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審決分類 審判 査定不服 特36条4項詳細な説明の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) A61K
管理番号 1367506
審判番号 不服2018-3225  
総通号数 252 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2020-12-25 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2018-03-06 
確定日 2020-10-21 
事件の表示 特願2015-539789「ヒトおよびその他の患者の栄養必要物を概算し、その栄養必要物を補助するための方法およびシステム」拒絶査定不服審判事件〔平成26年5月1日 国際公開、WO2014/066628、平成28年1月28日 国内公表、特表2016-502654〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由
第1 手続の経緯

本願は、2013年10月24日(パリ条約による優先権主張 2012年10月25日、米国(US)、2012年5月28日、米国(US)、2013年5月28日、米国(US)、2013年5月28日、米国(US)、2013年8月2日、米国(US)、2013年8月2日、米国(US)、2013年8月2日、米国(US)、2013年10月1日、米国(US)、2013年10月23日、米国(US))を国際出願日とする特許出願であって、その出願後の主な手続の経緯は以下のとおりである。

平成29年 7月20日付け : 拒絶理由通知
平成29年10月18日 : 意見書及び手続補正書の提出
平成29年11月 8日付け : 拒絶査定
平成30年 3月 6日 : 審判請求書及び手続補正書の提出
平成30年 5月 9日付け : 前置報告
平成30年 8月13日 : 上申書の提出
令和 1年 8月 5日付け : 拒絶理由通知(当審による)
令和 2年 2月 4日 : 意見書及び誤訳訂正書の提出

第2 本願発明

本願に係る発明は、令和2年2月4日提出の誤訳訂正書による補正(以下「本件補正」という。)により補正された特許請求の範囲の請求項1?6に記載された事項により特定されるとおりのものであるところ、その請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)は、次のとおりのものである。なお、下線部は補正による変更箇所であり、上記誤訳訂正書に記載されたとおりである。

「【請求項1】
傷害の後または深刻な病気を発病した時点の患者において目標とする血中乳酸レベルを達成するために用いられる、グリセロール、グリセロールトリ乳酸および乳酸から選ばれる糖新生(GNG)前駆体を含む投与製剤であって、目標とする血中乳酸レベルが4mMを越えて8mMまでであり、前記傷害が外傷を含み、注入により投与される、投与製剤。」

第3 当審が通知した拒絶理由

令和1年8月5日付け拒絶理由通知書において、当審が通知した拒絶理由は、次の「理由2」を含むものである。

「理由2.(実施可能要件)この出願は、発明の詳細な説明の記載が、下記の点で、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない。」

上記「理由2」の対象とされた本願に係る発明には、平成30年3月6日提出の手続補正書により補正された特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定される次のとおりの発明が含まれている。

「【請求項1】
傷害の後または深刻な病気を発病した時点の患者において目標とする血中乳酸レベルを達成するために用いられる、グリセロール、グリセロールトリ乳酸および乳酸から選ばれる糖新生(GNC)前駆体を含む投与製剤であって、目標とする血中乳酸レベルが少なくとも2.0mMであり、目標とする糖新生率が15?30%である、投与製剤。」

上記の下線は、当審合議体が付したもので、本件補正によって変更される前の補正対象箇所を示しており、本件補正後の請求項1では、「目標とする糖新生率が15?30%である」との規定が削除され、数値範囲が「少なくとも2.0mM」から「4mMを越えて8mMまで」に減縮されているが、投与製剤が「目標とする血中乳酸レベルを達成するために用いられる」ものであることは、本件補正の前後で変更はないから、上記「理由2」の対象とされた請求項1に係る発明は、前記「第2」に示した「本願発明」に対応するものである。

そして、上記拒絶理由通知書では、上記「理由2」について、概略、次の(2)?(4)、(7)の点を含む指摘をしている。なお、ここに記載した「本願発明」とは、平成30年3月6日提出の手続補正書により補正された特許請求の範囲の請求項1?7に係る発明をまとめていうものである。

(2)
本願発明の投与製剤は、その成分を、「グリセロール、グリセロールトリ乳酸および乳酸から選ばれる糖新生(GNG)前駆体」とするものであり、その用途を、「傷害の後または深刻な病気を発病した時点の患者において目標とする血中乳酸レベルを達成するため」であって、「目標とする血中乳酸レベルが少なくとも2.0mMであり、目標とする糖新生率が15?30%である」とするものであると認められる。
そして、本願明細書の発明の詳細な説明の記載が、実施可能要件に適合するためには、本願発明の投与製剤を使用できること、即ち、本願出願時の技術常識に照らして、「グリセロール、グリセロールトリ乳酸および乳酸から選ばれる糖新生(GNG)前駆体」を投与することにより、「傷害の後または深刻な病気を発病した時点の患者」において、「目標とする血中乳酸レベル」である「少なくとも2.0mM」、及び「目標とする糖新生率」である「15?30%」を達成できることが、当業者が理解できる程度に記載されている必要がある。
(3)
しかしながら、本願明細書の発明の詳細な説明には、段落【0185】に、「乳酸に基づく製剤(Sanguisal-L)」と題して、乳酸ナトリウムを含む静脈投与に適した製剤を調製したことが記載されており、段落【0186】?【0188】には、当該製剤を投与して意図した血中乳酸濃度になるようにすることが記載されているものの、実際に当該製剤を傷害の後または深刻な病気を発病した時点の患者に投与し、血中乳酸レベルを測定した試験例は記載されておらず、糖新生率を実際に測定した結果も記載されていない。
・・・
(4)
上記(3)で指摘したように、糖新生(GNG)前駆体として「乳酸」を含む投与製剤は、本願明細書の段落【0185】に「乳酸に基づく製剤(Sanguisal-L)」と題する調製例が記載されているが、糖新生(GNG)前駆体として「グリセロールトリ乳酸」を含む投与製剤については、段落【0199】に文献を引用した説明があるものの、実際に調製した例は記載されておらず、糖新生(GNG)前駆体として「グリセロール」を含む投与製剤についても、調製例を含め具体的な記載はない。
そして、グリセロールは、人体内において、グリセロール-3-リン酸を経てジヒドロキシアセトンリン酸に変換され、その一部は解糖系に入って乳酸に変換されるが、その他にも、糖新生によるグルコース合成に使われたり、アミノ酸等の他の化合物に変換されると考えられるため(例えば、引用文献4の巻末「主要代謝経路」、引用文献5の513頁右欄下3?末行、引用文献6の570頁右欄下8?5行、同頁図23・5 を参照)、傷害の後または深刻な病気を発病した時点の患者に、「グリセロールトリ乳酸」又は「グリセロール」を投与した場合に、どの程度の血中乳酸レベルとなるのかは、実際に測定をしなければ確認することができないところ、本願明細書には、そのような試験結果も全く記載されていないし、その場合に血中乳酸レベルが少なくとも2.0mMになるという技術常識が本願出願前に存在したとも認められない。
・・・
(7)
以上のとおり、本願明細書の発明の詳細な説明は、本願出願時の技術常識を参酌しても、請求項1?7に係る発明の投与製剤について、「グリセロール、グリセロールトリ乳酸および乳酸から選ばれる糖新生(GNG)前駆体」を投与することによって、「傷害の後または深刻な病気を発病した時点の患者」において、「目標とする血中乳酸レベル」である「少なくとも2.0mM」及び「目標とする糖新生率」である「15?30%」を達成できることが、当業者が理解できるように記載したものでないから、当業者が、請求項1?7に係る発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものでない。

第4 当審の判断

当審は、前記「第3」に示した拒絶理由の「理由2」のとおり、本願明細書の発明の詳細な説明の記載は、当業者が本願発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものでないから、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていないと判断する。その理由は、次のとおりである。

