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審決分類 審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C22C
審判 全部申し立て 判示事項別分類コード:83  C22C
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  C22C
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  C22C
審判 全部申し立て 2項進歩性  C22C
管理番号 1363144
異議申立番号 異議2018-700565  
総通号数 247 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2020-07-31 
種別 異議の決定 
異議申立日 2018-07-12 
確定日 2020-04-17 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第6270821号発明「ろう付け性に優れたフェライト系ステンレス鋼板、熱交換器、熱交換器用フェライト系ステンレス鋼板、フェライト系ステンレス鋼、燃料供給系部材用フェライト系ステンレス鋼、及び燃料供給系部品」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6270821号の明細書、特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正明細書、訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1?4〕、〔5?7〕、〔8?11〕、〔12?14〕について訂正することを認める。 特許第6270821号の請求項1ないし14に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6270821号の請求項1ないし14に係る特許についての出願は、2014年(平成26年)3月24日(優先権主張 平成25年3月29日 日本国 同年7月17日 日本国)を国際出願日とする出願であって、平成30年1月12日に特許権の設定登録がされ、同年1月31日に特許掲載公報が発行されたものであって、その後の経緯を以下に記す。

平成30年 7月12日 請求項1?14に係る特許に対する特許異議申立
異議申立人 井上 潤
(以下、「申立人」という。)
甲第1?4号証添付
同年10月17日 取消理由通知
(起案日 平成30年10月15日)
同年12月14日 訂正請求書及び証拠説明書並びに意見書
(特許権者)提出 乙第1?2号証添付
平成31年 2月15日 意見書(申立人)提出
同年 3月27日 審判審尋(特許権者へ)
(起案日 平成31年 3月25日)
令和 1年 5月27日 回答書、証拠説明書(特許権者)提出
乙第3?4号証添付
同年 8月30日 審判審尋(申立人へ)
(起案日 令和 1年 8月27日)
同年10月 9日 回答書(申立人)提出
同年11月12日 取消理由通知(決定の予告)
(起案日 令和1年11月 8日)
令和 2年 1月10日 意見書(特許権者)提出
同年 1月28日 上申書(申立人)提出
同年 3月13日 上申書(特許権者)提出
乙第5号証添付

<証拠方法>
○甲第1号証:Handbook of X-ray Photoelectron Spectroscopy、表紙、裏表紙、77頁、1992年発行
○甲第2号証:特許第6157664号公報(平成29年7月5日発行)
○甲第3号証:特開2012-214880号公報
(本件審査時の拒絶理由通知で引用された引用文献1)
○甲第4号証:特開平7-292446号公報
(本件審査時の拒絶理由通知で引用された引用文献2)
○乙第1号証:On the Role of Cr in the Passivity of Stainless Steel,J.Electrochem.Soc.:ELECTROCHEMICAL SCIENCE AND TECHNOLOGY Vol.133,No.12,(December 1986)p2459-2464
○乙第2号証:XPS Characterization of passive films formed on Type 304 stainless steel in humid atmosphere,Corrosion Science 58(2012)p62-68
○乙第3号証:高窒素添加オーステナイト系ステンレス鋼表面のXPSによる解析、相良雅之 外3名、日本金属学会誌第67巻第2号(2003)67-73頁
○乙第4号証:18Cr-8Niステンレス鋼の不働態皮膜のX線光電子スペクトル、杉本克久 外3名、日本金属学会誌第38巻第1号(1974)54-62頁
○乙第5号証:SUS304鋼焼鈍材の脱スケール過程における溶解挙動、木谷滋 外3名、表面技術、Vol.47、No.4、1996、41?45頁

第2 訂正請求について
平成30年12月14日付け訂正請求(以下、「本件訂正請求」という。)について以下で検討する。

1.訂正請求の趣旨
本件訂正の趣旨は、特許第6270821号の明細書、特許請求の範囲を、訂正請求書に添付した訂正明細書、訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項1?14について訂正することを求める、とするものである。

2.訂正事項
以下で下線部は訂正箇所を示す。
(1-1)訂正事項1
請求項1において、訂正前の
「0.6≦d_(f)×Cr_(f)+5(Si_(f)+3Al_(f))≦2.0 ・・・(式1)」及び「d_(f)は単位がnmの皮膜の厚さを示し、3.7nm以上である。」を、
訂正後に
「1.3≦d_(f)×Cr_(f)+5(Si_(f)+3Al_(f))≦2.0 ・・・(式1)」及び「d_(f)は単位がnmの皮膜の厚さを示し、3.7nm以上6.6nm以下である。」とそれぞれ訂正する。
請求項2?4についても同様に訂正する。

(1-2)訂正事項2
願書に添付された本件明細書の【0022】において、訂正前の
「0.6≦d_(f)×Cr_(f)+5(Si_(f)+3Al_(f))≦2.0 ・・・(式1)」及び「d_(f)は単位がnmの皮膜の厚さを示し、3.7nm以上である。」を、
訂正後に
「1.3≦d_(f)×Cr_(f)+5(Si_(f)+3Al_(f))≦2.0 ・・・(式1)」及び「d_(f)は単位がnmの皮膜の厚さを示し、3.7nm以上6.6nm以下である。」とそれぞれ訂正する。

(2-1)訂正事項3
請求項5において、訂正前の
「0.6≦d_(f)×Cr_(f)+5(Si_(f)+3Al_(f))≦2.0 ・・・(式1)」及び「d_(f)は単位がnmの皮膜の厚さを示し、3.7nm以上である。」を、
訂正後に
「1.3≦d_(f)×Cr_(f)+5(Si_(f)+3Al_(f))≦2.0 ・・・(式1)」及び「d_(f)は単位がnmの皮膜の厚さを示し、3.7nm以上6.6nm以下である。」とそれぞれ訂正する。
請求項6?7についても同様に訂正する。

(2-2)訂正事項4
願書に添付された本件明細書の【0025】において、訂正前の
「0.6≦d_(f)×Cr_(f)+5(Si_(f)+3Al_(f))≦2.0 ・・・(式1)」及び「d_(f)は単位がnmの皮膜の厚さを示し、3.7nm以上である。」を、
訂正後に
「1.3≦d_(f)×Cr_(f)+5(Si_(f)+3Al_(f))≦2.0 ・・・(式1)」及び「d_(f)は単位がnmの皮膜の厚さを示し、3.7nm以上6.6nm以下である。」とそれぞれ訂正する。

(3-1)訂正事項5
請求項8において、訂正前の
「0.6≦d_(f)×Cr_(f)+5(Si_(f)+3Al_(f))≦2.0 ・・・(式1)」及び「d_(f)は単位がnmの皮膜の厚さを示し、3.7nm以上である。」を、
訂正後に
「1.2≦d_(f)×Cr_(f)+5(Si_(f)+3Al_(f))≦2.0 ・・・(式1)」及び「d_(f)は単位がnmの皮膜の厚さを示し、3.7nm以上6.7nm以下である。」とそれぞれ訂正する。
請求項9?11についても同様に訂正する。

(3-2)訂正事項6
願書に添付された本件明細書の【0027】において、訂正前の
「0.6≦d_(f)×Cr_(f)+5(Si_(f)+3Al_(f))≦2.0 ・・・(式1)」及び「d_(f)は単位がnmの皮膜の厚さを示し、3.7nm以上である。」を、
訂正後に
「1.2≦d_(f)×Cr_(f)+5(Si_(f)+3Al_(f))≦2.0 ・・・(式1)」及び「d_(f)は単位がnmの皮膜の厚さを示し、3.7nm以上6.7nm以下である。」とそれぞれ訂正する。

(4-1)訂正事項7
請求項12において、訂正前の
「0.6≦d_(f)×Cr_(f)+5(Si_(f)+3Al_(f))≦2.0 ・・・(式1)」及び「d_(f)は単位がnmの皮膜の厚さを示し、3.7nm以上である。」を、
訂正後に
「1.2≦d_(f)×Cr_(f)+5(Si_(f)+3Al_(f))≦2.0 ・・・(式1)」及び「d_(f)は単位がnmの皮膜の厚さを示し、3.7nm以上6.7nm以下である。」とそれぞれ訂正する。
請求項13?14についても同様に訂正する。

(4-2)訂正事項8
願書に添付された本件明細書の【0030】において、訂正前の
「0.6≦d_(f)×Cr_(f)+5(Si_(f)+3Al_(f))≦2.0 ・・・(式1)」及び「d_(f)は単位がnmの皮膜の厚さを示し、3.7nm以上である。」を、
訂正後に
「1.2≦d_(f)×Cr_(f)+5(Si_(f)+3Al_(f))≦2.0 ・・・(式1)」及び「d_(f)は単位がnmの皮膜の厚さを示し、3.7nm以上6.7nm以下である。」とそれぞれ訂正する。

3.訂正の理由
(1)訂正事項1及び3について
ア 訂正事項1及び3は、(式1)のA値(A=d_(f)×Cr_(f)+5(Si_(f)+3Al_(f)))について「0.6≦A≦2.0」から「1.3≦A≦2.0」に訂正して下限を大きくするものであり、また、「皮膜の厚さd_(f)」について「3.7nm以上」から「3.7nm以上6.6nm以下」に訂正して上限を規定するものであるので、共に記載の範囲を限定するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正であり、特許法第120条の5第2項ただし書第1号の規定に適合するものである。

イ 願書に添付された本件明細書の【表2】(【0138】)には、「発明鋼1-4」、「発明鋼1-8」、「発明鋼1-9」、「発明鋼1-11」のA値が、それぞれ「1.3」であることが記載され、「1.3」は【表2】に記載された「発明鋼1-1」?「発明鋼1-12」のA値の内の下限値であることが理解される。
また、【表2】には、「発明鋼1-8」の「皮膜の厚さd_(f)」の値が「6.6」であることが記載され、「6.6」は【表2】に記載された「発明鋼1-1」?「発明鋼1-12」の「皮膜の厚さd_(f)」の値の上限値であることが理解される。
したがって、「皮膜の厚さd_(f)」の値の上限値「6.6」、A値の下限値「1.3」は、願書に添付された本件明細書に記載されていたといえる。
よって、訂正事項1は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であり、特許法第120条の5第9項で準用する第126条第5項に適合するものである。

ウ 上記イから明らかなように、訂正事項1及び3は「皮膜の厚さd_(f)」の数値範囲を更に限定するもので、カテゴリーや対象、目的を変更するものではないから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものには該当せず、特許法第120条の5第9項で準用する第126条第6項に適合するものである。

(2)訂正事項2及び4について
訂正事項2及び4は、それぞれ訂正事項1及び3に係る訂正に伴い、特許請求の範囲と発明の詳細な説明の記載との整合を図るためのものであって、明瞭でない記載の釈明を目的とする訂正であり、特許法第120条の5第2項ただし書第3号の規定に適合するものである。
そして、上記(1)イと同様に、訂正事項2及び4は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であり、特許法第120条の5第9項で準用する第126条第5項に適合するものである。
また、上記(1)ウと同様に、訂正事項2及び4は、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものには該当せず、特許法第120条の5第9項で準用する第126条第6項に適合するものである。

(3)訂正事項5及び7について
ア 訂正事項5及び7は、(式1)のA値(A=d_(f)×Cr_(f)+5(Si_(f)+3Al_(f)))について「0.6≦A≦2.0」から「1.2≦A≦2.0」に訂正して下限を大きくするものであり、また、「皮膜の厚さd_(f)」について「3.7nm以上」から「3.7nm以上6.7nm以下」に訂正して上限を規定するものであるので、共に記載の範囲を限定するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正であり、特許法第120条の5第2項ただし書第1号の規定に適合するものである。

イ 願書に添付された本件明細書の【表4】(【0151】)には、「発明鋼2-2」、「発明鋼2-11」のA値が、それぞれ「1.2」であることが記載され、「1.2」は【表4】に記載された「発明例2-1」?「発明例2-12」のA値の内の下限値であることが理解される。
また、【表4】には、「発明鋼2-1」の「皮膜の厚さd_(f)」の値が「6.7」であることが記載され、「6.7」は【表4】に記載された「発明例2-1」?「発明例2-12」の「皮膜の厚さd_(f)」の値の上限値であることが理解される。
したがって、「皮膜の厚さd_(f)」の値の上限値「6.7」、A値の下限値「1.2」は、願書に添付された本件明細書に記載されていたといえる。
したがって、訂正事項5及び7は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であり、特許法第120条の5第9項で準用する第126条第5項に適合するものである。

ウ 上記イから明らかなように、訂正事項5及び7は数値範囲を更に限定するもので、カテゴリーや対象、目的を変更するものではないから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものには該当せず、特許法第120条の5第9項で準用する第126条第6項に適合するものである。

(4)訂正事項6及び8について
訂正事項6及び8は、それぞれ訂正事項5及び7に係る訂正に伴い、特許請求の範囲と発明の詳細な説明の記載との整合を図るためのものであって、明瞭でない記載の釈明を目的とする訂正であり、特許法第120条の5第2項ただし書第3号の規定に適合するものである。
そして、上記(3)イと同様に、訂正事項6及び8は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であり、特許法第120条の5第9項で準用する第126条第5項に適合するものである。
また、上記(3)ウと同様に、訂正事項6及び8は、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものには該当せず、特許法第120条の5第9項で準用する第126条第6項に適合するものである。

4.一群の請求項について
本件訂正前の請求項1?4について、請求項2?4はそれぞれ請求項1を引用しているものであって、訂正事項1により記載が訂正される請求項1に連動して訂正されるものだから、本件訂正前の請求項1?4は一群の請求項である。
本件訂正前の請求項5?7について、請求項6?7はそれぞれ請求項5を引用しているものであって、訂正事項3により記載が訂正される請求項5に連動して訂正されるものだから、本件訂正前の請求項5?7は一群の請求項である。
本件訂正前の請求項8?11について、請求項9?11はそれぞれ請求項8を引用しているものであって、訂正事項5により記載が訂正される請求項8に連動して訂正されるものだから、本件訂正前の請求項8?11は一群の請求項である。
本件訂正前の請求項12?14について、請求項13?14はそれぞれ請求項12を引用しているものであって、訂正事項7により記載が訂正される請求項12に連動して訂正されるものだから、本件訂正前の請求項12?14は一群の請求項である。
したがって、本件訂正請求は、上記一群の請求項である〔1?4〕、〔5?7〕、〔8?11〕、〔12?14〕にされたものであるから、特許法第120条の5第4項の規定に適合する。
そして、本件訂正請求は、請求項間の引用関係の解消を目的とするものではなく、特定の請求項に係る訂正事項について別の訂正単位とする求めもないから、本件訂正請求は、訂正後の〔1?4〕、〔5?7〕、〔8?11〕、〔12?14〕を訂正単位とする訂正の請求をするものである。

5.特許出願の際に独立して特許を受けることができることについて
本件特許異議申立事件においては、全ての請求項が特許異議申立の請求の対象とされているので、上記訂正事項に関して、特許法第120条の5第9項で読み替えて準用する第126条第7項の独立特許要件は適用されない。

6.本件訂正請求についての結言
以上のとおり、本件訂正請求による訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号及び第3号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第4項、及び同条第9項において準用する同法第126条第4?6項の規定に適合するので、訂正後の請求項〔1?4〕、〔5?7〕、〔8?11〕、〔12?14〕について訂正を認める。

第3 本件発明について
上記のように本件訂正請求が認められるので、特許第6270821号の請求項1?14に係る発明は、それぞれ、その訂正特許請求の範囲の請求項1?14に記載された以下のもの(以下、請求項の順に「本件発明1」?「本件発明14」という。総称して「本件発明」という。また、訂正された明細書を「本件特許明細書」という。)である。下線部は訂正箇所を示す。

【請求項1】
質量%で、C:0.03%以下、N:0.05%以下、Si:0.1%超1%以下、Mn:1.2%以下、Cr:14%以上28%以下、Nb:8(C+N)%以上0.8%以下、及びAl:0.1%以下を含有し、残部がFe及び不可避不純物からなり、表面に式1を満足する皮膜が形成されていることを特徴とするろう付け性に優れたフェライト系ステンレス鋼板。
1.3≦d_(f)×Cr_(f)+5(Si_(f)+3Al_(f))≦2.0 ・・・(式1)
式1において、d_(f)は単位がnmの皮膜の厚さを示し、3.7nm以上6.6nm以下である。Cr_(f)は皮膜中のCrカチオン分率を示し、Si_(f)は皮膜中のSiカチオン分率を示し、Al_(f)は皮膜中のAlカチオン分率を示す。
【請求項2】
更に、質量%で、Ni:5%以下、Cu:1.5%以下、Mo:3%以下のうち何れか1種以上を含有することを特徴とする請求項1記載のろう付け性に優れたフェライト系ステンレス鋼板。
【請求項3】
更に、質量%で、V:0.5%以下、W:1%以下、B:0.005%以下、Zr:0.5%以下、Sn:0.5%以下、Co:0.2%以下、Mg:0.002%以下、Ca:0.002%以下、REM:0.01%以下、Sb:0.5%以下、Ta:0.5%以下、及びGa:0.01%以下のうち何れか1種以上を含有することを特徴とする請求項1または2記載のろう付け性に優れたフェライト系ステンレス鋼板。
【請求項4】
ろう付け接合された部材からなる熱交換部を備え、前記部材は、請求項1?請求項3のいずれか一項に記載のフェライト系ステンレス鋼板からなることを特徴とする熱交換器。
【請求項5】
質量%で、C:0.03%以下、N:0.05%以下、Si:0.1%超1%以下、Mn:1.2%以下、Cr:14%以上28%以下、Nb:8(C+N)%以上0.8%以下、及びAl:0.1%以下を含有し、残部がFe及び不可避不純物からなり、表面に式1を満足する皮膜が形成されていることを特徴とする熱交換器用フェライト系ステンレス鋼板。
1.3≦d_(f)×Cr_(f)+5(Si_(f)+3Al_(f))≦2.0 ・・・(式1)
式1において、d_(f)は単位がnmの皮膜の厚さを示し、3.7nm以上6.6nm以下である。Cr_(f)は皮膜中のCrカチオン分率を示し、Si_(f)は皮膜中のSiカチオン分率を示し、Al_(f)は皮膜中のAlカチオン分率を示す。
【請求項6】
更に、質量%で、Ni:5%以下、Cu:1.5%以下、Mo:3%以下のうち何れか1種以上を含有することを特徴とする請求項5記載の熱交換器用フェライト系ステンレス鋼板。
【請求項7】
更に、質量%で、V:0.5%以下、W:1%以下、B:0.005%以下、Zr:0.5%以下、Sn:0.5%以下、Co:0.2%以下、Mg:0.002%以下、Ca:0.002%以下、REM:0.01%以下、Sb:0.5%以下、Ta:0.5%以下、及びGa:0.01%以下のうち何れか1種以上を含有することを特徴とする請求項5または6記載の熱交換器用フェライト系ステンレス鋼板。
【請求項8】
質量%で、C:0.03%以下、N:0.05%以下、Si:0.1%超1%以下、Mn:1.2%以下、Cr:15%以上23%以下、Nb:8(C+N)+0.1%以上0.8%以下、及びAl:0.1%以下を含有し、残部がFe及び不可避不純物からなり、表面に式2および式3を満足する皮膜が形成されていることを特徴とするフェライト系ステンレス鋼。
1.2≦d_(f)×Cr_(f)+5(Si_(f)+3Al_(f))≦2.0 ・・・(式2)
0.18≦Cr_(f)≦0.5 ・・・(式3)
式2において、d_(f)は単位がnmの皮膜の厚さを示し、3.7nm以上6.7nm以下である。Si_(f)は皮膜中のSiカチオン分率を示し、Al_(f)は皮膜中のAlカチオン分率を示す。式2、式3において、Cr_(f)は皮膜中のCrカチオン分率を示す。
【請求項9】
更に、質量%で、Ni:2%以下、Cu:1.5%以下、Mo:3%以下のうち何れか1種以上を含有することを特徴とする請求項8記載のフェライト系ステンレス鋼。
【請求項10】
更に、質量%で、V:0.5%以下、W:1%以下、B:0.005%以下、Zr:0.5%以下、Sn:0.5%以下、Co:0.2%以下、Mg:0.002%以下、Ca:0.002%以下、REM:0.01%以下、Sb:0.5%以下、Ta:0.5%以下、及びGa:0.01%以下のうち何れか1種以上を含有することを特徴とする請求項8または9記載のフェライト系ステンレス鋼。
【請求項11】
ろう付け接合された部材を備え、前記部材は、請求項8?10のいずれか一項に記載のフェライト系ステンレス鋼からなることを特徴とする燃料供給系部品。
【請求項12】
質量%で、C:0.03%以下、N:0.05%以下、Si:0.1%超1%以下、Mn:1.2%以下、Cr:15%以上23%以下、Nb:8(C+N)+0.1%以上0.8%以下、及びAl:0.1%以下を含有し、残部がFe及び不可避不純物からなり、表面に式2および式3を満足する皮膜が形成されていることを特徴とする燃料供給系部材用フェライト系ステンレス鋼。
1.2≦d_(f)×Cr_(f)+5(Si_(f)+3Al_(f))≦2.0 ・・・(式2)
0.18≦Cr_(f)≦0.5 ・・・(式3)
式2において、d_(f)は単位がnmの皮膜の厚さを示し、3.7nm以上6.7nm以下である。Si_(f)は皮膜中のSiカチオン分率を示し、Al_(f)は皮膜中のAlカチオン分率を示す。式2、式3において、Cr_(f)は皮膜中のCrカチオン分率を示す。
【請求項13】
更に、質量%で、Ni:2%以下、Cu:1.5%以下、Mo:3%以下のうち何れか1種以上を含有することを特徴とする請求項12記載の燃料供給系部材用フェライト系ステンレス鋼。
【請求項14】
更に、質量%で、V:0.5%以下、W:1%以下、B:0.005%以下、Zr:0.5%以下、Sn:0.5%以下、Co:0.2%以下、Mg:0.002%以下、Ca:0.002%以下、REM:0.01%以下、Sb:0.5%以下、Ta:0.5%以下、及びGa:0.01%以下のうち何れか1種以上を含有することを特徴とする請求項12または13記載の燃料供給系部材用フェライト系ステンレス鋼。

