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審決分類 審判 一部申し立て 2項進歩性  F16C
管理番号 1372679
異議申立番号 異議2019-701071  
総通号数 257 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2021-05-28 
種別 異議の決定 
異議申立日 2019-12-27 
確定日 2021-01-25 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第6536271号発明「波動減速機、玉軸受、及び治具」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6536271号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項1、〔2?5〕について訂正することを認める。 特許第6536271号の請求項1?5に係る特許を取り消す。 
理由 1 手続の経緯
特許第6536271号の請求項1?6に係る特許についての出願は、平成27年8月7日に出願され、令和1年6月14日にその特許権の設定登録がされ、同年7月3日に特許掲載公報が発行された。本件特許異議の申立ての経緯は、次のとおりである。

令和1年12月27日 :特許異議申立人西村茂雄(以下、「特許異議申立
人」という。)による請求項1?5に係る特許に
対する特許異議の申立て
令和2年3月2日付け :取消理由通知書
同年4月30日 :特許権者による意見書及び訂正請求書の提出
同年7月3日 :特許異議申立人による意見書の提出
同年8月31日付け :取消理由通知書(決定の予告)
同年10月28日 :特許権者による意見書の提出

2 訂正の適否
(1)訂正の内容
令和2年4月30日に提出された訂正請求書での訂正の内容は次のとおりである(下線は訂正箇所である。)。
ア 訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1に「前記外輪及び前記内輪は、前記玉が転動する軌道溝の軸方向両側に、全周にわたって同じ高さに形成されている肩部を有し、」と記載されているのを、「最大厚さが前記玉の直径の1/7以上、1/4以下であり全体として非円形に弾性変形可能である前記外輪及び前記内輪は、前記玉が転動する軌道溝の軸方向両側に、当該軌道溝に貫通する入れ溝が形成されておらず全周にわたって同じ高さに形成されている肩部を有し、」に訂正する。
イ 訂正事項2
特許請求の範囲の請求項2に「前記外輪及び前記内輪は、前記玉が転動する軌道溝の軸方向両側に、全周にわたって同じ高さに形成されている肩部を有し、」と記載されているのを、「最大厚さが前記玉の直径の1/7以上、1/4以下であり全体として非円形に弾性変形可能である前記外輪及び前記内輪は、前記玉が転動する軌道溝の軸方向両側に、当該軌道溝に貫通する入れ溝が形成されておらず全周にわたって同じ高さに形成されている肩部を有し、」に訂正する(請求項2の記載を引用する請求項3?5も同様に訂正する。)。
なお、訂正前の請求項2?5は、請求項3?5が訂正の請求の対象である請求項2の記載を引用する関係にあるから、訂正事項2は、一群の請求項2?5について請求されている。

(2)訂正の目的の適否、新規事項追加の有無及び特許請求の範囲の拡張・変更の存否
ア 訂正事項1
訂正事項1は、訂正前の請求項1の「外輪」及び「内輪」について、「最大厚さが前記玉の直径の1/7以上、1/4以下であり全体として非円形に弾性変形可能である」との限定を付加すると共に、「外輪」及び「内輪」の「肩部」関し、「当該軌道溝に貫通する入れ溝が形成されておらず」との限定を付加するものであり、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであるといえる。
また、訂正事項1は、願書に添付した明細書の段落【0011】及び【0026】の記載内容に基づくものであり、かつ、発明の目的やカテゴリーを変更するものではないから、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張、又は変更するものでもない。
イ 訂正事項2
訂正事項2は、請求項2について訂正事項1と同様の訂正をするものであるから、上記アと同様の理由により、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであるといえ、また、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。

(3)小括
上記のとおり、訂正事項1及び2に係る訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。
したがって、特許請求の範囲を、訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり訂正後の請求項1、〔2?5〕について訂正することを認める。

3 取消理由(決定の予告)の概要
令和2年4月30日に提出された訂正請求書によって訂正された請求項1?5に係る特許に対して、当審が令和2年8月31日付けで特許権者に通知した取消理由の概要は次のとおりである。

本件の請求項1?5に係る発明は、その出願前日本国内または外国において頒布された下記の刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、請求項1?5に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。


