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審決分類 |
審判 一部申し立て 1項3号刊行物記載 B60C 審判 一部申し立て 2項進歩性 B60C |
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管理番号 | 1370001 |
異議申立番号 | 異議2019-700561 |
総通号数 | 254 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許決定公報 |
発行日 | 2021-02-26 |
種別 | 異議の決定 |
異議申立日 | 2019-07-16 |
確定日 | 2020-11-02 |
異議申立件数 | 1 |
訂正明細書 | 有 |
事件の表示 | 特許第6454181号発明「重荷重用空気入りタイヤ及びその製造方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 |
結論 | 特許第6454181号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1-2〕、〔3-4〕について」)訂正することを認める。 特許第6454181号の請求項1ないし2に係る特許を取り消す。 |
理由 |
第1 主な手続の経緯等 特許第6454181号の請求項1?4に係る特許についての出願は、平成27年3月4日に出願され、平成30年12月21日にその特許権の設定登録がされ、平成31年1月16日に特許掲載公報が発行された。その後、本件特許に対して特許異議の申立てがあり、次のとおりに手続が行われた。 令和1年 7月16日 :特許異議申立人 村川明美(以後、「特許異議 申立人」という。)による請求項1及び2に係 る特許に対する特許異議の申立て 令和1年10月18日付け:取消理由通知書 同年12月20日 :特許権者による意見書の提出及び訂正請求 令和2年 2月13日 :特許異議申立人による意見書の提出 同年 3月30日付け:取消理由通知書(決定の予告) 同年 5月29日 :特許権者による意見書の提出及び訂正請求 (以下、「本件訂正請求」という。) 同年 7月 9日 :特許異議申立人による意見書の提出 なお、令和1年12月20日にされた訂正請求は、特許法第120の5第7項の規定により、取り下げられたものとみなす。 第2 訂正の適否についての判断 1 訂正の内容 本件訂正請求による訂正の内容は、以下の訂正事項1ないし3のとおりである(下線は、訂正箇所について付したものである。)。 (1) 訂正事項1 特許請求の範囲の請求項1に「前記ビード部には、少なくとも前記折返し部のタイヤ軸方向外側を前記折返し部に沿ってのびる補強コードフィラと、前記折返し部と前記補強コードフィラとの間に設けられたインスレーションゴムとが配されており、 前記補強コードフィラの外端のビードベースラインからの高さh1は、前記折返し部の外端のビードベースラインからの高さh2よりも小であり、かつ、それらの差h2-h1が5?15mmであり、 前記インスレーションゴムのタイヤ半径方向の外端のビードベースラインからの高さh3は、前記折返し部の外端の高さh2よりも大であり、かつ、それらの差h3-h2が5?10mmであることを特徴とする重荷重用空気入りタイヤ。」と記載されているのを、 「前記ビード部には、少なくとも前記折返し部のタイヤ軸方向外側を前記折返し部に沿ってのびる補強コードフィラと、前記折返し部と前記補強コードフィラとの間に設けられたインスレーションゴムとが配されており、 前記折返し部の外端のビードベースラインからの高さh2は、タイヤ断面高さHの5%?20%であり、 前記補強コードフィラの外端のビードベースラインからの高さh1は、前記折返し部の外端の高さh2よりも小であり、かつ、それらの差h2-h1が7?13mmであり、 前記インスレーションゴムのタイヤ半径方向の外端のビードベースラインからの高さh3は、前記折返し部の外端の高さh2よりも大であり、かつ、それらの差h3-h2が5?10mmであり、 前記インスレーションゴムのタイヤ半径方向の内端のビードベースラインからの高さh4は、前記補強コードフィラの外端の高さh1よりも小であり、かつ、それらの差h1-h4が10?15mmであり、 前記インスレーションゴムは、23℃の環境下でのデュロメータータイプAによる硬さであるゴム硬度が50?65度の軟質ゴムから構成されることを特徴とする重荷重用空気入りタイヤ。」に訂正する。 請求項1の記載を引用する請求項2も同様に訂正する。 (2) 訂正事項2 特許請求の範囲の請求項2に「前記インスレーションゴムのタイヤ半径方向の内端のビードベースラインからの高さh4は、前記補強コードフィラの外端の高さh1よりも小であり、かつ、それらの差h1-h4が10?15mmである請求項1記載の重荷重用空気入りタイヤ。」と記載されているのを、 「前記折返し部の外端の高さh2と前記補強コードフィラの外端の高さh1との差h2-h1は前記インスレーションゴムの外端の高さh3と前記折返し部の外端の高さh2との差h3-h2に等しい請求項1記載の重荷重用空気入りタイヤ。」に訂正する。 (3) 訂正事項3 特許請求の範囲の請求項3に「請求項1又は2記載の重荷重用空気入りタイヤを製造する方法であって、」とあるうち、請求項1を引用するものについて、いわゆる独立形式による記載に改め、 「トレッド部からサイドウォール部を経てビード部に至るカーカスを備えた重荷重用空気入りタイヤにおいて、 前記カーカスは、前記トレッド部から前記サイドウォール部を経て前記ビード部のビードコアに至る本体部と、前記本体部に連なりかつ前記ビードコアの周りでタイヤ軸方向内側から外側に折り返された折返し部とを有するカーカスプライを含み、 前記ビード部には、少なくとも前記折返し部のタイヤ軸方向外側を前記折返し部に沿ってのびる補強コードフィラと、前記折返し部と前記補強コードフィラとの間に設けられたインスレーションゴムとが配されており、 前記補強コードフィラの外端のビードベースラインからの高さh1は、前記折返し部の外端のビードベースラインからの高さh2よりも小であり、かつ、それらの差h2-h1が5?15mmであり、 前記インスレーションゴムのタイヤ半径方向の外端のビードベースラインからの高さh3は、前記折返し部の外端の高さh2よりも大であり、かつ、それらの差h3-h2が5?10mmである重荷重用空気入りタイヤを製造する方法であって、」に訂正する。 請求項3の記載を引用する請求項4も同様に訂正する。 (4) 一群の請求項について 本件訂正請求は、訂正前の請求項1?4について、請求項2?4は、それぞれ請求項1を直接又は間接的に引用しているものであって、訂正事項1によって記載が訂正される請求項1に連動して訂正されるものである。 したがって、訂正前の請求項1?4に対応する訂正後の請求項1?4は、特許法第120条の5第4項に規定する一群の請求項である。 