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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  H01M
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  H01M
管理番号 1372717
異議申立番号 異議2020-700245  
総通号数 257 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2021-05-28 
種別 異議の決定 
異議申立日 2020-04-07 
確定日 2021-03-11 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第6593320号発明「リチウムイオン二次電池負極用スラリー組成物,リチウムイオン二次電池用負極およびリチウムイオン二次電池」の特許異議申立事件について,次のとおり決定する。 
結論 特許第6593320号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり,訂正後の請求項〔1?7〕,8,9について訂正することを認める。 特許第6593320号の請求項2及び3に係る特許についての本件特許異議の申立てを却下する。 特許第6593320号の請求項1及び4?9に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6593320号(請求項の数7。以下,「本件特許」という。)は,2015年(平成27年)2月24日(優先権主張:平成26年2月27日)を国際出願日とする特許出願(特願2016-505067号)に係るものであって,令和1年10月4日に設定登録されたものである(特許掲載公報の発行日は,同年10月23日である。)。
その後,令和2年4月7日に,本件特許の請求項1?7に係る特許に対して,特許異議申立人である末吉直子(以下,「申立人」という。)により,特許異議の申立てがされた。
本件特許異議の申立てにおける手続の経緯は,以下のとおりである。

令和2年 4月 7日 特許異議申立書
7月20日付け 取消理由通知書
9月25日 意見書,訂正請求書
10月26日付け 訂正拒絶理由通知書
12月 4日 意見書,手続補正書
令和3年 1月12日付け 通知書(訂正請求があった旨の通知)
1月28日 意見書(申立人)

第2 訂正の請求について
1 訂正の内容
令和2年12月4日提出の手続補正書により補正された,同年9月25日提出の訂正請求書による訂正(以下,「本件訂正」という。)の請求は,本件特許の特許請求の範囲を上記訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲(上記手続補正書に添付された訂正特許請求の範囲)のとおり,訂正後の請求項1?9について訂正することを求めるものであり,その内容は,以下のとおりである。下線は,訂正箇所を示す。

(1)訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1に「リチウムイオン二次電池負極用スラリー組成物。」と記載されているのを,「リチウムイオン二次電池負極用スラリー組成物(但し,前記粒子状重合体が,1,3-ブタジエン単位を35質量%,スチレン単位を40質量%,メタクリル酸メチル単位を8質量%,アクリル酸単位を2質量%,メタクリル酸単位を5質量%,アクリロニトリル単位を10質量%含む重合体であって,当該重合体の表面酸量が,2.20mmol/gである場合;前記粒子状重合体が,1,3-ブタジエン単位を35質量%,スチレン単位を36質量%,メタクリル酸メチル単位を8質量%,アクリル酸単位を2質量%,メタクリル酸単位を5質量%,アクリロニトリル単位を14質量%含む重合体であって,当該重合体の表面酸量が1.14mmol/gである場合;前記粒子状重合体が,1,3-ブタジエン単位を40質量%,スチレン単位を38質量%,メタクリル酸メチル単位を5質量%,メタクリル酸2-ヒドロキシエチル単位を4質量%,メタクリル酸単位を2質量%,イタコン酸単位を2質量%,アクリロニトリル単位を9質量%含む重合体であって,当該重合体の表面酸量が,0.66mmol/gである場合;前記粒子状重合体が,1,3-ブタジエン単位を49質量%,スチレン単位を22質量%,メタクリル酸メチル単位を4質量%,アクリル酸単位を7質量%,イタコン酸単位を10質量%,アクリロニトリル単位を8質量%含む重合体であって,当該重合体の表面酸量が,1.60mmol/gである場合;前記粒子状重合体が1,3-ブタジエン単位を53質量%,スチレン単位を18質量%,メタクリル酸メチル単位を2質量%,イタコン酸単位を26質量%,アクリロニトリル単位を1質量%含む重合体であって,当該重合体の表面酸量が,1.70mmol/gである場合;前記粒子状重合体が,1,3-ブタジエン単位を25質量%,スチレン単位を57質量%,アクリル酸単位を11質量%,メタクリル酸単位を1質量%,イタコン酸単位を2質量%,アクリロニトリル単位を4質量%含む重合体であって,当該重合体の表面酸量が,1.54mmol/gである場合;前記粒子状重合体が,1,3-ブタジエン単位を44質量%,スチレン単位を8質量%,メタクリル酸メチル単位を12質量%,メタクリル酸2-ヒドロキシエチル単位を1質量%,フマル酸単位を27質量%,アクリロニトリル単位を8質量%含む重合体であって,当該重合体の表面酸量が,1.76mmol/gである場合;前記粒子状重合体が,1,3-ブタジエン単位を35質量%,スチレン単位を33質量%,メタクリル酸メチル単位を3質量%,アクリル酸単位を29質量%含む重合体であって,当該重合体の表面酸量が,1.88mmol/gである場合;1,3-ブタジエン単位を49質量%,スチレン単位を22質量%,メタクリル酸メチル単位を4質量%,アクリル酸単位を7質量%,イタコン酸単位を10質量%,アクリロニトリル単位を8質量%含む重合体であって,当該重合体の表面酸量が,2.02mmol/gである場合;前記粒子状重合体が,1,3-ブタジエン単位を49質量%,スチレン単位を22質量%,メタクリル酸メチル単位を4質量%,アクリル酸単位を7質量%,イタコン酸単位を10質量%,アクリロニトリル単位を8質量%含む第1の重合体と,1,3-ブタジエン単位を35質量%,スチレン単位を40質量%,メタクリル酸メチル単位を8質量%,アクリル酸単位を2質量%,メタクリル酸単位を5質量%,アクリロニトリル単位を10質量%含む第2の重合体とを質量基準で1:9の割合で含有する重合体であって,当該重合体の表面酸量が,2.50mmol/gである場合;及び,前記粒子状重合体が,1,3-ブタジエン単位を26質量%,イタコン酸単位を8質量%,スチレン単位を65質量%,2-ヒドロキシエチルアクリレート単位を1質量%含む重合体であって,当該重合体の表面酸量が0.7mmol/gである場合を除く。)。」と訂正する。

(2)訂正事項2
特許請求の範囲の請求項2について,独立形式に改めて,新たに請求項8として,「粒子状重合体,水,およびシリコン系負極活物質を含有する負極活物質を含み,前記粒子状重合体が,脂肪族共役ジエン単量体単位および芳香族ビニル単量体単位を有するものであり,前記粒子状重合体の表面酸量が0.5mmol/g以上3.0mmol/g以下であり,且つ,前記粒子状重合体の水相中の酸量が0.1mmol/g以上0.7mmol/g以下である,リチウムイオン二次電池負極用スラリー組成物。」と訂正する。

(3)訂正事項3
特許請求の範囲の請求項3について,請求項1又は2を引用していたところ,請求項1の内容を組み入れて独立形式に改めて,新たに請求項9として,「粒子状重合体,水,およびシリコン系負極活物質を含有する負極活物質を含み,前記粒子状重合体が,脂肪族共役ジエン単量体単位および芳香族ビニル単量体単位を有するものであり,前記粒子状重合体の表面酸量が0.5mmol/g以上3.0mmol/g以下であり,且つ,前記粒子状重合体の表面酸量の値を水相中の酸量の値で除した値が2.5以上である,リチウムイオン二次電池負極用スラリー組成物。」と訂正する。

(4)訂正事項4
特許請求の範囲の請求項2を削除する。

(5)訂正事項5
特許請求の範囲の請求項3を削除する。

(6)訂正事項6
特許請求の範囲の請求項4に「請求項1?3の何れか1項に記載の」と記載されているのを,「請求項1に記載の」と訂正する。

(7)訂正事項7
特許請求の範囲の請求項5に「請求項1?4の何れか1項に記載の」と記載されているのを,「請求項1又は4に記載の」と訂正する。

(8)一群の請求項について
訂正前の請求項1?7について,請求項2?7は,請求項1を直接又は間接的に引用するものであり,上記の訂正事項1によって記載が訂正される請求項1に連動して訂正されるものである。したがって,訂正前の請求項1?7は,一群の請求項である。そして,本件訂正は,その一群の請求項ごとに請求がされたものである。

2 訂正の適否についての当審の判断
(1)訂正事項1について
訂正事項1に係る訂正は,訂正前の請求項1における粒子状重合体から,甲1及び2に記載された所定の粒子状重合体(令和2年7月20日付けの取消理由通知書において認定した甲1発明1?10及び甲2発明に対応するもの)を除くものであるから,特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。また,この訂正は,本件特許の願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものといえるから,同明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてするものであり,また,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものではない。

(2)訂正事項2及び3について
訂正事項2に係る訂正は,訂正前の請求項2について,引用形式の記載から独立形式の記載に改めて,新たに訂正後の請求項8とするものである。
訂正事項3に係る訂正は,訂正前の請求項3のうち,請求項1を引用するものについて,引用形式の記載から独立形式の記載に改めて,新たに訂正後の請求項9とするものである。
これらの訂正は,請求項の記載について,訂正前の引用形式の記載を独立形式の記載に改めるものであるから,「他の請求項の記載を引用する請求項の記載を当該他の請求項の記載を引用しないものとすること」を目的とするものに該当する。また,これらの訂正は,本件特許の願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてするものであり,また,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものではない。

(3)訂正事項4及び5について
訂正事項4及び5に係る訂正は,それぞれ,訂正前の請求項2及び3を削除するものであるから,特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。また,これらの訂正は,本件特許の願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてするものであり,また,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものではない。

(4)訂正事項6及び7について
訂正事項6に係る訂正は,訂正前の請求項4における引用請求項について,「請求項1?3の何れか1項」を「請求項1」に訂正するものである。
訂正事項7に係る訂正は,訂正前の請求項5における引用請求項について,「請求項1?4の何れか1項」を「請求項1又は4」に訂正するものである。
これらの訂正は,いずれも,上記の訂正事項4及び5による請求項の削除に合わせて,引用請求項の一部を削除するものであるから,明瞭でない記載の釈明を目的とするものに該当する。また,これらの訂正は,本件特許の願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてするものであり,また,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものではない。

(5)独立特許要件について
本件においては,訂正前の全ての請求項1?7について特許異議の申立てがされているので,特許法120条の5第9項において読み替えて準用する同法126条7項の独立特許要件は課されない。

3 まとめ
上記2のとおり,各訂正事項に係る訂正は,特許法120条の5第2項ただし書1号,3号又は4号に掲げる事項を目的とするものに該当し,同条9項において準用する同法126条5項及び6項に適合するものである。
また,訂正後の請求項8及び9に係る訂正事項2及び3は,引用関係の解消を目的とするものであるが,上記2のとおり,これらの訂正はいずれも認められるものである。特許権者は,訂正後の請求項8及び9についての訂正が認められる場合には,これらの請求項については,一群の請求項の他の請求項とは別途訂正することを求めている。
したがって,結論のとおり,訂正後の請求項〔1?7〕,8,9について訂正することを認める。

