からなる電気化学部材用焼結金属シート材」は、本件発明1の「シート状チタン系多孔体」に相当する。
次に、本件発明1の「空隙率」と甲1発明の「気孔率」との関係について検討する。
まず、本件特許の発明の詳細な説明の段落【0007】には、本件発明1の「空隙率」について、「また、本発明の空隙率は、チタン系多孔体の単位体積あたりの空隙の割合を百分率で示したものであり、チタン系多孔体の体積V(cm^(3))と、チタン系多孔体の質量M(g)と、チタン系材料の真密度D(g/cm^(3))(例えば純チタンの場合は真密度4.51g/cm^(3))から算出した値のことであり、以下の式で算出することができる。
空隙率(%)=((M/V)/D)×100 ・・・(A)」と記載されているから、本件発明の「空隙率」は、チタン系多孔体の体積Vと、チタン系多孔体の質量Mと、チタン系材料の真密度Dとから求めた値である。
一方で、第4.1.(1).キで摘記したとおり、甲1には、「なお、気孔率とは、電気化学部材用焼結金属シート材10全体の体積に対する空孔部12の総体積の割合を示すものである。」と記載されているものの、甲1のその他の記載をみても、具体的にどのようにして「気孔率」を求めたかは特定されておらず、また、空隙率や気孔率を求める方法は、体積、質量や真密度を用いる方法に限らないから、甲1発明の「気孔率」が、本件発明の「空隙率」のように、電気化学部材用焼結金属シート材の体積、質量、真密度から求めたものであるとはいえない。
そして、「空隙率」や「気孔率」の求め方により、結果として得られる「空隙率」や「気孔率」の値にある程度の差違が生じ得ることを考慮すれば、本件発明1の「空隙率」の値と甲1発明の「気孔率」の値とが同一であるからといって、両者の示す内容が同一とはいえない。
そうすると、甲1発明において「気孔率」が50体積%であることが、本件発明1において「空隙率」が50%であることに相当するとはいえない。
これらの事項を考慮して、本件発明1と甲1発明とを対比すると、両者は、下記の一致点1で一致し、下記の相違点1?3で相違する。

[一致点1]
「比表面積が4.5×10^(-2)?1.5×10^(-1)m^(2)/gである、シート状チタン系多孔体。」

[相違点1]
本件発明1は、「空隙率が50?70%」であるのに対し、甲1発明は、「気孔率が10体積%以上50体積%以下」である点。

[相違点2]
本件発明1は、「厚さが4.0×10^(-1)?1.6mm」であるのに対し、甲1発明は、「厚さが0.03mm以上0.3mm以下」である点。

[相違点3]
本件発明1は、「少なくとも片面の算術平均粗さRaが8.0μm以下である」のに対し、甲1発明は、表面の算術平均粗さRaの値が不明である点。

(イ)相違点1についての判断
事案に鑑み、相違点1について判断する。
(ア)で述べたように、甲1発明において「気孔率」が50体積%であるからといって、本件発明1の「空隙率」で表現した場合の値が50%となるとは限らないが、甲1発明の「気孔率」を十分に高くすれば、本件発明1の「空隙率が50?70%」との数値範囲を満たす可能性があるので、甲1発明の「気孔率」をそのような範囲に高く設定することが当業者が容易に想到し得ることであるか否かについて、以下に検討する。
第4.1.(1) オにて摘記したように、甲1の段落【0016】には、「気孔率が50体積%以下とされていることから、この電気化学部材用焼結金属シート材の電気抵抗値を小さく抑えることができ、通電ロスを抑制することができる」との記載があるから、甲1発明において、「気孔率」を50体積%よりも大きい値とすることには、阻害要因があるといえる。
そうすると、甲1発明において、本件発明1の「空隙率が50?70%」との数値範囲を確実に満たす範囲まで「気孔率」を高くすることは、当業者が容易に想到し得ることではない。
なお、甲2は、アルミニウム多孔質焼結体に関するものであるが、「空隙率」についての開示はない。
また、甲3は、チタン多孔体に関するものであり、請求項1等において「空隙率」についても記載されているものの、上述のとおり、甲1発明において「気孔率」を50体積%よりも大きい値とすることには阻害要因があるから、甲3の記載内容の如何によらず、甲1発明において、本件発明1の「空隙率が50?70%」との数値範囲を確実に満たす範囲まで「気孔率」を高くすることは、当業者が容易に想到し得ることではない。
したがって、その他の相違点について検討するまでもなく、本件発明1は、甲1に記載された発明及び甲2?3に記載された技術事項に基いて当業者が容易に発明することができたものではない。

イ 甲4発明を主引例とした場合
(ア)本件発明1と甲4発明との対比
甲4においては、「空隙率」の求め方が特定されていないが、空隙率に種々の求め方があることを考慮すれば、本件特許における「空隙率」と甲4における「空隙率」とが同一の内容であるとは限らない。
そうすると、甲4発明の「空隙率が57%または66%」との値が、本件発明1の「空隙率が50?70%」との数値範囲に含まれるか否かは、必ずしも明らかでない。
また、甲4発明の「厚さが1mm」との事項は、本件発明1の「厚さが4.0×10^(-1)?1.6mm」との範囲に含まれるから、本件発明1と甲4発明とは、「厚さが1mm」である点で一致する。
そして、甲4発明の「シート状チタン多孔質焼結体」は、本件発明1の「シート状チタン系多孔体」に相当する。
そうすると、本件発明1と甲4発明とは、下記の一致点2において一致し、下記の相違点4?6において相違する。