第4 甲乙各号証の記載
以下の記載で、「・・・」は記載の省略を示し、下線を当審で付記し、甲乙各号証の記載を簡略化して「甲1」、「乙1」のように記載することがある。

1.甲各号証の記載
(1)甲第1号証
(甲1ア)
甲第1号証は、表題を「Handbook of X-ray Photoelectron Spectroscopy」(当審訳:X線光電子分光法ハンドブック)とする書籍であり、その77頁には以下の表が記載され、同表には、同表記載のCrを含む各種化合物について、Crの「2P_(3/2) Binding Energy(eV)」(当審訳:2P_(3/2) 結合エネルギー(eV))が記載されている。


(2)甲第2号証
甲第2号証には、「フェライト系ステンレス鋼およびその製造方法」(【発明の名称】)に関する発明において、当該鋼板表面のXPSによる表面分析について次のことが記載されている。
(甲2ア)
「【0078】
この鋼板から幅10mm、長さ10mmの試験片を切り出した後、ろう付け熱処理を模擬した熱処理として、表2に示すN_(2)を含む種々の気圧の雰囲気中で、1150℃で10min熱処理を施した。以降の説明において、上記熱処理をろう付け熱処理と呼ぶ。熱処理後の試験片について、X線光電子分光法(XPS:X-ray Photoelectron Spectroscopy)による表面分析を行うとともに、Arスパッタリングを併用することにより深さ分析も行った。
【0079】
酸化皮膜は530eVに現れるO1sピークのピーク強度が最大値の半分の値になる深さまでとし、酸化皮膜中の各元素の濃度は、最表面から酸化皮膜がなくなる深さまでの濃度の平均値とした。また、母材は706.7eVに現れる金属Feの2p_(3/2)ピークの値が一定値になる深さからとした。Nbについては、203eVに現れる3d_(5/2)ピークを金属Nb、204eVに現れるピークをNbCおよびNbN、207.5eVに現れるピークをNb_(2)O_(5)として定量計算を行った。なお、XPSによって得られたピークから皮膜の最表面から3nmまでのNbの化学状態は、ほとんどNb_(2)O_(5)であることがわかった。」

(3)甲第3号証
甲第3号証には、「排熱回収器用フェライト系ステンレス鋼および排熱回収器」に関する発明において、次のことが記載されている。
(甲3ア)
「【0056】
本発明のステンレス鋼は、フェライト系ステンレス鋼を製造する一般的な工程を行うことにより製造できる。例えば、転炉又は電気炉で上記の化学組成を有する溶鋼とし、AOD炉やVOD炉などで精練して、連続鋳造法又は造塊法で鋼片とした後、熱間圧延-熱延板の焼鈍-酸洗-冷間圧延-仕上げ焼鈍-酸洗の工程を経て製造される。必要に応じて、熱延板の焼鈍を省略してもよいし、冷間圧延-仕上げ焼鈍-酸洗を繰り返し行ってもよい。
【0057】
次に、本発明の排熱回収器について説明する。本発明の排熱回収器は、ろう付け接合により部材が組み立てられてなる熱交換部を備えたものである。本発明の排熱回収器の熱交換部は、本発明のフェライト系ステンレス鋼の表面に、Cr、Nb、Si、Alをカチオン分率の合計で40%以上含む酸化皮膜が形成されているものからなる。
【0058】
本発明の排熱回収器の製造方法は、例えば一般的な加工工程を行うことにより、本発明のフェライト系ステンレス鋼からなる部材を形成する工程と、部材をN_(2)を含む10^(-2)?1torrの真空雰囲気もしくはH_(2)雰囲気中で熱処理してろう付け接合することにより熱交換部を形成する組み立て工程とを含む。このような組み立て工程を行うことにより、フェライト系ステンレス鋼からなる部材の表面に、Cr、Nb、Si、Alをカチオン分率の合計で40%以上含む酸化皮膜が形成された熱交換部が得られる。」

(4)甲第4号証
甲第4号証には、「熱交換器用フェライト系ステンレス鋼」に関する発明において、次のことが記載されている。
(甲4ア)
「【0025】
【実施例】以下に本発明を実施例によってさらに詳しく検討する。表2に、本発明鋼および比較鋼の化学成分を示す。それぞれの材料を試験的に10kg大気溶製し、鍛造、冷間圧延、焼鈍酸洗を施し、1.0 mm厚の試験材を作製した。・・・」

2.乙各号証の記載
(1)乙第1号証
乙第1号証は、表題を「On the Role of Cr in the Passivity of Stainless Steel」(当審訳:ステンレス鋼の不働態におけるCrの役割)とする学術論文であり、次のことが記載されている。
(乙1ア)
「Experimental」(2459頁左欄24?56行)の記載


(乙1イ)乙1アの当審訳
この報告で調査した主たるステンレス鋼はSUS304であり、その成分組成は表1で与えられる。他の二つの鋼種についてのいくつかの情報が、SUS304で発見された傾向を強調するために与えられる。これらの二つの鋼種についてはそれらを主題として他の報告で述べる。
試験片は、XPS用(7×10×1mm)、RHEED用(3×4×0.5mm)で、予め排気した水晶管内で密封され、1100℃で3時間焼鈍された後で、水晶管を水中で破砕することで水冷された。その後で試験片は600グリットから1μmのクロム酸化物で研磨仕上げされた。
分極処理が、通常のグリーンセルにおいて0.5MのH_(2)SO_(4 )又は0.5MのH_(2)SO_(4)と0.35MのNaClを用いて行われ、アルゴンガスを2時間パージすることで脱気された。全てのポテンシャルは飽和カロメル電極(SCE)を基準として計測された。試験片は、-0.60V(SCE)で15分間カソード的に分極され、研磨されている膜が還元された。試験片は、それから+0.25Vでパルス印加され、特定時間維持された。この不動態化では3つの期間が考慮され、それらは1分、1時間、3時間である。これら全体の操作は、アルゴンガスでパージされたグローブボックス内で行われた。我々は、以前に、不動態化したばかりの試験片が特定の雰囲気下でたどる変化は、保護膜の鉄成分の僅かな構造変化をもたらすことを示した。不働態化処理の後で、試験片をセルから取り出し、脱気した二重蒸留水で洗い、アルゴンガス中で乾燥し、RHEED又はXPSのホルダーに設置した。試験片はアルゴンガス下でグローブボックスから試験装置へ移動させた。RHEEDとXPSの分析は、それぞれ別々の新規に用意された試験片で実行された。

(乙1ウ)
上記記載は、Table1に記載の「304SS」(SUS304)の化学成分組成(w/o Cr18.18 Ni8.48 Mn1.75 Si0.5 Mo0.36 C0.051 N0.05 S0.005 P0.028 Balance Fe)を有する試験片に、「不働態化処理」を行ったものであり、さらに酸洗を施すことについて記載はない。

(乙1エ)
そして、当該試験片のXPSスペクトルを測定してFig.2の結果を得たものであり、次のことが記載(2460頁左欄17?24行)が記載されている。


(乙1オ)乙1エの当審訳
調べられたそれぞれの膜のCの2P^(3/2)のスペクトルは、Cr_(2)O_(3)、CrOOH、Cr(OH)_(3)、CrO_(3)、CrO_(4)^(2-)の各要素から構成されていた。50°(当審注:「takeoff angle」でありXPSの入射角度)のときのCの2P^(3/2)のスペクトル(Fig.2)とO1sのスペクトル(Fig.1)は、Cr_(2)O_(3)は金属(当審注:ステンレス母材のこと)と膜の界面に存在することを示唆する。CrO_(3)スペクトルは50°のときにCrO_(4)^(2-)よりも顕著である。それゆえ、CrO_(3)はCr_(2)O_(3)相の中に存在し、CrO_(4)^(2-)はCrOOH相又はCr(OH)_(3)相の中に存在することは明らかである。

(乙1カ)
以下にFig.2を記す。


(乙1キ)乙1カのFig.2の説明文の当審訳
図2 図1と同じアノード酸化皮膜から観察されたCの2P^(3/2)の光電子スペクトル。
A.0.5M H_(2)SO_(4)にて0.25V(SCE)で1時間処理した304SSに対して入射角10°の場合
B.Aにおいて入射角が50°の場合
C.0.5M H_(2)SO_(4) 及び 0.35M NaClにて0.25V(SCE)で1時間処理した304SSに対して入射角50°の場合
D.Cと同じ条件のFe-19Cr-9Ni-2.5Mo合金の場合
(以下、結合エネルギーについて)
1.金属Cr:574.1eV
2.Cr_(2)O_(3):576.3eV
3.CrOOH/Cr(OH)_(3) :577.0eV
4.CrO_(3):578.1eV
5.CrO_(4):579.3eV

(乙1ク)
上記の記載を併せてみると、Fig.2から、Cの2P^(3/2)のXPSスペクトルについて、当該試験片の「不働態化皮膜」から、結合エネルギーがそれぞれ「金属Cr:574.1eV」「Cr_(2)O_(3):576.3eV」「CrOOH/Cr(OH)_(3) :577.0eV」「CrO_(3):578.1eV」「CrO_(4):579.3eV」である各成分とそれぞれのスペクトルの強度がFig.2に示されるとおりであるものが検出されたことがみてとれる。

(2)乙第2号証
乙第2号証は、表題を「XPS characterization of passive films formed on Type 304 stainless steel in humid atmosphere」(当審訳:加湿雰囲気下での304ステンレス鋼の不動態被膜のXPS解析)とする学術論文であり、次のことが記載されている。
(乙2ア)
「2.Experimental」(62頁右欄下から16行?下から3行)の記載


(乙2イ)乙2アの当審訳
試験片材質はSUS304であり、その化学組成は表1に示されている。試験片は機械的に研削され、それから2000グリットのSiCペーパーを用いて乾式で研磨仕上げされた。研磨された試験片は、所望の相対湿度と温度に維持された容器に3ヶ月密封された。実験環境の相対湿度は飽和塩溶液により調整された。表2は、30℃と60℃での、種々の塩を含む飽和溶液に曝される雰囲気により達成される平衡状態での相対湿度を示す。いくつかの実験では、塩素の影響を調べるために、塩素を含む薄い水膜が曝露試験に先立って形成された。0.1MのNaCl溶液が、試験片がスピンコーターを使用して2000rpmで回転しているところへ10秒間注がれた。

(乙2ウ)
「2.Experimental」(62頁右欄下から2行?63頁左欄13行)の記載
After the exposure test,specimens were rinsed with distilled water and then dried in an air stream using a blower.For the specimen covered with water layer containing chloride,the surface was observed with an optical microscope in order to examine the occurrence of pitting corrosion.XPS measurements were carried out using an XPS-7000 spectrometer (Rigaku,Takatsuki,Osaka)without any sputtering technique.・・・The range of binding energy and repeated times of acquisition for each element are listed in Table 3 and 4.
Obtained spectra were separated into some chemical states using a deconvolution software attached to XPS-7000 system.

(乙2エ)乙2ウの当審訳
曝露試験(当審注:乙2イを参照)の後、試験片は蒸留水で洗浄され、ブロワーを用いた空気流で乾燥された。塩素を含む水層で覆われた試験片について、穿孔腐食の発生を確かめるために、その表面が光学顕微鏡で観察された。XPSの計測は、XPS-7000(大阪、高槻、理学社)を用いることにより、スパッタ技術を用いずに実施された。・・・結合エネルギーの範囲とデータ取得の繰り返し回数はそれぞれの要素について表3,4に示す。
得られたスペクトルは、XPS-7000に付属する解析ソフトウエアを用いて、いくつかの化学状態に分離された。

(乙2オ)
以下に、Table1、Table2、Table4、Fig.1を示す。


(3)乙第3号証
乙第3号証は、表題を「高窒素添加オーステナイト系ステンレス鋼表面のXPSによる解析」とする学術論文であり、以下のことが記載されている。
(乙3ア)
「主成分」が「23%Cr-4%Ni-1%N」である「窒素添加ステンレス鋼」(68頁左欄5?6行)について、68頁右欄下から2行?69頁左欄12行には次の記載がある。
「3.2 窒素添加ステンレス鋼の表面分析
人工海水中、-100mVにおいて2h定電位分極した23%Cr-4%Ni-1%N鋼表面のXPSによるワイドスキャンスペクトルをFig.3に示す.Fe,Ni,Cr,N,O,Cのそれぞれのピークが検出され、主にFeが富化した酸化皮膜を形成していると考えられた.
また同様の条件でのNi,Fe,Cr,O,Nのピーク近傍におけるナロースキャンスペクトルをFig.4に示す.・・・Cr,Fe,Niの2P_(3/2)スペクトルは金属状態のピークと酸化物状態のピークがそれぞれ現れた.CrおよびFe酸化物は主に3価の状態であると考えられた.」

(乙3イ)
以下に、Fig.3及びFig.4(c)を示す。


(4)乙第4号証
乙第4号証は、表題を「18Cr-8Niステンレス鋼の不動態被膜のX線光電子スペクトル」とする学術論文であり、次のことが記載されている。
(乙4ア)
実験試料、その処理、および測定について、55頁左欄下から5行?56頁左欄3行には、次の記載がある。
「II.実験方法
1.試料
試料としては市販の18Cr-8Ni鋼(SUS304)・・・を用いた.・・・18Cr-8Ni鋼の不働態化処理は、硫酸でpHを2.0に調節した1M-Na_(2)SO_(4)溶液中で定電位的にアノード酸化することによって行った。すなわち、試料を溶液に浸漬してから直ちに5mA/cm^(2)の電流で5min間表面をカソード処理した後、-0.55Vから+1.50Vまでの一連の電位に60min保持した。・・・
2.装置
X線光電子分光器は国際電気製KES-X-2001型であり・・・XPSスペクトルの測定においては・・・不動態被膜の構成元素を分析する場合、FeとCrについては2P_(1/2)と2P_(3/2)スペクトル・・・を測定した。・・・
III.実験結果
1.18Cr-8Ni鋼のXPSスペクトル
pH=2.0の1M-Na_(2)SO_(4)溶液中で種々の電位で不動態化させた18Cr-8Ni鋼について・・・Cの2P_(1/2),_(3/2)・・・のXPSスペクトルの皮膜形成電位による変化をFig.1(a)?(d)に示す。」
なお、不働態化処理の後にさらに酸洗を施すことについて記載はない。

(乙4イ)
以下にFig.1(b)を示す。


(乙4ウ)
Fig.1(b)から、Crの2P_(3/2)のXPSスペクトルについて、上記の「不働態化処理」を行った「18Cr-Ni鋼」の不働態化皮膜には、「574.4eVのピーク」と「577.3eVのピーク」があることがみてとれる。

(乙4エ)
(乙4ウ)の二つのピークがどのような物質に由来するものかについて、60頁左欄下から9行?同頁右欄5行には次の記載がある。
「Cr:18Cr-8Ni鋼のCの2P_(3/2)スペクトルに現れた二つのピークのうち高結合エネルギ側の577.3eVのピークは、Cr_(2)O_(3)およびCrO_(2)のCの2P_(3/2)ピークの結合エネルギと一致する。本実験の条件下では、Cr_(2)O_(3)からCrO_(2)が生成する反応の平衡電位(約0.92V)は、Cr_(2)O_(3)がCr_(2)O_(7)^(2-)イオンとなって溶解する反応の平衡電位(約+0.78V)よりも貴であることから、不動態被膜中にIV価のCrが存在する可能性は少ないと思われる。したがって、不動態被膜中のCrはCr_(2)O_(3)の中のCrと同じ状態(Cr^(3+))にあると考えられる。また、低結合エネルギ側の574.4eVピークは、純Crをエメリー紙で研摩後直ちに測定したCの2P_(3/2)スペクトルにおいて著しく強く現れる低結合エネルギ側のピーク(574.2eV)と一致する。すなわち、574.4eVのピークは金属状態のCrに由来すると考えられる。」

(乙4オ)
なお、乙第4号証には、「pH=2.0の1M-Na_(2)SO_(4)溶液中で+0.60V,60min不働態化処理した純Cr・・・について測定した・・・Cの2P_(3/2)・・・の各スペクトルをFig.9に示す。」(乙第4号証59頁右欄12?13行)と記載され、Fig.9(b)(59頁)には「577.5eV」のピークが確認でき、これは「CrOOH/Cr(OH)_(3)」のピークである可能性があるが、同ピークは「純Cr」についてのもので、ステンレス鋼についてのものではないから、Fig.9については本件の判断に採用されない。

(5)乙第5号証
乙第5号証は、表題を「SUS304鋼焼鈍材の脱スケール過程における溶解挙動」とする学術論文であり、次のことが記載されている。
(乙5ア)
一般のステンレス鋼について、41頁左欄1?7行には次の記載がある。
「1.緒言
代表的オーステナイト系ステンレス鋼であるSUS304鋼薄板の工業生産において、冷間圧延後の鋼帯は、通常、炭化水素ガスを燃料とする燃焼加熱炉で高温に加熱して焼きなました後、表面に生成した酸化スケールを中性塩電解法や硝フッ酸浸せき法によって連続的に除去し、酸洗い仕上げされる。」

(乙5イ)
「3.実験結果 3.2 脱スケール過程での表面の変化」(44頁左欄5行?10行)には次の記載がある。
「図5は溶解過程における酸化物の状態をXPSによって追跡した結果であるが、これより焼鈍ままの表面ではFeは酸化物の形で存在するが、中性塩電界による溶解が進むにつれて金属状態のものが多くなり、硝フッ酸浸せき後は金属がさらに多くなることがわかった。」と記載されている。

(乙5ウ)
以下に図5(Fig.5)を示す。


(乙5エ)乙5ウの図5説明文の当審訳
表面状態が焼鈍まま又は焼鈍後に酸処理したSUS304ステンレス鋼表面のXPSによるFe、Cr、Mn、Siについてのスペクトル線図であり、図中で、四角い実線で囲まれた数値、四角い破線で囲まれた数値は、それぞれ、20%Na_(2)SO_(4)溶液中での電解時間、8%HNO_(3)-0.7%HF溶液中での浸せき時間を意味する。

(乙5オ)
図5右上の「Cr」についてのXPSスペクトル線図において、
42s+20s(20%Na_(2)SO_(4)溶液中で42秒間電解後に、8%HNO_(3)-0.7%HF溶液中で20秒間浸せき)の場合をみると、577ev付近と、少しだが574ev付近に、それぞれピークの存在をみてとることができる。

第5 異議申立理由
申立人は、異議申立理由として上記「第1 <証拠方法>」に基づく以下の概要の記載要件違反並びに予備的に新規性及び進歩性の欠如を主張し、本件特許は取り消されるべき旨を申立てた。

<異議申立理由1>(明確性要件、実施可能要件、サポート要件)(異議申立書8-10頁「(4-3-1)理由1」)
本件各請求項に係る発明は次の(式1)(式2)(両者は同一の式)を特定事項としている。
0.6≦d_(f)×Cr_(f)+5(Si_(f)+3Al_(f))≦2.0・・・(式1)(式2)
しかし、本件明細書の記載からCr酸化物の定量方法が不明であって、(式1)、(式2)の「d_(f)」の値が一義的に決められないため、本件各請求項に係る発明は、本件明細書の記載により裏付けられていないので、発明の詳細な説明に記載されたものとはいえず、また、発明の詳細な説明は当業者が本件各請求項に係る発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に発明が記載されたものとはいえず、(式1)(式2)の「d_(f)」の値は明確でない。 したがって、本件請求項1、5、8、12及びこれらをそれぞれ引用する本件請求項2?4、6及び7、9?11、13及び14に係る特許は、同請求項の記載が特許法第36条第6項第1号又は同第2号の規定に適合せず、また、同請求項に係る発明の詳細な説明が特許法第36条第4項第1号の規定に適合しないので、取り消されるべきものである。

<異議申立理由2>(サポート要件)(異議申立書10頁「(4-3-2)理由2」)
上記(式1)(式2)の下限値である「0.6」は本件明細書の記載により裏付けられていないので、発明の詳細な説明に記載されたものとはいえない。
したがって、本件請求項1、5、8、12及びこれらをそれぞれ引用する本件請求項2?4、6及び7、9?11、13及び14に係る特許は、同請求項の記載が特許法第36条第6項第1号の規定に適合しないので、取り消されるべきものである。

<異議申立理由3>(サポート要件)(異議申立書10頁「(4-3-3)理由3」)
本件各請求項に係る発明は、「式1において、d_(f)は単位がnmの皮膜の厚さを示し、3.7nm以上である。」ことを特定事項とするところ、その上限値は規定されていないが、酸化皮膜の厚さが大きすぎれば、その還元除去が困難になることから、発明の詳細な説明に記載されたものとはいえない。 したがって、本件請求項1、5、8、12及びこれらをそれぞれ引用する本件請求項2?4、6及び7、9?11、13及び14に係る特許は、同請求項の記載が特許法第36条第6項第1号の規定に適合しないので、取り消されるべきものである。

