• ポートフォリオ機能


ポートフォリオを新規に作成して保存
既存のポートフォリオに追加保存

  • この表をプリントする
PDF PDFをダウンロード
審決分類 審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  H01B
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  H01B
管理番号 1370033
異議申立番号 異議2020-700748  
総通号数 254 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2021-02-26 
種別 異議の決定 
異議申立日 2020-09-30 
確定日 2021-01-07 
異議申立件数
事件の表示 特許第6679737号発明「硫化物固体電解質」の特許異議申立事件について,次のとおり決定する。 
結論 特許第6679737号の請求項1ないし10に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6679737号の請求項1ないし10に係る特許についての出願は,2017年(平成29年) 8月 8日(優先権主張 平成28年 9月12日,平成28年12月21日,平成29年 5月 2日)を国際出願日とする出願であって,令和 2年 3月23日にその特許権の設定登録(請求項の数10)がされ,令和 2年 4月15日に特許掲載公報が発行された。
その後,その特許に対し,令和 2年 9月30日に特許異議申立人 加藤純子(以下「特許異議申立人」という。)が特許異議の申立て(対象請求項1ないし10)を行った。

第2 本件特許発明
特許第6679737号の請求項1ないし10に係る発明は,それぞれ,その特許請求の範囲の請求項1ないし10に記載された事項により特定される次のとおりのものである(以下,それぞれ「本件特許発明1」ないし「本件特許発明10」という。)。
「【請求項1】
リチウムと,リンと,硫黄と,塩素と,臭素と,を含み,
CuK_(α)線を使用した粉末X線回折において,2θ=25.2±0.5degに回折ピークAを,2θ=29.7±0.5degに回折ピークBを有し,
前記回折ピークA及び前記回折ピークBが,下記式(A)を満たし,
前記塩素のリンに対するモル比c(Cl/P)と,前記臭素のリンに対するモル比d(Br/P)とが,下記式(1)を満たす,硫化物固体電解質。
0.845<S_(A)/S_(B)<1.200・・・(A)
(式中,S_(A)は前記回折ピークAの面積を示し,S_(B)は前記回折ピークBの面積を示す。)
1.2<c+d<1.9・・・(1)
【請求項2】
前記臭素のリンに対するモル比d(Br/P)が0.15以上1.6以下である請求項1に記載の硫化物固体電解質。
【請求項3】
前記塩素のリンに対するモル比c(Cl/P)と,前記臭素のリンに対するモル比d(Br/P)とが,下記式(2)を満たす請求項1又は2に記載の硫化物固体電解質。
0.08<d/(c+d)<0.8・・・(2)
【請求項4】
前記リチウムの前記リンに対するモル比a(Li/P)と,前記硫黄のリンに対するモル比b(S/P)と,前記塩素のリンに対するモル比c(Cl/P)と,前記臭素のリンに対するモル比d(Br/P)とが,下記式(3)?(5)を満たす,請求項1?3のいずれかに記載の硫化物固体電解質。
5.0≦a≦7.5 ・・・(3)
6.5≦a+c+d≦7.5 ・・・(4)
0.5≦a-b≦1.5 ・・・(5)
(式中,b>0且つc>0且つd>0を満たす。)
【請求項5】
CuK_(α)線を使用した粉末X線回折において,ハロゲン化リチウムの回折ピークを有しないか,有する場合には下記式(B)を満たす,請求項1?4のいずれかに記載の硫化物固体電解質。
0<I_(C)/I_(A)<0.08・・・(B)
(式中,I_(C)はハロゲン化リチウムの回折ピークの強度を表し,I_(A)は2θ=25.2±0.5degの回折ピークの強度を表す。)
【請求項6】
CuK_(α)線を使用した粉末X線回折において,2θ=14.4±0.5deg及び33.8±0.5degに回折ピークを有しないか,有する場合には下記式(C)を満たす,請求項1?5のいずれかに記載の硫化物固体電解質。
0<I_(D)/I_(A)<0.09・・・(C)
(式中,I_(D)は2θ=14.4±0.5degの回折ピークの強度を表し,I_(A)は2θ=25.2±0.5degの回折ピークの強度を表す。)
【請求項7】
前記回折ピークA及びBの範囲が中央値の±0.3degである,請求項1?6のいずれかに記載の硫化物固体電解質。
【請求項8】
固体^(31)P-NMR測定において,81.5?82.5ppm,83.2?84.7ppm,85.2?86.7ppm及び87.2?89.4ppmのそれぞれにピークを有し,78?92ppmにある全ピークの合計面積に対する81.5?82.5ppmにあるピークと83.2?84.7ppmにあるピークの面積の和との比率が60%以上である,請求項1?7のいずれかに記載の硫化物固体電解質。
【請求項9】
請求項1?8のいずれかに記載の硫化物固体電解質と,活物質を含む電極合材。
【請求項10】
請求項1?8のいずれかに記載の硫化物固体電解質及び請求項9に記載の電極合材のうち少なくとも1つを含むリチウムイオン電池。」

