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審決分類 審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  H01M
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  H01M
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  H01M
審判 全部申し立て 2項進歩性  H01M
管理番号 1368133
異議申立番号 異議2020-700598  
総通号数 252 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2020-12-25 
種別 異議の決定 
異議申立日 2020-08-14 
確定日 2020-11-12 
異議申立件数
事件の表示 特許第6645792号発明「電極、リチウムイオン二次電池、電極の製造方法及びリチウムイオン二次電池の製造方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6645792号の請求項1?20に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6645792号(請求項の数20。以下,「本件特許」という。)は,平成27年10月5日を出願日とする特許出願(特願2015-198042号)に係るものであって,令和2年1月14日に設定登録されたものである(特許掲載公報の発行日は,令和2年2月14日である。)。
その後,令和2年8月14日に,本件特許の請求項1?20に係る特許に対して,特許異議申立人である安藤宏(以下,「申立人」という。)により,特許異議の申立てがされた。

第2 本件発明
本件特許の請求項1?20に係る発明は,本件特許の願書に添付した特許請求の範囲の請求項1?20に記載された事項により特定される以下のとおりのものである(以下,それぞれ「本件発明1」等という。また,本件特許の願書に添付した明細書を「本件明細書」という。)。

【請求項1】
集電体と,前記集電体上に形成された電極活物質層とを備え,前記電極活物質層は,活物質及びバインダーを含み,
前記バインダーは,第一の高分子化合物と,前記第一の高分子化合物よりも重量平均分子量(Mw)が小さい第二の高分子化合物とを含み,
[前記第一の高分子化合物のMw/前記第二の高分子化合物のMw]で表されるMw比が,1.5?10である電極であって,
前記バインダーの総質量に対して,前記第一の高分子化合物の含有比率が30?80質量%であり,前記第二の高分子化合物の含有比率が20?70質量%であり,
前記第一の高分子化合物及び前記第二の高分子化合物の少なくとも一方がカルボキシル基を有し,
前記カルボキシル基を有する高分子化合物は,一部のカルボキシル基の水素原子がリチウムイオンによって置換されている,電極。
【請求項2】
前記水素原子のリチウムイオンによる置換率が10?50モル%である,請求項1に記載の電極。
【請求項3】
前記Mw比が5?10である,請求項1又は2に記載の電極。
【請求項4】
前記第二の高分子化合物のMwが1万?400万である,請求項1?3の何れか一項に記載の電極。
【請求項5】
前記第二の高分子化合物のMwが10万?100万である,請求項1?4の何れか一項に記載の電極。
【請求項6】
前記活物質と前記バインダーの質量比(活物質/バインダー)が1?10である,請求項1?5の何れか一項に記載の電極。
【請求項7】
前記第一の高分子化合物及び前記第二の高分子化合物の少なくとも一方がポリ(メタ)アクリル酸又はその塩である,請求項1?6の何れか一項に記載の電極。
【請求項8】
前記活物質はリチウムを吸蔵可能な炭素材料又は金属酸化物を含む,請求項1?7の何れか一項に記載の電極。
【請求項9】
前記活物質は酸化ケイ素である,請求項8に記載の電極。
【請求項10】
請求項1?9の何れか一項に記載の電極と,対極と,電解質とを有するリチウムイオン二次電池。
【請求項11】
活物質及びバインダーを含む電極材を集電体又は基材に塗布した後,乾燥することによって電極活物質層を形成する工程を有する電極の製造方法であって,
前記バインダーは,第一の高分子化合物と,前記第一の高分子化合物よりも重量平均分子量(Mw)が小さい第二の高分子化合物とを含み,
[前記第一の高分子化合物のMw/前記第二の高分子化合物のMw]で表されるMw比が,1.5?10であり,
前記バインダーの総質量に対して,前記第一の高分子化合物の含有比率が30?80質量%であり,前記第二の高分子化合物の含有比率が20?70質量%であり,
前記第一の高分子化合物及び前記第二の高分子化合物の少なくとも一方がカルボキシル基を有し,
前記のカルボキシル基を有する高分子化合物は,一部のカルボキシル基の水素原子が,リチウムイオンによって置換されている,電極の製造方法。
【請求項12】
前記水素原子のリチウムイオンによる置換率が10?50モル%である,請求項11に記載の電極の製造方法。
【請求項13】
前記活物質と前記バインダーとを溶媒に分散することによって前記電極材を得る工程を有する,請求項11又は12に記載の電極の製造方法。
【請求項14】
前記の塗布された電極材を30?140℃で乾燥する,請求項11?13の何れか一項に記載の電極の製造方法。
【請求項15】
前記の塗布された電極材を乾燥し,形成される電極活物質層に含まれる溶媒の量を,前記電極活物質層の総質量に対して100ppm以下にする,請求項11?14の何れか一項に記載の電極の製造方法。
【請求項16】
前記電極材に含まれる前記活物質と前記バインダーの質量比(活物質/バインダー)が1?10である,請求項11?15の何れか一項に記載の電極の製造方法。
【請求項17】
前記活物質は,リチウムを吸蔵可能な炭素材料又は金属酸化物を含む,請求項11?16の何れか一項に記載の電極の製造方法。
【請求項18】
前記活物質は酸化ケイ素である,請求項11?17の何れか一項に記載の電極の製造方法。
【請求項19】
前記第一の高分子化合物及び前記第二の高分子化合物の少なくとも一方がポリ(メタ)アクリル酸又はその塩である,請求項11?18の何れか一項に記載の電極の製造方法。
【請求項20】
請求項11?19の何れか一項に記載の電極の製造方法によって電極を得る工程と,前記電極と対極との間に電解質を設置する工程を有する,リチウムイオン二次電池の製造方法。

第3 特許異議の申立ての理由の概要
本件特許の請求項1?20に係る特許は,下記1?7のとおり,特許法113条2号及び4号に該当する。証拠方法は,下記8の甲第1号証?甲第6号証(以下,単に「甲1」等という。)である。

1 申立理由1(新規性)
本件発明1?20は,甲1に記載された発明であり,特許法29条1項3号に該当し,特許を受けることができないものであるから,本件特許の請求項1?20に係る特許は,同法113条2号に該当する。
2 申立理由2(進歩性)
本件発明1?20は,甲1に記載された発明及び周知技術(甲3及び4)に基いて,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下,「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであり,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであるから,本件特許の請求項1?20に係る特許は,同法113条2号に該当する。
3 申立理由3(新規性)
本件発明1?8,10?17,19及び20は,甲2に記載された発明であり,特許法29条1項3号に該当し,特許を受けることができないものであるから,本件特許の請求項1?8,10?17,19及び20に係る特許は,同法113条2号に該当する。
4 申立理由4(進歩性)
本件発明1?20は,甲2に記載された発明,甲5及び6に記載された事項並びに周知技術(甲3及び4)に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものであり,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであるから,本件特許の請求項1?20に係る特許は,同法113条2号に該当する。
5 申立理由5(明確性要件)
本件発明1?20については,特許請求の範囲の記載が特許法36条6項2号に適合するものではないから,本件特許の請求項1?20に係る特許は,同法113条4号に該当する。
6 申立理由6(実施可能要件)
本件発明1?20については,発明の詳細な説明の記載が特許法36条4項1号に適合するものではないから,本件特許の請求項1?20に係る特許は,同法113条4号に該当する。
7 申立理由7(サポート要件)
本件発明1?20については,特許請求の範囲の記載が特許法36条6項1号に適合するものではないから,本件特許の請求項1?20に係る特許は,同法113条4号に該当する。
8 証拠方法
・甲1 特開2009-252348号公報
・甲2 特開2002-50360号公報
・甲3 特開2015-88450号公報
・甲4 特開2014-167901号公報
・甲5 特開平3-243668号公報
・甲6 特開2005-263617号公報

第4 当審の判断
以下に述べるように,特許異議申立書に記載した特許異議の申立ての理由によっては,本件特許の請求項1?20に係る特許を取り消すことはできない。

1 申立理由1(新規性),申立理由2(進歩性)
(1)甲1に記載された発明
甲1の記載(請求項1,2,【0012】,【0026】,【0043】?【0113】,表1?7,図1?3)によれば,特に,請求項1のほか,表1に示される電池A18(【0043】?【0048】,【0052】)に着目すると,甲1には,以下の発明が記載されていると認められる。

