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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  C30B
管理番号 1368124
異議申立番号 異議2020-700514  
総通号数 252 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2020-12-25 
種別 異議の決定 
異議申立日 2020-07-22 
確定日 2020-11-09 
異議申立件数
事件の表示 特許第6633326号発明「窒化ガリウム基板の生成方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6633326号の請求項1ないし3に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯

特許第6633326号の請求項1?3に係る特許についての出願は、平成27年9月15日に出願され、令和1年12月20日にその特許権の設定登録がされ、令和2年1月22日に特許掲載公報が発行された。
その後、令和2年7月22日に、請求項1?3に係るすべての特許について、特許異議申立人である中田義直より、本件特許異議の申立てがされた。

第2 本件発明

本件特許の請求項1?3に係る発明(以下、「本件発明1?3」といい、これらをまとめて「本件発明」ということがある。)は、設定登録時の特許請求の範囲の請求項1?3に記載された事項により特定される、次のとおりのものである。
「【請求項1】
第1の面と該第1の面と反対側の第2の面を有する窒化ガリウム(GaN)インゴットを複数の窒化ガリウム基板に生成する窒化ガリウム基板の生成方法であって、
窒化ガリウム(GaN)に対して透過性を有する波長のレーザー光線の集光点を該第1の面から窒化ガリウム(GaN)インゴットの内部に位置付け照射し、窒化ガリウム(GaN)を破壊してガリウム(Ga)と窒素(N)とを析出させた界面を形成する界面形成工程と、
窒化ガリウム(GaN)インゴットの該第1の面に第1の保持部材を貼着するとともに、該第2の面に第2の保持部材を貼着する保持部材貼着工程と、
窒化ガリウム(GaN)インゴットを加熱するとともに、該第1の保持部材と該第2の保持部材を互いに離反する方向に移動することにより窒化ガリウム(GaN)インゴットを該界面から分離して窒化ガリウム基板を生成する窒化ガリウム基板生成工程と、を含み、
該保持部材貼着工程は、該ガリウム(Ga)が溶融する温度よりも高い温度で溶融するワックスを用いて該窒化ガリウム(GaN)インゴットの該第1の面に該第1の保持部材を貼着するとともに該第2の面に該第2の保持部材を貼着し、
該窒化ガリウム基板生成工程において該窒化ガリウム(GaN)インゴットを加熱する際の温度は、ガリウム(Ga)が溶融する温度以上であり、且つ、該ワックスが溶融する温度未満である窒化ガリウム基板の生成方法。
【請求項2】
該保持部材貼着工程における該第2の保持部材は、上記界面形成工程を実施する前に該第2の面に貼着する、請求項1記載の窒化ガリウム基板の生成方法。
【請求項3】
該界面に析出され窒化ガリウム基板形成工程によって分離された窒化ガリウム基板の分離面に形成されているガリウム(Ga)面を研削して除去する研削工程を実施する、請求項1記載の窒化ガリウム基板の生成方法。」

第3 特許異議申立理由について

1 特許異議申立理由の概要
特許異議申立人が主張する特許異議申立理由は、概略、次のとおりである。
(進歩性欠如)請求項1?3に係る発明は、本件特許出願前に日本国内又は外国において、頒布された甲第1又は2号証に記載された発明及び甲第1?4号証に記載された事項に基いて、本件特許出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、請求項1?3に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであり、特許法第113条第2号に該当するから、取り消されるべきものである。

2 証拠一覧
特許異議申立人は、申立理由を立証するための証拠として、甲第1?4号証(以下、単に「甲1」などという。)を提出した。
甲1:米国特許出願公開第2013/0248500号明細書
甲2:特開2009-61462号公報
甲3:米国特許第6071795号明細書
甲4:特開2003-168820号公報

3 甲1?4の記載事項
(1) 甲1の記載事項
甲1には、次の事項が記載されている。
ア 「DISCLOSURE OF INVENTION
[0006] This invention provides two variations of the method of separating surface layer of the semiconductor crystal. In one variation of the method, separation is carried out by means of laser cutting.・・・
[0010] In another variation of the method of separating surface layer of the semiconductor crystal・・・laser beam is moved in such a way that focus is moved in layer separation plane forming non-overlapping local regions with disturbed topology of the crystal structure and with reduced interatomic bonds・・・Then an external action is applied to the separable layer which destroys said reduced interatomic bonds.
[0011] An external action can be mechanical or thermomechanical.」(当審注:「・・・」は記載の省略を表す。以下、同じである。
当審訳:発明の開示
[0006] 本発明は、半導体結晶の表面層を分離する方法の2つの変形を提供する。この方法の1つの変形例では、分離は、レーザー切断によって実行される。・・・
[0010] 半導体結晶の表面層を分離する方法の別の変形において・・・レーザービームは、焦点が層分離面で移動するように移動し、結晶構造のトポロジーが乱れ、原子間結合が減少した、重複しない局所領域を形成する・・・外部作用が分離可能な層に適用され、それが前記減少した原子間結合を破壊する。
[0011] 外部作用は、機械的または熱機械的とすることができる。)