刊行物等
甲第1号証:特開2010-164068号公報
甲第2号証:特開2006-177507号公報
甲第3号証:特開2012-92919号公報
甲第4号証:特開2002-195254号公報
甲第5号証:特開2014-228079号公報
甲第6号証:「波動歯車装置の歯のかみあい解析及び製図ソフトの開発に関する研究」、李樹庭、野田真義、日本機械学会 中国四国支部第52期総会・講演会 講演論文集
甲第8号証:甲第6号証のFig.2(図2)の拡大図に、特許異議申立人が、寸法計算のための補助線等を記入した図)
甲第1号証?甲第6号証及び甲第8号証は、それぞれ、特許異議申立人の提出した甲第1号証?甲第6号証及び甲第8号証である。

4 当審の判断
(1)訂正後の請求項1?5に係る発明
令和2年4月30日に提出された訂正請求書での訂正の請求が認められるので、訂正後の請求項1?5に係る発明(以下、それぞれ「本件発明1」?「本件発明5」という。)は、次のとおりのものである。
[本件発明1]
「内歯を有するサーキュラスプライン、当該サーキュラスプラインの内側に設けられ前記内歯と噛み合う外歯を有するフレクスプライン、及び、当該フレクスプラインの内側に設けられ当該フレクスプラインを非円形に撓ませて前記外歯を前記内歯に部分的に噛み合わせるための回転体を備え、
前記回転体は、非円形のカムと、当該カムと前記フレクスプラインとの間に介在している玉軸受と、を有し、
前記玉軸受は、全体として非円形に弾性変形可能である外輪及び内輪と、当該外輪と当該内輪との間に設けられている複数の玉と、を有し、
最大厚さが前記玉の直径の1/7以上、1/4以下であり全体として非円形に弾性変形可能である前記外輪及び前記内輪は、前記玉が転動する軌道溝の軸方向両側に、当該軌道溝に貫通する入れ溝が形成されておらず全周にわたって同じ高さに形成されている肩部を有し、
下記に定義する玉の充填率が26%未満である、波動減速機。
玉の充填率=周方向で隣り合う前記玉の間の隙間寸法/前記玉の直径×100
[本件発明2]
「自然状態では円形であるが非円形に弾性変形可能である外輪及び内輪と、当該外輪と当該内輪との間に設けられている複数の玉と、を有し、
最大厚さが前記玉の直径の1/7以上、1/4以下であり全体として非円形に弾性変形可能である前記外輪及び前記内輪は、前記玉が転動する軌道溝の軸方向両側に、当該軌道溝に貫通する入れ溝が形成されておらず全周にわたって同じ高さに形成されている肩部を有し、
下記に定義する玉の充填率が26%未満である、玉軸受。
玉の充填率=周方向で隣り合う前記玉の間の隙間寸法/前記玉の直径×100
[本件発明3]
「前記玉の充填率は15%未満である、請求項2に記載の玉軸受。」
[本件発明4]
「前記内輪及び前記外輪は、当該内輪及び当該外輪の径方向に対向する前記肩部の間の径方向寸法が前記玉の直径よりも僅かに大きくなるまで、弾性域で変形可能である、請求項2又は3に記載の玉軸受。」
[本件発明5]
「前記内輪の前記肩部は、当該内輪を径方向内側に弾性変形させるための治具が当接可能となる第1治具当接面を有し、
前記外輪の前記肩部は、当該外輪を径方向外側に弾性変形させるための治具が当接可能となる第2治具当接面を有している、請求項2?4のいずれか一項に記載の玉軸受。」

