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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  C22C
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C22C
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  C22C
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  C22C
管理番号 1357701
異議申立番号 異議2019-700696  
総通号数 241 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2020-01-31 
種別 異議の決定 
異議申立日 2019-09-05 
確定日 2019-12-12 
異議申立件数
事件の表示 特許第6482751号発明「スケール剥離性に優れた鍛接鋼管」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6482751号の請求項1ないし5に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6482751号の請求項1?5に係る特許についての出願は、平成25年4月18日に出願され、平成31年2月22日にその特許権の設定登録がされ、平成31年3月13日にその特許掲載公報が発行され、その後、令和元年9月5日にその請求項1?5(全請求項)に係る特許に対し、特許異議申立人 井上 潤(以下、「申立人」という。)により特許異議の申立てがされたものである。

第2 本件発明
特許第6482751号の請求項1?5の特許に係る発明(以下、それぞれ「本件発明1」?「本件発明5」といい、総称して「本件発明」ということがある。)は、それぞれ、その特許請求の範囲の請求項1?5に記載された事項により特定される次のとおりのものである。

【請求項1】
鍛接後、地鉄上のFe_(2)SiO_(4)層とFeO層からなり、Fe_(2)SiO_(4)層とFeO層の界面近傍のFeO層側に気孔が存在するスケール構造を有する鍛接衝合部に歪を0.15以上与える鍛接鋼管であって、質量%で、Si量が、1.00%以下で、下記式(1)を満たすことを特徴とするスケール剥離性に優れた鍛接鋼管。
Si(質量%)≧0.33T/1000-0.31 ・・・(1)
T:鍛接後の鋼管温度(℃)
【請求項2】
前記鍛接鋼管が、質量%で、Siを0.50%以下含有することを特徴とする請求項1に記載のスケール剥離性に優れた鍛接鋼管。
【請求項3】
前記鍛接鋼管が、質量%で、
C :0.005?0.25%、
Mn:0.1?2.0%、
P :0.035%以下、
S :0.035%以下
を含有し、残部Fe及び不可避不純物からなることを特徴とする請求項1又は2に記載のスケール剥離性に優れた鍛接鋼管。
【請求項4】
前記鍛接鋼管が、さらに、質量%で、
Al:0.005?0.08%、
を含有することを特徴とする請求項3に記載のスケール剥離性に優れた鍛接鋼管。
【請求項5】
前記鍛接鋼管が、さらに、質量%で、
Ti:0.05?0.1%、及び、Nb:0.05?0.1%の1種又は2種を含有することを特徴とする請求項4に記載のスケール剥離性に優れた鍛接鋼管。

第3 異議申立の理由について
申立人は以下の甲各号証を証拠として提出し、概ね次のように主張する。
<申立理由の概要>
(1)理由A(異議申立書4?6頁「(i)理由1 ア」)
「鍛接衝合部に歪を0.15以上与える」の意味が明確でないから、本件発明1についての特許請求の範囲の記載は、特許法第36条第6項第2号の規定に適合しないので、本件発明1に係る特許は取り消されるべきである。同発明を直接又は間接的に引用する本件発明2?5に係る特許についても同様である。

(2)理由B(異議申立書6?8頁「(i)理由1 イ」)
「スケール剥離性に優れた」の意味が明確でないから、本件発明1についての特許請求の範囲の記載は、特許法第36条第6項第2号の規定に適合しないので、本件発明1に係る特許は取り消されるべきである。同発明を直接又は間接的に引用する本件発明2?5に係る特許についても同様である。

(3)理由C(異議申立書9?10頁「(i)理由1 ウ」)
「鍛接後の鋼管温度」の意味が明確でないから、本件発明1についての特許請求の範囲の記載は、特許法第36条第6項第2号の規定に適合しないので、本件発明1に係る特許は取り消されるべきである。同発明を直接又は間接的に引用する本件発明2?5に係る特許についても同様である。

(4)理由D(異議申立書10頁「(ii)理由2 ア」)
本件発明1では「鍛接鋼管」がその成分組成として「Fe、Si、O」の他に「C、Mn、P、S、Al」以外の成分を含み得るが、当該成分を含む発明は発明の詳細な説明に記載されていないことから、本件発明1についての特許請求の範囲の記載は、特許法第36条第6項第1号の規定に適合せず、本件発明1に係る特許は取り消されるべきである。同発明を直接又は間接的に引用する本件発明2?5に係る特許についても同様である。

(5)理由E(異議申立書11頁「(ii)理由2 イ」)
本件発明1及び同発明を直接又は間接的に引用する本件発明2?5では、「鍛接鋼管」がその成分組成として「Fe、Si、O」の他に「C、Mn、P、S、Al」以外の成分を含み得るが、当該成分を含む発明は、発明の詳細な説明に記載されておらず、これを実施することができないので、本件明細書の発明の詳細な説明は、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に発明が記載されたものとはいえず、特許法第36条第4項第1号の規定に適合しないので、本件に係る特許は取り消されるべきである。

(6)理由F(異議申立書11?15頁「(iii)理由3」)
本件発明1は、甲第1号証に記載された発明であるので特許法第29条第1項第3号に該当し特許を受けることができないか、又は、甲第1号証に記載された発明及び甲第2?5号証に記載された技術手段に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるので特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないから、本件発明1に係る特許は取り消されるべきものである。また、本件発明2?5に係る特許についても同様である。

<証拠方法>
○甲第1号証:特開平8-269629号公報
○甲第2号証:特開平7-278748号公報
○甲第3号証:特開平7-204734号公報
○甲第4号証:特開平7-204866号公報
○甲第5号証:「鉄鋼1次スケールの構造・密着性に及ぼすSi濃度の影響」、武田実佳子外2名、R&D神戸製鋼技報、Vol.55 No.1(Apr.2005)、31?36頁
なお、以下で「甲第1号証」?「甲第5号証」を、「甲1」?「甲5」と記すことがある。

第4 当審の判断
1.理由Bについて
事案に鑑み理由Bから検討する。
(1)申立人の主張の概要
ア 本件発明1の「スケール剥離性に優れた」について、その意味が明らかでない。理由として概ね次のイ?オのことがいえる。