2 訂正の適否についての検討 (1) 訂正事項1に係る請求項1及び2の訂正について 訂正事項1は、補強コードフィラの位置について、本件訂正前の請求項1において、「前記ビード部には、少なくとも前記折返し部のタイヤ軸方向外側を前記折返し部に沿ってのびる補強コードフィラと、前記折返し部と前記補強コードフィラとの間に設けられたインスレーションゴムとが配されており、前記補強コードフィラの外端のビードベースラインからの高さh1は、前記折返し部の外端のビードベースラインからの高さh2よりも小であり、かつ、それらの差h2-h1が5?15mmであり、前記インスレーションゴムのタイヤ半径方向の外端のビードベースラインからの高さh3は、前記折返し部の外端の高さh2よりも大であり、かつ、それらの差h3-h2が5?10mmである」としていたのを、本件訂正後の請求項1は、「前記折返し部の外端のビードベースラインからの高さh2は、タイヤ断面高さHの5%?20%」であること、「前記補強コードフィラの外端のビードベースラインからの高さh1は、前記折返し部の外端の高さh2よりも小であり、かつ、それらの差h2-h1が7?13mm」であることを更に限定するものである。 また、訂正事項1は、インシュレーションゴムについて、本件訂正前の請求項1において、「前記折返し部と前記補強コードフィラとの間に設けられたインスレーションゴムとが配されており」としていたのを、本件訂正によって、その位置に関し、「前記インスレーションゴムのタイヤ半径方向の内端のビードベースラインからの高さh4は、前記補強コードフィラの外端の高さh1よりも小であり、かつ、それらの差h1-h4が10?15mm」であること及びその材料に関し、「前記インスレーションゴムは、23℃の環境下でのデュロメータータイプAによる硬さであるゴム硬度が50?65度の軟質ゴムから構成される」ことを更に限定するものである。 したがって、訂正事項1は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。 同様に、請求項1を引用する訂正後の請求項2は、訂正後の請求項1の記載を引用することにより、訂正後の請求項2に係る発明における補強コードフィラの位置及びインシュレーションゴムの位置と材料を更に限定するものであるため、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。 そして、訂正事項1は、カテゴリや対象、目的を変更するものではなく、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものには該当せず、また、明細書の段落【0021】、【0025】、訂正前の請求項2及び【0028】に記載される事項であるから、いわゆる新規事項の追加ではなく、特許法第120条の5第9項で準用する特許法第126条第5項及び第6項に適合するものである。 さらに請求項2の記載についても同様に特許法第120条の5第9項で準用する特許法第126条第5項及び第6項に適合するものである。 なお、訂正前の請求項1及び2について特許異議申立がされているため、訂正事項1に関して、特許法第120条の5第9項で読み替えて準用する特許法第126条第7項の独立特許要件は課されない。 (2)訂正事項2に係る請求項2の訂正について 訂正前の請求項2は、インスレーションゴムの位置について、訂正前の請求項1を引用し、更に「前記インスレーションゴムのタイヤ半径方向の内端のビードベースラインからの高さh4は、前記補強コードフィラの外端の高さh1よりも小であり、かつ、それらの差h1-h4が10?15mmである」としていたのを、本件訂正において、訂正事項1によって訂正前の請求項2の特定事項を加えた訂正後の請求項1を引用し、更に「前記折返し部の外端の高さh2と前記補強コードフィラの外端の高さh1との差h2-h1は前記インスレーションゴムの外端の高さh3と前記折返し部の外端の高さh2との差h3-h2に等しい」ことを限定するものである。 したがって、訂正事項2は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。 そして、訂正事項2は、カテゴリや対象、目的を変更するものではなく、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものには該当せず、また、明細書の段落【0039】の【表1】において、差h2-h1が差h3-h2に等しい実施例1が記載されているから、いわゆる新規事項の追加ではなく、特許法第120条の5第9項で準用する特許法第126条第5項及び第6項に適合するものである。 なお、訂正前の請求項1及び2について特許異議申立がされているため、訂正事項2に関して、特許法第120条の5第9項で読み替えて準用する特許法第126条第7項の独立特許要件は課されない。 (3)訂正事項3に係る請求項3及び4の訂正について ア 訂正の目的について 訂正事項3は、訂正前の請求項3が請求項1又は2を引用する記載であるところ、請求項1を引用するものについて請求項間の引用関係を解消して、独立形式請求項に改めるための訂正を含むものであって、特許法第120条の5第2項ただし書第4号に規定する、他の請求項の記載を引用する請求項の記載を当該他の請求項の記載を引用しないものとすることを目的とするものであるとともに、訂正前の請求項3が、訂正前の請求項1を引用する部分に減縮すものであるから、 特許法第120条の5第2項ただし書第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。 イ 願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であること及び実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更する訂正ではないこと 訂正事項3は、上記アのとおりであるから、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてするものであって、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。 したがって、特許法第120条の5第9項で準用する特許法第126条第5項及び第6項に適合するものである。 ウ 独立特許要件について 訂正事項3は、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであって、訂正前の請求項3及び4に対しては、特許異議の申立てがされていないので、以下、訂正後における、これらの特許請求の範囲に記載されている事項により特定される発明が、特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか検討する。 (ア)訂正後の請求項3に係る発明について 訂正後の請求項3に係る発明は、訂正後の請求項3に記載された事項により特定される、以下に記載のとおりのものである。 