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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  C22C
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  C22C
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C22C
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  C22C
管理番号 1364943
異議申立番号 異議2020-700184  
総通号数 249 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2020-09-25 
種別 異議の決定 
異議申立日 2020-03-18 
確定日 2020-07-28 
異議申立件数
事件の表示 特許第6578048号発明「缶胴用アルミニウム合金板」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6578048号の請求項1ないし4に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6578048号の請求項1ないし4に係る特許についての出願は、平成30年9月6日に出願されたものであって、令和1年8月30日に特許の設定登録(特許掲載公報発行日 令和1年9月18日)がされ、令和2年3月18日に、その請求項1ないし4に係る特許に対して、特許異議申立人 三田翔 により特許異議の申立てがされたものである。

第2 本件発明
特許第6578048号の請求項1ないし4に係る発明は、それぞれ、その特許請求の範囲の請求項1ないし4に記載された事項により特定される以下のとおりのものである。
以下、請求項1ないし4に記載された発明を「本件発明1」ないし「本件発明4」といい、総称して「本件発明」ということがある。
また、本件発明1については、以下のように、当審で付記する「a)」ないし「c)」により、分説して検討する。

【請求項1】
a)Si:0.25質量%以上0.60質量%以下、Fe:0.30質量%以上0.80質量%以下、Cu:0.10質量%以上0.30質量%以下、Mn:0.80質量%以上1.40質量%以下、Mg:0.80質量%以上2.00質量%以下、Zn:0.25質量%以下、Ti:0.10質量%以下を含有し、残部がAl及び不可避不純物からなり、
b)DI成形後の缶胴の最薄肉部において走査型電子顕微鏡によって得られる電子チャネリングコントラスト像において缶壁厚方向にコントラストが変化する間隔について、缶壁内面側の板表面から缶壁厚の25%までの範囲における平均間隔の、缶壁厚の中心から缶壁厚方向に缶壁厚の±12.5%の範囲における平均間隔に対する比が1.10以下である
c)缶胴用アルミニウム合金板。
【請求項2】
Cu含有量が0.15質量%以上である請求項1に記載の缶胴用アルミニウム合金板。
【請求項3】
Mg含有量が0.90質量%以上である請求項1又は請求項2に記載の缶胴用アルミニウム合金板。
【請求項4】
前記比が1.08以下である請求項1から請求項3のいずれか1項に記載の缶胴用アルミニウム合金板。

第3 異議申立理由の概要
特許異議申立人は、後記する甲各号証を提出し、以下の異議申立ての理由を主張した。

<異議申立理由1:特許法第29条第1項第3号について>
本件発明1ないし4は、甲第1ないし5号証のいずれかに記載された発明であり、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができないものであるから、その特許は取り消されるべきものである。

<異議申立理由2:特許法第29条第2項について>
本件発明1ないし4は、甲第1ないし5号証のいずれかに記載された発明及び技術常識(甲第6及び7号証)に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、その特許は取り消されるべきものである。

<異議申立理由3:特許法第36条第6項第2号について>
本件発明1ないし4については、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第2号に適合するものではないから、その特許は取り消されるべきものである。

<異議申立理由4:特許法第36条第6項第1号について>
本件発明1ないし4については、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号に適合するものではないから、その特許は取り消されるべきものである。

<異議申立理由5:特許法第36条第4項第1号について>
本件発明1ないし4については、発明の詳細な説明の記載が特許法第36条第4項第1号に適合するものではないから、その特許は取り消されるべきものである。

<証拠>
○甲第1号証:特開2009-1858号公報
○甲第2号証:特開2007-197815号公報
○甲第3号証:特開2011-47024号公報
○甲第4号証:特開2011-63869号公報
○甲第5号証:特開2015-55009号公報
○甲第6号証:「3004アルミニウム合金冷間圧延板におけるランクフォード値の異方性と集合組織」、2009年、軽金属 第59巻 第2号、63-69頁
○甲第7号証:「アルミニウムの組織と性質」、1991年11月30日、軽金属学会、100頁
○甲第8号証:特開2017-171953号公報
○甲第9号証:特開2017-166030号公報
○甲第10号証:特開2017-203201号公報
○甲第11号証:特開2019-56168号公報

第4 当審の判断
1 甲第1ないし5号証に記載された発明の認定
(1)甲第1号証に記載された発明の認定
甲第1号証には、「DI加工」が施される「缶ボディ用アルミニウム合金板」について記載されている(【請求項1】)。
そして、同「缶ボディ用アルミニウム合金板」に着目すると、甲第1号証には、次のア?エのことが記載されている。

ア 同「缶ボディ用アルミニウム合金板」の成分組成は、「質量%で、Si:0.15?0.5%、Fe:0.3?0.6%、Cu:0.15?0.5%、Mn:0.7?1.2%、Mg:0.8?2.0%を含有し、残部が不可避不純物を含むAlからなり」(【請求項1】)、「さらに、質量%でZn:0.05?0.30%、Ti:0.05?0.15%の内の1種又は2種を含有する」こと(【請求項2】)

イ 実施例について、「表1に示す成分を含有するアルミニウム合金を溶解し、この溶湯を常法により脱ガス、介在物除去を行い、半連続鋳造によってスラブに鋳造した。この際、鋳造速度、冷却水量を適宜調節し、得られたスラブ内の凝固冷却速度がほぼ一定とされた部位を切り出すことにより、凝固冷却速度が下記表1に示すような数値とされた各サンプルを得た。次いで、スラブに対し、下記表1に示す温度で均熱化処理を施した後、熱間圧延を施した。そして、下記表1に示す条件で必要に応じて冷間圧延及び中間焼鈍を行った後、最終冷間圧延を施して、板厚を0.270mmとした」「缶ボディ用アルミニウム合金板を得た」こと(【0044】)