「可逆的にリチウムの吸蔵・放出が可能な正極と,珪素を含み,可逆的にリチウムの吸蔵・放出が可能な負極活物質と結着剤とを含む負極と,前記正極と前記負極との間に介在する非水電解質とを備える非水電解質電池における負極であって,
メカニカルアロイング法によって作製したTi41-Si59合金である負極活物質と,カーボンブラックである導電剤と,重量平均分子量が30万の非架橋型ポリアクリル酸水溶液と重量平均分子量が200万の非架橋型ポリアクリル酸水溶液とを固形分の質量比率で30:70となるように攪拌混合して作製した結着剤とを,固形分の質量比率で100:20:10となるように調練合して調製した合剤を,ペレット状に成型し,160℃で12時間乾燥して得られた,負極。」(以下,「甲1発明」という。)

(2)本件発明1について
ア 対比
本件発明1と甲1発明とを対比する。
(ア)甲1発明における「負極」は,本件発明1における「電極」に相当する。
(イ)甲1発明における「珪素を含み,可逆的にリチウムの吸蔵・放出が可能な」「メカニカルアロイング法によって作製したTi41-Si59合金である負極活物質」は,本件発明1における「活物質」に相当する。
また,甲1発明における「重量平均分子量が30万の非架橋型ポリアクリル酸水溶液と重量平均分子量が200万の非架橋型ポリアクリル酸水溶液とを固形分の質量比率で30:70となるように攪拌混合して作製した結着剤」は,本件発明1における「バインダー」に相当する。
そうすると,甲1発明における「負極活物質と結着剤とを含む」「ペレット状に成型」された「負極」は,本件発明1における「活物質及びバインダーを含」む「電極活物質層」に相当する。
(ウ)甲1発明において,結着剤に含まれる「重量平均分子量が200万の非架橋型ポリアクリル酸」,「重量平均分子量が30万の非架橋型ポリアクリル酸」は,それぞれ,本件発明1において,バインダーに含まれる「第一の高分子化合物」,「前記第一の高分子化合物よりも重量平均分子量(Mw)が小さい第二の高分子化合物」に相当する。
(エ)甲1発明において,「重量平均分子量が200万の非架橋型ポリアクリル酸」と「重量平均分子量が30万の非架橋型ポリアクリル酸」の重量平均分子量の比が6.7(=200万/30万)であることは,本件発明1において,「[前記第一の高分子化合物のMw/前記第二の高分子化合物のMw]で表されるMw比が,1.5?10である」ことに相当する。
(オ)甲1発明における結着剤は,「重量平均分子量が30万の非架橋型ポリアクリル酸水溶液と重量平均分子量が200万の非架橋型ポリアクリル酸水溶液とを固形分の質量比率で30:70となるように攪拌混合して作製した」ものである。
そうすると,甲1発明において,結着剤の総質量に対して,「重量平均分子量が200万の非架橋型ポリアクリル酸」の含有比率が「70」質量%であり,「重量平均分子量が30万の非架橋型ポリアクリル酸」の含有比率が「30」質量%であることは,本件発明1において,「前記バインダーの総質量に対して,前記第一の高分子化合物の含有比率が30?80質量%であり,前記第二の高分子化合物の含有比率が20?70質量%であ」ることに相当する。
(カ)甲1発明における「重量平均分子量が200万の非架橋型ポリアクリル酸」及び「重量平均分子量が30万の非架橋型ポリアクリル酸」は,いずれもカルボキシル基を有するものであるから,本件発明1における「前記第一の高分子化合物及び前記第二の高分子化合物の少なくとも一方がカルボキシル基を有」することに相当する。
(キ)以上によれば,本件発明1と甲1発明とは,
「電極活物質層を備え,前記電極活物質層は,活物質及びバインダーを含み,
前記バインダーは,第一の高分子化合物と,前記第一の高分子化合物よりも重量平均分子量(Mw)が小さい第二の高分子化合物とを含み,
[前記第一の高分子化合物のMw/前記第二の高分子化合物のMw]で表されるMw比が,1.5?10である電極であって,
前記バインダーの総質量に対して,前記第一の高分子化合物の含有比率が30?80質量%であり,前記第二の高分子化合物の含有比率が20?70質量%であり,
前記第一の高分子化合物及び前記第二の高分子化合物の少なくとも一方がカルボキシル基を有する,電極。」
の点で一致し,以下の点で相違する。
・相違点1
本件発明1では,「前記カルボキシル基を有する高分子化合物は,一部のカルボキシル基の水素原子がリチウムイオンによって置換されている」のに対して,甲1発明では,「重量平均分子量が200万の非架橋型ポリアクリル酸」及び「重量平均分子量が30万の非架橋型ポリアクリル酸」は,いずれもカルボキシル基を有するものの,「一部のカルボキシル基の水素原子がリチウムイオンによって置換されている」ものではない点。
・相違点2
本件発明1では,電極が「集電体」を備え,活物質及びバインダーを含む電極活物質層が「集電体上に形成され」ているのに対して,甲1発明では,負極が「集電体」を備えず,負極活物質と結着剤とを含むペレット状に成型された負極は「集電体上に形成され」ていない点。

イ 相違点1の検討
(ア)まず,相違点1が実質的な相違点であるか否かについて検討する。
甲1発明に係る負極に含まれる結着剤は,「重量平均分子量が200万の非架橋型ポリアクリル酸」と,「重量平均分子量が30万の非架橋型ポリアクリル酸」とからなるものであるが,これらはいずれもカルボキシル基を有するものの,「一部のカルボキシル基の水素原子がリチウムイオンによって置換されている」ものではない。
以上によれば,相違点1は実質的な相違点である。
したがって,相違点2について検討するまでもなく,本件発明1は,甲1に記載された発明であるとはいえない。

(イ)次に,相違点1の容易想到性について検討する。
a 甲1には,非水電解質電池における負極に含まれる結着剤について,「前記結着剤は,重量平均分子量が2万以上,30万以下の非架橋型ポリアクリル酸である第1成分と,重量平均分子量が50万以上,300万以下の非架橋型ポリアクリル酸である第2成分との混合物である」(請求項1)との記載があり,結着剤として,非架橋型ポリアクリル酸を用いることが記載されている。現に,甲1発明においても,非架橋型ポリアクリル酸が用いられている。
また,甲1には,「負極4の結着剤は,同程度の重量平均分子量を有するポリアクリル酸塩であれば同様の効果を示す。」(【0037】)との記載があることから,結着剤として,上記の非架橋型ポリアクリル酸のほかに,ポリアクリル酸塩も用いることができることが理解できる。
そして,甲3及び4には,非水電解質電池であるリチウムイオン二次電池の負極に用いられるバインダー(結着剤)として,ポリアクリル酸と並んで,ポリアクリル酸塩であるポリアクリル酸リチウム(すなわち,ポリアクリル酸のカルボキシル基の水素原子がリチウムイオンによって置換され,リチウム塩とされたもの)が例示されている(甲3の請求項1,【0030】,甲4の請求項1,【0028】)。
また,甲3には,全酸基の50モル%がリチウム塩とされたポリアクリル酸リチウム,すなわち,ポリアクリル酸の「一部のカルボキシル基の水素原子がリチウムイオンによって置換されている」ものが記載されている(【0112】)。
b しかしながら,バインダー(結着剤)として用いられるポリアクリル酸塩としては,上記のポリアクリル酸リチウムのようなリチウム塩のほかに,ナトリウム塩やカリウム塩等も知られており(例えば,甲2の【0004】を参照。),ポリアクリル酸塩といえば,当然にリチウム塩であるポリアクリル酸リチウムを意味するとはいえない。
また,ポリアクリル酸リチウムについても,全部のカルボキシル基の水素原子がリチウムイオンによって置換されているものも想定されるから,ポリアクリル酸リチウムといえば,当然にポリアクリル酸の「一部のカルボキシル基の水素原子がリチウムイオンによって置換されている」ものを意味するとはいえない。
そして,甲1,3及び4の記載を考慮しても,各種のポリアクリル酸塩のうち,ポリアクリル酸の「一部のカルボキシル基の水素原子がリチウムイオンによって置換されている」ものが,非水電解質電池における負極に含まれる結着剤として,特に優れたものであることを伺わせる事情は見当たらない。
c ここで,本件明細書の記載(【0016】,【0033】,【0036】)によれば,本件発明1においては,バインダーに含まれる高分子化合物がカルボキシル基を有することにより,活物質と高分子化合物の結合力が向上するものであり,また,「一部のカルボキシル基の水素原子がリチウムイオンによって置換されている」ことにより,カルボキシル基どうしの相互作用が抑制され,高分子どうしの凝集が抑えられ,分散性が向上するため,容量維持率を向上できるという技術的意義を有するものである。
しかしながら,このような技術的意義については,甲1,3及び4のいずれにも記載されておらず,また,技術常識であると認めるに足りる証拠もない。
d そうすると,このような本件発明1の技術的意義も踏まえると,甲1の記載から,結着剤として,非架橋型ポリアクリル酸のほかに,ポリアクリル酸塩も用いることができることが理解できるとしても,当業者が,甲1発明に係る負極に含まれる結着剤として,非架橋型ポリアクリル酸に代えて,ポリアクリル酸塩を用いることとし,そのポリアクリル酸塩として,ポリアクリル酸の「一部のカルボキシル基の水素原子がリチウムイオンによって置換されている」ものを用いることが動機付けられるとはいえない。
e 以上によれば,甲1発明において,「重量平均分子量が200万の非架橋型ポリアクリル酸」及び「重量平均分子量が30万の非架橋型ポリアクリル酸」に代えて,同程度の重量平均分子量を有するポリアクリル酸塩を用いることとし,そのポリアクリル酸塩として,ポリアクリル酸の「一部のカルボキシル基の水素原子がリチウムイオンによって置換されている」ものを用いることが,当業者が容易に想到することができたということはできない。
したがって,相違点2について検討するまでもなく,本件発明1は,甲1に記載された発明及び周知技術(甲3及び4)に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

