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審決分類 審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  C22C
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C22C
審判 全部申し立て 2項進歩性  C22C
管理番号 1357694
異議申立番号 異議2019-700473  
総通号数 241 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2020-01-31 
種別 異議の決定 
異議申立日 2019-06-12 
確定日 2019-12-05 
異議申立件数
事件の表示 特許第6437062号発明「クラッド鋼用二相ステンレス鋼及びクラッド鋼」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6437062号の請求項1?9に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯

特許第6437062号(以下、「本件特許」という。)の請求項1?9に係る特許についての出願は、平成29年8月9日(優先権主張 平成28年8月10日)の出願であって、平成30年11月22日に特許権の設定登録がされ、同年12月12日に特許掲載公報が発行され、その後、令和元年6月12日付けで請求項1?9(全請求項)に係る本件特許に対し、特許異議申立人である井上潤(以下、「申立人」という。)によって特許異議の申立てがされ、同年8月27日付けで当審から取消理由が通知され、同年10月29日付けで特許権者から意見書が提出されたものである。

第2 当審の判断

1 本件発明

本件特許の特許請求の範囲の請求項1?9に係る発明(以下、順に「本件発明1」?「本件発明9」といい、これらを総称して「本件発明」という。)は、特許請求の範囲の請求項1?9に記載された事項により特定される次のとおりのものである。
「【請求項1】
質量%で、C:0.03%以下、Si:0.05?1.0%、Mn:0.1?6.0%、P:0.05%以下、S:0.0001?0.0014%、Cr:20.0?28.0%、Ni:0.5?9.0%、Mo:0.12?5.0%、N:0.05?0.35%、Al:0.003?0.05%、Ca:0.0005?0.0040%、O:0.001?0.004%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物よりなり、鋼表面における最大径5μm以上の大きさの酸化物系介在物中のCaとAlの重量比率(Ca/Al)が0.5以上3.5以下であることを特徴とするクラッド鋼用二相ステンレス鋼。
【請求項2】
更に質量%で、W:3.0%以下、Co:1.0%以下、Cu:3.0%以下、V:0.5%以下、Nb:0.15%以下、Ti:0.05%以下、B:0.0050%以下、Mg:0.0030%以下のうちの少なくとも1種を含むことを特徴とする請求項1に記載のクラッド鋼用二相ステンレス鋼。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の二相ステンレス鋼を合わせ材とし、母材を炭素鋼としたことを特徴とするクラッド鋼。
【請求項4】
質量%で、C:0.03%以下、Si:0.05?1.0%、Mn:0.1?6.0%、P:0.05%以下、S:0.0001?0.0014%、Cr:20.0?28.0%、Ni:0.5?9.0%、Mo:0.12?5.0%、N:0.05?0.35%、Al:0.002?0.05%、O:0.001?0.0052%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物よりなり、
前記合わせ材の組成に含まれる元素Cr、Mn、W、N、Moの含有量(%)との差が、Cr:-1.0%?+1.0%、Mn:-1.0%?+1.0%、W:-0.6%?+0.6%、N:-0.06%?+0.06%、Mo:-0.3%?+0.3%の範囲内であり、下記(1)式で表される耐食性指数PREWの差が-1.0?+1.0の範囲内にあり、Caが添加されていない組成を有し且つ固溶化熱処理された二相ステンレス鋼の孔食発生温度に対して、
前記合わせ材の孔食発生温度が-5℃以上高いことを特徴とする請求項3に記載のクラッド鋼。
PREW=Cr+3.3(Mo+0.5W)+16N-Mn・・・(1)
但し、式中の元素記号は当該元素の含有量(質量%)を意味し、元素が含まれないときは0を代入する。
【請求項5】
質量%で、C:0.03%以下、Si:0.05?1.0%、Mn:0.1?6.0%、P:0.05%以下、S:0.0001?0.0014%、Cr:20.0?28.0%、Ni:0.5?9.0%、Mo:0.12?5.0%、N:0.05?0.35%、Al:0.002?0.05%、O:0.001?0.0052%を含有し、
更に質量%で、W:3.0%以下、Co:1.0%以下、Cu:3.0%以下、V:0.5%以下、Nb:0.15%以下、Ti:0.05%以下、B:0.0050%以下、Mg:0.0030%以下のうちの少なくとも1種を含み、残部がFeおよび不可避的不純物よりなり、
前記合わせ材の組成に含まれる元素Cr、Mn、W、N、Moの含有量(%)との差が、Cr:-1.0%?+1.0%、Mn:-1.0%?+1.0%、W:-0.6%?+0.6%、N:-0.06%?+0.06%、Mo:-0.3%?+0.3%の範囲内であり、下記(1)式で表される耐食性指数PREWの差が-1.0?+1.0の範囲内にあり、Caが添加されていない組成を有し且つ固溶化熱処理された二相ステンレス鋼の孔食発生温度に対して、
前記合わせ材の孔食発生温度が-5℃以上高いことを特徴とする請求項3に記載のクラッド鋼。
PREW=Cr+3.3(Mo+0.5W)+16N-Mn・・・(1)
但し、式中の元素記号は当該元素の含有量(質量%)を意味し、元素が含まれないときは0を代入する。
【請求項6】
質量%で、C:0.03%以下、Si:0.05?1.0%、Mn:0.1?6.0%、P:0.05%以下、S:0.0001?0.0014%、Cr:20.0?28.0%、Ni:0.5?9.0%、Mo:0.12?5.0%、N:0.05?0.35%、Al:0.002?0.05%、O:0.001?0.0052%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物よりなり、
前記合わせ材の組成に含まれる元素Cr、Mn、W、N、Moの含有量(%)との差が、Cr:-1.0%?+1.0%、Mn:-1.0%?+1.0%、W:-0.6%?+0.6%、N:-0.06%?+0.06%、Mo:-0.3%?+0.3%の範囲内であり、下記(1)式で表される耐食性指数PREWの差が-1.0?+1.0の範囲内にあり、Caが添加されていない組成を有し且つ固溶化熱処理された二相ステンレス鋼の硬さに対して、
1.05倍以上1.30倍以下の硬さを有することを特徴とする請求項3に記載のクラッド鋼。
PREW=Cr+3.3(Mo+0.5W)+16N-Mn・・・(1)
但し、式中の元素記号は当該元素の含有量(質量%)を意味し、元素が含まれないとき
は0を代入する。
【請求項7】
質量%で、C:0.03%以下、Si:0.05?1.0%、Mn:0.1?6.0%、P:0.05%以下、S:0.0001?0.0014%、Cr:20.0?28.0%、Ni:0.5?9.0%、Mo:0.12?5.0%、N:0.05?0.35%、Al:0.002?0.05%、O:0.001?0.0052%を含有し、
更に質量%で、W:3.0%以下、Co:1.0%以下、Cu:3.0%以下、V:0.5%以下、Nb:0.15%以下、Ti:0.05%以下、B:0.0050%以下、Mg:0.0030%以下のうちの少なくとも1種を含み、残部がFeおよび不可避的不純物よりなり、
前記合わせ材の組成に含まれる元素Cr、Mn、W、N、Moの含有量(%)との差が、Cr:-1.0%?+1.0%、Mn:-1.0%?+1.0%、W:-0.6%?+0.6%、N:-0.06%?+0.06%、Mo:-0.3%?+0.3%の範囲内であり、下記(1)式で表される耐食性指数PREWの差が-1.0?+1.0の範囲内にあり、Caが添加されていない組成を有し且つ固溶化熱処理された二相ステンレス鋼の硬さに対して、
1.05倍以上1.30倍以下の硬さを有することを特徴とする請求項3に記載のクラッド鋼。
PREW=Cr+3.3(Mo+0.5W)+16N-Mn・・・(1)
但し、式中の元素記号は当該元素の含有量(質量%)を意味し、元素が含まれないときは0を代入する。
【請求項8】
質量%で、C:0.03%以下、Si:0.05?1.0%、Mn:0.1?6.0%、P:0.05%以下、S:0.0001?0.0014%、Cr:20.0?28.0%、Ni:0.5?9.0%、Mo:0.12?5.0%、N:0.05?0.35%、Al:0.002?0.05%、O:0.001?0.0052%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物よりなり、
前記合わせ材の組成に含まれる元素Cr、Mn、W、N、Moの含有量(%)との差が、Cr:-1.0%?+1.0%、Mn:-1.0%?+1.0%、W:-0.6%?+0.6%、N:-0.06%?+0.06%、Mo:-0.3%?+0.3%の範囲内であり、下記(1)式で表される耐食性指数PREWの差が-1.0?+1.0の範囲内にあり、Caが添加されていない組成を有し且つ固溶化熱処理された二相ステンレス鋼の孔食発生温度に対して、
前記合わせ材の孔食発生温度が-5℃以上高く、且つ、
前記二相ステンレス鋼の硬さに対して、1.05倍以上1.30倍以下の硬さを有することを特徴とする請求項3に記載のクラッド鋼。
PREW=Cr+3.3(Mo+0.5W)+16N-Mn・・・(1)
但し、式中の元素記号は当該元素の含有量(質量%)を意味し、元素が含まれないときは0を代入する。
【請求項9】
質量%で、C:0.03%以下、Si:0.05?1.0%、Mn:0.1?6.0%、P:0.05%以下、S:0.0001?0.0014%、Cr:20.0?28.0%、Ni:0.5?9.0%、Mo:0.12?5.0%、N:0.05?0.35%、Al:0.002?0.05%、O:0.001?0.0052%を含有し、
更に質量%で、W:3.0%以下、Co:1.0%以下、Cu:3.0%以下、V:0.5%以下、Nb:0.15%以下、Ti:0.05%以下、B:0.0050%以下、Mg:0.0030%以下のうちの少なくとも1種を含み、残部がFeおよび不可避的不純物よりなり、
前記合わせ材の組成に含まれる元素Cr、Mn、W、N、Moの含有量(%)との差が、Cr:-1.0%?+1.0%、Mn:-1.0%?+1.0%、W:-0.6%?+0.6%、N:-0.06%?+0.06%、Mo:-0.3%?+0.3%の範囲内であり、下記(1)式で表される耐食性指数PREWの差が-1.0?+1.0の範囲内にあり、Caが添加されていない組成を有し且つ固溶化熱処理された二相ステンレス鋼の孔食発生温度に対して、
前記合わせ材の孔食発生温度が-5℃以上高く、且つ、
前記二相ステンレス鋼の硬さに対して、1.05倍以上1.30倍以下の硬さを有することを特徴とする請求項3に記載のクラッド鋼。
PREW=Cr+3.3(Mo+0.5W)+16N-Mn・・・(1)
但し、式中の元素記号は当該元素の含有量(質量%)を意味し、元素が含まれないときは0を代入する。」

