• ポートフォリオ機能


ポートフォリオを新規に作成して保存
既存のポートフォリオに追加保存

  • この表をプリントする
PDF PDFをダウンロード
審決分類 審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  H01B
審判 全部申し立て 2項進歩性  H01B
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  H01B
管理番号 1368155
異議申立番号 異議2020-700492  
総通号数 252 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2020-12-25 
種別 異議の決定 
異議申立日 2020-07-15 
確定日 2020-11-30 
異議申立件数
事件の表示 特許第6637565号発明「光透過性導電フィルム」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6637565号の請求項1ないし3に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6637565号の請求項1ないし3に係る特許についての出願は、平成28年11月7日に出願した特願2016?217529(優先権主張 平成27年11月9日)の一部を、平成30年9月28日に新たな特許出願とした特願2018-184493号であって、令和1年12月27日にその特許権の設定登録(請求項の数3)がされ、令和2年1月29日に特許掲載公報が発行された。その後、その特許に対し、令和2年7月15日に特許異議申立人 岩崎 勇(以下、「特許異議申立人」という。)は、特許異議の申立て(対象請求項:請求項1?3)を行うとともに、同年9月30日に手続補正書を提出した。

第2 本件特許発明
特許第6637565号の請求項1ないし3の特許に係る発明は、それぞれ、その特許請求の範囲の請求項1ないし3に記載された事項により特定される次のとおりのものである(以下、「本件特許発明1」ないし「本件特許発明3」といい、これらをあわせて「本件特許発明」という。)。
「【請求項1】
光透過性基材と、非晶質光透過性導電層とを備える光透過性導電フィルムであって、
前記非晶質光透過性導電層に含有されるAr元素の含有量が、0.2atomic%以上であり、
前記非晶質光透過性導電層のキャリア密度をXa×10^(19)(/cm^(3))、ホール移動度をYa(cm^(2)/V・s)とし、
前記非晶質光透過性導電層を大気環境下で加熱処理した後の被加熱光透過性導電層のキャリア密度をXc×10^(19)(/cm^(3))、ホール移動度をYc(cm^(2)/V・s)とし、
移動距離Lを、{(Xc-Xa)^(2)+(Yc-Ya)^(2)}^(1/2)としたときに、
下記(1)?(3)の条件を満たし、
前記被加熱光透過性導電層は、塩酸(20℃、濃度:5質量%)に浸漬・水洗・乾燥した後に、前記被加熱光透過性導電層における15mm間の端子間抵抗が10kΩ以上であるような非晶質であることを特徴とする、光透過性導電フィルム。
(1)Xa≦Xc、
(2)Ya≧Yc、
(3)前記移動距離Lが1.0以上45.0以下である。
【請求項2】
Xaに対するXcの比(Xc/Xa)が、1.05以上1.80以下であることを特徴とする、請求項1に記載の光透過性導電フィルム。
【請求項3】
前記非晶質光透過性導電層は、インジウム系導電性酸化物を含有することを特徴とする、請求項1または2に記載の光透過性導電フィルム。」

第3 申立理由の概要
1 特許異議申立理由の要旨
特許異議申立人が提出した特許異議申立書において主張する特許異議申立理由の要旨は、次のとおりである。

(1)申立理由1(甲第1号証を主引用例とする進歩性欠如)
本件特許発明1ないし3は、甲第1号証に記載された発明並びに甲第2号証ないし甲第4号証の記載事項に基いて、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであって、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、それらの発明に係る特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。

(2)申立理由2(実施可能要件違反)
本件特許の請求項1ないし3についての特許は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願についてされたものであるから、特許法第113条第4号に該当し、取り消されるべきものである。

(3)申立理由3(サポート要件違反)
本件特許の請求項1ないし3についての特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願についてされたものであるから、特許法第113条第4号に該当し、取り消されるべきものである。

2 証拠方法
特許異議申立人は、証拠として、以下の文献等を提出する。以下、甲各号証の番号に応じて、甲第1号証を「甲1」などという。
・甲第1号証:特開2012-134085号公報
・甲第2号証:「Indium-Tin Oxide透明導電膜の異常電気抵抗変化」 上永、高山、日本金属学会誌 第71巻 第9号(2007)pp. 751-757
・甲第3号証:"Characterization of Sn-doped In203 Film on Roll-to-Roll Flexible Plastic Substrate Prepared by DC Magnetron Sputtering" NODA et al., Jpn. J. Appl. Phys. Vol. 42(2003) pp. 217-222
・甲第4号証:国際公開2015/166946号

