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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 取り消して特許、登録 G02B
管理番号 1368885
審判番号 不服2020-6138  
総通号数 253 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2021-01-29 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2020-05-07 
確定日 2020-12-22 
事件の表示 特願2015-181388「反射防止膜の製造方法」拒絶査定不服審判事件〔平成29年 3月23日出願公開、特開2017- 58428、請求項の数(4)〕について、次のとおり審決する。 
結論 原査定を取り消す。 本願の発明は、特許すべきものとする。 
理由 第1 手続等の経緯
特願2015-181388号(以下「本件出願」という。)は、平成27年9月15日に出願したものであって、その後の手続等の経緯の概要は、以下のとおりである。
令和元年 6月12日付け:拒絶理由通知書
令和元年 8月13日提出:手続補正書
令和元年 8月13日提出:意見書
令和2年 1月23日付け:拒絶査定(以下「原査定」という。)
令和2年 5月 7日提出:審判請求書
令和2年 6月25日提出:手続補正書


第2 原査定の概要
本件出願の請求項1-4に係る発明は、本件出願前に日本国内又は外国において頒布された刊行物である、特開2009-258711号公報(以下「引用文献1」という。)に記載された発明及び特開平8-224537号公報(以下「引用文献2」という。)に記載された事項に基づいて、本件出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない、というものである。


第3 本願発明
本件出願の請求項1-4に係る発明(以下、それぞれ「本願発明1」-「本願発明4」という。)は、令和元年8月13日提出の手続補正で補正された特許請求の範囲の請求項1-4に記載された事項により特定される、以下のものである。
「【請求項1】シリカエアロゲル膜を少なくとも一層有する反射防止膜の製造方法であって、前記シリカエアロゲル膜を、アルコキシシランを塩基性触媒下で加水分解及び縮重合して調製したアルカリ性ゾルに、さらに酸性溶液を添加して得られたメジアン径100 nm以下の第一の酸性ゾル、及びアルコキシシランを酸性触媒下で加水分解及び縮重合して得られたメジアン径10 nm以下の第二の酸性ゾルを混合してなる混合ゾルを、基材上に塗布し、前記混合ゾルが乾燥する前に、温度35℃以上、相対湿度70%以上の環境に載置し、30分以上保存する湿度処理を施し、その後に、アルカリ処理を行って形成することを特徴とする反射防止膜の製造方法。

【請求項2】請求項1に記載の方法において,前記湿度処理を施した後で、かつ前記アルカリ処理を行う前、又は前記アルカリ処理を行った後に、100℃以上の加熱処理を行うことを特徴とする反射防止膜の製造方法。

【請求項3】請求項2に記載の方法において、前記アルカリ処理は、アルカリ溶液を塗布、又はアンモニア雰囲気中に載置することにより行うことを特徴とする反射防止膜の製造方法。

【請求項4】請求項1?3のいずれかに記載の方法において、前記湿度処理の時間が5?48時間であることを特徴とする反射防止膜の製造方法。」


第4 引用文献、引用発明等
引用文献1の記載
原査定の拒絶の理由に引用された引用文献1には、以下の記載がある。なお、下線は当合議体が付したものであり、引用発明の認定や判断等に活用した箇所を示す。
(1) 「【請求項1】
基材の表面に、アルカリ処理したシリカエアロゲル膜からなる反射防止膜を形成する方法であって、溶媒中でアルコキシシランを塩基性触媒により加水分解・重合してアルカリ性ゾルを調製し、これに酸性触媒を添加してさらに加水分解・重合することにより第一の酸性ゾルを調製し、溶媒中でアルコキシシランを酸性触媒により加水分解・重合して第二の酸性ゾルを調製し、前記第一及び第二の酸性ゾルを混合し、得られた混合ゾルを前記基材に塗布し、乾燥し、得られたシリカエアロゲル膜をアルカリで処理することを特徴とする方法。」