イ スケールが剥離しているか否かをどのような基準で判定しているか不明である。

ウ 本件明細書に添付の【図3】において、「FeO層9が気孔部に沿って剥離する」(本件明細書【0027】)としても、大部分の剥離面には「FeO層9」が残存していると判断せざるを得ず、スケールが剥離しているとはどのような状態を指すのか、あるいは、「ある程度剥離しているが、一部残存している」(本件明細書【0055】)とはどのような基準に基いて判定したものか不明であり、実際の剥離部の写真である本件明細書に添付の【図6】をみても明らかでない。

エ 本件明細書【0021】【0024】の記載から、本件明細書に添付の【図3】に示されるのは、本件発明における「鍛接鋼管」の「鍛接衝合部」の「スケール構造」にあたるが、甲5の図10(b)at1473K(後記参照)には、細部に至るまで同【図3】と一致する図が示されており、本件明細書【図3】と甲5の図10(b)とは同じ図であるといえる。
すると、本件発明におけるスケール構造と甲5の図10(b)に示されるスケール構造は同じだから、両者の生成条件は同じはずだが、例えばスケール構造の一部である「Fe_(2)SiO_(4)」の生成についてみてみると、「1443K(当審注 1170℃)を超える温度で液相化Fe_(2)SiO_(4)は酸化速度や剥離性に影響を与え」(甲5、31頁左欄13?15行)と記載され、Fe_(2)SiO_(4)は液相化を経て生成されると推測されるのに対して、本件明細書【表2】(【0053】)に示される「鍛接後の鋼管温度T」は実施例において1170℃に達しない場合(実施例1、2、6)があることから、Fe_(2)SiO_(4)が生成されて存在していたのか疑問が生じ、本件明細書【図3】に示されるスケール構造が実在するのか不明である。

オ 本件明細書には、「鋼材のSi量とスケール剥離性の定量化を試みた」(【0030】)、「“鋼材のSi量”と“スケール剥離歪”の関係を調査した。その結果を図4に示す。図4から、鋼材のSi量が増加すると、スケールは、スケール剥離歪が小さくても剥離することが解る。」(【0031】)、「鍛接鋼管の製造方法においては、鍛接後、通常、縮径加工で、最小0.15の歪を鍛接鋼管に与えるので、本発明者らは、スケール剥離歪を0.15として、“鋼材のSi量”と“鍛接後の鋼管温度”の関係を調査した。」(【0032】)、「本発明は、鍛接鋼管に加える変形量が少量でも、スケールが容易に剥離するスケール剥離性に優れた鍛接鋼管に関する。」(【0001】)と記載されており、これらの記載から「スケール剥離歪」が0.15以下であることをもって「スケール剥離性に優れた」と判断しているものと考えられる。
しかし、本件発明1は「鍛接衝合部に歪を0.15以上与える」と特定していることを勘案すると、「スケール剥離性に優れた」の技術的意味は不明である。

(2)理由Bについての当審の判断
ア 本件明細書には次の記載がある。
「【0024】
図3に、スケール構造を模式的に示す。図3(a)は、Si量が少ない場合のスケール構造を示し、図3(b)は、Si量が多い場合のスケール構造を示す。いずれの場合も、地鉄7上に、FeO層9、その上の(Fe_(3)O_(4)+FeO)層10からなるスケール層8が形成され、FeO層9と地鉄7の間にはFe_(2)SiO_(4)層11が形成される。
【0025】
鍛接鋼管用鋼材のSi量が多いと、図3(b)に示すように、FeO層9と地鉄7の間に厚いFe_(2)SiO_(4)層11が形成され、楔状に地鉄に浸潤する。その結果、鋼材のスケール剥離性が悪化する。
【0026】
しかし、本発明者らは、Si量が多い場合、Fe_(2)SiO_(4)層(「Siスケール」ということがある。)とFeO層の界面近傍のFeO層側に存在する気孔(図3中「12」)に着目し、スケールが剥離する際の気孔の挙動について調査した。
【0027】
その結果、スケール剥離のために鋼材に加える変形が少量でも、FeO層9が気孔部に沿って剥離することが判明した。Siスケールは地鉄上に残るが、FeO層9とその上の(Fe_(3)O_(4)+FeO)層10(Fe_(3)O_(4)とFeOを「Feスケール」と総称することがある。)がともに剥離するので、スケール層8は薄くなる。
【0028】
スケール層8が薄くなれば、その後の酸洗又はショットブラストによるデスケーリング時間を短縮でき、生産性が向上する。」

上記本件明細書の記載から、本件発明1においては、「Fe_(2)SiO_(4)層とFeO層の界面近傍のFeO層側」の「気孔」部に沿って上記「Feスケール」の剥離が生じるものである。
そして、「本発明者らは、このSi含有鋼の特徴を積極的に活用すると、少ない変形量でも、FeO層が気孔部で剥離し、衝合部近傍の局所的に厚いスケールが除去されて、表面性状が改善されることを見出した。(【0011】)と記載されることから、当該剥離は「鍛接鋼管に加える変形量が少量でも、Feスケールが容易に剥離する」もので、それを「スケール剥離性に優れ」るというものであって、残存する薄いスケールであれば「その後の酸洗又はショットブラストによるデスケーリング時間を短縮でき、生産性が向上する」(【0028】)ものといえる。
また、当該剥離は「鍛接鋼管に加える変形量が少量でも、Feスケールが容易に剥離する」ことから、「変形量」すなわち「鍛接衝合部」に加える歪は最小値が規定されれば充分であって、それ以上加えれば当然に剥離できるものといえる。
そうすると、本件発明1における「スケール剥離性に優れた」とは、「鍛接後、地鉄上のFe_(2)SiO_(4)層とFeO層からなり、Fe_(2)SiO_(4)層とFeO層の界面近傍のFeO層側に気孔が存在するスケール構造」(以下、「特定スケール構造」ということがある。)において、「鍛接衝合部に歪を0.15以上与える」(以下、「特定ひずみを与える」ということがある。)ことで「気孔」部からFeスケールが剥離することであるといえることは明らかであるので、本件発明1の「スケール剥離性に優れた」という特定事項はその意味が明らかであり、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるとはいえない。

