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審決分類 審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  G02B
審判 全部申し立て 2項進歩性  G02B
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  G02B
管理番号 1368056
異議申立番号 異議2019-700713  
総通号数 252 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2020-12-25 
種別 異議の決定 
異議申立日 2019-09-06 
確定日 2020-09-23 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第6479863号発明「赤外線カットフィルタ,撮像装置および赤外線カットフィルタの製造方法」の特許異議申立事件について,次のとおり決定する。 
結論 特許第6479863号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり,訂正後の請求項〔1-3,5-16,19〕,〔17,18〕,〔20-23〕について訂正することを認める。 特許第6479863号の請求項1ないし3,5ないし23に係る特許を維持する。 特許第6479863号の請求項4に係る特許に対する特許異議の申立てを却下する。 
理由 第1 手続等の経緯
特許第6479863号の請求項1?請求項19に係る特許(以下,それぞれ「本件特許1」?「本件特許19」といい,総称して「本件特許」という。)についての出願は,平成24年9月6日に出願された特願2012-195937号の一部を新たな特許出願としたものであって,平成31年2月15日に特許権の設定の登録がされたものである。
本件特許について,平成31年3月6日に特許掲載公報が発行されたところ,発行の日から6月以内である令和元年9月6日に,特許異議申立人 恒川 朱美(以下「特許異議申立人」という。)から,特許異議の申立てがされた(異議2019-700713号,以下「本件事件」という。)。
本件事件についての,その後の手続等の概要は以下のとおりである。
令和元年12月 3日付け:取消理由通知書
令和2年 2月 5日付け:上申書(特許権者)
令和2年 3月17日付け:取消理由通知書(決定の予告)
令和2年 5月19日付け:訂正請求書
令和2年 5月19日付け:意見書(特許権者)
令和2年 7月20日付け:意見書(特許異議申立人)

第2 本件訂正請求について
1 請求の趣旨
令和2年5月19日付け訂正請求書による訂正の請求(以下「本件訂正請求」という。)の趣旨は,「特許第6479863号の特許請求の範囲を,本件訂正請求書に添付した訂正特許請求の範囲のとおり,訂正後の請求項1?23について訂正することを求める。」というものである。

2 訂正の内容
本件訂正請求において特許権者が求める訂正の内容は,以下のとおりである。なお,下線は訂正箇所を示す。
(1) 訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1に,
「 透明誘電体基板と,
前記透明誘電体基板の一方の面上に形成された赤外線を反射する赤外線反射層と,
前記透明誘電体基板の他方の面上に形成された赤外線を吸収する赤外線吸収層と,
を備える赤外線カットフィルタであって,
前記赤外線反射層は,誘電体多層膜から形成され,
前記赤外線吸収層は,赤外線吸収色素を含有する樹脂から形成され,
赤外線カットフィルタへの光の入射角が0°から35°に変化したときのカットオフ波長λ_(T50%)のシフト量をΔλ_(T50%)として,Δλ_(T50%)<25nmであり,
赤外線カットフィルタへの光の入射角が35°のときのカットオフ波長λ_(T50%)が607nm?647nmであり,
前記赤外線反射層の透過率が50%になる波長をλ_(RT50%)nmとし,前記赤外線吸収層の透過率が50%になる波長をλ_(AT50%)nmとしたときに,λ_(AT50%)<λ_(RT50%)を満たすように前記赤外線反射層および前記赤外線吸収層が形成されることを特徴とする赤外線カットフィルタ。」

と記載されているのを,
「 透明誘電体基板と,
前記透明誘電体基板の一方の面上に形成された赤外線を反射する赤外線反射層と,
前記透明誘電体基板の他方の面上に形成された赤外線を吸収する赤外線吸収層と,
を備える赤外線カットフィルタであって,
前記赤外線反射層は,誘電体多層膜から形成され,
前記赤外線吸収層は,赤外線吸収色素を含有する樹脂から形成され,
赤外線カットフィルタへの光の入射角が0°から35°に変化したときのカットオフ波長λ_(T50%)のシフト量をΔλ_(T50%)として,Δλ_(T50%)<25nmであり,
赤外線カットフィルタへの光の入射角が35°のときのカットオフ波長λ_(T50%)が607nm?643nmであり,
前記赤外線反射層の透過率が50%になる波長をλ_(RT50%)nmとし,前記赤外線吸収層の透過率が50%になる波長をλ_(AT50%)nmとしたときに,λ_(AT50%)<λ_(RT50%)を満たすように前記赤外線反射層および前記赤外線吸収層が形成され,
前記赤外線吸収層の分光透過率曲線が波長700nm?750nmに透過率の極小値を有することを特徴とする赤外線カットフィルタ。」

に訂正する(請求項1の記載を引用して記載された,請求項2,3,5?16及び19も同様に訂正する。)。

(2) 訂正事項2
特許請求の範囲の請求項4を削除する。

(3) 訂正事項3
特許請求の範囲の請求項5に「前記透明誘電体基板は,ガラスから形成されることを特徴とする請求項1から4のいずれかに記載の赤外線カットフィルタ。」と記載されているのを,「前記透明誘電体基板は,ガラスから形成されることを特徴とする請求項1から3のいずれかに記載の赤外線カットフィルタ。」に訂正する(請求項5の記載を引用して記載された,請求項6?16及び19も同様に訂正する。)。

(4) 訂正事項4
特許請求の範囲の請求項6に「前記赤外線反射層は,紫外線を反射するよう形成されることを特徴とする請求項1から5のいずれかに記載の赤外線カットフィルタ。」と記載されているのを,「前記赤外線反射層は,紫外線を反射するよう形成されることを特徴とする請求項1から3および請求項5のいずれかに記載の赤外線カットフィルタ。」に訂正する(請求項6の記載を引用して記載された,請求項7?16及び19も同様に訂正する。)。

(5) 訂正事項5
特許請求の範囲の請求項7に「前記赤外線吸収層上に保護層をさらに備えることを特徴とする請求項1から6のいずれかに記載の赤外線カットフィルタ。」と記載されているのを,「前記赤外線吸収層上に保護層をさらに備えることを特徴とする請求項1から3,請求項5および6のいずれかに記載の赤外線カットフィルタ。」に訂正する(請求項7の記載を引用して記載された,請求項8?16及び19も同様に訂正する。)。

(6) 訂正事項6
特許請求の範囲の請求項12に「前記透明誘電体基板と前記赤外線吸収層との間にプライマ層をさらに備えることを特徴とする請求項1から11のいずれかに記載の赤外線カットフィルタ。」と記載されているのを,「前記透明誘電体基板と前記赤外線吸収層との間にプライマ層をさらに備えることを特徴とする請求項1から3および請求項5から11のいずれかに記載の赤外線カットフィルタ。」に訂正する(請求項12の記載を引用して記載された,請求項13?16及び19も同様に訂正する。)。

(7) 訂正事項7
特許請求の範囲の請求項13に「前記赤外線反射層は,前記透明誘電体基板側の面と対向する面が凸面となるように反っていることを特徴とする請求項1から12のいずれかに記載の赤外線カットフィルタ。」と記載されているのを,「前記赤外線反射層は,前記透明誘電体基板側の面と対向する面が凸面となるように反っていることを特徴とする請求項1から3および請求項5から12のいずれかに記載の赤外線カットフィルタ。」に訂正する(請求項13の記載を引用して記載された,請求項14?16及び19も同様に訂正する。)。

(8) 訂正事項8
特許請求の範囲の請求項14に「前記赤外線吸収色素を含有する樹脂は,PVBであることを特徴とする請求項1から13のいずれかに記載の赤外線カットフィルタ。」と記載されているのを,「前記赤外線吸収色素を含有する樹脂は,PVBであることを特徴とする請求項1から3および請求項5から13のいずれかに記載の赤外線カットフィルタ。」に訂正する(請求項14の記載を引用して記載された,請求項15,16及び19も同様に訂正する。)。

(9) 訂正事項9
特許請求の範囲の請求項15に「前記透明誘電体基板の厚みは,0.1mm?0.3mmであることを特徴とする請求項1から14のいずれかに記載の赤外線カットフィルタ。」と記載されているのを,「前記透明誘電体基板の厚みは,0.1mm?0.3mmであることを特徴とする請求項1から3および請求項5から14のいずれかに記載の赤外線カットフィルタ。」に訂正する(請求項15の記載を引用して記載された,請求項16も同様に訂正する。)。

(10)訂正事項10
特許請求の範囲の請求項16に,
「 請求項1から15のいずれかに記載の赤外線カットフィルタと,
前記赤外線カットフィルタを透過した光が入射する撮像素子と,
を備えることを特徴とする撮像装置。」

と記載されているのを,

「 請求項1から3および請求項5から15のいずれかに記載の赤外線カットフィルタと,
前記赤外線カットフィルタを透過した光が入射する撮像素子と,
を備えることを特徴とする撮像装置。」
に訂正する。

(11)訂正事項11
特許請求の範囲の請求項17に,
「 透明誘電体基板を準備するステップと,
前記透明誘電体基板の一方の面上に赤外線反射層を形成するステップと,
前記透明誘電体基板の他方の面上に赤外線吸収層を形成するステップと,
を備える赤外線カットフィルタの製造方法であって,
前記赤外線反射層は,誘電体多層膜から形成され,
前記赤外線吸収層は,赤外線吸収色素を含有する樹脂から形成され,
赤外線カットフィルタへの光の入射角が0°から35°に変化したときのカットオフ波長λ_(T50%)のシフト量をΔλ_(T50%)として,Δλ_(T50%)<25nmであり,
赤外線カットフィルタへの光の入射角が35°のときのカットオフ波長λ_(T50%)が607nm?647nmであり,
前記赤外線反射層の透過率が50%になる波長をλ_(RT50%)nmとし,前記赤外線吸収層の透過率が50%になる波長をλ_(AT50%)nmとしたときに,赤外線カットフィルタへの光の入射角が0°において,λ_(AT50%)-λ_(RT50%)≦-10nmを満たすように前記赤外線反射層および前記赤外線吸収層が形成されることを特徴とする赤外線カットフィルタの製造方法。」

