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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  C01G
審判 全部申し立て ただし書き1号特許請求の範囲の減縮  C01G
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C01G
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  C01G
管理番号 1372694
異議申立番号 異議2019-700707  
総通号数 257 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2021-05-28 
種別 異議の決定 
異議申立日 2019-09-06 
確定日 2021-02-18 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第6479632号発明「ニッケルリチウム金属複合酸化物の製造方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6479632号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1?13〕について訂正することを認める。 特許第6479632号の請求項1?6に係る特許を維持する。 特許第6479632号の請求項7?13に係る特許についての特許異議の申立てを却下する。 
理由 第1 手続の経緯
本件特許第6479632号(以下、「本件」という。)の請求項1?13に係る特許についての出願は、平成27年11月30日になされ、平成31年 2月15日に特許権の設定登録がなされ、同年3月6日に特許掲載公報が発行された。

その後、本件の請求項1?13に係る特許に対し、特許異議申立人 金澤毅(以下「異議申立人」という。)より、令和 1年 9月 6日付けで特許異議の申立てがなされたが、その後の経緯は次のとおりである。

令和 1年11月 6日付け 取消理由通知書
令和 2年 2月 3日付け 意見書の提出及び訂正請求書の提出
(特許権者)
同年 2月25日付け 手続補正書(方式)の提出
(特許権者)(訂正請求書について)
同年 4月 2日付け 意見書の提出(異議申立人)
同年 5月26日付け 取消理由通知書(決定の予告)
同年 8月28日付け 意見書の提出及び訂正請求書の提出
(特許権者)
同年 9月29日付け 手続補正書(方式)の提出
(特許権者)(訂正請求書について)
同年 11月16日付け 意見書の提出(異議申立人)

なお、令和 2年 2月 3日付けの訂正請求については、同年 8月28日付けの訂正請求がなされたことにより、取り下げられたものとみなす。

第2 訂正の適否についての判断
令和 2年 8月28日付けの訂正請求書(以下、「本件訂正請求書」という。)で請求され、同年 9月29日付けの手続補正書(方式)で補正された、訂正請求(以下、「本件訂正請求」という。)の請求の趣旨、及び、訂正(以下、「本件訂正」という。)の内容は、それぞれ以下のとおりのものであって、本件訂正の適否につき、以下のとおり判断する。

1 請求の趣旨
本件の特許請求の範囲を、本件訂正請求書に添付した訂正特許請求の範囲のとおり訂正後の請求項1?13について訂正することを求める。

2 訂正の内容
(1)本件訂正請求は、請求項1?13の一群の請求項に係る以下のア?ウの訂正事項からなる。(当審注:下線を付した部分が訂正箇所である。)
ア 特許請求の範囲において請求項1の「リチウム源」を、「唯一のリチウム源」に訂正するとの事項(以下、単に、「訂正事項1」という。)。

イ 特許請求の範囲において請求項1の「(工程3)工程2を経た焼成物を炭酸リチウムの融点以上の温度で焼成することにより焼成物を得る、高温焼成工程」を、「(工程3)工程2を経た焼成物を引き続き炭酸リチウムの融点以上の温度で焼成することにより焼成物を得る、高温焼成工程」に訂正するとの事項(以下、単に、「訂正事項2」という。)。

ウ 請求項7?13を削除するとの事項(以下、単に、「訂正事項3」という)。

(2)一群の請求項について
本件訂正前の請求項2?6は、いずれも直接的又は間接的に請求項1を引用するものであり、本件訂正前の請求項8は請求項7を引用するものであり、本件訂正前の請求項9?13は、直接的又は間接的に請求項1、7を引用することから、本件訂正前の請求項1?13は一群の請求項である。
そして、訂正事項1?3の特許請求の範囲の訂正は、この一群の請求項1?13に対して請求されたものである。

3 訂正の適否についての判断
(1)訂正事項1について
訂正事項1は、訂正前の請求項1における「リチウム源」を、本件明細書の段落【0020】の記載に基づいて、「唯一のリチウム源」に特定するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであって、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。

(2)訂正事項2について
訂正事項2は、訂正前の請求項1おける「(工程3)工程2を経た焼成物を炭酸リチウムの融点以上の温度で焼成することにより焼成物を得る、高温焼成工程」を、本件明細書の段落【0069】及び【0072】の記載に基づいて、「(工程3)工程2を経た焼成物を引き続き炭酸リチウムの融点以上の温度で焼成することにより焼成物を得る、高温焼成工程」に訂正して工程2と工程3との関係を「引き続き」との用語によりさらに限定するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであって、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。

(3)訂正事項3について
訂正事項3は、訂正前の請求項7?13を削除するという訂正事項であるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであって、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。

4 小括
以上のとおりであるから、本件訂正請求書による訂正は特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合するので、訂正後の請求項〔1?13〕について訂正することを認める。

なお、本件においては、訂正前の全ての請求項1?13について特許異議申立てがなされているので、特許法第120条の5第9項で読み替えて準用する特許法第126条第7項の独立特許要件は課されない。

第3 本件発明
上記第2のとおり訂正することを認めるので、本件の特許請求の範囲の請求項1?13に係る発明(以下、それぞれ、「本件発明1」?「本件発明13」ということがあり、これらを、まとめて、「本件発明」ということがある。)は、令和 2年 8月28日付け訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲の請求項1?13に記載された事項により特定される、次のとおりのものである。
なお、本件発明7?本件発明13は存在しないものとなった。

「【請求項1】
唯一のリチウム源として炭酸リチウムを使用し、
以下の工程1及び/又は工程1’と、工程2と、工程3とを含む、
以下の式(1)で表されるニッケルリチウム金属複合酸化物の製造方法。
(工程1)ニッケル水酸化物及び/又はニッケル酸化物と、コバルト水酸化物及び/又はコバルト酸化物とを含む前駆体に、金属Mの水酸化物及び/又は金属Mの酸化物と、炭酸リチウムとを混合することにより混合物を得る、混合工程。
(工程1’)ニッケル水酸化物及び/又はニッケル酸化物と、コバルト水酸化物及び/又はコバルト酸化物と、金属Mの水酸化物及び/又は金属Mの酸化物とを含む前駆体に、炭酸リチウムを混合することにより混合物を得る、混合工程。
(工程2)工程1及び/又は工程1’で得られた混合物を炭酸リチウムの融点未満の温度で焼成することにより焼成物を得る、低温焼成工程。
(工程3)工程2を経た焼成物を引き続き炭酸リチウムの融点以上の温度で焼成することにより焼成物を得る、高温焼成工程。
【化1】

(式(1)中、0.90<a<1.10、1.7<b<2.2、0.01<x<0.15、かつ0.005<y<0.10であり、MはAlを必須元素として含み、Mn、W、Nb、Mg、Zr、及びZnから選ばれる元素を含んでもよい金属である。)
【請求項2】
工程2で400℃以上723℃未満の温度域で焼成し、工程3で723℃以上850℃以下の温度域で焼成する、請求項1に記載のニッケルリチウム金属複合酸化物の製造方法。
【請求項3】
工程2及び/又は工程3で連続式炉あるいはバッチ式炉を用いる、請求項1又は2に記載のニッケルリチウム金属複合酸化物の製造方法。
【請求項4】
工程2及び/又は工程3でロータリーキルン、ローラーハースキルン、マッフル炉から選ばれる焼成炉を用いる、請求項1?3のいずれか1項に記載のニッケルリチウム金属複合酸化物の製造方法。
【請求項5】
工程3を経てJIS Z 8801-1:2006に規定される公称目開き1.00mmの標準篩の非通過量が1重量%以下であるニッケルリチウム金属複合酸化物焼成物が得られる、請求項1?4のいずれか1項に記載のニッケルリチウム金属複合酸化物の製造方法。
【請求項6】
工程3の後に、工程3で得られた焼成物を解砕する工程及び/又は工程3を経た焼成物を篩う工程をさらに含む、請求項1?5のいずれか1項に記載のニッケルリチウム金属複合酸化物の製造方法。
【請求項7】(削除)
【請求項8】(削除)
【請求項9】(削除)
【請求項10】(削除)
【請求項11】(削除)
【請求項12】(削除)
【請求項13】(削除)」

第4 取消理由について
1 令和 2年 5月26日付けの取消理由通知書(決定の予告)に記載された取消理由について
(1)取消理由の概要
令和 2年 2月25日付けの手続補正書(方式)により補正された同年 2月 3日付けの訂正請求書による請求項1?13に係る特許(なお、この項では、当該各請求項に係る発明を、それぞれ、本件第一訂正発明1?13といい、これらを、まとめて「本件第一訂正発明」ということがある。)に対して令和 2年 5月26日付けで特許権者に通知した取消理由の要旨は、次のとおりである。