「【請求項3】 トレッド部からサイドウォール部を経てビード部に至るカーカスを備えた重加重用空気入りタイヤにおいて、 前記カーカスは 前記トレッド部から前記サイドウォール部を経て前記ビード部のビードコアに至る本体部と、前記本体部に連なりかつ前記ビードコアの周りでタイヤ軸方向内側から外側に折り返された折返し部とを有するカーカスプライを含み、 前記ビード部には、少なくとも前記折返し部のタイヤ軸方向外側を前記折返し部に沿ってのびる補強コードフィラと、前記折返し部と前記補強コードフィラとの間に設けられたインスレーションゴムとが配されており、 前記補強コードフィラの外端のビードベースラインからの高さh1は、前記折返し部の外端のビードベースラインからの高さh2よりも小であり かつ、それらの差h2-h1が5?15mmであり、 前記インスレーションゴムのタイヤ半径方向の外端のビードベースラインからの高さh3は、前記折返し部の外端の高さh2よりも大であり、かつ、それらの差h3-h2が5?10mmである重荷重用空気入りタイヤを製造する方法であって、 シート状の前記補強コードフィラ、シート状の前記カーカスプライ、及び、断面が略鈍角三角形である前記インスレーションゴムを準備する準備工程と、 円筒状の成形ドラムに、前記補強コードフィラ、前記インスレーションゴム、及び、前記カーカスプライを、その順番で巻重ねる成層工程を含み、 前記成層工程では、前記インスレーションゴムの鈍角の頂点を前記補強コードフィラ側に向けて巻きつけることを特徴とする重荷重用空気入りタイヤの製造方法。」 これに対し、特許異議申立人が提示した甲第1号証(特開平10-44724号公報)及び甲第2号証(特開2011-105076号公報)のいずれにも、「断面が略鈍角三角形である前記インスレーションゴムを準備する準備工程と、 円筒状の成形ドラムに、前記補強コードフィラ、前記インスレーションゴム、及び、前記カーカスプライを、その順番で巻重ねる成層工程を含み、 前記成層工程では、前記インスレーションゴムの鈍角の頂点を前記補強コードフィラ側に向けて巻きつける」との特定事項は記載又は示唆がされておらず、かつ、訂正後の請求項3に係る発明は、上記特定事項によって、本件特許明細書の段落【0033】に記載される「加硫工程において、十分なゴムボリュームを持つインスレーションゴム8の鈍角の頂点8a部分で、補強コードフィラ7の外端7beが確実に被覆される」という格別顕著な効果を奏するものである。 よって、訂正後の請求項3に係る発明については、甲第1号証、あるいは甲第2号証を根拠とした特許法第29条第1項第3号に該当せず、かつ、同条第2項の規定により特許を受けることができないものではない。 また、その他の特許を受けることができないとする理由もない。 (イ) 訂正後の請求項4に係る発明について 訂正後の請求項4に係る発明は、訂正後の請求項4に記載された事項により特定される、以下に記載のとおりのものである。 「【請求項4】 前記インスレーションゴムは、前記鈍角の頂点を挟む二辺が短辺と、長辺とからなり、 前記成層工程では、前記長辺を前記補強コードフィラに接触させる請求項3に記載の重荷重用空気入りタイヤの製造方法。」 訂正後の請求項4に係る発明は、請求項3を引用する形式の記載で特定され、請求項3の特定事項をすべて含み、更に限定するものであるから、上記(ア)で述べたように、特許法第29条第1項第3号に該当せず、かつ、同条第2項の規定により特許を受けることができないものではない。 また、その他の特許を受けることができないとする理由もない。 (ウ) 独立特許要件のまとめ したがって、訂正後の請求項3及び4に係る発明が、特許出願の際独立して特許を受けることができない理由を発見しない。 (4) 小括 以上のとおりであるから、本件訂正請求による訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号及び第4号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第9項において準用する同法第126条第5項ないし第7項の規定に適合する。 したがって、本件特許の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1-2〕、〔3-4〕について訂正することを認める。 第3 本件発明 上記第2のとおりであるから、本件特許の請求項1及び2に係る発明(以下、それぞれ「本件発明1」及び「本件発明2」という。)は、令和2年5月29日付け訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲の請求項1及び2に記載された事項により特定される、以下に記載のとおりのものである。 「【請求項1】 トレッド部からサイドウォール部を経てビード部に至るカーカスを備えた重荷重用空気入りタイヤであって、 前記カーカスは、前記トレッド部から前記サイドウォール部を経て前記ビード部のビードコアに至る本体部と、前記本体部に連なりかつ前記ビードコアの周りでタイヤ軸方向内側から外側に折り返された折返し部とを有するカーカスプライを含み、 前記ビード部には、少なくとも前記折返し部のタイヤ軸方向外側を前記折返し部に沿ってのびる補強コードフィラと、前記折返し部と前記補強コードフィラとの間に設けられたインスレーションゴムとが配されており、 前記折返し部の外端のビードベースラインからの高さh2は、タイヤ断面高さHの5%?20%であり、 前記補強コードフィラの外端のビードベースラインからの高さh1は、前記折返し部の外端の高さh2よりも小であり、かつ、それらの差h2-h1が7?13mmであり、 前記インスレーションゴムのタイヤ半径方向の外端のビードベースラインからの高さh3は、前記折返し部の外端の高さh2よりも大であり、かつ、それらの差h3-h2が5?10mmであり、 前記インスレーションゴムのタイヤ半径方向の内端のビードベースラインからの高さh4は、前記補強コードフィラの外端の高さh1よりも小であり、かつ、それらの差h1-h4が10?15mmであり、 前記インスレーションゴムは、23℃の環境下でのデュロメータータイプAによる硬さであるゴム硬度が50?65度の軟質ゴムから構成されることを特徴とする重荷重用空気入りタイヤ。 【請求項2】 前記折返し部の外端の高さh2と前記補強コードフィラの外端の高さh1との差h2-h1は前記インスレーションゴムの外端の高さh3と前記折返し部の外端の高さh2との差h3-h2に等しい請求項1記載の重荷重用空気入りタイヤ。」 第4 特許異議申立書に記載した申立ての理由及び取消理由の概要 1 特許異議申立書に記載した申立ての理由の概要 令和1年7月16日に特許異議申立人が提出した特許異議申立書(以下、「申立書」という。)に記載した申立ての理由の概要は、次のとおりである。 (1)申立理由1(甲第1号証を根拠とする新規性) 本件特許の訂正前の請求項1及び2に係る発明は、甲第1号証に記載された発明であって、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができないから、それらの発明に係る特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。 (2) 申立理由2(甲第1号証を主引用例とする進歩性) 本件特許の訂正前の請求項1及び2に係る発明は、甲第1号証に記載された発明に基づいて、その出願前に当業者が容易に発明をすることができたものであって、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないから、それらの発明に係る特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。 (3) 証拠方法 甲第1号証:特開平10-44724号公報(以下、「甲1」という。) 第5 令和2年3月30日付け取消理由(決定の予告)の概要 本件特許の訂正前の請求項1及び2に係る特許に対して、当審が令和2年3月30日付けで特許権者に通知した取消理由(決定の予告)の要旨は、次のとおりである。 ・ 取消理由1(進歩性) 本件特許の請求項1及び2についての特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであるから、同法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。 ・ 引用文献等:甲1 甲第2号証:特開2011-105076号公報 (以下、「甲2」という。特許異議申立人が、令和2年2月 13日に提出した意見書において提示されたもの。) 第6 当審の判断 当審は、以下に述べるように、上記取消理由1には理由があると判断する。 ・対象となる発明 ・本件発明1及び2 ・引用文献等:甲1 甲2 甲第3号証:特開2014-151755号公報 (以下、「甲3」という。特許異議申立人が、令和2年7月 9日に提出した意見書において提示されたもの。) 1 甲号証の記載及び甲号証記載の発明 (1) 甲1の記載事項 甲1には次の事項が記載されている(下線は当審で付したものである。以下同様。)。 ア 「【請求項1】トレッド部からサイドウォール部をへてビード部のビードコアに至る本体部にこのビードコアの周りをタイヤ軸方向内側から外側に折り返す折返し部を有しかつスチールコードを並列したラジアル構造のプライからなるカーカスと、 トレッド部の内方かつカーカスの半径方向外側に配されるベルト層とを具えるとともに、 ビード部が、前記ビードコアの外面から前記カーカスの本体部と折り返し部との間を通ってタイヤ半径方向外側にのびる硬質ゴムからなるビードエーペックスと、 補強コードを並列した補強プライからなりかつ少なくとも前記ビードコアのタイヤ半径方向内側位置から前記カーカスの折り返し部の軸方向外側を半径方向外側にのびるビードフィラとで補強された15°深底リムに装着される重荷重用ラジアルタイヤであって、 リム組み前の前記ビードコアの内径Bと、15°深底リムのリム径Dとの径差(B-D)が、-4mm以上かつ1mm以下であることを特徴とする重荷重用ラジアルタイヤ。 ・・・(略)・・・ 【請求項3】前記ゴムストリップのJISA硬度が、70?90°であり、しかもビードエーペックスのJISA硬度よりも10°以上大きいことを特徴とする請求項1又は2記載の重荷重用ラジアルタイヤ。」 イ 「【0001】 【発明の属する技術分野】本発明は、カーカスの折り返し部などにおいてプライの剥離等の損傷を防止することによりビード部の耐久性を向上しうる重荷重用ラジアルタイヤに関する。」 ウ 「【0015】本発明は、以上のような実状に鑑みてなされたもので、ビード部に、スチールコードのカーカスをビードコアの回りで折り返した折返し部と、前記ビードコアのタイヤ半径方向内側から前記折返し部の軸方向外側にのびる補強コードを有するビードフィラとを設けた15°深底リムに装着される重荷重用ラジアルタイヤにおいて、リム組み前のビードコアの内径Bと、リム径Dとの径差(B-D)を従来よりも小さくすることを基本としてビード部の耐久性を大巾に向上しうる重荷重用空気入りタイヤの提供を目的としている。 【0016】さらに、本発明のうち請求項2又は3の発明では、カーカスの折り返し部の外端又はビードフィラの外端に発生しがちな応力集中を緩和することによって、プライの剥離などをより効果的に防止してビード部の耐久性を向上しうることをも目的としている。」 エ 「【0022】重荷重用ラジアルタイヤは、トレッド部2からサイドウォール部3をへてビード部4のビードコア5に至る本体部6Aにビードコア5の周りをタイヤ軸方向内側から外側に折り返した折り返し部6Bを設けたカーカス6 と、トレッド部2の内方かつカーカス6の半径方向外側に、該カーカス5を強固に締め付けてトレッド部の剛性を高めかつタイヤ形状を保持しうるベルト層7とを具える。 【0023】前記カーカス6は、スチールコードをタイヤ赤道に対して80?90°の角度で傾けて配列したラジアル構造で形成される。本実施形態では、カーカス6は、スチールコードをタイヤ赤道に対して90°で傾けて配列した1枚のプライから構成されるとともに、前記折り返し部6Bのタイヤ半径方向の外端6Tを低く設定したローターンアップ構造を示している。」 オ 「【0027】また、前記ビード部4は、硬質ゴムからなるビードエーペックス11と、前記カーカスの折り返し部6Bの軸方向外側を半径方向外側にのびるビードフィラ10とで補強されている。」 カ 「【0029】前記ビードエーペックス11は、前記ビードコア5の外面からカーカスの本体部6Aと折り返し部6Bとの間をタイヤ半径方向外側に先細状でのびるとともに、好ましくはJISA高度(当審註:この「高度」は「硬度」の誤記と認める。以下同じ。)が50?70°の硬質ゴムから構成される。なお、異なる硬度のゴムを組み合わせても良い。」 キ 「【0036】前記ビードフィラ10は、図2に示す如く、ビードベースラインBLからその外端10Tまでのタイヤ半径方向の高さをh2としたとき、前記カーカスの折り返し部の高さh3との差|h2-h3|が、例えば5?25mmとなるように配置するのが好ましい。 【0037】前記差|h2-h3|が5mmを下回ると、ビードフィラ10とカーカスの折返し部6Bの端部同士が近づきすぎて、その部分に応力が集中し損傷が発生しやすくなる。逆に、25mmを越えても歪み緩和効果は頭打ちとなる。 【0038】なお、カーカスの折り返し部の高さh3が、ビードフィラの高さh2よりも大のとき(図4に示し、後述する)にも、前記の規定範囲を同様に適用でき、特に前記差|h2-h3|が25mmを上回ると、前記カーカスの折り返し部の外端6Tでの歪緩和効果が不十分となる。」 ク 「【0048】また、図2に示す如く、本実施形態の場合には前記ゴムストリップ9のビードベースラインBLからタイヤ半径方向外端までの高さh1は、前記高外端MTを半径方向外側に越えるとともにビードフィラの前記高さh2の0.25?1.0倍の距離aを隔てた位置で終端するのが好ましい。 【0049】前記ゴムストリップ9の外端高さh1が、前記高外端MTすなわち本例ではビードフィラの外端10Tの高さh2よりも同等あるいは小さい場合には、ゴムストリップ9の半径方向外側に配されるゴムとの境界で大きなモジュラス差が生じビードフィラのプライルースが発生しやすくなる。」 