1 判断の前提

特許法第36条第4項第1号は、明細書の発明の詳細な説明の記載は、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が、その実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものでなければならないと定めるところ(いわゆる「実施可能要件」)、この規定にいう「実施」とは、物の発明においては、その物の生産、使用等をする行為をいうものであるから(特許法第2条第3項第1号)、物の発明についての実施可能要件を満たすためには、明細書の発明の詳細な説明の記載は、出願時の技術常識に照らし、その記載に基づいて、当業者が、その物を生産(即ち「製造」)することができるだけでなく、その物を使用することができる程度のものでなければならない。
以上のことを前提として、本願明細書の発明の詳細な説明の記載が、本願発明について実施可能要件を満たすか否か、以下、検討する。

2 発明の詳細な説明等の記載事項

令和2年2月4日提出の誤訳訂正書により全文が変更された本願明細書の発明の詳細な説明及び図面には、本願発明に関係する事項として、次の(摘記ア)?(摘記ソ)の事項が記載されている。なお、下線は、特に言及がない限り、全て当審合議体が付したものである。

(1)「技術分野」及び「背景技術」の記載事項

(摘記ア)
「【技術分野】
【0001】
・・・。
【0002】
発明の分野
・・・、この発明は、患者の身体エネルギー状態(body energy state: BES)として考えることができる、患者の代謝状態および栄養必要物を確認するシステムおよび方法を提示する。患者のBESの評価は、患者を適切に処置し、栄養を施すために極めて重要な情報である。そうした評価は、バイオマーカーである糖新生率(fractional gluconeogenesis)の継続する動的な概算に基づく。・・・。
【背景技術】
【0003】
・・・。
【0005】
グルコースの産生される割合(グルコースRa)は、・・・血中グルコース濃度(血糖値)と混同してはならない。後者は、産生される割合とは異なり、血液中のグルコースの全量である。・・・。生理的には、グルコースは主として3つの経路で血中に現れる。1つは消化吸収された食物中の炭水化物から、ひとつは肝臓におけるグリコーゲン分解(GLY)によるもの、そして肝臓や腎臓における糖新生(GNG)である。・・・。したがって、食事中の炭水化物や総栄養量が不足すると、柔軟にGLYやGNGが高まり、脳、その他十分なグルコースを必要とする組織(神経、赤血球、腎臓)、および生体に対するグルコースの供給を維持する。
【0006】
・・・。もし、大部分のグルコース産生がGLYによるものであれば、一般的により好ましい。これは、GLYがグルコース産生に効率の良いプロセスであるからである。つまり、GLYは骨格筋、肝臓および腎臓に貯蔵されているグルコースの重合体であるグリコーゲンが単に分解するプロセスであることによる。安静時で十分に栄養摂取している状態では、多くのグルコースはGLYによって産生される(基本的に75%以上)。この数値は、運動や病気によるストレスがかかった場合、GLYで供給される以上のグルコースを身体が必要とするため、低下する。
【0007】
糖新生(GNG)は、グリコーゲン分解(GLY)以外の主要なグルコース産生経路である。GNGはピルビン酸、乳酸、グリセロール、そしてその他糖原生アミノ酸などの炭素基質からグルコースを産生するプロセスである。これらの基質はGNG前駆体と言われる。GNGはGLYに比べてグルコース産生経路が複雑であり、貯蔵されている単位エネルギーあたりのグルコース産生量は小さく、そのため非効率的である。GLYよりも非効率的であるため、一般的に生体内の反応としては好まれないが、必要なグルコースを産生するために用いられ得る。その他に、GNGがGLYよりも非効率的である理由がある。それは、GNG前駆体をグルコース6-リン酸やグルコースまでに代謝するために多くのエネルギーを必要とし、さらに除脂肪体重など生体内の重要な構成要素である骨格筋は、そのプロセスのため前駆体となる物質を供給するためにしばしば分解される。・・・。」(当審注:「糖原生アミノ酸」は「糖原性アミノ酸」の明らかな誤記と認める。以下同じ。)

(摘記イ)
「【0008】
代謝状態および処置を計測する現行の技術には、少なくとも2つの重要な問題がある。ひとつは、患者の全体のBESの正確な画像を把握するために現在の技術で用いられるバイオマーカー計測が、単一でも、組合せでも無いことである。現在の技術で用いられている血糖値などは、BESを把握するには不十分である。
【0009】
・・・、通常の血糖値は、現在進行している代謝ストレスと、付随して血糖値維持のために体を酷使している状態を覆い隠してしまうことになる。体を酷使している状態のひとつがGNGであり、極めて重要な代謝プロセスであるが、このことは、血糖値測定が直接的な情報を提供し得ないことを表している。
【0010】
もうひとつのバイオマーカーであるグルコース出現割合(グルコースRa)は、患者のBESの指標としては僅かではあるが良い。例えばRaが高値を示せば、患者が傷害や運動、飢餓などのストレスを受け、グルコースの産生が亢進している状態であることが示唆される。これは幾分か有用ではあるが、もっと正確なBES指標となるバイオマーカーの確立が必要である。・・・。」

(2)「発明の概要」の記載事項

(摘記ウ)
「【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
したがって、BESそのものをよく反映し得るバイオマーカーを得る技術のみならず、バイオマーカーを効率よく評価するシンプルな方法の確立が必要である。
【0017】
発明の概要
本発明は、患者の代謝状態および栄養必要物を確認するシステムおよび方法を提示する。かかる評価は、バイオマーカーである糖新生率の継続する動的な概算に基づく。ここで、糖新生率とは、糖新生に由来する体内のグルコース産生の%である。このバイオマーカーの概算に基づいて、患者に対する栄養処置および栄養補給のための方法、システムおよび物質が提供される。・・・。」
「【0019】
当該開示例として、本発明は、患者に栄養補助を提供する方法であって、前記患者に標識物を投与すること、前記患者から血液試料を採取すること、前記患者からのグルコースまたはグルコース誘導体を分析すること、1つ以上の質量分析の量に基づいて糖新生率の値を取得すること、糖新生率に1つ以上の質量分析からのグリコーゲン分解を加えた値を取得すること、前記値を用いて糖新生率を概算すること、および前記糖新生率に基づいて、非経口的栄養製剤を前記患者に投与することを含む方法を提供する。・・・。」
「【0021】
・・・。この方法では、糖新生率の概算に基づいて、患者は非経口的栄養製剤を投与される。ここで、本製剤は、MCC、GNG前駆体またはその両方、ピルビン酸、乳酸またはその両方を含んでいてもよく、概算された糖新生率が約25%または35%以上であれば前記製剤が投与され、または増加され、約15%または20%以下であれば前記製剤が停止され、または減少される。」

(摘記エ)
「【0039】
当該開示例として、本発明は、患者の血中乳酸濃度を目標にする方法であって、(a)前記患者の血中乳酸濃度を概算すること、および(b)目標とする血中乳酸濃度を達成するため、製剤を増加させ、減少させ、維持させ、または停止することを含む方法を提供する。」
「【0045】
・・・、本発明は、身体活動に対して栄養補助を提供する方法であって、GNG前駆体、MCCまたはその両方、および1つ以上の塩を含む製剤を提供することを含み、約1?8mM以上の血中乳酸濃度を目標とすることができる方法を提供する。」