第3 申立理由の概要
特許異議申立人は,証拠方法として甲第1号証(本件明細書の実施例・比較例のc+d及びS_(A)/S_(B)の分布を示す散布図)を提出し,以下のとおり主張する。
「本件出願は,特許法36条6項1号及び同条4項1号に規定する要件を満たしていないものであるから,本件特許は,特許法113条4号に該当し,取消を免れない。」

そして,理由については,概略以下の通りである。
・サポート要件について
本件明細書の発明の詳細な説明に開示された内容を,「1.2<c+d<1.9」を満たす硫化物固体電解質,または,これを含む電極合材もしくはリチウムイオン電池である本件特許発明1ないし10の範囲まで拡張乃至一般化できるものとは言えない。
よって,本件特許発明1ないし10は,本件明細書の発明の詳細な説明に,当該発明の課題を解決できることを当業者において認識できるように記載されたものとは認められないので,サポート要件(特許法36条6項1号)に違反するものである。

実施可能要件について
本件特許発明1ないし10は本件明細書の発明の詳細な説明から読み取れる作用効果の奏し得る範囲と比較して明らかに広範な技術範囲を規定するものであり,本件特許発明1ないし10の構成の範囲内で所望の効果が得られると当業者において認識できる程度に記載されているとは認められない。
よって,本件明細書の発明の詳細な説明の記載は,経済産業省令で定めるところにより,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものではないので,本件特許発明1ないし10は,実施可能要件(特許法36条4項1号)に違反するものである。

第4 当審の判断
1 特許法36条6項1号(サポート要件)について
特許請求の範囲の記載が,明細書のサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなく当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否を検討して判断すべきものである。