イ 上記申立人の主張のイについて検討するに、上記アで検討したように、「スケール剥離性に優れた」とは、特定スケール構造において、特定ひずみを与えることで「気孔」部からFeスケールが剥離することであるから、Feスケールが剥離しているか否かをどのような基準で判定しているかは明らかである。
よって、上記申立人の主張のイは、「スケール剥離性に優れた」は不明確であることの理由とならない。

ウ 上記申立人の主張のウについて検討するに、申立人はスケールがどの程度剥離しているか分からないから「スケール剥離性に優れた」は不明確である旨主張するが、上記アで検討したように、「スケール剥離性に優れた」とは、特定スケール構造において特定歪を与えればFeスケールが剥離することを意味し、【0028】から残存する薄いスケールは容易に処分できることから、スケールは、薄いスケールを残して、大部分はFeスケールとして剥離することは明らかである。
よって、上記申立人の主張のウは、「スケール剥離性に優れた」は不明確であることの理由とならない。

エ 上記申立人の主張のエについて検討するに、申立人は、特定スケール構造を示す本件明細書に添付の【図3】と、甲5の図10(b)at1473K(後記参照)とは、細部に至るまで一致するから、両者のスケール構造は同じものであり、その生成条件も両者で同じはずだが、生成条件は両者で異なるので、【図3】で示される本件発明1の特定スケール構造は実在したか不明である旨主張する。
当該申立人の主張を検討するため、以下に甲5の31頁右欄12行?32頁左欄6行に記載の甲5で行われた実験の実験方法について記載し、その次に甲5の図10(35頁左欄)及び35頁左欄下から12行?右欄3行の実験の考察について記載する。

上記記載によれば、甲5には、4種類の「Si含有量」(≦0.03、0.5,1.5,3.0mass%)のSi含有鋼に「均熱処理・鍛造・熱間圧延、冷間圧延」を行い各「板状試験片」を製造し、これに「所定温度」で「74%N_(2)-17%H_(2)O-8%CO_(2)-1%O_(2)」の混合ガスを導入して所定時間保持しN_(2)雰囲気中で冷却したときのスケール構造について記載され、当該スケール構造が、「Si含有量」の大小(「Low Si」(≦0.03mass%)、「High Si」(3.0mass%))と、「所定温度」の高低(「1373K」、「1473K」)の4つの組み合わせについて図10に示されている。
そして、図10の「High Si」「1473K」のスケール構造は、本件明細書【図3】(b)と酷似している。
しかしながら、甲5の図10に示されるスケール構造は、「均熱処理・鍛造・熱間圧延、冷間圧延」を行った「Si 含有量3mass%」の「板状試験片」に、酸素含有量1%のガスの存在下で1473K(1200℃)で保持した際のスケール構造であるのに対して、本件明細書【図3】(b)に示される特定スケール構造は、「Si 含有量1%以下」の鋼管に、空気もしくは酸素(少なくとも酸素含有量20%)を吹き付けて式(1)を満たす温度で鍛接した際の鍛接衝合部のスケール構造であるので、両者は、少なくとも酸素量が20倍以上相違することからみて、両者の生成条件は異なるものというべきである。
そして、上記のとおり、甲5には、本件明細書の【図3】の特定スケール構造と酷似するスケール構造が本件発明1とは異なる生成条件で得られることは記載されているものの、上記の酷似するスケール構造が得られるのは甲5に記載の上記生成条件に限られることまでは記載されていないから、甲5の図10のスケール構造と上記特定スケール構造とが酷似しているとしても、生成条件の相違を根拠にして、上記特定スケール構造が実在し得ないなどということはできない。
よって、上記申立人の主張のエは、「スケール剥離性に優れた」は不明確であることの理由とならない。

オ 上記申立人の主張のオについて検討するに、申立人は、本件明細書においては、「スケール剥離歪」が0.15以下であることをもって「スケール剥離性に優れた」と判断しているものといえるから、本件発明1が「鍛接衝合部に歪を0.15以上与える」と特定していることを勘案すると、「スケール剥離性に優れた」の技術的意味は不明である旨を主張する。
しかしながら、上記アで検討したように、「鍛接衝合部」に加える歪は最小値が規定されれば充分であって、それ以上加えれば当然にFeスケールは剥離できるものであるから、「スケール剥離歪」が0.15以下であることをもって「スケール剥離性に優れた」と判断しなければならないというものではない。
そして、本件発明1における「スケール剥離性に優れた」とは、特定スケール構造において、「鍛接衝合部に歪を0.15以上与える」ことで「気孔」部からスケールが剥離することであるといえることは明らかである。
よって、上記申立人の主張のオは、「スケール剥離性に優れた」は不明確であることの理由とならない。

カ 以上から、理由Bについては、本件発明1についての特許請求の範囲の記載は、特許法第36条第6項第2号の規定に適合するので、本件発明1に係る特許は取り消されるべきでない。同発明を直接又は間接的に引用する本件発明2?5に係る特許についても同様である。

2.理由Aについて
(1)申立人の主張
ア 本件発明1の「鍛接衝合部に歪を0.15以上与える」について、その意味が明らかでない。理由として概ね次のイのことがいえる。

イ 本件発明1の「鍛接衝合部に歪を0.15以上与える」という特定事項は、本件発明1の保護対象である「鍛接鋼管」の特性、構造等を直接に規定するものではないから、「鍛接鋼管」という「物」の発明の特定事項としての意味が明らかでなく、例えば、同じ鍛接鋼管であっても、事後的に歪を0.15以上与えられれば本件発明1の「鍛接鋼管」になり、歪を0.15未満しか与えられなければ、本件発明1の「鍛接鋼管」にならないといえるから、当該特定事項は不明確である。