ウ 上記「缶ボディ用アルミニウム合金板」について、「各サンプルを打ち抜き、直径が141mm、または149mmとされた円板状の板材(図1(a)参照)を得た。そして、下記表2に示す製造条件で、円板状の板材にDI加工を施し」たこと(【0046】)

エ 表1のサンプル7においては、質量%で、Si:0.26%、Fe:0.40%、Cu:0.19%、Mn:0.99%、Mg:1.20%、Zn:0.18%、Ti:0.03%を含有するアルミニウム合金の溶湯を用いて、缶ボディ用アルミニウム合金板を得たこと(表1、【0044】)

オ 以上から、本件請求項1の記載に即して整理すれば、甲第1号証には、
「質量%で、Si:0.26%、Fe:0.40%、Cu:0.19%、Mn:0.99%、Mg:1.20%、Zn:0.18%、Ti:0.03%を含有し、残部が不可避不純物を含むAlからなる缶ボディ用アルミニウム合金板。」の発明(以下、「引用発明1」という。)が記載されていると認められる。

(2)甲第2号証に記載された発明の認定
甲第2号証には、「DI加工」が施される「缶ボディ用アルミニウム合金板」について記載されている(【請求項1】)。
そして、同「缶ボディ用アルミニウム合金板」に着目すると、甲第2号証には、次のア?エのことが記載されている。

ア 同「缶ボディ用アルミニウム合金板」の成分組成は、「質量%で、Si:0.15?0.5%、Fe:0.3?0.6%、Cu:0.15?0.5%、Mn:0.7?1.2%、Mg:0.8?2.0%を含有し、残部が不可避不純物を含むAlからなり」(【請求項1】)、「さらに、質量%でZn:0.05?0.30%、Ti:0.05?0.15%の内の1種又は2種を含有する」こと(【請求項2】)

イ 実施例について、「表1に示す成分を含有するアルミニウム合金を溶解し、この溶湯を常法により脱ガス、介在物除去を行い、半連続鋳造により厚さ550mm、幅1.5m、長さ4.5mのスラブに鋳造した。次いで、スラブに表1に示す温度で均熱化処理を施した後、熱間圧延を施した。そして、表1に示す条件で必要に応じて冷間圧延及び中間焼鈍を行った後、最終冷間圧延を施して板厚を0.270mmとし」た「缶ボディ用アルミニウム合金板を得た」こと(【0038】)

ウ 上記「缶ボディ用アルミニウム合金板」について、「各実施例及び比較例の缶ボディ用アルミニウム合金板を打ち抜き、直径が149mmとされた円板状の板材(図1(a)参照)を得た。この円板状の板材にDI加工を施し」たこと(【0039】)

エ 実施例2においては、質量%で、Si:0.26%、Fe:0.40%、Cu:0.19%、Mn:0.99%、Mg:1.20%、Zn:0.18%、Ti:0.03%を含有するアルミニウム合金の溶湯を用いて、缶ボディ用アルミニウム合金板を得たこと(表1、【0038】)

オ 以上から、本件請求項1の記載に即して整理すれば、甲第2号証には、
「質量%で、Si:0.26%、Fe:0.40%、Cu:0.19%、Mn:0.99%、Mg:1.20%、Zn:0.18%、Ti:0.03%を含有し、残部が不可避不純物を含むAlからなる缶ボディ用アルミニウム合金板。」の発明(以下、「引用発明2」という。)が記載されていると認められる。

(3)甲第3号証に記載された発明の認定
甲第3号証には、「DI加工」が施される「缶ボディ用アルミニウム合金板」について記載されている(【請求項1】)。
そして、同「缶ボディ用アルミニウム合金板」に着目すると、甲第3号証には、次のア?エのことが記載されている。

ア 同「缶ボディ用アルミニウム合金板」の成分組成は、「質量%で、Mn:0.8?1.1%、Mg:1.3?1.7%、Si:0.25?0.45%、Fe:0.3?0.55%、Cu:0.25?0.45%、Si+Cu:0.6?0.8%を含有し、残部が不可避不純物を含むAlからなり」(【請求項1】)、「さらに必要に応じて、質量%でZn:0.30%以下、Ti:0.15%以下の内の1種又は2種を含有する成分組成とすることができる」こと(【0029】)

イ 実施例について、「表1に示す成分を含有するアルミニウム合金を溶解し、この溶湯を常法により脱ガス、介在物除去を行い、半連続鋳造により厚さ550mm、幅1.5m、長さ4.5mのスラブに鋳造した。次いで、スラブに565℃で均熱化処理を施した後、熱間圧延を施した。熱間圧延により板厚7.5mmまで圧延し、その後、0.65mm?0.75mmまでの所定の板厚まで冷間圧延した。その後、480℃?590℃の温度範囲に1s?60s加熱する連続焼鈍(IA-CAL)を施し、更に0.260mmの最終板厚まで冷間圧延してNo.1?19の試料を得た」こと(【0048】)

ウ 上記試料について、「各実施例及び比較例の缶ボディ用アルミニウム合金板を打ち抜き、直径が149mmとされた円板状の板材(図1(a)参照)を得た。この円板状の板材にDI加工を施し」たこと(【0050】)
エ 表1の試料No.17においては、質量%で、Si:0.39%、Fe:0.42%、Cu:0.28%、Mn:0.97%、Mg:1.55%、Zn:0.13%、Ti:0.03%を含有するアルミニウム合金の溶湯を用いて、No.17の試料を得たこと(表1、【0048】)

