ポートフォリオを新規に作成して保存 |
|
|
既存のポートフォリオに追加保存 |
|
PDFをダウンロード |
審決分類 |
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 H01M 審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備 H01M |
---|---|
管理番号 | 1370034 |
異議申立番号 | 異議2020-700782 |
総通号数 | 254 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許決定公報 |
発行日 | 2021-02-26 |
種別 | 異議の決定 |
異議申立日 | 2020-10-12 |
確定日 | 2021-01-08 |
異議申立件数 | 1 |
事件の表示 | 特許第6679730号発明「硫化物固体電解質」の特許異議申立事件について,次のとおり決定する。 |
結論 | 特許第6679730号の請求項1ないし10に係る特許を維持する。 |
理由 |
第1 手続の経緯 特許第6679730号の請求項1ないし10に係る特許についての出願は,2017年(平成29年) 8月 8日(優先権主張 平成28年 8月10日)を国際出願日とする出願であって,令和 2年 3月23日にその特許権の設定登録(請求項の数10)がされ,令和 2年 4月15日に特許掲載公報が発行された。 その後,その特許に対し,令和 2年10月12日に特許異議申立人 遠藤楓実(以下「特許異議申立人」という。)が特許異議の申立て(対象請求項1ないし10)を行った。 第2 本件特許発明 特許第6679730号の請求項1ないし10に係る発明は,それぞれ,その特許請求の範囲の請求項1ないし10に記載された事項により特定される次のとおりのものである(以下,それぞれ「本件特許発明1」ないし「本件特許発明10」という。)。 「【請求項1】 リチウムと,リンと,硫黄と, 硫黄を除くカルコゲン元素及びハロゲン元素からなる群より選択される1種以上の元素Xと,を含み, アルジロダイト型結晶構造を含み, 前記リチウムのリンに対するモル比a(Li/P),前記硫黄のリンに対するモル比b(S/P)及び前記元素Xのリンに対するモル比c(X/P)が,下記式(1)?(3)を満たす,硫化物固体電解質。 5.0≦a≦7.1 (1) 1.0<a-b≦1.5 (2) 6.5≦a+c<7.1 (3) (式中,b>0且つc>0を満たす。) 【請求項2】 下記式(4)で表される組成を満たす,請求項1に記載の硫化物固体電解質。 Li_(a)(P_(1-z)M_(z))S_(b)X_(c) (4) (式中,Mは,Si,Ge,Sn,Pb,B,Al,Ga,As,Sb及びBiからなる群より選択される1以上の元素であり,Xは,F,Cl,Br,I,O,Se及びTeからなる群から選択される1以上の元素である。a?cは上記式(1)?(3)を満たす。zは0≦z≦0.3である。) 【請求項3】 前記XがF,Cl,Br及びIから選択される1以上のハロゲン元素である,請求項2に記載の硫化物固体電解質。 【請求項4】 CuK_(α)線を使用した粉末X線回折において,2θ=25.2±0.5deg及び29.7±0.5degに回折ピークを有する,請求項1?3のいずれかに記載の硫化物固体電解質。 【請求項5】 さらに,CuK_(α)線を使用した粉末X線回折において,2θ=15.3±0.5deg,17.7±0.5deg,31.1±0.5deg,44.9±0.5deg及び47.7±0.5degの回折ピークのうち少なくとも1つを有する,請求項4に記載の硫化物固体電解質。 【請求項6】 前記回折ピークの範囲が中央値の±0.3degである,請求項4又は5に記載の硫化物固体電解質。 【請求項7】 イオン伝導度が5.1mS/cm以上である,請求項1?6のいずれかに記載の硫化物固体電解質。 【請求項8】 CuK_(α)線を使用した粉末X線回折において,2θ=17.6±0.4deg及び2θ=18.1±0.4degに回折ピーク(アルジロダイト型結晶構造に起因する回折ピークではない)を有しないか,有する場合には下記式(5)を満たす,請求項1?7のいずれかに記載の硫化物固体電解質。 