(2) 「【技術分野】
【0001】
本発明は、ナノサイズの微細孔を有するアルカリ処理シリカエアロゲル膜を少なくとも有する反射防止膜の形成方法、及びかかる反射防止膜を具備する光学素子に関し、特に低屈折率及び優れた耐擦傷性を有するアルカリ処理シリカエアロゲル膜を少なくとも有する反射防止膜の形成方法、及びかかる反射防止膜を具備する光学素子に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、反射防止膜は真空蒸着、スパッタリング、イオンプレーティング等の物理蒸着法によって成膜されてきた。単層の反射防止膜は基材より小さな屈折率を有する必要があるが、物理蒸着法で形成される最も屈折率の小さなMgF_(2)層でも1.38と比較的大きな屈折率を有し、屈折率1.5程度のレンズ用の反射防止膜にとって理想とされる1.2?1.25の屈折率を有さない。1.2?1.25の屈折率を有する反射防止膜は、可視光領域すなわち波長400?700nmにおいて1%未満の反射率を示すのに対し、屈折率1.38のMgF_(2)からなる反射防止膜の反射率は2%未満ではあるものの、1%より高い。
【0003】
近年、ゾルゲル法等の液相法も反射防止膜の成膜に用いられている。液相法には、物理蒸着法のような大掛かりな装置を要することなく、また基材を高温に曝すことなく反射防止膜を成膜できるという特長がある。しかし、液相法によって得られる反射防止膜の最小屈折率は1.37付近と、物理蒸着法と同程度であり、反射防止特性も大差ない。したがって、いずれの方法による場合も、可視光の波長領域における反射率を1%未満に抑えるためには、低屈折率材料と高屈折率材料とを積層して多層膜を形成する必要がある。
【0004】
MgF_(2)より小さな屈折率を示す材料として、シリカエアロゲルが知られている。アルコキシシランの加水分解反応によってシリカ湿潤ゲルを調製し、これを二酸化炭素、水、有機溶媒等の超臨界流体で乾燥すると、0.01 g/cc以下の密度を有し、屈折率1.1未満のシリカエアロゲルを作製できる。しかしこの製造方法には、超臨界乾燥装置を要する上に手間が掛かり、高コストであるという問題がある。また得られるシリカエアロゲルの靭性が非常に小さく脆いために、使用に耐えないという問題もある。
…(省略)…
【0006】
「ジャーナル・オブ・ゾルゲル・サイエンス・アンド・テクノロジー(Journal of Sol-Gel Science and Technology)」, 2000年, 第18巻, pp. 219-224,(非特許文献1)は、耐擦傷性に優れたナノポーラスシリカフィルムを作製する方法として、テトラエトキシシランをエタノール・水混合溶媒中でアンモニアにより80℃で2?20時間加水分解・重合してアルカリ性ゾルを調製し、これにテトラエトキシシラン、水及び塩酸を加えて60℃ で15日間熟成し、得られたゾルを基板上に塗布し、80℃で30分間乾燥した後、アンモニア・水蒸気混合ガス中又は大気中400℃ で30分間処理する方法を提案している。しかし、この方法は15日間の熟成を要し、効率が低いのみならず、得られるナノポーラスシリカ膜は十分な耐擦傷性を有さず、透明性及び強度に乏しい。」

(3)「【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
従って、本発明の目的は、低屈折率及び優れた耐擦傷性を有するシリカエアロゲル膜を少なくとも有する反射防止膜を比較的短い時間で形成する方法、かかる反射防止膜を具備する光学素子を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記目的に鑑み鋭意研究の結果、本発明者らは、順次塩基性触媒及び酸性触媒の存在下でアルコキシシランを加水分解・重合した第一の酸性ゾルと、酸性触媒の存在下でアルコキシシランを加水分解・重合した第二の酸性ゾルとを混合し、得られた混合ゾルを基材に塗布し、得られたシリカエアロゲル膜をアルカリで処理すると、比較的短い時間で、低屈折率及び優れた耐擦傷性を有するシリカエアロゲル膜を形成することができることを見出し、本発明に想到した。
【0011】
すなわち、本発明の第一の反射防止膜の形成方法は、基材の表面に、アルカリ処理したシリカエアロゲル膜からなる反射防止膜を形成するものであって、溶媒中でアルコキシシランを塩基性触媒により加水分解・重合してアルカリ性ゾルを調製し、これに酸性触媒を添加してさらに加水分解・重合することにより第一の酸性ゾルを調製し、溶媒中でアルコキシシランを酸性触媒により加水分解・重合して第二の酸性ゾルを調製し、前記第一及び第二の酸性ゾルを混合し、得られた混合ゾルを前記基材に塗布し、乾燥し、得られたシリカエアロゲル膜をアルカリで処理することを特徴とする。
…(省略)…
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、溶媒中で塩基性触媒及び酸性触媒をこの順に用いてアルコキシシランを加水分解・重合した第一の酸性ゾルと、溶媒中でアルコキシシランを酸性触媒により比較的短い時間加水分解・重合した第二の酸性ゾルとの混合ゾルを基材に塗布し、乾燥し、得られたシリカエアロゲル膜をアルカリ処理するので、比較的短い時間で、低屈折率を有するシリカエアロゲル膜を少なくとも有する反射防止膜を形成することができる。かかるシリカエアロゲル膜は、第一の酸性ゾルに由来する比較的大きいシリカ粒子の隙間に、第二の酸性ゾルに由来する比較的小さいシリカ粒子が入り込んだ構造を有し、かつアルカリ処理により未反応シラノール基が縮合してSi-O-Si結合が増加している。そのため本発明の反射防止膜は優れた耐擦傷性を有し、屈折率の経時変化が小さい。」

