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審決分類 審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C21D
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  C21D
審判 全部申し立て 特39条先願  C21D
管理番号 1366996
異議申立番号 異議2020-700359  
総通号数 251 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2020-11-27 
種別 異議の決定 
異議申立日 2020-05-25 
確定日 2020-10-09 
異議申立件数
事件の表示 特許第6612273号発明「改善された強度および成形性を有する高強度鋼シートを製造するための方法および得られたシート」の特許異議申立事件について,次のとおり決定する。 
結論 特許第6612273号の請求項1ないし8に係る特許を維持する。 
理由 1 手続の経緯
特許第6612273号(以下「本件特許」という。)の請求項1ないし8に係る特許についての出願(特願2016-575863)は,2015年(平成27年) 7月 3日(パリ条約による優先権主張 外国庁受理2014年 7月 3日 国際事務局)を国際出願日とする出願であって,令和 1年11月 8日にその特許権の設定の登録がされ,同年11月27日に特許掲載公報が発行された。その後,令和 2年 5月25日に特許異議申立人 前田 洋志(以下「申立人」という。)により,請求項1ないし8に係る特許に対して,特許異議の申立てがされたものである。

2 本件発明
本件特許の請求項1ないし8に係る発明は,各々,その特許請求の範囲の請求項1ないし8に記載された事項により特定される次のとおりのものである(以下,各々「本件発明1」ないし「本件発明8」という。)。
「【請求項1】
改善された強度および改善された成形性を有する高強度鋼シートを製造するための方法であって、前記鋼シートが、少なくとも850MPaの降伏強度YS、少なくとも1180MPaの引張強度TS、少なくとも13%の全伸びおよび少なくとも30%の穴広げ率HERを有し、前記方法が、重量%単位で以下の化学組成:
0.13%≦C≦0.22%
1.2%≦Si≦1.8%
1.8%≦Mn≦2.2%
0.10%≦Mo≦0.20%
0.02%≦Nb≦0.05%
Al≦0.05%
を含有し、残部はFeおよび不可避の不純物である鋼でできたシートを熱処理することによるものであり、ここで、前記シートの熱処理が、以下の工程:
- 865℃より高いが、1000℃未満である焼鈍温度TAにて30sを超える時間前記シートを焼鈍する工程、
- 急冷の直後に、オーステナイトおよび少なくとも50%のマルテンサイトからなる構造を有するために、310℃から375℃の間の急冷温度QTに、少なくとも30℃/sの冷却速度で冷却することによって前記シートを急冷する工程であって、前記オーステナイトの含有量は、最終構造、即ち処理および室温までの冷却後の構造が、3%から15
%の間の残留オーステナイトと、85%から97%の間のマルテンサイトおよびベイナイトの合計とを含有し、フェライトは含まないものである工程、
- 前記シートを、370℃から470℃の間の分配温度PTまで加熱し、且つ前記シートを前記分配温度において50sから150sの間の分配時間Pt、維持する工程、ならびに
- 前記シートを室温まで冷却する工程
を含む、方法。
【請求項2】
急冷温度QTが310℃から340℃の間に含まれる、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
シートが前記急冷温度QTに急冷された後でシートを分配温度PTまで加熱する前に、急冷温度QTにて、2sから8sの間に含まれる保持時間、シートを保持する工程をさらに含む、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
前記保持時間が、3sから7sの間に含まれる、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
鋼の化学組成が、重量%単位で:
0.13%≦C≦0.22%
1.2%≦Si≦1.8%
1.8%≦Mn≦2.2%
0.10%≦Mo≦0.20%
0.02%≦Nb≦0.05%
Al≦0.05%
を含有し、残部がFeおよび不可避の不純物である鋼シートであって、前記鋼シートが、少なくとも850MPaの降伏強度、少なくとも1180MPaの引張強度、少なくとも13%の全伸びおよび少なくとも30%の穴広げ率HERを有し、前記鋼シート構造が、3%から15%の間の残留オーステナイトと、85%から97%の間のマルテンサイトおよびベイナイトの合計とを含み、フェライトは含まず、且つ前記残留オーステナイトが、平均オーステナイト結晶粒度5μm以下である、鋼シート。
【請求項6】
全伸びが、少なくとも14%である、請求項5に記載の鋼シート。
【請求項7】
穴広げ率が少なくとも50%である、請求項5または6に記載の鋼シート。
【請求項8】
マルテンサイトおよびベイナイトの粒子またはブロックの平均サイズが10μm以下である、請求項5から7のいずれか一項に記載の鋼シート。」

