ポートフォリオを新規に作成して保存 |
|
|
既存のポートフォリオに追加保存 |
|
PDFをダウンロード |
審決分類 |
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載 C23C 審判 全部申し立て 2項進歩性 C23C 審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 C23C |
---|---|
管理番号 | 1359560 |
異議申立番号 | 異議2018-700547 |
総通号数 | 243 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許決定公報 |
発行日 | 2020-03-27 |
種別 | 異議の決定 |
異議申立日 | 2018-07-09 |
確定日 | 2019-12-25 |
異議申立件数 | 1 |
訂正明細書 | 有 |
事件の表示 | 特許第6259336号発明「Ni基合金およびその製造方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 |
結論 | 特許第6259336号の明細書及び特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正明細書及び訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1?6〕について訂正することを認める。 特許第6259336号の請求項1、4?6に係る特許を取り消す。 特許第6259336号の請求項2、3に係る特許についての特許異議の申立てを却下する。 |
理由 |
第1 手続の経緯 特許第6259336号の請求項1?6に係る特許についての出願は、平成26年3月26日の出願であって、平成29年12月15日に特許の設定登録がされ、平成30年1月10日に特許掲載公報が発行され、その後、同年7月9日にその請求項1?6(全請求項)に係る特許に対して特許異議申立人 谷口 充弘により特許異議の申立てがされ、当審において同年12月4日付けで取消理由が通知され、その指定期間内である平成31年2月1日に意見書の提出及び訂正の請求(以下「本件訂正請求」という。)があり、本件訂正請求に対して、同年4月26日に特許異議申立人から意見書が提出されたものである。 そして、令和1年8月6日付けで取消理由(決定の予告)及び審尋を通知し、期間を指定して意見書を提出する機会を与えたが、特許権者から応答はなかった。 第2 訂正の適否 1 訂正の内容 本件訂正請求に係る訂正(以下「本件訂正」という。)の内容は、以下のとおりである。なお、下線は訂正された箇所を表す。 (1)訂正事項1 本件訂正前の特許請求の範囲の請求項1に「C:0.002?0.05%、S:0.0001?0.005%、Cr:10?25%、Mo:5?20%、O:0.0001?0.005%、Al:0.01?0.5%、Fe:0.5?10%」とあるのを、「必須の成分としてC:0.002?0.05%、S:0.0001?0.005%、Cr:10?25%、Mo:5?20%、O:0.0001?0.005%、Al:0.01?0.5%、Fe:2.18?10%、Si:0.01?1%およびMn:0.01?1%、さらに、W:0.5?10%または、Ti:0.01?1%およびNb:0.5?5%」に訂正する。 (2)訂正事項2 本件訂正前の特許請求の範囲の請求項1に「不動態皮膜部における」とあるのを、「不動態皮膜部の母材側境界部における」に訂正する。 (3)訂正事項3 本件訂正前の特許請求の範囲の請求項1に「Cr濃度(at.%)/Ni濃度(at.%)の比が0.2以上であり、」とある直後に、「不動態皮膜の母材側境界部におけるMo濃度(at.%)/Ni濃度(at.%)の比が0.1以上、かつ、不動態皮膜最表層部における酸素濃度が55(at.%)以上であり、」を追加する。 (4)訂正事項4 本件訂正前の特許請求の範囲の請求項1に「ASTM G48 Method D試験」とある直前に、「前記Cr濃度(at.%)/Ni濃度(at.%)の比と表面からの深さの関係において、前記Cr濃度(at.%)/Ni濃度(at.%)の比は、表面から不動態皮膜深さ方向に向けて増大して極大値を示し、次いで減少して、前記母材側境界部において極小値を示して、母材側において増大するものであり、」を追加する。 (5)訂正事項5 本件訂正前の特許請求の範囲の請求項2を削除する。 (6)訂正事項6 本件訂正前の特許請求の範囲の請求項3を削除する。 (7)訂正事項7 本件訂正前の特許請求の範囲の請求項4に「請求項1?3のいずれか」とあるのを、「請求項1」に訂正する。 (8)訂正事項8 本件訂正前の明細書の【0010】に「本発明のNi基合金は、C:0.002?0.05%、S:0.0001?0.005%、Cr:10?25%、Mo:5?20%、O:0.0001?0.005%、Al:0.01?0.5%、Fe:0.5?10%、残部Niおよび不可避的不純物からなるNi基合金であって、オージェ電子分光法を用いて、加速電圧10kV、試料電流量0.01μAとしてNi基合金の深さ方向に1kVの条件でスパッタしながら測定した各元素のプロファイルから算出した場合の、合金の表面に形成される不動態皮膜部におけるCr濃度(at.%)/Ni濃度(at.%)の比が0.2以上であり、ASTM G48 Method D試験において臨界隙間腐食発生温度(CCT)が40℃以上であることを特徴とするものである。」とあるのを、「本発明のNi基合金は、必須の成分としてC:0.002?0.05%、S:0.0001?0.005%、Cr:10?25%、Mo:5?20%、O:0.0001?0.005%、Al:0.01?0.5%、Fe:2.18?10%、Si:0.01?1%およびMn:0.01?1%、さらに、W:0.5?10%または、Ti:0.01?1%およびNb:0.5?5%、残部Niおよび不可避的不純物からなるNi基合金であって、オージェ電子分光法を用いて、加速電圧10kV、試料電流量0.01μAとしてNi基合金の深さ方向に1kVの条件でスパッタしながら測定した各元素のプロファイルから算出した場合の、合金の表面に形成される不動態皮膜部の母材側境界部におけるCr濃度(at.%)/Ni濃度(at.%)の比が0.2以上であり、不動態皮膜の母材側境界部におけるMo濃度(at.%)/Ni濃度(at.%)の比が0.1以上、かつ、不動態皮膜最表層部における酸素濃度が55(at.%)以上であり、前記Cr濃度(at.%)/Ni濃度(at.%)の比と表面からの深さの関係において、前記Cr濃度(at.%)/Ni濃度(at.%)の比は、表面から不動態皮膜深さ方向に向けて増大して極大値を示し、次いで減少して、前記母材側境界部において極小値を示して、母材側において増大するものであり、ASTM G48 Method D試験において臨界隙間腐食発生温度(CCT)が40℃以上であることを特徴とするものである。」に訂正する。 2 訂正の目的の適否、特許請求の範囲の拡張・変更の存否、新規事項の有無 (1)訂正事項1について ア 訂正の目的の適否、特許請求の範囲の拡張・変更の存否 訂正事項1による訂正は、本件訂正前の請求項1における合金組成に対して、「必須成分として」を付加し、Fe含有量を訂正前の「0.5?10%」から訂正後の「2.18?10%」の範囲に狭め、さらに「Si:0.01?1%およびMn:0.01?1%、さらに、W:0.5?10%または、Ti:0.01?1%およびNb:0.5?5%」を含有するとして付加することによってNi基合金を具体的に特定し、限定するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書き第1号に掲げる「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではないから、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第6項の規定に適合する。 イ 新規事項の有無 本件特許の願書に添付された明細書又は図面(以下「本件明細書等」という。)において、【0061】表3の発明例3には、Fe含有量を「2.18%」にすることが記載され、【0013】には、「Si:0.01?1%、Mn:0.01?1%、Ti:0.01?1%、Nb:0.5?5%、W:0.5?10%のいずれか1種または2種以上を含有すること」が記載され、【0061】表3の発明例1?8には、Si及びMnを必須の成分として含むことが記載され、さらに発明例1及び2はW、発明例3?8はTi及びNbを含有することが記載されているから、訂正事項1は、本件特許明細書等に記載した事項の範囲内の訂正であり、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第5項の規定に適合するものである。 (2)訂正事項2について ア 訂正の目的の適否、特許請求の範囲の拡張・変更の存否 訂正事項2による訂正は、「合金の表面に形成される不動態皮膜部におけるCr濃度(at.%)/Ni濃度(at.%)の比」が、不動態皮膜部のうちの「母材側境界部」の位置におけるものであることを明らかにすることから、特許法第120条の5第2項ただし書き第3号に掲げる「明瞭でない記載の釈明」を目的とするものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではないから、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第6項の規定に適合する。 イ 新規事項の有無 本件明細書等の【0025】には、「図2にCr濃度(at.%)/Ni濃度(at.%)とスパッタ時間の関係として示す。図から、表面から見ていくと一旦極大値を示し、その後極小値を示す傾向が明らかである。この研究から、Cr濃度(at.%)/Ni濃度(at.%)の比率が、0.2以上あれば、要求されるCCT≧40℃を満足できることが明らかとなった。さらに、このグラフから分かることは、スパッタ時間1分にて、Cr濃度(at.%)/Ni濃度(at.%)の比率が、極小を取ることである。まだ、Ni基合金の不動態皮膜に関しては明確にされていない点が多いが、本発明ではこの極小値を取る深さまでを厚みと定義した。」と記載され、同図2からも、不動態皮膜の厚みであるスパッタ時間1分でCr濃度(at.%)/Ni濃度(at.%)の比率が、0.2以上であることが見て取れる。さらに、同【0036】には、「不動態皮膜の母材側境界部におけるMo濃度(at.%)/Ni濃度(at.%)の比が0.1以上」と記載され、同図3において、Mo濃度(at.%)/Ni濃度(at.%)の比が0.1以上となるのは、スパッタ時間1分であることが示されておりスパッタ時間1分の深さが「不動態皮膜の母材側境界部」であるといえ、Cr濃度(at.%)/Ni濃度(at.%)の比が0.2以上となるのが「不動態皮膜部の母材側境界部」の位置であることは明らかだから、訂正事項2は、本件特許明細書等に記載した事項の範囲内の訂正であり、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第5項の規定に適合するものである。 (3)訂正事項3について ア 訂正の目的の適否、特許請求の範囲の拡張・変更の存否 訂正事項3による訂正は、「不動態皮膜の母材側境界部におけるMo濃度(at.%)/Ni濃度(at.%)の比が0.1以上、かつ、不動態皮膜最表層部における酸素濃度が55(at.%)以上」を付加することによってNi基合金を具体的に特定し、限定するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書き第1号に掲げる「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではないから、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第6項の規定に適合する。 イ 新規事項の有無 本件明細書等の【0036】及び【0037】には、「不動態皮膜の母材側境界部におけるMo濃度(at.%)/Ni濃度(at.%)の比が0.1以上」及び「不動態皮膜最表層部における酸素濃度が55(at.%)以上」と記載されているから、訂正事項3は、本件特許明細書等に記載した事項の範囲内の訂正であり、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第5項の規定に適合するものである。 (4)訂正事項4について ア 訂正の目的の適否、特許請求の範囲の拡張・変更の存否 訂正事項4による訂正は、「前記Cr濃度(at.%)/Ni濃度(at.%)の比と表面からの深さの関係において、前記Cr濃度(at.%)/Ni濃度(at.%)の比は、表面から不動態皮膜深さ方向に向けて増大して極大値を示し、次いで減少して、前記母材側境界部において極小値を示して、母材側において増大するものであり、」を付加することによってNi基合金を具体的に特定し、限定するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書き第1号に掲げる「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではないから、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第6項の規定に適合する。 イ 新規事項の有無 本件明細書等の【0025】には、「Cr濃度(at.%)とNi濃度(at.%)の比率を算出して、図2にCr濃度(at.%)/Ni濃度(at.%)とスパッタ時間の関係として示す。図から、表面から見ていくと一旦極大値を示し、その後極小値を示す傾向が明らかである。」と記載され、同図2から、Cr濃度(at.%)/Ni濃度(at.%)の比が極小値を示して以降、スパッタ時間の長い側、すなわち母材側において増大することが見て取れるから、訂正事項4は、本件特許明細書等に記載した事項の範囲内の訂正であり、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第5項の規定に適合するものである。 (5)訂正事項5について 訂正事項5による訂正は、請求項2を削除するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当し、また、当該訂正が、新規事項を追加するものではないことは明らかであるし、特許請求の範囲を拡張又は変更するものに該当しないことも明らかである。 (6)訂正事項6について 訂正事項6による訂正は、請求項3を削除するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当し、また、当該訂正が、新規事項を追加するものではないことは明らかであるし、特許請求の範囲を拡張又は変更するものに該当しないことも明らかである。 (7)訂正事項7について 訂正事項7による訂正は、訂正事項5及び6によって請求項2及び3を削除することに伴い、本件訂正前の請求項4において請求項2及び3を引用しないようにするものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当し、また、当該訂正が、新規事項を追加するものではないことは明らかであるし、特許請求の範囲を拡張又は変更するものに該当しないことも明らかである。 (8)訂正事項8について 訂正事項8による訂正は、明細書の【0010】の記載を、訂正事項1?4により訂正される特許請求の範囲の請求項1の記載に整合させるために行うものであるから、明瞭でない記載の釈明を目的としたものである。 また、当該訂正が、新規事項を追加するものではないことは明らかであるし、特許請求の範囲を拡張又は変更するものに該当しないことも明らかである。 3 独立特許要件 本件は、訂正前の全請求項に対して特許異議の申立てがなされているので、訂正事項1?7について、特許法第120条の5第9項で読み替えて準用する特許法第126条第7項は適用されない。 4 一群の請求項 本件訂正前の請求項1?6について、請求項2?6はそれぞれ請求項1を引用するものであって、訂正事項1?4によって訂正される請求項1に連動して訂正されるものであるから、本件訂正前の請求項1?6は一群の請求項であるところ、本件訂正請求は、上記一群の請求項についてされたものであるから、特許法第120条の5第4項の規定に適合する。 そして、本件訂正は、請求項間の引用関係の解消を目的とするものではなく、特定の請求項に係る訂正事項について別の訂正単位とする求めもないから、本件訂正請求は、訂正後の請求項〔1?6〕を訂正単位として訂正の請求をするものである。 5 明細書の訂正に係る請求項について 訂正事項8による訂正は明細書の訂正であるところ、当該明細書の訂正に関連する請求項の全てである請求項1?6について訂正が行われているといえるから、本件訂正は、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第4項の規定に適合するものである。 6 小括 以上のとおりであるから、本件訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書き第1号及び第3号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第4項及び同条第9項において準用する同法第126条第4項から第6項までの規定に適合するので、訂正後の請求項〔1?6〕について、訂正を認める。 第3 本件発明 本件訂正は、上記第2で検討したとおり適法なものであるから、本件特許の特許請求の範囲の請求項1?6に係る発明(以下、それぞれ「本件発明1」?「本件発明6」といい、総称して「本件発明」という。)は、本件訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲の請求項1?6に記載された事項により特定される次のとおりのものである。 「【請求項1】 必須の成分としてC:0.002?0.05%、S:0.0001?0.005%、Cr:10?25%、Mo:5?20%、O:0.0001?0.005%、Al:0.01?0.5%、Fe:2.18?10%、Si:0.01?1%およびMn:0.01?1%、さらに、W:0.5?10%または、Ti:0.01?1%およびNb:0.5?5%、残部Niおよび不可避的不純物からなるNi基合金であって、 オージェ電子分光法を用いて、加速電圧10kV、試料電流量0.01μAとして前記Ni基合金の深さ方向に1kVの条件でスパッタしながら測定した各元素のプロファイルから算出した場合の、合金の表面に形成される不動態皮膜部の母材側境界部におけるCr濃度(at.%)/Ni濃度(at.%)の比が0.2以上であり、不動態皮膜の母材側境界部におけるMo濃度(at.%)/Ni濃度(at.%)の比が0.1以上、かつ、不動態皮膜最表層部における酸素濃度が55(at.%)以上であり、 前記Cr濃度(at.%)/Ni濃度(at.%)の比と表面からの深さの関係において、前記Cr濃度(at.%)/Ni濃度(at.%)の比は、表面から不動態皮膜深さ方向に向けて増大して極大値を示し、次いで減少して、前記母材側境界部において極小値を示して、母材側において増大するものであり、 ASTM G48 Method D試験において臨界隙間腐食発生温度(CCT)が40℃以上であることを特徴とするNi基合金。 【請求項2】(削除) 【請求項3】(削除) 【請求項4】 請求項1に記載のNi基合金を製造する方法であって、原料を電気炉で溶解し、AODおよび/またはVODにて脱炭、Cr還元、脱硫を行い、溶融合金を、C:0.002?0.05%、S:0.0001?0.005%、O:0.0001?0.005%、Al:0.01?0.5%に調整することを特徴とするNi基合金の製造方法。 【請求項5】 前記Ni基合金を所望の形状に成形した後、硝酸溶液に浸漬して不動態化処理を行うことを特徴とする請求項4に記載のNi基合金の製造方法。 【請求項6】 前記不動態化処理は、X:硝酸濃度(%)、Y:浸漬時間(分)、Z:温度(℃)とした場合、下記式を満足するように行うことを特徴とする請求項5に記載のNi基合金の製造方法。 8000≦X^(2)×Y+Z (10≦X≦50、1≦Y≦100、40≦Z≦85)」 第4 異議申立理由 特許異議申立人は、異議申立理由として以下1の証拠方法に基づき、以下2を概要とする新規性及び進歩性の欠如並びに記載要件違反を主張し、本件特許は取り消されるべき旨を申立てた。 1 証拠方法 (1)甲第1号証:ASTM International, Designation:B622-10 "Standard Specification for Seamless Nickel and Nickel-Cobalt Alloy Pipe and Tube", December 2010 (2)甲第2号証:特開平3-223414号公報 (3)甲第3号証:Ajit K.Mishra, "Crevice Corrosion Behavior of Ni-Cr-Mo-W Alloys in Aggressive Environment", カナダ, The University of Western Ontario, [online], November 2013, [平成30年5月25日検索], インターネット (4)甲第4号証:Stephen A.McCoy, Lewis E.Shoemaker, James R.Crum, "Corrosion Performance and Fabricability of the New Generation of Highly Corrosion-Resistant Nickel-Chromium-Molybdenum Alloys", 英国, 米国, Special Metals Wiggin Ltd, Special Metals Corporation, [online], [平成30年5月25日検索], インターネット (当審注:甲第4号証に公知日の記載はないが、甲第5号証において、甲第4号証が参考文献として提示されており、甲第5号証の公知日が2012年5月であることから、甲第4号証は、本件発明の出願前公知であると認められる。) (5)甲第5号証:Martin KRAUS, Pavel BILEK,Jaroslav BYSTRIANSKY, "THE INFLUENCE OF STRUCTURE CHANGES ON SOME QUALITIES OF HIGH-ALLOYED MATERIALS IN THE SIMULATION OF LONG-TERM OPERATING CONDITIONS.", チェコ共和国, METAL 2012,23.