ウ 小括
以上のとおり,本件発明1は,甲1に記載された発明であるとはいえず,また,甲1に記載された発明及び周知技術(甲3及び4)に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(3)本件発明11について
本件発明1は,集電体と,前記集電体上に形成された電極活物質層とを備え,前記電極活物質層は,活物質及びバインダーを含む,電極に関する発明である。
一方,本件発明11は,活物質及びバインダーを含む電極材を集電体又は基材に塗布した後,乾燥することによって電極活物質層を形成する工程を有する電極の製造方法に関する発明であるところ,本件発明11で用いられるバインダーは,本件発明1で用いられるバインダーと同じものである。
そうすると,本件発明11についても,上記(2)で本件発明1について述べたのと同様の理由により,甲1に記載された発明であるとはいえず,また,甲1に記載された発明及び周知技術(甲3及び4)に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(4)本件発明2?10及び12?20について
本件発明2?10及び12?20は,本件発明1又は11を直接又は間接的に引用するものであるが,上記(2),(3)で述べたとおり,本件発明1及び11が,甲1に記載された発明であるとはいえず,また,甲1に記載された発明及び周知技術(甲3及び4)に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない以上,本件発明2?10及び12?20についても同様に,甲1に記載された発明であるとはいえず,また,甲1に記載された発明及び周知技術(甲3及び4)に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(5)まとめ
以上のとおり,本件発明1?20は,甲1に記載された発明であるとはいえない。
また,本件発明1?20は,甲1に記載された発明及び周知技術(甲3及び4)に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
したがって,申立理由1(新規性),申立理由2(進歩性)によっては,本件特許の請求項1?20に係る特許を取り消すことはできない。

2 申立理由3(新規性),申立理由4(進歩性)
(1)甲2に記載された発明
ア 甲2の記載(請求項1,4,5,【0006】,【0008】?【0010】,【0019】)によれば,甲2には,以下の発明が記載されていると認められる。

「ポリ(メタ)アクリル酸のリチウム塩とカルボキシメチルセルロースのナトリウム塩とからなるリチウムイオン二次電池電極用バインダーと活物質とを含有するリチウムイオン二次電池電極用スラリーを,金属箔などの集電体に塗布し,乾燥して集電体表面に活物質を固定することで製造されたリチウムイオン二次電池用電極であって,
ポリ(メタ)アクリル酸のリチウム塩の重量平均分子量が1000?500万であり,
カルボキシメチルセルロースのナトリウム塩のエーテル化度が0.5?1.0,平均重合度が100?2000であり,
ポリ(メタ)アクリル酸のリチウム塩は,活物質100重量部に対して,0.01?5重量部であり,
カルボキシメチルセルロースのナトリウム塩は,活物質100重量部に対して,0.01?2重量部である,リチウムイオン二次電池用電極。」(以下,「甲2発明1」という。)

イ 甲2の記載(請求項2,4,5,【0006】,【0008】?【0014】,【0016】,【0017】,【0019】,【0025】?【0037】,表1)によれば,特に実施例1(【0027】,【0030】)に着目すると,甲2には,以下の発明が記載されていると認められる。

「負極スラリーを銅箔(厚さ18μm)にドクターブレード法によって均一に塗布し,150℃で15分間乾燥機で乾燥し,さらに真空乾燥機にて5torr,150℃で2時間減圧乾燥した後,2軸のロールプレスによって活物質密度が負極1.5g/cm^(3)となるように圧縮して得られた,活物質層の厚さが80μmである負極電極であって,
ポリアクリル酸(重量平均分子量約100万)2重量部を,イオン交換水998重量部に溶解した後,13重量%水酸化リチウム水溶液を12重量部加えて,ポリアクリル酸のリチウム塩水溶液を得て,天然黒鉛100重量部に,上記ポリアクリル酸のリチウム塩水溶液の固形分0.5重量部相当量と,カルボキシメチルセルロースのナトリウム塩(第一工業製薬社製:商品名「セロゲンWS-C」)の1重量%水溶液の固形分0.4重量部相当量と,40重量%スチレンブタジエンゴムラテックス(スチレン含量36重量%)の固形分1.5重量部相当量とを加え,更に,スラリー中の全固形分が33.2重量%になるまで水を加えて,十分に攪拌し,得られた負極スラリーを用いて製造した,負極電極。」(以下,「甲2発明2」という。)

