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審決分類 審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  H01B
審判 全部申し立て 2項進歩性  H01B
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  H01B
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  H01B
管理番号 1358596
異議申立番号 異議2019-700367  
総通号数 242 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2020-02-28 
種別 異議の決定 
異議申立日 2019-05-07 
確定日 2019-11-25 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第6418351号発明「多芯ケーブル」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6418351号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1-9〕について訂正することを認める。 特許第6418351号の請求項1ないし9に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6418351号の請求項1ないし9に係る特許についての出願は、2015年9月30日を国際出願日とする特願2017-519330号の一部を平成30年1月24日に新たな特許出願とした特願2018-009914号の一部を平成30年7月27日に新たな特許出願としたものであって、平成30年10月19日にその特許権の設定登録がされ、平成30年11月7日に特許掲載公報が発行された。
その特許についての本件特許異議の申立ての経緯は、次のとおりである。

令和1年5月7日 :特許異議申立人 家田 亘久(以下、「申立人」という。)による請求項1?9に係る特許に対する特許異議の申立て
令和1年6月27日付け:取消理由通知書
令和1年9月2日 :特許権者による意見書及び訂正請求書の提出
令和1年10月25日 :申立人による意見書の提出

第2 訂正の請求について
1.訂正請求の趣旨
令和1年9月2日付け訂正請求書による訂正請求(以下、「本件訂正請求」という。)の趣旨は、「特許第6418351号の特許請求の範囲を本訂正請求書に添付した訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項1?9について訂正することを求める。」ものである。

2.訂正の内容
本件訂正請求による訂正の内容は、以下の(1)ないし(2)のとおりである(下線は訂正箇所を示す。)。

(1)訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1に「上記複数のコア電線の少なくとも1本が、複数の素線を撚り合わせた導体と、この導体の外周を被覆する絶縁層とを備え、上記導体の横断面における上記複数の素線間の空隙領域の占有面積率が5%以上であり、」と記載されているのを、「上記複数のコア電線の少なくとも1本が、複数の素線を撚り合わせた導体と、この導体の外周を被覆する絶縁層とを備え、上記導体の横断面における上記複数の素線間の空隙領域の占有面積率が5%以上であり、上記絶縁層の主成分がエチレン-アクリル酸エチル共重合体であり、」に訂正する。

(2)訂正事項2
特許請求の範囲の請求項1に「下記の条件で屈曲回数を測定したとき、屈曲回数が27000回以上である」と記載されているのを、「下記の条件で屈曲回数を測定したとき、上記導体が断線するまでの屈曲回数が27000回以上である」に訂正する。

3.訂正の適否
(1)一群の請求項について
訂正前の請求項1?9について、請求項2?9は請求項1を引用しているものであって、訂正事項1及び訂正事項2によって記載が訂正される請求項1に連動して訂正されるものである。したがって、訂正前の請求項1?9に対応する訂正後の請求項1?9は、特許法第120条の5第4項に規定する一群の請求項である。

(2)訂正事項1について
ア.訂正の目的について
訂正事項1は、絶縁層の主成分を「エチレン-アクリル酸エチル共重合体」に限定するものである。
したがって、訂正事項1は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。

イ.実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更する訂正であるか否かについて
上記ア.に示したとおり、訂正事項1は、特許請求の範囲を減縮するものであるから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものには該当せず、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第6項の規定に適合するものである。

ウ.願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であるか否かについて
明細書には、導体2の外周を被覆する絶縁層3について、「絶縁層3の主成分は、絶縁性を有するものであれば特に限定されないが、低温化における耐屈曲性向上の観点から、エチレンとカルボニル基を有するαオレフィンとの共重合体(以下、主成分樹脂ともいう)が好ましい。」(段落【0031】)及び「上記主成分樹脂としては、例えばEVA、EEA、エチレン-メチルアクリレート共重合体(EMA)、エチレン-ブチルアクリレート共重合体(EBA)等の樹脂が挙げられ、これらの中でもEVA及びEEAが好ましい。」と記載されており(下線は当審で付与した。)、上記「EEA」は、「エチレン-アクリル酸エチル共重合体」の略語である(段落【0016】)ことを勘案すると、上記絶縁層3の主成分がエチレン-アクリル酸エチル共重合体であることが開示されている。
したがって、訂正事項1は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であり、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第5項の規定に適合するものである。

エ.小括
上記ア.ないしウ.のとおり、本件訂正請求による訂正のうち訂正事項1に係る訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。

(3)訂正事項2について
ア.訂正の目的について
訂正事項2は、訂正前の請求項1における「下記の条件で屈曲回数を測定したとき、屈曲回数が27000回以上である」との記載では、多芯ケーブルがどのような状態となったときの屈曲回数が27000回以上であるのかが不明確であったところ、「上記導体が断線するまでの屈曲回数」であることを明確にするためのものである。
したがって、訂正事項2は、特許法第120条の5第2項ただし書第3号に掲げる明瞭でない記載の釈明を目的とするものである。

イ.実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更する訂正であるか否かについて
上記ア.に示したとおり、訂正事項2は、特許請求の範囲の記載を明確にするものであって、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものには該当せず、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第6項の規定に適合するものである。