-25.5.2012 (6)甲第6号証:特開平7-190656号公報 (7)甲第7号証:長谷川正義編、「ステンレス鋼便覧(増訂版)」、日刊工業新聞社、昭和35年5月30日、p.770-773 (8)甲第8号証:ASTM International, Designation:B444-06 "Standard Specification for Nickel-Chromium-Molybdenum-Columbium Alloys(UNS N06625 and UNS N06852) and Nickel-Chromium-Molybdenum-Silicon Alloy(UNS N06219) Pipe and Tube", January 2007 (9)甲第9号証:米国特許出願公開第2006/0261003号明細書 (10)甲第10号証:特開2008-272786号公報 2 異議申立理由の概要 (1)異議申立理由1(新規性及び進歩性)(異議申立書第11?42頁((4)イ) 以下のとおり、本件発明1?4は、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができず、また、本件発明1?6は、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。 ア 本件発明1は、甲第1号証又は甲第6号証に記載された発明であり、また、甲第1号証に記載された発明と甲第2?4号証に記載された事項又は甲第6号証に記載された発明と甲第2号証に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものである。 イ 本件発明2は、甲第6号証に記載された発明であり、また、甲第1号証に記載された発明と甲第2、7号証に記載された事項又は甲第6号証に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものである。 ウ 本件発明3は、甲第1号証、甲第6号証又は甲第8号証に記載された発明であり、また、甲第1号証に記載された発明と甲第2、7号証に記載された事項、甲第6号証に記載された発明又は甲第8号証に記載された発明と甲第2、7号証に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものである。 エ 本件発明4は、甲第10号証に記載された発明であり、また、甲第10号証に記載された発明と甲第2号証に記載された事項又は甲第1、6、8号証に記載され事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものである。 オ 本件発明5は、甲第10号証に記載された発明と甲第2、7号証又は甲第1、6、7、8号証に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものである。 カ 本件発明6は、甲第10号証に記載された発明と甲第2、7号証又は甲第1、6、7、8号証に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものである (2)異議申立理由2(サポート要件)(異議申立書第43?44頁((4)ウのAのA1)及び第48?50頁(同BのB1及びB2)) 本件発明1?6は、発明の詳細な説明に記載したものでないから、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない。 (3)異議申立理由3(明確性)(異議申立書第44?45頁((4)ウのAのA2) 本件発明1?3は明確でないから、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない。 (4)異議申立理由4(実施可能要件)(異議申立書第45?48頁((4)ウのAのA3及びA4)及び第50?51頁(同BのB3)) 本件出願は、発明の詳細な説明の記載について、当業者が本件発明1?4及び6を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものでないから、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない。 第5 取消理由の概要 1 本件訂正前の請求項1?6に係る特許に対して、平成30年12月4日付けで特許権者に通知した取消理由の概要は、次のとおりである。 (1)取消理由1(新規性及び進歩性) 以下のとおり、本件発明1は、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができず、また、本件発明1?6は、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。 ア 本件発明1について 本件発明1は、甲第1号証に記載された発明であり、また、甲第1号証に記載された発明と甲第2?4号証に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものである。 イ 本件発明2について 本件発明2は、甲第1号証に記載された発明と甲第2?4、7号証に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものである。 ウ 本件発明3について 本件発明3は、甲第8号証に記載された発明と甲第2、7、9号証に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものである。 エ 本件発明4?6について 本件発明4?6は、甲第10号証に記載された発明と甲第2?4、7、9号証に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明することができたものである。 (2)取消理由2(サポート要件) 本件発明1?6は、発明の詳細な説明に記載したものでないから、本件出願は、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない。 (3)取消理由3(明確性) 本件発明1?6は明確でないから、本件出願は、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない。 2 本件訂正後の請求項1、4?6に係る特許に対して、令和1年8月6日付けで特許権者に通知した取消理由(決定の予告)の概要は、以下のとおり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないというものである。 (1)本件発明1について 本件発明1は、甲第8号証に記載された発明と甲第2、7、9号証に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものである。 (2)本件発明4について 本件発明4は、甲第10号証に記載された発明と甲第2、7?9号証に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものである。 (3)本件発明5について 本件発明5は、甲第10号証に記載された発明と甲第2、7?9号証に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものである。 (4)本件発明6について 本件発明6は、甲第10号証に記載された発明と甲第2、7?9号証に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものである。 第6 甲号証の記載事項 甲各号証の記載事項は、次のとおりである。なお、「・・・」は省略を表し、下線は強調のために当審が付与した。 1 甲第1号証 甲第1号証には次の記載がある。 (1a)「 」 (第1頁脚注1) (当審訳:「現在の版は、2010年12月15日に承認された。刊行は2010年12月である。原版は1977年に承認された。1つ前の版は2006年にB622-06として承認された。DOIは10.1520/B0622-10である。」) (1b)「 」 (第2頁) (当審訳:「表1 化学組成 ・・・ Ni ・・・ ・・・ N10276 残部 ・・・ N06022 残部 ・・・」) (1c)「 」 (第3頁) (当審訳:「表1 続き ・・・ Ni ・・・ ・・・ N06059 残部 ・・・」) 2 甲第2号証 甲第2号証には次の記載がある。 (2a)「既に知られているように、鉄基合金、コバルト基合金、ニッケル基合金は、機械的性質、耐熱性ならびに耐食性において優れた性質を有するものが多い。ところが残留酸素及び残留硫黄が多いと加工性が低下するので、残留酸素及び残留硫黄を十分に少なくすることが重要である。」(第3頁左上欄第2?7行) (2b)「この方法の骨子は、Alの添加により裏付け耐火物中のCaOを還元し、還元生成物であるCaにより溶鋼中の硫黄、酸素を除去するものである。」(第3頁右上欄第3?5行) (2c)「前記の従来方法によれば、溶鋼の硫黄をおよそ0.004重量%まで、酸素を0.002重量%までに減少することができる。」(第3頁右上欄第16?18行) 3 甲第3号証 甲第3号証には次の記載がある。 (3a)「 」 (第ii頁第2?9行) (当審訳:「Cr、Mo及びWの濃度を最適化したNi-Cr-Mo(W)合金は、厳しい腐食環境においても、優れた耐食性を有する合金である。しかしながら、高い印加電位及び高温で隙間が形成された場合、これらの材料は隙間腐食感受性がある。そこで本研究は、様々な量のCr、Mo及びWを含有する7種の市販のNi-Cr-Mo(W)合金に焦点を当てる。異なる電気化学的手法を用いて、隙間腐食に対する感受性を示す特徴的な電位及び温度を決定し、主要及び副合金元素の個々及び相乗的な役割を調べた。」) (3b)「 」 (第iii頁第4?6行) (当審訳:「走査型電子顕微鏡(SEM)、エネルギ一分散型X線(EDX)分析、プロフィルメトリー及びオージェ電子分光法(AES)を用いて、隙間腐食 を起こしたNi-Cr-Mo(W)表面を分析した。」) (3c)「 」 (第86頁第6?13行) (当審訳:「オージェ分析は、5KeVの励起エネルギーを有するPH1660オージェ電子分光計(AES)を用いて行った。深さプロファイルは、Ar+イオンビームを用いたスパッタリングによって得た。各試料について調査スキャンを行い、深さプロファイリング中にNi、Cr、Mo及びOの信号強度をスパッタリング時間の関数としてモニターした。スパッタリング時間を浸入深さに変換するために、同様の測定を、空気で形成された自然酸化物で覆われたAlloy59試験片に対して行った。この基準試料で得られたスパッタリング速度は32nm/分であり、腐食した表面上で同様のスパッタリング速度が達成されたと仮定した。」) (3d)「 」 (第98頁第2?4行) (当審訳:「Moが活性位置に濃縮されていることを確認するために、図4.11に示すように、59の隙間領域のAESの深さプロファイルを記録した。