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審決分類 審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  C10M
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C10M
管理番号 1363961
異議申立番号 異議2018-700986  
総通号数 248 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2020-08-28 
種別 異議の決定 
異議申立日 2018-12-05 
確定日 2020-05-07 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第6336095号発明「潤滑油組成物及び潤滑油組成物の製造方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6336095号の特許請求の範囲を、訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1?9〕、10について訂正することを認める。 特許第6336095号の請求項1?10に係る特許を取り消す。 
理由 第1 手続の経緯

特許第6336095号の請求項1?10に係る特許(以下、各請求項に係る特許を項番号に合わせて「本件特許1」などといい、まとめて「本件特許」という。)についての出願は、2016年(平成28年)3月16日(優先権主張 2015年(平成27年)3月20日 日本国(JP))を国際出願日とする出願であって、平成30年5月11日にその特許権の設定登録がされ、同年6月6日に特許掲載公報が発行されたものである。
その後、本件特許1?10に対して、同年12月5日に特許異議申立人である中嶋庸亮により特許異議の申立てがなされた。
本件特許異議申立事件における手続の経緯は、以下のとおりである。
平成31年 3月28日付け:(当審)取消理由通知
令和 元年 6月 3日 :(特許権者)意見書及び訂正請求書の提出
同年 7月10日 :(特許異議申立人)意見書の提出
同年 9月26日付け:(当審)取消理由通知(決定の予告)
同年11月29日 :(特許権者)意見書及び訂正請求書の提出
令和 2年 1月 9日 :(特許異議申立人)意見書の提出
なお、令和元年6月3日になされた訂正の請求は、特許法第120条の5第7項の規定により、取り下げられたものとみなす。

第2 本件訂正の適否についての判断

1 本件訂正の内容(訂正事項)
令和元年11月29日になされた訂正の請求(以下、当該訂正を「本件訂正」という。)は、特許法第120条の5第3項及び第4項の規定に従い、一群の請求項を構成する請求項1?9及び請求項10を訂正の単位として訂正することを求めるものであり、その内容(訂正事項)は、次のとおりである(下線は訂正箇所)。
(1) 訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1に、
「基油と共に粘度指数向上剤を含有する、潤滑油組成物であって、
・・・
要件(I):前記粘度指数向上剤を鉱油に溶解してなる固形分濃度25質量%の溶液について、測定温度70℃、角周波数100rad/s、歪み量20%の条件下で測定した、当該溶液の貯蔵弾性率(G’)と損失弾性率(G’’)との比〔(G’)/(G’’)〕が0.40以上である。
要件(II):前記粘度指数向上剤を鉱油に溶解してなる固形分濃度25質量%である25℃の溶液(α)、並びに、当該溶液(α)を昇温速度0.2℃/sで100℃まで昇温した後に、冷却速度0.2℃/sで25℃まで冷却した溶液(β)について、測定温度25℃、角周波数100rad/s、歪み量1%の条件下で測定した溶液(β)の貯蔵弾性率(G’)と、測定温度25℃、角周波数100rad/s、歪み量20%の条件下で測定した溶液(α)の貯蔵弾性率(G’)との比〔溶液(β)/溶液(α)〕が2.0以上である。」
と記載されているのを、
「基油と共に粘度指数向上剤を含有し、-35℃におけるCCS粘度が4000mPa・s以下である潤滑油組成物であって、
・・・
要件(I):前記粘度指数向上剤を鉱油に溶解してなる固形分濃度25質量%の溶液について、測定温度70℃、角周波数100rad/s、歪み量20%の条件下で測定した、当該溶液の貯蔵弾性率(G’)と損失弾性率(G’’)との比〔(G’)/(G’’)〕が0.85以上1.33以下である。
要件(II):前記粘度指数向上剤を鉱油に溶解してなる固形分濃度25質量%である25℃の溶液(α)、並びに、当該溶液(α)を昇温速度0.2℃/sで100℃まで昇温した後に、冷却速度0.2℃/sで25℃まで冷却した溶液(β)について、測定温度25℃、角周波数100rad/s、歪み量1%の条件下で測定した溶液(β)の貯蔵弾性率(G’)と、測定温度25℃、角周波数100rad/s、歪み量20%の条件下で測定した溶液(α)の貯蔵弾性率(G’)との比〔溶液(β)/溶液(α)〕が7.93以上34.87以下である。」
に訂正する(請求項1を直接的又は間接的に引用する請求項2?9も同様に訂正する)。
(2) 訂正事項2
特許請求の範囲の請求項10に、
「基油に粘度指数向上剤を配合する工程を有する、潤滑油組成物の製造方法であって、
・・・
要件(I):前記粘度指数向上剤を鉱油に溶解してなる固形分濃度25質量%の溶液について、測定温度70℃、角周波数100rad/s、歪み量20%の条件下で測定した、当該溶液の貯蔵弾性率(G’)と損失弾性率(G’’)との比〔(G’)/(G’’)〕が0.40以上である。
要件(II):前記粘度指数向上剤を鉱油に溶解してなる固形分濃度25質量%である25℃の溶液(α)、並びに、当該溶液(α)を昇温速度0.2℃/sで100℃まで昇温した後に、冷却速度0.2℃/sで25℃まで冷却した溶液(β)について、測定温度25℃、角周波数100rad/s、歪み量1%の条件下で測定した溶液(β)の貯蔵弾性率(G’)と、測定温度25℃、角周波数100rad/s、歪み量20%の条件下で測定した溶液(α)の貯蔵弾性率(G’)との比〔溶液(β)/溶液(α)〕が2.0以上である。」
と記載されているのを、
「基油に粘度指数向上剤を配合する工程を有する、-35℃におけるCCS粘度が4000mPa・s以下である潤滑油組成物の製造方法であって、
・・・
要件(I):前記粘度指数向上剤を鉱油に溶解してなる固形分濃度25質量%の溶液について、測定温度70℃、角周波数100rad/s、歪み量20%の条件下で測定した、当該溶液の貯蔵弾性率(G’)と損失弾性率(G’’)との比〔(G’)/(G’’)〕が0.85以上1.33以下である。
要件(II):前記粘度指数向上剤を鉱油に溶解してなる固形分濃度25質量%である25℃の溶液(α)、並びに、当該溶液(α)を昇温速度0.2℃/sで100℃まで昇温した後に、冷却速度0.2℃/sで25℃まで冷却した溶液(β)について、測定温度25℃、角周波数100rad/s、歪み量1%の条件下で測定した溶液(β)の貯蔵弾性率(G’)と、測定温度25℃、角周波数100rad/s、歪み量20%の条件下で測定した溶液(α)の貯蔵弾性率(G’)との比〔溶液(β)/溶液(α)〕が7.93以上34.87以下である。」
に訂正する。

2 訂正の目的の適否、新規事項の有無及び特許請求の範囲の拡張・変更の存否
(1) 訂正事項1について
ア 訂正の目的について
訂正前の請求項1に係る発明では、潤滑油組成物の-35℃におけるCCS粘度については特定されておらず、要件(I)の比〔(G’)/(G’’)〕及び要件(II)の比〔溶液(β)/溶液(α)〕については、それぞれ「0.40以上」及び「2.0以上」と特定されている。
これに対して、訂正後の請求項1に係る発明では、潤滑油組成物の-35℃におけるCCS粘度が4000mPa・s以下と特定されると共に、上記要件(I)の比及び要件(II)の比については、それぞれ「0.85以上1.33以下」及び「7.93以上34.87以下」とされ、より狭い範囲に特定されている。
このように、訂正事項1は、訂正後の請求項1に係る発明を、より具体的に特定して当該発明を限定するものである。
また、訂正後の請求項2?9は訂正後の請求項1を引用しているため、訂正事項1は、訂正後の請求項2?9に係る発明についても同様に、より具体的に特定し、さらに限定するものである。
したがって、訂正事項1は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とするものと認められる。
イ 実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更する訂正ではないこと
上記アのとおり、訂正事項1は、訂正後の請求項1?9に係る発明における潤滑油組成物の-35℃におけるCCS粘度、要件(I)の比〔(G’)/(G’’)〕及び要件(II)の比〔溶液(β)/溶液(α)]をより具体的に特定して限定するものであり、カテゴリーや対象、目的を変更するものではない。
したがって、訂正事項1は、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではなく、特許法第120条の5第9項で準用する特許法第126条第6項に適合するものである。
ウ 願書に添付した明細書又は特許請求の範囲に記載した事項の範囲内の訂正であること
潤滑油組成物の-35℃におけるCCS粘度について、明細書の【0100】には、「本発明の一態様において、潤滑油組成物の-35℃におけるCCS粘度(低温粘度)としては、良好な低温粘度特性を有する潤滑油組成物とする観点から、好ましくは7000mPa・s以下、より好ましくは6000mPa・s以下、更に好ましくは5000mPa・s以下、より更に好ましくは4000mPa・s以下である。」との記載がある(下線は当審が付したもの。以下同じ。)。
また、要件(I)の比〔(G’)/(G’’)〕について、同【0018】には、「上記観点から、本発明の粘度指数向上剤(1)において、測定温度70℃、角周波数100rad/s、歪み量20%の条件下で測定した、
要件(I)に記載の溶液の貯蔵弾性率(G’)と損失弾性率(G’’)との比〔(G’)/(G’’)〕は、好ましくは0.50以上、より好ましくは0.65以上、更に好ましくは0.80以上、より更に好ましくは1.00以上である。」との記載があり、同【0019】には、「本発明の粘度指数向上剤(1)において、要件(I)に記載の溶液の貯蔵弾性率(G’)と損失弾性率(G’’)との比〔(G’)/(G’’)〕は、特に制限は無いが、潤滑油組成物の流動性や高温領域下での粘度の維持性を良好とする観点から、通常100以下、好ましくは50以下、より好ましくは30以下、更に好ましくは10以下である。」との記載があり、具体的な数値として、同【0116】【表1】の実施例1、2には、その比が「1.33」と「0.85」のものが示されている。
さらに、要件(II)の比〔溶液(β)/溶液(α)〕について、同【0026】には、「上記観点から、本発明の粘度指数向上剤(2)において、
要件(II)で規定の方法で調製し、同要件で規定の条件で測定された、溶液(β)と溶液(α)との貯蔵弾性率(G’)の比〔溶液(β)/溶液(α)〕は、好ましくは4.0以上、より好ましくは6.0以上、更に好ましくは8.0以上、より更に好ましくは10.0以上である。」との記載があり、同【0027】には、「本発明の粘度指数向上剤(2)において、要件(II)に記載の溶液(β)と溶液(α)との貯蔵弾性率(G’)の比〔溶液(β)/溶液(α)〕は、通常100万以下である。」との記載があり、具体的な数値として、同【0116】【表1】の実施例1、2には、その比が「34.87」と「7.93」のものが示されている。
したがって、訂正事項1は、願書に添付した明細書又は特許請求の範囲に記載した事項の範囲内の訂正であり、特許法第120条の5第9項で準用する特許法第126条第5項に適合するものであると認められる。
(2) 訂正事項2
ア 訂正の目的について
上記訂正前後の請求項1に係る発明と同様に、訂正前の請求項10に係る発明では、潤滑油組成物の-35℃におけるCCS粘度について特定されておらず、要件(I)の比〔(G’)/(G’’)〕及び要件(II)の比〔溶液(β)/溶液(α)〕については、それぞれ「0.40以上」及び「2.0以上」と特定されているのに対して、訂正後の請求項10に係る発明では、潤滑油組成物の-35℃におけるCCS粘度が4000mPa・s以下と特定されると共に、上記要件(I)の比及び要件(II)の比については、それぞれ「0.85以上1.33以下」及び「7.93以上34.87以下」とされ、より狭い範囲に特定されている。
このように、訂正事項2は、訂正後の請求項10に係る発明を、より具体的に特定して当該発明を限定するものである。
したがって、訂正事項2は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とするものと認められる。
イ 実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更する訂正ではないこと
上記アのとおり、訂正事項2は、訂正後の請求項10に係る発明における潤滑油組成物の-35℃におけるCCS粘度、要件(I)の比〔(G’)/(G’’)〕及び要件(II)の比〔溶液(β)/溶液(α)]をより具体的に特定して限定するものであり、カテゴリーや対象、目的を変更するものではない。
したがって、訂正事項2は、特許法第120条の5第9項で準用する特許法第126条第6項に適合するものである。
ウ 願書に添付した明細書又は特許請求の範囲に記載した事項の範囲内の訂正であること
上記(1)ウのとおり、潤滑油組成物の-35℃におけるCCS粘度については、明細書の【0100】に、要件(I)の比〔(G’)/(G’’)〕については、同【0018】、【0019】、【0116】【表1】に、要件(II)の比〔溶液(β)/溶液(α)〕については、同【0026】、【0027】】、【0116】【表1】に、それぞれ記載があり、これらの記載からみて、訂正事項2は、願書に添付した明細書又は特許請求の範囲に記載した事項の範囲内の訂正であり、特許法第120条の5第9項で準用する特許法第126条第5項に適合するものであると認められる。

3 小括
上記1、2のとおり、本件訂正は、特許法第120条の5第3項及び第4項の規定に従い、一群の請求項を構成する請求項1?9及び請求項10を訂正の単位として訂正することを求めるものであり、その訂正事項はいずれも、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる事項を目的とするものに該当し、かつ、同条第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合するので、訂正後の請求項〔1?9〕、10について訂正することを認める。

第3 本件訂正後の特許請求の範囲の記載

上記第2のとおり、本件訂正は認容し得るものであるから、本件特許の特許請求の範囲の記載は、本件訂正後の、次のとおりのものである(以下、各請求項に係る発明を「本件特許発明1」などといい、まとめて「本件特許発明」という。)。なお、下線は、本件訂正により訂正された箇所である。
「【請求項1】
基油と共に粘度指数向上剤を含有し、-35℃におけるCCS粘度が4000mPa・s以下である潤滑油組成物であって、
前記粘度指数向上剤が、櫛形ポリマーを含み、下記要件(I)及び下記要件(II)を満たし、
前記櫛形ポリマーの重量平均分子量(Mw)が、42万?100万であり、
前記櫛形ポリマーの分子量分布(Mw/Mn)(但し、Mwは当該櫛形ポリマーの重量平均分子量、Mnは当該櫛形ポリマーの数平均分子量を示す)が、1.10以上8.00以下である、潤滑油組成物。
要件(I):前記粘度指数向上剤を鉱油に溶解してなる固形分濃度25質量%の溶液について、測定温度70℃、角周波数100rad/s、歪み量20%の条件下で測定した、当該溶液の貯蔵弾性率(G’)と損失弾性率(G’’)との比〔(G’)/(G’’)〕が0.85以上1.33以下である。
要件(II):前記粘度指数向上剤を鉱油に溶解してなる固形分濃度25質量%である25℃の溶液(α)、並びに、当該溶液(α)を昇温速度0.2℃/sで100℃まで昇温した後に、冷却速度0.2℃/sで25℃まで冷却した溶液(β)について、測定温度25℃、角周波数100rad/s、歪み量1%の条件下で測定した溶液(β)の貯蔵弾性率(G’)と、測定温度25℃、角周波数100rad/s、歪み量20%の条件下で測定した溶液(α)の貯蔵弾性率(G’)との比〔溶液(β)/溶液(α)〕が7.93以上34.87以下である。
【請求項2】
測定温度70℃、角周波数100rad/s、歪み量20%の条件下で測定した、要件(I)に記載の前記溶液の貯蔵弾性率(G’)が、1.2×10^(2)Pa以上である、請求項1に記載の潤滑油組成物。
【請求項3】
前記櫛形ポリマーが、マクロモノマー(x1)に由来する構成単位(X1)を少なくとも有する重合体である、請求項1又は2に記載の潤滑油組成物。
【請求項4】
前記粘度指数向上剤の固形分の含有量が、前記潤滑油組成物の全量基準で、0.01?15.0質量%である、請求項1?3のいずれか1項に記載の潤滑油組成物。
【請求項5】
さらに、流動点降下剤、金属系清浄剤、分散剤、耐摩耗剤、極圧剤、酸化防止剤、及び消泡剤から選ばれる1種以上の潤滑油用添加剤を含む、請求項1?4のいずれか1項に記載の潤滑油組成物。
【請求項6】
前記基油が、API(米国石油協会)基油カテゴリーでグループ2及びグループ3に分類される鉱油、並びに合成油から選ばれる1種以上である、請求項1?5のいずれか1項に記載の潤滑油組成物。
【請求項7】
150℃におけるHTHS粘度(高温高せん断粘度)が1.4?3.5mPa・sである、請求項1?6のいずれか1項に記載の潤滑油組成物。
【請求項8】
100℃における動粘度が3.0?12.5mm^(2)/sである、請求項1?7のいずれか1項に記載の潤滑油組成物。
【請求項9】
粘度指数が120以上である、請求項1?8のいずれか1項に記載の潤滑油組成物。
【請求項10】
基油に粘度指数向上剤を配合する工程を有する、-35℃におけるCCS粘度が4000mPa・s以下である潤滑油組成物の製造方法であって、
前記粘度指数向上剤が、櫛形ポリマーを含み、下記要件(I)及び下記要件(II)を満たし、
前記櫛形ポリマーの重量平均分子量(Mw)が、42万?100万であり、
前記櫛形ポリマーの分子量分布(Mw/Mn)(但し、Mwは当該櫛形ポリマーの重量平均分子量、Mnは当該櫛形ポリマーの数平均分子量を示す)が、1.10以上8.00以下である、潤滑油組成物の製造方法。
要件(I):前記粘度指数向上剤を鉱油に溶解してなる固形分濃度25質量%の溶液について、測定温度70℃、角周波数100rad/s、歪み量20%の条件下で測定した、当該溶液の貯蔵弾性率(G’)と損失弾性率(G’’)との比〔(G’)/(G’’)〕が0.85以上1.33以下である。
要件(II):前記粘度指数向上剤を鉱油に溶解してなる固形分濃度25質量%である25℃の溶液(α)、並びに、当該溶液(α)を昇温速度0.2℃/sで100℃まで昇温した後に、冷却速度0.2℃/sで25℃まで冷却した溶液(β)について、測定温度25℃、角周波数100rad/s、歪み量1%の条件下で測定した溶液(β)の貯蔵弾性率(G’)と、測定温度25℃、角周波数100rad/s、歪み量20%の条件下で測定した溶液(α)の貯蔵弾性率(G’)との比〔溶液(β)/溶液(α)〕が7.93以上34.87以下である。」