<異議申立理由4>(実施可能要件)(異議申立書11頁「(4-3-4)理由4」)
本件明細書【0041】には「母材の溶解と共にSi酸化物を除去する」方法について具体的な手法が明記されておらず、甲第3号証(主として【0056】)、甲第4号証(主として【0025】)に記載された従来の処理条件と峻別できず、発明の詳細な説明は当業者が本件発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に発明が記載されたものとはいえない。
したがって、本件請求項1、5、8、12及びこれらをそれぞれ引用する本件請求項2?4、6及び7、9?11、13及び14に係る特許は、同請求項に係る発明の詳細な説明が特許法第36条第4項第1号の規定に適合しないので、取り消されるべきものである。

<異議申立理由4の2>(新規性及び進歩性の欠如)(異議申立書12頁「(4-3-4’)予備的主張」)
異議申立理由4で論じたように、本件各請求項に係る発明は「母材の溶解と共にSi酸化物を除去する」方法が明らかでなく、結果として、甲第3号証(主として【0056】)、甲第4号証(主として【0025】)に記載された従来技術は上記式(1)(2)を満たし、本件各請求項に係る発明と区別できないから、本件各請求項に係る発明は、甲第3号証又は甲第4号証に記載された発明であって特許法第29条第1項第3号に該当し、また、甲第3号証又は甲第4号証に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるので特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができない。
したがって、本件請求項1、5、8、12及びこれらをそれぞれ引用する本件請求項2?4、6及び7、9?11、13及び14に係る特許は、取り消されるべきものである。

<異議申立理由5>(明確性要件)(異議申立書12頁「(4-3-5)理由5」)
C,N,Mn,Al(請求項1、5、8、12)、Ni,Cu,Mo(請求項2、6、9、13)、V,W,B,Zr,Sn,Co,Mg,Ca,REM,Sb,Ta,Ga(請求項3、7、10、14)は必須成分であるが下限値が規定されておらず、「0」すなわち当該成分を含まない場合を含む規定になっているから、当該規定を含む本件発明は、上記各成分が必須成分でありながら、それら成分が含まれない場合も包含することになるので、そのような本件発明は明確でない。
したがって、本件請求項1、5、8、12及びこれらをそれぞれ引用する本件請求項2?4、6及び7、9?11、13及び14に係る特許は、同請求項に係る発明の詳細な説明が特許法第36条第6項第2号の規定に適合しないので、取り消されるべきものである。

第6 当審の判断
当審は、上記異議申立理由を検討した結果、異議申立理由1?3を取消理由1?3として(取消理由通知 平成30年10月15日起案)通知したが、特許権者からの意見書(平成31年12月14日)、回答書(令和1年5月27日)によっても解消しなかったので、取消理由通知(決定の予告 令和1年11月8日起案)で取消理由1のみを通知した。
以下に、取消理由1?3についての判断を記す。

1.取消理由2及び3について
取消理由2(異議申立理由2)については、(式1)の下限が、本件発明1?7について「1.3」に、本件発明8?14について「1.2」に訂正され、取消理由2(異議申立理由2)は解消した。
取消理由3(異議申立理由3)については、「皮膜の厚さd_(f)[nm]」の上限が、本件発明1?7について「6.6」に、本件発明8?14について「6.7」に訂正され、取消理由3(異議申立理由3)は解消した。

2.取消理由1について
2-1.取消理由1(異議申立理由1)についての当審の結論
ア 本件特許明細書には以下の記載がある。
ア(ア)「【0045】・・・d_(f)は、角度分解法により求められる。具体的には、X線光電子分光法(XPS)により、取り出し角45度と90度で測定を行い、Crのピーク形状変化からCr-Oの膜厚を求める。これは、酸化皮膜がFe、Crの混合酸化物であり、皮膜の内層側にCrが濃化していることによる。」
ア(イ)「【0132】[素材の表面皮膜分析]X線光電子分光法(XPS)により、素材の表面皮膜を分析した。XPSはアルバック・ファイ社製である。使用X線源にmono-AlKα線を用い、X線ビーム径が約100μmであり、取り出し角が45度と90度である条件で実施した。XPSにおける最表面の定量分析結果から、Crカチオン分率Cr_(f)、Siカチオン分率Si_(f)およびAlカチオン分率Al_(f)を求めた。ここでカチオンは金属元素のみを対象とした。また、酸化皮膜の厚さd_(f)は、角度分解法により求めた。」(【0147】にも【0132】と同様の記載がある。)

イ 上記の記載に基づいて(式1)(式2)は計算されるところ、取消理由1は、「d_(f)」の求め方について本件特許明細書の記載が十分でなく、一義的に決められないことから、実施可能要件、サポート要件、明確性要件を欠くというものである。
より詳細には、本件発明のステンレス鋼表面において、「Fe、Crの混合酸化物」である「酸化皮膜」の膜厚d_(f)を求めるのに、CrについてのX線光電子分光法(XPS)を用いる際に、「酸化皮膜」を構成する種々の化合物の結合エネルギーのピークが観測されるはずで、それらがどのようなもので、どのピークを分離すれば「d_(f)」として「Crのピーク形状変化からCr-Oの膜厚を求める」ことができるのか明らかでないというものである。

ウ 上記イの点について、乙各号証の記載から見て、ステンレス鋼の表面で、XPS法で得られるCrの2P_(3/2)の結合エネルギー(eV)について、同エネルギーのピークに応じて「金属Cr」、「Cr_(2)O_(3)」、「CrOOH/Cr(OH)」等の成分が存在し、同ピークに応じて成分毎に分離できること、ピーク分離にあたり、(a)「CrOOH/Cr(OH)_(3) 」に由来するピークが現れない場合には、「CrOOH/Cr(OH)_(3) 」に由来するピークをゼロとみなし、(b)同ピークが僅かに現れるが酸化皮膜の厚みd_(f)の結果に影響しない場合には、同ピークを無視し、(c)同ピークが現れて酸化皮膜の厚みd_(f)の結果に影響する場合には、同ピークを分離してピークの大きさを特定することは、技術常識といえる。
そして、本件発明のステンレス鋼表面についても、上記技術常識が当然に適用されるところ、本件発明においては、最終的に酸洗を経ていることから、同表面で「CrOOH/Cr(OH)_(3)」に由来するピークが存在する可能性は極めて低いから、上記技術常識における(a)又は(b)の場合に相当するので、同ピークをゼロ又は無視して扱い、「金属Cr」と「Cr_(2)O_(3)」とに由来するピークを分離することで、「皮膜の厚さ」を求めることができるのは明らかである、と当審は判断する。

エ したがって、ピーク分離して定量するための具体的な手法は技術常識といえるものであり、(式1)(式2)の値を一義的に決めることができるから、本件特許明細書の発明の詳細な説明は、当業者が本件発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に発明が記載されたものといえる。
また、(式1)(式2)の値を本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載に基づいて一義的に決めることができるから、本件発明の組成範囲内のステンレス鋼板等は発明の詳細な説明に記載されているものである。
そして、(式1)(式2)は、上記技術常識に基づき、ステンレス鋼表面のXPS法で得られるCrの2P_(3/2)の結合エネルギー(eV)のピークにおいて分離されるものであり、その手法は明確だから、(式1)(式2)の求め方が不明確だから特許請求の範囲は明確でないとはいえない。
よって、本件請求項1、5、8、12及びこれらをそれぞれ引用する本件請求項2?4、6及び7、9?11、13及び14に係る特許は、同請求項の記載が特許法第36条第6項第1及び2号の規定に適合し、また、同請求項に係る発明の詳細な説明が特許法第36条第4項第1号の規定に適合するので、取り消されるべきものでない。

以下「2-2.」?「2-6.」に、上記結論となる理由を記す。

2-2.乙第1?4号証に記載された技術手段について
(1)乙第1号証について
ア 乙第1号証には、上記乙第1号証の記載事項(乙1ア)?(乙1ク)の点が記載されている。

イ 同(乙1ア)?(乙1ウ)から、乙第1号証においては、表面が不働態化処理され、その後硝フッ酸処理していないステンレス鋼について、その表面をXPS法で測定したものであるといえる。

ウ すると、同(乙1エ)?(乙1ク)から、乙第1号証には、0.5MのH_(2)SO_(4 )又は0.5MのH_(2)SO_(4)と0.35MのNaClを用いて-0.60V(SCE)で15分間カソード的に分極され、それから+0.25Vでパルス印加され、特定時間維持することで不働態化処理され、その後硝フッ酸処理していないステンレス鋼表面において、Crの2P^(3/2)のXPSスペクトルを調べると、「金属Cr:574.1eV」「Cr_(2)O_(3):576.3eV」「CrOOH/Cr(OH)_(3) :577.0eV」「CrO_(3):578.1eV」「CrO_(4):579.3eV」である各成分が観測されることが記載されているといえる。

(2)乙第2号証について
ア 乙第2号証には、上記乙第2号証の記載事項(乙2ア)?(乙2オ)の点が記載されている。

イ 同(乙2ア)?(乙2エ)から、乙第2号証においては、「SUS304」(ステンレス鋼)の試験片が、30℃と60℃の温度で、いくつかの塩の飽和溶液を用いた特定の湿潤環境下に曝されることが記載されており、これは試験片を腐食環境下におくものであることは明らかである。
そして、当該試験片において、Crの2P_(3/2)のXPSスペクトルについて測定され、同(乙2オ)のTable4の各元素の化学状態の結合エネルギーとFig.1の中段の「Cの2P_(3/2)」についての二つの図から、Cr^(3+)(ox)とCr(met)のスペクトルと、それらよりは強度の低いCr^(3+)(hyd)のスペクトルが検出されたことが記載されている。
ここで、Cr(met)は金属Crにあたり、Cr^(3+)(ox)はCr_(2)O_(3)にあたり、Cr^(3+)(hyd)の「hyd」はhydroxide(水酸化物)のことだから、Cr^(3+)(hyd)は、CrOOH/Cr(OH)_(3) にあたる。

ウ すると、乙第2号証には、0.1MのNaCl溶液による腐食環境下に置かれたステンレス鋼表面において、Crの2P^(3/2)のXPSスペクトルを調べると、金属Cr、Cr_(2)O_(3)、CrOOH/Cr(OH)_(3) である各成分が観測されることが記載されているといえる。

(3)乙第3号証について
ア 乙第3号証には、上記乙第3号証の記載事項(乙3ア)?(乙3イ)の点が記載されている。

イ 同(乙3ア)(乙3イ)から、乙第3号証においては、窒素添加ステンレス鋼の試験片が人工海水に曝されることが記載されており、これは試験片を腐食環境下におくものであることは明らかである。
そして、当該試験片において、Crの2P_(3/2)のXPSスペクトルについて測定され、Fig.3及びFig.4(c)にみられるように、「Met.Cr」(金属Cr)と、酸化物状態は主に3価のものであることから「Cr_(2)O_(3)」(酸化物)が観測されることが記載されている。

ウ すると、乙第3号証には、人工海水による腐食環境下に置かれたステンレス鋼表面において、Crの2P^(3/2)のXPSスペクトルを調べると、金属Cr、Cr_(2)O_(3)である各成分が観測されることが記載されているといえる。

(4)乙第4号証について
ア 乙第4号証には、上記乙第4号証の記載事項(乙4ア)?(乙4イ)の点が記載されている。

イ 同(乙4ア)から、乙第4号証においては、表面が不働態化処理され、その後硝フッ酸処理していないステンレス鋼について、その表面をXPS法で測定したものであるといえる。

ウ そして、同(乙4イ)?(乙4エ)から、乙第4号証には、硫酸でpHを2.0に調節した1M-Na_(2)SO_(4)溶液中で定電位的にアノード酸化することにより不働態化処理され、その後硝フッ酸処理していないステンレス鋼表面において、Crの2P^(3/2)のXPSスペクトルを調べると、「金属Cr:574.4eV」「Cr_(2)O_(3):577.3eV」である各成分が観測されることが記載されているといえる。

2-3.乙第1?4号証に記載された技術常識について
ア 上記「2-2.(1)?(4)」から、乙第1号証と乙第4号証は、不働態化処理されたステンレス鋼表面のXPS法で得られるCrの2P_(3/2)の結合エネルギーについて記載され、乙第2号証と乙第3号証は、腐食環境下に置かれたステンレス鋼表面のXPS法で得られるCrの2P_(3/2)の結合エネルギーについて記載されるものであるところ、表面状態により変化するものの、ステンレス鋼表面のXPS法で得られるCの2P_(3/2)の結合エネルギーについて、そのピークに対応して「金属Cr」、「Cr_(2)O_(3)」、「CrOOH/Cr(OH)」等の成分が存在することが理解される。

イ すると、上記(1)?(4)から、種々の表面状態のステンレス鋼の表面で、XPS法で得られるCrの2P_(3/2)の結合エネルギー(eV)について、同エネルギーのピークに応じて「金属Cr」、「Cr_(2)O_(3)」、「CrOOH/Cr(OH)」等の成分が存在し、同ピークに応じて成分毎に分離できることは技術常識であり、ピーク分離にあたり、(a)「CrOOH/Cr(OH)_(3) 」に由来するピークが現れない場合には、「CrOOH/Cr(OH)_(3) 」に由来するピークをゼロとみなし、(b)同ピークが僅かに現れるが酸化皮膜の厚みd_(f)の結果に影響しない場合には、同ピークを無視し、(c)同ピークが現れて酸化皮膜の厚みd_(f)の結果に影響する場合には、同ピークを分離してピークの大きさを特定することも当然のことであって、技術常識ということができる。

ウ 本件発明においても当然に上記技術常識が適用されるから、本件発明のステンレス鋼の酸化皮膜においてXPS法で得られるCrの2P_(3/2)の結合エネルギーについて「金属Cr」、「Cr_(2)O_(3)」、「CrOOH/Cr(OH)」等に由来するピークが存在し、同ピークに応じて成分毎に分離できること、ピーク分離にあたり、(a)「CrOOH/Cr(OH)_(3) 」に由来するピークが現れない場合には、「CrOOH/Cr(OH)_(3) 」に由来するピークをゼロとみなし、(b)同ピークが僅かに現れるが酸化皮膜の厚みd_(f)の結果に影響しない場合には、同ピークを無視し、(c)同ピークが現れて酸化皮膜の厚みd_(f)の結果に影響する場合には、同ピークを分離してピークの大きさを特定すればよいことは明らかである。

エ しかし、更に具体的には、本件発明において、「CrOOH/Cr(OH)_(3) 」に由来するピークについて、上記(a)?(c)のどれにあたるかまでは、乙第1?4号証の記載から窺うことはできない。

2-4.本件発明のステンレス鋼の表面状態について
そこで、本件発明のステンレス鋼の表面状態について検討する。
本件発明のステンレス鋼の表面である上記「酸化被膜」について、本件特許明細書の記載をみると、本件発明のステンレス鋼の表面処理について次の記載がある。

ア 「【0121】ここで述べた工程のうち、本実施形態で規定する組成の皮膜を表面に形成するには、仕上焼鈍及び酸洗の条件に留意することが好ましい。特に、仕上げ焼鈍工程および酸洗工程において、ろう付け性を劣化させるSi酸化物およびAl酸化物の生成を抑制することが好ましい。本実施形態において、酸洗工程は複数の工程を組み合わせて行ってもよい。具体的には、第一の工程としてソルト法もしくは中性塩電解法を行い、第二の工程として硝酸電解を行う。第三工程として、硝ふっ酸への浸漬が追加される場合がある。また、第二工程として、硝ふっ酸への浸漬を行ってもよい。」と記載されている。

イ また、実施例の記載をみると、次の記載がある。
イ(ア) 「【0128】(実施例1) 表1に示す化学組成を有する溶鋼30kgを真空溶解炉にて溶製して17kgの扁平鋼塊を作製した。次いで、加熱温度1200℃にて厚さ4.5mmまで鋼塊を熱延した。950℃にて熱延板の焼鈍を行い、次いで、アルミナショットによりスケールを除去して板厚1mmまで熱延板を冷延した。その後、仕上焼鈍を行い、ソルト法および硝ふっ酸への浸漬によりスケールを除去した。
【0129】仕上焼鈍温度は表1に示す温度とし、保定時間は1分とした。
ソルト法としては、NaOHを主成分とする市販のデスケール用アルカリソルトを加熱して鋼板をアルカリソルトに浸漬する方法を用い、加熱温度を表1に示す温度とし、浸漬時間を5秒とした。硝ふっ酸への浸漬においては、55℃に加熱した3%HF-10%HNO_(3)溶液を用い、鋼板をこの溶液に10秒間浸漬した。こうして得られた冷延鋼板(発明鋼1-1?1-12、比較鋼1-1?1-5)を用いて、ろう拡がり性を評価すると共に素材の表面皮膜を分析した。」

イ(イ) 「【0139】(実施例2) 表3に示す化学組成を有する溶鋼30kgを真空溶解炉にて溶製して17kgの扁平鋼塊を作製した。次いで、加熱温度1200℃にて厚さ4.5mmまで鋼塊を熱延した。得られた熱延板に対して950℃にて熱延板の焼鈍を行い、次いで、アルミナショットによりスケールを除去し、板厚1mmまで熱延板を冷延した。その後、得られた冷延板に対して仕上げ焼鈍を行い、ソルト法および硝ふっ酸への浸漬によりスケールを除去(酸洗)した。
【0140】仕上焼鈍温度は表4に示す温度とし、保定時間は1分とした。
ソルト法としては、NaOHを主成分とする市販のデスケール用アルカリソルトを加熱して鋼板をアルカリソルトに浸漬する方法を用いた。ソルト法では、ソルトの加熱温度を表4に示す温度とし、浸漬時間を5秒とした。
硝ふっ酸浸漬においては、55℃に加熱した3%HF-10%HNO_(3)溶液を用い、鋼板をこの溶液に10秒間浸漬した。
こうして得られた冷延鋼板(発明鋼2-1?2-12、比較鋼2-1?2-7)を用いて、強度、耐食性、ろう拡がり性を評価すると共に、素材の表面皮膜を分析した。なお、発明鋼2-4は、比較鋼2-6と同じ組成である。」

ウ 上記ア、イでみたように、本件発明のステンレス鋼表面の(式1)又は(式2)を満たす「酸化被膜」は、仕上焼鈍後に酸洗を経て形成されるものといえる。
すると、上記「2-3.イ」の技術常識に基づけば、ステンレス鋼の表面で、XPS法で得られるCrの2P_(3/2)の結合エネルギー(eV)が、同エネルギーに応じて種々の成分、すなわち、「金属Cr」「Cr_(2)O_(3)」「CrOOH/Cr(OH)_(3) 」等に由来するピークが存在するであろうところ、本件発明のステンレス鋼表面には、最終的に酸洗を経ていることから、同表面でCrの2P_(3/2)のXPSスペクトルを観測したときに、Crの水酸化物である「CrOOH/Cr(OH)_(3)」に由来するピークが存在する可能性は極めて低いものといえる。
すると、「CrOOH/Cr(OH)_(3)」に由来するピークは上記技術常識の(a)又は(b)の場合に相当し、同ピークをゼロ又は無視して扱い、「金属Cr」と「Cr_(2)O_(3)」とに由来するピークを分離することで、「皮膜の厚さ」を求めることができるのは明らかであるといえる。
このことは、次に述べる乙第5号証の記載からも裏付けられる。

2-5.乙第5号証について
ここで乙第5号証についてみてみる。
ア 乙第5号証には上記乙第5号証の記載事項(乙5ア)?(乙5オ)の点が記載されている。

イ 同(乙5ア)には、工業生産されるステンレス鋼の表面処理は最終的に酸洗を経ていることが普通であることが記載され、同(乙5イ)?(乙5エ)には、硝フッ酸による酸処理を経たステンレス鋼の表面でXPS法で得られるCrの2P_(3/2)の結合エネルギー(eV)が計測されたところ、577ev付近と574eV付近のピークが観察されたことが記載されている。

ウ 上記577ev付近と574eV付近のピークについて、同(乙1キ)には、結合エネルギーの値として、「金属Cr:574.1eV」「Cr_(2)O_(3):576.3eV」「CrOOH/Cr(OH)_(3) :577.0eV」であることが記載されており、乙第5号証におけるステンレス鋼の表面が酸処理を経ていることを考慮すれば、Crの水酸化物である「CrOOH/Cr(OH)_(3) 」に由来するピークが存在する可能性は極めて低いから、上記577ev付近と574eV付近のピークは「Cr_(2)O_(3)」と「金属Cr」に由来するものといえる。

エ すると、乙第5号証には、酸洗されたステンレス鋼の表面をXPS法で得られるCrの2P_(3/2)の結合エネルギー(eV)が計測されると「CrOOH/Cr(OH)_(3) 」に由来するピークが存在する可能性は極めて低く、当該ピークは「金属Cr」と「Cr_(2)O_(3)」とに由来するピークが観測されることが記載されているものといえる。

オ そうであれば、上記「2-4.ア イ」から、本件発明のステンレス鋼表面も最終的に酸洗を経るから、表面をXPS法で得られるCrの2P_(3/2)の結合エネルギー(eV)が計測されると「金属Cr」と「Cr_(2)O_(3)」とに由来するピークが観測され、「CrOOH/Cr(OH)_(3) 」に由来するピークが存在する可能性は極めて低いものといえることは、乙第5号証の記載により裏付けられているといえる。