図4.11(b)及び図4.11(c)に、非腐食領域(1)及び腐食領域(2)のプロファイルをそれぞれ示す。」) (3e)「 」 (第100頁、図4.11) (当審訳:「図4.11(a)59における隙間腐食領域の光学顕微鏡画像:(b)(a)の位置1において記録されたAESの深さプロファイル:(c)(a)の位置2において記録されたAESの深さプロファイル」) (当審注:図中の各プロットについて、カラーである原文によれば、100nm深さ位置において、上からNi、Cr、Mo、Oのことである。) 4 甲第4号証 甲第4号証には次の記載がある。 (4a)「 」 (第1頁脚注) (当審訳:「INCONEL、INCOLOY、686CPT及びINCO-WELDは、Special Metalsグループの登録商標である。」) (4b)「 」 (第2頁第2?4行) (当審訳:「INCONEL Alloys625及びC-276といった耐腐食性材料は、長年にわたり、化学、電力生産、公害防止、海洋及び同様の用途の機器に対して、優れた耐食性を提供してきた。」) (4c)「 」 (第2頁表1) (4d)「 」 (第3頁表3) 5 甲第5号証 甲第5号証には次の記載がある。 (5a)「 」 (第1頁第1行) (5b)「 」 (最終頁文献[7]) 6 甲第6号証 甲第6号証には次の記載がある。 (6a)「【請求項1】 Crを含むNi基合金からなるパイプ本体内面に酸化物不働態膜が形成されている酸化物不働態膜被覆パイプの内部に作動液として水が充填されているヒートパイプであって、前記酸化物不働態膜を酸素を10原子%以上含むものとするとき、その厚さをtとし、さらに酸化物不働態膜における最大酸素原子%を示す箇所での全金属成分(原子%)に対するCr(原子%)の割合をR(%)とすると、 t:20?2000(オングストローム) 40%≦R≦100% の範囲内にあることを特徴とするヒートパイプ。」 (6b)「【請求項16】 前記パイプ本体内面に形成される酸化物不働態膜は、最大酸素濃度が40?70原子%の範囲内にあることを特徴とする請求項1?15のいずれかに記載のヒートパイプ。」 (6c)「(6)パイプ本体内面に形成される酸化物不働態膜を酸素を10原子%以上含むものとするとき、その厚さtは20?2000(オングストローム)の範囲内にあり、さらに酸化物不働態膜における最大酸素原子%を示す箇所での全金属成分(原子%)に対するCr(原子%)の割合をRとすると、R:40%?100%の範囲内にあることが好ましい、(7)パイプ本体内面に形成される酸化物不働態膜を酸素を10原子%以上含むものとするとき、その厚さtは20?2000(オングストローム)の範囲内にあり、Rが40%?100%の範囲内にあり、かつlogt<0.0767R-1.30の式を満足する範囲内にあることが一層好ましい、(8)パイプ本体内面に形成される酸化物不働態膜を酸素を10原子%以上含むものとするとき、その厚さtは20?2000(オングストローム)の範囲内にあり、さらに酸化物不働態膜における最大酸素原子%を示す箇所での全金属成分(原子%)に対するCr(原子%)の割合をRとすると、Rが65%?100%の範囲内にあることがより一層好ましい、(9)前記パイプ本体内面に形成される酸化物不働態膜は、いずれも最大酸素濃度が40?70原子%あることが好ましい、などの知見を得たのである。」(【0005】) (6d)「【0017】【表2】 」 (6e)「前記酸化物不働態膜の厚さt、全金属成分(原子%)に対するCr(原子%)の割合Rおよび最大酸素濃度は、オージェ分析により測定し、これらの測定値を表3?表5に示した。」(【0018】) 7 甲第7号証 甲第7号証には次の記載がある。 (7a)「 」 (第771頁) 8 甲第8号証 甲第8号証には次の記載がある。 (8a)「 」 (第1頁脚注) (当審訳:「現在の版は2006年12月1日に承認された。刊行は2007年1月である。原版は1966年に承認された。1つ前の版は2004年にB444-04として承認された。」) (8b)「 」 (第2頁表2) (当審訳:「表2 化学成分 元素 組成上限、% ・・・ 炭素 ・・・ マンガン ・・・ ケイ素 ・・・ リン ・・・ 硫黄 ・・・ クロム ・・・ ニオブ+タンタル ・・・ ニオブ ・・・ コバルト(測定された場合)・・・ モリブデン ・・・ 鉄 ・・・ アルミニウム ・・・ チタン ・・・ 銅 ・・・ ニッケルA ・・・ A元素は、差分の計算によって決定される。」) 9 甲第9号証 甲第9号証には次の記載がある。 (9a)「 」 (第1頁右欄第39?42行) (当審訳:「AL6XNの耐食性が不十分な場合、Inconel 625(I625)が用いられる(Ni61重量%、Cr21.5重量%、Mo9重量%、Fe2.5重量%、Cb+Ta3.7重量%及び少量のその他の元素)。」) (9b)「 」 (第5頁左欄第35?37行) (当審訳:「この実施例では、塩溶液中の金属腐食に対する温度の影響をASTM G48のD法に従って測定する。」) (9c)「 」 (第5頁表2) (当審訳:表2 隙間腐食発生温度 ・・・」) 10 甲第10号証 甲第10号証には次の記載がある。 (10a)「【請求項1】 Fe基合金およびNi基合金を連続鋳造するに当たり、連続鋳造用鋳型内に注入した合金溶湯上に、 燃焼後の化学成分が、CaO:20?26mass%、SiO2:32?38mass%、F:4.0?5.5mass%、Na2O:3?7mass%、K2O:7?10mass%と、Al2O3:0.1?2.5mass%以下、MgO:0.1?2mass%以下、および不可避混入不純物を含む酸化物からなり、かつ、塩基度(CaOmass%/SiO2mass%)が0.60以上0.70未満、融点が1050℃?1150℃、1300℃における粘度が1.5poise?2.5poiseの物性を有する連続鋳造用発熱性モールドパウダー、 を投入することを特徴とする、Fe基合金およびNi基合金の連続鋳造方法。」 (10b)「本発明の発熱性モールドパウダーを適用するNi基合金については、Cr:10?30mass%、Fe:1?20mass%、Mo:20mass%以下、Wを:5mass%以下、Co:5mass%以下、Nb:5mass%以下、残部Niおよび不可避的不純物で構成されるものが適している。」(【0038】) (10c)「まず、鋼種によって、鉄屑、Ni、Fe-Ni、Fe-Mo、Cr、Fe-Cr、ステンレス屑等を、電気炉において溶解した。鋼種によっては、W、Fe-W、Coも配合した。その後、AODあるいはVODにおいて、脱炭、Cr還元を行い、最終的に脱硫処理をした。鋼種によっては、Ti、NbはVODにて投入添加した。場合によっては、取鍋精錬にて温度調整と、成分の微調整を行い、連続鋳造機にてスラブを製造した。」(【0039】) 第7 当審の判断 当審は、上記のとおり令和1年8月6日付けで取消理由(決定の予告)を通知し、期間を指定して意見書を提出する機会を与えたが、特許権者は応答しなかったところ、当該取消理由(決定の予告)は妥当なものと認められ、請求項1、4?6に係る特許は取り消すべきものと判断する。その理由は次のとおりである。 1 本件発明1について (1)甲第8号証に記載された発明 上記第6の8の摘示(8b)における「N06625」の化学組成から、「C:0.10%以下、Mn:0.50%以下、Si:0.50%以下、P:0.015%以下、S:0.015%以下、Cr:20.0?23.0%、Nb+Ta:3.15?4.15%、Co:1.0%以下、Mo:8.0?10.0%、Fe:5.0%以下、Al:0.40%以下、Ti:0.40%以下、Ni:58.0%以上であるNi基合金。」が記載されているから、本件発明1の記載に則して整理すれば、甲第8号証には以下の発明が記載されている(以下「甲8発明」という。)。 「C:0.10%以下、S:0.015%以下、Cr:20.0?23.0%、Mo:8.0?10.0%、Al:0.40%以下、Fe:5.0%以下、Mn:0.50%以下、Si:0.50%以下、P:0.015%以下、Nb+Ta:3.15?4.15%、Co:1.0%以下、Ti:0.40%以下、Ni:58.0%以上であるNi基合金。」 (2)甲8発明との対比 本件発明1と甲8発明とを対比すると、両者は、C、S,Cr、Mo、Al,Fe、Si、Mn、Ti及びNbの化学組成において重複することから、「C:0.002?0.05%、S:0.0001?0.005%、Cr:20.0?23.0%、Mo:8.0?10.0%、Al:0.1?0.4%、Fe:0.5?5.0%、Si:0.01?0.5%、Mn:0.01?0.5%、Ti:0.01?0.40%、残部NiからなるNi基合金」である点で一致し、以下の点で相違している。 <相違点1> 本件発明1は、「O:0.0001?0.005%」及び「不可避不純物」を含有するものであるのに対し、甲8発明は、その特定事項について不明な点。 <相違点2> 本件発明1は、P、Ta及びCoの含有について特定していないのに対し、甲8発明は、「P:0.015%以下」、「Nb+Ta:3.15?4.15%」としての「Ta」及び「Co:1.0%以下」を含有するものである点。 <相違点3> 本件発明1は、「オージェ電子分光法を用いて、加速電圧10kV、試料電流量0.01μAとして前記Ni基合金の深さ方向に1kVの条件でスパッタしながら測定した各元素のプロファイルから算出した場合の、合金の表面に形成される不動態皮膜部におけるCr濃度(at.%)/Ni濃度(at.%)の比が0.2以上」であるのに対し、甲8発明は、その特定事項について不明な点。 。 <相違点4> 本件発明1は、「オージェ電子分光法を用いて測定した不動態皮膜の母材側境界部におけるMo濃度(at.%)/Ni濃度(at.%)の比が0.1以上」であるのに対し、甲8発明は、その特定事項について不明な点。 <相違点5> 本件発明1は、「不動態皮膜最表層部における酸素濃度が55(at.%)以上」であるのに対し、甲8発明は、その特定事項について不明な点。 <相違点6> 本件発明1は、「Cr濃度(at.%)/Ni濃度(at.%)の比と表面からの深さの関係において、前記Cr濃度(at.%)/Ni濃度(at.%)の比は、表面から不動態皮膜深さ方向に向けて増大して極大値を示し、次いで減少して、前記母材側境界部において極小値を示して、母材側において増大するもの」であるのに対し、甲8発明は、その特定事項について不明な点。 <相違点7> 本件発明1は、「ASTM G48 Method D試験において臨界隙間腐食発生温度(CCT)が40℃以上」であるのに対し、甲8発明は、その特定事項について不明な点。 (3)相違点についての判断 ア 相違点1について 当該技術分野において、合金組成に不可避的に酸素が含まれることは技術常識であって、例えば上記第6の2の摘示(2a)?(2c)に記載のように、溶鋼にAlを添加してO含有量を0.002%以下まで低減するのは通常知られた技術的事項である。 さらに、合金組成に不可避的不純物の含有を許容することも、当該技術分野において周知の事項である。 したがって、上記相違点1は実質的なものではない。 イ 相違点2について 甲8発明の合金成分であるP及びCoは、含有量の上限が示されているものであって、必須に含有する成分ではなく、含有しない場合も含むものである。 