(2)理由Aについての当審の判断
ア 上記「1.理由Bについて (2)ア」で検討したように、本件発明1の「鍛接鋼管」は、「鍛接衝合部に歪を0.15以上与える」と、「気孔」部からFeスケールが剥離する特定スケール構造を有するものであり、「鍛接衝合部に歪を0.15以上与える」ことは「スケール剥離性に優れた」当該特定スケール構造が備えるべき特性、構造等を特定するための特定事項であって、「鍛接鋼管」という「物」の発明である本件発明1の特性、構造等を実質的に特定しているといえる。
したがって、本件発明1の「鍛接衝合部に歪を0.15以上与える」という特定事項はその意味が明らかであり、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるとはいえない。
なお、申立人は、本件明細書添付の図6において、従来例と比較例の歪みが0.15より小さいものが記載されていることは「鍛接鋼管の製造方法においては、鍛接後、通常、縮径加工で、最小0.15の歪を鍛接鋼管に与える」(【0032】)ことと矛盾する旨主張するが、本件発明1の「鍛接衝合部に歪を0.15以上与える」ことに対する実施例以外の例としての記載が0.15未満の歪であったからといって、本件発明1と何ら矛盾するものとはいえない。

イ 以上から、理由Aについては、本件発明1についての特許請求の範囲の記載は、特許法第36条第6項第2号の規定に適合するので、本件発明1に係る特許は取り消されるべきでない。同発明を直接又は間接的に引用する本件発明2?5に係る特許についても同様である。

3.理由Cについて
(1)申立人の主張
ア 本件発明1の「鍛接後の鋼管温度」について、その意味が明らかでない。理由として概ね次のイ、ウのことがいえる。

イ 本件明細書には「鍛接後の鋼管温度」の定義と測定方法について記載がなく、また、「鍛接後の鋼管温度は、縮径中に低下するのが好ましい。」(【0035】)と記載され、「鍛接後の鋼管温度」は低下することが示唆されるが、「鍛接温度」と「鍛接後の鋼管温度」との関係は不明で、「鍛接後の鋼管温度」は明確でない。

ウ 本件明細書には、「本発明鋼材を用いる鍛接鋼管の製造方法は、通常の製造方法でよい。所定の幅の鋼板を連続的に加熱炉に装入し、1000?1350℃に加熱した後、必要に応じ、鋼板端部を1300?1500℃に加熱し、その後、成形ロールで、円環状に成形し、鍛接直前に、鋼板端部に酸素を吹き付けて鍛接する。」(【0047】)と記載され、また、「鍛接鋼管は、図1に示すように、加熱炉2で、およそ1000?1350℃に加熱した後、成形ロール4で半管状に成形し、続いて、鍛接直前に、管状鋼帯の端部(鍛接面)にノズル6から空気又は酸素を吹き付け、酸化熱で端部を加熱するとともに、酸化物(スケール)を吹き飛ばして、鍛接ロール5で鍛接して製造する」(【0003】)、「鋼帯の端部は、図2に示す加熱炉3と成形ロール4の間に配置した高周波誘導加熱装置3で加熱されるとともに、空気又は酸素吹付けによる酸化熱で加熱され、鋼帯の中央部に比べて高温になる。そのため鋼帯の中央部に比べて、鍛接衝合部の近傍には、局所的に厚いスケールが発生する。」(【0004】)と記載されることから、「鍛接鋼管の温度」は「鍛接衝合部」の温度を指すようにも解し得る。
しかし、特許請求の範囲や【表2】(【0053】)には「鍛接鋼管の温度」と記載されていることから、「鍛接後の鋼管温度」は明確でない。

(2)理由Cについての当審の判断
ア 申立人の主張ア?ウについてまとめて判断する。
「鋼帯の端部は、図2に示す加熱炉3と成形ロール4の間に配置した高周波誘導加熱装置3で加熱されるとともに、空気又は酸素吹付けによる酸化熱で加熱され、鋼帯の中央部に比べて高温になる。そのため鋼帯の中央部に比べて、鍛接衝合部の近傍には、局所的に厚いスケールが発生する。」(【0004】)との記載と、「2.理由Aについて (2)ア」での検討から、本件発明1の「鍛接鋼管」は、「鍛接衝合部に歪を0.15以上与える」と、「気孔」部からFeスケールが剥離する特定スケール構造を有するものであり、当該特定スケール構造は「鋼帯の端部」すなわち「鍛接衝合部」のものであり、「鍛接衝合部」の温度のみ鋼帯の中央部に比べて高温とすることで、鋼帯全体を加熱しなくても、接合できるようにするものであるから、「鍛接後の鋼管温度」が「鍛接衝合部」の温度であることは明らかである。
また、「鍛接後の鋼管温度」は、鍛接により特定スケール構造が生成し、かつ、鍛接後の時間経過による影響の局限を考慮すれば、実質的に「鍛接直後の鋼管温度」であることも自明であり、【0035】の記載は、鋼管温度は、縮径中の加工発熱で、上昇する場合や、略同じ場合があるので、縮径中低下するのが好ましいことを念のため記載したものにすぎないといえる。
さらに、高温の測定には、非接触式で、赤外線を集光して温度を測定する放射温度計の使用が通常であり、集光を「鍛接衝合部」に指向すればその温度を測定できることはいうまでもない。
そして、特許請求の範囲や【表2】(【0053】)は「鍛接鋼管の温度」と表記しているだけで、当該表記が上記の意味であることは明らかである。

イ 以上から、理由Cについては、本件発明1についての特許請求の範囲の記載は、特許法第36条第6項第2号の規定に適合するので、本件発明1に係る特許は取り消されるべきでない。同発明を直接又は間接的に引用する本件発明2?5に係る特許についても同様である。

4.理由D及びEについて
(1)申立人の主張
本件発明1では「鍛接鋼管」がその成分組成として「Fe、Si、O」の他に「C、Mn、P、S、Al」以外の成分を含み得る。
例えば、本件発明1はTi及びNbを含み得るが、当該成分を含む実施例は発明の詳細な説明に記載されておらず、Ti及びNbが含有される場合にも所期の効果が達成できるのかは確認できないから、本件発明1は、サポート要件に違反しているし、実施例がないから実施することができない。