(2)引用文献の記載等
取消理由通知(決定の予告)において引用した甲第1号証には、図面と共に次の記載がある(下線は、当審で付した。)。
「【0001】
本発明は波動歯車装置の波動発生器に関し、更に詳しくは、波動歯車装置の長寿命化を達成するために不可欠な波動発生器の可撓性ベアリングの長寿命化を実現するための技術に関する。」
「【0005】
波動歯車装置は、部品点数が少なく、回転伝達精度が高く、高減速比であるので、ロボットアームなどの駆動機構に組み込まれて使用される。近年においては、ロボットの高性能化、高速化に対する要求がますます強まっており、これに伴って、波動歯車装置の高性能化、特に長寿命化に対する要求が強まっている。波動歯車装置の高寿命化を達成するためには、可撓性外歯歯車を撓めながら回転運動を行う波動発生器の可撓性ベアリングの長寿命化が不可欠である。」
「【0007】
本発明の課題は、波動歯車装置における半径方向に撓められながら回転する可撓性ベアリングを改良して、その長寿命化を達成することにある。」
「【0015】
図1は本発明を適用可能な波動歯車装置の一例を示す説明図である。この図に示す波動歯車装置1はカップ型のものであり、剛性内歯歯車2と、この内側に配置されたカップ形状の可撓性外歯歯車3と、この可撓性外歯歯車3を楕円状に撓めて剛性内歯歯車2に部分的に噛み合せる波動発生器4とを備えている。両歯車2、3の歯数差は2n枚(nは正の整数)であり、一般的には2枚とされており、剛性内歯歯車2の方が歯数が多い。
【0016】
波動発生器4を不図示のモータなどによって高速回転すると、両歯車2、3の噛み合い位置が周方向に移動し、両歯車2、3の歯数差に応じて減速された相対回転が両歯車2、3の間に発生する。一方の歯車を回転しないように固定しておくことにより、他方の歯車から減速回転を出力して負荷側に伝達することができる。
【0017】
波動発生器4は、剛性プラグ5と、この剛性プラグ5の楕円形外周面5aに装着された可撓性ベアリング6とを備えている。剛性プラグ5はハブ7に一体回転するように取り付けられており、ハブ7がモータ回転軸などに連結固定される。可撓性ベアリング6は、一般の深みぞ玉軸受と同一の構造であるが、内輪11および外輪12が半径方向に撓み可能な可撓性軌道輪となっており、これらの間に形成されている軌道に沿ってボール13が転動可能である。この可撓性ベアリング6は剛性プラグ5の楕円形外周面5aと可撓性外歯歯車3の外歯形成部分の内周面3aとの間に装着される。可撓性ベアリング6によって、剛性プラグ5と可撓性外歯歯車3は相対回転可能な状態に保持されている。
【0018】
図2は可撓性ベアリング6の部分断面図である。この図に示すように、可撓性ベアリング6の基本構造は一般の深みぞ玉軸受と同一であるが、ボール径とコンフォミティ(内外輪の軌道面半径とボール径との比)が現行品寸法とは相違している。
【0019】
図2に示すように、ボール径をDa、内輪11の軌道面11aの軌道面半径をro、外輪12の軌道面12aの軌道面半径をriとすると、可撓性ベアリング6に組み込まれているボール13のボール径Daは、各型番の現行品のボール径に対して11%大きい寸法に設定してある。また、内輪11の側のコンフォミティ(内輪軌道面半径roとボール径Daの比ro/Da)、および、外輪12の側のコンフォミティ(外輪軌道面半径riとボール径Daの比ri/Da)を、共に、各型番の現行品における各比に対して、1.2%小さくなるように、内外輪11、12の軌道面半径ro、riの寸法を設定してある。」

上記甲第1号証の記載内容並びに【図1】及び【図2】の記載内容を、本件発明1の記載ぶりに則って整理すると、甲第1号証には次の発明(以下、「甲1発明」という。)が記載されていると認められる。

[甲1発明]
「内歯を有する剛性内歯歯車(2)、当該剛性内歯歯車(2)の内側に設けられ前記内歯と噛み合う外歯を有する可撓性外歯歯車(3)、及び、当該可撓性外歯歯車(3)の内側に設けられ当該可撓性外歯歯車(3)を非円形に撓ませて前記外歯を前記内歯に部分的に噛み合わせるための波動発生器(4)を備え、
前記波動発生器(4)は、非円形の剛性プラグ(5)と、当該剛性プラグ(5)と前記可撓性外歯歯車(3)との間に介在している可撓性ベアリング(6)と、を有し、
前記可撓性ベアリング(6)は、全体として非円形に撓み可能である可撓性外輪(12)及び可撓性内輪(11)と、当該可撓性外輪(12)と当該可撓性内輪(11)との間に設けられている複数のボール(13)と、を有し、
前記可撓性外輪(12)及び前記可撓性内輪(11)は、前記ボール(13)が転動する軌道面(11a、12a)を有する、波動歯車装置。」