2 取消理由通知に記載した取消理由について

(1)取消理由の内容

本件特許の請求項1?9に対し、令和1年8月27日付けで当審から特許権者に通知した取消理由の内容は以下のとおりである。

「理由(明確性要件違反)
請求項1?9に係る本件特許は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。



1 『酸化物系介在物』の定義について

(1)請求項1の『酸化物系介在物』という記載に関し、発明の詳細な説明には以下の記載がある。なお、下線は当審が付した(以下同様)。
『Ca/Alの測定対象となる酸化物系介在物は、最大径5μm未満の単相の酸化物からなる一次粒子が凝集した二次粒子であっても良い。』(【0053】)
『なお、前記酸化物系介在物がCaF_(2)などの酸化物ではない化合物を含んでいても、酸化物の周囲に付着した複合介在物である場合もあり、このような場合は酸化物系介在物としてカウントする。』(【0054】)

(2)しかし、前記(1)の記載では、酸化物の他に、CaF_(2)等の酸化物でない化合物を含む以下のような態様が、請求項1の『酸化物系介在物』に該当するのか否かが明らかではない。
ア 周囲にCaF_(2)等の化合物が付着した最大径5μm未満の単相の酸化物からなる一次粒子が凝集して形成された最大径5μm以上の二次粒子。
イ 最大径5μm未満の単相の酸化物からなる一次粒子が凝集して形成された最大径5μm以上の酸化物からなる二次粒子の周囲にCaF_(2)等の化合物が付着した粒子。
ウ 最大径5μm未満の単相の酸化物からなる一次粒子と、最大径5μm未満のCaF_(2)等の化合物からなる一次粒子とが、凝集して形成された最大径5μm以上の二次粒子。

(3)よって、請求項1に記載された『酸化物系介在物』という記載は、明確であるとはいえない。
同様の理由により、請求項1を引用する請求項2?9の記載も、明確であるとはいえない。

2 『酸化物系介在物』の分析箇所の選択について

(1)請求項1の『酸化物系介在物中のCaとAlの重量比率(Ca/Al)』という記載に関し、発明の詳細な説明には以下の記載がある。
『酸化物系介在物のCaとAlの重量比率(Ca/Al)は、本発明において、以下のように決定される。まず、測定対象の試料の鋼表面の任意部分の5000μm×5000μmの範囲内において、鋼表層の検鏡面に存在する最大径5μm以上の介在物を光学顕微鏡にて確認した後に、走査型電子顕微鏡の試料室内に前記測定対象の試料を入れて、当該確認された介在物に対して電子線を照射し、反射されるX線のエネルギーを半導体検出器で分光等することで酸化物系介在物に含有されるCa/Alを求める。』(【0051】)
『前記したように電子線を介在物に照射すると、酸素、窒素、硫黄等のX線のエネルギーが分光されるので、これら分光強度の最大値を示す元素が酸素であれば、その分析点が酸化物であると判定することができる。』(【0052】)
『前記Ca/Alの測定は、一つの酸化物系介在物の検鏡面上の2箇所以上を分析し、それらを平均したCa/Alを当該酸化物系介在物の(Ca/Al)とする。分析する箇所は2、3箇所であっても良く、特に限定されない。これを5個以上の酸化物系介在物に対して行い、それらの平均値を最大径5μm以上の酸化物系介在物の(Ca/Al)とする。』(【0053】)

(2)しかし、前記(1)の記載によれば、最大径5μm以上の酸化物系介在物が存在することが確認された試料(【0051】、【0052】)について、Ca/Alの測定は、一つの酸化物系介在物の検鏡面上の2箇所以上に電子線を照射し、それぞれの箇所でCa及びAlの含有量を測定してCa/Alを算出した後、それらを平均したCa/Alを当該酸化物系介在物のCa/Alとするところ(【0053】)、
前記(1)の記載では、酸化物系介在物がCaF_(2)等の酸化物でない化合物を含む場合には、上記の電子線を照射する箇所の選択に際し、このような化合物が存在しない領域を選択するのか否か(酸化物ではない化合物に由来するCa及びAlを測定対象にするのか否か)が明らかではない。

(3)よって、請求項1の『酸化物系介在物中のCaとAlの重量比率(Ca/Al)』という記載は、明確であるとはいえない。
同様の理由により、請求項1を引用する請求項2?9の記載も、明確であるとはいえない。」

(2)取消理由の検討

ア 意見書における特許権者の主張

前記(1)の取消理由に対し、特許権者は、令和1年10月29日付けで意見書を提出し、以下の主張をしている。なお、「・・・」は、記載の省略を表す(以下同様)。

「(3)『酸化物系介在物』の定義について
Ca/Alの測定対象となる酸化物系介在物は、最大径5μm未満の単相の酸化物からなる一次粒子が凝集した二次粒子であっても良いので([0053])、請求項1の『酸化物系介在物』には、最大径5μm以上の酸化物粒子、及び最大径5μm未満の単相の酸化物からなる一次粒子が凝集した最大径5μm以上の二次粒子が含まれます。
さらに、前記酸化物系介在物がCaF_(2)などの酸化物でない化合物を含んでいても、酸化物の周囲に付着した複合介在物である場合もあり、このような場合は酸化物系介在物としてカウントされます([0054])。従って、請求項1の『酸化物系介在物』には、最大径5μm以上の酸化物の周囲に酸化物ではない化合物が付着したものも含まれます。