ア 取消理由1(特許法第36条第6項第2号について)
(ア)「0.1C放電容量」及び「初回の充放電効率」について
本件第一訂正発明7について、同一の「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体」を、本件第一訂正発明7において特定される2032型リチウムイオン電池とした場合、電解液の組成やセパレータの材質・構造等の違いにより0.1Cでの放電容量及び初回充放電効率に違いが生じうるから、当該電池の「0.1C放電容量が180mAh/g以上であり、かつ、初回の充放電効率が83%以上である」か否かを一義的に定めることはできない。
してみれば、本件第一訂正発明7において「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体」について一義的に特定したことにはならないので、本件第一訂正発明7は明確でない。
本件第一訂正発明7を直接的又は間接的に引用する本件第一訂正発明8?13に係る発明についても同様である。
したがって、本件第一訂正発明7?13は明確でないので、本件特許の特許請求の範囲の記載は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件に適合しない。

(イ)「引き続き」との点について
本件第一訂正発明1における「引き続き」との用語について、当該用語の本件第一訂正発明1における具体的な意義を確定できず、本件第一訂正発明1が、工程2の後、工程3の前にいかなる期間または操作を有することを許容し、許容していないのかが明確でない。
本件第一訂正発明1を直接的又は間接的に引用する本件第一訂正発明2?6、9?13に係る発明についても同様である。
したがって、本件第一訂正発明1?6、9?13は明確でないので、本件特許の特許請求の範囲の記載は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件に適合しない。

(2)取消理由についての判断
本件訂正により訂正された本件発明1?6について、上記取消理由1の当否を検討する。
ア 取消理由1(特許法第36条第6項第2号について)
(ア)「0.1C放電容量」及び「初回の充放電効率」について
本件訂正により、請求項7?13は存在しないものとなった。よって、本件第一訂正発明7?13に関するものである上記(1)ア(ア)に係る取消理由は、理由がない。

(イ)「引き続き」との点について
a 令和 2年 8月28日付け訂正請求書の訂正事項1及び2により訂正された本件発明1?7は、令和 2年 5月26日付けの取消理由通知書の判断対象となった上記本件第一訂正発明1?13のうち、本件第一訂正発明1?7とそれぞれ同じものである。

b 本件明細書には、下記の箇所にのみ「引き続き」という用語について記載(以下、「記載事項a」という。)がある(当審注:下線は当審による。以下同様。)。

「【0069】
(実施例1)
以下の工程1、工程2、工程3を経て本発明のニッケルリチウム金属複合酸化物を製造した。
(工程1)硫酸ニッケルと硫酸コバルトの水溶液から調製した水酸化ニッケルおよび水酸化コバルトで構成される平均粒径13.6μmの前駆体に水酸化アルミニウムと炭酸リチウムをミキサーでせん断をかけて混合した。なお、水酸化アルミニウムは前駆体量に対してアルミニウムが2モル%となるように、炭酸リチウムはニッケル-コバルト-アルミニウムの合計に対するモル比が1.025となるように各々調製した。
(工程2)工程1で得られた混合物を乾燥酸素中690℃で35時間焼成した。
(工程3)工程2を経た焼成物を引き続き乾燥酸素中810℃で5時間焼成した。
こうして本発明のニッケルリチウム金属複合酸化物が得られた。」

「【0072】
(実施例4)
以下の工程1、工程2、工程3を経て本発明のニッケルリチウム金属複合酸化物を製造した。
(工程1)実施例1と同じに行った。
(工程2)工程1で得られた混合物を乾燥酸素中690℃で10時間焼成した。
(工程3)工程2を経た焼成物を引き続き乾燥酸素中780℃で10時間焼成した。」

c 特許権者が令和2年2月3日付け意見書と共に提出した参考資料7(学研 国語大辞典 第二版)には、「引き続き」の項目に、「一つの事がすんだあと間をおかずに。つづいて。」と記載(以下、「記載事項b」という。)されている。

d さらに、本件明細書には、本件発明の課題及びその解決手段に関連して、下記の記載(以下、「記載事項c」という。)がある(当審注:「…」は当審による省略を表す。以下同様。)。

「【0015】
しかしながら、特許文献6に開示した製造方法では、焼成工程で炭酸リチウムが溶融することによって反応効率の低下を引き起こしていた。また、焼成物を冷却して得られたニッケルリチウム金属複合酸化物粒子は未反応の炭酸リチウムを介して強く結着しているため、正極合剤に利用するためには強力な力で解砕し細粒化する必要があり、このことが製造工程の煩雑化を引き起こしていた。さらに、二次粒子の過解砕による微粉の発生や、電池特性の低下も問題となっていた。」

「【発明が解決しようとする課題】
【0018】
このように、炭酸リチウムを唯一のリチウム源とするリチウムイオン電池用ニッケル系正極活物質の製造方法は十分な検討がなされておらず、多くの改良の余地がある。そこで、本発明者は引き続き、リチウムイオン電池正極活物質の高性能化と低コスト化を目指して炭酸リチウムを原料とするニッケル系正極材活物質とその製造方法の一層の改良を行った。
【0019】
すなわち、リチウム源として炭酸リチウムを使用した場合でも、正極活物質の性能が維持でき、且つ強固な凝集体を形成することの無いハンドリングの容易なニッケルリチウム金属複合酸化物の製造方法を求めて鋭意検討した。」

「【課題を解決するための手段】
【0020】
その結果、特殊な条件下で焼成することにより、唯一のリチウム源として炭酸リチウムを用いた場合でも、焼成、冷却を経たニッケルリチウム金属複合酸化物粉体の炭酸リチウムによる結着を抑制し、微粉を発生し易い過解砕の必要の無いニッケルリチウム金属複合酸化物粉体を製造することに成功した。」

「【0059】
…過解砕が発生すると、正常な粒子が壊れ本来の正極活物質としての性能が発揮できない上、過解砕により発生した微粉が電池性能に悪影響を及ぼす恐れがある。」

e 記載事項bを、技術常識を考慮して記載事項aにおける工程2及び工程3の関係に当てはめると、以下のことがいえる。
すなわち、記載事項bから、「引き続き」という用語の一般的な意味は「一つの事がすんだあと間をおかずに。つづいて。」というものであり、材料を焼成する際の技術常識を考慮すれば、記載事項aにおける工程2及び工程3は、所定の温度で工程2を行った後、間を置かずに、焼成炉等の焼成装置の温度を所定の温度に引き上げて工程3を行うものであると解される。そして、本件明細書には、記載事項a以外の箇所には「引き続き」という用語が記載されていないこと、及び、記載事項aは実施例としてひとまとまりの技術内容を構成するものであることを参酌すると、本件発明における「引き続き」という用語の意義は記載事項aにおけるものと同じものであり、本件発明において、所定の温度で工程2を行った後、間を置かずに焼成炉等の焼成装置の温度を所定の温度に引き上げて工程3を行うことを意味していると解すことが妥当である。当該解釈によれば、工程2の後、工程3の前にいかなる期間または操作を有することを許容し、許容していないのかは明確であり、例えば粉砕を行ったり、冷却を行ったり、焼成設備を変える操作は、操作のために間を置くことになるから、許容されない。

f さらに、記載事項cから、本件発明の課題とその解決手段を考慮すると、下記のことがいえる。
すなわち、本件特許明細書の【0018】?【0019】によれば、本件発明は、炭酸リチウムを唯一のリチウム源とした場合に、正極活物質の性能が維持でき、且つ強固な凝集体を形成することの無いハンドリングの容易なニッケルリチウム金属複合酸化物を製造することを発明が解決しようとする課題とするものである。一方、本件特許明細書の【0015】、【0020】及び【0059】から、ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体を製造するに際して過解砕が発生すると、本来の正極活物質としての性能が発揮できず、発生した微粉が電池性能に悪影響を及ぼす恐れがあることから、正極活物質の性能を維持することが困難になり、上記課題を解決することができなくなる懸念があるといえる。
そうすると、本件発明における「引き続き」との用語は、工程2を行った後、工程3を行うまでの間に、過解砕を発生させる工程を行わないことも意味していると解される。

g 以上のとおり、用語の一般的な意味、及び、本件明細書に記載された本件発明の課題とその解決手段に基づいて、本件発明における「引き続き」との用語の意義が明確に把握できる以上、当業者であれば、本件発明と直接的に関係しない「理科的操作」における「引き続き」の意義その他の要素を追加的に検討して、上記のとおり明確に把握した意義を変更して解釈するとはいえない。

h なお、「工程2と工程3とで焼成設備を変えても構わない。」との本件明細書段落【0061】の記載は、実施例としてひとまとまりの技術内容を構成する上記記載事項aとは別の箇所に記載されていることから、上記記載事項aとは異なる技術的事項を記載したものであって、本件発明が焼成設備を変えることを許容しないと解されることと矛盾するものではない。

i してみれば、本件発明における「引き続き」との用語の意義は明確であり、当該用語が用いられていることに起因して本件発明が不明確になるとはいえない。
よって、上記(1)ア(イ)に係る取消理由には、理由がない。

2 令和 2年 8月28日付けの意見書(特許権者)による、取消理由についての特許権者の主張について
(1) 令和 2年 8月28日付け意見書(特許権者)において、特許権者は上記1(1)ア(イ)の取消理由について、下記のとおり主張する。