第4 令和元年9月26日付けの取消理由(決定の予告)の概要

1 (サポート要件)本件特許は、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである(特許法第113条第4号)。

2 (実施可能要件)本件特許は、発明の詳細な説明の記載が特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである(特許法第113条第4号)。

第5 取消理由1(サポート要件)についての当審の判断

1 サポート要件の判断手法について
(1) 特許請求の範囲の記載が、特許法第36条第6項第1号に係る規定(いわゆる「明細書のサポート要件」)に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か(以下、両範囲をまとめて「発明の詳細な説明の記載から、当業者において、本件特許発明の課題が解決できると認識できる範囲」という。)を検討して判断すべきものである。そして、サポート要件の存在は、特許権者が証明責任を負うものと解される。
(2) さらに、上記第3のとおり、本件特許発明は、その要件(I)の比〔(G’)/(G’’)〕の数値をX、要件(II)の比〔溶液(β)/溶液(α)〕の数値をYとすると、0.85≦X≦1.33及び7.93≦Y≦34.87という二つの数式により示される範囲をもって特定した粘度指数向上剤を構成要件とするもの、すなわち、特性値を表す二つの技術的な変数(パラメータ)を用いた一定の数式により示される範囲をもって特定した物を構成要件とするものであり、いわゆるパラメータ発明に関するものであるところ、このような発明において、特許請求の範囲の記載が、明細書のサポート要件に適合するためには、発明の詳細な説明は、(i)その数式が示す範囲と得られる効果(性能)との関係の技術的な意味が、特許出願時において、具体例の開示がなくとも当業者に理解できる程度に記載するか、又は、(ii)特許出願時の技術常識を参酌して、当該数式が示す範囲内であれば、所望の効果(性能)が得られると当業者において認識できる程度に、具体例を開示して記載することを要するものと解するのが相当である。
また、上記(ii)のように解するのは、特許を受けようとする発明の技術的内容を一般に開示すると共に、特許権として成立した後にその効力の及ぶ範囲(特許発明の技術的範囲)を明らかにするという明細書の本来の役割に基づくものであり、それは、当然のことながら、その数式の示す範囲が単なる憶測ではなく、実験結果に裏付けられたものであることを明らかにしなければならないという趣旨を含むものである。
(3) 以下では、本件特許発明がパラメータ発明であることにかんがみ、上記(1)の観点に加え、上記(2)の観点からも、検討することとする(いずれの観点についても、知財高裁特別部判決平成17年(行ケ)第10042号参照)。
(4) なお、特許権者は、令和元年11月29日付けの意見書において、上記(1)の観点と(2)の観点とを分けてそれぞれ個別に判断することは必ずしも妥当ではないと主張するが、いずれの観点から検討しても結論において差が生じることはないはずであるから、以下では両観点から検討を行うこととした。