第3 本件発明
前記第2で述べたとおり,本件訂正は認められるので,本件特許の請求項1?9に係る発明は,本件訂正後の特許請求の範囲の請求項1?9に記載された事項により特定される以下のとおりのものである(以下,それぞれ「本件発明1」等という。また,本件特許の願書に添付した明細書を「本件明細書」という。)。

【請求項1】
粒子状重合体,水,およびシリコン系負極活物質を含有する負極活物質を含み,
前記粒子状重合体が,脂肪族共役ジエン単量体単位および芳香族ビニル単量体単位を有するものであり,且つ,
前記粒子状重合体の表面酸量が0.5mmol/g以上3.0mmol/g以下である,リチウムイオン二次電池負極用スラリー組成物(但し,前記粒子状重合体が,1,3-ブタジエン単位を35質量%,スチレン単位を40質量%,メタクリル酸メチル単位を8質量%,アクリル酸単位を2質量%,メタクリル酸単位を5質量%,アクリロニトリル単位を10質量%含む重合体であって,当該重合体の表面酸量が,2.20mmol/gである場合;前記粒子状重合体が,1,3-ブタジエン単位を35質量%,スチレン単位を36質量%,メタクリル酸メチル単位を8質量%,アクリル酸単位を2質量%,メタクリル酸単位を5質量%,アクリロニトリル単位を14質量%含む重合体であって,当該重合体の表面酸量が1.14mmol/gである場合;前記粒子状重合体が,1,3-ブタジエン単位を40質量%,スチレン単位を38質量%,メタクリル酸メチル単位を5質量%,メタクリル酸2-ヒドロキシエチル単位を4質量%,メタクリル酸単位を2質量%,イタコン酸単位を2質量%,アクリロニトリル単位を9質量%含む重合体であって,当該重合体の表面酸量が,0.66mmol/gである場合;前記粒子状重合体が,1,3-ブタジエン単位を49質量%,スチレン単位を22質量%,メタクリル酸メチル単位を4質量%,アクリル酸単位を7質量%,イタコン酸単位を10質量%,アクリロニトリル単位を8質量%含む重合体であって,当該重合体の表面酸量が,1.60mmol/gである場合;前記粒子状重合体が1,3-ブタジエン単位を53質量%,スチレン単位を18質量%,メタクリル酸メチル単位を2質量%,イタコン酸単位を26質量%,アクリロニトリル単位を1質量%含む重合体であって,当該重合体の表面酸量が,1.70mmol/gである場合;前記粒子状重合体が,1,3-ブタジエン単位を25質量%,スチレン単位を57質量%,アクリル酸単位を11質量%,メタクリル酸単位を1質量%,イタコン酸単位を2質量%,アクリロニトリル単位を4質量%含む重合体であって,当該重合体の表面酸量が,1.54mmol/gである場合;前記粒子状重合体が,1,3-ブタジエン単位を44質量%,スチレン単位を8質量%,メタクリル酸メチル単位を12質量%,メタクリル酸2-ヒドロキシエチル単位を1質量%,フマル酸単位を27質量%,アクリロニトリル単位を8質量%含む重合体であって,当該重合体の表面酸量が,1.76mmol/gである場合;前記粒子状重合体が,1,3-ブタジエン単位を35質量%,スチレン単位を33質量%,メタクリル酸メチル単位を3質量%,アクリル酸単位を29質量%含む重合体であって,当該重合体の表面酸量が,1.88mmol/gである場合;1,3-ブタジエン単位を49質量%,スチレン単位を22質量%,メタクリル酸メチル単位を4質量%,アクリル酸単位を7質量%,イタコン酸単位を10質量%,アクリロニトリル単位を8質量%含む重合体であって,当該重合体の表面酸量が,2.02mmol/gである場合;前記粒子状重合体が,1,3-ブタジエン単位を49質量%,スチレン単位を22質量%,メタクリル酸メチル単位を4質量%,アクリル酸単位を7質量%,イタコン酸単位を10質量%,アクリロニトリル単位を8質量%含む第1の重合体と,1,3-ブタジエン単位を35質量%,スチレン単位を40質量%,メタクリル酸メチル単位を8質量%,アクリル酸単位を2質量%,メタクリル酸単位を5質量%,アクリロニトリル単位を10質量%含む第2の重合体とを質量基準で1:9の割合で含有する重合体であって,当該重合体の表面酸量が,2.50mmol/gである場合;及び,前記粒子状重合体が,1,3-ブタジエン単位を26質量%,イタコン酸単位を8質量%,スチレン単位を65質量%,2-ヒドロキシエチルアクリレート単位を1質量%含む重合体であって,当該重合体の表面酸量が0.7mmol/gである場合を除く。)。
【請求項2】
(削除)
【請求項3】
(削除)
【請求項4】
前記粒子状重合体が,水酸基含有(メタ)アクリル酸エステル単量体単位を0.5質量%以上5質量%以下含む,請求項1に記載のリチウムイオン二次電池負極用スラリー組成物。
【請求項5】
前記粒子状重合体が,酸性基含有単量体単位を15質量%以上含む,請求項1又は4に記載のリチウムイオン二次電池負極用スラリー組成物。
【請求項6】
請求項5に記載のリチウムイオン二次電池負極用スラリー組成物を用いて得られる負極合材層を有する,リチウムイオン二次電池用負極。
【請求項7】
正極,負極,セパレーターおよび電解液を備え,
前記負極が請求項6に記載のリチウムイオン二次電池用負極である,リチウムイオン二次電池。
【請求項8】
粒子状重合体,水,およびシリコン系負極活物質を含有する負極活物質を含み,
前記粒子状重合体が,脂肪族共役ジエン単量体単位および芳香族ビニル単量体単位を有するものであり,
前記粒子状重合体の表面酸量が0.5mmol/g以上3.0mmol/g以下であり,且つ,
前記粒子状重合体の水相中の酸量が0.1mmol/g以上0.7mmol/g以下である,リチウムイオン二次電池負極用スラリー組成物。
【請求項9】
粒子状重合体,水,およびシリコン系負極活物質を含有する負極活物質を含み,
前記粒子状重合体が,脂肪族共役ジエン単量体単位および芳香族ビニル単量体単位を有するものであり,
前記粒子状重合体の表面酸量が0.5mmol/g以上3.0mmol/g以下であり,且つ,
前記粒子状重合体の表面酸量の値を水相中の酸量の値で除した値が2.5以上である,リチウムイオン二次電池負極用スラリー組成物。

第4 特許異議の申立ての理由及び取消理由の概要
1 特許異議申立書に記載した特許異議の申立ての理由
本件特許の本件訂正前の請求項1?7に係る特許は,下記(1)?(4)のとおり,特許法113条2号に該当する。証拠方法は,下記(5)の甲第1号証及び甲第2号証(以下,単に「甲1」等という。)である。
(1)申立理由1-1(新規性)
本件訂正前の請求項1及び4?7に係る発明は,甲1に記載された発明であり,特許法29条1項3号に該当し,特許を受けることができないものであるから,本件特許の本件訂正前の請求項1及び4?7に係る特許は,同法113条2号に該当する。
(2)申立理由2-1(進歩性)
本件訂正前の請求項1?7に係る発明は,甲1に記載された発明及び甲2に記載された事項に基いて,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下,「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであり,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであるから,本件特許の本件訂正前の請求項1?7に係る特許は,同法113条2号に該当する。
(3)申立理由1-2(新規性)
本件訂正前の請求項1?4に係る発明は,甲2に記載された発明であり,特許法29条1項3号に該当し,特許を受けることができないものであるから,本件特許の本件訂正前の請求項1?4に係る特許は,同法113条2号に該当する。
(4)申立理由2-2(進歩性)
本件訂正前の請求項1?4に係る発明は,甲2に記載された発明に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものであり,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであるから,本件特許の本件訂正前の請求項1?4に係る特許は,同法113条2号に該当する。
(5)証拠方法
・甲1 国際公開第2013/191080号
・甲2 国際公開第2013/191239号

2 取消理由通知書に記載した取消理由
(1)取消理由1-1(新規性)
上記1の申立理由1-1(新規性)と同旨
(2)取消理由1-2(新規性)
上記1の申立理由1-2(新規性)(ただし,本件訂正前の請求項1及び4に係る発明に対するもの)と同旨

第5 当審の判断
本件特許の請求項2及び3が本件訂正により削除された結果,同請求項2及び3に係る特許についての本件特許異議の申立ては対象を欠くこととなったため,特許法120条の8第1項において準用する同法135条の規定により決定をもって却下すべきものである。
また,以下に述べるように,取消理由通知書に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載した特許異議の申立ての理由によっては,本件特許の請求項1及び4?9に係る特許を取り消すことはできない。
以下,まず,取消理由1-1(新規性),申立理由1-1(新規性),申立理由2-1(進歩性)についてまとめて検討し,その後,取消理由1-2(新規性),申立理由1-2(新規性),申立理由2-2(進歩性)についてまとめて検討する。

1 取消理由1-1(新規性),申立理由1-1(新規性),申立理由2-1(進歩性)
(1)甲1に記載された発明
ア 甲1の記載(請求項1,3,11,12,[0011],[0159],[0163],[0172],[0173],[0175],[0182],[0192]?[0210],[0217],[0218],表1,2)によれば,特に,請求項1,3,11,12の記載を前提として,[0173],[0175],[0182]の記載のほか,表1,2の実施例11,比較例2?7,9の各々に着目すると,甲1には,以下の発明が記載されていると認められる。
なお,以下の甲1発明1?8は,それぞれ,順に,上記実施例11,比較例2?7,9に対応するものである。

「蓄電デバイスであるリチウムイオン電池セルに使用される負極を作製するためのバインダー組成物であって,
重合体粒子である重合体(A)と,液状媒体(B)である水とを含有し,
前記重合体(A)中に含まれる繰り返し単位の合計を100質量部としたときに,
共役ジエン化合物である1,3-ブタジエンに由来する繰り返し単位(A1)を35質量部,
芳香族ビニル化合物であるスチレンに由来する繰り返し単位(A2)を40質量部,
(メタ)アクリレート化合物であるメタクリル酸メチルに由来する繰り返し単位(A3)を8質量部,
不飽和カルボン酸であるアクリル酸に由来する繰り返し単位(A4)を2質量部,同メタクリル酸に由来する繰り返し単位(A4)を5質量部,
α,β-不飽和ニトリル化合物であるアクリロニトリルに由来する繰り返し単位(A5)を10質量部,
を含有し,
前記重合体粒子の表面酸量が1.10mmol/gである,
蓄電デバイス負極用バインダー組成物と,
黒鉛被覆酸化ケイ素及びグラファイトを含有する負極活物質と
を含有する,蓄電デバイスであるリチウムイオン電池セルの負極用スラリー。」(以下,「甲1発明1」という。)