ア 「(5.3)
請求項1の記載:『引き続き』の意味は、まず、日本語の範疇で解釈すべきです。『引き続き』は『一つの事がすんだあと間を置かずに。つづいて。つづけざまに。』の意味であることを、特許権者は合和2年2月3日に提出した意見書で参考資料を参照しつつ説明しました。この意味を持つ請求項1の『引き続き』が、本願発明の『ニッケルリチウム金属複合酸化物の製造方法』において具体的にどのような手法を指すかについては、理科の基本と当業者の知識に基づいて、さらに特許法第36条各項の趣旨い本明細書に記載された発明の課題とその解決手段に反しない意味で、解釈されるべきです。
」(第3頁下から第1行?第4頁第8行)

イ 「(5.4)
理科的操作において、『物質Aに、工程Bで操作bを行い、引き続き工程Cで操作cを行う』は『工程Bと工程Cとを時間的あるいは技術的に一連の流れで実行して、結果的に、工程Bと工程Cとの間で、物質Aに、操作bと操作cの効果に影響を与えるような操作や変化を与えない』を意味します。」(第4頁第9?13行)

ウ 「(5.6)
請求項1の「引き続き」は、日本語として文字通りには、工程2がすんだあと間を置かずに(つづいて、つづけざまに)工程3を行うことを意味します。
ただし、上記(5.4),(5.5)で述べた理科の基本知識に基づいて、上記『間を置かずに(つづいて、つづけざまに)』は、具体的には、工程2から工程3に瞬時に切り替えるのではなく、『技術的な作用効果を基準とした変化を対象物(工程2で得られた焼成物)に与えないように、余計な操作や動作をせずに、そのまま』と解釈すべきです。すなわち、請求項1の『引き続き』は、『工程2と工程3との間で、工程2で得られた焼成物に、工程3に求められる機能・作用(高温焼成)から見て有意な変化が生じないように、工程2と工程3とを一つながりで行う』と解釈すべきです。従って、当然に、工程2と工程3との間には、工程3の開始に不可欠な操作(例えば、炉の設定温度を変えて炉内温度を上昇させる、作業者が炉の温度の上昇を確認する、場合によっては工程2で取り出した焼成物を、工程3を行うための別の炉に移す、などの操作や動作)が存在し得ます。」

(2)上記主張について検討するに、上記(1)イにおいて示された、理科的操作において「物質Aに、工程Bで操作bを行い、引き続き工程Cで操作cを行う」ということは、「工程Bと工程Cとを時間的あるいは技術的に一連の流れで実行して、結果的に、工程Bと工程Cとの間で、物質Aに、操作bと操作cの効果に影響を与えるような操作や変化を与えない」ことを意味するとの事項については、根拠となる文献等の証拠が提示されていないし、そのような技術常識が存在するとも認められない。また、仮に「引き続き」との語について、理科的操作について「技術的な作用効果を基準とした変化を対象物(工程2で得られた焼成物)に与えないように、余計な操作や動作をせずに、そのまま」という解釈をした文献が存在したとしても、本件明細書の上記【0069】、【0072】の「引き続き」との語について直ちにそのように解釈すべきということにはならない。よって、当該事項を前提として上記(1)ウに示された特許権者による本件発明の解釈は採用できない。

3 令和 2年11月16日付けの意見書による、取消理由についての異議申立人の主張について
(1)令和 2年11月16日付け意見書(異議申立人)において、異議申立人は上記1(1)ア(イ)の取消理由について、下記のとおり主張する(当審注:異議申立人は令和 2年 8月28日付け意見書(特許権者)を「第2意見書」と称している。)。

「(第2の理由)
第2の理由として、上記第2意見書と、令和2年2月3日付の意見書(以下、第1意見書』と記載します)とで『引き続き』についての本件特許権者の主張が変化しており、整合しないため、本件特許権者の主張が認められない点、および上記異なる主張の結果、『引き続き』が何を意味しているのかがさらに不明確となっている点が挙げられます。

以上のように、第1意見書と、第2意見書とで、本件特許権者は、『引き続き』の解釈を変化させており、係る主張は認められません。そして、上記のように『引き続き』の解釈が変化した結果、いずれかが本件特許発明1における『引き続き』についての解釈であるかが明らかではありません。その結果、『引き続き』との規定がどのような工程を含むかがさらに不明確となっています。」(第3頁第21行?第5頁第3行)

(2)上記主張については、上記1(2)ア(イ)に示したとおり、本件発明における「引き続き」との用語の意義が明確である以上、採用できない。

4 令和 2年 4月 2日付けの意見書による異議申立人の主張について
(1)令和 2年 4月 2日付け意見書(異議申立人)において、異議申立人は、本件発明1と同じものである、令和 2年 2月 3日付け訂正請求書の訂正事項1及び2により訂正された本件発明1における「引き続き」との事項について、下記のとおり主張していた。

「上記意見書における本件特許権者の主張と合わせて検討すると、例えば上記実施例1において、(A)工程2において690℃で焼成した後、冷却することもなく、『引き続き』工程3を実施するため、690℃から810℃まで昇温して、焼成しているのか、(B)工程2において690℃で焼成した後、一旦冷却した後、工程3を実施するため810℃まで昇温して焼成しているのか、いずれの形態であるのかが明らかではありません。
本件特許明細書[0061]において『工程2と工程3とで焼成設備を変えても構わない。』と記載されている点からは、上記(B)の形態であるとも考えられます。しかしながら、(B)の形態の場合、工程2と工程3との間に冷却工程を含むことになりますので、『引き続き』がいかなる操作を行うことを許容し、いかなる操作を行うことを許容しないのかが明らかではありません。
さらに、本件特許権者は上記意見書の第25頁7行目?第26頁10行目の『(8.1.2.3)』において、甲第2号証(取消理由通知書の引用文献2)の実施例1における『得られた混合物を、電気炉を用いて酸素濃度30%以上の雰囲気中で500℃で3時間仮焼した後、750℃で20時間、本焼成した。』との記載に関して、『500℃での仮焼に引き続き750℃で本焼成した』と同一視できない旨主張しています。
上記主張によれば、500℃で焼成した後、さらに750℃で焼成した場合は、本件特許発明1でいうところの『引き続き』に当たらないことになりますので、どのような場合に『引き続き』焼成したといえるのかがさらに不明確になります。」(第7頁下から第3行?第8頁第18行)

上記主張について検討するに、上記1(2)ア(イ)のとおり、本件発明における「引き続き」との用語の意義は、用語の一般的な意味、及び、本件発明の課題とその解決手段に基づいて、「所定の温度で工程2を行った後、間を置かずに焼成炉等の焼成装置の温度を所定の温度に引き上げて工程3を行うとともに、工程2を行った後、工程3を行うまでの間に、過解砕を発生させる工程を行わない」と解釈される点で明確であり、工程2と工程3との間に冷却工程を含むことは許容されない。また、甲第2号証は本件とは無関係の文献である以上、甲第2号証の記載は本件発明における「引き続き」との用語の意義の解釈とは無関係であり、甲第2号証の記載に起因して本件発明における「引き続き」との用語の意義が不明確になるとはいえない。
よって、上記主張は採用できない。

5 令和 1年11月 6日付けの取消理由通知書に記載された取消理由について
(1)取消理由の概要
本件訂正前の請求項1?13(なお、この項では、当該各請求項に係る発明を、それぞれ、本件特許発明1?13という。)に係る特許に対して令和 1年11月 6日付けで特許権者に通知した取消理由の要旨は、次のとおりである。

ア 取消理由1)(特許法第36条第6項第1号、第2号について)

ここで、本件特許発明1、本件特許発明7における、「以下の一般式(1)で表されるニッケルリチウム金属複合酸化物…

(式(1)中、0.90<a<1.10、1.7<b<2.2、0.01<x<0.15、かつ0.005<y<0.10であり、MはAlを必須元素として含み、Mn、W、Nb、Mg、Zr、及びZnから選ばれる元素を含んでもよい金属である。)」との発明特定事項を「発明特定事項a」といい、本件特許発明7における、「その2gを100gの水に分散させた際の上澄の水素イオン濃度がpHで11.7以下であり、」との発明特定事項を「発明特定事項b」といい、本件特許発明7における、「ニッケルリチウム金属複合酸化物の粉体とカーボンブラックとバインダーとを含む正極活物質合剤の塗膜乾燥物を備える正極と、リチウム金属からなる負極とを備えるリチウムイオン電池の0.1C放電容量が180mAh/g以上であり、かつ、該ニッケルリチウム金属複合酸化物の粉体とカーボンブラックとバインダーとを含む正極活物質合剤の塗膜乾燥物を備える正極と、リチウム金属からなる負極とを備えるリチウムイオン電池の初回の充放電効率が83%以上である」との発明特定事項を「発明特定事項c」という。