また、甲8発明の合金成分であるTaは、Nbとの合計で3.15?4.15%含有するものであって、Taを含有しない場合も含むものであり、この場合、Nbのみの含有量は本件発明1と重複するものである。 してみると、上記それぞれの場合は本件発明1と相違しないことになるから、上記相違点2は、実質的なものではない。 ウ 相違点3?6について 本件発明1の不動態皮膜を得るためには、不動態化処理として、以下の条件を満足することが好ましい旨、本件明細書の【0038】に記載されている。 「8000≦X^(2)×Y+Z (X:硝酸濃度(%)、Y:浸漬時間(分)、Z:温度(℃)、ただし、硝酸濃度10?50%、時間1?100分、温度40?85℃の範囲とする。)」 ここで、上記第6の7の摘示(7a)に記載のとおり、ステンレス鋼について不動態化処理を行うために硝酸に浸漬する方法は周知の技術的手段であって、特に、Cr-Ni鋼に対しては、不動態化処理浴として20?40%、50?70℃の硝酸に30?60分の条件にて浸漬するのが適切であることも記載されている。当該条件から上記関係式右辺の「X^(2)×Y+Z」を求めると12050?96070となり、関係式を満たすことになる。 すなわち、本件発明1の不動態皮膜を得るための不動態化処理は、甲第7号証に記載されるように周知の処理であり、同様の処理を同様の成分組成のNi基合金である甲8発明に施せば、生成する不動態皮膜は、「オージェ電子分光法を用いて測定した不動態皮膜の母材側境界部におけるMo濃度(at.%)/Ni濃度(at.%)の比が0.1以上」、「不動態皮膜最表層部における酸素濃度が55(at.%)以上」及び「Cr濃度(at.%)/Ni濃度(at.%)の比と表面からの深さの関係において、前記Cr濃度(at.%)/Ni濃度(at.%)の比は、表面から不動態皮膜深さ方向に向けて増大して極大値を示し、次いで減少して、前記母材側境界部において極小値を示して、母材側において増大するもの」のようになるものと認められる。 してみると、甲8発明において、不動態化処理として、周知な条件によって行うことは当業者が適宜なし得ることであり、それにより上記相違点3?6に係る特定事項を有する不動態皮膜を得ることは、当業者にとって容易である。 エ 相違点7について 上記第6の9の摘示(9a)?(9c)には、インコネル625(I625)合金の臨界隙間腐食発生温度(CCT)が60℃であることが記載されている。 また、同(4b)及び(4c)によれば、インコネル625は、N06625であるといえる。 してみると、N06625である甲8発明の臨界隙間腐食発生温度(CCT)が60℃であることから、相違点7は、実質的なものではない。 (4)小括 したがって、本件発明1は、甲第8号証に記載された発明と甲第2、7、9号証に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものである。 2 本件発明4について (1)甲第10号証に記載された発明 上記第6の10の摘示(10a)?(10c)からみて、甲第10号証には以下の発明が記載されている(以下「甲10発明」という。)。 「Cr:10?30mass%、Fe:1?20mass%、Mo:20mass%以下、Wを:5mass%以下、Co:5mass%以下、Nb:5mass%以下、残部Niおよび不可避的不純物で構成されるNi基合金を連続鋳造するに当たり、Ni等を、電気炉において溶解し、その後、AODあるいはVODにおいて、脱炭、Cr還元を行い、最終的に脱硫処理するNi基合金の連続鋳造方法。」 (2)甲10発明との対比 本件発明4と甲10発明とを対比すると、両者は、「原料を電気炉で溶解し、AODまたはVODにて脱炭、Cr還元、脱硫を行うNi基合金の製造方法。」である点で一致し、以下の点で相違している。 <相違点8> 製造するNi基合金について、本件発明4は、「請求項1に記載のNi基合金」であるのに対し、甲10発明は、「Cr:10?30mass%、Fe:1?20mass%、Mo:20mass%以下、Wを:5mass%以下、Co:5mass%以下、Nb:5mass%以下、残部Niおよび不可避的不純物で構成されるNi基合金」である点。 <相違点9> 本件発明4は、「溶融合金を、C:0.002?0.05%、S:0.0001?0.005%、O:0.0001?0.005%、Al:0.01?0.5%に調整する」ものであるのに対し、甲10発明は、その特定事項について不明な点。 (3)相違点についての判断 ア 相違点8について 「請求項1に記載のNi基合金」は、本件発明1のことであるところ、本件発明1は、上記1のとおり進歩性を有していないものであって、甲10発明において製造するNi基合金を本件発明1のものとすることは、当業者が適宜選択し得ることにすぎない。 イ 相違点9について Ni基合金の成分調整において、C、S及びAlを本件発明4と同程度とすることは、例えば甲8発明のとおり通常行われており、Oの成分調整についても、上記1(3)アのとおりである。 (4)小括 したがって、本件発明4は、甲第10号証に記載された発明と甲第2、7?9号証に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明することができたものである。 3 本件発明5について (1)甲10発明との対比 本件発明5と甲10発明とを対比すると、上記2(2)の点で一致し、以下の点で相違している。 <相違点8’> 製造するNi基合金について、本件発明5は、「請求項1に記載のNi基合金」であるのに対し、甲10発明は、「Cr:10?30mass%、Fe:1?20mass%、Mo:20mass%以下、Wを:5mass%以下、Co:5mass%以下、Nb:5mass%以下、残部Niおよび不可避的不純物で構成されるNi基合金」である点。 <相違点9’> 本件発明5は、「溶融合金を、C:0.002?0.05%、S:0.0001?0.005%、O:0.0001?0.005%、Al:0.01?0.5%に調整する」ものであるのに対し、甲10発明は、その特定事項について不明な点。 <相違点10> 本件発明5は、「Ni基合金を所望の形状に成形した後、硝酸溶液に浸漬して不動態化処理を行う」ものであるのに対し、甲10発明は、その特定事項について不明な点。 (2)相違点についての判断 ア 相違点8’及び9’について 相違点8’及び9’は、上記2(2)の相違点8及び9と実質的に同じである。そして、相違点8及び9についての判断は、上記2(3)のとおり、当業者が適宜選択し得ることにすぎないか、通常行われていることである。 イ 相違点10について 上記第6の7の摘示(7a)のとおり、Niを含有するものであるCr-Ni鋼等のステンレス鋼について、硝酸溶液に浸漬して不動態化処理するのは周知の技術的事項であることから、甲10発明の「Ni基合金」の「製造方法」において、Ni基合金に当該事項を適用することは、当業者が適宜なし得ることにすぎない。 (3)小括 したがって、本件発明5は、甲第10号証に記載された発明と甲第2、7?9号証に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明することができたものである。 4 本件発明6について (1)甲10発明との対比 本件発明6と甲10発明とを対比すると、上記3(1)の点で一致し、以下の点で相違している。 <相違点8’’> 製造するNi基合金について、本件発明6は、「請求項1に記載のNi基合金」であるのに対し、甲10発明は、「Cr:10?30mass%、Fe:1?20mass%、Mo:20mass%以下、Wを:5mass%以下、Co:5mass%以下、Nb:5mass%以下、残部Niおよび不可避的不純物で構成されるNi基合金」である点。 <相違点9’’> 本件発明6は、「溶融合金を、C:0.002?0.05%、S:0.0001?0.005%、O:0.0001?0.005%、Al:0.01?0.5%に調整する」ものであるのに対し、甲10発明は、その特定事項について不明な点。 <相違点10’> 本件発明6は、「Ni基合金を所望の形状に成形した後、硝酸溶液に浸漬して不動態化処理を行う」ものであって、「不動態化処理は、X:硝酸濃度(%)、Y:浸漬時間(分)、Z:温度(℃)とした場合」に、 「8000≦X^(2)×Y+Z(10≦X≦50、1≦Y≦100、40≦Z≦85)」を「満足するように行う」ものであるのに対し、甲10発明は、その特定事項について不明な点。 (2)相違点についての判断 ア 相違点8’’及び9’’について 相違点8’’及び9’’は、上記2(2)の相違点8及び9と実質的に同じである。そして、相違点8及び9についての判断は、上記2(3)のとおり、当業者が適宜選択し得ることにすぎないか、通常行われていることである。 イ 相違点10’について 上記第6の7の摘示(7a)のとおり、ステンレス鋼について不動態化処理を行うために硝酸に浸漬する方法は周知の技術的手段であって、特に、Cr-Ni鋼に対しては、不動態化処理浴として20?40%、50?70℃の硝酸に30?60分の条件にて浸漬するのが適切であることも記載されている。当該条件から上記相違点10に係る関係式右辺の「X^(2)×Y+Z」を求めると12050?96070となり、当該関係式を満たすことになる。 してみると、甲10発明において、相違点10’に係る関係式を満たす周知な条件により不動態化処理を行うことは、当業者が容易に想到し得ることである。 (3)小括 したがって、本件発明6は、甲第10号証に記載された発明と甲第2、7?9号証に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明することができたものである。 第8 むすび 以上のとおり、請求項1、4?6に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであって、同法第113条第2号に該当するから、請求項1、4?6に係る特許は取り消されるべきものである。 また、請求項2、3に係る特許は、訂正により削除されたから、請求項2、3に係る特許異議の申立ては、その対象が存在しないものとなったため、特許法第120条の8第1項で準用する同法第135条の規定により却下する。 よって、結論のとおり決定する。 |
発明の名称 |