ウ.願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であるか否かについて
明細書には、屈曲試験について、「この試験において、多芯ケーブルが断線(通電できなくなった状態)までの屈曲回数を計測した。」(段落【0084】)と記載されており、「多芯ケーブルが断線」という事項は「通電できなくなった状態」を意味することを勘案すると、屈曲試験において計測される上記「屈曲回数」が、多芯ケーブル中の導体が断線するまでの屈曲回数であることは明らかである。
したがって、訂正事項2は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であり、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第5項の規定に適合するものである。

エ.小括
上記ア.ないしウ.のとおり、本件訂正請求による訂正のうち訂正事項2に係る訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第3号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。

(4)訂正の適否のまとめ
以上のとおりであるから、本件訂正請求による訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号及び第3号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。
したがって、特許請求の範囲を、訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1-9〕について訂正することを認める。

第3 訂正後の本件発明
本件訂正請求により訂正された請求項1ないし9に係る発明(以下、それぞれ「本件発明1」ないし「本件発明9」という。)は、訂正特許請求の範囲の請求項1ないし9に記載された次の事項により特定されるとおりのものである。なお、下線は訂正された箇所を示す。

「【請求項1】
複数のコア電線を撚り合せた芯線を備える多芯ケーブルであって、
上記複数のコア電線の少なくとも1本が、複数の素線を撚り合わせた導体と、この導体の外周を被覆する絶縁層とを備え、上記導体の横断面における上記複数の素線間の空隙領域の占有面積率が5%以上であり、
上記絶縁層の主成分がエチレン-アクリル酸エチル共重合体であり、
下記の条件で屈曲回数を測定したとき、上記導体が断線するまでの屈曲回数が27000回以上である、多芯ケーブル。
<条件>
水平かつ互いに平行に配置された直径60mmの2本のマンドレル間に、下端に2kgの荷重を加えた多芯ケーブルを鉛直方向に通し、多芯ケーブルの上端を一方のマンドレルの上側に当接するよう水平方向に90°屈曲させ、温度を-30℃、屈曲回数速度を60回/分、他方のマンドレルの上側に当接するよう逆向きに90°屈曲させることを繰り返す。
【請求項2】
上記導体の横断面における平均面積が1.0mm^(2)以上3.0mm^(2)以下である請求項1に記載の多芯ケーブル。
【請求項3】
上記導体における複数の素線の平均径が40μm以上100μm以下、複数の素線が196本以上2450本以下である請求項1又は請求項2に記載の多芯ケーブル。
【請求項4】
上記導体が、複数の素線を撚り合せた撚素線をさらに撚り合せたものである請求項1、請求項2又は請求項3に記載の多芯ケーブル。
【請求項5】
上記絶縁層の平均厚みが、0.1mm以上5mm以下である請求項1から請求項4のいずれか1項に記載の多芯ケーブル。
【請求項6】
外径が16mm以下である請求項1から請求項5のいずれか1項に記載の多芯ケーブル。
【請求項7】
上記導体と上記絶縁層とを備えると共に上記導体の横断面における上記複数の素線間の空隙領域の占有面積率が5%以上である上記コア電線を少なくとも2本以上有する請求項1から請求項6のいずれか1項に記載の多芯ケーブル。
【請求項8】
上記芯線の周囲に配設されるシース層をさらに備え、このシース層の厚さが0.3mm以上10mm以下である請求項1から請求項7のいずれか1項に記載の多芯ケーブル。
【請求項9】
車両のABS及び/又は電動パーキングブレーキに接続される請求項1から請求項8のいずれか一項に記載の多芯ケーブル。」

第4 取消理由通知に記載した取消理由について
1.取消理由の概要
訂正前の請求項1ないし9に係る特許に対して、当審が令和1年6月27日に特許権者に通知した取消理由の要旨は、次のとおりである。

(1)取消理由1(特許法第36条第6項第1号)
発明の詳細な説明には、「低温での耐屈曲性に優れる」(段落【0006】)ことが確認された多芯ケーブルとして、絶縁材の主成分を「EEA」としたものしか開示されていないのに対して、請求項1では、絶縁層の材料が特定されておらず、出願時の技術常識に照らしても、請求項1ないし9に係る発明の範囲まで、発明の詳細な説明で開示された内容を拡張ないし一般化できるとはいえない。
したがって、請求項1ないし9に係る特許は、特許請求の範囲が特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり、取り消されるべきものである。
(2)取消理由2(特許法第36条第6項第2号)
請求項1ないし9の「下記の条件で屈曲回数を測定したとき、屈曲回数が27000回以上である」との記載では、多芯ケーブルが具体的にどのような状態となったときの屈曲回数を測定するのかが不明確である。
したがって、請求項1ないし9に係る特許は、特許請求の範囲が特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり、取り消されるべきものである。

2.当審の判断
(1)理由1(特許法第36条第6項第1号)について
上記訂正事項1により、訂正後の本件発明1ないし9において、絶縁層の主成分がエチレン-アクリル酸エチル共重合体、すなわちEEAであることが特定された。したがって、本件発明1ないし9の範囲まで、発明の詳細な説明で開示された内容を拡張ないし一般化できないということはできない。。
よって、請求項1ないし9に係る特許は、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してなされたものであるということはできない。