イ 「Example 1
[0038] FIG. 3 shows the scheme 300 illustrating the first variation of the method by the example of separating the surface layer of the gallium nitride semiconductor crystal. For this purpose Nd:YAG laser is used which operates in the mode of modulated Q-factor, with frequency doubling and generates light pulses with λ=532 nm, energy of 5 μJ, duration of 5 ns and repetition rate of 1000 Hz. Laser beam is focused to the spot of 16 μm in diameter which provides energy density of 2 J/cm^(2).
[0039] Under action of the Nd:YAG laser beam 102 with wavelength λ=532 nm weakly absorbed in the gallium nitride crystal 101, focused under the upper crystal surface 105 at the depth of 100 μm, the crystal is locally heated up to temperature higher than 900°C. leading to chemical decomposition of gallium nitride crystal into gaseous nitrogen and liquid gallium in the vicinity 106 of the laser beam focus. Movement of the laser beam 102 focus at velocity of 1.5 cm/s in the horizontal (lateral) plane parallel to the crystal surface 105 through which laser beam enters the crystal, and perpendicular towards the axis 103 of the focused laser beam, lead to consequent decomposition of gallium nitride and to increase of width of the lateral cut 304 from left to right deep into the crystal. On achieving by the lateral cut 304 the right bound of the crystal in FIG. 3, continuity of the crystal 101 is disturbed and the upper layer 307 being higher the cut 304 is separated from the main crystal. To avoid cracking of the gallium nitride crystal caused by thermal stresses laser cutting is performed at temperature Tp=600°C.」
(当審訳:実施例1
[0038] 図3は、窒化ガリウム系半導体結晶の表面層を分離する例による方法の第1の変形を例示するスキーム300を示す。この目的のために、調整されたQ因子のモードで動作するNd:YAGレーザーが使用され、周波数が倍加され、λ=532nm、エネルギーが5μJ、持続時間が5ns、繰り返し速度1000Hzの光パルスを生成する。レーザービームは、2J/cm^(2)のエネルギー密度を提供する直径16μmのスポットに集光される。
[0039] 上部結晶面105の下100μmの深さに集光した、窒化ガリウム結晶101に弱く吸収された波長λ=532nmのNd:YAGレーザービーム102の作用を受けて、結晶は局所的に900℃以上の高温に加熱され、レーザービームの焦点106近傍で窒化ガリウム結晶のガス状窒素と液体ガリウムへの化学分解を引き起こす。レーザービーム102の焦点を、レーザービームが結晶に入射する結晶面105に平行な水平(横方向)平面内で、かつフォーカスされたレーザービームの軸103に垂直な方向に、速度1.5cm/sで移動させると結果的に窒化ガリウムが分解され、結晶の奥深くにある横方向のカット304の幅が左から右へと大きくなる。横方向カット304によって図3の結晶の右端に到達すると、結晶101の連続性が乱され、カット304上部の上層307が主結晶から分離される。熱応力による窒化ガリウム結晶の割れを回避するために、温度Tp=600℃でレーザー切断を行う。)

ウ 「Example 5・・・
[0049] At this point process of laser treatment is completed. Then crystal 101 is adhered with upper surface 105 on the aluminium plate and heated to the temperature of 100-500°C. In this case, because of thermomechanical stress related with difference between the thermal expansion coefficients of gallium nitride and aluminium nitride, crystal 101 splits along the mechanically reduced plane 604 with separating a surface lateral layer 407 with light diode structure AlGaN/InGaN/AlGaN lying higher the plane 604 from the main gallium nitride crystal.」
(当審訳:実施例5・・・
[0049] この時点でレーザー処理の工程は終了する。その後、結晶101はアルミニウム板上に上面105で接着され、100?500℃の温度に加熱される。このとき、窒化ガリウムと窒化アルミニウムの熱膨張係数の差に関連した熱機械的応力のため、結晶101は、窒化ガリウム主結晶から平面604よりも高い位置に横たわる光ダイオード構造のAlGaN/InGaN/AlGaNを有する表面側方層407を分離しながら、機械的に脆弱な面604に沿って引き裂かれる。)