(54)【発明の名称】 Ni基合金およびその製造方法 【技術分野】 【0001】 本発明は、化学プラント、天然ガス配管及び容器に代表される各種用途に使用される耐食性に優れたNi基合金に関するものである。 【背景技術】 【0002】 Ni基合金は、優れた耐食性を有するため腐食性の強い過酷な環境で使用される。Ni基合金は、主成分であるNi、Cr、Mo、合金によってはNb、Wといった比較的高価な金属元素を含有し、その母材そのものの耐食性を高めている。 【0003】 この合金の耐食性を十分に引き出すには、適切な表面処理を施す必要がある。ステンレス鋼では、各種表面処理方法により耐食性を維持する技術が開示されている(たとえば、特許文献1参照)。 【0004】 しかしながら、Ni基合金においては、耐食性に及ぼす表面状態の影響が十分に解明されているとは言いがたかった。その理由は、Ni含有量が高くなるほど不動態皮膜は緻密になるが薄くなることに起因する。 【0005】 このような事実から、Ni基合金の表面状態を均一かつ安定に制御することは困難であったといえる。さらに、その表面状態つまり不動態皮膜の厚みや組成を正確に測定する技術も完成しているとは言いがたかった。 【0006】 また、合金に含有される非金属介在物や析出物の存在も、耐食性に影響を及ぼす事が知られている。その理由は、非金属介在物や析出物の上に皮膜が形成せずに、腐食の起点になるためである。代表的な非金属介在物としては、脱酸生成物、硫化物があり、代表的な析出物には炭化物あるいは金属間化合物がある。したがって、合金中の酸素(O)、硫黄(S)、炭素(C)濃度を安定して低下させる技術も望まれていた(以上、例えば、非特許文献参照)。 【先行技術文献】 【特許文献】 【0007】 【特許文献1】特開2012-170961号公報 【非特許文献】 【0008】 【非特許文献1】杉本克久:“金属腐食工学”、内田老鶴圃、2009年P.113 【非特許文献2】原 信義:“鉄鋼材料の腐食科学に関する最近の進歩と今後の展望”、第211、212回西山記念技術講座、2012年P.137 【非特許文献3】杉本克久:鉄と鋼、70(1984)、P.637 【非特許文献4】和泉 修 監修:“非鉄材料”、日本金属学会編、丸善、(1987)、P.154 【発明の概要】 【発明が解決しようとする課題】 【0009】 上記した従来技術に鑑み、まずNi基合金の表面状態を正しく測定する技術開発を推進した。その測定技術に基づいて、不動態皮膜の厚み並びに組成を把握することを第一の目的に置いた。すなわち、本発明は、優れた耐食性を引き出すことのできる不動態皮膜の状態を有するNi基合金を提供することを目的とする。さらに、本発明では、合金の耐食性を安定化するために、O、S、Cを低く制御する製造方法も提案することを目的とする。 【課題を解決するための手段】 【0010】 本発明のNi基合金は、必須の成分としてC:0.002?0.05%、S:0.0001?0.005%、Cr:10?25%、Mo:5?20%、O:0.0001?0.005%、Al:0.01?0.5%、Fe:2.18?10%、Si:0.01?1%およびMn:0.01?1%、さらに、W:0.5?10%または、Ti:0.01?1%およびNb:0.5?5%、残部Niおよび不可避的不純物からなるNi基合金であって、オージェ電子分光法を用いて、加速電圧10kV、試料電流量0.01μAとしてNi基合金の深さ方向に1kVの条件でスパッタしながら測定した各元素のプロファイルから算出した場合の、合金の表面に形成される不動態皮膜部の母材側境界部におけるCr濃度(at.%)/Ni濃度(at.%)の比が0.2以上であり、不動態皮膜の母材側境界部におけるMo濃度(at.%)/Ni濃度(at.%)の比が0.1以上、かつ、不動態皮膜最表層部における酸素濃度が55(at.%)以上であり、Cr濃度(at.%)/Ni濃度(at.%)の比と表面からの深さの関係において、Cr濃度(at.%)/Ni濃度(at.%)の比は、表面から不動態皮膜深さ方向に向けて増大して極大値を示し、次いで減少して、母材側境界部において極小値を示して、母材側において増大するものであり、ASTM G48 Method D試験において臨界隙間腐食発生温度(CCT)が40℃以上であることを特徴とするものである。 【0011】 本発明においては、前述のオージェ電子分光法を用いて測定した不動態皮膜の母材側境界部におけるMo濃度(at.%)/Ni濃度(at.%)の比が0.1以上、かつ、不動態皮膜最表層部における酸素濃度が55(at.%)以上であることを好ましい態様としている。 【0013】 本発明においては、Si:0.01?1%、Mn:0.01?1%、Ti:0.01?1%、Nb:0.5?5%、W:0.5?10%のいずれか1種または2種以上を含有することを好ましい態様としている。 【0014】 本発明のNi基合金の製造方法は、上記いずれかに記載のNi基合金を製造する方法であって、原料を電気炉で溶解し、AODおよび/またはVODにて脱炭、Cr還元、脱硫を行い、溶融合金を、C:0.002?0.05%、S:0.0001?0.005%、O:0.0001?0.005%、Al:0.01?0.5%に調整することを特徴とするものである。 【0015】 本発明においては、前記Ni基合金を所望の形状に成形した後、硝酸溶液に浸漬して不動態化処理を行うことを特徴とするものである。 【0016】 本発明においては、前記不動態化処理は、X:硝酸濃度(%)、Y:浸漬時間(分)、Z:温度(℃)とした場合、下記式を満足するように行うことを特徴とするものである。 8000≦X^(2)×Y+Z (但し10≦X≦50、1≦Y≦100、40≦Z≦85) 【発明の効果】 【0017】 本発明によれば、介在物を抑制し、良好な不動態皮膜を形成することにより、極めて耐食性に優れたNi基合金を製造することができる。 【図面の簡単な説明】 【0018】 【図1】NCF625の不動態皮膜組成を示し、各元素濃度とスパッタ時間(表面からの深さ)の関係を示すグラフである。 【図2】Cr濃度(at.%)/Ni濃度(at.%)比とスパッタ時間(表面からの深さ)の関係を示すグラフである。 【図3】Mo濃度(at.%)/Ni濃度(at.%)比とスパッタ時間(表面からの深さ)の関係を示すグラフである。 【発明を実施するための形態】 【0019】 本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた。まず、不動態皮膜の状態を精度よく測定する方法、つまり、耐食性を十分維持する皮膜とそうではない皮膜の差を見出す測定方法を、実験を通して開発することから始めた。具体的には、Niをベースに0.015%C、0.12%Si、0.11%Mn、0.0001%S、22%Cr、9.1%Mo、3.42%Nb、2.86%Fe、0.23%Ti、0.21%Alを含有するNCF625(UNS N06625)の試験片を用いて実験した。試験片サイズは厚み2mm、幅25mm、長さ50mmとした。 【0020】 基本的に、ASTM G48 Method Dに定められた調整方法により試験片を仕上げた。この規格の中には、湿式研磨の詳細な実施方法や、研磨後の乾燥手順は定められていない。そこで、本発明者らは、様々な研磨方法や乾燥方法、具体的には熱風や冷風などを試した。 【0021】 このようにして試料調整した後、各試験片に対して、不動態化処理(45%HNO_(3)、80℃、6分間)を行った。この試験片について、オージェ電子分光法(Auger Electron Spectroscopy;AES)を用いて、不動態皮膜の板厚方向の組成を測定した。AESは、日本電子製JAMP-9500F、測定条件は、加速電圧10kV、試料電流量0.01μAを用いて深さ方向に1kVの条件でスパッタしながら、測定した各元素のプロファイルからその原子比を求めた。 【0022】 その結果、精度よく、かつ正しく皮膜を測定するために必要とされる手順として、次の事項を見出した。 (1)最終仕上げである#2000のエメリー研磨紙は、試験片毎に新しい研磨紙に交換して研磨すること。 (2)湿式研磨工程の後、キシレンおよびエタノールにて脱脂を行うが、その後の乾燥は冷風で行うこと。 このように試行錯誤を繰り返し行った末に、図1に示す不動態皮膜の組成プロファイルを得るに至った。なお、図1?3の横軸に示すスパッタ時間は、金属の厚さと関連しており、本実施形態においては、スパッタ時間1分がほぼ厚さ3.5nmに相当する。 【0023】 次に、十分な耐食性を示す不動態皮膜状態を把握するために、ASTM G48 Method Dに定められた臨界すきま腐食試験を実施した。すなわち、以下に示す方法により試験した。試験片のサイズは、厚み2mm、幅25mm、長さ50mmであり、平面中央に直径7mmの孔を空けた。#120のエメリー紙で研磨して仕上げた。ASTM G48 Type Bに規定されているセラミック製の冶具を、Ti製ボルトとナットを用いて、0.28N・mの締め付けトルクで固定した。この試験片を6%FeCl_(3)と1%HClを混合した600mL以上の溶液に、5℃間隔で様々に温度を変えて、各温度あたり72時間浸漬した。浸漬後冶具を取り外し、腐食生成物を除去し洗浄後、すきま腐食の深さを測定し、0.025mm以上発生した場合をすきま腐食が発生したと見なした。試験は5℃間隔でそれぞれ2同ずつ試験し、すきま腐食が発生した最低温度を臨界すきま腐食発生温度(CCT)とした。 【0024】 【表1】 【0025】 表1に、試料調整後の表面処理と、対応するCCTの結果を示す。まず、表1に示す3種類の処理方法で比較を試みた。上記に説明した方法により、不動態皮膜組成のプロファイルを測定した。このグラフから、Cr濃度(at.%)とNi濃度(at.%)の比率を算出して、図2にCr濃度(at.%)/Ni濃度(at.%)とスパッタ時間の関係として示す。図から、表面から見ていくと一旦極大値を示し、その後極小値を示す傾向が明らかである。この研究から、Cr濃度(at.%)/Ni濃度(at.%)の比率が、0.2以上あれば、要求されるCCT≧40℃を満足できることが明らかとなった。さらに、このグラフから分かることは、スパッタ時間1分にて、Cr濃度(at.%)/Ni濃度(at.%)の比率が、極小を取ることである。まだ、Ni基合金の不動態皮膜に関しては明確にされていない点が多いが、本発明ではこの極小値を取る深さまでを厚みと定義した。 【0026】 同様に、Mo濃度(at.%)/Ni濃度(at.%)の比率をスパッタ時間に対してプロットしたものを図3に示す。スパッタ時間1分、つまり、皮膜の最深位置におけるMo濃度(at.%)/Ni濃度(at.%)の比率は、0.1以上あれば、強固な皮膜となることが分かった。さらに、この条件を満たす時、不動態皮膜の最表層部における酸素濃度も55(at.%)以上となり、耐食性に優れた皮膜となることも明らかとなった。 【0027】 以上をまとめると、的確な不動態化処理を行うことにより、Cr濃度(at.%)/Ni濃度(at.%)≧0.2、Mo濃度(at.%)/Ni濃度(at.%)≧0.1、かつ、不動態皮膜の最表層部における酸素濃度も55(at.%)以上となり、要求する耐食性CCT≧40℃を確実に満足できることが明確となった。的確な不動態化処理については、硝酸濃度、温度、時間などの条件を、実施例にて明確に説明する。 【0028】 さらに、本発明者らは合金の耐食性を安定化するために、O、S、Cを低く制御する製造方法も、鋭意研究を重ねた。具体的には20kgの高周波誘導炉を用いて、基本組成Ni-22%Cr-10%Mo-3.5Nb-3%FeとしたNCF625を溶解した。C濃度を無添加?0.1の範囲で変化させた。OとSは、CaO-SiO_(2)-Al_(2)O_(3)-MgO-F系スラグを添加し、かつAl濃度を変化させることで、脱酸、脱硫の度合いを変化させて、種々のOとS濃度を得た。このようにして鋼塊を製造し、鍛造して冷間圧延を行い、厚み2mm、幅25mm、長さ50mmの試験片を作製した。これを、上記した試験方法により耐食性を評価した。その結果、C:0.002?0.05%、S:0.0001?0.005%、O:0.0001?0.005%、Al:0.01?0.5%が好ましいことが分かった。 【0029】 なお、S:0.0001?0.005%以下、O:0.0001?0.005%以下に制御するには、Al濃度を0.01?0.5%に制御すれば良いことも分かった。