(2)理由2(特許法第36条第6項第2号)について
上記訂正事項2により、訂正後の本件発明1ないし9において、「屈曲回数」が「上記導体が断線するまでの屈曲回数」であることが特定された。したがって、本件発明1ないし9が、多芯ケーブルが具体的にどのような状態となったときの屈曲回数を測定するものであるのかは明確である。
よって、請求項1ないし9に係る特許は、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してなされたものであるということはできない。

なお、申立人は、令和1年10月25日提出の意見書において、訂正により、請求項1には、「上記絶縁層の主成分がエチレン-アクリル酸エチル共重合体であり、」と記載されているが、当該「主成分」なる記載は不明確であるから、本件特許は、訂正後もなお明確性要件を充足しない旨を主張している。
しかしながら、一般に「主成分」とは、物質全体の中で占める割合が高い成分のことであると認められる。そして、本件発明1ないし9は、「絶縁層の主成分がエチレン-アクリル酸エチル共重合体」であり、主成分として一種類の成分のみが特定されたものであるから、この記載は、絶縁層の中で「エチレン-アクリル酸エチル共重合体」が占める割合が最も高いことを意味すると解するのが自然である。また、発明の詳細な説明の【表1】を参照すると、コア電線No.1?7の絶縁層において、EEA(エチレン-アクリル酸エチル共重合体)の質量部が難燃剤及び酸化防止剤の質量部よりも大きく、したがって、エチレン-アクリル酸エチル共重合体が占める割合が最も高いから、上記解釈は明細書の記載とも整合するものである。
したがって、「主成分」との記載は明確であるから、本件発明1ないし9は明確であり、特許請求の範囲の記載は、特許法第36条第6項第2号の要件を満たす。
よって、申立人の上記意見を採用することができない。

第5 取消理由通知において採用しなかった特許異議申立理由について
1.特許異議申立理由の概要
(1)申立理由1
特許異議申立人は、証拠として、下記の甲第1号証を提出し、請求項1ないし9に係る発明は、甲第1号証に記載された発明であって、特許法第29条第1項第3号に該当するから、請求項1ないし9に係る特許は、特許法第29条第1項の規定に違反してされたものである旨主張している。
(2)申立理由2
特許異議申立人は、証拠として、下記の甲第1号証を提出し、請求項1ないし9に係る特許は、甲第1号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである旨主張している。
(3)申立理由3
特許異議申立人は、請求項1ないし9に係る特許は、明細書の記載が不備のため、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである旨主張している。
(4)申立理由4
特許異議申立人は、請求項1ないし9に係る特許は、特許請求の範囲の記載が不備のため、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである旨主張している。
(5)申立理由5
特許異議申立人は、請求項1ないし9に係る特許は、特許請求の範囲の記載が不備のため、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである旨主張している。

記(証拠一覧)

甲第1号証:特開2014-220043号公報

2.甲第1号証の記載
甲第1号証(特開2014-220043号公報)には、「電気絶縁ケーブル」に関して、図面とともに、次の記載がある。なお、下線は当審で付与した。

(1)「【請求項1】
導体と前記導体を覆うように形成された絶縁層とを含むコア材が複数本撚り合されて形成されたコア電線と、
前記コア電線を覆うように形成された第1の被覆層と、
前記第1の被覆層を覆うように形成された第2の被覆層と、
前記コア電線と前記第1の被覆層との間に、前記コア電線に巻かれた状態で配置されたテープ部材と、
を備え、
前記第2の被覆層は、難燃性のポリウレタン系樹脂で形成され、
各々の前記導体の断面積は、0.18?3.0mm^(2)の範囲に含まれる、電気絶縁ケーブル。」

(2)「【0009】
<本発明の実施形態の概要>
最初に本発明の実施形態の概要を説明する。
(1)電気絶縁ケーブルは、導体と前記導体を覆うように形成された絶縁層とを含むコア材が複数本撚り合されて形成されたコア電線と、
前記コア電線を覆うように形成された第1の被覆層と、
前記第1の被覆層を覆うように形成された第2の被覆層と、
前記コア電線と前記第1の被覆層との間に、前記コア電線に巻かれた状態で配置されたテープ部材と、
を備え、
前記第2の被覆層は、難燃性のポリウレタン系樹脂で形成され、
各々の前記導体の断面積は、0.18?3.0mm^(2)の範囲に含まれるものである。」

(3)「【0020】
(第1の実施形態)
図1は、本発明の第1の実施形態に係る電気絶縁ケーブル10の構成を示す断面図である。電気絶縁ケーブル10は、例えば、車両に搭載された電動パーキングブレーキ(Electro Mechanical Parking Brake:EPB)に用いられるものであり、ブレーキキャリパーを駆動するモータに電気信号を送信するためのケーブルとして用いることができる。」