カ すなわち、「2-1.ウ」「2-3.イ」の技術常識に基づけば、種々の表面状態のステンレス鋼の表面で、XPS法で得られるCrの2P_(3/2)の結合エネルギー(eV)について、同エネルギーのピークに応じて「金属Cr」、「Cr_(2)O_(3)」、「CrOOH/Cr(OH)」等の成分が存在し、同ピークに応じて成分毎に分離でき、(a)「CrOOH/Cr(OH)_(3) 」に由来するピークが現れない場合には、「CrOOH/Cr(OH)_(3) 」に由来するピークをゼロとみなし、(b)同ピークが僅かに現れるが酸化皮膜の厚みd_(f)の結果に影響しない場合には、同ピークを無視し、(c)同ピークが現れて酸化皮膜の厚みd_(f)の結果に影響する場合には、同ピークを分離してピークの大きさを特定することは技術常識である。
そして、本件発明のステンレス鋼表面についても、上記技術常識が当然に適用されるところ、最終的に酸洗を経る本件発明のステンレス鋼表面については、酸洗により「CrOOH/Cr(OH)_(3) 」に由来するピークが存在する可能性は極めて低いから、XPS法で得られるCrの2P_(3/2)の結合エネルギー(eV)のピークにおいて、上記(a)又は(b)の場合に相当するので、「CrOOH/Cr(OH)_(3) 」に由来するピークをゼロとみなすか無視して、「金属Cr」と「Cr_(2)O_(3)」とに由来するピークを分離することで、「皮膜の厚さ」を求めることができるのは明らかといえる。

2-6.結言
以上から、上記「2-1.ウ エ」のように結論づけることができるものである。

3.申立人の主張について
申立人の提出した特許異議申立書、意見書(平成31年2月15日提出)、回答書(令和1年10月9日提出)、上申書(令和2年1月28日提出)を勘案すると、異議申立理由1に関して、申立人の主張の概略と当審の判断は以下のとおりである。

3-1.申立人の第1の主張について
(申立人の主張)
甲第2号証は本件出願後の出願であるが、本件出願後でさえも、Nbに関する記述とはいえ、ピークで分離して定量することが必須である旨記載されているのだから、甲第1号証に、574eV乃至580eVの範囲のピーク値には、Cr,CrNitride(CrN,Cr_(2)N),Cr酸化物,Cr(OH)_(3),CrOOH等が存在することが示されていることを考慮すれば、本件発明におけるCrにおいても同様であろうと推測される。
すなわち、Crの場合も、どのピークで分離して定量するか、定量化の具体的手法を明示しない限り、Cr酸化物の定量方法が不明確となり、d_(f)の値、即ち式(1)の値を一義的に決めることはできないと思料されるが、明細書には、焼鈍、酸洗後の表面の皮膜に関して、上記の成分の内、どの成分がどの程度残存しているか記載も示唆もされていないのみならず、ピークで分離して定量することに関する具体的な手法が開示も示唆も一切されていない。

(当審の判断)
上記「2.2-1.ウ」「2.2-3.イ」で述べたように、ステンレス鋼の表面で、XPS法で得られるCrの2P_(3/2)の結合エネルギー(eV)が、同エネルギーに応じて種々の成分、すなわち、「金属Cr」「Cr_(2)O_(3)」「CrOOH/Cr(OH)_(3) 」等に由来するピークが存在し、それらのピーク分離をすること、分離にあたり、(a)「CrOOH/Cr(OH)_(3) 」に由来するピークが現れない場合には、「CrOOH/Cr(OH)_(3) 」に由来するピークをゼロとみなし、(b)同ピークが僅かに現れるが酸化皮膜の厚みd_(f)の結果に影響しない場合には、同ピークを無視し、(c)同ピークが現れて酸化皮膜の厚みd_(f)の結果に影響する場合には、同ピークを分離してピークの大きさを特定することは、技術常識であり、これは、申立人の主張を認めて、当該主張は技術常識であることを示したものであるから、申立人の主張は解消したものであり、申立人の上記主張は、本件特許の取消理由とならない。

3-2.申立人の第2の主張について
(申立人の主張)
特許権者は、乙第1?4号証を提出して、XPS法で得られるCrの2P_(3/2)の結合エネルギー(eV)のピークにおいて、同エネルギーに応じてピーク分離することは技術常識であることを主張するが、それが技術常識であるとしても、ピーク分離の際に、どのピークを分離するのかは不明であり、特に、本件発明において、フェライト系ステンレス鋼板の表面に現れるCr(金属状態)、Cr_(2)O_(3)、CrOOH/Cr(OH)_(3)のピークとして観察される場合に、どのようにピーク分離すればよいのかは依然として不明である。
それゆえ、本件特許は取り消されるべきものである。

(当審の判断)
上記「2.2-1.ウ」「2.2-3.イ」で述べたように、ステンレス鋼の表面で、XPS法で得られるCrの2P_(3/2)の結合エネルギー(eV)が、同エネルギーに応じて種々の成分、すなわち、「金属Cr」「Cr_(2)O_(3)」「CrOOH/Cr(OH)_(3) 」等に由来するピークが存在し、それらのピーク分離をすること、分離にあたり、(a)「CrOOH/Cr(OH)_(3) 」に由来するピークが現れない場合には、「CrOOH/Cr(OH)_(3) 」に由来するピークをゼロとみなし、(b)同ピークが僅かに現れるが酸化皮膜の厚みd_(f)の結果に影響しない場合には、同ピークを無視し、(c)同ピークが現れて酸化皮膜の厚みd_(f)の結果に影響する場合には、同ピークを分離してピークの大きさを特定することは、技術常識であるから、ピーク分離の手法については明らかである。
本件発明においても当該技術常識は適用されるものであり、本件発明は、最終的に酸洗を経ていることから、同表面で「CrOOH/Cr(OH)_(3)」に由来するピークが存在する可能性は極めて低いから、上記技術常識における(a)又は(b)の場合に相当するので、同ピークをゼロ又は無視して扱い、「金属Cr」と「Cr_(2)O_(3)」とに由来するピークを分離することで、「皮膜の厚さ」を求めることができるのは明らかである。
よって、本件発明においてピークの手法は明らかであるから、申立人の主張は採用できない。

第7 取消理由として通知しなかった異議申立理由について
異議申立理由4、4の2、5については取消理由として通知しなかったので以下に検討する。

1.異議申立理由4(実施可能要件)(異議申立書11頁「(4-3-4)理由4」)について
(1)申立人の主張の概要
ア 本件明細書には本件発明を実施するための「母材の溶解と共にSi酸化物を除去する」方法に関して具体的な手法が明記されていない。
特許権者は、本件審査時の平成29年11月2日付け意見書(4頁)において、本件明細書【0075】の記載を引用し、「本願請求項1における式1を満足する皮膜を形成するには、仕上焼鈍及び酸洗の条件に留意することが望ましい。」と主張している。
そこで同【0041】の記載を確認すると、本件発明に係るフェライト系ステンレス鋼板を得るために、酸洗工程において、母材の溶解と共にSi酸化物を除去するか、Si酸化物が溶解可能なアルカリ中で鋼を処理する工程が有効であることが記載されている。
しかし、本件明細書には、鋼を母材の溶解と共にSi酸化物を除去可能な酸液のみで鋼を処理することにより、本件発明に係るフェライト系ステンレス鋼板を得ることができる具体的な処理条件の記載はなく、しかも、鋼を母材の溶解と共にSi酸化物を除去可能な酸液のみで鋼を処理した実施例は何も示されていない。実施例で示されているのは、ソルト法による「Si酸化物が溶解可能なアルカリ中で鋼を処理する工程」のみである。
すなわち、本件発明に係る「フェライト系ステンレス鋼板」を得るためには、酸洗の条件に留意する必要があるにもかかわらず、その留意すべき具体的な条件が本件明細書に開示されていないのであるから、本件明細書には、当業者が本件発明を容易に実施することができる程度に記載されていないといわざるを得ない。
よって、請求項1?14記載の発明は、特許法第36条第4項第1項で規定する実施可能要件を充足していない。

イ また、上記の甲第3号証の記載事項(甲3ア)、甲第4号証の記載事項(甲4ア)に記載されるように、本件明細書に記載された処理工程は、それらの処理工程と区別できない。
したがって、本件明細書には、本件発明に係るフェライト系ステンレス鋼を得るための具体的かつ従来公知の処理条件と峻別できる処理条件が開示されていないのであるから、その処理条件を明らかにして本件発明を実施可能とするためには当業者に過度な試行錯誤を強いることは明らかだから、本件明細書は、当業者が本件発明を容易に実施することができる程度に記載されていないといわざるを得ない。

(2)当審の判断
実施可能要件の判断基準としては、物の発明における発明の実施とは、その物を生産、使用等をする行為をいうから(特許法第2条第3項第1号)物の発明については、明細書にその物を製造する方法についての具体的な記載が必要であるが、そのような記載がなくても明細書及び図面の記載並びに出願当時の技術常識に基づき当業者がその物を製造することができるのであれば、実施可能要件を満たすということができるとされている。(知財高裁平25.4.11、平24(行ケ)第10299号)
そこで、物の発明である本件発明について、発明の詳細な説明にその物を製造する具体的な記載があるか、そのような記載がなくても、発明の詳細な説明の記載及び出願当時の技術常識に基づき当業者がその物を製造することができるかという観点から、実施可能要件について、以下に検討する。

イ 本件明細書【0041】には「仕上焼鈍に続く酸洗工程は、焼鈍で生成した(Fe、Cr)酸化物を溶解除去することが主たる目的であるが、同時に下地の母材も-部溶解する。Si酸化物は中性?酸性域では安定なため、母材の溶解と共にSi酸化物を除去するか、Si酸化物を溶解可能なアルカリ中で鋼を処理するのが有効である。母材と共にSi酸化物を酸洗により溶解除去するには、酸洗液の高温化、高濃度化や酸洗時間の長時間化が考えられる。またアルカリ中でSi酸化物を溶解するには、例えば、ソルト法(NaOHを主成分とする市販のデスケール用アルカリソルトを加熱して鋼をアルカリソルトに浸漬する方法)の高温化および長時間化が考えられる。」と記載されている。

ウ 当該記載によれば、「母材と共にSi酸化物を酸洗により溶解除去する」ための条件として、「酸洗液の高温化、高濃度化や酸洗時間の長時間化」、「アルカリ中でSi酸化物を溶解するには、例えば、ソルト法(NaOHを主成分とする市販のデスケール用アルカリソルトを加熱して鋼をアルカリソルトに浸漬する方法)の高温化および長時間化」を明示しており、「Si酸化物」のみならず「母材」の-部までも溶解除去することが「酸洗液の高温化、高濃度化や酸洗時間の長時間化」、「ソルト法の高温化および長時間化」により可能になるであろうことは十分に想定されることであるから、その詳細な実施条件(浸漬する液の具体的な温度、濃度、浸漬時間等)は、鋼の組成、熱処理、表面処理等に応じて、当業者に過度の試行錯誤を要求せずに明らかになる程度のものといえる。

エ また、申立人は甲第3号証、甲第4号証にフェライト系ステンレス鋼の製造方法として「冷間圧延」「焼鈍」「酸洗」がこの順で記載されており、本件発明の処理工程と区別できないから、本件発明のフェライト系ステンレス鋼板はその製造方法が不明なため実施できない旨主張する。
しかし、本件明細書の【0076】には、「前記したように、酸洗工程において、特にSi酸化物の除去に有用なのがソルト法であり、高温化と長時間化がより有効である。このうち長時間化は、設備が同-の場合、ライン速度を低下させることになる。これは、ソルト槽前における材料の温度低下につながると共に、生産性を低下させる。
ソルト法の温度に関しては、ソルトの劣化が530℃以上で起こることが知られているため、通常450?480℃程度の温度のソルトに鋼板は浸漬される。しかし、本実施形態の場合、通常よりもソルト法での温度を高く設定する。具体的には、ソルトの温度を490℃以上とすることが好ましく、500℃以上とするとより効果的であり、500℃以上530℃以下の温度範囲で鋼板を浸漬することが望ましい。
浸漬時間は2秒以上10秒以下とすることが望ましい。ただし、ソルトの高温化は、表面性状の劣化につながりやすく、かつCr含有量の多いステンレス鋼板ほど劣化しやすい。このため、T×(10t+2[Cr])/100≦600(ここで、T:温度(℃)、t:時間(sec)、[Cr]:Cr含有量(質量%))を満足することが望ましい。」と記載され、酸洗工程でのソルト法の温度、浸漬時間が通常とは異なることが記載されている。

オ また、同【0077】には、「このようにソルト法がSi酸化物の濃化を抑制するために最も有用であるが、Si酸化物を含めスケールの生成量そのものを抑制するためには、仕上焼鈍温度を低下することが望ましい。-般に仕上焼鈍温度は材料の化学組成や要求される機械的性質等に応じて選定される。本実施形態の場合には、所望の機械的性質を得るために、通常の仕上焼鈍温度から5?20℃低めとするのが効果的であり望ましい。具体的には、仕上焼鈍温度は、1000℃以下が望ましく、970?990℃とするとさらに望ましい。仕上焼鈍温度の下限温度に関しては、冷延板を仕上焼鈍して再結晶組織を有する金属組織とし、所望の機械的性質を具備することができればよい。」と記載され、焼鈍温度が通常とは異なることが記載されている。
すると、本件発明は、これらの製造条件の下に製造された特定の物性を有する「フェライト系ステンレス鋼板」に関する「物」の発明であり、製造方法において甲第3号証、甲第4号証に記載のフェライト系ステンレス鋼の製造方法としての「冷間圧延」「焼鈍」「酸洗」とは異なり、かつ、上記【0076】【0076】の記載であれば本件発明を十分実施できるものといえる。

カ したがって、本件発明は実施可能要件を満足し、特許法第36条第4項第1号の規定に適合するから、異議申立理由4は採用できない。

2.異議申立理由4の2(新規性進歩性要件)(異議申立書12頁「(4-3-4’)予備的主張」)について
(1)申立人の主張の概要
本件明細書には「鋼を母材の溶解と共にSi酸化物を除去可能な酸液のみで鋼を処理することにより、本件特許発明に係るフェライト系ステンレス鋼板を得ることができる」旨記載されているものの、詳細且つ具体的な処理条件は提示されていない。そのことは、取りも直さず、結果的に、甲第3号証(引用文献1)、甲第4号証(引用文献2)のフェライト系ステンレス鋼もまた、本発明の式(1)(式2)の条件を満たすということ、即ち、本件特許発明は、いずれも、甲第3号証、甲第4号証に基づいて新規性進歩性が欠如していることを、特許権者自ら主張していることになる。

(2)当審の判断
上記の「1.異議申立理由4(2)当審の判断」で検討したように、本件発明と甲第3号証、甲第4号証に記載された技術手段とは、製造方法が異なり、製造された「フェライト系ステンレス鋼板」という「物」に差違がある。
また、甲第3号証、甲第4号証には、本発明の式(1)式(2)が耐食性とろう付け性の指標になることについては記載も示唆も無い。
すると、甲第3号証、甲第4号証に記載の技術手段は本件発明にあたるものではなく、また、甲第3号証、甲第4号証に記載された技術手段において、ソルトの温度を高くして浸漬時間を調整し、焼鈍温度を低めとすることの動機付けはなく、そのようにすることが容易に想到し得ることともいえない。
したがって、本件発明は甲第3号証、甲第4号証に記載されたものではなく、また、甲第3号証、甲第4号証に記載された技術手段から容易に発明をすることができたものでもない。
したがって、本件発明は新規性進歩性の要件を満足し、特許法第29条第1項第3号及び同条第2項の規定に該当しないから、異議申立理由4の2は採用できない。

3.異議申立理由5(明確性要件)(異議申立書12頁「(4-3-5)理由5」)について
(1)申立人の主張の概要
C,N,Mn,Al(請求項1、5、8、12)、Ni,Cu,Mo(請求項2、6、9、13)、V,W,B,Zr,Sn,Co,Mg,Ca,REM,Sb,Ta,Ga(請求項3、7、10、14)は必須成分であるが下限値が規定されておらず、「0」すなわち当該成分を含まない場合を含む規定になっているから、当該規定を含む本件発明は、上記各成分が必須成分でありながら、それら成分が含まれない場合も包含することになる。
この点で、成分系の記載の末尾には「・・・を含有し」とあり、下限値を記載していない成分についても、その成分を含有すること(その成分を含まない発明は包含していないこと)を示唆しているような記載にも見えるが、特許請求の範囲には、発明が明確に理解できる程度に記載されていなければならないことから必須成分の下限値を明記する必要があると思料する。
したがって、そのような本件発明は明確でない。
したがって、本件発明に係る特許は、同発明に係る発明の詳細な説明が特許法第36条第6項第2号の規定に適合しないので、取り消されるべきものである。

(2)当審の判断
C,N,Mn,Al(請求項1、5、8、12)、Ni,Cu,Mo(請求項2、6、9、13)、V,W,B,Zr,Sn,Co,Mg,Ca,REM,Sb,Ta,Ga(請求項3、7、10、14)は、本件明細書の各成分についての説明(【0051】?【0073】、【0097】?【0119】)から必須成分であり、不可避的不純物ではない。
したがって、上記各成分は不可避的不純物とはいえない分量で、必須成分として包含されているといえる。
すると、上記各成分は、必須成分であり、当該成分は必ず含有されており含有量がゼロでないことは明らかであるから下限値を記載する必要はなく、本件発明は明確である。
したがって、本件発明に係る特許は、特許法第36条第6項第2号の規定に適合するから、異議申立理由5は採用できない。

第7 むすび
以上のとおりであるから、当審の取消理由及び異議申立理由によっては、訂正後の本件請求項〔1?4〕、〔5?7〕、〔8?11〕、〔12?14〕に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件請求項〔1?4〕、〔5?7〕、〔8?11〕、〔12?14〕に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。