つまり、以下の(i)?(iii)が請求項1の酸化物系介在物です。
(i)最大径5μm以上の大きさの単相の酸化物粒子
(ii)最大径5μm以上の大きさの単相の酸化物粒子の周囲(一部も可)に酸化物ではない化合物が付着したもの
(iii)最大径5μm未満の大きさの単相の酸化物からなる一次粒子が凝集した結果、最大径5μm以上となった二次粒子

以上の通り、請求項1の酸化物系介在物は、明細書に記載した通りの態様を意味します。従って、取消理由通知に記載されたア?ウの粒子は、請求項1の『酸化物系介在物』には該当しません。

(4)『酸化物系介在物』の分析箇所の選択について
本件特許発明は、CaSに起因する耐食性の低下が防止され、且つ、溶体化熱処理を施さなくても、熱間圧延までであっても容体化熱処理同等の耐食性や熱間加工性を有する二相ステンレス鋼と、当該二相ステンレス鋼を合わせ材として用いたクラッド鋼の提供を課題とします([0016])。

前記課題を解決するためには、クラッド合わせ材表層部に存在する最大径が5μm以上の大きさの酸化物系介在物中のCaとAlの重量比率(Ca/Al)の値が0.5?3.5となる条件の二相ステンレス鋼を合わせ材とすることで、熱間圧延まま或いは冷間圧延ままの状態で、合わせ材素材の熱間加工性とクラッド鋼の合わせ材の耐孔食性が両立できることを知見し、本件特許発明の研究開発が行われました([0016])。

そして、本件特許明細書[0049]、[0050]には以下のように記載されています。

[0049]
・・・

[0050]
その作用機構については十分に明らかになっていないが、CaSのような硫化物系介在物が溶解することにより発生した微小ピット中の液性が、鋼が溶解をはじめるようなpHが低い環境に至ったときに、適正な(Ca/Al)を持つ酸化物が溶解して液性をアルカリ側に持ち来すことにより鋼の溶解を抑制する作用が発生している可能性が一例として想定される。

また、上記(3)でも申し上げたように、本件特許明細書の記載に照らし、審判長殿が取消理由通知に記載されたア?ウの粒子は、請求項1の『酸化物系介在物』には該当しません。

これらの本件特許明細書の記載から、たとえ酸化物系介在物に酸化物でない化合物を含む場合(最大径5μm以上の大きさの単相の酸化物粒子の周囲に非酸化物の化合物が付着した場合)であっても、鋼材表面に存在する最大径が5μm以上の酸化物系介在物中の酸化物を測定対象とすることは当業者であれば当然に理解できると思料いたします。」

イ 「酸化物系介在物」の定義について

(ア)前記アの主張によれば、発明の詳細な説明の記載に接した当業者であれば、請求項1の「酸化物系介在物」は、最大径が5μm以上であれば、単相であっても二次粒子であってもよく、また、酸化物ではない化合物であっても、酸化物の周囲に付着した態様であれば許容されることを理解できるから、上記「酸化物系介在物」に、前記アの(i)?(iii)の態様が含まれることを理解することができる。

(イ)その一方で、前記アの主張によれば、前記アの(i)?(iii)の態様の他に、
「(iv)最大径5μm未満の大きさの単相の酸化物からなる一次粒子が凝集した結果、最大径5μm以上となった二次粒子の周囲(一部も可)に酸化物ではない化合物が付着した粒子」
という態様も、上記「酸化物系介在物」に該当するとも考えられる。
しかし、上記(iv)の態様の粒子が形成されるためには、最大径5μm未満の大きさの単相の酸化物からなる一次粒子と酸化物ではない化合物の粒子の両者が共存する状態において、まず初めに、上記酸化物からなる一次粒子が優先的に凝集して最大径5μm以上の二次粒子を形成し、次いで、当該二次粒子の周囲に酸化物ではない化合物の粒子が付着する必要があると考えられるところ、当業者であっても、上記の順序で酸化物からなる一次粒子の凝集と酸化物でない化合物の粒子の付着が進行し得ることを裏付ける根拠を見いだすことはできないから、結局、請求項1の「酸化物系介在物」は、前記アの(i)?(iii)の態様に限られるものと認められる。

(ウ)以上のとおりであるから、前記アの主張によって、「酸化物系介在物」の定義は明確となった。

ウ 「酸化物系介在物」の分析箇所の選択について

(ア)前記アの主張によれば、本件発明の課題が解決される作用機構については、十分に明らかにはなっていないものの、「適正な(Ca/Al)を持つ酸化物が溶解して液性をアルカリ側に持ち来すことにより鋼の溶解を抑制する作用が発生している可能性が一例として想定される」(【0050】)ところ、上記作用機構によれば、「酸化物系介在物中のCaとAlの重量比率(Ca/Al)」を算出する際の測定対象とするのは、溶解によって液性をアルカリ側に持ち来すことができる酸化物系介在物中の酸化物であって、周囲に付着した非酸化物でないことは、当業者であれば理解できることである。

(イ)以上のとおりであるから、前記アの主張によって、「酸化物系介在物中のCaとAlの重量比率(Ca/Al)」を算出する際の測定対象が「酸化物系介在物中の酸化物」であることが明確となった。

エ したがって、前記アの主張によって、前記(1)の取消理由は解消した。

3 取消理由通知において採用しなかった特許異議申立理由について

(1)取消理由通知で採用しなかった特許異議申立理由の概要

申立人が主張した異議申立理由のうち、取消理由通知で採用しなかったものの概要は以下のとおりである。

ア 申立理由1(サポート要件違反)

本件発明では「酸化物系介在物」中の酸化物の割合も、酸化物の種類(CaO-Al_(2)O_(3)系酸化物であること)も特定されておらず、以上のことは実施例においても明らかにされていないから、「酸化物系介在物」がどのような形態であっても、(Ca/Al)が0.5以上3.5以下でありさえすれば、本件発明の課題を解決できるとはいえない。
また、実施例等では、5000μm×5000μmの範囲で最大径5μm以上の酸化物系介在物の5個以上を測定しているから(【0051】?【0053】、【0078】)、本件発明の課題を解決するためには、酸化物系介在物の密度の特定(5000μm×5000μmの範囲で5個以上)も必要である。
したがって、本件発明には、発明の詳細な説明に記載された発明の課題を解決するための手段が反映されているとはいえず、本件発明は、発明の詳細な説明に記載した範囲を超えることになるから、発明の詳細な説明に記載したものであるとはいえない。
よって、請求項1?9に係る本件特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。

イ 申立理由2(新規性欠如・進歩性欠如)

本件発明1、2は、本件特許の出願前に日本国内において頒布された刊行物である甲第1号証に記載された発明であるから、請求項1、2に係る本件特許は、特許法第29条第1項第3号の規定に違反してされたものである。
また、本件発明1?9は、本件特許の出願前に日本国内において頒布された刊行物である甲第1号証に記載された発明に基いて、本件特許の出願前に、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、請求項1?9に係る本件特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。

[証拠方法]
甲第1号証:特開2004-149833号公報
甲第2号証:国際公開第2005/014872号
甲第3号証:特開2014-114466号公報
(以下、「甲第1号証」?「甲第3号証」を、順に「甲1」?「甲3」という。)

(2)当審の判断

ア 申立理由1(サポート要件違反)について

(ア)特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識し得る範囲のものであるか否か、また、発明の詳細な説明に記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識し得る範囲のものであるか否かを検討して判断すべきである。