と記載されているのを,
「 透明誘電体基板を準備するステップと,
前記透明誘電体基板の一方の面上に赤外線反射層を形成するステップと,
前記透明誘電体基板の他方の面上に赤外線吸収層を形成するステップと,
を備える赤外線カットフィルタの製造方法であって,
前記赤外線反射層は,誘電体多層膜から形成され,
前記赤外線吸収層は,赤外線吸収色素を含有する樹脂から形成され,
前記赤外線吸収層の分光透過率曲線における透過率の極小値が波長700nm?750nmであり,
赤外線カットフィルタへの光の入射角が0°から35°に変化したときのカットオフ波長λ_(T50%)のシフト量をΔλ_(T50%)として,Δλ_(T50%)<25nmであり,
赤外線カットフィルタへの光の入射角が35°のときのカットオフ波長λ_(T50%)が607nm?643nmであり,
前記赤外線反射層の透過率が50%になる波長をλ_(RT50%)nmとし,前記赤外線吸収層の透過率が50%になる波長をλ_(AT50%)nmとしたときに,赤外線カットフィルタへの光の入射角が0°において,λ_(AT50%)-λ_(RT50%)≦-10nmを満たすように前記赤外線反射層および前記赤外線吸収層が形成されることを特徴とする赤外線カットフィルタの製造方法。」
に訂正する(請求項17の記載を引用して記載された,請求項18も同様に訂正する。)。

(12)訂正事項12
特許請求の範囲に請求項20を新たに設けて,
「 透明誘電体基板と,
前記透明誘電体基板の一方の面上に形成された赤外線を反射する赤外線反射層と,
前記透明誘電体基板の他方の面上に形成された赤外線を吸収する赤外線吸収層と,
を備える赤外線カットフィルタであって,
前記赤外線反射層は,誘電体多層膜から形成され,
前記赤外線吸収層は,赤外線吸収色素を含有する樹脂から形成され,
赤外線カットフィルタへの光の入射角が0°から35°に変化したときのカットオフ波長λ_(T50%)のシフト量をΔλ_(T50%)として,Δλ_(T50%)<25nmであり,
赤外線カットフィルタへの光の入射角が35°のときのカットオフ波長λ_(T50%)が607nm?647nmであり,
前記赤外線反射層の透過率が50%になる波長をλ_(RT50%)nmとし,前記赤外線吸収層の透過率が50%になる波長をλ_(AT50%)nmとしたときに,λ_(AT50%)<λ_(RT50%)を満たすように前記赤外線反射層および前記赤外線吸収層が形成され,
前記赤外線吸収層上に保護層をさらに備え,
前記保護層上に可視光線の反射を防止する反射防止層をさらに備えることを特徴とする赤外線カットフィルタ。」
とする。

(13)訂正事項13
特許請求の範囲に請求項21を新たに設けて,
「 前記反射防止層は,紫外線の透過を防止する機能を有することを特徴とする請求項20に記載の赤外線カットフィルタ。」
とする。

(14)訂正事項14
特許請求の範囲に請求項22を新たに設けて,
「 透明誘電体基板と,
前記透明誘電体基板の一方の面上に形成された赤外線を反射する赤外線反射層と,
前記透明誘電体基板の他方の面上に形成された赤外線を吸収する赤外線吸収層と,
を備える赤外線カットフィルタであって,
前記赤外線反射層は,誘電体多層膜から形成され,
前記赤外線吸収層は,赤外線吸収色素を含有する樹脂から形成され,
赤外線カットフィルタへの光の入射角が0°から35°に変化したときのカットオフ波長λ_(T50%)のシフト量をΔλ_(T50%)として,Δλ_(T50%)<25nmであり,
赤外線カットフィルタへの光の入射角が35°のときのカットオフ波長λ_(T50%)が607nm?647nmであり,
前記赤外線反射層の透過率が50%になる波長をλ_(RT50%)nmとし,前記赤外線吸収層の透過率が50%になる波長をλ_(AT50%)nmとしたときに,λ_(AT50%)<λ_(RT50%)を満たすように前記赤外線反射層および前記赤外線吸収層が形成され,
前記赤外線反射層は,前記透明誘電体基板側の面と対向する面が凸面となるように反っていことを特徴とする赤外線カットフィルタ。」
とする。

(15)訂正事項15
特許請求の範囲に請求項23を新たに設けて,
「 請求項20から22のいずれかに記載の赤外線カットフィルタと,
前記赤外線カットフィルタを透過した光が入射する撮像素子と,
を備えることを特徴とする撮像装置。」
とする。

3 訂正の適否
本件訂正請求による訂正後の一群の請求項は,〔1-3,5-16,19〕,〔17,18〕,〔20-23〕である。また,特許権者から,別の訂正単位とする求めがされた。
そこで,以下,本件訂正請求による訂正後の一群の請求項ごとに,訂正の適否を判断する。
(1) 訂正後の請求項1?3,5?16及び19について
ア 訂正事項1による訂正について
訂正事項1による訂正は,請求項1に記載された「赤外線カットフィルタへの光の入射角が35°のときのカットオフ波長λ_(T50%)」を「607nm?647nm」から「607nm?643nm」に限定するとともに,請求項1に記載された「赤外線吸収層」を,「分光透過率曲線が波長700nm?750nmに透過率の極小値を有する」ものに限定する訂正である。また,この点は,請求項1の記載を引用して記載された,請求項2,3,5?16及び19についてみても,同じである。
そうしてみると,訂正事項1による訂正は,特許法120条の5第2項ただし書1号に掲げる事項(特許請求の範囲の減縮)を目的とする訂正に該当する。

さらに,本件特許の明細書の実施例2(【0046】?【0053】,【図5】,【図7】,【図10】,【図13】及び【図22】)並びに【0055】の記載からは,「赤外線カットフィルタへの光の入射角が35°のときのカットオフ波長λ_(T50%)」の上限値(特許請求の範囲の請求項1に記載されたものと有効数字を揃えたもの)として,「643nm」を導き出すことができる。加えて,本件特許の訂正前の特許請求の範囲の請求項4には,「前記赤外線吸収層の分光透過率曲線は,波長700nm?750nmに透過率の極小値を有することを特徴とする請求項1から3のいずれかに記載の赤外線カットフィルタ。」と記載されている。
そうしてみると,訂正事項1による訂正は,当業者によって,明細書又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものであるから,訂正事項1による訂正は,願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてした訂正である。

そして,訂正事項1による訂正によって,訂正前の特許請求の範囲には含まれないこととされた発明が訂正後の特許請求の範囲に含まれることとならないことは明らかであるから,訂正事項1による訂正は,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更する訂正に該当しない。

イ 訂正事項2による訂正について
訂正事項2による訂正は,特許請求の範囲の請求項4を削除する訂正である。
そうしてみると,訂正事項2による訂正は,特許法120条の5第2項ただし書1号に掲げる事項(特許請求の範囲の減縮)を目的とする訂正に該当する。また,訂正事項2による訂正が,願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてした訂正であること,及び実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更する訂正に該当しないことは,明らかである。

ウ 訂正事項3による訂正について
訂正事項3による訂正は,訂正事項2による訂正により請求項4が削除されたことに伴い,訂正後の請求項5が,削除された請求項4を引用する記載となることを回避する訂正である。また,この点は,請求項5の記載を引用して記載された請求項6?16及び19についてみても,同じである。
そうしてみると,訂正事項3による訂正は,特許法120条の5第2項ただし書3号に掲げる事項(明瞭でない記載の釈明)を目的とする訂正に該当する。また,訂正事項3による訂正が,願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものであること,及び実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものではないことは,明らかである。

エ 訂正事項4?10による訂正について
訂正事項3による訂正と同様に,訂正事項4?10による訂正も,特許法120条の5第2項ただし書3号に掲げる事項(明瞭でない記載の釈明)を目的とする訂正に該当する。また,訂正事項4?10による訂正が,願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてした訂正であること,及び実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更する訂正に該当しないことは,明らかである。

オ 小括
訂正後の請求項1?3,5?16及び19についてした訂正(訂正事項1?訂正事項10による訂正)は,特許法120条の5第2項ただし書,同法同条9項において準用する同法126条5項及び6項の規定に適合する。

(2) 訂正後の請求項17及び18について
ア 訂正事項11による訂正について
訂正事項11による訂正についての判断は,訂正事項1による訂正についての判断と同様である。
訂正事項11による訂正は,特許法120条の5第2項ただし書1号に掲げる事項(特許請求の範囲の減縮)を目的とする訂正に該当する。また,訂正事項11による訂正は,願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものであるとともに,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものではない。

イ 小括
訂正後の請求項17及び18についてした訂正(訂正事項11による訂正)は,特許法120条の5第2項ただし書,同法同条9項において準用する同法126条5項及び6項の規定に適合する。

(3) 訂正後の請求項20?請求項23について
ア 訂正事項12による訂正について
訂正事項12による訂正は,以下[A]及び[B]の要件を満たす請求項10を,新たな請求項20に記載する訂正である。
[A]請求項7?請求項9のうちいずれか一項の記載を引用して記載された請求項10のうち,請求項7を引用して記載されたものである。
[B]上記[A]で述べた請求項7が,請求項1?請求項6のうちいずれか一項の記載を引用して記載された請求項7のうち,請求項1の記載を引用して記載されたものである。
また,新たな請求項20(上記[A]及び[B]の要件を満たす請求項10)は,訂正後の請求項10に重複して記載されていない。
そうしてみると,訂正事項12による訂正は,特許法第120条の5第2項ただし書4号に掲げる事項(他の請求項の記載を引用して記載された請求項の記載を当該他の請求項の記載を引用しないものとすること)を目的とする訂正に該当する。また,訂正事項12による訂正が,願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてした訂正であること,及び実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更する訂正に該当しないことは,明らかである。

イ 訂正事項13による訂正について
訂正事項13による訂正は,前記ア[A]及び[B]の要件を満たす請求項10の記載を引用して記載された請求項11を,訂正後の請求項20の記載を引用して新たな請求項21に記載する訂正である。また,新たな請求項21は,訂正後の請求項11に,重複して記載されていない。
そうしてみると,訂正事項13による訂正は,特許法第120条の5第2項ただし書4号に掲げる事項(他の請求項の記載を引用して記載された請求項の記載を当該他の請求項の記載を引用しないものとすること)を目的とする訂正に該当する。また,訂正事項13による訂正が,願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてした訂正であること,及び実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更する訂正に該当しないことは,明らかである。

ウ 訂正事項14による訂正について
訂正事項14による訂正は,請求項1?請求項12のうちいずれか一項の記載を引用して記載された請求項13のうち,請求項1の記載を引用して記載された請求項13を,新たな請求項22に記載する訂正である。また,新たな請求項22は,訂正後の請求項13に,重複して記載されていない。
そうしてみると,訂正事項14による訂正は,特許法第120条の5第2項ただし書4号に掲げる事項(他の請求項の記載を引用して記載された請求項の記載を当該他の請求項の記載を引用しないものとすること)を目的とする訂正に該当する。また,訂正事項14による訂正が,願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてした訂正であること,及び実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更する訂正に該当しないことは,明らかである。

