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審決分類 審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C08L
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  C08L
審判 全部申し立て 2項進歩性  C08L
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  C08L
管理番号 1363141
異議申立番号 異議2019-700534  
総通号数 247 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2020-07-31 
種別 異議の決定 
異議申立日 2019-07-08 
確定日 2020-04-20 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第6449371号発明「樹脂部材」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6449371号の特許請求の範囲を、訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項[2?3]について、訂正することを認める。 特許第6449371号の請求項1に係る特許を維持する。 特許第6449371号の請求項2、3に係る特許についての特許異議の申立てを却下する。 
理由 第1 手続の経緯

特許第6449371号(以下、「本件特許」という。)の請求項1?3に係る特許についての出願は、平成29年5月15日の出願であって、平成30年12月14日にその特許権が設定登録され、平成31年1月9日に特許掲載公報が発行されたものである。
その後、その特許に対し、令和1年7月8日に特許異議申立人 橋詰 隆(以下、「特許異議申立人A」という。)、同年同月9日に特許異議申立人 三輪 貴幸(以下、「特許異議申立人B」という。また、「特許異議申立人A」と「特許異議申立人B」をあわせて、「特許異議申立人」と総称する。)によりそれぞれ特許異議の申立て(対象請求項は、特許異議申立人A、特許異議申立人Bのいずれも全請求項である。)がされ、同年10月9日付けで取消理由が通知され、同年12月5日に特許権者 バンドー化学株式会社より意見書の提出及び訂正の請求(以下、当該訂正の請求を「本件訂正請求」という。)がされたものである。
なお、令和2年2月7日付けで審尋を特許異議申立人に行ったところ、同年同月28日に特許異議申立人Bより回答書の提出があったものの、特許異議申立人Aからは何ら応答がなかった。


第2 訂正の適否についての判断

1 訂正の内容
本件訂正請求による訂正の内容は、以下のとおりである。

(1) 訂正事項1
特許請求の範囲の請求項2を削除する。

(2) 訂正事項2
特許請求の範囲の請求項3を削除する。

なお、本件訂正請求における請求項2、3に係る訂正は、一群の請求項[2?3]に対して請求されたものである。

2 訂正の目的の適否、新規事項の有無、及び、特許請求の範囲の拡張・変更の存否

訂正事項1、2はいずれも、請求項2、3を削除するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。そして、願書に添付した明細書又は特許請求の範囲に記載した事項の範囲内においてするものであって、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではないことも明らかである。

以上のとおりであるから、本件訂正請求による訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。
したがって、本件特許の特許請求の範囲を、訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項[2?3]について訂正することを認める。


第3 本件発明

上記第2のとおりであるから、本件特許の請求項1?3に係る発明(以下「本件発明1」?「本件発明3」という。)は、訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲の請求項1?3に記載された次の事項により特定されるとおりのものである。

「【請求項1】
ベース樹脂と摩擦係数低減剤とを含有する一方、繊維強化材を含有していない樹脂材料で形成され且つ摺接面を有する樹脂部材であって、
前記樹脂材料の温度80℃におけるオイルが介在するWET環境での動摩擦係数と下記式(I)で定義される乗越抵抗指数(RRF)との積が2.00×10^(-6)以下であり、
前記ベース樹脂は、半芳香族ポリアミド樹脂を含む熱可塑性樹脂であり、
前記摩擦係数低減剤は、酸変性された分子量が100万以上の超高分子量ポリエチレン樹脂を含む樹脂部材。
【数1】

tanδ:周波数200Hz及び温度80℃の試験条件の動的粘弾性試験で測定される損失係数
E’:周波数200Hz及び温度80℃の試験条件の動的粘弾性試験で測定される引張貯蔵弾性率
【請求項2】(削除)
【請求項3】(削除)」


第4 特許異議申立人が主張する特許異議申立理由について

特許異議申立人が特許異議申立書において、訂正前の請求項1?3に係る特許に対して申し立てた特許異議申立理由の要旨は、次のとおりである。なお、各甲号証については、特許異議申立人Aが証拠とする甲号証をそれぞれ、「甲○A号証」とし、特許異議申立人Bが証拠とする甲号証をそれぞれ、「甲○B号証」とする。

1 特許異議申立人Aが主張する特許異議申立理由

理由1(明確性) 本件特許の訂正前の請求項1?3に係る発明は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し、取り消すべきものである。

理由2(実施可能要件) 本件特許の訂正前の請求項1?3に係る発明は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し、取り消すべきものである。

なお、理由1、2の具体的理由の概略は次のとおりである。

(1)「本件の審判請求書において記載された図1?図3は、本件特許明細書に記載された実施例、比較例のデータと整合していない。
すなわち、本件の審判請求書において記載された図1?図3を参照すると、その縦軸における「ジャーナル軸受装置発生トルク」の範囲が0?30N・mとなっている。そして、これらの図にプロットされたデータも、10?30N・mの範囲となっている。しかし、本件特許明細書に記載された表1、表2では、「ジャーナル軸受試験発生トルク」の値は、0.81?1.23N・mの範囲である。よって、両者は一致せず、整合性を欠いている。したがって、審判請求書において請求人が主張しているところの、「ジャーナル軸受試験発生トルクとの相関性」についての議論は、理由のないものである。」(特許異議申立書第5頁末行?第6頁第9行)

(2)「本件特許明細書の【0012】において、「本発明者は、オイルが介在するWET環境において樹脂部材の摺接抵抗を、単にそれを形成する樹脂材料の動摩擦係数だけで制御することはできず、摺接面の動的な変形によるエネルギー損失も考慮する必要があることを見出すと共に、それを動摩擦係数μ(WET,80℃)と乗越抵抗指数(RRF)との積に基づいて制御することができることをも見出した。」と説明されているにもかかわらず、明細書の表1、表2に記載のデータは、その説明と反する結果となっている。
この点において、本件の特許請求の範囲の請求項1は、その技術的意義が判然とせず、したがって、特許を受けようとする発明が明確でない。」(特許異議申立書第11頁第4?12行)

(3)「図Aに表された結果を参照すると、本件特許明細書を読んで本件特許発明を実施しようとする当業者にとっては、本件特許明細書を読んだだけでは、本件特許発明をどのように実施すれば、樹脂部材の摺接抵抗を低減させるという目的を達成させることができるのかについて、理解することができない。よって、本件特許明細書は、当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであるとはいえない。」(特許異議申立書第11頁第13?18行)

(4)「本件特許の請求項1では、動摩擦係数と乗越抵抗指数(RRF)との積が2.00×10^(-6)以下であることを規定しているが、本件特許明細書には、どのようにすれば動摩擦係数と乗越抵抗指数(RRF)との積を2.00×10^(-6)以下とすることができるのかについての説明がなされていない。よって、本件特許明細書は、この点においても、当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであるとはいえない。」(特許異議申立書第11頁第19?24行)

なお、(2)?(4)の検討において、動摩擦係数μの算出式に関する文献として、甲第1A号証、甲第2A号証が提示されている。
・甲第1A号証:特許第3200279号公報
・甲第2A号証:特開2016-160536号公報

理由3 (サポート要件) 本件特許の訂正前の請求項1?3に係る発明は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し、取り消すべきものである。

なお、理由3の具体的理由の概略は次のとおりである。

(5)「例として、本件明細書の表2に記載された比較例1について検討する。半芳香族ポリアミドとしてPA9Tをとりあげ、比較例1のベース樹脂であるPA46にPA9Tが1質量%含有されているとする。・・・(略)・・・
すると、表2の比較例1と比べて、ベース樹脂のPA9Tが1質量%含有されているときには、発生トルクは、
1.16-0.02=1.14Nm
になると予想することが妥当である。
この値は、比較例3の値である1.01Nmよりも大きくなってしまう。つまり、PA46にPA10Tを1質量%用いたときは、請求項1に規定の範囲であるにもかかわらず、比較例よりも悪い結果しか得られないことになる。したがって、請求項1に係る本件特許発明は、明細書の発明の詳細な説明に記載された発明の効果を奏しないものまでをも含むものであって、発明の詳細な説明に記載したものであるとはいえない。」(特許異議申立書第12頁第23行?第13頁第11行)