(3)対比・判断
ア 本件発明1について
(ア)対比
本件発明1と甲1発明とを対比する。
甲1発明の「剛性内歯歯車(2)」は、本件発明1の「サーキュラスプライン」に相当する。以下同様に、甲1発明の「可撓性歯車(3)」、「波動発生器(4)」、「剛性プラグ(5)」、「可撓性ベアリング(6)」、「非円形に撓み可能である可撓性外輪(12)」、「非円形に撓み可能である可撓性内輪(11)」、「ボール(13)」、「軌道面(11a、12a)」、及び「波動歯車装置」は、それぞれ、本件発明1の「フレクスプライン」、「回転体」、「カム」、「玉軸受」、「弾性変形可能である外輪」、「弾性変形可能である内輪」、「玉」、「軌道溝」、及び、「波動減速機」に相当する。
また、甲1発明の「前記可撓性外輪(12)及び前記可撓性内輪(11)」は、「前記ボール(13)が転動する軌道面(11a、12a)を有する」ものであるから、軌道面11a、12aの軸方向両側に肩部を有するものといえる。
したがって、本件発明1と甲1発明の一致点及び相違点は次のとおりとなる。
[一致点]
「内歯を有するサーキュラスプライン、当該サーキュラスプラインの内側に設けられ前記内歯と噛み合う外歯を有するフレクスプライン、及び、当該フレクスプラインの内側に設けられ当該フレクスプラインを非円形に撓ませて前記外歯を前記内歯に部分的に噛み合わせるための回転体を備え、
前記回転体は、非円形のカムと、当該カムと前記フレクスプラインとの間に介在している玉軸受と、を有し、
前記玉軸受は、全体として非円形に弾性変形可能である外輪及び内輪と、当該外輪と当該内輪との間に設けられている複数の玉と、を有し、
前記外輪及び前記内輪は、前記玉が転動する軌道溝の軸方向両側に肩部を有している、波動減速機。」

[相違点1]
本件発明1の「外輪」及び「内輪」は、「最大厚さが前記玉の直径の1/7以上、1/4以下であり」、「前記玉が転動する軌道溝の軸方向両側に、当該軌道溝に貫通する入れ溝が形成されておらず全周にわたって同じ高さに形成されている肩部を有し」ているものであるのに対し、甲1発明の「可撓性外輪(12)」及び「可撓性内輪(11)」は、かかる厚さに関する特定がされておらず、その肩部(軌道面(11a、12a)の軸方向両側の部分)における、入れ溝の有無については特定されていない点。
[相違点2]
本件発明1は、「玉の充填率=周方向で隣り合う前記玉の間の隙間寸法/前記玉の直径×100」と定義したとき、「玉の充填率が26%未満である」のに対し、甲1発明は、かかる特定がされていない点。

(イ)判断
a 相違点1について
(a)甲第1号証には、「可撓性ベアリング(6)」について、「可撓性ベアリング6は、一般の深みぞ玉軸受と同一の構造であるが」と記載されているところ(段落【0018】を参照。)、一般の深みぞ玉軸受において、いわゆる入れ溝を有しない構成も有する構成もどちらもよく知られた構成であり、そのどちらを採用すべきかは、軸受へのスラスト荷重のかかり方等、必要とされる性能に応じて当業者であれば、適宜選択しうる事項であるといえる。
また、後にも説示のとおり、玉軸受の玉の数を増やせば、定格荷重(負荷容量)が高まることは当業者には周知の技術的事項であるところ、一般の深みぞ玉軸受においては、外輪及び内輪が撓みにくいために、玉の数を増やすために入れ溝を備える必要が生じているといえるのに対し、可撓性ベアリングは、外輪及び内輪が容易に撓むように構成されており、一般の深みぞ玉軸受に比べて入れ溝を備えることなく玉の数を増やすことが可能であるといえる。
このように、可撓性ベアリングにおいて、入れ溝を有しない構造を採用する動機付けは、一般の深みぞ玉軸受に比べて強いといえる。
してみると、甲1発明において、入れ溝を有しない構成を採用し、可撓性ベアリング(6)の、外輪(12)及び内輪(11)の軌道面(12a、11a)の軸方向両側に、当該軌道面に貫通する入れ溝が形成されておらず全周にわたって同じ高さに形成されている肩部を有するものとすることは、当業者であれば容易に想到し得たことであるといえる。
(b)甲1発明の可撓性ベアリング(6)は、本件発明1の玉軸受と同様に、波動減速機(波動歯車装置)に用いられるものであり、使用時において、弾性域で非円形に変形することが必要とされるものであるところ、弾性域で非円形に変形するためには、可撓性ベアリング(6)の可撓性外輪(12)及び可撓性内輪(11)の厚さを、使用時において弾性域で変形できる程度に設定する必要があることは当業者であれば当然考慮に入れるべき事項であるといえる。
また、上記に説示のとおり、甲1発明の可撓性ベアリング(玉軸受)において入れ溝を有しない形式を選択することは当業者が容易に想到し得た事項であるというべきところ、玉軸受の外輪及び内輪に入れ溝を有しない形式の玉軸受の場合、玉軸受の組立てに際し、外輪を弾性変形させて、外輪と内輪の間に玉を組み込むため、外輪の厚さを弾性変形に適した適切な厚さに設定する必要があることは当業者には周知の事項であるといえる(甲第5号証の段落【0016】を参照。)。
このように、入れ溝を有しない波動歯車装置に用いられる玉軸受として組立て時に必要とされる程度の外輪及び内輪の厚さに設定することは当業者にとって格別困難なことではなく、また、外輪及び内輪の厚さを可撓性ベアリングとして使用時において要求される機能、性能に適した厚さに設定する必要があることもまた当業者であれば当然考慮に入れるべき事項であるといえる。
したがって、甲1発明の可撓性ベアリング(6)の可撓性外輪(12)及び可撓性内輪(11)において、入れ溝を有しない波動歯車装置に用いられる玉軸受として組立て時に必要とされる程度の厚さ、かつ、使用時に要求される性能に適した厚さという、一定の範囲内の厚さを設定すべきことは当業者であれば当然考慮すべき設計上の一事項であるといえる。
ところで、本件発明1においては、「外輪」及び「内輪」は、「最大厚さが前記玉の直径の1/7以上、1/4以下」であると、外輪及び内輪の厚さについて具体的数値の範囲を特定しているところ、その特定の数値については、本件特許明細書の段落【0026】において、「外輪33及び内輪34は、例えば軸受鋼等の金属製の環状部材であるが、薄肉であることから、径方向について弾性変形が可能(弾性変形が容易)である。・・・外輪33及び内輪34の厚さ(最大厚さ)を、例えば、玉35の直径の1/7以上、1/4以下とすることができる。」との記載があるのみで、その数値(1/7及び1/4)の臨界的意義に関しては、波動減速機に用いられる玉軸受としての考慮事項との関係について本件特許の明細書中において何ら記載されていない。
してみると、本件発明1において、「最大厚さが前記玉の直径の1/7以上、1/4以下」との発明特定事項における、「1/7」、「1/4」という数値に臨界的意義は見いだせない。
そして、甲1発明の可撓性ベアリング(6)の可撓性外輪(12)及び可撓性内輪(11)において、入れ溝を有しない波動歯車装置に用いられる玉軸受として組立て時に必要とされる程度の厚さ、かつ、使用時に要求される性能に適した厚さという、一定の範囲内の厚さを設定すべきことが当業者であれば当然考慮すべき設計上の一事項であることは上記に説示のとおりであるから、その一定の範囲として、ボール13(玉)の直径を基準とし、ボール13(玉)の直径の1/7以上、1/4以下と設定し、もって、相違点1に係る本件発明1の構成となすことは当業者であれば容易に想到し得たことであるといえる。