エ 訂正事項15による訂正について
訂正事項15による訂正は,請求項1?請求項15のうちいずれか一項の記載を引用して記載された請求項16のうち,以下[D]?[F]のいずれかに該当する請求項16を,訂正後の請求項21?22の記載を引用して新たな請求項23に記載する訂正である。
[D]前記ア[A]及び[B]の要件を満たす請求項10
[E]上記[D]で述べた請求項10を引用して記載された請求項11
[F]請求項1?請求項12のうちいずれか一項の記載を引用して記載された請求項13のうち,請求項1の記載を引用して記載された請求項13
また,訂正事項12?訂正事項14による訂正により,上記[D]で述べた請求項10?上記[F]で述べた請求項13は,それぞれ,訂正後の請求項21?請求項23に記載されることとなる。加えて,新たな請求項23は,訂正後の請求項16に,重複して記載されていない。
そうしてみると,訂正事項15による訂正は,特許法第120条の5第2項ただし書4号に掲げる事項(他の請求項の記載を引用して記載された請求項の記載を当該他の請求項の記載を引用しないものとすること)を目的とする訂正に該当する。また,訂正事項15による訂正が,願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてした訂正であること,及び実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更する訂正に該当しないことは,明らかである。

オ 小括
訂正後の請求項20?23についてした訂正(訂正事項12?訂正事項15による訂正)は,特許法120条の5第2項ただし書,同法同条9項において準用する同法126条5項及び6項の規定に適合する。

4 まとめ
以上のとおりであるから,本件訂正請求による訂正は,全て,特許法120条の5第2項ただし書,同法同条9項において準用する同法126条5項及び6項の規定に適合する。
よって,結論に記載のとおり,特許第6479863号の特許請求の範囲を,訂正請求書に添付した訂正特許請求の範囲のとおり,訂正後の請求項〔1-3,5-16,19〕,〔17,18〕,〔20-23〕について訂正することを認める。

第3 本件特許発明
本件特許の請求項1?請求項3及び請求項5?請求項23に係る発明(以下,請求項の番号とともに「本件特許発明1」などという。)は,特許請求の範囲の請求項1?請求項3及び請求項5?請求項23に記載された事項によって特定されるとおりの,下記のものである。なお,本件訂正請求により,請求項4は削除されている。



【請求項1】
透明誘電体基板と,
前記透明誘電体基板の一方の面上に形成された赤外線を反射する赤外線反射層と,
前記透明誘電体基板の他方の面上に形成された赤外線を吸収する赤外線吸収層と,
を備える赤外線カットフィルタであって,
前記赤外線反射層は,誘電体多層膜から形成され,
前記赤外線吸収層は,赤外線吸収色素を含有する樹脂から形成され,
赤外線カットフィルタへの光の入射角が0°から35°に変化したときのカットオフ波長λ_(T50%)のシフト量をΔλ_(T50%)として,Δλ_(T50%)<25nmであり,
赤外線カットフィルタへの光の入射角が35°のときのカットオフ波長λ_(T50%)が607nm?643nmであり,
前記赤外線反射層の透過率が50%になる波長をλ_(RT50%)nmとし,前記赤外線吸収層の透過率が50%になる波長をλ_(AT50%)nmとしたときに,λ_(AT50%)<λ_(RT50%)を満たすように前記赤外線反射層および前記赤外線吸収層が形成され,
前記赤外線吸収層の分光透過率曲線が波長700nm?750nmに透過率の極小値を有することを特徴とする赤外線カットフィルタ。

【請求項2】
赤外線カットフィルタへの光の入射角が0°において,λ_(AT50%)-λ_(RT50%)≦-10nmを満たすように前記赤外線反射層および前記赤外線吸収層が形成されることを特徴とする請求項1に記載の赤外線カットフィルタ。

【請求項3】
さらに,赤外線カットフィルタへの光の入射角が0°において,-50nm≦λ_(AT50%)-λ_(RT50%)を満たすように前記赤外線反射層および前記赤外線吸収層が形成されることを特徴とする請求項2に記載の赤外線カットフィルタ。

【請求項5】
前記透明誘電体基板は,ガラスから形成されることを特徴とする請求項1から3のいずれかに記載の赤外線カットフィルタ。

【請求項6】
前記赤外線反射層は,紫外線を反射するよう形成されることを特徴とする請求項1から3および請求項5のいずれかに記載の赤外線カットフィルタ。

【請求項7】
前記赤外線吸収層上に保護層をさらに備えることを特徴とする請求項1から3,請求項5および6のいずれかに記載の赤外線カットフィルタ。

【請求項8】
前記保護層は,可視光線の反射を防止する機能を有することを特徴とする請求項7に記載の赤外線カットフィルタ。

【請求項9】
前記保護層は,紫外線の透過を防止する機能を有することを特徴とする請求項7または8に記載の赤外線カットフィルタ。

【請求項10】
前記保護層上に可視光線の反射を防止する反射防止層をさらに備えることを特徴とする請求項7から9のいずれかに記載の赤外線カットフィルタ。

【請求項11】
前記反射防止層は,紫外線の透過を防止する機能を有することを特徴とする請求項10に記載の赤外線カットフィルタ。

【請求項12】
前記透明誘電体基板と前記赤外線吸収層との間にプライマ層をさらに備えることを特徴とする請求項1から3および請求項5から11のいずれかに記載の赤外線カットフィルタ。

【請求項13】
前記赤外線反射層は,前記透明誘電体基板側の面と対向する面が凸面となるように反っていることを特徴とする請求項1から3および請求項5から12のいずれかに記載の赤外線カットフィルタ。

【請求項14】
前記赤外線吸収色素を含有する樹脂は,PVBであることを特徴とする請求項1から3および請求項5から13のいずれかに記載の赤外線カットフィルタ。

【請求項15】
前記透明誘電体基板の厚みは,0.1mm?0.3mmであることを特徴とする請求項1から3および請求項5から14のいずれかに記載の赤外線カットフィルタ。

【請求項16】
請求項1から3および請求項5から15のいずれかに記載の赤外線カットフィルタと,
前記赤外線カットフィルタを透過した光が入射する撮像素子と,
を備えることを特徴とする撮像装置。

【請求項17】
透明誘電体基板を準備するステップと,
前記透明誘電体基板の一方の面上に赤外線反射層を形成するステップと,
前記透明誘電体基板の他方の面上に赤外線吸収層を形成するステップと,
を備える赤外線カットフィルタの製造方法であって,
前記赤外線反射層は,誘電体多層膜から形成され,
前記赤外線吸収層は,赤外線吸収色素を含有する樹脂から形成され,
前記赤外線吸収層の分光透過率曲線における透過率の極小値が波長700nm?750nmであり,
赤外線カットフィルタへの光の入射角が0°から35°に変化したときのカットオフ波長λ_(T50%)のシフト量をΔλ_(T50%)として,Δλ_(T50%)<25nmであり,
赤外線カットフィルタへの光の入射角が35°のときのカットオフ波長λ_(T50%)が607nm?643nmであり,
前記赤外線反射層の透過率が50%になる波長をλ_(RT50%)nmとし,前記赤外線吸収層の透過率が50%になる波長をλ_(AT50%)nmとしたときに,赤外線カットフィルタへの光の入射角が0°において,λ_(AT50%)-λ_(RT50%)≦-10nmを満たすように前記赤外線反射層および前記赤外線吸収層が形成されることを特徴とする赤外線カットフィルタの製造方法。

【請求項18】
さらに,赤外線カットフィルタへの光の入射角が0°において,-50nm≦λ_(AT50%)-λ_(RT50%)を満たすように前記赤外線反射層および前記赤外線吸収層が形成されることを特徴とする請求項17に記載の赤外線カットフィルタの製造方法。

【請求項19】
請求項14に記載の赤外線カットフィルタの製造方法であって,
透明誘電体基板を準備するステップと,
前記透明誘電体基板の一方の面上に赤外線反射層を形成するステップと,
シアニン系化合物,ジインモニウム系化合物,フタロシアニン系化合物およびアゾ系化合物から選択される赤外線吸収色素をPVBに添加して,赤外線吸収色素を含む液体状のPVB樹脂を調合するステップと,
前記液体状のPVB樹脂を,フローコート装置によって前記透明誘電体基板の他方の面上に塗布し,乾燥させるステップと,
を含むことを特徴とする赤外線カットフィルタの製造方法。

【請求項20】
透明誘電体基板と,
前記透明誘電体基板の一方の面上に形成された赤外線を反射する赤外線反射層と,
前記透明誘電体基板の他方の面上に形成された赤外線を吸収する赤外線吸収層と,
を備える赤外線カットフィルタであって,
前記赤外線反射層は,誘電体多層膜から形成され,
前記赤外線吸収層は,赤外線吸収色素を含有する樹脂から形成され,
赤外線カットフィルタへの光の入射角が0°から35°に変化したときのカットオフ波長λ_(T50%)のシフト量をΔλ_(T50%)として,Δλ_(T50%)<25nmであり,
赤外線カットフィルタへの光の入射角が35°のときのカットオフ波長λ_(T50%)が607nm?647nmであり,
前記赤外線反射層の透過率が50%になる波長をλ_(RT50%)nmとし,前記赤外線吸収層の透過率が50%になる波長をλ_(AT50%)nmとしたときに,λ_(AT50%)<λ_(RT50%)を満たすように前記赤外線反射層および前記赤外線吸収層が形成され,
前記赤外線吸収層上に保護層をさらに備え,
前記保護層上に可視光線の反射を防止する反射防止層をさらに備えることを特徴とする赤外線カットフィルタ。

【請求項21】
前記反射防止層は,紫外線の透過を防止する機能を有することを特徴とする請求項20に記載の赤外線カットフィルタ。

【請求項22】
透明誘電体基板と,
前記透明誘電体基板の一方の面上に形成された赤外線を反射する赤外線反射層と,
前記透明誘電体基板の他方の面上に形成された赤外線を吸収する赤外線吸収層と,
を備える赤外線カットフィルタであって,
前記赤外線反射層は,誘電体多層膜から形成され,
前記赤外線吸収層は,赤外線吸収色素を含有する樹脂から形成され,
赤外線カットフィルタへの光の入射角が0°から35°に変化したときのカットオフ波長λ_(T50%)のシフト量をΔλ_(T50%)として,Δλ_(T50%)<25nmであり,
赤外線カットフィルタへの光の入射角が35°のときのカットオフ波長λ_(T50%)が607nm?647nmであり,
前記赤外線反射層の透過率が50%になる波長をλ_(RT50%)nmとし,前記赤外線吸収層の透過率が50%になる波長をλ_(AT50%)nmとしたときに,λ_(AT50%)<λ_(RT50%)を満たすように前記赤外線反射層および前記赤外線吸収層が形成され,
前記赤外線反射層は,前記透明誘電体基板側の面と対向する面が凸面となるように反っていることを特徴とする赤外線カットフィルタ。