(イ)そこで、本件発明1について検討すると、本件特許の願書に添付した明細書の発明の詳細な説明(以下、「発明の詳細な説明」という)には以下の記載がある。

「【0001】
本発明は、耐食性にすぐれた二相ステンレス鋼を合わせ材として用いたクラッド鋼に関・・・する。
【0002】
クラッド鋼は母材と合わせ材により構成される。母材は炭素鋼などの相対的に安価な鋼が用いられ、強度・靱性などクラッド鋼の基本的な力学特性を担わされる。合わせ材は相対的に高価な鋼が用いられ、腐食環境に対する耐食性など、クラッド鋼の用途に適合する特殊機能性を担わされる。・・・」
「【0007】
二相ステンレス鋼は熱間加工性が乏しいステンレス鋼であり、S含有量を低減しても熱間圧延時に耳割れを発生することがある。そこで、熱間加工性対策として種々の方法が提案されており、S量を3ppm以下という極低値に低減する・・・、さらにCaを添加して鋼中のSをCaSとして固定するなどの方法があげられる・・・。しかし、Caを添加する場合・・・生成したCaSが孔食の起点となって耐孔食性を低下する場合があった。」
「【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、CaSに起因する耐食性の低下が防止され、且つ、溶体化熱処理を施さなくとも、熱間圧延ままであっても溶体化熱処理同等の耐食性や熱間加工性を有する二相ステンレス鋼と、当該二相ステンレス鋼を合わせ材として用いたクラッド鋼の提供を目的とする。」
「【0016】
・・・本発明者らは・・・研究開発を進めた・・・結果、クラッド合わせ材表層部に存在する最大径が5μm以上の大きさの酸化物系介在物中のCaとAlの重量比率(Ca/Al)の値が0.5?3.5となる条件の二相ステンレス鋼を合わせ材とすることで、熱間圧延まま或いは冷間圧延ままの状態で、合わせ材素材の熱間加工性とクラッド鋼の合わせ材の耐孔食性が両立できることを知見した。」
「【0047】
次に、本発明のクラッド鋼の合わせ材用二相ステンレス鋼の鋼表面において測定対象となる酸化物系介在物について説明する。
【0048】
酸化物系介在物中のCaとAlの重量比率(Ca/Al)は、本発明のクラッド鋼用二相ステンレス鋼の熱間加工性と耐食性を高める重要な指標であり、先に述べた研究開発により0.5?3.5の範囲を定めた。
【0049】
また、クラッド鋼用二相ステンレス鋼の耐孔食性は、鋼材表面に存在する最大径が5μm以上の比較的大きな酸化物系介在物とその周囲に存在する硫化物に支配されている。Caを添加した二相ステンレス鋼では鋼中にCaSが存在し、腐食環境にて容易に溶解して孔食起点になりうる。しかし、Ca添加を必須元素とする本発明のクラッド鋼の合わせ材用二相ステンレス鋼においては、前述した最大径5μm以上の酸化物系介在物中のCaとAlの重量比率(Ca/Al)を0.5?3.5に制御することにより、CaS等の硫化物を起点として孔食が発生することを防止し、高い耐孔食性を付与するものである。
【0050】
その作用機構については十分に明らかになっていないが、CaSのような硫化物系介在物が溶解することにより発生した微小ピット中の液性が、鋼が溶解をはじめるようなpHが低い環境に至ったときに、適正な(Ca/Al)を持つ酸化物が溶解して液性をアルカリ側に持ち来すことにより鋼の溶解を抑制する作用が発生している可能性が一例として想定される。いくつかの想定される機構とは別に、本発明者らは(Ca/Al)が0.5未満であると、孔食の発生を抑制することができず、一方(Ca/Al)が3.5を越えると本鋼の熱間加工性の低下が起きやすくなる実験結果を得た。このため(Ca/Al)を0.5?3.5と定めた。
【0051】
酸化物系介在物のCaとAlの重量比率(Ca/Al)は、本発明において、以下のように決定される。まず、測定対象の試料の鋼表面の任意部分の5000μm×5000μmの範囲内において、鋼表層の検鏡面に存在する最大径5μm以上の介在物を光学顕微鏡にて確認した後に、走査型電子顕微鏡の試料室内に前記測定対象の試料を入れて、当該確認された介在物に対して電子線を照射し、反射されるX線のエネルギーを半導体検出器で分光等することで酸化物系介在物に含有されるCa/Alを求める。
【0052】
尚、前記したように電子線を介在物に照射すると、酸素、窒素、硫黄等のX線のエネルギーが分光されるので、これら分光強度の最大値を示す元素が酸素であれば、その分析点が酸化物であると判定することができる。
【0053】
Ca/Alの測定対象となる酸化物系介在物は、最大径5μm未満の単相の酸化物からなる一次粒子が凝集した二次粒子であっても良い。また、前記Ca/Alの測定は、一つの酸化物系介在物の検鏡面上の2箇所以上を分析し、それらを平均したCa/Alを当該酸化物系介在物の(Ca/Al)とする。分析する箇所は2、3箇所であっても良く、特に限定されない。これを5個以上の酸化物系介在物に対して行い、それらの平均値を最大径5μm以上の酸化物系介在物の(Ca/Al)とする。
【0054】
なお、前記酸化物系介在物がCaF2などの酸化物ではない化合物を含んでいても、酸化物の周囲に付着した複合介在物である場合もあり、このような場合は酸化物系介在物としてカウントする。・・・」
「【実施例】
【0067】
以下に実施例について記載する。本発明者らは25kgの真空溶解により、表1-1(本発明例)及び表1-2(比較例)に化学組成を示す供試鋼を作成した。・・・表1-1及び表1-2に記載されている成分は残部がFeおよび不可避的不純物元素である。また・・・含有量が記載されていない部分(符号が「-」で表示された部分)は該当する元素成分を意図的に添加していないため、測定を行っていないことを示す。」
「【0076】
【表1-1】

【0077】
【表1-2】

【0078】
合わせ材表面の酸化物組成(Ca/Al)の値の測定は以下のようにおこなった。・・・鋼表面の任意部分の5000μm×5000μmの範囲内において、鋼表層の検鏡面に存在する最大径5μm以上の介在物を光学顕微鏡にて確認した後に、走査型電子顕微鏡に試料を入れた。前記確認した介在物に対して電子線を照射し、反射されるX線のエネルギーを半導体検出器で分光することにより、軽元素を除く金属元素の重量比率を求め、上述した手法にて確認した5個以上の酸化物系介在物に含有されるCa/Alをそれぞれ求め、その平均値である(Ca/Al)を得た。・・・」
「【0080】
表2-1及び表2-2に示す実施例より、本発明が開示するクラッド鋼板の合わせ材用二相ステンレス鋼板は耳割れ長さが3mm以下であって熱間加工性が良好であり、クラッド鋼板合わせ材の孔食発生温度(A-B_(0))が-5℃以上であって耐食性が良好であることが明らかである。また合わせ材の表面硬度がC/D_(0)が1.05以上1.30以下の圧延加工ままの状態で、熱処理を施すこと無く良好な耐食性を有するため、最終焼鈍が省略でき、このため経済的なクラッド鋼板が提供できることが明らかである。
【0081】
以上の実施例からわかるように、本発明により熱間加工性が良好で、クラッド鋼合わせ材の耐食性が改善され、経済的な二相ステンレス鋼を合わせ材としてクラッド鋼が得られることが明確となった。
【0082】
【表2-1】

【0083】
【表2-2】



(ウ)前記(イ)の記載によれば、発明の詳細な説明には、以下の事項が記載されている。

a 本件発明は、耐食性に優れた二相ステンレス鋼を合わせ材として用いたクラッド鋼に関する(【0001】)。
クラッド鋼は、炭素鋼等の相対的に安価な鋼が用いられ、強度・靱性等のクラッド鋼の基本的な力学特性を担わされる母材と、相対的に高価な鋼が用いられ、腐食環境に対する耐食性等、用途に適合する特殊機能性を担わされる合わせ材とから構成されるところ(【0002】)、二相ステンレス鋼は熱間加工性に乏しく、S含有量を低減しても熱間圧延時に耳割れを発生することがあるため、その対策として、S量を3ppm以下という極低値に低減する方法や、Caを添加して鋼中のSをCaSとして固定する方法等が知られているが、後者の場合、生成したCaSが孔食の起点となって耐孔食性が低下してしまう問題があった(【0007】)。

b 本件発明は、前記aの問題に鑑みてなされたものであり、「CaSに起因する耐食性の低下が防止され、かつ、溶体化熱処理を施さなくとも、熱間圧延ままであっても溶体化熱処理同等の耐食性や熱間加工性を有する二相ステンレス鋼と、当該二相ステンレス鋼を合わせ材として用いたクラッド鋼の提供」を発明が解決しようとする課題(以下、「本件課題」という。)とする(【0012】)。