(4)「【発明を実施するための形態】
【0021】
[1] 反射防止膜の形成方法
本発明の反射防止膜の形成方法は、(1)(a) 溶媒中でアルコキシシランを塩基性触媒により加水分解・重合してアルカリ性ゾルを調製し、(b) これに酸性触媒を添加してさらに加水分解・重合することにより第一の酸性ゾルを調製し、(2) 溶媒中でアルコキシシランを酸性触媒により加水分解・重合して第二の酸性ゾルを調製し、(3) 第一及び第二の酸性ゾルを混合し、(4) 得られた混合ゾルを基材に塗布し、(5) 乾燥し、(6) 得られたシリカエアロゲル膜をアルカリで処理し、(7) 乾燥する工程を有する。必要に応じて、工程(7)の前及び/ 又は後に、(8) 洗浄工程を設けてもよい。基材上に予め緻密膜を形成し、その上にシリカエアロゲル膜を形成した後、アルカリで処理し、多層の反射防止膜を形成してもよい。
…(省略)…
【0044】
(5) 乾燥
塗布した混合ゾルから溶媒を揮発させ、シリカエアロゲル膜を形成する。塗布膜の乾燥条件は特に制限されず、基材の耐熱性等に応じて適宜選択すればよい。上記溶媒は揮発性であるので、自然乾燥することができるが、溶媒の沸点± 20℃ で15分?24時間熱処理した後、100? 200℃ の温度で15分?24時間熱処理して乾燥を促進するのが好ましい。ただし熱処理温度の上限は、基材のガラス転移温度が好ましく、ガラス転移温度- 100℃ がより好ましい。熱処理温度を基材のガラス転移温度超にすると、基材が変形する。熱処理中にシリカエアロゲルを構成する粒子同士の結合が強くなるので、耐擦傷性が向上する。
【0045】
(6) アルカリ処理
シリカエアロゲル膜をアルカリで処理する。これにより耐擦傷性が一層向上する。
…(省略)…
【0072】
実施例1
(1) 第一の酸性ゾルの調製
(a) 塩基性触媒による加水分解・重合
テトラエトキシシラン17.05 gとメタノール69.13 gとを混合した後、アンモニア水( 3 N) 3.88 gを加えて室温で15時間撹拌し、アルカリ性ゾルを調製した。
【0073】
(b) 酸性触媒による加水分解・重合
アルカリ性ゾル40.01 gに、メタノール2.50 gと塩酸( 12 N) 1.71 gとを添加して室温で30分間撹拌し、第一の酸性ゾル( 固形分: 4.94質量% ) を調製した。
【0074】
(2) 第二の酸性ゾルの調製
室温でテトラエトキシシラン30 mLと、エタノール30 mLと、水2.4 mLとを混合した後、塩酸( 1 N) 0.1 mLを加え、60℃ で90分間撹拌し、第二の酸性ゾル( 固形分: 14.8質量% ) を調製した。
【0075】
(3) メジアン径の測定
動的光散乱式粒径分布測定装置LB-550( 株式会社堀場製作所製) を使用し、第一及び第二の酸性ゾルのメジアン径を動的光散乱法により測定した。第一及び第二の酸性ゾルのメジアン径はそれぞれ16.0 nm及び1.8 nmであった。
【0076】
(4) 混合ゾルの調製
第一の酸性ゾルの全量に、第二の酸性ゾル0.22 gを添加し( 第一の酸性ゾル/ 第二の酸性ゾルの固形分質量比: 67.1) 、室温で5 分間攪拌して混合ゾル(I)を調製した。混合ゾル(I)の調製条件を表1 に示す。
【0077】
【表1】