(1)特許請求の範囲の記載
特許請求の範囲の記載は,上記「第2 本件特許発明」で記載したとおりである。

(2)発明の詳細な説明の記載
本件明細書の発明の詳細な説明には,下記の記載がある(下線は当審で付加。)。
「【0001】
本発明は,硫化物固体電解質に関する。
【背景技術】
【0002】
近年におけるパソコン,ビデオカメラ,及び携帯電話等の情報関連機器や通信機器等の急速な普及に伴い,その電源として利用される電池の開発が重要視されている。該電池の中でも,エネルギー密度が高いという観点から,リチウムイオン電池が注目を浴びている。
【0003】
現在市販されているリチウムイオン電池は,可燃性の有機溶媒を含む電解液が使用されているため,短絡時の温度上昇を抑える安全装置の取り付けや短絡防止のための構造・材料面での改善が必要となる。これに対し,電解液を固体電解質に変えて,電池を全固体化したリチウムイオン電池は,電池内に可燃性の有機溶媒を用いないので,安全装置の簡素化が図れ,製造コストや生産性に優れると考えられている。
【0004】
リチウムイオン電池に用いられる固体電解質として,硫化物固体電解質が知られている。硫化物固体電解質の結晶構造としては種々のものが知られているが,その1つとしてアルジロダイト(Argyrodite)型結晶構造がある。特許文献1?5や非特許文献1?3等には1種のハロゲンを含むアルジロダイト型結晶構造が開示されている。また,非特許文献4及び5ではLi_(6)PS_(5)Cl_(1-x)Br_(x)の組成を有する固体電解質が報告されており,ハロゲンを2種含むアルジロダイト型結晶構造が開示されている。アルジロダイト型結晶構造には,リチウムイオン伝導度の高いものが存在する。しかしながら,イオン伝導度のさらなる改善が求められている。また,一般的に硫化物系固体電解質は,大気中の水分と反応して硫化水素を発生する可能性があるという課題を抱えている。
・・・
【発明の概要】
【0007】
本発明の目的の1つは,より高いイオン伝導度を有し,新規な硫化物固体電解質を提供することである。
また,本発明の目的の1つは,大気中の水分との反応による硫化水素の発生量を抑制した新規な硫化物固体電解質を提供することである。」
「【0011】
本発明の一実施形態に係る硫化物固体電解質は,リチウム(Li)と,リン(P)と,硫黄(S)と,塩素(Cl)と,臭素(Br)と,を構成元素として含む。そして,CuK_(α)線を使用した粉末X線回折において,2θ=25.2±0.5degに回折ピークAを,29.7±0.5degに回折ピークBを有し,回折ピークA及び回折ピークBが,下記式(A)を満たすことを特徴とする。
0.845<S_(A)/S_(B)<1.200・・・(A)
(式中,S_(A)は回折ピークAの面積を示し,S_(B)は回折ピークBの面積を示す。)
【0012】
回折ピークA及び回折ピークBは,アルジロダイト型結晶構造に由来するピークである。回折ピークA及び回折ピークBの他に,アルジロダイト型結晶構造の回折ピークは,例えば,2θ=15.3±0.5deg,17.7±0.5deg,31.1±0.5deg,44.9±0.5deg又は47.7±0.5degにも現れることがある。本実施形態の硫化物固体電解質は,これらのピークを有していてもよい。
【0013】
なお,本願において回折ピークの位置は,中央値をAとした場合,A±0.5degで判定しているが,A±0.3degであることが好ましい。例えば,上述した2θ=25.2±0.5degの回折ピークの場合,中央値Aは25.2degであり,2θ=25.2±0.3degの範囲に存在することが好ましい。本願における他のすべての回折ピーク位置の判定についても同様である。
【0014】
本実施形態の硫化物固体電解質は,上記式(A)を満たすことにより,従来のアルジロダイト型結晶構造含有固体電解質よりも,イオン伝導度が高くなる。上記式(A)は,回折ピークの面積比(S_(A)/S_(B))が,従来のアルジロダイト型結晶構造含有固体電解質よりも大きいことを意味する。回折ピークの面積比(S_(A)/S_(B))は0.850以上1.150以下であることが好ましく,0.860以上1.100以下であることがより好ましい。
【0015】