(ア)特許法第36条第6項第2号について
本件特許発明7?13に係る特許は、下記a?cのとおりであるから、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。

a 「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体」を2gだけ100gの水に分散させることのみが特定され、水温や撹拌状態等の分散条件が特定されない発明特定事項bにより、「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体」を一義的に特定したことにはならないので、本件特許発明7は明確でない。

b 「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体」について、前記のリチウムイオン電池とすることのみが特定され、電解液の組成やセパレータの材質・構造が特定されない発明特定事項cにより、「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体」を一義的に特定したことにはならないので、本件特許発明7は明確でない。

c 上記a?bの事項は、本件特許発明7を直接的又は間接的に引用する本件特許発明8?13についても同様である。

(イ)特許法第36条第6項第1号について
本件特許発明1?13は、下記a?bのとおりであるから、本件特許明細書の発明の詳細な説明に記載された発明とはいえない。

a リチウム源及び用途について
本件特許明細書の【0018】?【0019】によれば、本件特許発明は、炭酸リチウムを唯一のリチウム源とした場合に、正極活物質の性能が維持でき、且つ強固な凝集体を形成することの無いハンドリングの容易なニッケルリチウム金属複合酸化物を製造することを発明が解決しようとする課題とするものである。
本件特許発明1においては、「炭酸リチウムを唯一のリチウム源とすること」が特定されていないし、「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体」がリチウムイオン二次電池の正極活物質用であることも特定されていないから、本件特許発明1は、「炭酸リチウムを唯一のリチウム源」とはしていない場合も包含するし、上記課題とは無関係の「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体」も包含するので、本件特許明細書の発明の詳細な説明に記載された発明とはいえない。
そして、このことは、本件特許発明1と同様に、「炭酸リチウムを唯一のリチウム源とすること」が特定されていないし、「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体」がリチウムイオン二次電池の正極活物質用であることも特定されていない本件特許発明2?6についても同様である。
また、上記課題は、製造方法の発明でなければ解決できないから、本件特許発明7?13は、本件特許明細書の発明の詳細な説明に記載された発明とはいえない。

b 「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体」の組成について
本件実施例の工程からみれば、実施例1?4により製造された「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体」の組成は一種類のみであって、かつ、本件特許明細書には、「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体」が発明特定事項aを満たすことにより上記aの課題を解決する際の機序が記載されるものでもない。
してみれば、仮に、実施例1?4において、発明特定事項aで特定される組成の「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体」が製造されているとしても、本件特許明細書の記載に接した当業者は、実施例1?4により製造された一種類の組成の「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体」から、発明特定事項aで特定される全ての組成範囲の「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体」に拡張ないし一般化して、上記aの課題を解決できることを認識できない。

イ 取消理由2)(特許法第29条第1項第3号について)
本件特許発明1?2、5?6は、本件特許の出願前に日本国内又は外国において、頒布された下記引用文献1に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明であって、特許法第29条第1項第3号に該当するから、本件特許発明1?2、5?6に係る特許は、特許法第29条第1項の規定に違反してされたものである。

ウ 取消理由3)(特許法第29条第2項について)
本件特許発明3?6は、本件特許の出願前に日本国内又は外国において、頒布された下記引用文献1に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基いて、本件特許の出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであるをすることができたものであるから、本件特許発明3?6に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。

エ 取消理由4)(特許法第29条第1項第3号について)
本件特許発明1?6は、本件特許の出願前に日本国内又は外国において、頒布された下記引用文献2に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明であって、特許法第29条第1項第3号に該当するから、本件特許発明1?6に係る特許は、特許法第29条第1項の規定に違反してされたものである。

オ 取消理由5)(特許法第29条第2項について)
本件特許発明4?6は、本件特許の出願前に日本国内又は外国において、頒布された下記引用文献2に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基いて、本件特許の出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであるから、本件特許発明4?6に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。

引用文献等一覧
引用文献1:特開2007-48744号公報(甲第1号証)
引用文献2:特開2015-128004号公報(甲第2号証)

(2)取消理由についての判断

本件訂正により訂正された本件発明1?6について、上記取消理由1)?5)の当否を検討する。

ア 取消理由1)(特許法第36条第6項第1号、第2号について)
(ア)特許法第36条第6項第2号について
本件訂正により、請求項7?13は存在しないものとなった。よって、本件特許発明7?13に関するものである上記(1)ア(ア)に係る取消理由は、理由がない。

(イ)特許法第36条第6項第1号について
a リチウム源及び用途について
(a)本件特許明細書の【0018】?【0019】によれば、本件発明は、炭酸リチウムを唯一のリチウム源とした場合に、正極活物質の性能が維持でき、且つ強固な凝集体を形成することの無いハンドリングの容易なニッケルリチウム金属複合酸化物を製造することを発明が解決しようとする課題とするものである。

(b)リチウム源については、本件訂正のうち訂正事項1は、特許請求の範囲の請求項1の「リチウム源」を「唯一のリチウム源」に訂正するものであって、前記訂正事項1により、本件発明1?6は炭酸リチウムを唯一のリチウム源とすることが特定されるものとなったから、「炭酸リチウムを唯一のリチウム源」とはしていない場合も包含することを根拠として、本件発明が本件特許明細書の発明の詳細な説明に記載された発明でないということはできない。

(c)用途については、後記bに示すとおり、本件発明1?6に係る製造方法により「正極活物質の性能が維持でき、且つ強固な凝集体を形成することの無いハンドリングの容易な」ものである、新たなニッケルリチウム金属複合酸化物を製造することができ、それにより上記課題を解決することができるのであるから、本件発明1?6において、製造されるニッケルリチウム金属複合酸化物の用途が「リチウムイオン二次電池の正極活物質用」であることが特定されなければ上記課題が解決できないとまではいえない。

(d)また、本件訂正により、請求項7?13は存在しないものとなったから、製造方法の発明でなければ解決できないことを根拠に本件発明7?13の発明は本件特許明細書の発明の詳細な説明に記載された発明とはいえないとする取消理由は、理由がない。

(e)してみれば、リチウム源及び用途についての上記(1)ア(イ)aに係る取消理由は、理由がない。

b 「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体」の組成について
(a)本件明細書には、本件発明により課題が解決する作用機序について、下記の記載がある。

「【0058】
400℃以上723℃未満の温度域では炭酸リチウムは溶融しない。しかし、炭酸リチウムの熱分解は開始し、熱分解生成物はニッケル化合物及びコバルト化合物、金属Mの化合物と反応してニッケルリチウム金属複合酸化物を形成する。このように工程2で炭酸リチウムが固体状態のまま消費される。驚くべきことに、工程1及び/又は工程1’で得られた混合物に含まれる炭酸リチウムのほぼ全量が工程2で熱分解すると考えられる。こうして唯一のリチウム源である炭酸リチウムが他の原料と反応して式(1)で表される複合酸化物が合成される。
【0059】
上記工程2の焼成温度範囲は得られるニッケルリチウム金属複合酸化物の細粒度を確保するために必要な条件である。本発明の工程2で所定の焼成温度域を外れる高い温度、すなわち炭酸リチウムの融点以上の温度域で焼成すると、炭酸リチウムが溶融する。焼成後も残存する炭酸リチウムは、冷却過程でニッケルリチウム金属複合酸化物粒子間を結着させる接着剤となって強固な凝集体を形成する。この強固な凝集体を解砕する場合、解砕には非常に大きな解砕力が必要である上、その強力な解砕力のため、一部凝集していない正常なニッケルリチウム複合酸化物粒子まで破壊される過解砕が発生してしまう。過解砕が発生すると、正常な粒子が壊れ本来の正極活物質としての性能が発揮できない上、過解砕により発生した微粉が電池性能に悪影響を及ぼす恐れがある。
【0060】
(工程3)工程2で得られた焼成物を炭酸リチウムの融点である723℃より高い温度域、好ましくは723℃以上850℃以下、より好ましくは730℃以上810℃以下の温度域で焼成する高温焼成工程である。工程3の焼成は酸素存在下で行う事が好ましい。焼成雰囲気ガスとして、純酸素、空気、空気に酸素を加えた混合気体、もしくは窒素、アルゴン、ヘリウム等の不活性ガスに酸素を加えたガスを用いることができる。工程3の焼成時間は通常は1?15時間、好ましくは3?10時間である。
【0061】
工程2と工程3で用いる焼成炉は焼成温度を工程2、工程3のそれぞれに適した範囲に調節できるものであれば制限されない。工程2と工程3とで焼成設備を変えても構わない。このような焼成炉として連続式あるいはバッチ式炉のいずれもが用いられる。例えば、ロータリーキルン、ローラーハースキルン、マッフル炉などを使用することができる。
【0062】
工程3の開始時に炭酸リチウムはほとんど残存していない。このため工程3では溶融炭酸リチウムはほとんど生成しない。工程3では、工程2で形成されたニッケルリチウム金属複合酸化物の結晶成長が温度上昇により促進される。工程3で十分な時間をかけて高温焼成を行うことによって正極活物質として有用なニッケルリチウム金属複合酸化物が得られる。工程3を経て得られたニッケルリチウム金属複合酸化物は凝固しておらず取扱性に優れると共に、正極活物質としての性能にも優れる。このような本発明のニッケルリチウム金属複合酸化物の性能は、以下の評価によって確認することができる。
【0063】
(粒子の非密着性)
本発明のニッケルリチウム金属複合酸化物の製造方法では粉体状のニッケルリチウム金属複合酸化物が得られる。本発明のニッケルリチウム金属複合酸化物の製造方法では、早くも工程3の直後で取扱性に優れた細粒状のニッケルリチウム金属複合酸化物が得られている。」