b 相違点2について
本件発明1において、玉の充填率を特定しているのは、玉軸受において、玉数を多くして玉軸受の定格荷重(負荷容量)を高め、玉軸受の寿命を延ばすためと解されるところ(本件特許明細書の段落【0011】を参照。)、甲第2号証の段落【0004】、甲第3号証の段落【0027】及び甲第4号証の段落【0025】に開示されているように、玉軸受の寿命を延ばすために、玉(転動体)の数を増やしたり、玉径を大きくすることは、当業者にはよく知られた技術的事項(以下、「周知の技術的事項」という。)であったといえる(なお、本件特許明細書の段落【0034】の式(2)からも、このことは当業者にはよく知られた事項であるといえる。)。
そして、玉軸受の玉(転動体)に関し、同一ピッチ円直径上での比較において、玉の数を増せば、あるいは、玉径を大きくすれば、玉間の隙間はその分小さくなるといえるから、本件発明1で定義するところの「玉の充填率」は、小さい値となる。
甲第1号証の段落【0001】、【0005】及び【0007】の記載からすれば、甲1発明における可撓性ベアリング(6)の寿命を延ばすという課題を当業者が認識することは容易であったというべきであるから、かかる課題を解決するために、甲1発明において、玉の充填率に着目し、当該玉の充填率を小さくするという手段を採用することは当業者であれば容易であったというべきである。
ここで、本件発明1において、玉の充填率を26%未満とした点について検討する。
本件特許の明細書及び図面中において、玉の充填率の数値の臨界的意義については記載されていない(本件特許明細書においては、PCDを6.747mm、玉の数を21?26とした時の静定格加重と充填率を示したものが記載されているものの、充填率の数値の臨界的意義については記載されていない。なお、特許権者の令和2年4月30日提出の意見書の第7ページ第15行?第20行を参照。)。
また、玉軸受の静定格荷重(負荷荷重)については、本件特許明細書段落【0034】でも記載されているとおり、JIS B 1519:2009に記載の式で算出されるものであるから、本件発明1に使用される玉軸受に求められる定格荷重(負荷荷重)が決まれば、必要とされる玉の個数と直径の2乗の積の値が決まり、それに従った、玉の充填率も決定されるものであるといえる。
以上からすれば、本件発明1において、玉の充填率を26%未満とした点は、玉軸受の寿命を延ばすために、当業者が必要に応じて適宜設定できる程度のことといわざるを得ない。
したがって、甲1発明において、周知の技術的事項に基いて、その可撓性ベアリング(6)の、玉の充填率を26%未満とすることは、当業者であれば容易に想到し得たことであるといえる。
なお、波動減速機の玉軸受ではないものの、玉軸受の玉の充填率が26%未満であるものは、甲第4号証の段落【0028】及び【0029】に開示されている。また、波動減速機の玉軸受において、玉の充填率が26%程度であるものが、甲第6号証及び甲第8号証(特に、甲第8号証)に開示されている。