c 本件発明は、表層部に存在する最大径が5μm以上の大きさの酸化物系介在物中のCaとAlの重量比率(Ca/Al)の値が0.5?3.5となる条件の二相ステンレス鋼を合わせ材とすることで、熱間圧延まま又は冷間圧延ままの状態で、合わせ材素材の熱間加工性とクラッド鋼の合わせ材の耐孔食性が両立できるという知見に基くものであり(【0016】、【0047】?【0048】)、上記重量比率(Ca/Al)を0.5?3.5に制御することによって、CaS等の硫化物が腐食環境で容易に溶解して孔食起点になることを防止し、高い耐孔食性を付与するものである(【0049】)。
その作用機構については十分に明らかになっていないが、CaSのような硫化物系介在物が溶解して発生した微小ピット中の液性が、鋼が溶解を始めるような低いpHの環境に至った時に、上記重量比率(Ca/Al)が適性範囲(0.5?3.5)である酸化物系介在物が溶解し、液性をアルカリ性側に持ち来すことにより、鋼の溶解を抑制する作用が発生している可能性が一例として想定される(【0050】)。
上記重量比率(Ca/Al)の範囲は、0.5未満であると、孔食の発生を抑制することができず、3.5を越えると熱間加工性の低下が起きやすくなるという実験結果に基く(【0050】)。

d 酸化物系介在物のCaとAlの重量比率(Ca/Al)は、以下のように決定される。
まず、測定対象の試料の鋼表面の任意部分の5000μm×5000μmの範囲内において、鋼表層の検鏡面に存在する最大径5μm以上の介在物を光学顕微鏡にて確認した後に、走査型電子顕微鏡の試料室内に前記測定対象の試料を入れ、当該確認された介在物に対して電子線を照射し、反射されるX線のエネルギーを半導体検出器で分光等することで酸化物系介在物に含有されるCa/Alを求める(【0051】)。
電子線を酸化物系介在物に照射すると、酸素、窒素、硫黄等のX線のエネルギーが分光されるので、これら分光強度の最大値を示す元素が酸素であれば、その分析点が酸化物であると判定できる(【0052】)。
Ca/Alの測定対象となる酸化物系介在物は、最大径5μm未満の単相の酸化物からなる一次粒子が凝集した二次粒子であっても良い。
Ca/Alの測定は、一つの酸化物系介在物について、検鏡面上の2箇所以上を分析し、それらを平均したCa/Alを当該酸化物系介在物の(Ca/Al)とする。これを5個以上の酸化物系介在物に対して行い、それらの平均値を最大径5μm以上の酸化物系介在物の(Ca/Al)とする(【0053】)。
なお、前記酸化物系介在物がCaF2などの酸化物ではない化合物を含んでいても、酸化物の周囲に付着した複合介在物である場合は酸化物系介在物としてカウントする(【0054】)。

e 実施例においても、合わせ材表面における酸化物系介在物のCaとAlの重量比率(Ca/Al)の測定は、前記dのとおりに行った(【0078】)。
表1-1及び2-1によれば、「本発明例」(鋼No.a1?a8、b1?b6、c1?c2、d1?d2、e?j)の各鋼は、本件発明1又は2で特定された種類と含有量の成分元素を含有するとともに、上記重量比率(Ca/Al)は、0.6(鋼No.b2)?3.3(鋼No.a5、b4)の範囲にあり、いずれも、耳割れ長さが3mm以下であって熱間加工性が良好であり、また、孔食発生温度(A-B_(0))が-5℃以上であって耐食性が良好であり、さらに、表面硬度がC/D_(0)が1.14(鋼No.e)?1.30(鋼No.b4、b5)の圧延加工ままの状態で上記の良好な耐食性を有することを確認できる(【0080】)。
他方、表1-2及び2-2によれば、「比較例」(鋼No.a0、a11?a15、b0、b11?b12、c0?j0)のうち、本件発明1又は2で特定された種類と含有量の成分元素を含有する一方で、上記重量比率(Ca/Al)が、本件発明(0.5?3.5)と異なり、その値が、0.4である鋼No.a13、a15、及び、3.6である鋼No.b11は、いずれも、孔食発生温度(A-B_(0))が-5℃以上の条件を満たさず、耐食性が良好とはいえないことを確認できる。

(エ)前記(ウ)によれば、本件発明1又は2で特定された種類と含有量の成分元素を含有するとともに、本件発明1で特定された「鋼表面における最大径5μm以上の大きさの酸化物系介在物中のCaとAlの重量比率(Ca/Al)が0.5以上3.5以下である」「クラッド鋼用二相ステンレス鋼」である本件発明1、2、4?9、及び、上記「クラッド鋼用二相ステンレス鋼」「を合わせ材とし、母材を炭素鋼としたことを特徴とするクラッド鋼」である本件発明3は、いずれも、酸化物系介在物中の酸化物が溶解して液性をアルカリ側に持ち来すことによって、本件課題を解決できるものであるということができ、以上のことは、「本発明例」及び「比較例」によっても裏付けられている。
したがって、本件発明は、発明の詳細な説明の記載により、当業者が本件課題を解決できると認識し得る範囲のものであるといえるから、発明の詳細な説明に記載されたものであり、サポート要件に適合する。

(オ)申立人は、本件発明では「酸化物系介在物」中の酸化物の割合も、酸化物の種類も特定されておらず、以上のことは実施例においても明らかにされていないから、「酸化物系介在物」がどのような形態であっても、(Ca/Al)が0.5以上3.5以下でありさえすれば、本件発明の課題を解決できるとはいえず、また、実施例等では、5000μm×5000μmの範囲で最大径5μm以上の酸化物系介在物の5個以上を測定しているから、本件発明の課題を解決するためには、酸化物系介在物の密度の特定(5000μm×5000μmの範囲で5個以上)も必要であると主張する。
しかし、前記(エ)にあるとおり、本件課題は、本件発明1又は2で特定された種類と含有量の成分元素を含有するとともに、本件発明1で特定された「鋼表面における最大径5μm以上の大きさの酸化物系介在物中のCaとAlの重量比率(Ca/Al)が0.5以上3.5以下である」「クラッド鋼用二相ステンレス鋼」を備えていれば、解決できるものである。
そして、上記重量比率(Ca/Al)の測定に際しても、前記(ウ)dにあるとおり、鋼表面の任意部分の5000μm×5000μmの範囲内において、鋼表層の検鏡面に存在する最大径5μm以上の介在物を光学顕微鏡にて確認した後、走査型電子顕微鏡の試料室内に前記測定対象の試料を入れ、当該確認された介在物に対して電子線を照射し、反射されるX線の分光強度の最大値を示す元素が酸素であれば、その分析点が酸化物であると判定して、重量比率(Ca/Al)の測定を行えばよく、測定に際して、酸化物の種類や割合や密度を特定することまでが必要になるとはいえないから、上記主張を採用することはできない。