(3)「発明を実施するための形態」の記載事項

(摘記オ)
「【発明を実施するための形態】
【0054】
発明における定義の詳細
糖新生(GNG)(当審注:左記の下線は明細書に記載のとおり。)
本発明で開示したように、患者の身体エネルギー状態(BES)を評価する優れたバイオマーカーは、GNG率、即ち、GNG由来の総グルコース産生量の%である。」
「【0063】
・・・。これまで、本発明者は昏睡状態や病気、傷害を被った患者の多くは、病気や傷害のストレスから異化状態(生体組織やエネルギー貯蔵が分解状態にある)であることを認識している。様々な経験に基づいて、本発明者は病気や傷害の患者のGNG率は25%を越えることを見て来ており、この値は激しい運動をした者や飢餓ストレスを受けている者と類似している。」
「【0110】
健常者では、%GNGは約10%(過栄養)から約20?25%(適切な栄養状態)、そして最大で約90%(栄養不足や異化状態の患者)にも達して大きく変動する。我々や他の研究者による知見では、脳障害患者の%GNGはICUで約70%であり、・・・。
【0111】
重要なこととして、腫瘍や重度の病気をもった患者では、%GNGは日内変動するが、この変動は、栄養補助することで、通常の代謝・栄養状態を反映する通常の(20?25)%GNGに落ち着く。・・・。
【0112】
・・・、%GNGは生理的にも0から100%の範囲で変動し得ることを理解しておかなければならない。・・・、健常者の食後の値は20?25%であり、これは病気や傷害、十分なマクロ栄養素の栄養摂取ができない患者に対する十分な栄養の運搬を策定する上でのバイオマーカーとなる・・・。本発明の好ましい実施態様として、%GNGが約15?30%の範囲となるよう栄養が提供されることである。もうひとつの好ましい実施態様として、食後3?4時間経過した若年健常者の%GNGは約20?25%が目標である(・・・)。」

(摘記カ)
「【0119】
Part 3(当審注:左記の下線は明細書に記載のとおり。)
・・・、医者は%GNGを正常化させるように栄養補助のレベルを投与する。・・・。
【0120】
(A)好ましい処置形態は、静脈内に糖新生の前駆体を注射投与することである。前駆体は、次に列挙するものの混合物であったり、単体であったりする。それらは、L-(+)-乳酸塩、その他乳酸化合物、・・・、L-(+)-乳酸単体、乳酸とその他関連物が組合わさったもの、ピルビン酸とその他類似のモノカルボン酸化合物(monocarboxylate compounds:MCC)である。これらは多くのMCCを含んでおり、ここに挙げたもの以外でも、アミノ酸(例えばアラニン)やグリセロール含有物などがある。
【0121】
こうした栄養製剤は、ここではカクテル、投与物、製剤、MCCカクテル、そしてGNG前駆体カクテルと表記する。傷害や病気を継続して被っている患者に栄養を処方し、異化から同化へと代謝を変容させるために、MCCの投与率は、各患者の%GNGやグルコースRaに基づいて高くしたり(・・・)低くしたり(・・・)する。
【0122】
・・・。
一番シンプルな形態として、MCCカクテルは水酸化ナトリウムでL-(+)-乳酸を滴定することによって調製されたL-(+)-乳酸ナトリウム(・・・?57)であろう。・・・。」
「【0141】
好ましい実施態様として、栄養補助処置で%GNGが20?25%の範囲となることを目標とする。・・・。その他の好ましい実施態様として、血中乳酸値は3?4mMの範囲となることを目標とする。こうした目標は、経腸的に、あるいは非経口的にMCCを投与し、それを調節することで達成できる。
【0142】
傷害によるストレスに対するGNGの反応はMCCの提供によってサポートし得る。MCCは次に挙げるもの単体で、あるいは組み合わせて用いる。それらは、L-(+)-乳酸、・・・、グリセロール、グリセロール トリ-乳酸、・・・、さらにはこれらの混合物である。・・・。」

(摘記キ)
「【0160】
本発明の様々な傷害および病気への応用(当審注:左記の下線は明細書に記載のとおり。)
我々の栄養補助の重要性を述べるにあたっては、TBI(頭蓋内傷害)について言及することが必要である。そうした傷害は急に脳に外的衝撃が加わった時に生じる(・・・)。・・・。」
「【0163】
本記載は外傷や慢性的な病気を伴う患者に対する対処法を含む。本発明は、こうした深刻な状態に対し、患者のBESの査定、診断および処置が適切かを判断し、対処する方法を含む。・・・。
【0164】
GNGは緊急時でのいわゆる闘争-逃避反応を含む通常の生理反応である。・・・。健常者であっても、糖新生は、朝起床し、前日の夕食が消化され血中の栄養素が利用されている際に、血糖値を維持するために機能している(・・・)。闘争-逃避反応の重要性は進化の過程で備わったものであり、捕食者から逃亡し、獲物を捕らえる際に、その重要性は理解し得る。
【0165】
・・・、そうした例は現代人の経験からはほど遠いものである。しかし、傷害や病気は社会に残存しており、栄養欠失を含めて合併症と関連する。現代の闘争-逃避反応を鑑みると、TBIやその他の外傷による患者にグルコースを供給することは極めて重要である。なぜなら、グルコースは身体栄養としては必要不可欠であり、・・・、脳、神経、腎臓、赤血球などにとっては唯一の栄養源である(・・・)。・・・。
【0166】
TBI後に全身のグルコースの需要が高まる。それは、・・・、飢餓状態で体内組織が異化状態にあることと類似している。・・・。・・・、闘争-逃避反応などの緊急時には、GNGは一時的に脳や神経、その他グルコースが必要な組織にグルコースを供給するが、GNGは体内の重要な物質や組織を異化(分解)している過程である。・・・。・・・、我々の発明の肝となる概念は、グルコースなどの栄養は常に必要であり、そうした必要性は外傷があろうとなかろうと同様に高く、そしてGNG率は傷害後の組織の異化状態の決定的なバイオマーカーであるとともに、それ自体が直接的な栄養処方に適用できるということである。
【0167】
・・・。GNGは、身体の浪費状況を反映する、リアルタイムで計測可能な最適な指標である。そして、我々は、この方法はTBIに限らず慢性的な疾患を含む全般に臨床応用可能であることを強調したい。・・・。
【0168】
外傷を追った患者や、悪液質、消耗症候群などでは、代謝動態が亢進しているにも関わらず、十分に食事をとれないため、大きな問題となる。体重の減少、骨格筋萎縮・減弱化、そして疲労は、生存しているとしても人々を弱らせる。外傷に加えて、その他の病気の状態では、食欲の低下と悪液質が付随する。・・・。こうした、身体の要求に対して十分に栄養を消化吸収できない全ての疾患患者に対して、本発明による方法によって健康を取り戻すことは有益である。」
「【0171】
深刻な病気のストレスによる病体生理をよく理解することが望ましく、実際に患者のより良い介助には必要である。今、本発明により、GNG%の測定値を用いることによって、臨床医は患者の栄養・代謝状態を正確に判断することができ、それゆえ、患者の栄養物の必要性を正確に把握して効果的に病気に介入することができる。・・・。」
「【0173】
・・・。本発明者は、これまでに12時間の欠食でGNG率は40%程度を示し、何日かの飢餓はGNG率を90%以上にすることを認めている。本発明では、病気や傷害の患者に対する処方は経腸的な栄養およびMCCの補給によるネガティブフィードバックコントロールを含む。即ち、高いGNG率を示す際には経腸的な栄養およびMCCの補給を増加し、低いGNG率を示す際には栄養過多を示唆するので、栄養摂取を減少させる。・・・。ICUにいるTBI患者などのもっと典型的な例として、%GNG>40%であり、したがって経腸的な栄養補給と循環系へのMCCの投与が必要である。・・・。
【0174】
ひとつの例示として、20?25%の範囲の%GNGが目標であるが、その他には15?35%の範囲である。・・・。」