[一致点2]
「厚さが1mmである、シート状チタン多孔体。」

[相違点4]
本件発明1は、「空隙率が50?70%」であるのに対し、甲4発明は、「空隙率が57%または66%」である点。

[相違点5]
本件発明1は、「比表面積が4.5×10^(-2)?1.5×10^(-1)m^(2)/g」であるのに対し、甲4発明は、比表面積の値が不明である点。

[相違点6]
本件発明1は、「少なくとも片面の算術平均粗さRaが8.0μm以下である」のに対し、甲4発明は、「表面粗さRyが5μm以下である」点。

(イ)相違点5についての判断
事案に鑑み、相違点5について判断する。
以下に示すとおり、甲4発明において、甲5の記載事項に基づいて、比表面積を甲5に記載のような大比表面積とする動機は認められない。
甲5においては、電極部材を大比表面積とすべき理由に関し、第4.1.(3)ウで摘記した段落【0002】において、担持する触媒の量を増やすことが記載されているに止まり、甲5のその他の記載を参照しても、大比表面積とすべき理由は記載されていない。
一方で、第4.1.(2)イ、カにて摘記した事項からみて、甲4発明では、電極表面に触媒層を積層することが想定されているので、空孔内の表面積も影響する比表面積の増加は必ずしも触媒担持量の増加につながらない。
そうすると、甲5における電極部材を大比表面積にする点を甲4発明に適用する積極的な動機は認められない。
また、第4.1.(3)ア、イ、エの摘記事項からみて、甲5には、基材をアルカリ酸処理や加熱処理することで表面層を形成して大比表面積の電極部材を形成することが記載されているといえる。
一方で、第4.1.(2)ウ、エの摘記事項からみて、甲4発明は、経済性を満足する課題を有するといえるところ、甲4発明に甲5に記載の事項を適用した際には、大比表面積を得るために基材をアルカリ酸処理や加熱処理することで表面層を形成するなど、製造に際して追加の工程が必要となり、経済性を損なう可能性があるから、甲4発明に甲5に記載の事項を組合わせることには、阻害要因があるということもできる。
また、申立人は、特許異議申立書の(4-4-2-1)オにおいて、甲5において、第4.1.(3)アで摘記した段落【0037】の実施例の記載において、5.745×10^(-2)m^(2)/gの比表面積が得られていることをもって、燃料電池用の多孔体の比表面積が5.745×10^(-2)m^(2)/g程度であるとしているが、甲5は表面層を設けるなど特殊な処理をした電極部材に関する文献であって、当該実施例の1例のみをもって、燃料電池用の多孔体の比表面積が通常5.745×10^(-2)m^(2)/g程度であると認めることはできない。
そして、これらの事情を考慮すれば、甲4発明において、甲5の記載に基づいて、「比表面積が4.5×10^(-2)?1.5×10^(-1)m^(2)/g」とすることは、当業者が容易に想到し得ることではない。
したがって、その他の相違点について検討するまでもなく、本件発明1は、甲4に記載された発明及び甲5に記載された技術事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではない。

(2)本件発明4について
本件発明4は、本件発明1の発明特定事項を全て含むから、本件発明1と同様に当業者が容易に発明をすることができたものではない。

(3)小括
請求項1及び4に係る特許は特許法第29条第2項の規定に違反してされたものでなく、同法第113条第2号の規定により取り消されるべきものではない。

3 申立理由2(サポート要件)について
(1)本件特許の発明の詳細な説明には、以下の記載がある。
ア 「【0004】
本発明は、上記のような事情に鑑みなされたものであって、本発明が解決する課題は、優れた反応効率を示すために高い比表面積を有し、かつ、通気性、通水性を確保するための高い空隙率を有したチタン系多孔体を提供することにある。」
イ 「【0006】
本発明は、チタン系多孔体の比表面積および空隙率を制御することにより、実用上必要な曲げ強度を維持しつつ、導電性及び通気性並びに通水性を良好に保つことができるチタン系多孔体を提供することができる。」
ウ 「【0023】
これらの表1及び表2の結果から明らかなように、本発明に係るシート状チタン系多孔体の製造方法において、原料として使用する異形チタン系粉は、請求項2で特定するようにD50が10?50μm、D90が75μm未満、平均円形度0.50?0.90のものを使用することにより、請求項1で特定する、好ましい比表面積、空隙率、厚さ及び表面粗さを有するシート状チタン系多孔体が得られ、これは、導電率と強度特性において優れたものとなった。
平均円形度(比較例1)、D50及びD90が上記範囲を逸脱するもの(比較例2)、チタン繊維を原料としたもの(比較例3)は、良好なシート状チタン系多孔体を得ることができなかった。」