理由4(進歩性) 本件特許の訂正前の請求項1?3に係る特許は、甲第3A号証に記載された発明及び甲第4A号証ないし文献3に記載された技術的事項に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであって、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、それらの発明に係る特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。

・甲第3A号証:特開2013-64420号公報
・甲第4A号証:三井化学社による、「リュブマー(登録商標)[高摺動 性特殊ポリエチレン樹脂]」のカタログ、2011年6 月発行」
・文献3 :国際公開第2016/194743号(特許異議申立書 第14頁(4d-4)で引用。)

2 特許異議申立人Bが主張する特許異議申立理由

理由1(新規性) 本件特許の訂正前の請求項1?3に係る発明は、甲第1B号証に記載された発明であって、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができないものであるから、それらの発明に係る特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。

理由2(進歩性) 本件特許の訂正前の請求項1?3に係る特許は、甲第1B号証に記載された発明に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであって、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、それらの発明に係る特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。

理由3(進歩性) 本件特許の訂正前の請求項1?3に係る特許は、甲第3B号証に記載された発明及び甲第4B号証に記載された技術的事項に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであって、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、それらの発明に係る特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。

・甲第1B号証:特開2001-279093号公報
・甲第2B号証:特表2016-502046号公報
・甲第3B号証:国際公開第2016/194743号
・甲第4B号証:特開2000-191905号公報
なお、甲第1B号証の製造例6で使用された超高分子量ポリエチレンの平均分子量を計算するために甲第2B号証があげられている。
また、理由3の摺接抵抗や動摩擦係数に関する検討において、甲第5B号証、甲第6B号証が提示されている。
・甲第5B号証:高分子新素材 One Point○26(注:「○26」は○囲みの26を意味する。) 高分子トライボマテリアル 第6?9頁 1990年11月15日発行
・甲第6B号証:トライボロジーの基礎 精密工学会誌 vol.81,No.7,2015 第643?647頁

理由4(明確性) 本件特許の訂正前の請求項1?3に係る発明は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し、取り消すべきものである。

なお、理由4の具体的理由の概略は次のとおりである。

(1)「本件特許発明は、超高分子量ポリエチレン樹脂の分子量の意味または定義が記載も示唆もされておらず、当該分子量に関して特許請求の範囲の記載から定められる技術的範囲を画定することができないことから、本件特許発明は特許請求の範囲の記載が明確ではない」(特許異議申立書第33/36頁第12?15行)

(2)「本件特許発明1では「前記ベース樹脂は、半芳香族ポリアミド樹脂を含む熱可塑性樹脂であり」、「前記摩擦係数低減剤は、酸変性された分子量が100万以上の超高分子量ポリエチレン樹脂を含む」と規定されているところ、「半芳香族ポリアミド樹脂および酸変性された分子量が100万以上の超高分子量ポリエチレン樹脂」以外の熱可塑性樹脂が、ベース樹脂に該当するのか、摩擦係数低減剤に該当するのか、明確ではない。
また、当業者といえどもベース樹脂および摩擦係数低減剤を明確に区別することができないところ、本件特許発明2および3では、ベース樹脂および摩擦係数低減剤の含有量がそれぞれ規定されていることから、ベース樹脂および摩擦係数低減剤の含有量を判断することができない。
以上より、本件特許発明は特許請求の範囲の記載が明確ではない」(特許異議申立書第33/36頁第23行?第34/36頁第4行)

なお、高分子化合物の分子量、平均分子量の意味または定義を検討するにあたり、甲第7B号証、甲第8B号証が提示されている。
・甲第7B号証:化学教科書シリーズ 高分子材料化学 第50?55頁 平成11年4月30日発行
・甲第8B号証:高分子化学 基礎と応用 第2版 第50?55頁 2000年3月1日発行

理由5(サポート要件) 本件特許の訂正前の請求項1?3に係る発明は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し、取り消すべきものである。

なお、理由5の具体的理由の概略は次のとおりである。

(3)「本件特許明細書の実施例および比較例の結果によれば、高温で且つオイルが介在するWET環境における樹脂部材の摺接抵抗性の指標となるジャーナル軸受試験発生トルク(N・m)は動摩擦係数μ(WET,80℃)と最も相関があり、決定係数R^(2)が0.9795で1に近く、一方、RRFでは決定係数R^(2)が0.346でほぼ相関が無く、μ(WET,80℃)×RFFでも動摩擦係数μと比べれば決定係数R^(2)が0.8163と低い。
したがって、「前記樹脂部材の摺接抵抗を、それを形成する樹脂材料の動摩擦係数(WET,80℃)だけで制御することはできず、動摩擦係数μ(WET,80℃)と乗越抵抗指数(RRF)との積に基づいて制御することができる」、ということは到底できない。すなわち、本件特許発明において発明の範囲をμ×RRF要件で画定する技術的根拠が明確ではない。本件特許の出願時の技術常識に照らしても、μ×RRF要件の数値の範囲内であれば本件特許発明の課題を解決できると当業者が認識できるものではない。
以上より、本件特許発明は本件特許明細書に記載されたものではない。」(特許異議申立書第34/36頁第20行?第35/36頁第4行)


第5 取消理由通知に記載した取消理由について

1 取消理由の概要

訂正前の請求項1?3に係る特許に対して、当審が令和1年10月9日付けて特許権者に通知した取消理由の要旨は、次のとおりである。

理由(明確性) 本件特許の請求項1?3についての特許は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し、取り消すべきものである。

そして、その具体的理由の概略は次のとおりである。

(1)「超高分子量ポリエチレン」の分子量について
本件特許の請求項1には、樹脂部材を構成する「超高分子量ポリエチレン」は、「分子量が100万以上」であると記載されている。
しかしながら、本件特許明細書には、「超高分子量ポリエチレン」の分子量について、明細書の発明の詳細な説明の段落【0019】に、
「摩擦係数低減剤としては、ポリオレフィン系樹脂、フッ素系樹脂、二硫化モリブデン、グラファイト(黒鉛)等が挙げられる。ポリオレフィン系樹脂としては、ポリエチレン樹脂、ポリプロピレン樹脂、それらの共重合体樹脂等が挙げられる。摩擦係数低減剤は、これらのうちの1種又は2種以上を含むことが好ましく、高温で且つオイルが介在するWET環境において低い摺接抵抗を得る観点からは、ポリオレフィン系樹脂を含むことがより好ましく、ポリエチレン樹脂を含むことが更に好ましく、分子量が100万以上の超高分子量ポリエチレン樹脂を含むことがより更に好ましい。また、摩擦係数低減剤は、酸変性されたポリエチレン樹脂を含むことが好ましい。」
と記載されるにとどまる。
高分子化合物における分子量については、一般に平均分子量のことを指すものと認識されるところ、「平均分子量」には、数平均分子量、重量平均分子量、粘度平均分子量及びZ平均分子量など、様々な算出法に基づくものがあり、かつ、各々の平均分子量が通常異なる値となることも周知である。
してみれば、本件特許の請求項1に係る特許発明における、「超高分子量ポリエチレン」の「分子量が100万以上」とは、いかなる算出法で算出された条件を指すのか、明確であるとはいえない。
なお、本件特許の請求項1を引用する請求項2、3に係る特許発明においても、同じことがいえる。

(この取消理由は、特許異議申立人Bによる、第4の2の理由4の(1)と同旨である。)