0<I_(A)/I_(B)<0.05 (5) (式中,I_(A)は2θ=17.6±0.4deg及び2θ=18.1±0.4degのうちアルジロダイト型結晶構造の回折ピークではないものの回折ピークの強度を表し,I_(B)は2θ=29.7±0.5degの回折ピークの強度を表す。) 【請求項9】 請求項1?8のいずれかに記載の硫化物固体電解質と,活物質を含む電極合材。 【請求項10】 請求項1?8のいずれかに記載の硫化物固体電解質及び請求項9に記載の電極合材のうち少なくとも1つを含むリチウムイオン電池。」 第3 申立理由の概要 特許異議申立人は,証拠方法として甲第1号証(特開2018-45997号公報)を提出し,以下のとおり主張する。 「本件出願は,特許法第36条第6項第1号及び同条第4項第1号に規定する要件を満たしていないものであるから,本件特許は,特許法第113条第4号に該当し,取消を免れない。」 そして,理由については,概略以下の通りである。 ・サポート要件について 本件明細書の発明の詳細な説明に開示された内容を,本件特許発明1の式(1)乃至(3)を満たす硫化物固体電解質,または,これを含む電極合材もしくはリチウムイオン電池である本件特許発明の範囲まで拡張乃至一般化できるとは言えない。 よって,本件特許発明1ないし10は,本件明細書の発明の詳細な説明に,当該発明の課題が解決できることを当業者において認識できるように記載されたものとは認められないので,サポート要件(特許法第36条第6項第1号)に違反するものである。 ・実施可能要件について 本件特許発明1ないし10は本件明細書の発明の詳細な説明から読み取れる作用効果の奏し得る範囲と比較して明らかに広範な技術範囲を規定するものであり,本件特許発明1ないし10の構成の範囲内で所望の効果が得られると当業者において認識できる程度に記載されているとは認められない。 よって,本件明細書の発明の詳細な説明の記載は,経済産業省令で定めるところにより,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものとは認められないので,本件特許発明1ないし10は,実施可能要件(特許法第36条第4項第1号)に違反するものである。 第4 当審の判断 1 特許法36条6項1号(サポート要件)について 特許請求の範囲の記載が,明細書のサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなく当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否を検討して判断すべきものである。 (1)特許請求の範囲の記載 特許請求の範囲の記載は,上記「第2 本件特許発明」で記載したとおりである。 (2)本件明細書の記載 本件明細書の発明の詳細な説明には以下の記載がある(下線は当審で付加。)。 「【0001】 本発明は,硫化物固体電解質,電極合材及びリチウムイオン電池に関する。 【背景技術】 【0002】 近年におけるパソコン,ビデオカメラ,及び携帯電話等の情報関連機器や通信機器等の急速な普及に伴い,その電源として利用される電池の開発が重要視されている。該電池の中でも,エネルギー密度が高いという観点から,リチウムイオン電池が注目を浴びている。 現在市販されているリチウムイオン電池は,可燃性の有機溶媒を含む電解液が使用されているため,短絡時の温度上昇を抑える安全装置の取り付けや短絡防止のための構造・材料面での改善が必要となる。これに対し,電解液を固体電解質に変えて,電池を全固体化したリチウムイオン電池は,電池内に可燃性の有機溶媒を用いないので,安全装置の簡素化が図れ,製造コストや生産性に優れると考えられている。 【0003】 リチウムイオン電池に用いられる固体電解質として,硫化物固体電解質が知られている。硫化物固体電解質の結晶構造としては種々のものが知られているが,その1つとしてアルジロダイト(Argyrodite)結晶構造がある(特許文献1?5,非特許文献1?3)。 アルジロダイト結晶構造は,安定性が高い結晶であり,また,イオン伝導度の高いものも存在する。しかしながら,量産化可能な製造方法の開発やイオン伝導度のさらなる改善が求められている。 ・・・ 【発明の概要】 【0006】 本発明の目的の1つは,イオン伝導度の高い,アルジロダイト型結晶構造を含む,新規な硫化物固体質を提供することである。」 「【発明を実施するための形態】 【0010】 本発明の一実施形態に係る硫化物固体電解質は,リチウムと,リンと,硫黄と,硫黄を除くカルコゲン元素及びハロゲン元素からなる群より選択される1種以上の元素Xと,を含む。