【請求項23】
請求項20から22のいずれかに記載の赤外線カットフィルタと,
前記赤外線カットフィルタを透過した光が入射する撮像素子と,
を備えることを特徴とする撮像装置。

第4 当合議体が通知した取消しの理由
(新規性,進歩性)本件特許の請求項1?3,5及び16?18に係る発明は,本件出願前に日本国内又は外国において頒布された刊行物(甲1)に記載された発明であるから,特許法29条1項3号に該当し,特許を受けることができない。また,本件特許の請求項1?3,5?9,12及び15?18に係る発明は,本件出願前に日本国内又は外国において頒布された刊行物(甲1)に記載された発明に基づいて,本件出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。
甲1:特開2012-103340号公報
参考文献1:「ABS670T」,[online],[令和元年11月22日検索],インターネット<URL:https://exciton.luxottica.com/media/productattach/Datasheet/06705.pdf>
参考文献2:(欠番)
参考文献3:特開2011-101089号公報
参考文献4:特開2009-154489号公報
参考文献5:特開2008-108809号公報
参考文献6:国際公開第2011/158635号明細書
参考文献7:特開2008-70827号公報

第5 当合議体の判断
1 甲1の記載及び甲1発明
(1) 甲1の記載
本件特許の出願前に頒布された刊行物である甲1には,以下の記載がある。なお,下線は当合議体が付したものであり,引用発明の認定や判断等に活用した箇所を示す。
ア 「【技術分野】
【0001】
本発明は,近赤外線カットフィルターに関する。詳しくは,本発明は,十分な視野角とハンダリフロー耐熱性を合わせ持ち,特にCCD,CMOS等の固体撮像素子用視感度補正フィルターとして好適に用いることができる近赤外線カットフィルターに関する。
【背景技術】
【0002】
…(省略)…
【0005】
しかしながら,ガラス基板に屈折率の異なる金属酸化物を交互に積層した近赤外線カットフィルターは,垂直入射光と斜め入射光に対して,それぞれ光学特性が異なるといった視野角に劣るものであった。
…(省略)…
【0006】
本出願人は,特開2005-338395号公報(特許文献2)にてノルボルネン系樹脂製基板と近赤外線反射膜を有する近赤外線カットフィルターを提案している。特許文献2に記載された近赤外線カットフィルターは,近赤外線カット能,耐吸湿性,耐衝撃性に優れ,薄肉化も可能であるが,十分な視野角の値をとることはできず,熱可塑性樹脂を基板として用いているために耐熱性に劣り,ハンダリフロー工程には使用できない場合があった。」

イ 「【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は,視野角が広く,さらに,近赤外線カット能に優れ,更にハンダリフロー工程での使用に適した耐熱性を有する,特にCCD,CMOS等の固体撮像装置に好適に用いることができる近赤外線カットフィルターを得ることを目的とする。さらに,前記近赤外線カットフィルターを具備する固体撮像素子および固体撮像装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の近赤外線カットフィルターは,ガラス基板の少なくとも片面に樹脂層を有する積層板を含み,透過率が下記(A)?(D)を満たす。
(A)波長430?580nmの範囲において,近赤外線カットフィルターの垂直方向から測定した場合の透過率の平均値が75%以上。
(B)波長800?1000nmの範囲において,近赤外線カットフィルターの垂直方向から測定した場合の透過率の平均値が20%以下。
(C)800nm以下の波長領域において,近赤外線カットフィルターの垂直方向から測定した場合の透過率が70%となる最も長い波長(Xa)と,波長580nm以上の波長領域において,近赤外線カットフィルターの垂直方向から測定した場合の透過率が30%となる最も短い波長(Xb)との差の絶対値|Xa-Xb|が75nm未満。
(D)波長560?800nmの範囲において,近赤外線カットフィルターの垂直方向から測定した場合の透過率が50%となる波長の値(Ya)と,近赤外線カットフィルターの垂直方向に対して30°の角度から測定した場合の透過率が50%となる波長の値(Yb)の差の絶対値|Ya-Yb|が15nm未満。
…(省略)…
【0015】
本発明の近赤外線カットフィルターは,前記樹脂層のガラス基板が積層された面の反対側の面に,可視光用反射防止層が形成されていることが好ましい。
…(省略)…
【発明の効果】
【0016】
本発明の近赤外線カットフィルターは,視野角が広く,近赤外線カット能に優れ,更にハンダリフロー工程を有する製造法に適用するのに十分な耐熱性を有する。」

ウ 「【発明を実施するための形態】
【0018】
以下,本発明について具体的に説明する。
【0019】
〔近赤外線カットフィルター〕
本発明の近赤外線カットフィルターは,ガラス基板の少なくとも片面に樹脂層を有する積層板を含み,その光線透過率が上記(A)?(D)を満たすことを特徴とする。
…(省略)…
【0023】
上記(D)波長560?800nmの範囲において,近赤外線カットフィルターの垂直方向から測定した場合の透過率が50%となる波長の値(Ya),および波長560?800nmの範囲において,垂直方向に対して30°の角度から測定した場合の透過率が50%となる波長の値(Yb)の差の絶対値|Ya-Yb|が15nm未満であり,より好ましくは13nm以下,特に好ましくは10nm以下であることが好ましい。
【0024】
YaとYbの差の絶対値が上記の範囲にあると,光の透過特性の角度依存性が小さな近赤外線カットフィルターを得ることができ,結果的にCCD,CMOS等の撮像素子へと入射する光の角度依存性が小さくなり,撮影された画像の色の再現性に優れることとなる。
…(省略)…
【0026】
《積層板》
上記積層板は,ガラス基板の少なくとも片面に樹脂層を有する。
…(省略)…
【0027】
前記積層板のλmaxは,好ましくは640?770(nm),より好ましくは660?720(nm)の範囲にある。前記λmaxを上記波長範囲に有することで,近赤外光に感度を有するCMOS等に入射される光の波長範囲が限定されるため,CMOS等により撮像された画像の色が,実際に目視で観察される色合いにより近いものとなる。
…(省略)…
【0029】
≪ガラス基板≫
本発明に用いられるガラス基板としては,主成分として,珪酸塩を含む基板であれば,特に限定されるものではなく,結晶構造を有する石英ガラス基板等が挙げられる。
…(省略)…
【0030】
ガラス基板の厚みは,好ましくは30?1000μm,さらに好ましくは50?750μm,特に好ましくは50?700μmである。ガラス基板の厚みが30μmより薄い場合には,ガラス基板そのものが割れやすくなってしまうため,ハンドリングが極めて困難となる場合がある。また,ガラス基板の厚みが1000μmより厚い場合には,近赤外線カットフィルターの薄膜化という本来の目的が達成できなくなってしまう場合がある。
…(省略)…
【0032】
≪樹脂層≫
本発明に用いられる樹脂層は,ハンダリフロー工程に適用可能な耐熱性を有する樹脂と,吸収極大を波長600?800nmの間に有する近赤外線吸収剤を含むことが好ましい。
【0033】
<耐熱性を有する樹脂>
前記耐熱性を有する樹脂としては,ポリイミド系樹脂,ポリエチレンナフタレート系樹脂,ポリエーテルスルホン系樹脂,ポリエーテル系樹脂(ポリエーテルケトン系樹脂,ポリエーテルニトリル系樹脂),ポリカーボネート,ポリアリレート,および環状オレフィン系樹脂等を挙げることができる。これらの樹脂は1種単独でも,2種以上を混合して用いても良い。
【0034】
耐熱性を有する樹脂は,ガラス転移温度(Tg)が,好ましくは220?380℃,さらに好ましくは240?360℃,特に好ましくは250?350℃であることがハンダリフロー工程に対する耐性の面で望ましい。
…(省略)…
【0051】
<近赤外線吸収剤>
本発明の近赤外線カットフィルターに用いることができる近赤外線吸収剤は,(iv)大気中で熱重量分析にて測定した5%重量減少温度が,好ましくは250℃以上であり,更に好ましくは260℃以上,特に好ましくは270℃以上である。重量減少温度が前記条件を満たすことで,高温条件下でも分解することなく,ハンダリフロー工程での使用に十分な熱性が確保され,安定した品質の近赤外線カットフィルターを提供することができる。
【0052】
また本発明に用いられる近赤外線吸収剤は,波長600?800nmに吸収極大があることが好ましく,さらに好ましくは640?770(nm),特に好ましくは660?720(nm)の範囲に吸収極大を有することが望ましい。
…(省略)…
【0055】
前記近赤外線吸収剤の市販品としては,具体的には,たとえば,Lumogen IR765,Lumogen IR788(BASF製);ABS643,ABS654,ABS667,ABS670T,IRA693N,IRA735(Exciton製);SDA3598,SDA6075,SDA8030,SDA8303,SDA8470,SDA3039,SDA3040,SDA3922,SDA7257(H.W.SANDS製);TAP-15,IR-706(山田化学工業製);を挙げることができる。
これらの近赤外線吸収剤は,1種単独で用いてもよいし,2種以上を併用してもよい。
【0056】
本発明において,前記近赤外線吸収剤の使用量は所望の特性に応じて適宜選択されるが,本発明に用いる樹脂100重量%に対して,通常0.01?10.0重量%,好ましくは0.01?8.0重量%,さらに好ましくは0.01?5.0重量%である。
近赤外線吸収剤の使用量が上記範囲内にあると,吸収波長の入射角依存性が小さく,近赤外線カット能,430?580nmの範囲における透過率および強度に優れた近赤外線カットフィルターを得ることができる。
【0057】
近赤外線吸収剤の使用量が上記範囲より多いと,近赤外線吸収剤の特性がより強く表れる近赤外線カットフィルターを得ることができる場合もあるが,430?580nmの範囲における透過率が所望の値より低下する恐れや,樹脂層や近赤外線カットフィルターとして強度が低下する恐れがあり,近赤外線吸収剤の使用量が上記範囲より少ないと,430?580nmの範囲における透過率が高い近赤外線カットフィルターを得ることができる場合もあるが,近赤外線吸収剤の特性が表れにくく,吸収波長の入射角依存性が小さな近赤外線カットフィルターを得ることが困難になる場合がある。
【0058】
<樹脂層の光学特性>
本発明の樹脂層は,(i)吸収極大波長(以下「λmax」ともいう)を600?800(nm)の間に有し,好ましくは640?770(nm),より好ましくは660?720(nm)に有する。前記λmaxを上記波長範囲に有することで,近赤外光に感度を有するCMOSに入射される光の波長範囲が限定されるため,CMOS等により撮像された画像の色が,実際に目視で観察される色合いにより近いものとなる。
【0059】
〈その他の成分〉
前記樹脂層には,本発明の効果を損なわない範囲において,さらに,酸化防止剤,紫外線吸収剤および界面活性剤等のその他の成分を添加することができる。
…(省略)…
【0084】
≪硬化層≫
前記樹脂層とガラス基板は,互いに化学的な組成,および熱線膨張率が異なるため,樹脂層とガラス基板との間に硬化層を設けて,それらの十分な密着性を確保することが好ましい。
…(省略)…
【0106】
≪誘電体多層膜≫
本発明に用いられる誘電体多層膜は,近赤外線を反射および/または吸収する能力を有する膜である。本発明において,誘電体多層膜は前記積層板の片面に設けてもよいし,両面に設けてもよい。片面に設ける場合には,製造コストや製造容易性に優れ,両面に設ける場合には,高い強度を有し,ソリの生じにくい近赤外線カットフィルターを得ることができる。
…(省略)…
【0108】
あるいは,近赤外域に吸収を有する貴金属膜を近赤外線カットフィルターの可視光の透過率に影響のないよう,厚みと層数を考慮して用いることも好ましい。
誘電体多層膜としては具体的には,高屈折率材料層と低屈折率材料層とを交互に積層した構成を好適に用いることができる。
…(省略)…
【0111】
前記積層板に誘電体多層膜を形成する方法としては,特に制限はないが,例えば,CVD法,スパッタ法,真空蒸着法などにより,高屈折率材料層と低屈折率材料層とを交互に積層した誘電体多層膜を形成し,これを前記積層板に接着剤で張り合わせる方法,前記積層板上に,直接,CVD法,スパッタ法,真空蒸着法などにより,高屈折率材料層と低屈折率材料層とを交互に積層した誘電体多層膜を形成する方法を挙げることができる。
【0112】
これら高屈折率材料層および低屈折率材料層の各層の厚みは,通常,遮断しようとする赤外線波長λ(nm)の0.1λ?0.5λの厚みである。厚みが上記範囲外になると,屈折率(n)と膜厚(d)との積(n×d)がλ/4で算出される光学的膜厚と大きく異なって反射・屈折の光学的特性の関係が崩れてしまい,特定波長の遮断・透過をコントロールしにくい傾向にある。
【0113】
また,誘電体多層膜における積層数は,好ましくは5?50層であり,より好ましくは10?45層である。
…(省略)…
【0114】
…(省略)…前記誘電体多層膜を前記積層板の両面に設ける場合には,可視光反射防止層を設けなくてもよく,前記積層板の片面に前記誘電体多層膜を設ける場合には,該積層板の誘電体多層膜が積層された面と反対側の表面に形成することが好ましい。
…(省略)…
【0118】
〔近赤外線カットフィルターの用途〕
これら本発明で得られる近赤外線カットフィルターは,入射角依存性が小さく,優れた近赤外線カット能をする。したがってカメラモジュールのCCDやCMOSなどの固体撮像素子用視感度補正用として有用である。
…(省略)…
【0119】
本発明の近赤外線カットフィルターは特に入射角依存性が小さいため,一般に,レンズ,カバーガラス,CMOS等から構成されるカメラモジュールの任意の位置に組み込むことが可能となり,更にハンダリフロー工程に対応できる耐熱性を有するため,携帯電話用カメラモジュールを携帯電話のメイン基板へ完全自動実装することが可能となる,上記の特長から特に,携帯電話用カメラモジュール用の近赤外線カットフィルターとして,品質・コスト・デザインの面で大幅なメリットが期待される。」