(2)「ベース樹脂」及び「摩擦係数低減剤」に含まれる樹脂について
本件特許の請求項1には、樹脂部材について、
「前記ベース樹脂は、半芳香族ポリアミド樹脂を含む熱可塑性樹脂であり、
前記摩擦係数低減剤は、酸変性された分子量が100万以上の超高分子量ポリエチレン樹脂を含む」
と記載されており、請求項1を引用する請求項2では、
「請求項1に記載された樹脂部材において、
前記樹脂材料における前記ベース樹脂の含有量が70.0質量%以上95.0質量%以下である」
と、樹脂材料における「ベース樹脂」の含有量の割合が特定されており、
さらに、請求項1又は2を引用する請求項3では
「請求項1又は2に記載された樹脂部材において、
前記樹脂材料における前記摩擦係数低減剤の含有量が5.00質量%以上15.0質量%である」
と、樹脂材料における「摩擦係数低減剤」の含有割合が特定されている。
ここで、「半芳香族ポリアミド樹脂」がベース樹脂にあたり、「酸変性された分子量が100万以上の超高分子量ポリエチレン樹脂」が摩擦係数低減剤にあたることは分かるものの、例えば、半芳香族ポリアミド樹脂以外の「熱可塑性樹脂」は、「ベース樹脂」、「摩擦係数低減剤」、あるいはそれ以外の何か、の何れにあたるのか、特定できない。
してみると、何が「ベース樹脂」や「摩擦係数低減剤」に含まれるのか明確ではないから、請求項2で特定されている「ベース樹脂」の割合の算出、請求項3で特定されている「摩擦係数低減剤」の割合の算出をすることができない。
したがって、本件特許の請求項2、3に係る特許発明は、明確であるとはいえない。

(この取消理由は、特許異議申立人Bによる、第4の2の理由4の(2)と同旨である。)

2 取消理由についての検討

上記の取消理由について順次検討する。

(1) 取消理由(明確性)の(1)について
特許権者が提出する乙1号証?乙14号証にもそれぞれ記載されているように、「超高分子量ポリエチレン」とは「分子量100万以上」のものであることは、当該技術分野において極めてよく知られた技術事項である。つまり、請求項1に記載された「分子量100万以上の超高分子量ポリエチレン」とは、通常「超高分子量ポリエチレン」として認識されるものを指すことは明らかである。また、請求項1には、他に不明確な記載はない。
なお、特許異議申立人Bが令和2年2月28日に提出した回答書の内容を参酌しても、上記判断は左右されない。
したがって、本件発明1に関して、特許請求の範囲の記載が第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるとはいえない。

・乙第1号証:「図解プラスチック用語辞典 第2版」、日刊工業新聞社、第492頁?第493頁 1994年11月27日 第2版第1刷発行
・乙第2号証:「新版高分子辞典」、株式会社朝倉書店、第282頁、1988年11月25日 初版第1刷
・乙第3号証:「プラスチック大辞典」、株式会社工業調査会、第873頁、1994年10月20日 初版第1刷発行
・乙第4号証:「高分子材料大百科」、日刊工業新聞社、第631頁、1999年7月30日、初版第1刷発行
・乙第5号証:「エンジニアリングプラスチック」、株式会社プラスチックス・エージ、第127頁、1987年2月10日 第2版発行
・乙第6号証:「プラスチック読本」、株式会社プラスチックス・エージ、第144頁、2019年4月26日、改訂第22版
・乙第7号証:「高分子材料化学」、三共出版株式会社、第92頁、2001年4月10日 初版第1刷発行
・乙第8号証:「先端材料のための新化学 2 高分子構造材料の化学」、株式会社朝倉書店、第50頁、1998年10月20日、初版第1刷
・乙第9号証:「特性別にわかる実用高分子材料」、株式会社工業調査会、第76頁、2002年3月15日 初版第1刷発行
・乙第10号証:「高分子材料の基礎と応用 重合・複合・加工で用途につなぐ」、株式会社内田老鶴圃、第124頁、2008年10月8日 第1版発行
・乙第11号証:「プラスチックフィルム-加工と応用-(第2版)」、技報堂出版株式会社、第11頁、1995年4月5日 2版1刷発行
・乙第12号証:「目でみる結晶性高分子入門」、株式会社アグネ技術センター、第26頁、2006年11月20日 初版第1刷発行
・乙第13号証:「プラスチック活用ノート 四訂版」、株式会社工業調査会、第62頁、2006年5月15日 四訂版第1刷発行
・乙第14号証:「しくみ図解シリーズ 高分子材料が一番わかる」、株式会社技術評論社、第101頁、2011年12月25日 初版 第1刷発行

(2) 取消理由(明確性)の(2)について
訂正により、請求項2、3は削除されたため、当該取消理由は解消された。


第6 取消理由通知において採用しなかった異議申立理由についての検討

1 特許異議申立人Aが主張する異議申立理由について

(1) 理由1(明確性)、理由2(実施可能要件)について

特許異議申立人Aは、理由1(明確性)、理由2(実施可能要件)について、第4の1(1)?(4)のとおり主張する。そこで、順次検討する。

ア 第4の1(1)の申立理由について
第4の1(1)の主張は要するに、本件特許の拒絶査定不服審判における審判請求書の内容と、本件特許の明細書、特許請求の範囲の内容との整合性を欠いていることを根拠に、特許を受けようとする発明が不明確であり、あるいは、当業者が実施することができないというものである。
しかしながら、本件特許の特許請求の範囲の記載が明確であるかどうか、あるいは、明細書に発明が実施できる程度に記載されているかどうかは、あくまで、本件特許の特許請求の範囲の記載、明細書の記載に基づき検討されるものであり、本件特許の拒絶査定不服審判における審判請求書と、本件特許の明細書、特許請求の範囲の内容との整合性で決まるものではない。
したがって、特許異議申立人Aのかかる主張は採用できない。

イ 第4の1(2)?(4)の申立理由について
第4の1(2)?(4)の主張は要するに、動摩擦係数μと乗越抵抗指数RRFの積がどのような技術的意義を示すのか明らかではなく、特許を受けようとする発明が明確でないこと、及び、どのように制御すればよいのか、どのように実施すれば樹脂部材の摺接抵抗を低減させるという目的を達成することができるのか、明細書に当業者が実施できる程度に記載されていないというものである。
そこで検討するに、まず、本件発明1は、「樹脂材料の温度80℃におけるオイルが介在するWET環境での動摩擦係数と下記式(I)で定義される乗越抵抗指数(RRF)との積が2.00×10^(-6)以下」であり、
「【数1】

tanδ:周波数200Hz及び温度80℃の試験条件の動的粘弾性試験で測定される損失係数
E’:周波数200Hz及び温度80℃の試験条件の動的粘弾性試験で測定される引張貯蔵弾性率」
と特定され、本件明細書の段落【0028】?【0040】には、実施例・比較例を通じて、「樹脂材料の温度80℃におけるオイルが介在するWET環境での動摩擦係数と下記式(I)で定義される乗越抵抗指数(RRF)との積が2.00×10^(-6)以下」を満たすことにより、ジャーナル軸受試験発生トルクの測定を通じて摺接抵抗の低減との効果が確認されているから、当業者であれば、動摩擦係数μと乗越抵抗指数RRFの積を2.00×10^(-5)以下とすることで、摺接抵抗が低減できるとの技術的意義を理解することができる。
したがって、特許異議申立人Aのかかる主張は採用しない。

(2) 理由3(サポート要件)について

第4の1(5)の主張は要するに、比較例1のベース樹脂であるPA46にPA9Tが1質量%含有されたものと仮定の上で、ジャーナル軸受試験発生トルクがどう変化するか予測することに基づくものである。しかし、樹脂組成物のジャーナル軸受試験発生トルクは、その樹脂組成物の系にかかわらず、特定の材料を添加すると同じ程度だけ変化するもの、との技術常識があるわけではない。
したがって、特許異議申立人Aのかかる主張は採用できない。

(3) 理由4(進歩性)について

ア 甲第3A号証の記載事項

甲第3A号証には次の記載がある。

「【請求項1】
テレフタル酸成分と1,10-デカンジアミン成分からなるポリアミド100質量部および摺動性改良材0.5?60質量部を含有するポリアミド樹脂組成物からなる摺動部材。」