(2) 甲2の記載事項
甲2には、次の事項が記載されている。
ア 「【0001】
本発明は基板の製造方法および基板に関し、より特定的には、原料基板を複数枚の基板に分離する工程を備えた基板の製造方法およびこれにより製造される基板に関する。」

イ 「【0016】
(実施の形態1)・・・
【0019】
レーザ光照射工程においては、まず、ステージ31上に透明石英からなる石英板32が載置され、石英板32上にGaN原料基板10が載置される。集光レンズ33に対向するGaN原料基板10の主面10Aは、(0001)面である。次に、光源45から出射されたレーザ光40がGaN原料基板10の内部の劈開面11に集光するように、GaN原料基板10の劈開面11に交差する方向からGaN原料基板10に対して照射され、走査される。これにより、GaN原料基板10の劈開面11に沿って、照射影響層41が形成される。照射影響層41は、上記レーザ光40の照射により形成される他の領域よりも脆弱な領域であって、たとえば多数の微小なクラックが形成された領域である。・・・
【0022】
次に、図1を参照して、GaN原料基板の両側の主面に、平行平板形状を有する支持板、たとえばアルミナなどのセラミックス、ガラス、Si、金属などからなる支持板を貼り付ける支持板貼付工程が実施される。具体的には、図7を参照して、上記レーザ光照射工程が実施されたGaN原料基板10の両側の主面10Aに対して、支持板50が貼り付けられる。この場合、たとえば吸着用の穴が形成された支持板50上にGaN原料基板10を載置し、当該穴の内部を減圧することにより支持板50とGaN原料基板10とを吸着させる方法(真空吸着)や、平滑化処理された支持板50とGaN原料基板10とを、純水などの流体を用いて吸着、接着する方法などを採用することができる。
【0023】
次に、図1を参照して、レーザ光40が照射されたGaN原料基板10を劈開面11に沿う面において分離する劈開分離工程が実施される。具体的には、図7を参照して、支持板貼付工程においてGaN原料基板10の両側の主面に貼り付けられた支持板50に対し、劈開面11に平行で互いに反対向き(矢印αの向き)の力が付与される。これにより、複数の照射影響層41が形成された劈開面11に沿う面に剪断力が作用する。そして、隣接する領域に比べて脆弱な領域である照射影響層41に沿ってGaN原料基板10は、容易に劈開して分離される。つまり、GaN原料基板10は、照射影響層41を含む領域において、劈開して分離される。その結果、図5に示すように劈開面11として(0001)面が選択された場合、図8に示すように、分極性面である(0001)面を主面とする2枚のGaN基板1に分離される。」

ウ 「【0044】
また、上記実施の形態および実施例においては、劈開分離工程において、劈開面に平行な方向に互いに反対向きの力が負荷される場合について説明したが、劈開面に交差する方向、たとえば劈開面に垂直に互いに反対向きの力が負荷されて劈開分離工程が実施されてもよい。さらに、劈開分離工程は、急激な加熱または冷却、たとえばレーザ光照射工程が実施された原料基板の一部が液体窒素に浸漬されることにより、劈開面にひずみが付与されて実施されてもよい。」

(3) 甲3の記載事項
甲3には、次の事項が記載されている。
ア 第4欄第48行?第5欄第6行
「In step 114, as illustrated in FIG. 4, a laser beam 116 irradiates the composite structure, preferably from the side of the donor substrate 104 with radiation that passes through the donor substrate 104 but which is strongly absorbed by the thin film 102 in a separation region 118 of the thin film 108.
In the specific embodiment, the laser radiation incident upon the sapphire donor substrate 104 may be 248 nm radiation from a KrF pulsed excimer laser having a pulse width of 38 ns. This radiation easily passes through the sapphire donor substrate 104 but is strongly absorbed by the GaN thin film 102 in a separation region 118.・・・
At about 300 mJ/ cm^(2) the separation region 118 assumed a metallic silvery color, suggestive of the decomposition of GaN into metallic gallium and gaseous nitrogen.」
(当審訳:工程114において、図4に示されるように、レーザー光線116は、複合構造体、好ましくはドナー基板104の側から、ドナー基板104を透過するが、薄膜108の分離層118内の薄膜102によって強く吸収されるように照射される。
特定の実施形態において、サファイア基板104に入射したレーザ光は、パルス幅が38nsのKrFパルスエキシマーレーザからの248nm放射であってもよい。この照射は、サファイア基板104を容易に通過して、分離領域118aに、GaN薄膜102に吸収される。・・・
約300mJ/cm^(2)で、分離層118は、GaNが金属ガリウムとガス状窒素とに分解したことを示唆するメタリックシルバー色を呈していた。)