オ 以上から、本件請求項1の記載に即して整理すれば、甲第3号証には、
「質量%で、Si:0.39%、Fe:0.42%、Cu:0.28%、Mn:0.97%、Mg:1.55%、Zn:0.13%、Ti:0.03%を含有し、残部が不可避不純物を含むAlからなる缶ボディ用アルミニウム合金板。」の発明(以下、「引用発明3」という。)が記載されていると認められる。

(4)甲第4号証に記載された発明の認定
甲第4号証には、「DI加工」が施される「缶ボディ用アルミニウム合金板」について記載されている(【請求項1】)。
そして、同「缶ボディ用アルミニウム合金板」に着目すると、甲第4号証には、次のア?エのことが記載されている。

ア 同「缶ボディ用アルミニウム合金板」の成分組成は、「質量%で、Mn:0.8?1.1%、Mg:1.3?1.7%、Si:0.25?0.4%、Fe:0.3?0.55%、Cu:0.3?0.45%、Si+Cu:0.6?0.8%を含有し、Cu量≧Si量の関係を満足し、残部が不可避不純物を含むAlからなり」(【請求項1】)、「さらに必要に応じて、質量%でZn:0.30%以下、Ti:0.15%以下の内の1種又は2種を含有する成分組成とすることができる」こと(【0028】)

イ 実施例について、「表1に示す成分を含有するアルミニウム合金を溶解し、この溶湯を常法により脱ガス、介在物除去を行い、半連続鋳造により厚さ550mm、幅1.5m、長さ4.5mのスラブに鋳造した。次いで、スラブに565℃で均熱化処理を施した後、熱間圧延を施した。熱間圧延により板厚7.5mmまで圧延し、圧延された板は圧延後にコイル状に巻き取る直前に、端部をトリマーによりトリムした。巻き取られたコイルの端面温度は、420?440℃とし、冷却するまでの間に再結晶を生じさせ、軟質状態にした。次に、2.2mmまで冷間圧延し、冷間圧延後、板の両サイドをそれぞれ30mmトリムし、トリム後の端面にクラックが残っていないことを確認した。その後、0.65mm?0.75mmまでの所定の板厚まで冷間圧延した。その後、480℃?590℃の温度範囲に1s?60s加熱する連続焼鈍を施した後、0.260mmの最終板厚まで仕上圧延してNo.1?20の試料を得た」こと(【0046】)

ウ 上記試料について、「各実施例及び比較例の缶ボディ用アルミニウム合金板を打ち抜き、直径が149mmとされた円板状の板材(図1(a)参照)を得た。この円板状の板材にDI加工を施し」たこと(【0048】)
エ 表1の試料No.17においては、質量%で、Si:0.47%、Fe:0.43%、Cu:0.30%、Mn:0.97%、Mg:1.65%、Zn:0.13%、Ti:0.03%を含有するアルミニウム合金の溶湯を用いて、No.17の試料を得たこと(表1、【0046】)

オ 以上から、本件請求項1の記載に即して整理すれば、甲第4号証には、
「質量%で、Si:0.47%、Fe:0.43%、Cu:0.30%、Mn:0.97%、Mg:1.65%、Zn:0.13%、Ti:0.03%を含有し、残部が不可避不純物を含むAlからなる缶ボディ用アルミニウム合金板。」の発明(以下、「引用発明4」という。)が記載されていると認められる。

(5)甲第5号証に記載された発明の認定
甲第5号証には、「DI加工」が施される「缶ボディ用アルミニウム合金板」について記載されている(【請求項3】、【0002】)。
そして、同「缶ボディ用アルミニウム合金板」に着目すると、甲第5号証には、次のア?エのことが記載されている。

ア 同「缶ボディ用アルミニウム合金板」の成分組成は、「質量%でSi:0.2?0.5%、Fe:0.3?0.7%、Cu:0.2?0.5%、Mn:0.5?1.3%、Mg:0.9?1.5%、Cr:0.001?0.10%、Zn:0.05?0.30%、Ti:0.05?0.10%を含有し、残部が不可避的不純物を含むAl」(【請求項2】)であること

イ 実施例について、「表1に示す成分のアルミニウム合金を溶解し、この溶湯を常法により脱ガス、介在物除去を行い、半連続鋳造により厚さ550mm、幅1.5m、長さ4.5mのスラブに鋳造した。次いで、スラブに565℃で均熱化処理を施した後、熱間圧延を施した。その後、0.38mm?1.15mmの範囲内の所定の板厚まで冷間圧延した。その後、420℃以上600℃以下の温度に1秒以上60秒以下に加熱し、次いで10℃/s以上100℃/s以下の冷却速度で冷却する連続焼鈍(IA-CAL)を施し、さらに0.23mmの最終板厚まで冷間圧延してNo.1?No.14の試料を得た」こと(【0037】)

ウ 上記試料について、「各実施例及び比較例の缶ボディ用アルミニウム合金板を打ち抜き、直径が149mmとされた円板状の板材(図1(a)参照)を得た。この円板状の板材にDI加工を施し」たこと(【0039】)
エ 表1の試料No.12においては、質量%で、Si:0.33%、Fe:0.44%、Cu:0.28%、Mn:0.99%、Mg:1.12%、Cr:0.03%、Zn:0.14%、Ti:0.03%を含有し、残部がAlであるアルミニウム合金の溶湯を用いて、No.12の試料を得たこと(表1、【0037】)

オ 以上から、本件請求項1の記載に即して整理すれば、甲第5号証には、
「質量%で、Si:0.33%、Fe:0.44%、Cu:0.28%、Mn:0.99%、Mg:1.12%、Cr:0.03%、Zn:0.14%、Ti:0.03%を含有し、残部が不可避不純物を含むAlからなる缶ボディ用アルミニウム合金板。」の発明(以下、「引用発明5」という。)が記載されていると認められる。