 
発明の名称 (54)【発明の名称】
ろう付け性に優れたフェライト系ステンレス鋼板、熱交換器、熱交換器用フェライト系ステンレス鋼板、フェライト系ステンレス鋼、燃料供給系部材用フェライト系ステンレス鋼、及び燃料供給系部品
【技術分野】
【0001】
本発明は、ろう付け接合により組み立てられる部材の素材として使用されるフェライト系ステンレス鋼板、並びにこれを用いた熱交換器及び燃料供給系部品に関する。
本願は、2013年3月29日に日本に出願された特願2013-071740号及び2013年7月17日に日本に出願された特願2013-148951号に基づき優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
近年、自動車分野においては、環境問題に対する意識の高まりから、排ガス規制がより強化されると共に、炭酸ガス排出抑制に向けた取り組みが進められている。また、バイオエタノールやバイオディーゼル燃料といった燃料面からの取り組みに加え、より一層の軽量化や、排出ガス再循環装置(EGR(Exhaust Gas Recirculation))、DPF(Diesel Particulate Filter)、尿素SCR(Selective Catalytic Reduction)システムといった排ガス処理装置を設置する取り組みが実施されている。さらに、燃費向上を目的として、排気熱を熱回収する排熱回収器も搭載されはじめている。
【0003】
このなかで、EGRクーラでは、エンジン冷却水を用いてエンジンの排ガスを冷却し、次いで排ガスを吸気側に戻して再燃焼させる。これにより燃焼温度を下げ、有毒ガスであるNO_(x)を低減させる。また、排熱回収器は、排ガスでエンジン冷却水を加熱してヒータやエンジンの暖機に活用するシステムであり、排気熱再循環システムとも呼ばれる。これにより、ハイブリッド車では、コールドスタートからエンジンストップまでの時間が短縮され、特に冬季において、燃費向上に寄与している。
【0004】
更に給湯機器分野においても、環境対応型の機器の普及に応じて、熱交換器の適用が広がっている。ガス給湯器では、従来そのまま排気していた150?200℃程度の高温排ガスからの潜熱を回収するために、ステンレス鋼製の二次熱交換器を追加した潜熱回収型ガス給湯器の普及が進んでいる。また電気温水器も従来はヒータを内蔵するタイプであったが、電気エネルギーを1/3以下に低減可能なCO_(2)冷媒ヒートポンプ式給湯器;通称エコキュート(登録商標)への切換が進んでおり、ここにも熱交換器が使用されている。
【0005】
このような熱交換器には、良好な熱効率が要求され熱伝導性が良好であるとともに、排ガスと接するため排ガス凝縮水に対して優れた耐食性が要求される。自動車部品の場合、冷却水の漏れという重大な事故につながる可能性のあるEGRクーラや排熱回収器には、より一層の安全性が求められ、より優れた耐食性が要求される。また、熱交換部の構造は複雑なことから、溶接接合により組み立てられる場合もあるが、ろう付け接合により組み立てられる場合もある。ろう付け接合により組み立てられる熱交換部の材料には、良好なろう付け性が必要となる。
【0006】
熱交換器に用いられる材料は、一般にSUS304やSUS316Lといったオーステナイト系ステンレス鋼が用いられるが、熱伝導率に加え、耐粒界腐食性や耐応力腐食割れ性の観点からフェライト系ステンレス鋼が注目されている。
【0007】
特許文献1には、C:0.01%以下、Cr:10.5?13.5%、N:0.05%以下、及びTi、NbおよびTaの少なくとも1種を含み、ろう付け充填材料によって湿潤されることを特徴とするフェライトステンレス鋼が開示されている。ここで、Ti量は湿潤性に影響することから0.12%以下に規定しており、ろう付けの見地からは無添加が望ましいとしている。
【0008】
特許文献2には、C:0.03%以下、Si:0.02?1.5%、Mn:0.02?2%、Cr:10?22%、Nb:0.03?1%、Al:0.5%以下、N:0.05%以下を含有するろう付け性に優れたフェライト系ステンレス鋼が開示されている。特許文献2では、Ti、N、Alの関係式からTiおよびAlの量を制限することにより、ろう付け性を確保している。
【0009】
特許文献3には、C:0.03%以下、Si:0.1%を超え1%以下、Mn:2%以下、P:0.05%以下、S:0.03%以下、Cr:16?25%、Nb:0.15?0.8%、Ti:0.03%以下、Al:0.03%以下、N:0.03%以下を含有するろう付け用フェライト系ステンレス鋼が開示されている。特許文献3では、Tiに加えAl添加量をさらに厳しく制限することにより、特に水素雰囲気におけるろう付け性を確保している。
【0010】
EGRクーラや排熱回収器等に備えられる熱交換器には、優れた耐食性が要求されるため、一般にCr量の多いフェライト系ステンレス鋼が適用される。ステンレス鋼は、表面にCrに富む不働態皮膜を形成して耐食性を発現しているが、Cr量の多い材料ほど保護性の高い皮膜が形成される。一方、ろう付け時にはこの不働態皮膜をいったん還元除去する必要がある。しかし、従来、ステンレス鋼、特に高Crのステンレス鋼に形成される不働態皮膜の還元特性は考慮されていなかった。
【0011】
また、年々厳しさを増す排ガス規制や燃費規制に対応すべく、自動車分野においても対応が進められている。その一つとしてエンジンの直噴化がある。エンジンを直噴化することにより、低燃費化と出力向上が同時に実現可能であるとともに、排ガスを低減できる。また、直噴エンジンは過給機との相性がよいので、ダウンサイジングしたエンジンと組み合わせても動力性能の維持が可能である。
【0012】
直噴エンジンにおいては、燃料タンクより排出された燃料は、ポンプにより加圧され、デリバリパイプ等を通ってエンジンに供給される。加圧された燃料は、断続的にエンジン内に噴射されるため、燃料の圧力変動が生じやすい。このため、圧力調整用の部品が必要となる場合がある。圧力調整用の部品などの燃料供給系部品は、エンジンに近い位置に配置されるため、温度が上がりやすい。そのため、燃料供給系部品に用いられる材料素材には、強度が求められる。強度を確保するためには、材料の肉厚を増すことが考えられる。しかし、材料の肉厚を増すと重量が増加するため、燃費上昇の要因になる。
【0013】
一方、炭酸ガス排出抑制の観点から、バイオエタノールやバイオディーゼルといったバイオ燃料の使用が拡がっている。たとえば、バイオ燃料に含まれるバイオエタノールは、アルミニウムを腐食させる要因となる。したがって、燃料供給系部品に用いられる材料は、バイオ燃料に対しても良好な耐食性を有する必要がある。以上の強度および耐食性の観点から、燃料供給系部品の材料としてステンレス鋼が注目されている。
【0014】
また、デリバリパイプなど燃料供給系部品の多くは、構造が複雑である。このため、ろう付け接合により組み立てられる場合が多い。したがって、燃料供給系部品に用いられる材料は、良好な強度および耐食性だけでなく、良好なろう付け性を有する必要がある。
【0015】
特許文献4には、低燃圧時?高燃圧時にわたって、デリバリパイプの燃圧脈動を減衰可能な燃料供給装置が開示されている。特許文献4には、脈動減衰用パイプにステンレスが使用できることが開示されている。しかし、使用されたステンレス材料の詳細については記載されていない。
【0016】
特許文献5には、取付用ステイと本体パイプの接合面からの高圧燃料の漏れをなくし、また取付用ステイの結合強度を高めた直噴エンジン用高圧燃料デリバリパイプが開示されている。このデリバリパイプは、ステンレス鋼をろう付け接合して製作されることが記載されている。しかし、特許文献5には、使用されたステンレス鋼の詳細については記載されていない。
【0017】
特許文献6には、質量%で、C:≦0.01%、Si:≦1.0%、Mn:≦1.5%、P:≦0.06%、S:≦0.03%、Cr:11?23%、Ni:≦2.0%、Mo:0.5?3.0%、Al:≦1.0%、N:≦0.04%を含み、Cr+3.3Mo≧18の関係式を満足し、Nb:≦0.8%、Ti:≦1.0%の1種または2種を、18≦Nb/(C+N)+2Ti/(C+N)≦60の関係式を満足して含有し、フェライト結晶粒の粒度番号が6.0以上であり、平均r値が2.0以上であるフェライト系ステンレス鋼板が開示されている。
【0018】
特許文献7には、質量%で、C:≦0.01%、Si:≦1.0%、Mn:≦1.5%、P:≦0.06%、S:≦0.03%、Al:≦1.0%、Cr:11?20%、Ni:≦2.0%、Mo:0.5?3.0%、V:0.02?1.0%、N:≦0.04%を含み、かつNb:0.01?0.8%、Ti:0.01?1.0%の1種または2種を含有し、一軸引張で25%変形させたときに発生する鋼板表面のうねり高さが50μm以下であるフェライト系ステンレス鋼板が開示されている。特許文献6、特許文献7の両者では、通常のガソリンに対する耐食性を扱っており、バイオ燃料について記載されていない。
【0019】
自動車燃料供給系部品、特に直噴エンジンの燃料供給系部品に使用される材料には、主として強度、耐食性およびろう付け性が要求される。ステンレス鋼は、表面にCrに富む不働態皮膜を形成して耐食性を発現しており、Cr含有量の多い材料ほど保護性の高い皮膜が形成されて、優れた耐食性を示す。一方、ステンレス鋼のろう付け時には、この不働態皮膜をいったん還元除去する必要がある。しかし、従来、ステンレス鋼、特に高Crのステンレス鋼に形成される不働態皮膜の還元特性は考慮されていなかった。Cr含有量の多いステンレス鋼は、不働態皮膜の還元抵抗が高い。従来、耐食性とろう付け性を両立するステンレス鋼は提案されていなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0020】
【特許文献1】特開昭57-60056号公報
【特許文献2】特開2009-174046号公報
【特許文献3】特開2011-157616号公報
【特許文献4】特開2008-95575号公報
【特許文献5】特開2011-144768号公報
【特許文献6】特開2002-285300号公報
【特許文献7】特開2002-363712号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0021】
本発明は、このような従来の事情に鑑みて提案されたものである。
本発明の第1の目的は、熱交換器等ろう付け接合により組み立てられる部材の素材として好適に用いることができる、ろう付け性に優れたフェライト系ステンレス鋼板を提供することである。
本発明の第2の目的は、燃料供給系部材等のろう付け接合により組み立てられる部材の素材として好適に用いることができ、ろう付け性に優れたフェライト系ステンレス鋼板を提供することである。併せて、本発明の第2の目的は、耐食性とろう付け性を両立させ、かつ強度にも優れた燃料供給系部材用フェライト系ステンレス鋼および燃料供給系部品を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0022】
上記第1の課題を解決することを目的とした本発明の第1の態様の要旨は、以下のとおりである。
〔1〕質量%で、C:0.03%以下、N:0.05%以下、Si:1%以下、Mn:1.2%以下、Cr:14%以上28%以下、Nb:8(C+N)%以上0.8%以下、及びAl:0.1%以下を含有し、残部がFe及び不可避不純物からなり、表面に式1を満足する皮膜が形成されていることを特徴とするろう付け性に優れたフェライト系ステンレス鋼板。
1.3≦d_(f)×Cr_(f)+5(Si_(f)+3Al_(f))≦2.0 ・・・(式1)
式1において、d_(f)は単位がnmの皮膜の厚さを示し、3.7nm以上6.6nm以下である。Cr_(f)は皮膜中のCrカチオン分率を示し、Si_(f)は皮膜中のSiカチオン分率を示し、Al_(f)は皮膜中のAlカチオン分率を示す。
【0023】
〔2〕更に、質量%で、Ni:5%以下、Cu:1.5%以下、Mo:3%以下のうち何れか1種又は2種以上を含有することを特徴とする〔1〕記載のろう付け性に優れたフェライト系ステンレス鋼板。
〔3〕更に、質量%で、V:0.5%以下、W:1%以下、B:0.005%以下、Zr:0.5%以下、Sn:0.5%以下、Co:0.2%以下、Mg:0.002%以下、Ca:0.002%以下、REM:0.01%以下、Sb:0.5%以下、Ta:0.5%以下、及びGa:0.01%以下のうち何れか1種又は2種以上を含有することを特徴とする〔1〕または〔2〕記載のろう付け性に優れたフェライト系ステンレス鋼板。
【0024】
〔4〕ろう付け接合された部材からなる熱交換部を備え、前記部材は、〔1〕?〔3〕のいずれかに記載のフェライト系ステンレス鋼板からなることを特徴とする熱交換器。
【0025】
〔5〕質量%で、C:0.03%以下、N:0.05%以下、Si:1%以下、Mn:1.2%以下、Cr:14%以上28%以下、Nb:8(C+N)%以上0.8%以下、及びAl:0.1%以下を含有し、残部がFe及び不可避不純物からなり、表面に式1を満足する皮膜が形成されていることを特徴とする熱交換器用フェライト系ステンレス鋼板。
1.3≦d_(f)×Cr_(f)+5(Si_(f)+3Al_(f))≦2.0 ・・・(式1)
式1において、d_(f)は単位がnmの皮膜の厚さを示し、3.7nm以上6.6nm以下である。Cr_(f)は皮膜中のCrカチオン分率を示し、Si_(f)は皮膜中のSiカチオン分率を示し、Al_(f)は皮膜中のAlカチオン分率を示す。
【0026】
〔6〕更に、質量%で、Ni:5%以下、Cu:1.5%以下、Mo:3%以下のうち何れか1種又は2種以上を含有することを特徴とする〔5〕記載の熱交換器用フェライト系ステンレス鋼板。
〔7〕更に、質量%で、V:0.5%以下、W:1%以下、B:0.005%以下、Zr:0.5%以下、Sn:0.5%以下、Co:0.2%以下、Mg:0.002%以下、Ca:0.002%以下、REM:0.01%以下、Sb:0.5%以下、Ta:0.5%以下、及びGa:0.01%以下のうち何れか1種又は2種以上を含有することを特徴とする〔5〕または〔6〕記載の熱交換器用フェライト系ステンレス鋼板。
【0027】
上記第2の課題を解決することを目的とした本発明の第2の態様の要旨は、以下のとおりである。
〔8〕質量%で、C:0.03%以下、N:0.05%以下、Si:1%以下、Mn:1.2%以下、Cr:15%以上23%以下、Nb:8(C+N)+0.1%以上0.8%以下、及びAl:0.1%以下を含有し、残部がFe及び不可避不純物からなり、表面に式2および式3を満足する皮膜が形成されていることを特徴とするフェライト系ステンレス鋼。
1.2≦d_(f)×Cr_(f)+5(Si_(f)+3Al_(f))≦2.0 ・・・(式2)
0.18≦Cr_(f)≦0.5 ・・・(式3)
式2において、d_(f)は単位がnmの皮膜の厚さを示し、3.7nm以上6.7nm以下である。Si_(f)は皮膜中のSiカチオン分率を示し、Al_(f)は皮膜中のAlカチオン分率を示す。式2、式3において、Cr_(f)は皮膜中のCrカチオン分率を示す。
【0028】
〔9〕更に、質量%で、Ni:2%以下、Cu:1.5%以下、Mo:3%以下のうち何れか1種以上を含有することを特徴とする〔8〕記載のフェライト系ステンレス鋼。
〔10〕更に、質量%で、V:0.5%以下、W:1%以下、B:0.005%以下、Zr:0.5%以下、Sn:0.5%以下、Co:0.2%以下、Mg:0.002%以下、Ca:0.002%以下、REM:0.01%以下、Sb:0.5%以下、Ta:0.5%以下、及びGa:0.01%以下のうち何れか1種以上を含有することを特徴とする〔8〕または〔9〕記載のフェライト系ステンレス鋼。
【0029】
〔11〕ろう付け接合された部材を備え、前記部材は、〔8〕?〔10〕のいずれか一項に記載のフェライト系ステンレス鋼からなることを特徴とする燃料供給系部品。
【0030】
〔12〕質量%で、C:0.03%以下、N:0.05%以下、Si:1%以下、Mn:1.2%以下、Cr:15%以上23%以下、Nb:8(C+N)+0.1%以上0.8%以下、及びAl:0.1%以下を含有し、残部がFe及び不可避不純物からなり、表面に式2および式3を満足する皮膜が形成されていることを特徴とする燃料供給系部材用フェライト系ステンレス鋼。
1.2≦d_(f)×Cr_(f)+5(Si_(f)+3Al_(f))≦2.0 ・・・(式2)
0.18≦Cr_(f)≦0.5 ・・・(式3)
式2において、d_(f)は単位がnmの皮膜の厚さを示し、3.7nm以上6.7nm以下である。Si_(f)は皮膜中のSiカチオン分率を示し、Al_(f)は皮膜中のAlカチオン分率を示す。式2、式3において、Cr_(f)は皮膜中のCrカチオン分率を示す。
【0031】
〔13〕更に、質量%で、Ni:2%以下、Cu:1.5%以下、Mo:3%以下のうち何れか1種又は2種以上を含有することを特徴とする〔12〕記載の燃料供給系部材用フェライト系ステンレス鋼。
〔14〕更に、質量%で、V:0.5%以下、W:1%以下、B:0.005%以下、Zr:0.5%以下、Sn:0.5%以下、Co:0.2%以下、Mg:0.002%以下、Ca:0.002%以下、REM:0.01%以下、Sb:0.5%以下、Ta:0.5%以下、及びGa:0.01%以下のうち何れか1種又は2種以上を含有することを特徴とする〔12〕または〔13〕記載の燃料供給系部材用フェライト系ステンレス鋼。
【発明の効果】
【0032】
以上のように、本発明の第1の態様によれば、ろう付け接合により組み立てられる部材の素材として好適なろう付け性に優れたフェライト系ステンレス鋼板を提供することができる。第1の態様に係るフェライト系ステンレス鋼板は、EGRクーラ、オイルクーラ、排熱回収器およびフューエルデリバリ系の部品などの自動車部品に好適に用いることができる。また、第1の態様に係るフェライト系ステンレス鋼板は、給湯関係の熱交換器としては、ガスでは潜熱回収型給湯器の二次熱交換器に、電気ではエコキュート(登録商標)のプレート型熱交換器に好適に用いることができる。また、第1の態様に係るフェライト系ステンレス鋼板は、その他のろう付け接合により組み立てられる各種プラントの熱交換器の部材などにも好適に用いることができる。
【0033】
本発明の第2の態様に係るフェライト系ステンレス鋼、燃料供給系部材用フェライト系ステンレス鋼および燃料供給系部品は、ろう付け性に優れ、またバイオ燃料中における耐食性にも優れ、さらには優れた強度を有する。
【発明を実施するための形態】
【0034】
以下、本発明の実施の形態について、詳細に説明する。
(第1の実施形態)
本実施形態は、NiろうやCuろうを用いてろう付け接合される部材の素材として用いられるフェライト系ステンレス鋼板を対象としている。ろう付けは、950?1200℃において真空中もしくは水素雰囲気中で行われる。このとき、雰囲気制御や置換用としてアルゴンガスや窒素ガス等が併用される場合がある。ろう付けでは、ろうが母材(素材)にぬれてすきまを充填し、これにより母材が接合される。素材の表面に酸化皮膜が存在すると、ぬれにくくなりろう付け性が阻害される。
【0035】
ステンレス鋼板の表面には、Crに富む(Fe、Cr)酸化物皮膜が形成されており、これにより優れた耐食性を発現している。ぬれ性を確保するにはこの皮膜を除去する必要があり、皮膜を還元するために真空度もしくは露点の低い条件でろう付けされる。具体的には、ステンレス鋼板のろう付けは、ろう付け温度において、CrとCr_(2)O_(3)とが平衡する真空度もしくは露点よりも低い条件にて実施される。ステンレス鋼板をろう付けする際には、通常、ろう付け温度にステンレス鋼を10?30分程度保っているが、この有限の時間のなかでステンレス鋼板の表面に形成されている皮膜をいかに還元するかが、ろう付け性に対して大きな影響を与えることになる。
【0036】
こうした背景を鑑み、本発明者らは、フェライト系ステンレス鋼板のろう付け性について、表面皮膜の組成と厚さに着目して鋭意検討した。
その結果、ろう付け性に優れたフェライト系ステンレス鋼板を得るには、表面に形成される皮膜が、以下に示す(式1)を満足する必要があることを知見した。
d_(f)×Cr_(f)+5(Si_(f)+3Al_(f))≦2.0 ・・・(式1)
(式1)において、d_(f)は皮膜の厚さ(nm)を示し、Cr_(f)は皮膜中のCrカチオン分率を示し、Si_(f)は皮膜中のSiカチオン分率を示し、Al_(f)は皮膜中のAlカチオン分率を示す。
【0037】
(式1)は、以下の事項に基づく。
(a)ステンレス鋼板の表面に形成されている(Fe、Cr)酸化物皮膜は、膜厚が厚くCrに富むほど、還元されにくい。
(b)通常、Si酸化物やAl酸化物はろう付け条件にて還元されないので、皮膜中に含まれると、皮膜の還元性を低下させ、ろう付け性を劣化させる。
【0038】
表面に形成されている(Fe、Cr)酸化物皮膜中のCrカチオン分率は、Cr含有量の多いステンレス鋼板ほど高く、焼鈍や酸洗など、ろう付けされる前の素材の製造条件の影響も受ける。一方、酸化皮膜の厚さは、Cr含有量の多いステンレス鋼板ほど薄くなり、素材製造条件の影響も受ける。したがって、Cr含有量の高いステンレス鋼板ほど、皮膜の成長を抑えて膜厚を薄くしてろう付け性を確保する必要がある。
【0039】
一般にSiはステンレス鋼板中に1%以下の量で含まれるが、仕上焼鈍および酸洗工程でSiは皮膜中に濃化し、Si酸化物として皮膜中に残存してろう付け性を劣化させる可能性がある。Si酸化物が仕上焼鈍および酸洗工程で皮膜中に濃化する理由は明確ではないが、現時点では次のように考えている。
【0040】
ステンレス鋼板を大気中で焼鈍すると、外層にFeリッチな(Fe、Cr)酸化物が生成し、内層にCrリッチな(Fe、Cr)酸化物が生成する。そして、Crリッチな(Fe、Cr)酸化物の内側にSiが酸化物として存在しうる。Si酸化物は、Crリッチな(Fe、Cr)酸化物が安定なほど生成しやすい。このため、母材要因としては、Cr含有量の多いステンレス鋼板ほど、Si酸化物が生成しやすいと推察される。製造プロセス要因としては、焼鈍温度が高いほど、また焼鈍時間が長いほど、Si酸化物が生成しやすいと推察される。
【0041】
仕上焼鈍に続く酸洗工程は、焼鈍で生成した(Fe、Cr)酸化物を溶解除去することが主たる目的であるが、同時に下地の母材も一部溶解する。Si酸化物は中性?酸性域では安定なため、母材の溶解と共にSi酸化物を除去するか、Si酸化物を溶解可能なアルカリ中で鋼を処理するのが有効である。母材と共にSi酸化物を酸洗により溶解除去するには、酸洗液の高温化、高濃度化や酸洗時間の長時間化が考えられる。またアルカリ中でSi酸化物を溶解するには、例えば、ソルト法(NaOHを主成分とする市販のデスケール用アルカリソルトを加熱して鋼をアルカリソルトに浸漬する方法)の高温化および長時間化が考えられる。
【0042】
以上述べたように、Si酸化物の生成およびその除去は、焼鈍、酸洗といった製造条件と共に鋼板の化学組成にも影響される。このため、ろう付け性を確保するには、両者を適切に組み合わせて、皮膜中へのSi酸化物の濃化を防止する必要がある。
【0043】
Alは脱酸等の目的で必要に応じて添加されるが、Siと同様に仕上焼鈍および酸洗工程でAlは皮膜中に濃化し、Al酸化物として皮膜中に残存してろう付け性を劣化させる可能性がある。Si酸化物のさらに内側、すなわちCrリッチな(Fe、Cr)酸化物がさらに安定に生成したときにAl酸化物は生成される。Al酸化物の除去は、基本的には前記Si酸化物と同様であるが、Si酸化物よりも内側にAl酸化物は生成するために除去が難しい。そのため、生成を抑制するのが重要となり、焼鈍温度の低温化、焼鈍時間の短時間化が有用と推察される。
【0044】
このように皮膜中のSi酸化物およびAl酸化物はろう付け性に悪影響を及ぼすので、皮膜中のSiカチオン分率Si_(f)およびAlカチオン分率Al_(f)を低く抑える必要がある。
Siカチオン分率Si_(f)およびAlカチオン分率Al_(f)の両者は、X線光電子分光法(XPS)における最表面の定量分析結果から求められる。なお、カチオンは金属元素のみを対象とする。皮膜中のSiカチオン分率Si_(f)は0.1以下が望ましく、より望ましくは0.05以下である。皮膜中のAlカチオン分率Al_(f)は0.05以下が望ましく、より望ましくは0.02以下である。両者とも最も望ましくは0(検出限界以下)である。
【0045】
また、ろう付け性に悪影響を及ぼす皮膜の厚さd_(f)は、10nm以下が望ましく、より望ましくは7nm以下である。ここで、d_(f)は、角度分解法により求められる。具体的には、X線光電子分光法(XPS)により、取り出し角45度と90度で測定を行い、Crのピーク形状変化からCr-Oの膜厚を求める。これは、酸化皮膜がFe、Crの混合酸化物であり、皮膜の内層側にCrが濃化していることによる。