第4 当審の判断
1 申立理由1(進歩性欠如)について
(1)甲号証の記載等
ア 甲1の記載事項等
(ア)甲1の記載事項
本件特許の優先日前に頒布又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった甲1には、以下の記載がされている(下線については当審において付与したものである。以下、同様。)。
a「【請求項1】
透明基材を準備する基材準備工程、および前記透明基材上にIn・Sn複合酸化物からなる透明導電層をスパッタ製膜する製膜工程、を有する透明導電性フィルムの製造方法であって、
前記透明基材の透明導電層を形成する側の面の算術平均粗さRaが1.0nm以下であり、
前記製膜工程において、
Sn原子の量が、In原子とSn原子とを加えた重さに対し、6重量%を超え15重量%以下であるメタルターゲットまたは酸化物ターゲットを用い、
水の分圧がArガスの分圧に対して0.1%以下の雰囲気下で、基材温度が100℃を超え200℃以下でスパッタ製膜することにより、
In・Sn複合酸化物からなるアモルファス透明導電層を形成する、
透明導電性フィルムの製造方法。
【請求項2】
前記製膜工程における水の分圧が2×10^(-4)Pa以下である請求項1に記載の透明導電性フィルムの製造方法。
【請求項3】
前記アモルファス透明導電層のホール移動度が5?30cm^(2)/V・sであり、キャリア密度が1×10^(20)?10×10^(20)/cm^(3)である、請求項1または2に記載の透明導電性フィルムの製造方法。
【請求項4】
前記製膜工程において、膜厚が15?50nmとなるように、透明導電層が形成される、請求項1?3のいずれか1項に記載の透明導電性フィルムの製造方法。
【請求項5】
さらに、前記アモルファス透明導電層を加熱して結晶性透明導電層に転化する熱処理工程を有する、請求項1?4のいずれか1項に記載の透明導電性フィルムの製造方法。
【請求項6】
前記熱処理工程において、転化前のアモルファス透明導電層に比して結晶性透明導電層のキャリア密度が増加することを特徴とする、請求項5に記載の透明導電性フィルムの製造方法。
【請求項7】
前記結晶性透明導電層のホール移動度が10?35cm^(2)/V・sであり、キャリア密度が6×10^(20)?15×10^(20)/cm^(3)である、請求項5または6に記載の透明導電性フィルムの製造方法。」
b「【0003】
従来、このようなタッチパネルには、透明基材上に、スパッタ法などの方法でインジウム・スズ複合酸化物(ITO)が形成された透明導電性フィルムが広く用いられている。透明基材上にITO膜を形成する方法としては、膜中の酸素を少なくして製膜し、その後、大気中の酸素雰囲気下で後加熱することにより、アモルファス膜から結晶膜へ転換させる技術が提案されている(例えば、特許文献1、2参照)。この方法により、膜の透明性が向上するとともに、低抵抗化され、さらに加湿熱信頼性が向上するなどの利点がもたらされる。
【0004】
一方、タッチパネルの大画面化や応答速度向上に対する要求の高まりとともに、従来のITO膜よりもより低抵抗のITO膜を備える透明導電性フィルムの需要が高まっている。しかしながら、従来のITO膜では、結晶化によっても十分に抵抗が低下せず、あるいは、低抵抗化を実現するために、結晶化に長時間を要して生産性に劣るという問題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特公平3-15536号公報
【特許文献2】特開2006-202756号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、上記に鑑みて、透明基材上に低抵抗のITO膜が形成された透明導電性フィルムを生産性高く提供することを目的とする。」
c「【0012】
さらに、本発明は、前記アモルファス透明導電層を加熱して結晶化する熱処理工程を有する透明導電性フィルムの製造方法に関する。熱処理工程においては、結晶化前のアモルファス透明導電層に比して結晶化後の透明導電層のキャリア密度が増加することが好ましい。
【発明の効果】
【0013】
本発明においては、所定の表面粗さを有する透明基材上に、Snの含有量が大きいアモルファスITO膜が所定条件下でスパッタ製膜される。一般にSn含有量が大きいITO膜は結晶化し難いが、本発明の条件にて製膜されたITO膜は比較的短時間の熱処理で完全結晶化し得る。また、熱処理後のITO膜は熱処理前に比してキャリア密度が増加し、それに伴って低抵抗化される。そのため、本発明によれば、透明基材上に低抵抗のITO膜が形成された透明導電性フィルムを、効率よく生産することができる。」
d「【0024】
<製膜工程>
製膜工程においては、透明基材1上にIn・Sn複合酸化物からなるアモルファス透明導電層(アモルファスITO膜)3がスパッタ法により製膜される。なお、「アモルファスITO」とは、完全に非晶質であるものに限られず、少量の結晶成分を有していてもよい。ITOがアモルファスであるか否かの判定は、基材上に透明当電層が形成された積層体を濃度5wt%の塩酸に15分間浸漬した後、水洗・乾燥し、15mm間の端子間抵抗をテスタにて測定することにより行い得る。アモルファスITO膜は塩酸によりエッチングされて消失するために、塩酸への浸漬により抵抗が増大する。本明細書においては、塩酸への浸漬・水洗・乾燥後に、15mm間の端子間抵抗が10kΩを超える場合に、ITOがアモルファスであるものとする。」
「【0038】
一般に、Sn含有量が、In原子とSn原子とを加えた重さに対して、6重量%を超えるようなITO膜は結晶化し難く、完全結晶化させるためには、例えば140℃以上で2時間以上加熱する必要があった。これに対して、前述のように、表面粗さの小さい基材を用い、所定条件下でアモルファスITO膜をスパッタ製膜することによって、比較的低温・短時間の加熱条件でITO膜を完全結晶化することができる。
【0039】
このように、結晶化によって、従来に比して大幅な低抵抗化が実現できる原因について検討したところ、本発明によれば、結晶化の前後で透明導電層のホール移動度は大幅に変化することなく、キャリア密度が大幅に増加していることが分かった。すなわち、結晶化後のホール移動度は、5?35cm^(2)/V・s程度であり、結晶化前の5?30cm^(2)/V・s程度に対して大きく変化しなかったのに対して、結晶化後のキャリア密度は、が6×10^(20)?15×10^(20)/cm^(3)程度と、結晶化前の1×10^(20)?10×10^(20)/cm^(3)程度に対して大幅に増加しており、これが低抵抗化に寄与しているものと推定される。」
e「【0051】
[実施例1]
(透明基材の作製)
厚みが23μmのポリエチレンテレフタレートフィルム(以下、PETフィルム)からなるフィルム基材の一方の面に、アンダーコート層として、メラミン樹脂:アルキド樹脂:有機シランの縮合物の重量比2:2:1の熱硬化型樹脂を厚みが35nmとなるように形成した。アンダーコート層表面の算術平均粗さRaは、0.5nmであった。
【0052】
(透明導電層の製膜)
このアンダーコート層上に、アルゴンガス98体積%と酸素ガス2体積%からなる0.4Paの雰囲気中で、酸化インジウム90重量%-酸化スズ10重量%の焼結体材料を用いた反応性スパッタリング法により、厚みが25nmのインジウム・スズ複合酸化物からなる透明導電性薄膜(以下、ITO膜)を形成した。製膜に際しては、スパッタ装置内を製膜時の水の分圧が、8.0×10^(-5)Paとなるまで排気した後、アルゴンガスおよび酸素ガスを導入し、基材温度140℃、水分圧が8.0×10^(-5)Paの雰囲気にて製膜を行った。この時の水の分圧は、アルゴンガスの分圧に対して0.05%であった。
【0053】
このようにして得られた透明導電性フィルムの透明導電層を倍率25000倍の透過型電子顕微鏡(TEM)観察したところ、完全結晶化していなかった。また、表1に示すように、塩酸への浸漬によって透明導電層がエッチングされたために抵抗値が∞となっていることからも、ITO膜がアモルファスであることがわかる。
【0054】
(熱処理)
上記の透明基材上にアモルファスITO膜が形成された透明導電性フィルムを140℃で90分間加熱する熱処理を行い、ITO膜の結晶化を行った。熱処理後の透明導電性フィルムの透明導電層を倍率25000倍の透過型電子顕微鏡(TEM)観察したところ、ITO膜が完全結晶化していることが分かった。また、表1に示すように、塩酸への浸漬後の抵抗値に変化がみられなくなっており、酸によってエッチング加工されない結晶性ITO膜が形成されていることがわかる。
【0055】
[実施例2]
実施例1の透明導電層の製膜において、水分圧が2.0×10^(-4)Paとなるまで排気した後にアルゴンガスおよび酸素ガスを導入して製膜を行った以外は、実施例1と同様にして、透明基材上に透明導電性薄膜を製膜した後、140℃120分の熱処理を行い、透明基材上に完全結晶化したITO膜が形成された透明導電性フィルムを得た。製膜時の水の分圧は2.0×10^(-4)Paであり、アルゴンガスの分圧に対して0.10%であった。
【0056】
[実施例3]
実施例1の透明導電層の製膜において、基材温度を120℃とした以外は実施例1と同様にして、透明基材上に透明導電性薄膜を製膜した後、140℃90分の熱処理を行い、透明基材上に完全結晶化したITO膜が形成された透明導電性フィルムを得た。
【0057】
[比較例1]
実施例1の透明導電層の製膜において、酸化インジウム90重量%-酸化スズ10%の焼結体材料を用いる代わりに、酸化インジウム97重量%-酸化スズ3重量%の焼結体材料を用いた。その他は実施例1と同様にして、透明基材上に透明導電層を製膜した後、熱処理を行い、透明基材上に完全結晶化したITO膜が形成された透明導電性フィルムを得た。
【0058】
[比較例2]
実施例1の透明基材の作製において、PETフィルムの一方の面に、アンダーコート層として熱硬化型樹脂層を形成する代わりに、真空蒸着法により膜厚30nmのSiO_(2)アンダーコート層を形成した。この透明基材のアンダーコート層が形成されている側の面の算術平均粗さRaは、2.0nmであった。このアンダーコート層上に、実施例1と同様にして、透明導電層を製膜した後、140℃120分の熱処理を行い、透明導電性フィルムを得た。
【0059】
[比較例3]
実施例1の透明導電層の製膜において、水分圧が4.0×10^(-4)Paとなるまで排気した後にアルゴンガスおよび酸素ガスを導入して製膜を行った以外は、実施例1と同様にして、透明基材上に透明導電性薄膜を製膜した後、140℃120分の熱処理を行い、透明基材上に完全結晶化したITO膜が形成された透明導電性フィルムを得た。製膜時の水の分圧は4.0×10^(-4)Paであり、アルゴンガスの分圧に対して0.20%であった。
【0060】
[比較例4]
実施例1の透明導電層の製膜において、製膜時の基材温度を80℃とした以外は、実施例1と同様にして、透明基材上に透明導電性薄膜を製膜した後、140℃120分の熱処理を行い、透明基材上に完全結晶化したITO膜が形成された透明導電性フィルムを得た。
【0061】
上記各実施例および比較例の製造条件および透明導電性フィルムの評価結果を表1に示す。
【0062】
【表1】



(イ)甲1に記載された発明
甲1の上記記載事項aの特に下線部の「透明導電性フィルムの製造方法」の発明から、「透明導電性フィルム」の発明についても記載されているといえるから、甲1には、以下の発明が記載されているといえる。
「透明基材上にIn・Sn複合酸化物からなるアモルファス透明導電層を有する透明導電性フィルムであって、前記アモルファス透明導電層のホール移動度が5?30cm^(2)/V・sであり、キャリア密度が1×10^(20)?10×10^(20)/cm^(3)であり、前記アモルファス透明導電層を加熱して結晶性透明導電層に転化する熱処理工程により、転化前のアモルファス透明導電層に比して結晶性透明導電層のキャリア密度が増加し、前記透明導電層のホール移動度が10?35cm^(2)/V・sであり、キャリア密度が6×10^(20)?15×10^(20)/cm^(3)となる、透明導電性フィルム。」(以下、「甲1発明」という。)