2 特許請求の範囲の記載(特許請求の範囲に記載された発明)について
本件特許の特許請求の範囲の記載は、上記第3のとおりである。

3 発明の詳細な説明の記載について
本件特許明細書の発明の詳細な説明には、以下の事項が記載されている。
(1) 「【技術分野】
【0001】
本発明は、粘度指数向上剤、及び、基油と共に当該粘度指数向上剤を含有する潤滑油組成物、並びに、当該潤滑油組成物の製造方法に関する。」
(2) 「【背景技術】
【0002】
近年、自動車等の車両の燃費性能の向上は大きな課題であり、その課題を解決するための一つの手段として、潤滑油組成物の省燃費性能の向上が求められている。
潤滑油組成物の省燃費性能を向上させる方策として、機械部品間の摩擦を減らし得る潤滑油組成物や、粘性抵抗を低下させた潤滑油組成物の開発が行われている。潤滑油組成物の粘性抵抗を低下させる添加剤として、粘度指数向上剤の開発及び選定が広く行われている。
【0003】
従来、潤滑油組成物の省燃費性能の向上の観点から、例えば、エンジン油においては、ポリメタクリレート系の粘度指数向上剤が使用されている。
例えば、特許文献1には、潤滑油基油に、無灰分散剤、及びPSSI(永久せん断安定性指数)が所定の範囲のポリメタクリレート系粘度指数向上剤等を含み、粘度指数と100℃におけるHTHS粘度(高温高せん断粘度)との比を所定の範囲に調整した内燃機関用潤滑油組成物が開示されている。
特許文献1に記載の内燃機関用潤滑油組成物は、高温領域下での省燃費性能が良好であるとされている。
【0004】
また、特許文献2には、基油に対して、粘度指数向上剤として、特定の重量平均分子量を有し、ポリオレフィンマクロモノマーに基づく繰り返し単位と、アルキル(メタ)アクリレートに基づく繰り返し単位と、スチレン系モノマーに基づく繰り返し単位とを主鎖に含む櫛形ポリマーを含有する、所定の粘度指数を有する内燃機関用潤滑油組成物が開示されている。
特許文献2に記載の内燃機関用潤滑油組成物は、高い粘度指数を有しながら、優れた耐コーキング性とせん断安定性を有するとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2007-217494号公報
【特許文献2】特開2014-210844号公報」
(3) 「【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1及び2に記載の粘度指数向上剤を含む内燃機関用潤滑油組成物は、省燃費性能の観点から十分では無い。潤滑油組成物の更なる省燃費性能の向上を可能とする粘度指数向上剤が求められている。
【0007】
本発明は、潤滑油組成物の各種性状を良好としつつ省燃費性能をより向上させることができる粘度指数向上剤、及び基油と共に当該粘度指数向上剤を含有する潤滑油組成物、並びに、当該潤滑油組成物の製造方法を提供することを目的とする。」
(4) 「【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、櫛形ポリマーを含む粘度指数向上剤について、分子間での絡み合いの度合いが大きい構造を有するほど、温度環境や温度変化による粘度変化が少なく、潤滑油組成物の省燃費性能の向上効果が高いことを見出した。この知見を元に、本発明は完成されたものである。
【0009】
すなわち本発明は、下記[1]?[4]を提供する。
[1]櫛形ポリマーを含み、下記要件(I)を満たす、粘度指数向上剤。
要件(I):前記粘度指数向上剤を鉱油に溶解してなる固形分濃度25質量%の溶液について、測定温度70℃、角周波数100rad/s、歪み量20%の条件下で測定した、当該溶液の貯蔵弾性率(G’)と損失弾性率(G’’)との比〔(G’)/(G’’)〕が0.40以上である。
[2]櫛形ポリマーを含み、下記要件(II)を満たす、粘度指数向上剤。
要件(II):前記粘度指数向上剤を鉱油に溶解してなる固形分濃度25質量%である25℃の溶液(α)、並びに、当該溶液(α)を昇温速度0.2℃/sで100℃まで昇温した後に、冷却速度0.2℃/sで25℃まで冷却した溶液(β)について、測定温度25℃、角周波数100rad/s、歪み量1%の条件下で測定した溶液(β)の貯蔵弾性率(G’)と、測定温度25℃、角周波数100rad/s、歪み量20%の条件下で測定した溶液(α)の貯蔵弾性率(G’)との比〔溶液(β)/溶液(α)〕が2.0以上である。
[3]基油と共に、上記[1]又は[2]に記載の粘度指数向上剤を含有する、潤滑油組成物。
[4]基油に、上記[1]又は[2]に記載の粘度指数向上剤を配合する工程を有する、潤滑油組成物の製造方法。」
(5) 「【発明の効果】
【0010】
本発明の粘度指数向上剤は、基油と共に配合して潤滑油組成物とした場合、当該潤滑油組成物の各種性状を良好としつつ、省燃費性能をより向上させることができる。」
(6) 「【発明を実施するための形態】
【0011】
〔粘度指数向上剤〕
本発明の粘度指数向上剤は、櫛形ポリマーを含み、少なくとも下記要件(I)又は(II)を満たすように調製されたものである。
・要件(I):前記粘度指数向上剤を鉱油に溶解してなる固形分濃度25質量%の溶液について、測定温度70℃、角周波数100rad/s、歪み量20%の条件下で測定した、当該溶液の貯蔵弾性率(G’)と損失弾性率(G’’)との比〔(G’)/(G’’)〕が0.40以上である。
・要件(II):前記粘度指数向上剤を鉱油に溶解してなる固形分濃度25質量%である25℃の溶液(α)、並びに、当該溶液(α)を昇温速度0.2℃/sで100℃まで昇温した後に、冷却速度0.2℃/sで25℃まで冷却した溶液(β)について、測定温度25℃、角周波数100rad/s、歪み量1%の条件下で測定した溶液(β)の貯蔵弾性率(G’)と、測定温度25℃、角周波数100rad/s、歪み量20%の条件下で測定した溶液(α)の貯蔵弾性率(G’)との比〔溶液(β)/溶液(α)〕が2.0以上である。
【0012】
なお、要件(I)及び(II)で規定する、所定の溶液の「貯蔵弾性率(G’)」及び「損失弾性率(G’’)」は、実施例に記載の方法に基づいて測定された値を意味する。
また、要件(I)及び(II)で規定される溶液を調製するために使用される鉱油は、特に制限は無く、API(米国石油協会)基油カテゴリーのグループ1、2、3に分類される鉱油のいずれを用いてもよく、これらの混合油であってもよい。より具体的な要件(I)及び(II)で規定される溶液を調製する際に使用する鉱油としては、後述の実施例でも使用している、API基油カテゴリーのグループ3に分類される100N鉱油が挙げられる。
【0013】
本明細書の以下の記載において、上記要件(I)を満たす粘度指数向上剤を「粘度指数向上剤(1)」といい、上記要件(II)を満たす粘度指数向上剤を「粘度指数向上剤(2)」という。また、「本発明の粘度指数向上剤」とは、これらの「粘度指数向上剤(1)」及び「粘度指数向上剤(2)」の双方を指す。
なお、本発明の粘度指数向上剤は、上記要件(I)及び(II)の双方を満たすものであることが好ましい。
【0014】
上記の特許文献1に記載されたような、一般的に粘度指数向上剤として使用されるポリメタクリレートは、潤滑油組成物の省燃費性能の向上効果が不十分であった。
また、ポリメタクリレートに代わる粘度指数向上剤として、特許文献2に記載されたような櫛形ポリマーを用いることも検討されているが、省燃費性能が十分に向上された潤滑油組成物を得るには至っていない。
本発明者は、様々な検討を行った結果、櫛形ポリマーを含む粘度指数向上剤について、溶液中での分子間での絡み合いの度合いと、温度環境や温度変化による粘度変化との間に関連性があることに着目した。
その上で、櫛形ポリマーを含む粘度指数向上剤の溶液中での分子間での絡み合いの度合いを調整することで、潤滑油組成物の省燃費性能の向上効果が高い粘度指数向上剤とすることができることを見出した。
一般的なポリメタクリレートは、基油中での分子間での絡み合いの度合いが小さく、温度環境や温度変化による粘度変化が大きく、結果として潤滑油組成物の省燃費性能を十分に向上させることが難しい。
また、櫛形ポリマーであっても、様々な構造を有する櫛形ポリマーが存在し、それぞれ溶液中での分子間での絡み合いの度合いは異なる。そのため、櫛形ポリマーを含む粘度指数向上剤を用いたとしても、必ずしも潤滑油組成物の省燃費性能を効果的に向上できるとは言い難い。
【0015】
つまり、本発明の粘度指数向上剤が満たす上記要件(I)及び(II)は、櫛形ポリマーを含む粘度指数向上剤の溶液中での分子間での絡み合いの度合いを規定したものである。
要件(I)で規定している比の値が大きくなる程、溶液中での粘度指数向上剤の分子間での絡み合いの度合いが高温で大きいことを示す。また、要件(II)で規定している比の値が大きくなる程、高温での絡み合いが低温でも保持されて絡み合いが解けにくいことを示す。よって、要件(I)及び(II)で規定している比の値が大きくなる程、温度環境や温度変化による粘度変化(特に高温領域下での粘度低下)が抑制され、潤滑油組成物の省燃費性能が向上するものと考えられる。
本発明の粘度指数向上剤は、このような要件(I)及び(II)の少なくとも一方を満たす、櫛形ポリマーを含む樹脂分から構成されているために、基油と共に配合して潤滑油組成物とした場合、当該潤滑油組成物の各種性状を良好としつつ、省燃費性能をより向上させることができると推測される。
以下、要件(I)を満たす粘度指数向上剤(1)、及び要件(II)を満たす粘度指数向上剤(2)について説明する。
【0016】
<粘度指数向上剤(1)>
本発明の粘度指数向上剤(1)は、櫛形ポリマーを含む粘度指数向上剤であって、下記要件(I)を満たす。
・要件(I):前記粘度指数向上剤を鉱油に溶解してなる固形分濃度25質量%の溶液について、測定温度70℃、角周波数100rad/s、歪み量20%の条件下で測定した、当該溶液の貯蔵弾性率(G’)と損失弾性率(G’’)との比〔(G’)/(G’’)〕が0.40以上である。
本発明の粘度指数向上剤(1)は、上記要件(I)を満たすような構造を有する櫛形ポリマーを含む樹脂から構成されている。つまり、当該要件(I)は、櫛形ポリマーを含む粘度指数向上剤(1)の構造を間接的に規定したものともいえる。
【0017】
上記要件(I)に記載の溶液の「貯蔵弾性率(G’)」は、櫛形ポリマーを含む粘度指数向上剤の弾性的性質を規定したものであり、「損失弾性率(G’’)」は、櫛形ポリマーを含む粘度指数向上剤の粘性的性質を規定したものである。
つまり、上記比〔(G’)/(G’’)〕の値が大きいほど、高温領域下(70℃)での櫛形ポリマーを含む粘度指数向上剤について、弾性的性質が粘性的性質に比べて相対的に大きいことを意味している。粘度指数向上剤の弾性的性質が大きくなると、前記溶液中での当該粘度指数向上剤の分子間での絡み合いの度合いが、当該溶液を高温としても大きくなる。
【0018】
当該比〔(G’)/(G’’)〕が0.40未満であると、高温領域下(70℃)での粘度指数向上剤について、前記溶液中での分子間での絡み合いの度合いが小さい。そのため、このような粘度指数向上剤は、特に高温領域下での粘度低下を引き起こし、配合しても、潤滑油組成物の省燃費性能を十分に向上させることが難しい。
上記観点から、本発明の粘度指数向上剤(1)において、測定温度70℃、角周波数100rad/s、歪み量20%の条件下で測定した、要件(I)に記載の溶液の貯蔵弾性率(G’)と損失弾性率(G’’)との比〔(G’)/(G’’)〕は、好ましくは0.50以上、より好ましくは0.65以上、更に好ましくは0.80以上、より更に好ましくは1.00以上である。
【0019】
本発明の粘度指数向上剤(1)において、要件(I)に記載の溶液の貯蔵弾性率(G’)と損失弾性率(G’’)との比〔(G’)/(G’’)〕は、特に制限は無いが、潤滑油組成物の流動性や高温領域下での粘度の維持性を良好とする観点から、通常100以下、好ましくは50以下、より好ましくは30以下、更に好ましくは10以下である。
要件(I)に記載の溶液の貯蔵弾性率(G’)と損失弾性率(G’’)との比〔(G’)/(G’’)〕が、100以下であることにより、潤滑油組成物に粘度指数向上剤(1)を使用した際、弾性的性質が粘性的性質に比べて相対的に大きくなり過ぎることがない。そのため、潤滑油組成物が流動しやすく、且つ、高温エンジンの高速運転時を想定した高温領域下での粘度を維持することができる。
【0020】
また、上記観点から、本発明の粘度指数向上剤(1)において、測定温度70℃、角周波数100rad/s、歪み量20%の条件下で測定した、要件(I)に記載の溶液の貯蔵弾性率(G’)としては、好ましくは1.2×10^(2)Pa以上、より好ましくは1.5×10^(2)Pa以上、更に好ましくは1.7×10^(2)Pa以上、より更に好ましくは2.0×10^(2)Pa以上である。
要件(I)に記載の溶液の貯蔵弾性率(G’)が、前記範囲内であることにより、溶液中での当該粘度指数向上剤(1)の分子間での絡み合いやすく、また、絡み合いが適度に解けやすい。そのため、高温エンジンの高速運転時を想定した高温領域下での粘度を維持することができ、且つ、潤滑油組成物が流動しやすい。
また、要件(I)に記載の溶液の貯蔵弾性率(G’)としては、上限値の制限は特に無いが、上記観点から、通常1.0×10^(5)Pa以下、好ましくは1.0×10^(4)Pa以下である。
【0021】
要件(I)で規定する前記比〔(G’)/(G’’)〕、及び、要件(I)に記載の溶液の貯蔵弾性率(G’)は、例えば、以下の事項を考慮することで、適宜調整することができる。
・粘度指数向上剤(1)を構成する櫛形ポリマーが、マクロモノマー(x1)に由来する構成単位(X1)を有しており、当該マクロモノマー(x1)の分子量が大きい程、つまり、櫛形ポリマーの側鎖が長くなる程、上記比〔(G’)/(G’’)〕及び上記溶液の貯蔵弾性率(G’)の値は大きくなる傾向にある。
・上記櫛形ポリマーが有するマクロモノマー(x1)に由来する構成単位(X1)の含有量が多くなる程、つまり、櫛形ポリマーの側鎖の本数が増加する程、上記比〔(G’)/(G’’)〕及び上記溶液の貯蔵弾性率(G’)の値は大きくなる傾向にある。
・上記櫛形ポリマーの重量平均分子量(Mw)が大きい程、上記比〔(G’)/(G’’)〕及び上記溶液の貯蔵弾性率(G’)の値は大きくなる傾向にある。
・上記櫛形ポリマーの主鎖において、芳香族性モノマー(例えば、スチレン系モノマー等)に由来する構成単位の含有量が少ない程、上記比〔(G’)/(G’’)〕及び上記溶液の貯蔵弾性率(G’)の値は大きくなる傾向にある。
・上記櫛形ポリマーの主鎖において、リン原子含有モノマーに由来する構成単位の含有量が少ない程、上記比〔(G’)/(G’’)〕及び上記溶液の貯蔵弾性率(G’)の値は大きくなる傾向にある。
【0022】
<粘度指数向上剤(2)>
本発明の粘度指数向上剤(2)は、櫛形ポリマーを含む粘度指数向上剤であって、下記要件(II)を満たす。
・要件(II):前記粘度指数向上剤を鉱油に溶解してなる固形分濃度25質量%である25℃の溶液(α)、並びに、当該溶液(α)を昇温速度0.2℃/sで100℃まで昇温した後に、冷却速度0.2℃/sで25℃まで冷却した溶液(β)について、測定温度25℃、角周波数100rad/s、歪み量1%の条件下で測定した溶液(β)の貯蔵弾性率(G’)と、測定温度25℃、角周波数100rad/s、歪み量20%の条件下で測定した溶液(α)の貯蔵弾性率(G’)との比〔溶液(β)/溶液(α)〕が2.0以上である。
なお、要件(II)において、溶液(β)の貯蔵弾性率(G’)は、上記の昇温及び急冷して得られた溶液(β)を、溶液(β)の調製に使用した同装置内にて、上記条件下で測定した値であり、例えば、調製後の溶液(β)を系外に移動させて測定した値ではない。
【0023】
本発明の粘度指数向上剤(2)は、上記要件(II)を満たすような構造を有する櫛形ポリマーを含む樹脂から構成されている。つまり、当該要件(II)は、櫛形ポリマーを含む粘度指数向上剤(2)の構造を間接的に規定したものともいえる。
【0024】
要件(II)で規定の方法で調製し、同要件で規定の条件で測定された、溶液(β)と溶液(α)との貯蔵弾性率(G’)の比の値が大きいほど、昇温後に急冷した際の溶液中での当該粘度指数向上剤の分子間での絡み合いの度合いが大きいものといえる。それは、以下のように説明できる。
溶液(β)の調製過程において、粘度指数向上剤を構成する櫛形ポリマーの主鎖及び側鎖が、100℃まで昇温した際には、分子の運動性が高く溶液中で広がり、隣接する分子間の絡み合いの度合いが増加する。100℃から25℃まで急冷することで、溶液中にて、広がった構造を有したまま分子の運動性が低下し、隣接する分子間の絡み合いの度合いが維持されたのではないかと推測される。櫛形ポリマーの側鎖が長くなる程、櫛形ポリマーの側鎖の本数が増加する程、櫛形ポリマーの重量平均分子量(Mw)が大きい程、溶液中で一旦形成された絡み合いは解けにくく、急冷時においても維持される。
【0025】
また、溶液(β)と溶液(α)との貯蔵弾性率(G’)の比の値が大きい粘度指数向上剤に含まれる櫛形ポリマーは、溶液中での分子間での絡み合いの度合いが大きい構造を有しているともいえる。
このような櫛形ポリマーを含む粘度指数向上剤は、温度変化による粘度変化(特に高温領域下での粘度低下)が抑制され、潤滑油組成物の省燃費性能の向上効果に優れており、さらに経時に伴う粘度変化も抑制されると考えられ、潤滑油組成物の耐久性にも優れるといえる。
【0026】
なお、溶液(β)と溶液(α)との貯蔵弾性率(G’)の比〔溶液(β)/溶液(α)〕が2.0未満の粘度指数向上剤は、昇温後に急冷した際に、溶液中での分子間での絡み合いが外れやすい構造を有するものと考えられる。その結果、当該粘度指数向上剤は、温度変化による粘度変化を招きやすく、潤滑油組成物の省燃費性能の向上効果が不十分である。
上記観点から、本発明の粘度指数向上剤(2)において、要件(II)で規定の方法で調製し、同要件で規定の条件で測定された、溶液(β)と溶液(α)との貯蔵弾性率(G’)の比〔溶液(β)/溶液(α)〕は、好ましくは4.0以上、より好ましくは6.0以上、更に好ましくは8.0以上、より更に好ましくは10.0以上である。
【0027】
本発明の粘度指数向上剤(2)において、要件(II)に記載の溶液(β)と溶液(α)との貯蔵弾性率(G’)の比〔溶液(β)/溶液(α)〕は、通常100万以下である。
【0028】
要件(II)で規定の方法で調製し、同要件で規定の条件で測定された、「溶液(β)と溶液(α)との貯蔵弾性率(G’)の比」は、例えば、以下の事項を考慮することで、適宜調整することができる。
・粘度指数向上剤(1)を構成する櫛形ポリマーが、マクロモノマー(x1)に由来する構成単位(X1)を有しており、当該マクロモノマー(x1)の分子量が大きい程、つまり、櫛形ポリマーの側鎖が長くなる程、これらの比の値は大きくなる傾向にある。
・上記櫛形ポリマーが有するマクロモノマー(x1)に由来する構成単位(X1)の含有量が多くなる程、つまり、櫛形ポリマーの側鎖の本数が増加する程、これらの比の値は大きくなる傾向にある。
・上記櫛形ポリマーの重量平均分子量(Mw)が大きい程、これらの比の値は大きくなる傾向にある。
・上記櫛形ポリマーの主鎖において、芳香族性モノマー(例えば、スチレン系モノマー等)に由来する構成単位の含有量が少ない程、これらの比の値は大きくなる傾向にある。
・上記櫛形ポリマーの主鎖において、リン原子含有モノマーに由来する構成単位の含有量が少ない程、これらの比の値は大きくなる傾向にある。
【0029】
また、本発明の粘度指数向上剤(2)において、要件(II)で規定の方法で調製し、同要件で規定の条件で測定された、溶液(β)と溶液(α)との複素粘度(|η*|)の比〔溶液(β)/溶液(α)〕としては、上記観点から、好ましくは1.50以上、より好ましくは2.00以上、更に好ましくは2.30以上、より更に好ましくは3.50以上である。
なお、Cox-Merz経験則により、測定対象物が液体である場合には、複素粘度(|η*|)は、せん断粘度と等しいことが知られている。そのため、当該比は、「溶液(β)と溶液(α)との粘度比」であるともいえる。
【0030】
以下、本発明の粘度指数向上剤が含有する「櫛形ポリマー」について説明する。
<櫛形ポリマー>
本発明において、「櫛形ポリマー」とは、高分子量の側鎖が出ている三叉分岐点を主鎖に数多くもつ構造を有するポリマーを指す。
このような構造を有する櫛形ポリマーとしては、マクロモノマー(x1)に由来する構成単位(X1)を少なくとも有する重合体が好ましい。この構成単位(X1)が、上記の「高分子量の側鎖」に該当する。
なお、本発明において、上記の「マクロモノマー」とは、重合性官能基を有する高分子量モノマーのことを意味し、末端に重合性官能基を有する高分子量モノマーであることが好ましい。
【0031】
マクロモノマー(x1)の数平均分子量(Mn)としては、好ましくは200以上、より好ましくは500以上、更に好ましくは600以上、より更に好ましくは700以上であり、また、好ましくは200,000以下、より好ましくは100,000以下、更に好ましくは50,000以下、より更に好ましくは20,000以下である。
【0032】
マクロモノマー(x1)が有する重合性官能基としては、例えば、アクリロイル基(CH_(2)=CH-COO-)、メタクリロイル基(CH_(2)=CCH_(3)-COO-)、エテニル基(CH_(2)=CH-)、ビニルエーテル基(CH_(2)=CH-O-)、アリル基(CH_(2)=CH-CH_(2)-)、アリルエーテル基(CH_(2)=CH-CH_(2)-O-)、CH_(2)=CH-CONH-で表される基、CH_(2)=CCH_(3)-CONH-で表される基等が挙げられる。
【0033】
マクロモノマー(x1)は、上記重合性官能基以外に、例えば、以下の一般式(i)?(iii)で表される繰り返し単位を1種以上有していてもよい。
【化1】

【0034】
上記一般式(i)中、R^(1)は、炭素数1?10の直鎖又は分岐鎖のアルキレン基を示し、具体的には、メチレン基、エチレン基、1,2-プロピレン基、1,3-プロピレン基、1,2-ブチレン基、1,3-ブチレン基、1,4-ブチレン基、ペンチレン基、ヘキシレン基、ヘプチレン基、オクチレン基、ノニレン基、デシレン基、イソプロピル基、イソブチル基、2-エチルヘキシレン基等が挙げられる。
上記一般式(ii)中、R^(2)は、炭素数2?4の直鎖又は分岐鎖のアルキレン基を示し、具体的には、エチレン基、1,2-プロピレン基、1,3-プロピレン基、1,2-ブチレン基、1,3-ブチレン基、1,4-ブチレン基等が挙げられる。
上記一般式(iii)中、R^(3)は、水素原子又はメチル基を示す。
また、R^(4)は炭素数1?10の直鎖又は分岐鎖のアルキル基を示し、具体的には、メチル基、エチル基,n-プロピル基、n-ブチル基、n-ペンチル基、n-ヘキシル基、n-ヘプチル基、n-オクチル基、n-ノニル基、n-デシル基、イソプロピル基、イソブチル基、sec-ブチル基、t-ブチル基、イソペンチル基、t-ペンチル基、イソヘキシル基、t-ヘキシル基、イソヘプチル基、t-ヘプチル基、2-エチルヘキシル基、イソオクチル基、イソノニル基、イソデシル基等が挙げられる。
なお、上記一般式(i)?(iii)で表される繰り返し単位をそれぞれ複数有する場合には、R^(1)、R^(2)、R^(3)、R^(4)は、それぞれ同一であってもよく、互いに異なるものであってもよい。
【0035】
なお、マクロモノマー(x1)が、前記一般式(i)?(iii)から選ばれる2種以上の繰り返し単位を有する共重合体である場合、共重合の形態としては、ブロック共重合体であってもよく、ランダム共重合体であってもよい。
【0036】
本発明の一態様において、櫛形ポリマーは、1種類のマクロモノマー(x1)に由来する構成単位(X1)のみからなる単独重合体でもよく、2種類以上のマクロモノマー(x1)に由来する構成単位(X1)を含む共重合体であってもよい。
また、本発明の一態様において、櫛形ポリマーは、マクロモノマー(x1)に由来する構成単位と共に、マクロモノマー(x1)以外の他のモノマー(x2)に由来する構成単位(X2)を含む共重合体であってもよい。
このような櫛形ポリマーの具体的な構造としては、モノマー(x2)に由来する構成単位(X2)を含む主鎖に対して、マクロモノマー(x1)に由来する構成単位(X1)を含む側鎖を有する共重合体が好ましい。
【0037】
モノマー(x2)としては、例えば、下記一般式(a1)で表される単量体(x2-a)、アルキル(メタ)アクリレート(x2-b)、窒素原子含有ビニル単量体(x2-c)、水酸基含有ビニル単量体(x2-d)、脂肪族炭化水素系ビニル単量体(x2-e)、脂環式炭化水素系ビニル単量体(x2-f)、ビニルエステル類(x2-g)、ビニルエーテル類(x2-h)、ビニルケトン類(x2-i)、エポキシ基含有ビニル単量体(x2-j)、ハロゲン元素含有ビニル単量体(x2-k)、不飽和ポリカルボン酸のエステル(x2-l)、(ジ)アルキルフマレート(x2-m)、及び(ジ)アルキルマレエート(x2-n)等が挙げられる。
【0038】
なお、本明細書において、例えば、「アルキル(メタ)アクリレート」とは、「アルキルアクリレート」及び「アルキルメタクリレート」の双方を示す語として用いており、他の類似用語や同様の標記についても、同じである。
【0039】
(下記一般式(a1)で表される単量体(x2-a))
【化2】