「蓄電デバイスであるリチウムイオン電池セルに使用される負極を作製するためのバインダー組成物であって,
重合体粒子である重合体(A)と,液状媒体(B)である水とを含有し,
前記重合体(A)中に含まれる繰り返し単位の合計を100質量部としたときに,
共役ジエン化合物である1,3-ブタジエンに由来する繰り返し単位(A1)を35質量部,
芳香族ビニル化合物であるスチレンに由来する繰り返し単位(A2)を36質量部,
(メタ)アクリレート化合物であるメタクリル酸メチルに由来する繰り返し単位(A3)を8質量部,
不飽和カルボン酸であるアクリル酸に由来する繰り返し単位(A4)を2質量部,同メタクリル酸に由来する繰り返し単位(A4)を5質量部,
α,β-不飽和ニトリル化合物であるアクリロニトリルに由来する繰り返し単位(A5)を14質量部,
を含有し,
前記重合体粒子の表面酸量が0.57mmol/gである,
蓄電デバイス負極用バインダー組成物と,
黒鉛被覆酸化ケイ素及びグラファイトを含有する負極活物質と
を含有する,蓄電デバイスであるリチウムイオン電池セルの負極用スラリー。」(以下,「甲1発明2」という。)

「蓄電デバイスであるリチウムイオン電池セルに使用される負極を作製するためのバインダー組成物であって,
重合体粒子である重合体(A)と,液状媒体(B)である水とを含有し,
前記重合体(A)中に含まれる繰り返し単位の合計を100質量部としたときに,
共役ジエン化合物である1,3-ブタジエンに由来する繰り返し単位(A1)を40質量部,
芳香族ビニル化合物であるスチレンに由来する繰り返し単位(A2)を38質量部,
(メタ)アクリレート化合物であるメタクリル酸メチルに由来する繰り返し単位(A3)を5質量部,同メタクリル酸2-ヒドロキシエチルに由来する繰り返し単位(A3)を4質量部,
不飽和カルボン酸であるメタクリル酸に由来する繰り返し単位(A4)を2質量部,同イタコン酸に由来する繰り返し単位(A4)を2質量部,
α,β-不飽和ニトリル化合物であるアクリロニトリルに由来する繰り返し単位(A5)を9質量部,
を含有し,
前記重合体粒子の表面酸量が0.33mmol/gである,
蓄電デバイス負極用バインダー組成物と,
黒鉛被覆酸化ケイ素及びグラファイトを含有する負極活物質と
を含有する,蓄電デバイスであるリチウムイオン電池セルの負極用スラリー。」(以下,「甲1発明3」という。)

「蓄電デバイスであるリチウムイオン電池セルに使用される負極を作製するためのバインダー組成物であって,
重合体粒子である重合体(A)と,液状媒体(B)である水とを含有し,
前記重合体(A)中に含まれる繰り返し単位の合計を100質量部としたときに,
共役ジエン化合物である1,3-ブタジエンに由来する繰り返し単位(A1)を49質量部,
芳香族ビニル化合物であるスチレンに由来する繰り返し単位(A2)を22質量部,
(メタ)アクリレート化合物であるメタクリル酸メチルに由来する繰り返し単位(A3)を4質量部,
不飽和カルボン酸であるアクリル酸に由来する繰り返し単位(A4)を7質量部,同イタコン酸に由来する繰り返し単位(A4)を10質量部,
α,β-不飽和ニトリル化合物であるアクリロニトリルに由来する繰り返し単位(A5)を8質量部,
を含有し,
前記重合体粒子の表面酸量が0.80mmol/gである,
蓄電デバイス負極用バインダー組成物と,
黒鉛被覆酸化ケイ素及びグラファイトを含有する負極活物質と
を含有する,蓄電デバイスであるリチウムイオン電池セルの負極用スラリー。」(以下,「甲1発明4」という。)

「蓄電デバイスであるリチウムイオン電池セルに使用される負極を作製するためのバインダー組成物であって,
重合体粒子である重合体(A)と,液状媒体(B)である水とを含有し,
前記重合体(A)中に含まれる繰り返し単位の合計を100質量部としたときに,
共役ジエン化合物である1,3-ブタジエンに由来する繰り返し単位(A1)を53質量部,
芳香族ビニル化合物であるスチレンに由来する繰り返し単位(A2)を18質量部,
(メタ)アクリレート化合物であるメタクリル酸メチルに由来する繰り返し単位(A3)を2質量部,
不飽和カルボン酸であるイタコン酸に由来する繰り返し単位(A4)を26質量部,
α,β-不飽和ニトリル化合物であるアクリロニトリルに由来する繰り返し単位(A5)を1質量部,
を含有し,
前記重合体粒子の表面酸量が0.85mmol/gである,
蓄電デバイス負極用バインダー組成物と,
黒鉛被覆酸化ケイ素及びグラファイトを含有する負極活物質と
を含有する,蓄電デバイスであるリチウムイオン電池セルの負極用スラリー。」(以下,「甲1発明5」という。)

「蓄電デバイスであるリチウムイオン電池セルに使用される負極を作製するためのバインダー組成物であって,
重合体粒子である重合体(A)と,液状媒体(B)である水とを含有し,
前記重合体(A)中に含まれる繰り返し単位の合計を100質量部としたときに,
共役ジエン化合物である1,3-ブタジエンに由来する繰り返し単位(A1)を25質量部,
芳香族ビニル化合物であるスチレンに由来する繰り返し単位(A2)を57質量部,
不飽和カルボン酸であるアクリル酸に由来する繰り返し単位(A4)を11質量部,同メタクリル酸に由来する繰り返し単位(A4)を1質量部,同イタコン酸に由来する繰り返し単位(A4)を2質量部,
α,β-不飽和ニトリル化合物であるアクリロニトリルに由来する繰り返し単位(A5)を4質量部,
を含有し,
前記重合体粒子の表面酸量が0.77mmol/gである,
蓄電デバイス負極用バインダー組成物と,
黒鉛被覆酸化ケイ素及びグラファイトを含有する負極活物質と
を含有する,蓄電デバイスであるリチウムイオン電池セルの負極用スラリー。」(以下,「甲1発明6」という。)

「蓄電デバイスであるリチウムイオン電池セルに使用される負極を作製するためのバインダー組成物であって,
重合体粒子である重合体(A)と,液状媒体(B)である水とを含有し,
前記重合体(A)中に含まれる繰り返し単位の合計を100質量部としたときに,
共役ジエン化合物である1,3-ブタジエンに由来する繰り返し単位(A1)を44質量部,
芳香族ビニル化合物であるスチレンに由来する繰り返し単位(A2)を8質量部,
(メタ)アクリレート化合物であるメタクリル酸メチルに由来する繰り返し単位(A3)を12質量部,同メタクリル酸2-ヒドロキシエチルに由来する繰り返し単位(A3)を1質量部,
不飽和カルボン酸であるフマル酸に由来する繰り返し単位(A4)を27質量部,
α,β-不飽和ニトリル化合物であるアクリロニトリルに由来する繰り返し単位(A5)を8質量部,
を含有し,
前記重合体粒子の表面酸量が0.88mmol/gである,
蓄電デバイス負極用バインダー組成物と,
黒鉛被覆酸化ケイ素及びグラファイトを含有する負極活物質と
を含有する,蓄電デバイスであるリチウムイオン電池セルの負極用スラリー。」(以下,「甲1発明7」という。)

「蓄電デバイスであるリチウムイオン電池セルに使用される負極を作製するためのバインダー組成物であって,
重合体粒子である重合体(A)と,液状媒体(B)である水とを含有し,
前記重合体(A)中に含まれる繰り返し単位の合計を100質量部としたときに,
共役ジエン化合物である1,3-ブタジエンに由来する繰り返し単位(A1)を35質量部,
芳香族ビニル化合物であるスチレンに由来する繰り返し単位(A2)を33質量部,
(メタ)アクリレート化合物であるメタクリル酸メチルに由来する繰り返し単位(A3)を3質量部,
不飽和カルボン酸であるアクリル酸に由来する繰り返し単位(A4)を29質量部,
を含有し,
前記重合体粒子の表面酸量が0.94mmol/gである,
蓄電デバイス負極用バインダー組成物と,
黒鉛被覆酸化ケイ素及びグラファイトを含有する負極活物質と
を含有する,蓄電デバイスであるリチウムイオン電池セルの負極用スラリー。」(以下,「甲1発明8」という。)

イ 上記アで指摘した甲1の記載のほか,甲1の[0212],[0213],表3の記載によれば,実施例1は,重合体として,実施例1で合成した重合体(A)のみ(100質量%)を含むものであるのに対して,実施例13は,実施例1で合成した重合体(A)40質量%と,ポリビニルピロリドン60質量%を含むものであり,実施例14は,実施例1で合成した重合体(A)10質量%と,実施例11で合成した重合体(A)90質量%を含むものであるから,これら実施例13,14の各々に着目すると,甲1には,以下の発明が記載されていると認められる。

「蓄電デバイスであるリチウムイオン電池セルに使用される負極を作製するためのバインダー組成物であって,
重合体粒子である重合体(A)40質量%と,ポリビニルピロリドン60質量%を含む重合体と,液状媒体(B)である水とを含有し,
前記重合体(A)中に含まれる繰り返し単位の合計を100質量部としたときに,
共役ジエン化合物である1,3-ブタジエンに由来する繰り返し単位(A1)を49質量部,
芳香族ビニル化合物であるスチレンに由来する繰り返し単位(A2)を22質量部,
(メタ)アクリレート化合物であるメタクリル酸メチルに由来する繰り返し単位(A3)を4質量部,
不飽和カルボン酸であるアクリル酸に由来する繰り返し単位(A4)を7質量部,同イタコン酸に由来する繰り返し単位(A4)を10質量部,
α,β-不飽和ニトリル化合物であるアクリロニトリルに由来する繰り返し単位(A5)を8質量部,
を含有し,
前記重合体粒子の表面酸量が1.01mmol/gである,
蓄電デバイス負極用バインダー組成物と,
黒鉛被覆酸化ケイ素及びグラファイトを含有する負極活物質と
を含有する,蓄電デバイスであるリチウムイオン電池セルの負極用スラリー。」(以下,「甲1発明9」という。)