「【0007】
すなわち、本発明は、優れた耐熱性を有するのみならず、摺動性が飛躍的に向上した摺動部材を提供することを目的とする。」

「【0027】
本発明に用いられる摺動性改良材は特に限定されないが、例えば、ポリテトラフルオロエチレン、ポリテトラフルオロエチレン・パーフルオロアルコキシエチレン共重合体、ポリテトラフルオロエチレン・ポリヘキサフルオロプロピレン共重合体等のフッ素樹脂、(高分子量)ポリエチレン、ポリプロピレン等のポリオレフィン、ポリジメチルシロキサン、ポリメチルフェニルシロキサン、アミノ変性ポリジメチルシロキサン、エポキシ変性ポリジメチルシロキサン、アルコール変性ポリジメチルシロキサン、カルボキシ変性ポリジメチルシロキサン、フッ素変性ポリジメチルシロキサン等のシリコーン、グラファイト等の層状無機化合物、ガラス繊維、チタン酸カリウムウィスカ、酸化亜鉛ウィスカ、ボロン酸ウィスカ等の無機繊維、LCP繊維、アラミド繊維、カーボン繊維等の有機繊維、アルミナ、タルク、シリカ等の無機粒子、メタリン酸塩、ピロリン酸塩、リン酸カルシウム、リン酸水素カルシウム、リン酸バリウム、リン酸リチウム、メタリン酸カルシウム、ピロリン酸亜鉛等のリン酸塩、スピンドル油、タービン油、マシン油、ダイナモ油等の鉱物油、モンタン酸カルシウム等のモンタン酸塩、二硫化モリブデンが挙げられる。中でも、摩擦係数や比磨耗量を低下させる効果が大きいフッ素樹脂、シリコーン、二硫化モリブデン、タルク、リン酸塩、鉱物油、カーボン繊維およびモンタン酸塩が好ましい。」

イ 甲第3A号証に記載された発明

甲第3A号証の【請求項1】、【0007】、【0027】の記載を総合すると、甲第3A号証には、次の発明(以下、「甲3A発明」という。)が記載されていると認める。

「テレフタル酸成分と1,10-デカンジアミン成分からなるポリアミド100質量部および摺動性改良材として(高分子量)ポリエチレン0.5?60質量部を含有するポリアミド樹脂組成物からなる摺動部材。」

ウ 対比・判断

本件発明1と甲3A発明とを対比する。
甲3A発明の「ポリアミド」、摺動性改良材としての「(高分子量)ポリエチレン」は、それぞれ本件発明1の「ベース樹脂」、「摩擦係数低減剤」に相当する。
また、甲3A発明の「摺動部材」が「摺接面」を有する「樹脂部材」であることも明らかである。

してみると両者は、
「ベース樹脂と摩擦係数低減剤とを含有する樹脂材料で形成され且つ摺接面を有する樹脂部材。」
で一致し、次の点で相違する。

<相違点1>
樹脂部材に関し、本件発明1では、「繊維強化材を含有していない樹脂材料」であるのに対し、甲3A発明では不明である点。

<相違点2>
樹脂部材に関し、本件発明1では、「樹脂材料の温度80℃におけるオイルが介在するWET環境での動摩擦係数と下記式(I)で定義される乗越抵抗指数(RRF)との積が2.00×10^(-6)以下」(「式(I)」は省略)であるのに対し、甲3A発明にはそのような特定がない点。

<相違点3>
ベース樹脂に関し、本件発明1では、「半芳香族ポリアミド樹脂を含む熱可塑性樹脂」であるのに対して、甲3A発明では、「テレフタル酸成分と1,10-デカンジアミン成分からなるポリアミド100質量部および摺動性改良材0.5?60質量部を含有するポリアミド樹脂組成物」である点。

<相違点4>
摩擦係数低減剤に関し、本件発明1は、「酸変性された分子量が100万以上の超高分子量ポリエチレン樹脂」であるのに対し、甲3A発明は、「(高分子量)ポリエチレン」である点。

事案に鑑み、相違点2について先ず検討する。
甲第3A号証には、優れた耐熱性を有するのみならず、摺動性が飛躍的に向上した摺動部材についての記載はあるものの、「樹脂材料の温度80℃におけるオイルが介在するWET環境での動摩擦係数」や式(I)で定義される「乗越抵抗指数(RRF)」についての記載も示唆もされていない。
また、甲第4A号証や文献3の記載をあわせてみても、当該技術分野において、摺動部材の検討にあたり、「樹脂材料の温度80℃におけるオイルが介在するWET環境での動摩擦係数」と式(I)で定義される「乗越抵抗指数(RRF)」に着目し、その積の値で検討することが、通常行われていることであることを窺わせる事情もない。
したがって、相違点2に係る発明の特定事項は、当業者が容易に想到し得たものではない。
してみれば、他の相違点については検討するまでもなく、本件発明1は、甲3A発明及び甲第4A号証、文献3の記載事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
よって、特許異議申立人Aのかかる主張は採用できない。

2 特許異議申立人Bが主張する異議申立理由について

(1) 甲第1B号証を主引用例とする理由1(新規性)、理由2(進歩性)について

ア 甲第1B号証の記載事項

甲第1B号証には次の記載がある。

「【請求項1】(A)テレフタル酸成分単位とアジピン酸成分単位とからなり、テレフタル酸成分単位を47?63モル%の割合で含有するジカルボン酸成分単位と、1,6-ジアミノヘキサン成分単位からなるジアミン成分単位とを含む繰り返し単位から形成され、30℃濃硫酸中で測定した極限粘度が1.15?1.40dl/gの範囲にある半芳香族ポリアミドと、(B)135℃デカリン溶媒中で測定した極限粘度が6?40dl/gである超高分子量ポリオレフィンと、極限粘度が0.1?5dl/gである低分子量ないし高分子量ポリオレフィンとからなるポリオレフィン組成物を、不飽和カルボン酸またはその誘導体で変性した変性ポリオレフィン組成物であって、不飽和カルボン酸またはその誘導体の変性量が、ポリオレフィン組成物に対して0.01?5重量%の範囲にある変性ポリオレフィン組成物と、
からなり、(A)半芳香族ポリアミドおよび(B)変性ポリオレフィン組成物の合計量に対し、前記(A)半芳香族ポリアミドを65?75重量%、前記(B)変性ポリオレフィン組成物を35?25重量%の割合で含有することを特徴とするポリアミド樹脂組成物。」

「【0001】
【発明の技術分野】本発明は、新規なポリアミド樹脂組成物に関する。さらに詳しくは、寸法安定性が高く、耐摩耗性に優れ、かつ摺動特性に優れた成型物を作製するのに好適なポリアミド樹脂に関する。
【0002】
【発明の技術的背景】ポリアミドは、優れた耐熱性、耐油性、成型性、剛性、強靭性などの特徴を有しているため電動工具、一般工業部品、機械部品、電子部品、自動車内外装部品、エンジンルーム内部品、自動車電装部品などの種々の機能部品として広く利用されている。
【0003】しかしながら、ポリアミドは、金属材料などに比較すると、摺動特性である摩擦係数が高く、摺動特性が不充分であった。このため、このような合成樹脂に、ポリオレフィン成分などの添加物を配合させて、摺動特性を向上させることが試みられている。」

「【0007】また、特開平4-351647号公報には、ナイロン6などのポリアミドに配合される摺動特性改良剤として、極限粘度[η]が6dl/g以上の(A)超高分子量ポリエチレンと、極限粘度[η]が0.1?5dl/gの(B)ポリエチレンとを含み、かつ前記(A)超高分子量ポリエチレンおよび/または (B)ポリエチレンが不飽和カルボン酸で変性されてなる摺動特性改良剤が例示されている。この公報には、ポリアミドとして、芳香族ポリアミドも例示されているが、特定の極限粘度を有し、テレフタル酸成分を含むポリアミドに摺動特性改良剤を用いると、摺動特性が良好になるとの記載はない。」

「【0013】すなわち、本発明では、半芳香族ポリアミドの中から、上記した特定の半芳香族ポリアミドを選択し、この半芳香族ポリアミド(A)に、特定の変性ポリオレフィン組成物(B)をブレンドしたことを重要な特徴とするものである。
【0014】このような組み合わせを採用することにより、吸水後の寸法安定性に優れ、耐摩耗性と動摩擦係数に優れた成型物の提供が可能なポリアミド樹脂組成物が得られる。」