(摘記ク)
「【0184】
栄養製剤(当審注:左記の下線は明細書に記載のとおり。)
GNGや時には他のバイオマーカーを概算し、患者に与える栄養製剤は既述したが、さらに詳細を後述する。
【0185】
乳酸に基づく製剤(Sanguisal-L)(当審注:左記の下線は明細書に記載のとおり。)
最もシンプルな形態として、MCCカクテルはL-(+)-乳酸を水酸化ナトリウムで滴定して作製するL-(+)-乳酸ナトリウムである。・・・。簡単に、MCCカクテルは濃度30?88%のL-(+)-乳酸溶液(・・・)を2Nの水酸化ナトリウムと混合し、pH4.8にする。・・・。300gの30%の乳酸ストック溶液を133.3gの2N水酸化ナトリウムで滴定し、水で1000mlに希釈する。ここで、浸透圧が約2000mOsm/lの11.2% (w/v) L-(+)-乳酸ナトリウムMCCカクテルができる。・・・。酸の滴定の種類に関わらず、1.72%乳酸ナトリウム水溶液は等張性である(308mOsm/l)。・・・。末梢の腕の静脈には、5.0?5.6%乳酸ナトリウムMCCが生理食塩水(0.9%, 308mOsm/l)や他の等張性溶液、例えば、一般にD5Wといわれる5%グルコース(ブドウ糖)水溶液とともに与えられる。
【0186】
この等張性MCCカクテルとその希釈物は、投与する部位で、血管の開存性を維持し、静脈炎や溶血を防ぐ(57)。希釈率に関わらず、初回のMCC溶液の運搬率は、10?50(μMoles)mMoles/kg/minとし、これにより血中乳酸濃度は3.5?4.5mMとなるが、病気の影響がなくともさらに高濃度(6mM)になることもある(57, 71)。・・・。理想として、MCCは最も純度が高く、病原体が存在せず無菌状態で、人への薬理投与基準に達するものであり、中心の大静脈に投与されることであるが、溶血による静脈炎を起こさないように浸透圧とpHの影響を最小限にして、生理食塩水とともに末梢の静脈に投与する。
【0187】
他の最もシンプルな形態として、MCCカクテルはパウダー化した乾燥L-(+)-乳酸ナトリウム塩を滅菌した脱イオン水で意図する濃度に作製したものであり(等張性水溶液:154mM乳酸(プラス154mMナトリウムイオン)、浸透圧308mOsm/l)、意図した血中乳酸濃度になるよう上述したように投与する。
【0188】
最もシンプルな好ましい形態として反復すると、基本的なL-(+)-乳酸ナトリウムカクテルは、健常な人の血漿中に存在するその他乳酸塩を含ませて修正される。・・・。ここでは、特にMCCをラテン語の血液(sanguis)と塩(salt)から「Sanguisal」と命名する。・・・。
【0189】
ピルビン酸に基づく製剤(Sanguisal-P)(当審注:左記の下線は明細書に記載のとおり。)
・・・乳酸を主要な陰イオンとして利用するSanguisal-Lに対し、Sanguisal-Pはピルビン酸(P)を主要な陰イオンとして利用する。・・・。そのカウンターパートの乳酸のように、ピルビン酸は解糖系における乳酸の前駆体である。さらに、ピルビン酸は酸化可能な燃料であり、GNGの前駆体でもある。そしてその代謝は乳酸に変換される過程で細胞の酸化還元状態に影響する。」
「【0195】
Sanguisal-Pの投与に際し、論理的に『なぜ血中乳酸濃度をモニタリングするのか?』と疑問に思うであろう。そこには実践的かつ科学的な理由がある。実践的観点では、ピルビン酸ではなく、乳酸の即席解析装置が有用であることが理由である。科学的には、乳酸が優先的なモノカルボン酸化合物(MCC)であるからである。健常者の血中L/P比は低くても10であり、生理的に一桁以上も増加し得る。2つ目に、循環しているピルビン酸は赤血球(・・・)や肺組織中(・・・)の乳酸脱水素酵素によって速やかに乳酸に変換されてしまうことである。さらに、ピルビン酸でなく、乳酸が主要なエネルギー源でありGNGの前駆体なのである(・・・)。
【0196】
Sanguisal-L, -P, -L/-Pのどの混合物であれ、臨床医は%GNGをモニタリングし、%GNGの概算値が15?30%の範囲となるようSanguisal投与量を調節する。」

(摘記ケ)
「【0199】
その他、病気や傷害の患者に対する非経口的に投与する栄養物として、グリセロールトリ-乳酸(GTLと呼ぶ、米国特許6,743,821を参照)がある。・・・。これらのそれぞれの構成単位は、人血漿に存在するリパーゼやエステラーゼにより速やかに分離する。GTLの構成要素であるグリセロールと乳酸は人の血中で良性であり、効果的に作用する。グリセロールは・・・、糖新生の前駆体でもある(・・・)。・・・。」

(摘記コ)
「【0206】
BES/%GNGを測定無しのまたはその測定前の栄養補助と乳酸範囲の目標化
(当審注:上記の下線は明細書に記載のとおり。)
患者のBESや%GNGの概算が、傷害や病気の発症後、即座には不可能であったり、時には数時間や1日、見通しが立たない場合がある。加えて、測定前に代謝異常の重大な局面が生じることもある。したがって、本発明は、そうしたBESの測定がない場合の患者への食事および処置の効果的な方法も提供する。
【0207】
本発明の一般的なアプローチは、乳酸ナトリウムや乳酸エステル、・・・その他のMCCやGNG前駆体を含む製剤を用いて、適切な血中乳酸の範囲を目標にすることである。この方法は、現在実施されている単に血糖値を目標にするだけの方法と比べて、はるかに効果的に十分な栄養を補給し、患者の異化反応を抑制することができる。
【0208】
その乳酸濃度は、血糖値と同様に1滴の血液で簡単に測定することができる。したがって、・・・、交通事故、そしてICUなどで測定できる。・・・。・・・、血糖値はどのような栄養処方をすべきかに関する有用な情報は提供し得ない。対して、血中乳酸濃度は、患者の真の栄養状態を明らかにするものではなくとも、そうした有用な情報を提供し得るものである。
【0209】
GNG前駆体のなかで、乳酸は一番重要である(・・・)。身体の闘争-逃避反応システムのため、血中乳酸は一般的に増加し、この増加はGNG前駆体として乳酸を供給するように作用し、そして傷害のある、あるいはその他の組織での燃料となる。しかしながら、傷害の状況やタイミング、患者の栄養状態から、増加した乳酸も、特に体内のエネルギーが枯渇状態にあるとき、不十分となり患者の要求には応えられないこととなる。」