エ 「【実施例】
【0120】
…(省略)…
【0122】
波長別透過率特性
波長350?1200nmの範囲の波長別の光線透過率を日立分光光度計U-4100(日立製作所社製)を用いて測定した。
…(省略)…
【0126】
外観評価
下記実施例,比較例で得られた近赤外線カットフィルターの外観を,反りや歪みが全く見られない場合を[◎],若干の反りがあるものの実際の使用に支障がない場合を[○],反りや歪みがひどく,実際の使用が困難な場合を[×]として評価した。
…(省略)…
【0134】
(硬化性組成物の調製)
<調製例1> 《硬化性組成物溶液(G-1)の調製》
ジペンタエリスリトールペンタアクリレートとジペンタエリスリトールヘキサアクリレートとの混合物(商品名:KAYARAD DPHA(日本化薬(株)製))20重量部,9,9-ビス[4-(2-アクリロイルオキシエトキシ)フェニル]フルオレン30重量部,メタクリル酸20重量部,メタクリル酸グリシジル30重量部,3-グリシドキシプロピルトリメトキシシラン3重量部,1-ヒドロキシシクロヘキシルベンゾフェノン(商品名:IRGACURE184,チバ・スペシャリティ・ケミカル(株)製)5重量部およびサンエイドSI-110主剤(三新化学工業(株)製)1重量部を混合し,固形分濃度が50wt%になるようにジエチレングリコールエチルメチルエーテルに溶解した後,孔径0.2μmのミリポアフィルタでろ過し,硬化性組成物溶液(G-1)を調製した。
…(省略)…
【0139】
(近赤外線吸収剤入り樹脂溶液の調製)
<調製例6> 樹脂溶液(D-1)の調製
合成例2で得られたポリエーテル系樹脂(P-1)に近赤外線吸収剤ABS670T(Exciton社製)を樹脂/近赤外線吸収剤の比が100重量部/1.00重量部となるように添加し,固形分濃度が10wt%となるようにジクロロメタンに溶解した後,合成例4で得られた界面活性剤(共重合体(S-1))の1%DMAc希釈溶液を樹脂/界面活性剤の比が100重量部/0.10重量部となるように添加した。
これらを混合した後,孔径5μmのミリポアフィルタでろ過して樹脂溶液(D-1)を得た。
…(省略)…
【0144】
<調製例11> 樹脂溶液(D-6)の調製
合成例2で得られたポリエーテル系樹脂(P-1)に近赤外線吸収剤Lumogen IR765(BASF社製)を樹脂/近赤外線吸収剤の比が100重量部/0.10重量部となるように添加し,固形分濃度が10wt%となるようにジクロロメタンに溶解した後,合成例6で得られた界面活性剤(共重合体(S-3))の1%DMAc希釈溶液を樹脂/界面活性剤の比が100重量部/0.15重量部となるように添加した。
これらを混合した後,孔径5μmのミリポアフィルタでろ過して樹脂溶液(D-6)を得た。
…(省略)…
【0160】
(積層板の作成)
<積層板作製例1> 積層板(K-1)の作製
700μmの厚みを有するガラス基板に調製例1で得られた硬化性組成物溶液(G-1)をスピンコートで塗布した後,ホットプレート上80℃で2分間加熱し溶剤を揮発除去し,硬化層を形成した。この際,該硬化層の膜厚が0.8μm程度となるようにスピンコーターの塗布条件を調整した。次に,該硬化層上に,スピンコーターを用いて調製例6で得られた樹脂溶液(D-1)を長波長側半値が646nmとなるような条件で塗布し,ホットプレート上80℃で5分間加熱し,溶剤を揮発除去し,樹脂層を形成した。次いで,ガラス面側からコンベア式露光機を用いて露光(露光量1J/cm^(2),照度200mW)し,その後オーブン中230℃で20分間焼成して積層板(K-1)を得た。
…(省略)…
【0172】
<積層板作製例12> 積層板K-12の作製
50μmの厚みを有するガラス基板に調製例2で得られた硬化性組成物溶液(G-2)をスリットコートで塗布した後,ホットプレート上80℃で2分間加熱し,溶剤を揮発除去し,硬化層を形成した。この際,硬化層の膜厚が1.0μm程度となるようにスリットコーターの塗布条件を調整した。次に,ガラス基板の硬化層上に,スリットコーターを用いて調製例11で得られた樹脂溶液(D-6)を長波長側半値が646nmとなるような条件で塗布し,ホットプレート上80℃で5分間加熱し,溶剤を揮発除去した。次いで,ガラス面側からコンベア式露光機を用いて露光(露光量1J/cm^(2),照度200mW)し,その後オーブン中230℃で20分間焼成して積層板(K-12)を得た。
…(省略)…
【0181】
上記で得られた積層板(K-1)?(K-18),積層板(R-1)および積層板(R-2)における,樹脂層の膜厚,ガラス基板に対する樹脂層の密着性,およびこれら積層板の吸収極大波長を測定した。結果を下記表1のそれぞれ対応する,実施例K'-1?K'-18,実施例R'-1および実施例R'-2の欄に示す。
なお,樹脂層の膜厚は,触針式膜厚計を用いて測定し,積層板の吸収極大波長は分光光度計を用いて測定した。
【0182】
<近赤外線カットフィルター作成例>
積層板K-1?18,及び積層板R-1?2のガラス基板上に,蒸着温度200℃で近赤外線を反射する多層蒸着膜(誘電体多層膜)〔シリカ(SiO_(2):膜厚20?250nm)層とチタニア(TiO_(2):膜厚70?130nm)層とが交互に積層されてなるもの,積層数44〕を形成し,対応する近赤外線カットフィルターK'-1?18,及びR'-1?2を得た。多層蒸着膜の総厚はいずれも約5.5μmであった。
【0183】
<実施例K'-1?18,比較例R’-1?2>
得られた近赤外線カットフィルターK'-1?18,及びR'-1?2について光学特性評価,リフローテスト,密着性評価および外観評価を行った。結果について,下記表1にまとめる。なお,表中Xaは800nm以下の波長領域において,近赤外線カットフィルターの垂直方向から測定した場合の透過率が70%となる最も長い波長,Xbは波長580nm以上の波長領域において,近赤外線カットフィルターの垂直方向から測定した場合の透過率が30%となる最も短い波長,Yaは垂直方向から測定した場合の波長560?800nmの範囲において透過率が50%となる波長の値,Ybは垂直方向に対して30°の角度から測定した場合の波長560?800nmの範囲において透過率が50%となる波長の値,Zaは半田リフロー試験後における垂直方向から測定した場合の波長560?800nmの範囲において透過率が50%となる波長の値である。
【0184】
【表1】


【産業上の利用可能性】
【0185】
本発明の近赤外線カットフィルターは,デジタルスチルカメラ,携帯電話用カメラ,デジタルビデオカメラ,PCカメラ,監視カメラ,自動車用カメラ,携帯情報端末,パソコン,ビデオゲーム,医療機器,USBメモリー,携帯ゲーム機,指紋認証システム,デジタルミュージックプレーヤー,玩具ロボット,およびおもちゃ等に好適に用いることができる。さらに,自動車や建物などのガラス等に装着される熱線カットフィルターなどとしても好適に用いることができる。」