面積比(S_(A)/S_(B))が大きいことは,アルジロダイト型結晶構造中のサイトを占有しているハロゲン(Cl及びBrの合計)の比率が高いことを意味していると考えられる。なかでも,Brのサイト占有率が従来技術と比較して高くなったものと推定している。一般に硫化物固体電解質中には,多種の結晶成分及び非晶質成分が混在している。硫化物固体電解質の構成元素として投入したClとBrの一部は,アルジロダイト型結晶構造を形成し,他のClとBrはアルジロダイト型結晶構造以外の結晶構造及び非晶質成分を形成している。また,残留原料に含まれている場合も考えられる。本実施形態は,アルジロダイト型結晶構造中のサイトを占有するハロゲンの比率,なかでも,Brのサイト占有率を従来技術より高くすることにより,面積比(S_(A)/S_(B))が大きくなり,硫化物固体電解質のイオン伝導度が高くなることを見出したものである。」
「【0016】
アルジロダイト型結晶構造は,PS_(4)^(3-)構造を骨格の主たる単位構造とし,その周辺にあるサイトを,Liで囲まれたS及びハロゲン(Cl,Br)が占有している構造である。
結晶構造の各元素座標から,該結晶構造のX線回折ピークの面積比が算出できる(XRD回折ハンドブック第三版,理学電機(株),2000,p14-15参照。)。一般的なアルジロダイト型結晶構造は,空間群F-43Mで示され,International Tables for Crystallography Volume G: Definition and exchange of crystallographic data(ISBN: 978-1-4020-3138-0)のデータベースにあるNo.216で示される結晶構造である。No.216に示される結晶構造には,PS_(4)^(3-)構造の周辺に4aサイトと4dサイトが存在し,イオン半径の大きい元素は4aサイトを占有し易く,イオン半径の小さい元素は4dサイトを占有し易い。
【0017】
アルジロダイト型結晶構造の単位格子には,4aサイト及び4dサイトが合わせて8個ある。これらのサイトに,Clを4個とSを4個配置した場合(ケース1),及び,Clを4個とBrを2個とSを2個配置した場合(ケース2)について,X線回折ピークの面積比を算出した。その結果,ケース2の方がケース1よりも,回折ピークA(2θ=25degにある回折ピーク)の面積が広くなる一方,回折ピークB(2θ=30degにある回折ピーク)の面積は変化が小さいことがわかった。上記計算結果から,Brがサイトを占有することで,面積比(S_(A)/S_(B))が大きくなると考えられる。
【0018】
一般的に,X線回折ピークの面積比や強度比は,元素の電子数に比例する(「X線結晶解析の手引き」,裳華房(1983)参照。)。ClやSは概ね電子数が同じであり,Brの方が電子数は多いため,回折ピークAに相当する結晶回折面においてBrのサイト占有率が高くなったものと考えられる。なお,イオン半径の大きさから考えると,なかでも,4aサイトにおける占有率が高くなったと推定できる。
【0019】
アルジロダイト型結晶構造中のサイトを占有するハロゲンの量が増加することは,アルジロダイト型結晶構造中のサイトを占有するSの量が相対的に減少することを意味する。価数が-1であるハロゲンは,価数が-2であるSより,Liを引き付ける力が弱い。また,引き付けるLiの数が少ない。そのため,サイト周辺のLiの密度が低下し,また,Liが動きやすくなることから,アルジロダイト型結晶構造のイオン伝導度が高くなると考えられる。
【0020】
なお,ハロゲンがClのみである場合,4aサイトではSの占有率が高くなる。Sとイオン半径が同等であるBrをClとともに使用することで,4aサイトのBr占有率が高くなり,結果的に全体のハロゲン占有率は向上する。また,Clが一部の4aサイトを占有している場合であっても,4aサイトのClは不安定であり,熱処理の過程で脱離する可能性がある。したがって,単にハロゲン占有率を高めるだけでなく,適したイオン半径のハロゲンが,適したサイトを占有することが好ましいと考えられる。本実施形態では,2種のハロゲン(ClとBr)が多量且つ適切にアルジロダイト型結晶構造中のサイトを占有しているためにイオン伝導度が高くなるものと推定している。
【0021】
また,本実施形態では塩素のリンに対するモル比c(Cl/P)と,臭素のリンに対するモル比d(Br/P)とが,下記式(1)を満たすことを満たすことを特徴とする。
1.2<c+d<1.9・・・(1)
c+dは塩素及び臭素のリンに対するモル比である。上記範囲とすることにより,硫化物固体電解質のイオン伝導度の向上効果が高くなる。c+dは,好ましくは,1.4以上1.8以下であり,より好ましくは,1.5以上1.7以下である。
【0022】