(4)「【0022】
コア電線1は、互いに略同一の直径をそれぞれ有する2本の第1のコア材4(コア材の一例)が互いに撚り合されて形成される。2本の第1のコア材4の各々は、導体5と導体5の外周を覆うように形成された絶縁層6とから構成されている。
【0023】
導体5は、例えば、銅合金からなる銅合金線であり、外径0.08mm(当審注:「0.08m」は「0.08mm」の誤記である。)の素線を複数本撚り合されて形成された撚線である。導体5を構成する素線の本数としては、360?610本程度である。このように構成された導体5の断面積(複数本の素線の合計断面積)は、1.5?3.0mm^(2)の範囲、好ましくは、1.8?2.5mm^(2)の範囲に含まれるように設定される。また、導体5の外径は、1.5?3.0mmの範囲、好ましくは、2.0?2.6mmの範囲に含まれるように設定される。なお、導体5を構成する材料としては、銅合金線に限られず、錫めっき軟銅線や軟銅線等のような所定の導電性と柔軟性を有する材料であればよい。
【0024】
絶縁層6は、難燃性のポリオレフィン系樹脂で形成され、例えば、難燃剤が配合されることで難燃性が付与された難燃性の架橋ポリエチレンで形成される。絶縁層6の厚さは、0.2?0.8mmの範囲、好ましくは、0.3?0.7mmの範囲に含まれるように設定される。絶縁層6の外径は、2.5?4.0mmの範囲、好ましくは、2.8?3.8mmの範囲に含まれるように設定されている。なお、絶縁層6を構成する材料としては、難燃性のポリオレフィン系樹脂に限られず、架橋フッ素系樹脂等の他の材料で形成しても良い。」

(5)「【0027】
内部シース7は、テープ付きコア電線100を覆うように、その外周に押出被覆されて形成されたものである。内部シース7を構成する材料としては、柔軟性に優れたものが好ましい。例えば、ポリエチレンやエチレン酢酸ビニル共重合体(EVA)等のポリオレフィン系樹脂、ポリウレタンエラストマー、ポリエステルエラストマー、またはこれらの少なくとも2種を混合して形成される化合物であれば良く、例えば、架橋ポリエチレンで形成される。内部シース7の厚さは、0.3?0.9mmの範囲、好ましくは、0.45?0.80mmの範囲に含まれるように設定される。内部シース7の外径は、6.0?10.0mmの範囲、好ましくは、7.3?9.3mmの範囲に含まれるように設定される。
【0028】
外部シース8は、内部シース7の外周を覆うように、その外周に押出被覆されて形成される。外部シース8を構成する材料としては、耐摩耗性に優れたものが好ましい。例えば、難燃性のポリウレタン系樹脂を用いれば良く、例えば、難燃性の架橋ポリウレタンで形成される。外部シース8の厚さは、0.3?0.7mmの範囲に含まれるように設定すればよく、例えば、0.5mmである。外部シース8の外径、すなわち、電気絶縁ケーブル10の外径は、上述のように、6?12mmの範囲、好ましくは、8.3?10.3mmの範囲に含まれるように設定される。」

(6)「【0030】
2つのコア材サプライリール12の各々には、第1のコア材4が巻き付けられており、2本の第1コア材4が撚り合せ部13に供給される。撚り合せ部13では、供給されてきた2本の第1コア材4が互いに撚り合わされてコア電線1が形成される。このコア電線1は紙テープ巻付部15に送られる。」

(7)「【0036】
(第2の実施形態)
次に、本発明の第2の実施形態について図3を参照して説明する。なお、第1の実施形態と同一構成の部分には同一符号を付すことで説明を省略する。図3は、第2の実施形態に係る電気絶縁ケーブル30の断面を示している。本例の電気絶縁ケーブル30は、電動パーキングブレーキの電気信号を送信する用途に加えて、アンチロックブレーキシステム(Antilock Brake System:ABS)の動作を制御する電気信号を送信するのに用いることができる。」

(8)「【0046】
(実施例1)
試験用の電気絶縁ケーブル(EPB用)として、各部が次の構成を有するケーブルを作成した。第1のコア材を構成する導体の材料を銅合金線(外径0.08mm(当審注:「0.08m」は「0.08mm」の誤記である。)の素線を52本撚り合されて形成された撚線7本を撚り合わせた撚撚線)とし、その断面積(素線の合計断面積)を1.8mm^(2)とし、外径を2.0mmに設定した。また、導体の周囲に形成される絶縁層の材料を難燃性の架橋ポリエチレンとし、その厚さを0.4mmとし、その外径を2.8mmに設定した。また、コア電線を構成するコア材(第1のコア材)の本数を2本とし、撚合径(撚り合せた状態での外径)を5.6mmに設定した。また、テープ部材の構成としては、厚さが0.03mmの紙テープを用い、紙巻き径を5.7mmに設定した。また、内部シースを構成する材料を架橋ポリエチレンとし、その厚さを0.8mmとし、その外径を7.3mmに設定した。また、外部シースを構成する材料を難燃性の架橋ポリウレタンとし、その厚さを0.5mmとし、その外径を8.3mmに設定した。」

したがって、上記記載事項及び図面を総合勘案すると、甲第1号証には、次の発明(以下、「甲1発明」という。)が記載されている。

「導体と前記導体を覆うように形成された絶縁層とを含むコア材が複数本撚り合されて形成されたコア電線を備えた電気絶縁ケーブルにおいて、
導体5は、外径0.08mmの素線を複数本撚り合されて形成された撚線であり、導体5を構成する素線の本数としては、360?610本程度であり、このように構成された導体5の断面積(複数本の素線の合計断面積)は、1.5?3.0mm^(2)の範囲、好ましくは、1.8?2.5mm^(2)の範囲に含まれるように設定され、
絶縁層6は、難燃性のポリオレフィン系樹脂で形成され、例えば、難燃剤が配合されることで難燃性が付与された難燃性の架橋ポリエチレンで形成され、なお、絶縁層6を構成する材料としては、難燃性のポリオレフィン系樹脂に限られず、架橋フッ素系樹脂等の他の材料で形成しても良い、電気絶縁ケーブル。」