2 異議申立理由1(特許法第29条第1項第3号)についての判断
(1)引用発明1について
ア 対比
本件発明1と引用発明1とを対比する。

(ア)本件発明1における「アルミニウム合金」の成分組成と、引用発明1における「アルミニウム合金」の成分組成とは、いずれも、Si、Fe、Cu、Mn、Mg、Zn、Tiを含み、残部がAl及び不可避不純物である点で共通し、これら各成分の含有量(質量%)も重複一致する。

(イ)引用発明1における「缶ボディ用アルミニウム合金板」は、本件発明1における「缶胴用アルミニウム合金板」に相当する。

(ウ)以上によれば、本件発明1と引用発明1とは、
「a)Si:0.25質量%以上0.60質量%以下、Fe:0.30質量%以上0.80質量%以下、Cu:0.10質量%以上0.30質量%以下、Mn:0.80質量%以上1.40質量%以下、Mg:0.80質量%以上2.00質量%以下、Zn:0.25質量%以下、Ti:0.10質量%以下を含有し、残部がAl及び不可避不純物からなる
c)缶胴用アルミニウム合金板。」
の点で一致し、以下の点で相違する。

(相違点1)
DI成形後の缶胴の最薄肉部において走査型電子顕微鏡によって得られる電子チャネリングコントラスト像において缶壁厚方向にコントラストが変化する間隔(以下、「方位変化間隔」という。)について、缶壁内面側の板表面から缶壁厚の25%までの範囲(以下、「表層部」という。)における平均間隔の、缶壁厚の中心から缶壁厚方向に缶壁厚の±12.5%の範囲(以下、「中央部」という。)における平均間隔に対する比(以下、「方位変化間隔の比」という。)について、本件発明1では、「1.10以下」であるのに対し、引用発明1では、その値が不明である点。

イ 相違点1の検討
上記相違点1について検討すると、甲第1号証には、上記「方位変化間隔」及び「方位変化間隔の比」については記載されていない。
そこで、製造方法の点から、引用発明1が、上記「方位変化間隔の比」について「1.10以下」であるか否かについて検討する。

(ア)本件特許明細書には、以下の記載がある。なお、「・・・」は記載の省略を表す(以下同様)。

「【0012】
本発明の一実施形態に係る缶胴用アルミニウム合金板は、例えば、Al-Mn-Mg系合金からなる。Al-Mn-Mg系合金としては、例えば、一般的なJIS合金、例えば3004、3104等が挙げられる。
【0013】
具体的には、缶胴用アルミニウム合金板は、Si:0.10質量%以上0.60質量%以下、Fe:0.30質量%以上0.80質量%以下、Cu:0.10質量%以上0.30質量%以下、Mn:0.80質量%以上1.40質量%以下、Mg:0.80質量%以上2.00質量%以下、Zn:0.25質量%以下、Ti:0.10質量%以下を含有し、残部がAl及び不可避不純物からなる。・・・」
「【0032】
方位変化間隔の比は、例えば、缶胴用アルミニウム合金板の製造過程における冷間圧延の最終圧延パスとその直前のパスの圧延率を調節することによって制御することが可能である。なお、当初板厚と加工後の缶壁厚から算出される缶胴加工率により変形組織のサイズは変化しうるが、方位変化間隔の比はある程度維持される。
【0033】
(製造方法)
缶胴用アルミニウム合金板の製造方法の一例について説明する。缶胴用アルミニウム合金板の製造方法は、第1工程である鋳造工程と、第2工程である均質化熱処理工程と、第3工程である熱間圧延工程と、第4工程である冷間圧延工程と、を含み、これらの工程をこの順に行うものである。
【0034】
(第1工程から第3工程:鋳造工程、均質化熱処理工程、熱間圧延工程) 第1工程は、目的の組成を有する鋳塊を半連続鋳造法にて作製する工程である。第2工程は、第1工程で作製されたアルミニウム合金の鋳塊に均質化熱処理を施す工程である。
【0035】
第1工程では、半連続鋳造法(DC(direct chill)鋳造)によりアルミニウム合金を鋳造して鋳塊を得る。次に、鋳塊表層の不均一な組織となる領域を面削にて除去する工程と均質化熱処理を施す第2工程を行う。・・・
【0036】
第3工程は、第2工程で均質化熱処理を施されたアルミニウム合金の鋳塊を熱間圧延する工程である。・・・
【0037】
熱間圧延の終了温度である巻き取り温度は、300℃以上370℃以下とすることが好ましい。・・・
【0038】
第4工程は、第3工程で熱間圧延された熱間圧延板を冷間圧延する工程である。第4工程では、熱間圧延板を、焼鈍することなく冷間圧延して、所定の板厚のアルミニウム合金板に仕上げる。・・・
【0039】
冷間圧延の総圧延率は、82.0%以上とする。・・・
【0040】
冷間圧延の最終圧延パスとその直前の圧延パスの圧下配分比は、1.02以上とする。なお、ここでいう圧下配分比は最終圧延パスの圧延率を最終圧延パスの直前のパスの圧延率で除したものである。上記圧下配分比が1.02以上であると、方位変化間隔の比が低下し、耐突き刺し性及び缶壁二次加工性が向上する。上記圧下配分比は、好ましくは1.04以上であり、より好ましくは1.08以上であり、また、例えば、1.20以下である。」 「【0042】
なお、以上の缶胴用アルミニウム合金板の製造方法においては、第3工程より後、かつ、第4工程が終了するより前には、DI缶の塗装焼付け処理の到達温度を超える中間焼鈍を行わないものとする。
【実施例】
【0043】
以上、本発明の実施形態について述べてきたが、以下に、本発明の効果を確認した実施例を本発明の要件を満たさない比較例と対比して具体的に説明する。・・・
【0044】
(供試材の作製)
表1に示す組成からなるアルミニウム合金(No.1及び2)を半連続鋳造法にて鋳造し、第1工程および第2工程として示した方法で面削、均質化熱処理を行い、冷却すること無く、熱間圧延した。熱間圧延の終了温度を巻取り温度として300℃以上370℃以下とした。そして、得られた熱間圧延板を、中間焼鈍を施すこと無く、表1に示す条件で冷間圧延して板厚0.30mmの冷間圧延板を得た。なお、表1に示す組成の残部はAlと不可避不純物である。また、冷延率は、冷間圧延における総圧延率であり、圧下配分比は、冷間圧延における最終圧延パスの圧延率のその直前の圧延パスの圧延率に対する比である。
【0045】
この冷間圧延板を用いて、DI缶を作製した。作製方法として、まずアルミニウム合金板から直径140mmのブランクを打ち抜き、このブランクを絞り成形して、直径90mmのカップを作製した。得られたカップに対し、汎用のアルミ缶胴成形機にてDI成形を施し、DI缶を作製した。
【0046】
開口部をトリミング後の作製したDI缶の外径は66.3mm、高さが124mm、缶壁の最薄肉部は缶底から60mmの高さであり、その肉厚は95μm、同部の加工率は、当初板厚が0.3mmであったから68.3%であった。このDI缶の缶底から60mm位置(図5参照)にある缶胴最薄肉部を供試材とした。なお、表1において、No.1は実施例に該当し、No.2は比較例に該当する。」
「【0051】
【表1】