(摘記サ)
「【0213】
肝臓は体外からの、あるいは体内に存在する乳酸、ピルビン酸、グリセロール、アラニン、そしてその他糖原生アミノ酸の蓄積物を用いてGNGを介してグルコースを産生する。GNGを補助するためのこの体内組織の異化反応は、身体の浪費を含めた、短期および長期のネガティブな結果である。乳酸やその他のMCCやGNG前駆体(即座に乳酸となるが)の栄養物投与によって、病気や傷害の患者の体内組織が異化反応を軽減する。・・・。
【0214】
血中乳酸濃度というバイオマーカーはよく知られた技術であり、単にアスリートやその他激しい身体活動に従事する者の代謝ストレスレベルを決定するのに利用される。・・・。乳酸はGNG前駆体であり、乳酸はそれ自体がエネルギー基質である(・・・)が、それは濃度の範囲と、消費/産生の代謝流動率の双方で、糖をはるかに凌ぐ。」
「【0218】
現行の技術でのグルコースクランプで、血糖値を照準値に調節するように、乳酸クランプ(LC)も、特定の血中乳酸濃度やその範囲に照準を絞り、調節する。本発明では、我々は乳酸ナトリウムやその他MCCやGNG前駆体カクテルを投与する乳酸クランプを実施し、血中乳酸濃度を4mMか、あるいはその他の照準値・範囲に調節する。・・・、乳酸ナトリウムやその他MCCやGNG前駆体カクテルを投与し、頻繁に血中乳酸濃度をモニタリングして、投与量を増減して血中乳酸濃度を照準値・範囲に達し、維持できるように調節する。・・・。
【0219】
高代謝状態の患者は、・・・、一般的に安静状態よりも運動時の人の代謝に類似しているが、本発明で例示するのは反応の範囲についてである。乳酸は、外的に静脈内に投与したものも含めて、そうした者たちすべてにとって重要なエネルギー源としての役割を果たす。外的に静脈内に投与した乳酸の有効な血中濃度は、通常の範囲(1?2mM)を越えて、一般的に約4mMである(・・・)。特筆すべきこととして、血中乳酸濃度は、十分な乳酸が傷害のある脳や他の組織の直接的なエネルギー源として機能しているか、GNGを介して、脳のようにエネルギーをグルコースに依存しているような組織の間接的なエネルギーとして作用しているか、そして、アシドーシスや組織の浮腫を軽減しているか(・・・)を示唆する標的のひとつである。
【0220】
本発明は、患者の血中乳酸濃度を概算し、標的にする方法を提供しているが、それらはどちらも標的そのものであり、また患者のグルコース産生におけるGNG率を概算し、標的とするための介在ステップでもある。・・・。
【0221】
本発明は、乳酸やその他MCCやGNG前駆体から成る栄養物を、傷害や重度な病気をもった患者へ処方するシステムや方法を提供するものである。方法は次の2つの内どちらを用いてもよい。(1)最初の段階として、患者が病気や傷害を発症してから%GNGを介してBESを査定するまでの間についてである。好ましい実施態様として、最初の乳酸/MCC/GNG前駆体の投与率は3?4.5mg/kg/minである。ここでkgは患者の体重のkgであり、3と4.5mgは栄養物におけるMCCや乳酸ナトリウムなどのGNG前駆体の量である。
【0222】
もう一つの方法として、外傷を追ったときや急な発病時から%GNGを介してBESを査定するまでの間に、約23?50μMol/kg体重/minの割合で投与することである。投与する栄養物は、投与率を増減して、目標とする血中乳酸濃度に調節する。・・・。
【0223】
本発明は、傷害を追ってから患者のGNG率の概算によりBESを査定するまでの間、患者に必要な乳酸やその他MCCやGNG前駆体の投与率を概算するための方法を提供するものである。方法では、まず上述した投与率で乳酸やその他MCCやGNG前駆体を投与することから始め、患者から僅かな量を採血し、血中乳酸濃度を測定し、その後継続的に目標とする血中乳酸濃度を維持できるよう投与率を調節する。通常、動静脈、指先、耳たぶからの僅かな(20?100μl)血液を、血中乳酸濃度測定に使用する。」

(摘記シ)
「【0229】
血中乳酸濃度は・・・、ラクタテミアとも呼ばれる。高ラクテミアは血中乳酸濃度が高いことを意味し、一般的に安静時(約1?2mM)よりも高いと考えられる。運動生理学やスポーツ科学の分野では、4mM以上の高ラクテミアは乳酸性作業閾値(LT)と言われ、また血中乳酸濃度が蓄積する局面(OBLA)との知られている(・・・)。(当審注:「ラクテミア」は「ラクタテミア」の誤記であり、「血中乳酸濃度が蓄積する局面(OBLA)」は「血中乳酸蓄積開始点(OBLA)」の誤訳と認める。)
【0230】
本発明では、標的とする4mMの血中乳酸濃度である高ラクタテミアは、静脈内投与によって惹起される。そのような標的とする血中乳酸濃度では、エネルギー源として、糖新生の材料として、そして抗炎症や緩衝能力を発揮するのに十分な乳酸を提供し得る。」
「【0234】
したがって、本発明のひとつの様相として、MCCやGNG前駆体やその両方を含む栄養物を投与し、傷害の直後や深刻な病気を発病した時点ですぐに、目標とする血中乳酸濃度に調節する処方を提供するものである。これは最初のステップであり、血中乳酸濃度や%GNGやその両方を概算して、栄養物を供給し続ける工程へと繋がる。目標とする血中乳酸濃度は時として約0.5?1mMを越えるが、この0.5?1mMは通常の血中乳酸濃度の下限値でもある。他の例示として、血中乳酸濃度は約2mMを越えるが、この2mMは通常の血中乳酸濃度の上限値でもある。他の例示として、血中乳酸濃度は約4mMを越えるが、この4mMは高ラクタテミアに属し、8mM程度までにおいて有益な効果をもたらす。その他の例示として、このすべての範囲、即ち、通常からかなり高い濃度、約0.5?8mMである。
【0235】
例えば、深刻なTBIなどの外傷の場合、本発明の処方は、製剤の投与を約50μMol/kg体重/min(約4.5mg/kg/min)の割合で始める。可能であるなら、目標血中乳酸濃度に達成するために、定期的な間隔で採血して血中乳酸濃度を測定する。その後、本発明に従い、目標血中乳酸濃度に達成するために、MCCやGNG前駆体の投与率を増やしたり、減らしたり、維持したりする。
【0236】
血中乳酸濃度の範囲を標的とすることは、%GNGを概算して、BESを査定するまでの間の処置である。また、本発明では、そうした処置だけでも十分に機能するものである。なぜなら、高濃度の血中乳酸は一般的に患者に好意的に受け入れられているからである。したがって、高い側であれば血中乳酸濃度はいいのである。・・・。」
「【0239】
しかしながら、4mMという血中乳酸濃度は、スポーツ医学やスポーツ科学の従事者であれば理にかなった目標値であるものの、そうした濃度それ自体は、産生率(Ra)や消費率(Rd)、酸化率(Rox)、代謝クリアランス(MCR)、そして勿論GNGなどの乳酸動態についての直接的な情報は提供しない(・・・)。」
「【0241】
初回の乳酸/MCC/GNG前駆体の投与率を3?4.5mg/kg/minとした際、結果として血中乳酸濃度が2mM程度となる可能性がある。約2mM以下の低乳酸濃度は、乳酸のエネルギー源として、そしてGNG前駆体としての需要が高い高代謝状態を反映していると考えられ、本発明での好ましい実施態様に従い、基本的に投与率を高める。
【0242】
その他、もし経腸的、非経口的投与無しに血中乳酸濃度が8mMを越え、そしてアルカローシスや血漿電解質の破綻が生じた場合、乳酸Rdは内在性および外的な投与による乳酸Raより低値であるとの認識のもと、本発明では、我々は乳酸投与率を減じる。」
「【0244】
したがって、%GNGによるBESの情報の有無によって、それが有る場合、乳酸濃度は低く、0.5?2mMが標的となるが、%GNGの情報が無ければ、約4mMの範囲で、時として8mM程度までが求められる。
【0245】
%GNGの情報が無い場合、MCCやGNG前駆体は、定期的に行う採血で血中乳酸濃度が4mMに達するまで、約3mg/kg/minの割合で投与し続け、その都度血中乳酸濃度を標的とする濃度を維持するよう、投与率を維持したり増減して調整する。%GNGの情報が利用できる場合、25%GNGに達するまで、経腸的および非経口的な栄養処方を組み合わせて実施する。この時、血中乳酸濃度が1?2mMで維持されるよう、MCCやGNG前駆体の投与率を調節する(・・・)。」
「【0251】
好ましい実施態様として、栄養処方の目標設定は、15?35%GNGもしくは20?25%GNGである。この例示では、血漿乳酸濃度は4mMが標的となる。・・・。」

(摘記ス)
「【0273】
本発明のその他の例示として、患者に利益をもたらすために、血中乳酸濃度を測定し、調節することを実行する。図12は、乳酸調節法(1201)を表したフローチャートである。それは、採血(1205)、患者の血中乳酸濃度の測定(1207)、そして栄養物の投与(1209)の工程を含み、その投与を維持したり、増加したり、減少したり、停止したりして、目標とする血中乳酸濃度の範囲に調節する(1211)。・・・。」
「【図12】



(4)実施例の記載

(摘記セ)
「【実施例】
【0274】
・・・
【0279】
図14は、血中乳酸測定とその調節法(1401)に関するシステムを表したものである。それは、血液試料モジュール(1411)、血中乳酸濃度を測定する血中乳酸濃度測定モジュール(1413)、そして栄養物の投与を維持したり、増加したり、減少したり、停止する操作を実行する栄養物投与モジュール(1415)から構成される。また、この装置は血中乳酸濃度の範囲調節モジュール(1417)も含まれ、1415と共に機能して目標血中乳酸濃度の範囲となるよう調節する(クランプ)。」
「【図14】