(b)上記(a)の記載から、本件発明は、工程2において原料の炭酸リチウムが溶融せずにニッケルリチウム金属複合酸化物が形成し、その後、工程3の開始時に炭酸リチウムはほとんど残存しておらず、工程3では溶融炭酸リチウムはほとんど生成することなく当該ニッケルリチウム金属複合酸化物が結晶成長し、工程3の直後で取扱性に優れた細粒状のニッケルリチウム金属複合酸化物が得られることにより、上記a(a)で認定した課題を解決するものである、という、課題解決の作用機構が示されているといえる。

(c)そして、上記作用機構を確認するための試験結果として、発明の詳細な説明には、下記の記載がある。

「【0069】
(実施例1)
以下の工程1、工程2、工程3を経て本発明のニッケルリチウム金属複合酸化物を製造した。
(工程1)硫酸ニッケルと硫酸コバルトの水溶液から調製した水酸化ニッケルおよび水酸化コバルトで構成される平均粒径13.6μmの前駆体に水酸化アルミニウムと炭酸リチウムをミキサーでせん断をかけて混合した。なお、水酸化アルミニウムは前駆体量に対してアルミニウムが2モル%となるように、炭酸リチウムはニッケル-コバルト-アルミニウムの合計に対するモル比が1.025となるように各々調製した。
(工程2)工程1で得られた混合物を乾燥酸素中690℃で35時間焼成した。
(工程3)工程2を経た焼成物を引き続き乾燥酸素中810℃で5時間焼成した。
こうして本発明のニッケルリチウム金属複合酸化物が得られた。
【0070】
(実施例2)
以下の工程1、工程2、工程3を経て本発明のニッケルリチウム金属複合酸化物を製造した。
(工程1)実施例1と同じに行った。
(工程2)工程1で得られた混合物を乾燥酸素中690℃で10時間焼成した。
(工程3)実施例1と同じに行った。
【0071】
(実施例3)
以下の工程1’、工程2、工程3を経て本発明のニッケルリチウム金属複合酸化物を製造した。
(工程1’) 硫酸ニッケル、硫酸コバルト及び硫酸アルミニウムの水溶液から調製した水酸化ニッケル、水酸化コバルト及び水酸化アルミニウムで構成される前駆体(平均粒径12.7μm)に炭酸リチウムをミキサーでせん断をかけて混合した。
(工程2)工程1で得られた混合物を乾燥酸素中690℃で10時間焼成した。
(工程3)実施例1と同じに行った。
【0072】
(実施例4)
以下の工程1、工程2、工程3を経て本発明のニッケルリチウム金属複合酸化物を製造した。
(工程1)実施例1と同じに行った。
(工程2)工程1で得られた混合物を乾燥酸素中690℃で10時間焼成した。
(工程3)工程2を経た焼成物を引き続き乾燥酸素中780℃で10時間焼成した。
【0073】
(比較例1)
本発明の工程2を行わなかった例である。以下の工程を経てニッケルリチウム金属複合酸化物を製造した。
(工程1)硫酸ニッケルと硫酸コバルトの水溶液から調製した水酸化ニッケルおよび水酸化コバルトで構成される平均粒径13.6μmの前駆体に水酸化アルミニウムと炭酸リチウムをミキサーでせん断をかけて混合した。なお、水酸化アルミニウムは前駆体量に対してアルミニウムが2モル%となるように、炭酸リチウムはニッケル-コバルト-アルミニウムの合計に対するモル比が1.025となるように各々調製した。
(焼成工程)工程1で得られた混合物を乾燥酸素中810℃で10時間焼成した。
【0074】
(比較例2)
本発明の工程3を行わなかった例である。以下の工程を経てニッケルリチウム金属複合酸化物を製造した。
(工程1)硫酸ニッケルと硫酸コバルトの水溶液から調製した水酸化ニッケルおよび水酸化コバルトで構成される平均粒径13.6μmの前駆体に水酸化アルミニウムと炭酸リチウムをミキサーでせん断をかけて混合した。なお、水酸化アルミニウムは前駆体量に対してアルミニウムが2モル%となるように、炭酸リチウムはニッケル-コバルト-アルミニウムの合計に対するモル比が1.025となるように各々調製した。
(焼成工程)工程1で得られた混合物を乾燥酸素中690℃で35時間焼成した。ここで焼成を完了した。
【0075】
実施例、比較例で得られたニッケルリチウム金属複合酸化物を以下の点で評価した。評価結果を表1に示す。…
【0076】

【0080】

【表1】

【0081】
実施例1?4のニッケルリチウム金属複合酸化物はその全量が公称目開き1.00mmの標準篩を通過し、細粒状である。これらは、さらに乳鉢で解砕しなくとも公称目開き53μmの標準篩を通過した。実施例1?4のニッケルリチウム金属複合酸化物の平均粒径は工程1又は工程1’で使用した前駆体の平均粒径(13.6μmまたは12.7μm)に近い。このように実施例1?4のニッケルリチウム金属複合酸化物では粒子が凝集しておらず、均一な分散スラリーのための強力な解砕を必要としない。
【0082】
これに対して比較例1のニッケルリチウム金属複合酸化物は塊状であるため、ほぼ全量が公称目開き1.00mmの標準篩を通過しなかった。これを乳鉢で解砕しても平均粒径(23.9μm)は工程1又で使用した前駆体の平均粒径(13.6μmまたは12.7μm)よりもかなり大きいことから、粒子が強固に密着していることがわかる。また比較例1のニッケルリチウム金属複合酸化物は低アルカリ性度、充放電特性でも実施例1のニッケルリチウム金属複合酸化物より劣る。
【0083】
比較例2のニッケルリチウム金属複合酸化物は細粒状であるが、充放電特性で実施例1のニッケルリチウム金属複合酸化物より劣る。
【0084】
このように本発明のニッケルリチウム金属複合酸化物は低凝集性、低アルカリ性、充放電特性をバランスよく備えている。このようなバランスのとれた性能は、本発明以外の製造方法、例えば焼成条件が異なる方法では達成できない。」

(d)上記(c)の記載から、実施例1?4は本件発明1に該当するものであると理解でき、当該実施例1?4により低凝集性で充放電特性に優れるニッケルリチウム金属複合酸化物が得られ、上記a(a)で認定した課題を解決できることが示されているといえる。また、実施例1?4と、工程2を行わなかった比較例1及び工程3を行わなかった比較例2との対比により、上記(b)に示した作用機構が試験結果により裏付けられているといえる。そして、当該作用機構は原料に炭酸リチウムを使用し、工程2の後に工程3を行うことにより奏されるものである以上、正極活物質に用いるニッケルリチウム金属複合酸化物に用いられる組成であれば、一般に奏されるものである蓋然性が極めて高いといえる。ここで、本件発明1において【化1】により特定される組成は、技術常識からみて正極活物質に用いられるものとして一般的なものである。そうすると、本件発明は、その組成全般に亘って上記作用機構が奏され、課題を解決できるものであることが、発明の詳細に裏付けとともに記載されているといえる。

(e)以上のとおりであるから、本件発明1及びこれを引用するものである本件発明2?6は、発明の詳細な説明において、当業者が本件発明の課題を解決しうると認識できるように記載された範囲内のものである。
してみれば、「ニッケルリチウム金属複合酸化物粉体」の組成についての上記(1)ア(イ)bに係る取消理由は、理由がない。

イ 取消理由2)(特許法第29条第1項第3号について)
(ア)引用文献1の記載事項、及び、引用文献1に記載の発明
a 引用文献1には、下記(a)?(c)の事項が記載されている。
(a)「【発明の名称】リチウム二次電池用正極およびそれを用いたリチウム二次電池」

(b)「【0045】
本発明において、…リチウムコバルト系酸化物およびリチウムニッケル系酸化物からなる群から選ばれる少なくとも1種を、好ましいリチウム含有化合物として挙げることができる。
【0046】

【0047】
リチウムニッケル系酸化物としては、Li_(a)Ni_(1-(b+c))Co_(b)M_(c)O_(2)(ただし、1≦a≦1.05で、0.1≦b≦0.35で、0.005≦c≦0.30であり、MはAl、Sr、及びCaから選ばれる少なくとも1種である)で表されるリチウムニッケル系酸化物を用いることが好ましい。…」