【0052】
表1に示すように、組成及び方位変化間隔の比が本発明の範囲内であるNo.1の缶胴用アルミニウム合金板からDI成形したDI缶では、耐突き刺し性及び缶壁二次加工性に優れていた。一方、圧下配分比が小さく、方位変化間隔の比が大きいNo.2では、変形組織が発達しないため、耐突き刺し性及び缶壁二次加工性が低下した。」

(イ)前記(ア)によれば、「方位変化間隔の比」が「1.10以下」である「缶胴用アルミニウム合金板」は、以下のa及びbの各要件を備える製造方法によって製造できるものである。

a 「Si:0.10質量%以上0.60質量%以下、Fe:0.30質量%以上0.80質量%以下、Cu:0.10質量%以上0.30質量%以下、Mn:0.80質量%以上1.40質量%以下、Mg:0.80質量%以上2.00質量%以下、Zn:0.25質量%以下、Ti:0.10質量%以下を含有し、残部がAl及び不可避不純物からなること」(以下、「化学組成要件」という。)
b 「次の製造工程を含むこと
・第1工程(鋳造工程):上記aの化学組成を有する鋳塊を半連続鋳造法に て作製する。
・第2工程(面削、均質化熱処理工程):鋳塊表層の不均一な組織となる領 域を面削にて除去し、均質化熱処理を施す。
・第3工程(熱間圧延工程):均質化熱処理後、冷却すること無く、熱間圧 延する。熱間圧延の終了温度を巻取り温度として300℃以上370℃以 下とする。
・第4工程(冷間圧延工程):熱間圧延板を冷間圧延して、所定の板厚のア ルミニウム合金板に仕上げる。冷間圧延の総圧延率は、82.0%以上と する。また、冷間圧延の最終圧延パスとその直前の圧延パスの圧下配分比 は、1.02以上とする(なお、ここでいう圧下配分比は最終圧延パスの 圧延率を最終圧延パスの直前のパスの圧延率で除したものである。)。 ・第3工程より後、かつ、第4工程が終了するより前には、DI缶の塗装焼 付け処理の到達温度を超える中間焼鈍を行わない。」(以下、「製造工程要件」という。)

(ウ)次に、引用発明1の製造方法が上記化学組成要件及び製造工程要件を備えるか否かについて、検討する。
前記1(1)イ、エによれば、引用発明1の製造方法は、上記化学組成要件を備えるものの、冷間圧延工程について、「下記表1に示す条件で必要に応じて冷間圧延及び中間焼鈍を行った後、最終冷間圧延を施して、板厚を0.270mmとした」(【0044】)と記載されているのみであり、各パスの圧下率が記載されておらず、上記「圧下配分比」についても不明である。
したがって、引用発明1の製造方法は、上記製造工程要件を備えるとはいえないから、引用発明1は、「方位変化間隔の比」が「1.10以下」であるとは認められない。

(エ)以上のとおり、上記相違点1は実質的な相違点であるから、本件発明1は、甲第1号証に記載された発明ではない。

(2)引用発明2について
本件発明1と引用発明2とを対比すると、前記相違点1と同様の相違点が認定される(以下、「相違点1-2」という。)。
そこで、引用発明2の製造方法が上記化学組成要件及び製造工程要件を備えるか否かについて、検討する。
前記1(2)イ、エによれば、引用発明2の製造方法は、上記化学組成要件を備えるものの、冷間圧延工程について、「表1に示す条件で必要に応じて冷間圧延及び中間焼鈍を行った後、最終冷間圧延を施して、板厚を0.270mmとし」た(【0038】)と記載されているのみであり、各パスの圧下率が記載されておらず、上記「圧下配分比」についても不明である。 したがって、引用発明2の製造方法は、上記製造工程要件を備えるとはいえないから、引用発明2は、「方位変化間隔の比」が「1.10以下」であるとは認められない。
以上のとおり、上記相違点1-2は実質的な相違点であるから、本件発明1は、甲第2号証に記載された発明ではない。