【0078】
注:(1) TEOSはテトラエトキシシランを表す。
(2) 3N。
(3) 12N。
(4) 1N。
(5) 第一の酸性ゾル/ 第二の酸性ゾルの固形分質量比。
(6) 第一の酸性ゾル/ 第二の酸性ゾルのメジアン径比。
【0079】
(5) 多層緻密膜の形成
LASF01ガラス平板(φ 30 mm、屈折率1.79)に、表4に示す構成になるように、電子ビーム式の蒸着源を有する装置を用いて、真空蒸着法により六層の緻密膜を形成した。物理膜厚及び屈折率の測定には、レンズ反射率測定機(型番: USPM-RU、オリンパス株式会社製)を使用した(以下同じ) 。
【0080】
(6) シリカエアロゲル膜の形成
六層緻密膜上に混合ゾル(I)をスピンコートし、80℃で30分間及び160℃で30分間熱処理し、物理膜厚97 nmのシリカエアロゲル膜を形成した。
【0081】
(7) アルカリ処理
シリカエアロゲル膜上に、0.001 Nの水酸化ナトリウム水溶液400 mLをスピンコートし、室温で30分間放置した後、120℃で30分間乾燥して反射防止膜を形成した。
…(省略)…
【0123】
…(省略)… 実施例1?21の反射防止膜は耐擦傷性に優れていた。これに対して、比較例1?4の反射防止膜はシリカエアロゲル膜をアルカリ処理しておらず、比較例5?8 の反射防止膜は第一及び第二の酸性ゾルの混合ゾルを用いていないので、実施例1?21の反射防止膜に比べて耐擦傷性が劣っていた。」

2.引用発明
上記1.によれば、引用文献1には、請求項1に係る発明として、次の発明(以下「引用発明」という。)が記載されている。

「基材の表面に、アルカリ処理したシリカエアロゲル膜からなる反射防止膜を形成する方法であって、溶媒中でアルコキシシランを塩基性触媒により加水分解・重合してアルカリ性ゾルを調製し、これに酸性触媒を添加してさらに加水分解・重合することにより第一の酸性ゾルを調製し、溶媒中でアルコキシシランを酸性触媒により加水分解・重合して第二の酸性ゾルを調製し、前記第一及び第二の酸性ゾルを混合し、得られた混合ゾルを前記基材に塗布し、乾燥し、得られたシリカエアロゲル膜をアルカリで処理することを特徴とする方法。」

3.引用文献2の記載、引用文献2に記載された技術的事項
原査定の拒絶の理由に引用された引用文献2には、以下の記載がある。

(1)「【請求項1】
一般式Si(OR)_(4 )(式中、Rは炭素数1?5のアルキル基)で表されるテトラアルコキシシラン1モルに対して、pHが10.0?12.0の塩基性水2?8モル及び有機溶媒10?30モルを混合して得られる縮合組成物(A)と、一般式(R^(2) )_(n) Si(OR^(1 ))_(4-n) (式中、R^(1) およびR^(2)は炭素数1?5)のアルキル基、nは0?3の整数)で表されるアルコキシシラン1モルに対して、pHが0?2.6の酸性水3?8モル及び有機溶媒10?30モルとを混合して得られる縮合組成物(B)とを、(A)/(B)=0.4?2.4(重量比)で混合した無機質組成物を基材上に塗布する工程、得られた無機質組成物が塗布された基材を、相対湿度70%以上の環境下に置く工程、次いで該基材を温度60℃以上、相対湿度70%未満の環境下に置く工程からなることを特徴とする積層体の製造方法。」

(2)「【0001】
【産業上の利用分野】本発明は、基材上に耐擦傷性および基材との密着性に優れた、反射防止効果が高く経時変化のない多孔質の被膜が形成された積層体の製造方法に関する。」