本発明の一実施形態に係る硫化物固体電解質では,臭素のリンに対するモル比d(Br/P)は0.15以上1.6以下であることが好ましい。モル比dは0.2以上1.2以下であることがさらに好ましく,0.4以上1.0以下であることがより好ましい。」
「【0035】
本発明の一実施形態に係る硫化物固体電解質では,固体^(31)P-NMR測定において,81.5?82.5ppm(以下,第1領域という。),83.2?84.7ppm(以下,第2領域という。),85.2?86.7ppm(以下,第3領域という。)及び87.2?89.4ppm(以下,第4領域という。)のそれぞれにピークを有し,78?92ppmにある全ピークの合計面積に対する81.5?82.5ppmにあるピークと83.2?84.7ppmにあるピークの面積の和との比率が60%以上であることが好ましい。第1ピークと第2ピークの面積の和の比率が高いことは,アルジロダイト型結晶構造中に取り込まれている塩素量と臭素量の和が多いことを示していると推定する。その結果,固体電解質のイオン伝導度が高くなる。
なお,第1領域にあるピークを第1ピーク(P_(1))と,第2領域にあるピークを第2ピーク(P_(2))と,第3領域にあるピークを第3ピーク(P_(3))と,第4領域にあるピークを第4ピーク(P_(4))という。
領域にピークがあるとは,領域内にピークトップを有するピークがあるか,又は,非線形最少二乗法による分離時にこの領域のピークがあることを意味する。
【0036】
ハロゲンが塩素であるアジロダイト型結晶構造(Li_(6)PS_(5)Cl)には,結晶中のPS_(4)^(3-)構造周囲の遊離塩素(Cl)と遊離硫黄(S)の分布状態の違いにより,その固体^(31)P-NMRスペクトルには化学シフトの異なる複数のリンの共鳴線が重なって観察されることが報告されている(非特許文献1)。本発明者らは,これらの知見に基づき,遊離ハロゲンと遊離Sの比率が異なるアジロダイト結晶の固体^(31)P-NMRスペクトルを検討した。その結果,78?92ppmの領域に観察されるNMR信号は,周囲の遊離Sと遊離ハロゲンの分布状態が異なる4種類のPS_(4)^(3-)構造のピークに分離できることを見出した。また,4種類のピークのうち,高磁場側のピーク(上記第1ピークと第2ピークの和)の面積比が高い場合,固体電解質のイオン伝導度が高いことを見出した。上記第1ピークと第2ピークは周囲の遊離元素の多くがClやBrであるPS_(4)^(3-)構造に由来すると推定している。一方,第3ピークと第4ピークは周囲の遊離元素の多くがSであるPS_(4)^(3-)構造に由来すると推定している。」
「【0046】
本発明の一実施形態においては,上記の原料に機械的応力を加えて反応させ,中間体とする。ここで,「機械的応力を加える」とは,機械的にせん断力や衝撃力等を加えることである。機械的応力を加える手段としては,例えば,遊星型ボールミル,振動ミル,転動ミル等の粉砕機や,混練機等を挙げることができる。
従来技術(例えば,特許文献2等)では,原料粉末の結晶性を維持できる程度に粉砕混合している。一方,本実施形態では原料に機械的応力を加えて反応させ,ガラス成分を含む中間体とすることが好ましい。すなわち,従来技術よりも強い機械的応力により,原料粉末の少なくとも一部が結晶性を維持できない状態まで粉砕混合する。これにより,中間体の段階でアルジロダイト型結晶構造の基本骨格であるPS_(4)構造を生じさせ,かつ,ハロゲンを高分散させることができる。中間体内で高分散したハロゲンが,熱処理により効率よくアルジロダイト型結晶構造中のサイトに導入されると推定している。これにより,本実施形態の硫化物固体電解質は高いイオン伝導度を発現すると推定している。
尚,中間体がガラス(非晶質)成分を含むことは,XRD測定において非晶質成分に起因するブロードなピーク(ハローパターン)の存在により確認できる。」
「【0048】
粉砕混合で作製した中間体を熱処理する。熱処理温度は350?480℃が好ましく,360?460℃がさらに好ましく,380?450℃がより好ましい。熱処理温度は従来と比べて若干低くした方が,アルジロダイト型結晶構造に含まれるハロゲンは増加する傾向がある。これは熱処理温度が高いとハロゲンがアルジロダイト型結晶構造中のサイトから離脱しやすくなるためと推定している。
熱処理の雰囲気は特に限定しないが,好ましくは硫化水素気流下ではなく,窒素,アルゴン等の不活性ガス雰囲気下である。結晶構造中の遊離ハロゲンが硫黄で置換されることを抑制することにより,結晶構造中のハロゲン量を高めることができ,その結果,得られる硫化物固体電解質のイオン伝導度が向上すると推定される。」
「【0098】
【表5】