イ 甲2の記載事項
本件特許の優先日前に頒布又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった甲2には、以下の記載がされている。
(ア)「1.緒言
今日,液晶ディスプレーはテレビ,パーソナルコンピュータ,携帯電話等々我々の身近なものになっており,これらの基盤技術の一つとして,透明導電膜は重要な役割を担っている.透明導電膜に求められる特性として,低抵抗率,高い光透過度,低内部応力が挙げられ,今後は耐熱性に乏しい力ラーフィルタや高分子基板上への被膜の用途が増加してくると考えられる.現在,液晶ディスプレーで採用されている透明導電膜の大半がITO膜(Indium Tin Oxide thin films)である.ITO薄膜が採用される主な理由として,他の透明導電膜よりも比較的低温度プロセスで高透過率で低抵抗率が得られるという点が挙げられる.一般に,ITO膜が導電性を示す原因として,2つの電気伝導機横があることが知られている.1つは酸素空孔が生成され,イオン化するときに放出される2個の電子が伝導に寄与する機構,もう一つはIn格子点にSnが置換することにより電子が一個放出され,自由電子となって伝導に寄与する機構である.通常,ITO膜は150?200℃の熱処理を施すことにより,より低抵抗で高透明度な膜を得ているが,これらの熱処理中,電気伝導がどのように変化するのかはITO導電膜の伝導機構を知る上で,また低抵抗の導電膜を得る上で重要な課題である.」(第751ページ左欄第1?21行)
(イ)「2.実験方法
本研究で用いた膜はd.c.マグネトロンスパッタ法で成膜した.95 mass%In_(2)O_(3)-5mass%Sn0_(2)の焼結体を用いて,背圧0.67Pa投入電力300WでAr+2Vol%O_(2)ガスを用い,スライドガラス上に膜厚300nmで成膜した.これらの膜を用いて,ITO薄膜の電気伝導機構に及ぼす酸素の影響を調べるために,室温から400℃まで大気,酸素および水素雰囲気中で3℃/minの昇温速度で赤外線加熱炉で加熱し,同時にin-situ電気抵抗値測定(連続測定)を行った.」(第751ページ右欄第3?11行)
(ウ)「3.結果
本研究で作製したITO膜の代表的なX線回折プロファイルをFig. 1に示す.図で示す如く,試料はすべて非晶質相と結晶相が混在した部分結晶化の非晶質膜であった.」(第751ページ右欄下から第3行?752ページ左上欄第1行)
d「

Fig. 5 (a) carrier density n and (b) mobility μ_(H) for the ITO samples in Fig. 4.」(第753ページFig. 5)

ウ 甲3の記載事項
本件特許の優先日前に頒布又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった甲3には、以下の記載がされている。( )内は、当審による翻訳。
(ア)「After the degassing of the PET web, the ITO film was deposited on the web by DC magnetron sputtering using a ceramic ITO target made of powdered In_(2)0_(3 )and Sn0_(2) mixed in the ratio of 9:1 by weight (produced by Sumitomo Kinzoku Kozan Co., Ltd. with a packing density of over 99%) with the heated drum temperature being maintained at 100℃. The deposition was carried out only with one passing motion of the web. A mixed gas of pure Ar and 0_(2) was used for the sputtering. Each gas was controlled by a mass-flow controller (MFC) and introduced near the cathode. The 0_(2)/Ar flow ratio ([0_(2)]/[O_(2)+Ar]) was varied in the range between 0 and 0.42 during the sputtering while maintaining the total flow rate of [0_(2)+Ar] constant. Other conditions are, a distance between the substrate and the target of 65mm, input power density to target of 2.7W/cm^(2) and an applied voltage of around 400V. Passing time through the heated drum was kept to 1.5min during the degassing and sputtering processes.
(PET ウェブの脱気後、ITOフィルムを、粉末In_(2)0_(3)とSn0_(2)を重量9:1の割合で混合したもの(住友金属鉱山株式会社製、99%以上の充填密度)で作ったセラミックITOターゲットを、DC マグネトロンスパッタリングによりウェブ上に堆積させた。加熱ドラム温度は100℃に維持した。この堆積は、ウェブの1つの通過運動のみで行った。スパッタリングには純Arと0_(2) の混合ガスを使用した。各ガスはマスフローコントローラ(MFC)によって制御され、カソードの近くに導入された。0_(2)/Ar流量比([0_(2)]/[0_(2)+Ar])は、スパッタリング中に0?0.42の範囲で変化し、[0_(2)+Ar]の総流量を一定に保った。その他の条件は、基板と目標の65mmとの距離、2.7W/cm^(2)の目標に対する入力電力密度、および400V前後の印加電圧である。加熱されたドラムを通る時間は、脱気およびスパッリングプロセス中に1.5分に保たれた。)」(第218ページ左欄第7?24行)
(イ)「


Fig. 4. Variations of electrical properties in the case A with the variation of the O_(2)/Ar ratio. (a) is the resistivity, (b) is the carrier density and (c) is the Hall mobility. Data are before (●) and after annealing (×: 100℃, △:125℃, □: 150℃).
(図4. 0_(2)/Ar比の変動を伴うケースAにおける電気特性の変化。
(a) は抵抗率、(b) はキャリア密度、(c) はホール移動度である。
データは、熱処理前( ●)と熱処理後 (×:100℃ △:125℃ □150 ℃)
図4 (b) の縦軸 キャリア密度 [×10^(20)cm^(-3)]
図4 (C) の縦軸 ホール移動度 [cm^(2)・V^(-1)s^(-l)])」(第219ページFig. 4)
c「3.3 XRD measurement
The X-ray diffraction (XRD) patterns before and after the annealing at 150℃ for the cases A and B are shown in Figs. 7(a) and 7(b), respectively. Thin film X-ray diffractometry of 1°incidence was used for the measurement. In the case B,crystallization was promoted by the annealing, whereas in the case A, little crystallization was seen. The reason for the little crystallization in the case A is believed to be because the In-O network is terminated with -OH radical due to a larger amount of evaporated H_(2)0 from the PET substrate.
(3.3 XRD測定
試料AとBの150℃でのアニーリング前後のX線回折(XRD)パターンは、それぞれ図7(a)と7(b)に示されている。1°発生率の薄膜X線回折測定を測定に用いた。Bの場合、アニールによって結晶化が促進され、一方、Aの場合、結晶化はほとんど見られなかった。Aの場合の結晶化が少ない理由は、PET基板から蒸発したH_(2)0の量が多いため、In-O結合が-OHラジカルで終端されているためであると考えられる。)」(第220ページ左欄第12?22行)