(c)「【実施例】
【0075】
(i)正極活物質の調製
a-1乃至a-6の正極活物質を、それぞれ以下の方法にて調製した。
【0076】

【0078】
(i-3)a-3
0.82mol/リットルの濃度で硫酸ニッケルを含み、0.15mol/リットルの濃度で硫酸コバルトを調整した水溶液さらに0.03mol/リットルの濃度で硫酸アルミニウムを調整した水溶液を、反応槽に連続供給し、液のpHが10?13になるように反応槽に水酸化ナトリウムを滴下しながら、活物質の前駆体を合成し十分に水洗し乾燥させた。その結果、Ni_(0.82)Co_(0.15)Al_(0.03)(OH)_(2)からなる水酸化物を得た。この前駆体と炭酸リチウムとを、リチウムとニッケルとコバルトとアルミニウムとのモル比が、1:0.82:0.15:0.03になるように混合し、混合物を酸素雰囲気下500℃で7時間仮焼成し、粉砕した。次いで、粉砕された焼成物を800℃で再度15時間焼成し、粉砕、分級し、化学式LiNi_(0.82)Co_(0.15)Al_(0.03)O_(2)で表される正極活物質a-3を得た。」

b そうすると、引用文献1には、実施例におけるa-3の正極活物質の製造方法に基づく発明として、次の発明(以下、「引用発明1」という。)が記載されていると認められる。

「Ni_(0.82)Co_(0.15)Al_(0.03)(OH)_(2)からなる前駆体と炭酸リチウムとを混合して混合物を得、その混合物を酸素雰囲気下500℃で7時間仮焼成し、粉砕し、次いで、粉砕された焼成物を800℃で再度15時間焼成するという、化学式LiNi_(0.82)Co_(0.15)Al_(0.03)O_(2)で表されるリチウム二次電池の正極活物質用のリチウムニッケル系酸化物の製造方法。」

(イ)本件発明と引用発明1との対比・判断
a 本件発明1と引用発明1との対比・判断
本件発明1と上記(ア)bに示される引用発明1とを対比すると、引用発明1における「Ni_(0.82)Co_(0.15)Al_(0.03)(OH)_(2)からなる前駆体」、「リチウムニッケル系酸化物」は、それぞれ、本件発明1における「ニッケル水酸化物及び/又はニッケル酸化物と、コバルト水酸化物及び/又はコバルト酸化物と、金属Mの水酸化物及び/又は金属Mの酸化物とを含む前駆体」、「ニッケルリチウム金属複合酸化物」に相当し、また、引用発明1における「LiNi_(0.82)Co_(0.15)Al_(0.03)O_(2)からなる前駆体と炭酸リチウムとを混合して混合物を得」ること、「その混合物を酸素雰囲気下500℃で7時間仮焼成」することは、それぞれ、本件発明1における「リチウム源として炭酸リチウムを使用」する「(工程1’)ニッケル水酸化物及び/又はニッケル酸化物と、コバルト水酸化物及び/又はコバルト酸化物と、金属Mの水酸化物及び/又は金属Mの酸化物とを含む前駆体に、炭酸リチウムを混合することにより混合物を得る、混合工程。」、「(工程2)工程1及び/又は工程1’で得られた混合物を炭酸リチウムの融点未満の温度で焼成することにより焼成物を得る、低温焼成工程。」に相当する。
してみると、両者は、以下の点で一致し、以下の点で一応相違していると認められる。

<一致点>
「リチウム源として炭酸リチウムを使用し、
以下の工程1及び/又は工程1’と、工程2とを含む、
ニッケルリチウム金属複合酸化物の製造方法。
(工程1)ニッケル水酸化物及び/又はニッケル酸化物と、コバルト水酸化物及び/又はコバルト酸化物とを含む前駆体に、金属Mの水酸化物及び/又は金属Mの酸化物と、炭酸リチウムとを混合することにより混合物を得る、混合工程。
(工程1’)ニッケル水酸化物及び/又はニッケル酸化物と、コバルト水酸化物及び/又はコバルト酸化物と、金属Mの水酸化物及び/又は金属Mの酸化物とを含む前駆体に、炭酸リチウムを混合することにより混合物を得る、混合工程。
(工程2)工程1及び/又は工程1’で得られた混合物を炭酸リチウムの融点未満の温度で焼成することにより焼成物を得る、低温焼成工程。」

<相違点>
相違点1:ニッケルリチウム金属複合酸化物について、本件発明1は「以下の式(1)で表される」「【化1】

(式(1)中、0.90<a<1.10、1.7<b<2.2、0.01<x<0.15、かつ0.005<y<0.10であり、MはAlを必須元素として含み、Mn、W、Nb、Mg、Zr、及びZnから選ばれる元素を含んでもよい金属である。)」との発明特定事項を備えているのに対し、引用発明1は、化学式LiNi_(0.82)Co_(0.15)Al_(0.03)O_(2)で表されるとの特定があるものの、前記の発明特定事項を備えているのか明らかではない点。

相違点2:本件発明1は、「(工程3)工程2を経た焼成物を引き続き炭酸リチウムの融点以上の温度で焼成することにより焼成物を得る、高温焼成工程」という「工程3」を含むものであるのに対して、引用発明1において「粉砕し、次いで、粉砕された焼成物を800℃で再度15時間焼成する」ことは、「焼成物」を「炭酸リチウムの融点以上の温度で焼成することにより焼成物を得る、高温焼成工程」ではあるものの、仮焼成して得られた焼成物を「引き続き」800℃で再度15時間焼成するものであるか不明であるため、前記「工程3」に該当するか否か不明である点。

事案に鑑み、相違点2から検討するに、上記第4 1(2)ア(イ)のとおり、本件発明における「引き続き」という用語の意義は、所定の温度で工程2を行った後、間を置かずに焼成炉等の焼成装置の温度を所定の温度に引き上げて工程3を行うとともに、工程2を行った後、工程3を行うまでの間に、過解砕を発生させる工程を行わない」というものであると解される。そして、引用発明1における「粉砕し、次いで、粉砕された焼成物を800℃で再度15時間焼成する」ことは、焼成物を800℃で再度15時間焼成する前に、「粉砕」を行うための間を置く必要がある以上、本件発明のように工程2を経た焼成物を「引き続き」炭酸リチウムの融点以上の温度で焼成することにより焼成物を得るというものではない。
そうすると、相違点2は実質的なものであり、相違点1について判断するまでもなく、本件発明1は引用発明1ではない。

b 本件発明2、5?6と引用発明1との対比・判断
本件発明2、5?6は、本件発明1を引用するものであり、本件発明1の発明特定事項をすべて備える、ニッケルリチウム金属複合酸化物の製造方法の発明である。
そうすると、本件発明2、5?6は引用発明1ではない。

(ウ) 以上のとおりであるから、本件発明1?2、5?6は、引用文献1に記載された発明ではなく、取消理由2)は、理由がない。

ウ 取消理由3)(特許法第29条第2項について)
(ア)本件発明と引用発明1についての判断
a 本件発明と引用発明1についての判断
上記イ(イ)に示した相違点2は本件訂正により生じたものであるので、本件訂正後のものである本件発明について、改めて取消理由3について検討するに、引用発明1は、引用文献1の実施例における「a-3」の正極活物質の製造方法に基づくものであり、具体例からなるひとまとまりの技術的事項として記載されたものである以上、その工程の一つである「粉砕」を行わないようにする変更を当業者が加えるためには、何らかの具体的な動機が必要であると解される。しかしながら、引用文献1、2及び技術常識を検討しても、引用発明1における「粉砕」を行わないようにする変更を加える具体的な動機は見当たらない。
そうすると、本件発明1は、引用発明1及び引用文献2から当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

b 本件発明2?6と引用発明1との対比・判断
本件発明2?6は、本件発明1を引用するものであり、本件発明1の発明特定事項をすべて備える、ニッケルリチウム金属複合酸化物の製造方法の発明である。
そうすると、本件発明2?6は、引用発明1及び引用文献2から当業者が容易に発明をすることができたものではない。

(イ) 以上のとおりであるから、本件発明1?6は、引用文献1に記載された発明から、当業者が容易に発明をすることができたものではなく、取消理由3)は、理由がない。

エ 取消理由4)(特許法第29条第1項第3号について)

(ア)引用文献2の記載事項、及び、引用文献2記載の発明
a 引用文献2には、下記(a)?(c)の事項が記載されている。
(a)「【発明の名称】…非水電解質二次電池用正極活物質とその製造方法」

(b)「【0044】
3.非水電解質二次電池用の正極活物質の製造方法
本発明の非水電解質二次電池用の正極活物質の製造方法は、1)上記前駆体用ニッケル複合水酸化物を酸化性雰囲気中400?800℃で酸化焙焼してニッケル複合酸化物を得る焙焼工程と、2)前記ニッケル複合酸化物とリチウム化合物を混合してリチウム混合物を得る混合工程と、3)前記リチウム混合物を、酸素雰囲気中650?850℃の範囲で焼成して、下記一般式(2)で表されるリチウムニッケル複合酸化物得る焼成工程とを含む。
一般式:Li_(a)Ni_(1-x’-y’)Co_(x’)M_(y’)O_(2)・・・(2)
(式中、Mは、Al、Ti、MnおよびWから選ばれる少なくとも1種の元素を示し、aは0.85≦a≦1.05であり、x’は0<x’≦0.20、y’は0<y’≦0.07である。)