【0046】
通常、ステンレス鋼板の表面皮膜の厚さを定義する際には、深さ方向分析のOピーク強度が最大強度の1/2となるまでの厚さで定義されることが多い。しかし、皮膜中にSi酸化物およびAl酸化物が含まれる場合、これらが皮膜のCrリッチな内層の内側に存在する。このため、Crのピーク形状変化から求めたCr-Oの膜厚の場合に比べて、皮膜の厚さを、深さ方向分析のOピーク強度が最大強度の1/2となるまでの厚さとすると、皮膜の厚さが厚めに評価される。本実施形態では、ろう付け性とCr酸化物皮膜の還元特性との関連性に着目しているため、ステンレス鋼板の表面皮膜の厚さをCr-Oの膜厚とする。
【0047】
皮膜中のCrカチオン分率Cr_(f)は、Siカチオン分率Si_(f)及びAlカチオン分率Al_(f)と同様に求められる。ろう付け性の観点からCr_(f)は0.6以下とすることが望ましい。より望ましくは0.5以下である。
【0048】
以上、ろう付け性の観点から、皮膜の厚さd_(f)、皮膜中のCrカチオン分率Cr_(f)、Siカチオン分率Si_(f)およびAlカチオン分率Al_(f)について好適な範囲を示した。これらを用いて算出されるd_(f)×Cr_(f)+5(Si_(f)+3Al_(f))の値は、2.0以下であり、1.8以下とするのが好ましく、1.5以下がさらに好ましく、1.3以下にするとより好ましい。一方、ろう付け性以外に耐食性も本実施形態において重要であり、表面に形成される皮膜組成の影響を受ける。その観点から、d_(f)×Cr_(f)+5(Si_(f)+3Al_(f))の値を0.6以上とするのが好ましく、より好ましくは0.7以上である。ここで、耐食性の観点からは皮膜中のCrカチオン分率Cr_(f)が最も重要であり、0.14以上とすることが好ましい。
【0049】
本実施形態は、以上の検討を考慮してなされ、ろう付け性に優れたフェライト系ステンレス鋼板を提供するものであり、その要旨とするところは、特許請求の範囲に記載した通りの内容である。
【0050】
以下、ろう付け性に優れたフェライト系ステンレス鋼板の各組成を限定した理由について説明する。なお、以下の説明では、特に断らない限り、各成分の%は、質量%を表すものとする。
【0051】
(C:0.03%以下)
Cは、耐粒界腐食性、加工性を低下させるため、その含有量を低く抑える必要がある。このため、Cの含有量の上限を0.03%以下とする。しかしながら、過度に低めることは精練コストを上昇させるため、Cの含有量の下限を0.002%以上とすることが好ましい。Cの含有量の上限は好ましくは0.02%である。
【0052】
(N:0.05%以下)
Nは、耐孔食性に有用な元素であるが、耐粒界腐食性、加工性を低下させるため、その含有量を低く抑える必要がある。このため、Nの含有量の上限を0.05%以下とする。しかしながら、過度に低めることは精練コストを上昇させるため、Nの含有量の下限を0.002%以上とすることが好ましい。Nの含有量の上限は好ましくは0.02%である。さらに、ろう付け時の結晶粒の粗大化を抑制する観点から、CとNの合計含有量を0.015%以上((C+N)≧0.015%)とするのが好ましい。また、耐粒界腐食性および加工性の観点から、CとNの合計含有量を0.05%以下((C+N)≦0.05%)とするのが好ましい。
【0053】
(Si:1%以下)
Siは、ろう付け後にステンレス鋼板の表面皮膜に濃化して耐食性の向上に寄与するために、0.1%超のSiを含有させることが好ましい。また、Siは、脱酸元素として有用である。しかしながら、過剰な量の添加は、ろう付け前の素材の表面にSi酸化物を含有する皮膜を形成させやすくすると共に加工性を低下させる。このため、Siの含有量を1%以下とし、好ましくは0.5%以下、より好ましくは0.4%以下とする。
【0054】
(Mn:1.2%以下)
Mnは、脱酸元素として有用な元素であり、0.02%以上含有させることが好ましい。しかしながら、過剰の量を含有させると耐食性を劣化させるので、Mnの含有量を1.2%以下とし、好ましくは1%以下、より好ましくは0.5%以下とする。Mnの含有量は、0.05%以上であることが好ましく、0.1%以上であることがより好ましい。
【0055】
(Cr:14%以上、28%以下)
Crは、耐食性を確保する上で基本となる元素である。本実施形態で対象としている熱交換器類では、多くの場合、燃焼排ガスが経路内を流れ、冷却水等により冷却されて結露し、腐食性の凝縮水が生成する。そのため熱交換器に用いる鋼板には排ガス凝縮水に対する耐食性が求められる。また、屋外で使用される熱交換器の場合には、外面からの塩害に対する耐食性も必要である。このような観点から、Crの含有量は少なくとも14%以上必要である。Crの含有量を増加させるほど耐食性を向上させることができるが、加工性、製造性を低下させるためCr量を28%以下とする。Crの含有量は、好ましくは16%以上、より好ましくは17%以上である。また、Crの含有量は、23%以下であることが好ましく、より好ましくは20.5%以下である。
【0056】
(Nb:8(C+N)以上、0.8%以下)
Nbは、CおよびNを固定し、溶接部の耐粒界腐食性を向上させる上で有用な元素であるため、(C+N)量の8倍以上含有させる必要がある。また、Nbは高温強度を向上させる。本実施形態で対象とする熱交換器のなかには高温のガスが流れる部材があるが、強度ならびに熱疲労特性の観点からNbは有効である。この点から固溶状態のNbを確保するのは有効であり、8(C+N)+0.03%以上のNbを含有させるのが好ましい。しかしながら、過剰量の添加は、加工性、製造性を低下させるため、Nbの含有量の上限は0.8%であり、好ましくは0.6%である。
【0057】
(Al:0.1%以下)
Alは、脱酸効果等を有するので精練上有用な元素であり、成形性を向上させる効果もある。そのため、Alは0.002%以上含有させることが好ましい。しかしながら、過剰量の添加は、ろう付け前の素材の表面にAl酸化物を含有する皮膜を形成させやすくすると共に靭性を劣化させる。このため、Alの含有量を0.1%以下、好ましくは0.08%以下、より好ましくは0.05%以下、さらに好ましくは0.03%以下とする。
【0058】
本実施形態のフェライト系ステンレス鋼板においては、更に質量%で、Ni:5%以下、Cu:1.5%以下、Mo:3%以下のうち何れか1種以上を含有してもよい。
(Ni:5%以下)
Niは、耐食性を向上させるために、必要に応じて5%以下含有させることができる。特に、本実施形態で対象としている熱交換器類に要求される排ガス凝縮水に対する耐食性や外面からの塩害に対する耐食性において、Niは耐孔あき性を向上させる効果を有する。また、Niは靭性を向上させる効果も有する。しかし、過剰量の添加は、加工性を低下させるとともに高価なためコストアップにもつながる。Ni含有量は、上記効果を得るために0.1%以上であることが好ましく、より好ましくは0.2%以上であり、さらに好ましくは0.3%以上である。また、Ni含有量の上限は、5%であり、好ましくは3%であり、より好ましくは1.2%である。
【0059】
(Cu:1.5%以下)
Cuは、耐食性を向上させるために、必要に応じて1.5%以下含有させることができる。特に、本実施形態で対象としている熱交換器類に要求される排ガス凝縮水に対する耐食性や外面からの塩害に対する耐食性において、Cuは、Niと同様に、耐孔あき性を向上させる効果を有する。しかし、過剰量の添加は加工性を低下させる。Cu含有量は、上記効果を得るために0.1%以上であることが好ましく、より好ましくは0.2%以上である。また、Cu含有量の上限は、1.5%であり、好ましくは1%である。
【0060】
(Mo:3%以下)
Moは、耐食性を向上させるために、必要に応じて3%以下含有させることができる。特に、Moは、本実施形態で対象としている熱交換器類に要求される排ガス凝縮水に対する耐食性や外面からの塩害に対する耐食性において、Moは、耐銹性ならびに耐孔あき性を向上させる効果を有する。しかし、過剰量の添加は、加工性を低下させるとともに高価なためコストアップにもつながる。Mo含有量は、上記効果を得るために0.1%以上であることが好ましく、より好ましくは0.3%以上である。また、Mo含有量の上限は、3%であり、好ましくは2%である。
【0061】
本実施形態のフェライト系ステンレス鋼板は、更に、質量%で、V:0.5%以下、W:1%以下、B:0.005%以下、Zr:0.5%以下、Sn:0.5%以下、Co:0.2%以下、Mg:0.002%以下、Ca:0.002%以下、REM:0.01%以下、Sb:0.5%以下、Ta:0.5%以下、及びGa:0.01%以下のうち何れか1種以上を含有してもよい。
(V:0.5%以下)
Vは、耐食性を向上させるために、必要に応じて0.5%以下含有させることができる。過剰量の添加は、加工性を劣化させると共に、高価であるためコストアップにつながる。Vは、0.5%以下含有させることが好ましく、0.3%以下含有させることがより好ましい。また、上記効果を得るために、V含有量は、0.05%以上であることが好ましく、0.1%以上であることがより好ましい。
【0062】
(W:1%以下)
Wは、耐食性を向上させるために、必要に応じて1%以下含有させることができる。特に、本実施形態で対象としている熱交換器類に要求される排ガス凝縮水に対する耐食性や外面からの塩害に対する耐食性において、Wは耐銹性ならびに耐孔あき性を向上させる効果を有する。しかし、過剰量の添加は、加工性を劣化させると共に、高価であるためコストアップにつながる。W含有量は、上記効果を得るために、0.2%以上であることが好ましく、より好ましくは0.4%以上である。また、W含有量の上限は、1%であり、好ましくは0.8%である。
【0063】
(B:0.005%以下)
Bは、加工性、特に二次加工性を向上させるために、必要に応じて含有させることができる。過剰量の添加は耐粒界腐食性を低下させるので0.005%以下含有させるのが好ましい。B含有量は、上記効果を得るために、0.0002%以上であることが好ましく、より好ましくは0.0004%以上である。また、B含有量の上限は、0.005%であり、好ましくは0.002%である。
【0064】
(Zr:0.5%以下)
Zrは、耐食性、特に耐粒界腐食性を向上させるために、必要に応じて含有させることができる。過剰量の添加は、加工性を劣化させると共に、高価であるためコストアップにつながる。このため、0.5%以下含有させることが好ましく、0.3%以下含有させることがより好ましい。また、Zr含有量は、上記効果を得るために、0.05%以上であることが好ましく、より好ましくは0.1%以上である。
【0065】
(Sn:0.5%以下)
Snは、耐食性を向上させるために、必要に応じて0.5%以下含有させることができる。特に、本実施形態で対象としている熱交換器類に要求される排ガス凝縮水に対する耐食性や外面からの塩害に対する耐食性において、Snは耐孔あき性を向上させる効果を有する。しかし、過剰量の添加は靭性を低下させる。Sn含有量は、上記効果を得るために、0.02%以上であることが好ましく、より好ましくは0.05%以上である。また、Sn含有量の上限は、0.5%であり、好ましくは0.3%である。
【0066】
(Co:0.2%以下)
Coは、二次加工性と靭性を向上させるために、必要に応じて含有させることができる。過剰量の添加はコストアップにつながる。このためCoは0.2%以下含有させるのが好ましく、0.15%以下含有させることがより好ましい。Co含有量は、上記効果を得るために、0.02%以上であることが好ましく、より好ましくは0.05%以上である。
【0067】
(Mg:0.002%以下)
Mgは、脱酸効果等を有するので精練に有用な元素である。またMgは組織を微細化し加工性や靭性の向上にも効果がある。このため、必要に応じて0.002%以下のMgを含有させることができる。Mg含有量は、上記効果を得るために、0.0002%以上であることが好ましく、より好ましくは0.0005%以上である。また、Mg含有量の上限は、0.002%であり、好ましくは0.0015%である。
【0068】
(Ca:0.002%以下)
Caは、脱酸効果等を有するので精練に有用な元素であり、必要に応じて0.002%以下のCaを含有させることができる。Ca含有量は、上記効果を得るために、0.0002%以上であることが好ましく、より好ましくは0.0005%以上である。また、Ca含有量の上限は、0.002%であり、好ましくは0.0015%である。
【0069】
(REM:0.01%以下)
REM(希土類金属元素)は、一般的な定義に従い、スカンジウム(Sc)、イットリウム(Y)の2元素と、ランタン(La)からルテチウム(Lu)までの15元素(ランタノイド)の総称を指す。単独で添加してもよいし、混合物であってもよい。REMは、脱酸効果等を有するので精練に有用な元素である。必要に応じて合計で0.01%以下のREMを含有させることができる。REM含有量は、上記効果を得るために、0.0005%以上であることが好ましく、より好ましくは0.001%以上である。また、REM含有量の上限は、0.01%であり、好ましくは0.008%である。
【0070】
(Sb:0.5%以下)
Sbは、耐食性を向上させるために、必要に応じて0.5%以下の量で含有させることができる。特に、本実施形態で対象としている熱交換器類に要求される排ガス凝縮水に対する耐食性や外面からの塩害に対する耐食性において、Sbは耐孔あき性を向上させる効果を有する。しかし、過剰量のSbの添加は靭性を低下させる。Sb含有量は、上記効果を得るために、0.001%以上であることが好ましく、より好ましくは0.01%以上、さらに0.05%以上である。また、Sb含有量の上限は、0.5%であり、好ましくは0.3%である。
【0071】
(Ta:0.5%以下)
Taは、耐食性を向上させるために、必要に応じて0.5%以下の量で含有させることができる。特に、本実施形態で対象としている熱交換器類に要求される排ガス凝縮水に対する耐食性や外面からの塩害に対する耐食性において、Taは耐孔あき性を向上させる効果を有する。しかし、過剰量のTaの添加は靭性を低下させる。Ta含有量は、上記効果を得るために、0.01%以上が好ましく、さらに0.05%以上であることが好ましく、より好ましくは0.1%以上である。また、Ta含有量の上限は、0.5%であり、好ましくは0.4%である。
【0072】
(Ga:0.01%以下)
Gaは、安定な硫化物を形成して耐食性を向上させるとともに耐水素脆化性も向上させることから、必要に応じて0.01%以下の量で含有させることができる。Ga含有量は、上記効果を得るために、0.0002%以上であることが好ましく、より好ましくは0.0005%以上である。また、Ga含有量の上限は、0.01%であり、好ましくは0.005%である。
【0073】
なお、不可避不純物のうち、P量については、溶接性の観点から0.04%以下とすることが好ましく、より好ましくは0.035%以下である。また、S量については、耐食性の観点から0.02%以下とすることが好ましく、より好ましくは0.01%以下である。
【0074】
本実施形態のステンレス鋼板は、基本的にはフェライト系ステンレス鋼板を製造する一般的な方法により製造できる。例えば、転炉又は電気炉で上記の化学組成を有する溶鋼とし、AOD炉やVOD炉などで精練して、連続鋳造法又は造塊法で鋼片とする。次いで、鋼片に対して、熱間圧延-熱延板の焼鈍-酸洗-冷間圧延-仕上げ焼鈍-酸洗の工程を施して鋼板が製造される。必要に応じて、熱延板の焼鈍を省略してもよいし、冷間圧延-仕上げ焼鈍-酸洗の工程を繰り返し行ってもよい。
【0075】
ここで述べた工程のうち、本実施形態で規定する表面皮膜組成を得るためには、仕上焼鈍及び酸洗の条件に留意することが好ましい。特に、仕上焼鈍工程及び酸洗工程において、ろう付け性を劣化させるSi酸化物およびAl酸化物の生成を抑制することが好ましい。
本実施形態において、酸洗工程は複数の工程を組み合わせて行ってもよい。具体的には、第一の工程としてソルト法もしくは中性塩電解法を行い、第二の工程として硝酸電解を行う。第三工程として、硝ふっ酸への浸漬が追加される場合がある。また、第二工程として、硝ふっ酸への浸漬を行ってもよい。
【0076】
前記したように、酸洗工程において、特にSi酸化物の除去に有用なのがソルト法であり、高温化と長時間化がより有効である。このうち長時間化は、設備が同一の場合、ライン速度を低下させることになる。これは、ソルト槽前における材料の温度低下につながると共に、生産性を低下させる。
ソルト法の温度に関しては、ソルトの劣化が530℃以上で起こることが知られているため、通常450?480℃程度の温度のソルトに鋼板は浸漬される。しかし、本実施形態の場合、通常よりもソルト法での温度を高く設定する。具体的には、ソルトの温度を490℃以上とすることが好ましく、500℃以上とするとより効果的であり、500℃以上530℃以下の温度範囲で鋼板を浸漬することが望ましい。
浸漬時間は2秒以上10秒以下とすることが望ましい。ただし、ソルトの高温化は、表面性状の劣化につながりやすく、かつCr含有量の多いステンレス鋼板ほど劣化しやすい。このため、T×(10t+2[Cr])/100≦600(ここで、T:温度(℃)、t:時間(sec)、[Cr]:Cr含有量(質量%))を満足することが望ましい。
【0077】
このようにソルト法がSi酸化物の濃化を抑制するために最も有用であるが、Si酸化物を含めスケールの生成量そのものを抑制するためには、仕上焼鈍温度を低下することが望ましい。一般に仕上焼鈍温度は材料の化学組成や要求される機械的性質等に応じて選定される。本実施形態の場合には、所望の機械的性質を得るために、通常の仕上焼鈍温度から5?20℃低めとするのが効果的であり望ましい。具体的には、仕上焼鈍温度は、1000℃以下が望ましく、970?990℃とするとさらに望ましい。仕上焼鈍温度の下限温度に関しては、冷延板を仕上焼鈍して再結晶組織を有する金属組織とし、所望の機械的性質を具備することができればよい。
【0078】
次に、本実施形態の熱交換器について説明する。
本実施形態の熱交換器は、熱交換部と、その外側を覆うケースを備える。熱交換部は、部材を組み合わせて作製される。部材は、本実施形態のフェライト系ステンレス鋼板を、矩形、管状、波形などの各種形状に成形して作製されたものである。熱交換部では、排ガスの経路と冷却水の経路が分かれて配置される。熱交換器の外側には、排ガスが通る管と冷却水が通る管のそれぞれの入口と出口が配置される。本実施形態の熱交換器では、熱交換部を構成する部材の数が多数であり、かつ部材は複雑な形状を有する。この部材の多くは、ろう付けによって接合されている。ろう付けに用いられるろう材としては、Cuろうおよび/またはNiろうが用いられることが好ましい。Niろうについては、CrやSiを含有したNi合金ろうが用いられることが好ましい。
【0079】
(第2の実施形態)
まず、ろう付け性について説明する。本実施形態は、NiろうもしくはCuろうを用いたステンレス鋼からなる部材のろう付けを対象としている。ろうが部材をぬらして部材間のすきまを充填することにより接合されるのがろう付けである。ろう付けされる部材を構成するステンレス鋼の表面に酸化皮膜が存在すると、部材がぬれにくくなり、ろう付け性を阻害する。
【0080】
ステンレス鋼の表面には、Crに富む(Fe、Cr)酸化物皮膜(不働態皮膜)が形成されており、これにより優れた耐食性を発現している。ステンレス鋼のぬれ性を確保するには、ろう付け時に、この酸化物皮膜を還元除去する必要がある。ステンレス鋼板をろう付けする際には、通常、ろう付け温度に10?30分程度保っている。この有限の時間のなかで、ステンレス鋼の表面に形成されている皮膜をいかに還元するかが、ろう付け性に対して大きな影響を与えることになる。
【0081】
こうした背景を鑑み、本発明者らは、フェライト系ステンレス鋼のろう付け性について、表面の皮膜の組成と厚さに着目して鋭意検討した。
その結果、ろう付け性を得るには、表面に形成される皮膜が、以下に示す(式2)を満足するとともに、皮膜中のCrカチオン分率を0.5以下にする必要があることを知見した。
d_(f)×Cr_(f)+5(Si_(f)+3Al_(f))≦2.0 ・・・(式2)
(式2)において、d_(f)は皮膜の厚さ(nm)を示し、Cr_(f)は皮膜中のCrカチオン分率を示し、Si_(f)は皮膜中のSiカチオン分率を示し、Al_(f)は皮膜中のAlカチオン分率を示す。
【0082】
(式2)は、以下の事項に基づく。
(c)ステンレス鋼の表面に形成されている(Fe、Cr)酸化物皮膜が、膜厚d_(f)が厚くCrに富むほど、還元されにくい。
(d)通常のろう付け条件では還元されないSi酸化物やAl酸化物が酸化物皮膜中に含まれると、皮膜の還元性を低下させ、ろう付け性を劣化させる。
【0083】
表面に形成されている(Fe、Cr)酸化物皮膜中のCrカチオン分率Cr_(f)は、Cr含有量の多いステンレス鋼ほど高く、焼鈍や酸洗など、ろう付けされる前の素材の製造条件の影響も受ける。一方、酸化物皮膜の厚さは、Cr含有量の多いステンレス鋼ほど薄くなり、素材製造条件の影響も受ける。したがって、Cr含有量の高いステンレス鋼ほど、酸化物皮膜の成長を抑えて膜厚を薄くして、上記(式2)を満たすようにし、ろう付け性を確保する必要がある。
【0084】
Siはステンレス鋼中に1%以下の量で含まれる。Siは、仕上焼鈍および酸洗工程で皮膜中に濃化し、Si酸化物として皮膜中に残存して、ろう付け性を劣化させる可能性がある。Si酸化物が仕上焼鈍および酸洗工程で皮膜中に濃化する理由は明確ではないが、現時点では次のように考えている。
ステンレス鋼を大気中で焼鈍すると、外層にFeリッチな(Fe、Cr)酸化物が生成し、内層にCrリッチな(Fe、Cr)酸化物が生成する。そして、内層のCrリッチな(Fe、Cr)酸化物の内側に、Siが酸化物として存在しうる。Si酸化物は、Crリッチな(Fe、Cr)酸化物が安定なほど生成しやすい。このため、母材要因としては、Cr含有量の多いステンレス鋼ほど、Si酸化物が生成しやすいと推察される。また、製造プロセス要因としては、焼鈍温度が高いほど、焼鈍時間が長いほど、Si酸化物が生成しやすいと推察される。
【0085】
仕上焼鈍に続く酸洗工程は、焼鈍で生成した(Fe、Cr)酸化物を溶解除去することが主たる目的であり、同時に下地の母材も一部溶解する。Si酸化物は、中性?酸性域では安定である。このため、母材の溶解と共にSi酸化物を除去するか、Si酸化物を溶解可能なアルカリ中で処理するのが有効である。酸洗により母材と共にSi酸化物を溶解除去するには、酸洗液の高温化、高濃度化や酸洗時間の長時間化が考えられる。また、アルカリ中でSi酸化物を溶解するには、例えば、ソルト法(NaOHを主成分とする市販のデスケール用アルカリソルトを加熱して鋼をアルカリソルトに浸漬する方法)の高温化および長時間化が考えられる。
【0086】
以上、述べたように、Si酸化物の生成およびその除去は、焼鈍、酸洗といった製造条件と共に、鋼の化学組成にも影響される。したがって、ろう付け性を確保するには、両者を適切に組み合わせて、皮膜中へのSi酸化物の濃化を防止することが好ましい。
【0087】
Alは、脱酸等の目的で添加される。Siと同様、仕上焼鈍および酸洗工程でAlは皮膜中に濃化し、Al酸化物として皮膜中に残存して、ろう付け性を劣化させる可能性がある。Si酸化物のさらに内側、すなわちCrリッチな(Fe、Cr)酸化物がさらに安定に生成したときにAl酸化物は生成される。Al酸化物の除去方法は、基本的には前記Si酸化物の除去方法と同様である。しかし、Si酸化物よりも内側にAl酸化物は生成するため、除去が難しい。そのため、Al酸化物の生成を抑制することが重要であり、焼鈍温度の低温化、焼鈍時間の短時間化が有用と推察される。
【0088】
上述したようにステンレス鋼の表面に形成された皮膜中のSi酸化物およびAl酸化物は、ろう付け性に悪影響を及ぼす。したがって、皮膜中のSiカチオン分率Si_(f)およびAlカチオン分率Al_(f)を低く抑える必要がある。
Siカチオン分率Si_(f)およびAlカチオン分率Al_(f)の両者は、X線光電子分光法(XPS)における最表面の定量分析結果から求められる。なお、カチオンは金属元素のみを対象とした。皮膜中のSiカチオン分率Si_(f)は、0.1以下が望ましく、より望ましくは0.05以下である。皮膜中のAlカチオン分率Al_(f)は、0.05以下が望ましく、より望ましくは0.02以下である。両者とも最も望ましくは0(検出限界以下)である。
【0089】