(3)引用発明3について
本件発明1と引用発明3とを対比すると、前記相違点1と同様の相違点が認定される(以下、「相違点1-3」という。)。
そこで、引用発明3の製造方法が上記化学組成要件及び製造工程要件を備えるか否かについて、検討する。
前記1(3)イ、エによれば、引用発明3の製造方法は、上記化学組成要件を備えるものの、冷間圧延工程について、「0.65mm?0.75mmまでの所定の板厚まで冷間圧延した。その後、480℃?590℃の温度範囲に1s?60s加熱する連続焼鈍(IA-CAL)を施し、更に0.260mmの最終板厚まで冷間圧延してNo.1?19の試料を得た。」(【0048】)と記載されているのみであり、各パスの圧下率が記載されておらず、上記「圧下配分比」についても不明である。
したがって、引用発明3の製造方法は、上記製造工程要件を備えるとはいえないから、引用発明3は、「方位変化間隔の比」が「1.10以下」であるとは認められない。
以上のとおり、上記相違点1-3は実質的な相違点であるから、本件発明1は、甲第3号証に記載された発明ではない。

(4)引用発明4について
本件発明1と引用発明4とを対比すると、前記相違点1と同様の相違点が認定される(以下、「相違点1-4」という。)。
そこで、引用発明4の製造方法が上記化学組成要件及び製造工程要件を備えるか否かについて、検討する。
前記1(4)イ、エによれば、引用発明4の製造方法は、上記化学組成要件を備えるものの、冷間圧延工程について、「0.65mm?0.75mmまでの所定の板厚まで冷間圧延した。その後、480℃?590℃の温度範囲に1s?60s加熱する連続焼鈍を施した後、0.260mmの最終板厚まで仕上圧延してNo.1?20の試料を得た。」(【0046】)と記載されているのみであり、各パスの圧下率が記載されておらず、上記「圧下配分比」についても不明である。また、冷間圧延工程中に、DI缶の塗装焼付け処理の到達温度を超える中間焼鈍を行うものである。
したがって、引用発明4の製造方法は、上記製造工程要件を備えるとはいえないから、引用発明4は、「方位変化間隔の比」が「1.10以下」であるとは認められない。
以上のとおり、上記相違点1-4は実質的な相違点であるから、本件発明1は、甲第4号証に記載された発明ではない。

(5)引用発明5について
本件発明1と引用発明5とを対比すると、前記相違点1と同様の相違点が認定される(以下、「相違点1-5」という。)。
そこで、引用発明5の製造方法が上記化学組成要件及び製造工程要件を備えるか否かについて、検討する。
前記1(5)イ、エによれば、引用発明5の製造方法は、上記化学組成要件を備えるものの、冷間圧延工程について、「0.38mm?1.15mmの範囲内の所定の板厚まで冷間圧延した。その後、420℃以上600℃以下の温度に1秒以上60秒以下に加熱し、次いで10℃/s以上100℃/s以下の冷却速度で冷却する連続焼鈍(IA-CAL)を施し、さらに0.23mmの最終板厚まで冷間圧延してNo.1?No.14の試料を得た。」(【0048】)と記載されているのみであり、各パスの圧下率が記載されておらず、上記「圧下配分比」についても不明である。また、冷間圧延工程中に、DI缶の塗装焼付け処理の到達温度を超える中間焼鈍を行うものである。
したがって、引用発明5の製造方法は、上記製造工程要件を備えるとはいえないから、引用発明5は、「方位変化間隔の比」が「1.10以下」であるとは認められない。
以上のとおり、上記相違点1-5は実質的な相違点であるから、本件発明1は、甲第5号証に記載された発明ではない。

(6)異議申立理由1(特許法第29条第1項第3号)についての結言
以上から、本件発明1及びこれを直接又は間接的に引用する本件発明2ないし4は、同発明が、甲第1ないし5号証のいずれかに記載された発明ではなく、特許法第29条第1項第3号に該当せず、特許を受けることができないものではない。

3 異議申立理由2(特許法第29条第2項)についての判断
前記2のとおり、構成b)については甲第1ないし5号証のいずれにも記載されていないから、引用発明1?5のいずれかにおいて、上記比を「1.10以下」とすることが動機付けられるとはいえない。
また、特許異議申立人は、甲第6及び7号証により、アルミニウム合金冷間圧延板においては、上記比の値は、1程度か、あるいは1より小さくなるのが技術常識であると主張している。
ここで、甲第6号証には、DI缶用に製造した大型の帯板コイルから採取した3004アルミニウム合金冷間圧延板の供試材について、圧延面と垂直な方向の板断面が記載され、その断面において、圧延面から30°?35°傾いた直線的なせん断帯群が観察されることが記載されている(「2.実験方法」第1行?第2行、Fig.10参照)。
また、甲第7号証には、5182合金について、4mm厚の熱延板を75%冷間圧延した冷間圧延板の平行断面の光顕組織が記載されている(図2-16)。
しかしながら、甲第6及び7号証には、上記「方位変化間隔の比」及び、アルミニウム合金冷間圧延板において、上記比の値は1程度か、あるいは1より小さくなることについては、記載や示唆がされておらず、上記技術常識を認めることができない。
したがって、引用発明1?5のいずれかにおいて、上記比を「1.10以下」とすることは、当業者が容易に想到し得たことではない。
以上から、本件発明1及びこれを直接又は間接的に引用する本件発明2ないし4は、同発明が、甲第1ないし5号証のいずれかに記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものでなく、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものではない。