そして,リチウムのリンに対するモル比a(Li/P),硫黄のリンに対するモル比b(S/P)及び元素Xのリンに対するモル比c(X/P)が,下記式(1)?(3)を満たすことを特徴とする。 5.0≦a≦7.1 (1) 1.0<a-b≦1.5 (2) 6.5≦a+c<7.1 (3) (式中,b>0且つc>0を満たす。) 【0011】 一般的なアルジロダイト結晶を含む硫化物固体電解質の化学量論組成は,Li_(7-x)PS_(6-x)X_(x)で表される。本実施形態の硫化物固体電解質は,一般的な組成と異なる組成を有する。Sの組成ずれをα,Xの組成ずれをβとした場合,本実施形態の硫化物固体電解質の組成はLi_(7-x)PS_(6-x+α)X_(x+β)で表される。この場合において,上記式(2)のa-bは,a-b=7-x-(6-x+α)=1-αとなり,Sの組成ずれと相関する値であり,上記式(3)のa+cは,a+c=7-x+x+β=7+βとなり,Xの組成ずれと相関する値である。 式(2)の1.0<a-b≦1.5は,1.0<1-α<≦1.5となり,さらに式を変形すると-0.5≦α<0となる。即ち,本実施形態の硫化物固体電解質は,一般的なアルジロダイト結晶を含む硫化物固体電解質よりも,S(硫黄)の一部が欠陥した硫化物固体電解質である。 【0012】 硫黄を除くカルコゲン元素としては,酸素(O),セレン(Se),テルル(Te)等が挙げられる。 また,ハロゲン元素としては,F,Cl,Br,I等が挙げられる。 上記式(2)は,1.0<a-b≦1.4であることが好ましく,1.0<a-b≦1.3であることがより好ましい。 上記式(3)は,6.7≦a+c<7.1であると好ましく,6.85≦a+c<7.1であるとより好ましい。 本実施形態の硫化物固体電解質では,上記式(1),上記式(2)が1.0<a-b≦1.5および上記式(3)が6.5≦a+c<7.1の場合には,イオン伝導度が5.1mS/cm以上である。上記式(1),上記式(2)が1.0<a-b≦1.4および上記式(3)が6.7≦a+c<7.1の場合には,イオン伝導度が5.8mS/cm以上と,より高くすることができる。さらに,上記式(1),上記式(2)が1.0<a-b≦1.3および上記式(3)が6.85≦a+c<7.1の場合には,イオン伝導度が6.9mS/cm以上と,さらに高くすることができる。」 「【0014】 元素Xのイオン半径が小さいほどアルジロダイト型結晶構造中に含まれる元素Xが多くなり,イオン伝導度が高くなることから,リチウムのリンに対するモル比aは,元素Xのイオン半径により調整することが好ましい。元素Xは,イオン半径の大きさにより,下記の3つの群(X_(1),X_(2)及びX_(3))に分類できる。 X_(1):F,Cl,O X_(2):Br X_(3):I,Se,Te 元素Xにおいて,元素X_(1)の占めるモル比が最も大きい場合,上記式(1)は,5.2≦a≦6.5であることが好ましく,5.25≦a≦6.4であることがより好ましい。また,元素Xにおいて,元素X_(2)の占めるモル比が最も大きい場合,上記式(1)は,5.2≦a≦6.8であることが好ましく,5.3≦a≦6.6であることがより好ましい。また,元素Xにおいて,元素X_(3)の占めるモル比が最も大きい場合,上記式(1)は,5.5≦a≦7.0であることが好ましく,5.5≦a≦6.8であることがより好ましい。」 「【0035】 本実施形態においては,上記の原料に機械的応力を加えて反応させ,中間体とする。ここで,「機械的応力を加える」とは,機械的にせん断力や衝撃力等を加えることである。機械的応力を加える手段としては,例えば,遊星ボールミル,振動ミル,転動ミル等の粉砕機や,混練機等を挙げることができる。 従来技術(例えば,特許文献2等)では,原料粉末の結晶性を維持できる程度に粉砕混合している。一方,本実施形態では原料に機械的応力を加えて反応させ,ガラス成分を含む中間体とすることが好ましい。すなわち,従来技術よりも強い機械的応力により,原料粉末の少なくとも一部が結晶性を維持できない状態まで粉砕混合する。これにより,中間体の段階でアルジロダイト型結晶構造の基本骨格であるPS_(4)構造を生じさせ,かつ,ハロゲンを高分散させることができる。その結果,次工程の熱処理時に,安定相であるアルジロダイト型結晶構造となる際に,ハロゲンがアルジロダイト型結晶構造に取り込まれ易くなる。