c 特許権者の意見について
特許権者は、令和2年10月28日提出の意見書第7ページ第15行?第8ページ第17行において、相違点1の入れ溝に関し、
「(オ)意見3
a 甲1発明は、その特許請求の範囲にも記載されているように、『ボール径Daは、各型番の現行品寸法に対して5?15%大きい寸法に設定され、可撓性内輪(11)の軌道面半径roとボール径Daの比ro/Da、および、可撓性外輪(12)の軌道面半径riとボール径Daの比ri/Daは共に、各型番の現行品における各比に対して、0.8?2%小さくなるように、これら内外輪の軌道面半径ro、riの寸法が設定されている。』というものである。
b このように、ボール径Daを大きくし、比ri/Daを小さくすると、軌道溝の形状はボールに沿った形状となり、軌道溝にボールが深く配置された構成となり、組み立ての際、益々、外輪と内輪との間にボールが入りにくくなる。更にボールの数を多くすると、組み立てが不能となる。このことから、甲1発明では、外輪及び内輪の肩部に入れ溝を形成することが必須になると考えるのが、当業者にとっての常識となる。
・・・略・・・
e しかし、前記のとおり、甲1発明に基づけば、入れ溝はむしろ必要となることから、スラスト荷重を考慮することよりも、そもそも組み立てが可能でなければ、波動減速機の玉軸受として成立しないことから、『スラスト荷重を考慮すると入れ溝が不要である』という判断は、後から論理付けされたものであり、許されるべきではない。」と主張する。
しかしながら、甲第1号証に記載されたものにおいて、「ボール径を大きくし、比ri/Daを小さくすると、軌道溝の形状はボールに沿った形状となり」とはいえるものの、軌道溝に対するボールの配置(深さ)は、軌道溝の底部と軌道溝の肩部との間の寸法によって決定するものであって(軌道溝の底部と軌道溝の肩部との間の寸法が玉の直径に比して大きければ、玉は軌道溝に深く配置されているといえるし、逆に、軌道溝の底部と軌道溝の肩部との間の寸法が玉の直径に対して小さければ、玉は軌道溝に浅く配置されているといえる。)、軌道溝の形状がボールの形状に沿ったものであるか否かとは直接には関係がないといえる。
したがって、特許権者の上記主張(「甲1発明では、外輪及び内輪の肩部に入れ溝を形成することが必須になると考えるのが、当業者にとっての常識となる。・・・『スラスト荷重を考慮すると入れ溝が不要である』という判断は、後から論理付けされたものであり、許されるべきではない。」との主張)は採用できない。

d 作用効果について
上記各相違点を総合的に勘案しても、本件発明1の奏する作用効果は、甲1発明及び周知の技術的事項の奏する作用効果から予測される範囲内のものにすぎず、格別顕著なものということはできない。

e 小括
以上のとおりであるから、本件発明1は、甲1発明及び周知の技術的事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものである。

イ 本件発明2について
本件発明2は、本件発明1の発明特定事項のうち、玉軸受に係る発明特定事項を抽出し、さらに、「自然状態では円形であるが」という発明特定事項を付加したものである。
そうすると、本件発明2と甲1発明とは、上記相違点1及び2に加え、さらに、本件発明2の玉軸受は、「自然状態では円形であるが」とされているのに対し、甲1発明の可撓性ベアリング(6)は、かかる特定がされていない点(以下、「相違点3」という。)で相違する。
相違点1及び2については、上記ア(イ)に説示のとおりである。
そこで、相違点3について検討する。
甲第1号証の段落【0017】の「可撓性ベアリング6は、一般の深みぞ玉軸受と同一の構造であるが、内輪11および外輪12が半径方向に撓み可能な可撓性軌道輪となっており」との記載内容からすれば、甲1発明の可撓性ベアリング6は、自然状態で円形であると解される。
したがって、相違点3は実質的な相違点とはいえない。
よって、本件発明2は、甲1発明及び周知の技術的事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものである。