(2)当審の判断
ア 本件明細書【0030】?【0035】に記載されるように、本件発明1の「鍛接鋼管」は、「鍛接衝合部に歪を0.15以上与える」と、「気孔」部からFeスケールが剥離する特定スケール構造を有するものであり、当該特定スケール構造は、本件発明1で特定される、
Si(質量%)≧0.33T/1000-0.31 ・・・(1)
T:鍛接後の鋼管温度(℃)
を満たすという機序により、「スケール剥離性に優れた」という本件発明1の効果を奏するものであり、当該機序の効果は【表2】(【0053】)により確認できるものである。

イ すると、Ti及びNbが上記機序に影響するのであれば、本件発明1はTi及びNbを発明特定事項として必要とするから、本件発明1はサポート要件に違反するといえるところ、本件明細書には次の記載があるのみである。
「【0044】
Ti:0.005?0.1%
Tiは、鋼材の強度を確保するのに有効な元素である。0.005%未満では強度の確保に寄与しないので、下限を0.005%とする。0.1%を超えると、靱性が低下するので、上限を0.1%とする。好ましい上限は0.05%である。
【0045】
Nb:0.005?0.1%
Nbは、Tiと同様に、鋼材の強度を確保するのに有効な元素である。0.05%未満では強度の確保に寄与しないので、下限を0.005%とする。好ましい下限は0.01%である。0.1%を超えると、添加効果が飽和するので、上限を0.1%とする。好ましい上限は0.05%である。」

これらの記載をみるに、本件発明1において、Ti及びNbは、「鋼材の強度を確保」することに寄与するもので、Feスケール剥離についての上記機序に影響するものではないといえる。
したがって、本件発明1は、Ti及びNbを含有するかしないかにかかわらず、「スケール剥離性に優れた」という効果を奏するものであり、Ti及びNbを発明特定事項として必要とするものではないし、また、実施例がなくても実施できるものである。

ウ 以上から、本件発明1についての特許請求の範囲の記載は、特許法第36条第6項第1号の規定に適合するから、理由Dに理由はなく、本件発明1に係る特許は取り消されるべきでない。同発明を直接又は間接的に引用する本件発明2?5に係る特許についても同様である。
また、本件明細書の発明の詳細な説明は、当業者が本件発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に発明が記載されたものといえるから、特許法第36条第4項第1号の規定に適合するので、理由Eに理由はなく、本件に係る特許は取り消されるべきでない。

5.理由Fについて
(1)本件発明1についての特許請求の範囲の記載の「プロダクトバイプロセスクレーム」による明確性について
ア 本件発明1は、「鋼管」の成分である「Si」について、「Si量が、1.00%以下で、下記式(1)を満たすことを特徴とするスケール剥離性に優れた鍛接鋼管。
Si(質量%)≧0.33T/1000-0.31・・・(1)
T:鍛接後の鋼管温度(℃)」として、「T:鍛接後の鋼管温度(℃)」により「Si量」を決定するように特定されているが、「鍛接後の鋼管温度T(℃)」は、製造条件そのものであるので、結果として請求項1に記載された発明は、「鍛接鋼管」という「物」の発明を、製造方法で特定しているものとなっており、いわゆるプロダクトバイプロセスクレームであるから、本件発明1及び本件発明1を引用する本件発明2?5は明確でないおそれがある。

イ しかしながら、不服2017-17148の審判事件において、特許権者が平成30年12月19日に提出した回答書において、本件発明1のスケール構造は多様であり、当該構造に何らかの規則性を見出して包括的に特定することは困難で、また、仮に規則性があったとしても、当該規則性を見出すためには、現実的でない膨大な回数の鍛接試験と組織観察を繰り返す必要があり、時間的費用的に非実際的であり、本件発明がプロダクトバイプロセスクレームで特定されるとしても、それには不可能・非実際的事情の存することは明らかである旨記載されており、当審もこれを肯定できる。

ウ 以上から、本件発明1についての特許請求の範囲の記載は、「プロダクトバイプロセスクレーム」ではあるが、「不可能・非実際的事情」について十分に説明されたものであり、これを認めることができるから、明確であり、特許法第36条第6項第2号の規定に適合するものである。
そこで、以下、甲第1号証に記載の発明との関係を検討する。

(2)甲第1号証の記載
甲第1号証(特開平8-269629号公報)には次のことが記載されている。ただし、「・・・」は記載の省略を示す。
(あ)【請求項1】所定の幅の鋼帯を加熱し熱間成形を行った後、鍛接して製造する鍛接管において、前記鋼帯が重量%で、C :0.005?0.25%、Si:0.05?0.30%、Mn:0.1?1.5%、P :0.025%以下、S :0.025%以下、Al:0.005?0.08%を含有し、さらにCu:0.01?0.2%、Cr:0.01?0.3%をCu+Cr:0.4%以下になるように添加することを基本とし、残部Fe及び不可避の元素分からなることを特徴とする鍛接衝合部品質の優れた高品質鍛接鋼管。

(い)【0005】【発明が解決しようとする課題】一般に、鍛接鋼管の製造方法において、鍛接直前に酸素ブローを実施するが、酸素ブローは、エッジに付着したスケールを除去するとともに、酸化熱によりエッジを加熱、且つ、その際に発生したスケールを除去するという2つの目的がある。しかし、前者の付着スケールは、鋼帯を加熱する際に発生するスケールとその際に他から付着するスケールであるが、いずれもエッジに付着したものは非常に取れにくい。そのために鍛接時に鍛接衝合部にスケールを噛み込むという問題を生じる。
【0006】・・・
【0007】本発明はこのような鍛接鋼管の製造方法での問題点を解決し、衝合部品質の優れた鍛接鋼管を提供するものである。

(う)【0010】本発明の方法は、所定の幅の鋼帯を連続的に加熱炉に挿入し、約1200℃?1350℃に加熱後、成形スタンドで成形し、鍛接直前で酸素ブローをし鍛接する。その後ストレッチレデューサーで絞り、所定の外径肉厚にすることは従来の方法と同じである。