「【0020】本発明で使用される半芳香族ポリアミドは、濃硫酸中30℃の温度で測定した極限粘度[η]が、1.15?1.40dl/g、好ましくは1.20?1.40dl/g、さらに好ましくは1.30?1.40dl/gの範囲にあることが望ましい。
【0021】半芳香族ポリアミドの極限粘度[η]が前記範囲内にあると、ポリアミド組成物の成型性が良好となる。またこのような半芳香族ポリアミドを含むポリアミド組成物から作製された成型物は、摺動時のおける耐摩耗性にも優れている。なお、半芳香族ポリアミドの極限粘度[η]が1.40dl/gを越えると樹脂粘度が上昇し成型性が悪くなることがあり、1.15dl/gを下回ると、作製された成型物の摺動時の耐摩耗性が低下することがある。
【0022】このような本発明で使用される半芳香族ポリアミドは、通常、280?330℃の融点を有しており、多くの場合、290?320℃の範囲内に融点を有する。また、この半芳香族ポリアミドは、耐熱性に優れているとともに、吸水率が低い。」

「【0025】ポリオレフィン組成物
ポリオレフィン組成物は、(B-1)超高分子量ポリオレフィンと、(B-2)低分子量ないし高分子量ポリオレフィンとを含む。
【0026】超高分子量ポリオレフィンとしては、たとえばエチレン、プロピレン、1-ブテン、イソブテン、1-ペンテン、2-メチル-1- ブテン、3-メチル-1- ブテン、1-ヘキセン、3-メチル-1- ペンテン、4-メチル-1- ペンテン、1-ヘプテン、1-オクテン、1-デセン、1-ドデセン、1-テトラデセン、1-ヘキサデセン、1-オクタデセン、1-イコセンなどのα- オレフィンの単独重合体または共重合体からなる。本発明においては、エチレン単独重合体、およびエチレンと他のα- オレフィンとからなる、エチレンを主成分とする共重合体が望ましい。
【0027】この超高分子量ポリオレフィン(B-1)のデカリン溶媒中135℃で測定した極限粘度[η]は、6?40dl/g、好ましくは10?40dl/g、さらに好ましくは25?35dl/gである。
【0028】この超高分子量ポリオレフィン(B-1)は、密度(D:ASTMD1505に準じて測定)0.920g/cm^(3)以上、0.935g/cm^(3)未満のものが望ましい。」

「【0031】また、(B-2)低分子量ないし高分子量ポリオレフィンは、密度0.935g/cm^(3)以上のものが望ましい。ポリオレフィン組成物中の(B-1)超高分子量ポリオレフィン含有量は、(B-1)超高分子量ポリオレフィンと(B-2)低分子量ないし高分子量ポリオレフィンとの合計量に対して、5?45重量%、好ましくは10?30重量%、さらに好ましくは10?25重量%の範囲にあることが望ましい。」

「【0055】また、(B-1)超高分子量ポリオレフィンと(B-2)低分子量ないし高分子量ポリオレフィンの両方を予め変性用単量体で変性した後、両者を混合してもよい。用いられる溶媒としては、具体的には、トルエン、キシレン等の芳香族炭化水素系溶媒;ヘキサン、ヘプタン、オクタン、デカン等の脂肪族炭化水素系溶媒;シクロヘキサン、メチルシクロヘキサン等の脂環族炭化水素系溶媒;トリクロロエチレン、パークロロエチレン、ジクロロエチレン、ジクロロエタン、クロロベンゼン等の塩素化炭化水素系溶媒;エタノール、イソプロパノール等の脂肪族アルコール系溶媒;アセトン、メチルイソブチルケトン、メチルエチルケトン等のケトン系溶媒、酢酸メチル、酢酸エチル、酢酸ブチル等のエステル系溶媒などが挙げられる。これらの溶媒は、1種単独でも2種以上を組み合わせても用いられる。」

「【0089】
【製造例6】グラフト変性ポリエチレン組成物(B)の製造
ポリエチレン組成物(超高分子量ポリエチレン[135℃デカリン中の[η]:31dl/g]20重量%、低分子量ポリエチレン[135℃デカリン中の[η]:1dl/g]80重量%)100重量部、無水マレイン酸0.8重量部、および有機過酸化物[日本油脂(株) パーヘキシン-25B]0.07重量部、をヘキシェルミキサーで混合し、得られた混合物を250℃に設定した65mmφの一軸押出機で溶融グラフト変性することによって、グラフト変性ポリエチレン組成物を得た。このグラフト変性ポリエチレン組成物(B)の無水マレイン酸グラフト量をIR分析で測定したところ、0.8重量%であった。
【0090】なお、ポリエチレン組成物の135℃デカリン中で測定した極限粘度は、5dl/gであった。」

「【0092】
【実施例1】製造例5で得られた半芳香族ポリアミド(A-5)70重量部および製造例6で得られたグラフト変性ポリエチレン組成物(B)30重量部を、表1に示す割合で混合し、次いで、30mmφのベント式二軸スクリュー押出機を用いて300?335℃のシリンダー温度条件で溶融混合して半芳香族ポリアミド樹脂組成物のペレットを製造した。こうして得られたペレットを用いて射出成型試験片を作製し、上記した性能を評価した。
【0093】評価結果を表2に示す。」

「【0096】
【表2】



イ 甲第1B号証に記載された発明

甲第1B号証の【請求項1】、【0089】、【0092】の記載を総合すると、甲第1B号証には、次の発明(以下、「甲1B発明」という。)が記載されていると認める。

「半芳香族ポリアミド70重量部、並びに超高分子量ポリエチレン及び無水マレイン酸を含むグラフト変性ポリエチレン組成物30重量部を含むポリアミド樹脂成形物。」

ウ 対比・判断

本件発明1と甲1B発明とを対比する。
甲1B発明の「半芳香族ポリアミド」は、本件発明1の「ベース樹脂」に相当する。また、甲1B発明の「超高分子量ポリエチレン及び無水マレイン酸を含むグラフト変成ポリエチレン組成物」は、本件発明1の「酸変性された」「超高分子量ポリエチレン樹脂を含む」ものであるとともに、甲第1B号証の【0013】、【0014】の記載から見て、動摩擦係数に優れたものとするために加えられているものといえるから、本件発明1の「摩擦係数低減剤」に相当するものといえる。さらに、甲1B発明の「ポリアミド樹脂成形物」は甲第1B号証の【0001】から、「耐摩耗性に優れ、かつ摺動特性に優れた」ものであることから、「摺接面」を有する「樹脂部材」であることも明らかである。

してみると両者は、
「ベース樹脂と摩擦係数低減剤とを含有する樹脂材料で形成され且つ摺接面を有する樹脂部材であって、
酸変性された超高分子量ポリエチレン樹脂を含む樹脂部材。」
で一致し、次の点で相違する。

<相違点5>
樹脂部材に関し、本件発明1では、「繊維強化材を含有していない樹脂材料」であるのに対し、甲1B発明では不明である点。

<相違点6>
樹脂部材に関し、本件発明1では、「樹脂材料の温度80℃におけるオイルが介在するWET環境での動摩擦係数と下記式(I)で定義される乗越抵抗指数(RRF)との積が2.00×10^(-6)以下」(「式(I)」は省略)であるのに対し、甲1B発明にはそのような特定がない点。

<相違点7>
超高分子量ポリエチレン樹脂に関し、本件発明1は、分子量が100万以上であるのに対し、甲1B発明では不明である点。

事案に鑑み、相違点6について先ず検討する。
甲第3B号証には、寸法安定性が高く、耐摩耗性に優れ、かつ、摺動特性に優れた成形物についての記載はあるものの、「樹脂材料の温度80℃におけるオイルが介在するWET環境での動摩擦係数」や式(I)で定義される「乗越抵抗指数(RRF)」について記載も示唆もされていない。また、他の証拠をあわせてみても、当該技術分野において、摺動部材の検討にあたり、「樹脂材料の温度80℃におけるオイルが介在するWET環境での動摩擦係数」と式(I)で定義される「乗越抵抗指数(RRF)」に着目し、その積の値で検討することが、通常行われていることであることを窺わせる事情もない。
したがって、相違点6に係る発明の特定事項は、当業者が容易に想到し得たものではない。
してみれば、他の相違点については検討するまでもなく、本件発明1は、甲1B発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
よって、特許異議申立人Bのかかる主張は採用できない。