「蓄電デバイスであるリチウムイオン電池セルに使用される負極を作製するためのバインダー組成物であって,
重合体粒子である第1の重合体(A)10質量%と,重合体粒子である第2の重合体(A)90質量%を含む重合体と,液状媒体(B)である水とを含有し,
前記第1の重合体(A)中に含まれる繰り返し単位の合計を100質量部としたときに,
共役ジエン化合物である1,3-ブタジエンに由来する繰り返し単位(A1)を49質量部,
芳香族ビニル化合物であるスチレンに由来する繰り返し単位(A2)を22質量部,
(メタ)アクリレート化合物であるメタクリル酸メチルに由来する繰り返し単位(A3)を4質量部,
不飽和カルボン酸であるアクリル酸に由来する繰り返し単位(A4)を7質量部,同イタコン酸に由来する繰り返し単位(A4)を10質量部,
α,β-不飽和ニトリル化合物であるアクリロニトリルに由来する繰り返し単位(A5)を8質量部,
を含有し,
前記第2の重合体(A)中に含まれる繰り返し単位の合計を100質量部としたときに,
共役ジエン化合物である1,3-ブタジエンに由来する繰り返し単位(A1)を35質量部,
芳香族ビニル化合物であるスチレンに由来する繰り返し単位(A2)を40質量部,
(メタ)アクリレート化合物であるメタクリル酸メチルに由来する繰り返し単位(A3)を8質量部,
不飽和カルボン酸であるアクリル酸に由来する繰り返し単位(A4)を2質量部,同メタクリル酸に由来する繰り返し単位(A4)を5質量部,
α,β-不飽和ニトリル化合物であるアクリロニトリルに由来する繰り返し単位(A5)を10質量部,
を含有し,
前記重合体粒子の表面酸量が1.25mmol/gである,
蓄電デバイス負極用バインダー組成物と,
黒鉛被覆酸化ケイ素及びグラファイトを含有する負極活物質と
を含有する,蓄電デバイスであるリチウムイオン電池セルの負極用スラリー。」(以下,「甲1発明10」という。)

(2)本件発明1について
ア 対比
本件発明1と甲1発明1?10とを対比する。
甲1発明1?9における「重合体粒子である重合体(A)」,甲1発明10における「重合体粒子である第1の重合体(A)」,「重合体粒子である第2の重合体(A)」は,いずれも,「共役ジエン化合物である1,3-ブタジエンに由来する繰り返し単位(A1)」と,「芳香族ビニル化合物であるスチレンに由来する繰り返し単位(A2)」を含有するものであるから,本件発明1における「脂肪族共役ジエン単量体単位および芳香族ビニル単量体単位を有する」「粒子状重合体」に相当する。
甲1発明1?10における「液状媒体(B)である水」,「黒鉛被覆酸化ケイ素及びグラファイトを含有する負極活物質」は,それぞれ,本件発明1における「水」,「シリコン系負極活物質を含有する負極活物質」に相当する。
そして,以上の対比を踏まえると,甲1発明1?10における「蓄電デバイスであるリチウムイオン電池セルの負極用スラリー」は,本件発明1における「リチウムイオン二次電池負極用スラリー組成物」に相当するといえる。
本件発明1の「粒子状重合体の表面酸量」(本件明細書【0027】,【0086】)と,甲1発明1?10の「重合体粒子の表面酸量」(甲1[0043],[0165])は,同様の方法により測定及び算出されるものと解されるが,本件発明1では,塩酸(1価)を用いて測定しているのに対して,甲1発明1?10では,硫酸(2価)を用いて測定していることから,甲1発明1?10の「重合体粒子の表面酸量」の数値を2倍にして,塩酸を用いて測定した場合の表面酸量に換算すると,いずれも,本件発明1の「0.5mmol/g以上3.0mmol/g以下」を満たす。
以上によれば,本件発明1と甲1発明1?10とは,
「粒子状重合体,水,およびシリコン系負極活物質を含有する負極活物質を含み,
前記粒子状重合体が,脂肪族共役ジエン単量体単位および芳香族ビニル単量体単位を有するものであり,且つ,
前記粒子状重合体の表面酸量が0.5mmol/g以上3.0mmol/g以下である,リチウムイオン二次電池負極用スラリー組成物。」
の点で一致し,以下の点で相違する。
・相違点1-1
本件発明1では,粒子状重合体が,所定の粒子状重合体を除くものであるのに対して,甲1発明1?10では,重合体粒子である(第1及び第2の)重合体(A)が,上記(1)で認定したとおりのものである点。

イ 相違点1-1の検討
(ア)まず,相違点1-1が実質的な相違点であるか否かについて検討する。
甲1発明1?10における重合体粒子である(第1及び第2の)重合体(A)は,いずれも,本件発明1で除かれた所定の粒子状重合体に相当するものと認められる。すなわち,甲1発明1?10における重合体粒子である(第1及び第2の)重合体(A)は,本件発明1における粒子状重合体から除かれていることになる。
以上によれば,相違点1-1は実質的な相違点である。
したがって,本件発明1は,甲1に記載された発明であるとはいえない。

(イ)次に,相違点1-1の容易想到性について検討する。
a(a)本件発明1は,リチウムイオン二次電池負極用スラリー組成物に関するものである。
本件明細書の記載(【0002】?【0010】,【0014】,【0015】,【0018】)によれば,本件発明1は,リチウムイオン二次電池の負極の膨れを抑制しつつサイクル特性を向上させることができるリチウムイオン二次電池負極用スラリー組成物を提供することを課題とするものである。
そして,このような課題を解決するために,本件発明1は,粒子状重合体,水,及びシリコン系負極活物質を含有する負極活物質を含む,リチウムイオン二次電池負極用スラリー組成物において,「前記粒子状重合体」を「脂肪族共役ジエン単量体単位および芳香族ビニル単量体単位を有するもの」とし,「前記粒子状重合体の表面酸量」を「0.5mmol/g以上3.0mmol/g以下」とするものであり,それにより,電極合剤層の強度(靱性,集電体に対する結着強度等)を高め,リチウムイオン二次電池の負極の膨れを抑制しつつサイクル特性を向上させることができるという効果を奏するものである。
(b)本件明細書には,粒子状重合体の表面酸量について,0.5mmol/g未満であると,十分な電極合材層の強度が得られず,電極の膨れの抑制が不十分となり,リチウムイオン二次電池のサイクル特性を確保することができず,3.0mmol/g超であると,集電体に対する電極合材層の結着強度が十分に得られず,リチウムイオン二次電池のサイクル特性を確保することができないため,0.5mmol/g以上3.0mmol/g以下とすることが必要であることが記載されている(【0024】)。
(c)また,本件明細書には,実施例及び比較例(【0087】?【0104】,表1,実施例1?8,比較例1?5)において,負極の耐膨らみ性(初期),サイクル特性,負極の耐膨らみ性(サイクル後),集電体に対する負極合材層の結着強度を評価したことが記載されている。
本件明細書には,上記の評価について,実施例1?8では,初期及びサイクル後の負極の膨らみが抑制され,集電体に対する負極合材層の結着強度及びサイクル特性に優れるリチウムイオン二次電池が得られたこと,比較例1,2及び5では,表面酸量が小さく,初期及びサイクル後の負極の膨らみが抑制されず,サイクル特性に劣っていること,比較例3では,表面酸量が大きく,特にサイクル後の負極の膨らみが抑制されず,集電体に対する負極合材層の結着強度及びサイクル特性に劣っていることが記載されている(【0103】,表1)。
なお,各評価の詳細は,以下のとおりである。
「<負極の耐膨らみ性(初期)>
作製したラミネートセル型のリチウムイオン二次電池を,25℃環境下で5時間静置させた後,25℃環境下で,4.2V,0.5Cのレートにて充電を行った。
その後,充電状態のセルを解体して負極を取り出し,負極合材層の厚み(d1)を測定した。そして,リチウムイオン二次電池の作製前の負極合材層の厚み(d0)に対する変化率(初期膨らみ率={(d1-d0)/d0}×100(%))を求め,以下の基準により判定した。初期膨らみ率が小さいほど,負極の耐膨らみ性(初期)に優れることを示す。
A:初期膨らみ率が30%未満
B:初期膨らみ率が30%以上35%未満
C:初期膨らみ率が35%以上40%未満
D:初期膨らみ率が40%以上
<サイクル特性>
作製したラミネートセル型のリチウムイオン二次電池を25℃の環境下で24時間静置させた後,25℃の環境下で,4.2V,0.5Cの充放電レートにて充放電の操作を行い,初期容量C1を測定した。さらに,45℃の環境下で充放電を繰り返し,300サイクル後の容量C2を測定した。
サイクル特性は,ΔC=(C2/C1)×100(%)で示す容量変化率ΔCを算出し,以下の基準で評価した。この容量変化率ΔCの値が高いほど,サイクル特性に優れることを示す。
A:容量変化率ΔCが75%以上
B:容量変化率ΔCが70%以上75%未満
C:容量変化率ΔCが65%以上70%未満
D:容量変化率ΔCが65%未満
<負極の耐膨らみ性(サイクル後)>
上述のようにしてサイクル特性を評価した後のリチウムイオン二次電池について,25℃環境下で,0.5Cにて充電を行い,充電状態のセルを解体して負極を取り出し,負極合材層の厚み(d2)を測定した。そして,リチウムイオン二次電池の作製前の負極合材層の厚み(d0)に対する変化率(サイクル後膨らみ率={(d2-d0)/d0}×100(%))を求め,以下の基準により判定した。サイクル後膨らみ率が小さいほど,負極の耐膨らみ性(サイクル後)に優れることを示す。
A:サイクル後膨らみ率が35%未満
B:サイクル後膨らみ率が35%以上40%未満
C:サイクル後膨らみ率が40%以上45%未満
D:サイクル後膨らみ率が45%以上
<集電体に対する負極合材層の結着強度>
作製した負極を,幅1.0cm×長さ10cmの矩形に切って試験片とした。そして,試験片の負極合材層側の表面を上にして固定し,試験片の負極合材層側の表面にセロハンテープを貼り付けた。この際,セロハンテープはJISZ1522に規定されるものを用いた。その後,試験片の一端からセロハンテープを50mm/分の速度で180°方向(試験片の他端側)に引き剥がしたときの応力を測定した。測定を10回行い,応力の平均値を求めて,これをピール強度(N/m)とした。ピール強度が大きいほど,集電体に対する負極合材層の結着強度が優れていることを示す。
A:ピール強度が5N/m以上
B:ピール強度が3N/m以上5N/m未満
C:ピール強度が2N/m以上3N/m未満
D:ピール強度が2N/m未満」(【0086】)