また、ろう付け性に悪影響を及ぼす皮膜の厚さd_(f)は、10nm以下が望ましく、より望ましくは7nm以下である。ここで、d_(f)は、角度分解法により求められる。具体的には、X線光電子分光法(XPS)により、取り出し角45度と90度で測定を行い、Crのピーク形状変化からCr-Oの膜厚を求める。これは、酸化皮膜がFe、Crの混合酸化物であり、皮膜の内層側にCrが濃化していることによる。
【0090】
通常、ステンレス鋼の表面に形成された皮膜の厚さを定義する際には、深さ方向分析のOピーク強度が最大強度の1/2となるまでの厚さで定義される。しかし、皮膜中にSi酸化物およびAl酸化物が含まれる場合、これらがCrリッチな(Fe、Cr)酸化物からなる内層の内側に形成されている。このため、Crのピーク形状変化から求めたCr-Oの膜厚の場合に比べて、皮膜の厚さを、深さ方向分析のOピーク強度が最大強度の1/2となるまでの厚さとすると、厚めに評価される。本実施形態では、ステンレス鋼のろう付け性とCr酸化物皮膜の還元特性との関連性に着目しているため、表面に形成された皮膜の厚さをCr-Oの膜厚とする。
【0091】
皮膜中のCrカチオン分率Cr_(f)は、Siカチオン分率Si_(f)及びAlカチオン分率Al_(f)と同様に求められる。Cr_(f)は、ろう付け性の観点から0.5以下とされている。Cr_(f)は、0.45以下とすることが望ましく、より望ましくは0.4以下である。
【0092】
以上、ろう付け性の観点から、皮膜中のCrカチオン分率Cr_(f)の上限値、皮膜の厚さd_(f)、Siカチオン分率Si_(f)、及びAlカチオン分率Al_(f)についての好適な範囲を示した。
d_(f)×Cr_(f)+5(Si_(f)+3Al_(f))の値は、(式2)に示すように2.0以下とされ、1.8以下とするのが好ましく、1.5以下がさらに好ましく、1.3以下にするとより好ましい。
【0093】
次に、耐食性について説明する。本発明者らは、バイオエタノール、バイオディーゼルなどのバイオ燃料を入手し、酸化劣化挙動やステンレス鋼に対する腐食性などについて、通常のガソリンと比較しながら詳細に調査解析を行った。その結果、酸化劣化したバイオ燃料中の脂肪酸は、水相に分配されて腐食性が発現し、有機酸濃度でその腐食性を表すとガソリンの約100倍に相当することがわかった。
【0094】
また、エンジンに近い燃料供給系部品は、90?100℃程度まで温度が上昇し、温度そのものと共にバイオ燃料中から水相に脂肪酸が分配されやすくなって、腐食環境が苛酷になる。この腐食環境は、酸化劣化ガソリンに対する腐食試験(温度40?50℃)に比べて苛酷な条件である。さらに、バイオ燃料中のバイオエタノールは水相に移動して、水相部分を拡大させるとともに、特にステンレス鋼において不働態を維持するのを阻害する要因となる。
【0095】
したがって、同じ燃料系部品であっても、通常のガソリンを使用した給油管や燃料タンクに比べ、バイオ燃料の使用まで考慮しかつエンジンに近い位置に配置される燃料供給系部品は、さらに優れた耐食性が必要となる。
そこで、高温で酸性脂肪酸の環境中でのステンレス鋼の耐食性について鋭意検討した。その結果、母材のCr量を15%以上とし、かつ皮膜中のCrカチオン分率Cr_(f)を0.18以上とする必要があることがわかった。より安定した耐食性を得るには、母材のCr量を17%以上とし、かつ皮膜中のCrカチオン分率Cr_(f)を0.20以上含有することが望ましい。
【0096】
本実施形態は、上記知見と共に強度が考慮された燃料供給系部材用フェライト系ステンレス鋼を提供するものであり、その要旨とするところは、特許請求の範囲に記載した通りの内容である。
以下、燃料供給系部材用フェライト系ステンレス鋼の各組成を限定した理由について説明する。なお、以下の説明では、特に断らない限り、各成分の%は、質量%を表すものとする。
【0097】
(C:0.03%以下)
Cは、耐粒界腐食性、加工性を低下させるため、その含有量を低く抑える必要がある。このため、Cの含有量の上限を0.03%以下とし、好ましくは0.02%以下とする。しかしながら、Cの含有量を過度に低めると、必要な強度が得られなくなるとともに精練コストを上昇させる。このため、Cの含有量の下限を0.002%以上とすることが好ましく、より好ましくは0.003%以上とする。
【0098】
(N:0.05%以下)
Nは、耐孔食性に有用な元素であるが、耐粒界腐食性、加工性を低下させるため、その含有量を低く抑える必要がある。このため、Nの含有量の上限を0.05%以下とし、好ましくは0.02%以下とする。しかしながら、Nの含有量を過度に低めることは、必要な強度が得られなくなるとともに精練コストを上昇させる。このため、Nの含有量の下限を0.002%以上とすることが好ましく、より好ましくは0.003%以上である。
さらに、ろう付け時の結晶粒粗大化抑制の観点から、CとNの合計含有量を0.015%以上((C+N)≧0.015%)とするのが好ましい。また、耐粒界腐食性および加工性の観点から、CとNの合計含有量を0.05%以下((C+N)≦0.05%)とするのが好ましい。
【0099】
(Si:1%以下)
Siは、ろう付け前の素材の表面にSi酸化物を含有する皮膜を形成させやすくすると共に加工性を低下させる。このため、Siの含有量を1%以下とし、好ましくは0.5%以下、より好ましくは0.4%以下とする。Siは、ろう付け後にステンレス鋼の表面皮膜に濃化して耐食性の向上に寄与すると共に脱酸元素として有用なため、Si量は0.1%以上が好ましく、より好ましくは0.1%超である。
【0100】
(Mn:1.2%以下)
Mnは、耐食性を劣化させる。このため、Mnの含有量を1.2%以下とし、好ましくは1%以下、より好ましくは0.5%以下とする。Mnは、脱酸元素として有用な元素であり、少なくとも0.02%以上のMnを含有させることが好ましく、Mn量は、より好ましくは、0.05%以上であり、さらに好ましくは0.1%以上である。
【0101】
(Cr:15%以上、23%以下)
Crは、バイオ燃料中での耐食性を確保するために基本となる元素である。Crは、少なくとも15%以上含有させることが必要であり、Cr量は好ましくは17%以上である。Crの含有量を増加させるほど耐食性を向上させることができる。しかし、過剰な量のCrの添加は加工性、製造性を低下させる。このため、Crの含有量を23%以下とし、好ましくは20.5%以下とする。
【0102】
(Nb:8(C+N)+0.1%以上、0.8%以下)
Nbは、CおよびNを固定し、溶接部の耐粒界腐食性を向上させるために有用な元素である。このため、Nbを(C+N)量の8倍以上含有させる必要がある。また、Nbは固溶状態で強度を向上させる効果が大きいので、強度ならびに疲労特性を向上させる。この点から固溶状態のNbを確保するのは有効である。したがって、Nbは、8(C+N)+0.1%以上の量で含有させる必要があり、Nb量は好ましくは8(C+N)+0.2%以上である。しかしながら、過剰量のNbの添加は、加工性、製造性を低下させる。このため、Nbの含有量の上限を0.8%とし、好ましくは0.6%以下である。
【0103】
(Al:0.1%以下)
Alは、ろう付け前の素材の表面にAl酸化物を含有する皮膜を形成させやすくすると共に靭性を劣化させる。このため、Alの含有量を0.1%以下とし、好ましくは0.08%以下、より好ましくは0.05%以下、さらに好ましくは0.03%以下とする。Alは、脱酸効果等を有するので精練のために有用な元素であり、成形性を向上させる効果もある。そのため、Al量は0.002%以上が好ましく、より好ましくは0.003%以上である。
【0104】
本実施形態のステンレス鋼においては、更に、質量%で、Ni:2%以下、Cu:1.5%以下、Mo:3%以下のうち何れか1種以上を含有してもよい。
(Ni:2%以下)
Niは、耐食性を向上させるために、必要に応じて2%以下含有させることができる。特に、Niは、本実施形態で対象としている燃料供給系部品において要求される外面からの塩害に対する耐食性を向上させる効果を有する。また、Niは、強度を向上させる効果も有する。このため、Niを含有させる場合、Ni量は、0.1%以上が好ましく、より好ましくは0.2%以上であり、さらに好ましくは0.3%以上である。しかし、過剰量のNiの添加は、加工性を低下させるとともに高価なためコストアップにもつながる。したがって、Ni含有量は、1.5%以下であることが好ましく、1.2%以下であることがより好ましい。
【0105】
(Cu:1.5%以下)
Cuは、耐食性を向上させるために、必要に応じて1.5%以下の量で含有させることができる。Cuは、Niと同様、特に、本実施形態で対象としている燃料供給系部品において要求される外面からの塩害に対する耐食性を向上させる効果を有する。また、Cuは、強度を向上させる効果も有する。このため、Cuを含有させる場合、Cu量は0.1%以上が好ましく、より好ましくは0.2%以上であり、さらに好ましくは0.3%以上である。しかし、過剰量の添加は加工性を低下させる。したがって、Cu含有量は、1%以下であることが好ましく、さらに好ましくは0.8%以下である。
【0106】
(Mo:3%以下)
Moは、耐食性を向上させるために、必要に応じて3%以下含有させることができる。Moは、特に、本実施形態で対象としている燃料供給系部品において要求されるバイオ燃料中での耐食性と共に、外面からの塩害に対する耐食性を向上させる効果を有する。また、Moは、強度を向上させる効果も有する。このため、Moを含有させる場合、Mo量は0.1%以上が好ましく、より好ましくは0.3%以上であり、さらに好ましくは0.7%以上である。しかし、過剰量のMoの添加は、加工性を低下させるとともに高価なためコストアップにもつながる。したがって、Mo含有量は、2.2%以下であることが好ましく、さらに好ましくは2%以下である。
【0107】
本実施形態のステンレス鋼においては、更に、質量%で、V:0.5%以下、W:1%以下、B:0.005%以下、Zr:0.5%以下、Sn:0.5%以下、Co:0.2%以下、Mg:0.002%以下、Ca:0.002%以下、REM:0.01%以下、Sb:0.5%以下、Ta:0.5%以下、及びGa:0.01%以下のうち何れか1種以上を含有してもよい。
(V:0.5%以下)
Vは、耐食性を向上させるために、必要に応じて0.5%以下含有させることができる。Vを含有することによる安定した効果を得るには、V量は0.05%以上が好ましく、0.1%以上がより好ましい。しかし、過剰量のVの添加は、加工性を劣化させると共に、高価であるためコストアップにつながる。このため、Vの含有量は、0.3%以下であることが好ましい。
【0108】
(W:1%以下)
Wは、耐食性を向上させるために、必要に応じて1%以下の量で含有させることができる。Wは、特に、本実施形態で対象としている燃料供給系部品において要求される外面からの塩害に対する耐食性を向上させる効果を有する。Wを含有することによる安定した効果を得るには、W量は、0.2%以上が好ましく、0.5%以上がより好ましい。過剰量のWの添加は、加工性を劣化させると共に、高価であるためコストアップにつながる。このため、Wの含有量は、0.8%以下であることが好ましい。
【0109】
(B:0.005%以下)
Bは、加工性、特に二次加工性を向上させるために、必要に応じて0.005%以下の量で含有させることができる。Bを含有することによる安定した効果を得るには、B量は、0.0002%以上が好ましく、0.0003%以上がより好ましい。過剰量のBの添加は耐粒界腐食性を低下させる。このため、Bの含有量は、0.0015%以下であることが好ましい。
【0110】
(Zr:0.5%以下)
Zrは、耐食性、特に耐粒界腐食性を向上させるために、必要に応じて0.5%以下の量で含有させることができる。Zrを含有することによる安定した効果を得るには、Zr量は、0.05%以上が好ましく、0.1%以上がより好ましい。過剰量のZrの添加は、加工性を劣化させると共に、高価であるためコストアップにつながる。このため、Zrの含有量は、0.3%以下であることが好ましい。
【0111】
(Sn:0.5%以下)
Snは、耐食性を向上させるために、必要に応じて0.5%以下の量で含有させることができる。特に、本実施形態で対象としている熱交換器類に要求される排ガス凝縮水に対する耐食性や外面からの塩害に対する耐食性において、Snは耐孔あき性を向上させる効果を有する。Snを含有することによる安定した効果を得るには、Sn量は、0.02%以上が好ましく、0.05%以上がより好ましい。しかし、過剰量のSnの添加は靭性を低下させる。このため、Snの含有量は、0.3%以下であることが好ましい。
【0112】
(Co:0.2%以下)
Coは、二次加工性と靭性を向上させるために、必要に応じて0.2%以下の量で含有させることができる。Coを含有することによる安定した効果を得るには、Co量は、0.02%以上が好ましく、0.05%以上がより好ましい。しかし、過剰量のCoの添加はコストアップにつながる。このため、Coの含有量は、0.15%以下であることが好ましい。
【0113】
(Mg:0.002%以下)
Mgは、脱酸効果等を有するので精練に有用な元素であり、組織を微細化し加工性や靭性の向上にも効果がある。このことから、Mgは、必要に応じて0.002%以下の量で含有させることができる。Mgを含有することによる安定した効果を得るには、Mg量は、0.0002%以上が好ましく、0.0005%以上がより好ましい。Mg含有量は、硫化物を形成して耐食性を劣化させるため、0.0015%以下とすることが好ましい。
【0114】
(Ca:0.002%以下)
Caは、脱酸効果等を有するので精練に有用な元素であり、必要に応じて0.002%以下の量で含有させることができる。Caを含有することによる安定した効果を得るには、Ca量は、0.0002%以上が好ましく、0.0004%以上がより好ましい。Ca含有量は、硫化物を形成して耐食性を劣化させるため、0.0015%以下とすることが好ましい。
【0115】
(REM:0.01%以下)
REM(希土類金属元素)は、一般的な定義に従い、スカンジウム(Sc)、イットリウム(Y)の2元素と、ランタン(La)からルテチウム(Lu)までの15元素(ランタノイド)の総称を指す。単独で添加してもよいし、混合物であってもよい。REMは、脱酸効果等を有するので精練に有用な元素であり、必要に応じて0.01%以下の量で含有させることができる。REMを含有することによる安定した効果を得るには、REM量は、0.0005%以上が好ましく、0.001%以上がより好ましい。REM含有量は、コストアップにつながるため、0.008%以下とすることが好ましい。
【0116】
(Sb:0.5%以下)
Sbは、耐食性を向上させるために、必要に応じて0.5%以下の量で含有させることができる。特に、本実施形態で対象としている熱交換器類に要求される排ガス凝縮水に対する耐食性や外面からの塩害に対する耐食性において、Sbは耐孔あき性を向上させる効果を有する。しかし、過剰量のSbの添加は靭性を低下させる。Sb含有量は、上記効果を得るために、0.001%以上であることが好ましく、より好ましくは0.01%以上、さらに0.05%以上である。また、Sb含有量の上限は、0.5%であり、好ましくは0.3%である。
【0117】
(Ta:0.5%以下)
Taは、耐食性を向上させるために、必要に応じて0.5%以下の量で含有させることができる。特に、本実施形態で対象としている熱交換器類に要求される排ガス凝縮水に対する耐食性や外面からの塩害に対する耐食性において、Taは耐孔あき性を向上させる効果を有する。しかし、過剰量のTaの添加は靭性を低下させる。Ta含有量は、上記効果を得るために、0.01%以上が好ましく、さらに0.05%以上であることが好ましく、より好ましくは0.1%以上である。また、Ta含有量の上限は、0.5%であり、好ましくは0.4%である。
【0118】
(Ga:0.01%以下)
Gaは、安定な硫化物を形成して耐食性を向上させるとともに耐水素脆化性も向上させることから、必要に応じて0.01%以下の量で含有させることができる。Ga含有量は、上記効果を得るために、0.0002%以上であることが好ましく、より好ましくは0.0005%以上である。また、Ga含有量の上限は、0.01%であり、好ましくは0.005%である。
【0119】
なお、不可避不純物のうち、P量については、溶接性の観点から0.04%以下とすることが好ましく、より好ましくは0.035%以下である。
また、S量については、耐食性の観点から0.02%以下とすることが好ましく、より好ましくは0.01%以下である。
【0120】
本実施形態のステンレス鋼は、基本的にはフェライト系ステンレス鋼を製造する一般的な方法により製造される。例えば、転炉又は電気炉で上記の化学組成を有する溶鋼とし、AOD炉やVOD炉などで精練して、連続鋳造法又は造塊法で鋼片とする。次いで、鋼片に対して、熱間圧延-熱延板の焼鈍-酸洗-冷間圧延-仕上げ焼鈍-酸洗の工程を施して鋼板が製造される。必要に応じて、熱延板の焼鈍を省略してもよいし、冷間圧延-仕上げ焼鈍-酸洗の工程を繰り返し行ってもよい。
【0121】
ここで述べた工程のうち、本実施形態で規定する組成の皮膜を表面に形成するには、仕上焼鈍及び酸洗の条件に留意することが好ましい。特に、仕上げ焼鈍工程および酸洗工程において、ろう付け性を劣化させるSi酸化物およびAl酸化物の生成を抑制することが好ましい。
本実施形態において、酸洗工程は複数の工程を組み合わせて行ってもよい。具体的には、第一の工程としてソルト法もしくは中性塩電解法を行い、第二の工程として硝酸電解を行う。第三工程として、硝ふっ酸への浸漬が追加される場合がある。また、第二工程として、硝ふっ酸への浸漬を行ってもよい。
【0122】
前記したように、酸洗工程において、特にSi酸化物の除去に有用なのがソルト法であり、高温化と長時間化が有効である。このうち長時間化は、設備が同一の場合、ライン速度を低下させることになる。これは、ソルト槽前における材料の温度低下につながると共に、生産性を低下させる。
ソルト法の温度に関しては、ソルトの劣化が530℃以上で起こることが知られているため、通常450?480℃程度の温度のソルトに鋼板は浸漬される。しかし、本実施形態の場合、Si酸化物を効率よく除去するために、ソルトの温度を通常より高く設定する。具体的には、ソルトの温度を490℃以上とすることが好ましく、500℃以上とするとより効果的であり、500℃以上530℃以下の温度範囲で鋼板を浸漬することが望ましい。
【0123】
ソルトの浸漬時間は、2秒以上10秒以下とすることが望ましい。ただし、ソルトの高温化は、表面性状の劣化につながりやすく、かつCr含有量の多いステンレス鋼ほど劣化しやすい。このため、ソルトの温度および浸漬時間は、T×(10t+2[Cr])/100≦600(ここで、T:温度(℃)、t:浸漬時間(sec)、[Cr]:Cr含有量(質量%))を満足することが望ましい。
【0124】
このように酸洗工程におけるソルト法がSi酸化物の濃化を抑制するために最も有用である。本実施形態においては、Si酸化物を含めたスケールの生成量そのものを抑制するために、仕上焼鈍温度を低下することが望ましい。一般に、仕上焼鈍温度は、材料の化学組成や要求される機械的性質等に応じて選定される。本実施形態の場合には、所望の機械的性質を得るために選定される通常の焼鈍温度から5?20℃低めとするのが効果的であり望ましい。具体的には、仕上焼鈍温度は、1000℃以下が望ましく、970?990℃とするとさらに望ましい。仕上焼鈍温度の下限温度は、冷延板を仕上焼鈍して再結晶組織を有する金属組織とし、所望の機械的性質を具備することができればよい。
【0125】
最後に、本実施形態の燃料供給系部品について説明する。本実施形態の部品は、ろう付け接合された部材を備える。部材は、板、管、棒などの形状をした本実施形態のフェライト系ステンレス鋼そのもの、もしくはその加工品からなる。本実施形態の部品は、部材がろう付け接合されてなるため、多数の部材からなる複雑な形状を有する部品に対応できる。
ろう付け接合には、ろう材としてCuろうおよび/またはNiろうが用いられることが好ましい。このうちNiろうについては、CrやSiを含有したNi合金ろうが用いられることが好ましい。
【0126】
本実施形態のステンレス鋼からなる部材の製造工程では、ろう付け時にステンレス鋼の表面に存在する酸化物皮膜を還元するため、真空度もしくは露点の低い条件でろう付けされる。具体的には、ろう付け温度において、CrとCr_(2)O_(3)とが平衡する真空度もしくは露点よりも低い条件にて実施される。ろう付け接合は、例えば、真空中もしくは水素雰囲気中で950?1200℃の温度に10?30分程度保つ条件で行うことができる。ろう付け接合時には、雰囲気制御や雰囲気置換用のガスとして、アルゴンガスや窒素ガス等を用いてもよい。
【実施例】
【0127】
以下、実施例により本発明の効果をより明らかなものとする。なお、本発明は、以下の実施例に限定されるものではなく、その要件を変更しない範囲で適宜変更して実施することができる。
【0128】
(実施例1)
表1に示す化学組成を有する溶鋼30kgを真空溶解炉にて溶製して17kgの扁平鋼塊を作製した。次いで、加熱温度1200℃にて厚さ4.5mmまで鋼塊を熱延した。950℃にて熱延板の焼鈍を行い、次いで、アルミナショットによりスケールを除去して板厚1mmまで熱延板を冷延した。その後、仕上焼鈍を行い、ソルト法および硝ふっ酸への浸漬によりスケールを除去した。
【0129】
仕上焼鈍温度は表1に示す温度とし、保定時間は1分とした。
ソルト法としては、NaOHを主成分とする市販のデスケール用アルカリソルトを加熱して鋼板をアルカリソルトに浸漬する方法を用い、加熱温度を表1に示す温度とし、浸漬時間を5秒とした。
硝ふっ酸への浸漬においては、55℃に加熱した3%HF-10%HNO_(3)溶液を用い、鋼板をこの溶液に10秒間浸漬した。こうして得られた冷延鋼板(発明鋼1-1?1-12、比較鋼1-1?1-5)を用いて、ろう拡がり性を評価すると共に素材の表面皮膜を分析した。
【0130】
[ろう拡がり性]
冷延鋼板より幅40mm、長さ40mmの板を3枚ずつ切り出し、有機溶剤を用いて脱脂した。次いで、板の中央に0.5gの純Cuろう(BCu-1)を載せ、真空炉に入れ、1130℃にて10分加熱した。真空度は約50Paであった。加熱後に冷却し、ろうの寸法を測定した。寸法を測定した結果より、ろう面積を求め、次の式より、ろう拡がり係数を算出した。
ろう拡がり係数=熱処理後のろう面積/初期ろう面積
【0131】
表2に、ろう拡がり係数を示す。なお、ろう拡がり係数は、3枚の板における平均値である。本実施形態においては、ろう拡がり係数は2以上が良好であり、4以上はさらに優れている。
【0132】
[素材の表面皮膜分析]
X線光電子分光法(XPS)により、素材の表面皮膜を分析した。XPSはアルバック・ファイ社製である。使用X線源にmono-AlKα線を用い、X線ビーム径が約100μmであり、取り出し角が45度と90度である条件で実施した。XPSにおける最表面の定量分析結果から、Crカチオン分率Cr_(f)、Siカチオン分率Si_(f)およびAlカチオン分率Al_(f)を求めた。ここでカチオンは金属元素のみを対象とした。また、酸化皮膜の厚さd_(f)は、角度分解法により求めた。
【0133】
表2に、酸化皮膜の厚さd_(f)、Crカチオン分率Cr_(f)、Siカチオン分率Si_(f)、Alカチオン分率Al_(f)およびd_(f)×Cr_(f)+5(Si_(f)+3Al_(f))の値(A値)を示す。
【0134】
表2に示すように、d_(f)×Cr_(f)+5(Si_(f)+3Al_(f))の値が2.0以下の本発明例は、ろう拡がり係数が2以上であり、ろう付け性に優れる。
比較例に示すようにd_(f)×Cr_(f)+5(Si_(f)+3Al_(f))の値が2.0を超えると、ろう拡がり係数が2未満となり、ろう付け性に劣る。
【0135】
発明鋼1-3と比較鋼1-1は、類似の化学組成を有するが、ろう拡がり係数に明瞭な違いが認められている。これは、発明鋼1-3に比べて、比較鋼1-1は、皮膜中のSiカチオン分率Si_(f)が高く、d_(f)×Cr_(f)+5(Si_(f)+3Al_(f))の値が2.0を超えたためである。発明鋼1-3に比べて、比較鋼1-1は、ソルトの温度が低いため、焼鈍工程で形成されたSi酸化物が除去できずに濃化したと考えられる。
【0136】
比較鋼1-5と発明鋼1-1とは、同じ化学組成を有しているが、比較鋼1-5では焼鈍温度を高温化しソルトの温度を低下させたため、d_(f)×Cr_(f)+5(Si_(f)+3Al_(f))の値が2.0を超えている。このため、発明鋼1-1に比べて、比較鋼1-5は、ろう拡がり係数が大きく低下している。これは、主として、比較鋼1-5では、焼鈍工程で形成されたSi酸化物が除去できずに濃化したためと考えられる。
【0137】
【表1】