イ 第5欄第29行?第52行
「In the specific example of a GaN film, simple heating of the entire sample to above the melting point of gallium, that is, above 30°C., melts the gallium in the separation layer 118 without reintegrating the gaseous nitrogen. The residue is believed to be a film of 50 to 100 nm thickness composed of gallium which solidifies when the temperature is reduced to below 30°C.
In step 124, the residue is removed to produce the final bonded structure illustrated in FIG. 6. The gallium residual film of the specific example can be removed by a 50:50 volumetric mixture of HCl and H_(2)O, which does not affect the GaN.・・・
If desired, in step 126 the thin film 102 is lifted off the acceptor substrate 110 to produce a free-standing thin film 102. If the bonding layer 108 is an organic wax or glue, such as the Crystalbond or spin-on glass, a properly chosen organic solvent, such as acetone, at the proper temperature will dissolve the glue without affecting the film 102. Alternatively, the bonding layer 108 may be metal with a moderate melting point, for example, a solder.」
(当審訳:GaN膜の具体例では、試料全体をガリウムの融点以上、すなわち30℃以上に単純に加熱することにより、分離層118中のガリウムがガス状窒素を再凝集させることなく溶融する。残渣は、温度が30℃以下に低下したときに固化するガリウムからなる厚さ50?100nmの膜であると考えられる。
工程124において、残渣は、図6に示された最終的な結合構造を生成するために除去される。特定の実施例のガリウム残留膜は、GaNに影響を与えないHClとH_(2)Oの50:50の体積混合物によって除去することができる。・・・
所望であれば、ステップ126において、薄膜102をアクセプター基板110からリフトオフして、自立した薄膜102を生成する。結合層108が、クリスタルボンドまたはスピンオンガラスのような有機ワックスまたは接着剤である場合、適切な温度でアセトンのような適切に選択された有機溶媒は、薄膜102に影響を与えることなく接着剤を溶解する。あるいは、結合層108は、適度な融点を有する金属、例えばハンダであってもよい。)

(4) 甲4の記載事項
甲4には、次の事項が記載されている。
「【0044】続いて、図15に示すように半導体成長層を一時保持用基板81のワックスや合成樹脂等からなる接着層80に固定した後、図16に示すように成長基板71の裏面側から紫外線照射となるエキシマレーザーのレーザー光Lを照射して、レーザーアブレーションを生じさせ、成長基板71を剥離して半導体成長層を一時保持用基板81に転写する。このとき、ライン状に成形されたレーザー光Lがパルス光として順次成長基板71の裏面から照射される。
【0045】レーザー光Lは、レーザー光Lを照射する光学系の解像度以下のライン幅に成形された後、照射される。更に、第一成長層72aのレーザー光Lが照射された照射領域のうち、レーザー光Lの1ショットで形成される照射領域は、第一成長層72aの厚さと同程度若しくはそれ以下となるようにレーザー光Lが照射される。ここで、レーザー光Lが光学系の解像度以下のライン幅になるように成形されていることにより、レーザー光Lのライン幅方向の光強度分布がピーク部からエッジ部に亘ってなだらかになっている。従って、レーザー光Lを第一成長層72aに照射した際のレーザー光Lのライン幅方向のエッジ部に当る照射領域で急激なレーザーアブレーションが行われない。よって、GaN層である第一成長層72aの分解時にN_(2)が急激に発生することがないので過剰な応力が第一成長層72aに加わらず、第一成長層72a及びその上に形成される素子のクラック発生を低減することが可能である。窒化ガリウム系半導体層はサファイアとの界面で金属のガリウムと窒素に分解することから、順次ライン状に成形されたレーザー光Lを順次照射することにより、成長基板71と第一成長層72の界面で比較的簡単に剥離できる。」