(3)「【0007】
【発明が解決しようとする課題】本発明は、これらの問題点を解決するものであり、その目的は、基材上に耐擦傷性および基材との密着性に優れた、反射防止効果が高く経時変化のない多孔質の被膜が形成された積層体を容易に製造し得る方法を提供することにある。
【0008】
【課題を解決するための手段】本発明で使用される無機質組成物の製造に用いられる縮合組成物(A)は、一般式Si(OR)_(4) (式中、Rは炭素数1?5のアルキル基)で表されるテトラアルコキシシラン、塩基性水及び有機溶媒を混合し、テトラアルコキシシランを部分加水分解、重縮合させて得られる。
…(省略)…
【0011】上記塩基性水とは、塩基種によりpHが10.0?12.0に調整された水をいう。塩基種は、水のpHを10.0?12.0に調整できるものであれば、特に限定されず、例えば、アンモニア、水酸化アンモニウム、水酸化カリウム等が挙げられ、pHの調整が容易なので、アンモニアが好ましい。
…(省略)…
【0019】本発明で使用される無機質組成物の製造に用いられる縮合組成物(B)は、一般式(R^(2) )_(n) Si(OR^(1) )_(4-n) (式中、R^(1) およびR^(2) は炭素数1?5のアルキル基、nは0?3の整数)で表されるアルコキシシラン、酸性水及び有機溶媒を混合し、アルコキシシランを部分加水分解、重縮合させて得られる。
…(省略)…
【0022】上記酸性水は、酸性種によりpHが0?2.6に調整された水をいう。酸性種は、水のpHを、0?2.6に調整できるものであれば、特に限定されず、例えば、塩酸、硝酸、硫酸等が挙げられ、塩酸、硝酸が好ましく、塩酸が特に好ましい。
…(省略)…
【0038】無機質組成物を基材上に塗布する際、膜厚は、特に限定されないが、反射防止効果を得たい波長と、以下の関係となる被膜が得られる様に無機質組成物を塗布することは、反射防止効果の向上を図ることができ、好適である。
【0039】d=(1/4+m/2)×λ/n
【0040】d:被膜の膜厚
λ:反射防止効果を得たい波長
n:被膜の屈折率
m:0又は自然数
…(省略)…
【0044】本発明の積層体の製造方法は、無機質組成物を基材上に塗布する工程に次いで、まず、得られた無機質組成物が塗布された基材を、相対湿度70%以上の環境下に置く工程を取る。この工程によって、塗膜中の残存未反応アルキル基の加水分解、および残存未反応シラノール基の重縮合を促進させる。なお、上記、相対湿度70%以上の環境下に置く前に、無機質組成物が塗布された基材を、乾燥させてもよい。上記乾燥方法としては、特に限定されるものではなく、室温にて自然乾燥してもよい。
…(省略)…
【0046】上記の相対湿度70%以上の環境下に置く際の温度は、特には限定されないが、温度が低くなると、処理に時間がかかり、温度が高くなると有機質基材では基材の変形が起こり易くなるので、40?100℃が好ましく、50?90℃が特に好ましい。
【0047】上記の相対湿度70%以上の環境下に置く際の時間は、相対湿度にもよるが、時間が短くなると、残存未反応アルキル基や残存未反応シラノール基の引き続く反応が不十分となり、時間が長すぎても時間に応じた効果が得られなくなるので、通常24?1200時間が好ましく、100?1000時間がより好ましい。
【0048】このようにして、相対湿度70%以上の環境下に置く工程により、基材上に経時変化がなく耐久性に優れた多孔質の被膜が形成された積層体が得られる。しかし、この工程だけでは、多孔質の被膜の微細孔内に水が残存し易く、樹脂基材等においては基材と被膜との密着性が必ずしも十分ではない場合がある。
【0049】このことを改善するために、本発明の積層体の製造方法は、上記の相対湿度70%以上の環境下に置く工程に次いで、該基材を温度60℃以上、相対湿度70%未満の環境下に置く工程を取る。本工程の温度は、低くなると基材と被膜との密着性向上効果がなくなるので、60℃以上で基材の溶融温度以下であり、好ましくは80℃以上である。本工程の相対湿度は、高くなると残存水を気化させることができなくなり基材と被膜との密着性向上効果がなくなるので、70%未満であり、好ましくは50%未満であり、特に好ましくは30%未満である。本工程による密着性向上効果が特に見られる基材は、基材と被膜との密着性が比較的強固でない基材であり、例えば、ポリカーボネート基材である。
【0050】
【作用】本発明の積層体の製造方法では、縮合組成物(A)では、テトラアルコキシシランの重縮合がかなり進みコロイダルシリカが形成されており、縮合組成物(B)では、アルコキシシランの重縮合が比較的進まず、シリカゾルの段階で抑えられており、この両者の混合物である無機質組成物は、コロイダルシリカとシリカゾルの混合物となっている。その無機質組成物を、基材上に塗布し、次いで得られた無機質組成物が塗布された基材を、相対湿度70%以上の環境下に置くことにより、残存未反応アルキル基や残存未反応シラノール基が除去され、膜の硬化が促進され、シリカゾルとコロイダルシリカの収縮率の差異により多孔化された被膜を得ることができる。そして、更に、該基材を温度60℃以上、相対湿度70%未満の環境下に置くことにより、多孔質の被膜の微細孔内の水を除去するとともに基材と被膜との界面の縮合反応も促進することができ、基材と被膜との密着性を一層向上させることができる。」