(2) 甲1発明
甲1の【0160】には,「積層板K-1」の作製例が記載され,【0182】には,「積層板K-1」を用いた「近赤外線カットフィルターK’-1」の作製例が記載されている。また,【0183】及び【0184】【表1】には,その光学特性等の評価結果が記載され,【0001】には,その用途が記載されている。
そうしてみると,甲1には,「近赤外線カットフィルター」として,次の発明が記載されている(以下「甲1発明」という。)。なお,【0160】に記載の「硬化性組成物溶液(G-1)」及び「樹脂溶液(D-1)」は,それぞれ,【0134】及び【0139】に記載のものであるが,事案に鑑みて,それぞれ,「硬化性組成物溶液」及び「近赤外線吸収剤ABS670T(Exciton社製)を含む樹脂溶液」と略記する。
「 十分な視野角とハンダリフロー耐熱性を合わせ持ち,特にCCD,CMOS等の固体撮像素子用視感度補正フィルターとして好適に用いることができる近赤外線カットフィルターであって,
700μmの厚みを有するガラス基板に硬化性組成物溶液をスピンコートで塗布した後,ホットプレート上80℃で2分間加熱し溶剤を揮発除去し,硬化層を形成し,この際,該硬化層の膜厚が0.8μm程度となるようにスピンコーターの塗布条件を調整し,次に,硬化層上に,スピンコーターを用いて近赤外線吸収剤ABS670T(Exciton社製)を含む樹脂溶液を長波長側半値が646nmとなるような条件で塗布し,ホットプレート上80℃で5分間加熱し,溶剤を揮発除去し,樹脂層を形成し,次いで,ガラス面側からコンベア式露光機を用いて露光(露光量1J/cm^(2),照度200mW)し,その後オーブン中230℃で20分間焼成して積層板を得,ここで,積層板の樹脂層膜厚は4.0μm,吸収極大波長は681nmであり,
積層板のガラス基板上に,蒸着温度200℃で近赤外線を反射する誘電体多層膜〔シリカ(SiO_(2):膜厚20?250nm)層とチタニア(TiO_(2):膜厚70?130nm)層とが交互に積層されてなるもの,積層数44〕を形成して得た,
430?580nmにおける透過率の平均値が85%,800?1000nmにおける透過率の平均値が1%以下,垂直方向から測定した場合の波長560?800nmの範囲において透過率が50%となる波長の値Yaと垂直方向に対して30°の角度から測定した場合の波長560?800nmの範囲において透過率が50%となる波長の値Ybとの差の絶対値|Ya-Yb|が5nmである,近赤外線カットフィルター。」

2 対比及び判断
(1) 対比
本件特許発明1と甲1発明を対比すると,以下のとおりとなる。
ア 赤外線カットフィルタ
甲1発明の「近赤外線カットフィルター」は,「800?1000nmにおける透過率の平均値が1%以下」である。
そうしてみると,甲1発明の「近赤外線カットフィルター」は,本件特許発明1の「赤外線カットフィルタ」に相当する。

イ 透明誘電体基板
甲1発明の「近赤外線カットフィルター」は,「700μmの厚みを有するガラス基板に…硬化層を形成し」,「次に,硬化層上に…樹脂層を形成し」,「次いで,…露光…焼成して積層板を得」,「積層板のガラス基板上に…誘電体多層膜…を形成して得た」ものである。
上記の製造工程からみて,甲1発明の「ガラス基板」は,「近赤外線カットフィルター」における基板ということができる。また,ガラスが透明であり,誘電体であることは技術常識である。
そうしてみると,甲1発明の「ガラス基板」は,本件特許発明1の「透明誘電体基板」に相当する。

ウ 赤外線吸収層
甲1発明の「近赤外線カットフィルター」は,「700μmの厚みを有するガラス基板に…硬化層を形成し」,「次に,硬化層上に,スピンコーターを用いて近赤外線吸収剤ABS670T(Exciton社製)を含む樹脂溶液を長波長側半値が646nmとなるような条件で塗布し,ホットプレート上80℃で5分間加熱し,溶剤を揮発除去し,樹脂層を形成し,次いで,ガラス面側からコンベア式露光機を用いて露光(露光量1J/cm^(2),照度200mW)し,その後オーブン中230℃で20分間焼成して積層板を得」,「積層板のガラス基板上に…誘電体多層膜…を形成して得た」ものである。
上記の構成からみて,甲1発明の「近赤外線カットフィルター」は,「ガラス基板」の,(誘電体多層膜が形成された面に対し)他方の面上に形成された「近赤外線吸収剤ABS670T(Exciton社製)を含む」「樹脂層」を備える。
そうしてみると,甲1発明の「樹脂層」は,本件特許発明1の「前記透明誘電体基板の他方の面上に形成された赤外線を吸収する」とされる,「赤外線吸収層」に相当する。
(当合議体注:甲1発明の「近赤外線吸収剤ABS670T(Exciton社製)」の光吸収特性は,参考文献1に記載のとおり,波長650?700nmの範囲に吸収ピークを有する。そして,この波長は,通常の意味でいう「赤外線」の範囲外ともいえる。しかしながら,本件特許の明細書の【0037】には,波長400nm?600nmが可視領域であると理解できる記載があり,また,【0034】には,600?700nmに赤外線カットフィルタのカットオフ波長が設定されると理解できる記載がある。そこで,甲1発明でいう「近赤外線」も,本件特許発明1でいう「赤外線」の範囲に含まれると理解し,以上のとおり対比する。)

エ 赤外線反射層
甲1発明の「近赤外線カットフィルター」は,「積層板のガラス基板上に,蒸着温度200℃で近赤外線を反射する誘電体多層膜〔シリカ(SiO_(2):膜厚20?250nm)層とチタニア(TiO_(2):膜厚70?130nm)層とが交互に積層されてなるもの,積層数44〕を形成して得た」ものである。
上記の構成からみて,甲1発明の「近赤外線カットフィルター」は,「ガラス基板」の一方の面上に形成された「近赤外線を反射する誘電体多層膜」を備える。また,前記イで述べた製造工程からみて,甲1発明の「誘電体多層膜」は,「かさなりをなすものの1つ」(広辞苑6版),すなわち「層」といえる。さらに,甲1発明の「近赤外線カットフィルター」の「800?1000nmにおける透過率の平均値が1%以下」という特性が,この「誘電体多層膜」によってもたらされていることは,技術的にみて明らかである。
そうしてみると,甲1発明の「誘電体多層膜」は,本件特許発明1の「前記透明誘電体基板の一方の面上に形成された赤外線を反射する」とされる,「赤外線反射層」に相当する。

オ 赤外線反射層及び赤外線吸収層の材料
前記ウ及びエで述べた構成からみて,甲1発明の「誘電体多層膜」及び「樹脂層」は,それぞれ,本件特許発明1における,「前記赤外線反射層は,誘電体多層膜から形成され」及び「前記赤外線吸収層は,赤外線吸収色素を含有する樹脂から形成され」という要件を満たす。

カ 赤外線カットフィルタ
前記イ?エからみて,甲1発明の「近赤外線カットフィルター」は,本件特許発明1の「赤外線カットフィルタ」における,「透明誘電体基板と」,「赤外線反射層と」,「赤外線吸収層と」,「を備える」という要件を満たす。

(2) 一致点及び相違点
ア 一致点
本件特許発明1と甲1発明は,次の構成で一致する。
「 透明誘電体基板と,
前記透明誘電体基板の一方の面上に形成された赤外線を反射する赤外線反射層と,
前記透明誘電体基板の他方の面上に形成された赤外線を吸収する赤外線吸収層と,
を備える赤外線カットフィルタであって,
前記赤外線反射層は,誘電体多層膜から形成され,
前記赤外線吸収層は,赤外線吸収色素を含有する樹脂から形成された,
赤外線カットフィルタ。」

イ 相違点
本件特許発明1と甲1発明は,次の点で,相違する。
(相違点1)
「赤外線カットフィルタ」が,本件特許発明1は,「光の入射角が0°から35°に変化したときのカットオフ波長λ_(T50%)のシフト量をΔλ_(T50%)として,Δλ_(T50%)<25nmであり」,「光の入射角が35°のときのカットオフ波長λ_(T50%)が607nm?643nmであり」,「前記赤外線反射層の透過率が50%になる波長をλ_(RT50%)nmとし,前記赤外線吸収層の透過率が50%になる波長をλ_(AT50%)nmとしたときに,λ_(AT50%)<λ_(RT50%)を満たすように前記赤外線反射層および前記赤外線吸収層が形成され」ているのに対して,甲1発明は,これらが明らかではなく,また,「赤外線吸収層」が,本件特許発明1は,「分光透過率曲線が波長700nm?750nmに透過率の極小値を有する」のに対して,甲1発明は,この要件を満たさない点。
(当合議体注:甲1の【0184】の【表1】に記載された吸収極大波長は,681nmである。)

(3) 新規性についての判断
本件特許発明1と甲1発明は,相違点1において相違する。
したがって,本件特許発明1は,甲1に記載された発明であるということができない。

(4) 進歩性についての判断
甲1発明の「近赤外線吸収剤ABS670T(Exciton社製)」は,甲1の【0055】に「近赤外線吸収剤の市販品」として列挙されたものの一つである。
そうしてみると,当業者が,甲1発明の「近赤外線吸収剤ABS670T(Exciton社製)」を,甲1の【0055】に記載されたものや,【0051】及び【0052】に記載された要件を満たす公知の近赤外線吸収剤に替えてみることは,当業者における通常の創意工夫の範囲内の事項である。そして,甲1の【0055】には,「IRA735」(Exciton製),「SDA3598」及び「SDA3922」(H.W.SANDS製)のように,「分光透過率曲線が波長700nm?750nmに透過率の極小値を有する」ものも,幾つか挙げられている。
例えば,「IRA735」の分光透過率曲線は,以下のとおりである(当合議体注:インターネット<URL:https://exciton.luxottica.com/media/productattach/Datasheet/07350.pdf>から取得した。)。