(え)【0015】次に、この成分系の特徴を説明する。この成分系の特徴は、Cu,Crを添加することである。通常、耐食性を確保し、スケール発生を防止しようとすれば、一般的にはCrを添加することが有効である。Crは表面に緻密なCr酸化物を生成し、これが不働態膜となり、腐食の進行を防ぐ。しかし、この場合、Cr酸化物はエッジに残存することになり、鍛接性を低下させるため、多量には添加できず、最大、0.3%が限度である。一方、スケール発生防止にはこの量では不十分である。これを補うためには、Cuの添加が有効である。Cuは鉄地に固溶或いは微細に析出し、鉄地の耐食性を向上さす。しかし、造管後の冷却においてCu脆性が発生し、例えば管端の切断面に割れが生じる。以上、Cr,Cuの単独添加では効果が不十分であり、又、問題点も多い。
【0016】そこでCr,Cuを複合添加する。Cuは前述のように鉄地に固溶或いは微細に析出し、鉄地の耐食性を向上さす。そのためにCrを添加してもCrの酸化物層は空気(酸素を含む)に曝される極最表部のみに生成される。よって、鍛接時にエッジに残存するCr酸化物は少なくなり、鍛接性を低下させることがなくなる。この時、CrとCuの量の合計は0.4%以下とする。これは0.5%超でも効果は増えないし、且つ、コストも高くなるためである。

(お)【0017】【実施例】サイズφ42.7×t4.0(mm)で従来法と本発明の方法による場合とを、表1、表2に比較して示した。

[表1(No.1?15)]

[表2(No.16?30)]

(3)甲第1号証に記載の発明
ア 甲第1号証の記載事項(あ)から、甲第1号証には、
「所定の幅の鋼帯を加熱し熱間成形を行った後、鍛接して製造する鍛接管において、前記鋼帯が重量%で、C :0.005?0.25%、Si:0.05?0.30%、Mn:0.1?1.5%、P :0.025%以下、S :0.025%以下、Al:0.005?0.08%を含有し、さらにCu:0.01?0.2%、Cr:0.01?0.3%をCu+Cr:0.4%以下になるように添加することを基本とし、残部Fe及び不可避の元素分からなることを特徴とする鍛接衝合部品質の優れた高品質鍛接鋼管。」の発明について記載されている。

イ 一般に、合金については、所定の含有量を有する合金元素の組合せが一体のものとして技術的意義を有するのであって、所与の特性が得られる組合せについては、実施例に示された実際に作製された具体的な合金組成を考慮して初めて理解できるという技術常識があると認められる。

ウ そこで、上記「高品質鍛接鋼管」の成分組成として、より具体的に実施例の値を採用するため、同(お)の表1、表2の実験例No.1?30をみてみる。
実験例No.1?30の「本発明法」の内から、本件発明1が「質量%で、Si量が、1.00%以下」であることに鑑み、Si含有量が最大値をとるNo.8に着目すると、No.8の「高品質鍛接鋼管」は次の成分組成を採るものである。
C :0.1%、Si:0.25%、Mn:0.5%、P :0.01%、
S :0.005%、Al:0.01%、
Cu:0.15%、Cr:0.2%、Cu+Cr:0.35%

エ すると、上記「高品質鍛接鋼管」は、より具体的には、
「所定の幅の鋼帯を加熱し熱間成形を行った後、鍛接して製造する鍛接管において、前記鋼帯が重量%で、C :0.1%、Si:0.25%、Mn:0.5%、P :0.01%、S :0.005%、Al:0.01%を含有し、さらにCu:0.15%、Cr:0.2%をCu+Cr:0.35%以下になるように添加することを基本とし、残部Fe及び不可避の元素分からなることを特徴とする鍛接衝合部品質の優れた高品質鍛接鋼管。」といえる。

オ 以上から、甲第1号証には、
「所定の幅の鋼帯を加熱し熱間成形を行った後、鍛接して製造する鍛接管において、前記鋼帯が重量%で、C :0.1%、Si:0.25%、Mn:0.5%、P :0.01%、S :0.005%、Al:0.01%を含有し、さらにCu:0.15%、Cr:0.2%、Cu+Cr:0.35%で、残部Fe及び不可避の元素分からなる、鍛接衝合部品質の優れた高品質鍛接鋼管。」の発明(以下、「引用発明」という。)が記載されていると認められる。

(4)本件発明1と引用発明との対比
ア 引用発明において、「鋼帯」は「鍛接鋼管」になる材料であるから、「鋼帯」の成分組成は「鍛接鋼管」の成分組成である。
すると、引用発明の「鋼帯が重量%で」「Si :0.25%」含むことと、本件発明1の「鍛接鋼管」が「質量%で、Si量が、1.00%以下」であることは、「鍛接鋼管」が「質量%で、Si量が、0.25%以下」である点で一致する。

イ 本件発明1は、「鍛接鋼管」の成分組成について特に限定しないから、引用発明の「鋼帯が重量%で」「C :0.1%」「Mn:0.5%、P :0.01%、S :0.005%、Al:0.01%を含有し、さらにCu:0.15%、Cr:0.2%、Cu+Cr:0.35%で、残部Fe及び不可避の元素分からなる」ことを包含する。

ウ 本件発明1においても、「鍛接鋼管」は、本件明細書添付の【図1】【図2】、【0003】に記載のように成形されるから、本件発明1は、引用発明の「所定の幅の鋼帯を加熱し熱間成形を行った後、鍛接して製造する鍛接管」を包含する。

エ 甲1の記載事項(い)から、引用発明において「鍛接鋼管の製造方法において、鍛接直前に酸素ブローを実施するが、酸素ブローは、エッジに付着したスケールを除去するとともに、酸化熱によりエッジを加熱、且つ、その際に発生したスケールを除去する」ものといえるが、同(う)には「本発明の方法は、所定の幅の鋼帯を連続的に加熱炉に挿入し、約1200℃?1350℃に加熱後、成形スタンドで成形し、鍛接直前で酸素ブローをし鍛接する。」としか記載がなく、「酸素ブロー」による加熱温度は不明である。
ここで、上記「3.(2)ア」から「T:鍛接後の鋼管温度(℃)」は、「鍛接直後の鋼管温度」であるので、「酸素ブロー」による加熱温度に略等しいといえる。
そこで、甲第3号証をみると、同号証には「高張力高靱性鍛接鋼管」において「約1350℃?1450℃」に加熱してから、「酸素ブロー」して「1400℃?1500℃」にして鍛接すること(【0003】【0008】)が示され、このことから、「酸素ブロー」により50℃程度の温度上昇が予測されるから、甲1における「T:鍛接後の鋼管温度(℃)」は、1250?1400℃程度であろうといえる。