上記(1)?(3)(特に、【請求項1】、【0007】、【0008】、【0011】、【0019】、【0022】、【0044】、【0046】、【0047】、及び【0050】)によれば、引用文献2には、次の技術的事項が記載されていると認められる。


ア 基材上に耐擦傷性および基材との密着性に優れた、反射防止効果が高く経時変化のない多孔質の被膜が形成された積層体を容易に製造し得る方法を提供することを目的とし、積層体の製造方法において、一般式Si(OR)_(4) (式中、Rは炭素4数1?5のアルキル基)で表されるテトラアルコキシシラン1モルに対して、アンモニアが好ましいpHが10.0?12.0の塩基性水2?8モル及び有機溶媒10?30モルを混合して部分加水分解、重縮合して得られ、コロイダルシリカが形成されている縮合組成物(A)と、一般式(R^(2) )_(n) Si(OR^(1) )_(4-n) (式中、R^(1) およびR^(2)は炭素数1?5)のアルキル基、nは0?3の整数)で表されるアルコキシシランを、塩酸が好ましい酸性水及び有機溶媒を混合して部分加水分解、重縮合して得られ、シリカゾルの段階で抑えられている縮合組成物(B)とを混合した、コロイダルシリカとシリカゾルの混合物である無機質組成物を基材上に塗布する工程を有する。

イ 次いで、得られた無機質組成物が塗布された基材を、塗膜中の残存未反応アルキル基の加水分解、および残存未反応シラノール基の重縮合を促進させるために、50℃?90℃、相対湿度70%以上の環境下に100?1000時間置く工程(以下「引用文献2湿度処理工程」という。)と、次いで、多孔質の被膜の微細孔内の水を除去するとともに基材と被膜との界面の縮合反応も促進することができ、基材と被膜との密着性を一層向上させるために、該基材を温度60℃以上、相対湿度70%未満の環境下に置く工程と、を有する。

ウ 相対湿度70%以上の環境下に置く前に、無機質組成物が塗布された基材を、乾燥させてもよい。


第5 対比・判断
1.本願発明1について
(1)対比
本願発明1と引用発明とを対比すると、次のとおりとなる。

ア アルカリ性ゾル
引用発明の「アルカリ性ゾル」は、「溶媒中でアルコキシシランを塩基性触媒により加水分解・重合して」「調製し」たものである。その調整方法からみて、引用発明の「アルカリ性ゾル」は、本願発明1の「アルカリ性ゾル」と、「アルコキシシランを塩基性触媒下で加水分解及び重合して調製した」「アルコキシシランを塩基性触媒下で加水分解及び」「重合して調製した」ものである点で共通する。
イ 第一の酸性ゾル
引用発明の「第一の酸性ゾル」は、上記「アルカリ性ゾル」に「酸性触媒を添加してさらに加水分解・重合することにより」「調製し」たものである。
上記ア及びその調整方法からみて、引用発明の「第一の酸性ゾル」は、本願発明1の「第一の酸性ゾル」と、「アルコキシシランを塩基性触媒下で加水分解及び重合して調製したアルカリ性ゾルから、得られた」ものである点で共通する。
ウ 第二の酸性ゾル
引用発明の「第二の酸性ゾル」は、「溶媒中でアルコキシシランを酸性触媒により加水分解・重合して」「調製し」たものである。その調整方法からみて、引用発明の「第二の酸性ゾル」は、本願発明1の「第二の酸性ゾル」と、「アルコキシシランを酸性触媒下で加水分解及び重合して得られた」ものである点で共通する。
エ 混合ゾル
引用発明の「混合ゾル」は、「第一及び第二の酸性ゾルを混合し、得られた」ものである。
上記ア?ウの対比結果及びその製造工程からみて、引用発明の「混合ゾル」は、「アルコキシシランを塩基性触媒下で加水分解及び」「重合して調製したアルカリ性ゾル」から「得られた」「第一の酸性ゾル、及びアルコキシシランを酸性触媒下で加水分解及び」「重合して得られた」「第二の酸性ゾルを混合してなる」点で、本願発明1の「混合ゾル」と共通する。
オ シリカエアロゲル膜
引用発明の「シリカエアロゲル膜」は、引用発明の一連の製造工程を経て形成されるものであって、その文言の意味するとおり、本願発明1の「シリカエアロゲル膜」に相当する。
カ アルカリ処理
引用発明の「アルカリで処理する」は、「得られた混合ゾルを前記基材に塗布し、乾燥し、得られたシリカエアロゲル膜をアルカリで処理する」ものであるから、本願発明1において、「シリカエラロゲル膜を、」「混合ゾルを、基材上に塗布し、その後に、アルカリ処理を行って形成すること」とされる、「アルカリ処理」に相当する。
キ 反射防止膜、反射防止膜の製造方法
引用発明の「反射防止膜」は、その文言の意味するとおり、本願発明1の「反射防止膜」に相当する。また、引用発明の「反射防止膜」は、「シリカエアロゲル膜からなる反射防止膜」である。そうすると、引用発明の「反射防止膜」は、本願発明1の「反射防止膜」における、「シリカエアロゲル膜を少なくとも一層有する」という要件を満たす。
さらに、引用発明の方法は、「基材の表面に、アルカリ処理したシリカエアロゲル膜からなる反射防止膜を形成する方法であ」るから、実質的にみて、本願発明1の「反射防止膜の製造方法」に相当する。