この制御を行うには、スラグ中SiO_(2)濃度は10%以下に制御すべきとの指針も得た。 【0030】 すなわち、本発明は実験を繰り返すことにより完成したものであり、以下の通りである。まず、合金の表面に形成される不動態皮膜部におけるCr濃度(at.%)/Ni濃度(at.%)の比が0.2以上であり、ASTM G48 Method D試験において臨界隙間腐食発生温度(CCT)が40℃以上であることを特徴とする耐食性に優れたNi基合金を提案する。 【0031】 さらに、本Ni基合金の不動態皮膜の母材側境界部におけるMo濃度(at.%)/Ni濃度(at.%)の比が0.1以上、かつ不動態皮膜中の酸素濃度が55(at.%)以上であると、さらに耐食性が向上する。 【0032】 さらに、本発明のNi基合金は、Ni基合金に含有するC:0.002?0.05%、S:0.0001?0.005%、Cr:10?25%、Mo:5?20%、O:0.0001?0.005%、Al:0.01?0.5%、Fe:0.5?10%以下、残部Niおよび不可避的不純物からなることが望ましい。 【0033】 また、本Ni基合金は、Si:0.01?1%、Mn:0.01?1%、Ti:0.01?1%、Nb:0.5?5%、W:0.5?10%のいずれか1種または2種以上を含有しても良い。 【0034】 さらに本発明では、上記の化学成分を持つNi基合金の製造方法も提案する。つまり、原料を電気炉で溶解し、AODおよび/またはVODにて脱炭、Cr還元、脱硫を行い、溶融合金を、C:0.002?0.05%、S:0.0001?0.005%、O:0.0001?0.005%以下、Al:0.01?0.5%に調整することを特徴とする耐食性に優れたNi基合金の製造方法である。 【0035】 以下に本発明における各数値の限定理由を以下に述べる。 不動態皮膜部におけるCr濃度(at.%)/Ni濃度(at.%)の比が0.2以上: 必要とされるCCT≧40℃以上の耐食性を有するためには、不動態皮膜中にNiに対するCrの濃度比は、0.2以上が必要である。そのため、不動態皮膜部におけるCr濃度(at.%)/Ni濃度(at.%)の比を0.2以上と規定した。好ましくは0.22以上、より好ましくは、0.25以上である。 【0036】 不動態皮膜の母材側境界部におけるMo濃度(at.%)/Ni濃度(at.%)の比が0.1以上: 不動態皮膜中のMoは、特に皮膜の最深部に濃化して、耐食性を向上させる性質を持つ。上記のとおり、不動態皮膜部におけるCr濃度(at.%)/Ni濃度(at.%)の比が0.2以上を満たし、不動態皮膜部と母材側境界部におけるMo濃度(at.%)/Ni濃度(at.%)の比が0.1以上を満たすことにより、さらに耐食性を向上させることが出来る。具体的には、後述する酸素濃度、Al濃度、硫黄濃度が本発明の範囲を外れても、必要とされるCCT≧40℃以上を満たすことができる。そのため、不動態皮膜の母材側境界部におけるMo濃度(at.%)/Ni濃度(at.%)の比を0.1以上と定めた。好ましくは、0.13以上、より好ましくは0.15以上である。 【0037】 不動態皮膜最表層部における酸素濃度が55(at.%)以上: 不動態皮膜最表層部における酸素濃度が55(at.%)以上となると、不動態皮膜部と母材側境界部におけるMo濃度(at.%)/Ni濃度(at.%)の比が0.1以上を満たし、より強固な不動態皮膜を構成することが出来る。そのため、不動態皮膜最表層部における酸素濃度は55(at.%)以上と規定した。より好ましくは、57(at.%)以上、さらに好ましくは、60(at.%)以上である。 【0038】 不動態皮膜は上記の態様が望ましい。特に限定はしないが、この態様を得るためには、不動態化処理にて達成することが出来る。この皮膜を得るには、下記の条件を満足することが好ましい。 8000≦X^(2)×Y+Z (X:硝酸濃度(%)、Y:浸漬時間(分)、Z:温度(℃)、ただし、硝酸濃度10?50%、時間1?100分、温度40?85℃の範囲とする。) 【0039】 続けて、本発明で定めた合金元素の限定理由を説明する。 C:0.002?0.05% Cは合金の強度を保つために有用な元素であるため、0.002%は必要である。しかしながら、熱処理過程や溶接時における熱影響部等において、CrやMoと結合し炭化物を析出する。Cr、Moは耐食性を維持するために有効な元素であり、析出物の周囲では欠乏層が生じてしまい、その部位の耐食性を低下させるとともに、析出物上には不動態皮膜が形成しにくくなるため、耐食性を損なう。そのため、Cは0.002?0.05%以下と定めた。好ましくは、0.003?0.03%以下、さらに好ましくは、0.004?0.02%以下である。 【0040】 S:0.0001?0.005% Sは構造材の溶接時に湯流れ性を向上させるために有用な元素であるため、最低0.0001%は必要である。硫化物を形成する元素でもある。特にMnと結合してMnSを形成する。硫化物上には不動態皮膜が形成しにくくなるため、耐食性を損なう。そのため、0.0001?0.005%とした。好ましくは、0.0001?0.002%、より好ましくは、0.0002?0.001%である。なお、S濃度を0.0001?0.005%に制御するためには、精錬工程でAlを本発明で定める範囲0.01?0.5%に制御して、脱酸することによって、酸素濃度を0.0001?0.005%に制御することで達成できる。つまり、下記の反応を、より右辺に進行することで脱硫する。 2Al+3S+3(CaO)=3(CaS)+(Al_(2)O_(3)) …(1) 下線は溶鋼中成分、括弧はスラグ中の成分を示す。 【0041】 Cr:10?25% Crは不動態皮膜を構成して耐食性を維持するために重要な元素である。母材のCr濃度は10%以上の含有、なおかつ、後述する本発明の表面処理を施すことで、不動態皮膜部におけるCr濃度(at.%)/Ni濃度(at.%)の比が0.2以上を有することが可能である。したがって、10%以上含有する必要がある。しかし、過剰な含有は炭化物を析出し易くする。25%を超えるとこの傾向が顕著となり、耐食性を低下させるため10?25%と規定した。好ましくは、14?23%であり、より好ましくは、16?23%である。 【0042】 Mo:5?20% Moは不動態皮膜を構成して耐食性を維持するために重要な元素である。母材のMo濃度は5%以上の含有、なおかつ、後述する本発明の表面処理を施すことで、不動態皮膜の最深部におけるMo濃度(at.%)/Ni濃度(at.%)の比が0.1以上を有することが可能である。したがって、5%以上含有する必要がある。しかし、過剰な含有は炭化物を析出し易くなることに加え、強度が高くなり加工性が悪化するため5?20%と規定した。好ましくは、7?15%であり、より好ましくは、9?12%である。 【0043】 O:0.0001?0.005% Oは非金属介在物を形成する元素である。その非金属介在物が合金表面に存在すると、不動態皮膜が安定に形成されずに腐食の起点と成り得るために0.005%以下と定めた。しかし、低下させすぎると、介在物組成がMgO・Al_(2)O_(3)となり、連続鋳造機の浸漬ノズル内に堆積して、ノズルが閉塞してしまう。そのため、0.0001?0.005%と定めた。好ましくは、0.0002?0.002%以下、より好ましくは0.0002?0.001%以下である。なお、酸素濃度を0.0001?0.005%以下に制御するためには、精錬工程でAlを本発明で定める範囲0.01?0.5%に制御すればよい。すなわち、下記の反応を、より右に進行することで酸素濃度を低下させる。 2Al+3O=(Al_(2)O_(3)) …(2) 【0044】 Al:0.01?0.5% Alは脱酸および脱硫のために重要な元素である。脱酸、脱硫を行い、本発明の範囲であるS:0.005%以下、O:0.005%以下を満足するためには0.01%は必要であるが、0.5%を超えての添加は、非金属介在物をMgO・Al_(2)O_(3)に変化させてしまい、浸漬ノズルの閉塞を引き起こす危険性がある。そのため、0.01?0.5%と規定した。好ましくは、0.02?0.3、より好ましくは0.03?0.25%である。なお、精錬工程時に、スラグ中のSiO_(2)濃度を10%以下に抑えることで、Alを本発明で定める範囲0.01?0.5%に制御し易くなる。この理由は、スラグ中のSiO_(2)濃度が10%を超えて高いと、下記の反応が右側に進行して溶鋼中のAlを消費してしまうためである。 4Al+3(SiO_(2))=2(Al_(2)O_(3))+3Si …(3) 【0045】 Fe:0.5?10% Feは製造コストを低減させるために添加されることがある。0.5%未満の添加ではコストが著しく上昇する。また、不動態皮膜中のFe濃度が高くなると耐食性を低下させるために、0.5?10%と定めた。 【0046】 基本的に本発明の合金はNi基合金である。その理由は、次の通りである。Niは貴金属であるから、Feより耐食性に優れている。不動態皮膜中においてはFeのように水酸化物Fe(OH)_(2)を生成しないため、不動態皮膜は緻密かつ保護作用も高い。また、Ni基合金はFe基合金に比べて固溶できる合金元素の含有量が高いため、CrやMo等の耐食性を高める元素をより多く含有できる。そのため優れた耐食性を有する保護皮膜を母材表面に形成させるためにはNi基合金である必要がある。また、本発明で言う不可避的不純物とは、P、Cu、Co、Ta、V、N、B、Hである。 【0047】 なお、本発明の合金では、Si:0.01?1%以下、Mn:0.01?1%以下、Ti:0.01?1%以下、Nb:0.5?5%以下、W:0.5?10%以下のいずれか1種または2種以上を含有しても構わない。 Si:0.01?1% Siは脱酸のために有効な元素であり、0.01?1%の範囲で添加しても構わない。 【0048】 Mn:0.01?1% Mnは脱酸のために有効な元素であり、0.01?1%の範囲で添加しても構わない。 【0049】 Ti:0.01?1%以下 Tiは炭素と結合しTiCを形成するため、Crと炭素の結合を防ぐ。そのため、耐食性を高める性質を持つため、0.01?1%の範囲で添加しても構わない。 【0050】 Nb:0.5?5% Nbは強度を高める元素である。さらに、炭素と結合しNbCを形成するため、Crと炭素の結合を防ぐため、耐食性を高める役割もある。そのため、0.5?5%の範囲で添加しても構わない。 【0051】 W:0.5?10% Wは、Moと同様に不動態皮膜を構成して耐食性を維持するために重要な元素である。そのため、0.5?10%の範囲で添加しても構わない。 【0052】 本発明では、上記の化学成分を持つNi基合金の製造方法も提案する。 原料を電気炉で溶解し、AOD(Argon Oxygen Decarburization)および/またはVOD(Vacuum Oxygen Decarburization)にて脱炭を行い、C濃度を0.05%以下とする。AODおよびVODは、送酸速度が高く発生するCOガス分圧を低下できるため、Cr含有合金の精錬に適している。その後、スラグ中に移行したCr酸化物を還元するCr還元を行う。還元剤は、特に限定しないが、FeSi合金またはAlが好適である。同時に、石灰石および蛍石を添加するとともに、脱酸に必要なAlを添加する。 