3.当審の判断
(1)申立理由1について
ア.本件発明1について
本件発明1と甲1発明とを対比する。
(ア)甲1発明の「導体5」は、「外径0.08mmの素線を複数本撚り合されて形成された撚線」であるから、本件発明1の「複数の素線を撚り合わせた導体」に相当する。
ただし、複数の素線を撚り合わせた導体について、本件発明1は「上記導体の横断面における上記複数の素線間の空隙領域の占有面積率が5%以上」であるのに対し、甲1発明にはその旨の特定はされていない。
(イ)甲1発明の「導体を覆うように形成された絶縁層」は、本件発明1の「この導体の外周を被覆する絶縁層」に相当する。
ただし、絶縁層について、本件発明1は「上記絶縁層の主成分がエチレン-アクリル酸エチル共重合体」であるのに対し、甲1発明にはその旨の特定はなされていない。
(ウ)甲1発明の「コア材」は、「導体と前記導体を覆うように形成された絶縁層とを含む」ものであるから、「電線」である。したがって、甲1発明の「コア材」は、本件発明1の「コア電線」に相当する。
(エ)甲1発明の「コア電線」は、「コア材が複数本撚り合わせて形成され」るものであり、かつ「コア材」は「導体と前記導体を覆うように形成された絶縁層とを含む」ものであるから、複数のコア材の少なくとも1本は、導体と絶縁層とを備えるものである。したがって、甲1発明の「コア材」が「導体と前記導体を覆うように形成された絶縁層とを含む」ことは、本件発明1の「上記複数のコア電線の少なくとも1本」が、「導体と、この導体の外周を被覆する絶縁層とを備え」ることに相当する。
(オ)甲1発明の「コア材が複数本撚り合されて形成されたコア電線」は、本件発明1の「複数のコア電線を撚り合わせた芯線」に相当する。
(カ)甲1発明の「コア電線を備えた電気絶縁ケーブル」は、本件発明1の「芯線を備える多芯ケーブル」に相当する。
(キ)多芯ケーブルの屈曲回数について、本件発明1は「下記の条件で屈曲回数を測定したとき、上記導体が断線するまでの屈曲回数が27000回以上」であり、該「下記の条件」が「<条件>水平かつ互いに平行に配置された直径60mmの2本のマンドレル間に、下端に2kgの荷重を加えた多芯ケーブルを鉛直方向に通し、多芯ケーブルの上端を一方のマンドレルの上側に当接するよう水平方向に90°屈曲させ、温度を-30℃、屈曲回数速度を60回/分、他方のマンドレルの上側に当接するよう逆向きに90°屈曲させることを繰り返す」ものであるのに対し、甲1発明にはその旨の特定はなされていない。

よって、本件発明1と甲1発明との一致点及び相違点は以下のとおりである。

<一致点>
「 複数のコア電線を撚り合せた芯線を備える多芯ケーブルであって、
上記複数のコア電線の少なくとも1本が、複数の素線を撚り合わせた導体と、この導体の外周を被覆する絶縁層とを備える、多芯ケーブル。」

<相違点1>
複数の素線を撚り合わせた導体について、本件発明1は「上記導体の横断面における上記複数の素線間の空隙領域の占有面積率が5%以上」であるのに対し、甲1発明にはその旨の特定はされていない点。

<相違点2>
絶縁層について、本件発明1は「上記絶縁層の主成分がエチレン-アクリル酸エチル共重合体」であるのに対し、甲1発明にはその旨の特定はなされていない点。

<相違点3>
多芯ケーブルの屈曲回数について、本件発明1は「下記の条件で屈曲回数を測定したとき、上記導体が断線するまでの屈曲回数が27000回以上」であり、該「下記の条件」が「水平かつ互いに平行に配置された直径60mmの2本のマンドレル間に、下端に2kgの荷重を加えた多芯ケーブルを鉛直方向に通し、多芯ケーブルの上端を一方のマンドレルの上側に当接するよう水平方向に90°屈曲させ、温度を-30℃、屈曲回数速度を60回/分、他方のマンドレルの上側に当接するよう逆向きに90°屈曲させることを繰り返す」ものであるのに対し、甲1発明にはその旨の特定はなされていない点。

ここで、申立人は、特許異議申立書において、上記相違点3について、上記相違点3に係る事項は、本件発明1と公知の甲1発明とを実質的に異ならしめる要件ではない旨を主張している。
そこで、上記相違点3が実質的な相違点であるか否かについて検討する。
甲第1号証には、電気絶縁ケーブルの「導体が断線するまでの屈曲回数」については一切記載されていない。また、本件発明1は、絶縁層の主成分が「エチレン-アクリル酸エチル共重合体」であるのに対し、甲1発明は、絶縁層が「架橋ポリエチレン」又は「架橋フッ素系樹脂」で形成されものであるから、両者は少なくとも絶縁層の材料において明らかに異なるものである。したがって、甲1発明において、本件発明1に係る条件で屈曲回数を測定したときに、本件発明1と同様の結果が得られること(すなわち、導体が断線するまでの屈曲回数が27000回以上であること)が明らかであるとはいえない。
そうすると、甲1発明において、本件発明1に係る条件で屈曲回数を測定したときの「導体が断線するまでの屈曲回数」が27000回以上であるとはいえない。
したがって、相違点3は実質的な相違であると認められるから、本件発明1が甲1発明であるということはできない。