ウ 本件発明3について
本件発明3は、本件発明2に関して「玉の充填率」をさらに15%未満と特定したものである。
本件特許の明細書中において、玉の充填率の数値の臨界的意義については記載されていない。また、玉軸受に求められる定格荷重(負荷荷重)に伴って満たさなければならない玉の充填率が決定することは上記ア(イ)cにおいて検討したとおりである。
したがって、玉の充填率を15%未満とすることは、玉軸受の寿命を延ばすために、当業者が必要に応じて適宜設定できる程度のことといわざるを得ない。
したがって、本件発明3は、甲1発明及び周知の技術的事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものである。

エ 本件発明4について
本件発明4は、本件発明2の発明特定事項を全て含み、さらに、「前記内輪及び前記外輪は、当該内輪及び当該外輪の径方向に対向する前記肩部の間の径方向寸法が前記玉の直径よりも僅かに大きくなるまで、弾性域で変形可能である」という発明特定事項を付加したものである。
甲第5号証の段落【0016】には、「転がり軸受10を自動組立装置で組み立てる場合、通常最後に外輪11を弾性変形させた状態で玉13を組み込むため」とあり、玉軸受である転がり軸受において、軌道輪の一方である外輪を弾性変形させて玉を組み込むことが記載されているところ、かかる記載からは、当業者は、内輪及び外輪の径方向に対向する肩部の間の径方向寸法を玉の直径よりも僅かに大きくなるまで弾性変形させることによって、外輪と内輪との間に玉を入れることを可能としていることが示されていると、容易に理解しうる。
そして、内輪及び外輪の径方向に対向する肩部の間の径方向寸法は、内輪と外輪の径方向に対向する肩部の相対的な位置関係から決定されることからすれば、内輪及び外輪の径方向に対向する肩部の間の径方向寸法を玉の直径よりも僅かに大きくするには、外輪のみならず、内輪も弾性域で変形可能であるように構成すればよいことも、当業者であれば容易に想到しうる。
したがって、本件発明4は、甲1発明、甲第5号証に記載の事項及び周知の技術的事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものである。

オ 本件発明5について
本件発明5は、本件発明2の発明特定事項を全て含み、さらに、「前記内輪の前記肩部は、当該内輪を径方向内側に弾性変形させるための治具が当接可能となる第1治具当接面を有し、前記外輪の前記肩部は、当該外輪を径方向外側に弾性変形させるための治具が当接可能となる第2治具当接面を有している」という発明特定事項を付加したものである。
甲第5号証の段落【0016】には、内輪及び外輪の径方向に対向する肩部の間の径方向寸法を玉の直径よりも僅かに大きくなるまで弾性変形させ玉を入れるために、外輪を弾性変形させること、すなわち、外輪を径方向外側に、玉を入れることが可能な量だけ弾性変形させることが記載されていると理解することができるところ、前説示のとおり、内輪と外輪の径方向に対向する肩部の間の寸法は、内輪と外輪の径方向に対向する肩部間の相対的な位置関係で決定することからすれば、外輪を径方向外側に弾性変形させると共に、内輪を径方向内側に弾性変形させれば、玉を入れるための変形量は、外輪のみを変形させる場合の半分程度となり、弾性変形させるための荷重が少なくてすむということは、当業者であれば容易に想到しうる。
してみれば、治具によって、内輪を径方向内側に弾性変形させると共に、内輪及び外輪の径方向に対向する肩部の間の径方向寸法を玉の直径よりも僅かに大きくなるまで弾性変形させるために、内輪の肩部を、当該内輪を径方向内側に弾性変形させるための治具が当接可能となる第1治具当接面を有する構成とし、また外輪の肩部を、当該外輪を径方向外側に弾性変形させるための治具が当接可能となる第2治具当接面を有する構成とすることは、当業者であれば容易に想到し得たことである。
したがって、本件発明5は、甲1発明、甲第5号証に記載の事項及び周知の技術的事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものである。

5 むすび
以上のとおり、本件発明1?3は、甲1発明及び周知の技術的事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであり、本件発明4及び5は、甲1発明、甲第5号証に記載の事項及び周知の技術的事項に基いて当業者が容易に発明することができたものである。
そうすると、本件発明1?5に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。
したがって、本件発明1?5に係る特許は、特許法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。
よって、結論のとおり決定する。