【0045】

【0049】
…上記焼成には、酸素雰囲気、除湿及び除炭酸処理を施した乾燥空気雰囲気等の酸素濃度20質量%以上のガス雰囲気に調整した電気炉、キルン、管状炉、プッシャー炉等の焼成炉が用いられる。
【0050】
上記リチウム化合物としては、特に限定されるものではなく、リチウムの水酸化物、オキシ水酸化物、酸化物、炭酸塩、硝酸塩及びハロゲン化物からなる群から選ばれる少なくとも1種が用いられる。」

(c)「【0065】
2.実施例及び比較例
(実施例1)
[ニッケル複合水酸化物の製造]
ニッケルとコバルトとアルミニウムのモル比が82:15:3となるように、硫酸ニッケル、硫酸コバルト及びアルミン酸ソーダを含む水溶液と、25質量%水酸化ナトリウム溶液、25質量%アンモニア水を反応槽に同時に添加し、pHを25℃基準で12.8に、アンモニア濃度を10g/Lに保ち、共沈法によって、ニッケル複合水酸化物を製造した。
得られたニッケル複合水酸化物は、1μm以下の一次粒子が複数集合して球状の二次粒子から成り、ニッケルとコバルトとアルミニウムとが固溶してなる。得られたニッケル複合水酸化物を、フィルタープレスろ過機により固液分離した。その後、20℃、pH11.5(25℃基準)の0.28mol/Lの炭酸ナトリウム水溶液を、ニッケル複合酸化物1000gに対して3000mLの割合で該フィルタープレスろ過機に通液することにより洗浄し、さらに、純水を通液して洗浄した。洗浄後のニッケル複合水酸化物(前駆体)の組成、不純物量等の結果を表1に示す。
【0066】
[リチウムニッケル複合酸化物の製造]
得られたニッケル複合水酸化物を電気炉を用いて大気雰囲気で700℃で焙焼してニッケル複合酸化物を得た。リチウムニッケル複合酸化物の各金属成分のモル比が、Ni:Co:Al:Li=0.85:0.12:0.03:1.03となるように、リチウムニッケル複合水酸化物と水酸化リチウム一水和物(和光純薬製)を秤量し、混合した。得られた混合物を、電気炉を用いて酸素濃度30%以上の雰囲気中で500℃で3時間仮焼した後、750℃で20時間、本焼成した。その後、室温まで炉内で冷却した後、解砕処理を行い一次粒子が凝集した球状焼成粉末を得た。
得られた球状焼成粉末をスラリー濃度が1500g/Lとなるように純水と混合したスラリーを製作し、スターラーを用いて、室温で30分水洗した後に濾過した。濾過後、真空乾燥機を用いて190℃、14時間保持して室温まで冷却して、レーザー回折散乱法による体積基準の平均粒径が10.8μmの正極活物質を得た。得られた正極活物質の組成、不純物量を表2に示す。
【0067】

【0073】
【表1】

【0074】
【表2】



b 上記a(a)によれば、引用文献2には、非水電解質二次電池用正極活物質とその製造方法に関するものが記載されていると認められる。

c 上記a(b)?(c)によれば、上記bに示したものは、具体的には、実施例1について、Ni_(0.82)Co_(0.15)Al_(0.03)(OH)_(2)からなるニッケル複合水酸化物と、リチウム化合物としての水酸化リチウム一水和物とを混合して得た混合物を、電気炉を用いて酸素濃度30%以上の雰囲気中で500℃で3時間仮焼した後、750℃で20時間、本焼成して得た、組成がLi_(0.99)(Ni_(0.85)Co_(0.12)Al_(0.03))O_(2)である非水電解質二次電池の正極活物質用のリチウムニッケル複合酸化物を製造するものであると認められる。

d 上記b?cの検討によれば、引用文献2には、本焼成直後の非水電解質二次電池の正極活物質用のリチウムニッケル複合酸化物の製造方法に注目すると、実施例1に基づく発明として、次の発明(以下、「引用発明2」という。)が記載されていると認められる。

「Ni_(0.82)Co_(0.15)Al_(0.03)(OH)_(2)からなるニッケル複合水酸化物とリチウム化合物としての水酸化リチウム一水和物とを混合して混合物を得、その混合物を電気炉を用いて酸素濃度30%以上の雰囲気中で500℃で3時間仮焼した後、750℃で20時間本焼成するという、組成がLi_(0.99)(Ni_(0.85)Co_(0.12)Al_(0.03))O_(2)である非水電解質二次電池の正極活物質用のリチウムニッケル複合酸化物の製造方法。」

(イ)本件発明と引用発明2との対比・判断
a 本件発明1と引用発明2との対比・判断
(a)本件発明1と、上記(ア)dに示される引用発明2とを対比すると、引用発明2における「リチウム化合物としての水酸化リチウム一水和物」、「Ni_(0.82)Co_(0.15)Al_(0.03)(OH)_(2)からなるニッケル複合水酸化物」、「組成がLi_(0.99)(Ni_(0.85)Co_(0.12)Al_(0.03))O_(2)である非水電解質二次電池の正極活物質用のリチウムニッケル複合酸化物」は、それぞれ、本件発明1における「リチウム源」、「ニッケル水酸化物及び/又はニッケル酸化物と、コバルト水酸化物及び/又はコバルト酸化物と、金属Mの水酸化物及び/又は金属Mの酸化物とを含む前駆体」、「以下の式(1)で表されるニッケルリチウム金属複合酸化物」「【化1】

(式(1)中、0.90<a<1.10、1.7<b<2.2、0.01<x<0.15、かつ0.005<y<0.10であり、MはAlを必須元素として含み、Mn、W、Nb、Mg、Zr、及びZnから選ばれる元素を含んでもよい金属である。)」に相当し、また、引用発明2における「Ni_(0.82)Co_(0.15)Al_(0.03)(OH)_(2)からなるニッケル複合水酸化物とリチウム化合物としての水酸化リチウム一水和物とを混合して混合物を得」ること、「その混合物を電気炉を用いて酸素濃度30%以上の雰囲気中で500℃で3時間仮焼」することは、それぞれ、本件発明1における「リチウム源を使用」する「(工程1’)ニッケル水酸化物及び/又はニッケル酸化物と、コバルト水酸化物及び/又はコバルト酸化物と、金属Mの水酸化物及び/又は金属Mの酸化物とを含む前駆体に、リチウム源を混合することにより混合物を得る、混合工程。」、「(工程2)工程1及び/又は工程1’で得られた混合物をリチウム源の融点未満の温度で焼成することにより焼成物を得る、低温焼成工程。」に相当する。
してみると、両者は、以下の点で一致し、以下の点で一応相違していると認められる。
<一致点>
「リチウム源を使用し、
以下の工程1及び/又は工程1’と、工程2と、工程3とを含む、
以下の式(1)で表されるニッケルリチウム金属複合酸化物の製造方法。
(工程1)ニッケル水酸化物及び/又はニッケル酸化物と、コバルト水酸化物及び/又はコバルト酸化物とを含む前駆体に、金属Mの水酸化物及び/又は金属Mの酸化物と、リチウム源とを混合することにより混合物を得る、混合工程。
(工程1’)ニッケル水酸化物及び/又はニッケル酸化物と、コバルト水酸化物及び/又はコバルト酸化物と、金属Mの水酸化物及び/又は金属Mの酸化物とを含む前駆体に、リチウム源を混合することにより混合物を得る、混合工程。
(工程2)工程1及び/又は工程1’で得られた混合物をリチウム源の融点未満の温度で焼成することにより焼成物を得る、低温焼成工程。
(工程3)工程2を経た焼成物をリチウム源の融点以上の温度で焼成することにより焼成物を得る、高温焼成工程。
【化1】

(式(1)中、0.90<a<1.10、1.7<b<2.2、0.01<x<0.15、かつ0.005<y<0.10であり、MはAlを必須元素として含み、Mn、W、Nb、Mg、Zr、及びZnから選ばれる元素を含んでもよい金属である。)」

<相違点>
相違点1:リチウム源について、本件発明1は、唯一のものとして「炭酸リチウム」との発明特定事項を備えているのに対し、引用発明2は、リチウム化合物としての水酸化リチウム一水和物との特定があるものの、前記の発明特定事項を備えているのか明らかではない点。

相違点2:本件発明1は、「(工程3)工程2を経た焼成物を引き続き炭酸リチウムの融点以上の温度で焼成することにより焼成物を得る、高温焼成工程」という「工程3」を含むものであるのに対して、引用発明2において、「750℃で20時間、本焼成する」ことは、「焼成物」を「炭酸リチウムの融点以上の温度で焼成することにより焼成物を得る、高温焼成工程」ではあるものの、仮焼した後の焼成物を「引き続き」「750℃で20時間、本焼成する」ものであるか不明であるため、前記「工程3」に該当するか否か不明である点。