(2)本件発明1について
ア 甲2発明1との対比
(ア)対比
本件発明1と甲2発明1とを対比する。
a 甲2発明1における「リチウムイオン二次電池用電極」は,本件発明1における「電極」に相当する。
b 甲2発明1における「ポリ(メタ)アクリル酸のリチウム塩とカルボキシメチルセルロースのナトリウム塩とからなるリチウムイオン二次電池電極用バインダー」,「金属箔などの集電体」は,それぞれ,本件発明1における「バインダー」,「集電体」に相当する。
そうすると,甲2発明1における「リチウムイオン二次電池電極用バインダーと活物質とを含有するリチウムイオン二次電池電極用スラリーを,金属箔などの集電体に塗布し,乾燥して集電体表面に活物質を固定」したものは,本件発明1における「集電体上に形成された」「活物質及びバインダーを含」む「電極活物質層」に相当する。
c 本件発明1において,「前記バインダーは,第一の高分子化合物と,前記第一の高分子化合物よりも重量平均分子量(Mw)が小さい第二の高分子化合物とを含」むことと,甲2発明1において,「リチウムイオン二次電池電極用バインダー」が,「重量平均分子量が1000?500万であ」る「ポリ(メタ)アクリル酸のリチウム塩」と,「エーテル化度が0.5?1.0,平均重合度が100?2000であ」る「カルボキシメチルセルロースのナトリウム塩」とからなることは,いずれも,バインダーが2種類の高分子化合物を含む限りで共通する。
d 以上によれば,本件発明1と甲2発明1とは,
「集電体と,前記集電体上に形成された電極活物質層とを備え,前記電極活物質層は,活物質及びバインダーを含み,
前記バインダーは,2種類の高分子化合物を含む,電極。」
の点で一致し,以下の点で相違する。
・相違点3
本件発明1では,バインダーに含まれる2種類の高分子化合物が,「第一の高分子化合物」と,「前記第一の高分子化合物よりも重量平均分子量(Mw)が小さい第二の高分子化合物」であり,「[前記第一の高分子化合物のMw/前記第二の高分子化合物のMw]で表されるMw比が,1.5?10である」のに対して,甲2発明1では,「重量平均分子量が1000?500万であ」る「ポリ(メタ)アクリル酸のリチウム塩」と,「エーテル化度が0.5?1.0,平均重合度が100?2000であ」る「カルボキシメチルセルロースのナトリウム塩」である点。
・相違点4
本件発明1では,「前記バインダーの総質量に対して,前記第一の高分子化合物の含有比率が30?80質量%であり,前記第二の高分子化合物の含有比率が20?70質量%であ」るのに対して,甲2発明1では,「ポリ(メタ)アクリル酸のリチウム塩は,活物質100重量部に対して,0.01?5重量部であり,カルボキシメチルセルロースのナトリウム塩は,活物質100重量部に対して,0.01?2重量部である」点。
・相違点5
本件発明1では,「前記第一の高分子化合物及び前記第二の高分子化合物の少なくとも一方がカルボキシル基を有し,前記カルボキシル基を有する高分子化合物は,一部のカルボキシル基の水素原子がリチウムイオンによって置換されている」のに対して,甲2発明1では,「ポリ(メタ)アクリル酸のリチウム塩」は,ポリ(メタ)アクリル酸におけるカルボキシル基の水素原子がリチウムイオンによって置換されているものの,「一部のカルボキシル基の水素原子がリチウムイオンによって置換されている」かどうか不明である点。

(イ)相違点3の検討
a まず,相違点3が実質的な相違点であるか否かについて検討する。
(a)甲2発明1に係る電極に含まれるバインダーは,ポリ(メタ)アクリル酸のリチウム塩とカルボキシメチルセルロースのナトリウム塩とからなるものであるところ,ポリ(メタ)アクリル酸のリチウム塩の重量平均分子量は1000?500万であるものの,カルボキシメチルセルロースのナトリウム塩の重量平均分子量は不明であるから,いずれが,本件発明1における「第一の高分子化合物」に相当し,「前記第一の高分子化合物よりも重量平均分子量(Mw)が小さい第二の高分子化合物」に相当するかは,明らかでない。
また,そうである以上,甲2発明1において,本件発明1における「[前記第一の高分子化合物のMw/前記第二の高分子化合物のMw]で表されるMw比が,1.5?10である」との条件を満たすかどうかも不明である。
(b)この点,申立人は,カルボキシメチルセルロースのナトリウム塩を構成するグルコース単位の分子量は180であり,エーテル化度に応じて,グルコース単位中の「-OH」が「-OCH_(2)COONa」で置換されているから,エーテル化度が0.5,平均重合度が100の場合,分子量は22050であり,エーテル化度が1.0,平均重合度が2000の場合,分子量は522000であるとして,甲2には,バインダーが,ポリ(メタ)アクリル酸のリチウム塩と,それより分子量が小さいカルボキシメチルセルロースのナトリウム塩を含むことが記載されていると主張する。
しかしながら,申立人が主張するように,カルボキシメチルセルロースのナトリウム塩が22050や522000という分子量を有し得るとしても,ポリ(メタ)アクリル酸のリチウム塩の重量平均分子量の下限値が「1000」である以上,必ず,ポリ(メタ)アクリル酸のリチウム塩の重量平均分子量のほうが大きく,カルボキシメチルセルロースのナトリウム塩の重量平均分子量のほうが小さいとはいえない。
そうすると,申立人の主張を前提としても,甲2には,バインダーが,ポリ(メタ)アクリル酸のリチウム塩と,それにより分子量が小さいカルボキシメチルセルロースのナトリウム塩を含むことが記載されているということはできない。
よって,申立人の主張は採用できない。
(c)以上によれば,相違点3は実質的な相違点である。
したがって,相違点4及び5について検討するまでもなく,本件発明1は,甲2に記載された発明であるとはいえない。

b 次に,相違点3の容易想到性について検討する。
甲2のほか,甲3?6にも,バインダーに含まれるポリ(メタ)アクリル酸のリチウム塩とカルボキシメチルセルロースのナトリウム塩の,いずれか一方の重量平均分子量を大きくし(本件発明1における「第一の高分子化合物」に相当する。),他方の重量平均分子量を小さくして(本件発明1における「第二の高分子化合物」に相当する。),それらの比を,「[前記第一の高分子化合物のMw/前記第二の高分子化合物のMw]で表されるMw比が,1.5?10」に制御することについては,何ら記載されておらず,また,そのようなことが技術常識であるともいえない。
そうすると,甲2発明1において,バインダーに含まれるポリ(メタ)アクリル酸のリチウム塩とカルボキシメチルセルロースのナトリウム塩の,いずれか一方の重量平均分子量を大きくし,他方の重量平均分子量を小さくして,それらの比を,「[前記第一の高分子化合物のMw/前記第二の高分子化合物のMw]で表されるMw比が,1.5?10」に制御することが,当業者が容易に想到することができたということはできない。
したがって,相違点4及び5について検討するまでもなく,本件発明1は,甲2に記載された発明,甲5及び6に記載された事項並びに周知技術(甲3及び4)に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

イ 甲2発明2との対比
(ア)対比
a 甲2発明2における「負極電極」は,本件発明1における「電極」に相当する。
b 甲2発明2における「天然黒鉛」は,甲2の「特に好ましい負極活物質としては,・・・天然黒鉛・・・などの炭素質材料が一般的に使用される」(【0017】)との記載によれば,負極活物質であるから,本件発明1における「活物質」に相当する。
また,甲2発明2における負極スラリーに含まれる「ポリアクリル酸のリチウム塩」,「カルボキシメチルセルロースのナトリウム塩」,「スチレン含量36重量%」である「スチレンブタジエンゴム」は,甲2の「ポリ(メタ)アクリル酸のリチウム塩,カルボキシメチルセルロースのナトリウム塩,及びポリマー粒子とからなるリチウムイオン二次電池電極用バインダー。」(請求項2),「本発明に係わるポリマー粒子に用いられるポリマーの具体例としては,ジエン系ポリマー・・・等が例示され,具体的には,・・・スチレン-1,3-ブタジエンコポリマー・・・などのジエン系ポリマー・・・などが挙げられる。」(【0011】,【0012】)との記載によれば,いずれもバインダーであるから,本件発明1における「バインダー」に相当する。
さらに,甲2発明2における「銅箔(厚さ18μm)」は,甲2の「集電体は,導電性材料からなるものであれば特に制限されないが,・・・本発明においては,特に・・・負極は銅が好ましい。・・・通常,厚さ0.001?0.5mm程度のシート状のものである。」(【0019】)との記載によれば,集電体であるから,本件発明1における「集電体」に相当する。
そうすると,甲2発明2において,「天然黒鉛」,「ポリアクリル酸のリチウム塩」,「カルボキシメチルセルロースのナトリウム塩」,「スチレン含量36重量%」である「スチレンブタジエンゴム」を含む「負極スラリーを銅箔(厚さ18μm)にドクターブレード法によって均一に塗布し,150℃で15分間乾燥機で乾燥し,さらに真空乾燥機にて5torr,150℃で2時間減圧乾燥した後,2軸のロールプレスによって活物質密度が負極1.5g/cm^(3)となるように圧縮して得られた」「厚さが80μm」の「活物質層」は,本件発明1における「集電体上に形成された」「活物質及びバインダーを含」む「電極活物質層」に相当する。
c 本件発明1において,「前記バインダーは,第一の高分子化合物と,前記第一の高分子化合物よりも重量平均分子量(Mw)が小さい第二の高分子化合物とを含」むことと,甲2発明2において,バインダーとして,「ポリアクリル酸のリチウム塩」,「カルボキシメチルセルロースのナトリウム塩」,「スチレン含量36重量%」である「スチレンブタジエンゴム」を含むことは,いずれも,バインダーが少なくとも2種類の高分子化合物を含む限りで共通する。
d 以上によれば,本件発明1と甲2発明2とは,
「集電体と,前記集電体上に形成された電極活物質層とを備え,前記電極活物質層は,活物質及びバインダーを含み,
前記バインダーは,少なくとも2種類の高分子化合物を含む,電極。」
の点で一致し,以下の点で相違する。
・相違点3’
本件発明1では,バインダーに含まれる少なくとも2種類の高分子化合物が,「第一の高分子化合物」と,「前記第一の高分子化合物よりも重量平均分子量(Mw)が小さい第二の高分子化合物」であり,「[前記第一の高分子化合物のMw/前記第二の高分子化合物のMw]で表されるMw比が,1.5?10である」のに対して,甲2発明2では,「ポリアクリル酸のリチウム塩」と,「カルボキシメチルセルロースのナトリウム塩」と,「スチレン含量36重量%」である「スチレンブタジエンゴム」である点。
・相違点4’
本件発明1では,「前記バインダーの総質量に対して,前記第一の高分子化合物の含有比率が30?80質量%であり,前記第二の高分子化合物の含有比率が20?70質量%であ」るのに対して,甲2発明2では,「ポリアクリル酸のリチウム塩」が「0.5重量部」,「カルボキシメチルセルロースのナトリウム塩」が「0.4重量部」,「スチレン含量36%」である「スチレンブタジエンゴム」が「1.5重量部」である点。
・相違点5’
本件発明1では,「前記第一の高分子化合物及び前記第二の高分子化合物の少なくとも一方がカルボキシル基を有し,前記カルボキシル基を有する高分子化合物は,一部のカルボキシル基の水素原子がリチウムイオンによって置換されている」のに対して,甲2発明2では,「ポリアクリル酸のリチウム塩」は,ポリアクリル酸におけるカルボキシル基の水素原子がリチウムイオンによって置換されているものの,「一部のカルボキシル基の水素原子がリチウムイオンによって置換されている」かどうか不明である点。