 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
内歯を有するサーキュラスプライン、当該サーキュラスプラインの内側に設けられ前記内歯と噛み合う外歯を有するフレクスプライン、及び、当該フレクスプラインの内側に設けられ当該フレクスプラインを非円形に撓ませて前記外歯を前記内歯に部分的に噛み合わせるための回転体を備え、
前記回転体は、非円形のカムと、当該カムと前記フレクスプラインとの間に介在している玉軸受と、を有し、
前記玉軸受は、全体として非円形に弾性変形可能である外輪及び内輪と、当該外輪と当該内輪との間に設けられている複数の玉と、を有し、
最大厚さが前記玉の直径の1/7以上、1/4以下であり全体として非円形に弾性変形可能である前記外輪及び前記内輪は、前記玉が転動する軌道溝の軸方向両側に、当該軌道溝に貫通する入れ溝が形成されておらず全周にわたって同じ高さに形成されている肩部を有し、
下記に定義する玉の充填率が26%未満である、波動減速機。
玉の充填率=周方向で隣り合う前記玉の間の隙間寸法/前記玉の直径×100
【請求項2】
自然状態では円形であるが非円形に弾性変形可能である外輪及び内輪と、当該外輪と当該内輪との間に設けられている複数の玉と、を有し、
最大厚さが前記玉の直径の1/7以上、1/4以下であり全体として非円形に弾性変形可能である前記内輪及び前記外輪は、前記玉が転動する軌道溝の軸方向両側に、当該軌道溝に貫通する入れ溝が形成されておらず全周にわたって同じ高さに形成されている肩部を有し、
下記に定義する玉の充填率が26%未満である、玉軸受。
玉の充填率=周方向で隣り合う前記玉の間の隙間寸法/前記玉の直径×100
【請求項3】
前記玉の充填率は15%未満である、請求項2に記載の玉軸受。
【請求項4】
前記内輪及び前記外輪は、当該内輪及び当該外輪の径方向に対向する前記肩部の間の径方向寸法が前記玉の直径よりも僅かに大きくなるまで、弾性域で変形可能である、請求項2又は3に記載の玉軸受。
【請求項5】
前記内輪の前記肩部は、当該内輪を径方向内側に弾性変形させるための治具が当接可能となる第1治具当接面を有し、
前記外輪の前記肩部は、当該外輪を径方向外側に弾性変形させるための治具が当接可能となる第2治具当接面を有している、請求項2?4のいずれか一項に記載の玉軸受。
【請求項6】
玉軸受の内輪及び外輪を弾性変形させることによって当該内輪と当該外輪との間に形成される環状空間の一部を径方向に拡大させ、当該一部に玉を入れるための治具であって、
前記外輪を弾性変形させるための外用部材と、前記内輪を弾性変形させるための内用部材と、前記外用部材と前記内用部材とを相対的に変位させることにより前記内輪及び前記外輪を弾性変形させる動力を生じさせる動作部と、を有し、
前記外用部材は、前記外輪の軸方向両側に位置する一対の外柱と、一対の当該外柱を連結している外梁と、一対の当該外柱それぞれから突出し前記外輪の内周面の軸方向両側部に当接可能な外側突出部と、を有し、
前記内用部材は、前記内輪の軸方向両側に位置する一対の内柱と、一対の当該内柱を連結している内梁と、一対の当該内柱それぞれから突出していると共に前記外側突出部の径方向内側に設けられ前記内輪の外周面の軸方向両側部に当接可能な内側突出部と、を有し、
前記動作部は、前記外側突出部と前記内側突出部とを玉軸受の径方向に離反させるように、前記外用部材と前記内用部材とを相対的に変位させる構成であり、
前記外用部材及び前記内用部材には、前記外側突出部と前記内側突出部との間を通過させて前記環状空間の一部へ前記玉を導くための通路が形成されている、治具。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2020-12-16 
出願番号 特願2015-156623(P2015-156623)
審決分類 P 1 652・ 121- ZAA (F16C)
最終処分 取消  
前審関与審査官 岡澤 洋  
特許庁審判長 田村 嘉章
特許庁審判官 尾崎 和寛
内田 博之
登録日 2019-06-14 
登録番号 特許第6536271号(P6536271)
権利者 株式会社ジェイテクト
発明の名称 波動減速機、玉軸受、及び治具  
代理人 特許業務法人サンクレスト国際特許事務所  
代理人 特許業務法人サンクレスト国際特許事務所  

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