(2)上記(1)ア?ウによれば、本件発明1、4の解決しようとする課題は、「優れた反応効率を示すために高い比表面積を有し、かつ、通気性、通水性を確保するための高い空隙率を有したチタン系多孔体を提供すること」であり、「優れた反応効率を示すために高い比表面積」、「通気性、通水性を確保するための高い空隙率を有したチタン系多孔体」とは、請求項1で特定される「比表面積」及び「空隙率」を指すといえる。
そして、本件発明1、4が、請求項1で特定される「比表面積」及び「空隙率」を有することは自明であるから、本件発明1、4が当該課題を解決し得ることは明らかである。

(3)なお、申立人は、異議申立書(4-6-1-1)において、比較例1が実施例1?3よりも優れた導電率及び最大荷重を有していることをもって、本件発明1、4にて特定される比表面積及び空隙率の範囲の裏付けがないことを主張する。
一方で、上記(1)ウにも記載のように実施例1?3は、「好ましい比表面積、空隙率、厚さ及び表面粗さを有するシート状チタン系多孔体が得られ、これは、導電率と強度特性において優れたもの」であり、十分に高い導電率と強度特性を有すると認められるし、また、比較例1は、原料の平均円形度が所定の範囲を逸脱する場合に「良好なシート状チタン系多孔体を得ることができなかった」ことを示す具体例であって、本件特許における発明が解決しようとする課題の解決に必要な導電率や最大荷重を示すための具体例ではない。
したがって、比較例1が実施例1?3よりも優れた導電率及び最大荷重を有していることのみをもって、請求項1で特定される「比表面積」及び「空隙率」によっては課題を解決し得ないとすることはできず、申立人の当該主張は採用できない。

(4)小括
したがって、本件特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものでなく、同法第113条第4号の規定により取り消されるべきものでない。


4 申立理由3(明確性)、申立理由4(実施可能要件)について
(1)本件特許の発明の詳細な説明には、算術平均粗さRa(表面粗さ)の測定方法に関して以下の記載がある。
「【0007】
以下では、本発明を実施するための具体的形態を詳細に説明する。
≪比表面積・空隙率・表面粗さについて≫
・・・(省略)・・・
次に、少なくとも片面の 表面粗さは8.0μm以下であり、表面粗さの下限の限定はないが、好ましくは、0.1μm以上である。本発明の表面粗さは、JIS B 0601-2001に準拠して測定した値であり、算術平均粗さRaのことである。
・・・(省略)・・・」
「【0020】
3.分析方法
・・・(省略)・・・
4)表面粗さ:サーフテストSJ-310(株式会社ミツトヨ製)を用い、JIS B 0601-2001に準拠して測定。」

(2)上記(1)のとおり、本件特許においては、測定機器、準拠する規格が具体的に特定されているところ、測定機器、準拠する規格が特定されている場合、測定速度等の測定条件を揃えさえすれば、得られる表面粗さの値は、ほぼ同一になることは明らかである。また、測定対象が気孔を有するものであっても、同一の測定対象を測定する限り、測定機器、準拠する規格及び測定速度等の測定条件を同一にすれば、得られる表面粗さの値は、ほぼ同一になることも明らかである。
そして、表面粗さの測定にあたって測定速度その他の測定条件を測定機器や測定対象に応じて適切に設定すべきことは技術常識であって(例えば、甲7の2.2や2.4には、測定速度を含む測定条件を適切に決定すべきことやその決定方法が記載されている。)、当業者であれば、表面粗さの測定にあたり、技術常識を参酌して、測定機器や測定対象に応じた適切な測定条件を設定することができると認められる。
そして、そのような適切な測定条件を設定すれば、測定機器、準拠する規格が特定されている本件特許においては、得られる表面粗さの値は、ほぼ同一になるといえる。

(3)そうすると、本件特許における「算術平均粗さRa」の測定条件が不明であって「算術平均粗さRa」の内容が不明確とはいえないし、「算術平均粗さRa」に関し、本件特許の発明の詳細な説明の記載が、本件発明1及び4を当業者がその実施をするに当たり、過度の試行錯誤を要求するものであって、当業者が実施できるために明確かつ十分に記載したものでないともいえない。

(4)小括
したがって、本件特許は、特許法第36条第6項第2号および同法第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものでなく、同法第113条第4号の規定により取り消されるべきものでない。

第5 むすび
以上のとおり、本件特許の請求項1、4に係る特許は、特許異議申立書に記載された申立理由1?4によっては、取り消すことができない。
また、他に本件特許の請求項1、4に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。

よって、結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2019-11-12 
出願番号 特願2016-216121(P2016-216121)
審決分類 P 1 652・ 537- Y (B22F)
P 1 652・ 121- Y (B22F)
P 1 652・ 536- Y (B22F)
最終処分 維持  
前審関与審査官 米田 健志  
特許庁審判長 中澤 登
特許庁審判官 北村 龍平
平塚 政宏
登録日 2019-03-01 
登録番号 特許第6485967号(P6485967)
権利者 東邦チタニウム株式会社
発明の名称 チタン系多孔体及びその製造方法  
代理人 特許業務法人 もえぎ特許事務所  

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