以上ア?キによれば、本願発明1と引用発明との間には、次の一致点、相違点があるといえる。
(一致点)
「シリカエアロゲル膜を少なくとも一層有する反射防止膜の製造方法であって、前記シリカエアロゲル膜を、アルコキシシランを塩基性触媒下で加水分解及び重合して調製したアルカリ性ゾルから、得られた第一の酸性ゾル、及びアルコキシシランを酸性触媒下で加水分解及び重合して得られた第二の酸性ゾルを混合してなる混合ゾルを、基材上に塗布し、その後に、アルカリ処理を行って形成することを特徴とする反射防止膜の製造方法。」

(相違点)
(相違点1)「第一の酸性ゾル」及び「第二の酸性ゾル」を得る際の「重合」が、本願発明1では、「縮重合」であるのに対して、引用発明では、このように特定されていない点。

(相違点2)「アルカリ性ゾルから」「第一の酸性ゾル」を得るために、本願発明1では、「アルカリ性ゾルに、さらに酸性溶液を添加して」いるのに対して、引用発明では、「酸性触媒を添加してさらに加水分解・重合」している点。

(相違点3)「第一の酸性ゾル」の「メジアン径」が、本願発明1は、「100 nm以下」であるのに対して、引用発明では、このように特定されていない点。

(相違点4)「第二の酸性ゾル」の「メジアン径」が、本願発明1は、「10 nm以下」であるのに対して、引用発明では、このように特定されていない点。

(相違点5)「シリカエアロゲル膜」の「形成」にあたり、本願発明1は、「混合ゾルが乾燥する前に、温度35℃以上、相対湿度70%以上の環境に載置し、30分以上保存する湿度処理を施し、その後に、アルカリ処理を行って」いるのに対して、引用発明では、そのような湿度処理を施し、その後に、アルカリ処理を行っているのかが特定されていない点。

(2)相違点についての判断。
事案に鑑み、相違点5について検討する。
ア 相違点5に係る構成と引用発明2に記載された技術的事項の関係
「第4 引用文献、引用発明等」の「3.引用文献2について」のアから、引用文献2に記載された「縮合組成物(A)」は、ゾルであって、「無機質組成物」が、「混合ゾル」といえることは技術的に明らかである。
また、「第4 引用文献、引用発明等」の「3.引用文献2について」のイによれば、引用文献2湿度処理工程は、無機質組成物が塗布された基材を、塗膜中の残存未反応シラノール基の重縮合等を促進させるための工程であるから、技術的にみて、本願発明1の「湿度処理」に相当する。
さらに、「第4 引用文献、引用発明等」の「3.引用文献2について」のウによれば、引用文献2には、引用文献2湿度処理工程を、無機質組成物を基材上に塗布する工程後であって、乾燥する前又は乾燥した後のどちらに施してもよいことが示唆されていると解される。