4 甲1及び甲2に記載された発明
(1) 甲1に記載された発明(甲1発明)
上記3(1)イの記載事項によれば、甲1の実施例1には、次の発明(以下、「甲1発明」という。)が記載されているといえる。
「窒化ガリウム系半導体結晶の表面層を分離する方法であって、
上部結晶面105の下100μmの深さに集光した、窒化ガリウム結晶101に弱く吸収された波長λ=532nmのNd:YAGレーザービーム102の作用を受けて、結晶は局所的に900℃以上の高温に加熱され、レーザービームの焦点106近傍で窒化ガリウム結晶のガス状窒素と液体ガリウムへの化学分解を引き起こし、
レーザービーム102の焦点を、結晶面105に平行な水平(横方向)平面内で移動させて窒化ガリウムを分解して横方向のカット304の幅が左から右へと大きくし、
横方向カット304が結晶の右端に到達すると、結晶101の連続性が乱され、カット304上部の上層307が主結晶から分離され、
熱応力による窒化ガリウム結晶の割れを回避するために、温度Tp=600℃でレーザー切断を行う方法。」

(2) 甲2に記載された発明(甲2発明)
上記3(2)イの記載事項によれば、甲2の実施の形態1には、次の発明(以下、「甲2発明」という。)が記載されているといえる。
「光源45から出射されたレーザ光40がGaN原料基板10の内部の劈開面11に集光するように、GaN原料基板10の劈開面11に交差する方向からGaN原料基板10に対して照射され、走査され、これにより、GaN原料基板10の劈開面11に沿って、他の領域よりも脆弱な領域であって、たとえば多数の微小なクラックが形成された照射影響層41が形成され、
次に、たとえば吸着用の穴が形成された支持板50上にGaN原料基板10を載置し、当該穴の内部を減圧することにより支持板50とGaN原料基板10とを吸着させる方法(真空吸着)や、平滑化処理された支持板50とGaN原料基板10とを、純水などの流体を用いて吸着、接着する方法により、上記レーザ光照射工程が実施されたGaN原料基板10の両側の主面10Aに対して、支持板50が貼り付けられ、
次に、支持板貼付工程においてGaN原料基板10の両側の主面に貼り付けられた支持板50に対し、劈開面11に平行で互いに反対向きの力が付与され、これにより、複数の照射影響層41が形成された劈開面11に沿う面に剪断力が作用し、隣接する領域に比べて脆弱な領域である照射影響層41に沿ってGaN原料基板10は、容易に劈開して2枚のGaN基板1に分離される方法。」

5 特許異議申立理由(進歩性欠如)についての当審の判断
(1) 甲1発明に基づく本件発明1の進歩性について
ア 対比
本件発明1と甲1発明とを対比する。
(ア) 甲1発明における「上部結晶面105の下100μmの深さに集光した、窒化ガリウム結晶101に弱く吸収された波長λ=532nmのNd:YAGレーザービーム102の作用を受けて」は、本件発明1における「窒化ガリウム(GaN)に対して透過性を有する波長のレーザー光線の集光点を該第1の面から窒化ガリウム(GaN)インゴットの内部に位置付け照射し」に相当するといえる。

(イ) また、甲1発明における「上部結晶面105の下100μmの深さ」で「レーザービーム102の焦点を、結晶面105に平行な水平(横方向)平面内で移動させて窒化ガリウムを分解して横方向のカット304の幅が左から右へと大きくし、横方向カット304が結晶の右端に到達すると、結晶101の連続性が乱され、カット304上部の上層307が主結晶から分離され」、「レーザー切断を行う」、「窒化ガリウム系半導体結晶の表面層を分離する方法」は、本件発明1における「第1の面と該第1の面と反対側の第2の面を有する窒化ガリウム(GaN)インゴットを複数の窒化ガリウム基板に生成する窒化ガリウム基板の生成方法」に相当する。

(ウ) そうすると、本件発明1と甲1発明とは、次の一致点及び相違点1?3を有するものと認められる。
<一致点>
「第1の面と該第1の面と反対側の第2の面を有する窒化ガリウム(GaN)インゴットを複数の窒化ガリウム基板に生成する窒化ガリウム基板の生成方法であって、
窒化ガリウム(GaN)に対して透過性を有する波長のレーザー光線の集光点を該第1の面から窒化ガリウム(GaN)インゴットの内部に位置付け照射する、窒化ガリウム基板の生成方法。」

<相違点1>
本件発明1は、レーザー光線により「窒化ガリウム(GaN)を破壊してガリウム(Ga)と窒素(N)とを析出させた界面を形成する」のに対し、甲1発明は、レーザービーム102の作用を受けて「窒化ガリウム結晶のガス状窒素と液体ガリウムへの化学分解」を引き起こす点。