【0040】
上記一般式(a1)中、R^(11)は、水素原子又はメチル基を示す。
R^(12)は、単結合、炭素数1?10の直鎖又は分岐鎖のアルキレン基、-O-、もしくは-NH-を示す。
R^(13)は、炭素数2?4の直鎖又は分岐鎖のアルキレン基を示す。また、nは1以上の整数(好ましくは1?20の整数、より好ましくは1?5の整数)を示す。なお、nが2以上の整数の場合、複数のR^(13)は、同一であってもよく、異なっていてもよく、さらに、(R^(13)O)_(n)部分は、ランダム結合でもブロック結合でもよい。
R^(14)は、炭素数1?60(好ましくは10?50、より好ましくは20?40)の直鎖又は分岐鎖のアルキル基を示す。
上記の「炭素数1?10の直鎖又は分岐鎖のアルキレン基」、「炭素数2?4の直鎖又は分岐鎖のアルキレン基」、及び「炭素数1?60の直鎖又は分岐鎖のアルキル基」の具体的な基としては、上述の一般式(i)?(iii)に関する記載で例示した基と同じものが挙げられる。
【0041】
(アルキル(メタ)アクリレート(x2-b))
アルキル(メタ)アクリレート(x2-b)としては、例えば、メチル(メタ)アクリレート、エチル(メタ)アクリレート、n-プロピル(メタ)アクリレート、イソプロピル(メタ)アクリレート、n-ブチル(メタ)アクリレート、t-ブチル(メタ)アクリレート、ペンチル(メタ)アクリレート、ヘキシル(メタ)アクリレート、2-エチルヘキシル(メタ)アクリレート、ヘプチル(メタ)アクリレート、2-t-ブチルヘプチル(メタ)アクリレート、オクチル(メタ)アクリレート、3-イソプロピルヘプチル(メタ)アクリレート等が挙げられる。
アルキル(メタ)アクリレート(x2-b)が有するアルキル基の炭素数としては、好ましくは1?30、より好ましくは1?26、更に好ましくは1?10である。
【0042】
(窒素原子含有ビニル単量体(x2-c))
窒素原子含有ビニル単量体(x2-c)としては、例えば、アミド基含有ビニル単量体(x2-c1)、ニトロ基含有単量体(x2-c2)、1級アミノ基含有ビニル単量体(x2-c3)、2級アミノ基含有ビニル単量体(x2-c4)、3級アミノ基含有ビニル単量体(x2-c5)、及びニトリル基含有ビニル単量体(x2-c6)等が挙げられる。
【0043】
アミド基含有ビニル単量体(x2-c1)としては、例えば、(メタ)アクリルアミド;N-メチル(メタ)アクリルアミド、N-エチル(メタ)アクリルアミド、N-イソプロピル(メタ)アクリルアミド及びN-n-又はイソブチル(メタ)アクリルアミド等のモノアルキルアミノ(メタ)アクリルアミド;N-メチルアミノエチル(メタ)アクリルアミド、N-エチルアミノエチル(メタ)アクリルアミド、N-イソプロピルアミノ-n-ブチル(メタ)アクリルアミド及びN-n-又はイソブチルアミノ-n-ブチル(メタ)アクリルアミド等のモノアルキルアミノアルキル(メタ)アクリルアミド;N,N-ジメチル(メタ)アクリルアミド、N,N-ジエチル(メタ)アクリルアミド、N,N-ジイソプロピル(メタ)アクリルアミド及びN,N-ジ-n-ブチル(メタ)アクリルアミド等のジアルキルアミノ(メタ)アクリルアミド;N,N-ジメチルアミノエチル(メタ)アクリルアミド、N,N-ジエチルアミノエチル(メタ)アクリルアミド、N,N-ジメチルアミノプロピル(メタ)アクリルアミド及びN,N-ジ-n-ブチルアミノブチル(メタ)アクリルアミド等のジアルキルアミノアルキル(メタ)アクリルアミド;N-ビニルホルムアミド、N-ビニルアセトアミド、N-ビニル-n-又はイソプロピオニルアミド及びN-ビニルヒドロキシアセトアミド等のN-ビニルカルボン酸アミド;等が挙げられる。
【0044】
ニトロ基含有単量体(x2-c2)としては、例えば、ニトロエチレン、3-ニトロ-1-プロペン等が挙げられる。
【0045】
1級アミノ基含有ビニル単量体(x2-c3)としては、例えば、(メタ)アリルアミン及びクロチルアミン等の炭素数3?6のアルケニル基を有するアルケニルアミン;アミノエチル(メタ)アクリレート等の炭素数2?6のアルキル基を有するアミノアルキル(メタ)アクリレート;等が挙げられる。
【0046】
2級アミノ基含有ビニル単量体(x2-c4)としては、例えば、t-ブチルアミノエチル(メタ)アクリレート及びメチルアミノエチル(メタ)アクリレート等のモノアルキルアミノアルキル(メタ)アクリレート;ジ(メタ)アリルアミン等の炭素数6?12のジアルケニルアミン;等が挙げられる。
【0047】
3級アミノ基含有ビニル単量体(x2-c5)としては、例えば、ジメチルアミノエチル(メタ)アクリレート及びジエチルアミノエチル(メタ)アクリレート等のジアルキルアミノアルキル(メタ)アクリレート;モルホリノエチル(メタ)アクリレート等の窒素原子を有する脂環式(メタ)アクリレート;ジフェニルアミン(メタ)アクリルアミド、4-ビニルピリジン、2-ビニルピリジン、N-ビニルピロール、N-ビニルピロリドン及びN-ビニルチオピロリドン等の芳香族ビニル系単量体;及びこれらの塩酸塩、硫酸塩、又は低級アルキル(炭素数1?8)モノカルボン酸(酢酸及びプロピオン酸等)塩;等が挙げられる。
【0048】
ニトリル基含有ビニル単量体(x2-c6)としては、例えば、(メタ)アクリロニトリル等が挙げられる。
【0049】
(水酸基含有ビニル単量体(x2-d))
水酸基含有ビニル単量体(x2-d)としては、例えば、ヒドロキシル基含有ビニル単量体(x2-d1)、及びポリオキシアルキレン鎖含有ビニル単量体(x2-d2)等が挙げられる。
【0050】
ヒドロキシル基含有ビニル単量体(x2-d1)としては、例えば、2-ヒドロキシエチル(メタ)アクリレート、及び2-又は3-ヒドロキシプロピル(メタ)アクリレート等の炭素数2?6のアルキル基を有するヒドロキシアルキル(メタ)アクリレート;N,N-ジヒドロキシメチル(メタ)アクリルアミド、N,N-ジヒドロキシプロピル(メタ)アクリルアミド、N,N-ジ-2-ヒドロキシブチル(メタ)アクリルアミド等の炭素数1?4のアルキル基を有するモノ-又はジ-ヒドロキシアルキル置換(メタ)アクリルアミド;ビニルアルコール;(メタ)アリルアルコール、クロチルアルコール、イソクロチルアルコール、1-オクテノール及び1-ウンデセノール等の炭素数3?12のアルケノール;1-ブテン-3-オール、2-ブテン-1-オール及び2-ブテン-1,4-ジオール等の炭素数4?12のアルケンモノオール又はアルケンジオール;2-ヒドロキシエチルプロペニルエーテル等の炭素数1?6のアルキル基及び炭素数3?10のアルケニル基を有するヒドロキシアルキルアルケニルエーテル;グリセリン、ペンタエリスリトール、ソルビトール、ソルビタン、ジグリセリン、糖類及び蔗糖等の多価アルコールのアルケニルエーテル又は(メタ)アクリレート;等が挙げられる。
【0051】
ポリオキシアルキレン鎖含有ビニル単量体(x2-d2)としては、例えば、ポリオキシアルキレングリコール(アルキレン基の炭素数2?4、重合度2?50)、ポリオキシアルキレンポリオール(上述の多価アルコールのポリオキシアルキレンエーテル(アルキレン基の炭素数2?4、重合度2?100))、ポリオキシアルキレングリコール又はポリオキシアルキレンポリオールのアルキル(炭素数1?4)エーテルのモノ(メタ)アクリレート[ポリエチレングリコール(Mn:100?300)モノ(メタ)アクリレート、ポリプロピレングリコール(Mn:130?500)モノ(メタ)アクリレート、メトキシポリエチレングリコール(Mn:110?310)(メタ)アクリレート、ラウリルアルコールエチレンオキサイド付加物(2?30モル)(メタ)アクリレート及びモノ(メタ)アクリル酸ポリオキシエチレン(Mn:150?230)ソルビタン等]等が挙げられる。
【0052】
(脂肪族炭化水素系ビニル単量体(x2-e))
脂肪族炭化水素系ビニル単量体(x2-e)としては、例えば、エチレン、プロピレン、ブテン、イソブチレン、ペンテン、ヘプテン、ジイソブチレン、オクテン、ドデセン及びオクタデセン等の炭素数2?20のアルケン;ブタジエン、イソプレン、1,4-ペンタジエン、1,6-ヘプタジエン及び1,7-オクタジエン等の炭素数4?12のアルカジエン;等が挙げられる。
脂肪族炭化水素系ビニル単量体(x2-e)の炭素数としては、好ましくは2?30、より好ましくは2?20、更に好ましくは2?12である。
【0053】
(脂環式炭化水素系ビニル単量体(x2-f))
脂環式炭化水素系ビニル単量体(x2-f)としては、例えば、シクロヘキセン、(ジ)シクロペンタジエン、ピネン、リモネン、ビニルシクロヘキセン及びエチリデンビシクロヘプテン等が挙げられる。
脂環式炭化水素系ビニル単量体(x2-f)の炭素数としては、好ましくは3?30、より好ましくは3?20、更に好ましくは3?12である。
【0054】
(ビニルエステル類(x2-g))
ビニルエステル類(x2-g)としては、例えば、酢酸ビニル、プロピオン酸ビニル、酪酸ビニル及びオクタン酸ビニル等の炭素数2?12の飽和脂肪酸のビニルエステル等が挙げられる。
【0055】
(ビニルエーテル類(x2-h))
ビニルエーテル類(x2-h)としては、例えば、メチルビニルエーテル、エチルビニルエーテル、プロピルビニルエーテル、ブチルビニルエーテル、及び2-エチルヘキシルビニルエーテル等の炭素数1?12のアルキルビニルエーテル;ビニル-2-メトキシエチルエーテル、及びビニル-2-ブトキシエチルエーテル等の炭素数1?12のアルコキシアルキルビニルエーテル;等が挙げられる。
【0056】
(ビニルケトン類(x2-i))
ビニルケトン類(x2-i)としては、例えば、メチルビニルケトン、及びエチルビニルケトン等の炭素数1?8のアルキルビニルケトン;等が挙げられる。
【0057】
(エポキシ基含有ビニル単量体(x2-j))
エポキシ基含有ビニル単量体(x2-j)としては、例えば、グリシジル(メタ)アクリレート、グリシジル(メタ)アリルエーテル等が挙げられる。
【0058】
(ハロゲン元素含有ビニル単量体(x2-k))
ハロゲン元素含有ビニル単量体(x2-k)としては、例えば、塩化ビニル、臭化ビニル、塩化ビニリデン、塩化(メタ)アリル等が挙げられる。
【0059】
(不飽和ポリカルボン酸のエステル(x2-l))
不飽和ポリカルボン酸のエステル(x2-l)としては、例えば、不飽和ポリカルボン酸のアルキルエステル、不飽和ポリカルボン酸のシクロアルキルエステル、不飽和ポリカルボン酸のアラルキルエステル等が挙げられ、不飽和カルボン酸としては、例えば、マレイン酸、フマル酸、イタコン酸等が挙げられる。
【0060】
((ジ)アルキルフマレート(x2-m))
(ジ)アルキルフマレート(x2-m)としては、例えば、モノメチルフマレート、ジメチルフマレート、モノエチルフマレート、ジエチルフマレート、メチルエチルフマレート、モノブチルフマレート、ジブチルフマレート、ジペンチルフマレート、ジヘキシルフマレート等が挙げられる。
【0061】
((ジ)アルキルマレエート(x2-n))
(ジ)アルキルマレエート(x2-n)としては、例えば、モノメチルマレエート、ジメチルマレエート、モノエチルマレエート、ジエチルマレエート、メチルエチルマレエート、モノブチルマレエート、ジブチルマレエート等が挙げられる。
【0062】
なお、本発明の一態様の粘度指数向上剤において、櫛形ポリマーの全構成単位(100質量%)に対する、芳香族性モノマーに由来する構成単位の含有量としては、前記要件(I)及び(II)を満たす粘度指数向上剤とする観点から、好ましくは10質量%未満、より好ましくは5質量%未満、更に好ましくは3質量%未満、より更に好ましくは1質量%未満、特に好ましくは0.1質量%未満である。
【0063】
また、本発明の一態様の粘度指数向上剤において、櫛形ポリマーの全構成単位(100質量%)に対する、スチレン系モノマーに由来する構成単位の含有量としては、前記要件(I)及び(II)を満たす粘度指数向上剤とする観点から、好ましくは10質量%未満、より好ましくは5質量%未満、更に好ましくは3質量%未満、より更に好ましくは1質量%未満、特に好ましくは0.1質量%未満である。
【0064】
また、本発明の一態様の粘度指数向上剤において、櫛形ポリマーの全構成単位(100質量%)に対する、リン原子含有モノマーに由来する構成単位の含有量としては、前記要件(I)及び(II)を満たす粘度指数向上剤とする観点から、好ましくは10質量%未満、より好ましくは5質量%未満、更に好ましくは3質量%未満、より更に好ましくは1質量%未満、特に好ましくは0.1質量%未満である。
なお、上記「リン原子含有モノマー」としては、リン酸エステル基含有モノマーやホスホノ基含有モノマー等が挙げられる。
【0065】
本発明の一態様において、櫛形ポリマーの重量平均分子量(Mw)としては、省燃費性能の向上の観点から、好ましくは1万?100万、より好ましくは3万?85万、更に好ましくは6万?70万、より更に好ましくは10万?65万である。
また、要件(I)及び(II)を満たす粘度指数向上剤とする観点から、櫛形ポリマーの重量平均分子量(Mw)は、好ましくは15万?75万、より好ましくは15万?60万、より更に好ましくは20万?50万、特に好ましくは26万?50万である。
【0066】
本発明の一態様において、櫛形ポリマーの分子量分布(Mw/Mn)(但し、Mwは当該櫛形ポリマーの重量平均分子量、Mnは当該櫛形ポリマーの数平均分子量を示す)としては、要件(I)及び(II)を満たす粘度指数向上剤とし、潤滑油組成物の省燃費性能の向上の観点から、好ましくは8.00以下、より好ましくは7.00以下、より好ましくは6.50以下、更に好ましくは6.00以下、更に好ましくは5.50以下、より更に好ましくは5.00以下、より更に好ましくは3.00以下である。なお、当該櫛形ポリマーの分子量分布が小さくなる程、基油と共に含有した潤滑油組成物の省燃費性能がより向上する傾向にある。
また、櫛形ポリマーの分子量分布の下限値としては特に制限はないが、櫛形ポリマーの分子量分布(Mw/Mn)としては、通常1.01以上、好ましくは1.05以上、より好ましくは1.10以上である。
【0067】
<粘度指数向上剤に含まれる櫛形ポリマー以外の成分>
なお、本発明の粘度指数向上剤は、本発明の効果を損なわない範囲において、櫛形ポリマーの合成時に使用した未反応の原料化合物、触媒、及び合成時に生じた櫛形ポリマーには該当しない樹脂分等の副生成物を含有してもよい。
上記要件(I)及び(II)に記載の「固形分」とは、櫛形ポリマーだけでなく、上記の未反応の原料化合物、触媒、及び櫛形ポリマーには該当しない樹脂分等の副生成物も含まれる。
【0068】
本発明の粘度指数向上剤において、櫛形ポリマーの含有量は、当該粘度指数向上剤中の固形分の全量(100質量%)に対して、好ましくは90?100質量%、より好ましくは95?100質量%、更に好ましくは99?100質量%、より更に好ましくは99.9?100質量%である。
【0069】
本発明の粘度指数向上剤は、樹脂分として、櫛形ポリマーを含むものであるが、通常はハンドリング性や基油への溶解性を考慮し、当該櫛形ポリマー等の樹脂を含む固形分が、鉱油や合成油等の希釈油により溶解した溶液の形態で市販されていることが多い。
本発明の粘度指数向上剤が溶液の形態である場合、当該溶液の固形分濃度としては、当該溶液の全量(100質量%)基準で、通常5?30質量%である。」
(7) 「【0070】
〔潤滑油組成物〕
本発明の潤滑油組成物は、基油と共に、上述の本発明の粘度指数向上剤を含有する。
また、本発明の一態様において、当該潤滑油組成物は、本発明の効果を損なわない範囲で、さらに一般的な潤滑油に使用される潤滑油用添加剤等を含有してもよい。
【0071】
本発明の一態様の潤滑油組成物において、上述の本発明の粘度指数向上剤の固形分の含有量は、省燃費性能に優れた潤滑油組成物とする観点から、当該潤滑油組成物の全量(100質量%)基準で、好ましくは0.01?15.0質量%、より好ましくは0.05?10.0質量%、より好ましくは0.10?7.50質量%、更に好ましくは0.50?5.00質量%、より更に好ましくは0.90?4.00質量%である。
【0072】
<基油>
・・・(中略)・・・
【0078】
<潤滑油用添加剤>
・・・(中略)・・・
【0097】
<潤滑油組成物の各種物性>
本発明の一態様において、潤滑油組成物の100℃における動粘度としては、潤滑性能、粘度特性、及び省燃費性が良好な潤滑油組成物とする観点から、好ましくは3.0?12.5mm^(2)/s、より好ましくは4.0?11.0mm^(2)/s、更に好ましくは5.0?10.0mm^(2)/s、より更に好ましくは6.0?9.0mm^(2)/sである。
【0098】
本発明の一態様において、潤滑油組成物の粘度指数としては、温度変化による粘度変化を抑え、省燃費性を向上させた潤滑油組成物とする観点から、好ましくは120以上、より好ましくは150以上、更に好ましくは170以上、より更に好ましくは200以上である。
【0099】
なお、上記の潤滑油組成物の40℃及び100℃における動粘度、並びに粘度指数の値は、JIS K2283:2000に準拠して測定した値を意味する。
【0100】
本発明の一態様において、潤滑油組成物の-35℃におけるCCS粘度(低温粘度)としては、良好な低温粘度特性を有する潤滑油組成物とする観点から、好ましくは7000mPa・s以下、より好ましくは6000mPa・s以下、更に好ましくは5000mPa・s以下、より更に好ましくは4000mPa・s以下である。
なお、上記の潤滑油組成物の-35℃におけるCCS粘度(低温粘度)は、JIS K2010:1993(ASTM D 2602)に準拠して測定した値を意味する。
【0101】
本発明の一態様において、潤滑油組成物の150℃におけるHTHS粘度(高温高せん断粘度)としては、好ましくは1.4?3.5mPa・s、より好ましくは1.6?3.2mPa・s、更に好ましくは1.8?3.0mPa・s、より更に好ましくは2.0?2.8mPa・sである。
150℃におけるHTHS粘度が1.4mPa・s以上であれば、潤滑性能が良好な潤滑油組成物となり得る。一方、150℃におけるHTHS粘度が3.5mPa・s以下であれば、低温での粘度特性の低下を抑え、省燃費性能が良好な潤滑油組成物とすることができる。
上記の150℃におけるHTHS粘度は、エンジンの高速運転時の高温領域下での粘度として想定することもできる。つまり、潤滑油組成物の150℃におけるHTHS粘度が上記範囲に属していれば、当該潤滑油組成物はエンジンの高速運転時を想定した高温領域下での粘度等の各種性状が良好であるといえる。
なお、上記の潤滑油組成物の150℃におけるHTHS粘度は、ASTM D4741に準拠して測定した値であり、より詳しくは実施例に記載の方法により測定した値を意味する。
【0102】
本発明の一態様において、潤滑油組成物の15℃における密度としては、好ましくは0.80?0.90g/cm^(3)、より好ましくは0.82?0.87g/cm^(3)である。
なお、上記の潤滑油組成物の15℃における密度は、JIS K2249:2011に準拠して測定した値を意味する。
【0103】
<潤滑油組成物の用途>
・・・(中略)・・・」
(8) 「【0104】
〔潤滑油組成物の製造方法〕
本発明は、下記工程(A)を有する潤滑油組成物の製造方法も提供する。
工程(A):基油に、上述の本発明の粘度指数向上剤を配合する工程。
上記工程(A)において、使用する基油及び本発明の前記粘度指数向上剤は、上述のとおりであり、好適な成分、各成分の含有量も同じである。
また、本工程において、上述の本発明の潤滑油組成物に配合される、基油及び本発明の前記粘度指数向上剤以外の潤滑油用添加剤を配合してもよい。当該潤滑油用添加剤の詳細についても、上述のとおりである。
【0105】
各成分を配合した後、公知の方法により、撹拌して均一に分散させることが好ましい。
また、均一に分散させる観点から、基油を40?70℃まで昇温した後、本発明の粘度指数向上剤及び潤滑油用添加剤を配合し、撹拌して均一に分散させることがより好ましい。
【0106】
なお、各成分を配合後に、成分の一部が変性したり、2成分が互いに反応し、別の成分を生成した場合の得られる潤滑油組成物についても、本発明の潤滑油組成物の製造方法によって得られる潤滑油組成物に該当し、本発明の技術的範囲に属するものである。」
(9) 「【実施例】
【0107】
次に、本発明を実施例により更に詳細に説明するが、本発明はこれらの例によって何ら限定されるものではない。なお、粘度指数向上剤、基油、及び潤滑油組成物の各種物性の測定法又は評価法は、下記のとおりである。
【0108】
<粘度指数向上剤の物性の測定法>
(1)重量平均分子量(Mw)、数平均分子量(Mn)
ゲル浸透クロマトグラフ装置(アジレント社製、「1260型HPLC」)を用いて、下記の条件下で測定し、標準ポリスチレン換算した値を用いた。
(測定条件)
・カラム:「Shodex LF404」を2本順次連結したもの
・カラム温度:35℃
・展開溶媒:クロロホルム
・流速:0.3mL/min
【0109】
<基油又は潤滑油組成物の各種物性の測定法>
(2)40℃及び100℃における動粘度
JIS K2283:2000に準拠して測定した。
(3)粘度指数
JIS K2283:2000に準拠して測定した。
(4)-35℃におけるCCS粘度(低温粘度)
JIS K2010:1993(ASTM D 2602)に準拠して測定した。
(5)150℃におけるHTHS粘度(高温高せん断粘度)
ASTM D4741に準拠して、対象となる潤滑油組成物を、150℃で、せん断速度10^(6)/sにて、せん断した後の粘度を測定した。
(6)15℃における密度
JIS K2249:2011に準拠して測定した。
【0110】
<潤滑油組成物の省燃費性の評価法>
(7)駆動トルク改善率
排気量1.5LのSOHC(Single OverHead Camshaft)エンジンのメインシャフトをモーターで駆動し、その際にメインシャフトにかかるトルクを測定した。メインシャフトの回転数は、1,500rpm、エンジン油温及び水温は80℃とした。
比較例4の潤滑油組成物を用いたときのトルクの測定値を基準にして、下記式から、実施例3?4及び比較例5?6の駆動トルク改善率(%)を算出した。
[駆動トルク改善率](%)={([比較例4の潤滑油組成物を用いたときのトルクの測定値]-[対象の潤滑油組成物を用いたときのトルクの測定値])/[比較例4の潤滑油
組成物を用いたときのトルクの測定値]}×100
なお、比較例4の潤滑油組成物を用いたときに比べて、トルクの測定値が小さい場合には、上記式から算出される駆動トルク改善率の値はプラスとなる。
上記式から算出される駆動トルク改善率の値が大きいほど駆動トルクが改善され、測定対象の潤滑油組成物の省燃費性が高いといえる。本明細書においては、当該駆動トルク改善率の値が「0.2%以上」であれば合格とし、省燃費性が高い潤滑油組成物であると判断する。
【0111】
実施例1?2、比較例1?3
(1)固形分濃度25質量%の溶液(A)?(E)の調製
昇温機能付き超音波洗浄機を用いて、希釈油として用いる100N鉱油を55℃まで加熱後、表1に示す種類の粘度指数向上剤を固形分濃度が25質量%となる配合量でそれぞれ添加し、超音波を少なくとも1時間かけて、添加した粘度指数向上剤を、前記要件(I)及び(II)で規定の鉱油にあたる100N鉱油中に均一に分散させた。その後、降温速度0.02℃/sにて、55℃から25℃まで冷却して、固形分濃度25質量%の溶液(A)?(E)をそれぞれ調製した。
【0112】
なお、本実施例及び比較例で、前記要件(I)及び(II)で規定の鉱油にあたる「100N鉱油」、及び粘度指数向上剤として用いた「粘度指数向上剤(A-1)?(E-1)」の詳細は以下のとおりである。
<要件(I)及び(II)で規定の鉱油>
・100N鉱油:40℃における動粘度=17.8mm^(2)/s、100℃における動粘度=4.07mm^(2)/s、粘度指数=131、15℃における密度=0.824g/cm^(3)、API基油カテゴリーのグループ3に分類される鉱油。
<粘度指数向上剤>
・粘度指数向上剤(A-1):Mnが500以上のマクロモノマーに由来する構成単位を少なくとも有する櫛形ポリマー(Mw=48万、Mw/Mn=2.4)。
・粘度指数向上剤(B-1):Mnが500以上のマクロモノマーに由来する構成単位を少なくとも有する櫛形ポリマー(Mw=42万、Mw/Mn=5.2)。
・粘度指数向上剤(C-1):Mnが500以上のマクロモノマーに由来する構成単位及びスチレン系モノマーに由来する構成単位を少なくとも有する櫛形ポリマー(Mw=25万、Mw/Mn=2.1)。
・粘度指数向上剤(D-1):ポリメタクリレート(Mw=23万、Mw/Mn=2.1)。
・粘度指数向上剤(E-1):ポリメタクリレート(Mw=20万、Mw/Mn=2.3)。
【0113】
(2)測定1:溶液(A)?(E)の測定温度70℃での貯蔵弾性率(G’)及び損失弾性率(G’’)の測定
Anton Paar社製レオメータ「Physica MCR 301」を用いて、以下の手順で測定した。
まず、70℃に温調したコーンプレート(直径50mm、傾斜角1°)に、上記(1)で調製した溶液(A)?(E)のいずれかを挿入し、70℃で10分間保持し、前記要件(I)に記載の溶液を調製した。この際、挿入した溶液に歪みを与えないように留意した。
その後、測定温度70℃、角速度100rad/s、歪み量20%の条件下にて、振動モードで、各溶液の貯蔵弾性率(G’)及び損失弾性率(G’’)を測定し、併せてG’/G’’の比を算出した。これらの結果を表1に示す。
【0114】
(3)測定2:上述の「溶液(α)」に該当するように調製した溶液(A)?(E)の測
定温度25℃での貯蔵弾性率(G’)及び複素粘度(|η*|)の測定
Anton Paar社製レオメータ「Physica MCR 301」を用いて、以下の手順で測定した。
まず、25℃に温調したコーンプレート(直径50mm、傾斜角1°)に、上記(1)で調製した溶液(A)?(E)のいずれかを挿入し、25℃で10分間保持して、前記要件(II)に記載の「溶液(α)」を調製した。この際、挿入した溶液に歪みを与えないように留意した。
そして、測定温度25℃、角速度100rad/s、歪み量20%の条件下にて、振動モードで、前記要件(II)に記載の「溶液(α)」に該当するように調製した各溶液の貯蔵弾性率(G’)及び複素粘度(|η*|)を測定した。これらの結果を表1に示す。
【0115】
(4)測定3:上述の「溶液(β)」に該当するように調製した溶液(A)?(E)の測定温度25℃での貯蔵弾性率(G’)及び複素粘度(|η*|)の測定
Anton Paar社製レオメータ「Physica MCR 301」を用いて、以下の手順で測定した。
まず、25℃に温調したコーンプレート(直径50mm、傾斜角1°)に、上記(1)で調製した溶液(A)?(E)のいずれかを挿入し、昇温速度0.2℃/sで100℃まで昇温した後、100℃で10分間保持した。
その後、降温速度0.2℃/sで100℃から25℃まで急冷し、25℃で10分間保持して、前記要件(II)に記載の「溶液(β)」を調製した。なお、上記の昇温過程、100℃での保持中、及び降温過程のいずれにおいても、挿入した溶液に歪みを与えないように留意した。
そして、測定温度25℃、角速度100rad/s、歪み量1%の条件下にて、振動モードで、前記要件(II)に記載の「溶液(β)」に該当するように調製した各溶液の貯蔵弾性率(G’)及び複素粘度(|η*|)を測定した。これらの結果を表1に示す。
【0116】
また、上記「測定2」及び「測定3」で測定した値から、「溶液(β)と溶液(α)の貯蔵弾性率(G’)の比〔(β)/(α)〕」及び「溶液(β)と溶液(α)の複素粘度(|η|*)の比〔(β)/(α)〕」を算出した。これらの値も併せて表1に示す。
【表1】