エ 甲4の記載事項
本件特許の優先日前に頒布又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった甲4には、以下の記載がされている。
(ア)「請求の範囲
[請求項1] 高分子フィルム基材と、
前記高分子フィルム基材の少なくとも一方の面側にアルゴンを含むスパッタガスを用いるスパッタリング法により形成された透明導電層とを備える透明導電性フィルムであって、
前記透明導電層中のアルゴン原子の存在原子量が0.24atomic%以下であり、
前記透明導電層中の水素原子の存在原子量が13×10^(20)atoms/cm^(3)以下であり、
前記透明導電層の比抵抗が1.1×10^(-4)Ω・cm以上2.8×10^(-4)Ω・cm以下である透明導電性フィルム。」
(イ)「[0010] 本発明は、透明導電層の低抵抗特性を実現する透明導電性フィルムを提供することを目的とする。」
(ウ)「[0013] 当該透明導電性フィルムでは、スパッタリング法により形成した透明導電層中のアルゴン原子の存在原子量(以下、単に「存在量」ともいう。)を0.24atomic%以下とし、かつ水素原子の存在原子量を13×10^(20)atoms/cm^(3)以下という極めて低い値としているので、透明導電層の低抵抗化を効率良く図ることができる。この理由についてはいかなる理論にも限定されないが、次のように推察される。スパッタリング工程において透明導電層中に取り込まれたアルゴン原子及び水素原子は、不純物として作用する。透明導電層の抵抗特性は、材料固有の移動度とキャリア密度に依存するが、一般に透明導電層中の不純物は結晶成長の阻害や中性子散乱による移動度の低下を招くため、透明導電層中に取り込まれたアルゴン原子及び水素原子の存在量が多いと透明導電層の抵抗値が高くなると考えられる。当該透明導電性フィルムでは、透明導電層中のアルゴン原子及び水素原子の存在量を低く抑えているので、透明導電層の移動度を増大させることができ、これにより効果的に透明導電層の低抵抗化を達成することができる。」
(エ)「[0049] 本明細書中における“ITO”とは、少なくともインジウム(In)とスズ(Sn)とを含む複合酸化物であればよく、これら以外の追加成分を含んでもよい。追加成分としては、例えば、In、Sn以外の金属元素が挙げられ、具体的には、Zn、Ga、Sb、Ti、Si、Zr、Mg、Al、Au、Ag、Cu、Pd、W、Fe、Pb、Ni、Nb、Cr、Ga、及び、これらの組み合わせが挙げられる。追加成分の含有量は特に制限されないが、3重量%以下としてよい。」
(オ)「[0054] 透明導電層2は結晶質であってもよく、非晶質であってもよい。本実施形態では、透明導電層としてスパッタリング法によってITO膜を形成する場合、基材1が高分子フィルムであると耐熱性による制約があるため、高い温度でスパッタ成膜を行うことができない。そのため、成膜直後のITOは実質的に非晶質膜(一部が結晶化している場合もある)となっている。このような非晶質のITO膜は結晶質のITO膜に比して透過率が低く、加湿熱試験後の抵抗変化が大きい等の問題を生じる場合がある。かかる観点からは、一旦非晶質の透明導電層を形成した後、大気中の酸素存在下でアニール処理することにより、透明導電層を結晶膜へ転換させてもよい。透明導電層を結晶転化することにより、透明性が向上し、さらに加湿熱試験後の抵抗変化が小さく、加湿熱信頼性が向上するなどの利点がもたらされる。なお、透明導電層は、完全に結晶膜に転換が完了していない半結晶膜でもよい。半結晶膜であれば、非晶質膜よりも上記の利点を得やすい。」

(2)対比・判断
ア 本件特許発明1について
本件特許発明1と甲1発明とを対比すると、甲1発明の「透明基材」、「アモルファス透明導電層」、「透明導電性フィルム」、「In・Sn複合酸化物」は、順に、本件特許発明1の「光透過性基材」、「非晶質光透過性導電層」、「光透過性導電フィルム」、「インジウム系導電性酸化物(In-Ga-Zn系酸化物を除く)」に相当する。
ところで、本件特許発明1の「大気環境下で加熱処理した後の光透過性導電層」について、本件特許明細書の段落【0070】には、「被加熱光透過性導電層とは、非晶質光透過性導電層3を大気環境下で加熱処理した後の光透過性導電層を指す。この加熱処理の温度および暴露時間は、非晶質光透過性導電層3の長期信頼性を確認する観点で、例えば、80℃で500時間である。また、長期信頼性評価の加速試験として加熱処理を実施する場合は、例えば、140℃で1?2時間とすることもできる。」と記載されている。 一方、甲1発明の熱処理工程における加熱処理条件について見てみると、実施例1において、「140℃で90分間」(上記(1)ア(ア)e)であり、技術常識からみて「大気中の酸素雰囲気下」(上記(1)ア(ア)b)で行っている蓋然性が高いと認められるから、両者の加熱処理条件は同じである。そうすると、甲1発明の熱処理工程後の「結晶性透明導電層」は、本件特許発明1の「被加熱光透過性導電層」に相当する。
また、甲1発明の「転化前のアモルファス透明導電層に比して結晶性透明導電層のキャリア密度が増加」することは、「(1) Xa≦Xc」の条件と同義である。
してみると、両発明は、「光透過性基材と、非晶質光透過性導電層とを備える光透過性導電フィルムであって、
前記非晶質光透過性導電層のキャリア密度をXa×10^(19)(/cm^(3))、ホール移動度をYa(cm^(2)/V・s)とし、
前記非晶質光透過性導電層を大気環境下で加熱処理した後の被加熱光透過性導電層のキャリア密度をXc×10^(19)(/cm^(3))、ホール移動度をYc(cm^(2)/V・s)としたとき、
下記(1)の条件を満たす光透過性導電フィルム。
(1) Xa≦Xc」の点で一致するものの、以下の点で相違する。
<相違点1>被加熱光透過性導電層について、本件特許発明1は、「塩酸(20℃、濃度:5質量%)に浸漬・水洗・乾燥した後に、前記被加熱光透過性導電層における15mm間の端子間抵抗が10kΩ以上であるような非晶質」であるのに対し、甲1発明は「結晶性」である点。
<相違点2>被加熱光透過性導電層について、本件特許発明1は、「移動距離Lを、{(Xc-Xa)^(2)+(Yc-Ya)^(2)}^(1/2)としたときに、
下記(2)(3)の条件を満たし
(2) Ya≧Yc
(3)前記移動距離Lが1.0以上45.0以下である。」
と特定されているのに対し、甲1発明は、そのような特定がされていない点。
<相違点3>被加熱光透過性導電層について、本件特許発明1は、「Ar元素の含有量が、0.2atomic%以上」と特定されているのに対し、甲1発明は、そのような特定がされていない点。

そこで、上記相違点について検討する。
<相違点1>について
甲1発明は、上記(1)ア(ア)bに摘記したように、「従来のITO膜では、結晶化によっても十分に抵抗が低下せず、あるいは、低抵抗化を実現するために、結晶化に長時間を要して生産性に劣るという問題があ」るため、「透明基材上に低抵抗のITO膜が形成された透明導電性フィルムを生産性高く提供すること」を課題とする発明である。そうすると、甲1発明において、アモルファス透明導電層について、熱処理工程により「結晶性」に転化されるものに代えて、加熱処理した後も、低抵抗化が実現できないアモルファス、すなわち「非晶質性」が保持されるものとする動機付けとなる記載は甲1にはないし、また他の証拠にもない。加えて、甲1発明において加熱処理した後も、低抵抗化が実現できない「非晶質性」が保持されるものにすることは、甲1発明の課題からみて阻害要因があるともいえる。

<相違点2>について
上記(1)ア(ア)eの表1より、甲1の例えば実施例1でYa=20.0cm^(2)/V・s、Yc=26.0cm^(2)/V・sと示されるように、全ての実施例においてYa<Ycとなっている。よって、甲1発明のYaとYcの関係は、本件特許発明の条件(2)Ya≧Ycに反するものである。
そして、上記「<相違点1>について」で述べたように、甲1発明のアモルファス透明導電層について、熱処理工程により「結晶性」に転化されるものに代えて、低抵抗化が実現できない「非晶質性」が保持されるものとすることを当業者が容易に着想することができないのであるから、「非晶質性」を保持させるための条件(2)、(3)を設定することは、仮に、他の文献に条件(2)、(3)の記載があったとしても、そのようにする動機付けとなる記載は甲1にはなく、また他の証拠にもないし、加えて甲1発明の課題からみて阻害要因があるともいえる。

<相違点3>について
上記「<相違点1>について」で述べたように、甲1発明のアモルファス透明導電層について、熱処理工程により「結晶性」に転化されるものに代えて、低抵抗化が実現できない「非晶質性」が保持されるものとすることを当業者が容易に着想することができないのであるから、「非晶質性」をより一層維持し易くできる「Ar元素の含有量が、0.2atomic%以上」に設定することは、仮に、他の文献に当該記載があったとしても、そのようにする動機付けとなる記載は甲1にはなく、また他の証拠にもないし、加えて甲1発明の課題からみて阻害要因があるともいえる。