【0053】 この操作により、溶融合金上に形成するスラグはCaO-SiO_(2)-Al_(2)O_(3)-MgO-F系となる。スラグ中SiO_(2)濃度を10%以下に制御することで、Al濃度を安定して0.01?0.5%に制御することが可能となる。スラグ中SiO_(2)濃度を10%以下に制御するのは、FeSi合金の投入量を調節すれば良い。この操作により、脱酸だけではなく、脱硫も進行し、S:0.005%以下、O:0.005%以下に調整することができる。 【実施例】 【0054】 スクラップ、Ni、Cr、Moなどの原料を電気炉で溶解し、AODおよび/またはVODにて酸素吹精して脱炭を行った。その後、Alと石灰石を投入してCr還元を行い、さらに石灰石と蛍石を投入し、溶融合金上にCaO-SiO_(2)-Al_(2)O_(3)-MgO-F系スラグを形成して脱酸、脱硫を行った。スラグ中SiO_(2)濃度は10%以下に制御した。このようにして精錬した溶融合金を、連続鋳造機にて鋳造しスラブを得た。その後、スラブを熱間圧延し、冷間圧延して板厚2mmの冷延板を製造した。 【0055】 原料の配合比を様々に変更し、上記方法によって製造することで、表3に化学成分を示す発明例1?8および比較例9?13の冷延板を製造した。このようにして製造した各冷延板について、次の方法により耐食性および不動態皮膜の評価を実施した。 【0056】 (1)CCT試験 耐食性の評価は、基本的にASTM G48 Method Dにしたがい行った。試験片は、上記の冷延板から、厚み2mm、幅25mm、長さ50mmのサイズを切り出して、平面中央に直径7mmの孔を空けた。その後、エメリー紙#120番まで湿式研磨を行い、アルコールによる脱脂後、冷風によってアルコールを除去し、表3に示すように各発明例・比較例毎に定めた硝酸溶液への浸漬による表面処理A?Gを施した。なお、処理A?Gの実施条件は下記表2に示した。 【0057】 【表2】 【0058】 表面処理後、ASTM G48 Type Bに規定されているセラミック製の冶具をTi製ボルトとナットを用いて、各冷延板に0.28N・mの締め付けトルクで固定した。この試験片を6%FeCl_(3)と1%HClを混合した600mL以上の溶液に、5℃間隔で様々に温度を変えて、各温度あたり72時間浸漬した。浸漬後冶具を取り外し、腐食生成物を除去し洗浄後、すきま腐食の深さを測定し、0.025mm以上発生した場合をすきま腐食が発生したと見なした。試験は5℃間隔でそれぞれ2回ずつ試験し、すきま腐食が発生した最低温度を臨界すきま腐食発生温度(CCT)とした。判定方法は、表3において、CCT≧50℃のものを◎、CCT≧40℃を○とし、CCT<40℃のものを×とした。 【0059】 (2)不動態皮膜の評価 耐食性試験と同様に、エメリー紙#2000番まで湿式研磨を行い、アルコールによる脱脂後、冷風によってアルコールを除去した。表3に示すように上記の表面処理A?Gを施した後、AESを用いて不動態皮膜厚みと組成を測定した。AESは、日本電子製 JAMP-9500F、測定条件は、加速電圧10kV、試料電流量0.01μAを用いて深さ方向に1kVでスパッタしながら、測定した各元素のプロファイルからその原子比を求めた。求められた各元素の比から、Cr/Ni比、Mo/Ni比、不動態皮膜最表層部の酸素濃度を求め、表3に示した。その他の測定方法は、以下の通りとした。 【0060】 (3)合金の化学成分 蛍光X線分析により行った。ただし、CとSは燃焼重量法、Oは不活性ガスインパルス融解赤外線吸収法によった。 (4)スラグ成分 蛍光X線分析により行った。 【0061】 【表3】 【0062】 表3に実施例を示して、本発明の効果を明確にする。発明例であるNo.1?5は、全て本発明の好ましい範囲を満たすことから、CCTは全て50℃以上となり極めて良好(◎)な結果を得た。 【0063】 No.6の合金は、Mo/Niの比率が0.1を下回って0.09であった。さらに、不動態皮膜最表層部の酸素濃度が54(at.%)と低く、CCTは概ね良好(○)ではあるものの少々低い45℃であった。 【0064】 No.7の合金は、脱炭がうまく進行せず、C濃度が0.079%と高かったため、Cr炭化物を形成したのとMo/Niの比率が0.1を下回って0.08であった。さらに、不動態皮膜最表層部の酸素濃度は54(at.%)と低く、CCTは40℃であった。No.1?7の合金を製造する際のスラグ組成は、いずれもスラグ中SiO_(2)濃度が10%を下回っており、問題ないことを確認している。 【0065】 No.8の合金は、Al濃度が0.01%を下回って低く、そのために脱酸、脱硫が進まず、SとO濃度が高かった。しかし、Cr濃度(at.%)/Ni濃度(at.%)=0.28、Mo濃度(at.%)/Ni濃度(at.%)=0.14、かつ、不動態皮膜の最表層部における酸素濃度も57(at.%)と、これらの範囲は満たしたために、CCTは40℃を満足した。なお、Al濃度が0.01%を下回って低くなったのは、スラグ中のSiO_(2)濃度が11.2%と10%を超えて高かったためである。 【0066】 一方、比較例No.9?12はいずれかの範囲を外れたため、CCTは40℃未満と低くなってしまった。まず、No.9は表面処理がA処理、つまり、15%HNO_(3)中に60℃で6分浸漬という不十分な不動態化条件であったため、不動態皮膜が十分な組成を有さず、Cr/Niの比率、Mo/Niの比率、不動態皮膜の最表層部における酸素濃度、いずれも本発明の範囲を下回ってしまった。そのため、CCTは35℃となってしまった。 【0067】 No.10は、表面処理がB処理、つまり、15%HNO_(3)中に60℃で30分浸漬という不十分な不動態化条件であったため、不動態皮膜が十分な組成を有さず、Cr/Niの比率、Mo/Niの比率、不動態皮膜の最表層部における酸素濃度、いずれも本発明の範囲を下回ってしまった。さらに脱炭がうまく行かず、0.092%と高濃度になったため、CCTは30℃となってしまった。 【0068】 No.11は、表面処理がD処理、つまり、30%HNO_(3)中に60℃で1分浸漬という不十分な不動態化条件であったため、不動態皮膜が十分な組成を有さず、Cr/Niの比率、Mo/Niの比率、不動態皮膜の最表層部における酸素濃度、いずれも本発明の範囲を下回ってしまった。さらに脱炭がうまく行かず、0.061%と高濃度になった。さらにAl濃度が0.01%を下回って低く、そのために脱酸、脱硫が進まず、SとO濃度が高くなってしまった。なお、Al濃度が0.01%を下回って低くなったのは、スラグ中のSiO_(2)濃度が12.8%と10%を超えて高かったためである。このため、CCTは30℃となってしまった。 【0069】 No.12は、表面処理がA処理、つまり、15%HNO_(3)中に60℃で6分浸漬という不十分な不動態化条件であったため、不動態皮膜が十分な組成を有さず、Cr/Niの比率、Mo/Niの比率、不動態皮膜の最表層部における酸素濃度、いずれも本発明の範囲を下回ってしまった。さらにAl濃度が0.01%を下回って低く、そのために脱酸、脱硫が進まず、SとO濃度が高くなってしまった。なお、Al濃度が0.01%を下回って低くなったのは、スラグ中のSiO_(2)濃度が10.9%と10%を超えて高かったためである。このため、CCTは30℃となってしまった。 【0070】 No.13は、Alが高く介在物組成がMgO・Al_(2)O_(3)となってしまい、ノズル閉塞により鋳造中止のため、製品が製造できなかった。 【0071】 また、不動態化処理の特性式8000≦X^(2)×Y+Z(X:硝酸濃度(%)、Y:浸漬時間(分)、Z:温度(℃)、ただし、硝酸濃度10?50%、時間1?100分、温度40?85℃の範囲)を満たす表面処理C、E、F、G(表2の評価で○)は、全て良好な結果であったのに対して、特性式を満たさない処理A、B、D(表2の評価で×)は、CCTを満足しなかった。 【産業上の利用可能性】 【0072】 腐食性の強い過酷な環境下で長期間に亘って使用することができる高耐食性のNi基合金を製造することができ、有望である。 (57)【特許請求の範囲】 【請求項1】 必須の成分としてC:0.002?0.05%、S:0.0001?0.005%、Cr:10?25%、Mo:5?20%、O:0.0001?0.005%、Al:0.01?0.5%、Fe:2.18?10%、Si:0.01?1%およびMn:0.01?1%、さらに、W:0.5?10%または、Ti:0.01?1%およびNb:0.5?5%、残部Niおよび不可避的不純物からなるNi基合金であって、 オージェ電子分光法を用いて、加速電圧10kV、試料電流量0.01μAとして前記Ni基合金の深さ方向に1kVの条件でスパッタしながら測定した各元素のプロファイルから算出した場合の、合金の表面に形成される不動態皮膜部の母材側境界部におけるCr濃度(at.%)/Ni濃度(at.%)の比が0.2以上であり、不動態皮膜の母材側境界部におけるMo濃度(at.%)/Ni濃度(at.%)の比が0.1以上、かつ、不動態皮膜最表層部における酸素濃度が55(at.%)以上であり、 前記Cr濃度(at.%)/Ni濃度(at.%)の比と表面からの深さの関係において、前記Cr濃度(at.%)/Ni濃度(at.%)の比は、表面から不動態皮膜深さ方向に向けて増大して極大値を示し、次いで減少して、前記母材側境界部において極小値を示して、母材側において増大するものであり、 ASTM G48 Method D試験において臨界隙間腐食発生温度(CCT)が40℃以上であることを特徴とするNi基合金。 【請求項2】(削除) 【請求項3】(削除) 【請求項4】 請求項1に記載のNi基合金を製造する方法であって、原料を電気炉で溶解し、AODおよび/またはVODにて脱炭、Cr還元、脱硫を行い、溶融合金を、C:0.002?0.05%、S:0.0001?0.005%、O:0.0001?0.005%、Al:0.01?0.5%に調整することを特徴とするNi基合金の製造方法。 【請求項5】 前記Ni基合金を所望の形状に成形した後、硝酸溶液に浸漬して不動態化処理を行うことを特徴とする請求項4に記載のNi基合金の製造方法。 【請求項6】 前記不動態化処理は、X:硝酸濃度(%)、Y:浸漬時間(分)、Z:温度(℃)とした場合、下記式を満足するように行うことを特徴とする請求項5に記載のNi基合金の製造方法。 8000≦X^(2)×Y+Z (10≦X≦50、1≦Y≦100、40≦Z≦85) |
訂正の要旨 |
審決(決定)の【理由】欄参照。 |
異議決定日 | 2019-11-14 |
出願番号 | 特願2014-64103(P2014-64103) |
審決分類 |
P
1
651・
537-
ZAA
(C23C)
P 1 651・ 113- ZAA (C23C) P 1 651・ 121- ZAA (C23C) |
最終処分 | 取消 |
前審関与審査官 | 宮本 靖史 |
特許庁審判長 |
平塚 政宏 |
特許庁審判官 |
亀ヶ谷 明久 中澤 登 |
登録日 | 2017-12-15 |
登録番号 | 特許第6259336号(P6259336) |
権利者 | 日本冶金工業株式会社 |
発明の名称 | Ni基合金およびその製造方法 |
代理人 | 末成 幹生 |
代理人 | 末成 幹生 |