【0117】
実施例3?4、比較例4?6
表2に示す配合量の100N鉱油、流動点降下剤、及びエンジン油用添加剤パッケージと共に、表2に示す種類及び配合量の実施例1?2及び比較例1?3で調製した溶液(A)?(E)のいずれかを添加して、SAE粘度グレードが「0W-20」となる潤滑油組成物をそれぞれ調製した。
なお、表2中の「溶液(A)?(E)」の配合量は、固形分である粘度指数向上剤(A-1)?(E-1)だけでなく、希釈油である100N鉱油も含めた量であり、( )内に記載の数値が、粘度指数向上剤(各溶液中の固形分)の配合量を示す。
【0118】
なお、本実施例及び比較例で使用した「100N鉱油」、「溶液(A)?(E)」、「流動点降下剤」及び「エンジン油用添加剤パッケージ」の詳細は以下のとおりである。
・100N鉱油:40℃における動粘度=17.8mm^(2)/s、100℃における動粘度=4.07mm^(2)/s、粘度指数=131、15℃における密度=0.824g/cm^(3)、API基油カテゴリーのグループ3に分類される鉱油。
・溶液(A)?(E):それぞれ実施例1?2及び比較例1?3で調製した、100N鉱油と共に、粘度指数向上剤(A-1)?(E-1)のいずれかを25質量%含む溶液。
・流動点降下剤:Mw6.2万のポリメタアクリレート系流動点降下剤。
・エンジン油用添加剤パッケージ:API/ILSAC SN/GF-5規格に適合した添加剤パーケージであり、以下の各種添加剤等を含む。
金属系清浄剤:カルシウムサリチレート(潤滑油組成物基準のカルシウム原子含有量=2000ppm)
分散剤:高分子ビスイミド、ホウ素変性モノイミド
耐摩耗剤:第1級のZnDTP及び第2級のZnDTP(潤滑油組成物基準のリン原子含有量=800ppm)
酸化防止剤:ジフェニルアミン系酸化防止剤、ヒンダードフェノール系酸化防止剤
消泡剤:シリコーン系消泡剤
【0119】
そして、調製した潤滑油組成物について、上述の測定法に従い、40℃及び100℃における動粘度、粘度指数、-35℃におけるCCS粘度、150℃におけるHTHS粘度、15℃における密度、及び駆動トルク改善率を測定した。これらの測定結果を表2に示す。
【0120】
【表2】

【0121】
表2より、実施例3?4の潤滑油組成物は、本発明の一態様の粘度指数向上剤である粘度指数向上剤(A-1)又は(B-1)を含むため、各種物性も良好であると共に、比較例4の潤滑油組成物と対比した場合の駆動トルク改善率が「0.2%以上」と高く、省燃費性能に優れた潤滑油組成物であることが分かる。」