(b)相違点についての判断
事案に鑑み、上記相違点1について検討するに、引用発明2は、実施例1に基づく発明であって、具体例として特定されたものである以上、リチウム源として水酸化リチウム一水和物を必ず用いるものであると解される。そうすると、上記a(b)に示されているとおり、引用文献2に「上記リチウム化合物としては、特に限定されるものではなく、リチウムの水酸化物、オキシ水酸化物、酸化物、炭酸塩、硝酸塩及びハロゲン化物からなる群から選ばれる少なくとも1種が用いられる。」と記載されているからといって、引用文献2には、引用発明2において、水酸化リチウム一水和物の代わりに唯一のリチウム源として炭酸リチウムを用いるものが、実質的に記載されているとはいえない。
そうすると、上記相違点1は実質的な相違点であり、本件発明1は、引用発明2ではない。

前記4に示した異議申立人の主張に関連するので、相違点2についても検討すると、上記第4 1(2)ア(イ)のとおり、本件発明における「引き続き」という用語の意義は、所定の温度で工程2を行った後、間を置かずに焼成炉等の焼成装置の温度を所定の温度に引き上げて工程3を行うというものであると解される。ここで、引用発明2における「混合物を電気炉を用いて酸素濃度30%以上の雰囲気中で500℃で3時間仮焼した後、750℃で20時間、本焼成する」ことは、仮焼した後、750℃で20時間、本焼成するまでの間には何の工程も特定していないものである。その上、引用発明2は実際に製造を行った実例である実施例1に基づくものである以上、当業者であれば、仮に、仮焼した後750℃で20時間本焼成するまでの間に何らかの工程が行われたのであれば、実施例中にその記載があるものと理解するとともに、その記載がない以上、引用発明2は、仮焼した後750℃で20時間本焼成するまでの間に別の工程を行わないものであり、定法に従い、仮焼した後、間を置かずに、単に焼成炉等の焼成装置の温度を引き上げて、750℃で20時間本焼成する、すなわち、500℃で3時間仮焼した後、引き続き750℃で20時間本焼成するものであると解釈するのが自然かつ合理的である。
そうすると、相違点2は、実質的な相違点ではない。

b 本件発明2?6と引用発明2との対比・判断
本件発明2?6は、本件発明1を引用するものであり、本件発明1の発明特定事項をすべて備える、ニッケルリチウム金属複合酸化物の製造方法の発明である。
そうすると、本件発明2?6は引用発明2ではない。

(ウ) 以上のとおりであるから、本件発明1?6は、引用文献2に記載された発明ではなく、取消理由4)は、理由がない。

オ 取消理由5)(特許法第29条第2項について)
(ア)本件発明1と引用発明2についての判断
上記エ(イ)a(a)に示した相違点1は本件訂正により生じたものであるので、本件訂正後のものである本件発明について、改めて取消理由5について検討するに、引用発明2は、引用文献2の実施例1に基づくものであり、具体例の一つとして記載されたものである以上、リチウム源として用いられた「水酸化リチウム一水和物」を「炭酸リチウム」にする変更を当業者が加えるためには、何らかの具体的な動機が必要であると解される。しかしながら、引用文献1、2及び技術常識を検討しても、引用発明2における「水酸化リチウム一水和物」を唯一のリチウム源として「炭酸リチウム」にする変更を加える具体的な動機は見当たらない。
そうすると、本件発明1は、引用発明2及び引用文献1から当業者が容易に発明をすることができたものではない。

(イ)本件発明2?6と引用発明2との対比・判断
本件発明2?6は、本件発明1を引用するものであり、本件発明1の発明特定事項をすべて備える、ニッケルリチウム金属複合酸化物の製造方法の発明である。
そうすると、本件発明2?6は、引用発明2及び引用文献1から当業者が容易に発明をすることができたものではない。

(ウ)以上のとおりであるから、本件発明1?6は、引用文献2に記載された発明から、当業者が容易に発明をすることができたものではなく、取消理由5)は、理由がない。

第5 取消理由通知で採用されなかった特許異議申立理由について
1 特許異議申立理由の概要
本件訂正前の請求項1?13に係る特許に対して令和 1年 9月 6日付け異議申立書により申し立てられ、取消理由通知で採用されなかった特許異議申立理由は、以下のとおりである。

(1)特許法第29条第1項第3号及び同条第2項について
本件訂正前の請求項7?13に係る発明は、甲第2号証に記載された発明である。また、本件訂正前の請求項7?13に係る発明は、当該甲第2号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。

2 特許異議申立理由についての判断
本件訂正前の請求項7?13は本件訂正により削除されたので、上記1の特許異議申立理由に基づく特許異議の申立てについては、対象とする請求項が存在せず、却下すべきものである。

第6 むすび
以上のとおり、請求項1?6に係る特許は、令和 2年 5月26日付け取消理由通知書(決定の予告)に記載した取消理由、令和 1年11月 6日付け取消理由通知書に記載した取消理由又は特許異議申立書に記載された特許異議申立理由によっては、取り消すことができない。
また、他に請求項1?6に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
請求項7?13は、訂正により削除されたため、これらの請求項に係る特許異議の申立てについては、対象となる請求項が存在しないものとなったから、特許法第120条の8第1項で準用する同法135条の規定により却下する。
よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
唯一のリチウム源として炭酸リチウムを使用し、
以下の工程1及び/又は工程1’と、工程2と、工程3とを含む、
以下の式(1)で表されるニッケルリチウム金属複合酸化物の製造方法。
(工程1)ニッケル水酸化物及び/又はニッケル酸化物と、コバルト水酸化物及び/又はコバルト酸化物とを含む前駆体に、金属Mの水酸化物及び/又は金属Mの酸化物と、炭酸リチウムとを混合することにより混合物を得る、混合工程。
(工程1’)ニッケル水酸化物及び/又はニッケル酸化物と、コバルト水酸化物及び/又はコバルト酸化物と、金属Mの水酸化物及び/又は金属Mの酸化物とを含む前駆体に、炭酸リチウムを混合することにより混合物を得る、混合工程。
(工程2)工程1及び/又は工程1’で得られた混合物を炭酸リチウムの融点未満の温度で焼成することにより焼成物を得る、低温焼成工程。
(工程3)工程2を経た焼成物を引き続き炭酸リチウムの融点以上の温度で焼成することにより焼成物を得る、高温焼成工程。
【化1】

(式(1)中、0.90<a<1.10、1.7<b<2.2、0.01<x<0.15、かつ0.005<y<0.10であり、MはAlを必須元素として含み、Mn、W、Nb、Mg、Zr、及びZnから選ばれる元素を含んでもよい金属である。)
【請求項2】
工程2で400℃以上723℃未満の温度域で焼成し、工程3で723℃以上850℃以下の温度域で焼成する、請求項1に記載のニッケルリチウム金属複合酸化物の製造方法。
【請求項3】
工程2及び/又は工程3で連続式炉あるいはバッチ式炉を用いる、請求項1又は2に記載のニッケルリチウム金属複合酸化物の製造方法。
【請求項4】
工程2及び/又は工程3でロータリーキルン、ローラーハースキルン、マッフル炉から選ばれる焼成炉を用いる、請求項1?3のいずれか1項に記載のニッケルリチウム金属複合酸化物の製造方法。
【請求項5】
工程3を経てJIS Z 8801-1:2006に規定される公称目開き1.00mmの標準篩の非通過量が1重量%以下であるニッケルリチウム金属複合酸化物焼成物が得られる、請求項1?4のいずれか1項に記載のニッケルリチウム金属複合酸化物の製造方法。
【請求項6】
工程3の後に、工程3で得られた焼成物を解砕する工程及び/又は工程3を経た焼成物を篩う工程をさらに含む、請求項1?5のいずれか1項に記載のニッケルリチウム金属複合酸化物の製造方法。
【請求項7】(削除)
【請求項8】(削除)
【請求項9】(削除)
【請求項10】(削除)
【請求項11】(削除)
【請求項12】(削除)
【請求項13】(削除)
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2021-02-09 
出願番号 特願2015-233364(P2015-233364)
審決分類 P 1 651・ 851- YAA (C01G)
P 1 651・ 113- YAA (C01G)
P 1 651・ 537- YAA (C01G)
P 1 651・ 121- YAA (C01G)
最終処分 維持  
前審関与審査官 手島 理  
特許庁審判長 菊地 則義
特許庁審判官 岡田 隆介
金 公彦
登録日 2019-02-15 
登録番号 特許第6479632号(P6479632)
権利者 ユミコア
発明の名称 ニッケルリチウム金属複合酸化物の製造方法  
代理人 井澤 幹  
代理人 井澤 洵  
代理人 茂木 康彦  
代理人 三谷 祥子  
代理人 茂木 康彦  
代理人 井澤 幹  
代理人 特許業務法人井澤国際特許事務所  
代理人 三谷 祥子  
代理人 井澤 洵  
代理人 特許業務法人井澤国際特許事務所  

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