イ.本件発明2ないし9について
本件発明2ないし9は本件発明1の発明特定事項を全て含むものであるから、上記ア.で述べたのと同様の理由で、本件発明2ないし9が甲1発明であるということはできない。

ウ.まとめ
以上のとおりであるから、請求項1ないし9に係る特許は、特許法第29条第1項の規定に違反してされたものであるということはできない。

(2)申立理由2について
ア.本件発明1について
本件発明1と甲1発明とは、上記「(1)ア.」で説示した一致点で一致し、相違点1ないし3で相違する。
そして、まず相違点3について検討すると、申立人が証拠として提出した甲第1号証を参照しても、甲1発明において、本件発明1に係る条件で屈曲回数を測定したときに、導体が断線するまでの屈曲回数が27000回以上であることを示す記載はない。また、多芯ケーブルにおいて、本件発明1に係る条件で屈曲回数を測定したときに、導体が断線するまでの屈曲回数を27000回以上とするとの事項は周知技術ではなく、かつ当該事項が一般的に市販されている多芯ケーブルにおいて通常備える性質であることが技術常識であるともいえない。
したがって、甲1発明に基づいて、相違点3に係る本件発明1の「下記の条件で屈曲回数を測定したとき、上記導体が断線するまでの屈曲回数が27000回以上」であり、該「下記の条件」が「水平かつ互いに平行に配置された直径60mmの2本のマンドレル間に、下端に2kgの荷重を加えた多芯ケーブルを鉛直方向に通し、多芯ケーブルの上端を一方のマンドレルの上側に当接するよう水平方向に90°屈曲させ、温度を-30℃、屈曲回数速度を60回/分、他方のマンドレルの上側に当接するよう逆向きに90°屈曲させることを繰り返す」ものであるという事項を当業者が容易に想到することはできない。
よって、相違点1及び2について検討するまでもなく、本件発明1が、甲1発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるということはできない。

イ.本件発明2ないし9について
本件発明2ないし9は本件発明1の発明特定事項を全て含むものであるから、上記ア.で述べたのと同様の理由で、本件発明2ないし9が、甲1発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるということはできない。

ウ.まとめ
以上のとおりであるから、請求項1ないし9に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであるということはできない。

(3)申立理由3について
申立人は、本件特許発明1の構成は、達成すべき結果によって物を特定しようとする記載を含んでいるが、本件特許明細書には、その実施例として、特定の導体および樹脂の組み合わせのみが、その結果を達成できるように実施することが可能に記載されており、当業者が本件特許明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識を考慮しても、本件特許発明1に含まれる他の部分については、その結果を達成できるよう実施することができない旨を主張している。また、申立人は、本件特許発明2?9についても同様のことがいえる旨を主張している。
そこで、上記主張について検討する。
発明の詳細な説明の【実施例】欄の段落【0077】-【0086】には、本件発明1に係る条件で屈曲回数を測定したときの導体が断線するまでの屈曲回数が2700回以上である多芯ケーブルNo.3?7が、平均径80μm、72本の軟銅の素線を撚った7の本撚素線をさらに撚った導体(平均径2.4mm)の外周に外径3mmの絶縁層を形成することにより製造されることが記載されている。
また、「導体」の材料について、段落【0023】には、「導体2は、複数の素線を一定のピッチで撚り合せて構成される。この素線としては、特に限定されないが、例えば銅線、銅合金線、アルミニウム線、アルミニウム合金線等が挙げられる。」と記載されているから、「導体の材料」は変更可能なものであって、【実施例】欄に記載された多芯ケーブルNo.3?7の「軟銅」に限定されるものではない。
さらに、「導体」の素線の径や数について、段落【0024】には、「素線の数は多芯ケーブルの用途や素線の径等にあわせて適宜設計されるが、下限としては、196本が好ましく、294本がより好ましい。」と記載されているから、「素線の径」や「素線の数」は変更可能なものであって、【実施例】欄に記載された多芯ケーブルNo.3?7の「80μm」や「504本」(72×7本)に限定されるものではない。
また、「樹脂」について、段落【0030】には、「絶縁層3は、合成樹脂を主成分とする組成物により形成され、導体2の外周に積層されることで導体2を被覆する。絶縁層3の平均厚みとしては、特に限定されないが、例えば0.1mm以上5mm以下とされる。」と記載されているから、「絶縁層の厚み」は変更可能なものであって、【実施例】欄に記載された多芯ケーブルNo.3?7の「0.6mm」(絶縁層の外径3mm-導体の平均径2.4mm)に限定されるものではない。
さらに、「導体の材料」、「素線の径」、「素線の数」、「絶縁層の厚み」等を、多芯ケーブルNo.3?7から変更し、本件発明1の「導体が断線するまでの屈曲回数が27000回以上」との事項を含む多芯ケーブルを作ること(すなわち、本件発明1に含まれる、実施例に開示された多芯ケーブル以外の多芯ケーブルを作ること)が、当業者に期待し得る程度を超える試行錯誤や、複雑高度の実験等を要するものであるとはいえない。例えば多芯ケーブルNo.3において、絶縁層の厚みを変更する場合、仮に「導体が断線するまでの屈曲回数が27000回以上」ではなくなるのであれば、素線の径や数を調整することや空隙領域の占有面積率を高くすること等によって本件発明1に含まれる多芯ケーブルを作ることが、当業者にとって格別困難であるとはいえない。
したがって、本件特許発明1に含まれる【実施例】欄に記載された多芯ケーブルNo.3?7以外の部分について、その結果を達成できるよう実施することができないということはできない。
また、本件発明2ないし9は本件発明1の発明特定事項を全て含むものであるから、上記と同様の理由により、本件特許発明2ないし9に含まれる【実施例】欄に記載された多芯ケーブルNo.3?7以外の部分について、その結果を達成できるよう実施することができないということはできない。
以上のとおりであるから、請求項1ないし9に係る特許は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるということはできない。