4 上記1(1)の観点からみたサポート要件の判断
(1) 「発明の詳細な説明の記載から、当業者において、本件特許発明の課題が解決できると認識できる範囲」の認定
ア 本件特許発明が解決しようとする課題について
本件特許発明が解決しようとする課題は、発明の詳細な説明の【0007】の記載などからみて、次のとおりのものと解される。
「潤滑油組成物の各種性状を良好としつつ省燃費性能をより向上させることができる粘度指数向上剤、及び基油と共に当該粘度指数向上剤を含有する潤滑油組成物、並びに、当該潤滑油組成物の製造方法を提供すること」
イ 技術常識について
本件特許明細書には、従来より、櫛形ポリマーを扱う当業者間においてよく知られている事項についても記載されているが、このような事項は、技術常識として参酌し得るものである。そして、当該技術常識に関し、本件特許明細書の【0014】には、次の記載がある。
「櫛形ポリマーであっても、様々な構造を有する櫛形ポリマーが存在し、それぞれ溶液中での分子間での絡み合いの度合いは異なる。そのため、櫛形ポリマーを含む粘度指数向上剤を用いたとしても、必ずしも潤滑油組成物の省燃費性能を効果的に向上できるとは言い難い。」
また、化合物の化学構造や組成物の成分組成が異なれば、発現する効用(効果・性能)は当然に異なるというべきであるが、一般に、化合物(組成物)の分野においては、当該化合物の化学構造や組成物の成分組成を一見して、当該化合物(組成物)が発現する効用を予測することは困難であるというのが技術常識である。
ウ 化合物(組成物)の分野における標記範囲の認定にあたっての考え方について
上記イのとおり、化合物(組成物)の分野においては、当該化合物の化学構造や組成物の成分組成のみから、当該化合物(組成物)が発現する効用を予測することは困難であるため、「発明の詳細な説明の記載から、当業者において、本件特許発明の課題が解決できると認識できる範囲」の認定にあたっては、発明の詳細な説明に記載された具体例(具体的な化合物・組成物の実施例)の効用を斟酌しながら、当該具体例から拡張ないし一般化できる範囲(具体例の効用を類推適用できる化合物・組成物の範疇)を画定するのが合理的である。
したがって、化合物(組成物)に関連する発明にあっては、まずは、発明の詳細な説明に記載された実施例において、特許を受けようとする発明に係る化合物(組成物)が具体的に特定され、その化合物(組成物)の効用が十分に記載されていることが肝要である。
もっとも、当該実施例の記載が存在しない、あるいは、同記載が十分でない場合にあっても、「発明の詳細な説明の記載から、当業者において、本件特許発明の課題が解決できると認識できる範囲」を実質的なものとして認定し得る場合があることはいうまでもない。その場合にあっては、発明の詳細な説明の実施例以外の記載箇所において、特許を受けようとする発明に係る化合物(組成物)とその効用との関係(当該化合物(組成物)が本件特許発明の課題を解決できることの裏付け)につき、実施例に代わるほどの、当業者が首肯できる合理的な説明を要すると考えるべきである。
エ 実施例の記載に基づく認定
(ア) まず、発明の詳細な説明の【実施例】をみると、上記3(9)において摘記したとおり、その【0112】には、実施例及び比較例において用いられた、次の五つの粘度指数向上剤が記載されている。
・粘度指数向上剤(A-1):Mnが500以上のマクロモノマーに由来する構成単位を少なくとも有する櫛形ポリマー(Mw=48万、Mw/Mn=2.4)。
・粘度指数向上剤(B-1):Mnが500以上のマクロモノマーに由来する構成単位を少なくとも有する櫛形ポリマー(Mw=42万、Mw/Mn=5.2)。
・粘度指数向上剤(C-1):Mnが500以上のマクロモノマーに由来する構成単位及びスチレン系モノマーに由来する構成単位を少なくとも有する櫛形ポリマー(Mw=25万、Mw/Mn=2.1)。
・粘度指数向上剤(D-1):ポリメタクリレート(Mw=23万、Mw/Mn=2.1)。
・粘度指数向上剤(E-1):ポリメタクリレート(Mw=20万、Mw/Mn=2.3)。
さらに、これら五つの粘度指数向上剤を用いて調製した、実施例1、2及び比較例1?3の溶液(A)?(E)の特性については、【0116】【表1】に記載され、当該溶液を用いて調製した、実施例3、4及び比較例4?6の潤滑油組成物の組成・物性については、【0120】【表2】に記載されている。
そして、同【表2】には、【0121】において考察されているとおり、当該実施例3、4の潤滑油組成物(粘度指数向上剤(A-1)又は(B-1)を含むもの)は、各種物性も良好であると共に、省燃費性能に優れたものであることが示されている。他方、同表から、比較例4?6の潤滑油組成物は、各種物性については良好であるものの、実施例3、4に比べて省燃費性能などにおいて劣るものであることが見て取れる。
そうすると、当該実施例3、4の潤滑油組成物については、当業者において、上記の課題(潤滑油組成物の各種性状を良好としつつ省燃費性能をより向上させること)が解決できると認識することができるといえる。
(イ) しかしながら、当該実施例3、4の潤滑油組成物において使用されている粘度指数向上剤、すなわち、「粘度指数向上剤(A-1)」及び「粘度指数向上剤(B-1)」は、上記【0112】に記載されたとおり、それぞれ「Mnが500以上のマクロモノマーに由来する構成単位を少なくとも有する櫛形ポリマー(Mw=48万、Mw/Mn=2.4)」及び「Mnが500以上のマクロモノマーに由来する構成単位を少なくとも有する櫛形ポリマー(Mw=42万、Mw/Mn=5.2)」と特定されているにすぎず、当業者といえども、このような特定のみでは、当該粘度指数向上剤(A-1)」及び「粘度指数向上剤(B-1)」として実際にどのような化合物が使用されたのかを認識することはできない。また、上記【0116】【表1】には、当該「粘度指数向上剤(A-1)」及び「粘度指数向上剤(B-1)」の要件(I)及び要件(II)の比の数値(上記X、Y)が記載されているものの、当該数値を参酌しても、これらの具体的な化学構造などを伺い知ることはできない。
そうすると、当該「粘度指数向上剤(A-1)」及び「粘度指数向上剤(B-1)」は、本件特許発明に係る潤滑油組成物の核心たる、粘度指数向上剤の具体例であるにもかかわらず、その実体は不明であり、結局、これらを用いた上記実施例3、4の潤滑油組成物(本件特許発明に係る潤滑油組成物の具体例)の実体も不明であるといわざるを得ない。
そうである以上、本件特許明細書記載の具体例(実施例3、4に係る潤滑油組成物)は、上記ウのとおり、「発明の詳細な説明の記載から、当業者において、本件特許発明の課題が解決できると認識できる範囲」を認定する際に、拡張ないし一般化できる範囲(具体例の効用を類推適用できる化合物・組成物の範疇)を画定するための「基礎」となるべき重要なものであるにもかかわらず、それ自体が実体不明であって、当該「基礎」というには程遠いものというほかない。
(ウ) なお、上記(イ)の点に関し、特許権者は、令和元年11月29日付けの意見書において、取消理由通知(決定の予告)中に明確性要件違反の指摘がないことを根拠に、当該実施例3、4の潤滑油組成物の「粘度指数向上剤(A-1)」及び「粘度指数向上剤(B-1)」の実体は明確である旨主張するが、それらの実体の明確性と、特許請求の範囲の記載に関する明確性要件とは直接関係しないから、当該主張は当を得たものとはいえず採用できない。
(エ) 加えて、本件特許発明は、上記1(2)のとおり、0.85≦X≦1.33及び7.93≦Y≦34.87という二つの数式により示される範囲をもって特定した粘度指数向上剤を構成要件とするものであるところ、上記実施例3、4に係る潤滑油組成物を用いて検証されているのは、XY座標でいうと、(X、Y)=(1.33、34.87)、(0.85、7.93)の二点のみであり(ただし、当該二点の実体が不明であることは、上記(イ)のとおりである。)、本件特許発明が規定する上記二つの数式により示される範囲(XY座標上の四角形の領域)のうちの、ごく一部にすぎない。そして、後記実施例以外の記載をも含めた本件特許明細書全体及び技術常識をみても、この二点の結果(効用)を、当該範囲の全域にわたって類推して適用できるというに足りる根拠は見当たらない。
そうである以上、仮に、上記の具体例(実施例3、4に係る潤滑油組成物)が実体のあるものであり、上記の「基礎」というに値するものであったとしても、当該具体例に基づいて認定できる「発明の詳細な説明の記載から、当業者において、本件特許発明の課題が解決できると認識できる範囲」は、あくまで、当該具体例のものに限られるというべきである。
(オ) なお、上記(エ)の点に関連して、特許権者は、令和元年11月29日付けの意見書において、おおむね次のように主張する(正確には、後記5の判断に関するものであるが、関連するのでここで検討しておく。)。
「本件特許出願時の技術常識に照らすと、本件特許明細書の【0015】に記載されるように、上記Xが大きいほど粘度指数向上剤の分子間の絡み合いが高温で顕著であり、上記Yが大きいほど高温での絡み合いが低温でも保持されて絡み合いが解けにくいことが分かる。そうであれば、発明の詳細な説明の【実施例】に記載された、当該X、Yが、比較例4、実施例4、実施例3の順に大きくなるにつれて、駆動トルク改善率の値が上昇する(すなわち省燃費性能の向上効果が高くなる)という実験結果は、櫛形ポリマーを含む粘度指数向上剤について、分子間での絡み合いの度合いが大きい構造を有するほど、温度環境や温度変化による粘度変化が少なく、潤滑油組成物の省燃費性能の向上効果が高いことを示すものといえる。また、当該実施例3、4は、潤滑油組成物の各種性状を良好に維持することができている。そうすると、当該X、Yの数値が、実施例3、4に係る数値(X、Y)=(1.33、34.87)、(0.85、7.93)を両端点とする範囲、すなわち、本件特許発明が規定する0.85≦X≦1.33及び7.93≦Y≦34.87という二つの数式により示される範囲(XY座標上の四角形の領域)内のものであれば、本件特許発明の課題(潤滑油組成物の各種性状を良好としつつ省燃費性能をより向上させること)を解決することができ、所望の効果(性能)を有するものが得られると、当業者であれば認識することができる。」
そこで、当該主張について検討をする。
上記主張は、帰するところ、当業者であれば、上記比較例4、実施例4、実施例3の実験結果から、上記X、Yの数値と本件特許発明の課題(特に省燃費性能)との関係性を認識することができる点に依拠するものということができる。しかしながら、当該実験結果から、特許権者が主張するような関係性を理解することは到底できないから、当該主張は採用できない。
その理由は以下のとおりである。
確かに、比較例4,実施例4、実施例3の実験結果をみると、それらにおいて使用されている粘度指数向上剤(C-1)、(B-1)、(A-1)の順に、上記X及びYの数値が大きくなっており(Xについては、0.03→0.85→1.33、Yについては、0.00→7.93→34.87となっている。【0116】【表1】参照)、これに呼応するかのように、駆動トルク改善率の値も上昇する(省燃費性能の向上効果が高くなる)傾向があるようにもみえる(「基準」→「0.2」→「0.6」。【0120】【表2】参照)、)。
しかしながら、上記(イ)のとおり、当該粘度指数向上剤(B-1)、(A-1)の実体は不明であって((C-1)についても同じ)、その化学構造などは一切分からないし、上記イのとおり、化合物の化学構造の違いは、少なからず当該化合物が発現する効用に影響するから、上記実験結果にみられる省燃費性能の向上効果が、これらの粘度指数向上剤の化学構造などに依拠して発現したものであることは否めない。そうである以上、当該省燃費性能の向上効果が、当該粘度指数向上剤(B-1)、(A-1)という特定の化合物を選択したことにより奏される、当該化合物特有の効果であるとも理解でき、上記X及びYの数値のみに依拠して発現した効果であるとまで、直ちに認めることはできない。
そして、このように特定の化合物の選択による効果であるのか、特定のパラメータに起因する効果であるのかを直ちに理解することが困難であるからこそ、化合物(組成物)の分野においては、特定のパラメータと特定の効用との関係性を立証するために、種々の化合物(組成物)を用いて相当程度の実験が求められるところ、本件特許明細書においては、そのような立証が十分になされているとは認められない。また、もとより、特許制度は,発明を公開させることを前提に、当該発明に特許を付与して、一定期間その発明を業として独占的、排他的に実施することを保障し、もって、発明を奨励し、産業の発達に寄与することを趣旨とするものであるから、このような趣旨に照らしても、特許請求の範囲に発明として記載して特許を受けるためには、本件特許明細書の発明の詳細な説明に、上記課題が解決できることを当業者において認識できるように、相応の具体例を包み隠さず記載しなければならないというべきである。さらに、上記のとおり、本件特許発明における粘度指数向上剤は化合物である以上、その化学構造が異なれば、発現する効用は当然に異なるというべきところ、それにもかかわらず、化学構造の違いによる効用の違いに左右されずに、上記の省燃費性能の向上効果が、上記X及びYの数値のみに依拠して調整可能であるというのであれば、そのことを当業者が首肯しうる根拠(化学構造の異なる櫛形ポリマーによる相当程度の実験結果など)を示す必要があると考えるが妥当である。しかるに、特許権者は、そのような根拠を示していないから、結局、特許権者は、サポート要件についての証明責任を十分に果たしていないというほかない。
加えて、上記イの技術常識のとおり、一口に櫛形ポリマーといっても、様々な化学構造を有するものが存在するため、櫛形ポリマーであれば、その化学構造を問わず、省燃費性能の向上効果が発現するというほど単純なものではないから、当該効果には、化合物の化学構造、ひいては、粘度指数向上剤の種類が関係していることは明らかである。実際、櫛形ポリマーとは化学構造が異なる、一般的なポリメタクリレートでは、当該効果は十分に発現されないし(本件特許明細書の【0014】の記載も参酌した。)、例えば、本件特許明細書に記載された上記比較例4(特定の櫛形ポリマーを用いたもの。X=0.03、Y=0.00)と比較例6(特定のポリメタクリレートを用いたもの。X=0.35、Y=1.45)とを対比すると、特許権者が粘度指数向上剤の分子間の絡み合いに関係する指標であると主張する上記X、Yの数値は、いずれも比較例6の方が大きい(すなわち、分子間の絡み合いが高温で顕著であり、高温での絡み合いが低温でも保持されて解けにくい)のに、その省燃費性能は、当該比較例6の方が低いこと(比較例4を基準とすると、比較例6の駆動トルク改善率は、マイナス0.2)から考えると、単純に、X、Yの数値が大きくなれば、粘度指数向上剤の種類や化学構造にかかわらず、省燃費性能の向上効果が高くなるという関係にあるということはできない。むしろ、当該効果は、粘度指数向上剤の種類・化学構造などに、少なからず左右されると解するのが合理的である。
以上の点を併せ考えると、本件特許出願時の技術常識に照らしても、上記の実験結果から、粘度指数向上剤の櫛形ポリマーの種類や化学構造を限定することなく、ただ特許権者が粘度指数向上剤の分子間の絡み合いに関係する指標であると主張する上記X、Yの数値によって省燃費性能の向上効果が高くなるという根拠は何ら見い出せないといわざるを得ない。
(カ) 以上を総合すると、発明の詳細な説明の実施例(具体例)に基づいて認定できる「発明の詳細な説明の記載から、当業者において、本件特許発明の課題が解決できると認識できる範囲」は、実施例3、4に係る実体不明の粘度指数向上剤を用いた潤滑油組成物というほかなく、これを、拡張ないし一般化できる範囲を画定する「基礎」とするには、具体性に欠けるものと認められる。また、仮に、当該実施例3、4に係る潤滑油組成物が実体のあるものであるとしても、当該範囲は、これらの具体例に限られるものと認められる。
オ 実施例以外の記載に基づく認定
(ア) 本件特許発明の課題は、上記(1)のとおりであるから、どのような技術的事項を具備することにより、当該課題を解決することができたのか(潤滑油組成物の各種性状を良好としつつ省燃費性能をより向上させることができたのか)を示す、因果関係や作用機序に関連する記載に着目しながら、発明の詳細な説明の、実施例以外の記載をみてみると、特に、上記3(4)、(6)、(7)において摘記した記載内容からみて、次の事項が記載されていると認めることができる。
・櫛形ポリマーを含む粘度指数向上剤の溶液中での分子間での絡み合いの度合いと、温度環境や温度変化による粘度変化との間に関連性があり、当該絡み合いの度合いを調整することで、潤滑油組成物の省燃費性能の向上効果が高い粘度指数向上剤とすることができること(【0008】、【0014】)
・要件(I)、(II)は、櫛形ポリマーを含む粘度指数向上剤の溶液中での分子間での絡み合いの度合いを規定したものであり、櫛形ポリマーを含む粘度指数向上剤の構造を間接的に規定したものともいえ、要件(I)の数値が大きくなる程、溶液中での粘度指数向上剤の分子間での絡み合いの度合いが高温で大きいことを示し、要件(II)の数値が大きくなる程、高温での絡み合いが低温でも保持されて絡み合いが解けにくいことを示し、よって、これらの数値が大きくなる程、温度環境や温度変化による粘度変化(特に高温領域下での粘度低下)が抑制され、潤滑油組成物の省燃費性能が向上すること(【0015】、【0016】、【0023】)
・要件(I)の数値は0.40以上であり、当該数値が0.40未満であると、高温領域下(70℃)での上記絡み合いの度合いが小さいため、当該粘度指数向上剤は、特に高温領域下での粘度低下を引き起こし、配合しても、潤滑油組成物の省燃費性能を十分に向上させることが難しいとの観点から、当該数値は、好ましくは0.50以上、より好ましくは0.65以上、更に好ましくは0.80以上、より更に好ましくは1.00以上であり、潤滑油組成物の流動性や高温領域下での粘度の維持性を良好とする観点から、通常100以下、好ましくは50以下、より好ましくは30以下、更に好ましくは10以下であること(【0016】?【0019】)
・要件(II)の数値は2.0以上であり、当該数値が2.0未満の粘度指数向上剤は、昇温後に急冷した際に、上記絡み合いが外れやすい構造を有する結果、当該粘度指数向上剤は、温度変化による粘度変化を招きやすく、潤滑油組成物の省燃費性能の向上効果が不十分であるとの観点から、当該数値は、好ましくは4.0以上、より好ましくは6.0以上、更に好ましくは8.0以上、より更に好ましくは10.0以上であり、通常100万以下であること(【0022】?【0027】)
・省燃費性能の向上の観点からは、櫛形ポリマーのMw及びMw/Mn(【0065】、【0066】)、粘度指数向上剤の固形分の含有量(【0071】)、150℃におけるHTHS粘度(【0101】)といった数値の最適化が有効であること
(イ) また、上記3(6)に摘記したとおり、粘度指数向上剤(櫛形ポリマー)に関し、【0021】、【0028】には、要件(I)、(II)を満たす粘度指数向上剤(櫛形ポリマー)を調製する際に考慮すべき事項が記載され、【0030】?【0066】には、櫛形ポリマーのマクロモノマーなどについて詳述されている。
(ウ) しかしながら、これら(ア)、(イ)の記載は、上記課題の解決には、溶液中での分子間での絡み合いの度合いを調整した特定の構造を有する粘度指数向上剤(櫛形ポリマー)が大きく寄与していることを説明するものの、肝腎の粘度指数向上剤(櫛形ポリマー)については概念的な説明にとどまり、当該粘度指数向上剤(櫛形ポリマー)の特定の構造(化合物名や化学構造などの、櫛形ポリマーの全体像)を具体的に示すものではない。また、当該記載には、要件(I)、(II)の比の数値(上記X、Y)は、櫛形ポリマーを含む粘度指数向上剤の構造を間接的に規定すると共に、上記絡み合いの度合いを規定したものであって、潤滑油組成物の省燃費性能の向上効果と関係するものである旨説明されているが、そのような関係性が実証されていないことは、上記エ(オ)のとおりである。したがって、当該記載に基づいて、当業者において、粘度指数向上剤(櫛形ポリマー)の全体像を把握し、上記X、Yの数値の調整のみによって上記課題が解決できること(上記X、Yの数値と本件特許発明の課題(特に省燃費性能)との関係性)を認識することはできないというほかない。
(エ) また、上記X、Yの数値の調整に際しては、上記課題に係る潤滑油組成物の各種性状が変化することが予想されるから、上記実施例以外の記載が教示するように、当該X、Yの数値のみを制御して、櫛形ポリマーを含む粘度指数向上剤の分子間での絡み合いの度合いを調整しさえすれば、上記課題(省燃費性能の向上と各種性状の維持の両者)が解決できるというほど単純なものとも認められない。
(オ) 以上の点にかんがみると、発明の詳細な説明の実施例以外の記載箇所においては、本件特許発明の特定の粘度指数向上剤(櫛形ポリマー)を含有する潤滑油組成物とその効用との関係性(特に、上記X、Yの数値と本件特許発明の課題(特に省燃費性能)との関係性)など、当該潤滑油組成物が本件特許発明の課題を解決できることの裏付けにつき、実施例に代わるほどの、当業者が首肯できる合理的な説明が存するとは認められない。
そうである以上、当該実施例以外の記載に基づいて、「発明の詳細な説明の記載から、当業者において、本件特許発明の課題が解決できると認識できる範囲」を認定することはできない。
カ まとめ
上記エ、オをまとめると、結局、「発明の詳細な説明の記載から、当業者において、本件特許発明の課題が解決できると認識できる範囲」は、せいぜい実施例3、4に係る潤滑油組成物にとどまるものと認められる。
(2) 特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載の対比(「特許請求の範囲に記載された発明」と「発明の詳細な説明の記載から、当業者において、本件特許発明の課題が解決できると認識することができる範囲」との広狭関係の検討)
上記2の「特許請求の範囲の記載(特許請求の範囲に記載された発明)」は、上記(1)において検討した「発明の詳細な説明の記載から、当業者において、本件特許発明の課題が解決できると認識できる範囲」を超えるものであることは明らかであるから、本件特許請求の範囲の記載が、明細書のサポート要件に適合するということはできない。