b(a)これに対して,甲1に係る発明(請求項1,3,11を引用する請求項12)は,蓄電デバイス電極用バインダー組成物と,ケイ素材料を含有する活物質と,を含有する,蓄電デバイス電極用スラリーに関するものである。
甲1の記載([0002]?[0012],[0014],[0016],[0024],[0025],[0031])によれば,甲1に係る発明は,密着性及び充放電特性が良好な蓄電デバイス電極を製造できる,蓄電デバイス電極用バインダー組成物と,活物質と,を含有する,蓄電デバイス電極用スラリーを提供することを課題とするものである。
そして,このような課題を解決するために,甲1に係る発明は,重合体粒子である重合体(A)と液状媒体(B)とを含有する蓄電デバイス電極用バインダー組成物と,ケイ素材料を含有する活物質と,を含有する,蓄電デバイス電極用スラリーにおいて,重合体粒子である重合体(A)として,それぞれ所定量の「不飽和カルボン酸に由来する繰り返し単位(A4)」,「共役ジエン化合物に由来する繰り返し単位(A1)」,「芳香族ビニル化合物に由来する繰り返し単位(A2)」,「(メタ)アクリレート化合物に由来する繰り返し単位(A3)」,「α,β-不飽和ニトリル化合物に由来する繰り返し単位(A5)」を含有するものを用いることとし,「前記重合体粒子の表面酸量」を「1mmol/gを超えて6mmol/g以下」(当審注:本件発明1における表面酸量に換算すると,「2mmol/gを超えて12mmol/g以下」。以下同様)とするものであり,それにより,特に活物質としてケイ素材料を含有する場合に,密着性及び充放電特性に優れる蓄電デバイス電極を製造することができるという効果を奏するものである。
甲1発明1?10は,上記の甲1に係る発明の具体例である実施例11,13,14と,その比較のための比較例2?7,9に基づいて認定したものであり,重合体粒子である重合体(A)と,液状媒体(B)である水とを含有する,蓄電デバイス負極用バインダー組成物と,黒鉛被覆酸化ケイ素及びグラファイトを含有する負極活物質と,を含有する,蓄電デバイスであるリチウムイオン電池セルの負極用スラリーにおいて,それぞれ所定量の各種の繰り返し単位を含有するものであり,重合体粒子の表面酸量がそれぞれ所定値であるものである。
(b)甲1には,重合体粒子の表面酸量について,1mmol/gを超えて6mmol/g以下であると,安定かつ均質な蓄電デバイス電極用スラリーを作製することができ,このような均質なスラリーを用いて活物質層を形成すると,活物質と重合体粒子とが均一に分散した,厚さのばらつきが小さい活物質層が得られ,その結果,充放電特性の電極内でのばらつきを抑制することができ,良好な充放電特性を示す蓄電デバイスが得られることが記載されている([0037])。
また,甲1には,重合体粒子の表面酸量について,1mmol/gを超えて6mmol/g以下であると,活物質の粒子に対して適度に吸着することができ,重合体(A)の粒子が活物質層の気固界面側へとブリードすることが抑制できるため,良好な電気的特性と密着性とを両立させた電極の作製が可能となることが記載されている([0132]?[0134])。
(c)また,甲1には,実施例及び比較例([0158]?[0221],表1?3,実施例1?14,比較例1?9)において,ピール強度(集電体と活物質層との密着強度),充放電レート特性,活物質層の膜厚変化を評価したことが記載されている。
甲1には,上記の評価について,実施例1?14では,比較例1?9と比較して,密着性に優れる電極を与え,これらの電極を備える蓄電デバイス(リチウムイオン二次電池)は,充放電レート特性が良好となること,また,充電による活物質層の膜厚変化を低減できていることから,活物質層内に活物質を強固に保持でき,活物質の剥落が抑制できると推測されることが記載されている([0220])。
なお,各評価の詳細は,以下のとおりである。
「(2)ピール強度の測定
上記で得られた電極から幅2cm×長さ12cmの試験片を切り出し,この試験片の活物質層側の表面を,幅25mmの両面テープ(ニチバン株式会社製,商品名「ナイスタック(登録商標)」)を用いてアルミニウム板に貼り付けた。一方,試験片の集電体の表面に,幅18mmテープ(ニチバン株式会社製,商品名「セロテープ(登録商標)」,JIS Z1522に規定)を貼り付けた。この幅18mmテープを90°方向に50mm/minの速度で2cm剥離したときの力(N/m)を6回測定し,その平均値を密着強度(ピール強度,N/m)として算出した。このピール強度の値が大きいほど,集電体と活物質層との密着強度が高く,集電体から活物質層が剥離し難いと評価することができる。定量的には,ピール強度の値が7N/m以上である場合,密着強度が良好であると判断することができる。」([0176])
「(3)充放電レート特性の評価
上記で製造した蓄電デバイスにつき,25℃に調温された恒温槽にて,定電流(0.2C)にて充電を開始し,電圧が4.2Vになった時点で引き続き定電圧(4.2V)にて充電を続行し,電流値が0.01Cとなった時点を充電完了(カットオフ)として,0.2Cでの充電容量を測定した。次いで,定電流(0.2C)にて放電を開始し,電圧が2.7Vになった時点を放電完了(カットオフ)とし,0.2Cでの放電容量を測定した。
次に,同じセルにつき,定電流(3C)にて充電を開始し,電圧が4.2Vになった時点で引き続き定電圧(4.2V)にて充電を続行し,電流値が0.01Cとなった時点を充電完了(カットオフ)として3Cでの充電容量を測定した。次いで,定電流(3C)にて放電を開始し,電圧が2.7Vになった時点を放電完了(カットオフ)とし,3Cでの放電容量を測定した。
上記の測定値を用いて,0.2Cでの充電容量に対する3Cでの充電容量の割合(百分率%)を計算することにより充電レート(%)を,0.2Cでの放電容量に対する3Cでの放電容量の割合(百分率%)を計算することにより放電レート(%)を,それぞれ算出した。充電レートおよび放電レートのいずれもが80%以上のとき,充放電レート特性は良好であると評価することができる。」([0183]?[0185])
「(5)活物質層の膜厚変化の評価
上記で得られた蓄電デバイスにつき,定電流(0.2C)にて充電を開始し,電圧が4.2Vになった時点で引き続き定電圧(4.2V)にて充電を継続し,電流値が0.01Cとなった時点を充電完了(カットオフ)とした。次いで,定電流(0.2C)にて放電を開始し,電圧が2.7Vになった時点を放電完了(カットオフ)として,初回充放電を終了した。次に,初回充放電を行った上記蓄電デバイスにつき,定電流(0.2C)にて充電を開始し,電圧が4.2Vになった時点で引き続き定電圧(4.2V)にて充電を継続し,電流値が0.01Cとなった時点を充電完了(カットオフ)とした。
この蓄電デバイスを露点が-60℃以下のドライルーム内(室温25℃)で解体し,蓄電デバイス電極(負極)を取り出した。取り出した充電後の電極の活物質層膜厚を測定し,予め測定しておいた製造直後の電極(未充電状態)の活物質層膜厚に対する充電後の電極の活物質層膜厚の比率を,下記式(10)によって算出した。評価結果を表1に併せて示した。
膜厚比率(%)=(充電後の膜厚/製造直後の膜厚)×100 ・・・・・(10)
この値が140%を超える場合には,活物質層において,充電に伴う活物質の体積膨張が緩和されていないことを示し,活物質に機械的応力が加えられると活物質が剥落する懸念がある。一方,この値が140%以下であると,充電に伴って活物質が体積膨張するにもかかわらず活物質が活物質層内に強固に保持されていることを示しており,活物質の剥落が抑制された良好な電極であると評価することができる。」([0189]?[0191])

c(a)上記a,bのとおり,本件発明1と甲1発明1?10とは,いずれも,リチウムイオン二次電池負極用スラリー組成物において,粒子状重合体の表面酸量を所定の範囲に特定する点において共通するものである。
しかしながら,本件発明1が,リチウムイオン二次電池の負極の膨れを抑制しつつサイクル特性を向上させることができるリチウムイオン二次電池負極用スラリー組成物を提供することを課題とするのに対して,甲1発明1?10が,密着性及び充放電特性が良好な蓄電デバイス電極を製造できる,蓄電デバイス電極用バインダー組成物と,活物質と,を含有する,蓄電デバイス電極用スラリーを提供することを課題とするものであり,両者は,その解決しようとする課題が異なるものである。
また,本件発明1においては,粒子状重合体の表面酸量は,電極合材層の強度(電極合材層の結着強度)の確保,電極の膨れの抑制,サイクル特性の確保の点から,所定の範囲に特定するものである。これに対して,甲1発明1?10では,安定かつ均質な蓄電デバイス電極用スラリーの作製,活物質と重合体粒子とが均一に分散した厚さのばらつきが小さい活物質層の形成,充放電特性の電極内でのばらつきの抑制に基づく,良好な充放電特性の確保の点から,さらには,活物質の粒子に対する適度な吸着,重合体(A)の粒子が活物質層の気固界面側へブリードすることの抑制に基づく,良好な電気的特性と密着性との両立の点から,所定の範囲に特定するものであり,両者は,同じく粒子状重合体の表面酸量を所定の範囲に特定するといっても,その技術的意義が異なるものであり,技術思想が異なるものといえる。
(b)甲1発明1?10は,重合体粒子である重合体(A)として,それぞれ所定量の「不飽和カルボン酸に由来する繰り返し単位(A4)」,「共役ジエン化合物に由来する繰り返し単位(A1)」,「芳香族ビニル化合物に由来する繰り返し単位(A2)」,「(メタ)アクリレート化合物に由来する繰り返し単位(A3)」,「α,β-不飽和ニトリル化合物に由来する繰り返し単位(A5)」を含有するものを用いるものである。
甲1には,上記の各繰り返し単位を構成するための単量体である,不飽和カルボン酸([0049],[0050]),共役ジエン化合物([0053],[0054]),芳香族ビニル化合物([0057],[0058]),(メタ)アクリレート化合物([0062]?[0065]),α,β-不飽和ニトリル化合物([0067],[0068])の具体例について例示されているほか,上記の各繰り返し単位の含有割合の範囲についても記載されている。
仮に,甲1発明1?10において,それぞれ用いられている各単量体に由来する繰り返し単位に代えて,甲1に例示されているその他の各単量体に由来する繰り返し単位に変更することが可能であり,また,その含有割合についても,甲1に記載された範囲において変更することが可能であると解することができたとしても,本件発明1は,以下に述べるとおり,当業者が予測することができない格別顕著な効果を奏するものであるから,甲1発明1?10において,上記のように変更することが,当業者が容易に想到することができたとはいえない。
以下,詳述する。
(c)本件発明1は,上記aで述べたとおり,電極合剤層の強度(靱性,集電体に対する結着強度等)を高め,リチウムイオン二次電池の負極の膨れを抑制しつつサイクル特性を向上させることができるという効果を奏するものであり,これらの効果については,以下のとおり,実施例及び比較例において具体的に示されている。
電極合剤層の強度(靱性,集電体に対する結着強度等)については,セロハンテープを用いてピール強度を測定することにより,集電体に対する負極合材層の結着強度を評価している。
リチウムイオン二次電池の負極の膨れの抑制については,リチウムイオン二次電池の作製前の負極合剤層の厚みに対する,1回目の充電後の厚みの変化率(初期膨らみ率)を測定することにより,負極の耐膨らみ性(初期)を評価するとともに,リチウムイオン二次電池の作製前の負極合剤層の厚みに対する,45℃で充放電を300サイクル繰り返した後の厚みの変化率(サイクル後膨らみ率)を測定することにより,負極の耐膨らみ性(サイクル後)を評価している。
サイクル特性については,1回目の充放電後の初期容量に対する,45℃で充放電を300サイクル繰り返した後の容量の比(容量変化率)を測定することにより,サイクル特性を評価している。
これに対して,甲1発明1?10は,上記bで述べたとおり,特に活物質としてケイ素材料を含有する場合に,密着性及び充放電特性に優れる蓄電デバイス電極を製造することができるという効果を奏するものであり,これらの効果については,以下のとおり,実施例及び比較例において具体的に示されている。
密着性については,両面テープ及びセロテープを用いてピール強度を測定することにより,ピール強度(集電体と活物質層との密着強度)を評価している。
充放電特性については,0.2Cでの充電容量に対する3Cでの充電容量の割合(充電レート),0.2Cでの放電容量に対する3Cでの放電容量の割合(放電レート)を測定することにより,充放電レート特性を評価している。
また,実施例及び比較例においては,製造直後の電極(未充電状態)の活物質層膜厚に対する,初回の充放電及び2回目の充電後の電極の活物質層膜厚の比率を測定することにより,活物質層の膜厚変化についても評価している。
以上によれば,本件発明1の効果のうち,少なくとも,負極の耐膨らみ性(サイクル後),サイクル特性については,甲1には何ら記載されていない。また,これらの効果が,本件特許の出願時の技術常識に照らして,当業者にとって自明の効果であると認めるに足りる証拠はない。この点,甲2の記載を考慮しても,変わるものではない。
(d)以上のとおり,本件発明1は,少なくとも,負極の耐膨らみ性(サイクル後),サイクル特性の点において,当業者が予測することができない格別顕著な効果を奏するものである。
そうすると,甲1発明1?10において,それぞれ用いられている各単量体に由来する繰り返し単位に代えて,甲1に例示されているその他の各単量体に由来する繰り返し単位に変更するとともに,その含有割合についても,甲1に記載された範囲において変更することが,当業者が容易に想到することができたとはいえない。
したがって,本件発明1は,甲1に記載された発明及び甲2に記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