ケ 「【0051】なお、前記ゴムストリップ9は、例えばJISA硬度が70?90°、より好ましくは80?90°の硬質ゴムからなり、好ましくは前記ビードエーペックスのJISA硬度よりも10°以上、さらに好ましくは15°以上20°以下の範囲で大きく設定することが望ましい。」 コ 「【0057】図4には、本発明の他の実施形態を示している。この実施形態では、前記ビードフィラ10の外端10Tが、前記カーカスの折返し部の外端6Tよりも内側に位置している点で異なる。また、前記ビードフィラの内端10Eが、ビードコア5の内側を通ってカーカスの本体部に沿ってタイヤ半径方向外側に高くのびるものを例示している。このようなビード部の補強構造においても、リム組前のビードコア5の内径Bと、リム径Dとの径差(B-D)を前記実施形態のように規定することにより、ビード部の耐久性を高めうる。 【0058】また、本例においては、前記カーカスの折返し部6Bと前記ビードフィラ10との間を起点として、前記折返し部6Bとビードフィラ10とがタイヤ軸方向に重なる重複補強部12の半径方向外端12Tを越えて、少なくとも前記カーカスの折返し部の外端6T(前記高外端MT)まで半径方向外側にのびて終端するゴムストリップ9を具えている。」 サ 「【0060】また、本実施形態の場合においても、前記ゴムストリップ9のビードベースラインBLからタイヤ半径方向外端までの高さh1は、前記高外端MTを半径方向外側に越えるとともにカーカスの折返し部6Bの高さh3の0.25?1.0倍の距離yを隔てた位置で終端するのが前記同様の理由により好ましい。 【0061】そして、前記ゴムストリップの内端高さh4は、大きな剛性段差を防止するべく、前記ビードフィラの高さh2の80%高さ以下又はビードコア5の側方に位置させることが好ましい。なお、その他の規定範囲は、前記同様に定めうる。 【0062】 【実施例】タイヤサイズが11R22.5 16P.R.であり図2、図4に示す構成の重荷重用ラジアルタイヤを表1の仕様にて試作し(実施例1?19及び比較例1?2は、図2、実施例20?21及び比較例3は図4の構造)、ビード部の耐久性及びリム組性テストを行った。タイヤの構造及びテストの内容は次の通りである」 シ 「【0066】 【表1】・・・(略)・・・ 【0067】 」 ス 「【0069】 【表2】 」 セ 「【図2】 」 ソ 「【図4】 」 (2)甲1発明 甲1の、特に図4及び図4に関する記載並びに実施例20及び21の記載から、甲1には次のとおりの発明(以下「甲1発明」という。)が記載されていると認める 「トレッド部2からサイドウォール部3をへてビード部4のビードコア5に至る本体部6Aにビードコア5の周りをタイヤ軸方向内側から外側に折り返した折り返し部6Bを設けたカーカス6を備え、カーカス6は、1枚のプライから構成され、 ビード部4は、カーカスの折り返し部6Bの軸方向外側を半径方向外側にのびるビードフィラ10で補強され、前記カーカスの折返し部6Bと前記ビードフィラ10との間を起点として、半径方向外側にのびて終端するゴムストリップ9を具えており、 前記ビードフィラ10は、ビードベースラインBLからその外端10Tまでのタイヤ半径方向の高さをh2としたとき、前記カーカスの折り返し部の高さh3が、ビードフィラの高さh2よりも大であって、h3は37mm、h2は32mmであり、 ゴムストリップ9のビードベースラインBLからタイヤ半径方向外端までの高さh1は、前記高外端MTを半径方向外側に越えるとともにカーカスの折返し部6Bの高さh3で終端し、h3は37mm、h1は57mmであり、 前記ゴムストリップの内端高さh4は8mmであり、 前記ゴムストリップは、JISA硬度が80°のゴムからなる、重荷重用空気入りタイヤ。」 (3) 甲2の記載事項 特許異議申立人が、令和2年2月13日に提出した意見書において提示した甲2には、次の事項が記載されている。 ア 「【0033】 なお、本明細書において、ゴム硬度は、JIS-K6253に準拠し、23℃の環境下でのデュロメータータイプAによる硬さとする。」 イ 「【0036】 本実施形態のインナーサイドウォールゴム層15は、カーカスプライ6Aの折返し部6bとクリンチゴム13との間を、タイヤ半径方向内外にのびている。該インナーサイドウォールゴム層15は、クリンチゴム13よりも粘着性に優れるとともに、ゴム硬度が、クリンチゴム13よりも小、とりわけ50?65度の軟質ゴムから構成される。これにより、インナーサイドウォールゴム層15は、走行中における折返し部6bとクリンチゴム13との間に生じる歪を広範囲に亘って緩和、吸収しうる。従って、その歪に起因するクリンチゴム13の界面に沿った亀裂等を長期に亘って抑制でき、ビード耐久性を向上させ得る。」 ウ 「【0057】 このような外側インスレーションゴム17は、主としてカーカスプライ6Aの折返し部6bの外端6beの歪を効果的に緩和しうる。なお、本実施形態の外側インスレーションゴム17は、ビード補強コード層12の外の巻き上げ部12bの外端12beとも接触しており、該外端12beでの歪も効果的に緩和しうる。とりわけ、外側インスレーションゴム17は、インナーサイドウォールゴム層15と同一の柔軟なゴム組成物からなるのが好ましい。これにより、外エーペックス部8B、インナーサイドウォールゴム層15及び外側インスレーションゴム17の各々の界面での接着強度を高めゴム剥離を防止しうるとともに、折返し部6bの外端6be及びビード補強コード層12の外端での損傷をより確実に防止できる。」 エ 「【図2】 」 (4) 甲3の記載事項 特許異議申立人が、令和2年7月9日に提出した意見書において提示した甲3には、次の事項が記載されている。 ア 「【0001】 本発明は、耐久性能と転がり抵抗性能とをバランス良く向上させた重荷重用タイヤに関する。」 イ 「【0019】 カーカスプライ6Aの折返し部6bのタイヤ半径方向の外端6eは、ビードベースラインBLからタイヤ断面高さHの5%以上、17%以下の位置に規定されるのが望ましい。折返し部6bの外端6eの位置が、ビードベースラインBLからタイヤ断面高さHの17%を超える場合、タイヤ質量が大きくなり、転がり抵抗性能が小さくなるおそれがある。折返し部6bの外端6eの位置が、ビードベースラインBLからタイヤ断面高さHの5%未満の場合、ビード部4の剛性が小さくなり耐久性能が悪化するおそれがある。特に好ましくは、折返し部6bの外端6eは、ビードベースラインBLからタイヤ断面高さHの7%以上、15%以下の位置に設けられる。」 ウ 「【図1】 」 2 対比・判断 (1) 本件発明1について ア 対比 本件発明1と甲1発明とを対比する。 甲1発明の「ビードフィラ」及び「ゴムストリップ」はそれぞれ、本件発明1の「補強コードフィラ」及び「インスレーションゴム」に相当するから、甲1発明の「ビードベースラインBLからその外端10Tまでのタイヤ半径方向の高さをh2」、「カーカスの折り返し部の高さh3」及び「ゴムストリップ9のビードベースラインBLからタイヤ半径方向外端までの高さh1」はそれぞれ、本件発明1の「補強コードフィラの外端のビードベースラインからの高さh1」、カーカスプライの「折返し部の外端のビードベースラインからの高さh2」及び「インスレーションゴムのタイヤ半径方向の外端のビードベースラインからの高さh3」にそれぞれ相当する。 