したがって、本件特許発明1は、甲1発明、すなわち甲第1号証に記載された発明及び甲第2号証ないし甲第4号証に記載された技術的事項に基いて当業者が容易に発明できたものではない。

イ 本件特許発明2及び本件特許発明3について
本件特許発明2は、本件特許発明1に対して、さらに「Xaに対するXcの比(Xc/Xa)が、1.05以上1.80以下」という技術的事項を追加したものである。また、本件特許発明3は、本件特許発明1に対して、さらに「前記非晶質光透過性導電層は、インジウム系導電性酸化物を含有する」という技術的事項を追加したものである。
よって、上記アに示した理由と同様の理由により、本件特許発明2及び本件特許発明3は、上記甲第1号証に記載された発明及び甲第2号証ないし甲第4号証に記載された技術的事項に基いて当業者が容易に発明できたものではない。

(3)特許異議申立人の主張
特許異議申立人は、特許異議申立書において、「甲第1号証の段落[0024]には、『本明細書においては、塩酸への浸漬・水洗・乾燥後に、15mm間の端子間抵抗が10kΩを超える場合に、ITOがアモルファスであるものとする。』ことが記載されている。したがって、甲第1号証には、構成G『被加熱光透過性導電層は、塩酸(20℃、濃度:5質量%)に浸漬・水洗・乾燥した後に、前記被加熱光透過性導電層における15mm間の端子間抵抗が10kΩ以上であるような非晶質である』ことが記載されている」ことを前提として本件特許発明の進歩性欠如を主張している。
しかしながら、甲1において、アモルファスである状態は、あくまでも加熱前の状態であって、上記(2)アで検討したように、加熱された後の被加熱光透過性導電層は、「結晶性」である。
よって、特許異議申立人の主張は失当である。

(4)申立理由1のまとめ
以上のとおり、本件特許発明1ないし本件特許発明3は、甲第1号証に記載された発明及び甲第2号証ないし甲第4号証に記載された技術的事項に基いて当業者が容易に発明できたものではないから、本件特許発明1ないし本件特許発明3についての特許は、特許法第29条第2項に違反してされたものではなく、特許異議申立人が主張する進歩性に係る申立理由1は、理由がない。

2 申立理由2(実施可能要件違反)について
(1)実施可能要件の判断基準
物の発明の実施可能要件を充足するためには、発明の詳細な説明に、当業者が、発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識に基づいて、過度の試行錯誤を要することなく、その物を生産し、使用することができる程度の記載があることを要する。
これを踏まえ、以下検討する。