(2) 甲第3B号証を主引用例とする理由3(進歩性)について

ア 甲第3B号証、甲第4B号証の記載事項

(ア) 甲第3B号証の記載事項

甲第3B号証には次の記載がある。

「[請求項1] a)海島構造を有し、光学顕微鏡での300μm角視野中に長軸粒子径100μm以上の島相が1個以下であり、
b)300μm角視野中に長軸粒子径30μm以上、100μm未満の島相が3個以下であり、
c)300μm角視野中に長軸粒子径10μm以上、30μm未満の島相が4個以上であり、
d)デカリン中135℃での極限粘度[η]が1.5?15dL/gの範囲にあり、
e)カルボキシル基、アミノ基、水酸基及びシラノール基からなる群より選ばれる官能基を含む構造単位を0.01?10質量%含み、
f)海相のIRにおける前記官能基ピークとCH_(2)基ピークの強度比の比(IRS)と島相のIRにおける前記官能基ピークとCH_(2)基ピークの強度比の比(IRI)との比(IRS/IRI)が1.0を超える変性ポリエチレン樹脂組成物。
[請求項2] e)の官能基がカルボキシル基である請求項1記載の変性ポリエチレン樹脂組成物。
[請求項3] e)の構造単位が無水マレイン酸由来の構造単位である請求項1に記載の変性ポリエチレン樹脂組成物。
[請求項4] f)の比(IRS/IRI)が1.0を超えて5以下である請求項1に記載の変性ポリエチレン樹脂組成物。
[請求項5] f)の比(IRS/IRI)が1.001以上3以下である請求項1に記載の変性ポリエチレン樹脂組成物。
[請求項6] 下記の工程を含む方法で製造された、135℃のデカリン中で測定される極限粘度[η]が1.5?15dL/gの範囲にあるポリエチレン樹脂組成物を変性して得られる請求項1に記載の変性ポリエチレン樹脂組成物。
(I)極限粘度[η]が20?40dL/gの範囲にある超高分子量ポリエチレンを製造する工程
(II)極限粘度[η]が0.3?1.0dL/gの範囲にある低分子量ないし高分子量ポリエチレンを製造する工程
[請求項7]
請求項1に記載の変性ポリエチレン樹脂組成物(A)と、他の樹脂(E)とを含んでなる樹脂組成物。
[請求項8]
ポリアミド樹脂(E1)50?95質量部と、請求項1に記載の変性ポリエチレン樹脂組成物(A)5?50質量部(ポリアミド樹脂(E1)と変性ポリエチレン樹脂組成物(A)の合計量を100質量部とする)を含んでなる請求項7に記載の樹脂組成物。
[請求項9]
ポリアセタール樹脂(E2)80?95質量部と、請求項1に記載の変性ポリエチレン樹脂組成物(A)5?20質量部(ポリアセタール樹脂(E2)と変性ポリエチレン樹脂組成物(A)の合計量を100質量部とする)を含んでなる請求項7に記載の樹脂組成物。
[請求項10]
ポリエステル樹脂(E3)50?95質量部と、請求項1に記載の変性ポリエチレン樹脂組成物(A)5?50質量部(ポリエステル樹脂(E3)と変性ポリエチレン樹脂組成物(A)の合計量を100質量部とする)を含んでなる請求項7に記載の樹脂組成物。
[請求項11]
請求項7に記載の樹脂組成物をその一部または全部に使用してなる成形体。
[請求項12]
摺動部材である、請求項11に記載の成形体。」

「[0001] 本発明は、各種熱可塑性樹脂の耐摩耗性を飛躍的に向上させうる変性ポリエチレン樹脂組成物に関する。」

「[0002] ポリアミド樹脂、ポリアセタール樹脂、ポリエステル樹脂、ポリフェニレンスルフィド樹脂、ポリカーボネート樹脂などに代表されるエンジニアリングプラスチックは、優れた耐熱性、耐油性、成形性、剛性、強靭性などの特徴を有しているため電動工具、一般工業部品、機械部品、電子部品、自動車内外装部品、エンジンルーム内部品、自動車電装部品などの種々の機能部品として広く利用されている。
[0003]
しかしながら、それらの樹脂は、金属材料などに比較すると、摺動特性である摩擦係数が高く、摺動時の発熱により、樹脂自体の溶融、凝着による摩耗が大きく、摺動特性が不充分であった。このため、ポリオレフィン成分などの添加物を配合させて、摺動特性を向上させることが試みられている。」

「[0007] 本発明者らの検討によれば、特許文献1、2に開示された摺動特性改良剤では摺動特性の改良効果が不十分な場合が想定され、さらに高い耐摩耗性、低摩擦係数を達成することが望ましかった。また、摩擦時の発熱を抑制したい要望があった。さらには、100℃程度の比較的高温環境におかれた場合の耐摩耗性が不足していることがわかった。
[0008] すなわち本発明の目的は、ポリアミド、ポリアセタール、ポリエステル、ポリカーボネート等の各種樹脂の耐摩耗性(特に高温環境下の耐摩耗性)を飛躍的に向上させうるポリエチレン樹脂組成物を提供することにある。」

「[0018] [変性ポリエチレン樹脂組成物(A)]
本発明の変性ポリエチレン樹脂組成物(A)は、例えば、超高分子量ポリエチレンと低分子量ないし高分子量ポリエチレンからなるポリエチレン樹脂組成物(B)をグラフト変性して官能基を導入することにより得られる。
[0019] 変性に用いる官能基は、カルボキシル基、アミノ基、水酸基及びシラノール基からなる群より選ばれる。中でも、カルボキシル基、水酸基が好ましく、カルボキシル基が最も好ましい。」

「[0037] 変性前のポリエチレン樹脂組成物(B)に含まれる超高分子量ポリエチレン(C)は、135℃のデカリン溶媒中での極限粘度[η]が、好ましくは20?40dL/g、より好ましくは25?35dL/gである。このような極限粘度[η]の超高分子量ポリエチレンを使用することにより、耐摩耗性等の特性が向上する。」

「[0053] [ポリアミド樹脂(E1)]
ポリアミド樹脂(E1)としては、例えば、ヘキサメチレンジアミン、デカメチレンジアミン、ドデカメチレンジアミン、2,2,4-又は2,4,4-トリメチルヘキサメチレンジアミン、1,3-又は1,4-ビス(アミノメチル)シクロヘキサン、ビス(p-アミノシクロヘキシルメタン)、m-又はp-キシリレンジアミン等の脂肪族ジアミン、脂環式ジアミン又は芳香族ジアミンなどのジアミン類と、アジピン酸、スベリン酸、セバシン酸、シクロヘキサンジカルボン酸、テレフタル酸、イソフタル酸等の脂肪族ジカルボン酸、脂環式ジカルボン酸、芳香族ジカルボン酸などのジカルボン酸類との重縮合によって得られるポリアミド、ε-アミノカプロン酸、11-アミノウンデカン酸等のアミノカルボン酸の縮合によって得られるポリアミド、ε-カプロラクタム、ω-ラウロラクタム等のラクタムから得られるポリアミド、あるいはこれらの成分からなる共重合ポリアミド、さらにはこれらのポリアミドの混合物などが挙げられる。このポリアミド樹脂(E1)の具体例としては、ナイロン6、ナイロン66、ナイロン6110、ナイロン9、ナイロン11、ナイロン12、ナイロン6/66、ナイロン66/610、ナイロン6/11、芳香族ナイロン、ナイロン6T、ナイロン9T、ナイロン10T、MXD6等が挙げられる。」

「[0060] 特に、ポリアミド樹脂(E1)と変性ポリエチレン樹脂組成物(A)を含む樹脂組成物の場合は、ポリアミド樹脂(E1)と変性ポリエチレン樹脂組成物(A)の合計量を100質量部として、ポリアミド(E1)の含有量は、好ましくは50?95質量部、より好ましくは80?90質量部であり、変性ポリエチレン樹脂組成物(A)の含有量は、好ましくは5?50質量部、より好ましくは10?20質量部である。これら範囲にあるとき、摩擦発熱MAX温度の抑制効果が特に高くなる。」