そうすると、本件発明1と甲1発明は、以下の点で一致する。 ・一致点 「トレッド部からサイドウォール部を経てビード部に至るカーカスを備えた重荷重用空気入りタイヤであって、 前記カーカスは、前記トレッド部から前記サイドウォール部を経て前記ビード部のビードコアに至る本体部と、前記本体部に連なりかつ前記ビードコアの周りでタイヤ軸方向内側から外側に折り返された折返し部とを有するカーカスプライを含み、 前記ビード部には、少なくとも前記折返し部のタイヤ軸方向外側を前記折返し部に沿ってのびる補強コードフィラと、前記折返し部と前記補強コードフィラとの間に設けられたインスレーションゴムとが配されており、 前記補強コードフィラの外端のビードベースラインからの高さh1は、前記折返し部の外端の高さh2よりも小であり、 前記インスレーションゴムのタイヤ半径方向の外端のビードベースラインからの高さh3は、前記折返し部の外端の高さh2よりも大であり、 前記インスレーションゴムのタイヤ半径方向の内端のビードベースラインからの高さh4は、前記補強コードフィラの外端の高さh1よりも小である重荷重用空気入りタイヤ。」 そして、次の点で相違する。 ・ 相違点1 本件発明1は、「差h3-h2が5?10mm」と特定するのに対し、甲1発明は、当該差に相当する「h1-h3」が20mm(=57-37)である点。 ・ 相違点2 本件発明1は、「インスレーションゴムは、23℃の環境下でのデュロメータータイプAによる硬さであるゴム硬度が50?65度の軟質ゴムから構成される」と特定するのに対し、甲1発明のゴムストリップは、JISA硬度が80°のゴムである点。 ・ 相違点3 本件発明1は、「差h1-h4が10?15mm」と特定するのに対し、甲1発明は、当該差に相当する「h2-h4」が24mm(=32-8)である点。 ・ 相違点4 本件発明1は、「折返し部の外端のビードベースラインからの高さh2は、タイヤ断面高さHの5%?20%」と特定するのに対し、甲1発明は、そのような特定を有しない点。 ・ 相違点5 本件発明1は、「差h2-h1が7?13mm」と特定するのに対し、甲1発明は、当該差に相当する「h3-h2」が5mm(=37-32)である点。 イ 相違点についての検討 (ア) 相違点1について a 甲1の段落【0060】には、甲1発明、即ち図4の実施形態におけるh1-h3(本件発明1のh3-h2)に関し、「本実施形態の場合においても、前記ゴムストリップ9のビードベースラインBLからタイヤ半径方向外端までの高さh1は、前記高外端MTを半径方向外側に越えるとともにカーカスの折返し部6Bの高さh3の0.25?1.0倍の距離yを隔てた位置で終端するのが前記同様の理由により好ましい。」と記載されているところ、ここでいう「前記同様の理由」とは、甲1の段落【0048】?【0049】の記載からみて、h1-h3を所定の範囲にすることによって、カーカスの折返し部6Bにおけるモジュラス差を低減することと解される。 そうすると、甲1発明において、甲1のビード部の耐久性の向上という課題に照らし、カーカスの折返し部6Bにおけるモジュラス差が低減されるようにh1-h3の範囲を適宜変更すること、そしてその際、上記相違点に係る数値範囲(5?10mm)とする程度のことは、当業者が容易になし得ることである。 b 本件発明1が、相違点1に係る構成を有することで奏する効果について、本件特許明細書の段落【0029】の「このようなインスレーションゴム8は、折返し部6bの外端6beを覆うことができ、その結果、外端6be付近での亀裂等の発生を抑制することができる。このような作用をより確実に発揮させるために、・・・差h3-h2は、5?10mmであることが望ましい」との記載から、カーカスプライ外端付近の損傷防止によるビード耐久性に資することがうかがえるところ、このような効果は当業者が予想し得ないほど格別顕著なものではない。そもそも、タイヤ径によって、各種応力が変化することは明らかであるから、「差h3-h2が5?10mm」という絶対値の当否によって、効果が顕著に変化するといえるものではない。 なお、本願特許明細書の実施例4におけるビード耐久性(指数)は、100であって、本件特許1の特定事項を満足しない比較例3(差h3-h2が12mm)においても、ビード耐久性(指数)は、同一値の100であることからも、係る数値範囲にすることでビード耐久性が顕著に向上するとはいえない。 (イ) 相違点2について a 甲1発明のゴムストリップ(本件発明1の「インスレーションゴム」に相当)の硬度に関し、甲1の段落【0051】には、「ゴムストリップ9は、例えばJISA硬度が70?90°、・・・の硬質ゴムからなり、好ましくは前記ビードエーペックスのJISA硬度よりも10°以上、・・・の範囲で大きく設定することが望ましい」と例示され、ビードエーペックスの硬度に関し、【0029】には、「前記ビードエーペックス11は、・・・好ましくはJISA高度が50?70°の硬質ゴムから構成される」ことが記載されており、また、【表1】には実施例11として、JISA硬度が60°のゴムストリップを用いた例が記載されている。そうすると、甲1には、ゴムストリップとして、JISA硬度で60°のものが採用できることが記載されているといえる。 また、甲1の段落【0016】には、上記のゴムストリップの硬度設定が、「カーカスの折り返し部の外端又はビードフィラの外端に発生しがちな応力集中」という課題の解決手段であることが示されている。 b 甲2には、外側インスレーションゴム(本件発明1の「インスレーションゴム」に相当)の硬度に関し、段落【0057】に、「インナーサイドウォールゴム層15と同一の柔軟なゴム組成物からなるのが好ましい」ことが記載され、このインナーサイドウォールゴム層の硬度について、【0036】に、「ゴム硬度が、クリンチゴム13よりも小、とりわけ50?65度の軟質ゴムから構成される」ことが記載されている。また、甲2におけるゴム硬度の評価は「JIS-K6253に準拠し、23℃の環境下でのデュロメータータイプAによる硬さ」を採用することが段落【0033】に記載されている。 そうすると、甲2には、外側インスレーションゴムの硬度として、23℃の環境下でのデュロメータータイプAによる硬さ50?65度のものを用いることが記載されているといえ、【0057】の記載から、この硬度設定によって、「カーカスプライ6Aの折返し部6bの外端6beの歪」や「ビード補強コード層12の外の巻き上げ部12bの外端12beでの歪」が効果的に緩和し得ることが理解できる。 c してみると、甲1の段落【0001】に記載されるように「カーカスの折り返し部などにおいてプライの剥離等の損傷を防止することによりビード部の耐久性を向上しうる重荷重用ラジアルタイヤ」の提供を目的とする甲1発明において、カーカスの折り返し部の歪みを緩和すべく、甲2に記載されるように、外側インスレーションゴムの硬度を調整することは、当業者が通常採用し得る周知技術であるといえる。 