3 申立ての理由の概要
申立人は,甲第1号証を提示し,次の理由により,本件特許の請求項1ないし8に係る特許は取り消されるべきである旨主張している。

(1)申立理由1(同日出願)
本件発明3,4は,本件特許と優先日が同日である甲第1号証に係る出願(特願2016-575889)の請求項1,8に係る発明と同一であり,かつ,当該出願に係る発明は特許されており協議を行うことができないから,特許法第39条第2項の規定により特許を受けることができない。よって,本件発明3,4に係る特許は,同規定に違反して特許されたものである。
甲第1号証 特許第6515119号公報(特願2016-575889号)(以下「甲1」という。)

(2)申立理由2(サポート要件)
本件発明1?8は,発明の詳細な説明に記載したものではないから,特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない。よって,本件発明1?8に係る特許は,同規定の要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。

(3)申立理由3(実施可能要件)
本件発明1,3,4について,発明の詳細な説明の記載は,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)がその実施することができる程度に明確かつ十分に記載されていないから,特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない。よって,本件発明1,3,4に係る特許は,同規定の要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。

4 当審の判断
当審は,次のとおり,申立人が提示した特許異議の申立ての理由及び証拠によっては,本件特許の請求項1ないし8に係る特許を取り消すことはできないと判断する。

(1)申立理由1(同日出願)について
ア 甲1の特許請求の範囲には,次の発明が記載されている(以下,請求項1に係る発明を「甲1発明1」,請求項1を引用する請求項8に係る発明を「甲1発明8」という。)。

「【請求項1】
強度が改善され且つ成形性が改善された高強度被覆鋼板を製造する方法であって、被覆鋼板の降伏強度YSが少なくとも800MPa、引張強度TSが少なくとも1180MPa、全伸びが少なくとも14%、および穴広げ率HERが少なくとも30%であり、前記方法が、重量%で
0.13%≦C≦0.22%
1.2%≦Si≦1.8%
1.8%≦Mn≦2.2%
0.10%≦Mo≦0.20%
Nb≦0.05%
Al≦0.5%
Ti<0.05%
を含む化学組成を有し、残部はFeおよび不可避不純物である鋼でできた板を熱処理および被覆することによるものであり、熱処理および被覆が、以下の工程:
- Ac_(3)を超えるが1000℃未満である焼鈍温度TAにおいて30sを超える時間で鋼板を焼鈍する工程、
- 325℃から375℃の間の焼入れ温度QTまで、オーステナイトおよび少なくとも60%のマルテンサイトからなる組織を得るのに十分な冷却スピードで鋼板を冷却することにより、鋼板を焼入れする工程であって、オーステナイト含量は、最終的な組織、すなわち熱処理、被覆および室温までの冷却後の組織が3%から15%の間の残留オーステナイトならびに85%から97%の間のマルテンサイトおよびベイナイトの合計を含有し、フェライトを含まないような含量であり、冷却スピードが30℃/sを超えるものである、工程、
- 鋼板を焼き入れ温度QTにおいて2sから8sの間に含まれる保持時間の間保持する工程、
- 鋼板を430℃から480℃の間の分配温度PTまで加熱し、鋼板を分配温度PTにおいて10sから90sの間の分配時間Ptの間維持する工程、
- 鋼板を溶融めっきする工程、および
- 鋼板を室温まで冷却する工程
を含む、方法。
【請求項2】?【請求項7】(略)
【請求項8】
焼き入れ温度QTにおける保持時間が、3sから7sの間に含まれる、請求項1から7のいずれか一項に記載の方法。
【請求項9】?【請求項12】(略)」