(摘記ソ)
「【0307】
参考文献(当審注:左記の下線は明細書に記載のとおり。)
・・・
【0311】
・・・


・・・
【0312】
・・・


・・・」

3 乳酸及びグリセロールの代謝に関する本願出願時の技術常識について

(1)引用文献4(「生化学辞典(第4版)」,東京化学同人,2007年
12月10日,巻末「主要代謝経路」,928-929頁「糖新生」
の項)の記載事項

引用文献4には、次の(摘記4a)及び(摘記4b)の事項が記載されている。なお、下線は当審合議体が付した。

(摘記4a)(巻末「主要代謝経路」)



上記図の記載からみて、右端中央付近に示された「グリセロールリン酸」には、「ジヒドロキシアセトンリン酸」に変換された後、「グルコース」を産生する経路や、解糖系を経由して「乳酸」を産生する経路のほか、アミノ酸など様々な生体物質に変換される代謝経路が存在することが読み取れる。

(摘記4b)(928頁右欄「糖新生」の項1?4、20?23行、929頁左欄下から19?17行)
「糖新生(gluconeogenesis) オキサロ酢酸からグルコースを生合成する細胞内の代謝.解糖系^(*)の逆戻り経路.解糖の最終産物であるピルビン酸または乳酸は,糖新生のおもな基質である(⇒コリ回路).・・・.
・・・.運動時の糖新生の基質としては飢餓時には乳酸が主である.アラニン,グルタミン酸,アスパラギン酸などの糖原性アミノ酸やグリセロールがおもな基質になる.」
「糖新生系は肝臓と腎臓に存在.細胞内では細胞質ゾルに存在する代謝である.血糖値維持に重要.」

(2)引用文献5(「ヴォート生化学(上)第2版」,東京化学同人,
1996年3月18日,513-519頁)の記載事項

引用文献5には、次の(摘記5a)?(摘記5c)の事項が記載されている。なお、下線は、当審注の箇所を除き、当審合議体が付した。

(摘記5a)(513頁左欄下から4?3行)
「1.糖新生: 乳酸,ピルビン酸,グリセロール,アミノ酸など糖以外の物質がグルコースに変わる経路.」

(摘記5b)(513頁右欄8?21、27?29行)
「21・1 糖新生
グルコースは,エネルギー源としても,必須な構造多糖やほかの生体物質の原料としても重要である.脳と赤血球はエネルギー源としてほとんどグルコースだけに依存するが,何も食べなければ肝臓のグリコーゲン貯蔵量では,脳の半日分のグルコースしかまかなえない.そこで,空腹時は,糖以外の物質からのグルコース合成,糖新生でまかなう(当審注:下線は同文献5に記載されたとおり。).事実,絶食後22時間の血中グルコースの64%,46時間の断食ではほとんど全グルコースが糖新生でまかなわれることが同位体実験でわかった.食後数時間でも糖新生はグルコース生産の主要経路である.・・・.
解糖で生じる乳酸とピルビン酸,クエン酸サイクル中間体,アミノ酸(ロイシン,リシン以外)の炭素骨格は,まずオキサロ酢酸に変えられ糖新生の原料となる(・・・)(当審注:下線は同文献5に記載されたとおり。).・・・.トリアシルグリセロールの分解で生じるグリセロールも§23・1で述べるようにジヒドロキシアセトンリン酸を経てグルコース合成に使われる。」

(摘記5c)(518頁右欄1、4?11行、519頁左欄2?4行、518頁、図21・8)
「B.糖新生の調節
・・・。食後,血糖値が高いとき肝臓では“燃料”が貯蔵される.つまりグリコーゲンが合成されると同時に,解糖とピルビン酸デヒドロゲナーゼも活性化されてグルコースをアセチル-CoAに分解し,脂肪酸を合成して脂肪を貯蔵する.一方,空腹時には肝臓ではグリコーゲンを分解し,または,おもにタンパク分解で生じるアミノ酸を肝臓に運んで糖新生を行うグルコース-アラニンサイクル(・・・)で血糖レベルを維持する.」
「血糖値が低くなるとホルモンの作用でF2,6P濃度を制御して糖新生を活性化する(図21・8).」




(3)引用文献6(「ヴォート生化学(下)第2版」,東京化学同人,
1996年5月22日,567-570頁)の記載事項

引用文献6には、次の(摘記6a)の事項が記載されている。なお、下線は当審合議体が付した。

(摘記6a)(570頁右欄下から8?5行、同頁、図23・5)
「グリセロールは肝臓や腎臓に運ばれグリセロールキナーゼとグリセロール-3-リン酸デヒドロゲナーゼの作用でジヒドロキシアセトンリン酸に変えられ(図23・5)解糖系に入る.」




(4)引用文献7(R. Tyler Frizzell,et al.,"Gluconeogenesis and
Hypoglycemia",Diabetes/Metabolism Reviews,1988,VOL.4,
NO.1,p.51-70)の記載事項

引用文献7には、次の(摘記7a)の事項が記載されている。なお、英語で記載されているため、当審合議体による和訳にて摘記した。また、下線は当審合議体が付した。

(摘記7a)(51頁左欄下から5行?同頁右欄2行、同頁右欄17?24行、52頁 Figure 1.)
「糖新生は、乳酸、ピルビン酸、グリセロール及び特定のアミノ酸からグルコースが生成されるプロセスである。肝臓はほとんどの条件で主要な糖新生器官であるが、肝臓及び腎臓は、通常、糖新生に必要な完全な酵素の機構を有している。・・・。
図1に示すように、in vivoでの糖新生は3つの場所で制御され得る:(1)末梢組織からの糖新生前駆体の供給を変更することで、(2)糖新生前駆体の肝臓での分別抽出を変更することで、(3)肝臓内の糖新生基質のグルコースへの変換効率を変更することで。」


図1.in vivoでの糖新生の制御の場所の概略図。(・・・)」
上記図の記載からみて、血中のグリセロールが肝臓に運ばれ糖新生によりグルコースに変換されることが読み取れる。

(5)乳酸及びグリセロールの代謝に関する本願出願時の技術常識

前記(摘記4a)?(摘記7a)の記載によれば、糖新生は、乳酸やグリセロールを基質としてグルコースを産生する経路であり、空腹時には活性化されること、及び、血中のグリセロールには、肝臓に運ばれ、グリセロールリン酸を経てジヒドロキシアセトンリン酸に変換された後、糖新生によってグルコースを産生する経路や、解糖系を経由して乳酸を産生する経路のほかに、アミノ酸など様々な生体物質に変換される代謝経路が存在することが、本願出願時の技術常識であったと認められる。

4 検討

本願発明は、請求項1の記載によれば、「投与製剤」という「物」の発明であって、当該投与製剤が、「グリセロール」、「グリセロールトリ乳酸」及び「乳酸」という、3つの選択肢のいずれかから選ばれる「糖新生(GNG)前駆体」を成分として含む、「注入によって投与される」ものであり、「外傷を含む傷害の後または深刻な病気を発病した時点の患者において」「4mMを越えて8mMまで」の「目標とする血中乳酸レベルを達成する」ことを用途とする発明であると認められる。
そうすると、「物」の発明としての本願発明の使用とは、「糖新生(GNG)前駆体」を含む投与製剤を注入によって投与し、「外傷を含む傷害の後または深刻な病気を発病した時点の患者において、4mMを越えて8mMまでの目標とする血中乳酸レベルを達成する」ことであるといえる。
そして、本願発明は、「グリセロール」、「グリセロールトリ乳酸」及び「乳酸」という3種の「糖新生(GNG)前駆体」を択一的な選択肢とするものであるから、本願明細書の発明の詳細な説明の記載が、当業者が本願発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものといえるためには、本願出願時の技術常識に照らし、投与製剤が上記3種の「糖新生(GNG)前駆体」の選択肢のいずれを成分として含む場合でも、これを注入によって投与することにより、「外傷を含む傷害の後または深刻な病気を発病した時点の患者において」「4mMを越えて8mMまで」の「目標とする血中乳酸レベルを達成する」ことを当業者が認識できるに足る記載がなされている必要がある。
以下、この点について検討する。