そして、甲1発明において、ゴムストリップの硬度を最適な範囲にすべく、23℃の環境下でのデュロメータータイプAによる硬さであるゴム硬度を50?65度に設定することは、当業者が適宜になし得る設計事項であるといえる。 (ウ) 相違点3について 甲1の段落【0061】には、甲1発明、即ち図4の実施形態におけるh2-h4(本件発明2のh1-h4)に関し、「前記ゴムストリップの内端高さh4は、大きな剛性段差を防止するべく、前記ビードフィラの高さh2の80%高さ以下又はビードコア5の側方に位置させることが好ましい。」と記載されている。 そうすると、甲1発明において、甲1のビード部の耐久性の向上という課題に照らし、カーカスとビードフィラの間隔を確保し、剛性段差を低減する意図でゴムストリップの内端高さh4を調整し、相違点3に係る事項を満たすものとすることは、当業者にとって適宜なし得ることである。 (エ) 相違点4について 甲3には、「耐久性能と転がり抵抗性能とをバランス良く向上させた重荷重用タイヤに関」し(段落【0001】)、段落【0019】に、「カーカスプライ6Aの折返し部6bのタイヤ半径方向の外端6eは、ビードベースラインBLからタイヤ断面高さHの5%以上、17%以下の位置に規定されるのが望ましい。・・・・折返し部6bの外端6eの位置が、ビードベースラインBLからタイヤ断面高さHの5%未満の場合、ビード部4の剛性が小さくなり耐久性能が悪化するおそれがある。」と記載されているように、カーカスプライの折返し部の外端の高さ調整によって、重荷重用タイヤにおけるビード部の剛性が調整できることは当業者にとって明らかであって、ビード部の耐久性能を向上させるための周知技術であると理解できる。 そして、甲1発明は、甲1の段落【0015】に、「ビード部の耐久性を大巾に向上しうる重荷重用空気入りタイヤの提供を目的としている。」と記載されているように、そのビード部の耐久性を向上させるものであるから、当該課題に照らし、補強コードフィラの折返し部の外端のビードベースラインからの高さを、相違点4に係る事項を満たすものとすることは、当業者にとって、上記周知技術の適用によって適宜なし得ることである。 (オ) 相違点5について 甲1には、甲1発明、即ち図4の実施形態におけるh3-h2(本件発明1のh2-h1)に関し、「差|h2-h3|が5mmを下回ると、ビードフィラ10とカーカスの折返し部6Bの端部同士が近づきすぎて、その部分に応力が集中し損傷が発生しやすくなる。逆に、25mmを越えても歪み緩和効果は頭打ちとなる。」(段落【0036】)及び「カーカスの折り返し部の高さh3が、ビードフィラの高さh2よりも大のとき(図4に示し、後述する)にも、前記の規定範囲を同様に適用でき、特に前記差|h2-h3|が25mmを上回ると、前記カーカスの折り返し部の外端6Tでの歪緩和効果が不十分となる。」(段落【0038】) と記載されている。 そうすると、甲1発明において、甲1に記載されるビード部の耐久性の向上という課題に照らし、応力集中を低減する意図で、ビードフィラとカーカスの折返し部それぞれの端部間の距離を調整し、相違点5に係る事項を満たすものとすることは、当業者にとって適宜なし得ることである。 (カ) 効果について 相違点1ないし5に係る効果は、それぞれの箇所の応力発生に対応し、ビード耐久性改善に資することがうかがえるところ、このような効果は当業者が予想し得ないほど格別顕著なものではない。 そもそも、タイヤ径によって、各種応力が変化することは明らかであり、特に、相違点1、3及び5における各寸法差の絶対値の当否によって、効果が顕著に変化するといえるものではない。 (2) 本件発明2について 本件発明2は、本件発明1の特定事項に加えて、「前記折返し部の外端の高さh2と前記補強コードフィラの外端の高さh1との差h2-h1は前記インスレーションゴムの外端の高さh3と前記折返し部の外端の高さh2との差h3-h2に等しい」ことを更に特定するものである。 ア 対比 本件発明2と甲1発明とを対比すると、上記相違点1ないし5に加え、以下の点で相違する。 ・ 相違点6 本件発明2は、「差h2-h1は前記インスレーションゴムの外端の高さh3と前記折返し部の外端の高さh2との差h3-h2に等しい」と特定するのに対し、甲1発明は、本件発明2の「差h2-h1」及び「差h3-h2」に相当する「差h3-h2」及び「差h1-h3」が、それぞれ5mm及び20mmであって等しくない点。 イ 相違点についての検討 ・ 相違点6について 甲1には、差h1-h3(本件発明2の差h3-h2)について、「h1は、前記高外端MTを半径方向外側に越えるとともにカーカスの折返し部6Bの高さh3の0.25?1.0倍の距離yを隔てた位置で終端するのが前記同様の理由により好ましい。」(段落【0060】)と記載され、ここでいう「前記同様の理由」とは、段落【0049】記載の「ゴムストリップ9の外端高さh1が、前記高外端MTすなわち本例ではビードフィラの外端10Tの高さh2よりも同等あるいは小さい場合には、ゴムストリップ9の半径方向外側に配されるゴムとの境界で大きなモジュラス差が生じビードフィラのプライルースが発生しやすくなる。」ことと解されるから、甲1発明において、「差h1-h3」及び「差h1-h2」の双方それぞれを調整して 「ゴムストリップ9の半径方向外側に配されるゴムとの境界で大きなモジュラス差」が発生しないように適正な範囲にすべきことが理解できる。 また、h2とh3の関係に関し、上記(1)イ(オ)にて述べたように、甲1において、差h3-h2(本件発明2の差h2-h1)の調整によって、ビードフィラ10とカーカスの折返し部6Bの端部の応力集中を緩和することが記載されている(段落【0036】ないし【0038】)。 そうすると、甲1の図4における、h2、h3、h1を、それぞれ一定の距離差をもって調整することによって、ビード部の耐久性を向上させることが理解できるから、甲1発明において、「差h3-h2」及び「差h1-h3」が等しくなるように設定することは、当業者にとって適宜なし得る設計的事項といえる。 そして、相違点6に係る効果も、本件特許明細書には、実施例1として、差h2-h1と差h3-h2の値が一致した1つの例を記載するものであり、差h2-h1と差h3-h2を一致させることによって、格別顕著な効果を奏することが理解できるものではない。 (3) 特許権者の主張等について ア 特許権者の主張 特許権者は、令和2年5月29日に提出した意見書において、概ね以下のとおり主張している。 (ア) 令和2年3月30日付け取消理由通知(決定の予告)は、相違点1について、「甲1のビート部の耐久性の向上という課題に照らし、カーカスの折返し部6Bにおけるモジュラス差が低減されるようにh1-h3の範囲を適宜変更すること、そしてその際、上記相違点に係る数値範囲(5?10mm)とする程度のことは、当業者が容易になし得ることである。」と判断しているが、甲1発明は、h1-h3に着目したものではないため、h1-h3を最適化しようという技術思想を想到し得るものではない。 (イ) また、上記取消理由通知は、相違点3について、「甲1発明において、甲1のビート部の耐久性の向上という課題に照らし、カーカスとビードフィラの間隔を確保し、剛性段差を低減する意図でゴムストリップの内端高さh4を調整し、本件発明2の特定事項を満たすものとすることは、当業者にとって設計的事項にすぎない。」と判断しているが、同一の課題に対し、複数の解決手段が存在するものであり、当該解決手段に応じた適切な数値範囲は、それぞれ異なる場合があるため、数値範囲の異なる甲1発明において、相違点3の数値範囲を採用することが、単なる設計的事項であるとはいえない。 イ 検討 上記主張について検討する。 上記(1)イ(ア)で検討したとおり、甲1発明において、h1-h3を所定の範囲にする、つまり、h3とh1の差である「距離y」を調整し得ることは明らかであるから、「甲1発明は、h1-h3に着目したものではありませんので、h1-h3を最適化しようという技術思想を想到し得るものではありません。」という主張は採用できない。 次に、上記(イ)の主張に関し、重荷重用ラジアルタイヤのビード部の耐久性向上を目的とする甲1発明において、ゴムストリップをビード部に設置する際、その位置を調整することは当然のことであるし、上記(1)イ(ウ)で検討したとおり、甲1の【0061】には、ゴムストリップの内端高さh4を調製することが示されている以上、甲1発明におけるh4を調整することは、当然のことといえる。そして、数値範囲についても、h4の調整の直接の目的である剛性段差の低減の観点で評価して適宜最適化し得ることである。 したがって、特許権者の上記主張は、いずれも理由がない。 3 小括 よって、本件発明1及び2は、甲1発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。 第7 むすび 上記第6のとおり、本件発明1及び2は、甲1に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件発明1及び2に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。 したがって、本件発明1及び2の特許は、特許法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。 よって、結論のとおり決定する。 |
発明の名称 |
(57)【特許請求の範囲】 【請求項1】 トレッド部からサイドウォール部を経てビード部に至るカーカスを備えた重荷重用空気入りタイヤであって、 前記カーカスは、前記トレッド部から前記サイドウォール部を経て前記ビード部のビードコアに至る本体部と、前記本体部に連なりかつ前記ビードコアの周りでタイヤ軸方向内側から外側に折り返された折返し部とを有するカーカスプライを含み、 前記ビード部には、少なくとも前記折返し部のタイヤ軸方向外側を前記折返し部に沿ってのびる補強コードフィラと、前記折返し部と前記補強コードフィラとの間に設けられたインスレーションゴムとが配されており、 前記折返し部の外端のビードベースラインからの高さh2は、タイヤ断面高さHの5%?20%であり、 前記補強コードフィラの外端のビードベースラインからの高さh1は、前記折返し部の外端の高さh2よりも小であり、かつ、それらの差h2-h1が7?13mmであり、 前記インスレーションゴムのタイヤ半径方向の外端のビードベースラインからの高さh3は、前記折返し部の外端の高さh2よりも大であり、かつ、それらの差h3-h2が5?10mmであり、 前記インスレーションゴムのタイヤ半径方向の内端のビードベースラインからの高さh4は、前記補強コードフィラの外端の高さh1よりも小であり、かつ、それらの差h1-h4が10?15mmであり、 前記インスレーションゴムは、23℃の環境下でのデュロメータータイプAによる硬さであるゴム硬度が50?65度の軟質ゴムから構成されることを特徴とする重荷重用空気入りタイヤ。 【請求項2】 前記折返し部の外端の高さh2と前記補強コードフィラの外端の高さh1との差h2-h1は、前記インスレーションゴムの外端の高さh3と前記折返し部の外端の高さh2との差h3-h2に等しい請求項1記載の重荷重用空気入りタイヤ。 【請求項3】 トレッド部からサイドウォール部を経てビード部に至るカーカスを備えた重荷重用空気入りタイヤにおいて、 前記カーカスは、前記トレッド部から前記サイドウォール部を経て前記ビード部のビードコアに至る本体部と、前記本体部に連なりかつ前記ビードコアの周りでタイヤ軸方向内側から外側に折り返された折返し部とを有するカーカスプライを含み、 前記ビード部には、少なくとも前記折返し部のタイヤ軸方向外側を前記折返し部に沿ってのびる補強コードフィラと、前記折返し部と前記補強コードフィラとの間に設けられたインスレーションゴムとが配されており、 前記補強コードフィラの外端のビードベースラインからの高さh1は、前記折返し部の外端のビードベースラインからの高さh2よりも小であり、かつ、それらの差h2-h1が5?15mmであり、 前記インスレーションゴムのタイヤ半径方向の外端のビードベースラインからの高さh3は、前記折返し部の外端の高さh2よりも大であり、かつ、それらの差h3-h2が5?10mmである重荷重用空気入りタイヤを製造する方法であって、 シート状の前記補強コードフィラ、シート状の前記カーカスプライ、及び、断面が略鈍角三角形である前記インスレーションゴムを準備する準備工程と、 円筒状の成形ドラムに、前記補強コードフィラ、前記インスレーションゴム、及び、前記カーカスプライを、その順番で巻重ねる成層工程を含み、 前記成層工程では、前記インスレーションゴムの鈍角の頂点を前記補強コードフィラ側に向けて巻きつけることを特徴とする重荷重用空気入りタイヤの製造方法。 【請求項4】 前記インスレーションゴムは、前記鈍角の頂点を挟む二辺が短辺と、長辺とからなり、 前記成層工程では、前記長辺を前記補強コードフィラに接触させる請求項3に記載の重荷重用空気入りタイヤの製造方法。 |
訂正の要旨 |
審決(決定)の【理由】欄参照。 |
異議決定日 | 2020-09-14 |
出願番号 | 特願2015-42374(P2015-42374) |
審決分類 |
P
1
652・
113-
ZAA
(B60C)
P 1 652・ 121- ZAA (B60C) |
最終処分 | 取消 |
前審関与審査官 | 鏡 宣宏 |
特許庁審判長 |
須藤 康洋 |
特許庁審判官 |
植前 充司 大畑 通隆 |
登録日 | 2018-12-21 |
登録番号 | 特許第6454181号(P6454181) |
権利者 | 住友ゴム工業株式会社 |
発明の名称 | 重荷重用空気入りタイヤ及びその製造方法 |
代理人 | 苗村 潤 |
代理人 | 住友 慎太郎 |
代理人 | 市田 哲 |
代理人 | 浦 重剛 |
代理人 | 石原 幸信 |
代理人 | 浦 重剛 |
代理人 | 苗村 潤 |
代理人 | 住友 慎太郎 |
代理人 | 市田 哲 |
代理人 | 石原 幸信 |