イ ところで,本件特許に係る出願と甲1に係る出願とは,出願人が同一で,出願日及び優先日が同一であるから,ダブルパテントを禁止する特許法第39条第2項の趣旨から,本件発明3と甲1発明1とが同一発明であるといえるためには,一方を先願と仮定して両者が同一であるか否かの判断を行い,次に,他方を先願と仮定して同様の判断を行い,いずれによっても同一といえること(いわゆる双方向同一であること)が必要である。
そこで,本件発明3と,甲1発明1とを対比すると,両者は,改善された強度及び成形性を有する高強度鋼板の製造方法である点で一応共通するものの,製造物が,本件発明3は「高強度鋼シート」であるのに対して,甲1発明1は「高強度被覆鋼板」である。そして,本件発明3の「高強度鋼シート」と甲1発明1の「高強度被覆鋼板」とは,本件発明3が甲1発明1を包含する関係にはあるが,甲1発明1が本件発明3を包含する関係にはない。
したがって,両者はいわゆる双方向同一の関係にないから,本件発明3と甲1発明1とは同一発明ということはできない。

ウ なお,鋼板を被覆処理する場合,当該処理が降伏強度YS,引張強度TS,全伸び,穴広げ率HER,更には鋼板の組織構造に影響し得ることは明らかであるが,本件特許の明細書には,被覆を設けることは何ら記載されておらず,本件発明3において鋼板を被覆処理した場合に,本件発明3が規定する降伏強度YS,張強度TS,全伸び,穴広げ率HER,更には鋼板の組織構造を維持できることが明らかであるとはいえない。
また,被覆鋼板が前提となる甲1発明1において,溶融めっきを有しない鋼板が,被覆鋼板と同等の降伏強度YS,引張強度TS,全伸び,穴広げ率HER,更には鋼板の組織構造を有するかどうかも不明である。
そうすると,めっきによる鋼板の被覆処理が周知技術または慣用技術であったとしても,種々のめっき技術の中から溶融めっきを選択し,冷却工程の前に鋼板を溶融めっきする工程を設けることは,単なる周知・慣用技術の適用を超えるものであって,かつ,その効果も,課題解決のための具体化手段における微差を超えるものであるといえる。
申立人は,めっきによる鋼板の被覆は,鋼板の技術分野における周知技術または慣用技術に該当し,それを付加または削除した場合に奏する効果も,当然知られた効果であり,新たな効果とはいえないから,課題解決のための具体化手段における微差であり,実質同一である旨主張するが(特許異議申立書第18頁),上記検討結果に照らし,採用できない。

エ 次に,本件発明4と,甲1発明8とを対比すると,両者はいずれも,「焼き入れ温度QTにおける保持時間」を更に「3sから7sの間」に限定するものであり,少なくとも,上記イ,ウと同様の相違点を有する。
そして,当該相違点については,上記イ,ウで検討したとおりであるところ,同様の理由により,本件発明4は,甲1発明8と同一ではない。

オ 以上のとおり,申立理由1によって,本件特許の請求項3ないし4に係る特許を取り消すことはできない。

(2)申立理由2(サポート要件)について
ア 本件発明1?4について
申立人は,出願時の技術常識に照らしても,本件発明1?4の範囲まで,発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化できるとはいえない根拠として,本件発明1?4は,「鋼シートを製造するための方法」を,鋼シートの物性(降伏強度YS等),化学組成,プロセス(急冷温度QT等)及びミクロ組織により特定しているところ,本件特許の発明の詳細な説明の実施例に示される具体例(例1?6)には,その全てを満たすものが無い旨主張する(特許異議申立書第20?21頁)ので,以下,検討する。

(ア)例1?6の化学組成のうち「N=0.06%」(段落【0036】)については,発明の詳細な説明の記載をみても,Nの含有量に係る技術的意義として「不可避の不純物」をできる限り低減するということ以上の格別な意義は見いだせず,また,「N=0.06%」という値も,鋼シートに含まれるNの含有量として普通のものである。しかも,Nの含有量についての上限値を0.010%未満(段落【0025】)とすることが技術常識であるかどうかも不明である。
そして,例1では,本件発明1に規定される,鋼シートの物性(降伏強度YS等),化学組成,プロセス(急冷温度QT等)及びミクロ組織により,所望の鋼シートを製造できたことが示されている。
そうすると,Nや不可避の不純物の含有量を特定しない本件発明1に関して,発明の詳細な説明に,例1?6の化学組成との関係が判然としない記載があったとしても,そのことのみをもって本件発明1が拡張ないし一般化できないとまではいえない。本件発明1を引用して更に特定した本件発明2?4についても同様である。よって,化学組成に関する,申立人の上記主張は採用できない。