(4)申立理由4について
申立人は、本件特許発明1の構成は、達成すべき結果によって物を特定しようとする記載を含んでいるが、本件特許明細書には、その実施例として、特定の導体および樹脂の組み合わせのみが、その結果を達成できるように実施することが可能に記載されており、当業者が本件特許明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識に照らしても、実施例として開示された特定の導体及び樹脂の組み合わせから、本件特許発明1の範囲まで発明の内容を拡張ないし一般化できるものではない旨を主張している。また、申立人は、本件特許発明2?9についても同様のことがいえる旨を主張している。
しかしながら、上記(3)で説示したとおり、発明の詳細な説明には、本件発明1において規定されていない「導体の材料」、「素線の径や数」、「絶縁層の厚み」等の条件は変更可能なものであって、【実施例】欄に記載された多芯ケーブルNo.3?7に限定されるものではないことが記載されている。したがって、【実施例】欄に記載された多芯ケーブルNo.3?7を、本件発明1の範囲まで拡張ないし一般化できないということはできない。
また、本件発明2ないし9は本件発明1の発明特定事項を全て含むものであるから、上記と同様の理由により、【実施例】欄に記載された多芯ケーブルNo.3?7を、本件発明2ないし9の範囲まで拡張ないし一般化できないということはできない。

また、申立人は、本件特許の発明の詳細な説明には、「複数の素線間の空隙領域の占有面積率」が「25%」、「屈曲回数」が「65000回」までしか開示されていないが、「複数の素線間の空隙領域の占有面積率」が「25%より大きい」場合に、「屈曲回数」が「27000回以上である」となるか否かは、本件特許明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識を考慮しても当業者は理解できないので、本件特許発明1は、発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えている旨を主張している。
しかしながら、発明の詳細な説明の【表1】には、複数の素線間の空隙領域の占有面積率がそれぞれ2%、4%、5%、10%、20%、22%、25%である場合に、屈曲回数がそれぞれ3000回、7900回、27000回、30000回、37000回、50000回、65000回となることが記載されており、この記載からは、占有面積率が高くなるほど屈曲回数が多くなることが読み取れる。そうすると、複数の素線間の空隙領域の占有面積率が25%より大きい場合には、屈曲回数は65000回よりも多くなることが予想されるから、「27000回以上」となる蓋然性が高いことは明らかである。したがって、本件発明1が、発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えているということはできない。

以上のとおりであるから、請求項1ないし9に係る特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるということはできない。

なお、申立人は、令和1年10月25日提出の意見書において、本件特許の発明の詳細な説明に開示された内容を、多芯ケーブルを構成する「複数のコア電線」のうち、「少なくとも1本(例えば1本)」が特定の絶縁材からなる絶縁層を備える範囲まで拡張ないし一般化できるものではない旨を主張している。
そこで、上記主張について検討する。
本件発明1ないし9では、「上記導体が断線するまでの屈曲回数が27000回以上である」ことが特定されている。そして、「上記導体」とは、「空隙領域の占有面積率が5%以上」である「複数のコア電線の少なくとも1本」が備える導体である。
ここで、多芯ケーブルの耐屈曲性に関し、段落【0026】には、「上記空隙領域の占有面積率が上記下限より小さいと、多芯ケーブルの屈曲時に素線に大きな曲げ応力が局所的に加わり易くなるため、耐屈曲性が低下するおそれがある。」と記載されている。したがって、本件発明1における「空隙領域の占有面積率が5%以上」である「複数のコア電線の少なくとも1本」は、低温での耐屈曲性に優れるものであるといえる。
そして、本件発明1ないし9が解決しようとする課題は、【発明が解決しようとする課題】欄に記載されたとおりの「低温での耐屈曲性に優れる多芯ケーブル用コア電線及びそれを用いた多芯ケーブルの提供」(段落【0006】)であると認められる(下線は当審で付与した。)。そうすると、上述のとおり、本件発明1における「空隙領域の占有面積率が5%以上」である「複数のコア電線の少なくとも1本」は、低温での耐屈曲性に優れるものであるから、本件発明1ないし9は、「低温での耐屈曲性に優れる多芯ケーブル用コア電線」「の提供」という、上記課題が解決されたものであるといえる。そして、多芯ケーブルが上記「空隙領域の占有面積率が5%以上」である「コア電線」を何本備えていても、上記課題は解決されているといえるから、「空隙領域の占有面積率が5%以上」である「コア電線」の本数は、任意の本数に拡張ないし一般化できるものである。
よって、申立人の上記意見を採用することができない。