また,領域毎に異なる相を経ないため,Li_(3)PS_(4)結晶構造等の低イオン伝導相が生じにくいと推定している。これにより,本実施形態の硫化物固体電解質は高いイオン伝導度を発現すると推定している。 尚,中間体がガラス(非晶質)成分を含むことは,XRD測定において非晶質成分に起因するブロードなピーク(ハローパターン)の存在により確認できる。 また,本実施形態の硫化物固体電解質は,特許文献1のように原料を550℃で6日間も加熱する必要はないため,量産性が高い。 【0036】 イオン伝導度の高い硫化物固体電解質とは,アルジロダイト型結晶構造中でリチウムが動き易い硫化物固体電解質である。本実施形態の硫化物固体電解質は,S(硫黄)の一部が欠陥した硫化物固体電解質であり,アルジロダイト型結晶構造の非架橋アニオンサイトにSの欠陥が生じていると推定される。当該欠陥があることでアルジロダイト型結晶構造中のリチウム量が減り,リチウムの拡散が起こり易くなって,高いイオン伝導度が得られる。 【0037】 尚,ガラス成分を含む中間体を経由せずに,原料から直接,アルジロダイト型結晶構造を含む硫化物固体電解質を製造する場合,イオン伝導度の高い硫化物固体電解質を得るのは難しい。原料から直接,硫化物固体電解質を製造する場合には,熱処理中にS(硫黄)が飛び易く,未反応のハロゲン化リチウムが残存し易いためである。未反応のハロゲン化リチウムが残存することで,アルジロダイト結晶構造にハロゲンが入っていかず,また,得られる硫化物固体電解質中にLi_(3)PS_(4)相などの低伝導相が析出し易い。 ガラス成分を含む中間体を製造し,原子レベルで材料を混ぜ合わせることで,ガラス成分を含む中間体の熱処理中において,Sが飛ぶこと無く,未反応ハロゲン化リチウムの残存も生じず,低伝導相の析出を防ぐことができる。」 「【0039】 粉砕混合で作製した中間体を,窒素,アルゴン等の不活性ガス雰囲気下,熱処理する。熱処理温度は350?650℃が好ましく,400?550℃がより好ましい。 従来技術(例えば,特許文献2?5)では,硫化水素気流下で原料混合物を焼成している。これにより,焼成時に硫黄が補完されるため,加熱による硫黄欠損が抑制されると考える。一方,本実施形態では硫化水素不存在下で熱処理することができる。この場合,従来技術の固体電解質よりも硫黄の含有量が少なくなり,結晶構造中に硫黄の欠損が生じることでイオン伝導度の高い硫化物固体電解質が得られると考えている。 【0040】 例えば,本実施形態の硫化物固体電解質の原料として,硫化リチウム,五硫化二リン,ハロゲン化リチウムを使用する場合には,投入原料のモル比を,硫化リチウム:五硫化二リン:ハロゲン化リチウム=37?88:8?25:0.1?50とすることができる。これらの原料に,機械的応力を加えて反応させ,中間体とした後,上述したように硫化水素不存在下で熱処理することで,上記式(1)?(3)を満たす本実施形態の硫化物固体電解質を得ることができる。 また,投入原料の種類やモル比を調整することによっても,上記式(1)?(3)を満たす本実施形態の硫化物固体電解質を得ることが可能である。例えば,硫化リンを使用する場合に,五硫化二リン(P_(2)S_(5))の一部又は全部を三硫化二リン(P_(2)S_(3))とすることが挙げられる。その他,リン源として単体リン(P)を用いることや,リチウム源として金属リチウム(Li)を用いることなどが考えられる。いずれも,Li_(2)S,P_(2)S_(5),LiXの3つの原料から計算される量論比から,相対的に硫黄を少なくするものである。」 「【0067】 【表1】 」 「【0074】 実施例16 実施例1で用いた原料である硫化リチウム(Li_(2)S),五硫化二リン(P_(2)S_(5)),及び塩化リチウム(LiCl)に,さらにヨウ化リチウム(LiI:シグマアルドリッチ社製,純度99%)を原料に用いた。これら原料のmol比(Li_(2)S:P_(2)S_(5):LiCl:LiI)が46.8:12.7:38.0:2.5となるように,各原料を混合した。具体的には,硫化リチウム0.467g,五硫化二リン0.610g,塩化リチウム0.349g,ヨウ化リチウム0.074gを混合し,原料混合物とした。 得られた原料混合物を用いて,実施例1と同じメカニカルミリング条件及び熱処理条件で硫化物固体電解質を作製した。得られた硫化物固体電解質のイオン伝導度(σ)は,5.5mS/cmであった。