4 異議申立理由3(特許法第36条第6項第2号)についての判断
(1)異議申立理由の概要
甲第8ないし11号証に記載されているように、DI成形後のアルミニウム合金缶の機械特性には、変形組織の大きさが影響するため、変形組織の大きさを制御することが重要であるというのが、技術常識である。
ここで、本件発明1は、変形組織の大きさを規定していないため、機械特性が悪くなってしまうほどの大きさの変形組織が含まれることとなり、その場合、本件発明の解決すべき課題を解決できない。
したがって、本件発明1には、本件発明の解決すべき課題を解決できないものが含まれるから、本件発明1は明確でない。
よって、本件発明1は、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第2号に適合するものではないから、その特許は取り消されるべきものである。
本件発明1を直接又は間接的に引用する本件発明2ないし4についても同様である。

(2)当審の判断
特許異議申立人は、本件発明1について、変形組織の大きさを規定していない構成b)の記載が明確でないと主張するが、構成b)の記載が明確か否かについては、そのような規定の有無によるものではない。
そして、構成b)の記載について、その記載が不明瞭である、または技術的意義が不明であるとまではいうことはできない。
以上のとおり、本件発明1は、その特許請求の範囲の記載が明確である。 本件発明1を直接又は間接的に引用する本件発明2ないし4についても同様である。
したがって、本件発明1及びこれを直接又は間接的に引用する本件発明2ないし4は、同発明が、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第2号に適合するものであり、その特許は取り消されるべきものではない。

5 異議申立理由4(特許法第36条第6項第1号)についての判断
(1)異議申立理由の概要
以下ア、イの点から、本件発明1は発明の詳細な説明に記載されたものとはいえず、特許法第36条第6項第1号に適合するものではないから、その特許は取り消されるべきものである。
本件発明1を直接又は間接的に引用する本件発明2ないし4についても同様である。

ア 前記4(1)に記載のとおり、本件発明1は、変形組織の大きさを規定していないため、機械特性が悪くなってしまうほどの大きさの変形組織が含まれることとなり、その場合、本件発明の解決すべき課題を解決できない。
イ 本件発明1は、上記方位変化間隔の比が、0及び0に極めて近いものが含まれるが、実施例において所期の効果が得られることが実証確認されているのは、その比が0.96である一例(表1)のみにすぎず、0及び0に極めて近い場合に所期の効果が得られるかは明らかではないから、本件特許明細書に記載された内容を拡張ないし一般化できるものではない。

(2)当審の判断
ア まず、上記(1)アの主張について検討する。
本件特許明細書には、以下の記載がある。

「【0006】
缶胴の分野では、薄肉化により耐突き刺し性及び缶壁二次加工性が低下しており、突き刺しによる缶胴部での割れ、缶壁張出変形による割れ等が発生する課題がある。特許文献1及び特許文献2では、加工硬化能を向上させることで、薄肉化した場合でも、耐突刺し性及び缶壁二次加工性が共に改善されるアルミニウム合金板が開示されている。しかしながら、薄肉化によるコストダウンに向けたニーズの更なる高まりにより、より優れた耐突き刺し性及び缶壁二次加工性を有する材料が求められている。
【0007】
本発明は、前記課題に鑑みてなされたものであり、薄肉化しても、より優れた耐突き刺し性及び缶壁二次加工性が達成できる缶胴用アルミニウム合金板を提供することを目的とする。
【0008】
前記課題を解決するため、本発明者らは、耐突き刺し性及び缶壁二次加工性を向上させる方法を種々検討し、缶胴用アルミニウム合金板の変形組織を制御することによる方法を見出した。すなわち、本発明に係る缶胴用アルミニウム合金板は、Si:0.10質量%以上0.60質量%以下、Fe:0.30質量%以上0.80質量%以下、Cu:0.10質量%以上0.30質量%以下、Mn:0.80質量%以上1.40質量%以下、Mg:0.80質量%以上2.00質量%以下、Zn:0.25質量%以下、Ti:0.10質量%以下を含有し、残部がAl及び不可避不純物からなる。缶胴用アルミニウム合金板は、DI成形後の缶胴の最薄肉部において走査型電子顕微鏡によって得られる電子チャネリングコントラスト像において板厚方向にコントラストが変化する間隔について、缶壁内面側の板表面から缶壁厚の25%までの範囲(表層部)における平均間隔の、缶壁厚の中心から缶壁厚方向に缶壁厚の±12.5%の範囲(中央部)における平均間隔に対する比(表層部/中央部)が1.10以下である。」
「【0031】
方位変化間隔の比が1.10を超える場合、缶内面側の表層部における変形組織が大きく、缶外面側からの突き刺し変形及び張出変形等の缶壁二次加工時に剪断帯が発生し易くなり、割れ耐性が低下する。一方、方位変化間隔の比が1.10以下の場合、缶内面側の表層部における変形組織が細かくなるため、突き刺し及び缶壁二次加工時に剪断帯が発生し難くなり、割れ耐性が向上する。したがって、方位変化間隔の比は、1.10以下とする。」

イ 上記本件特許明細書【0006】、【0007】の記載から、本件特許の解決すべき課題は、薄肉化しても、より優れた耐突き刺し性及び缶壁二次加工性が達成できる缶胴用アルミニウム合金板を提供することである。

ウ また、同【0008】、【0031】の記載から、構成a)及び構成b)を備えた缶胴用アルミニウム合金板であれば、上記イの課題を解決できることを示唆しているといえる。