(イ)相違点3’及び4’の検討
a まず,相違点3’及び4’が実質的な相違点であるか否かについて,まとめて検討する。
(a)甲2発明2に係る負極電極に含まれるバインダーは,ポリアクリル酸のリチウム塩と,カルボキシメチルセルロースのナトリウム塩と,スチレン含量36重量%であるスチレンブタジエンゴムの,3種の高分子化合物からなるものである。
これらのうち,ポリアクリル酸のリチウム塩は,ポリアクリル酸を水酸化リチウムと反応させることにより得られたものであるところ,ポリアクリル酸の重量平均分子量は約100万であることから,ポリアクリル酸のリチウム塩についても,概ね同程度の重量平均分子量を有するものと解される。
しかしながら,カルボキシメチルセルロースのナトリウム塩と,スチレン含量36重量%であるスチレンブタジエンゴムの重量平均分子量は不明であるから,上記の3種の高分子化合物のうち,いずれが,本件発明1における「第一の高分子化合物」に相当し,「前記第一の高分子化合物よりも重量平均分子量(Mw)が小さい第二の高分子化合物」に相当するかは,明らかでない。
また,そうである以上,甲2発明2において,本件発明1における「[前記第一の高分子化合物のMw/前記第二の高分子化合物のMw]で表されるMw比が,1.5?10である」との条件を満たすかどうか,また,同「前記バインダーの総質量に対して,前記第一の高分子化合物の含有比率が30?80質量%であり,前記第二の高分子化合物の含有比率が20?70質量%であ」るとの条件を満たすかどうかも不明である。
(b)この点,申立人は,カルボキシメチルセルロースのナトリウム塩は,「第一工業製薬社製:商品名「セロゲンWS-C」であるところ,甲5(3頁右下欄2?5行)及び甲6(【0198】)によれば,平均分子量が128000?135000であるから,甲2には,バインダーが,ポリアクリル酸のリチウム塩と,それより分子量が小さいカルボキシメチルセルロースのナトリウム塩を含むこと,[ポリアクリル酸のリチウム塩のMw/カルボキシメチルセルロースのナトリウム塩のMw]で表されるMw比が,1.5?10であること,バインダーの総質量に対して,ポリアクリル酸のリチウム塩の含有比率が30?80質量%であり,カルボキシメチルセルロースのナトリウム塩の含有比率が20?70質量%であることが記載されていると主張する。
しかしながら,申立人が主張するように,仮に,甲2発明2における「ポリアクリル酸のリチウム塩」,「カルボキシメチルセルロースのナトリウム塩」が,それぞれ,本件発明1における「第一の高分子化合物」,「前記第一の高分子化合物よりも重量平均分子量(Mw)が小さい第二の高分子化合物」に相当するとしても,甲2発明2に係る負極電極に含まれるバインダーは,上記のとおり,ポリアクリル酸のリチウム塩と,カルボキシメチルセルロースのナトリウム塩と,スチレン含量36重量%であるスチレンブタジエンゴムの,3種の高分子化合物からなるものである。
この点を踏まえて,バインダーの総質量に対する各成分の含有比率を計算してみると,ポリアクリル酸のリチウム塩の含有比率は,20.8重量%(=0.5重量部/(0.5重量部+0.4重量部+1.5重量部))であり,カルボキシメチルセルロースのナトリウム塩の含有比率は,16.7重量%(=0.4重量部/(0.5重量部+0.4重量部+1.5重量部))であるから,本件発明1における「前記バインダーの総質量に対して,前記第一の高分子化合物の含有比率が30?80質量%であり,前記第二の高分子化合物の含有比率が20?70質量%」を満たすものではない。
そうすると,申立人の主張を前提としても,少なくとも,甲2には,バインダーの総質量に対して,ポリアクリル酸のリチウム塩の含有比率が30?80質量%であり,カルボキシメチルセルロースのナトリウム塩の含有比率が20?70質量%であることが記載されているということはできない。
よって,申立人の主張は採用できない。
(c)以上によれば,相違点3’及び4’は実質的な相違点である。
したがって,相違点5’について検討するまでもなく,本件発明1は,甲2に記載された発明であるとはいえない。

b 次に,相違点3’及び4’の容易想到性について検討する。
甲2のほか,甲3?6にも,バインダーに含まれるポリアクリル酸のリチウム塩と,カルボキシメチルセルロースのナトリウム塩と,スチレン含量36重量%であるスチレンブタジエンゴムの,3種の高分子化合物のうち,いずれかの高分子化合物の重量平均分子量を大きくし(本件発明1における「第一の高分子化合物」に相当する。),それ以外の高分子化合物の重量平均分子量を小さくして(本件発明1における「第二の高分子化合物」に相当する。),それらの比を,「[前記第一の高分子化合物のMw/前記第二の高分子化合物のMw]で表されるMw比が,1.5?10」に制御するとともに,「前記バインダーの総質量に対して,前記第一の高分子化合物の含有比率が30?80質量%であり,前記第二の高分子化合物の含有比率が20?70質量%」とすることについては,何ら記載されておらず,また,そのようなことが技術常識であるともいえない。
そうすると,甲2発明2において,バインダーに含まれるポリアクリル酸のリチウム塩と,カルボキシメチルセルロースのナトリウム塩と,スチレン含量36重量%であるスチレンブタジエンゴムの,3種の高分子化合物のうち,いずれかの高分子化合物の重量平均分子量を大きくし,それ以外の高分子化合物の重量平均分子量を小さくして,それらの比を,「[前記第一の高分子化合物のMw/前記第二の高分子化合物のMw]で表されるMw比が,1.5?10」に制御するとともに,「前記バインダーの総質量に対して,前記第一の高分子化合物の含有比率が30?80質量%であり,前記第二の高分子化合物の含有比率が20?70質量%」とすることが,当業者が容易に想到することができたということはできない。
したがって,相違点5’について検討するまでもなく,本件発明1は,甲2に記載された発明,甲5及び6に記載された事項並びに周知技術(甲3及び4)に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