イ 引用文献2に記載された技術的事項の適用可能性とその効果
引用文献2湿度処理工程は、残存未反応シラノール基の重縮合等を促進させることを目的とするものであるところ(上記ア参照。)、引用文献1の段落【0019】の「アルカリ処理により未反応シラノール基が縮合してSi-O-Si結合が増加している。」という記載からみて、引用発明の「アルカリ処理」も同様の目的を有するものと認められる。
そうすると、引用発明に、より一層残存未反応シラノール基の重縮合を促進させるために、引用文献2湿度処理工程を適用する動機は十分に存在するといえる。そして、その場合、当該湿度処理工程を、(ア)引用発明の「乾燥」の前(相違点5に係る構成に相当)、(イ)「乾燥」と「アルカリ処理」との間及び(ウ)「乾燥」と「アルカリ処理」の後のいずれかに施すという選択肢が考えられるが、当合議体は、(ア)すなわち相違点5に係る本願発明1の構成を選択することによる効果は、引用文献1?2及び本件出願時の技術常識からは当業者といえども予測し得ないものと判断する。
その理由は、以下のとおりである。
本願明細書の段落【0069】の「(b) シリカエアロゲル膜の形成 真空蒸着法により形成した6層緻密膜の上に、得られた混合ゾルをスピンコート法により塗布し、その直後、前記混合ゾルが乾燥する前に60℃ 90%RHの恒温恒湿下に48時間静置(湿度処理)し、さらに160℃で30分間加熱処理した。熱処理後の試料を一旦冷却した後、0.03 Nの水酸化ナトリウム水溶液をスピンコート法で塗布(アルカリ処理)し、120℃で30分間乾燥後、水及びイソプロピルアルコールで順次洗浄し、80℃で30分間乾燥し、前記6層緻密膜の上にシリカエアロゲル膜が形成された反射防止膜を得た。」(当合議体注:下線は強調のため付与した。)、段落【0075】の「比較例2 層構成を表4に示すように変更し、アルカリ処理及び洗浄・乾燥後の試料を60℃90%RHの条件で72時間湿度処理した以外は比較例1と同様にして反射防止膜を作製し、実施例1と同様の評価を行った。結果を表5に示す。」、及び段落【0079】の「表5から明らかなように、混合ゾルを塗布直後に湿度処理を行った実施例1のシリカエアロゲル膜は、低屈折率であり耐擦傷性に優れていた。さらに実施例1、比較例1及び2の反射防止膜の表面の様子をFE-SEMで観察した結果(それぞれ図1?3に示す画像)から分かるように、比較例1及び2の反射防止膜は多数のマイクロクラックが観察されるが、本発明の方法により作製した実施例1の反射防止膜は、その表面のシリカエアロゲル膜にマイクロクラックがほとんど観察されなかった。」という記載から、乾燥する前に本願発明1の「湿度処理」を施すと、乾燥及びアルカリ処理の後に本願発明1の湿度処理を施すことに比べて、シリカエアロゲル膜にマイクロクラックが存在しないという有利な効果を奏するものであり、この効果は本件出願当時の技術常識から当業者が予測することができたものとまではいえない。
したがって、上記相違点1-4について判断するまでもなく、本願発明1は、引用文献1に記載された発明及び引用文献2に記載された技術的事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

2.本願発明2-4について、
本願発明2-4も、本願発明1の「基材上に塗布した混合ゾルが乾燥する前に、温度35℃以上、相対湿度70%以上の環境に載置し、30分以上保存する湿度処理を施し、その後に、アルカリ処理を行って」という同一の構成を備えるものであるから、本願発明1と同じ理由により、引用文献1に記載された発明及び引用文献2に記載された技術的事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。


第6 むずび
以上のとおり、本願発明1-4は、引用文献1に記載された発明及び引用文献2に記載された技術的事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。
したがって、原査定の理由によっては、本件出願を拒絶することはできない。
また、他に本件出願を拒絶すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり審決する。

 
審決日 2020-12-04 
出願番号 特願2015-181388(P2015-181388)
審決分類 P 1 8・ 121- WY (G02B)
最終処分 成立  
前審関与審査官 藤岡 善行  
特許庁審判長 里村 利光
特許庁審判官 関根 洋之
井亀 諭
発明の名称 反射防止膜の製造方法  
代理人 高石 橘馬  

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