オ すると、引用発明の鍛接温度は「1250℃?1400℃」と予測され、このとき本願発明1の式(1)の右辺の値は0.103?0.152であることが計算されるが、引用発明のSi含有量は上記「(3)オ」から0.25%であって0.103?0.152%より大きいから、引用発明は本願発明1の式(1)を満たしている。

カ 以上から、本件発明1と引用発明とは
「鍛接鋼管であって、質量%で、Si量が、1.00%以下で、下記式(1)を満たす鍛接鋼管。
Si(質量%)≧0.33T/1000-0.31・・・(1)
T:鍛接後の鋼管温度(℃)
ただし、鋼管のSi(質量%)含有量は0.25%であり、Tは1250℃?1400℃であり、式(1)の右辺の値は0.103?0.152である。」の点で一致し、次の点で相違する。

(相違点1)鋼管のSi(質量%)含有量と鍛接後の鋼管温度T(℃)との関係について、本願発明では式(1)の関係にあるのに対して、引用発明では特定の鋼管のSi(質量%)と鍛接後の鋼管温度Tのときに式(1)の関係が満足されているにとどまり、式(1)自体の関係が特定されているものではない点。

(相違点2)「鍛接衝合部」の「スケール構造」について、本願発明1では「地鉄上のFe_(2)SiO_(4)層とFeO層からなり、Fe_(2)SiO_(4)層とFeO層の界面近傍のFeO層側に気孔が存在する」ものであるのに対して、引用発明では、明らかでない点。

(相違点3)スケールを除去するために、「鍛接後、スケール構造を有する鍛接衝合部」へ与える歪みについて、本願発明1では「0.15以上与える」のに対して、引用発明では明らかでない点。

(相違点4)スケール剥離性について、本願発明1では優れるものであるのに対して、引用発明では明らかでない点

(5)相違点の検討
各相違点は相互に関連するからまとめて検討する。
本件発明1は、本件明細書【0024】?【0034】の記載を総合すると、鍛接後の鋼管温度T(℃)との関係が式(1)を満たすSi(質量%)含有量を有する金属組成の鋼管は、「地鉄上のFe_(2)SiO_(4)層とFeO層からなり、Fe_(2)SiO_(4)層とFeO層の界面近傍のFeO層側に気孔が存在する」スケール構造を有し、当該スケール構造は0.15以上の歪みに対して「気孔」に沿って容易にスケールが剥離するために、スケール剥離性に優れるという効果を奏するものであるといえる。
これに対して、引用発明は、甲1の記載事項(い)(え)から、「鍛接時に鍛接衝合部にスケールを噛み込む」のを防止するために、スケール発生自体の防止のためにCrを添加するが、そのままだとCr酸化物がエッジに残存して鍛接性を低下させるのでCuも添加して、両者の添加量を調節してCr酸化物の残存量を減らし得たものであると理解でき、鍛接衝合部でのスケールの噛み込みを防止することを課題とするもので、必ずしもスケールの剥離性について積極的に考慮されたものではない。
そして、引用発明では、特定の鋼管のSi(質量%)と鍛接後の鋼管温度Tのときに本件発明1の式(1)の関係が偶然に満足されたにすぎないものであって、しかも、引例1には、特定の鋼管のSi(質量%)と鍛接後の鋼管温度Tとの間に、スケールの剥離性と関係する相関関係のあることは記載も示唆も無いのだから、本件発明の式(1)の関係が存在することは当業者であっても想起することはできない。
仮に、引用発明において、特定の鋼管のSi(質量%)と鍛接後の鋼管温度Tのときに本件発明1の式(1)の関係が偶然に満足された場合であっても、その場合に、鍛接部分が「地鉄上のFe_(2)SiO_(4)層とFeO層からなり、Fe_(2)SiO_(4)層とFeO層の界面近傍のFeO層側に気孔が存在する」特定スケール構造となっていて、特定の最小歪み(0.15)に対しても「気孔」に沿って容易にスケールが剥離するという効果が奏されることまで、甲1の記載によって示唆されるものとはいうことができない。

(6)他の甲各号証(甲第2?4号証)からの容易想到性
そこで、他の甲各号証からの上記相違点に係る本件発明1の特定事項への容易想到性について検討する。
以下に、甲各号証の記載について検討する。

<1>甲2(特開平7-278748号公報)について
甲2には、衝合部の品質の優れた高張力高靭性鍛接鋼管を提供するために、所定の幅の鋼帯を加熱し熱間成形を行った後、鍛接する鍛接管において、
鋼帯をC:0.005?0.25%、Si:0.05?0.30%、Mn:0.1?1.5%、P:0.025%以下、S:0.025%以下、Al:0.005?0.08%の他、Ti:0.01?0.1%、Nb:0.005?0.1%及びV:0.005?0.1%の内、一種以上を添加することを基本とし、残部Fe及び不可避の元素分からなる成分である衝合部品質の優れた高張力鋼靭性鍛接鋼管(【要約】)について記載されている。
また、1200?1350℃に加熱後に加熱スタンドで成形し鍛接直前で酸素ブローすること(【0007】)は記載されているが、鍛接温度は具体的には記載されていないから、酸化熱で温度上昇させて鍛接することは示されていたとしても、鋼管のSi量と鍛接温度とが本願発明1の(1)式を満たすかどうか不明である。
仮に、(1)式が満たされるとしても、特定の最小歪みでも剥離しやすい上記の特定スケール構造になることについては記載も示唆もない。