(2)発明の詳細な説明の記載
本件特許明細書の発明の詳細な説明には、概略、次の記載がある(下線については、当審において付与したものである。)。
ア「【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、透明電極に用いられるITO層などの導電性金属酸化物層は、その形成過程により、結晶構造または非晶質構造(アモルファス)を有する。例えば、スパッタリングなどにより導電性金属酸化物層を支持基材に形成する場合は、非晶質の導電性金属酸化物層が形成される。この非晶質の導電性金属酸化物は、熱により結晶構造へと転化させることができる。
【0007】
一般的に、透明電極には、表面抵抗値が低い結晶性の導電性金属酸化物層が用いられている。
【0008】
しかし、結晶性の導電性金属酸化物層は、耐クラック性や耐擦傷性に劣る不具合がある。特に、調光フィルムは、その用途から大面積のフィルムとして用いられることが多いため、その成形や加工、運搬の過程で、クラックや傷が生じる可能性が高い。そのため、調光フィルムでは、非晶質性の導電性金属酸化物層の要求が高い。
【0009】
しかし、このような非晶質性の導電性金属酸化物を調光フィルムの透明電極として用いると、外気または日光に暴露されるため、熱により、局部的にまたは全面的に、結晶性の導電性金属酸化物へ自然転化し、表面抵抗が変化する。その結果、調光フィルム面内において表面抵抗のムラが生じ、調光にばらつきが生じるおそれがある。
【0010】
本発明の目的は、耐クラック性および熱安定性に優れる光透過性導電フィルムおよび調光フィルムを提供することにある。」
イ「【発明の効果】
【0015】
本発明の光透過性導電フィルムは、光透過性基材と、非晶質光透過性導電層とを備えるため、耐クラック性に優れる。また、非晶質光透過性導電層が所定の条件を満たすため、熱による光透過性導電層の抵抗率変化を抑制することができ、熱安定性に優れる。
【0016】
また、本発明の調光フィルムは、耐クラック性に優れるため、加工性や運搬性が良好である。また、熱安定性に優れているため、調光のばらつきを長期間低減できる。」
ウ「【0051】
スパッタリング法で用いられるガスとしては、例えば、Arなどの不活性ガスが挙げられる。また、この方法では、酸素ガスなどの反応性ガスを併用する。反応性ガスの流量の、不活性ガスの流量に対する比(反応性ガスの流量(sccm)/不活性ガスの流量(sccm))は、例えば、0.1/100以上5/100以下である。
【0052】
この方法では、特に、酸素ガス量を調整することにより、後述する特性の光透過性導電フィルム1を得ることができる。
【0053】
すなわち、例えば、スパッタリング法により、非晶質光透過性導電層3としてITO層を形成する場合を例に挙げると、スパッタリング法により得られるITO層は、一般的に、非晶質のITO層として成膜される。このとき、非晶質ITO層内部に導入される酸素導入量により、非晶質ITO層の膜質が変化する。具体的には、非晶質ITO層内部に導入される酸素導入量が、適量よりも少ない場合(酸素不足状態)では、大気雰囲気下での加熱により結晶質へと転化し、その結果、加熱後の表面抵抗値が大きく低減する。一方、非晶質ITO層に含有される酸素導入量が、適量であると、大気雰囲気下での加熱を経た場合であっても非晶質構造を維持し、抵抗変化率は小さい。他方、非晶質ITOに含有される酸素導入量が適量より過剰であると、大気雰囲気下での加熱により非晶質構造を維持するが、加熱後の表面抵抗値が大きく増大し、抵抗変化率が大きい。
【0054】
上記の理由は、以下のように推察される。なお、本発明は、以下の理論に限定されるものではない。非晶質ITO層に含まれる酸素量が少ない場合(酸素不足状態)では、非晶質ITO層は、その構造において多数の酸素欠損部を有しているため、ITO膜を構成する各原子が熱振動により動きやすく、最適構造をとりやすい。そのため、大気雰囲気下での加熱により、酸素を酸素欠損部に適度に取り込みながら、最適構造(結晶質構造)を取り、その結果、表面抵抗値が大きく低減する。一方、非晶質ITOに含有される酸素導入量が、適量範囲であると、非晶質ITO層に酸素欠損部が生じにくい。即ち、酸素の適量範囲とは、非晶質ITOが化学量論組成をとりやすい範囲を示す。酸素量が適量であると、非晶質ITOは大気雰囲気下で加熱した場合であっても、酸素欠損部が少ない為、過度に酸化することなく、良質な非晶質構造を維持する。他方、非晶質ITOに含有される酸素導入量が過剰である場合、非晶質ITO膜内に含まれる酸素原子は不純物として作用する。不純物原子は、好適な含有水準を超えると中性子散乱の要因となり、表面抵抗値を増大させる。そのため、非晶質ITOに含有される酸素導入量が過剰であると、加熱によりITO内の酸素量が更に過剰となり、表面抵抗値が大きく増大すると推察される。
【0055】
具体的には、例えば、ITO内に含有される酸素量が適量範囲となるように、チャンバーに供給する酸素ガスの供給割合を調整する。
【0056】
酸素ガスの供給割合の好適値は、真空装置のスパッタリング電源や磁場強度、チャンバー容積などの設備的要因、光透過性基材2に微小に含有される反応性ガス量(水など)などの材料的要因に応じて、適宜設定される。例えば、反応性ガスを含有する高分子フィルムと、反応性ガスを含有しないガラス基材とでは、酸素ガス供給量を低減できるため、高分子フィルムが好ましい。また、磁場強度および電源はO_(2)プラズマの生成量に関係するため、採用する磁場強度、電源により酸素ガス供給量は変化するが、光透過性基材2にかかる熱量を低減し非晶質性を高める観点から、低磁場であることが好ましく、また、成膜レートの観点から、直流電源が好ましい。
【0057】
具体的には、例えば、光透過性基材2として高分子フィルムを用い、水平磁場強度を1?50mT(好ましくは、20?40mT)の低磁場強度とし、直流電源を採用した場合、Arガスに対する酸素ガスの割合(O_(2)/Ar)は、例えば、0.022以上、好ましくは、0.025以上、より好ましくは、0.028以上であり、また、例えば、0.036以下、好ましくは、0.035以下、より好ましくは、0.034以下である。
【0058】
また、例えば、光透過性基材2として高分子フィルムを用い、水平磁場強度を50?200mT(好ましくは、80?120mT)の高磁場強度とし、直流電源を採用した場合、Arガスに対する酸素ガスの割合(O_(2)/Ar)は、例えば、0.018以上、好ましくは、0.020以上、より好ましくは、0.022以上であり、また、例えば、0.035以下、好ましくは、0.034以下、より好ましくは、0.033以下、さらに好ましくは、0.025以下である。」
エ「【0071】
また、非晶質光透過性導電層3のキャリア密度(Xa×10^(19)/cm^(3))と、被加熱光透過性導電層とのキャリア密度(Xc×10^(19)/cm^(3))とでは、Xa≦Xcの式(1)を満たし、好ましくは、Xa<Xcの式(1´)を満たす。Xa>Xcの関係を満たすと、非晶質光透過性導電層3は、表面抵抗値が大きく増加するため、加熱時の安定性に劣る。
【0072】
特に、加熱前後のキャリア密度の比、すなわち、Xaに対するXcの比(Xc/Xa)は、好ましくは、1.00を超過し、より好ましくは、1.05以上、さらに好ましくは、1.10以上である。また、好ましくは、2.00未満であり、より好ましくは、1.80以下である。上記比を上記範囲とすることにより、加熱による抵抗変化を確実に抑制し、熱安定性がより一層優れる。
【0073】
非晶質光透過性導電層3のホール移動度(Ya cm^(2)/V・s)と、被加熱光透過性導電層とのホール移動度(Ya cm^(2)/V・s)とでは、Ya≧Ycの式(2)を満たし、好ましくは、Ya>Ycの式(2´)を満たす。Ya<Ycの関係を満たすと、非晶質光透過性導電層3は、加熱処理により結晶化して表面抵抗値が大きく低下しやすく、その結果、加熱時の安定性に劣る。
【0074】
特に、加熱前後のホール移動度の比、すなわち、Yaに対するYcの比(Yc/Ya)は、好ましくは、1.00未満であり、より好ましくは、0.75以下である。また、好ましくは、0.50を超過し、より好ましくは、0.60以上である。上記比を上記範囲とすることにより、加熱による抵抗変化を確実に抑制し、熱安定性がより一層優れる。
【0075】
移動距離Lを、{(Xc-Xa)^(2)+(Yc-Ya)^(2)}^(1/2)としたときに(図3参照)、Lは、1.0以上45.0以下である。好ましくは、10.0以上、より好ましくは、13.0以上であり、また、好ましくは、40.0以下、より好ましくは、35.0未満、さらに好ましくは、33.0以下である。移動距離Lが上記範囲とすることにより、加熱前後の非晶質光透過性導電層3の膜質変化が小さく、特に熱安定性に優れる。
・・・<略>・・・
【0077】
被加熱光透過性導電層は、好ましくは、非晶質である。これにより、熱安定性に優れるとともに、耐クラック性および耐擦傷性に優れる。
【0078】
そして、この光透過性導電フィルム1は、光透過性基材2と、非晶質光透過性導電層3とを備えるため、耐クラック性、耐擦傷性などに優れる。
【0079】
また、加熱前の非晶質光透過性導電層3および被加熱光透過性導電層における、ホール移動度およびキャリア密度が、所定の条件を満たすため、熱による非晶質光透過性導電層3の抵抗率の変化が抑制することができ、熱安定性に優れる。
【0080】
特に、本発明者らは、非晶質光透過性導電層3の比抵抗は、ホール移動度とキャリア密度との掛け算に反比例することから、加熱による抵抗変化を小さくするには、加熱前後でホール移動度の挙動とキャリア密度の挙動とが逆になるよう、非晶質光透過性導電層3の膜質を設計する必要があるという着想に至り、本発明に至った。つまり、本発明の非晶質光透過性導電層3が上記式(1)?(3)を満たす、すなわち、非晶質光透過性導電層3において、加熱処理後のホール移動度を小さくさせ、加熱後のキャリア密度を大きくさせ、移動距離Lを小さくさせるよう膜設計を実施することにより、加熱前後の比抵抗の値の変化を抑制させる。その結果、加熱による抵抗変化が少なく、熱安定性に優れる。」
オ「【0100】
実施例1
厚み188μmのポリエチレンテレフタレート(PET)フィルム(三菱樹脂製、品名「ダイアホイル」)を準備し、光透過性基材とした。
【0101】
PETフィルムをロールトゥロール型スパッタリング装置に設置し、真空排気した。その後、ArおよびO_(2)を導入して気圧0.4Paとした真空雰囲気において、DCマグネトロンスパッタリング法により、厚み65nmのITOからなる光透過性導電層を製造した。ITOは、非晶質であった。
【0102】
なお、ターゲットとして、10質量%の酸化スズと90質量%の酸化インジウムとの焼結体を用い、マグネットの水平磁場は30mTに調節した。Ar流量に対するO_(2)流量の比(O_(2)/Ar)は、0.0342に調節した。
【0103】
実施例2
Ar流量に対するO_(2)流量の比(O_(2)/Ar)を0.0333とした以外は、実施例1と同様にして光透過性導電フィルム(ITO厚み:65nm)を製造した。
【0104】
実施例3
Ar流量に対するO_(2)流量の比(O_(2)/Ar)を0.0327とした以外は、実施例1と同様にして光透過性導電フィルム(ITO厚み:65nm)を製造した。
【0105】
実施例4
Ar流量に対するO_(2)流量の比(O_(2)/Ar)を0.0296とした以外は、実施例1と同様にして光透過性導電フィルム(ITO厚み:65nm)を製造した。
【0106】
実施例5
Ar流量に対するO_(2)流量の比(O_(2)/Ar)を0.0289とした以外は、実施例1と同様にして光透過性導電フィルム(ITO厚み:65nm)を製造した。
【0107】
実施例6
Ar流量に対するO_(2)流量の比(O_(2)/Ar)を0.0280とした以外は、実施例1と同様にして光透過性導電フィルム(ITO厚み:65nm)を製造した。
【0108】
実施例7
Ar流量に対するO_(2)流量の比(O_(2)/Ar)を0.0264とした以外は、実施例1と同様にして光透過性導電フィルム(ITO厚み:65nm)を製造した。
【0109】
実施例8
Ar流量に対するO_(2)流量の比(O_(2)/Ar)を0.0358とした以外は、実施例1と同様にして光透過性導電フィルム(ITO厚み:65nm)を製造した。
【0110】
実施例9
厚み50μmのポリエチレンテレフタレート(PET)フィルム(三菱樹脂製、品名「ダイアホイル」)を光透過性基材とした。
【0111】
前記光透過性基材上に、マグネットの水平磁場を100mTとし、成膜気圧を0.3Paとし、Ar流量に対するO_(2)流量の比(O_(2)/Ar)を0.0223とし、厚み30nmのITO層を形成した以外は、実施例1と同様にして、光透過性導電フィルムを製造した。
【0112】
実施例10
Ar流量に対するO_(2)流量の比(O_(2)/Ar)を0.0338とした以外は、実施例1と同様にして光透過性導電フィルム(ITO厚み:65nm)を製造した。
【0113】
比較例1
Ar流量に対するO_(2)流量の比(O_(2)/Ar)を0.0373とした以外は、実施例1と同様にして光透過性導電フィルム(ITO厚み:65nm)を製造した。
【0114】
比較例2
気圧を0.4Paとし、Ar流量に対するO_(2)流量の比(O_(2)/Ar)を0.0114とした以外は、実施例9と同様にして、光透過性導電フィルム(ITO厚み:30nm)を製造した。
【0115】
比較例3
気圧を0.4Paとし、Ar流量に対するO_(2)流量の比(O_(2)/Ar)を0.0074とし、RF重畳DCマグネトロンスパッタリング法(RF周波数13.56MHz、DC電力に対するRF電力の比(RF電力/DC電力)は0.2)を実施した以外は、実施例9と同様にして光透過性導電フィルム(ITO厚み:30nm)を製造した。
【0116】
比較例4
厚み50μmのPETフィルムを用い、Ar流量に対するO_(2)流量の比(O_(2)/Ar)を0.0201とし、ITO層の厚みを30nmとした以外は、実施例1と同様にして光透過性導電フィルムを製造した。
【0117】
各実施例および各比較例で得られた光透明性導電フィルムについて下記の測定を実施した。結果を表1および図3に示す。
・・・<略>・・・
【0119】
【表1】