<相違点2>
本件発明1は、「窒化ガリウム(GaN)インゴットの該第1の面に第1の保持部材を貼着するとともに、該第2の面に第2の保持部材を貼着する保持部材貼着工程と、窒化ガリウム(GaN)インゴットを加熱するとともに、該第1の保持部材と該第2の保持部材を互いに離反する方向に移動することにより窒化ガリウム(GaN)インゴットを該界面から分離」するのに対し、甲1発明は、「レーザービーム102の焦点を、結晶面105に平行な水平(横方向)平面内で移動させて窒化ガリウムを分解して横方向のカット304の幅が左から右へと大きくし、横方向カット304が結晶の右端に到達すると、結晶101の連続性が乱され、カット304上部の上層307が主結晶から分離」する点。

<相違点3>
本件発明1は、「該ガリウム(Ga)が溶融する温度よりも高い温度で溶融するワックスを用いて該窒化ガリウム(GaN)インゴットの該第1の面に該第1の保持部材を貼着するとともに該第2の面に該第2の保持部材を貼着」しているのに対し、甲1発明は、保持部材との貼着工程を有していない点。

イ 相違点2について
事案に鑑み、まず相違点2について検討する。
上記3(1)ウの記載事項のとおり、甲1には、レーザー処理の工程が終了した後、「結晶101はアルミニウム板上に上面105で接着され、100?500℃の温度に加熱」し、「窒化ガリウムと窒化アルミニウムの熱膨張係数の差に関連した熱機械的応力」により、「機械的に脆弱な面604に沿って引き裂かれる」といった事項の記載はあるものの、当該記載事項は実施例5に関するものであり、当該実施例5は、同アの段落[0006]の記載事項によれば、甲1が提供するとした「半導体結晶の表面層を分離する方法の2つの変形」のうち、甲1発明に相当する「レーザー切断によって実行される」分離方法とは別の分離方法として開示されたものであるので、そのような、実施例5の分離方法を甲1発明に適用することは、当業者において想定外のものであるというほかない。
そもそも、甲1発明における、窒化ガリウムインゴットからの窒化ガリウム基板の分離方法は、レーザービームの照射が終了した時点で、「横方向カット304が結晶の右端に到達」し、「カット304上部の上層307が主結晶から分離」するものであるので、本件発明1のように、レーザー光線の照射後に、レーザー光線の入射面に保持部材を貼着し、上下面に貼着された両保持部材を互いに離反する方向に移動することにより分離することは不要であるといわざるを得ない。
したがって、上記3(2)?(4)の甲2?4の記載事項を検討するまでもなく、本件発明1の相違点2に係る構成は、当業者といえども容易に想到し得たものとはいえない。

ウ 小括
以上のとおりであるから、相違点1及び3について検討するまでもなく、甲1に記載された発明及び甲1?4に記載された事項に基いて、本件発明1の進歩性を否定することはできない。

(2) 甲1発明に基づく本件発明2及び3の進歩性について
本件発明2及び3は、本件発明1の発明特定事項をすべて具備するものであるから、本件発明1と同様の理由により、甲1に記載された発明及び甲1?4に記載された事項に基いて、本件発明2及び3の進歩性を否定することはできない。

(3) 甲2発明に基づく本件発明1の進歩性について
ア 対比
本件発明1と甲2発明とを対比する。
(ア) 甲2発明における「光源45から出射されたレーザ光40がGaN原料基板10の内部の劈開面11に集光するように、GaN原料基板10の劈開面11に交差する方向からGaN原料基板10に対して照射され、走査され」は、本件発明1における「窒化ガリウム(GaN)に対して」、「レーザー光線の集光点を該第1の面から窒化ガリウム(GaN)インゴットの内部に位置付け照射し」に相当する。

(イ)甲2発明における「レーザ光照射工程が実施されたGaN原料基板10の両側の主面10Aに対して、支持板50が貼り付けられ」は、本件発明1における「窒化ガリウム(GaN)インゴットの該第1の面に第1の保持部材を貼着するとともに、該第2の面に第2の保持部材を貼着する保持部材貼着工程」に相当する。

(ウ)甲2発明における「隣接する領域に比べて脆弱な領域である照射影響層41に沿ってGaN原料基板10は、容易に劈開して2枚のGaN基板1に分離される方法」は、本件発明1における「窒化ガリウム(GaN)インゴットを該界面から分離して窒化ガリウム基板を生成する窒化ガリウム基板生成工程」を含む、「第1の面と該第1の面と反対側の第2の面を有する窒化ガリウム(GaN)インゴットを複数の窒化ガリウム基板に生成する窒化ガリウム基板の生成方法」に相当する。