(イ)「急冷温度QT」については,少なくとも例1は本件発明1の範囲に含まれるものであり,また当業者であれば,その余の各例も参考にして,本件発明1の急冷温度QTの範囲まで拡張ないし一般化することができるといえる。本件発明1を引用して更に特定した本件発明2?4についても同様である。よって,単に例2?4および6の「QT」欄が範囲外であるということのみに依拠した,プロセスに関する,申立人の上記主張も採用できない。

(ウ)「マルテンサイトおよびベイナイトの合計M+B」については,少なくとも例1,例2は本件発明1の範囲に含まれるものであり,また当業者であれば,その余の各例も参考にして,本件発明1のマルテンサイトおよびベイナイトの合計M+Bの範囲まで拡張ないし一般化することができるといえる。本件発明1を引用して更に特定した本件発明2?4についても同様である。よって,単に例5の「M+B」欄が空欄であるということのみに依拠した,ミクロ組織に関する,申立人の上記主張も採用できない。

イ 本件発明5?8について
申立人は,出願時の技術常識に照らしても,本件発明5?8の範囲まで,発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化できるとはいえない根拠として,本件発明5?8は,「鋼シート」を,鋼シートの化学組成,物性(降伏強度YS等)及びミクロ組織により特定しているところ,本件特許の発明の詳細な説明の実施例に示される具体例(例1?6)には,その全てを満たすものが無い旨主張する(特許異議申立書第21?22頁)。
そこで検討するに,上記主張の具体的根拠は,上記ア(ア)及び(ウ)と同様であって,その検討結果は上記のとおりである。よって,申立人の上記主張は採用できない。

ウ 以上のとおり,申立人の主張はいずれも採用できず,本件発明1?8は,発明の詳細な説明に記載されたものであるといえるから,申立理由2によって,本件特許の請求項1?8に係る特許を取り消すことはできない。

(3)申立理由3(実施可能要件)について
ア 申立人は,本件発明1は,「急冷温度QT」と「分配温度PT」の温度範囲が重複しており,例えば,急冷する工程から再加熱する工程にかけて370℃のまま維持する態様も含むことになり,本件発明1を当業者が実施しようとした場合,当業者に期待し得る程度を超える試行錯誤等が必要となる旨主張する(特許異議申立書第22頁)。

イ そこで検討するに,当業者であれば,発明の詳細な説明の記載および出願時の技術常識に基づいて,急冷温度QTと分配温度PTとの具体的態様に応じて,適宜再加熱の程度を制御することができ,本件発明1を実施することができるものであるといえる。本件発明1を引用する本件発明3,4についても同様である。

ウ 以上のとおり,申立人の主張は採用できず,本件発明1,3,4について,発明の詳細な説明の記載は明確かつ十分であるといえるから,申立理由3によって,本件特許の請求項1,3,4に係る特許を取り消すことはできない。

5 むすび
以上のとおりであるから,申立人が提示した特許異議の申立ての理由及び証拠によっては,本件特許の請求項1ないし8に係る特許を取り消すことはできない。
また,他に本件の請求項1ないし8に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって,結論のとおり決定する。

 
異議決定日 2020-09-30 
出願番号 特願2016-575863(P2016-575863)
審決分類 P 1 651・ 4- Y (C21D)
P 1 651・ 536- Y (C21D)
P 1 651・ 537- Y (C21D)
最終処分 維持  
前審関与審査官 伊藤 真明  
特許庁審判長 亀ヶ谷 明久
特許庁審判官 平塚 政宏
中澤 登
登録日 2019-11-08 
登録番号 特許第6612273号(P6612273)
権利者 アルセロールミタル
発明の名称 改善された強度および成形性を有する高強度鋼シートを製造するための方法および得られたシート  
代理人 特許業務法人川口國際特許事務所  
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