ウ 小括
以上のとおり,本件発明1は,甲2に記載された発明であるとはいえず,また,甲2に記載された発明,甲5及び6に記載された事項並びに周知技術(甲3及び4)に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(3)本件発明11について
本件発明11は,電極の製造方法に関する発明であるところ,上記1(3)で述べたとおり,本件発明11で用いられるバインダーは,本件発明1で用いられるバインダーと同じものである。
そうすると,本件発明11についても,上記(2)で本件発明1について述べたのと同様の理由により,甲2に記載された発明であるとはいえず,また,甲2に記載された発明,甲5及び6に記載された事項並びに周知技術(甲3及び4)に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(4)本件発明2?10及び12?20について
本件発明2?10及び12?20は,本件発明1又は11を直接又は間接的に引用するものであるが,上記(2),(3)で述べたとおり,本件発明1及び11が,甲2に記載された発明であるとはいえず,また,甲2に記載された発明,甲5及び6に記載された事項並びに周知技術(甲3及び4)に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない以上,本件発明2?10及び12?20についても同様に,甲2に記載された発明であるとはいえず,また,甲2に記載された発明,甲5及び6に記載された事項並びに周知技術(甲3及び4)に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(5)まとめ
以上のとおり,本件発明1?8,10?17,19及び20は,甲2に記載された発明であるとはいえない。
また,本件発明1?20は,甲2に記載された発明,甲5及び6に記載された事項並びに周知技術(甲3及び4)に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
したがって,申立理由3(新規性),申立理由4(進歩性)によっては,本件特許の請求項1?20に係る特許を取り消すことはできない。

3 申立理由5(明確性要件)
(1)本件発明1?20について
請求項1?20に記載される事項に不明確なところはなく,その意味は明確であるから,本件発明1?20は明確である。

(2)申立人の主張について
ア 申立人は,本件発明1におけるバインダーには,バインダーの総質量に対して,最大50質量%の第三の高分子化合物が含まれ得るところ,例えば,バインダーが3種類の高分子化合物で構成される場合,3種類のうち,どれを第一の高分子化合物とし,どれを第二の高分子化合物とし,どれをそれ以外の高分子化合物(第三の高分子化合物)とするのか不明確であり,また,3種類のうち,どの2つをとっても,「[前記第一の高分子化合物のMw/前記第二の高分子化合物のMw]で表されるMw比が,1.5?10である」との要件を満たす必要があるのか,いずれか2つのみが当該要件を満たせばよいのか不明確であり,さらに,バインダーが4種類以上の高分子化合物で構成される場合についても同様であるから,本件発明1は不明確であると主張する。また,本件発明2?20についても同様に主張する。(申立書17頁)
しかしながら,請求項1における「第一の高分子化合物と,前記第一の高分子化合物よりも重量平均分子量(Mw)が小さい第二の高分子化合物とを含み」,「[前記第一の高分子化合物のMw/前記第二の高分子化合物のMw]で表されるMw比が,1.5?10である」との記載によれば,本件明細書の記載(【0024】,【0025】)も考慮すると,本件発明1におけるバインダーは,(ア)重量平均分子量(Mw)が相違する2種類の高分子化合物である,第一の高分子化合物と第二の高分子化合物を含むものであり,(イ)2種類の高分子化合物のうち,相対的に大きいMwを有するものが第一の高分子化合物であり,相対的に小さいMwを有するものが第二の高分子化合物であり,(ウ)第二の高分子化合物のMwに対する第一の高分子化合物のMwの比が1.5?10であるものである。
そうすると,バインダーが2種類の高分子化合物で構成される場合については,その2種類の高分子化合物のMwが相違するのであれば,相対的に大きいMwを有するものが第一の高分子化合物であり,相対的に小さいMwを有するものが第二の高分子化合物であるといえる。そして,上記のとおり,第一の高分子化合物と第二の高分子化合物が決まれば,「[前記第一の高分子化合物のMw/前記第二の高分子化合物のMw]で表されるMw比」も決まるといえる。
また,バインダーが3種類以上の高分子化合物で構成される場合についても同様であり,本件発明1におけるバインダーが,Mwが相違する2種類の高分子化合物を含むものである(上記(ア)参照)ことを踏まえると,バインダーを構成する3種類以上の高分子化合物のうち,いずれか2種類の高分子化合物に着目し,それらのMwが相違するのであれば,相対的に大きいMwを有するものが第一の高分子化合物であり,相対的に小さいMwを有するものが第二の高分子化合物であるといえる。そして,上記のとおり,第一の高分子化合物と第二の高分子化合物が,3種類以上の高分子化合物のうちの2種類の高分子化合物に決まれば,これら2種類の高分子化合物についての,「[前記第一の高分子化合物のMw/前記第二の高分子化合物のMw]で表されるMw比」も決まるといえる。
以上によれば,本件発明1は不明確であるとはいえない。また,本件発明2?20についても同様である。
よって,申立人の主張は採用できない。

イ 申立人は,本件明細書の実施例の欄においては,バインダーとしてスチレン-ブタジエン樹脂(SBR)が挙げられているところ(【0118】),測定すれば一定の数値が得られるはずであるがMwが示されていないSBRと,Mwが10万であるポリアクリル酸(PAA(10万)),Mwが25万であるポリアクリル酸(PAA(25万)),Mwが100万であるポリアクリル酸(PAA(100万))のいずれか1種を含む試験例1?3については,「1種類のバインダーを含む」ものとされているため,本件発明1?20におけるバインダーやその総重量の意義を不明確にしていると主張する。(申立書17頁)
しかしながら,比較例とされる試験例1?3は,「1種類のバインダーを含む」(【0144】)とされているものの,実際には,SBRのほかに,PAA(10万),PAA(25万),PAA(100万)のいずれか1種を含み,合計2種類の高分子化合物(バインダー)を含むものであり,また,実施例とされる試験例4?18は,「重量平均分子量が異なる2種類のバインダーを含む」(【0144】)とされているものの,実際には,SBRのほかに,PAA(10万),PAA(25万),PAA(100万)のいずれか2種を含み,合計3種類の高分子化合物(バインダー)を含むものであることが,明らかである(【0120】?【0150】,表2?4)。
そして,これらの試験例のうち,合計3種類の高分子化合物(バインダー)を含む試験例4?18は,上記アで述べたように,3種類の高分子化合物のうち,2種類のポリアクリル酸に着目し,相対的に大きいMwを有するポリアクリル酸を第一の高分子化合物とし,相対的に小さいMwを有するポリアクリル酸を第二の高分子化合物とするものであり,バインダーとしてこれら2種類のポリアクリル酸(すなわち,2種類のバインダー)を併用することによる効果を,1種類のポリアクリル酸(すなわち,1種類のバインダー)を用いる試験例1?3と比較することによって明らかにするものと解される。
以上によれば,試験例1?3が「1種類のバインダーを含む」ものとされているとしても,その意味は上記のとおり理解できるから,本件発明1?20におけるバインダーやその総重量の意義を不明確にしているとはいえない。
よって,申立人の主張は採用できない。

ウ 申立人は,(ア)本件明細書の実施例の中では,試験例4の効果が最も高いが,試験例4の第一の高分子化合物の含有比率は請求項1の条件を満たさず,(イ)試験例6,7,11,12,16及び17は,第一及び第二の高分子化合物の含有比率は請求項1の範囲内であるが,その効果は,比較例とされる試験例2に比べて劣っているか,せいぜい同等であり,(ウ)試験例に使用されているのは,ポリアクリル酸であって,その一部のカルボキシル基の水素原子がリチウムイオンによって置換されているものではないから,本件発明1?20の課題(優れた容量維持率及び強度のうち少なくとも一方を有する電極及びその電極を備えたリチウムイオン二次電池の提供)を解決するために必須の構成が不明確であると主張する。(申立書19頁)
しかしながら,申立人が指摘する事項は,いずれも,本件発明1?20が明確であるか否かの判断に影響を及ぼすものではない。請求項1?20に記載される事項に不明確なところはなく,その意味は明確であるから,本件発明1?20が明確であることは,上記(1)のとおりである。
よって,申立人の主張は採用できない。