前記「2」の(摘記ア)?(摘記ソ)からみて、本願明細書の発明の詳細な説明には、本願発明に関係する事項として、概略、次の(1)?(16)の事項が記載されているものと認められる。

(1)
糖新生(GNG)は、グリコーゲン分解(GLY)以外の主要なグルコース産生経路であって、ピルビン酸、乳酸、グリセロール、その他の糖原性アミノ酸等の糖新生(GNG)前駆体からグルコースを産生するプロセスであり、食事中の炭水化物や総栄養量が不足すると、GLY及び糖新生(GNG)が高まるが、運動や病気等によるストレスがかかった場合、GLYが供給する以上のグルコースを身体が必要とし、GLYよりも非効率的なプロセスである糖新生(GNG)によるグルコースの産生が増大し、糖新生(GNG)前駆体を供給するために骨格筋がしばしば分解される(摘記ア)。
(2)
このように糖新生(GNG)は身体を酷使している状態であるが、血糖値の測定では当該状況の直接的な情報を提供し得ず、グルコース出現割合(グルコースRa)は患者の身体エネルギー状態(body energy state: BES)の指標として幾分か有用であるものの、より正確なBES指標となるバイオマーカーの確立が必要とされている(摘記イ、ア)。
(3)
そのため、BESそのものをよく反映し得るバイオマーカーを得る技術のみならず、バイオマーカーを効率よく評価するシンプルな方法の確立が課題となる(摘記ウ)。
(4)
本発明は、患者のBESを評価する優れたバイオマーカーである糖新生率の継続する動的な概算に基づいた、患者の代謝状態及び栄養必要物を確認するシステム及び方法を提示する(摘記ウ、オ)。糖新生率とは、糖新生に由来する体内のグルコース産生の%である(摘記ウ)。
(5)
本発明は、患者に栄養補助を提供する方法も提供するものであり、患者に標識物を投与し、患者から血液試料を採取してグルコース又はグルコース誘導体を分析し、質量分析の量に基づき糖新生率の値を取得し、この糖新生率に質量分析からのグリコーゲン分解を加えた値を取得し、この値を用いて糖新生率を概算し、この糖新生率に基づき非経口的栄養製剤を患者に投与する方法を提供する(摘記ウ)。
(6)
糖新生率は、健常者では、約10%(過栄養)から約20?25%(適切な栄養状態)であり、最大で約90%(栄養不足や異化状態の患者)にも達し、0から100%の範囲で大きく変動する(摘記オ)。医者は糖新生率が正常化するように栄養補助のレベルを投与する(摘記カ)。好ましい実施態様には、糖新生率が約15?30%の範囲となるように栄養が提供されることが含まれる(摘記オ)。
(7)
本発明の好ましい処置形態は、静脈内に糖新生(GNG)前駆体を注射投与することであり、糖新生(GNG)前駆体には、L-(+)-乳酸塩、その他の乳酸化合物、その他類似のモノカルボン酸化合物(MCC)のほか、グリセロール含有物などがある(摘記カ)。こうした栄養製剤を、「MCCカクテル」等と表記する(摘記カ)。
(8)
本発明は、外傷や慢性的な病気を伴う患者への対処法を含む(摘記キ)。TBI(頭蓋内傷害)後に全身のグルコースの需要が高まることは、飢餓状態で体内組織が異化状態にあることと類似しているところ、糖新生率は傷害後の組織の異化状態の決定的なバイオマーカーであって、それ自体が直接的な栄養処方に適用できる(摘記キ)。本発明では、病気や傷害の患者に対する処方は経腸的な栄養及びMCCの補給によるネガティブフィードバックコントロールを含み、高い糖新生率を示す際にはMCCの補給を増加させ、低い糖新生率を示す際には栄養摂取を減少させる(摘記キ)。
(9)
糖新生率を概算し患者に投与する栄養製剤(MCCカクテル)の例である、L-(+)-乳酸ナトリウムを含む製剤の「Sanguisal-L」は、意図した血中乳酸濃度になるよう静脈に投与するものとされ、その投与により、血中乳酸濃度は3.5?4.5mMとなるが、病気の影響がなくともさらに高濃度(6mM)になることがあるとされている(参考文献57、71)(摘記ク、ソ)。
(10)
病気や傷害の患者に対する非経口的に投与する他の栄養物として、グリセロールトリ-乳酸(米国特許6,743,821を参照)があり、人血漿に存在するリパーゼやエステラーゼにより分解され、いずれも糖新生(GNG)前駆体である構成要素のグリセロールと乳酸を生じる(摘記ケ)。
(11)
糖新生率の概算を傷害や病気の発症後の一定期間に行えない場合には、糖新生(GNG)前駆体を含む製剤を用いて、適切な血中乳酸濃度の範囲を目標にする方法により、効果的に十分な栄養を補給し患者の異化反応を抑制することもできる(摘記コ)。
(12)
血中乳酸濃度というバイオマーカーはよく知られた技術であり、糖新生率のように、患者の真の栄養状態を明らかにするものではないが、どのような栄養処方をすべきかに関する有用な情報を提供し得る(摘記コ、サ)。血中乳酸濃度は、十分な乳酸が傷害のある脳や他の組織の直接的なエネルギー源として機能しているか、糖新生を介して脳のようにエネルギーをグルコースに依存しているような組織の間接的なエネルギーとして作用しているか、等を示唆する標的のひとつである(摘記サ)。
(13)
本発明は、患者の血中乳酸濃度を目標にする方法であって、患者の血中乳酸濃度を概算すること、及び、目標とする血中乳酸濃度を達成するために、製剤を増加させ、減少させ、維持させ、又は停止することを含む方法を提供するとともに、身体活動に対して栄養補助を提供する方法であって、糖新生(GNG)前駆体を含む製剤を提供することを含み、約1?8mM以上の血中乳酸濃度を目標とする方法を提供する(摘記エ、サ、ス、セ)。本発明は、傷害を負ってから患者の糖新生率の概算によりBESを査定するまでの間、患者に必要な乳酸やその他のMCCや糖新生GNG前駆体の投与率を概算するための方法も提供する(摘記サ)。
(14)
乳酸ナトリウムやその他のMCCや糖新生(GNG)前駆体カクテルを投与する際には、頻繁に血中乳酸濃度をモニタリングし、投与量を増減して血中乳酸濃度を照準値・範囲に達し維持できるように調節する(摘記サ、ス、セ)。外的に静脈内に投与した乳酸の有効な血中濃度は、通常の範囲(1?2mM)を越えて一般的に約4mMである(摘記サ)。
(15)
血中乳酸濃度が高い「高ラクタテミア」では、その濃度が一般的に安静時(約1?2mM)よりも高く、運動生理学やスポーツ科学の分野では、4mM以上の高ラクタテミアは、乳酸性作業閾値(LT)といわれ、血中乳酸蓄積開始点(OBLA)としても知られており、この標的とする血中乳酸濃度は、MCCや糖新生(GNG)前駆体の静脈内投与によって惹起することができ、エネルギー源として、糖新生の材料として、十分な乳酸を提供し得る(摘記シ)。
(16)
MCCや糖新生(GNG)前駆体を含む栄養物を投与して、傷害の直後や深刻な病気を発病した時点ですぐに目標とする血中乳酸濃度に調節する処方を提供することができ、これは最初のステップであって、血中乳酸濃度及び/又は糖新生率やその両方を概算して栄養物を供給し続ける次の工程に繋げる(摘記シ)。目標とする血中乳酸濃度の例示は、高ラクタテミアに属する約4mMを越えるが、8mM程度までにおいて有益な効果をもたらす(摘記シ)。目標とする血中乳酸濃度を達成するため、定期的な間隔で採血して血中乳酸濃度を測定し、MCCや糖新生(GNG)前駆体の投与率を増やしたり、減らしたり、維持したりする(摘記シ)。