ウ 小括
以上のとおり,本件発明1は,甲1に記載された発明であるとはいえず,また,甲1に記載された発明及び甲2に記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(3)本件発明4?7について
本件発明4?7は,本件発明1を直接又は間接的に引用するものであるが,上記(2)で述べたとおり,本件発明1が,甲1に記載された発明であるとはいえず,また,甲1に記載された発明及び甲2に記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない以上,本件発明4?7についても同様に,甲1に記載された発明であるとはいえず,また,甲1に記載された発明及び甲2に記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない

(4)本件発明8について
ア 対比
本件発明8と甲1発明1?10とを対比すると,上記(2)アと同様に,両者は,
「粒子状重合体,水,およびシリコン系負極活物質を含有する負極活物質を含み,
前記粒子状重合体が,脂肪族共役ジエン単量体単位および芳香族ビニル単量体単位を有するものであり,且つ,
前記粒子状重合体の表面酸量が0.5mmol/g以上3.0mmol/g以下である,リチウムイオン二次電池負極用スラリー組成物。」
の点で一致し,以下の点で相違する。
・相違点1-2
本件発明8では,粒子状重合体の「水相中の酸量が0.1mmol/g以上0.7mmol/g以下」であるのに対して,甲1発明1?10では,重合体粒子である(第1及び第2の)重合体(A)の「水相中の酸量が0.1mmol/g以上0.7mmol/g以下」であるかどうか不明である点。

イ 相違点1-2の検討
甲1のほか,甲2にも,甲1発明1?10における重合体粒子である(第1及び第2の)重合体(A)の「水相中の酸量」については,記載も示唆もない。
そうすると,甲1発明1?10において,重合体粒子である(第1及び第2の)重合体(A)の「水相中の酸量」を「0.1mmol/g以上0.7mmol/g以下」と特定することが,当業者が容易に想到することができたとはいえない。

ウ 小括
したがって,本件発明8は,甲1に記載された発明及び甲2に記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(5)本件発明9について
ア 対比
本件発明9と甲1発明1?10とを対比すると,上記(2)アと同様に,両者は,
「粒子状重合体,水,およびシリコン系負極活物質を含有する負極活物質を含み,
前記粒子状重合体が,脂肪族共役ジエン単量体単位および芳香族ビニル単量体単位を有するものであり,且つ,
前記粒子状重合体の表面酸量が0.5mmol/g以上3.0mmol/g以下である,リチウムイオン二次電池負極用スラリー組成物。」
の点で一致し,以下の点で相違する。
・相違点1-3
本件発明9では,粒子状重合体の「表面酸量の値を水相中の酸量の値で除した値が2.5以上」であるのに対して,甲1発明1?10では,重合体粒子である(第1及び第2の)重合体(A)の「表面酸量の値を水相中の酸量の値で除した値が2.5以上」であるかどうか不明である点。

イ 相違点1-3の検討
甲1のほか,甲2にも,甲1発明1?10における重合体粒子である(第1及び第2の)重合体(A)の「水相中の酸量」については,記載も示唆もない。
そうすると,甲1発明1?10において,重合体粒子である(第1及び第2の)重合体(A)の「表面酸量の値を水相中の酸量の値で除した値」を「2.5以上」と特定することが,当業者が容易に想到することができたとはいえない。

ウ 小括
したがって,本件発明9は,甲1に記載された発明及び甲2に記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(6)まとめ
以上のとおり,本件発明1及び4?7は,甲1に記載された発明であるとはいえない。
また,本件発明1及び4?9は,甲1に記載された発明及び甲2に記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
したがって,取消理由1-1(新規性),申立理由1-1(新規性),申立理由2-1(進歩性)によっては,本件特許の請求項1及び4?9に係る特許を取り消すことはできない。

2 取消理由1-2(新規性),申立理由1-2(新規性),申立理由2-2(進歩性)
(1)甲2に記載された発明
甲2の記載(請求項1,2,6,[0007],[0026],[0096],[0160]?[0165],[0174],表1)によれば,特に,請求項1,2,6の記載を前提として,[0026]の記載のほか,実施例1([0160]?[0165])と同様に実施した実施例4([0174],表1)に着目すると,甲2には,以下の発明が記載されていると認められる。

「結着剤,負極活物質,水溶性重合体,イオン交換水を含み,
前記結着剤が,脂肪族共役ジエン単量体として1,3-ブタジエン26質量部,エチレン性不飽和カルボン酸単量体としてイタコン酸8質量部,芳香族ビニル単量体としてスチレン65質量部,水酸基含有単量体として2-ヒドロキシエチルアクリレート1質量部を含む粒子状重合体であり,
該粒子状重合体の表面酸量が,0.7meq/gであり,
該粒子状重合体の,エチレンカーボネート及びジエチルカーボネートの混合溶媒(体積比:エチレンカーボネート/ジエチルカーボネート=1/2)との接触角が,38°であり,
負極活物質が,人造黒鉛及びSiOxを含む,
リチウムイオン二次電池負極用スラリー。」(以下,「甲2発明」という。)

(2)本件発明1について
ア 対比
本件発明1と甲2発明とを対比する。
甲2発明における「結着剤」は,「脂肪族共役ジエン単量体として1,3-ブタジエン」,「芳香族ビニル単量体としてスチレン」を含む「粒子状重合体」であるから,本件発明1における「脂肪族共役ジエン単量体単位および芳香族ビニル単量体単位を有する」「粒子状重合体」に相当する。
甲2発明における「イオン交換水」,「人造黒鉛及びSiOxを含む」「負極活物質」は,それぞれ,本件発明1における「水」,「シリコン系負極活物質を含有する負極活物質」に相当する。
そして,以上の対比を踏まえると,甲2発明における「リチウムイオン二次電池負極用スラリー」は,本件発明1における「リチウムイオン二次電池負極用スラリー組成物」に相当するといえる。
本件発明1の「粒子状重合体の表面酸量」(本件明細書【0027】,【0086】)と,甲2発明の「粒子状重合体の表面酸量」(甲2[0149]?[0153]は,いずれも,塩酸を用いて同様の方法により測定及び算出されるものであり,また,本件発明1における単位「mmol/g」と,甲2発明における単位「meq/g」とは,ともに「水中に分散した粒子状重合体1g当たりの総酸量」として同視できるものであるから,甲2発明における「粒子状重合体の表面酸量が,0.7meq/g」であることは,本件発明1における「粒子状重合体の表面酸量が0.5mmol/g以上3.0mmol/g以下」であることに相当する。
以上によれば,本件発明1と甲2発明とは,
「粒子状重合体,水,およびシリコン系負極活物質を含有する負極活物質を含み, 前記粒子状重合体が,脂肪族共役ジエン単量体単位および芳香族ビニル単量体単位を有するものであり,且つ, 前記粒子状重合体の表面酸量が0.5mmol/g以上3.0mmol/g以下である,リチウムイオン二次電池負極用スラリー組成物。」
の点で一致し,以下の点で相違する。
・相違点2-1
本件発明1では,粒子状重合体が,所定の粒子状重合体を除くものであるのに対して,甲2発明では,粒子状重合体が,上記(1)で認定したとおりのものである点。

イ 相違点2-1の検討
(ア)まず,相違点2-1が実質的な相違点であるか否かについて検討する。
甲2発明における粒子状重合体は,本件発明1で除かれた所定の粒子状重合体に相当するものと認められる。すなわち,甲2発明における粒子状重合体は,本件発明1における粒子状重合体から除かれていることになる。
以上によれば,相違点2-1は実質的な相違点である。
したがって,本件発明1は,甲2に記載された発明であるとはいえない。