【0099】
【表6】


「【0107】
【表10】

【0108】
【表11】



(3)判断
上記(2)より,本件特許発明1ないし10の課題は「より高いイオン伝導度を有し,新規な硫化物固体電解質を提供すること」である(【0007】)。

そして本件明細書の発明の詳細な説明には,アルジロダイト型結晶構造中のサイトを占有しているハロゲン(Cl及びBrの合計)を高く,なかでもBrのサイト占有率を高くすることで,硫化物固体電解質のイオン伝導度が高くなること(【0015】,【0019】,【0020】,【0035】,【0036】,【0046】,【0048】),単にハロゲン占有率を高めるだけではなく,適したイオン半径のハロゲンが適したサイトを占有することが好ましいこと(【0020】),及びBrが特定のサイトを占有することで面積比(S_(A)/S_(B))が大きくなること(【0018】)が記載され,Brの適切なサイト占有率の指標として「S_(A)/S_(B)」を用いること(【0017】),ハロゲン占有率の指標として「c+d」を用いること(【0021】),これらの数値範囲を特定する式(A)及び式(1)を満たす実施例1ないし15が優れたイオン伝導度を示すことも本件明細書の発明の詳細な説明に記載されている(【0098】,【0099】,【0107】及び【0108】)。

してみると,本件明細書の発明の詳細な説明に接した当業者は,「リチウムと,リンと,硫黄と,塩素と,臭素と,を含み,
CuK_(α)線を使用した粉末X線回折において,2θ=25.2±0.5degに回折ピークAを,2θ=29.7±0.5degに回折ピークBを有し,
前記回折ピークA及び前記回折ピークBが,下記式(A)を満たし,
前記塩素のリンに対するモル比c(Cl/P)と,前記臭素のリンに対するモル比d(Br/P)とが,下記式(1)を満たす,硫化物固体電解質。
0.845<S_(A)/S_(B)<1.200・・・(A)
(式中,S_(A)は前記回折ピークAの面積を示し,S_(B)は前記回折ピークBの面積を示す。)
1.2<c+d<1.9・・・(1)」なる事項により,アルジロダイト型結晶構造を有する硫化物固体電解質において,「より高いイオン伝導度を有し,新規な硫化物固体電解質を提供すること」という課題を解決すると認識する。

そして,本件特許発明1は,上記の事項を,発明を特定するための事項とするものであり,本件特許発明1に関して,特許請求の範囲の記載はサポート要件に適合する。
また,本件特許発明2ないし10は,いずれも本件特許発明1に従属する請求項に係る発明であり,上記の事項を発明を特定するための事項として含むものであるから,本件特許発明2ないし10に関しても,特許請求の範囲の記載はサポート要件に適合するものである。
したがって,本件特許発明1ないし10は,いずれも特許法36条6項1号に規定される要件を満たすものである。

なお,異議申立人は異議申立書において,甲第1号証を証拠とした上で,本件明細書の発明の詳細な説明には,「塩素及び臭素のリンに対するモル比」を「1.2<c+d<1.9」とすることで本件特許発明1ないし10の作用効果を奏する技術的理由は特に記載されておらず,「1.59≦c+d≦1.65」の範囲の実施例が示されるのみであり,「1.2<c+d<1.59」あるいは「1.65<c+d<1.9」の場合に,本件特許発明1ないし10の作用効果を奏することがなんら示されておらず,式(1)(1.2<c+d<1.9)を満たす硫化物固体電解質またはこれを含む電極合材もしくはリチウムイオン電池である本件特許発明1ないし10の範囲まで拡張乃至一般化できるとは言えない,なる旨を主張している。
しかしながら,上記のとおり,本件明細書の発明の詳細な説明には,アルジロダイト型結晶構造中のサイトを占有しているハロゲン(Cl及びBrの合計)を高くすることで硫化物固体電解質のイオン伝導度が高くなること及び適したイオン半径のハロゲンが適したサイトを占有することが好ましいこと等の技術的理由が示されているものであり,これらの記載から,アルジロダイト型結晶構造中のサイトを占有しているハロゲン(Cl及びBrの合計)の含有率と関係するc+dを一定の範囲に定めることは,本件明細書の発明の詳細な説明に接した当業者が本件明細書の発明の詳細な説明に記載される課題の解決手段との関係において十分に理解できるものと言えるので,異議申立人の上記主張は採用しない。