5 上記1(2)の観点からみたサポート要件の判断
(1) 次に、本件特許発明のようなパラメータ発明において、特許請求の範囲の記載が、明細書のサポート要件に適合するためには、発明の詳細な説明は、(i)その数式が示す範囲と得られる効果(性能)との関係の技術的な意味が、特許出願時において、具体例の開示がなくとも当業者に理解できる程度に記載するか、又は、(ii)特許出願時の技術常識を参酌して、当該数式が示す範囲内であれば、所望の効果(性能)が得られると当業者において認識できる程度に、具体例を開示して記載すること(その数式の示す範囲が単なる憶測ではなく、実験結果に裏付けられたものであることを明らかにしなければならない。)を要することから、当該(i)、(ii)についてみてみる。
(2) (i)について
本件特許発明は、上記X、Yが、0.85≦X≦1.33及び7.93≦Y≦34.87という二つの数式で画定される範囲に存在する関係にあることにより、「潤滑油組成物の各種性状を良好としつつ省燃費性能をより向上させることができる粘度指数向上剤、及び基油と共に当該粘度指数向上剤を含有する潤滑油組成物、並びに、当該潤滑油組成物の製造方法を提供すること」という課題を解決し、上記実施例3、4にみられるような所望の効果(性能)を有する潤滑油組成物が得られるというのであるところ、少なくとも、上記範囲(上記課題を解決し、所望の効果を有する潤滑油組成物が得られるという範囲)が、X=0.85及びX=1.33、並びに、Y=7.93及びY=34.87という式(以下、「基準式」という。)を基準として画されるということが、本件特許出願時において、具体例の開示がなくとも当業者に理解できるものであったことを認めるに足りる証拠はない。
したがって、上記(i)の点を満たすものとはいえない。
(3) (ii)について
ア まず、本件特許明細書の発明の詳細な説明に記載された具体例についてみると、本件特許発明が規定する上記の二つの数式の有効性を示すための具体例としては、実施例3、4の潤滑油組成物に係る二つの具体例(X、Y)=(1.33、34.87)、(0.85、7.93)と、比較例4?6の潤滑油組成物に係る三つの具体例(X、Y)=(0.03、0.00)、(0.02、0.89)、(0.35、1.45)が記載されているにすぎない。その上、上記4(1)エ(イ)において説示したとおり、当該実施例3、4の潤滑油組成物において使用されている「粘度指数向上剤(A-1)」及び「粘度指数向上剤(B-1)」は、本件特許発明に係る潤滑油組成物の核心たる、粘度指数向上剤の具体例であるにもかかわらず、その実体は不明であるから、上記具体例は、拡張ないし一般化できる範囲(具体例の効用を類推適用できる化合物・組成物の範疇)を画定するための「基礎」というには程遠いものである。
そうすると、本件特許明細書の発明の詳細な説明には、そもそも、当業者が本件特許発明の課題を解決できると認識できる程度に、具体例が開示されているとはいえず、本件特許出願時の技術常識を参酌して、上記数式が示す範囲内であれば、所望の効果(性能)が得られると当業者において認識できる程度に具体例が開示されているとは認められないのであるから、この時点で、上記(ii)の点を満たすものとはいえない。
イ さらにいうと、実施例及び比較例のX、Yの数値を、XY平面に描写してみると、上記二つの実施例と三つの比較例の間には、上記基準式以外にも、他の数式により、直線又は曲線を描くことが可能であることは自明であるし、そもそも、同XY平面上、何らかの直線又は曲線を境界線として、所望の効果(性能)が得られるか否かが区別され得ること自体が立証できていないことも明らかであるから、上記五つの具体例のみをもって、本件特許発明が画定する基準式が、所望の効果(性能)が得られる範囲を画する境界線であることを的確に裏付けているとは到底いうことができない。
また、これらの具体例をみても、上記4(1)エ(オ)において説示したとおり、X、Yの数値が、実施例3、4に係る数値(X、Y)=(1.33、34.87)、(0.85、7.93)を両端点とする、上記の二つの数式により示される範囲内のものであれば、所望の効果(性能)を有するものが得られると、当業者といえども認識することはできない。
したがって、上記具体例が実体のあるものと認めても、上記(ii)の点を満たすものとはいえない。
ウ なお、特許権者は、令和元年11月29日提出の意見書において、上記イの「基準式」に関する説示は、本件特許発明のような単純に数値を境界線とする式については妥当しない旨主張するが、パラメータを境界付けるものという意味では、当該基準式が単純なものであっても、複雑なものであっても変わりはないから、当該主張は当を得たものとは認められない。また、特許権者は、同意見書において、本件特許明細書記載の実施例3、4の記載に照らせば、当該数式が示す範囲内であれば、所望の効果(性能)が得られると当業者において認識できる旨も主張するが、当該主張が採用できないことは、上記4(1)エ(オ)のとおりである。
エ 以上の点からみて、本件特許明細書の発明の詳細な説明の実施例の記載に接する当業者において、上記要件(I)及び要件(II)に係るX、Yが、XY平面において、0.85≦X≦1.33及び7.93≦Y≦34.87という基準式を基準として画される範囲に存在する関係にあれば、上記の「潤滑油組成物の各種性状を良好としつつ省燃費性能をより向上させることができる粘度指数向上剤、及び基油と共に当該粘度指数向上剤を含有する潤滑油組成物、並びに、当該潤滑油組成物の製造方法を提供すること」という課題を解決し、上記所望の効果(性能)を有する潤滑油組成物を製造し得ることが、上記五つの具体例により裏付けられていると認識することは、本件特許出願時の技術常識を参酌しても、不可能というべきであり、本件特許明細書の発明の詳細な説明におけるこのような記載だけでは、本件特許出願時の技術常識を参酌して、当該数式が示す範囲内であれば、所望の効果(性能)が得られると当業者において認識できる程度に、具体例を開示して記載しているとはいえない。
したがって、上記(ii)の点を満たすものともいえない。
(5) 以上のとおりであるから、上記1(2)の観点からみても、本件特許請求の範囲の記載が、明細書のサポート要件に適合するということはできない。

6 小括
以上のとおり、本件特許請求の範囲の記載は、上記のいずれの観点からみても、サポート要件に適合するものではないから、本件特許は、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり、同法第113条第4号に該当するため、取り消すべきものである。

第6 取消理由2(実施可能要件)についての当審の判断

1 実施可能要件の判断手法について
本件特許発明1?9は、潤滑油組成物という「物の発明」であるから、発明の詳細な説明の記載は、当業者が「その物を作ることができ、かつ、その物を使用できる」程度に明確かつ十分に記載したものでなければならない。また、本件特許発明10は、実質的に本件特許発明1の潤滑油組成物の製造方法であり、「物を生産する方法」の発明であるところ、物を生産する方法の発明においても、当業者がその方法により物を製造することができなければならない。
そして、本件特許発明1?10の潤滑油組成物を作るためには、まずは、要件(I)及び要件(II)を満たす粘度指数向上剤(ひいては、櫛形ポリマー)を調製(製造・入手)する必要がある。
そこで、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載に接した当業者が、当該記載及び本件特許出願時の技術常識から、本件特許発明(本件特許発明1?10)の粘度指数向上剤(櫛形ポリマー)を調製(製造・入手)することができるものであるか否かについて、以下検討する。ただし、当該調製(製造・入手)にあたっては、当業者に期待しうる程度を超える試行錯誤や複雑高度な実験等を要するものであってはならないし、上記X、Yの数値範囲の極一部ではなく、その全般にわたって調製できるものでなければならない。