「[0064] [樹脂組成物の摺動特性]
エンジニアリングプラスチック等の樹脂(E)単独あるいは変性超高分子量ポリエチレン単独の場合は高温における摩耗特性に劣るが、樹脂(E)と本発明の変性ポリエチレン樹脂組成物(A)を併用した場合は高温における摩耗特性が予想外に向上するという効果が得られる。これは、変性率が比較的高い海相が樹脂(E)により強固に相溶し、たとえ海相が変形し易いものであっても樹脂(E)によってその変形が抑制され、その結果、島相の物性(特に摺動特性など)を発揮し易い状態を作り出しているものと考えられる。」

「[0112] <ポリエチレン樹脂組成物(B-1)の重合>
充分に窒素置換された攪拌機付24Lのオートクレーブに12Lの精製n-デカンを添加した後、トリエチルアルミニウムをアルミニウム換算で14ミリモル、上記固体状チタン触媒成分をチタン換算で0.3ミリモル加え、十分に撹拌しながら45℃まで昇温しつつ、4.2L/分の速度でエチレンを供給して重合を開始した。オートクレーブの内圧は6kg/cm^(2)・Gに保持した。重合温度は45?46℃に維持した。エチレンを880L供給した時点でエチレンの供給を一旦停止し、内圧が3kg/cm^(2)・Gとなるまで温度を一定に保持した後、速やかに常圧まで脱圧した。(この段階で、得られたスラリーを少量サンプリングし、デカンとヘキサンとで洗浄して白色固体サンプル(1)を得た。)次いで水素を41リットル導入し、温度を85℃に上げつつエチレンを11.6L/分の速度で供給しながら2段目の重合を開始した。全圧を6.4kg/cm^(2)・G、温度は85℃に保持した。
[0113]
エチレンを3800L供給したところで、エチレンの供給を停止し、内圧が3kg/cm^(2)・Gになるまで温度は85℃に保持し、その後、常圧、常温まで脱圧、冷却し、重合終了とした。
[0114]
重合終了後、得られたスラリーから固体状白色固体を分離し、デカン、ヘキサンで洗浄した後、これを80℃で減圧乾燥した。得られた白色固体(ポリエチレン樹脂組成物(B-1))の密度は967kg/cm^(3)、極限粘度[η]は5.73dl/gであった。
[0115]
一方、白色個体サンプル(1)は、極限粘度[η]が28dl/gであった。また、エチレンの供給量より、第1段目で製造した超高分子量ポリエチレンの含有量は19.0質量%である。第2段目で生成した重合体の極限粘度は下記式より推算すると、0.5dl/gであった。
[η]all=[η]A×wtA+[η]B×wtB
[η]all:ポリマー全体(ポリエチレン樹脂組成物)の極限粘度(dl/g)
[η]A:超高分子量ポリエチレンの極限粘度(dl/g)
wtA:超高分子量ポリエチレンの含有量(質量%)
[η]B:低分子量ないし高分子量ポリエチレンの極限粘度(dl/g)
wtB:低分子量ないし高分子量ポリエチレンの含有量(質量%)
[0116] <変性ポリエチレン樹脂組成物(A-1)の製造>
上記で得たポリエチレン樹脂組成物(B-1)100質量部、無水マレイン酸0.8質量部、および有機過酸化物[日本油脂(株)製、商品名パーヘキシン-25B]0.07質量部、をヘキシェルミキサーで混合し、得られた混合物を270℃に設定した100mmφの二軸押出機で、混練時間1分30秒程で溶融グラフト変性することによって、変性ポリエチレン樹脂組成物(A-1)を得た。このグラフト変性ポリエチレン組成物の無水マレイン酸グラフト量をIR分析で測定したところ、0.8質量%であった。また、光学顕微鏡により明確な海島構造が観察された。その島相は1段目の重合体、海相は2段目の重合体と考えられる。その他の分析結果を表1に示す。」

「[0120] [実施例1?3、比較例1]
ポリアミド樹脂(E1)としてPA6(東レ(株)製、アミラン(登録商標)CM1007)と、変性ポリエチレン樹脂組成物(A-1)を表2に示す量使用して、43mmφのベント式二軸スクリュー押出機により200?240℃のシリンダー温度条件で溶融混合してペレットを製造した。こうして得られたペレットを用いて射出成型試験片を作製し、上記した性能を評価した。また、PA6単体での評価も行った。」

「[0123] [実施例4?6、比較例6]
ポリアミド樹脂(E1)としてPA66(デュポン製、ザイテル(登録商標)101L)と、変性ポリエチレン樹脂組成物(A-1)を表2に示す量使用して、43mmφのベント式二軸スクリュー押出機により240?260℃のシリンダー温度条件で溶融混合してペレットを製造した。こうして得られたペレットを用いて射出成型試験片を作製し、上記した性能を評価した。また、PA66単体での評価も行った。」

「[0129] [表1]



「[0130] [表2]



「[0132] 本発明の変性ポリエチレン樹脂組成物は、耐摩耗性、成形性などの特性のバランスに優れているので、これらが要求される用途として、例えば、鋼管、電線、自動車スライドドアレールなどの金属の被覆(積層)、耐圧ゴムホース、自動車ドア用ガスケット、クリーンルームドア用ガスケット、自動車グラスランチャンネル、自動車ウエザストリップなどの各種ゴムの被覆(積層)、ホッパー、シュートなどのライニング用、ギアー、軸受、ローラー、テープリール、各種ガイドレールやエレベーターレールガイド、各種保護ライナー材などの摺動材などに非常に有用である。」

(イ) 甲第3B号証に記載された発明

甲第3B号証の上記(ア)の記載、特に[請求項1]ないし[請求項12]、実施例1ないし6、[0132]の記載を総合すると、甲第3B号証には、次の発明(以下、「甲3B発明」という。)が記載されていると認める。

「ポリアミド樹脂組成物及び変成ポリエチレン樹脂組成物からなる摺動材。」

なお、特許異議申立人Bは、「超高分子量ポリエチレン」を用いることについて記載がある旨主張している(特許異議申立書第15/36頁)が、超高分子量ポリエチレンを含むものとするB-1は、表2の記載から比較例として用いられたものであって実施例として用いたものはないから、甲第3B発明として、「超高分子量ポリエチレン」を用いたものとすることはできない。

(ウ) 甲第4B号証の記載事項

甲第4B号証には次の記載がある。

「【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、新規なポリアミド樹脂組成物ならびに該ポリアミド樹脂組成物からなる成形品、特に駆動部品に関する。さらに詳しくは、優れた摺動特性と凸部などの細部での補強性に優れた特性を有し、耐熱性、寸法安定性、成形加工性などの性能にも優れており、さらに耐薬品性、耐熱老化性にも優れるポリアミド樹脂組成物およびそれからなる成形品、特に駆動部品を提供するものである。
【0002】
【従来の技術とその問題点】ナイロン6、ナイロン66に代表される脂肪族ポリアミドは、耐熱性、耐薬品性、剛性、耐摩耗性、成形加工性などの優れた性質を持つために、エンジニアリングプラスチックとして多くの用途に使用されてきた。特に、耐摩耗性に優れるだけでなく、無潤滑状態でも焼き付きが起こりにくく、また騒音が小さく、軽量性、耐熱性にも優れているため、ギア、ベヤリング、軸受け、ブッシュ、スペーサー、ローラー、カムなどの駆動部品に数多く使用されている。
【0003】プラスチックを定常的に摩擦の生じるような条件下で使用した場合、摩擦熱による温度上昇で、ある限界を超えると、溶融が起こると同時に著しい摩耗や変形を起こし、定常の摩擦運動が続けられなくなる。従来のナイロン樹脂の場合も状況は同じで、過酷な条件下で使用した場合には試料全体の温度が上昇し、最終的には摩耗面全体が溶融する場合もある。さらに、従来のナイロンは吸水性のために寸法が変化したり物性が低下するといった問題点もあり、さらなる性能の向上が望まれている。
【0004】これに対し、最近では1,6-ヘキサンジアミンとテレフタル酸からなるポリアミドを主成分とした6T系ポリアミドや、テトラメチレンジアミンとアジピン酸からなる46ポリアミドが駆動部品などの材料として検討されている。特開昭60-158220号公報、特開昭62-256830号公報などには、6T系ポリアミドを初めとする半芳香族ポリアミドが摺動部品用の成形材料として使用できることが示されている。」