(5)申立理由5について
申立人は、本件特許発明1は、屈曲回数には、素線の径や本数や材料、絶縁層の材料やその特性などの、素線と絶縁層との相互の特性が関係するものと考えられるが、本件特許発明1では当該特性等が発明特定事項として含まれていないので、発明特定事項が不足していることが明らかであるから、本件特許発明1は不明確である旨を主張している。また、申立人は、本件特許発明2?9についても同様のことがいえる旨を主張している。
しかしながら、本件発明1は、導体の横断面における空隙領域の占有面積率が5%以上であるコア電線を用いること、絶縁層の主成分がエチレン-アクリル酸エチル共重合体であること、及び上記導体が断線するまでの屈曲回数が27000回以上であることが特定されれるものであり、当該特定された本件発明1の多芯ケーブルの技術的範囲は明確である。
また、上記(3)、(4)で説示したとおり、発明の詳細な説明には、本件発明1において特定されていない「導体の材料」、「素線の径や数」、「絶縁層の厚み」等の条件は変更可能なものであって、【実施例】欄に記載された多芯ケーブルNo.3?7に限定されるものではないことが記載されているから、本件発明1の発明特定事項が不足していることが明らかであるとはいうことはできない。
したがって、本件発明1は明確である。
また、本件発明2ないし9は本件発明1の発明特定事項を全て含むものであるから、上記と同様の理由により、本件発明1ないし9は明確である。
以上のとおりであるから、請求項1ないし9に係る特許は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるということはできない。

第6 むすび
以上のとおりであるから、取消理由通知に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載した特許異議申立理由によっては、本件請求項1ないし9に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件請求項1ないし9に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数のコア電線を撚り合せた芯線を備える多芯ケーブルであって、
上記複数のコア電線の少なくとも1本が、複数の素線を撚り合わせた導体と、この導体の外周を被覆する絶縁層とを備え、上記導体の横断面における上記複数の素線間の空隙領域の占有面積率が5%以上であり、
上記絶縁層の主成分がエチレン-アクリル酸エチル共重合体であり、
下記の条件で屈曲回数を測定したとき、上記導体が断線するまでの屈曲回数が27000回以上である、多芯ケーブル。
<条件>
水平かつ互いに平行に配置された直径60mmの2本のマンドレル間に、下端に2kgの荷重を加えた多芯ケーブルを鉛直方向に通し、多芯ケーブルの上端を一方のマンドレルの上側に当接するよう水平方向に90°屈曲させ、温度を-30℃、屈曲回数速度を60回/分、他方のマンドレルの上側に当接するよう逆向きに90°屈曲させることを繰り返す。
【請求項2】
上記導体の横断面における平均面積が1.0mm^(2)以上3.0mm^(2)以下である請求項1に記載の多芯ケーブル。
【請求項3】
上記導体における複数の素線の平均径が40μm以上100μm以下、複数の素線が196本以上2450本以下である請求項1又は請求項2に記載の多芯ケーブル。
【請求項4】
上記導体が、複数の素線を撚り合せた撚素線をさらに撚り合せたものである請求項1、請求項2又は請求項3に記載の多芯ケーブル。
【請求項5】
上記絶縁層の平均厚みが、0.1mm以上5mm以下である請求項1から請求項4のいずれか1項に記載の多芯ケーブル。
【請求項6】
外径が16mm以下である請求項1から請求項5のいずれか1項に記載の多芯ケーブル。
【請求項7】
上記導体と上記絶縁層とを備えると共に上記導体の横断面における上記複数の素線間の空隙領域の占有面積率が5%以上である上記コア電線を少なくとも2本以上有する請求項1から請求項6のいずれか1項に記載の多芯ケーブル。
【請求項8】
上記芯線の周囲に配設されるシース層をさらに備え、このシース層の厚さが0.3mm以上10mm以下である請求項1から請求項7のいずれか1項に記載の多芯ケーブル。
【請求項9】
車両のABS及び/又は電動パーキングブレーキに接続される請求項1から請求項8のいずれか一項に記載の多芯ケーブル。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2019-11-14 
出願番号 特願2018-141687(P2018-141687)
審決分類 P 1 651・ 537- YAA (H01B)
P 1 651・ 536- YAA (H01B)
P 1 651・ 121- YAA (H01B)
P 1 651・ 113- YAA (H01B)
最終処分 維持  
前審関与審査官 北嶋 賢二  
特許庁審判長 國分 直樹
特許庁審判官 宮本 秀一
須原 宏光
登録日 2018-10-19 
登録番号 特許第6418351号(P6418351)
権利者 住友電気工業株式会社
発明の名称 多芯ケーブル  
代理人 天野 一規  
代理人 天野 一規  

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