(エ) そうすると、本件発明1と甲2発明とは、次の一致点及び相違点4?7を有するものと認められる。
<一致点>
「第1の面と該第1の面と反対側の第2の面を有する窒化ガリウム(GaN)インゴットを複数の窒化ガリウム基板に生成する窒化ガリウム基板の生成方法であって、
窒化ガリウム(GaN)に対して、レーザー光線の集光点を該第1の面から窒化ガリウム(GaN)インゴットの内部に位置付け照射する工程と、
窒化ガリウム(GaN)インゴットの該第1の面に第1の保持部材を貼着するとともに、該第2の面に第2の保持部材を貼着する保持部材貼着工程と、
窒化ガリウム(GaN)インゴットを該界面から分離して窒化ガリウム基板を生成する窒化ガリウム基板生成工程と、を含む、
窒化ガリウム基板の生成方法。」

<相違点4>
本件発明1は、「透過性を有する波長」のレーザー光線を照射しているのに対し、甲2発明は、「透過性を有する波長」のレーザー光に特定されていない点。

<相違点5>
本件発明1は、レーザー光線の照射により「窒化ガリウム(GaN)を破壊してガリウム(Ga)と窒素(N)とを析出させた界面」を形成するのに対し、甲2発明は、レーザー光の照射により「他の領域よりも脆弱な領域であって、たとえば多数の微小なクラックが形成された照射影響層」を形成する点。

<相違点6>
本件発明1は、窒化ガリウム(GaN)インゴットを「加熱」するとともに、該第1の保持部材と該第2の保持部材を「互いに離反する方向に」移動することにより窒化ガリウム基板を分離生成しているのに対し、甲2発明は、当該分離時に窒化ガリウム(GaN)インゴットを「加熱」することの特定はなく、また、「両側の主面に貼り付けられた支持板50」を「劈開面11に平行で互いに反対向き」に移動している点。

<相違点7>
本件発明1は、「該ガリウム(Ga)が溶融する温度よりも高い温度で溶融するワックスを用いて該窒化ガリウム(GaN)インゴットの該第1の面に該第1の保持部材を貼着するとともに該第2の面に該第2の保持部材を貼着」しているのに対し、甲2発明は、「吸着用の穴が形成された支持板50上にGaN原料基板10を載置し、当該穴の内部を減圧することにより支持板50とGaN原料基板10とを吸着させる方法(真空吸着)や、平滑化処理された支持板50とGaN原料基板10とを、純水などの流体を用いて吸着、接着する方法」により支持板を貼り付けている点。

イ 相違点6について
事案に鑑み、まず相違点6について検討する。
(ア) 上記3(2)ウの記載事項のとおり、甲2には、GaN原料基板の照射影響層における劈開分離工程において、「劈開面に垂直に互いに反対向きの力が負荷されて劈開分離工程が実施されてもよい」こと及び「急激な加熱または冷却、たとえばレーザ光照射工程が実施された原料基板の一部が液体窒素に浸漬されることにより、劈開面にひずみが付与されて実施されてもよい」ことが記載されている。
しかしながら、当該記載からでは、上記「急激な加熱」を用いた劈開面へのひずみ付与による劈開分離工程の際に、劈開面に垂直に互いに反対向きの力を負荷することが示唆されているとまではいえない。

(イ) ここで、上記3(1)アの段落[0010]、[0011]及び同イの記載事項をみると、甲1には、窒化ガリウム系半導体結晶をレーザー処理した後、結晶上面にアルミニウム板を接着し、100?500℃の温度に加熱して、熱機械的な外部作用により機械的に脆弱な面に沿って引き裂くという技術的事項が記載されているといえるものの、当該熱機械的な外部作用が、保持部材を互いに離反する方向に移動するものであることまで開示されているとはいえない。
また、甲1記載の当該100?500℃の温度による加熱が、ひずみの付与により劈開面に沿って分離するような上記「急激な加熱」であるかは不明であり、甲2発明の加熱工程と同様の技術思想のものであることを直ちに理解できず、甲2発明に甲1記載の当該技術的事項を適用する動機を見いだすには至らないというべきである。

(ウ) 更に、上記3(3)及び(4)の記載事項によれば、甲3及び甲4は、サファイア基板上の窒化ガリウム層を、当該基板との界面において分離する技術に関するものであり、窒化ガリウムに対して透過性を有するレーザー光線を、窒化ガリウムインゴットの内部に集光させて、当該インゴットから窒化ガリウム基板を分離するものではなく、甲2発明とは分離対象及び分離工程の前提となるレーザー照射工程を異にするものであるので、甲2発明に甲3及び甲4に記載の分離工程を適用する動機を見いだすには至らないというべきである。