しかしながら,甲1発明の「近赤外線カットフィルター」は,誘電体多層膜に起因する光の透過特性(透過率が50%となる波長)の角度依存性が,「近赤外線吸収剤ABS670T(Exciton社製)」の光の吸収特性により隠蔽され,「5nm」という小さな値となるまで抑えられているものである(当合議体注:この点は,甲1の【0005】,【0056】及び【0057】の記載からも確認される事項である。)。そして,仮に,甲1発明の「近赤外線吸収剤ABS670T(Exciton社製)」を「IRA735」に替えてしまうと,上記の隠蔽ができなくなり,「入射角依存性が小さいため,一般に,レンズ,カバーガラス,CMOS等から構成されるカメラモジュールの任意の位置に組み込むことが可能」(【0119】)ではなくなってしまう。
したがって,甲1発明の「近赤外線カットフィルター」に求められる入射角依存性が小さいという透過率特性を前提とすれば,甲1発明の「近赤外線吸収剤ABS670T(Exciton社製)」を「IRA735」に替えることには,阻害要因があるといえる(「SDA3598」及び「SDA3922」についても,同様である。)。

ところで,甲1発明の「近赤外線カットフィルター」の透過率特性を,例えば,カットオフ波長が700nm程度となるように設計変更する場合においては,「近赤外線吸収剤ABS670T(Exciton社製)」に替えて「IRA735」が採用されるべきである。
しかしながら,この場合においては,相違点1に係る本件特許発明1の,「光の入射角が35°のときのカットオフ波長λ_(T50%)が607nm?643nmであり」という要件を満たすことができなくなる。
したがって,仮に,このような設計変更をしても,本件特許発明1の構成に到ることはない。
(当合議体注:特許異議申立人は,相違点1に係る本件特許発明1の,「光の入射角が35°のときのカットオフ波長λ_(T50%)が607nm?643nm」という要件,及び「分光透過率曲線が波長700nm?750nmに透過率の極小値を有する」という要件の2つを両立し得る赤外線吸収色素を示していない。また,甲1の【0010】に記載された要件(C)及び【0055】に列挙された赤外線吸収剤からみて,甲1発明の「近赤外線カットフィルター」は,比較的狭い光吸収半値幅を持つ赤外線色素を用いることにより,比較的急峻なカットオフ特性を具備するように設計されたものと理解される。このような甲1発明と,上記2つの要件を満たす本件特許発明1の「赤外線カットフィルタ」とは,設計思想の段階から相違すると考えられる。)

さらに進んで検討すると,甲1の【0055】には,「これらの近赤外線吸収剤は,1種単独で用いてもよいし,2種以上を併用してもよい。」と記載されている。しかしながら,甲1の【0184】の【表1】の実施例K’-1の評価結果(既に優れたものである)に接した当業者が,甲1発明において「IRA735」を併用することを動機付けられるとはいえない。かえって,「IRA735」の分光透過率曲線(上記)からみて,甲1発明において「IRA735」を併用すると,「430?580nmにおける透過率の平均値が85%」よりも低下すると懸念される。

以上のとおりであるから,本件特許発明1は,甲1発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものではない。

(5) 特許異議申立人の主張について
特許異議申立人は,令和2年7月20日付け意見書(以下「意見書」という。)において,塗布膜では,膜厚を調整して塗布する(膜厚を大きくする)ことで,半値波長を646nmに合わせることは技術的に可能であるとして,甲1の【0144】及び【0172】に記載の赤外線吸収色素「Lumogen IR765(BASF社製)」の例を挙げつつ,当業者であれば,「IRA735」を使用して,光の入射角が35°のときのカットオフ波長λ_(T50%)を607nm?643nmの範囲内に収めることも容易になし得ると主張する(意見書5?6頁)。
しかしながら,「Lumogen IR765(BASF社製)」を用いた樹脂層(積層板)の吸収極大波長は「769nm」(甲1の【0184】の【表1】の実施例K’-12)であるから,相違点1に係る本件特許発明1の,「分光透過率曲線が波長700nm?750nmに透過率の極小値を有する」という要件を満たさない。また,甲1発明の「近赤外線吸収剤ABS670T(Exciton社製)」に替えて「IRA735」を採用しつつ,膜厚を厚くすれば(厚さ当たりの使用量を増やせば),光の入射角が35°のときのカットオフ波長λ_(T50%)を607nm?643nmの範囲内に収めることも,技術的に(理論上は)不可能ではない。しかしながら,この場合には,「IRA735」の分光透過率曲線(前記)からみて,「430?580nmにおける透過率の平均値」が極めて悪化し,「固体撮像素子用視感度補正フィルターとして好適に用いることができる」ものではなくなると認められる。
したがって,特許異議申立人が主張するような設計変更は,技術的に(理論上は)可能であるとしても,当業者が実際に行うものであるとはいえない。

(6) 小括
本件特許発明1は,甲1に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるということができない。

3 意見書で追加された新たな特許異議申立ての理由について
特許異議申立人は,分光透過率曲線の極小値を確認する場合,測定ピッチ等の測定条件の違いによって極小値が変動するとして,本件特許の発明の詳細な説明の記載は,当業者が本件特許発明1の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであるということができないから,特許法36条4項1号に規定する要件を満たしていないと主張する。
しかしながら,請求項1には,「前記赤外線吸収層の分光透過率曲線が波長700nm?750nmに透過率の極小値を有する」と記載されている。したがって,本件特許発明1における分光透過率曲線の極小値が,少なくとも,これを峻別できる程度の精度で測定すべきものであることは明らかである(当合議体注:甲1の【0122】及び【0184】の【表1】の記載からも明らかなとおり,市販の機器で容易に測定可能な精度である。)。
なお,当業者が,本件特許発明1の「赤外線カットフィルタ」を,本件特許の発明の詳細な説明の記載から読み取ることができ,作ることができ,かつ,使用することができることは,明らかである。

したがって,特許異議申立人の主張が,新たな取消しの理由であり採用できるか否かについて検討するまでもなく,特許異議申立人が主張する特許異議申立ての理由によっては,本件特許発明1を取り消すことはできない。

4 他の請求項に係る発明について
(1) 本件特許発明2,3,5?16及び19について
本件特許発明2,3,5?16及び19は,本件特許発明1の構成に対して,さらに他の発明特定事項を付加したものである。
そうしてみると,本件特許発明1の場合と同じ理由により,これら発明も,甲1に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるということはできない。

(2) 本件特許発明17及び18について
本件特許発明17及び18は,「前記赤外線吸収層の分光透過率曲線における透過率の極小値が波長700nm?750nm」及び「赤外線カットフィルタへの光の入射角が35°のときのカットオフ波長λ_(T50%)が607nm?643nm」という構成を具備する。
そうしてみると,本件特許発明1の場合と同じ理由により,これら発明も,甲1に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるということはできない。

(3) 本件特許発明20及び21について
ア 本件特許発明20について
本件特許発明20と甲1発明を対比すると,両者は,少なくとも次の相違点で相違する。
(相違点2)
「赤外線カットフィルタ」が,本件特許発明20は,「前記赤外線吸収層上に保護層をさらに備え」,「前記保護層上に可視光線の反射を防止する反射防止層をさらに備える」のに対して,甲1発明は,この構成を具備しない点。

相違点2について検討すると,甲1の【0114】には,「前記誘電体多層膜を前記積層板の両面に設ける場合には,可視光反射防止層を設けなくてもよく」と記載されている。また,誘電体多層膜が,甲1発明の「樹脂層」(本件特許発明20でいう赤外線吸収層)との関係において,「可視光反射防止層」かつ「保護層」として機能することは,技術的にみて明らかである。
このような甲1の記載に接した当業者が,甲1発明の「樹脂層」の上に保護層を設け,さらに保護層上に反射防止層を設ける構成に到るとはいえない。
本件特許発明20は,甲1に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるということができない。

イ 本件特許発明21について
本件特許発明21は,本件特許発明20の構成に対してさらに他の発明特定事項を付加したものである。
そうしてみると,本件特許発明20の場合と同じ理由により,本件特許発明21も,甲1に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるということはできない。

(4) 本件特許発明22について
本件特許発明22と甲1発明を対比すると,両者は,少なくとも次の相違点で相違する。
(相違点3)
「赤外線カットフィルタ」が,本件特許発明22は,「前記赤外線反射層は,前記透明誘電体基板側の面と対向する面が凸面となるように反っている」という構成を具備するのに対して,甲1発明は,この構成を具備すると特定されたものではない点。

相違点3について検討すると,甲1の【0126】の下線部の記載及び【0184】の【表1】の「外観」の評価結果が「◎」であることからみて,甲1発明の「近赤外線カットフィルター」は,反りが全く見られないように作製されたものである。
このような甲1の記載及び甲1発明の構成に接した当業者が,甲1発明において相違点3に係る本件特許発明22の構成を採用することには,阻害要因がある。
本件特許発明22は,甲1に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるということができない。

(5) 本件特許発明23について
本件特許発明23は,本件特許発明20又は本件特許発明22の構成に対して,さらに他の発明特定事項を付加したものである。
そうしてみると,本件特許発明20又は本件特許発明22の場合と同じ理由により,本件特許発明23も,甲1に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるということはできない。

5 取消しの理由において採用しなかった特許異議申立ての理由について
(1) 36条4項1号の特許異議申立ての理由について
特許異議申立人は,当業者が,どのような層構造を有する誘電体多層膜と,どのような種類及び厚みの赤外線吸収層とを組み合わせるかについて,過度の試行錯誤を要することを理由として,本件出願の発明の詳細な説明の記載は,特許法36条4項1号に規定する要件を満たしていないと主張する。
しかしながら,当業者ならば,本件特許発明1?3及び5?23を,本件特許の発明の詳細な説明の記載から読み取ることができる。また,本件出願前の当業者ならば,誘電体多層膜の設計手法及び赤外線吸収色素の種類(吸収波長等)を,技術常識として心得ている。そして,本件特許の明細書の【0005】,【0046】及び【0047】の記載に接した当業者ならば,誘電体多層膜の入射角依存性を隠蔽することができるような種類の赤外線吸収色素を,必要量だけ用いることにより,本件特許発明1?3,5?15及び20?22の赤外線カットフィルタ,並びに,本件特許発明16及び23の撮像装置を作ることができ,また,使用することができる。同様に,当業者ならば,本件特許発明17?19の製造方法により,赤外線カットフィルタを生産することができる。

(2) 甲2を主引用例とした29条2項の特許異議申立ての理由について
特許異議申立人は,甲2(特開2011-100084号公報)を主引用例とした特許異議申立ての理由も主張しているので,以下,検討する。
甲2に記載された「近赤外線カットフィルター」は,「透明樹脂製基板」に,「吸収極大が波長600?800nmであり,かつ,波長430?800nmの波長領域において,透過率が70%となる吸収極大以下で最も長い波長(Aa)と,波長580nm以上の波長領域において,透過率が30%となる最も短い波長(Ab)との差の絶対値が75nm未満である少なくとも1種の吸収剤を含むことを特徴とする」(【0042】)ものである。そして,このような「近赤外線カットフィルター」に基づいて,本件特許発明1等が具備する「前記透明誘電体基板の他方の面上に形成された赤外線を吸収する赤外線吸収層」の構成に到るためには,「透明樹脂製基板」に別途「赤外線吸収層」を設ける(製造工程を増やす)必要がある。
しかしながら,甲2はもちろん,特許異議申立人が提出した他の証拠においても,当業者が,上記の製造工程を増やすような変更を行うべき動機付けが,記載も示唆もされていない。
したがって,本件特許発明1?3及び5?23は,甲2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。