(3)判断
ア 本件特許発明1ないし3について
本件特許発明1は、光透過性基材と、非晶質光透過性導電層とを備える光透過性導電フィルムにおいて、「前記非晶質光透過性導電層に含有されるAr元素の含有量が、0.2atomic%以上であり、
前記非晶質光透過性導電層のキャリア密度をXa×10^(19)(/cm^(3))、ホール移動度をYa(cm^(2)/V・s)とし、
前記非晶質光透過性導電層を大気環境下で加熱処理した後の被加熱光透過性導電層のキャリア密度をXc×10^(19)(/cm^(3))、ホール移動度をYc(cm^(2)/V・s)とし、
移動距離Lを、{(Xc-Xa)^(2)+(Yc-Ya)^(2)}^(1/2)としたときに、
下記(1)?(3)の条件を満たし、
前記被加熱光透過性導電層は、塩酸(20℃、濃度:5質量%)に浸漬・水洗・乾燥した後に、前記被加熱光透過性導電層における15mm間の端子間抵抗が10kΩ以上であるような非晶質であることを特徴とする、光透過性導電フィルム。
(1)Xa≦Xc、
(2)Ya≧Yc、
(3)前記移動距離Lが1.0以上45.0以下である。」を発明特定事項とするものである。
そして、上記(2)ウには、「【0052】
この方法では、特に、酸素ガス量を調整することにより、後述する特性の光透過性導電フィルム1を得ることができる。
・・・<略>・・・
【0057】
具体的には、例えば、光透過性基材2として高分子フィルムを用い、水平磁場強度を1?50mT(好ましくは、20?40mT)の低磁場強度とし、直流電源を採用した場合、Arガスに対する酸素ガスの割合(O_(2)/Ar)は、例えば、0.022以上、好ましくは、0.025以上、より好ましくは、0.028以上であり、また、例えば、0.036以下、好ましくは、0.035以下、より好ましくは、0.034以下である。
【0058】
また、例えば、光透過性基材2として高分子フィルムを用い、水平磁場強度を50?200mT(好ましくは、80?120mT)の高磁場強度とし、直流電源を採用した場合、Arガスに対する酸素ガスの割合(O_(2)/Ar)は、例えば、0.018以上、好ましくは、0.020以上、より好ましくは、0.022以上であり、また、例えば、0.035以下、好ましくは、0.034以下、より好ましくは、0.033以下、さらに好ましくは、0.025以下である。」と、本件特許発明1に係る光透過性導電フィルムを得るための酸素ガス量の設定条件が記載されている。
そして、上記(2)オの実施例・比較例について見てみると、30mTの低磁場強度でO_(2)/Arの上記数値範囲に設定した、実施例7(0.0264)、実施例6(0.0280)、実施例5(0.0289)、実施例4(0.0296)、実施例3(0.0327)、実施例2(0.0333)、実施例10(0.0338)、実施例1(0.0342)、実施例8(0.0358)、100mTの高磁場強度でO_(2)/Arの上記範囲に設定した実施例9(0.0223)は、本件特許発明1に係る条件(1)?(3)を満足するものであって、大気環境下で加熱処理した後も「非晶質」の光透過性導電フィルムが得られていることが示されている。一方、上記数値範囲外に設定した比較例では、本件特許発明1に係る光透過性導電フィルムが得られていないことが示されている。
してみると、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載は、本件特許発明1に係る光透過性導電フィルムを得るために、当業者が明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識を考慮して、当業者に期待し得る程度を超える試行錯誤を必要とするものとはいえない。
また、本件特許発明1に従属する本件特許発明2及び3についても同様である。

イ 特許異議申立人の主張
特許異議申立人は、特許異議申立書において、「本件発明は、実施例1?10は、いずれも、10質量%の酸化スズと90質量%の酸化インジウムとの焼結体を用い(段落[0102])、Ar流量に対するO_(2)流量の比(O_(2)/Ar)を変化させることで、本件特許のパラメータを満たすことを記載している(併せて、表1参照)。・・・<略>・・・一方、本件特許の請求項1には、Ar流量に対するO_(2)流量の比(O_(2)/Ar)が記載されておらず、当業者は、本件請求項1の記載からどのようすれば本件特許発明の構成及び効果を導けるのか理解できない。更に、請求項1の記載から本件特許発明を実施することは、当業者に期待し得る程度を超える過度の試行錯誤を強いるものであり、本件発明を実施できない。
更に、本件の明細書には、特定の手段による発明が記載されているのみであり、出願時の技術常識に照らしても、請求項に係る範囲まで、発明の詳細な説明において開示された内容を拡張ないし一般化できるとはいえない。」と主張し(以下、「主張1」という。)、また
「甲第2号証の第1ページ緒言には、『液晶ディスプレー、パーソナルコンピューター、携帯電話等において、透明導電膜が重要な役割を担っている』ことが記載されている。
しかし、『液晶ディスプレー、パーソナルコンピューター、携帯電話等』の用途においては、『光透過性導電フィルム』は、通常のフィルムと同様に可撓性を示すものであり、クラックは生じにくい。
よって、本件特許における『光透過性導電フィルム』は、どのような膜厚で、どのような大きさのフィルムであるため、クラックが生じるのか、当業者は理解できない。
また、本件特許は、発明の詳細な記載、解決課題、効果等を考慮すると、『調光フィルム』としての発明であることは明確であり、甲第2号証に示すように、『液晶ディスプレー、パーソナルコンピューター、携帯電話等』のような、調光フィルムとは大きく異なる特性を示し得る『光透過性導電フィルム』に対し、本件特許発明を実施するとなれば、当業者が期待し得る程度を超える試行錯誤、複雑高度な実験等をする必要がある。
よって、当業者は、どのように本件特許発明を実施すれば、液晶ディスプレーに等に適用できる『光透過性導電フィルム』が得られるのか、理解できないし、実施できない。
したがって、本件発明の請求項1、2に係る発明は、明細書の記載及びに出願時の技術常識をも考慮すると、『調光フィルム』の用途に適した『光透過性導電フィルム』のみが記載されており、ITO膜を有する様々な態様に実施することはできない。」と主張している(以下、「主張2」という。)ため、以下検討する。

(ア)主張1について
上記(1)に示したように、発明の詳細な説明に、当業者が、発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識に基づいて、過度の試行錯誤を要することなく、その物を生産し、使用することができる程度の記載があれば、物の発明の実施可能要件を充足する。
そして、上記アで検討したように、本件特許の発明の詳細な説明は、既に実施可能要件を充足するものであるから、Ar流量に対するO_(2)流量の比(O_(2)/Ar)に対する特許請求の範囲における記載の有無は、実施可能要件の適否の判断を何ら左右するものではない。
よって、特許異議申立人の主張1を採用することができない。