(カ)よって、申立理由1には理由がない。

イ 申立理由2(新規性欠如・進歩性欠如)について

(ア)甲1?3の記載事項/甲1に記載された発明

a 甲1の記載事項/甲1に記載された発明

(a)甲1には、以下の記載がある。

「【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、耐食性、溶接性および表面性状に優れるステンレス鋼とその製造方法に関するものである。
【0002】
【従来の技術】
Fe-Ni-Cr系のステンレス鋼は、高耐食性合金として・・・広く利用されている。しかし・・・表面に存在する非金属介在物は、錆などの腐食の起点となり、その腐食の速さは、非金属介在物の組成や量によって変化することが知られ・・・組成によっては表面疵を発生させることがあり、とくにその組成がアルミナの場合に顕著となる。」
「【0005】
【発明が解決しようとする課題】
上記のように、鋼中に含まれる非金属介在物の量や組成によっては、十分な耐食性や溶接性が得られないことがある。また、介在物組成がアルミナとなると、クラスターに起因した表面庇を発生させてしまう。・・・
【0006】
本発明の目的は、耐食性、溶接性および表面性状に優れたステンレス鋼を提供するとともに、該ステンレス鋼を汎用の生産設備を用いて安価に製造する方法を提案することにある。
【0007】
【課題を解決するための手段】
発明者らは、上記従来技術の抱える問題点を解決するため、とくにステンレス鋼に含まれる非金属介在物の量および組成が、ステンレス鋼の耐食性、溶接性および表面性状に与える影響について・・・検討を行った。」
「【0011】
・・・発明者らは、非金属介在物が、MgO・Al_(2)O_(3)(スピネル)、MgO(マグネシア)、CaO-Al_(2)O_(3)系酸化物(カルシウムアルミネート)およびCaO-SiO_(2)-Al_(2)O_(3)-MgO-MnO系酸化物(シリケート)のうちの1種または2種以上からなる組成である場合には、耐食性、溶接性および表面性状が共に優れるステンレス鋼が得られることを知見した。」
「【0015】
本発明は、上記知見に基づいて開発されたものであって、
C≦0.1wt%、Si:0.01?2.0wt%、
Mn:0.01?3.0wt%、Cr:13.0?26.0wt%、
Ni:2.0?30.0wt%、Al:0.001?0.1wt%、
S:0.0002?0.02wt%、Mg:0.00005?0.01wt%、
Ca:0.00005?0.01wt%、O:0.0001?0.01wt%、
残部がFeおよび不可避的不純物からなるステンレス鋼において、該ステンレス鋼中に含まれる非金属介在物が、MgO・Al_(2)O_(3),CaO-Al_(2)O_(3)系酸化物,MgOおよびCaO-SiO_(2)-Al_(2)O_(3)-MgO-MnO系酸化物のうちの1種または2種以上からなることを特徴とする耐食性、溶接性および表面性状に優れるステンレス鋼である。」
「【0040】
MgO・Al_(2)O_(3)
・・・MgO・Al_(2)O_(3)の組成は、MgO≧5wt%およびAl_(2)O_(3)≦95wt%であることが好ましい。
【0041】
CaO-Al_(2)O_(3)系酸化物
・・・CaO-Al_(2)O_(3)系酸化物の組成は、CaO:30?60wt%かつAl_(2)O_(3):40?70wt%の範囲内であることが好ましい。・・・
【0042】
CaO-SiO_(2)-Al_(2)O_(3)-MgO-MnO系酸化物
・・・各酸化物の組成は、CaO:1?40wt%、SiO_(2):10?70wt%、Al_(2)O_(3):5?40wt%、MgO:0.1?25wt%およびMnO:0.1?40wt%の範囲内にあることが好ましい。・・・」
「【0053】
【実施例】容量60トンの電気炉により、フェロニッケル、純ニッケル、フェロクロム、鉄屑、ステンレス屑、Fe-Ni合金屑を原料として溶解後、AODにて酸化精錬を行った後、石灰石および螢石を投入し、CaO-SiO_(2)-Al_(2)O_(3)-MgO-F系スラグを生成させ、さらに、アルミニウムおよび/またはフェロシリコンを投入し、クロム還元、脱酸および脱硫を行った後、連続鋳造により、あるいは普通造塊法にて得た鋳塊を熱間鍛造することによりスラブとした。なお、一部のチャージでは、VODのみで精錬を行った。その後、このスラブを熱間圧延し、冷間圧延して板厚3mmの鋼板とした。」
「【0060】
鋼板成分の分析結果を表1に、非金属介在物組成および介在物の形態、清浄度の測定結果を表2に、そして、表面性状、耐食性試験、溶接性の調査結果を表3に示す。表1?3の結果によれば、本発明例No.1?11は、すべて本発明の規定した組成範囲を満足しており、表面性状、耐食性および溶接性ともに問題はなかった。・・・
【0061】
【表1】

【0062】
【表2】

【0063】
【表3】



(b)前記(a)の記載によれば、甲1には以下の事項が記載されている。

(1a)甲1に記載された発明は、耐食性、溶接性及び表面性状に優れるステンレス鋼及びその製造方法に関する(【0001】)。

(1b)従来、Fe-Ni-Cr系のステンレス鋼は、高耐食性合金として広く利用されているものの、鋼中に含まれる非金属介在物の量や組成によっては、十分な耐食性や溶接性が得られないことがあり、また、介在物組成がアルミナである場合には、クラスターに起因した表面庇を発生させてしまう問題があったところ(【0002】、【0005】)、甲1に記載された発明は、上記問題に鑑みてなされたものであって、「耐食性、溶接性及び表面性状に優れたステンレス鋼を提供するとともに、該ステンレス鋼を汎用の生産設備を用いて安価に製造する方法を提案すること」を発明が解決しようとする課題とする(【0006】)。

(1c)甲1に記載された発明は、鋼中に含まれる非金属介在物が、MgO・Al_(2)O_(3)(スピネル)、MgO(マグネシア)、CaO-Al_(2)O_(3)系酸化物(カルシウムアルミネート)およびCaO-SiO_(2)-Al_(2)O_(3)-MgO-MnO系酸化物(シリケート)のうちの1種または2種以上からなる組成である場合には、耐食性、溶接性および表面性状が共に優れるステンレス鋼が得られるという知見に基いて開発されたものであって(【0007】、【0011】)、C≦0.1wt%、Si:0.01?2.0wt%、Mn:0.01?3.0wt%、Cr:13.0?26.0wt%、Ni:2.0?30.0wt%、Al:0.001?0.1wt%、S:0.0002?0.02wt%、Mg:0.00005?0.01wt%、Ca:0.00005?0.01wt%、O:0.0001?0.01wt%、残部がFeおよび不可避的不純物からなるステンレス鋼において、該ステンレス鋼中に含まれる非金属介在物が、MgO・Al_(2)O_(3),CaO-Al_(2)O_(3)系酸化物,MgOおよびCaO-SiO_(2)-Al_(2)O_(3)-MgO-MnO系酸化物のうちの1種または2種以上からなるステンレス鋼である(【0015】)。

(1d)ステンレス鋼中に含まれる非金属介在物の組成については、MgO・Al_(2)O_(3)では、MgO≧5wt%及びAl_(2)O_(3)≦95wt%であることが好ましく(【0040】)、CaO-Al_(2)O_(3)系酸化物では、CaO:30?60wt%かつAl_(2)O_(3):40?70wt%の範囲内であることが好ましく(【0041】)、CaO-SiO_(2)-Al_(2)O_(3)-MgO-MnO系酸化物では、CaO:1?40wt%、SiO_(2):10?70wt%、Al_(2)O_(3):5?40wt%、MgO:0.1?25wt%及びMnO:0.1?40wt%の範囲内にあることが好ましい(【0042】)。

(1e)実施例においては、容量60トンの電気炉により、原料であるフェロニッケル、純ニッケル、フェロクロム、鉄屑、ステンレス屑、Fe-Ni合金屑を溶解し、AODにて酸化精錬を行い、石灰石及び螢石を投入してCaO-SiO_(2)-Al_(2)O_(3)-MgO-F系スラグを生成させ、さらに、アルミニウム及び/又はフェロシリコンを投入し、クロム還元、脱酸及び脱硫を行った後、連続鋳造又は普通造塊にて得た鋳塊を熱間鍛造することによりスラブとし、一部のチャージでは、VODのみで精錬を行った後、上記スラブを熱間圧延し、冷間圧延して板厚3mmの鋼板としたところ(【0053】)、表1?3の結果によれば、本発明例No.1?11は、すべて本発明の規定した組成範囲を満足しており、表面性状、耐食性および溶接性ともに問題はなかった。
また、本発明例の「No.4」については、表1の「鋼板の化学成分(wt%)」によれば、各成分元素の組成は、wt%で、C:0.016%、Si:0.32%、Mn:0.62%、P:0.025%、S:0.0005%、Ni:6.48%、Cr:24.54%、Mo:3.18%、Co:0.23%、Al:0.012%、Mg:0.0005%、Ca:0.0006%、O:0.0023%、N:0.163%となっており、表2の「介在物組成(wt%)」によれば、非金属介在物の組成が、wt%で、MgO・Al_(2)O_(3)では、MgO:15.9%、Al_(2)O_(3):84.1%であり、MgOでは、100%であり、CaO-SiO_(2)-Al_(2)O_(3)-MgO-MnO系酸化物では、CaO:12.5%、SiO_(2):22.5%、Al_(2)O_(3):35.6%、MgO:23.5%、MnO:5.6%、Cr_(2)O_(3):0.2%、FeO:0.1%となっている。