(エ) したがって、本件発明1の相違点6に係る構成は、当業者といえども容易に想到し得たものとはいえない。

ウ 相違点7について
次に、相違点7について検討する。
(ア) 上記3(2)ウの記載事項のとおり、甲2には、GaN原料基板の照射影響層における劈開分離工程において、「急激な加熱または冷却、たとえばレーザ光照射工程が実施された原料基板の一部が液体窒素に浸漬されることにより、劈開面にひずみが付与されて実施されてもよい」ことが記載されている。
ここで、上記「急激な加熱」は、他の領域よりも脆弱な領域である照射影響層の劈開面にひずみを与えて分離するためのものであり、本件発明のような「Gaが溶融する温度」にすることで分離可能とするための加熱(本件明細書の段落【0018】参照。)とは技術思想が異なるものといえる。
そして、本件発明における加熱は、Gaの融点である30℃程度に加熱すればよいことから、窒化ガリウムインゴットに保持部材を貼着するための部材として、融点が100℃程度のワックスが使用可能である一方、本件発明の加熱とは技術思想が異なる甲2発明の加熱において、「ガリウム(Ga)が溶融する温度以上であり、且つ、該ワックスが溶融する温度未満」、すなわち30℃?100℃程度で行うことの動機を見いだすことはできず、また、甲2発明における「吸着用の穴が形成された支持板50上にGaN原料基板10を載置し、当該穴の内部を減圧することにより支持板50とGaN原料基板10とを吸着させる方法(真空吸着)や、平滑化処理された支持板50とGaN原料基板10とを、純水などの流体を用いて吸着、接着する方法」によるGaN原料基板の支持板への吸着、接着することに代えて、上記「急激な加熱」に供する上記支持板の接着に、あえて融点が100℃程度と低いワックスを用いる動機もないといえる。

(イ) また、上記3(1)アの段落[0010]、[0011]及び同イの記載事項によれば、甲1には、窒化ガリウム系半導体結晶をレーザー処理した後、結晶上面にアルミニウム板を接着し、100?500℃の温度に加熱して、熱機械的な外部作用により機械的に脆弱な面に沿って引き裂くという技術的事項が記載されているものの、当該アルミニウム板の接着にワックスを用いることの開示はされていないばかりか、100?500℃の温度に加熱するということからすれば、当該接着にワックスは使用しないものと解するのが合理的である。

(ウ) 更に、上記イ(ウ)のとおり、甲3及び甲4は、甲2発明とは分離対象及び分離工程の前提となるレーザー照射工程を異にするものであるので、甲2発明に甲3及び甲4に記載の分離工程を適用する動機を見いだすには至らないというべきである。

(エ) したがって、本件発明1の相違点7に係る構成は、当業者といえども容易に想到し得たものとはいえない。

エ 小括
以上のとおりであるから、相違点4、5について検討するまでもなく、甲2に記載された発明及び甲1?4に記載された事項に基いて、本件発明1の進歩性を否定することはできない。

(4) 甲2発明に基づく本件発明2及び3の進歩性について
本件発明2及び3は、本件発明2の発明特定事項をすべて具備するものであるから、本件発明1と同様の理由により、甲2に記載された発明及び甲1?4に記載された事項に基いて、本件発明2及び3の進歩性を否定することはできない。

(5) まとめ
以上の検討のとおり、本件発明1?3は、甲1又は甲2に記載された発明に対して進歩性が欠如するということはできないから、請求項1?3に係る特許は、特許法第29条の規定に違反してされたものであるとはいえず、同法第113条第2号に該当しないため、特許異議申立理由(進歩性欠如)を理由に、取り消すことはできない。

第4 むすび

以上のとおり、請求項1?3に係る特許は、特許異議申立理由により取り消すことはできない。
また、ほかに本件特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。

 
異議決定日 2020-10-20 
出願番号 特願2015-181950(P2015-181950)
審決分類 P 1 651・ 121- Y (C30B)
最終処分 維持  
前審関与審査官 有田 恭子  
特許庁審判長 宮澤 尚之
特許庁審判官 村岡 一磨
金 公彦
登録日 2019-12-20 
登録番号 特許第6633326号(P6633326)
権利者 株式会社ディスコ
発明の名称 窒化ガリウム基板の生成方法  
代理人 鹿角 剛二  
代理人 金子 吉文  
代理人 奥貫 佐知子  
代理人 小野 尚純  

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