(3)まとめ
したがって,申立理由5(明確性要件)によっては,本件特許の請求項1?20に係る特許を取り消すことはできない。

4 申立理由6(実施可能要件),申立理由7(サポート要件)
(1)実施可能要件について
物の発明における発明の実施とは,その物の生産,使用等をする行為をいうから,物の発明について,発明の詳細な説明の記載が,当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものである(実施可能要件を満たす)というためには,発明の詳細な説明には,当業者がその物を製造することができ,かつ,その物を使用することができる程度に明確かつ十分に記載されている必要がある。
また,物を生産する方法の発明における発明の実施とは,その物を生産する方法の使用をする行為のほか,その方法により生産した物の使用等をする行為をいうから,物を生産する方法の発明について,発明の詳細な説明の記載が,当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものである(実施可能要件を満たす)というためには,発明の詳細な説明には,当業者がその物を生産する方法を使用することができ,かつ,その方法により生産した物を使用することができる程度に明確かつ十分に記載されている必要がある。
以下,検討する。

ア 本件発明1?10について
本件発明1?9は,集電体上に形成された活物質及びバインダーを含む電極活物質層を備える電極に関するものであり,本件発明10は,上記電極を有するリチウムイオン二次電池に関するものである。
本件明細書には,集電体と電極活物質層(【0044】,【0087】?【0089】),活物質(【0017】,【0021】,【0057】?【0060】),バインダー(高分子化合物)の種類と含有量(【0009】?【0016】,【0022】,【0024】?【0042】,【0054】?【0056】,【0061】,【0062】)の各事項について,具体的な説明がなされている。
また,本件明細書には,電極の製造方法(【0019】?【0048】),負極の製造方法(【0049】?【0095】),正極の製造方法(【0096】?【0100】),リチウムイオン二次電池の製造方法(【0101】?【0116】),電極の用途(【0020】)について,具体的な説明がなされている。
そして,本件明細書には,実施例とされる試験例4?18(表3,4)として,バインダーが,第一の高分子化合物であるポリアクリル酸(カルボキシル基を有する高分子化合物)と,前記第一の高分子化合物よりも重量平均分子量(Mw)が小さい第二の高分子化合物であるポリアクリル酸(カルボキシル基を有する高分子化合物)とを含み,[前記第一の高分子化合物のMw/前記第二の高分子化合物のMw]で表されるMw比が,1.5?10である電極と,その電極を有するリチウムイオン二次電池を製造したことが記載されており,これら試験例のうち,試験例6,7,11,12,16及び17は,前記バインダーの総質量に対して,前記第一の高分子化合物の含有比率を30?80質量%とし,前記第二の高分子化合物の含有比率を20?70質量%としたものである。
また,本件明細書には,カルボキシル基を有する高分子化合物の一部のカルボキシル基の水素原子がリチウムイオンによって置換されているものを製造する方法についても記載されているから(【0037】,【0041】),当業者であれば,上記の試験例4?18において,ポリアクリル酸(カルボキシル基を有する高分子化合物)の一部のカルボキシル基の水素原子がリチウムイオンによって置換されている電極及びリチウムイオン二次電池を製造することができる。
さらに,上記以外の電極及びリチウムイオン二次電池についても,当業者であれば,本件明細書の記載に基づき,バインダーとして各種の高分子化合物を用いるとともに,集電体及び活物質についても各種のものを用いて,上記の製造方法により製造することができる。
以上によれば,当業者が,本件明細書の発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識に基づいて,本件発明1?9に係る電極及び本件発明10に係るリチウムイオン二次電池を製造し,使用することができるといえる。
以上のとおりであるから,本件明細書の発明の詳細な説明の記載は,本件発明1?10について,実施可能要件を満たすものである。

イ 本件発明11?20について
本件発明11?19に係る電極の製造方法及び本件発明20に係るリチウムイオン二次電池の製造方法により製造されるのは,本件発明1?9に係る電極及び本件発明10に係るリチウムイオン二次電池であると解されるが,これらの電極及びリチウムイオン二次電池について,当業者が,本件明細書の発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識に基づいて,製造し,使用することができることは,上記アで述べたとおりである。
そうすると,当業者が,本件明細書の発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識に基づいて,本件発明11?19に係る電極の製造方法及び本件発明20に係るリチウムイオン二次電の製造方法を使用することができ,その製造方法により製造した電極及びリチウムイオン二次電池を使用することができるといえるから,本件明細書の発明の詳細な説明の記載は,本件発明11?20について,実施可能要件を満たすものである。

(2)サポート要件について
特許請求の範囲の記載が,明細書のサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものであり,明細書のサポート要件の存在は,特許権者が証明責任を負うと解するのが相当である(知的財産高等裁判所,平成17年(行ケ)第10042号,同年11月11日特別部判決)。以下,検討する。

ア 本件発明1?10について
(ア)本件発明1?9は,集電体上に形成された活物質及びバインダーを含む電極活物質層を備える電極に関するものであり,本件発明10は,上記電極を有するリチウムイオン二次電池に関するものである。
本件明細書の記載(【0002】?【0005】)によれば,本件発明1?10の課題は,優れた容量維持率及び強度のうち少なくとも一方を有する電極及びリチウムイオン二次電池を提供することであると認められる。
(イ)本件明細書の記載(【0006】,【0007】,【0010】,【0016】,【0026】,【0033】)によれば,本件発明1?10の課題は,集電体上に形成された活物質及びバインダーを含む電極活物質層を備える電極及びその電極を有するリチウムイオン二次電池において,以下のa?cの各要件を備えるバインダーを用いることによって,解決できるとされている。
a「第一の高分子化合物と,前記第一の高分子化合物よりも重量平均分子量(Mw)が小さい第二の高分子化合物とを含み,」
b「[前記第一の高分子化合物のMw/前記第二の高分子化合物のMw]で表されるMw比が,1.5?10である」
c「前記第一の高分子化合物及び前記第二の高分子化合物の少なくとも一方がカルボキシル基を有する」
(ウ)そして,本件明細書には,各種の電極と,その電極を有するリチウムイオン二次電池を製造した具体例が記載されているところ(試験例1?18,【0118】?【0150】,表2?4),これらのうち,実施例とされる試験例4?18の電極及びリチウムイオン二次電池は,バインダーとして,スチレン-ブタジエン樹脂(SBR)のほかに,Mwが10万であるポリアクリル酸(PAA(10万)),Mwが25万であるポリアクリル酸(PAA(25万)),Mwが100万であるポリアクリル酸(PAA(100万))のいずれか2種を含むものであって,上記(イ)a?cの各要件を備えるものであり,また,同試験例6,7,11,12,16及び17は,さらに,「前記バインダーの総質量に対して,前記第一の高分子化合物の含有比率が30?80質量%であり,前記第二の高分子化合物の含有比率が20?70質量%であり,」との要件を備えるものである。
表2?4によれば,同種のポリアクリル酸を用いるものどうしの比較(例えば,試験例4及び5と試験例2及び3との比較,試験例10?12と試験例1及び3との比較,試験例18と試験例1及び2との比較)では,実施例とされる試験例4?18は,比較例とされる試験例1?3と比較して,優れた容量維持率及び剥離強度のうち少なくとも一方を有することが示されているといえる。
特に,試験例11及び12については,PAA(10万)とPAA(100万)を用いるものであるが,PAA(10万)を用いる試験例1及びPAA(100万)を用いる試験例3と比較すると,容量維持率及び剥離強度のいずれについても優れている。
また,試験例6及び7については,PAA(25万)とPAA(100万)を用いるものであるが,PAA(100万)を用いる試験例3と比較すると,少なくとも剥離強度が優れている。
さらに,試験例16及び17については,PAA(10万)とPAA(25万)を用いるものであるが,PAA(10万)を用いる試験例1と比較すると,容量維持率及び剥離強度のいずれについても優れている。
そうすると,当業者であれば,試験例4?18以外の場合であっても,上記(イ)a?cの各要件を備える電極及びリチウムイオン二次電池であれば,試験例4?18の場合と同様に,優れた容量維持率及び剥離強度のうち少なくとも一方を有することが理解できるといえる。
また,当業者であれば,上記の電極及びリチウムイオン二次電池において,バインダーとして,ポリアクリル酸(カルボキシル基を有する高分子化合物)の一部のカルボキシル基の水素原子がリチウムイオンによって置換されているものを用いたとしても,残りのカルボキシル基は置換されないまま存在する(上記(イ)c)から,上記の電極及びリチウムイオン二次電池と同様に,優れた容量維持率及び剥離強度のうち少なくとも一方を有することが理解できるといえる。
(エ)以上のとおり,本件明細書の記載を総合すれば,上記(イ)a?cの各要件を備える本件発明1?10は,本件明細書の発明の詳細な説明に記載されたものであって,当業者が出願時の技術常識に照らして発明の詳細な説明の記載により本件発明1?10の課題を解決できると認識できる範囲のものということができる。
以上のとおりであるから,本件発明1?10については,特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するものである。