(イ)次に,相違点2-1の容易想到性について検討する。
a 本件発明1については,上記1(2)イ(イ)aで述べたとおりである。

b(a)これに対して,甲2に係る発明(請求項1,2を引用する請求項6)は,結着剤,ケイ素等を含む負極活物質及び水溶性重合体を含む,リチウムイオン二次電池負極用スラリーに関するものである。
甲2の記載([0002]?[0010])によれば,甲2に係る発明は,集電体に対する負極活物質層の密着性に優れ,また,高温環境におけるサイクル特性に優れるリチウムイオン二次電池を実現しうるリチウムイオン二次電池用負極を製造しうるリチウムイオン二次電池負極用スラリーを提供することを課題とするものである。
そして,このような課題を解決するために,甲2に係る発明は,結着剤,ケイ素等を含む負極活物質及び水溶性重合体を含む,リチウムイオン二次電池負極用スラリーにおいて,結着剤として,それぞれ所定量の「芳香族ビニル単量体単位」,「エチレン性不飽和カルボン酸単量体単位」,「水酸基含有単量体単位」を含む粒子状重合体を用いることとし,「該粒子状重合体の表面酸量」を「0.20meq/g以上」とし,「該粒子状重合体の,エチレンカーボネート及びジエチルカーボネートの混合溶媒(体積比:エチレンカーボネート/ジエチルカーボネート=1/2)との接触角」を「50°以下」とするものであり,それにより,集電体に対する負極活物質層の密着性に優れ,また,高温環境におけるサイクル特性に優れるリチウムイオン二次電池を実現できるという効果を奏するものである。
甲2発明は,上記の甲2に係る発明の具体例である実施例4に基づいて認定したものであり,結着剤,人造黒鉛及びSiOxを含む負極活物質,水溶性重合体,イオン交換水を含む,リチウムイオン二次電池負極用スラリーにおいて,結着剤として,それぞれ所定量の脂肪族共役ジエン単量体としての1,3-ブタジエン,エチレン性不飽和カルボン酸単量体としてのイタコン酸,芳香族ビニル単量体としてのスチレン,水酸基含有単量体としての2-ヒドロキシエチルアクリレートを含む粒子状重合体を用いるものであり,該粒子状重合体の表面酸量が,0.7meq/gであり,該粒子状重合体の,エチレンカーボネート及びジエチルカーボネートの混合溶媒(体積比:エチレンカーボネート/ジエチルカーボネート=1/2)との接触角が,38°であるというものである。
(b)甲2には,粒子状重合体の表面酸量について,通常0.20meq/g以上であり,通常0.8meq/g以下であること,また,表面酸量を多くすることにより,粒子状重合体の水に対する濡れ性を改善でき,これにより,水中における粒子状重合体の分散安定性を向上させることができるので,負極用スラリーの粘度上昇を抑制でき,負極用スラリーの塗布性を改善できるので,欠陥の少ない負極活物質を製造できるようになり,リチウムイオン二次電池の低温出力特性を改善することができること,さらに,粒子状重合体の表面酸量が多いと,粒子状重合体を含む水分散液の表面張力を低くして,粒子状重合体を含む水分散液の負極活物質及び集電体に対する濡れ性を改善できるため,負極用スラリーを集電体に塗布する際にマイグレーションを防止することができるので,集電体に対する負極活物質層の密着性を高めることができ,充放電を繰り返しても負極活物質層が集電体から剥がれ難くなり,リチウムイオン二次電池のサイクル特性(特に,高温環境でのサイクル特性)を改善することができることが記載されている([0027])。
(c)また,甲2には,実施例及び比較例([0148]?[0200],表1?4,実施例1?13,比較例1?4)において,銅箔との密着性,高温サイクル特性を評価したことが記載されている。
甲2には,上記の評価について,実施例によれば,密着性及び高温サイクル特性において,比較例よりも優れた結果が得られていることが記載されている([0198])。
なお,各評価の詳細は,以下のとおりである。
「〔4.銅箔との密着性〕
実施例及び比較例で製造した負極を,長さ100mm,幅10mmの長方形に切り出して試験片とした。この試験片を,負極活物質層の表面を下にして,負極活物質層の表面にセロハンテープを貼り付けた。この際,セロハンテープとしてはJIS Z1522に規定されるものを用いた。また,セロハンテープは水平な試験台に固定しておいた。その後,集電体の一端を鉛直上方に引張り速度50mm/分で引っ張って剥がしたときの応力を測定した。この測定を3回行い,その平均値を求めて,当該平均値をピール強度(N/m)とした。ピール強度が大きいほど,負極活物質層の銅箔への結着力が大きいこと,すなわち,密着強度が大きいことを示す。」([0157])
「〔6.高温サイクル特性〕
実施例及び比較例で製造したラミネート型セルのリチウムイオン二次電池を,25℃の環境下で24時間静置させた。その後,0.1Cの定電流法によって,4.2Vに充電し3.0Vまで放電する充放電の操作を行い,その時の電気容量(初期容量C0)を測定した。さらに,60℃の環境下で,0.1Cの定電流法によって,4.2Vに充電し3.0Vまで放電する充放電の操作を100回(100サイクル)繰り返し,100サイクル後の電気容量C2を測定した。高温サイクル特性は,ΔCC=C2/C0×100(%)で示す容量変化率ΔCC(%)にて評価した。この容量変化率ΔCCの値が高いほど,高温サイクル特性に優れることを示す。」([0159])

c(a)上記a,bのとおり,本件発明1と甲2発明とは,いずれも,リチウムイオン二次電池負極用スラリー組成物において,粒子状重合体の表面酸量を所定の範囲に特定する点において共通するものである。
しかしながら,本件発明1が,リチウムイオン二次電池の負極の膨れを抑制しつつサイクル特性を向上させることができるリチウムイオン二次電池負極用スラリー組成物を提供することを課題とするのに対して,甲2発明が,集電体に対する負極活物質層の密着性に優れ,また,高温環境におけるサイクル特性に優れるリチウムイオン二次電池を実現しうるリチウムイオン二次電池用負極を製造しうるリチウムイオン二次電池負極用スラリーを提供することを課題とするものであり,甲2発明が,リチウムイオン二次電池の負極の膨れを抑制することを課題としていない点で,両者は,その解決しようとする課題が異なるものである。
また,本件発明1においては,粒子状重合体の表面酸量は,電極合材層の強度(電極合材層の結着強度)の確保,電極の膨れの抑制,サイクル特性の確保の点から,所定の範囲に特定するものである。これに対して,甲2発明では,粒子状重合体の水に対する濡れ性の改善,水中における粒子状重合体の分散安定性の向上,負極用スラリーの粘度上昇の抑制,負極用スラリーの塗布性の改善に基づく,リチウムイオン二次電池の低温出力特性を改善の点から,さらには,粒子状重合体を含む水分散液の表面張力の低下,粒子状重合体を含む水分散液の負極活物質及び集電体に対する濡れ性の改善,負極用スラリーを集電体に塗布する際のマイグレーションの防止,集電体に対する負極活物質層の密着性の向上,充放電を繰り返したときの負極活物質層の集電体からの剥がれの抑制に基づく,リチウムイオン二次電池のサイクル特性(特に,高温環境でのサイクル特性)の改善の点から,所定の範囲に特定するものであり,両者は,同じく粒子状重合体の表面酸量を所定の範囲に特定するといっても,甲2発明が,リチウムイオン二次電池の負極の膨れを抑制する点を考慮していない点で,その技術的意義が異なるものであり,技術思想が異なるものといえる。
(b)甲2発明は,結着剤として,それぞれ所定量の脂肪族共役ジエン単量体としての1,3-ブタジエン,エチレン性不飽和カルボン酸単量体としてのイタコン酸,芳香族ビニル単量体としてのスチレン,水酸基含有単量体としての2-ヒドロキシエチルアクリレートを含む粒子状重合体を用いるものである。
甲2には,上記の各単量体である,脂肪族共役ジエン単量体([0026]),エチレン性不飽和カルボン酸単量体([0021],[0022]),芳香族ビニル単量体([0018],[0019]),水酸基含有単量体([0024],[0025])の具体例について例示されているほか,上記の各単量体の含有割合の範囲についても記載されている。
仮に,甲2発明において,それぞれ用いられている各単量体に代えて,甲2に例示されているその他の各単量体に変更することが可能であり,また,その含有割合についても,甲2に記載された範囲において変更することが可能であると解することができたとしても,本件発明1は,以下に述べるとおり,当業者が予測することができない格別顕著な効果を奏するものであるから,甲2発明において,上記のように変更することが,当業者が容易に想到することができたとはいえない。
以下,詳述する。
(c)本件発明1の効果については,上記1(2)イ(イ)c(c)で述べたとおりである。
これに対して,甲2発明は,上記bで述べたとおり,集電体に対する負極活物質層の密着性に優れ,また,高温環境におけるサイクル特性に優れるリチウムイオン二次電池を実現できるという効果を奏するものであり,これらの効果については,以下のとおり,実施例及び比較例において具体的に示されている。
集電体に対する負極活物質層の密着性については,セロハンテープを用いてピール強度を測定することにより,銅箔との密着性を評価している。
高温環境におけるサイクル特性については,1回目の充放電後の電気容量に対する,60℃で充放電を100サイクル繰り返した後の電気容量の比(容量変化率)を測定することにより,高温サイクル特性を評価している。
以上によれば,本件発明1の効果のうち,少なくとも,負極の耐膨らみ性(初期),負極の耐膨らみ性(サイクル後)については,甲2には具体的に測定したことは記載されていない。また,これらの効果が,本件特許の出願時の技術常識に照らして,当業者にとって自明の効果であると認めるに足りる証拠はない。
(d)ところで,甲2には,「また,芳香族ビニル単量体単位が多いと粒子状重合体の剛性が高くなるので,膨張及び収縮で生じた応力によって移動した負極活物質を強い力で元の位置に戻すことができる。したがって,負極活物質が膨張及び収縮を繰り返しても負極活物質層が膨張し難くすることができる。」([0017])との記載がある。
甲2発明は,結着剤として,所定量の芳香族ビニル単量体としてのスチレンを含む粒子状重合体を用いるものであるところ,上記記載を踏まえると,甲2発明においては,所定量の芳香族ビニル単量体(スチレン)を含む粒子状重合体は,その剛性が高いことから,膨張及び収縮で生じた応力によって移動した負極活物質を強い力で元の位置に戻すことができ,負極活物質が膨張及び収縮を繰り返しても,負極活物質層が膨張し難くすることができる(すなわち,負極の膨れを抑制できる)と解する余地がある。
しかしながら,本件発明1では,上記のとおり,負極の膨れの抑制は,粒子状重合体の表面酸量を所定の範囲に特定することによって達成するものである。そして,本件明細書の実施例においては,いずれも,負極の耐膨らみ性(初期)が「A」(初期膨らみ率が30%未満)であり,負極の耐膨らみ性(サイクル後)が「A」(サイクル後膨らみ率が35%未満)又は「B」(サイクル後膨らみ率が35%以上40%未満)であることが示されている。
この点,甲2発明においては,芳香族ビニル単量体(スチレン)を含む粒子状重合体の剛性に基づいて,実際にどの程度の負極の耐膨らみ性が得られるのかは不明であり,特に,45℃で充放電を300サイクル繰り返した後においても,負極合剤層の厚みの変化率(負極の耐膨らみ性(サイクル後))が,「A」又は「B」程度となるのかどうかは,不明というほかない。
なお,甲2には,「THF不溶分の割合を多くすることにより,粒子状重合体の剛性を高くすることができるので,・・・負極活物質が膨張及び収縮を繰り返しても負極活物質層が膨張し難くすることができる。」([0036])との記載もあるが,この記載についても,上記と同様である。
(e)以上のとおり,本件発明1は,少なくとも,負極の耐膨らみ性(初期),負極の耐膨らみ性(サイクル後)の点において,当業者が予測することができない格別顕著な効果を奏するものである。
そうすると,甲2発明において,それぞれ用いられている各単量体に代えて,甲2に例示されているその他の各単量体に変更するとともに,その含有割合についても,甲2に記載された範囲において変更することが,当業者が容易に想到することができたとはいえない。
したがって,本件発明1は,甲2に記載された発明に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

ウ 小括
以上のとおり,本件発明1は,甲2に記載された発明であるとはいえず,また,甲2に記載された発明に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(3)本件発明4について
本件発明4は,本件発明1を直接引用するものであるが,上記(2)で述べたとおり,本件発明1が,甲2に記載された発明であるとはいえず,また,甲2に記載された発明に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない以上,本件発明4についても同様に,甲2に記載された発明であるとはいえず,また,甲2に記載された発明に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない

(4)本件発明8について
ア 対比
本件発明8と甲2発明とを対比すると,上記(2)アと同様に,両者は,
「粒子状重合体,水,およびシリコン系負極活物質を含有する負極活物質を含み,
前記粒子状重合体が,脂肪族共役ジエン単量体単位および芳香族ビニル単量体単位を有するものであり,且つ,
前記粒子状重合体の表面酸量が0.5mmol/g以上3.0mmol/g以下である,リチウムイオン二次電池負極用スラリー組成物。」
の点で一致し,以下の点で相違する。
・相違点2-2
本件発明8では,粒子状重合体の「水相中の酸量が0.1mmol/g以上0.7mmol/g以下」であるのに対して,甲2発明では,粒子状重合体の「水相中の酸量が0.1mmol/g以上0.7mmol/g以下」であるかどうか不明である点。

イ 相違点2-2の検討
(ア)まず,相違点2-2が実質的な相違点であるか否かについて検討する。
甲2には,甲2発明における粒子状重合体の「水相中の酸量」については,記載も示唆もないから,粒子状重合体の「水相中の酸量が0.1mmol/g以上0.7mmol/g以下」であるかどうかは不明である。
以上によれば,相違点2-2は実質的な相違点である。
したがって,本件発明8は,甲2に記載された発明であるとはいえない。

(イ)次に,相違点2-2の容易想到性について検討する。
甲2には,甲2発明における粒子状重合体の「水相中の酸量」については,記載も示唆もない。
そうすると,甲2発明において,粒子状重合体の「水相中の酸量」を「0.1mmol/g以上0.7mmol/g以下」と特定することが,当業者が容易に想到することができたとはいえない。
したがって,本件発明8は,甲2に記載された発明に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

ウ 小括
以上のとおり,本件発明8は,甲2に記載された発明であるとはいえず,また,甲2に記載された発明に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(5)本件発明9について
ア 対比
本件発明9と甲2発明とを対比すると,上記(2)アと同様に,両者は,
「粒子状重合体,水,およびシリコン系負極活物質を含有する負極活物質を含み,
前記粒子状重合体が,脂肪族共役ジエン単量体単位および芳香族ビニル単量体単位を有するものであり,且つ,
前記粒子状重合体の表面酸量が0.5mmol/g以上3.0mmol/g以下である,リチウムイオン二次電池負極用スラリー組成物。」
の点で一致し,以下の点で相違する。
・相違点2-3
本件発明9では,粒子状重合体の「表面酸量の値を水相中の酸量の値で除した値が2.5以上」であるのに対して,甲2発明では,粒子状重合体の「表面酸量の値を水相中の酸量の値で除した値が2.5以上」であるかどうか不明である点。

イ 相違点2-3の検討
(ア)まず,相違点2-3が実質的な相違点であるか否かについて検討する。
甲2には,甲2発明における粒子状重合体の「水相中の酸量」については,記載も示唆もないから,粒子状重合体の「表面酸量の値を水相中の酸量の値で除した値が2.5以上」であるかどうかは不明である。
以上によれば,相違点2-3は実質的な相違点である。
したがって,本件発明9は,甲2に記載された発明であるとはいえない。

(イ)次に,相違点2-3の容易想到性について検討する。
甲2には,甲2発明における粒子状重合体の「水相中の酸量」については,記載も示唆もない。
そうすると,甲2発明において,粒子状重合体の「表面酸量の値を水相中の酸量の値で除した値」を「2.5以上」と特定することが,当業者が容易に想到することができたとはいえない。
したがって,本件発明9は,甲2に記載された発明に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

ウ 小括
以上のとおり,本件発明9は,甲2に記載された発明であるとはいえず,また,甲2に記載された発明に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(6)まとめ
以上のとおり,本件発明1,4,8及び9は,甲2に記載された発明であるとはいえず,また,甲2に記載された発明に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
したがって,取消理由1-2(新規性),申立理由1-2(新規性),申立理由2-2(進歩性)によっては,本件特許の請求項1,4,8及び9に係る特許を取り消すことはできない。

第6 むすび
以上のとおり,本件特許の請求項2及び3が本件訂正により削除された結果,同請求項2及び3に係る特許についての本件特許異議の申立ては対象を欠くこととなったため,特許法120条の8第1項において準用する同法135条の規定により決定をもって却下すべきものである。
また,取消理由通知書に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載した特許異議の申立ての理由によっては,本件特許の請求項1及び4?9に係る特許を取り消すことはできず,また他に,本件特許の請求項1及び4?9に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって,結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
粒子状重合体、水、およびシリコン系負極活物質を含有する負極活物質を含み、
前記粒子状重合体が、脂肪族共役ジエン単量体単位および芳香族ビニル単量体単位を有するものであり、且つ、
前記粒子状重合体の表面酸量が0.5mmol/g以上3.0mmol/g以下である、リチウムイオン二次電池負極用スラリー組成物(但し、前記粒子状重合体が、1,3-ブタジエン単位を35質量%、スチレン単位を40質量%、メタクリル酸メチル単位を8質量%、アクリル酸単位を2質量%、メタクリル酸単位を5質量%、アクリロニトリル単位を10質量%含む重合体であって、当該重合体の表面酸量が、2.20mmol/gである場合;前記粒子状重合体が、1,3-ブタジエン単位を35質量%、スチレン単位を36質量%、メタクリル酸メチル単位を8質量%、アクリル酸単位を2質量%、メタクリル酸単位を5質量%、アクリロニトリル単位を14質量%含む重合体であって、当該重合体の表面酸量が1.14mmol/gである場合;前記粒子状重合体が、1,3-ブタジエン単位を40質量%、スチレン単位を38質量%、メタクリル酸メチル単位を5質量%、メタクリル酸2-ヒドロキシエチル単位を4質量%、メタクリル酸単位を2質量%、イタコン酸単位を2質量%、アクリロニトリル単位を9質量%含む重合体であって、当該重合体の表面酸量が、0.66mmol/gである場合;前記粒子状重合体が、1,3-ブタジエン単位を49質量%、スチレン単位を22質量%、メタクリル酸メチル単位を4質量%、アクリル酸単位を7質量%、イタコン酸単位を10質量%、アクリロニトリル単位を8質量%含む重合体であって、当該重合体の表面酸量が、1.60mmol/gである場合;前記粒子状重合体が1,3-ブタジエン単位を53質量%、スチレン単位を18質量%、メタクリル酸メチル単位を2質量%、イタコン酸単位を26質量%、アクリロニトリル単位を1質量%含む重合体であって、当該重合体の表面酸量が、1.70mmol/gである場合;前記粒子状重合体が、1,3-ブタジエン単位を25質量%、スチレン単位を57質量%、アクリル酸単位を11質量%、メタクリル酸単位を1質量%、イタコン酸単位を2質量%、アクリロニトリル単位を4質量%含む重合体であって、当該重合体の表面酸量が、1.54mmol/gである場合;前記粒子状重合体が、1,3-ブタジエン単位を44質量%、スチレン単位を8質量%、メタクリル酸メチル単位を12質量%、メタクリル酸2-ヒドロキシエチル単位を1質量%、フマル酸単位を27質量%、アクリロニトリル単位を8質量%含む重合体であって、当該重合体の表面酸量が、1.76mmol/gである場合;前記粒子状重合体が、1,3-ブタジエン単位を35質量%、スチレン単位を33質量%、メタクリル酸メチル単位を3質量%、アクリル酸単位を29質量%含む重合体であって、当該重合体の表面酸量が、1.88mmol/gである場合;1,3-ブタジエン単位を49質量%、スチレン単位を22質量%、メタクリル酸メチル単位を4質量%、アクリル酸単位を7質量%、イタコン酸単位を10質量%、アクリロニトリル単位を8質量%含む重合体であって、当該重合体の表面酸量が、2.02mmol/gである場合;前記粒子状重合体が、1,3-ブタジエン単位を49質量%、スチレン単位を22質量%、メタクリル酸メチル単位を4質量%、アクリル酸単位を7質量%、イタコン酸単位を10質量%、アクリロニトリル単位を8質量%含む第1の重合体と、1,3-ブタジエン単位を35質量%、スチレン単位を40質量%、メタクリル酸メチル単位を8質量%、アクリル酸単位を2質量%、メタクリル酸単位を5質量%、アクリロニトリル単位を10質量%含む第2の重合体とを質量基準で1:9の割合で含有する重合体であって、当該重合体の表面酸量が2.50mmol/gである場合;及び、前記粒子状重合体が、1,3-ブタジエン単位を26質量%、イタコン酸単位を8質量%、スチレン単位を65質量%、2-ヒドロキシエチルアクリレート単位を1質量%含む重合体であって、当該重合体の表面酸量が0.7mmol/gである場合を除く。)。
【請求項2】
(削除)
【請求項3】
(削除)
【請求項4】
前記粒子状重合体が、水酸基含有(メタ)アクリル酸エステル単量体単位を0.5質量%以上5質量%以下含む、請求項1に記載のリチウムイオン二次電池負極用スラリー組成物。
【請求項5】
前記粒子状重合体が、酸性基含有単量体単位を15質量%以上含む、請求項1又は4に記載のリチウムイオン二次電池負極用スラリー組成物。
【請求項6】
請求項5に記載のリチウムイオン二次電池負極用スラリー組成物を用いて得られる負極合材層を有する、リチウムイオン二次電池用負極。
【請求項7】
正極、負極、セパレーターおよび電解液を備え、
前記負極が請求項6に記載のリチウムイオン二次電池用負極である、リチウムイオン二次電池。
【請求項8】
粒子状重合体、水、およびシリコン系負極活物質を含有する負極活物質を含み、
前記粒子状重合体が、脂肪族共役ジエン単量体単位および芳香族ビニル単量体単位を有するものであり、
前記粒子状重合体の表面酸量が0.5mmol/g以上3.0mmol/g以下であり、且つ、
前記粒子状重合体の水相中の酸量が0.1mmol/g以上0.7mmol/g以下である、リチウムイオン二次電池負極用スラリー組成物。
【請求項9】
粒子状重合体、水、およびシリコン系負極活物質を含有する負極活物質を含み、
前記粒子状重合体が、脂肪族共役ジエン単量体単位および芳香族ビニル単量体単位を有するものであり、
前記粒子状重合体の表面酸量が0.5mmol/g以上3.0mmol/g以下であり、且つ、
前記粒子状重合体の表面酸量の値を水相中の酸量の値で除した値が2.5以上である、リチウムイオン二次電池負極用スラリー組成物。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2021-03-01 
出願番号 特願2016-505067(P2016-505067)
審決分類 P 1 651・ 121- YAA (H01M)
P 1 651・ 113- YAA (H01M)
最終処分 維持  
特許庁審判長 池渕 立
特許庁審判官 井上 猛
平塚 政宏
登録日 2019-10-04 
登録番号 特許第6593320号(P6593320)
権利者 日本ゼオン株式会社
発明の名称 リチウムイオン二次電池負極用スラリー組成物、リチウムイオン二次電池用負極およびリチウムイオン二次電池  
代理人 杉村 憲司  
代理人 杉村 光嗣  
代理人 塚中 哲雄  
代理人 寺嶋 勇太  
代理人 結城 仁美  
代理人 塚中 哲雄  
代理人 杉村 憲司  
代理人 寺嶋 勇太  
代理人 結城 仁美  
代理人 杉村 光嗣  

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