2 特許法36条4項1号(実施可能要件)について
本件特許発明1ないし10はいずれも物の発明であるところ,物の発明の実施とは,その物の生産,使用等をする行為であるから(特許法2条3項1号),物の発明について上記実施可能要件を充足するためには,明細書の発明の詳細な記載及び出願時の技術常識に基づき,過度の試行錯誤を要することなく,その物を生産し,かつ,使用することができる程度の記載があることを要する。
ここで,特許請求の範囲の記載は,上記「第2 本件特許発明」で記載したとおりである。
一方,本件明細書の発明の詳細な説明には,本件特許発明1ないし10の各発明特定事項及びそれらを生産する事項や使用する事項が記載されており(【0011】ないし【0076】),原料における各元素の含有量を調整することで,硫化物固体電解質におけるモル比や組成を制御すること(【0027】),ハロゲンが高分散された高イオン伝導度の硫化物固体電解質を製造するための製造方法(【0046】ないし【0057】),実施例1ないし15となる硫化物固体電解質及びそれらの製造方法も記載されている(【0093】ないし【0113】)。
そして,本件特許発明1については,本件明細書の発明の詳細な説明の【0011】ないし【0021】,【0037】ないし【0058】の記載,実施例1ないし15に関する記載及び出願時の技術常識に基づき,過度の試行錯誤を要することなく,その物を生産し,かつ使用することができる程度のものであり,本件明細書の発明の詳細な説明は,本件特許発明1について,実施可能要件を充足する。
また,本件特許発明2ないし8についても,本件明細書の発明の詳細な説明の上記の記載箇所に加え,【0022】ないし【0036】の記載及び出願時の技術常識に基づき,過度の試行錯誤を要することなく,その物を生産し,かつ使用することができる程度のものであり,本件明細書の発明の詳細な説明は,本件特許発明2ないし8についても,実施可能要件を充足する。
さらに,本件特許発明9及び10についても,本件特許明細書の詳細な説明の上記の記載箇所に加え,【0059】ないし【0076】に記載された電極合材及びリチウム電池の製造方法に基づき,当業者が過度の試行錯誤を要することなく,その物を生産し,かつ使用することができる程度のものであると言える。
したがって,本件明細書の発明の詳細な説明は,本件特許発明1ないし10に対し,特許法36条4項1号に規定される要件を満たすものである。

なお,異議申立人は,本件特許発明1ないし10は,本件明細書の発明の詳細な説明から読み取れる作用効果の奏し得る範囲と比較して明らかに広範な技術範囲を規定するものであり,本件特許発明1ないし10の構成の範囲内で所望の効果が得られると当業者において認識できる程度に記載されておらず,本件明細書の発明の詳細な説明の記載は,実施可能要件に違反するものである旨を主張している。
しかしながら,例え作用効果を奏し得る範囲に対して広範であったと仮定しても,実施可能要件に違反するものと直ちに導くことはできず,物の発明について実施可能要件を充足するためには,上記のとおり,明細書の発明の詳細な記載及び出願時の技術常識に基づき,過度の試行錯誤を要することなく,その物を生産し,かつ,使用することができる程度の記載があれば足りるものであり,本件明細書の発明の詳細な説明の記載は本件特許発明1ないし10を実施するために十分であると言え,異議申立人の上記主張は採用しない。

第5 むすび
したがって,特許異議の申立ての理由及び証拠によっては,請求項1ないし10に係る特許を取り消すことはできない。
また,他に請求項1ないし10に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって,結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2020-12-21 
出願番号 特願2018-538320(P2018-538320)
審決分類 P 1 651・ 536- Y (H01B)
P 1 651・ 537- Y (H01B)
最終処分 維持  
前審関与審査官 和田 財太  
特許庁審判長 加藤 友也
特許庁審判官 神田 和輝
植前 充司
登録日 2020-03-23 
登録番号 特許第6679737号(P6679737)
権利者 出光興産株式会社
発明の名称 硫化物固体電解質  
代理人 特許業務法人平和国際特許事務所  
  • この表をプリントする

プライバシーポリシー   セキュリティーポリシー   運営会社概要   サービスに関しての問い合わせ