(c)前記(b)によれば、甲1には、「発明例」の「No.4」に基いて認定した以下の「甲1発明」が記載されている。

(甲1発明)
wt%で、C:0.016%、Si:0.32%、Mn:0.62%、P:0.025%、S:0.0005%、Ni:6.48%、Cr:24.54%、Mo:3.18%、Co:0.23%、Al:0.012%、Mg:0.0005%、Ca:0.0006%、O:0.0023%、N:0.163%、残部がFe及び不可避的不純物からなるステンレス鋼であって、
上記ステンレス鋼中に含まれる非金属介在物が、MgO・Al_(2)O_(3)(組成は、MgO:15.9%、Al_(2)O_(3):84.1%)、MgO(組成は、MgO:100%)、及び、CaO-SiO_(2)-Al_(2)O_(3)-MgO-MnO系酸化物(組成は、CaO:12.5%、SiO_(2):22.5%、Al_(2)O_(3):35.6%、MgO:23.5%、MnO:5.6%、Cr_(2)O_(3):0.2%、FeO:0.1%)からなるステンレス鋼。

b 甲2には以下の記載がある。

「[0001] 本発明は、海水中で優れた耐食性を有する二相ステンレス鋼に関する。・・・」
「[0011] 本発明は・・・良好な耐孔食性が安定して得られる二相ステンレス鋼およびその製造方法を提供することを目的とする」
「請求の範囲
[1] 質量%で、C:0.03%以下、Si:0.01?2%、Mn:0.1?2%、P:0.05%以下、S:0.001%以下、Al:0.003?0.05%、Ni:4?12%、Cr:18?32%、Mo:0.2?5%、N(窒素):0.05?0.4%、O(酸素):0.01%以下、Ca:0.0005?0.005%、Mg:0.0001?0.005%、Cu:0?2%、B:0?0.01%およびW:0?4%を含有し、残部がFeおよび不純物からなる二相ステンレス鋼であって、その中に含まれる介在物のうち、CaおよびMgの合計含有量が20?40質量%であり、且つ長径が7μm以上である酸化物系介在物が加工方向に垂直な断面lmm^(2)あたり10個以下であることを特徴とする二相ステンレス鋼。
・・・
[7] 下記の(2)式で表されるスラグ塩基度が0.5?3.0となる条件で還元し、出鋼した溶鋼に、1500℃以上の温度で5分以上のキリングを実施した後に鍛造し、得られた鑰片を下記の(3)式で表される総加工比Rが10以上となる条件で加工することを特徴とする請求項1から6までのいずれかに記載の二相ステンレス鋼の製造方法。

但し、(2)式中の各化合物は、それぞれの化合物のスラグ中濃度(質量%)を意味する。また、(3)式中のA0_(n)は塑性変形工程での変形前の断面積、A_(n)は塑性変形工程での変形後の断面積を意味し、それぞれの添字n(l、 2、…、i)は、塑性変形工程の各スタンド順を意味する。」

c 甲3には以下の記載がある。

「【背景技術】
【0002】
・・・二相ステンレス鋼とはオーステナイト相及びフェライト相よりなる複合組織を有するステンレス鋼であり、優れた耐食性と優れた強度特性を併せ持つており、この鋼では一般に、オーステナイト相とフェライト相との比率がほぼ1:1の場合に耐食性が最も優れていることが知られている。従って、実用鋼の化学成分はオーステナイト相とフェライト相との比率がほぼこの付近にあるように規定されている。
【0003】
このような観点から、日本工業規格(JIS)では棒材・板材としてはSUS329Jl、SUS329J3L、SUS329J4Lなどが規格化されている。また、鍛鋼品としてはSUS329J1FB、鋳鋼品としてはSCS10などが規格化されている。
【0004】
一方、二相ステンレス鋼の主原料であるCr、Ni、Moに代表される合金元素の価格は、時に高騰や大きな変動があるため、無垢材(全厚が合せ材の金属組成のような場合を云う。)としての使用よりも、高合金鋼の優れた防錆性能をより経済的に利用できるクラッド鋼が最近注目されている。
【0005】
高合金クラッド鋼とは合せ材に高い耐食性を示す高合金鋼材、母材に普通鋼材と二種類の性質の異なる金属を貼り合わせた鋼材である。クラッド鋼は異種金属を金属学的に接合させたもので、めっきとは異なり剥離する心配がなく単一金属及び合金では達し得ない新たな特性を有している。
【0006】
クラッド鋼は、使用環境毎の目的に合った機能を有する合せ材を選択することにより無垢材と同等の機能を発揮させることができる。さらに、クラッド鋼の母材には耐食性以外の高靭性、高強度といった厳しい環境に適した炭素鋼、低合金鋼を適用することができる。
【0007】
このように、クラッド鋼は無垢材よりも合金元素の使用量が少なく、かつ、無垢材と同等の防錆性能を確保でき、さらに炭素鋼、低合金鋼と同等の強度、靭性を確保できるため、経済性と機能性が両立できるという利点を有する。
【0008】
以上から、高合金の合せ材を用いたクラッド鋼は非常に有益な機能性鋼材であると考えられており、近年そのニ-ズが各種産業分野で益々高まっている。」

(イ)本件発明1について

a 本件発明1と甲1発明との対比

(a)本件発明1と甲1発明とを対比すると、「wt%」の値が「質量%」の値と一致することは明らかであるから、
甲1発明の「wt%で、C:0.016%、Si:0.32%、Mn:0.62%、P:0.025%、S:0.0005%、Ni:6.48%、Cr:24.54%、Mo:3.18%、Co:0.23%、Al:0.012%、Mg:0.0005%、Ca:0.0006%、O:0.0023%、N:0.163%、残部がFe及び不可避的不純物からなるステンレス鋼」と、
本件発明1の「質量%で、C:0.03%以下、Si:0.05?1.0%、Mn:0.1?6.0%、P:0.05%以下、S:0.0001?0.0014%、Cr:20.0?28.0%、Ni:0.5?9.0%、Mo:0.12?5.0%、N:0.05?0.35%、Al:0.003?0.05%、Ca:0.0005?0.0040%、O:0.001?0.004%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物よりな」「るクラッド鋼用二相ステンレス鋼」とは、
「質量%で、C:0.016%、Si:0.32%、Mn:0.62%、P:0.025%、S:0.0005%、Cr:24.54%、Ni:6.48%、Mo:3.18%、N:0.163%、Al:0.012%、Ca:0.0006%、O:0.0023%、Feおよび不可避的不純物を含有するステンレス鋼」である点で一致する。

(b)前記(a)によれば、本件発明1と甲1発明の「一致点」及び「相違点1」?「相違点3」は、以下のとおりである。

(一致点)
「質量%で、C:0.016%、Si:0.32%、Mn:0.62%、P:0.025%、S:0.0005%、Cr:24.54%、Ni:6.48%、Mo:3.18%、N:0.163%、Al:0.012%、Ca:0.0006%、O:0.0023%、Fe及び不可避的不純物を含有するステンレス鋼」である点。

(相違点1)
本件発明1は、一致点で認定した以外の成分元素を含まずに「残部がFeおよび不可避的不純物よりな」るのに対し、甲1発明は、一致点で認定した成分元素の他に「Co:0.23%」及び「Mg:0.0005%」をさらに含有した上で「残部がFe及び不可避的不純物からなる」点。

(相違点2)
本件発明1は「クラッド鋼用二相ステンレス鋼」であるのに対して、甲1発明は「ステンレス鋼」であって、「クラッド鋼用」であることも、「二相」であることも特定されていない点。