第6 まとめ
本件特許1?3及び5?23は,取消理由通知書(決定の予告)に記載した取消しの理由及び特許異議申立書に記載された特許異議申立ての理由によっては,取り消すことができない。
また,他に本件特許1?3及び5?23を取り消すべき理由を発見しない。
そして,本件訂正請求により,請求項4は削除されたから,本件特許4についての特許異議の申立ての対象は存在しないこととなった。したがって,本件特許4についての特許異議の申立ては,特許法120条の8第1項で準用する同法135条の規定により却下する。
よって,結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
透明誘電体基板と、
前記透明誘電体基板の一方の面上に形成された赤外線を反射する赤外線反射層と、
前記透明誘電体基板の他方の面上に形成された赤外線を吸収する赤外線吸収層と、
を備える赤外線カットフィルタであって、
前記赤外線反射層は、誘電体多層膜から形成され、
前記赤外線吸収層は、赤外線吸収色素を含有する樹脂から形成され、
赤外線カットフィルタへの光の入射角が0°から35°に変化したときのカットオフ波長λ_(T50%)のシフト量をΔλ_(T50%)として、Δλ_(T50%)<25nmであり、
赤外線カットフィルタへの光の入射角が35°のときのカットオフ波長λ_(T50%)が607nm?643nmであり、
前記赤外線反射層の透過率が50%になる波長をλ_(RT50%)nmとし、前記赤外線吸収層の透過率が50%になる波長をλ_(AT50%)nmとしたときに、λ_(AT50%)<λ_(RT50%)を満たすように前記赤外線反射層および前記赤外線吸収層が形成され、
前記赤外線吸収層の分光透過率曲線が波長700nm?750nmに透過率の極小値を有することを特徴とする赤外線カットフィルタ。
【請求項2】
赤外線カットフィルタへの光の入射角が0°において、λ_(AT50%)-λ_(RT50%)≦-10nmを満たすように前記赤外線反射層および前記赤外線吸収層が形成されることを特徴とする請求項1に記載の赤外線カットフィルタ。
【請求項3】
さらに、赤外線カットフィルタへの光の入射角が0°において、-50nm≦λ_(AT50%)-λ_(RT50%)を満たすように前記赤外線反射層および前記赤外線吸収層が形成されることを特徴とする請求項2に記載の赤外線カットフィルタ。
【請求項4】
(削除)
【請求項5】
前記透明誘電体基板は、ガラスから形成されることを特徴とする請求項1から3のいずれかに記載の赤外線カットフィルタ。
【請求項6】
前記赤外線反射層は、紫外線を反射するよう形成されることを特徴とする請求項1から3および請求項5のいずれかに記載の赤外線カットフィルタ。
【請求項7】
前記赤外線吸収層上に保護層をさらに備えることを特徴とする請求項1から3、請求項5および6のいずれかに記載の赤外線カットフィルタ。
【請求項8】
前記保護層は、可視光線の反射を防止する機能を有することを特徴とする請求項7に記載の赤外線カットフィルタ。
【請求項9】
前記保護層は、紫外線の透過を防止する機能を有することを特徴とする請求項7または8に記載の赤外線カットフィルタ。
【請求項10】
前記保護層上に可視光線の反射を防止する反射防止層をさらに備えることを特徴とする請求項7から9のいずれかに記載の赤外線カットフィルタ。
【請求項11】
前記反射防止層は、紫外線の透過を防止する機能を有することを特徴とする請求項10に記載の赤外線カットフィルタ。
【請求項12】
前記透明誘電体基板と前記赤外線吸収層との間にプライマ層をさらに備えることを特徴とする請求項1から3および請求項5から11のいずれかに記載の赤外線カットフィルタ。
【請求項13】
前記赤外線反射層は、前記透明誘電体基板側の面と対向する面が凸面となるように反っていることを特徴とする請求項1から3および請求項5から12のいずれかに記載の赤外線カットフィルタ。
【請求項14】
前記赤外線吸収色素を含有する樹脂は、PVBであることを特徴とする請求項1から3および請求項5から13のいずれかに記載の赤外線カットフィルタ。
【請求項15】
前記透明誘電体基板の厚みは、0.1mm?0.3mmであることを特徴とする請求項1から3および請求項5から14のいずれかに記載の赤外線カットフィルタ。
【請求項16】
請求項1から3および請求項5から15のいずれかに記載の赤外線カットフィルタと、
前記赤外線カットフィルタを透過した光が入射する撮像素子と、
を備えることを特徴とする撮像装置。
【請求項17】
透明誘電体基板を準備するステップと、
前記透明誘電体基板の一方の面上に赤外線反射層を形成するステップと、
前記透明誘電体基板の他方の面上に赤外線吸収層を形成するステップと、
を備える赤外線カットフィルタの製造方法であって、
前記赤外線反射層は、誘電体多層膜から形成され、
前記赤外線吸収層は、赤外線吸収色素を含有する樹脂から形成され、
前記赤外線吸収層の分光透過率曲線における透過率の極小値が波長700nm?750nmであり、
赤外線カットフィルタへの光の入射角が0°から35°に変化したときのカットオフ波長λ_(T50%)のシフト量をΔλ_(T50%)として、Δλ_(T50%)<25nmであり、
赤外線カットフィルタへの光の入射角が35°のときのカットオフ波長λ_(T50%)が607nm?643nmであり、
前記赤外線反射層の透過率が50%になる波長をλ_(RT50%)nmとし、前記赤外線吸収層の透過率が50%になる波長をλ_(AT50%)nmとしたときに、赤外線カットフィルタへの光の入射角が0°において、λ_(AT50%)-λ_(RT50%)≦-10nmを満たすように前記赤外線反射層および前記赤外線吸収層が形成されることを特徴とする赤外線カットフィルタの製造方法。
【請求項18】
さらに、赤外線カットフィルタへの光の入射角が0°において、-50nm≦λ_(AT50%)-λ_(RT50%)を満たすように前記赤外線反射層および前記赤外線吸収層が形成されることを特徴とする請求項17に記載の赤外線カットフィルタの製造方法。
【請求項19】
請求項14に記載の赤外線カットフィルタの製造方法であって、
透明誘電体基板を準備するステップと、
前記透明誘電体基板の一方の面上に赤外線反射層を形成するステップと、
シアニン系化合物、ジインモニウム系化合物、フタロシアニン系化合物およびアゾ系化合物から選択される赤外線吸収色素をPVBに添加して、赤外線吸収色素を含む液体状のPVB樹脂を調合するステップと、
前記液体状のPVB樹脂を、フローコート装置によって前記透明誘電体基板の他方の面上に塗布し、乾燥させるステップと、
を含むことを特徴とする赤外線カットフィルタの製造方法。
【請求項20】
透明誘電体基板と、
前記透明誘電体基板の一方の面上に形成された赤外線を反射する赤外線反射層と、
前記透明誘電体基板の他方の面上に形成された赤外線を吸収する赤外線吸収層と、
を備える赤外線カットフィルタであって、
前記赤外線反射層は、誘電体多層膜から形成され、
前記赤外線吸収層は、赤外線吸収色素を含有する樹脂から形成され、
赤外線カットフィルタへの光の入射角が0°から35°に変化したときのカットオフ波長λ_(T50%)のシフト量をΔλ_(T50%)として、Δλ_(T50%)<25nmであり、
赤外線カットフィルタへの光の入射角が35°のときのカットオフ波長λ_(T50%)が607nm?647nmであり、
前記赤外線反射層の透過率が50%になる波長をλ_(RT50%)nmとし、前記赤外線吸収層の透過率が50%になる波長をλ_(AT50%)nmとしたときに、λ_(AT50%)≦λ_(RT50%)を満たすように前記赤外線反射層および前記赤外線吸収層が形成され、
前記赤外線吸収層上に保護層をさらに備え、
前記保護層上に可視光線の反射を防止する反射防止層をさらに備えることを特徴とする赤外線カットフィルタ。
【請求項21】
前記反射防止層は、紫外線の透過を防止する機能を有することを特徴とする請求項20に記載の赤外線カットフィルタ。
【請求項22】
透明誘電体基板と、
前記透明誘電体基板の一方の面上に形成された赤外線を反射する赤外線反射層と、
前記透明誘電体基板の他方の面上に形成された赤外線を吸収する赤外線吸収層と、
を備える赤外線カットフィルタであって、
前記赤外線反射層は、誘電体多層膜から形成され、
前記赤外線吸収層は、赤外線吸収色素を含有する樹脂から形成され、
赤外線カットフィルタへの光の入射角が0°から35°に変化したときのカットオフ波長λ_(T50%)のシフト量をΔλ_(T50%)として、Δλ_(T50%)<25nmであり、
赤外線カットフィルタへの光の入射角が35°のときのカットオフ波長λ_(T50%)が607nm?647nmであり、
前記赤外線反射層の透過率が50%になる波長をλ_(RT50%)nmとし、前記赤外線吸収層の透過率が50%になる波長をλ_(AT50%)nmとしたときに、λ_(AT50%)≦λ_(RT50%)を満たすように前記赤外線反射層および前記赤外線吸収層が形成され、
前記赤外線反射層は、前記透明誘電体基板側の面と対向する面が凸面となるように反っていることを特徴とする赤外線カットフィルタ。
【請求項23】
請求項20から22のいずれかに記載の赤外線カットフィルタと、
前記赤外線カットフィルタを透過した光が入射する撮像素子と、
を備えることを特徴とする撮像装置。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2020-08-28 
出願番号 特願2017-12274(P2017-12274)
審決分類 P 1 651・ 121- YAA (G02B)
P 1 651・ 113- YAA (G02B)
P 1 651・ 536- YAA (G02B)
最終処分 維持  
前審関与審査官 岩井 好子  
特許庁審判長 里村 利光
特許庁審判官 関根 洋之
樋口 信宏
登録日 2019-02-15 
登録番号 特許第6479863号(P6479863)
権利者 日本板硝子株式会社
発明の名称 赤外線カットフィルタ、撮像装置および赤外線カットフィルタの製造方法  
代理人 特許業務法人第一国際特許事務所  
代理人 特許業務法人第一国際特許事務所  

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