【0138】
【表2】

【0139】
(実施例2)
表3に示す化学組成を有する溶鋼30kgを真空溶解炉にて溶製して17kgの扁平鋼塊を作製した。次いで、加熱温度1200℃にて厚さ4.5mmまで鋼塊を熱延した。得られた熱延板に対して950℃にて熱延板の焼鈍を行い、次いで、アルミナショットによりスケールを除去し、板厚1mmまで熱延板を冷延した。その後、得られた冷延板に対して仕上げ焼鈍を行い、ソルト法および硝ふっ酸への浸漬によりスケールを除去(酸洗)した。
【0140】
仕上焼鈍温度は表4に示す温度とし、保定時間は1分とした。
ソルト法としては、NaOHを主成分とする市販のデスケール用アルカリソルトを加熱して鋼板をアルカリソルトに浸漬する方法を用いた。ソルト法では、ソルトの加熱温度を表4に示す温度とし、浸漬時間を5秒とした。
硝ふっ酸浸漬においては、55℃に加熱した3%HF-10%HNO_(3)溶液を用い、鋼板をこの溶液に10秒間浸漬した。
こうして得られた冷延鋼板(発明鋼2-1?2-12、比較鋼2-1?2-7)を用いて、強度、耐食性、ろう拡がり性を評価すると共に、素材の表面皮膜を分析した。なお、発明鋼2-4は、比較鋼2-6と同じ組成である。
【0141】
[常温引張試験(強度)]
冷延鋼板よりJIS13B号試験片をL方向に採取し、常温で引張試験を行った。得られた0.2%耐力を、表4に示す。
【0142】
[腐食試験]
酸化劣化したバイオ燃料を模擬した条件にて腐食試験を行った。冷延鋼板より、それぞれ幅25mm、長さ100mmの試験片を2枚ずつ切り出し、有機溶剤を用いて脱脂した。試験溶液には、ギ酸の量が0.1%、酢酸の量が1%であり、Clイオン濃度が100ppmになるようにNaClを溶解させた水溶液を用いた。試験温度は95℃とし、試験時間は168hとした。これら以外の試験条件については、JASO-M611-92-Aに準じた。
【0143】
腐食試験後に腐食生成物を除去し、次いで腐食減量の測定と局部腐食の有無を観察した。腐食減量は、試験前後の試験片の質量変化から求めた。局部腐食の有無は、試験片全面を対象にし、光学顕微鏡を用いて、以下に示すように判定した。すなわち、焦点深度法による腐食深さ測定値の検出限界である10μmを超える腐食痕が検出された場合を「局部腐食あり」と定義し、10μmを超える腐食痕が検出されなかった場合を「局部腐食なし」と定義した。
【0144】
そして、2つの試験片のうち1つでも、腐食減量が検出限界相当の0.5g・m^(-2)以上および/または局部腐食があった場合を不合格(×)とした。また、2つの試験片のうち2つとも、腐食減量が0.5g・m^(-2)未満で局部腐食が認められなかった場合を合格(○)とした。結果を表4に示す。
【0145】
[ろう拡がり性]
冷延鋼板より幅40mm、長さ40mmの板を3枚ずつ切り出し、有機溶剤を用いて脱脂した。次いで、板の中央に0.5gの純Cuろう(BCu-1)を載せ、真空炉に入れ、1130℃にて10分間加熱した。真空度は約50Paであった。加熱後に冷却し、ろうの寸法を測定した。寸法測定結果より、ろう面積を求め、次の式より、ろう拡がり係数を算出した。
ろう拡がり係数=熱処理後ろう面積/初期ろう面積
【0146】
表4に、ろう拡がり係数を示す。なお、ろう拡がり係数は、3枚の板における平均値である。本実施形態においては、ろう拡がり係数は2以上が良好であり、4以上はさらに優れている。
【0147】
[素材の表面皮膜分析]
X線光電子分光法(XPS)により、素材の表面皮膜を分析した。XPSはアルバック・ファイ社製である。使用X線源にmono-AlKα線を用い、X線ビーム径が約100μmであり、取り出し角が45度と90度である条件で実施した。XPSにおける最表面の定量分析結果から、Crカチオン分率Cr_(f)、Siカチオン分率Si_(f)およびAlカチオン分率Al_(f)を求めた。ここでカチオンは金属元素のみを対象とした。また、酸化皮膜の厚さd_(f)は、角度分解法により求めた。
【0148】
表4に、酸化皮膜の厚さd_(f)、Crカチオン分率Cr_(f)、Siカチオン分率Si_(f)、Alカチオン分率Al_(f)およびd_(f)×Cr_(f)+5(Si_(f)+3Al_(f))の値(A値)を示す。
【0149】
表4に示すように、発明例2-1?2-12は、0.2%耐力が250MPa以上であり、酸化劣化したバイオ燃料を模擬した条件における腐食試験で腐食なしであると共に、ろう拡がり係数が2以上であり、ろう付け性に優れる。
Cr含有量が15%未満の比較例2-1は、d_(f)×Cr_(f)+5(Si_(f)+3Al_(f))の値が2.0以下であるが、Crカチオン分率Cr_(f)が0.18未満であった。ろう拡がり係数は2以上あるものの、酸化劣化したバイオ燃料を模擬した環境での耐食性に劣る。
d_(f)×Cr_(f)+5(Si_(f)+3Al_(f))の値が2.0を超えている比較例2-2,2-4および2-6は、ろう拡がり係数が2未満となり、ろう付け性に劣る。
比較例2-3は、Cr含有量が多いため、d_(f)×Cr_(f)+5(Si_(f)+3Al_(f))の値が2.0を超えるとともに,Crカチオン分率Crfが大きくなり、ろう拡がり係数が2未満となった。
比較例2-5は、鋼板中のNb含有量が少ないため、0.2%耐力が250MPa未満と強度に劣る。
比較例2-7は、Cr含有量が多いため,d_(f)×Cr_(f)+5(Si_(f)+3Al_(f))の値が2.0を超え、ろう拡がり係数が2未満となった。
【0150】
【表3】

【0151】
【表4】

【産業上の利用可能性】
【0152】
第1の実施形態に係るろう付け性に優れたフェライト系ステンレス鋼板は、EGRクーラ、オイルクーラ、排熱回収器、フューエルデリバリ系の部品などの自動車部品や、潜熱回収型ガス給湯器の二次熱交換器、CO_(2)冷媒ヒートポンプ式給湯器(通称:エコキュート(登録商標))のプレート型熱交換器、その他各種プラントの熱交換器などの熱交換器類など、ろう付け接合で組み立てられる部材の素材として好適である。
【0153】
第2の実施形態に係るフェライト系ステンレス鋼は、自動車燃料供給系部品、特に燃料圧力の変動に伴う脈動を生じやすい直噴エンジンの燃料供給系部品に好適であり、地域を問わず適用可能である。第2の実施形態に係るフェライト系ステンレス鋼は、燃料供給系部品のなかでも、特にデリバリパイプ、燃料ポンプ部品、燃料圧力調整用部品等エンジンに近い部品で、高温になりやすく、圧力も高い環境下で使用される部品に好適である。
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.03%以下、N:0.05%以下、Si:0.1%超1%以下、Mn:1.2%以下、Cr:14%以上28%以下、Nb:8(C+N)%以上0.8%以下、及びAl:0.1%以下を含有し、残部がFe及び不可避不純物からなり、表面に式1を満足する皮膜が形成されていることを特徴とするろう付け性に優れたフェライト系ステンレス鋼板。
1.3≦d_(f)×Cr_(f)+5(Si_(f)+3Al_(f))≦2.0 ・・・(式1)
式1において、d_(f)は単位がnmの皮膜の厚さを示し、3.7nm以上6.6nm以下である。Cr_(f)は皮膜中のCrカチオン分率を示し、Si_(f)は皮膜中のSiカチオン分率を示し、Al_(f)は皮膜中のAlカチオン分率を示す。
【請求項2】
更に、質量%で、Ni:5%以下、Cu:1.5%以下、Mo:3%以下のうち何れか1種以上を含有することを特徴とする請求項1記載のろう付け性に優れたフェライト系ステンレス鋼板。
【請求項3】
更に、質量%で、V:0.5%以下、W:1%以下、B:0.005%以下、Zr:0.5%以下、Sn:0.5%以下、Co:0.2%以下、Mg:0.002%以下、Ca:0.002%以下、REM:0.01%以下、Sb:0.5%以下、Ta:0.5%以下、及びGa:0.01%以下のうち何れか1種以上を含有することを特徴とする請求項1または2記載のろう付け性に優れたフェライト系ステンレス鋼板。
【請求項4】
ろう付け接合された部材からなる熱交換部を備え、前記部材は、請求項1?請求項3のいずれか一項に記載のフェライト系ステンレス鋼板からなることを特徴とする熱交換器。
【請求項5】
質量%で、C:0.03%以下、N:0.05%以下、Si:0.1%超1%以下、Mn:1.2%以下、Cr:14%以上28%以下、Nb:8(C+N)%以上0.8%以下、及びAl:0.1%以下を含有し、残部がFe及び不可避不純物からなり、表面に式1を満足する皮膜が形成されていることを特徴とする熱交換器用フェライト系ステンレス鋼板。
1.3≦d_(f)×Cr_(f)+5(Si_(f)+3Al_(f))≦2.0 ・・・(式1)
式1において、d_(f)は単位がnmの皮膜の厚さを示し、3.7nm以上6.6nm以下である。Cr_(f)は皮膜中のCrカチオン分率を示し、Si_(f)は皮膜中のSiカチオン分率を示し、Al_(f)は皮膜中のAlカチオン分率を示す。
【請求項6】
更に、質量%で、Ni:5%以下、Cu:1.5%以下、Mo:3%以下のうち何れか1種以上を含有することを特徴とする請求項5記載の熱交換器用フェライト系ステンレス鋼板。
【請求項7】
更に、質量%で、V:0.5%以下、W:1%以下、B:0.005%以下、Zr:0.5%以下、Sn:0.5%以下、Co:0.2%以下、Mg:0.002%以下、Ca:0.002%以下、REM:0.01%以下、Sb:0.5%以下、Ta:0.5%以下、及びGa:0.01%以下のうち何れか1種以上を含有することを特徴とする請求項5または6記載の熱交換器用フェライト系ステンレス鋼板。
【請求項8】
質量%で、C:0.03%以下、N:0.05%以下、Si:0.1%超1%以下、Mn:1.2%以下、Cr:15%以上23%以下、Nb:8(C+N)+0.1%以上0.8%以下、及びAl:0.1%以下を含有し、残部がFe及び不可避不純物からなり、表面に式2および式3を満足する皮膜が形成されていることを特徴とするフェライト系ステンレス鋼。
1.2≦d_(f)×Cr_(f)+5(Si_(f)+3Al_(f))≦2.0 ・・・(式2)
0.18≦Cr_(f)≦0.5 ・・・(式3)
式2において、d_(f)は単位がnmの皮膜の厚さを示し、3.7nm以上6.7nm以下である。Si_(f)は皮膜中のSiカチオン分率を示し、Al_(f)は皮膜中のAlカチオン分率を示す。式2、式3において、Cr_(f)は皮膜中のCrカチオン分率を示す。
【請求項9】
更に、質量%で、Ni:2%以下、Cu:1.5%以下、Mo:3%以下のうち何れか1種以上を含有することを特徴とする請求項8記載のフェライト系ステンレス鋼。
【請求項10】
更に、質量%で、V:0.5%以下、W:1%以下、B:0.005%以下、Zr:0.5%以下、Sn:0.5%以下、Co:0.2%以下、Mg:0.002%以下、Ca:0.002%以下、REM:0.01%以下、Sb:0.5%以下、Ta:0.5%以下、及びGa:0.01%以下のうち何れか1種以上を含有することを特徴とする請求項8または9記載のフェライト系ステンレス鋼。
【請求項11】
ろう付け接合された部材を備え、前記部材は、請求項8?10のいずれか一項に記載のフェライト系ステンレス鋼からなることを特徴とする燃料供給系部品。
【請求項12】
質量%で、C:0.03%以下、N:0.05%以下、Si:0.1%超1%以下、Mn:1.2%以下、Cr:15%以上23%以下、Nb:8(C+N)+0.1%以上0.8%以下、及びAl:0.1%以下を含有し、残部がFe及び不可避不純物からなり、表面に式2および式3を満足する皮膜が形成されていることを特徴とする燃料供給系部材用フェライト系ステンレス鋼。
1.2≦d_(f)×Cr_(f)+5(Si_(f)+3Al_(f))≦2.0 ・・・(式2)
0.18≦Cr_(f)≦0.5 ・・・(式3)
式2において、d_(f)は単位がnmの皮膜の厚さを示し、3.7nm以上6.7nm以下である。Si_(f)は皮膜中のSiカチオン分率を示し、Al_(f)は皮膜中のAlカチオン分率を示す。式2、式3において、Cr_(f)は皮膜中のCrカチオン分率を示す。
【請求項13】
更に、質量%で、Ni:2%以下、Cu:1.5%以下、Mo:3%以下のうち何れか1種以上を含有することを特徴とする請求項12記載の燃料供給系部材用フェライト系ステンレス鋼。
【請求項14】
更に、質量%で、V:0.5%以下、W:1%以下、B:0.005%以下、Zr:0.5%以下、Sn:0.5%以下、Co:0.2%以下、Mg:0.002%以下、Ca:0.002%以下、REM:0.01%以下、Sb:0.5%以下、Ta:0.5%以下、及びGa:0.01%以下のうち何れか1種以上を含有することを特徴とする請求項12または13記載の燃料供給系部材用フェライト系ステンレス鋼。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2020-04-03 
出願番号 特願2015-508499(P2015-508499)
審決分類 P 1 651・ 113- YAA (C22C)
P 1 651・ 83- YAA (C22C)
P 1 651・ 536- YAA (C22C)
P 1 651・ 121- YAA (C22C)
P 1 651・ 537- YAA (C22C)
最終処分 維持  
前審関与審査官 大塚 美咲酒井 英夫  
特許庁審判長 亀ヶ谷 明久
特許庁審判官 土屋 知久
中澤 登
登録日 2018-01-12 
登録番号 特許第6270821号(P6270821)
権利者 日鉄ステンレス株式会社
発明の名称 ろう付け性に優れたフェライト系ステンレス鋼板、熱交換器、熱交換器用フェライト系ステンレス鋼板、フェライト系ステンレス鋼、燃料供給系部材用フェライト系ステンレス鋼、及び燃料供給系部品  
代理人 棚井 澄雄  
代理人 勝俣 智夫  
代理人 志賀 正武  
代理人 寺本 光生  
代理人 勝俣 智夫  
代理人 山口 洋  
代理人 棚井 澄雄  
代理人 志賀 正武  
代理人 山口 洋  
代理人 寺本 光生  

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