(相違点3)
本件発明1では「鋼表面における最大径5μm以上の大きさの酸化物系介在物中のCaとAlの重量比率(Ca/Al)が0.5以上3.5以下である」のに対して、
甲1発明では「ステンレス鋼中に含まれる非金属介在物が、MgO・Al_(2)O_(3)(組成は、MgO:15.9%、Al_(2)O_(3):84.1%)、MgO(組成は、MgO:100%)、及び、CaO-SiO_(2)-Al_(2)O_(3)-MgO-MnO系酸化物(組成は、CaO:12.5%、SiO_(2):22.5%、Al_(2)O_(3):35.6%、MgO:23.5%、MnO:5.6%、Cr2O_(3):0.2%、FeO:0.1%)からなる」点。

b 相違点3について

(a)事案に鑑み、相違点3について検討すると、甲1発明の「非金属介在物」の寸法について、甲1には何らの記載も示唆もされていない。
この点に関し、甲2の記載(前記(ア)b)を参酌しても、甲2に記載されているのは「二相ステンレス鋼」であって、成分元素として、Cu、B、Wを含み、Coを含まない点で、甲1発明とは異なり、また、その製造方法(前記(ア)b「請求の範囲」[7])も、甲1に記載された製造方法(前記(ア)a(b)(1e))とは異なるから、甲2に記載された「二相ステンレス鋼」において「長径が7μm以上である酸化物系介在物が加工方向に垂直な断面lmm^(2)あたり10個以下である」(前記(ア)b「請求の範囲」[1])としても、それをもって、甲1発明の「非金属介在物」の「直径が7μmである」とは到底いえない。
したがって、甲1発明は、本件発明1の「鋼表面における最大径5μm以上の大きさの酸化物系介在物」に相当する事項を有しているとはいえない。

(b)次に、組成を「wt%」で特定された甲1発明の「ステンレス鋼中に含まれる非金属介在物」である「CaO-SiO_(2)-Al_(2)O_(3)-MgO-MnO系酸化物(組成は、CaO:12.5%、SiO_(2):22.5%、Al_(2)O_(3):35.6%、MgO:23.5%、MnO:5.6%、Cr_(2)O_(3):0.2%、FeO:0.1%)」について、CaとAlの重量率比(Ca/Al)を算出すると、
原子量を、Ca:40.08、Al:26.98、O:16.00とすれば、分子量は、CaO:56.08、Al_(2)O_(3):101.96となるから、
Caのwt%=12.5wt%×(40.08/56.08)
=8.93wt%
Alのwt%=35.6wt%×(2×26.98/101.96)
=18.84wt%
となり、
重量率比(Ca/Al)=8.93wt%/18.84wt%
=0.47
となる。
上記重量率比(Ca/Al)は、本件発明1の重量比率(Ca/Al)の下限値である0.5に達しておらず、甲1発明は「ステンレス鋼中に含まれる非金属介在物」として、さらに「MgO・Al_(2)O_(3)(組成は、MgO:15.9%、Al_(2)O_(3):84.1%)」を含むから、上記「MgO・Al_(2)O_(3)」に含まれる「Al」の寄与を考慮すれば、甲1発明における重量率比(Ca/Al)は、0.47よりもさらに小さな値となって、本件発明1の重量比率(Ca/Al)の下限値である0.5との乖離はさらに大きくなる。
したがって、甲1発明は、本件発明1の「酸化物系介在物中のCaとAlの重量比率(Ca/Al)が0.5以上3.5以下であること」に相当する事項を有しているとはいえない。
また、甲1には、酸化物系介在物中のCaとAlの重量比率に着目し、これを指針としてステンレス鋼の特性を改善することは、記載も示唆もされておらず、甲2、3についても同様であるから、甲1発明において、上記事項を採用することは、当業者であっても容易になし得たことであるとはいえない。

(c)以上のとおりであるから、相違点3は実質的な相違点であり、当業者であっても、本件発明1の相違点3に相当する事項を採用することは容易になし得たことではない。

c したがって、相違点1、2について検討するまでもなく、本件発明1は、甲1に記載された発明ではなく、甲1に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものでもない。

(ウ)本件発明2について

a 本件発明2と甲1発明との対比

(a)(a)本件発明2と甲1発明とを対比すると、「wt%」の値が「質量%」の値と一致することは明らかであるから、
甲1発明の「wt%で、C:0.016%、Si:0.32%、Mn:0.62%、P:0.025%、S:0.0005%、Ni:6.48%、Cr:24.54%、Mo:3.18%、Co:0.23%、Al:0.012%、Mg:0.0005%、Ca:0.0006%、O:0.0023%、N:0.163%、残部がFe及び不可避的不純物からなるステンレス鋼」と、
本件発明2の「質量%で、C:0.03%以下、Si:0.05?1.0%、Mn:0.1?6.0%、P:0.05%以下、S:0.0001?0.0014%、Cr:20.0?28.0%、Ni:0.5?9.0%、Mo:0.12?5.0%、N:0.05?0.35%、Al:0.003?0.05%、Ca:0.0005?0.0040%、O:0.001?0.004%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物よりなり」「更に質量%で、W:3.0%以下、Co:1.0%以下、Cu:3.0%以下、V:0.5%以下、Nb:0.15%以下、Ti:0.05%以下、B:0.0050%以下、Mg:0.0030%以下のうちの少なくとも1種を含む」「クラッド鋼用二相ステンレス鋼」とは、
「質量%で、C:0.016%、Si:0.32%、Mn:0.62%、P:0.025%、S:0.0005%、Cr:24.54%、Ni:6.48%、Mo:3.18%、N:0.163%、Al:0.012%、Ca:0.0006%、O:0.0023%、Co:0.23%、Mg:0.00030%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物よりなるステンレス鋼」である点で一致する。

(b)前記(a)によれば、本件発明2と甲1発明の「一致点」並びに「相違点4」及び「相違点5」は、以下のとおりである。

(一致点)
「質量%で、C:0.016%、Si:0.32%、Mn:0.62%、P:0.025%、S:0.0005%、Cr:24.54%、Ni:6.48%、Mo:3.18%、N:0.163%、Al:0.012%、Ca:0.0006%、O:0.0023%、Co:0.23%、Mg:0.00030%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物よりなるステンレス鋼」である点。

(相違点4)
本件発明2は「クラッド鋼用二相ステンレス鋼」であるのに対して、甲1発明は「ステンレス鋼」であって、「クラッド鋼用」であることも、「二相」であることも特定されていない点。

(相違点5)
本件発明2では「鋼表面における最大径5μm以上の大きさの酸化物系介在物中のCaとAlの重量比率(Ca/Al)が0.5以上3.5以下である」のに対して、
甲1発明では「ステンレス鋼中に含まれる非金属介在物が、MgO・Al_(2)O_(3)(組成は、MgO:15.9%、Al_(2)O_(3):84.1%)、MgO(組成は、MgO:100%)、及び、CaO-SiO_(2)-Al_(2)O_(3)-MgO-MnO系酸化物(組成は、CaO:12.5%、SiO_(2):22.5%、Al_(2)O_(3):35.6%、MgO:23.5%、MnO:5.6%、Cr_(2)O_(3):0.2%、FeO:0.1%)からなる」点。

b 相違点5について

事案に鑑み、相違点5について検討すると、相違点5は、相違点3と実質的に同一であるから、相違点3について検討したのと同様の理由により、相違点5は実質的な相違点であり、当業者であっても、本件発明2の相違点5に相当する事項を採用することは容易になし得たことではない。

c したがって、相違点4について検討するまでもなく、本件発明2は、甲1に記載された発明ではなく、甲1に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものでもない。

(エ)本件発明3?9について

本件発明3?9は、引用によって本件発明1又は2の発明特定事項を全て有しているから、本件発明1又は2について検討したのと同様の理由により、甲1に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではない。

(オ)よって、申立理由2には理由がない。

第3 むすび

以上のとおり、請求項1?9に係る本件特許は、取消理由通知に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載した申立理由によっては、取り消すことはできない。
また、他に請求項1?9に係る本件特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2019-11-27 
出願番号 特願2017-154639(P2017-154639)
審決分類 P 1 651・ 113- Y (C22C)
P 1 651・ 121- Y (C22C)
P 1 651・ 537- Y (C22C)
最終処分 維持  
前審関与審査官 河野 一夫  
特許庁審判長 中澤 登
特許庁審判官 長谷山 健
亀ヶ谷 明久
登録日 2018-11-22 
登録番号 特許第6437062号(P6437062)
権利者 日鉄ステンレス株式会社
発明の名称 クラッド鋼用二相ステンレス鋼及びクラッド鋼  
代理人 齋藤 学  
代理人 三橋 真二  
代理人 本田 昭雄  
代理人 福地 律生  
代理人 青木 篤  

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