<2>甲3(特開平7-204734号公報)について
甲3には、高張力高靭性鋼管のように添加元素が多いと融点が下がり、融けやすくなり、エッジに付着したスケールは除去しやすくなるが、融点が下がるために酸化熱ではエッジ部を鍛接可能な温度まで上げることができず、鍛接ができないという課題(【0003】)を解決するために、
所定の幅の鋼帯を加熱し熱間成形を行った後、鍛接する鍛接管の製造方法において、C :0.1?0.3%以下、Si:0.05?0.50%、Mn:1.0?2.5%、P :0.02%以下、S :0.02%以下、Al:0.01?0.08%を含有し、残部Fe及び不可避の元素分からなる成分とした鋼帯を、加熱温度を1350℃?1450℃とし、鍛接することを特徴とする高張力高靭性鍛接鋼管の製造方法(【請求項1】)を採用することが記載されており、「図1に示す本発明の方法は、所定の幅の鋼帯を連続的に加熱炉に挿入し、約1350℃?1450℃に加熱後、成形スタンドで成形し、鍛接直前で酸素ブローをし鍛接する。その後ストレッチレデューサーで絞り、所定の外径肉厚にすることは従来の方法と同じである。このように加熱温度を高くすることにより、酸素ブローにより、鋼帯の融点が低くてもエッジを鍛接温度である1400℃?1500℃に加熱することが可能となる。その際、加熱温度は、スケールの溶融温度が1350℃?1400℃であるため、下限を1350℃とすることが必要で、1400℃以上とするのがより好ましい。又、加熱温度が1450℃を超えると偏熱があるために一部が融点を超え、溶融してしまうためにこの温度以下にしなければならない。」(【0008】)とも記載され、「酸素ブロー」による「T:鍛接後の鋼管温度(℃)」は1400?1450℃といえる。
すると、Si含有量は最大で0.30%であるので、(1)式を計算すると、
0.30≧0.33×1400/1000-0.31=0.152
0.30≧0.33×1500/1000-0.31=0.185
となり、甲3に記載の技術手段は本件発明1の(1)式を満たすものである。
しかしながら、上記(5)で検討したのと同様に、甲3に記載の技術手段は、添加元素が多く融点の低い高張力高靭性鋼管でも鍛接可能な温度まで昇温できるような成分組成とすることを課題とするにとどまり、仮に、(1)式が満たされるとしても、特定の最小歪みでも剥離しやすい上記の特定スケール構造になることについては記載も示唆もない。

<3>甲4(特開平7-204866号公報)について
甲4には、高強度高靭性のためにBを必須とする鋼帯を、鍛接時に鍛接部の上流側からレーザーを照射することにより鍛接部を加熱した後、鍛接する高強度高靭性鍛接鋼管の製造方法(【請求項1】【0013】) が記載されている。
そして、約1100℃?1300℃に加熱後、成形スタンドで成形し、その後、鍛接時に酸素ブローを実施するとともに、鍛接部にレーザーを照射することにより鍛接部を加熱するものであり、レーザーを照射することにより、酸素ブローでの加熱の不足分を補うとともに、エネルギー密度が高いために加熱幅も小さく、ビードが発生しない(【0008】)ものであるので、従来の高周波誘導加熱+酸素ブローによる方法ではビード切削が必要であり、その調整のためたびたびラインを停止し、大幅に生産性が低下していたところ、甲4の技術手段は、鋼管の金属組成をBを含む所定の成分とするとともに鍛接時にレーザーを照射することにより高強度高靭性鍛接鋼管の製造が可能となった(【0014】)ものである。
したがって、甲4の技術手段では鍛接鋼管の鍛接部のスケールの除去そのものが問題とならないものであり、鋼管のSi量と鍛接温度とが特定の関係にあるときに特定の最小歪みでも剥離しやすい上記の特定スケール構造になることについては記載も示唆もない。

<4>甲5(R&D神戸製鋼技報)について
甲5については、上記「1.(2)エ」で検討したように、Si含有鋼に「均熱処理・鍛造・熱間圧延、冷間圧延」を行い各「板状試験片」を製造し、これに「所定温度」で「74%N_(2)-17%H_(2)O-8%CO_(2)-1%O_(2)」の混合ガスを導入して所定時間保持しN_(2)雰囲気中で冷却したときのスケール構造について記載するもので、鋼管のSi量と鍛接温度とが特定の関係にあるときに特定の最小歪みでも剥離しやすい上記の特定スケール構造になることについては記載も示唆もない。

以上のとおり、甲2?5の記載を検討しても、鋼管のSi量と鍛接温度とが特定の関係にあるときに特定の最小歪みでも剥離しやすい上記の特定スケール構造になることは示唆されず、相違点1?4に係る本件発明1の特定事項に当業者が容易に想到することもできない。
したがって、引用発明は相違点に係る本件発明1の特定事項を備えておらず、本件発明1は引用発明と同一とはいえない。
また、甲1の記載から、鋼管のSi量と鍛接温度とが特定の関係にあるときに特定の最小歪みでも剥離しやすい上記の特定スケール構造になることは示唆されず、上記相違点に係る本件発明1の特定事項に当業者が容易に想到することもできない。

(7)理由Fについての当審の判断
よって、本件発明1は、甲第1号証に記載された発明ではないから特許法第29条第1項第3号に該当せず、また、甲第1号証に記載された発明及び甲第2?5号証に記載された技術手段に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものでもないから特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものでもない。
また、本件発明1を引用する本件発明2?5に係る特許についても同様である。

第5 むすび
したがって、特許異議申立ての理由及び証拠によっては、請求項1?5に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に請求項1?5に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2019-12-03 
出願番号 特願2013-87779(P2013-87779)
審決分類 P 1 651・ 121- Y (C22C)
P 1 651・ 537- Y (C22C)
P 1 651・ 536- Y (C22C)
P 1 651・ 113- Y (C22C)
最終処分 維持  
前審関与審査官 本多 仁蛭田 敦  
特許庁審判長 平塚 政宏
特許庁審判官 長谷山 健
中澤 登
登録日 2019-02-22 
登録番号 特許第6482751号(P6482751)
権利者 日本製鉄株式会社
発明の名称 スケール剥離性に優れた鍛接鋼管  
代理人 齋藤 学  
代理人 福地 律生  
代理人 青木 篤  
代理人 三橋 真二  
代理人 亀松 宏  

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