イ 本件発明11?20について
本件発明11?19は,電極の製造方法に関するものであり,本件発明20は,リチウムイオン二次電池の製造方法に関するものであるところ,本件発明11?20で用いられるバインダーは,本件発明1?10で用いられるバインダーと同じものである。
本件明細書の記載(【0002】?【0005】)によれば,本件発明11?20の課題は,優れた容量維持率及び強度のうち少なくとも一方を有する電極及びリチウムイオン二次電池の製造方法を提供することであると認められる。
本件明細書の記載(【0006】,【0007】,【0010】,【0016】,【0026】,【0033】)によれば,本件発明11?20の課題は,電極及びリチウムイオン二次電池の製造方法において,以下のa?cの各要件を備えるバインダーを用いることによって,解決できるとされている。
a「第一の高分子化合物と,前記第一の高分子化合物よりも重量平均分子量(Mw)が小さい第二の高分子化合物とを含み,」
b「[前記第一の高分子化合物のMw/前記第二の高分子化合物のMw]で表されるMw比が,1.5?10である」
c「前記第一の高分子化合物及び前記第二の高分子化合物の少なくとも一方がカルボキシル基を有する」
そうすると,上記アで本件発明1?10について述べたのと同様の理由により,本件明細書の記載を総合すれば,上記a?cの各要件を備える本件発明11?20は,本件明細書の発明の詳細な説明に記載されたものであって,当業者が出願時の技術常識に照らして発明の詳細な説明の記載により本件発明11?20の課題を解決できると認識できる範囲のものということができる。
以上のとおりであるから,本件発明11?20については,特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するものである。

(3)申立人の主張について
ア 申立人は,本件明細書の試験例では,SBRを除けば,もっぱら1種類の構造の高分子化合物(ポリアクリル酸)が使用されているが,試験例は本件発明1?20の全範囲をカバーし得るものではないと主張する。
しかしながら,上記(2)のとおり,本件発明1?20は,上記(2)のa?cの各要件を備えるバインダーを用いることによって,優れた容量維持率及び強度のうち少なくとも一方を有する電極及びリチウムイオン二次電池とすることができるものである。
そして,本件明細書には,バインダーについて,活物質どうしを結着し,集電体又は基材に接合することが可能な高分子化合物であればよく,例えば,ポリアクリル酸,ポリメタクリル酸,ポリアクリル酸リチウム,ポリメタクリル酸リチウム,カルボキシメチルセルロース,カルボキシメチルセルロースナトリウム等,リチウムイオン二次電池の分野で使用される公知のバインダーが挙げられることが記載されている(【0022】,【0054】)。
そうすると,当業者であれば,バインダーとして,本件明細書の実施例で用いられるポリアクリル酸以外の各種の高分子化合物を用いる場合であっても,優れた容量維持率及び強度のうち少なくとも一方を有する電極及びリチウムイオン二次電池とすることができることが理解できる。
この点,申立人は,本件明細書の試験例で,もっぱら1種類の構造の高分子化合物(ポリアクリル酸)が使用されるのみでは,なぜ,本件発明1?20について,本件明細書の発明の詳細な説明の記載が実施可能要件を満たさないといえるのか,また,特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合しないといえるのか,その理由を具体的に主張するものではない。
以上によれば,本件明細書の試験例で,もっぱら1種類の構造の高分子化合物(ポリアクリル酸)が使用されているからといって,本件発明1?20について,本件明細書の発明の詳細な説明の記載が実施可能要件を満たさないとはいえず,また,特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合しないとはいえない。
よって,申立人の主張は採用できない。

イ 申立人は,実施例の結果を示す表には,比較例である試験例1?3よりも効果の点で劣るものが多数含まれており,試験例は効果を裏付けるものではないと主張する。
しかしながら,上記(2)ア(ウ)で述べたとおり,表2?4によれば,同種のポリアクリル酸を用いるものどうしの比較では,実施例とされる試験例4?18は,比較例とされる試験例1?3と比較して,優れた容量維持率及び剥離強度のうち少なくとも一方を有することが示されているといえる。
よって,申立人の主張は採用できない。

ウ 申立人は,試験例で使用されているポリアクリル酸は,カルボキシル基の水素原子がリチウムイオンによって置換されておらず,試験例は効果を裏付けるものではないと主張する。
しかしながら,上記(2)ア(ウ)で述べたとおり,当業者であれば,バインダーとしてポリアクリル酸を用いた電極及びリチウムイオン二次電池において,ポリアクリル酸の一部のカルボキシル基の水素原子がリチウムイオンによって置換されているものを用いたとしても,優れた容量維持率及び剥離強度のうち少なくとも一方を有することが理解できるといえる。
よって,申立人の主張は採用できない。

エ 申立人は,スチレン-ブタジエン樹脂については,実施例では重量平均分子量の値が記載されておらず,また,ポリアクリル酸については,重量平均分子量の測定条件(カラムの種類,溶離液の種類及び流量,カラム温度等)が不明であると主張する。
しかしながら,上記3(2)イで述べたように,実施例とされる試験例4?18は,3種類の高分子化合物のうち,2種類のポリアクリル酸に着目し,相対的に大きいMwを有するポリアクリル酸を第一の高分子化合物とし,相対的に小さいMwを有するポリアクリル酸を第二の高分子化合物とするものであるから,上記以外のバインダーであるスチレン-ブタジエン樹脂については,重量平均分子量の値が記載されていないとしても,特段の問題はないといえる。
また,重量平均分子量の測定は,ポリスチレン標準物質を用いた公知のゲル濾過クロマトグラフ法(GPC法)によって測定されるものであり(【0012】,【0024】),本件明細書に測定条件(カラムの種類,溶離液の種類及び流量,カラム温度等)が明記されていないとしても,当業者が技術常識に照らして通常の条件を採用して測定できることは明らかである。
この点,申立人は,そもそも,ポリアクリル酸は水溶性高分子であって有機溶媒への溶解が低く,ポリスチレンを標準物質としたGPC法での分子量測定は困難であるとも主張するが,申立人の主張は,単に一般的な可能性を指摘するに留まり,なぜ,ポリスチレンを標準物質としたGPC法では,ポリアクリル酸の分子量を測定することができないのか,その理由を具体的に主張するものではない。
よって,申立人の主張はいずれも採用できない。

(4)まとめ
したがって,申立理由6(実施可能要件),申立理由7(サポート要件)によっては,本件特許の請求項1?20に係る特許を取り消すことはできない。

第5 むすび
以上のとおり,特許異議申立書に記載した特許異議の申立ての理由によっては,本件特許の請求項1?20に係る特許を取り消すことはできない。
また,他に本件特許の請求項1?20に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって,結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2020-11-04 
出願番号 特願2015-198042(P2015-198042)
審決分類 P 1 651・ 121- Y (H01M)
P 1 651・ 113- Y (H01M)
P 1 651・ 536- Y (H01M)
P 1 651・ 537- Y (H01M)
最終処分 維持  
前審関与審査官 冨士 美香  
特許庁審判長 平塚 政宏
特許庁審判官 井上 猛
村川 雄一
登録日 2020-01-14 
登録番号 特許第6645792号(P6645792)
権利者 積水化学工業株式会社
発明の名称 電極、リチウムイオン二次電池、電極の製造方法及びリチウムイオン二次電池の製造方法  
代理人 森 隆一郎  
代理人 佐伯 義文  
代理人 大槻 真紀子  
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