(イ)主張2について
本件特許発明に係る光透過性導電フィルムは、耐クラック性に優れ、また、非晶質光透過性導電層が所定の条件を満たすため、熱による光透過性導電層の抵抗率変化を抑制することができ、熱安定性に優れる旨(上記(2)イ)記載されているのであるから、調光フィルム以外の液晶ディスプレー、パーソナルコンピューター、携帯電話等の用途においても、過度の試行錯誤なく適用し得るものであり、もって耐クラック性に優れた液晶ディスプレー、パーソナルコンピューター、携帯電話等が製造できるといえる。
よって、特許異議申立人の主張2も採用することができない。

(4)申立理由2のまとめ
本件特許の発明の詳細な説明の記載は、いわゆる実施可能要件を満たすと判断されるから、特許異議申立人が主張する特許法第36条第4項第1号の規定により特許を受けることができないとする申立理由2は、理由がない。

3 申立理由3(サポート要件違反)について
(1)サポート要件の判断基準
特許請求の範囲の記載が、サポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。

(2) 本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載
上記2(2)に記載のとおりである。

(3)判断
ア 本件特許発明1ないし3について
本件特許発明の課題は、上記2(2)アの記載より、耐クラック性および熱安定性に優れる光透過性導電フィルムおよび調光フィルムを提供することである。
一方、上記2(2)エには、「【0071】
また、非晶質光透過性導電層3のキャリア密度(Xa×10^(19)/cm^(3))と、被加熱光透過性導電層とのキャリア密度(Xc×10^(19)/cm^(3))とでは、Xa≦Xcの式(1)を満たし、好ましくは、Xa<Xcの式(1´)を満たす。Xa>Xcの関係を満たすと、非晶質光透過性導電層3は、表面抵抗値が大きく増加するため、加熱時の安定性に劣る。
【0072】
特に、加熱前後のキャリア密度の比、すなわち、Xaに対するXcの比(Xc/Xa)は、好ましくは、1.00を超過し、より好ましくは、1.05以上、さらに好ましくは、1.10以上である。また、好ましくは、2.00未満であり、より好ましくは、1.80以下である。上記比を上記範囲とすることにより、加熱による抵抗変化を確実に抑制し、熱安定性がより一層優れる。
【0073】
非晶質光透過性導電層3のホール移動度(Ya cm^(2)/V・s)と、被加熱光透過性導電層とのホール移動度(Ya cm^(2)/V・s)とでは、Ya≧Ycの式(2)を満たし、好ましくは、Ya>Ycの式(2´)を満たす。Ya<Ycの関係を満たすと、非晶質光透過性導電層3は、加熱処理により結晶化して表面抵抗値が大きく低下しやすく、その結果、加熱時の安定性に劣る。
【0074】
特に、加熱前後のホール移動度の比、すなわち、Yaに対するYcの比(Yc/Ya)は、好ましくは、1.00未満であり、より好ましくは、0.75以下である。また、好ましくは、0.50を超過し、より好ましくは、0.60以上である。上記比を上記範囲とすることにより、加熱による抵抗変化を確実に抑制し、熱安定性がより一層優れる。
【0075】
移動距離Lを、{(Xc-Xa)^(2)+(Yc-Ya)^(2)}^(1/2)としたときに(図3参照)、Lは、1.0以上45.0以下である。好ましくは、10.0以上、より好ましくは、13.0以上であり、また、好ましくは、40.0以下、より好ましくは、35.0未満、さらに好ましくは、33.0以下である。移動距離Lが上記範囲とすることにより、加熱前後の非晶質光透過性導電層3の膜質変化が小さく、特に熱安定性に優れる。
・・・<略>・・・
【0077】
被加熱光透過性導電層は、好ましくは、非晶質である。これにより、熱安定性に優れるとともに、耐クラック性および耐擦傷性に優れる。
【0078】
そして、この光透過性導電フィルム1は、光透過性基材2と、非晶質光透過性導電層3とを備えるため、耐クラック性、耐擦傷性などに優れる。
【0079】
また、加熱前の非晶質光透過性導電層3および被加熱光透過性導電層における、ホール移動度およびキャリア密度が、所定の条件を満たすため、熱による非晶質光透過性導電層3の抵抗率の変化が抑制することができ、熱安定性に優れる。
【0080】
特に、本発明者らは、非晶質光透過性導電層3の比抵抗は、ホール移動度とキャリア密度との掛け算に反比例することから、加熱による抵抗変化を小さくするには、加熱前後でホール移動度の挙動とキャリア密度の挙動とが逆になるよう、非晶質光透過性導電層3の膜質を設計する必要があるという着想に至り、本発明に至った。つまり、本発明の非晶質光透過性導電層3が上記式(1)?(3)を満たす、すなわち、非晶質光透過性導電層3において、加熱処理後のホール移動度を小さくさせ、加熱後のキャリア密度を大きくさせ、移動距離Lを小さくさせるよう膜設計を実施することにより、加熱前後の比抵抗の値の変化を抑制させる。その結果、加熱による抵抗変化が少なく、熱安定性に優れる。」と、条件(1)?(3)の技術的意義が記載されている。そして、当該記載より、条件(1)?(3)を満足する非晶質光透過性導電層は、大気環境下で加熱処理した後も熱安定性に優れ、もって「非晶質」が維持されるため、耐クラック性に優れ、本件特許発明の上記課題が解決されることが理解できる。
また、上記2(2)オの実施例・比較例について見てみると、本件特許発明1に係る発明特定事項である条件(1)?(3)を満足する実施例は、大気環境下で加熱処理した後も熱安定性に優れ、もって「非晶質」が維持されるため、耐クラック性に優れ、本件特許発明の上記課題が解決されることがされている一方、条件(1)?(3)を満足しない比較例は、本件特許発明の課題が解決されていない。
そして、本件特許発明1は、条件(1)?(3)を発明特定事項とするものである。
してみると、本件特許発明1は、本件特許明細書の発明の詳細な説明により当業者が上記課題を解決できると認識できる範囲のものである。
また、本件特許発明1に従属する本件特許発明2及び3についても同様である。

イ 特許異議申立人の主張
特許異議申立人は、上記2(3)イに記載と同様の理由をもって本件特許に対するサポート要件違反を主張しているため、以下検討する。

(ア)主張1について
上記アで検討したように、特許請求の範囲における、Ar流量に対するO_(2)流量の比(O_(2)/Ar)の特定の有無が、サポート要件の判断を左右するものではない。
よって、特許異議申立人の主張1を採用することができない。

(イ)主張2について
本件特許発明の上記課題である耐クラック性を向上させることは、液晶ディスプレー、パーソナルコンピューター、携帯電話等の調光フィルム以外の用途においても共通する課題と認められる。
してみると、出願時の技術常識に照らして、調光フィルム以外に、液晶ディスプレー、パーソナルコンピューター、携帯電話等のその他の用途を包含する光透過性導電フィルムにまで、発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化できるといえる。
よって、特許異議申立人の主張2も採用することができない。

(4)申立理由3のまとめ
本件特許発明1ないし本件特許発明3に係る本件特許の請求項1ないし3の記載は、いわゆるサポート要件を満たすと判断されるから、特許異議申立人が主張する特許法第36条第6項第1号の規定により特許を受けることができないとする申立理由3は、理由がない。

第5 むすび
したがって、特許異議の申立ての理由及び証拠によっては、本件特許の請求項1ないし3に係る特許を取り消すことはできない。
また、ほかに本件特許の請求項1ないし3に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2020-11-13 
出願番号 特願2018-184493(P2018-184493)
審決分類 P 1 651・ 536- Y (H01B)
P 1 651・ 121- Y (H01B)
P 1 651・ 537- Y (H01B)
最終処分 維持  
前審関与審査官 和田 財太  
特許庁審判長 加藤 友也
特許庁審判官 細井 龍史
大畑 通隆
登録日 2019-12-27 
登録番号 特許第6637565号(P6637565)
権利者 日東電工株式会社
発明の名称 光透過性導電フィルム  
代理人 宇田 新一  
代理人 岡本 寛之  

プライバシーポリシー   セキュリティーポリシー   運営会社概要   サービスに関しての問い合わせ