2 粘度指数向上剤の調製(製造・入手)について
(1) 本件特許発明の粘度指数向上剤(櫛形ポリマー)に関する記載(特に、その調製(製造・入手)に関する記載)に着目しながら、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載(上記第5の3において摘記した記載を参照のこと)を子細にみてみる。
ア まず、【実施例】の欄をみると、【0112】には、要件(I)及び要件(II)を満たす粘度指数向上剤(櫛形ポリマー)の具体例として、次のものが例示されている。
「<粘度指数向上剤>
・粘度指数向上剤(A-1):Mnが500以上のマクロモノマーに由来する構成単位を少なくとも有する櫛形ポリマー(Mw=48万、Mw/Mn=2.4)。
・粘度指数向上剤(B-1):Mnが500以上のマクロモノマーに由来する構成単位を少なくとも有する櫛形ポリマー(Mw=42万、Mw/Mn=5.2)。」
しかしながら、当該粘度指数向上剤(A-1)及び粘度指数向上剤(B-1)の具体的な化学構造や製造方法、製品名・商品名等についての記載はなく、その調製手法についても何ら説明はないから、当該実施例の記載は、本件特許発明の粘度指数向上剤を調製(製造・入手)する際の指針とはなり得ない。
イ また、「潤滑油組成物の製造方法」と題して記載された【0104】
、【0105】をみても、粘度指数向上剤の調製(製造・入手)に関する記載は見当たらない。
ウ さらに、本件特許発明の要件(I)及び要件(II)を満たす粘度指数向上剤を調製する手法として、【0021】には、要件(I)に係る上記Xの数値の調整に関して、次の記載がある(要件(II)に係る上記Yの数値の調整に関しても、【0028】に同様の記載がある。)。
「要件(I)で規定する前記比〔(G’)/(G’’)〕、及び、要件(I)に記載の溶液の貯蔵弾性率(G’)は、例えば、以下の事項を考慮することで、適宜調整することができる。
・粘度指数向上剤(1)を構成する櫛形ポリマーが、マクロモノマー(x1)に由来する構成単位(X1)を有しており、当該マクロモノマー(x1)の分子量が大きい程、つまり、櫛形ポリマーの側鎖が長くなる程、上記比〔(G’)/(G’’)〕及び上記溶液の貯蔵弾性率(G’)の値は大きくなる傾向にある。
・上記櫛形ポリマーが有するマクロモノマー(x1)に由来する構成単位(X1)の含有量が多くなる程、つまり、櫛形ポリマーの側鎖の本数が増加する程、上記比〔(G’)/(G’’)〕及び上記溶液の貯蔵弾性率(G’)の値は大きくなる傾向にある。
・上記櫛形ポリマーの重量平均分子量(Mw)が大きい程、上記比〔(G’)/(G’’)〕及び上記溶液の貯蔵弾性率(G’)の値は大きくなる傾向にある。
・上記櫛形ポリマーの主鎖において、芳香族性モノマー(例えば、スチレン系モノマー等)に由来する構成単位の含有量が少ない程、上記比〔(G’)/(G’’)〕及び上記溶液の貯蔵弾性率(G’)の値は大きくなる傾向にある。
・上記櫛形ポリマーの主鎖において、リン原子含有モノマーに由来する構成単位の含有量が少ない程、上記比〔(G’)/(G’’)〕及び上記溶液の貯蔵弾性率(G’)の値は大きくなる傾向にある。」
しかしながら、当該【0021】(【0028】)の記載は、確かに、櫛形ポリマーの構造(側鎖の長さや本数、Mw、主鎖を構成するモノマーの種類)と、上記要件とのおおよその関係(傾向)を示すものであるが、一般に、櫛形ポリマーの特性は、側鎖や主鎖など、その化学構造に大きく依存すると解されるところ、当該関係(傾向)が、実際に、どのような側鎖構造及び主鎖構造を備えた櫛形ポリマーを用いて実験的に導出されたのか(導出の根拠となる具体例)については、本件特許明細書に何ら記載されておらず、当該関係(傾向)が、側鎖や主鎖の構造に依存しないこと(櫛形ポリマー全般に合致する汎用的な関係(傾向)であること)の実証は何らなされていないというほかない。
このように上記【0021】(【0028】)記載の関係(傾向)については、特許権者において十分な証明責任が果たされていないものと認められるから、側鎖の構造(マクロモノマーの種類)や主鎖の構造にかかわらず、得られる櫛形ポリマーの特性(要件(I)及び要件(II)に係る上記X、Yの数値を含む)が、当該関係(傾向)に従うとまでいうことはできない。
また、当該X、Yの数値は、上記本件訂正により、上記実施例3、4における数値を上下限値とする限られた範囲のものとされたことから、その限られた範囲内に収めるには、当該数値の微調整が必要となるところ、上記関係(傾向)は、当該数値の挙動(上記関係(傾向)に従って、側鎖の長さをはじめとする種々のパラメータを変更した場合に、当該数値がどの程度変化するか)を予見するに足りるほどのものではない(なお、当該実施例3、4は、上記のとおり実体不明のものであって、当該微調整の助けになるようなものではない。)。
さらにいうと、上記【0021】(【0028】)記載の関係(傾向)に従って、例えば、櫛形ポリマーのMwを大きくして、上記X、Yの数値を大きくした場合、せん断力による粘度低下が顕著になり、せん断安定性が低下するため、結果、粘度指数向上剤(潤滑油組成物)として使用するには不適切なものとなる可能性は否めないし、得られた潤滑油組成物は、本件特許発明が規定する、-35℃におけるCCS粘度が4000mPa・s以下という条件をも満足する必要があるから、単に、当該関係(傾向)にさえ従えばよいという程、粘度指数向上剤(潤滑油組成物)の調製は簡単なものではない。
したがって、上記【0021】(【0028】)の記載は、本件特許発明の粘度指数向上剤を調製(製造・入手)する際の指針としては十分でない。
エ そのほか、【0030】?【0066】には、「櫛形ポリマー」と題して、特に、【0030】?【0061】には、櫛形ポリマーの具体的な構造(側鎖を構成するマクロモノマー(x1)や構成単位(X1)、主鎖を構成するモノマー(x2)など)について記載されている。
しかしながら、当該記載は、単に、周知の櫛形ポリマーのマクロモノマーなどを羅列したのと変わりはなく、何らの特定にもなっていないから、本件特許発明の上記X、Yの数値を満たす粘度指数向上剤(櫛形ポリマー)の具体的な化学構造を示すものとは認められないし、当該X、Yの数値を特定の範囲に制御するための具体的な手掛かり(どのモノマー原料をどの比率で用いればよいか)として、上記イで述べた【0021】(【0028】)記載の関係(傾向)以上の情報を提供するものとも認められない。
オ 【0016】に、要件(I)と粘度指数向上剤の構造に関する次の記載がある(要件(II)に関しても、【0023】に同様の記載がある。)。
「当該要件(I)は、櫛形ポリマーを含む粘度指数向上剤(1)の構造を間接的に規定したものともいえる。」
しかしながら、当該要件と粘度指数向上剤(櫛形ポリマー)の構造との関係を裏付ける証拠はなく、当該要件が定めれば、粘度指数向上剤の化学構造が一義的に特定されるものではない。逆に、粘度指数向上剤(櫛形ポリマー)の化学構造がどのようなものであれば、当該要件を満たす粘度指数向上剤(櫛形ポリマー)になるのかを示す技術常識も存しない。
したがって、本件特許発明の粘度指数向上剤(櫛形ポリマー)の具体的な化学構造は、要件(I)及び要件(II)だけからでは特定することはできない。
カ さらに、本件特許発明の粘度指数向上剤(櫛形ポリマー)に関係する、要件(I)及び要件(II)以外のパラメータ(特許請求の範囲に記載された上記X、Y以外のパラメータ)についてみると、【0065】、【0066】には、好ましい重量平均分子量(Mw)、重量平均分子量と数平均分子量の比(Mw/Mn)の範囲が記載され、また、【0112】には、粘度指数向上剤(A-1)のMwが48万、Mw/Mnが2.4と記載され、粘度指数向上剤(B-1)のMwが48万、Mw/Mnが2.4と記載されている。
しかしながら、上記分子量となる粘度指数向上剤は、極めて多数存することが想定される。また、重量平均分子量と数平均分子量の比は、分子量の不均一性を示すものであり、直ちに、粘度指数向上剤の化学構造を示唆するものではない。
キ 【0097】?【0102】には、-35℃におけるCCS粘度(低温粘度)をはじめとする潤滑油組成物の各種物性について記載されている。
しかしながら、これらの物性と粘度指数向上剤の化学構造との間に何らかの相関関係があるとする技術常識は認められない。
(2) 本件特許発明の粘度指数向上剤(櫛形ポリマー)に関する記載(特に、その調製(製造・入手)に関する記載)は、上記(1)のとおりのものであるから、当業者は、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載や本件特許出願時の技術常識を考慮しても、本件特許発明が規定する上記X、Yの数値を満たす粘度指数向上剤の具体的な化学構造を理解することはできないし、当該X、Yの数値を特定の範囲に制御するための十分な情報も得られないというほかない。
結局、当業者は、本件特許発明の粘度指数向上剤を調製(製造・入手)するために、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載に基づいて、まずは、その【0030】?【0066】に列記されたマクロモノマーなどを参考にしながら、無作為に粘度指数向上剤(櫛形ポリマー)を製造した後、上記X、Yの数値を確認し、当該X、Yの数値が、本件特許発明が規定する限られた数値範囲内にないときは、上記【0021】(【0028】)に記載された櫛形ポリマーの構造と要件(I)、(II)とのおおよその関係(傾向)を手掛かりに、当該粘度指数向上剤(櫛形ポリマー)の構造を変更し、当該X、Yの数値が、本件特許発明が規定する限られた数値範囲内に収まるまで、この作業を繰り返し行わなくてはならないこととなる。
しかしながら、上記(1)エのとおり、【0030】?【0066】の記載は、最適な粘度指数向上剤(櫛形ポリマー)の構造を示すものではないから、無作為に粘度指数向上剤(櫛形ポリマー)を製造する段階から、当業者は、所定のX、Yの数値に近いものを製造するために試行錯誤を要するし、さらに、当該数値を限られた所定の数値範囲内に収める際、上記(1)ウのとおり、上記【0021】(【0028】)記載のおおよその関係(傾向)は、当該X、Yの数値を制御するには十分な情報とはいえないから、なお試行錯誤を要することとなる。
すなわち、上記のように、無作為に粘度指数向上剤(櫛形ポリマー)を製造して得られた物のX、Yの数値は、上記実施例3、4に係る粘度指数向上剤は実体不明であるがゆえに、どの程度の数値になるかは全く予想がつかないから、限られた所定のX、Yの数値範囲に近いものを調製する段階で試行錯誤を要する上、当該数値が所定の数値範囲から大きく外れるような場合、側鎖長やMwなどの大幅な変更などを伴うことになるが、それにより当該数値がどの程度変動するかも予想できないから、所定の数値範囲内に収めるためにも試行錯誤を要することとなる。その上、その場合、粘度指数向上剤の本来の機能を失っては意味がないから、これを前提に調製する必要もある。
そして、そもそも、当該作業によりX、Yの数値が制御できるというに足りる根拠(裏付けとなる具体例)は、実際上何ら示されていないというほかないのであるから、最終的に所定の数値範囲内に収めることができるという確証もない。
そうすると、当業者が、本件特許発明の粘度指数向上剤を調製(製造・入手)するには、当業者に期待しうる程度を超える試行錯誤を行う必要が生じるものといわざるを得ない。
(3) なお、特許権者は、令和元年11月29日提出の意見書において、要件(I)及び要件(II)の技術的意義、すなわち、要件(I)及び要件(II)は櫛形ポリマーを含む粘度指数向上剤の溶液中での分子間での絡み合いの度合いを規定したものであることを考慮すれば、側鎖の構造(マクロモノマーの種類)や主鎖の構造(主鎖を構成するモノマーの種類)にかかわらず、【0021】及び【0028】に記載の関係(傾向)に従うと考えるのが合理的であり、そうである以上、要件(I)及び要件(II)に合致する粘度指数向上剤を調製するためには、任意の櫛形ポリマーを1つ調製した後、調製した櫛形ポリマーが要件(I)及び要件(II)を満たすか否かの測定を行い(作業a)、要件(I)及び要件(II)を満たさなかった場合には、本件特許明細書の【0030】?【0066】、【0021】、【0028】の記載を参酌して、構造変更した櫛形ポリマーを調製する(作業b)という作業を、要件(I)及び要件(II)に合致する粘度指数向上剤を見出すまで、繰り返せばよいのであって、過度の試行錯誤は要しない旨主張する。
しかしながら、この作業自体が過度の試行錯誤を要することは、上記のとおりであるから、当該主張を採用することはできない。

3 小括
以上のとおり、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載に接した当業者は、当業者に期待しうる程度を超える試行錯誤を伴うことなく、当該記載及び本件特許出願時の技術常識から、本件特許発明(本件特許発明1?10)の粘度指数向上剤(櫛形ポリマー)を調製(製造・入手)することができるとはいえないから、本件特許明細書の発明の詳細な説明は、当業者が本件特許発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載したものとは認められない。
したがって、本件特許は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり、同法第113条第4号に該当するため、取り消すべきものである。

第7 結び

以上の検討のとおり、本件特許1?10は、特許法第36条第4項第1号又は第6項に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当するため、取り消すべきものである。
よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基油と共に粘度指数向上剤を含有し、-35℃におけるCCS粘度が4000mPa・s以下である潤滑油組成物であって、
前記粘度指数向上剤が、櫛形ポリマーを含み、下記要件(I)及び下記要件(II)を満たし、
前記櫛形ポリマーの重量平均分子量(Mw)が、42万?100万であり、
前記櫛形ポリマーの分子量分布(Mw/Mn)(但し、Mwは当該櫛形ポリマーの重量平均分子量、Mnは当該櫛形ポリマーの数平均分子量を示す)が、1.10以上8.00以下である、潤滑油組成物。
要件(I):前記粘度指数向上剤を鉱油に溶解してなる固形分濃度25質量%の溶液について、測定温度70℃、角周波数100rad/s、歪み量20%の条件下で測定した、当該溶液の貯蔵弾性率(G’)と損失弾性率(G’’)との比〔(G’)/(G’’)〕が0.85以上1.33以下である。
要件(II):前記粘度指数向上剤を鉱油に溶解してなる固形分濃度25質量%である25℃の溶液(α)、並びに、当該溶液(α)を昇温速度0.2℃/sで100℃まで昇温した後に、冷却速度0.2℃/sで25℃まで冷却した溶液(β)について、測定温度25℃、角周波数100rad/s、歪み量1%の条件下で測定した溶液(β)の貯蔵弾性率(G’)と、測定温度25℃、角周波数100rad/s、歪み量20%の条件下で測定した溶液(α)の貯蔵弾性率(G’)との比〔溶液(β)/溶液(α)〕が7.93以上34.87以下である。
【請求項2】
測定温度70℃、角周波数100rad/s、歪み量20%の条件下で測定した、要件(I)に記載の前記溶液の貯蔵弾性率(G’)が、1.2×10^(2)Pa以上である、請求項1に記載の潤滑油組成物。
【請求項3】
前記櫛形ポリマーが、マクロモノマー(x1)に由来する構成単位(X1)を少なくとも有する重合体である、請求項1又は2に記載の潤滑油組成物。
【請求項4】
前記粘度指数向上剤の固形分の含有量が、前記潤滑油組成物の全量基準で、0.01?15.0質量%である、請求項1?3のいずれか1項に記載の潤滑油組成物。
【請求項5】
さらに、流動点降下剤、金属系清浄剤、分散剤、耐摩耗剤、極圧剤、酸化防止剤、及び消泡剤から選ばれる1種以上の潤滑油用添加剤を含む、請求項1?4のいずれか1項に記載の潤滑油組成物。
【請求項6】
前記基油が、API(米国石油協会)基油カテゴリーでグループ2及びグループ3に分類される鉱油、並びに合成油から選ばれる1種以上である、請求項1?5のいずれか1項に記載の潤滑油組成物。
【請求項7】
150℃におけるHTHS粘度(高温高せん断粘度)が1.4?3.5mPa・sである、請求項1?6のいずれか1項に記載の潤滑油組成物。
【請求項8】
100℃における動粘度が3.0?12.5mm^(2)/sである、請求項1?7のいずれか1項に記載の潤滑油組成物。
【請求項9】
粘度指数が120以上である、請求項1?8のいずれか1項に記載の潤滑油組成物。
【請求項10】
基油に粘度指数向上剤を配合する工程を有する、-35℃におけるCCS粘度が4000mPa・s以下である潤滑油組成物の製造方法であって、
前記粘度指数向上剤が、櫛形ポリマーを含み、下記要件(I)及び下記要件(II)を満たし、
前記櫛形ポリマーの重量平均分子量(Mw)が、42万?100万であり、
前記櫛形ポリマーの分子量分布(Mw/Mn)(但し、Mwは当該櫛形ポリマーの重量平均分子量、Mnは当該櫛形ポリマーの数平均分子量を示す)が、1.10以上8.00以下である、潤滑油組成物の製造方法。
要件(I):前記粘度指数向上剤を鉱油に溶解してなる固形分濃度25質量%の溶液について、測定温度70℃、角周波数100rad/s、歪み量20%の条件下で測定した、当該溶液の貯蔵弾性率(G’)と損失弾性率(G’’)との比〔(G’)/(G’’)〕が0.85以上1.33以下である。
要件(II):前記粘度指数向上剤を鉱油に溶解してなる固形分濃度25質量%である25℃の溶液(α)、並びに、当該溶液(α)を昇温速度0.2℃/sで100℃まで昇温した後に、冷却速度0.2℃/sで25℃まで冷却した溶液(β)について、測定温度25℃、角周波数100rad/s、歪み量1%の条件下で測定した溶液(β)の貯蔵弾性率(G’)と、測定温度25℃、角周波数100rad/s、歪み量20%の条件下で測定した溶液(α)の貯蔵弾性率(G’)との比〔溶液(β)/溶液(α)〕が7.93以上34.87以下である。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2020-03-24 
出願番号 特願2016-547967(P2016-547967)
審決分類 P 1 651・ 537- ZAA (C10M)
P 1 651・ 536- ZAA (C10M)
最終処分 取消  
前審関与審査官 中野 孝一  
特許庁審判長 冨士 良宏
特許庁審判官 木村 敏康
日比野 隆治
登録日 2018-05-11 
登録番号 特許第6336095号(P6336095)
権利者 出光興産株式会社
発明の名称 潤滑油組成物及び潤滑油組成物の製造方法  
代理人 大谷 保  
代理人 大谷 保  

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