エ そして、同実施例、【0052】、表1(前記2(1)イ(ア)参照)によれば、構成a)のみを備えた缶胴用アルミニウム合金板と比較して、構成a)及び構成b)を備えた缶胴用アルミニウム合金板が、より優れた耐突き刺し性及び缶壁二次加工性を達成できることが示されている。
したがって、上記イの課題は、缶胴用アルミニウム合金板において、構成a)及び構成b)を備えることによって解決できると認められる。

オ 他方、本件発明1は、その用途を「缶胴用」とするアルミニウム合金板であり、また、「DI成形」が施されるものであるから、そのような用途及び成形を達成できる所期の機械特性を有するものといえる。
そして、甲第8ないし11号証に記載のとおり、アルミニウム合金板の機械特性について、変形組織の大きさが影響することが技術常識であることからすれば、本件発明1について、その変形組織の大きさは、上記所期の機械特性を達成できる程度の範囲にあり、機械特性が悪くなってしまうほどの大きさの変形組織が含まれるとは認められない。
したがって、上記(1)アの主張を採用することができない。

カ 次に、上記(1)イの主張について検討する。

キ 上記ア?エにて検討したとおり、本件特許の解決すべき課題は、薄肉化しても、より優れた耐突き刺し性及び缶壁二次加工性が達成できる缶胴用アルミニウム合金板を提供することである。

ク そして、上記「方位変化間隔の比」が、耐突き刺し性及び缶壁二次加工性に影響するものであることを勘案すれば(【0031】)、当業者であれば、本件発明1は、上記比の値が上記課題を解決できる程度の範囲にあると理解できるといえる。

ケ また、上記主張にある「上記方位変化間隔の比が、0及び0に極めて近いもの」は、表層部の方位変化間隔が、中央部の方位変化間隔と比較して極端に小さいもの、すわなち、表層部と中央部とで変形組織が大きく異なるものであるが、特許異議申立人は、そのような変形組織を有するアルミニウム合金板が、本件発明1に含まれることの具体的な根拠を何ら示していない。
したがって、上記(1)イの主張を採用することができない。

コ 以上のとおり、本件特許明細書の記載を総合すれば、本件発明1は、本件特許明細書の発明の詳細な説明に記載されたものであって、当業者が出願時の技術常識に照らして発明の詳細な説明の記載により本件発明1の課題を解決できると認識できる範囲のものということができる。
本件発明1を直接又は間接的に引用する本件発明2ないし4についても同様である。

サ したがって、本件発明1及びこれを直接又は間接的に引用する本件発明2ないし4は、同発明が、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号に適合するものであり、その特許は取り消されるべきものではない。
6 異議申立理由5(特許法第36条第4項第1号)についての判断
(1)異議申立理由の概要
甲第6及び7号証に記載のとおり、DI成形用のアルミニウム合金冷間圧延板においては、上記「方位変化間隔の比」の値が、1程度か、あるいは1より小さくなるのが技術常識であるから、その値が、1.00を超えるアルミニウム合金冷間圧延板を製造することは、当業者にとって困難である。 そして、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載をみても、上記比の値が、1.00を超えるアルミニウム合金冷間圧延板を製造するための特段の製造方法が記載されているとはいえない。
したがって、本件発明1について、発明の詳細な説明の記載が特許法第36条第4項第1号に適合するものではないから、その特許は取り消されるべきものである。
本件発明1を直接又は間接的に引用する本件発明2ないし4についても同様である。

(2)当審の判断
ア 物の発明における発明の実施とは、その物の生産、使用等をする行為をいうから、物の発明について、発明の詳細な説明の記載が、当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであるというためには、発明の詳細な説明には、当業者がその物を製造することができ、かつ、その物を使用することができる程度に明確かつ十分に記載されている必要がある。
そこで、以下、検討する。

イ 本件発明は、所定の成分組成を有するアルミニウム合金板であって、DI成形後に特定の変形組織となる缶胴用アルミニウム合金板に関するものである。

ウ 本件明細書の発明の詳細な説明には、アルミニウム合金板の成分組成(【0017】?【0025】)、DI成形後の変形組織(【0026】?【0032】)、製造方法(【0033】?【0042】)の各事項について、具体的な説明がなされている。
そして、実施例(【0043】?【0052】、表1)において、本件発明1ないし4に該当する缶胴用アルミニウム合金板を製造したことが記載されている。

エ 以上によれば、当業者が、本件明細書の発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識に基づいて、本件発明に係る缶胴用アルミニウム合金板を製造し、使用することができるといえる。

オ なお、前記3で検討したとおり、甲第6及び7号証には、上記「方位変化間隔の比」について記載や示唆がされておらず、特許異議申立人がいう上記技術常識を認めることができない。特許異議申立人の主張は、上記技術常識の存在を前提としたものであるから、失当であり、採用することができない。

カ したがって、本件発明について、発明の詳細な説明の記載が特許法第36条第4項第1号に適合するものであり、その特許は取り消されるべきものではない。

第5 むすび
以上のとおりであるから、特許異議の申立ての理由によって、本件請求項1ないし4に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に、本件請求項1ないし4に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2020-07-13 
出願番号 特願2018-167236(P2018-167236)
審決分類 P 1 651・ 113- Y (C22C)
P 1 651・ 537- Y (C22C)
P 1 651・ 121- Y (C22C)
P 1 651・ 536- Y (C22C)
最終処分 維持  
前審関与審査官 鈴木 毅  
特許庁審判長 中澤 登
特許庁審判官 井上 猛
本多 仁
登録日 2019-08-30 
登録番号 特許第6578048号(P6578048)
権利者 株式会社神戸製鋼所
発明の名称 缶胴用アルミニウム合金板  
代理人 山尾 憲人  
代理人 柳橋 泰雄  

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