「【0040】動摩擦係数:23℃、絶乾状態にて相手材鋼S45C#600、すべり速度50cm/秒の条件下で動摩擦係数を測定した。」

「【0045】参考例1
テレフタル酸3272.9g(19.70mol) 、1,9-ノナンジアミン3165.8g(20.0mol)、安息香酸73.27g(0.60mol)、ジ亜リン酸ナトリウム-水和物6.5g(原料に対して0.1重量%)および蒸留水6リットルを内容積20リットルのオートクレープに入れ、窒素置換した。100℃で30分間撹拌し、2時間かけて内部温度を210℃に昇温した。この時、オートクレープは22kg/cm^(2) まで昇圧し、その後2時間の間、230℃に温度を保ち、水蒸気を徐々に抜いて圧力を22g/cm^(2) に保ちながら反応させた。次に、30分かけて圧力を10kg/cm^(2) まで下げ、更に1 時間反応させて、極限粘度[η]が0.25dl/gのプレポリマーを得た。これを、100℃、減圧下で12時間乾燥し、2mm以下の大きさまで粉砕した。これを230℃、0.1mmHg下、10時間固相重合し、融点316℃、極限粘度[η]が1.35dl/g、末端封止率90%、白色のポリアミドを得た。
【0046】参考例2?5
参考例1の方法と同様の方法により、テレフタル酸と、1,9-ノナンジアミンおよび2-メチルー1,8-オクタンジアミン(1,9-ノナンジアミン:2-メチル-1,8-オクタンジアミンのモル比が85/15)からなる極限粘度[η]1.00dl/ g、融点308℃のポリアミド(以下、PA9T)を減圧下120℃で24時間乾燥した。これを、二軸押出機(スクリュー径30mm、L/D=28、シリンダー温度=310?330℃、回転数=150rpm)を用いて溶融混錬し、ペレット化した。得られたPA9Tペレットを、シリンダー温度320℃、金型温度100℃で射出成形し、得られた成形品の各種物性値を測定した(参考例2)。得られた結果を下記の表1に示す。また参考例2において、PA9Tの代わりに参考例3?5として1,6-ヘキサンジアミンとテレフタル酸からなるポリアミドを主成分とする6T系ポリアミド(PA6T)、ナイロン46(PA46)およびナイロン66(PA66)を使用したこと以外は参考例2と同様にして成形品を得た。これらの成形品についても各種物性値を同様に評価した。その結果を表1に示す。」

「【0049】
【表1】



イ 対比・判断

本件発明1と甲3B発明とを対比する。
甲3B発明の「ポリアミド樹脂組成物」は、本件発明1の「ベース樹脂」に相当する。また、甲3B発明の「変性ポリエチレン樹脂組成物」は、本件発明1の「酸変性された」「ポリエチレン樹脂を含む」ものであるとともに、甲第3B号証の[0018]、[0019]、[0037]、[0064]の記載から見て、摩耗特性、特に摺動特性に優れたものとするために加えられているものといえるから、本件発明1の「摩擦係数低減剤」に相当するものといえる。さらに、甲3B発明の「摺動材」が、「摺接面」を有する「樹脂部材」であることも明らかである。

してみると両者は、
「ベース樹脂と摩擦係数低減剤とを含有する樹脂材料で形成され且つ摺接面を有する樹脂部材であって、
酸変性されたポリエチレン樹脂を含む樹脂部材」
で一致し、次の点で相違する。

<相違点8>
樹脂部材に関し、本件発明1では、「繊維強化材を含有していない樹脂材料」であるのに対し、甲3B発明では不明である点。

<相違点9>
樹脂部材に関し、本件発明1では、「樹脂材料の温度80℃におけるオイルが介在するWET環境での動摩擦係数と下記式(I)で定義される乗越抵抗指数(RRF)との積が2.00×10^(-6)以下」(「式(I)」は省略)であるのに対し、甲3B発明にはそのような特定がない点。

<相違点10>
ポリエチレン樹脂に関し、本件発明1は、「分子量が100万以上の超高分子量」であるのに対して、甲3B発明では不明である点。

事案に鑑み、相違点9について先ず検討する。
甲第3B号証には、耐摩耗性、成形性などの特性のバランスに優れている旨の記載はあるものの、「樹脂材料の温度80℃におけるオイルが介在するWET環境での動摩擦係数」や式(I)で定義される「乗越抵抗指数(RRF)」について記載も示唆もされていない。また、他の証拠をあわせてみても、当該技術分野において、摺動部材の検討にあたり、「樹脂材料の温度80℃におけるオイルが介在するWET環境での動摩擦係数」と式(I)で定義される「乗越抵抗指数(RRF)」に着目し、その積の値で検討することが、通常行われていることであることを窺わせる事情もない。
なお、特許異議申立人Bは、特許異議申立書の26/36頁ないし31/36頁において、本件特許明細書の表1、表2の値と、本件特許の拒絶査定不服審判における審判請求書の記載との関係をとりあげ縷々主張しているが、いずれも、本件特許明細書と本件特許の拒絶査定不服審判における審判請求書の記載との間の整合性に関する指摘、さらには、本件特許明細書の記載に関する特許異議申立人Bのデータ解釈にとどまるものであり、本件発明1と甲第3B号証等との対比・検討に影響するものではない。
したがって、相違点9に係る発明の特定事項は、当業者が容易に想到し得たものではない。
してみれば、他の相違点については検討するまでもなく、本件発明1は、甲3B発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
よって、特許異議申立人Bのかかる主張は採用できない。

(3) 理由5(サポート要件)について
特許請求の範囲には、μ×RRFが2.00×10^(-6)以下である点が明確にされており、かつ、明細書の発明の詳細な説明の実施例・比較例の記載を通じて、当該指標を満たすことにより、一定の効果が奏されていることが理解できる。したがって、本件特許発明は、明細書に記載されたものであるといえる。
よって、特許異議申立人Bのかかる主張は採用できない。


第7 結論
以上のとおりであるから、取消理由通知に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載した特許異議申立理由によっては、本件請求項1に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件請求項1に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
請求項2、3に係る特許は、上記のとおり、訂正により削除された。これにより、特許異議申立人による特許異議の申立てについて、請求項2、3に係る申立ては、申立ての対象が存在しないものとなったため、特許法第120条の8第1項で準用する同法第135条の規定により却下する。
よって、結論のとおり決定する。

 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ベース樹脂と摩擦係数低減剤とを含有する一方、繊維強化材を含有していない樹脂材料で形成され且つ摺接面を有する樹脂部材であって、
前記樹脂材料の温度80℃におけるオイルが介在するWET環境での動摩擦係数と下記式(I)で定義される乗越抵抗指数(RRF)との積が2.00×10^(-6)以下であり、
前記ベース樹脂は、半芳香族ポリアミド樹脂を含む熱可塑性樹脂であり、
前記摩擦係数低減剤は、酸変性された分子量が100万以上の超高分子量ポリエチレン樹脂を含む樹脂部材。
【数1】

tanδ:周波数200Hz及び温度80℃の試験条件の動的粘弾性試験で測定される損失係数
E’:周波数200Hz及び温度80℃の試験条件の動的粘弾性試験で測定される引張貯蔵弾性率
【請求項2】(削除)
【請求項3】(削除)
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2020-04-06 
出願番号 特願2017-96274(P2017-96274)
審決分類 P 1 651・ 121- YAA (C08L)
P 1 651・ 113- YAA (C08L)
P 1 651・ 537- YAA (C08L)
P 1 651・ 536- YAA (C08L)
最終処分 維持  
前審関与審査官 藤田 雅也長谷川 大輔  
特許庁審判長 加藤 友也
特許庁審判官 大畑 通隆
植前 充司
登録日 2018-12-14 
登録番号 特許第6449371号(P6449371)
権利者 バンドー化学株式会社
発明の名称 樹脂部材  
代理人 特許業務法人前田特許事務所  
代理人 特許業務法人前田特許事務所  

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