本願発明の投与製剤のうち、糖新生(GNG)前駆体が「グリセロール」であるものについて、本願明細書の発明の詳細な説明に、当該製剤を注入によって投与することにより、「外傷を含む傷害の後または深刻な病気を発病した時点の患者において」「4mMを越えて8mMまで」の「目標とする血中乳酸レベルを達成する」ことを、当業者が認識できるに足る記載がなされているか否か、以下、検討する。

本願明細書の発明の詳細な説明には、血中乳酸濃度(「血中乳酸レベル」と同義と認める。)を頻繁にモニタリングしながら、糖新生(GNG)前駆体の投与量を増減することにより、血中乳酸レベルを照準値・範囲に達し維持するよう調節することについて、一般的な説明が記載されており(摘記サ、ス、セ)、目標とする血中乳酸レベルを、4mMを越えて8mMまでとすることも記載されている(摘記シ)。
しかしながら、本願明細書の発明の詳細な説明には、「グリセロール」を含む投与製剤について、調製例を含め具体的な記載は全くなく、実際に「グリセロール」を含む投与製剤を注入によって投与して血中乳酸レベルの変化を確認した試験例等も何ら記載されていない。
一方、前記「3(5)」で説示したとおり、糖新生は空腹時に活性化すること、及び、血中グリセロールには、肝臓に運ばれ、グリセロールリン酸を経てジヒドロキシアセトンリン酸に変換された後に、糖新生によりグルコースを産生する経路や、解糖系を経由して乳酸を産生する経路のほか、アミノ酸など様々な生体物質に変換される代謝経路が存在することが、本願出願時の技術常識であったから、飢餓状態で体内組織が異化状態にあることと類似し、全身のグルコースの需要が高まって、代謝動態が亢進しているとされる(摘記キ【0166】?【0168】)、外傷を含む傷害の後または深刻な病気を発病した時点の患者に対し、グリセロールを注入により投与した場合には、グリセロールの多くはグルコースを産生するために糖新生の基質として消費され、解糖系を経由して乳酸が産生される割合は小さいと推定されるところ、血中乳酸レベルを、安静時(約1?2mM)よりも高い「高ラクタテミア」(摘記シ【0229】)の範囲である「4mMを越えて8mMまで」とすることができるとは、実際に試験を行って確認したデータ等による裏付けがない限り、当業者が理解し得るとはいえない。
そして、外傷を含む傷害の後または深刻な病気を発病した時点の患者に、「グリセロール」を注入により投与した場合に、「4mMを越えて8mMまで」の「目標とする血中乳酸レベルを達成する」ことができるという、本願出願時の技術常識が存在したとも認められない。

そうすると、本願明細書の発明の詳細な説明の記載は、本願出願時の技術常識を参酌しても、糖新生(GNG)前駆体として「グリセロール」を注入によって投与することによって、「外傷を含む傷害の後または深刻な病気を発病した時点の患者において」「4mMを越えて8mMまで」の「目標とする血中乳酸レベルを達成する」ことができると、当業者が認識し得るに足るものとはいえない。

したがって、本願明細書の発明の詳細な説明の記載は、本願出願時の技術常識に照らして、本願発明の使用をすることができる程度に記載したものであるとはいえない。

5 請求人の主張について

(1)令和2年2月4日提出の意見書における主張について

請求人は、令和2年2月4日提出の意見書においては、上記「理由2」の拒絶理由に関し、同日提出の誤訳訂正書による補正後の請求項1は、「目標とする糖新生率が15?30%である」との規定を含まないので、当該拒絶理由も解消された旨を述べるのみであり、何ら実質的な反論をしていない。

また、本願発明について、「目標とする糖新生率が15?30%である」との規定が削除されても、上記「理由2」の拒絶理由が解消しないことは、前記「4」で説示したとおりである。

(2)平成30年8月13日提出の上申書における主張について

請求人は、平成30年8月13日提出の上申書において、平成30年3月6日提出の手続補正書により請求項1に導入された「目標とする糖新生率が15?30%である」との規定に関して、前置報告が特許法第36条第4項第1号違反を指摘した点に対し、主に反論をしているが、「目標とする血中乳酸レベル」については、本願明細書の【0207】?【0251】に具体的に患者の血中乳酸レベルを調整する方法が開示されている旨、及び、乳酸自身を含む糖新生前駆体を供することが血中乳酸濃度を上昇するであろうことは当業者によく知られている旨を述べるのみである。

そして、請求人が指摘する本願明細書の【0207】?【0251】に記載された血中乳酸レベルを調整する方法を考慮しても、上記「理由2」の拒絶理由は解消せず、糖新生前駆体のうちグリセロールを注入により投与した場合には、目標とする血中乳酸レベルが達成できるか否かは、本願出願時の技術常識を参酌しても、本願明細書の発明の詳細な説明の記載からは当業者が理解することができないことは、前記「4」で説示したとおりである。

(3)審判請求書における主張について

拒絶査定の<付記>において、特許法第36条第4項第1号違反につき、概略、次のア?ウの指摘がなされた。なお、下線は当審合議体が付した。
ア グリセロールまたはグリセロールトリ乳酸を、どのような態様で摂取すれば、血中乳酸レベルを2mM以上に調整することができるのかは、本願明細書に具体的裏付けをもって記載されていない。
イ グリセロールが糖新生の原料であり、グリセロールトリ乳酸が分解して乳酸を生じる、という本願出願時の技術常識に鑑みても、これらを用いて血中乳酸レベルを2mM以上に調整する方法が自明であるとはいえない。
ウ グリセロールまたはグリセロールトリ乳酸を用いて、血中乳酸レベルを2mM以上に調整するためには、種々の経路や量でこれらを投与する試験を行い、試行錯誤を経てかかる血中乳酸レベルを達成しうる投与経路と投与量の組合せを見いだすより他ない。

これに対して、請求人は、審判請求書において、主に平成30年3月6日提出の手続補正書により請求項1に導入された「目標とする糖新生率が15?30%である」との規定に基づいて反論をしているが、「目標とする血中乳酸レベル」については、出願時の技術常識及び当初明細書の記載に照らせば、当業者は目標とする血中乳酸レベルが得られるような投与経路及び投与量がどのようなものかを理解できる旨、及び、本願明細書の【0207】?【0251】に具体的に患者の血中乳酸レベルを調整する方法が開示されている旨を述べるのみである。

そして、糖新生前駆体のうちグリセロールを注入により投与した場合に、目標とする血中乳酸レベルが達成できるか否かは、本願出願時の技術常識を参酌しても、本願明細書の発明の詳細な説明の記載からは当業者が理解することができず、請求人が指摘する本願明細書の【0207】?【0251】に記載された血中乳酸レベルを調整する方法を考慮しても、上記「理由2」の拒絶理由が解消しないことは、前記「4」で説示したとおりである。

6 小括

したがって、本願明細書の発明の詳細な説明の記載は、当業者が本願発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものでないから、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない。

第5 むすび

以上のとおり、本願は、明細書の発明の詳細な説明の記載が、当業者が請求項1に係る発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものでなく、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていないから、その余について検討するまでもなく、拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
別掲
 
審理終結日 2020-05-14 
結審通知日 2020-05-19 
審決日 2020-06-02 
出願番号 特願2015-539789(P2015-539789)
審決分類 P 1 8・ 536- WZ (A61K)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 伊藤 清子  
特許庁審判長 藤原 浩子
特許庁審判官 井上 典之
穴吹 智子
発明の名称 ヒトおよびその他の患者の栄養必要物を概算し、その栄養必要物を補助するための方法およびシステム  
代理人 特許業務法人深見特許事務所  

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