なお,電子伝導性は10^(-6)S/cm未満であった。 得られた硫化物固体電解質について,XRD測定した結果,アルジロダイト型結晶構造に由来するピークが観測された。 ICP分析の結果,モル比a(Li/P)は5.38,モル比b(S/P)は4.36,モル比c((Cl+I)/P)は1.70であった。」 (3)判断 上記(2)より,本件特許発明1ないし10の課題は「イオン伝導度の高い,アルジロダイト型結晶構造を含む,新規な硫化物固体質を提供すること」である(【0006】)。 そして本件明細書の発明の詳細な説明には,アルジロダイト型結晶構造においてS(硫黄)の一部を欠陥(欠損)させること及びハロゲン等の元素Xを高分散させることで,硫化物固体電解質のイオン伝導度を高くすること(【0011】,【0036】,【0037】,【0039】,【0040】),このような硫黄の一部が欠陥し,ハロゲン等の元素Xが高分散されたアルジロダイト型結晶構造について,その組成のずれをSについてα,Xについてβとした場合,リチウムのリンに対するモル比a(Li/P),硫黄のリンに対するモル比b(S/P)及び元素Xのリンに対するモル比c(X/P)における,a-b,a+cがα,βと相関するパラメータとなること(【0011】,【0012】),aがイオン伝導度に関連するパラメータとなること(【0014】)が記載され,これらのa,a-b,a+cの数値範囲を特定する式(1)ないし(3)を満たす実施例1ないし15が優れたイオン伝導度を示すことも本件明細書の発明の詳細な説明に記載されている(【0067】)。 してみると,本件明細書の発明の詳細な説明に接した当業者は,「リチウムと,リンと,硫黄と, 硫黄を除くカルコゲン元素及びハロゲン元素からなる群より選択される1種以上の元素Xと,を含み, アルジロダイト型結晶構造を含み, 前記リチウムのリンに対するモル比a(Li/P),前記硫黄のリンに対するモル比b(S/P)及び前記元素Xのリンに対するモル比c(X/P)が,下記式(1)?(3)を満たす,硫化物固体電解質。 5.0≦a≦7.1 (1) 1.0<a-b≦1.5 (2) 6.5≦a+c<7.1 (3) (式中,b>0且つc>0を満たす。)」なる事項により,「イオン伝導度の高い,アルジロダイト型結晶構造を含む,新規な硫化物固体質を提供すること」という課題を解決すると認識する。 そして,本件特許発明1は,上記の事項を発明を特定するための事項とするものであり,本件特許発明1に関して,特許請求の範囲の記載はサポート要件に適合する。 また,本件特許発明2ないし10は,いずれも本件特許発明1に従属する請求項に係る発明であり,上記の事項を必須の事項として含むものであるから,本件特許発明2ないし10に関しても,特許請求の範囲の記載はサポート要件に適合するものである。 したがって,本件特許発明1ないし10は,いずれも特許法36条6項1号に規定される要件を満たすものである。 なお,異議申立人は異議申立書において,甲第1号証を証拠とした上で,本件明細書の発明の詳細な説明には,本件特許発明の式(1)ないし(3)を満たす数値範囲とすることで本件特許発明の作用効果を奏する技術的理由は特に記載されておらず,また,甲第1号証に記載された比較例2及び3からすると,本件特許発明の式(1)ないし(3)を満たす固体電解質であっても,本件特許発明の作用効果を奏さないものが存在するので,本件明細書の発明の詳細な説明に開示された内容を,本件特許発明の範囲まで拡張乃至一般化できるとは言えない,旨を主張している。 しかしながら,上記のとおり,本件明細書の発明の詳細な説明には,アルジロダイト型結晶構造においてS(硫黄)の一部を欠陥(欠損)させること及びハロゲン等の元素Xを高分散させることで,硫化物固体電解質のイオン伝導度を高くするという技術的理由が示されているものであり,これらの記載から,Sの一部の欠損及び元素Xの高分散と関連する,a,a-b,a+c等の数値を一定の範囲に定めることは,本件明細書の発明の詳細な説明に接した当業者が本件の課題の解決手段との関係において十分に理解できるものと言え,また,甲第1号証は,本件特許の出願後に頒布された刊行物であり,そこで示される比較例2及び3は,出願時の技術常識とは言えないので,異議申立人の上記主張は採用しない。 2 特許法36条4項1号(実施可能要件)について 本件特許発明1ないし10はいずれも物の発明であるところ,物の発明の実施とは,その物の生産,使用等をする行為であるから(特許法2条3項1号),物の発明について上記実施可能要件を充足するためには,明細書の発明の詳細な記載及び出願時の技術常識に基づき,過度の試行錯誤を要することなく,その物を生産し,かつ,使用することができる程度の記載があることを要する。 ここで,特許請求の範囲の記載は,上記「第2 本件特許発明」で記載したとおりである。 一方,本件明細書の発明の詳細な説明には,本件特許発明1ないし10の各発明特定事項及びそれらの生産や使用について記載されており(【0010】ないし【0059】),特に原料における各元素の含有量,投入原料の種類やモル比を調整することで,硫化物固体電解質における各元素のモル比や組成を調整すること(【0013】,【0040】),ハロゲンが高分散された高イオン伝導度の硫化物固体電解質を製造するための製造方法(【0035】ないし【0039】)も記載されている。また,実施例1ないし16となる硫化物固体電解質及びそれらの製造方法についても記載されている(【0063】ないし【0074】)。 そして,本件特許発明1については,本件特許明細書の発明の詳細な説明の【0010】ないし【0015】,【0020】,【0026】ないし【0041】の記載及び実施例1ないし16の記載及び出願時の技術常識に基づき,過度の試行錯誤を要することなく,その物を生産し,かつ使用することができる程度のものであり,本件明細書の発明の詳細な説明は,本件特許発明1について,実施可能要件を充足する。 また,本件特許発明2ないし8についても,本件明細書の発明の詳細な説明の上記の記載箇所に加え,【0021】ないし【0025】の記載から,出願時の技術常識に基づき,過度の試行錯誤を要することなく,その物を生産し,かつ使用することができる程度のものであり,本件明細書の発明の詳細な説明は,本件特許発明2ないし8について,実施可能要件を充足する。 さらに,本件特許発明9及び10についても,本件特許明細書の発明の詳細な説明の上記の記載箇所に加え,【0041】ないし【0059】に記載された電極合材及びリチウムイオン電池の製造方法によって,当業者が過度の試行錯誤を要することなく,その物を生産し,かつ使用することができる程度のものであり,本件明細書の発明の詳細な説明は,本件特許発明9及び10について,実施可能要件を充足する。 したがって,本件明細書の発明の詳細な説明は,本件特許発明1ないし10に対し,特許法第36条第4項1号に規定される要件を満たすものである。 なお,異議申立人は,本件特許発明1ないし10は,本件明細書の発明の詳細な説明から読み取れる作用効果の奏し得る範囲と比較して明らかに広範な技術範囲を規定するものであり,本件特許発明1ないし10の構成の範囲内で所望の効果が得られると当業者において認識できる程度に記載されておらず,本件明細書の発明の詳細な説明の記載は,実施可能要件に違反するものである旨を主張している。 しかしながら,例え作用効果を奏し得る範囲に対して広範であったと仮定しても,実施可能要件に違反するものと直ちに導くことはできず,物の発明について実施可能要件を充足するためには,明細書の発明の詳細な記載及び出願時の技術常識に基づき,過度の試行錯誤を要することなく,その物を生産し,かつ,使用することができる程度の記載があれば足りるものであるから,本件明細書の発明の詳細な説明の記載は本件特許発明1ないし10を実施するために十分であると言え,異議申立人の上記主張は採用しない。 第5 むすび したがって,特許異議の申立ての理由及び証拠によっては,請求項1ないし10に係る特許を取り消すことはできない。 また,他に請求項1ないし10に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。 よって,結論のとおり決定する。 |
異議決定日 | 2020-12-25 |
出願番号 | 特願2018-533517(P2018-533517) |
審決分類 |
P
1
651・
536-
Y
(H01M)
P 1 651・ 537- Y (H01M) |
最終処分 | 維持 |
前審関与審査官 | 和田 財太 |
特許庁審判長 |
加藤 友也 |
特許庁審判官 |
神田 和輝 植前 充司 |
登録日 | 2020-03-23 |
登録番号 | 特許第6679730号(P6679730) |
権利者 | 出光興産株式会社 |
発明の名称 | 硫化物固体電解質 |
代理人 | 特許業務法人平和国際特許事務所 |